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姫様天下大変 下巻

北村恒太郎

北村恒太郎出版



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次

参、盗人大変

四、天守大変

五、史実大変

参、盗人大変

 「どこへ行くのじゃ?」
 家老と御徒士侍に囲まれて、お忍びのようすで大奥から中奥を経て、小さなくぐり戸から外へ出て、かがり火の中を玄関を迂回するように下乗橋方向へ向かう道すがら、殿が聞いた。
 「天守がよろしいのではないかと右門が申しております」
 足音をしのばせて歩きながら家老が答えた。
 「当城は他の城と違い、天守は御殿の上に造られておらず、別棟になって孤立しておりますれば、守るに易く攻むるに難しと。殿がお入りになったのち、天守を兵でかためる所存にございます。」
 「もともと櫓として公儀の許諾を得ておるのだからの。しかし、これほど豪気で絢爛な櫓は日本国中どこを探してもあるまいがの。ハハハハ…」
 殿はなんの緊迫感もなく上機嫌だった。
 「城中で最も高く堅牢な天守こそ、難攻不落の砦にございます。万一の用心にはここにまさるところはございません」
 「城中一の心地よい寝所まであつらえてあるからの。菊でもおれば何日でも篭城できるぞ。いや、そのときは余のほうがもたぬか、ハハハハ…」
 「急ぎましょう」
 家老が殿の能天気ぶりに水をさすつもりで言って、歩みを早めようとしたとき、
 「怖れながら」
 と近づいてきた一行があった。
 「これは右門か。どうじゃな、首尾は?」
 「それにつきまして、ご家老…」
 「かの者どもは捕らえたか?」
 と、途中から口を差しはさんできた殿に、右門はかしこまった。
 「これは殿、ご足労にございます。ご覧下さい。」
 足軽たちにはさまれて、殿の前に引き出されたのは、顔も学生服もあちこち泥だらけにさせて憔悴しきった椎三を合人だった。
 「召し取りましてございます」
 「おお、ようやった。して、他の者どもは?」
 「鋭意探索中ゆえ、ほどなく一人残らず召し取ってご覧にいれます」
 「うむ、頼んだぞ」
 とうなずいた家老は、
 「こりゃ、者ども」
 と、きつい表情で椎三と合人をにらみつけた。
 「よくも城中を騒がせおったな。この上は厳しいさたを覚悟せよ!」
 ふたりの中学生は震えあがった。
 「この者どもを問いつめたらどうじゃ?」
 と、殿がすかさずよけいな提案をし、
 「はっ!」
 とただちに応じた右門は、アゴで足軽たちに合図した。
 椎三と合人の両脇にいた足軽たちは、たちまち双方向からふたりの首に六尺棒をあてがい、ぎゅうぎゅう押しつけはじめる。
 「くっ、苦しい…やめて下さい…」
 合人がたちまち音をあげる。
 「答えよ、あの春奈という女はどこだ?小平太はどこへ逃げた?!」
 「お前たちもやはり隠密だったのであろう、もうだまされぬぞ。」
 家老も右門と同時に問いつめる。
 「ち、違う、僕たちは隠密じゃない、違います!」
 椎三は必死で否定する。
 「嘘をつけ!」
 「ホントです、許して下さい、隠密が逃げたから、つられて逃げただけです…帰して下さい、もう帰りたい…」
 「帰してだと、何を言うか、曲者め!」
 「僕たちをどうするんですか…?」
 「ボクというのが何か知らんが、とにかくお前たちのことを、何もかも白状するまで責めるだけだ。もはや春奈という女も、小平太ともどもただではすまさぬ!」
 右門は断固として言う。
 「そうじゃ、もう油断もせぬぞ。お前たちがうまうまと番所を抜け出したのは、何者か手引きした者がおるからであろう、その者は何者じゃ?どこへ隠れたか申せ、観念してすべて申せ!」
 家老の口調も容赦なくなっている。
 「あ、あの、家老さん、いやご家老さん…」
 脂汗まみれの椎三があえぐように言った。
 「その…もし…隠密の手引きをした人を教えたら、許してくれるんですか?」
 「なに!なんじゃと?!まことそのような者がいると申すのか!これは慮外な…試みに問うてみただけなのに…」
 「…じつは、ご家老さんの言うとおりです。手引きをして、隠密の小平太という人を、番所から逃がした人がいます…」
 「それはまことか!まさかそのような者が藩内におろうとは…どこだ!その者はどこにおる?!」
 「このお城の中に今もいます。」
 「嘘をつくな、曲者!」
 右門はいきりたった。
 「嘘じゃない!今ここに、この中にいる!」
 「どこじゃ、どこにおる?!」
 駆ろうも声を荒らげる。
 「そこに!」
 椎三は右手を弱々しくあげたが、ひとさし指はしっかりと前をさしている。
 指の先には右門がいた。
 「何のまねだ?」
 右門は虚を突かれたようにけげんな表情になる。
 全員事態がのみこめず、しばしとまどい顔になる。
 椎三は右門をさした指をおろさないまま、
 「あなたです」
 と念を押すように言った。
 しかも右門をしっかり見すえている。
 右門はすぐに椎三の狙いを悟った。
 「何を言うか、小僧!あろうことか、苦しまぎれに、とほうもない出まかせを!」
 「出まかせじゃない!」
 「ああ、ようわかった」
 家老がため息まじりに言った。
 「魂胆は知れておるぞ、こやつは小僧のくせに知恵を働かせおる。この場をかわそうと、あることないこと申すつもりじゃぞ」
 「僕は見たんだ!」
 「許せん!小僧のくせに大目付たるこの拙者を陥れようとは!今、この場で叩っ斬る!」
 右門は刀の柄に手をかけた。
 「口封じですか、でも事実は消えませんよ」
 「まだ言うか!この大かたりの大嘘つきの痴れ者め!」
 ぐっと柄を持つ手に力をこめた。
 「この期に及んで、何の証拠もなしに、人をおとしいれようとは、あなどれん小僧じゃな。いい度胸じゃ」
 「証拠はある、これだ!」
 椎三はするりと足軽の棒をすり抜けると、いきなり右門に組みついた、とみるやその懐に手を突っ込み、すぐさま飛び退いた。
 椎三の話に煙に巻かれぎみだった右門も家老も、その行動はまったく予測できず、完全に裏をかかれたのだ。
 見ると椎三は手に小さな紙切れを握っている。
 右門の懐から抜き取ったのだ。
 あっ!と右門はあわて、不覚とばかり懐をおさえる。
 「これを見て下さい、家老さん、これは、その右門さんが、短刀とひきかえに、あの小平太という隠密から受け取ったものです。小平太はその短刀で縄を切って逃げた…」
 と家老に紙切れを差し出した。
 「ご家老、それは…」
 右門はうめいたが、家老はすでに紙切れを受け取ってしまっていた。
 「こ、これは…!」
 紙をひろげた家老は目をむくと、さらに見入った。
 「ご家老、それは、その…」
 右門はあせる。
 「何じゃ?その書き付けは何なのじゃ?」
 たまらず殿が身を乗り出して、家老の持った紙切れをのぞきこむ。
 「黒印状にございます。さきごろ開発された、最も新しい新田の。坪数とかなりの石高が記載されておりますぞ。しかも公儀には荒れ地として届け出てあるかの地です。」
 家老は殿に向けて紙を広げながら、いまいましげに言った。
 「江戸城には読みの鋭い老中・幕閣が多数おられる由、この紙切れひとつを見て、わが藩のいまの実石高を推量するのは造作もありますまい。実石高が名目を上回るのはいずこの藩も同じこと、騒ぐにはあたりませぬ。しかし割り出した当津軽藩の実石高はとほうもなく多い、いや多すぎると公儀はとらえるやもしれません。」
 「新田開発やりすぎたか…」
 殿はしぶい顔でうめいた。
 「あらぬ疑いをまねくは必定。」
 「なんとしたことじゃ、右門!この黒印状で何をしようとしていたのじゃ!そち、よもや隠密のまねごとを!?」
 殿は激しい口調で右門につめよったが、右門は答えない。
 「えーい、右門を捕らえよ!」
 ついに殿は叫んだ。
 その瞬間、大地を揺るがす大音響とすさまじいい閃光に誰しも目がくらんだ。
 と思うまもなく、あたりには白い煙が満ちあふれた。
 「なんだ!なにごとだ!?」
 「どうなったのだ…?!」
 「火薬だ!火薬が破裂した!」
 「曲者だ!隠密の仕業だぞ!」
 「くそっ!煙り玉かっ!?」
 ひとしきり怒声が飛びかったあげく、
 「ご家老!ご無事で?!」
 と足軽や御徒士侍が叫んだ。
 「…わしは…わしは大事ない…」
 家老は煙にむせながら弱々しく答えたが、
 「あっ、書き付けが!あの書き付けがない!奪われたぞ!」
 と叫んだ。
 「なんとしたことだ、殿、申しわけもございません、あの書き付けを奪われましてございます…
 おのれ右門…」
 と言ってから、ようやく思い出したようにうろたえた。
 「殿!殿!ご無事でございますか?!いかがいたしました?!殿!いずれに?!」
 「余は…余は、ここじゃ…」
 うすれてきた煙の中から殿の声がした。
 「おおっ、そちらでしたか!ご無事で!ようございました…」
 「それほどよくもないようだぞ。」
 落ち着きはらったドスのきいた声は右門のものだった。
 潮が引くように薄れていく煙の中から、殿らしいたたずむ姿が見えてきた。
 「おおっ、殿!殿!」
 と駆けよろうとする家臣たちを
 「よるな!」
 という右門の声が圧した。
 殿に続いて右門の姿も見えてきた。
 殿はあきらかに硬直し、棒立ちになっていた。
 右門はその背後にいて、後方から殿をはがいじめにし、右手に抜き放った刀の切先を殿ののどに突きつけていたのだ。
 「ああっ!殿…!
 おのれ右門!なんということを…なんたる裏切り者!謀反人!
 おのれがそのような者だったとは…」
 「やかましい!誰もそこから近寄るな!
 さあ、殿、これよりはわしと殿との道行きだ。ご同行願おうか」
 「ど、どこへゆくのじゃ?」
 「何をする気だ!右門?!」
 「うるさいっ!さあ、こちらへ…」
 右門は鋭い目で家老たちをにらんだまま、殿をひきずるように、すたすたと天守方向へ向かった。
 「城のすべての者を集めよ、一大事じゃ」
 家老は右門と殿のあとに続きながら命令を下した。
 「であえーっ!であえーっ!おのおの、であえーっ!」
 御徒士侍や足軽たちも叫びながらあとに従う。
 「そうとも、一大事になるぞ、わしのいうことをきかなければな」
 右門は薄ら笑いを浮かべて不敵に言った。
 たちまち城中に詰めていた侍たちが続々と集まってきて、右門と殿が天守の下へ着いたころには、かなりの人数がふたりを取り囲むようににらみ合いとなっていた。
 本丸のはずれに堀に面して、嵐を呼ぶようにそびえる独立した天守の建物。五層という規模のわりには壮大に見える天守を背に、仁王立ちの右門は、殿ののどに刃をあてたまま、取り囲んだ城中のものどもに、吠えるように言った。
 「姫をこれへ呼んでいただきたい」
 「なんと!姫を呼んでなんとする!?」
 「さすがにこれ以上殿を質にとるのは恐れ多い。さらなるご足労を願うのも心苦しい。よって殿はここまでだ。」
 「よい覚悟だ、さっさと縛につけい!」
 「よって、これより先は姫に身代わりになってもらいたい、姫にご同行願いたいのだ。」
 「何じゃと!何を言うか、乱心者め!」
 「わしは乱心なぞしておらぬし、たわむれてもおらぬ。さっさと姫を呼ばぬと、殿のお命もあやういぞ」
 右門はさらに刀を突きつける。
 殿は「ひっ!」と悲鳴をあげる。
 「あーっ!」と群集からも悲鳴がもれる。
 「やめよ、隼人!」
 切先をのどにあてられたまま、殿はどうにか言った。
 「呼ぶでない、姫を呼んではならぬ。乱心者の言うなりになったとあっては、末代までの恥辱、先君に対しても申しわけがたたぬ。このような者をとりたてたのは余の不徳、余が責めを負う。言うとおりにしてはならぬ!」
 「さすがは殿、あっぱれな心がけでございますな。大奥に入れあげているとはいえ、隠れもなき名君の心意気だ」
 言いながら、右門はぐっと刀を引いた。勢いをつけて、ひと息に突き刺すつもりなのだ。
 群集から「あーっ!」と悲鳴があがる。
 右門はすんでのところで、もったいぶるように刀を止めた。そのままにやりと笑う。
 「姫を呼べ!」
 家老が後方に向かって叫んだ。
 「し、しかし…」
 御徒士侍がうなる。
 「姫を呼べ!早く!」

 殿が人質にとられた瞬間、侍たちの関心はすべてそちらに向き、椎三と合人はたちまち放り出されるように自由になり、誰ひとり注意をはらうものはいなくなった。
 いましめから解放されたふたりは、しばらくその場に立ちつくしていたが、やがてどさくさにまぎれて、そろそろと後退しはじめた。
 殿様が捕らわれるという、藩はじまって以来の大事件が発生した今、衝撃のあまり、その原因となったはずの少年二人さえ忘れ去られてしまったのだ。



  タチヨミ版はここまでとなります。


姫様天下大変 下巻

2015年2月13日 発行 初版

著  者:北村恒太郎
発  行:北村恒太郎出版

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北村恒太郎

屋根裏文士です。
青森県を舞台にしたホラー、アクション、コメディー、ファンタジーなどを中心に娯楽ものをいろいろ書いてます。
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