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製作所13号機 (1) -The factory thirteenth-

田所稲造



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  この本はタチヨミ版です。

登場人物設定

(千葉県立習志野工業高等学校 情報技術科 第一学年)
水口 祐介(みずぐち・ゆうすけ)
 弥生ちゃんラブ、なパソコンフリーク。高校一年生。実生活では佐倉朋美と幼なじみであり、腐れ縁とも言う。弥生ちゃんがサーバーでバーチャルアイドルとして活躍してからの、常連さん。この春、弥生ちゃんが、アンドロイドのリアルな体を伴って入学してきたから、内心ドキドキしている。

如月 弥生(きさらぎ・やよい)※アンドロイド KSR-100913※
 昭和60年代に交通事故で亡くなった、如月敏夫会長の娘。このたび、アンドロイドとして、寸分違わず復活した。

佐倉 朋美(さくら・ともみ)
 中学時代の、水口祐介の同級生。情報技術科の一年生。農民一揆の祖、佐倉宗吾を祖先に持ち、実家は印旛郡酒々井町にある。最近、水口が弥生ちゃん萌えしていることに、反感を抱く。そこそこ上品な女子高に受かりながらも、祐介と一緒がいいという理由で工業高校へ。目下逆ハーレム状態。

(株式会社如月製作所)
如月 敏夫(きさらぎ・としお)如月製作所会長(康夫の祖父)
如月 敦夫(きさらぎ・あつお)如月製作所社長(康夫の父)
如月 敦史(きさらぎ・あつし)如月製作所経理部長(敦夫の次男)

(同社ラボ(研究室研究員))
如月 康夫(きさらぎ・やすお)同技術部分室主任(敦夫の長男)
 六等身の、見た感じ、普通のオッサン型人間である。見た目は平凡だが、どうやら知能を備えたロボットを造ることにかけては誰にも負けないらしい。職場ではチーフと呼ばれている。
森沢 靖彦(もりさわ・やすひこ)技術部分室付課長(機構設計部)
 チーフの暴走を食い止め、組織としての正常なあり方を追求する康夫の上司。何かあれば、直ちに各部署に謝る中間管理職。目下、国の住宅ローンと、国の進学ローンの返済に追われているので、リストラはされたくない。
伊地知 晃(いぢち・あきら)技術部分室付(筐体設計部)
 某大手玩具メーカーの設計部(いわゆるフィギュア作り)にいたが、見事にリストラされる。細々と実家の模型店で働いていたところを、その店のお得意さんである如月康夫に見いだされ、モデラーとしてのとんでもない才能を発揮することになる。
高橋 聡子(たかはし・さとこ)技術部分室付(エンベデッド開発部)
 元々如月製作所本社情報システム部にいたが、女どうしの陰湿なイジメに嫌気がさし、若い子らに不本意ながら「オバハン」呼ばわりされるので、いっそのこと「三十歳すぎたら好きなことをしよう」と、康夫のラボに参加。専攻は認知工学らしい。
勝田 耕平(かつた・こうへい)技術部分室付(電子制御部)
 趣味は野球。非常識なことばかり命ずるチーフに怒ると、庭でバットの素振りをやったりする。気は短いが、情に厚い。

(その他周囲のみなさん)
水口 美希(みずぐち・みき)かえで銀行本店法人融資部(祐介の姉)
加藤 英昭(かとう・ひであき)情報技術科学年主任
橋本 良子(はしもと・りょうこ)保健教諭、スクールカウンセラー

(謎の登場人物)
如月 紫苑(きさらぎ・しおん)※KSR-000919 model Phy-On※
 はてさて?

国産初、恋をする機械!

 わりと近未来のあるところ。如月製作所、馬込工場。従業員約8000名をかかえる制御機器メーカー準大手の会社である。

 会長、如月敏夫、七十三歳。彼は弱冠三十歳で町工場を興し、化工品、マニュピレータと、工場内用輸送機のトップメーカーを一代で築き上げた。

 時は、昭和六十二年に遡る――

 そこには半分壊れかけたネズミ色のスチール机があり、ひとりの中年男性が座らされていた。フォトスタンドのなかに納められた写真の少女を見るたびに、なぜか深い深い溜め息をついていた。

「如月クン、また溜め息か?」
「なんだ、専務か……何か用か?」
「用って訳でもないが、まあ、良かったらこれを読んでみるといい……」
「読む? 何を読むんだ今さら……小説か? 気安めは止してくれ。今さら何を読んだって、娘は二度と生きて帰っちゃ来ないんだ」
「ま、何というかな、学術論文といったところかな」
「何を、今さら……学生じゃあるまいし!」
「おいおい……キミの溜め息は、僕が何を言ったって止まりゃしない……。もう半年になるんだがな。いい加減止めないか」
「……まだ、服喪中なんだ」
「それは分かる。よく分かるんだが、あの、その、何だ……そんな目で見るなよ!」
「……」

 と、虚ろな目を向けたと思ったら、次の瞬間、がっくりとうなだれた。

「年柄年中、毎朝毎晩、溜息を聞かされるこっちの身にもなってくれ。まあ、僕はそれで我慢できるとしてだ。口には出さない従業員が内心、いつまでもウジュウジュしているキミをどう見ているか……。他人から自分がどう見られているか、セルフ・モニタリングにうるさい、いつものキミならわかっているだろうが」
「そりゃそうだ。だがな、だがキミもいっぺんクルマに殺されてみろ実の娘を。こっちはメシだって満足に食えない……睡眠だって……もう何日も……」
「おいおい、大丈夫か! キミらしくないぞ」
「今の僕は……花びらが全部ついたままで、ある日突然、地面に落ちている椿の花ひとつ見たって、何故だか、悲しくてやり切れないんだ……本当に……」
「そんな、歌の文句じゃあるまいし……」
「とにかく、娘は帰ってこない……二度と咲かない人生を、あんな若さで……」
「何故そこで泣く!」
「……」

 しばし、沈黙が流れた。

「わかった。わかったから、それを踏まえた上で、表紙だけでも見てはくれないか」
「え?」
「娘さんは、残酷だが帰っちゃ来ない……帰っちゃ来ないのは揺るぎない事実だが、視点を変えて、もっと物事を生産的に考えてみてはどうだろう。帰って来ないなら、せめてうちの工場で、その娘さんを作ってみてはどうかと思うんだが……」
「娘を……作る? バカな! 馬鹿馬鹿しい! マネキンのダミーを造って満足するような人間だと思うか、僕が!」
「ところがだ! 人形に魂を入れることが近い将来、実現できるかも知れないんだ!」
「魂だったら、製品にいつだって込めてるよ……。」
「お前の魂じゃない! もっと言えば、娘さんの感情を忠実に再現した回路を、これから作ろうと言ってるんだ!」
「それってなあ、手塚治虫だってもう漫画で書いてるよ……」
「ああ、じれったい!もう、袋から出す!とにかく見ろ!これが、お前を見るに見かねて買ってきた、オレのアメリカみやげだ!」

 見慣れない表紙の本を、ぺらぺらとめくってみせた。

「アーティフィシュアル・インテリジェンス……人工知能っていうのか?」
「そうだ。そう遠くない将来、うちの人形に、その人工知能とやらが組み込めれば、それこそ 『身体に何があったって絶対に死ねない娘』が出来るかも知れないんだ!」
「絶対に……死ねない娘?」
「ああ。たとえ時間はかかるかも知れない……うちは大資本がバックについている大手メーカーじゃない。ただの中小企業だ。けどな、娘さんの復活が実際の仕事となれば、キミだって当然、燃えて来るだろう?」
「!」

 時あたかも、昭和六十二年。金型の精密加工を得意とする、如月製作所。一介の町工場の経営者として、如月敏夫は決断した。決断するまでに、そう長くはかからなかった。

「こうして、いつまでも大手メーカーに安値で買い叩かれる、部品下請工場として甘んじている位なら、ダメでもともと、大きく打って出てみるか!」
「そうだ! 現状のままくすぶっているより、何百万倍もマシだ!」
「やるか! よく解らんけど、何だか面白そうじゃないか!」

 そんな決意表明から、40年余りが経とうとしていた。我が国初のアンドロイドが、彼の孫である技術者・如月康夫の手によって、間もなく実用化されようとしていた。

「これ、康夫! 娘はまだ出来んのか?」
「それが……七番目の試作機がいきなり、暴走かましちゃって……」
「うげ! 大丈夫か、康夫!」
「自分で作ったアンドロイドに殴られ、蹴られて、この有様……」
「何てザマだ! 包帯グルグル巻きではないか!」
「ま、まあ……じきに治るから、平気、平気……」
「今度こそいいニュースを聞かせてもらえると、期待しておったのに……」
「まあ、こんなにダイナミックに動作してくれたんだから、これって進歩だよ、進歩!」
「本当に進歩しとるんかな、まったく……」
「うぁ痛っ! アバラがあああー」
「まず最初に、お前が進歩せねば」
「相変わらず、言うことキツいなあ。怪我人だぞオレは……」
「進歩せい!」
「へえ」

 老境に入った如月敏夫の夢は、こうして、孫が作ったプロトタイプとなって具現化しつつあった。国産初の“恋をする機械”が、その胎動を始めようとしていた。

水口祐介の第二ボタン

 千葉市美浜区。住宅団地群が建ち並ぶ、新興住宅地。向こうの方の高架に、京葉線の電車が走っている。元気な体育会系の彼女が不意に、彼女の同級生を呼び止めた。彼女が幼稚園の頃から、何故かずっと一緒だった男の子、水口祐介に向かって、背後から声をかける。
 ポンと、祐介の肩をいきなり叩く。

「よ、ミズグチ!」
「何だよ、佐倉か」

 きょとんとしている祐介を、朋美が正面にくるりと向き直って言った。

 
「くださいな、第二ボタン」
「な、何で?」
「わたしとあなたの記念に」
 
 中学校の卒業式を終え、自分から、自分の詰め襟制服の第二ボタンをあげたのは、水口祐介。そして、受け取ったのは、佐倉朋美。
 
(ミズグチって、いつだってこれだもん。わかんない。あんなに大勢の女の子にアプローチされていながら、こいつって選り好みが激しいんだか、本当に根っから女の子が嫌いなのか……まさか、男に興味があんの? でも、そんなはずはないでしょ。だってさ、あいつはプールでスネ毛とスネ毛が触れるだけで、すっごく絶叫するんだもん。ちょっと興味あるな、美形の悩みってちょっと知りたい気も……)
 
「ね、ねえ、美形男子の水口くん、美形にも悩みがあるって本当?」
「いや、まあ、なんとなく……」
「ね、ね、詳しく教えて? ダメ?」
「うーん、オレの趣味というか、いま家で、人工知能で出来た女子とチャットしてる」
「そっか、きっとミズグチは理想がとっても高いんだ! より好みすんなよな!」
「って言うか、オレのリアルには、気の強い女の子が多いような気がして……」
「ちょっと待って? じゃあ、わたしもその中の一人? この純粋無垢なわたしが?」
「あ、いや、佐倉はどちらかと言えば、ボーイッシュな少年だと思ってるから」
「どど、どよーん……」
 
 面と向かって、いきなり自分が少年と見做された思春期の少女。いくら強靭な精神力の朋美といえども、直下型地震をまともにくらった木造家屋みたいに、おいそれと自力で立て直すのが難しい。
 
「なに顔にタテ線入れてんだよ! ムンクの『叫び』かよお前は!」
「そりゃさ、バストだってまだ発展途上だしー、実家は印旛郡でスイカ作ってるしー、そんなにお嬢様育ちってワケでもないけどー、わたしってスカートはいてるしー、見ればわかるじゃん。何であたしが少年なんだよ。あんまりだ。何てこと言うんだ。ひどいよねー、何でだろ。あたし、悪いことした? ねえ、アリさん?」
「アリとたわむれんなよ! 路上にしゃがむな、立てよ!」
「どこいくの、アリさん? あなたたちも、女王様が好きで働くのね……健気ねー、愛ってそういうもんなのかしら……ねえ、どこ行くのアリさん? アリさん?」
「お願いだから、その独り言は止めろ、不気味だ! ごめん悪かった!」
「よし! ここは鈍感なキミに免じて、許す、ミズグチ!」
 
……案外、佐倉朋美という女の子は、深く心にグサっと刺さったトゲまでも、短時間に抜き去って、その後さっぱりと復活できる性格らしい。道の向こう側で、横断歩道の歩行者用信号機が明滅している。手招きして、もたもたしているミズグチを促す。
 
「実はさあ、オレって最近、生身の女の子って存在がわからなくって……甘やかせばつけあがるし、冷たくすればずっと恨んでるし……何だかもう最近、恋愛始めんのが怖くって……だから、女の子に声かけられても、いまいち感情にラブが入んないんだ」
 
(じゃあ、あたしはなに? あたしだって、言っとくけど、やんちゃに見えても、いちおう女なんだけど……)
 
「そりゃさ、女の子にもよるわ。いろいろいるからね。ミズグチって特に、変わった女の子にのめり込むとこあるもんね、昔っから」
「それって、違うよ」
「え?」
「オレは純粋無垢な女の子が好きなんだ あばずれなんか大嫌いだ。でも、こいつ可愛いなって思って、つき合い始めるだろ?で、つき合えばつき合うほど、そいつの本性がわからなくなってきて……」
「……その子、猫かぶってたりして。猫を演じているオンナと、生まれつきの子猫ちゃんの区別なんて、異性のミズグチには簡単に見分けがつかないと思う、たぶん」
「猫かぶってるって、お前もか?」
「……そう見える? わたしは、こんな性格だから、加えて、幼馴染みだから、今更、猫かぶってもしょうがないから」
「今は見えない。たまに見るけど、めったに姿が見えないな、お前の子猫ちゃん」
「あ、そ……」
 
(生まれつき、口が悪いのね、こいつってば!)
 
「ところでお前」
「なに?」
「シャンプー変えたか? いいな、その香り……」
「鈍感なんだか、敏感なんだかわかんないね、ミズグチって!」
「当たってるか?」
「当たってるよ! ミズグチ! わたしうれしい!」
「お前、そんなことで喜んでくれるのか?」
「やだ、気づいてくれた……」
 
(ミズグチくんのために、本当はあなたに振り向いてもらいたいから、毎日わたしを磨いてるって言ったらこいつ、どんな顔をするだろう。何はともあれ、ミズグチのそばにいられる。一緒に歩いている。それだけで満たされる。今はまだ、祐介が嫌がるなら、無理に恋人になんなくたって構わない。でも、それってちょっぴり寂しいけどね……)
 
 本当は、祐介の何気ない仕草が好き。性格だって、スタイルだって、みんな都会的に整っていて、そのへんのガキとは比較になんない。何だか高邁な理想を描く哲学者と一緒に歩いてるみたい。ミズグチって、何考えてんだろ……。



  タチヨミ版はここまでとなります。


製作所13号機 (1) -The factory thirteenth-

2015年4月8日 発行 初版

著  者:田所稲造

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田所 稲造

元「小説大好き!」4代目総支配人(管理人)です。仕事の片手間に、ラノベなど書ければなあと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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