読売新聞社が主催する「全国小・中学校作文コンクール」は、皆様のご支援により、64回の歴史を重ねることができました。
本コンクールは、戦後の復興途上にあった1951年(昭和26年)、子どもたちの考え方やものの見方、感じたことを文章で表現してもらうことを目的に創設されました。テーマや枚数に制限を設けず、自由に書いてもらうことを特徴に、今回も国内外から3万1193編の応募がありました。これほど多くの作品をお寄せいただいたことに感謝申し上げます。
この作品集では、小学校低学年・高学年、中学校の3部門別に新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、愛知の9県の代表作品、計25作品を収録、入選者氏名を掲載しております。※応募作の関係上、小学校部門に長野県の作品はございません。
自分の体験や思いを、自分だけの言葉で書き残しておくことは、小、中学生の皆さんにとって、きっと「宝物」となることでしょう。本コンクールの応募者が、今後も、書きたいという気持ち、伝えたいという気持ちを持ち続け、新たなテーマに挑戦していくことを願っています。読売新聞社は、紙面と紙書籍版、電子書籍版の作品集で、多くの方に受賞者の力作を読んでいただきたいと考えております。
最後になりましたが、多くの作品を慎重に審議していただいた審査委員の先生方、ご後援いただいた文部科学省と各都道府県教育委員会、ご協賛いただいた東日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、株式会社イーブックイニシアティブジャパン、ご協力いただいた三菱鉛筆株式会社、株式会社ベネフィット・ワンの各位に厚く御礼申し上げます。
2015年3月
読売新聞社
インコとのきずなとかぞく 新潟県・長岡市立青葉台小学校二年 宮下 月希 14
おじいちゃんは、ぼくの植木屋さん 富山県・射水市立太閤山小学校三年 山本 穣嗣 22
海のみりょく 石川県・小松市立苗代小学校三年 浅井 美春 24
ぼくのおとうと 福井県・小浜市立遠敷小学校三年 田邊 誠太 28
一日だけいっしょにいてね 山梨県・山梨学院大学附属小学校二年 角田 寧々 30
せみ 岐阜県・瑞穂市立生津小学校二年 高木 天稜 32
ぼくがふしぎに思っていること 静岡県・牧之原市立川崎小学校二年 粂田 悠希 36
はじめてのバッグ作り 愛知県・西尾市立西野町小学校三年 山田 琴美 38
大きな夢をかなえるために 新潟県・新潟大学教育学部附属新潟小学校四年 古泉 修行 44
杉原千畝さんと共に「考える」 富山県・富山市立山室小学校四年 水落 碧 72
命への感謝と責任 石川県・金沢大学附属小学校五年 網谷 龍祥 78
合唱の夏休み 福井県・福井市明新小学校五年 小倉 侑実 86
ぼくが背のびをしたとき 山梨県・山梨学院大学附属小学校五年 早川 諄 90
勇者四人組 岐阜県・岐阜市立芥見東小学校五年 吉田 萌華 94
本との出会いの中で 静岡県・静岡サレジオ小学校五年 鍋田 唯菜 98
大切な妹 愛知県・岡崎市立矢作東小学校四年 岩月 杏佳 102
「かわいそう」なんかじゃない 新潟県・長岡市立栖吉中学校二年 桐生 言菜 108
思い出になる前に 富山県・砺波市立庄西中学校二年 浦出 美羽花 112
よかたい先生が教えてくれた事 石川県・金沢大学附属中学校一年 森 智香 118
「普通」ってなんだろう 福井県・福井市明道中学校一年 藤澤 幹也 122
車いすから見た景色 山梨県・北杜市立甲陵中学校三年 進藤 郁香 126
がった娘の木登り体験録 長野県・大町市立八坂中学校二年 金子 実夏 130
家族 岐阜県・岐阜市立東長良中学校一年 浅野 真知 134
一期一会 ~その想いを紡ぐ~ 静岡県・静岡サレジオ中学校一年 高田 愛弓 138
父の休日 愛知県・安城市立東山中学校三年 祖父江 芳乃香 158
第64回全国小・中学校作文コンクール 地方審査入選者名 162
第64回全国小・中学校作文コンクール 地方審査委員名 172
※掲載作品は、原文を尊重しながら読売新聞の表記に従って字句など若干の手直しをしています。
桑原 隆(早稲田大学特任教授)
梯 久美子(ノンフィクション作家)
石崎 洋司(児童文学作家)
堀 敏子(東京都荒川区立第三瑞光小学校副校長)
田中 成(元東京都元杉並区立西宮中学校長)
中原 國明(元東京学芸大学国語教育学会会長)
新藤 久典(国立音楽大学教授)
小学校低学年 4490点
小学校高学年 8147点
中学校 18556点
合計 31193点
主催:読売新聞社
後援:文部科学省、各都道府県教育委員会
協賛:JR東日本、JR東海、JR西日本、イーブックイニシアティブジャパン
協力:三菱鉛筆、ベネフィット・ワン
新潟県・長岡市立青葉台小学校 二年
いつもどおり学校から帰ってきたわたしは
「ただいまー。」
とドアをあけた。
そして、自分が3さいの時に、もらったお年玉で、どうしてもほしくてねだってねだってせわをすることを、やくそくに買ってもらったセキセイインコのキイとピコに、いつもどおりにあいさつをした。
「ただいまーキイ。ピコ。ピピ…。」
といえにいるインコたちの名前をよんだ。ところがいつも自分のもとへすぐとんでくるキイと言う黄みどりのインコがこなかった。
「あれ? キイは?」
とお母さんに言うと、お母さんもはじめていなくなったのを気づいたように、
「あれ? いないね? どこだ?」
とわたしと二人で、キイの名前をよびながらいえ中をさがした。インコも、かぞくであってわたしには子どもとしてそだてて生活してきた。わたしはキイがいなくなったことに大あわてで、お母さんとひっしにさがした。夜ねる時いがいは、いえの中で、はなしがいにしているインコたち。ヒナのころからいるので、とてもなついていて長くいる子は、わたしと五年もいっしょにくらしてきたかぞくだ。手をだせばよってくる子、名前をよべばくる子、へんじをする子、いじわるをされると人間にたすけをもとめてとんできて、鳥の中に帰らず、ずっとわたしのそばにいたり、かたにずっととまっているインコたちだ。
「ありがとう。」
と言っているようにわたしの口をやさしくくちばしでつついてあまえて、けづくろいをしてと言うたいせいをしたり、とてもかぞく、人間になれたインコだ。
その中でも、キイと言うインコはわたしが五年もいっしょにすごしておやとしてそだてた子で、キイは頭がよくてよべばとんでくる子だったからいないことに気づきパニックになった。いえの中をすべてさがして、あらゆるすきまもさがして二時間さがした。でも、どこにもいなかった。
キイは鳥のせかいでは、わたしには子どもでも、もうかぞくをもつお父さんでけっこんしてピコと言うおくさんと子どももたくさんいる。そして、ちょうどその時にまた子ども(たまご)をあたためているピコが、いつもすばこの中にいるのでキイもすばこに入っていることもあり、二羽でまた入っているのかとおもったけれどピコのすがたもなく、二羽でいないことに気づいた。
「ピコー。キイー。」
ひっしにさがした。けれど見つからなかった。
お母さんが、あれこれおもい出したら、その日、雨がふりそうで、雨のふる前にいえでそだてているやさいをしゅうかくしに行ってこようと、おとうとをいえの中にのこして外へ出た。かぜぎみだったおとうとにテレビを見てまっててといって、みじかい時間だし、いえの中でまってられると言うのでおいて出たそうだ。でもおとうとは、しばらくして、つまらなくなり外へ
「ママー。」
と言いながら出てきたらしい。それをおもい出したお母さんは、
「そう言えば外へめっちゃんがきた時に、へやのドアもしめず、げんかんもあけっぱなしだった。」
とおもいだした。ほんの一、二分のことだったらしい。それくらいならふだんのインコたちならはなしがいにしていても、へやのドアから、出ていく、げんかんのドアを出ることは今までなかった。でも、わたしのすむ町はとてもカラスがたくさんいて、しょっ中どうろに下りて食べものをさがしたり、電ちゅうの上からやさいばたけを見て、やさいを食べようとして、カラスにはこまっている。わがやでは、テキだ。そのカラスをガラスごしから、インコたちも見るとビックリするらしくへやの中をとび立つこともあるから、もしかしたら、このじょうたいと、おとうとがドアをしめずに外へ出たことと、かさなって外へにげてしまったと思う。
どんなにさがしてもいないのでもう、それしか考えられないと分かった時、かぞくをうしなった。もうにどと、あえないショックからなみだがとまらなくて、ものすごくないた。
わたしのお母さんも、セキセイインコは、いのちのおんじんだそうで、大切なかぞくだったので、お母さんもすごくたくさんないてついついおとうとをものすごくしかっていた。そして、お母さんと二人で長い間ないた。
それからもう一か月いじょうたつけれど、その時のショックは、今もかわりない。おもい出すだけでなみだが出てきてしまう。
わたしのお父さんは、
「にげたんだから、もうしかたがない。あきらめなさい。」
と、とてもつめたいことばを言う。
お父さんだって、おせわをしなくても五年もいっしょに、生活してきたインコなのに、まったくショックでないようすやたいどなので、しんじられない気もちだ。
わたしとお母さんは、あきらめがつかないので、いなくなったつぎの日も、外へ出て、
「キイ。ピコー。」
と、あちこちさがした。キイは、自分一羽だったら、ぜったい外に出ない。でもピコは、おくさんだから、とてもなかよしだったから、ピコが、カラスにびっくりしてとび立ったから、キイはそれについてピコのあとをおって出てしまったのだろう。キイは、いえの中でも、ピコがすばこから出てくると、ピコのところに、とおくにいてもピコのもとにとんでくる。ほかのインコから、まもってガードしているのだ。ピコがとび立って、まもるために、いっしょに出てしまったのだろう。
人間にしたら、おくさんをまもるお父さんのやく目で、すごくりっぱで、すごいことだけど、おやとなってそだててきたわたしには五年間のたくさんのキイとのおもいでがあって、わりきれないおもいだ。
わたしも、お母さんも、どうしても外へにげてしまったことが、あきらめがつかなくて、かぞくだったインコを、しかたないでは、かたづけられず、お母さんは、キイ・ピコのポスターをまず作った。そしていえのへいにはり、さがしていますを見えるようにはった。インコでなく大切なかぞくだから、けいさつに、にげたひがいとどけを出しに行った。それから、どうぶつあいごセンターにもでんわしてインコをほごしていますと言うしんせつな人がれんらくしてくることもあると言うので、れんらくがあったら、知らせてくださいとれんらくしたり、インターネットの鳥ほごけいじばんにのせたり、いろいろとやれることはぜんぶした。
一番は、いえで三百まいものチラシを作って、二日間かけて、夏のすごいあつさの中、おとうとと、わたしと、お母さんで町ないの一けん一けんのポストにチラシを入れさせてもらって、少しでも、のぞみをかけて、くばった。ねっ中しょうにもなった。でも、大切なかぞくをとつぜんなくした気もちからは、自分にたいしても、いなくなったキイとピコにたいしても、ごめんなさいの気もちが強く、
「やれることは、すべてやろう。こうかいがないように…。」
とお母さんが言うので、ひっしにがんばりチラシくばりをした。
しんせつなおみせやさんは、ポスターもはってくれている。
「たしかなことではないけど。」
と言ってチラシを見て、れんらくをくれた人もいる。
けっきょく、一カ月たった今も見つからず、たぶんもう見つかることはむずかしい。カラスに、食べられてしまったと言うのが一番強い。考えただけですごくざんこくでショックなことだけれど、いつかわり切るしかない。
セキセイインコは、ふつうに考えたらペットだけれど、わたしには、子どもで、大切なかぞく。だから、大切なものをとつぜんうしなったかなしみを、けいけんしてすごく、いのちの大切さといっしょにかぞくのきずなとかぞくの大切をわかったできごとだった。
生きものが、しんでしまった。ほかのインコが、びょうきでしんでしまったかなしさを体けんしたばかりで、わたしは、きずついていたけれど、とつぜんいなくなることは、またまったくちがうかなしみだった。
インコでも大切なかぞく。そして今、まだのこっているインコたちも大切なかぞく。もうにどと、おなじことがおきないように、ちゅういするのはもちろん、もっとインコを通してかぞくを大切にしたいとおもった。
「かぞく。」
ってふだんはあまり考えたことがないけれど、大切で、ふかいものだとおもった。
キイたちがいなくなった心のきずはきえないけれど、今でも、もどってきてくれたらいいなと毎日、おもいつづけていたら、この作文をかいて、夏休みおわりに、
「ポスターを見て、もしかしたら、おたくのインコちゃんをあずかっています。」
と言う人から、でんわがきた。ちょうど、お母さんが一か月たったし、ポスターをはってもらっていたおみせに、もうポスターをはずしてもらってもかまわないとれんらくをしようとしてた二日前のことだった。その人はずっとかいぬしをさがしていてくれて、たまたま一か月たった時にポスターを見てくれて、でんわしてくれたそうだ。あきらめていたから、すごくびっくりしたでんわだった。
キイでなくて、ピコだったから、ふくざつな気もちはあったけれど、あずけてあると言うおたくへむかえに行ったら、ピコだった。しんじられないくらいびっくりした気もちでピコとさい会した。心ぞうのドキドキがとまらなかった。ピコは毛はほとんどなく、はなもえぐられ、ざんこくなすがたで見つかったそうだ。でも、ほごしてくださった人や、そのあとおせわをしてくれた人のおかげでケガ一つないきれいにそろった毛なみになってきれいになっていた。とてもあいじょうをもってかっていてくれたのがわかった。せいかくもやさしくなって、前いじょう、人なつっこくなっていた。もうあきらめかけていただけにすごくうれしかった。
いえに帰ってきたピコは、自分のいえがわかるみたいで、すごくたくさんある鳥かごの中でも自分の鳥かごにまよわず、自分から入った。そしてなかよしの鳥と
「どこへ行ってたの? さみしかったよ。」
を言うようにくちばしでじゃれあいながら話をしていた。一か月も会わなくても分かる頭のよさにびっくりした。ピコはもどってきたけれど、ピコより大切なキイはまだ見つかっていない。もどってきたピコに毎日、
「キイは、どうしたの?」
と話しかけている。
しん切な人とのであい、きせきってあるんだなとかんどうしたことだった。がんばってポスター作りをしてくばったかいがあったと思った。どりょくしたからかなったんだと思う気もちになれた。
ほごしてくれた人、おせわをずっとしててくれた人には、かんしゃの気もちでいっぱいだ。
まだキイは見つからない。でも、ピコは見つかったんだから、キイもぜったいに見つかる。たすけてくれてる人がいるとしんじて、まだ、あきらめずにいたいと思った。
きせきってスゴイ!!ピコは、うんがよかった。
キイも見つかるとしんじてまって、今日も
「キイー」
と朝から外で声を出してみた。
「ぜったいまたあえるよね。キイ。」
(指導:小川友美子教諭)
富山県・射水市立太閤山小学校 三年
ぼくの家は、おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、ぼく、弟のけんとの五人家族です。おじいちゃんは、ぼくとけんとのことを、いつも考えてくれています。
ある日、おじいちゃんは、
「勉強は、今のためにだけするのではないから、今まちがっても、知らない事があっても、はずかしい事ではないんだよ。今からしっかり勉強をして、おぼえた事を頭の中にしまい、良い本をたくさん読んで、心にいっぱいえいようをたくわえて、大人になった時に、かしこくて心のやさしい人になるんだよ。」
といって、ぼくのつくえの前に、弟の木とぼくの木と未来のぼくたちの大木になった三本の木を、画用紙にかいてくれました。
「じょうじもけんとも、この絵の木のように大木に育つといいね。」
といっているおじいちゃんは、とってもうれしそうに見えます。
絵にかいた木には、太いみきと葉っぱのついた、たくさんの枝があります。太いみきには、学校の宿題、自主勉強、スポーツと書いてあります。しっかり勉強と、運動をして、どんどん成長して大木になるように、というおじいちゃんのねがいだそうです。形がよくのびた枝には、早ね早起き、手洗い、うがい、歯みがきなどの健こうの枝。それから、ゲーム、テレビ、自転車など遊びの枝。やさしい心、思いやり、やさしい言葉など心の枝。読書の枝。お手伝い、後かたづけの枝。などいろいろな枝がたくさんあります。
テレビやゲームの枝と、夜ふかしの枝がのびすぎて、バランスがくずれて形が悪くなってくると、植木屋さんが、
「ゲームは一時間い内と、夜は九時半までにねるやくそくは、どうなったのですか。」
といって、大きな植木バサミで、悪い枝をチョキンと切り落とします。おじいちゃんやおばあちゃんやお母さんは、いつもぼくたちの枝の成長を、気をつけて見ていてくれます。
しばらく読書をしなかったり、やさしい言葉づかいをわすれていると、その枝の成長が止まってしまって他の枝はどんどんのびているのに、読書の枝とやさしい言葉の枝は、短いままで、木の形が悪くなってしまいます。そんな時に、植木屋さんは、植物の成長にかかせない日光や水のように、ぼくにほめ言葉やはげましの言葉をいっぱいくれます。すると短かった枝が、どんどんのびて、もとのように形のいい木にもどります。
成長の木が、いつも形のいい枝ぶりでいられるのは、植木屋さんのおかげです。おじいちゃんはいつもぼくたちの枝の成長を見守ってくれています。ぼくはそんなやさしいおじいちゃんが大好きです。ぼくはおじいちゃんが、いつまでも元気に、ぼくと弟の木の成長を見守っていてくれるといいなと思います。
(指導:嶋田由佳教諭)
2015年3月31日 発行 初版
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