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この本はタチヨミ版です。
壊れやすい器
八桑 柊二
一
恭子は病室のベットに寝ていた。頭の向きは壁で、三方を白いカーテンで囲っている。四人部屋だが、他の患者と顔をあわせたくない。視野を遮断しているのだ。
常男の見舞いを心待ちにしているが、昨日は来なかった。恭子は夫の薄情を恨む。そういう人なのだと、震災時の"心の傷"を確認している。
恭子は病室の天井の雨漏り、昔のしみであろう、形は淫らなものを連想させる、床に汚く、しずくが垂れ、流れたような形のを不快に思った。
恭子は枕元の目覚まし時計を見た。常男は一時に来ることになっていた。しかし、未だ、聞き覚えある足音を聞かない。時計は新婚当時、新しく買った物である。彼女は脳裏に、その時の、ちょっとした行き違いの記憶の感触がよぎった。しかし、咄嗟に頭を振り、想念を振り払った。彼女が一瞥した先に、純白の布に包まれた小さな箱が置いてある。
カーテンを引く音がやかましいと彼女は感じた。病室の窓から室内にこぼれ陽が射しこんできた。何事かと思うと、突然、姿を現わしたのは同年輩の香島志井子である。正月気分は終えているのにも関わらず、明るく装う、水仙色の淡いイエローの服に身を包んでいた。恭子より背が高く、いつもの様に髪を編み上げ、病院に立ち寄るには濃すぎると思える厚化粧の顔を向けた。片方の腕に毛皮のコートを抱えている。
恭子はまぶしいから顔を横に向けた。その真上から、寝ている恭子を看護師が起こす際のように、ベットのそばに寄り、声をかけた。
「うっとうしくないの、駄目だよ」志井子はそう言うなり、いきなり、金属音の擦れる聞き難い音をたて、半開きのカーテンを勢いよく引いた。
「まぶしいわ!」恭子はこれだけ言うのが精一杯であった。志井子はいっこうに気にしない態度だ。
「これ、どこに置いたらいいかしら?」と見舞いの花を恭子にかざした。水仙の甘く香しい匂いが病室に漂った。
「まあ、かわいい!」恭子は久しぶり、童心のような表情で、匂いをかごうと、身体を乗り出した。
「無理しちゃ駄目よ」志井子がたしなめた。ベットわきにある入れ物兼用の古びた鉄製の物入れ箱の上、白の包みの側に、(志井子は気づいていたが、そんなものは存在していなかったように目をそらす)底に飲み残した牛乳瓶に目をとめると、彼女は「これ、借りるわね」と言い、病棟の各階に備え付けてある、恭子の病室にくる途中、志井子はチェックしておいた台所へ、瓶と花束をもって、じゃあと、言う風に、言葉には出さないが、男から見ればコケティッシュな仕草をすると、肩幅の広い黄色の背中を見せて部屋を出ていった。
志井子はあの白の包みが何であるのか知っていたが、恭子の様子から判断し、言うべき時ではないと、感じたのだ。
恭子は予想外の見舞客にとまどった。というのは、彼女は日頃、さほどつきあっている人ではなく、隣近所なので、好きではないが支障を起こさない程度につき合う間柄なのだ。だから、香島志井子が何故、わざわざ、この時期に来たのか怪訝を抱いた。
志井子の家は屋根瓦が何枚が壊れたり、ずれたりしただけであった。恭子は自分の家のことで精一杯だったから、志井子の新築した家の壁にひびかは入ったのは知らなかった。
地震が起き時、 恭子は飛びはねたテレビが背中に当たり、一瞬、息がつまった。気絶して、うつぶせたになった。気づいた時、この病院のベットに寝ていた。それはずっと寝ていたようでもあるし、つい昨日の様な気もした。その後、会社の後片づけに忙しい合間をぬい、常男が見舞いに来た時、周辺の事情を初めて、聞いて知ったのである。地震が起こったのは知っていたが、その被害のすさまじさを聞き、非常におどろいた。知り合いは大丈夫だろうか?教会はどうなったのだろうか?と、懸念が脳裏を走った。聞くところによると、大聖堂は崩壊しなかったが、屋根部分がずれているらしいのだ。司祭館は無事だと聞くとひとまず、安堵をしたのだ。M神父も無事だということらしい。恭子は退院したら、すぐ、教会にかけつけ、様子を確認したいと思っていた。ルルドの洞窟を模したマリア像が無事と聞き、やはり、マリア様が助けてくれたのだと、彼女は自分に納得させていたのだ。
怪我して恭子は担ぎ込まれたが、ここにだって、すぐにこられた訳ではなかった。彼女はどのように病院までたどり着いたのか記憶がおぼろげなのだ。誰か見知らぬ男性におぶわれていた記憶はかすかにあった。それが夫だったのか、他人だったのかはおぼつかないのだ。だからと言って、夫には聞けなかった。もし、夫でなかったら、どう反応したらよいかが怖いのである。
「これで我慢しようよ」志井子が花瓶に挿した水仙の花をかざし、戻ってきた。同室の人の「かわいいね」と言う声が聞こえた。向こうのベットにいる老婦人らしい。
「いい香り、ありがとう。そこに置いて」恭子は無理に笑顔をつくった。
「ここに来るまで、それは大変だったのよ」志井子はさも、不便をおしてわざわざ、やって来たと言わんばかりに、途中、電車の不通であったこと、ボランティアの人混みで、駅はごった返し、電車の本数も少なく、しかも、乗り継ぎ乗り継ぎして来たのだと、言った。
恭子にはこれみよがしに聞こえた。彼女は不愉快を覚えた。ぶすっとなった。志井子はそんなことにはおかまいなく、途中、街の壊れた様子を話した。恭子は病室から、遠くに見える町並の屋根はブルー・シートが目立って点在しているのを知っていた。
「わざわざ、ありがとうございます。無理しなくてもよかったのに・・・」恭子は礼を述べているのだが、言葉の端に愚痴っぽいニュアンスが漂った。志井子は瞬間、顔をこわばらせたが、とりつくろいがうまいのだろう、間髪を入れず、恭子のベットに親しげにちかづくと、曰くあり気に、押しつげがましく、だが、しんみりと秘密めいた口調で、見舞いに来た本当の理由を述べた。その話し方は恭子をあわれんでいるようでもあり、他人には見られたくない現場を、つい目撃したかのようなーーお節介なのだが、その自覚を当人はないーーナイーブな感覚からか恭子の夫の風聞を告げた。
恭子は志井子の態度につられ、ついつい、引きずられ、聞いてはいたが、すぐ、そういうことにどう対処してよいのや、それがほんとうのことなのだろうか?と、当惑するばかりだ。そのことを目ざとく察したのか、志井子はひと呼吸おくと、「いやね、私が直接、見聞きしたことではないの。避難所に、たまたま、知り合いがいてね・・・、いえね、その人もボランティアをしているのだけど、仲間うちで、あまり目立つので、やっかみがあるかもしれないのよ。仕事がしにくいみたいな話になってね。私は聞かされたのよ。言われている程のことではないのかもしれないわ」志井子は恭子を慰めようとしたのだろう、ちらっと、恭子の顔色をうかがい、話を和らげた。恭子は以前にもまして、志井子を好きではないと内心、感じた。その言い方がいやらしい。それは事柄(艶聞)の嫌らしさを強調するように恭子には聞こえた。だが、恭子はそう思うのとは裏腹に、常男の噂にろうばいをしてはならないと、凝り固まった矜持を守ろうとしていた。特に、この手合いの、世間には珍しくない噂話の好きな女に、そんな弱みの表情を悟らされたら、それこそ、また、他所でどんな風に尾ひれつけ、うわさの種にされるかわかったものではないのだ。恭子の直観は自己防衛をした。
恭子は事実を詮索しようとは思わない。疑っているのを証明するようなものだろう。
志井子に感謝しているかのよう、恭子は笑顔をつくると、何食わぬ顔で、避難所の様子を尋ねた。
志井子の話を恭子は実際は聞いていなかった。彼女は内心、常男が見舞いに来たら、どんな態度をしたらよいのか、どのよう接したらよいのか、煩悶していたのだ。心の整理がつきかねた。
避難所の不便は気苦労の多いものだ。恭子の懸念の表情を、志井子はいかようにも解釈できただろう。
一段落、話し終わると、志井子は知らせるべきは全て知らせたわ、とでも言う様に、「じゃ、時間だから、あまり、長居してもご迷惑でしょう。気になさらないでね・・・。また、寄らせてもらうわ、お大事に」と、イスから立ち上がった。恭子は何か言いかけたが、志井子は仕草で、そのままでいいのよ、と制した。恭子は気まずさを覚えたが、寝た姿のまま、「わざわざ、ありがとうございました」と丁寧語で礼を述べた。
志井子は背中を向け、友達同士がするように軽く片手を上げ、黄色のスーツに細身を装った、プロポーションのよい姿を見せびらかすかのよう、少なくとも、病室から引きあげるのに、似つかわしくはない、誇張して言うと、ファンの注視のなか、それに応え、引きあげる女優の様にーー本人は無意識だー他の患者へもお大事に!と会釈し、病室の古びた白塗りの木製のドアを開けて、恭子の視界から消えたのだ。
本当のことのように言われ、その舌の根が乾かないうちに、単なるうわさだ、と言われても、にわかに、恭子は信じ難かった。疑惑は深まるばかりだ。
見舞いの当初から、気おくれ気味の情態でいた恭子の気分は落ち込んだ。そう言われると思い当たる節はないでもない、と我知らず、詮索し始めるもうひとりの女がいた。『今日だって、来ると約束しておきながら、未だに姿を現さない。やはり?・・・』志井子の言ったのを追認する気持ちを恭子は押さえられないのだ。
恭子は白い包みに手をあわせると黙祷した。
彼女は息子の写真をベットカバーの下から取り出し、食い入るように見つめた。ーー数年前、マンションを無理して手に入れ、転居の初日、近くのコンビニで間に合わせの食料を買い出しに寄ったついでに、買った簡易カメラで写したものだーー彼女はかわいい小さな額縁に入れ、常にみられるよう、手元に置いていた。
骨壺の件は、しかし、常男が反対した。病室の他の患者の手前、そもそも、息子の骨壺を病室に持ち込むこと自体、病院側は当初、許可をしなかった。しかし、事柄が事柄だけに、特例で、極力、目立たないようにと、看護婦長の許可がやっと出たのだ。病室の他の患者が文句を言ったなら、その時は即座に引きあげるとの、条件付きであった。
そのような事情で、写真を飾るのは、これ見よがしになるから、恭子は遠慮していた。
写真を恭子は気にいっていた。散らかっぱなしの、片づける気のしない部屋のアルバム類から常男が見つけて持ってきてくれた。常男と恭子の間でVサインを突き出し、笑顔の未央(みおう)は屈託がない。幸せな家族のスナップであつた。
恭子の表情は見る見るくずれた。涙がとまらない。手でぬぐもとまらない。彼女は嗚咽をこらえるのが精一杯であった。
恭子は自責の念に苦しめられていた。あの夜、小学五年生の未央が母と共寝をしたいと布団に潜り込んできた。それを甘えさせていけないと許さなかった。一人で寝るように促した。それにまた、夫がちらっと「否」の目配せをしたのだ。彼女はその夜を思い出したくない。その後、夜のお勤めがあった。彼女は気乗りはしなかったが、義務として応じた。
これは恭子のせいではない。しかし、彼女の躓きになった。気分が落ち込んでくると、あの時、もしかして、未央は子供の本能的な感覚で、あれを察知し、無意識に助けを求めにきた行為ではなかったのか?それを自分は拒絶したのだ。そういう風に考えると、いつも、ひどく、落ち込んだ。自責の念が襲ってきた。あげくの果て、関西に移ってきたのを未練がましく、呪った。横浜にいたら、こんな目にはあわずに済んだのと、愚痴を言っても詮ないことだが、考えてしまう。それに伴い、常男を厭わしく感じた。
二
一月前、大地震に驚愕した日である。
未央は子供部屋でひとり寝ていて、机の下敷きになった。
揺れがおさまると、常男は直ちに未央を助けに、子供部屋に入ったが、すぐ、息子を病院に連れてはいけなかった。というのは、常男は車を出そうとしたが、ガレージの屋根が破損し、車を出せなかった。それに、車のキーはめちゃくちゃなになった部屋のどこにあるのか、見つけられなかった。そして、処置の手遅れは未央の命とりになった。しかし、詮ないことだ。そのように考えるのだが、両親の悔いは消えない。
常男は恭子と共に、ようやく到着した救急車で、病院に行き、即座、未央を入院させたが、息子は最後まで意識は戻らなかった。未央の病院への搬送も迂回せざるを得なかったのだ。道路は寸断されていた。
恭子は息子と一緒にいたのを覚えていなかった。しかも、それを知らされたのは、未央が骨になってからだ。恭子は葬儀にも参列出来なかった。このことは、見送ってあげられなかったとの自責の念が彼女を苦しめた。
恭子は何度、思い返しては自分を責めたことか。『何故、こんなことがわたしの家族に起こるの?・・・これからだというのに・・・』彼女は幾度も神を呪った。そうしては己の弱さを神に赦しを求めたのだ。その繰りかえしであった。彼女の心ぼろぼろになった。息子は天国の神様のもとに召されたのだから、不幸せなことはないと、頭で理解しても、感情がついていかなかった。彼女は納得していないのだ。
彼女は人並みに、守るべきことは遵守していたクリスチャンであった。これが自分への試練?だと頭で分かっていた。しかし、心底、納得していないのだ。耐えられない試練を神が課すことはないと言われるが、彼女は耐えられない。『神様は不公平だ』と、やましく、内心に思う。神様に愚痴を言い、言ってしまったそばから、己の信仰の浅さを恥じた。神に愚痴をきければ、それだけ、神と対話ができている証だが、恭子はそのように考えられない。愚痴をきくなんて、してはならないと考えていた。だが、神に愚痴を聴いてもらうのは恥ずべきことでははない。
恭子は己の弱さを十分、痛感していた。しかし、それを認めなかった。そうして、そんな自分に疲れ果てていたのだ。
恭子の祈りは恭順と呪詛が交錯していた。しまいに、自分でも何を言っているのか考えをまとるめられず、分からなくなってくるのだ。混乱した。
常男はそんな恭子の内面の葛藤に気づくはずもない。ひどく疲れた恭子の表情に、顔を曇らるが、息子の死がダメージになっていると、いわば、たかをくくり、おさめていた。
恭子は常男に見捨てられ、ほったらかしにされたとのぼんやりとした感覚を記憶していた。彼女は夫を憎らしく思った。愛されていないと思った。
彼女は夫を憎む心の傾きと闘っていた。そのような傾きは人間の自然に根ざしているのだが、悪心を否定しなければとの戒律的な思い込みで、恭子は己自身を抑圧していたのだ。
話をもどそう。その時、(恭子が見捨てられたと感じた)常男は未央が心配で、子供部屋に走り、息子を助けていた。だが、そのことを恭子が知ったのはずっと後であった。彼女は隣にいるはずの夫がいない、とのぼんやりとした感覚、何故、助け起こしてくれないの?ああ、痛い!と、あの時の感覚は後、冷静に考えれば咄嗟の勘違いなのだが、それはトラウマになり、恭子を苦しめていた。
常男は息子の死は言うまでも無く、辛いが、そんな弱音は妻の前で吐きたくはなかった。それが男だと思っていたのだ。
ところで、恭子は以前、一度、胎児を流産していた。それから、結婚五年目にようやく、世間並に、結婚した親なら誰もが望む子供、かわいい未央が誕生した。だから、常男も息子を思う気持ちは強かったし、悲しみも深いのだが、恭子は自責の念が強過ぎるのだろう、夫の苦悩に心を配る余裕はなかった。恭子は常男を責めた。
「あの時、未央と一緒に寝てればよかった」と、八つ当たりとも、自分への悔やみとも言える思いを常男にぶつけた。彼は黙するだけであった。それは間違ってはいないのだ。
傷ついた夫婦は癒し合いから遠のくばかりであった。お互い、己の傷にかかわずらうのに精一杯であった。難しい事態になっていた。
常男は病室を訪れる時、みやげ物を持参した。今回、恭子の好むケーキの箱を片手にさげ、木製のドアの前に佇み、一つ深呼吸をし、扉を開けた。
ほのかに水仙の香りが漂ってきた。四人部屋の病室は各のベットに白いカーテンが引いてある。
黒い後頭部がわずかにのぞき、体型に適うフトンのふくらみ、頭部を包帯で巻き、伸びた腕に点滴を差している男性が常男の来室に気づいた。ちらっと視線を向けた。常男は軽く会釈した。常男より年上の六十がらみの男は黙礼する。
別のベットの人はフトンが半分のけられ、空であった。トイレにでも行っているのか?と常男は思った。手前に、半分、フトンがみえ、白いカーテンが中途半端に開いている恭子のベットが見えた。
彼は大切なことを告白する人のように、しのび足で、近づいた。常男は恭子をおどすつもりは毛頭ない。彼がカーテンの端に手をかけ、引いてのぞくと、少年の頃の寝小便に似た不快なしみのある天井を恭子はこわい顔で見つめていた。彼は思わず、カーテンの手をゆるめた。恭子は常男の来室に気づいていた。常男の方に、恭子は端正な顔を向けた。苦悩の傷跡が分かる、頬のこけた表情である。
下からにらむように思い詰めた恭子の目と常男の目があった。常男は一瞬、ぎくりとした。恭子の不満を察した。彼はたじろぎ、目をそむけた。次の瞬間、恭子は顔を背けた。
常男は恭子のやつれように哀れを感じた。
「遅れてすまん。色色あってね・・・、恭子、おまえの好きなケーキを買ってきた、ほれ」彼は恭子のご機嫌をとろうと遠慮がちに、彼女の目の前にケーキ箱をかざした。恭子は無理に笑顔をつくろうとするが、顔は歪んでいる。整った目鼻立ちの恭子の顔は美人によく見られる、暗鬱な"すごみ"を感じさせた。
「具合はどうなの?」彼が静かにたずねた。面会が遅いと、不満顔の恭子の表情がありありと常男に分かる。それだけが原因ではないのだろう。
「避難所の雑用に追われて、手があかなくてね、勘弁してくれよ」常男は弁解した。目をあわせない恭子の枕元の斜め横に黄色い水仙の花が可憐に咲いている。
「きれいだね・・・」常男は誰の送りものかは聞かない。自分の前に面会者が来て、置いていったのは分かる。彼は誰なのか?と頭のなかで推測した。『教会関係者だろう』と思った。常男は片手で宙ぶらりんに持っていたケーキ箱を台の上に置くと、壁に立てかけてある簡易椅子を開き、腰かけた。恭子は一言も口をきかなかった。
寝返りを打った恭子は台の上の水汲みに目を向けた。
「それ、とってくださらない」常男は前もって気づかず、済まないという風に、あわてて、だが、喜こんでそれを取り上げると、彼女の口に持っていった。
彼のやり方はまずい。恭子はうまく飲めない。
「自分で飲みます!」と恭子は非難し、身体を起こした。常男は見守るばかりだ。腫れ物に触れるような心境である。彼女のうちの何かが壊れかけていたのか?彼は何から話したらよいのか分からない。薄いピンク色のパジャマから伸びたやせた腕と手の指、家にいたら、きれいに梳かしているであろう髪はほつれ、その髪の束が彼女の半面を覆っていた。何か急に老けた妻を常男は哀れと感じた。
『こんな恭子を俺は裏切ろうとしているのか?』との思いが咄嗟、脳裏をよぎった。だが、常男はその思いを払いのけると口を開いた。
「避難所に東京から友人が訪ねてくれてね、いや、うれしかったよ、ほら、僕たちの結婚式にも来てくれた、立花さんだよ」恭子は思い出せない。一言二言、言葉を交わした程度なのだ。
三
立花は高取常男の高校の同級生であった。眼鏡をかけ、痩せて、見た目は貧相な感じの長身な男である。JRに勤務していると恭子は記憶していた。にやにやしながら近づき、「ご結婚おめでとう」と挨拶したのだが、恭子はよい印象はなかった。なよなよした『女々しい感じの男だ』、と思った。
常男が言うに、彼は北海道勤務だが、阪神に視察に来た折り、思い出し、立ち寄ったのだという。常男は年賀状を毎年、欠かさず交換をしていた。彼と特に親しかった訳ではなかった。生徒らの出していた文集『開拓』という雑誌に、常男はふうふう、難儀しながら、文章を紡いだことがあったが、あいにく、締め切りに間に合わず、不掲載との苦い経緯があった。立花もその雑誌に載せる小説を書いたと聞いていた。習作だからと、掲載はしなかったらしい。雑誌はその後、休刊状態になった。その雑誌の表紙の絵は常男と馬が合う他クラスのA君が書いた。彼は常男と同じ美術の選択クラスで、デッサンは上手なのを常男は覚えていた。
国語の時間、ニーチェの彷徨したスイスの景勝地を描写したエッセイが教科書に掲載されていた。そこを、先生が内容を質問した際、答えられたのは高取だけだった。回答はドンピシャリで、授業終了後、常男は立花から、「よく、本を読んでいるんだね」とうらやましがられた。立花はクラスでの成績は常男よりずっと上であった。何しろ、T大に一浪だが合格したのだ。
タチヨミ版はここまでとなります。
2015年6月17日 発行 初版
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1946年、生まれ。明治大学文学部卒、業界紙・誌に勤める。今は無職。