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レイルストライカー2015

米田淳一

米田淳一未来科学研究所



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RAIL STRIKER2015
27ATZ、目的地に到着せず

「ひどく暑いですね。整備庫ごと空調使ってるのに」
 丑嶋うしじま1尉が白塗りの車内の指揮車で、チェックリスト片手にぼやく。
「贅沢だと言いたいが、こう暑くちゃ、みんな倒れちまうからな。そんななか、中国で3度めの爆発事件だとさ。まったく、どうかしてるよ」
 そこにベテランらしい太い声が聞こえる。
「ほい、差し入れだ」
 ハッチの向こうで、アイスのスイカバーを持った手が揺れている。
「あ、それ好きだったんです! でもこんなの、どこから買ってきたんですか? ここ、コンビニなんか近くにないのに」
「隣の冷蔵倉庫から直買いしてきた」
「整備長、そんなコネが」
「この東京貨物ターミナルのお隣さんだからな。もうしばらくしたら、このATZの電源を動力計につないで負荷性能の確認をする」
「はい! おつかれさまです!」

 ATZ、それはこのみんなが取り付いて整備している装甲列車、27ATZ、通称”スーパーZ”である。正式名称は「領域防衛軌道要塞1号」。名称が結局どんどん長くなるのは自衛隊のこの種の装備の伝統である。
「やれやれ。つかれちまうよ。東京貨物ターミナル駅隣接基地、特別鉄道輸送護衛隊、『とくゆ』の俺たち、こんなATZなんてごついもん扱わせてくれるったって、この働かされ方はないよな。選り抜いた『とくゆ』整備のタフなガキどもも、もうヘトヘトだ」
「でもその呼び名、旧軍の輸送潜水艦『まるゆ』みたいでイヤです」
「しかし、仕方ないさ。この機動化・自動車化の時代に今更武装列車でもあるまい」
 高橋司令がそう言いながら、横たわる6両編成の装甲列車の整備庫のなかで、詰め所のテラスからいう。
27ATZ、27年度予算で請求されながらもう実物があるなんてな。第一、秘密兵器ってのはこういう平常時には兵器としての意味が無いんだが。威嚇効果を発揮し抑止力として機能しないんじゃ、なあ」
「でも! 高橋2佐! それとは別です! もうっ! サンダルばきでの執務はやめてください! 他の隊員が真似しますよ!」
「くそ暑いし水虫予防に一番なのは通風乾燥だろ」
「でも規律の乱れが!」
「カタいこと言うなよ」
「結局この基地でカタいこと言うの私だけじゃないですか! これ以上のズルズルは良くないです!」
「おーおー、防大WAC初の金時計は厳しいねえ」
 司令はそうぼやく。
 金時計とは防大主席卒業者の事を言う。彼女は防大を主席で卒業した初の女性自衛官なのだ。
「自分でこの隊に引き抜いといてそれはないじゃないですか!」
「すまんな。ただ、この隊には君が必要でな」
「埋め立て地のこのコンテナターミナルの基地に?」
「そう言うなよ。これはこれで、ほんと、素敵な基地だぜ。週末になれば遊びに行けるところが近い」
「でも仕事、定時に終わったことないじゃないですか!」
「そりゃそうだ」
「もう! 今更、自衛官の人権とか労働権なんてことは言わないですけど!」
「それを今言うのは野党の連中だもんなあ。ほんと、時代は変わったよな。俺なんか、父も自衛官だったからさ、こうは見えてもいじめられたんだぜ」
「ほんとですか」
「こう見えても、俺は繊細なんだぜ」
「……気持ち悪い」
「そりゃないだろ……」
 高橋司令は丑嶋の言葉に割と落ち込んでいる。
「高橋2佐、丑嶋1尉! こちらT車」
 所内放送が聞こえる。
「なんだ? 暗視装置の点検か?」
「いえ、東京方にダークスターが見えます」
「ダークスター?」
「どっかに警備に出動で行くんでしょうね」
「ああ、あの鉄道警察隊の特殊鉄道車両だろ? いいよなあ。うちみたいに罐の飾り帯塗りつぶさなくてすんだんもんな。警察権力は利権あるから強いよなあ。
 おおー、見てみると、それはそれでなかなか凛々しいな。あれでもうちと違って野党に過剰装備って噛み付かれもしないからなあ。警察はいいよなあ」
「そうですね。せっかく珍しい車両ですし、記念に撮影します?」
「いや、俺はやめとくよ。そういうのは俺の柄じゃないし」
 朝霞にある陸自輸送学校は、それに備えて分遣隊・陸自特別輸送教導隊を東京貨物ターミナル駅の一角からの引込線に作っていた。
 一見すると貨物仕分けセンターに見えるその庁舎。
 そのなかでは、EF99 901とその後に続く99系特別業務用客車、27ATZの整備が行われている。
「予備車どころかバックアップもない27ATZ、か」
 高橋司令は、目を転じた。
「バックアップ、本当にないのかもな」
 そこに、再び放送がなった。
「高橋司令、本省から東部方面総監がまもなくお着きです」
「おー。分かった」
 答える司令は、サンダルの足を見たあと、思い出したように言った。
「おい、丑嶋、君もだ」
「え、なぜですか」
「総監が『高射学校での才媛に会いたい』ってさ」



 こんな司令の部屋にも、狭いとはいえデスクとその上に『隊司令・高橋光二2佐』のフォントも黒々としたネームプレート。その奥にはちゃんと立派に日の丸と中隊旗が飾られている。司令といえば通常1佐・将補が充てられるのだが、なぜか2佐で司令になっているのが組織的に不自然だ。だが、その不自然さを方面総監は納得しているように、自然に命令を伝える。
「本日付で、君たち特殊輸送護衛隊に、作戦発起点への出発命令がくだされた。情報本部が中国国家指導部の策動情勢を分析し、なおかつ傍受部隊が中国人民解放軍の通信量の急激な増大を確認した。いくつかのルートで解放軍の沿岸部への移動も確認している。
 君たちの使命は、西部方面の日本海岸に展開し、解放軍とその勢力の侵入阻止任務だ。
 命令の発動時機は明日1800時。詳細は連絡担当官が説明するので、慎重に検討してくれ」
「了解しました。ところで」
「何だ?」
「我々の行動について、JR側の全面協力は得られるのでしょうか」
「JRは国民保護法制に従い、運行についてはその安全と優先を確約した」
「ということは、先日提出した国民保護法制に基づくわが陸自特別輸送護衛隊、鉄道自衛隊JRSDFの運用実施規則の案は」
「ああ、あの案か」
 総監は目を一瞬逸らした。
「そうですか」
 高橋司令は、すぐに察した。
「理解してくれ」
 その総監の言葉が、苦しそうだった。
「ええ。理解しました」
 こんな総監と司令のやりとりに、丑嶋1尉は怪訝な顔をする。
「命令に従い、使命を全うします」
 方面総監への司令の敬礼に、丑嶋は少し遅れて慌てて続いた。



「なんです? まさか、我々が立案した作戦行動規定の案が」
「蹴られたのさ」
「本当ですか! それじゃ我々は何もできないじゃないですか」
「ああ」
「私達に線路上に並ぶ、タダの『標的』になれってことですか!」
「まあ、落ち着け」
「落ち着けません!」
 丑嶋に司令は声を落としていった。
「『そう理解してくれ』って総監、言ったよな?」
「そうですけど!?」
「じゃあ、理解してどうするんだ?」
「……まさか」
「総監は、本当はそれを言いたかったのさ。
 理解したその上での行動は、『我々に任せる』って」
「ええっ」
「そりゃ、言う訳にはいかんだろ。この自衛隊で総監がそんな言葉」
「……たしかに」
「ああ。俺達は行動に自身で責任をもってやることになる。
 だが、責任をもつ限り、自分でやれることはできるってことだ」


 すでに外部電源から電源車による電源供給に切り替わったATZの指揮コンソールには、JADGEシステムに表示される上空での空自と不審機の駆け引きが表示されている。
「データリンク、リンク良好です」
「EF99、出発準備完了」
「出発信号、まもなく青に変わります」
「発車用意!」
 高橋司令は出発の命令を出し、そばの信務員によってラッパが鳴らされる。その様子はまるで艦艇の出港のようだ。
 たしかにそういえばそうかもしれない。かつて装甲列車は陸をゆく巡洋艦と呼ばれていたのだから。かつて満鉄を走っていた旧陸軍工兵隊の九四式装甲列車は背負式に砲を搭載し、車内はマホガニー張りという豪華かつ強力なものだったという。しかしそこでラッパが鳴らされたかどうかは想像するしかない。通常通りの陸軍式のラッパだったのかもしれないが、今、それを記憶している者はほとんどいなくなった。
「出発、青。選別特輸、発車します。ブレーキ緩解」
 ATZは東海道貨物線へ向けて、鋼の轍を踏みしめる。
「ブレーキ試験よし、制限45
 装甲列車には先頭の機関車に流れる桜のマーク、1号車はかつてJRの寝台特急「北斗星」に使われていたが廃止されて用済みになった電源車、2号車は87式AW、自走対空機関砲と同じ砲塔をもつ指揮車、3号車は垂直発射ランチャーを備えた発射機車、4号車は中距離捜索レーダーとまた対空機関砲の砲塔をもつレーダー車、そして5号車は10式戦車の砲塔を背負式に持つ戦闘車となっている。
 それぞれ足回りは軸重制限緩和のための特殊な足回りとなっていて、アクティブ制振システムにより、アウトリガーを出さずとも発射時の車体姿勢の安定性を確保するようになっている。
 そんなハイテクを使いながらも、どこかあちこち既存の装備の流用で作られているのが不思議で、不気味な感じを出している。
 それが、コンテナ貨車と一般の機関車に見送られ、回転灯を点灯させながら進んでいく。



 ところかわって、閣僚の集まる永田町・首相官邸地下のオペレーションルーム。
「しかし、中国人民解放軍および日本海岸を高速で移動しながら不審船舶や不審機に対抗しえる装備は、自衛隊にあるのかね」
「ほとんどの航空戦力は西部方面へ移動させたとはいえ、圧倒的な装備不足は目に見えているぞ」
「あります」
 自衛隊統合参謀長が口にするが、官房長官と総理は眼を見合わせている。
 しかし、総理は少し考えた後、頷いた。
「ATZのことだ」
 官房長官がその名を言った。
「ATZ?」
 閣僚たちがどよめく。
「極秘のうちに自衛隊で開発していた新装備だ」

 説明が行われる。
「装甲にはケブラーなどの軽量かつ強靭な複合繊維材料を多用し、電磁波攻撃対策に回路のほとんどの光ファイバー化を大幅に進め、主演算装置は3重系のシステムを搭載しております。
 また、主要装備として40ミリ連装高射機関砲、120ミリ戦車砲、そして中距離・長距離多目的誘導弾の垂直発射機を装備しております。
 誘導弾はJADGEシステムと連携し、AWACSの誘導を受けることにより、戦域ネットワークを構成し、海自のイージス艦・空自・陸自の地対空ミサイル網と隙のない防空網を構築します。また、誘導弾は対艦艇にも有効な破壊力のある弾頭を搭載しており、またATZ自身も、必要に応じて鉄道トンネル内に隠れ身を守ることもできます」
 官房長官が、付け加えた。
「言うなれば、現代版の装甲列車と列車砲、というわけだ」



 自衛隊市ヶ谷指揮所では、それをテレビ会議システムで見ていた幕僚が漏らした。
「そう誇らしげに言っておきながら、実のところ、ATZの運用実施計画潰したの、官房長官じゃないか」
「まあ、政治家なんてそういうもんだ」
「でも、なんであんな高橋なんて2佐がATZの運用の事実上のフリーハンドを手にしちゃたんですか」
 陸上幕僚長は、顔を歪めた。
「知らんのか? 高橋って男を。それは勉強不足だ」
「そうなんですか」
「ああ。防大卒業以来、将来の統幕長候補と呼ばれ続けてきた男だ」
「でも、なぜそれがフッと話が消えて、そしてあんな『とくゆ』に?」
「話が消えたんじゃない。『消した』のさ」
 指揮所で話す幕僚は、察して言葉に詰まっていた。
「そう。そういう、俺達とは別のルートに、もう乗っちまったんだ」



「しかしさあ、電気機関車牽引の装甲列車っておかしいんじゃないの?」
 上空からの敵味方識別のために回転灯を点けながら走行するATZ。
 当然その異様な姿が駅を通過すると、それを見た一般客が口を丸くして驚いている。
 その高射砲座から、インカムごしに、指揮車の丑嶋に言葉が飛ぶ。
「文句は言えないの! 途中からディーゼル機関車につけかえるにしても、電化区間は電気機関車が一番速度もエネルギー効率もいいでしょ!」
「だったら、なんでその途中役の電気機関車に回転灯までつけちゃったの?」
「うちの整備長がもらってきちゃったのよ! 建造する製作所にかき集めた装備の中に何に着いてたかわかんない大型回転灯があったの!」
「あれ、もともと何に使ってたの?」
「知らないわよ! あとで整備長に聞いて! 無駄口よりもまず警戒と機器のセットアップ確認! 仕事ほったらかして四の五の言ってると整備長に海ほたるの魚の餌にされちゃうわよ!」
「へいへい」
「まったく、この『とくゆ』には本当に規律ってものがない!」
 コントロール車の中で沸騰している丑嶋の前で、司令は禁煙パイポを取り出した。
「禁煙なのはわかってるからな」
 幕僚がさらに咎める前に司令は言う。
「まあ、しかたないさ。
 だいたい考えてもごらんよ。予算がついて就役して、練度不十分な中でいきなり出動だぜ? こんなの前代未聞だ。そもそも装甲列車でさえ前代未聞なのに、事態も前代未聞。だいたいこの国の置かれた状態だって、中国の爆発事故以来、非常識ときてる。もういまさら規律もへったくれもない。
 いくら各部隊からスカウトしてきたとはいえ、うまくいくわけがないのは承知してる。
 だから俺は、この部隊の指揮官を志願したんだけどな」
「そんな」
「オレは『規律とともに二階級特進』なんか認めん。なんとしてもみんなで生き残る。それぐらい、今回の事態はヤバイからな」
「やっぱり、そうなんですか」
「君もうすうす気付いていた?」
「ええ。防大同期から少し」
「そうか。政府は当然、空自も情報本部も公式には認めてないが。
 この数日の間、例の国が苦労して開発中だった本物のステルス機が大陸内陸部から発進準備状態にあるとの情報がある。
 そいつが今後、飛び立ったとしたら、行く先はどこだと思う? まさかみんなが網張ってる西部方面、九州のはずがないだろう? 少数機で致命的にこっちの戦意喪失を狙うとしたら?」
「まさか」
「ああ。戦争では、相手の一番嫌がることをして、戦う心を折るのが一番正しいやりかただ。
 だから、俺達も、西部方面に行くと見せかけて」
 たしかに、列車はいつの間にか、武蔵野貨物線に入っていた。
「わかるな。もちろん、そのステルス機が通常爆弾なんて甘いものを積んでるわけもない」
 丑嶋は震えた。
「ああ。空自と海自に対する西部方面の大編隊の出動は、陽動だ。
 しかもそのステルス機は、高機動性能を活かして、空自のAWACSや高性能レーダーの電波をかいくぐり、海自の誇るイージス艦の苦手とする山間部の超低空を飛んでくる」
「……それを我々で」
「ああ。できればこのATZがもう1編成ほしいところだが、あいにく俺達だけだ。
 俺達の鉄道旅に帰りの切符があるかどうかだって危うい。
 この旅、帰れる駅があるかどうか、だからな。
 目的地は長岡、新潟だ」



 列車は上越線に入った。線路は山間を曲がりくねる利根川とシザースしながら伸びている。
 それを上越国境に向けて、EF99は連続勾配に負けずに、重い武装車両を牽引して登っていく。
「水上、場内進行!」
 水上駅の古風な跨線橋をくぐってホームを通過した時だった。
「異音検知! 非常ブレーキ!」
 EF99の機関士が即座に右手のワンハンドルマスコンをB8位置に叩き込んだ。
 本来なら自弁と単弁で操作する機関車牽引列車なのだが、ATZの場合はそれをアドバンスド・アクティブ・トーイング・システム(AATS)というシステムで電車同様の機関士の操作で、その2つのブレーキの操作を調和させて最適なブレーキ率、最短のブレーキ距離で止めてしまう。
 北急電鉄の誇る周遊列車「ブラウンコーストエクスプレス」と「ファンタジアコーストエクスプレス」の牽引のために開発されたこのシステムを開発したのが、このEF99の本来の目的だった。
 図らずもそのシステムの真価が、発揮されてしまった。
「異音源は!」
「プラットホームに接触、T車のサイドスカートがやられました!」
「ええっ、車両限界は守っていたはずじゃ?」
「余裕がなかったんだろう。JRの駅にも、うちにも」
「T車です! 所詮はこすっただけです! 機器類すべて異常なし! 先を急ぎましょう!」
「そうか」
 司令はすぐに、再出発を命令した。

 そして列車は第6利根川橋梁を通過する。
「司令、このまま進みますか?」
 丑嶋が聞く。
「どう思う?」
「命令通り、このまま急行すべきと思います」
 しかし、そういう丑嶋の顔がひきつっている。
「そうじゃないな。君も思っているだろう? これはまずい。
 この先には上越トンネルがある。
 さっきのはむしろ幸運じゃないか。
 ここで引っかからずにあの長大トンネルに突っ込んでいたら?」
「……同感です。でも、長岡・新潟の防衛が我々の使命では」
「そうでもないかもしれん」
「そうでしょうか」
「丑嶋、いいか?」
 司令は、険しい顔で言った。
「ここから先は、俺の独断専行、ということで了解してくれ」
「そんな!」
「君は、何があっても、精一杯反対したが、俺が主張して譲らず、屈したことにしてくれ」
「なぜです?」
「今、理由を説明する余裕がない」
 丑嶋は考えたが、結局頷いた。
「停車し、推進運転で渋川まで後退、射撃地点をそことする」
 そのとき、JADGE防空システムをここから監視していた信務員が叫んだ。
「突発目標、ボギー出現! そのまま空自防空網を突破、新潟上空を通過しました!」
「新潟が目標じゃない!?」
 丑嶋が愕然とする。
「ああ。やはり、東京を狙ってる」
「各高射群に撃墜の絶対命令が発令され……いや!
 強力なシステム妨害! JADGEシステムが輻輳を起こしています!」
 司令は、冷静だった。
「JADGEとのリンクを切って、独力でボギーを撃墜する。
 渋川駅構内で射撃態勢準備!」

 列車は推進運転で後閑交差点前のカーブを曲がっていく。
 再びAATCシステムの真価発揮である。
「こんな簡単に客車列車が運転できれば、九州筋のブルートレインはJR東海の反対をクリアして残れたかもな」
「でも、デパ地下と新幹線と安ホテルの組み合わせには勝てないですよ」
「そうか」

「渋川上り場内!」
 その時だった。
「警察より通報! 渋川署が武装勢力に襲撃を受けています!」
「なんですって! 国籍不明の特殊部隊が蜂起した? そんな!」
「警察の力では対処不能です!」
「防衛大臣が武力攻撃事態を公表します!」
「列車指令所から通知!」
「なんですって! こんな時に営業列車をよこすの! 民間人がさらに巻き込まれるわ!」
 丑嶋は危惧する。
「いや、こういう時に備えて作ったのがあるだろう?」
「まさか」
「そう。鉄道警察隊の保有する2編成のダークスター武装列車だ。
 片方には警察用に改造された10式戦車が乗っている。
 もう片方には多数の鉄道警察特殊隊JRSATが乗車しているはずだ」
「でも、我々はそこまで持ちこたえなくてはなりません!」
「彼らのアックアップを信じて、持ちこたえるしかない。
 T車、聞こえるか?」
「聞いてました。俺たち装甲薄いですが、水上で足引っ張ったぶん、取り返しますよ!」
「そうだな。高射班、捜索レーダーに反応は?」
「山間部の反射が強く、またノイズも多いです」
「そこを見つけるんだ」
「ええ。これまで、そのための訓練でしたから」
 司令は、頷くと、命令した。
「識別回転灯、消灯」
「消灯します」
 さっきまでまばゆくきらめいていた大型回転灯が、その光を閉ざした。


「T車、よく識別してくれ。警官とダークスターを撃つわけにはいかない」
「大丈夫ですよ。同士討ちなんかしません」
「任せた。随伴普通科班、降車して配置につけ」
「了解!」
「電源車、電源を確認してくれ」
「しっかり見てますよ! 電源余力、バッチリです!」

 T車の砲塔では、砲長がハッチを開けて捜索した。
「上り側のカーブの先に火災が見える。たぶんあそこが渋川警察署だ。ヒデエことしやがる。暗視装置で警戒してくれ」
「人影が見えます……あっ、パトカーが!
 くそ、警官が撃たれてる! くそったれ!」
「警官の退避を支援する! 撃つぞ! 榴弾用意! 目標、左民家の先の火力点!」
 砲長がハッチを閉め、砲手が照準する。2基の砲は照準情報を共有しているので、すぐに第2射を目標に叩き込める。
「装填よし!」
 自動装填装置が素早く榴弾を砲尾に押し込み、尾栓が閉じられる。
「テッ!」
 120ミリ砲がバッとスタッカートの効いた発砲音で吠える。
 飛び込んだ榴弾は一瞬で民家の影で、警官に銃を撃ちまくっている敵を吹き飛ばした。
「よし、沈黙させたぞ!」
 しかし、パパパッと曳光弾が飛び込んでくる。
「くそ、気づかれた! こっちへ撃ってくる!」
「同軸機銃で黙らせろ! 普通科班に弾を行かすな!」
「ええ!」
 指揮車でも声が飛んでいた。
「こっちも携帯対戦車砲を撃たれたら、当たりどころが悪ければこっちの装備した誘導弾に誘爆しますよ!」
「そのためにT車の正面装甲は削ってない。10式譲りのモジュラー装甲を信じるんだ。通信班、消防に連絡! 消防士を戦闘地域に近寄せるな!」
「ええ、これじゃ市街戦状態です!」
 そして、あの陰鬱な有事状態を示すサイレンが、防災無線のスピーカーから、この山間の街に鳴り響いた。
 国民保護法制の適用が宣言されたのだ。
「なんてこと……。羽田に強行着陸されて首都東京が制圧されるという斬首戦シナリオには対策をしていたのに、その敵特殊戦部隊がここ、地方都市・渋川を狙うなんて!」
「向こうも注文通りにはやってこない。当然だ。戦争は始まっちまったんだからな。とくに低空を匍匐飛行で山間部を抜けて関東平野に出て都心を目指すには、ここを地上から制圧したかったんだろう。
 だが、他の高射群は麻痺してても、俺達はだまってない。だから、黙らせるつもりなんだ」
「それにしちゃ、たまんないですよ!」
「同感だよ。まったく!」
 T車では戦闘が続いている。
「新目標、1時右、車両2両の火点、榴弾、テェ!」
 再び発砲する。
「次! 左の中層ビルの上の狙撃チーム!」
「くそ、まだいるのか!」

 その戦場騒音の中、ついに警戒員が見つけた。
「上空にブリップ! 識別信号なし!」
「来た!」
 ステルス機であっても、真下からの捜索には完全な隠密性は保てないのだ。
「普通科班退避! 対空誘導弾を撃つ! 目標、識別不明機(ボギー)!」
「高射誘導弾用意!」
 対空戦を丑嶋1尉が指揮する。
「用意よし!」
「1番、シュート! バーズアウェイ!」
 垂直発射機から誘導弾が発射される。
 それはランチャー車から真上に撃ち上がったあと、ベクターノズルで急激に向きを変えて標的に向かう。
「インターセプト、今!」
「ターゲットサバイブ! くそ、外れた!」
「いや、針路を変えました! ボギー、旋回中です!
 それと、南側から識別信号ありの機体多数! 空自です!」
「援軍だ!」
「いや、まずい! これで奴はここでブツを使うかもしれんぞ!」
「ええっ、地上に味方がいるのに?」
「そうは思っちゃくれないさ。ダークスターとおれたちと町をいっぺんで吹き飛ばせば、国中に厭戦空気を演出するには十分だ。西南方面での衝突も有利に決着できると思うだろう。
 第2射用意! AW、ボギーの投下物を絶対に仕留めろ!」
 2基の連装対空40ミリ機関砲塔から応答がある。
「まかせてください!」
「目標追尾……追尾よし! 時機あと2秒!」
「2番、シュート!」
「ボギー、投下物分離!」
「AW! 対空射撃、用意!」
「AW、射撃自動モード!」
「続けて3番、シュート!」
 機関砲が連射を始める。猛烈な勢いで40ミリ機関砲の薬莢が飛び散る。
「2番、インターセプト、いま!」
「くそ、ターゲットサバイブ! また避けられた!」
 しかし、それで敵機は追い詰まっていた。
「いや、3番が! ヒット! 命中しました! ボギー、キル!」
「投下物は!」
「空中に異物なし! 40ミリが命中しました!」
「……大量破壊兵器を作動前に撃ち落とした……」
「ああ。だが、あとで捜索しなきゃならんな。核にしろBC兵器にしろ、後始末がきつい。
 地上の敵勢力は!」
「ダークスター2号の搭乗警察隊が高崎で降車し、警察仕様の特殊戦車で掃討・検挙にあたっているとのことです!」
「JADGE回復! 回復しました!」
 状況が再び表示される。
「なんてこった、こんな間に弾道ミサイル迎撃戦まで同時進行していたのか!」
「海自のイージス艦と空自の高射部隊がそれぞれ6発ずつ仕留めたそうです」
「輻輳状態で彼らもよくやったな。普通科班! 状況は!」
「警官が逃げてきます!」
「退避を支援しろ! 負傷者が多数いるはずだ!」
「敵は移動した模様! 普通科班、前進して警官を保護します!」
「深追いはするな。即応集団とダークスターに頼むしかない」
「レーダーににブリップ! 識別FS(戦闘支援機)! しかし急速に接近中!
 我々への爆撃コースです!」
「まさか!」
 司令に皆目を向けている。
「回転灯をもう一度点灯する。この混戦模様だ、いくらでも同士討ちになりかねん! FSの満載した爆装を食らったら、みんなひとたまりもない!」
「しかし、FSが偽装した敵だったら?」
「その時はAW頼みだ。点灯!」
 回転灯が再び点灯する。
 闇の中に赤い光が飛び散る。
 一瞬、みんな、息をのんだ。
「FS、変針! 旋回して去っていきます」
「気づいてくれたのか」
「前方にも!」
「なんだ! こっちは敵か!」
「いえ! 向こうも赤色回転灯をつけてます! 警察隊の戦車です!」
「救出に来てくれたのか!」
 ダークスター仕様の機関車のヘッドライトに照らされながらやってくる、警察仕様の10式特殊戦車と、手を振っている鉄道特別機動隊の姿は、まさに『勇姿』だった。




「渋川市内の武装部隊を制圧しました。現在残存者の検索検挙活動が進んでいます」
 夜深くでも、なおも要員は警戒を続けている。
「陸戦は陰惨で嫌なものだ。空戦の華々しさも、海戦の潔さもない。
 だが、最後を守るのは、覚悟したとおり、俺達のこのブーツだ」
 それにしては、救護を受けている多数の警察官の負傷者が痛々しい。
「無理だ、助からない」
 救護班が首をふるものもいる。彼の横たわった体からは腸が飛び散っている。
「助けてくれ! 助けてくれよ! 俺の任官以来ずっとの同期なんだ!」
 同僚を助けてくれの悲痛な声。普段冷静な彼ら警官ですら、である。
「すまない」
 防衛医官のその言葉に、警官の彼は、うなだれた。

「くそ」
 司令は目を落とした。
「でも、司令、上空に」
 警戒員が、声をあげる。
「何だ?」
「流星雨です」
 満天の星空を、流星が駆け抜けていく。
「そういや、今は、夏だったな。機器の空調で忘れかけてた」
 司令は、息を吐くと、禁煙パイポを取り出した。
「あの戦争から70年目の夏が、この陰惨な戦いか」
「でも、守れたからよかったじゃないですか」
 丑嶋1尉はそう言った。
「守れたのか?」
「事態は起きてしまったけど、大事なものは守れたと思います」
 その怜悧な瞳に、司令は頷いた。
「そうだな」
「ダークスターが来ます」
「もう大丈夫かな」
「なんです?」
「せっかくだから、あいつの写真を撮ろう。生き延びた記念に」
「柄じゃなかったんじゃないですか」
「こういう時は別さ」

 市ヶ谷指揮所では、事態収拾のための連絡が行われている。
「ATZは渋川で停車中です。ダークスター1号が負傷者の収容を開始しました。2号はATZの側衛についています」
「しかし、ATZはよく渋川で持ちこたえたな」
 3自衛隊指揮システムに次々と情報が集まっている。
「負傷者多数のなか、完全に孤立しかかったからな。よく守ったよ。
 中国人民解放軍が全戦線で撤収しはじめている。中南海での勢力争いが決着したんだろう。
 そのために我が国にこんなことされてはたまらんがな。
 あとは政治のレベルで解決に向かうだろう。メディアが馬鹿騒ぎするのはいつものことだが、もう、うんざりもしれられん」
「ですが、結局、ATZは目的地には、着けませんでした」
「ああ」

「でも、着かなくてよかったんだ。
 とくに、あの列車は」
 統幕長は、指揮所のメインスクリーンに映る、ATZをとらえた情報衛星の画像を見て、言った。
「奴の指揮するあの列車は、期待通り、着く前にちゃんとこの危機を終わらせてくれた」

(了)

レイルストライカー2015

2015年8月23日 発行 初版

著  者:米田淳一
発  行:米田淳一未来科学研究所

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YONEDEN

 YONEDENこと米田淳一(よねた・じゅんいち)です。  SF小説「プリンセス・プラスティック」シリーズで商業デビューしましたが、自ら力量不足を感じ商業ベースを離れ、シリーズ(全十四巻)を完結させパブーで発表中。他にも長編短編いろいろとパブーで発表しています。KDPでもがんばっていこうと思いつつ、現在事務屋さんも某所でやっております。でも未だに日本推理作家協会にはいます。  ちなみに「プリンセス・プラスティック」がどんなSFかというと、女性型女性サイズの戦艦シファとミスフィが要人警護の旅をしたり、高機動戦艦として飛び回る話です。艦船擬人化の「艦これ」が流行ってるなか、昔書いたこの話を持ち出す人がときどきいますが、もともと違うものだし、私も「艦これ」は、やらないけど好きです。  でも私はこのシファとミスフィを無事に笑顔で帰港させるまで「艦これ」はやらないと決めてます。(影響されてるなあ……)

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