spine
jacket

── その匂いは、避けようにも避けられぬ。

のこり香
(サンプル版)

神光寺かをり

NPO法人日本独立作家同盟

〈読切小説〉

作品概要

 若き日に出会った「気に喰わぬヤツ」の痕跡を、避けて避けて今日まで来た中年男であったが、今日という日はどうあってもそのゆかりある場所に行かねばならない。
 焦れながらバニラ臭い煙草を吹かす男に、妻が尋ねる。その気に喰わぬヤツとは「そもそも、どんなお顔でした──?」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・列車ダイヤなどとは一切関係ありません。

のこり香

「いいか、俺はIが嫌いなんだ」
 M氏は鼻の穴から煙を吹き出した。ほんのりとが匂うリトルシガーの先端から、灰が、ぽとり、と落ちる。
 差し向かいで茶を喫していた細君が、丸い顔に苦笑いを浮かべた。
 嫁いでからこの方、この話を何度聞かされたか知れない。言っている当人も何度話したか忘れているであろう。
 それでも語らずにはいられないのだ。
 殊更、今日のこの時ばかりは。

 M氏は、田舎の、ある役所の役人だったが、若い頃は漫画描きになることを夢見ていた。
 その時分には、年に何度か東京へ出ては、同人の仲間と語り合ったり、出版社に足を運んだりしている。
 その日も、東京からの帰途であって、まだこの辺りに新幹線の通っていない頃であったから、特急に揺られていた。
 三時間ほどの旅路である。M氏はその間に、二名の仲間たちと、次に出す同人誌の内容を打ち合わせようと考えた。
 切符代を惜しんで、自由席の四人掛けに、大きな体を押し込んでいた三人の男共は、残り一つの空席に、如何にも品の良さそうな老婦人が、樟脳しょうのうが微かに匂う礼服を着て、ちんまりと座ったものだから、その場で「会合」をする気にならなかった。
 そこで連れ立って、ラウンジへ向かった。
 このラウンジは自由席車両の半分を区切ったものであって、通常の四人掛けの椅子は取り払われ、三人掛けのソファ席と、パイプの背もたれの付いた丸椅子が、車窓を眺めるに良いように並べられている。
 無論、これらの椅子は床に固定されており、動かすことは出来ない。
 窓枠下から天版が突き出るような恰好でテーブルが付いてい、客は好きな席に座って、思い思いに弁当を広げたり、茶を喫したりしている。
 つまり、自由席なのである。乗客であれば、誰が利用しても構わない。
 そういった訳であるから、ラウンジは大抵混んでいる。
 その日もそうであった。ソファ席は満席であって、丸椅子の方も二つばかりを除いて埋まっている。
「おい、あそこに行こう」
 M氏が一人の友人の袖を引くと、
「いや待て、あそこはダメだ」
 彼は空いた丸椅子の隣の席を指した。
 まだ禁煙だの分煙だのということがやかましくなかった時代で、ラウンジカーの空気は紫煙に霞んでいる。
 その霞の向こうに、小柄な年寄りが一人座っている。
 年寄りは、大変に目立っていた。


※サンプルはここまでです。続いてインタビューをご覧ください。

神光寺かをりさんインタビュー

── まず簡単に自己紹介をお願いします

 神光寺かをり(しんこうじ・かをり)という名を名乗ったりする、一介の歳経た自営業専従者です。
 小説を書いたり、ご飯を作ったり、亭主の尻を叩いたりして生きています。

◆Webサイト『お姫様倶楽部Petit』
http://jhnet.sakura.ne.jp/petit/
◆Twitter:
https://twitter.com/syufutosousaku/

── この作品を制作したきっかけを教えてください

 宿のロクデナシから、
「お前の文章はどう見ても某先生の影響を受けまくり」
 という揶揄めいた感想を頂戴したので、
「ならばいっそ某先生の文体で書いてやろう」
 というあたりがそもそもの発端のようです。
 いわば夫婦喧嘩の産物です。

── この作品の制作にはどれくらい時間がかかりましたか

 実質3カ月程度。
 面目ない。

── 作品を制作する上で困っていることは何ですか

 上記のごとく、とにかく自分自身の筆が遅いこと。
 中途半端なところで「史実」を追い求めてしまうので、資料探しが面倒になること。
 そうやって手を掛けて調べた事をすぐに綺麗さっぱり忘れてしまうこと。

── 今後の活動予定や目標を教えてください

 年に1冊、薄い本が出せる程度にはモノを書き続けたいです。

── 最後に、読者へ向けて一言お願いします

 こんな年寄りでも、何か作ろうとして足掻いております。
 足掻き具合を生温かく見守って頂ければ幸いです。

NPO法人日本独立作家同盟とは

 NPO法人日本独立作家同盟は、文筆や漫画などの作品を、自らの力で電子書籍などのパッケージにして世に送り出している、インディーズ作家の活動を応援する団体です。伝統的な出版手法である、出版社から取次を経て書店に書籍を並べる商業出版「以外」の手段、すなわち、セルフパブリッシング(自己出版)によって自らの作品を世に送り出す・送り出そうとしている方々をサポート対象としています。

 当法人の活動目的は、誰もが情報発信者になれる時代における、作家や作品の知名度向上(Promotion)、作品の品質向上(Quality)、作家と読者のコミュニケーション活性化(Communication)などを促進することにより、多種多様な出版文化の振興に貢献することです。情報交換や交流などを目的としたコミュニティの運営、インディーズ作家を応援するマガジン『月刊群雛』の発行、ウェブメディア『群雛ポータル』によるセルフパブリッシング関連の情報発信、勉強会やセミナーの運営などの事業を行っています。詳細は、公式サイトの[法人概要]をご覧ください。

◆NPO法人日本独立作家同盟公式サイト:
http://www.allianceindependentauthors.jp/

のこり香(サンプル版)

2015年8月20日 発行 初版

著  者:神光寺かをり
発  行:NPO法人日本独立作家同盟

bb_B_00137856
bcck: http://bccks.jp/bcck/00137856/info
user: http://bccks.jp/user/121026
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

jacket