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この本はタチヨミ版です。

「近道を通ってるんですか、
徳さんはほんとに近道が好きですね」
うたた寝から目を覚ましたらしい亀楽が
暗い外を眺めながら言った。
「時間節約こそマネジメントの第一歩だ、
交通渋滞がどれだけ経済的損失になってるか
知ってるか。
早く帰って寝たいしな、
明日は朝9時に打ち合わせもある」
「急がば回れっていう人もいますよ。
人生回り道っていう人も」
「それは人生の無駄だよ。
人に遅れをとるつもりはない」
世の中すべからく近道を行きたい。
上司の希望には必ずや沿うようにすることこそ
昇進への近道だ、と
若手ディレクター・冠 徳太(かん とくた)は
思っている。
だからこうしてハードスケジュールの
無理な取材をこなし、
深夜1時を過ぎた荒野を会社へと急いでいる。
安く早く番組を仕上げること、
が上司の希望だったため、
いつもはデジカメを持った冠と、
フリーレポーターの白瀬 照子(しらせ てるこ)との
二人だけで取材をこなしていたのだが、
(機器の進歩のすさまじさ、
近年は小さなデジカメで驚異的な画と音が撮れる。
しかも熟練の腕を必要としない)
今回は初取材の
大口スポンサーのパブリシティだったため、
丁寧な取材を心がけねばと、
専門のカメラマンひとりが増員されていたのだ。
そこそこ人目を引く顔で、
元気のいいのが取り柄の照子と、
愛想はよくはないが忠実な、
外部会社在籍のカメラマン・亀楽 類(かめらく るい)。
ねぼけまなこの二人を取材ワゴン車に乗せ、
冠は、眠い目をこすりながらハンドルを握り、
丘の前の二股に分かれた道の
細い方へ乗り入れた。
行きは亀楽が運転したので、
帰りは冠が運転手だ。
ここらあたりは一度しか通ったことがないが、
たしかこれが近道のはずだ。
暗くて様相が変わっていて、
通ったことのない道に思え、
ちょっと不安を感じはじめたころ、
下り坂になり、
市街地らしいところに出た。
と、
いきなり闇夜が白い夜になり、
前方が白くかすんだ。
ここは
底が夜霧でおおわれた盆地になっていたのだ。
深夜だけに市街地に明かりはなく、
霧の中に街灯がぽつりぽつりとはかなげだ。
たしかここの角を曲がるんだったと、
ほぼカンでハンドルを切る。
家並みを抜けたとおぼしきところに
コンビニがあらわれた。
こうこうたる明かりが霧ににじみ、
そこだけUFOが着陸したような華々しい明るさだ。
人気の途絶えた深夜に、
ほっとなごませる文明のしるしだ。
立ち寄ろうかとも思ったが、
いまは先を急ごうとそのまま霧の中へ泳ぎだす。
「…なんか霧が濃くなっていません?」
照子が後部座席から乗り出して言った。
眠気が去ったらしく、前方に目をこらしている。
確かにそうだ。
知らず知らずのうちにライトを上向きにしていた。
このあたりはたしか下町区域のはずだ。
カーブを曲がれば隣町へ続く大通りへ出る。
そこのもっと大きな賑やかなコンビニでひと休みだ。
しかし、なかなか大通りへ行きつかない。
さっきから行きかう車も一台もない。
「…おかしいな…」
冠のつぶやきに
「ナビをつけてみますか、念のため」
察した助手席の亀楽がスイッチを入れる。
上空の彼方から存在位置を知らせる
神の手のような装置のナビはしかし、
一瞬のあいだ点灯して地図を出現させたのち、
大きい
“特定できません”
の文字に変わってしまった。
「なんだ、これは?どうしたんだ?」
亀楽が電源を切り、再度点灯させてみても、
ゆすってもこづいても
ディスプレイはてこでも変わろうとしなかった。
「あ、あそこにコンビニ!」
照子の声に全員の視線が
外のまばゆい輝きに向けられる。
さっきのと同じような小さいコンビニが
霧の中にこつぜんとあらわれ、
近づいてきた。
しかも同じチェーン店だ。
速度をゆるめないまま、
横目でやりすごす。
運転手の冠が
止まりたいと思わなかったからだ。
あのコンビニの駐車場には
車が一台も見えなかった。
ちらりと見えただけだが、
店内には人影もなかった…
前のコンビニと同じだ。
どうということはない。
客がいないときだってあるだろう。
べつに気にするほどではないが、
次のコンビニにしよう。
「徳さん、
スピードを落としたほうがいいみたいですよ…」
亀楽が前に目をこらしながら言った。
「霧が、また濃くなってきたような…」
闇と霧がまじり、
ライトを上げたままでも
視界が10メートル以下になっていそうだ。
「おかしいな…
もう隣町の大通りにつながるはずなんだが…」
冠がつい首をかしげた。
「…曲がる角を間違えたかな…」
「…あ、あの…止まって、誰かに聞いてみたら…」
照子が落ち着かなく言った。
「誰に聞くんだよ、照ちゃん。
霧以外何も見えないじゃないか…
人どころか家も見えない…」
冠もいらだってきた。
が、
ふと思い当り、
「そうだ、
本社に電話してみるか…
報道の記者が残っていたら、
道がわかるかも。
連中、地理には詳しいから」
とケイタイを取り出し、片手であやつった。
「くそっ、圏外だ!何で?!」
冠のいらだちに呼応するように
「あっ、あたしのもだ!」
「オレのも!」
照子も亀楽もケイタイを手にうめいた。
車内はいつのまにか
いささか恐怖をはらんだ孤独感に支配されていた。
「あっ、助かった!助かりましたよ、みなさん!」
照子がまことに唐突に、
的確ではないが
車内のみんなの気持ちを言い表す声とともに
勢いよく前方を指差した。
「見て見て!コンビニ!」
前の視界がぼうっと明るくなったと思うと、
霧ごしに
輝く小さなコンビニがぐんぐん近づいてきた。
その強烈な明かりで
まわりの霧の色も蛍光色に染めている。
「おおっ!」
と
冠も亀楽もほっと安堵のひと息をついたが、
たちまち次の言葉を飲み込んでしまった。
誰も何も言わなかったが、
思いは同じだった。
さっきのコンビニに似ている…
その前のやつにも…
「このへんって
同じチェーンのコンビニがいくつもあるのかしら」
照子の反応がどうにも間抜けに聞こえる。
「しかも1キロおきくらいに。
ずいぶんへんぴなところみたいなのに、
やたらコンビニだけ充実してるのって…」
冠はワゴン車をコンビニの前の路上に止めた。
「どうやら
同じところをぐるぐる回っていたみたいですね、
霧の中で」
亀楽が憮然と言った。
なんてこった…
冠も舌打ちする。
コンビニは
夜の霧の中で唯一
シャンデリアのようにギラギラ輝いている。
「でも、とにかくコンビニなんだし、
降りて店の人に聞いてみましょうよ」
照子がにわかにそわそわしだした。
冠も亀楽も、どこか気が進まない。
コンビニの店舗のわりに広い駐車場には
車が一台もいず、
店内にも客らしい影が見えない。
「あたし、おトイレにいきたいので」
駐車場に車を入れるや、
照子は飛び出してコンビニに駆け入った。
冠も亀楽ものそのそ続く。
店舗内の端にあるトイレに走りこんだ
照子のあとから、
二人は店内に入った。
店内には、やはり客はいない。
どころか
レジカウンターに店員もいない。
「不用心な店ですね」
見回して亀楽が言った。
「そのうち奥から出てくるんだろう」
言ったものの、
冠はどうにも落ち着かなかった。
亀楽は雑誌のコーナーへぶらぶら歩きだし、
冠は眠気ざましのコーヒーを探すことにした。
さて、ブラックの大型ボトルはないか…
手近な商品棚を見渡すが、見当たらない。
では、この奥の二列目の商品棚はどうだ…
商品がぼやけて、なんだかはっきりしない。
霧だ、
薄く霧が立ち込めているのだ。
店にまで霧が入ってきたのか…
商品棚の向こうに見えるトイレのドアがあき、
照子が出てきた。
そのまま雑誌を見ている亀楽に近づく。
亀楽が振り返って話をはじめた。
よく聞こえない。
なんだか遠くに見える。
二人で誰かを呼んでいる。
冠を探しているのだ。
オレはここにいるよ、いま行く。
行こうとして、
前の商品棚に突き当たった。
壁のように立ちふさがっている。
ここは棚だったっけ?
回れ右して行こう。
しかしこっちも商品棚で行く手がふさがっている。
おかしい…
棚は店の中に横に三列に並んでいたはずだ。
これは何としたことだ?
升のように冠を取り囲んでいる。
出口がない。
霧は濃くなり、店内で渦を巻いてうねっている。
照子と亀楽はしばらく店内を見渡していたが、
やがて店を出て行ってしまった。
おい、待ってくれ、ルイ!
俺はここにいるぞ!照ちゃん!
冠はあせった。
商品棚を乗り越えればいいのか、
商品を散らかして、
棚を壊してしまうかもしれないが。
手が商品=チョコの袋に触れた。
なんということだ…
棚が近づいている!
商品棚が
生き物のように
四方からじりじり冠に迫っていた。
脂汗が出てきた。
もはや、ぐずぐずできない!
正面の棚を壊すつもりで突進した。
ガツンとぶち当たったが、
棚は倒れなかった。
硬いガラスだった。
そこはガラス戸になっていて、
中の棚に並ぶ商品が見えていたのだ。
ガラス戸は
引くと簡単に開いた。
冷たく湿った空気が顔にかかる。
そこは
霧が立ち込める
小ぶりの部屋のような
冷蔵庫空間だった。
四方の棚にビールやドリンク類がずらりと並んで、
霧ににじんでいる。
探していた大型ボトルコーヒーもあった。
と、
バタンと音がした。
ガラス戸が閉まったのだ。
あわててドアにすがりつき、
押したり引いたりしたが、
びくともしない。
冷蔵庫に閉じ込められた。
パニックになりかけた冠は
むやみにドアに体当たりするが、
むなしく跳ね返される。
そのうち
霧はどんどん密度を増し、
冠自身の手足さえ見えなくなってきた。
霧は
口や鼻から入ってきて、
苦しくなり、
むせる。
闇と霧のまじった灰色以外
何も見えなくなってくる。
霧は目にもしみる。
そうだ、
ドアの取っ手だ!
とにかくドアの取っ手を見つけて回せば…
どこだ?
見えない!?
あかりだ!
タチヨミ版はここまでとなります。
2015年3月3日 発行 初版
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屋根裏文士です。青森県を舞台にしたホラー、アクション、コメディー、ファンタジーなどを中心に娯楽ものをいろいろ書いてます。◇青火温泉第一巻~第四巻◇天誅団平成チャンバラアクション第一巻~第四巻◇姫様天下大変上巻・下巻◇無敵のダメダメオヤジ第一巻~第三巻
◇ブログ「残業は丑の刻に」