この話は生まれて間もないカラスの赤ちゃんが、その巣立ちの失敗から、一時人間に育てられ、やがて自然に帰って行った記録です。
同一の内容を扱ったものがseesaaブログに掲載されています。
ブログ名は同じ『私が育てたカラスの赤ちゃんの話』です。
──────────────────────
───────────────────────
この本はタチヨミ版です。
ウッドデッキにいたカラスの赤ちゃん(1)
親のカラスと子供のカラス(2)
子供を守っていた親のカラス(3)
親を忘れたカラス、カラスの食べ物(4)
名前はカーちゃん (5)
言葉を話すようになったカーちゃん(6)
カラスの子供たちの訓練(7)
音楽会のそのあとで(8)
カラスのきょうだいたちがやってきた(9)
飛べるようにはなったけど(10)
鳥獣保護委員さんの話(11)
あらしの夜を過ごして(12)
畑にも現われたカーちゃんの家族(13)
畑で一夜を過ごして(14)
畑にもいた敵(15)
畑で暮らした一週間(16)
カーちゃんを忘れない親(17)
親ガラスはどこに(19)
忙しさに追われて(20)
カーちゃんどうしたの?(21)
カーちゃんはどこに(22)
カーちゃんはここに(23)
公園のカーちゃん(24)
カーちゃんのひとりごと(25)
カーちゃんを見守る親(26)
無事でいて!(27)
カーちゃんの仲間(28)
『夕焼小焼の赤とんぼ』(29)
公園には人がいて(30)
公園には人がいてⅡ(31)
3羽のオナガ、子ガラスを襲う(32)
仲間がオナガに襲われて(33)
もう私の手に乗ることも(34)
さようならカーちゃん(35)
『ありがとうやさしさを、ときめきを……』(36)
一年前、猫に襲われていたカラスの赤ちゃんをデッキのプランターから助けて、しばらくの間育てていました。
まだうまく飛べない、巣立ち間もないカラスでした。
ひと月ほど家で飼い、飼ってはいけない鳥といわれ、自然に放すことになりましたが、呼べば答えるほどになついていて、手放すときは涙が出ました。
最初は畑に連れて行き、餌をやりに通っていました。
その後も何度となく猫やオナガの集団に襲われたらしく、羽は傷だらけになっていましたが、親ガラスがきょうだいを連れてそばに来て、カラスを見守っていました。
秋風が立ち始めたころ、周辺におびただしい数のオナガの群れを見かけるようになりました。
そのころを境に、今まで朝に夕にたくさんのカラスが移動の中継点として、近くの大型電器店の屋上に集まっていたのですが、その姿がいっせいに見られなくなりました。
カラスはその飛行経路を変えたようなのです。
カーちゃんと名付けたカラスとその家族は、みんなより少し遅れて姿を消しました。
その日からしばらくの間、周辺にカラスの姿を見かけることはなくなったのですが、それでもごくたまにカラスの鳴き声を聞く事があると、外に出ていく日が続いていました。そのいずれの時も目当てのカーちゃんではありませんでしたが。
ところが今年の3月ごろ、車で外出した帰り、家の近くにある林のそばで、一羽だけでいるカラスを見かけました。
そのカラスは手押し信号のところの電線に止まっていました。
あのカラスだ、と確信したのは羽がボロボロだったから。そしてせわしく体をゆすって身づくろいするしぐさは、紛れもないあのカラスなのでした。
「かわいそうに、羽は治らなかったんだね」と私は切なく思いました。
大急ぎで車を家に置きに行き、自転車で同じ場所に駆け付けました。もういないかもしれない、と思いながら。
子どものカラスにかかわってから、私はカラス仲間から危険人物と思われているらしく、声をかけたり近寄ったりすると、どのカラスも逃げて行ってしまいます。
ところがそのカラスは声をかけてもそのままじっとしています。
電線の上と下とでしばらくにらめっこが続きました。たまりかねてもっと近づくと、カラスは林のほうに飛んで行ってしまいました。
林の中に車も通れる道が通っています。道路伝いに追って行くと、一度見失ったカラスはまたどこかから飛んできて近くの木の上に止まり、じっとしています。
そこは道路から一段高くなっている林の中で、しびれを切らした私がその山に登っていくとカラスは今度こそ林の奥に入ってしまいました。
この話を近くに住む人に話すと、カラスが私の家のそばの電柱によく止まっている、と言っていました。
そして5月21日、聞き覚えのある鳴き声に外に出ていくと、ポスト横の石塀の上に珍しく隣の猫が陣を張っています。
その猫は以前、家の藤棚をよじ登り、ベランダ経由で二階の部屋の網戸を開け、我が家に侵入していた猫でした。
猫がカラスを襲うまで、そんな行動を大目に見ていたのですが、以後見かけると追い返すようにしていました。
それでしばらく近づかなくなっていたのですが、今日は幅15センチほどの塀の上に寝そべっています。
私はカラスを捜したかったので猫に「こら、おうちへ帰んなさい」とだけ言って通りに出ました。
すると我が家の屋根のどこかから突然カラスが飛び出してきたのです。そして道路を超えて向かいの家の屋根の上に止まりました。
やはり羽はボロボロ、落ち着かないしぐさ。紛れもなくあのカラスでした。
その後の私の行動は、言うまでもなく後を追いかけて行ったのです。
しばらく追って行ってから、ふと思いついてカメラを取りに家に帰りました。
再びそこに戻ると、カラスはさっきまで止まっていた、何軒か目の住宅近くの電線の上で、まだ羽づくろいをしていました。しばらくそうしていましたが、カメラを向けると今度こそ向こうへ飛んで行ってしまいました。
いい写真を撮ろうと思ったのが間違いでした。なんでもいいからシャッターを押せばよかった、と後悔しました。
後にはハナミズキの若葉の向こう、今しがたまでカラスが止まっていた電線の向こうに広がる空がありました。
私は思わず空に向かってシャッターを切りました。
2階のベランダから、家々の屋根越しに見える大型家電店の屋上に、ときどき1羽だけでいるカラスを見かけるようになりました。
それに気づいたのは今年6月半ば。あのカラスだと思いました。
親やきょうだいのところに戻ったと思っていましたが、巣立ち間もなく人間に飼われることになったカラスは、やはり群には馴染めなかったのかと心が痛みました。
1年前の6月19日、そのカラスは私の前に初めて姿を見せました。
お隣の奥さんが、「お宅のウッドデッキにカラスの赤ちゃんがいて、うちの猫が捕まえようとしています。猫を追い払ってくれませんか」と言いに来たのです。
えっ、カラスの赤ちゃん? とっさにそう聞き返しました。
カラスといえば何やら不吉なイメージ、カラスの赤ちゃんなんて本当にいるものなの? もしいるにしても赤ちゃんは山にいるものなんじゃないの?
そう思いながら半信半疑でデッキをのぞいてみました。するとデッキに置いたアロエのプランターの上に小さなカラスが羽を広げて震えていて、それを2匹の猫がはさみうちにしています。
1匹はデッキに上がりもう1匹は下にいます。
猫はお隣の猫。室内に侵入するだけでなく、車の上に載って寝ていたりする猫です。
追い払ってみましたがそこを動きません。今にも飛びかかりそうな気配にためらう暇もなく、片手を出すと腕に飛び乗ったので、家の中に入れました。
少ししわがれた声で鳴くカラスの赤ちゃん。後で調べてみると〈ハシボソガラス〉という種類のカラスのようでした。口の中は、朱に近い赤、その口を開けてガアガアと鳴いています。
水とパンを与えてみましたが何も口にしようとしません。疲れているのか目をぱちぱちさせうつらうつらしています。
夕方だったので手ごろな段ボール箱を探して中に入れると、すぐに眠ってしまいました。
しばらくして様子を見ると、なんとカラスの首がありません。びっくりしていると気配で目を覚ましたのか羽の中から首を出し、小さくガアと鳴きました。
ああよかった、眠るとき、カラスは羽の中に首をうずめて眠るのね……と胸をなでおろしました。
その日、カラスはやはり何も口にせず、また同じようにして眠ってしまいました。
これがちょうど1年前のカラスの赤ちゃんとの出会いです。
私はこのカラスに(カーちゃん)という名前を付けました。
我が家の周辺は同じような住宅や大小の公園が並んでいて、緑地帯が近くにあり、少し足を延ばせば山や川もあります。
家の東側には県道が、その向こうには国道が走り、南、西、北側それぞれに住宅が隣接しています。猫がいる家は西側のお宅です。
まだ1、2メートルしか飛べないカラスの赤ちゃんが住宅地に迷い込んだことから、カラスの巣はこの近辺にあったのだと思われます。
カラスを保護した翌日は、朝から異様に鳴く親ガラスの声で目を覚ましました。
そういえばここ数日、大声で鳴きながら飛びかう大きな2羽のカラスを見かけていましたが、あれは親ガラスが子どもを心配して騒いでいたのです。
保護した翌日の朝、そんな親の鳴き声にも関わらず、赤ちゃんガラスは目を覚ます気配を見せません。10時ごろになってやっと目覚めた様子なので段ボール箱から出し、戸外の物置の屋根の上に乗せました。餌は何も食べません。
親ガラスは2、30メートル離れた住宅の屋根や電柱に止まってこちらをうかがったり、鳴きながら上空を旋回したりして子どもへのアプローチを続けています。
「鳴きなさい、お母さんに鳴いてここにいるよって教えなさい」
分かるはずもないと思いながら、必死でカラスに声をかけました。
しかし子供のカラスは声を立てず、親の姿が見えなくなると初めて小さな声で鳴く、という感じでした。
私はカラスから目が離せず、親が何とか子どもを抱えて飛んで行ってくれないかと思っていました。
心配している親に子供を見せて安心させたい、それなのにカラスを狙う猫がこの日もすぐそばに来ています。家の仕事もしたい。
いつまでもこうしているわけにもいかないので、玄関わきの木にカラスを移動させることにしました。
細い枝先の方にいれば猫に襲われた時、こちらも気が付くだろうとそこに移したのです。
そして玄関の窓を開け、時々見守りながら家の事をすることにしました。
親ガラスは再び姿を現し、鳴きながら周辺を飛び回り、しばらくするといなくなり、時間をおいてはまた姿を見せる、ということを何度も繰り返しています。
後で分かりましたが、これは他にも子供がいたからだったんですね。そちらの面倒も見なければならなかったのです。
私は親ガラスの子共を思う情の深さに心を打たれました。そして赤ちゃんを、何としてでも親に返してやろうと心に決めました。
長い1日が終りに近づき、夕方になりました。
気が付くとさっきまでいた木の上に赤ちゃんガラスの姿がありません。あわてて捜しに出ました。
北隣の家の奥さんが庭にいて、カラスがさっきまで庭で虫か何かを食べていたと教えてくれました。しかしもうそこには見当たらず、今度は別の場所で地面をつつきながら餌を捜しているのが見えました。
腰を振りながら鶏のような格好でよちよち歩いているのです。思わず笑ってしまいましたが、気が付くと今度は猫が3匹カラスを取り囲み、そのうちの1匹がカラスに覆いかぶさりました。
私は肝を冷やし、とっさにカラスを抱え、家に帰ってきました。
周辺で鳴く親ガラスの声はその後も続きましたが、やがて暗くなり、カラス第2日目が過ぎました。
まとまった家事がほとんどできず、私にとっては疲労困ぱいの終日でした。
赤ちゃんガラスの顔には猫に襲われた時にできたらしい傷がいくつもありました。
爪を立てられたように食い込んだ傷跡。それに3本の羽が今にも取れそうにプラプラしています。
一方、猫は我が家にカラスがいることを知って、植え込みの影などからじっとこちらを伺うようになりました。それで自分がそばについていられないときは、カラスを外に出すことができなくなりました。
頭にはまだふわふわの産毛しかなく、足も柔らかで小さく、口の中は朱色がかった赤です。
家の中をよちよち歩き、腕を出せばぴょんと乗ってきます。しかし部屋に放しておくには限界があり、以前飼っていた小型犬のケージがあったので、そこに入れることにしました。
適当な棒を渡して止まり木を作ると抵抗なく中に入り、まだ小さかったので中で簡単に向きを変えることもできました。
やはり親によく見せたいと思い、ケージを物置の上に置きました。
畑の道具などを入れている高さ2メートルほどの物置が道路際に設置してあります。
親はこの日も周辺を鳴きながら飛んでいましたが、心なしか旋回する時間が短いように思われ心配しました。
通りがかった人が物置の上のカラスを見て、この数日、猫に襲われていて、親がそれを威嚇していたと話してくれました。
最初は2羽のカラスが猫を襲っているのかと思ったそうです。すぐそばに小さなカラスがいたので、親が子供を守っていたのが分かったそうです。
赤ちゃんは時に猫に覆いかぶさられながらどうにか難を逃れ、それから十数件の人家を移動して我が家まで来たらしいのです。
猫に追いかけられているカラスを、屋根の上に逃がした人もあったそうです。
猫は簡単に屋根に登りますが、昼間は親の監視があったので近づけなかったのでしょう。
しかし親が来ない夜間、カラスの赤ちゃんはどんなふうにして何匹もの猫の襲撃から身を守れたのか、親が何らかの指示を与えていたのかもしれません。とにかく子供はこの数日間を生き延びたのでした。
親ガラスは猫が子供を狙っていたの知っているんですね、私は幾分ほっとしてその人に言いました。
子供を守る親が人を襲うことを聞いていたからです。
こうして親が案ずるカラスの赤ちゃんに関わっている以上、自分も親ガラスに襲われるかもしれないと覚悟していました。それで外に出るときは帽子とマスクと眼鏡を身につけるようにしていました。
しかし子供への猫の襲撃を知っていたとすれば、私が危害をく加えていない事は分かってもらえると思ったのです。
実際、いつも猫がその辺にいるのを親ガラスは上空から見ていました。
「今にきっとカラスの恩返しがありますよ」とその人は言って帰っていきました。
しかしひとつ気が重いことがあります。それは夫が反対していることです。
以前私は全身皮膚病で捨てられていた犬を拾い飼っていました。
犬の皮膚病が手当をしていた自分にうつったこともありました。
いつしか免疫ができたらしく平気になりましたが、犬の症状は亡くなるまで改善しませんでした。
その様子を知っている夫から「もう絶対生き物を飼うのはだめだ」と念を押されていました。
それでカラスの世話を焼く私を見て、
「この家に来ないのは、あとは蛇だけだ」と言っていました。
そんな人間をカラスのほうでも敏感に嫌いました。
これよりもっと知恵がついてからですが、夫がそばを通るとくるりと向きを変え、いなくなるとまたこちらを向く、という態度に出るようになりました。
猫にとって鳥のひなというのは格好の狩の対象であるらしく、我が家の周辺にはいつも猫数匹がたむろするようになりました。
一方、人間が与えるものをカラスが食べようとしないので、庭で食べ物を探させるようにしましたが、2、3回も表に出すと今度はカラスを素手で捕まえることが難しくなってきました。
そのため近くに猫が迫ってきても、急いで保護することができません。
当のカラスは何度も猫に飛びかかられながら、いっこうに怖がる様子がありません。返って私に捕まえられまいと逃げるので、このまま庭に出すのは危険だと思うようになりました 。
間もなく物置の上にも猫が近づき、そこも安全な場所ではなくなってきました。それで使わなくなった古いミニ温室用のスチール棚があったので、リビング前のデッキに据え、その中段に鳥かごを入れることにしました。
試してみると柵の間に鳥かごがどうやら収まります。これをリビングの前に置けば人間の目も届くし、上空を飛ぶ親鳥にも子供を見せることができます。こうして様子を見ることにしました。
カラスをケージに入れた直後は中から外を見ていましたが、1日経つと、ガラス越しに家の中ばかりを見るようになってしまいました。
屋根に日よけ用の新聞紙を乗せ、猫の襲撃と日差しを避けて、ケージを1日に何回も移動させていました。デッキ、庭の物干しざお(つるす)2階ベランダの物干しざお(つるす)という具合でしたが、この頃まだ餌を食べず、何をあげても蹴散らしてしまいます。
一方カラスの親は、毎日子供を呼んで大騒ぎしていましたが、このころすでに子供の方は親を忘れてしまったようでした。
隣の奥さんからは「カラスをどこか山の中に置いてきましょうか」と声をかけられていました。
タチヨミ版はここまでとなります。
2015年4月10日 発行 初版
bb_B_00133048
bcck: http://bccks.jp/bcck/00133048/info
user: http://bccks.jp/user/129055
format:#002y
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp