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■協働企業・団体 アミュプラザ鹿児島、マルヤガーデンズ、山形屋
We Love 天文館協議会
■開 催 日 程 アミュプラザ鹿児島、マルヤガーデンズ、山形屋
2015年6月13日〜6月30日
天文館一帯 2015年6月12日~7月5日
市電「うわさのうわさ号」運行
2015年6月12日〜7月5日
うわさプロジェクトとは―
青森県八戸市在住のアーティスト山本耕一郎氏が全国各地で行っているアートプロジェクト。有志のボランティアスタッフが地元商店街へ何度も足を運び、そこで働く方々との雑談の中から日常のちょっとした面白い話や過去の武勇伝、体験談などの様々なエピソードを収集していく。集めたエピソードは、語尾に「らしいよ」を付けたうわさ風の文体でフキダシ型シールに印刷し、それぞれの店頭ガラス面・壁面に掲示する。街の人々には、それらを歩きながら見て楽しんでもらう。普段の買い物ではなかなか知ることの出来ないごく日常的な情報から、そこで働く人々の人柄を感じたり意外な内面を垣間見たりすることでお互いの親近感や興味を高め、今までなじみのなかったお店に立ち寄るなど交流が広がっていくことを狙いとしている。
また、店頭でのうわさ掲示に加え、「うわさバッジ」の配布も同時に行う。店頭のフキダシが、実際その場所で働く人々から取材した話を基にしているのに対し、うわさバッジのフレーズは全て作家の山本氏によって考えられたものであり、日常生活の中で気になった言葉や友人の様子から思いついたものなど、何百単位の豊富なバリエーションがある。バッジは、写真撮影OK・家までバッジを付けたままでいることを条件に無料で配布する。様々なフレーズの中から自分に合っているものを探して他の人の選んだものと見せ合うことで、初対面の人とのコミュニケーションのきっかけになり、友達や家族の新たな一面を発見することも出来る。
これら二つの取り組みはいずれも街の人同士の繋がりを深め、ひいては街そのものへの愛着を喚起することが期待できる。「人と人」「街と人」を繋ぐプロジェクトである。
鹿児島での展開―
「かごしまのうわさプロジェクト」は、天文館の商店街に加え、アミュプラザ鹿児島・山形屋・マルヤガーデンズの3館との連携のもと実施され、天文館地区・中央駅地区の二地区での大規模なものとなった。
基本的な活動は既に述べたように、商店街の人々から収集したうわさの店頭掲示及び、うわさバッジの無料配布である。但し、フキダシの店頭掲示は3館のみ実施し、商店街ではこれに代わり一部店舗壁面でのバッジを付けた人々の写真掲示を行った。また、車内に写真を貼り出した市電「うわさのうわさ号」が1日4往復運行され、二つの実施地区を繋ぐと共に、街の雰囲気を盛り上げる一助となった。
過去全国8か所で行われている同プロジェクトは、それぞれの地域でテーマカラーを設けており、鹿児島ではKCICのロゴと併せてピンク。フキダシやバッジ、のぼりなど、「かごしまのうわさプロジェクト」で使用される制作物のほぼ全てがピンク色で統一され、鹿児島の街を鮮やかに彩った。
期間中は商店街と3館それぞれにバッジを常備できる可動式の「うわさ屋台」を設置し、週末にボランティアスタッフうわさ隊が各屋台へ赴きバッジを付けた人の写真撮影を行った。これらに併せ、過去に熊本でのプロジェクト実施の際にも登場した鳥居型オブジェの設置、うわさおみくじの配布も行った。“あくまでうわさ”というかたちでの、気軽な内容のおみくじであるが、皆結果に一喜一憂し、友達や周りの人と比べながら笑いあう姿が印象的であった。
商店街と3館それぞれに1ヶ所ずつ屋台・鳥居型オブジェのポイントを設けた格好であったが、3館は学生や子供連れなどが多く立ち寄る賑やかな雰囲気、商店街はもっと上の世代の人たちによる落ち着いた空気というように、場所的特徴や利用層によって異なった様子が見られた点も、世代を問わず誰でも楽しめる「うわさプロジェクト」ならではのことと言えるであろう。
バッジ、おみくじ共に多くの方にご好評頂き、期間を通した配布数はバッジ約2000枚、おみくじ約7000枚となった。










アーティスト 山本耕一郎
1969年名古屋生まれ。青森県八戸市在住。筑波大学卒。英国ロイヤルカレッジオブアート大学院修了。まちの人たちのうわさが書かれたフキダシを商店街に貼り出す「ニッポンのうわさ」プロジェクトや、小学生と一緒に地域に住む人たちの記念日が書かれたカレンダーを作る「まちカレ〜このまちのカレンダー〜」など、全国で地域と深く関わるアートプロジェクトを展開している。
http://kyworks.net/
【経歴】
1969 名古屋生まれ
1987-1992 筑波大学 芸術専門学群
1992-1996 東洋ガラス(株)デザイナー
1996-1998 Royal College of Art(RCA MA), UK
1999-2000 Artist in residence, Drumcroon, Wigan, UK
2000 Artist in residence, University of Central Lancashire, UK
Part time lecturer, University of Central Lancashire, UK
2001 Part time lecturer, Surrey Institute of Arts and Design, UK
Craft Coucil 研究助成金授与, UK
2003 Jerwood Prize 最終選考8人, UK
2004 Artist in residence, North Lands Creative Glass, Scotland
2009-2012 筑波大学 芸術専門学群および大学院 非常勤講師
鹿児島ユナイテッドFC 久保 尚子
「鹿児島ユナイテッドFCバージョンでやってみます?」アーティストの山本さんが青森県八戸市在住とお伺いし、八戸には「ヴァンラーレ八戸」鹿児島には「鹿児島ユナイテッドFC」がある!が今回のきっかけでした。うわさバッジをつけた選手が「まちへ」。ユナイテッドうわさバッジをつけた「ひと」が会場やまちへ。うわさバッジがつなげてくれました。ホーム戦で2回開催した「うわさプロジェクト」は大盛況!たくさんのバッジをつけた人が試合会場にあふれていました。今もホーム戦会場でうわさバッジをつけた人を見かけます。選手の意外なうわさ。くすっとするのは私だけではないはず。
アミュプラザ鹿児島 前田 聡子
アミュプラザ鹿児島、マルヤガーデンズ、山形屋の3館で定期的に開催している「3館合同企画」は鹿児島市街地に足を運んでいただくきっかけづくりにつなげる企画として6月開催で8回目を迎えました。今回は初めての館開催にもなったうわさプロジェクトとタイアップし、各館内が吹き出しで装飾されたときは新しい取り組みができた達成感が大きかったことは記憶に残っています。また、企画実施へ向けたうわさネタの情報収集時には、話す機会のなかったスタッフとコミュニケーションが取れたことで、ネットワークが広がったことも参加した財産です。
うわさ隊 久留 恵
私は、「知らない誰かと関わりを持ちたい。」そんな気持ちを持っていた時に「うわさプロジェクト」に出会いました。
街ゆく人達に声をかけるということに最初はとても戸惑いを感じました。でも声をかけた方々が私のうわさバッジを見て笑ってくれたり、話が広がっていったり、誰かの「うわさ」をきっかけにまた誰かが繋がっていく。今まで経験した事のない人との出会い方はとても新鮮で面白かったです。うわさプロジェクトに参加してみて、小さなきっかけが大きな繋がりを作るんだなと改めて思いました。
うわさ隊の仲間とバッジやのぼり製作、設営などをした事も良い思い出です。
7月に終わりを迎えた「かごしまのうわさプロジェクト」。
天文館地区での展開において、商店街の運営を担う通り会の協力は無くてはならないものだった。うわさ屋台や鳥居型オブジェの設置等、多大なるお力添えを頂いた、納屋通り商店街振興組合理事長の大脇唯眞氏(以下、敬称略)からお話を伺った。
―過去に、「うわさプロジェクト」のような、市民参加型のプロジェクトを実施したことはありましたか。
大脇 無かったですねぇ。これまでは、通り会の中だけでのオリジナルの企画を立ち上げて、「こういうイベントをやります、よかったらどうぞ」という風に周囲に声掛けをしていたが、今回のように市が関わる実行委員会と一緒に行うプロジェクトは初めてだったので、面白かった。
―プロジェクト期間中、鳥居(オブジェ)の設置やおみくじの配布など行ったが、それに対する町の人たちの反応はどのようなものでしたか。
大脇 バッジを付けている人は、それをきっかけに声をかけることができる。だから、各店舗の人達には、バッジはお客様とのコミュニケーションツールだから自分たちも是非積極的に付けて、付けているお客様には話しかけるということをどんどんしてください、とお願いしていた。
―アミュプラザでは、小さな子供や学生が中心となって楽しんでいる様子が見られたが、やはり商店街の方でもその傾向がありましたか。
大脇 この通りは元々、ご高齢の方が多いので、割と「はんなり」とした感じの、穏やかな空気の中で、屋台に吊るされているうわさバッジを見ながらコミュニケーションを取っていた。若い子たちが来て飛びついて…という感じではなかったけれど、屋台の隣には鳥居(オブジェ)があったりして、ゆるい空気感の中で良い感じが生まれたように思う。
ダイソーや鹿児島銀行の協力で写真を壁面に貼らせていただいたので、それを見に来られる家族連れの方などが「この人知ってる!」と盛り上がったりと、良い意味で人と人との繋がりを持てる企画だったと感じた。
また、プロジェクトの旗は、目立つピンク色のものが商店街の各通りに立てられたことで街が賑やかな感じになって良かったとの評価の声ももらった。
―「かごしまのうわさプロジェクト」は終了となりましたが、その後、何か街の人から話がでますか。
大脇 またやると面白いかもね、という話はちょくちょく耳にする。
―それは、店舗の人からですか。
大脇 お客さんにしても。
―その後、もしまたこういった企画を行うとしたら、やりたい要素等がありますか。
大脇 バッジの内容を、色んな人達からもっともっと取り入れていっても面白いかもと思う。
―鹿児島ならでは、というものを入れて?
大脇 “あるある”みたいな内容を含めていくと、もっと土地柄が出て面白いのではと。(鹿児島ならではのうわさは)今回もいくつかありましたが。
―ちょうど納屋通り400周年の盛り上がりの助走にもなりましたか。
大脇 良い弾みになった。色んなことをして賑やかさを出していく中で、一つの良い試みになったと思う。市との協働プロジェクトということもあり、街へのスケールメリットが得られたのでは。
大きなバッジを恥ずかしがる人も中にはいたので、大きなバッジが恥ずかしいという人のために、少し小さなサイズのバッジがあっても面白かったかも。ジャケットの襟ぐりやトートバッグにちょっと付けられるような。小さいサイズだと、近づいて見なくてはいけないので、より距離を縮めた身近なコミュニケーションが出来るのでは…(笑)
―納屋通りのおみくじ箱には、度々お賽銭が入れられていたようですね
大脇 鳥居(オブジェ)といったものになるとご利益があるのでは、と思う方も結構いらっしゃる。納屋通りも、神輿の時期には鳥居とお賽銭箱を置く。それらは全部八坂神社に奉納するが、結構溜まる。信心深い方が多いので、鳥居(オブジェ)があるとそこにはやっぱりお賽銭を…ということになる。おみくじを「これタダで貰って良いの?」と聞く方も多かった。
―今回の関わりで、運営側としても通りに愛着を覚えました。
大脇 一度しかない人生で、こういったことをきっかけに一歩踏み出して繋がりを持つということは大事なことですね。
良い企画を有難うございました。また楽しい企画を是非。
うわさ好きの人は、はっきり言って信用ならない。だからといって、全くうわさをしないという人も、もしかしたらいないのかもしれない。「あの人、〇○らしいよ」という人のうわさ話は、「えっ!?」という意外性とともに、事実かどうか不確かなところに人の関心を誘う甘い蜜があるように思う。アーティストの山本耕一郎氏は、この人類最古のメディアとも称される「うわさ」の手法を作品化し、街で展開するプロジェクトを全国各地で開催している。
「うわさ」と一言でいっても、ゴシップや口コミ、巷で囁かれる都市伝説や流言など様々。この中で、「うわさプロジェクト」は「ゴシップ」の部類に入るだろうが、ちょっと気になる街のゴシップは、昔から人々の会話のきっかけとなり、時に平凡な日常のカンフル剤となってきたようだ。山本氏はプロジェクトを行う地域に出向き、街のうわさやそこに生活している人々のうわさを集め、「うわさバッジ」や「うわさおみくじ」、「うわさポップ(ふきだし)」に仕立てることで、ある一定期間、街は「うわさ」によってジャックされ、各地でコミュニケーションの渦を巻き起こしてきた。
このプロジェクトでは、人々が自分で「○○らしい」と書かれたバッジを選んで胸につけ、そのまま家まで帰ることを条件に無料で配布しており、しかもその場でバッジをつけた人の写真を撮影し、街なかに貼りだしていく。それは、「うわさ≒曖昧」というゆるい保険をかけた、本人による積極的個人情報開示行為に他ならない。不特定多数に、中には家族も知りえないような個人の秘密を晒すことになるのだが(「うわさバッジ」の中には、噂の種になりそうなちょっとアダルトなもの、ブラックなものも多い)、意外にも参加する人が後を絶たないという。つまり、このうわさの可視化は、人々に潜在する他者と繋がりたいという欲求を軽々と掘り起すことに成功しているのだ。
さて、このプロジェクトの肝は、うわさを動かすための「人」の存在にある。ここでは、アーティストは全体を統括するディレクターであり、アーティストを招聘したクライアントはそれを実行に移すための運営本部であり、更にそれを支える「うわさ隊」と称される実働部隊のボランティアがいる。さらにポップやバッジを店に掲示してくれる店主がいて、そこを利用する客や、プロジェクトに興味を持ち、バッジをつけてSNSで発信してくれる通行人がいる。要するに、ここに関わるすべての人が同等にプロジェクトの参加者といえる。うわさの流布同様、当事者となる「人」がいなくてはプロジェクト自体が成立しない、まさに「人ありき」のアートプロジェクトとして練り上げられたものだ。だからこそ、関わる人や場所が違えば、様相が全く異なってくるのもこのプロジェクトの醍醐味だろう。
同時に、こうした地域を舞台にしたアートプロジェクトでは、人々の関わりへの深度を求めるほど、一筋縄ではいかない事態に多々遭遇する。そこには地域固有の見えない軋轢や無言のルールなどが立ちはだかるからだ(ここに、その街が抱える課題も見え隠れするのだが)。実際、鹿児島ではラボの立ち上がりから、実に半年以上かけ、紆余曲折しながら展開してきたようだ。昨今「交流」や「コミュニケーション」を謳った耳触りのよい作品やプロジェクトが溢れているが、このプロジェクトは、「人と人が出会い、関わることで、つながりが生まれる」ことのシンプルさやその確かな手触りを、古今東西を問わない身近なコミュニケーション方法で示してくれた。
「うわさ」を過信してはいけないが、今回の「うわさプロジェクト」で培ったネットワークや表面化した課題が今後に活かされること、そして「アートはそれぞれがそれぞれの関わり方で楽しめるらしい」という〝うわさ″の波及効果にも、期待したい。
原田真紀(キュレーター)
2014年11月から始動した「かごしまのうわさプロジェクト」。ここでは、本プロジェクトの活動過程を振り返り、特に印象に残った事柄をいくつかご紹介したい。
アーティスト山本氏の存在を知ったのは、全くの偶然であった。当センターのアニュアルレポート(※)で既に述べたので詳細は略すが、熊本市現代美術館の広報紙で紹介されていた「うわさプロジェクト」の記事を目にして、是非とも鹿児島でもこの企画を、と考えたのである。青森から鹿児島という遠距離移動や山本氏のスケジュール等、様々な不安を抱えながら依頼メールを出したが、予想に反してすぐに快諾のお返事を頂き、作家のフットワークの軽さに大変驚いたことを覚えている。
11月のおはら祭りの日、鹿児島入りした山本氏と初めて顔を合わせた。実際にお会いした山本氏は、メールでのやり取りや事前に読んでいたいくつかの記事から想像していた柔和な人物像に違わず、明るい話し方と笑顔が印象的な方であった。山本氏が鹿児島入りしてからの動きは非常に早く、12月には活動拠点となる「うわさラボ」がKCIC所内に設置された。距離的・資金的な関係から、プロジェクト中に山本氏が鹿児島に居られる期間は決して長くなく、1~2週間の滞在を数回するのが限界であった。そこで、山本氏が青森に帰られている間、鹿児島のスタッフだけでも活動できる基盤を作ってくださったのである。
ラボ設置と同時期に、プロジェクト運営の核となるボランティアスタッフ「うわさ隊」の活動も開始した。活動開始当初、うわさ隊メンバーは大学生が大多数を占めていた。これからの活動の方向性を話し合いつつ、皆で活動の雰囲気を盛り上げていくことが第一段階であったが、集団の先頭に立って引っ張っていくという経験が皆無であった私は、最初途方に暮れることもしばしばであった。それでも、山本氏の人との関係の作り方を実際に目にして学び、うわさ隊の活動中の積極的な姿勢や笑顔に勇気を頂き、徐々に気持ちもほぐれていった。今まで当たり前の“知識”として考えていた「アートプロジェクトは人と人との関係づくりから」ということを本当の意味で理解できたと感じた出来事であった。プロジェクトが進行するにつれ、うわさ隊メンバーの年齢層・顔触れも変化していき、社会人の方の割合が多くなったが、初期からの積極的な空気は変わらず、そのパワフルさに舌を巻くと同時に、そのような人たちを引き付ける「うわさプロジェクト」の魅力を再確認したところである。
沢山の人の縁に恵まれたプロジェクトではあったが、いくつかの問題点もあった。プロジェクトを動かしていくに当たっての資金面、街中での活動展開の際に利用する拠点の確保、運営側の人員不足など…。大きな企画を運営する際には往々にして付いて回る問題であろうが、これらをより良い形に導くことが出来なかったことは、自分の見通しの甘さと取りまとめ役としての力不足を痛感するばかりである。しかし、こういった場面で山本氏は度々「限られた条件の中でも、そこから何が出来るかを皆で考えていこう」と仰っていた。困難な状況でも前向きな姿勢を示される姿が強く印象に残っている。
うわさ隊、天文館商店街・山形屋・マルヤガーデンズ・アミュプラザ鹿児島、期間中に立ち寄ってくれた市民の皆様など、「運営側」「参加側」の垣根を越えた沢山の人々の力によって成り立った「かごしまのうわさプロジェクト」。街なかでは、バッジやおみくじに人だかりができる様子や、店内のフキダシに立ち止まる姿などが見られた。お店の人に親近感を持ち、コミュニケーションのきっかけとなる効果は十分に見られたと思う反面、「プロジェクトの存在自体は知っているが、どこでどのようなことをやっているのか分からない」といった声もあり、情報発信の仕方に大きな課題が残ったところである。しかしながら、一つのプロジェクトの元に市民が集まり、「街をどのように盛り上げるか」という意識の下意見を交わし、実践のために力を出し合うことが出来た。今回のプロジェクトは、敷居が高いと受け取られがちの“アート”という存在を今までより身近なものとする契機となったのではないだろうか。本企画において、市民のアートへ関わる自主性を少しでも引き出すことが出来た点は大きな成果であると考える。
今回のプロジェクトで得た経験や人との繋がりは、センターとしても私個人としても、何物にも代えられない大切なものである。今後もこれらを活かして、市民の皆様と共に鹿児島のアートを盛り上げていければと思う。
最後に、本プロジェクトにお力添え頂いた方々に心より御礼申し上げます。
松田 佳奈(かごしま文化情報センター[KCIC])
※『KCICアニュアルレポート02』p52,53
(2015年3月21日 かごしま文化情報センター(KCIC)アートディビジョン)
ニュースパブリシティ
2015年2月1日 南日本新聞
2015月3月8日 MBC かごしま4、NEWS NOW
2015年5月3日 南日本新聞
2015年5月30日 MBCラジオ かごしま街角通信
2015年6月12日 MBC ズバッと!鹿児島
2015年6月13日 南日本新聞
2015年6月27日 MBCラオ Radio Burn
2015年7月3日 FM鹿児島 あさcafe
クレジット
著 者:かごしま文化情報センター(KCIC)
発 行:KCIC BOOKS
企 画:かごしま文化情報センター(KCIC)アートディビジョン
編 集:松田 佳奈、市村 良平、四元 朝子
記録撮影:中村 一平
表紙デザイン:和田 七洋
Special Thanks
うわさ隊:神田 萌、芳 麻衣奈、鎌田 麻由、西郷 隆
田中 玲帆、竹ノ下 夏鈴、樫木 芽衣、古木 真結
野口 真由、仁科 良寛、東郷 遥、石原 保奈美
高山 大希、南谷 明徳、石田 桃華、堀部 愛美
古屋 幸菜、田野 智大、久留 恵、さくらい みき
神田 育絵、野田 洋一郎、神谷 ののか、家村 奈央
西園 美樹、山下 絵里可、北野 真衣
かごしまのうわさプロジェクト
会 期:2014年11月(うわさラボ開所)
〜2015年7月5日(まちなか展開終了日)
企 画:松田 佳奈(KCICアートディビジョン)
制 作:早川 由美子、篠崎 理一郎、四元 朝子、平川 渚、
市村 良平、平野 トシミ、森永 愛美、秋葉 俊宏
根本 修平、宮之原 綾子、原田 真紀、植松 篤
(KCICアートディビジョン)
主 催:文化薫る地域の魅力づくり実行委員会、鹿児島市
助 成:平成27年度 文化庁
文化芸術による地域活性化・国際発信推進事業
2016年1月22日 発行 初版
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アートを軸に、ジャンルを超えた表現活動を発信する鹿児島市のアートセンター。