── その女の煌めきは、なにものにも似ていない
〈読切小説〉
金糸銀糸を纏う女が、俺を誘惑していた。ダブルオーセブンのゴールド・フィンガーで見たような金箔まみれではない、有機的ななまめかしさを感じさせる不思議な光りかただった。──そうだ、間違いがなかった。女は俺を、誘惑しているのだ。
大学生の俺はカトーに連れられ、生まれて初めてのストリップショーを観に来ていた。そこで出逢った花梨という女の不思議な輝きが俺を捉えた。世間では女性連続不審死事件が起こっていたが、俺はまだ事件と花梨との関係には気付いていなかった。
淡波亮作が初めて挑戦するちょっとエロチックなミステリアス・サスペンス。不思議でちょっと不気味な世界観が、あなたを魅了する──かも。
金糸銀糸を纏う女が、俺を誘惑していた。ダブルオーセブンのゴールド・フィンガーで見たような金箔まみれではない、有機的ななまめかしさを感じさせる不思議な光りかただった。まさに、肉体に直接刺繍を施したように、女の肢体はキラキラとしなやかに煌めき、揺らめいていた。
そうだ、間違いがなかった。女は俺を、誘惑しているのだ。俺は身を乗り出して、前席の背もたれに手を掛けた。もう、腰が半分浮いていた。ビニールで覆われた椅子のクッションから離れた尻には、じっとりと汗をかいていた。クッションと尻の間で小さな気流が生まれ、すっと空気が冷たくなった。でも俺の意識はそこにはなく、客席と同じ高さのステージで舞う女のしばたく睫毛に吸い寄せられていた。半分腰を浮かせた体勢のまま、俺は女の一挙手一投足を懸命に追った。マドンナのライク・ア・ヴァージンが大音量でかかっていた。こころもちテンポを速め、低音を協調してバスドラの四つ打ちが絶妙に足されたリミックスだった。曲に合わせて女が奇声を上げる。いや、実際には音楽にかき消されて何も聴こえないが、濡れた唇が俺を誘っていた。俺はさらに腰を浮かせた。チープで薄汚い劇場椅子の背を握る親指に、力が入る。本当に立ち上がろうかどうしようかと一瞬ためらったところで、睫毛の下でいやらしく光る女の目と目が合った。切れ長の目が俺をしっかりと掴んでいた。心臓がきゅっとすぼまるようだった。唇の両脇をわずかに持ち上げると、女は首を横に振った。腰が、ストンと落ちた。尻の冷たさが、俺を少しだけ現実に引き戻した。股間で何かが突っ張った。
そして、女は踊りながらすーっと通路を歩いてきた。左右に愛嬌を振りまきながら、俺の座席に迫ってくる。女は俺を、見ている。周囲の観客が歓声を上げ、女と俺を交互に見る。と、女が俺の膝の上に仰向けで身体を投げ出した。横たわったままリズムを取る女の一糸纏わぬ胸が揺れている。いや、その胸の動きよりも胸の纏うぬめらかな光沢に、俺は吸い寄せられていた。女は俺の目を見て、クイっと唇を突き出した。俺はどうしたら良いのか見当もつかず、すっかり硬直した身体を持て余していた。俺にとっては長い時間に思えたが、それはきっと、二秒か三秒に過ぎなかったのだろう。女は右脚を高く上げ、それを下げた勢いで立ち上がると、通路を踊り去った。
俺は惚けた顔で、何事もなかったようにステージに戻って踊り続ける女を見ていた。生まれて初めてこんな場所に来て、突然こんな経験をするとは想像もつかなかった俺の思考は、完全に停止していた。脇の下をじっとりと汗が流れた。隣では、能天気なカトーが嬉しそうに手を叩いている。
受付のおじさんに、学割で! と平気で言ってのけた男にとって、女の誘惑は観客を悦ばせる定番動作の一つに過ぎないのだろう。俺の戸惑いを嬉しそうに横目で笑い、俺の葛藤と惨めな敗北には全く気が付いていないカトーにとっても、女の振る舞いは特別なことではないようだった。
単調だが官能的なリズムに合わせて激しくくねる肢体が、色とりどりのスポットライトを浴びてミラーボールのように輝いていた。なぜだかもういやらしい気持ちは薄れていた。ほんの三十分前まで、こんな場所を軽蔑しながらも中学生のように興奮していた俺は、もういなかった。ただ、理解不能だが感情をわしづかみにされる芸術作品の前で立ち尽くす少年のように、俺は動けずにいた。
気がつくと、ショーは終わっていた。カトーの姿が見当たらなかった。ずっと口を開けたままでいたようで、口の中がカラカラに乾いていた。俺は、夢を見ていたのか?
※サンプルはここまでです。続いてインタビューをご覧ください。
淡波亮作(あわなみ・りょうさく)と申します。おもにSFやファンタジー寄りの空想科学物語を書いています。自分が少年だった頃に好きだった数々の物語を思い起こさせるような、奇妙で不思議でスタンダードな香りがして、かつ美しい表現を追求しています。
本職はほぼCG専門のアートディレクターで、自分でも制作を行ないます。その昔はミュージシャンでもありました。自作小説のトレイラーをフルCG動画で制作し、表紙の多くも自作CG作品です。トレイラーのサウンドトラックも作曲し、時には小説内で登場する詩を挿入歌として歌います。一人メディアミックスの淡波とご記憶くださいませ。
代表作としては、『さよなら、ロボット』(近未来SF:謎の奇病が蔓延する世界から、突然数千万体ものロボットが消えるお話。世界各地を舞台に二つの謎が複雑に絡み合います)。『孤独の王』(古代歴史ファンタジー:実在したとされる謎の古代王国ティオルの一千年にわたる歴史を壮大なスケールで描きます)。『ケプラーズ5213』(遠未来SF:とうとう地球を捨てざるを得なかった人類が、三千年を掛けて辿り着いた惑星、ケプラー186fでの奮闘と人類の行方を描きます)などがあります。
◆作品ページ:
http://awa.newday-newlife.com/
◆ブログ:『淡波ログ』
http://awa.newday-newlife.com/blog/
◆Twitter:
https://twitter.com/RyoAwa/
雨上がりのある日、遊歩道に敷き詰められた煉瓦が輝いていました。その微妙な輝きは写真に封じ込めることもできず、心にしまっていました。ある時、それがふっと物語のアイデアとして降りてきたのですが、あまりに妙な話だったため、書き留めませんでした。その夜たまたまTwitterで同じ思いを共有する出来事があり、すぐ掌編として書き上げました。その後、話を更に膨らませたものが、今回の物語に結実したのです。
SNSと自分のブログ、前述のとおり、フルCGのブックトレイラーや作品のサウンドトラックも作って発表しています。ARコンテンツを制作することもあります。でも、せっかく力を入れて制作したブックトレイラーやサウンドトラックも、再生数が極めて少なく、小説作品の宣伝には全くなっていないのが悩みです……。
英国の重鎮SF作家であるブライアン・オールディスの『Helliconia Trilogy』(三部作のうち二作でネビュラ賞を受賞してます)を二十数年にもわたってゆっくり読んでいます。というより、長過ぎて、どうしても一度に読み切ることができないのです。この作品には大きな影響を受けていると思います。特に、最新作『そののちの世界』のメタ構造面で、影響があったかなあと。
次作は、ちょっとした軽めのお伽話になりそうです。これは絵本にする可能性もありますが、まだ決まっていません。その次は大人のためのお伽話で、やはり絵本になるかも。長編に取りかかるのは来年になるかもしれません。とは言え、アイデアが降りてきてしまったらその日のうちに全く別物を書き始めてしまうこともあり、予定はコロコロ変わります。
また、既刊の海外展開をちょっと変わった形で考えています。これは、まだ内緒。
今回の『光を纏う女』は、今までのものとは一味も二味も異なる味付けの作品です。私の作品の中ではもっともエグい部類に入りますので、この作品を受け入れてくださった方ならどの作品もお気に召すかもしれませんよ。
NPO法人日本独立作家同盟は、文筆や漫画などの作品を、自らの力で電子書籍などのパッケージにして世に送り出している、インディーズ作家の活動を応援する団体です。伝統的な出版手法である、出版社から取次を経て書店に書籍を並べる商業出版「以外」の手段、すなわち、セルフパブリッシング(自己出版)によって自らの作品を世に送り出す・送り出そうとしている方々をサポート対象としています。
当法人の活動目的は、誰もが情報発信者になれる時代における、作家や作品の知名度向上(Promotion)、作品の品質向上(Quality)、作家と読者のコミュニケーション活性化(Communication)などを促進することにより、多種多様な出版文化の振興に貢献することです。情報交換や交流などを目的としたコミュニティの運営、インディーズ作家を応援するマガジン『月刊群雛』の発行、ウェブメディア『群雛ポータル』によるセルフパブリッシング関連の情報発信、勉強会やセミナーの運営などの事業を行っています。詳細は、公式サイトの[法人概要]をご覧ください。
◆NPO法人日本独立作家同盟公式サイト:
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2015年7月25日 発行 初版
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