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世の流れに抗って・・・

八桑 柊二

大湊出版



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  この本はタチヨミ版です。


目 次






















十一

十二

十三

十四

  世の流れに抗って・・・

                  
                         八桑 柊二


 一
 


         新正副生徒会長の選挙を行います

 生徒諸君の自主性を育成するためにも、従来のクラス委員らの互選を改め
 新たに、生徒全員による生徒会長・副会長の選挙を行う。
 生徒諸君の積極的な立候補を期待するものである。

 〇立会演説会を行います。  四月十五日 運動場、朝礼で。

 〇投票日  四月十八日  八時三十分から。
 〇場所  体育館にて。
 〇立候補者受付   四月十日まで。  生徒会室
 

立候補者は正副会長名、クラス、立候補する理由、推薦人を明記し、生徒                          
会室まで申し込んでください。
                             以上


                   生徒会・選挙管理委員会
                   ××中校校長 鹿井 一



神野類治は職員室前の掲示板に張り出された応募を読んでいた。彼は二年時の生徒である。「ふぅ~」と類治は思案していた。職員室前の廊下を通る生徒は少ない。他の生徒が掲示板をみることは希である。おのれに関係ないと素通りする男子生徒。
類治は生徒会室の別棟に足を向けた。生徒会長選挙の応募用紙をもらうつもりだ。この棟は運動場の隅にあり、ほとんどの生徒が立ち寄ることはない。生徒会室がどこにあるのか、知らない生徒も多い。
類治は棟に行く途中、クラスの冨士勝利の姿を目撃した。彼も立候補するのか? 類治は思った。冨士のオヤジは名の通った商社マンと聞いた。会社の中でも上の方らしい。冨士は成績は上位で、心配ごとなどひとつもないのだという顔をしていた。クラスで人気はある。しかし、尊大な態度で、人を見下す癖があった。類治は冨士を好ましく思っていない。明朗過ぎるところが少し、類治はひっかかる。世界はおれを中心に回っているといわんばかり、信じて疑わない。オヤジは会社で部下を管理しているから、そのような態度をオヤジから教育されているのかと思えるほどだ。
確かに、冨士の父親は息子に、出世しなければ、人の上に立たなければ、人ではないという風に教育していた。勝利という名前から分かる。その母親もオヤジに似て、ひとの上に立って仕切るのに、いたく満足を覚える婦人であった。
類治は通学の際、途中、石段を上るわきに二階建て、レンガ造りの瀟洒な住宅を思い出した。二階の窓から冨士の姿を目撃したことがあった。
 彼の副会長候補は冨士の腰巾着みたいな、いつもくっついて、おべっか使いの五十木玉男である。何とも、毛色の悪いべんちゃら笑いをする男だ。口だけはたち者である。彼の部下にもってこいなのかもしれない。
類治は立候補の意志はあるのだが、副会長の腹案は持ち合わせていなかった。何となく、国島に頼んでみようかと思っていたが、受けてくれるかどうかはわからない。ただ、類治は国島をどうとも思っていないのだが、彼女の方がどうやら、類治に気があるらしい。何かにつけて話しかけてくる。類治は成績が悪くはなかったから、「この箇所、どういう意味なの?」と国島が聞くことは度々あったのだ。
 しかし、類治ははたと、考え直した。「彼女に副がつとまるだろうか? おれが教えてやるのはいいが、足でまといにならないか?」彼はクラスの他の生徒を頭の中で物色する。
 思い当たった。でしゃばることなく、頭は良い方で、クラス委員を一年時、共にした東海林はよいかもしれない。慎ましく、賢そうな女である。類治は彼女に相談してみようと思った。
 類治は生徒会室の前にいた。冨士は既に、申し込んだのだろう、類治と入れかわり、ちらりと類治を横目で見た。その目は、『お前もでるのか?おれに勝てると思っているのか?』と胡散臭い眼差しである。類治のわきを通った。「ちぇっ」と冨士が舌打ちした。類治はその意味を直感した。
「どうぞ、入ってください」生徒会室の係が出入り口に佇んでいる類治を促した。類治はそうだったと思い直し、選挙管理委員が座っているテーブルの前に進み出た。
「何年生ですか?何組?」係は類治が言葉を発する前に、尋ねた。
「いや、まだ、立候補するかどうかは決めていないのです。ただ、申し込み用紙をもらってこようと思ったのです」
「代理ですか?」係はぶ然として言った。類治は面倒くさいと思い、「そうです、友たちが立候補するので、用紙もらってきてと頼まれたのです。・・・」類治は適当にごまかした。係は、ああそぉ、といわんばかりの表情で、「これです。これに書いて、もらってください。くれぐれも間違いのないようにね」係の生徒は色々、面倒なことはしたくないといわんばかりなのだ。用紙を類治に手渡した。
 神野類治の立候補の理由はこうである。R校は校長を民間から採用した。それで、校長の方針はR校を学区域内で進学一番の中学にしたいらしい。そのためにクラス編成を行い、有名高校に入学出来る成績のよい生徒とそうではない生徒のクラスに再編成するというのだ。これは生徒の差別化である。類治はそうしたことは許せないと思った。学業成績の善し悪しはともかく、そのことだけで、生徒の価値がはかられるのは絶対、反対であった。しかし、校内は父兄も、世間も、学業成績で生徒の価値をはかるのが暗黙の了解になっていた。その先は一流大学に入り、一流企業に就職し、きれいな奥さんをもらい、一戸建ての住宅に暮らし、子どもは二、三人持って、豊かで楽しい幸せな家庭をつくるというものである。その前提条件に、学業成績の高低、偏差値がある。偏差値というのはしばらく後、現れた評価である。これは受験塾が便宜的にこしらえたものだ。しかし、それが一旦、出来ると、その評価基準に、全ての学校がなびいていくことになった。これは先の話しである。元にもどろう。
類治はキリスト者であった。幼児洗礼で、毎日曜日に教会に通っていた。母と一緒だ。
神父さんの説教でも聖書のクラスで勉強していると、どんな人も皆「神の子ども」として平等であり、同じく、大切にされねばならないと、教えられていた。そのことは類治も同感していた。障害者の施設をクリスマスの時、訪問し、類治は彼らと楽しく過ごした。彼らは体は不自由でも、心は健康だと感じた。むしろ、健常者より思いやりがあった。彼らの親切は本物であった。類治はそのように感じた。だから、学校で、教師が成績のことで、怠けている者は人間でないみたいな言動をする教師もいるのだが、類治は憎悪を感じた。
類治は国語の教師とやりあったことがあった。教師は詩の解釈で、正解はこれだと決めつけた。類治にすれば、詩では感じることは人それぞれで、それでよいので、優劣などないのだ。しかし、教師は強引に、詩の解釈における正解を強調した。教師は受験のテストを念頭においている。もう、そのことしか、教室での学習の目的はないかのごとくだ。類治は強く反発した。
一時が万事なのであった。体育の教師は生徒の体の成長を念頭におくより、競技会で勝てる生徒の育成、学校の名をそれで有名することしか念頭にないみたいなのだ。
 その極めつけがテスト結果におけるクラス分けなのだ。そして、類治が意気消沈するのは父兄会も、このクラス編成を歓迎しているのだ。
彼はこういう校内の風潮に一石を投じたい。




 玄関の下駄箱のある方へに、類治は帰ろうと思った。
丁度、都合よく、東海林が下駄箱から下履きに履き替えている所であった。
類治は今がチャンスと思った。「東海林・・・」と言って、彼女に近づいた。類治と東海林はそんなに親しい仲ではなかった。たまたま、クラス委員で、一緒に仕事するくらいなのだ。彼女は類治からみる、よく話しをする女ではない。慎み深いくらいだ。
『神野君、何?・・・』という顔を東海林はした。類治はひと呼吸おくと「東海林、相談があるんだけど・・・」と言った。東海林は何事だろうと身構えた。類治が彼女に話しかけるのは稀なのだ。
「・・・実はおれ、生徒会長選挙に出たいと思っている。そこで、副会長だけど、お前、してくれないかなぁ?・・・」東海林は驚いた。彼女は職員室前の掲示は見てはいたが、自分には関係ないと思っていた。それが、まさかの副生徒会長になってくれなんて、青天の霹靂だ。
「私が?・・・何でなの・・・」東海林は言った。類治はそのような反応を予想していなかった訳ではない。しかし、ここで、引き下がる分けにはいかないと、思った。
「実は、おれ、クラス編成に反対なんだ、それで、出たいんだ。・・・お前、クラス編成をどう思う?」類治は単刀直入に言った。その方がよいと感じた。
「どうって?・・・学校が決めたことだから、みんな従うのじゃないの?」東海林は当たり前の如く言った。
「そうではなく、クラス編成はひとを差別するだろう。おちこぼれ組みをつくることなんだとおれは思う」類治は苦しそうに言った。
「それはそういうことになるかもしれないけど・・・」東海林は困惑気味だ。
「東海林は成績がよいから受験組に入れると思う。おれだって、こういっちゃなんだが、成績は悪い方じゃないから、多分、いけるだろう。ただ、成績のよくない者はひがまないか?」類治が言った。東海林も、友たち関係がクラス編成で、こじれることはあるかもしれないと感じた。
「そもそも、同じ生徒で、差別するのはよくないと思う。多分、今度くる新校長はうちの学校を受験校、有名校にしたいと思うのだが・・・」
東海林は今の時代が"受験戦争"になっているのは知っていた。だから、そこで、勝ち抜かねばならないと、皆が躍起になっている。東海林自身はがむしゃらに受験勉強するのを好まなかったが、友たちは学習塾に通っていた。ただ、彼女は自分の行きたい学校に入学したいとは思う。そこは成績のよい子が行ける学校だ。だから、必然的に、"受験戦争"には巻き込まれるし、勝ち抜かねばならない。彼女の親も期待をしていた。
 友たちでも、親の期待が高く、世間がそうであるから、やるしかないのだと、親は息子や娘らを叱咤激励する。親は己の最終学年が一流でないのは会社もそこそこだし、だから、一流校に入り、一流大学を卒業すれば、役人ならば国家公務員で、それもキャリアになれば、将来は"順風満帆"の人生を歩めると期待をふくらませているのだ。
だが、世間は思うようにいかないのが常である。

「今、すぐに返事しなければならない?」東海林は応えた。
「いいや、突然なので驚くのも無理はないよ・・・しかし、このことを考えて欲しいんだ。おれはこの学校の生徒が差別なく、皆が自分のタレントを発揮出来るような学校であってほしいんだ。」類治はしっかりと己の信じていることを言った。
「神野君、クリスチャンという噂だけど、本当なの?」東海林が尋ねた。
「毎日曜日、教会に行ってるよ」類治は悪びれずに言った。東海林はそうなの、だからなのか、という風に、類治の言ったのを納得して頷いた。
 彼女は幼稚園を教会の幼稚園に通っていた。そこで、子供のための聖書の話しは記憶していた。羊飼いと漁師とか、地位のない人々とイエス・キリストは関わり、王様とか地位のある祭司と喧嘩したのは薄々覚えていた。病気の人とか社会から見捨てられた人を救ったひとなのだ。人々に分け隔てなく関わっていたのを何となく覚えていた。小学校は公立であったが、クリスマスが近づくと何となく思い出した。教会に行ってみたこともあった。しかし。クリスマスと言えばプレゼントがもらえ、ご馳走が食べられるのが一番の楽しみであった。
類治は考えみるという東海林の態度に、一抹の期待を抱いた。
「じゃ、そういことで、考えてみてくれよ、おれは期待しているんだ」類治は言った。東海林は苦笑いをし、期待されても困るんだ、との態度で、彼と別れた。途中までは同じ道なのだが、類治は忘れもの思い出し、教室に戻った。東海林はそのまま、校門を出た。
 彼女は朝のHRで担任のk先生が生徒会長選挙のことをしゃべったのを思い出した。生徒の自主性を育てるとか、偉そうに、目的を話していた。
「諸君は既に、ご承知のことと思うが、今度、生徒会長の改選選挙がある。新しく、全生徒の投票で決めるという画期的なものだ。B組からも立候補する者が出るのを先生は期待している。これは、この度、赴任した校長先生の意向にそったものだ。学校の生徒の規律とか活動は出来うる限り、生徒諸君で決めるという自主性を育てるためのものだ。大いに、活かしてもらいたいと思う。ところで、諸君のなかから、立候補したい者はいるか?」先生は皆に問うた。即座に、「は~い」と手を擧げた者が冨士勝利であった。
「冨士、お前、立候補するか?」先生は納得したかのように言った。
「まあ、諸君のなかで、だれがふさわしいかは諸君が一番知っていると思う」。先生は既に、冨士ならば相応しいと決めてかかっている風であった。そして、続けた、「B組として協力出来ることは皆、協力して欲しい」先生はもう、冨士に決まっているかのように言った。

 東海林は少し、不愉快であった。彼女は担任が好きではない。何かと言えば、冨士、冨士と持ち上げるのは気に食わなかった。成績を言えば冨士君と神野君はよい勝負なのだ。クラスの一、二を争っていた。ただ、性格から言えば、神野君は控えめである。冨士君は羽振りのよい商社の中間管理職の父を持ってているからなのか?それは分からないが、とにかく、派手なパフォーマンスを好む。彼の母親はたいへん教育熱心らしいのだ。
 父親は一流大学出ではないが世渡り上手で、昇進していた。だからなのか、ことさら、一流校にこだわるらしい。
 父親は努力の人で、周囲の空気を見極めるのに敏であり、上司に取り入り、年齢の割には課長まで早く成った。母親は夫の出世を第一番に考えるような女性である。だから、勝利は小さい頃からなんでも、人の上に立ち、一番になることに努力した。尻を叩いたのは母親であった。
 勝利は学習塾に小学校から通っていた。それで、公立の中学にいるのは私立の受験に失敗したのだ。その辺の詳しい事情は東海林にはわからなかった。そういうことなら、神野君の方があまり、勉強しなくても成績はよいから頭がよいのかもしれない?と、東海林はしょうもないことを考えた。
『どうしようか?』東海林は悩んだ。
『冨士君に比べれば、神野君を応援したい気持ちはあるけれど、私に副が務まるかしら?』彼女はこちらの懸念が強かった。クラス委員と学校の生徒全員をカバーする役とは規模が違うのだ。
『とにかく、母にも相談してみよう?』彼女はそう考え、通学の途中の坂を下り、(坂の上には冨士の家がある)左に折れて、賑やかな商店街へ抜ける道を自宅に向かった。





春に向かい、日没は順次、遅くなる。日没には間があった。
西側の窓を通し、陽の光が差し込んでいた。眼にはいると眩しいくらいだ。
典子は母の夕食の支度を手伝った。職員宿舎で、二人の人間がかろうじて動ける広さの台所であった。
母は手早く、野菜を切っていた。典子は母に尋ねた。
「学校でね、生徒会長の選挙をすることになったの。新しい校長先生の発案らしいの・・・」彼女はサラダを盛り付ける。
「民主主義の真似事かい?」母が言った。
「私たちの自主性を育てるためっていうのだけど。・・・」典子はなかなか、確信に触れられない。
「いいことじゃないか。今度、赴任する校長先生は民間の会社から来た人らしいね」
「そうなのよ。それで、新機軸らしいのだけど、体育の先生がおっしゃってたわ・・・」最後まで言わない。
「これからは、進学にも力を入れるんだろう」
「どうして、ママ、知っているの?」典子は以外であった。
「団地の人たちが話していたのを小耳にはさんだのよ」
「そうなの・・・、体育系のM先生は知育ばかりに力をいれることになるのではないかと心配しているみたい・・・」
「そうかい。お前のところは一時、体づくりに力を入れていたからね」母そう言って、野菜と表面を炒めた肉を鍋に入れた。今日はカレー・ライス。父が好きなのだ。
「・・・ママに相談したいのだけど、今度、私に副会長にならないか?と神野君に誘われたの? ママどう思う?」母は典子の顔を見た。
「それで、OKしたのかい?」典子は顔を暗くした。
「神野君と言えば、クラスで出来る子だろう。お前はいやなのかい?」
「どうしたらいいのか迷っているの・・・私は副会長がつとまるか? 自信がないのよ・・・」母はまな板を蛇口の水で洗いながら言った。
「いいチャンスではないの。出来るかできないか心配するより、やる気があるかどうかじやないの」母は言った。
「そうなんだけど・・・、私、人前に出るのは苦手でしょう。それに、応援演説もしなくちゃならない言っていうし・・・」母は再び、典子の顔をうかがった。
「だからさ、それはよい機会じゃないの。よい経験になるとママは思うよ。思い切って、チャレンジしてみたらどうなんだい」母は典子を激励した。というのは、母親の秀子は中学時代、生徒会長をしたことがあった。彼女は典子に、自分の経験を話した。娘にこんな話をするのは初めてである。典子は母親が生徒会長をしたことがあるなんて想像もしていなかったので、驚いた。そして、あらためて、母の顔を見た。母の経験の結論は、たいへんなこともあり、戸惑ったが、結局、してよかったということであった。典子は「考えてみる」と言った。参考になった。そういうなら、何かDNAみたいなものが自分にも遺伝しているかもしれいと、ほのかな期待を典子は抱いた。
 自室に戻り、明日の教科書をそろえ、準備していると、ふと、不安がわいてきた。自分と母とは違うのだと思った。母は勝気な女性である。夫の洋一郎と結婚するまで、銀行の窓口に出でいた。それを夫の洋一郎が見染めたのだ。母は結婚するまでを手短に話したが流石に、一目惚れの、お惚気話はしなかった。
 とにかく、父が帰ってきたら、父にも相談してみようと典子は思った。彼女は机に向かい、数学の宿題を片付けようと、教科書とノートを開いた。




  タチヨミ版はここまでとなります。


世の流れに抗って・・・

2015年4月10日 発行 初版

著  者:八桑 柊二
発  行:大湊出版

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八桑 柊二

1946年、生まれ。明治大学文学部卒、業界紙・誌に勤める。今は無職。

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