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語り継がれる アジアの超怖い話

秋本あまん 朝業るみ子

シリウスA2



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  この本はタチヨミ版です。


―― 目次 ――

1 中国 篇


鬼がしらせた犯罪


猛人伝


鬼と暮らす


小足女とボール男

2 インド・インドネシア 篇


前世と現世の狭間で


カルマの嵐


野垂れ死に


ブラックマジック

3 日本 篇


長すぎたドライブ


泣き虫な幽霊


   ヒコサブロー


座敷童子

4 マレーシア・タイ 篇


内蔵をつけた生首


ダトゥーの怒り


呪われたパナン


   恐怖のスプラッター動画

5 韓国・台湾 篇


飯粒でできたポケモン


蛇女房


魂が入れ替わった話


鬼の通い路・お金の道


赤ん坊を育てる鬼

あとがきにかえて


   鬼が報せた犯罪 ―― 中国


 日本の鬼とは異なる中国の鬼
 日本では、異界の住人は、主に「妖怪」と「幽霊」に分けられる。
 その場所にしか出ないものを「お化け」とか「妖怪」と呼び、ある特定の人間の前にだけ現れる、つまり怨恨がらみのものを「幽霊」と呼ぶのが一般的らしい。
 場所に出るのが「お化け」「妖怪」で、人に出るのが「幽霊」というわけだ。
 もっとも、最近は「幽霊」にも地縛霊などというのがいて、妖怪並に、その場所に行くと相手かまわず現れる、ということもあるようだが……。
 さすがに、四千年の歴史の中国の人達は、最初からこういうことを経験から知っていたようで、中国では「お化け」「妖怪」「幽霊」を全部ひっくるめて「クォイ」と呼ぶ。
 これは、台湾でも、各国に散らばる華僑かきょうの街・チャイナタウンでも同じで、中国系の人達は、異界の住人を皆「鬼」としてひとくくりにしている。 
 日本にも「幽鬼」「餓鬼」「鬼畜」など、鬼のつく言葉が沢山あるが、桃太郎などの昔話に出てくる赤鬼や青鬼もまた、そのルーツは中国である。 それだけに、いくつか話を拾ってみると、鬼の話はユーモラスなものから、リアルで身の毛もよだつ陰惨なものまで、かなりの幅がある。

 キョンシーという香港映画がヒットしたのはいつ頃だっただろう?
 日本で言うところの、占い師や霊能者にあたる「道士」が、「鬼」たちを自由にあやつって、悪鬼の親玉を退治する、というような話だった。
 この場合「道士」は、「術」を使って「鬼」を操るわけである。
 日本の場合、昔から「もののけ」つまり霊(生き霊であることが多かった)、が悪さをすると、祈禱師きとうし依代よりしろ(霊媒)を使って霊に話をさせ、言い分を聞いた後に「はらう」、つまり除霊か浄霊を行う。
 取り憑かれている人間からとりあえず引き離すことを除霊といい、引き離すだけではなぐその霊を説得して、成仏させた場合は「浄霊」ということになる。
 このパターンはおおまかなところ、現在もさほど変わっていないように思う。
 つまり「もののけ」の「心」をしずめるのが、日本式のやり方だ。
 中国は違う。中国の「鬼」たちは、もっと、何といったらいいのだろう……理系、なのである。「心」よりも、摂理に支配されているのだ。
 歴史をひもといてみても、「水」の国。日本は徹底性に乏しく、正にファジーといえるが、文化的にも肉食で「油」の国。中国は、もっときっぱりと極端である。
 「鬼」が行き来する異界もまた、相手を許したり、「水に流して」忘れたり、などというなまやさしい世界ではない。
 キョンシー映画でも、「道士」が「術」を使って、「鬼」を自由に操るのである。
 「術」をかけられた鬼に、もはやパーソナリティはない。
 「道士」の「術」をかけられた「鬼」は、ただの操り人形「キョンシー」となるのである。キョンシーはロボットのようなもので、良い道士の手にかかれば良いキョンシーに、悪い道士の手にかかれば悪者のキョンシーになる。鉄人28号と同じだ。
 香港映画『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』などを観てもわかるが、日本と違って、中国では「鬼」を浄霊、つまりあの世に行かせる、などということはしない。
 儒教の国・中国に於いて「鬼」には「成仏」などというおとなしい結末はないのである。
 「鬼」は永遠に「鬼」として現世とあの世の境界を彷徨さまようか、さもなくばまた生き物に生まれ変わってくるか、または、消滅するか、のどれかである。「鬼」もまた死ぬのである。
 日本のように、「あの世に平穏な気持ちのまき永住する」、という発想はないようである。

 窓から覗いた家の中では…
 これは、以前雑誌の取材で訪れた上海で、通訳の王くんから聞いた話である。
 王くんは当時二十五歳の青年。日本語も達者で、五輪真弓の音楽が好きな、真面目な青年だった。
 王くんは、最初のうちこそ、私のことを姓にさん付けで呼んでいたが、何日か行動を共にするうち、いつのまにか私を「先生」と呼ぶようになっていた。
「先生と呼ばれるほど、偉そうな人間ではない」
 と私は言ったのだが、それは私の勘違いであった。中国ではちょっと年上の人、気の張る人や目上の人を、概して「先生」と呼ぶ、とのことだった。
 ――蛇足だが、こういうところにも中国と日本との違いの秘密、のようなものが現れている。 中国の「鬼」は日本に来て「お化け」や「幽霊」に細分され、「先生」もまた細分化されて「師匠」や「社長」になったのかもしれない。
 王くんが「先生」と呼んでくれるようになったのは、かなり親密になった証拠でもあった。ちょうど私が行った頃というのは、上海は昔ながらの租界区の面影を崩しつつある時期だった。
 黄浦江おうとんこう周辺は大掛かりな開発工事が進められていて、完成したらアジア一になるといわれる巨大な吊り橋が架けられ、摩天楼のような超高層ビルや、外資系資本のホテル、重工業の工場などがものすごい勢いで建設されていた。
「来年になったら日本人がロマンチックに憧れていた、三十年代以来の魔都上海は、影も形もなくなっちゃうんだろうね」
 ガーデンプリツジ(外白渡橋)の上から、黄濁した川の流れを見下ろしながら王くんに言うと、彼はこんなことを言った。
「土地の姿は変わっても、人間が入れ替わっても、上海は上海です。洋服を着替えるようなもんです。でもこのままではここは人が住むところではなく、鬼の住処すみかになってしまう。先生は、鬼って知ってますか」
 王くんは、信じますか? ではなく、知ってますか? と聞いた。
「居住区が少なくなってオフイスばかりが増えると、鬼たちが生まれ変わるために入り込む妊婦がいなくなる、だから街は鬼で溢れかえることになるって、うちの祖母はそう言ってましたよ」
 開発が進めば進むほど、上海はゴーストタウンになってしまうというのだ。 
 この時期の上海は、外資系資本がぞろぞろと入ってきて、土地やビルがどんどん外資系資本に売り飛ばされていた。王くんの住んでいた居住区もそうで、開発のため王くんたちは立ち退きを強いられたのだという。

 王くん一家が住んでいたのは、同じような棟がいくつも並んだ、日本でいえば、ちょうど昔の国鉄の官舎のような感じで、それをもう少し立派にして煉瓦れんが造りにしたような建物、とでもいおうか。
 六棟のうち、王家を含め五棟は「お上の言いつけだから」、とすぐに別の家に引っ越したのだが、あれほどせかされて立ち退いたにもかかわらず、取り壊しの工事はなかなか始まらなかった。
 黄という家が一軒だけ、強弁に立ち退きに抵抗していて、公安(日本の警察のような機関)が踏み込むのも時間の問題だ、という噂がたっていたのである。
 王くんたちが住んでいた棟がある居住区は、他のほとんどの住人も移転を終え、人っ子一人いないまさにゴーストタウンと化していた。公社(日本でいうところの職場)への近道でもあるので、王くんは毎日、このゴーストタウンの中を自転車でつっきっていた。
「ちょうど、新しい家から公社に行く途中だったので、毎朝自転車で横切るけれど、半年たってもまだ工事が始まっていない。まだ頑張ってるんだろうかと思って……」
 そんなある夕方、彼は、好奇心から最後まで残っていた黄さん宅をふと覗いてみる気になった。
 近所に住んでいた頃は、出身県も違ってさほど仲が良かったわけでもないが、それほど居座るとは、なかなか骨のある人物だ、と王くんは黄さんに興味をかきたてられたのだという。
 王くんは道端に自転車を寄せて、そっと黄家をうかがった。
「そうしたらやっぱりまだ黄さんがいる。窓が明るいんです。黄さんは、一人暮らしの中年の男でした。前は奥さんと子供がいたんですが、奥さんが出て行ったみたいで、子供もどこかに引き取られていったのかいなくなりました。そのうち、すぐに再婚したのか、時々女の人の姿を見るようになったんですが、その人もしばらくしていなくなり、また独身に戻っていたんです。僕たちがいた棟は、ファミリー用なので、本来なら黄さんはもう少し狭いとろに引っ越さなければならなかったんですが、どういうわけかずっと住んでたんです。周りの人も不思議に思ってました」
 その黄さんが、たった一人あいかわらず頑固に抵抗していたのである。
 日も沈みきり、どの家の窓にも夕餉ゆうげの暖かな灯火が灯り始める頃だった。 
 ところが、ゴーストタウンの中にポツンと灯った黄家の窓は、確かにほんのりと明るいものの、何かが違っていた。
 明かりが灯っているというより、中で何かが燃えているように、窓ガラスがちらちらと揺らめいて見えた。
「?」
 王くんは自転車から降りると、吸い寄せられるように黄家の窓ガラスに顔を寄せ、部屋の中を覗いた。
「あ! あれは……?」
 黄さん一人だけのはずが、家の中には二人の人間が向き合って座っていた。 
 土間の奥に、段差のある布団を積んだスペースがあり、台所を兼ねた土間にはテーブルが置いてあった。
 そのテープルの脇に、黄さんと思しき背の高い男が、こちらに背を向けてしゃがんでいる。顔はよく見えないが、同じように黄さんと向き合ってしゃがんでいるのは、女の人のようだった。
 そして二人の間には、何かを燃やしているのか、火が燃えていた。
 目を凝らすと、黄さんが燃やしているのは大量の紙片だった。紙片は勢いよく炎を上げ、燃え尽きそうになると黄さんが次々と新しい紙を火にくべているようだった。
「黄さんが燃やしているのは、鬼封じのおさつだってすぐにわかりました。黄さんは、沢山のお札を買って来て、誰かと一緒に、一心不乱に家の中で燃やしていたんですよ」
 霊や邪悪なものをしずめたり追い払ったりするのに、日本では線香を焚き、西洋では聖水を振りかけるところだが、中国の場合は「お金」を焼く。
 もっともこのお金は現世では効力がなく、あの世専用の寺などで購入する偽札である。
 人が亡くなると亡骸なきがらをこの札といっしょに埋葬し、日本でいうお盆にあたる時期や、命日、正月などには、どの家でも、ちょうど日本で焼香するように、札を焼くのが習わしである。そして、だいたい庭先や門の前、墓前など、屋外で焼くのが一般的だという。
 ところが、この夜の黄さんは、黒煙にもうもうといぶされながら、家の中でお札を焼いていたのである。人に知られたくはないということなのだろうか。
 ……おかしい、何かある……
 と王くんは思った。
 それに、黄さんと向き合っている女の人も変だった。必死にお金をくべている黄さんを冷ややかに見下すようにぴくりとも動かない。
 女の顔はよくは見えないものの、じっとしゃがんで、黄さんの顔を覗きこんでいるように見えた。

 立ち退きを強硬に拒んだ黄さんの秘密
 どれくらい時間がたっただろう。
 ゆらゆらと揺れる炎に魅入みいられたように、その場に立ちすくんでいた王くんの耳に、やがて妙な音が聞こえてきた。
 音……いや、何か小さな生き物の声である。

 チーチーとも、ピチャピチャとも、泡のはぜるような小さいがにぎやかな、小動物の鳴き声のようにも聞こえた。
「何かいるんだろうか?」
 王くんは、声のするほうに目をらした。
「よく見ると、それは黒っぽくて小さい、子猿の影のようなものでした。
ピチャピチャと声をあげながら、黄さんの足元に沢山集まっているんです。十ぴき、いやそれ以上いました」
 見ていると、その子猿の影のようなものは、黄さんが札をくべるたびに、炎の中に次々と飛び込むのである。飛び込むたびに、炎は火力を弱め、黄さんが慌てて煽る。黄さんがあおって火が勢いを増すと、また別の、その黒いものが炎の中に飛び込んでいく。それはまるで、お札を焼いている黄さんの邪魔をして、火を消そうとしているように見えた。
「あれはきっと鬼というものだ!」
 王くんが気づいたのと同時に、黄さんの向かいにしゃがんでいた女が顔をあげた。そして、王くんと目が合った。
 目が合うや否や、女は髪の毛が逆立った凄まじい形相で、こちらをにらみつけた。
「うっ うわわわ-!」
 王くんはその場で腰を抜かしそうになった。
 顔をあげた女は、数年前に出て行って行方不明になっていたはずの黄さんの前の奥さんだったという。王くんは、つんのめり、何度も転びそうになりながら、やっとのことで自転車にまたがると、猛スピードで逃げ帰った。

 その後、王くんは、りもせずあいかわらずゴーストタウンをつっきって通勤していたが、さすがに二度と黄さんの家を覗こうとはしなかった。
 そしてしばらくして、あの辺りにはどうやら鬼が出る、という噂が立ち始めた頃、黄さんが公安に逮捕された。
 容疑は「殺人」であった。
 黄さんは、新しい妻を迎かえるために、前妻を殺して床に埋めていたのである。
「黄さんが立ち退きを渋っていたのは、工事が始まると遺体が発見されて、すべてがバレてしまうことを恐れていたんでしょう。僕が見たのは前の奥さんの鬼だったんですよ。よくはわからないけれど、たぶん、後から来た二番目の奥さんはその鬼に取り殺されたか、追い出されたか、そんなところでしょう」
 一向に立ち退かず、札を焼き続けていれば、誰だっておかしいと思うだろう。いぶかしく思った誰かが公安に密告ちくって、調査の手が入ったのだろう、と王くんは言った。そして、密告ったのは断じて自分ではない、と言い張った。
 私が聞くと、王くんは、そんなことは説明するまでもない、という調子で言った。
「あの小鬼は、前妻の鬼の術に操られていたに決まってるじゃないですか。札を沢山焼くと、前妻の鬼は封じられて死んでしまうから、前妻の鬼は小鬼を使ってそれを妨害してたんですよ」
「だから黄は、延々と火を燃やすことになって、ついに罪がばれたんだね」 
 そうです、全て、前妻の鬼が導いたことです、と王くんはうなずいた。 
 黄さんが逮捕されてから、その居住区では間髪を入れずに開発工事が始まり、超高層の外資系ホテルが建てられたという。
「ずっと向こうに見える、水晶みたいな形のビルがそうです。ほら、ここからも見えるでしょう?」
 王くんがそう言って指さした先には、他にもいくつかの超高層ビルが霞んでいた


  猛人伝 ―― 中国


 冷酷なきさきが恐れたもの
 もうずいぶん昔のことだが、『ダーク・クリスタル』という映画があった。
 それは、マペット人形のファンタジーで、悪の種族と善の種族がいて、まあいろいろごたごたがあって、最終的にはその二つの種族が統合されて「人間」ができた、というようなストーリーだった。
 善の種族は品行方正でおとなしく、ビジュアルも清らかでシンプルであるが、悪の種族は見るからに醜悪しゅうあくで、やることも言うこともおぞましく、かつ派手であった。
 不思議なもので、悪の種族が登場しているシーンのほうが画面的にもパワフルで、観る側としてはなんとなくそそられるものがある。ストーリーもまた、善の種族が静かに穏やかに暮らしている間に、悪の種族のなかでは恐ろしくスピーディーで起伏に富んだドラマが展開していく。
 要するに、悪のほうが面白いのである。
 善の種族のやること、考えることなどはだいたい想像がつく、言い方をかえればまあ相場が決まっている。
 が、悪徳というものは、怖いけれども、ものすごくクリエイテイビティに富んでいるのである。そういうクリエイティビティに富んだ恐ろしいキャラクター、特に女性が、中国四千年の歴史の中には度々登場する。

 ポピュラーなところでは、漢の時代にいた高祖の正妻、呂后りょこうである。
 中国の権力者は一夫多妻が普通で、正妻が后、その後に続く女性は妃、夫人、などと呼ばれ、その下にも何百人という妾がいた。
 呂后は頭の良い女性だったが、残忍でもあった。こんなエピソードがある。
 密告により謀反むほんの罪を着せられたのだが、高祖自身が、それが濡れぎぬであることに気づいたため死刑にされるところをまぬがれ、地位を剥奪はくだつされて地方に飛ばされた、といういわくつきの家臣がいた。
 呂后が用事でその地へ赴いた時、その元家臣が駆け寄り、自分の無罪をもう一度帝である高祖によく話して欲しい、と頼んだ。家臣は心から、もう一度主君は仕えたかったのである。
 呂后は、ニコニコして快く承諾し、
「もちろん私もあなたの無罪を信じてました。この地に飛ばされたこと自体、とても理不尽ですよね。帝によくお話しするから、あなたも私といっしょに都に来たほうがいいでしょう。そのほうが説得力もあるし……」
 そう言って、その元家臣を都に連れて来ると、
「この男は切れ者で骨もあるから、生かしておけばいつかきっと帝の椅子をおびやかされます。ちょうど今回は部下たちもいっしょについて来ているから、早く今のうちに全部すぱっと殺しておしまいになって」
 と、高祖に耳打ちし、連れてきた家臣とその部下たち、親族までも皆殺しにしてしまった。
 呂后は程度の差こそあれ、この種のことを若い頃からしょっちゅうしていた。
 この頃の中国では権力の座を守るために、疑わしきは罰せず、の正反対で、ょっとでも疑わしいと殺し、優秀であればその能力におびえて殺し、ということが日常茶飯事だった。
 ただそういう権謀術けんぼうじゅつに長けていた皇后というのは、当時でも珍しかったらしい。
 そのため高祖自身、何度も呂后から窮地を救われていて、実際頭が上がらなかった。
 ところが、そんな呂后にもどうしても自分の思いどおりにならないことがあった。
 後宮にいる大勢の妻妾たち、ライバルの存在である。
 このライバルの一人が力をつけて、高祖をそそのかしでもしたら、それこそ一巻の終わり、である。
 ある日突然、夫から、
「ハイ、今日からもう、おまえは皇后降りていいから。新しいお后はこのコだから」
 と、言われかねない。
 そうなったらもう、日頃方々から恨みをかっている呂后は、新しいお后に殺されることになるだろう。
 呂后が特に恐れていたのは、せき夫人だった。高祖が一番気に入って寵愛していた美人で、高祖との間に子供もできていた。
 高祖は仕事のパートナーとしては呂后を信頼していたが、女性としては戚夫人を一番愛していたのである。
 呂后はこのことがくやしくてたまらないが、どうしようもない。

 妖怪よりもはるかに怖い人間の所業

 そして、やがて高祖が亡くなると……。
 呂后は待っていたように戚夫人の子供を殺し、その後牢獄に入れておいた戚夫人も殺してしまった。
 それも一思いに殺すのではなく、積年の恨みとコンプレックスを晴らすかのように、じわりじわり、ねちねちと苦しめて死に追いやった。なぶり殺したのである。
 まず、子供を殺されて嘆き悲しんでいる彼女を裸にすると、凶悪な囚人たちのいる牢に放り込んで自由に犯させた。
 精神的にボロボロにしたところで、次に薬を使って喉と耳を潰して声と聴覚を奪い、しばらくしてから今度は目を}(くや)抉}(えぐ)ってしまった。
 そして最後には、戚夫人の両手両足を一本一本もいでいった。それも一気に四本ではなく、一本切って気を失ったら、また正気二戻してから一本、と、ほとんどサディズム、猟奇の世界である。
 話せず聞こえず見えず、両手両足ももぎ取られた戚夫人は、その後便所の中に放り込まれた。
 当時中国では、便器の下の部分が大きな空洞になっていて、そこで豚を飼っていた。人糞を餌にして家畜を飼育していたのだが、戚夫人はその人糞まみれの豚がいる肥溜こえだめに、投げ込まれて放置されたのだ。
 高祖が亡くなった後、呂后と高祖の長男が新しく恵帝として即位したが、大后になった呂は、
「ほら陛下、ここに人豚がいます」



  タチヨミ版はここまでとなります。


語り継がれる アジアの超怖い話

2016年4月2日 発行 初版

著  者:秋本あまん・朝業るみ子
発  行:シリウスA2

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朝業るみ子
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