spine
jacket

───────────────────────



地球―この惑星を誰に託すのか 記録編(ebook)

東京ドイツ文化センター



───────────────────────

東京ドイツ文化センター
www.goethe.de/tokyo

Photo: NASA

目次

まえがき

コズミック・プラネタリズム | インゴ・ギュンター
地球に戻ろう! | 芹沢高志
宇宙の水平線から見る地球 | 小阪淳
豊かさを物語る為の空白 | 三原聡一郎

記録編
ラウンドトーク「地球—この惑星を誰に託すのか」を開催して

第1部 プレゼンテーション
 1 星空は宇宙への窓 | 小澤英之
 2 宇宙の水平線から見る地球 | 小阪淳
 3 地球のデータをアート作品へ | インゴ・ギュンター
 4   を超える為の余白 | 三原聡一郎

第2部 質疑応答

ラウンドトークを終えて 芹沢高志

プロフィール

まえがき

陽はのぼり、陽は沈む。日々営々と繰り返されているこのことが、実は地球の自転によるものだとされるようになったのは、いつのことでしょう。古代ギリシャの天文学者アリスタルコスが地動説を唱えてから、現在ポーランドであるトルン出身の天文学者、カトリックの司祭にして医者、法学者、政治家、さらには占星術師でもあったコペルニクスが地動説を再び唱えるまで、およそ2000年の歳月が流れました。その16世紀からさらに500年が経った今日、私たちはあいかわらず、太陽が「のぼり」月が「あがる」と言い、実際そのように感じて生活しています。
 21世紀に入り、私たちは多くの発見に満ちたエキサイティングな時代が幕をあけたと期待しました。そして現にミクロの世界、海の奥底、深い地中、そして宇宙においても、様々な研究や開発は人の夢を目前にまで引き寄せています。そんな時代の空気をいち早く感知して表現するアートや広告のなかにも私たちはテクノロジーの先端を、あるいは地球や宇宙を感じて暮らしているのかも知れません。
 しかし現代の科学を信じ、その恩恵にあずかって生きている私たちを震撼させた原発事故を含め、宇宙から見たその美しい姿からは想像できない、苦悩に満ちた地球が存在することも事実です。人間たちのせいで体調が優れない地球に久々に会った友達の惑星は、次のように地球を元気づけたそうです。「そんなに深刻にならなくても大丈夫だよ。人間なんてじきにいなくなるからさ」と。
 地球を幸せにし、自分たちも地球の元気をわけてもらいたい。そのために、まずは地球を手にとるように、ながめ、理解し、感じることからはじめたいというのが、この「地球」という語らいの試みです。とは言え、地球を幸せにする学問もエキスパートも職業も見当たらないため、その語らいを始めるメンバーは異なる分野を専門とし、共通する点は、何らかの形で地球と向き合っている、というゆるやかなものです。「地球救済白書」のような結果は目標としていませんが、色々な考え方の人間が真剣に話すに値するテーマであることを確認し、その語らいの輪を広げてゆくきっかけとしたいと考えています。

東京ドイツ文化センター

コズミック・プラネタリズム | インゴ・ギュンター

地球という主体は恒常的に変化して発展している。常に動いているものとして、繰り返し新たな観察と理解が必要である。それは太陽系の惑星としてのみならず、我々のテクノロジーとイデオロギーの認識においても然りである。人類は、たとえそれがアンバランスで不均衡なものとはいえ、地球については膨大な知識、増え続ける知識を持っており、その知識はたいていの場合、規模や比率に関する感覚が欠けているものである。望ましいもの、正しいもの、自然なもの、追求するに値するものもまた、この数十年の間に大きく変わった。「ローマクラブ」(「成長の限界」1972年)の予測は誤りであった、もしくは効果的な警告であったことが判明した。多くの人々が、メディアの伝える暗くて警鐘を鳴らす報告から不安、恐れ、そして批判を読み取ったが、これらは確実に現実を素通りしていった。おそらく、最大の危機は政治的、社会的ナラティヴを超えたところにあるのだろう。

オスヴァルト・シュペングラーは、歴史にアプローチできるという期待を持って、歴史の形態学に挑んだ。いうなれば、歴史を3次元体として描くことで、現在との構造的類似性と比較を見いだせると考えたのである。15世紀に最初の地球のモデルが作成された。それは実用には不向きの4億分の1というスケールだったが、人間的でエモーショナルな扱いやすい大きさ、直径30センチの立体的地球儀であった。とりわけ、我々は地球に関する思考と解釈のモデル、アイディア、イデオロギー、物語、誕生の物語などを手にし、前途有望であり、(しばしば同時に)ディストピア的な未来のヴィジョンを推定するようになった。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》「億万長者」

 地球の物理的規模だけでも人間の視野と収容能力を遥かに超えるものである。そのため我々はシンプルで扱いやすい30センチモデルを好んで使う。地球の曲面を初めて自分の目で見た人間は、1950年代に伝説的U2スパイ偵察機を操縦していたアメリカのパイロットだった。
 数千年も前から、地球は流動的な謎であり、挑戦の対象であった。地図や地球儀、詳細な衛星写真や海洋水深調査などを行い、人間は何度も全体性と複雑さを十分に理解したと信じるポイントにたどりつくのだが、それでもまだまだその探求が終ったわけではない。新大陸の発見こそなくなったものの、調査、測量、地図作成は果てしなく続き、この惑星のより深く、詳細かつ全体としてのイメージと理解をもたらすのである。

我々が地球について語るとき、地球そのものや陸地について語っているわけだが、同時に総表面積の6分の1に相当する生物的に活発な大陸表層のかけら、すなわち陸上での生活自体を可能にしている場所についても語っているのである。それら全てが地球なのだ。この概念はある時代においてはほとんどすべてを意味する言葉としても使われていた。他言語における「地球」という概念の語源は、「我々祖先」の出発点、生誕地を意味する。地球は万物の母である。しかし同時に今日の「地球」は、グローバルな現実、全体性、我々の共通の終局と同義でもある。天体としてのその球状の形は、完璧さを求める象徴とも思える。地球とは神話であり、同時に実感可能な自然の権威なのである。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》「地震とプレートテクトニクス」

 地球をさまざまな手法で把握しようと我々は、測量と投影という方法を編み出すが、それは同時に科学史と技術史を反映し、その機能を示すものである。2200年前、エラトステネスは測量を行い、惑星の形と大きさを計算し、座標系を発明した。
 以来、あらゆる場所は座標の前にひれ伏すことになる。地球という惑星と世界の現実は、目的論的地球のイメージに屈服させられるのである。その表面は、明らかにそうであることがわかる。国の境界線は緯度と経度に沿って引かれる(アメリカ合衆国とカナダ、韓国と北朝鮮の国境線、1748年のジェファーソン・グリッドによるアメリカの広範な地域の分割、人工島)。デカルト的理解のモデルは、2000年以上にわたり、地球に刻み込まれてきた。コンセプトが知覚を呼び覚まし、知覚が現実を呼び覚ます。

西洋の征服者たちはこのように世界を従属させた。一神教的でグローバルな征服のための「明白な使命」の数学的根拠である。地球とは、西洋の発明、全体性という視野、全てが測量可能で把握可能であるという確信を形にしたものであることが判明する。アジアの思想家にとってこの発想が疑わしいものであったのは、その一元性だけが理由ではない。しかし、このような制限的な見方が厚かましいほどの成功を収めたという事実は衝撃的である。多くの人々が、場合によってはこの見方の修正を望んでいるように見えるが、ではどのような見方がどう機能すれば良いのかについての具体的なイメージはない。

 地球の征服は続き、テクノロジーの発展と、それによる地球の把握はとどまることを知らない。過去数十年の間に計測された地球は著しく、そして劇的に変化した。新たなフロンティアが出現し、洪水、過剰漁獲、海底資源などが海洋を紛争地帯にした。地政学的にも情勢がシフトしている。夏の間、氷山がほとんどなくなったロシアの経済水域の北東海路のおかげで、中国は6000キロもヨーロッパに近くなる。これはスエズ運河ルートよりも30%の短縮になる。ロシアは2007年にはすでに北極の海底、深度3000メートルに国旗を設置している。流氷が溶けて、北極海の巨大な油田にアクセス可能になった。センサー技術と測量技術の劇的発展により、海底の詳細な調査ができるようになった。もはや海洋は緩衝地帯ではなく、領土紛争の前線になったのである。更なる徴候は、中国の防空識別圏(2013年)である。2013年12月よりカナダが170万平方キロを自国の領土として主張しており、海洋領域は、経済的司法権を新たな次元へとシフトさせている。フランスはアメリカに次ぐ世界第二の海洋国家であり、日本の経済的水域管轄権はほとんどインドの国土に匹敵する。

海洋をめぐる紛争(アジア、北極海)は、このようなセンサーテクノロジーなくしては考えられない。このテクノロジーが海底の極度に精確な地図と海底資源の把握を可能にするからである。これまでこのセンサー技術の利用は軍隊と、いくつかの大手石油会社が独占していた。今ではグーグルユーザーも無料かつ無条件で、衛星写真の100倍の画像鮮明度を楽しむことができる。25年前であれば、写真を公開しただけでも治安維持法違反で禁固刑に処せられた。2014年8月14日、机上地球儀とか大皿、人間の頭などおよそ12インチほどの物体をも確認できる衛星が打ち上げられた。それによって、かつて法で認められていたもの(カーター命令、1980年)の1000倍の解像度を、熱心な営利企業が手に入れることになる。そして超音波海底探査ももはやドクター・ノオ(映画『007は殺しの番号』に登場する人物)や彼に類する人たちの特権ではないのである。
 人類が、絶えず進化するセンサー技術やヴィジュアル化によって、この惑星が抱える問題とされているものを解決できるのかは疑問である。それでも私は、いくばくかの楽観的見方を持って、これらのテクノロジーの芸術的、ジャーナリスティックかつデモンストレーション的な利用には、何かしら根本的に民主主義的で教育的なものがあると主張したい。私の芸術的かつジャーナリスティックな仕事の大半は、考えられる全ての観点から地球という惑星と、地球の現実というコンセプトに取り組むものであり、そうでなければ単に25年間、努力しただけということになってしまう。そして人間の範囲をはるかに超える地球的規模のテクノロジーが突きつける圧倒的な挑戦を前に、ハイデガーはすでに50年前に、平静であることを推奨していた。

地球に戻ろう! | 芹沢高志

1961年4月12日、ソ連の空軍中尉、ユーリ・ガガーリンは、「東方」という名の宇宙船に乗って地球大気圏外を一周した。かろうじての一周ではあったけれど、とにかくこのとき、私たち人類ははじめて外から、この地球という星の姿を見たわけだ。その意味は、計り知れなく大きいと私は思う。
 人類もこの地球上の生命進化によって生み出されてきた存在であり、その意味ではこの星の一部だ。その一部が、はじめてこの星の姿、つまり自分自身の姿を見たのである。そしてそれと呼応するように、私たちの意識は確実にグローバル化していった。

頭の中で想像しているのと、実際にこの目で見るのとでは、やはり大きな違いがある。あの日ガガーリンがたったひとりで見た地球の姿は、その後数々の映像として、繰り返し、繰り返し、私たちの日常に流れ込んできた。地球という星の姿が、私たちみんなにとって、ごくごく身近なものになっていったのだ。それは漆黒の宇宙に浮かんだ、奇跡のように美しく、しかしちっぽけな星の姿だった。

Photo: NASA

今でもときどき思い出す。1964年の10月17日、母がむきになって台所でキャベツを洗っていた。「なんでそんなに一所懸命に洗うの?」「中国が核実験をしたのよ。死の灰がついているといけないじゃない。これからは雨に濡れちゃいけないよ。髪の毛が抜けちゃうからね」
 私は13歳で、当時は国交もなかった中国は遠い異国にすぎなかった。しかしその、日常から遠く離れた世界の出来事が、我が家の台所で、母に必死にキャベツを洗わせる。そのつながりがとても不思議でならなかった。私ははじめて、世界がくっついていることを実感した。
 おそらくあの頃、みんながそんなふうに予感しはじめていたのだろう。環境に放出されたDDTが生態系に忍び込み、食物連鎖を通して濃縮され、世界のすべてを汚染していく。春が来ても花は咲かず、鳥も啼かず、「沈黙の春」が来るかもしれないと、生物学者レイチェル・カーソンが警告の書を出版したのはその2年前、1962年のことだった。
 意識のグローバル化が、同時に私たちに、この地球の有限性を思い知らせていったことは興味深い。

そして旅は続く。たとえば1977年8月20日に地球を飛び立ったボイジャー2号は79年7月9日木星に、81年8月25日土星に、86年1月24日天王星に、89年8月24日海王星に、それぞれ最接近していった。この航海者の旅は80年代という時代と奇妙に重なる。ボイジャー2号から送られてくる映像は、地球をも含む、より大きな太陽系という存在を実感させてくれた。つまり私たちは、80年代という時代を通して、この地球という惑星の有りさまを、より大きな宇宙の枠組みのなかで再確認していったわけだ。太陽系の他の惑星の姿が80年代のところどころで公表され、繰り返し、繰り返し、私たちの意識を揺さぶってゆく。この地球は、太陽系のなかで考えればいかにもちっぽけな存在だった。そしてそんななか、1986年4月26日、チェルノブイリ原発の原子炉が爆発する。
 最近、姉妹機ボイジャー1号が2012年8月25日、どうやら太陽系圏を抜け出したらしいとNASAが発表した。ボイジャー2号もまもなく抜け出すだろう。別に深い意味を求めるわけではないが、ちょうどその頃、地球では、2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震に伴って福島原発で史上最悪の原発事故が起こり、それはいまだ収束していない。

ボイジャー
Photo: NASA

私たちの意識の射程はどんどん拡大していく。しかし皮肉にも、いや当然というべきか、そうなればなるほど、私たちは自分たちのちっぽけさを思い知らされていくことになる。もう、うすうす誰もが気がついていることだが、この地球は無限ではない。有限の世界だ。それなのに、資源も環境の許容量も市場も無限だと仮定して、私たちの社会は何の根拠もない「終わりなき成長」という信念にしがみついている。このボタンの掛け違いこそが、今私たちが抱える最大の問題なのではないだろうか。
 あらためて宇宙のなかでこの地球を見てみれば、それはちっぽけで物質的には有限だが、太陽からのエネルギーを受けてさまざまな活動が行なわれ、生まれた廃熱は宇宙空間に捨てられる。つまりエネルギーの代謝が行なわれている。そして物質の量はほとんど有限だが、それは使い回され、姿かたちを変えて、この有限の世界のなかをぐるぐると巡っていく。全地球が展開するプロセスに注目すれば、有限を悲観することなどまったくない。それどころか、この有限性に基づく新たな人類社会の運営システムを構築するという、深遠な理想さえも夢見ることができるだろう。それが、私には新しい希望に思える。

さあ、意識を宇宙に飛ばした上で、地球に戻る時が来た。この惑星の上に生きるとはどういうことなのか、宇宙のなかで深く考える時が来たのだと思う。ユニバーサル化した意識のなかで、この足元の地球に戻るのである。

宇宙の水平線から見る地球 | 小阪 淳

宇宙はビッグバンを経て、現在まで138億年の間、膨張し続けている。宇宙全体のうち、私たちが科学的な観測によってかかわることのできる宇宙は、地球を中心とする半径約450億光年の球体と考えられている。中心の地球から最も遠い場所となる、球体の表面に位置する空間の姿を今観測することができるわけだが、その姿は138億年前のものだ。なぜそんな過去の姿を観測することになるのか。それは球の表面から光が中心に向けて放たれてから地球に到達するまでに時間がかかるからだ。観測とは、その光を私たちが受け取るということである。球の表面から放たれた光は、出発してから138億年かけて地球に到達する。よってその光は138億年前の宇宙の姿を伝えているのだ。しかしそれは宇宙の始まりの姿ではなく、ビッグバンが始まってから38万年後の姿だ。なぜならそれ以前は空間に電子が飛び交い、光がまっすぐに進めず、靄がかかったような状態だったからだ。生まれたばかりの宇宙の姿は、この靄に隠れて観測することはできない。しかし素粒子加速器による実験などから、生まれたばかりの宇宙の姿を推測することができる。
 この「半径450億光年の球」は「私たちが観測によってかかわることのできる宇宙」の現在の大きさにすぎない。ではその外側、つまり「観測によって関わることのできない宇宙」はどうなっているのか。自然に考えれば、その外も、球体の中と同じような時空が連続して続いていると考えるべきだろう。ではどれぐらい広がっているのか。
 それを観測的に知ることはできないが、「半径450億光年の球」も宇宙全体から見れば、とてもちっぽけな存在と考えられている。なぜなのか。私たちに見える範囲の宇宙はとても均質なのだが、本来ムラがある状態が自然だ。私たちに見える宇宙を大きく超えて宇宙全体が膨張していれば、ムラも膨張に伴って伸びてしまい、私たちに観測できる範囲ではそのムラが観測されないと推測できる。よって「私たちが観測によってかかわることのできる宇宙」は、宇宙全体のほんの一部であると考えられる。この巨大な時空が、天文学が明かしてきた宇宙全体のイメージだ。私たちの住む地球から遥か遠くの場所、あるいはとてつもない過去の出来事を考えていくと、観測しうる領域を超え、さらには自然科学として扱える領域を超える。自然科学によって私たちはどこまで知ることができるだろう。そして最終的にどのような謎を明かすことができるのだろう。


ここで一気に究極の疑問を考えてみよう。その疑問とは「なぜ何もないのではなく、あるのか」。この問いは、自然科学が前述のような宇宙の姿をとらえる遥か以前から哲学的に繰り返し問われてきた。この問いは自然科学の域を超える。そして誰も答えることはできない。この問いの背景を考えてみると、「私たちの世界が因果律(すべての出来事には原因があり、すべてはその結果である)によって成り立っている」という前提を受け入れているということがわかる。なぜなら「すべての出来事に原因がある」という前提から、「宇宙そのものが存在する原因は何か」という疑問が生まれるからだ。
 ここで矛盾の可能性に気が付く。原因と結果の連鎖の始まりである最初の原因は、それ自身が原因を持っていないので、因果律から外れてしまうことになる。因果律を前提としない存在を認めるのならば、因果律を前提とした「なぜ何もないのではなく、あるのか」という問いそのものも有効かどうか怪しくなる。もしもこの問いの答えが、「原因はない」だとしたら、そのような答えを私たちは受け入れることができるのだろうか。私たちは誰も「原因のない出来事」と言えるものを経験したことがないのだ。

《太陽系図2014》デザイン:小阪淳 (c)(公財)科学技術広報財団
《一家に一枚 宇宙図2013》デザイン:小阪淳 (c)(公財)科学技術広報財団
小阪 淳《宇宙サイコロ》(2012)ガラスの容器の中には23個のサイコロが入っている。すべて1のぞろ目にするには、一秒に一回振ったとしても、平均で、ビッグバンから現在までの宇宙の年齢に匹敵する時間がかかる。

最先端の自然科学の成果は、知性による理解可能な領域よりも宇宙の方が大きい可能性を示している。私たちは自然科学によって世界を知り尽くすことはなく、むしろ「私たちの知らない世界」を広げている。当たり前だと思っていた因果律もまた宇宙の理ではなく、私たちの知能の限界のひとつに過ぎないのかもしれない。時間的にも、空間的にも、知能的にも、人間の知の範囲は極めて矮小なものであることを、自然科学は教えてくれている。人間は常に宇宙の理の中にあり、その外に立って見つめることなどできないのかもしれない。宇宙が人間に分かるようにできている保障など、何ひとつないのだ。宇宙の果てどころか、ほんの身近に起こっている出来事さえも知りえないのかもしれない。

このような認識を踏まえたうえで、もう一度自分自身を、そして最も身近な外部である地球を感じとることは、何かをもたらすだろうか。いや、むしろ「何かをもたらす」といった成果を求める感覚から離れて、「今ここにいる」という感覚を切実に感じることから始められないだろうか。科学によって遥か遠く、あるいは宇宙が生まれたときに思いを馳せたのちに、再び戻ってきたこの地をどう感じることができるだろうか。そしてその感覚は他者と共有することができるだろうか。科学的思考とは、そのような感覚を共有するための前哨なのかもしれない。

豊かさを物語る為の空白 | 三原聡一郎

つくる行為はさまざまであり、自分も含め、多くの人が毎日何かつくっているだろう。かたちのある製品や加工品もあれば、サービスやシステムそしてルールをつくるということもあるだろう。自然の恵みを命と引き換えに得るものもあるし、また大地に存在するものを資源としてエネルギーとして扱った生産もある。他者と交換可能な状態の商品もあるし、自宅での夕食のように自分や親しい人のためだけにつくるものもある。つくるプロセスを俯瞰すると個人で関われる範囲は小さいかもしれないが、より多くの人との対話や合意を得て大きな力を持つこともある。
 つくることは人間や自然が常に変化し続けるように、ともに変わり続けると感じる。つくりだす行為に何らかの目的や利が見えにくくなった場合、つくりだす行為は消えていく運命にあると思うが、生きることに直結しないいくつかは交換しがたい価値が共有されることで残り続けてゆくように思える。その理由は豊かさを社会に還元する為と目されるが、その豊かさには世界の多様さをそのまま映し出すような複雑さを感じる。

 この多様な豊かさが言葉で物語られたとしても、それを時間をかけて理解したとしても、それは過去を知ることでしかない。未来を語るために過去に向う言葉を使うのでは遅すぎるのだ。まず誰もが偲ぶ古き良き過去は二度と来ないように、過去からは多く学びつつも、臆せずしなやかに進みたい。未来の豊かさを模索する方法は具体的には定まっていない場にあるように思える。確実に思うことは未来を語る時に言葉は先に表れないということだ。個人個人が今、直面している物事の関係性の変化を感じ、考えてゆくことでしか始まらない。この誰にでも開かれた空白のようなものが存在すること自体がとても魅力的なことだと思うのだ。
 この余白を余すところ無く自由に模索することで初めて、それが残りゆくものになるような気がする。それは今の関係性の問いを追求することで、豊かさを語りうる速度と方法が担保されるからだと思う。

残りゆくものの中に自分の続けているアートも含まれると思うので、ここ数年考えてきたことをまとめたいと思う。3年前に、以前と同じ意識で制作することが出来なくなった。正確に述べると続けられたかも知れないが、あえて一旦手を止めた。しかし制作自体をやめるという選択肢は全く無かった。やめるのではなく、変化させることの方が重要だと思った。何時知ったか覚えていないが、生き残るものは最も強いものでも、賢いものでもなく、最も適するものであるという言葉を思い出した。強くも賢くもない自分は、適するに賭けた。ただしこの場合の適する基準は何にすべきか? それを見極めるためのきっかけを探し始めた。
 その頃から、人の一生を越えて広大に複雑なるものを捉えるための方法はあるのだろうか、ということを考え始めた。古来より普遍的な地球や生命といった概念や感覚というものに対して自由に作品に込められる立ち位置を探り始めた。僕が試みようとしていることは、テクノロジー、そして自然という概念が示す境界の曖昧さをつくりだす人間のふるまいについて考えるきっかけを得ることである。今、技術の多くは戦争由来で語られたり、近代以降の発展、資本主義などを象徴する大きなイメージであるが、その根源は、生命や超越的な存在への畏怖に対する小さくも力強い個人的な知的好奇心であったろうと思っている。こんな思いをめぐらせながら、日常にさまざまな距離感を持って存在するメディアテクノロジーを用いた制作を行なっている。

アートは様々な権威づけ、そして網膜や鼓膜への悦びを超えて、既成概念への問いを生むことで、これまで発展してきたと感じている。幸か不幸か、現代においては何をもってしてもアートたり得てしまう。これまでの歴史でかたちづくられたアートをなぞることよりも、その歴史以降を考えてみたい。そうするとどうしても、自分を成り立たせている環境に対してメタフォリカルな空想を楽しむのではなく、揺れ動く世界を映す小さな箱庭として機能することを試みたいのだ。アートが培ってきた非言語的、統合的、身体的なコミュニケーションをアート以外のフィールドに引き出す行為によって、世界は既に記述、規定されたものとして消費するのではなく、世界を積極的に捉える為の小さなモデルをつくることを試みてみたいのである。その為には、今を徹底的に追求出来るぽっかりとした空白が言葉と共に必要な気がするし、それを信じて行動することは例え小さくてもかっこ悪くてもなんて豊かで平和なことなんだろうと思う。

三原聡一郎《 を超える為の余白》


《 を超える為の余白》
この作品は、エアーポンプ、電源制御回路、水、シャボン液、グリセリン、エタノールそして電気を用いて空間中に「泡」を発生させるインスタレーションであり、2011年より作者が展開する「空白」のプロジェクトの一環に位置づけられている。テーマである「空白」は、アートの観点による未解決の“問い”の為のスペース、常に変化し続ける把握不能な“規模”を示す。

三原聡一郎《  鈴》


《  鈴》
常に世界には一定の自然放射線が存在している。その知覚しえない存在が聞こえるならば、どんな音であるだろうと考え始めた。偶然、風鈴の起源が目に見えない邪気を払う為であることを知り、放射線感知回路と風鈴を結びつけた。ガラスで包むことで、風を遮ると同時に、それでも音が聞こえる(エネルギーは漏れる)現在の廃棄方法を示唆している。

記録編
ラウンドトーク「地球—この惑星を誰に託すのか」

日時:2014年11月8日(土)14:00〜17:00
会場:東京ドイツ文化センター

ラウンドトーク
「地球—この惑星を誰に託すのか」を開催して


私たちと地球―こんなに密接で身近な地球という存在に、なぜか私たちの意識は日頃まったくといってよいほど向いていません。せいぜい生活の延長線上に見え隠れしているエネルギーや食の問題、民族や宗教の問題、紛争やテロについて語るとき、また地球の気候変動を取り上げるとき、やっとそれらが地球規模でつながっており、人類に突きつけられている難題であることを意識するのです。
 まずは、宇宙の中での「地球」を意識しなおすことがこれらの問題と向き合って暮らしてゆく上で大切なのではないでしょうか。そのような願いとも言える思いを形にしたのが、この「地球 」というプロジェクトです。

2014年 11月8日、芹沢高志さんより「何も難しいことを議論しようと言うわけではない」という前置きとともに、この企画の主旨を述べていただいいたところから、トークイベント「地球―この惑星を誰に託すのか」は開幕しました。第二部でご参加いただいた三島憲一先生には、3.11東日本大震災から間もない5月に開催された「原子力について熟慮」でのアドルフ・ムシュク氏との対談や、同年10月に開催されたドイツの、原子力エネルギーに関するドキュメンタリー映画とその監督たちとのディスカッション「未来のエネルギー」など、3.11以降に東京ドイツ文化センターで開催した数々のディスカッションに参加していただいています。また東日本大震災の翌年7月には水をテーマに企画された展覧会とディスカッション「ポシブル・ウォーター」があります。このイベントは、福島における原子力発電所の災害を世界にとどろく警笛と位置付け、水の星地球をこれ以上破壊しないようにすることは私達人間の責務であるということを語り合いました。そして、この宇宙につながる視点を持って活動する人たちで、語らいを始め、その輪を広げていきたいという思いが、「地球」のプロジェクトへと発展していったのです。

まず私たちはこの地球を、宇宙の中の星として意識し、その美しさやはかなさを、そしてこの地球が奇跡の星であることを感じることが重要です。
 第一部の冒頭に、星空に魅せられ、今ではニュージーランドのテカポで星空のガイドを職業として、さらにその地の「宇宙への窓」を守ろうという活動に取り組んでいる日本人、小澤英之さんを迎え、私たちの意識を地球の外に向けることにしました。
 そしていったん地球の外に出ることに成功した私たちの意識を、さらに遠くに運び、宇宙全体から地球を見るために、デザイナーの小阪淳さんに人類の宇宙観や彼自身の作品を紹介していただきました。
 「地球」の宇宙における位置や大きさ、時間軸の中の「人間が住む地球」や「今」がかなりはっきりと見えてきたところで、現在の地球に私たちは戻り、この地球上の問題に再度向き合うため、インゴ・ギュンターさんの仕事に触れます。《ワールドプロセッサー》は地球上で起きている様々な現象の統計データを光る地球儀上に可視化した作品です。日本の海岸を再生するプロジェクト《RE-NATURE》など、彼は社会学的視点で切り抜いたテーマを、ジャーナリスティックに、かつインパクトのあるアートとして表現するパイオニア的存在です。
 地球の陸、海、空の様々な問題を俯瞰的に観た後は、さらに異なった方法で地球上で生きるということに焦点をあてているアーティスト、三原聡一郎さんの研究と仕事に触れます。微生物の世界も、実は私たち人間を取り巻くミクロの宇宙であり、そこにはまだ解き明かされていない豊かな環境が広がっているのです。

こういった特徴ある仕事をしている方たちの考え方や生き方に触れることこそ、私たちにとって問題解決のヒントとなるのではないかということが、構想の段階でもすでにありました。そこで地球やその環境をアートという枠で捉えて発信する仕事を長年続けてこられたP3 art and environment代表の芹沢高志さんに、司会進行という役割を請け負っていただきました。

今回参加していただいた方々の専門分野はさまざまで、地球との接点や思考もそれぞれ異なっています。しかし、地球について語り合うということを、さらに異なる分野の方々とともに試みてゆきたいと考えています。

東京ドイツ文化センター

第一部 プレゼンテーション

星空は宇宙への窓

小澤英之
Hideyuki Ozawa
星空ツアーガイド

私は1989年にニュージーランドに移住し、1994年から星空ツアーを開始し、今では世界中から訪れる年間約1万5千から2万の人々にテカポの星空をガイドしています。ニュージーランドではアストロツーリズムという言葉があり、「星空」が観光資源となっています。

テカポの町と湖
© Hideyuki Ozawa

人口300人の小さな町テカポは、ニュージーランドの南島に位置する盆地の、氷河湖の湖畔にある別荘地です。夜は暗い環境が保たれ、ニュージーランドで一番晴天率が高いことで知られています。20年前、4〜5人で南十字星を見ることから星空ツアーは始まりました。天の川の中に光る南十字星や大小マゼラン星雲を見ることができます。

マウントジョン天文台
© Hideyuki Ozawa

町の北側にはカンタベリー大学のマウントジョン天文台があり、2004年には名古屋大学が MOAプロジェクトをたちあげ、光を出さない天体の観測を始めました。私が経営している会社Earth & Skyは、そこでのブラックホールや太陽系外惑星などの発見のプロジェクトに参画しています。

テカポの光害
© Hideyuki Ozawa

2000年に、テカポにも再開発の波がやってきました。ここからバトルが始まっていきます。計画では、町の規模が20倍になり、人口6000人の観光地になります。星空にとっての天敵は光です。いまでも、テカポと山向こうの隣町が出す街灯りが雲に反射して夜空を明るくし、10キロ先の車のヘッドライトが天文台まで届き、光害になっています。もし、この開発計画が進められたら、状況はさらに悪くなるでしょう。そして、私はこの計画をきっかけに、テカポの環境を守るため、星空を世界遺産に登録申請する活動を始めました。

マウントジョン天文台と星空ツアーの参加者
© Maki Yamaguchi / Earth & Sky Ltd.

テカポでは、若い人は星から力をもらい、高齢の方は自分の人生を振り返ります。オーロラの向こうに広がる宇宙を体感し、彼方から地球を考え直すことができるのです。

天の川
© Hideyuki Ozawa

宇宙の水平線から見る地球

小阪 淳
Jun Kosaka
デザイナー

いろいろな肩書きで仕事をしている私ですが、今回はデザイナーという形で参加させていただきました。私には、「宇宙」にまつわるさまざまなデザインワークがあり、そのことをお話しさせていただきたいと思います。

まず最初に手がけた《宇宙図》では、縦が時間、横が空間の広がりを表しています。観測によって知ることができる宇宙の現在の半径は約450億光年で、観測で関わることのできる宇宙のうち、最も早い場所の膨張のスピードは平均して光速の3倍以上です。この《宇宙図》をつくることによって、私は科学的な知識というものにも興味を持ったのです。なぜ、何もないのではなく、あるのか、宇宙はなぜ存在するのかということに惹かれたのです。しかし、そのうち、科学はなぜ宇宙が存在しているのかを明かそうとしているのではなく、どのような法則のもとに宇宙が存在しているのかを解明しようとしていることがわかり、哲学的なところへと興味は移っていきました。

《一家に一枚 宇宙図2013(部分)》デザイン:小阪 淳 ©(公財)科学技術広報財団

 次の仕事の《太陽系図》では、宇宙と人類の関係を語るポスターに挑戦してみました。ここでは古代バビロニア、古代エジプトなど、科学以前の宇宙観をピックアップしてみたのです。これは科学によって解き明かす世界とは違った、豊かな世界観を捉えているように思えました。

《太陽系図2014(部分)》 デザイン:小阪 淳 ©(公財)科学技術広報財団

《宇宙サイコロ》のイラストでは、23個のサイコロがガラスの容器のなかに入っています。サイコロの目がすべて1になるには、1秒に1回これを振るとして、6の23乗(250億年)に一度の出来事となり、これは実にビッグバンから現在までの時間と同様なスケールになるのです。

小阪 淳《宇宙サイコロ》

《VIT2.0》は、小さなエコシステムの仮想空間のなかでシミュレーションゲームをするという体裁をもった作品です。プレイヤーはシンプルな仮想のエコシステムのなかで、さまざまなキャラクターに乗り換わっていきます。プレイヤーは食べられると糞になり、土に分解され自分では移動できなくなります。そして、植物になり、果実になり、食べられることによってまた移動できるようになる。人間の視点からシステムを循環させている他の要素への視点へのダイナミックな移動、自分以外の視点を持つことが、科学のパワフルな部分だと思うのです。

このような作品に共通するのは、どれだけダイナミックに視点の移動ができるかというテーマであり、ミクロとマクロ、壮大な時空間をダイナミックに往復しながら、宇宙はなぜ存在するのかを思考しているのです。

小阪 淳《VIT2.0》


今回の「地球」のロゴは、実はこのままでは未完成の状態です。「地」と「球」という文字は全く異なる形と意味を持っています。この二つの形の共通点を無理やり見出して、重ね合わせた形こそが実は今回のロゴの完成形なのです。この矛盾する言葉が重なってひとつになっていることが、僕らの世界認識の象徴なのだと思います。

「地球」のロゴの完成形
デザイン:小阪 淳

地球のデータをアート作品へ

インゴ・ギュンター
Ingo Günther
アーティスト

今回、私は残念ながら会場でお話しすることができませんが、ビデオで私の作品をお見せしながら私の考えをお伝えしたいと思います。
 多くの方は私の《ワールドプロセッサー》という地球儀のプロジェクトを記憶してくださっており、地球の現状、私たちの文明のさまざまな諸相についての統計データを使って、社会地理学的な領域をテーマにした作品を作っていることをご存知だと思います。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》「キャラバン隊による輸送ルート」

機関車や蒸気船などができる前にどのようなルートで、どういった商品が運ばれていたのかを示したものです。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》「80言語の地球」

ここには80種類の言語で「地球」と書かれています。文字の大きさはその言語を話す人口に比例しています。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》「経済的管轄権」

それぞれの国が持つ経済的な管轄権を表しています。日本は形がまったく変わってしまっていますね。これは日本が近海の漁業権という経済水域を持っていることを示しています。

インゴ・ギュンター《ワールドプロセッサー》霊山こどもの村・遊びと学びのミュージアムでの展示

1994年以来、福島の美術館で、100個ほどの地球儀が常設されています。

インゴ・ギュンター《Land Topography Drives》
横浜トリエンナーレ2005

社会地理学を超えたところで、地球を物理的にとらえるため、太平洋全体を水平にカバーする大きな地図を作りました。40m x4辺、高さ10cmという立体的な地図は、実際にそれにそって歩いてみないと理解することができないというものです。

インゴ・ギュンター《“U” scan soner》

私は最近、水面下にあるものに興味を持ち始めました。私たちは「地球」と言っていますが、本来は「水球」と呼ばなければいけないのかもしれません。地球を覆っているのは地面ではなく、水だからです。私たちが使っている概念というのはある特定の時代のものであり、人間中心の見方なのです。

インゴ・ギュンター《Re-Nature》

現在、日本の海岸はコンクリートでその風景が変えられてしまっています。 これはエンジニアの手によって美的な「人工自然」へと再生させるプロジェクトです。

  を超える為の余白

三原聡一郎
Soichiro Mihara
アーティスト

僕は2011年から制作のスタンスが大きく変わり、2013年からは国内外で滞在制作をしながら作品を発表しています。
 それは、3.11で、アーティストとして、いま進行している複雑な出来事を、人と共有できるなんらかの形にするべきだと思ったからです。そして「空白のプロジェクト」というシリーズがスタートしました。今日は2つの作品のお話が出来ればと思います。東日本大震災のとき、最初に感じた虚無感は、もしかしたら、これはまだ出されていない解答、何かのためのスペースが残っている自由な場所で、その余白をいかに豊かに考えるか、その実践自体をアートにできないかと考え始めました。

三原聡一郎《  を超える為の余白》

《  を超える為の余白》は、最初に受けたとらえきれないイメージを、常に変化し続ける巨大なボリュームとして表現しました。いまだ収束していない出来事に対峙するために泡を電気仕掛けで半永久的に生成し続ける装置です。

三原聡一郎《  鈴》

《  鈴》は、風鈴と放射線感知回路を組み合わせ、場の空間線量に反応して鳴る小さなシステムです。
 古来、鈴は天災や疫病などの原因とされた知覚出来ない邪悪な存在を捉える道具としての起源を持つとされています。人間が知覚できない存在への想像力を通じて、科学の発展した現代における邪悪さを考えるための装置です。

このプロジェクトをやっているうちに、生命について興味がわき、SymbioticAというパースの西オーストラリア大学内にあるアートラボに一年間滞在しました。アーティストが組織培養やDNA解析などの生物学的実践を大学研究室レベルの設備で可能にしてくれる場所で、ラボにいる科学者やアーティストたちとアートとバイオロジーについてのリサーチと実験、ディスカッションなどを行なっていました。
 そこで、土壌に生息する微生物を使って発電するシステム、微生物燃料電池(Microbial Fuel Cell)という新しい技術に出会いました。僕は震災以降、エネルギーについても常に考えていたのです。

SymbioticAのレジデンスアーティストが活用できるウェットラボの一室(普段は幹細胞研究のラボ)

 驚くべきことは、この微生物は地球のどの地域の土にも生息しているということ。そして、微生物の呼吸による電子の放出を直接利用する技術なので、エネルギー変換もなく、有害物質の排出もなく、ただ生育環境を整え餌を与えるだけで半永久的に電気を取り出すことができるということです。問題は研究レベルでも3W/mくらいしか出力がないことでした。
 しかし少ない電力でも、電池のように並列直列すればアートインスタレーション用途であれば実現可能だと考えました。そして、80年代後半から始まった新しい研究分野であり、制作方法がまだ確立していないことも、僕にとっては魅力でした。

微生物燃料電池のダイアグラム

 制作過程でこの発電サイクルに人間自身が入りエネルギーに還元されることを考えました。人間が微生物に与えられるものといったら排泄物しかない、とひらめき、実験しています。

このセル一つで0.6V 100mA程度の発電能力

 これまでに国内で様々な砂を採取しましたが、発電には海辺の水際10cm下の砂、砂鉄を多く含んでいる砂が適するようです。また、砂鉄を多く含んでいる土がいいこともわかりました。イデオロギー的にではなく、バイオロジカルに福島の土をアートのなかに存在させることができたら面白いと思います。

福島の海岸の砂

 作品としてはこの電力を使って小さな光を灯そうと思っています。僕は個人という小さなスケールで、ニュートンの「科学の起源」、つまり自然に対する畏怖と知的好奇心というものに立ち返りたいと思っています。

ラウンドトーク会場に置かれた地球の恵みと、参加者との交流風景。

地球を幸せにし、自分たちも地球の元気をわけてもらいたい。
そのために、まずは地球を手にとるように、ながめ、理解し、感じることからはじめたい。
それが、この「地球」という語らいの試みです。

第二部 質疑応答


モデレーター  芹沢高志
パネリスト   小澤英之
        小阪淳
        インゴ・ギュンター
        三原聡一郎
コメンテーター 三島憲一

来場者:登壇者の方はそれぞれ、今日のラウンドトークのタイトル「この惑星を誰に託すのか」の「誰」とは、いったい誰のことだと思っていますか?

三原聡一郎:それは誰か他人のことではなく、自分がその託される一員であることを意識して考え、何か小さなことでも行動できればいいんじゃないかと思っています。

小阪淳:戦争など体験したことを、記録の精度をいくら高くしても、次の世代に残していく事は難しいですね。何を残すべきか、そしてどう残すのか、その方法について、みんなで考えることが大切だと思います。

小澤英之:人はそれぞれ違う力を持っていると思います。戦争や経済恐慌を起こすことができるような社会的に強大な力を持っている人に、地球のことを考えようと呼びかけ、バトンを渡すことができれば、地球は救われると思いますね。

三島憲一:結局のところ、民主主義しか地球を救うことはできないのです。ただし、民主主義にはエリートがでてくる。エリートは信用してはいけませんよ。

インゴ・ギュンター(Skype経由で):今がそんなにひどい状況だと思わないでもいいと思うのです。
数十年前にもローマクラブによって今日と同じような危機、成長の限界について警告が発せられたことがありました。私たちはそれを避けるためにいろいろな発明をし、結果的にそのような予言は実現していないのです。



ラウンドトークを終えて

芹沢高志
Takashi Serizawa


ラウンドトーク『地球—この惑星を誰に託すのか』は2014年11月8日の午後、東京ドイツ文化センターのドイツ文化会館ホールで開催された。当日、この語らいに集ったのは小澤英之、小阪淳、三原聡一郎、三島憲一、そしてビデオとskypeでの参加となったインゴ・ギュンターの各氏で、私は司会役を引き受けた。このような大きなテーマを掲げたラウンドトークだ、急いで何かの結論を導き出そうとするものではなく、とにかく今、地球を意識の射程に入れて活動する面々が同じ場を共有し、それぞれの想いを語ってみようという試みであったと私は思う。
 それぞれが何を語ったかについては、プレゼンテーションのドキュメントや映像記録をご覧いただきたいが、小澤さん、小阪さん、ギュンターさん、三原さんと、実に多様で、ユニークな活動が紹介された。そしてそのあと休憩を挟み、これらプレゼンテーションを聞いた哲学者の三島さんに全体的なコメントをいただいた。彼の話はヘーゲル以降の幾つかの思索に触れ、人間と自然の関係をどう捉えるか、その百数十年間の変化のなかで、今日のラウンドトークの立ち位置を再確認させてくれるものだった。
 時間の制約から相互に意見を交換することはほとんどできなかったものの、私はそれでもよかったと思っている。多様な角度からのアプローチが紹介されたが、そのどれもが「地球」への関心に基づくものだから、ばらばらな個々の主張の寄せ集めではない。ある種の意識の輪郭が、確かに浮かび上がってきていた。

多分これは誰もが同意してくれると思うのだが、われわれは今、漠然とした不安のなかにいる。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故。傷跡はあまりにも大きい。そんななか、被災地を遠く離れていても、日常をじわじわと放射能が汚染しているのではないかと不安に悩まされている人は多い。地球温暖化のせいなのかよくわからないまま、気象は確実に激しくなってきている。テロや戦争と、相も変わらず世界中で殺し合いが続き、ISに代表されるような露骨な挑発と威勢の良い啖呵の応酬。ナショナリズムの高揚と勢いづく排外主義。ますます拡大していく経済格差。何度も繰り返される経済危機…。
 こんな差し迫った状況の中で、われわれはその解決を政治家やその道の専門家に託そうとし、膨大な費用をかけて世界中で国際会議や専門家会議が開かれていくが、前進があったのかどうかさえ、われわれにはよくわからない。意見は割れ、それぞれがそれぞれの主張を繰り返し、危機感ばかりが煽られていく。
 われわれはあまりにも大きな、しかも自分自身もその中に属している世界の全体と向き合わねばならなくなっているというのが現実だろう。単純な因果関係など通用せず、すべてが絡み合い、関係し合う。「全体」はあまりにも複雑で大きく、その中で私が果たしている役割もよく見えない。われわれはいくら議論しても、「私」として、今何をしなければならないのか、結局はよくわからないままなのだ。
 こんな時代にあって、自分を見失わずに生きていくためには、自分の拠り所を定め、ぶれることのない姿勢の芯を、自分の中に見出しておかねばならない。そうでなければ、われわれはいともたやすく不安の渦に飲み込まれ、とことこん疲弊し続けていくことになる。
 では、その拠り所とはどこなのか? 自分と言う人もいるだろう。家族やコミュニティ? 企業や国家? 民族や宗教? しかし私は、それが「地球」、さらには「宇宙」であるという選択肢があっても良いと思っている。個人とこの惑星を直結させる、新たな関係性があってもいいと信じるのだ。
 私が信頼する友人の星川淳は、かつて自分は「在日地球人」だと語っていたが、私の感覚もそれに近い。そしてそう考えて今回のラウンドトークを見直してみれば、ああ、そうだなと納得もする。つまり、これは地球人の集いであったのだと。
 今、時代に翻弄されることなく、個人としての自分が何をやるべきか、自分で考え行動することが最も大切なことではないだろうか? このラウンドトークに集まった各人は、自分と地球や宇宙を直結させ、さまざまな活動を、たとえささやかなものであっても、個人としてできる範囲で展開している。その姿そのものが、私には大きな希望に思えるのだ。
 共同の提案とか宣言が出されたわけではないし、対話の時間も限られていたとはいえ、このようなかたちでこうした個人が集い、テーブルを囲み始めたことが重要なのだ。今日はこれから続けられる長い対話の、はじまりの1日だったような気がしてならない。

プロフィール

芹沢高志 Takashi Serizawa
P3 art and environment 統括ディレクター
1951年、東京生まれ。生態学的地域計画の研究に従事したあと、1989年、P3 art and environmentを設立。以後、現代美術、環境計画を中心に、数多くのプロジェクトを展開する。2002年とかち国際現代アート展「デメーテル」総合ディレクター、2003年よりアサヒ・アート・フェスティバル事務局長、横浜トリエンナーレ2005キュレーター、2009年および2012年、別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」総合ディレクター。2012年よりデザイン・クリエイティブセンター神戸センター長。著書に『この惑星を遊動する―インターネット時代にもうひとつの生き方を求めて』(岩波書店、1996年)、『月面からの眺め―21世紀を生きるヒント』(毎日新聞社、1999年)、『別府』(別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会、2012年)など。
http://www.p3.org

小澤英之 Hideyuki Ozawa
星空ツアーガイド
Earth&SkyLtd.代表。明治大学卒業後、旅行会社に勤務。1989年、ニュージーランドへ移住。1994年、星空ツアー会社を設立。2004年、Earth&SkyLtd.を設立。
「ニュージーランドのテカポにあるマウントジョン天文台で、星空ツアーを行なっている。暗い環境が保たれており、地平線から地平線まで繋がる天の川や、十数万光年かなたにある大小マゼラン雲などが見られる。世界中から大勢の人が参加している星空ツアーで綺麗な星空を見上げてもらい、地球の置かれている本当の姿を感じてもらう。満天の星空を見ると、数千億の星々の中を漂っている地球に思いを巡らせ、自分の小ささや、人生の意味、地球の大切さを知ってもらう。
そんな宇宙が見える場所を『宇宙への窓』と呼び、後世へ残してゆく取り組みをしている」

テカポの星空を世界遺産に http://earthandskynz.com/earthandsky/homepage_jp/homepage_jp.html

小阪 淳 Jun Kosaka
デザイナー
大阪大学工学部建築学科卒業。東京芸術大学大学院美術研究科建築専攻修了。1994〜2000年、SFマガジン(早川書房)装画担当。 2006年、Sony Explora Science(北京)に4作品常設。文部科学省「一家に一枚宇宙図2007」制作に参加。2007年、カンヌ国際広告祭2007 Cyber Lions銅賞受賞。2011年、高岡市市場再開発プロポーザル。2000年より朝日新聞にビジュアル連載。2011年東京都写真美術館「映像をめぐる冒険vol.4見えない世界のみつめ方」参加。2013年、国立天文台「宇宙図2013」制作に参加。2014年、国立天文台「太陽系図2014」制作に参加。著書に『宇宙に恋する10のレッスン』(共著、東京書籍、2010年)。
http://www.jun.com

インゴ・ギュンター Ingo Günther
アーティスト
1957年ドイツ、ハノーファー近郊生まれ、NY在住。1980年代後半、当時誰でもアクセス可能であるにも関わらず一般的にアクセス不可能と信じられていた軍事機密地域や地形改造地域の人工衛星画像を入手解析し,マスメディアに提供するジャーナリスト的な動きをアートとして展開。地球上で起きている様々な現象の統計データを光る地球儀上に可視化した《ワールドプロセッサー》(1988年〜)、難民という存在を潜在的なリソースと見なす《難民共和国》(1996年)など、社会学的視点を取り入れた作品やプロジェクトを発表。日本では、P3 art and environmentでの個展を始め展覧会多数。2011年からは日本科学未来館のシンボル展示ジオ・コスモスで《ワールドプロセッサー》を上映している。
http://ingogunther.com

三原聡一郎 Soichiro Mihara
アーティスト
1980年、東京生まれ。世界へ開かれた芸術実践の為、「いま、ここ」への問いかけとして立ち現れるシステムを様々なテクノロジーを用いて提示している。2011年より、この社会を成立させてきた近代以降の枠組みを超える試みとして「空白のプロジェクト」を展開中。国家を考える為に2013年より複数国に赴いての滞在制作を開始。昨年より、いのちを扱うテクノロジーの考察のため、オーストラリアの生命科学の調査及び実践を可能にするアートラボSymbioticAに滞在し、微生物燃料電池制作、自己の皮膚培養、そして西オーストラリアのフィールドワークを行なった後、短期の南米滞在を経て帰国。
http://mhrs.jp

三島憲一 Kenichi Mishima
ドイツ哲学者
1942年、東京生まれ。哲学、ドイツ文学、比較文学・文化学を学んだ後、東京と大阪の大学で講師、教授を務めた。ドイツ学術交流会の奨学生としてテュービンゲンで2年間哲学を学び、さらにアレクサンダー・フォン・フンボルト財団の招聘研究員、1994年から95年はベルリンの高等学術研究所フェローとなった。数多くの賞を受賞のほか、2011年にはベルリン自由大学の名誉博士号を授与された。ニーチェ、ヴァルター・ベンヤミン、批判理論に関する出版物と並んで、統一前と統一後のドイツにおける公的議論についても研究している。著書に『ニーチェ』(岩波新書、1987年)、『戦後ドイツーその知的歴史』(岩波新書、1991年)、『ニーチェとその影』(講談社学術文庫、1997年)、『現代ドイツー統一後の知的軌跡』(岩波書店、2006年)、『ベンヤミン』(講談社学術文庫 、2010年)、『ニーチェ以後ー思想史の呪縛を越えて 』(岩波書店、2011年)など。


ラウンドトーク「地球—この惑星を誰に託すのか」
記録ビデオ(ダイジェスト版)
www.youtube.com/watch?v=l4Fyk5_PFis

地球―この惑星を誰に託すのか 記録編(ebook)

2015年9月16日 発行 初版

著  者:インゴ・ギュンター、小澤英之、小阪淳、芹沢高志、
     丹野美穂子、三島憲一、三原聡一郎
翻  訳:蔵原順子
表  紙:小阪淳
編  集:ゴーライトリー/メディア・デザイン研究所
協  力:P3 art and environment
発  行:東京ドイツ文化センター

bb_B_00138343
bcck: http://bccks.jp/bcck/00138343/info
user: http://bccks.jp/user/119240
format:#002y

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

GOETHE-INSTITUT TOKYO

ドイツ文化センターは、世界各国に拠点を置くドイツ連邦共和国の文化機関です。ドイツ語の普及、ドイツについての情報提供、文化プログラムの共同開催を軸に活動しています。
http://www.goethe.de/ins/jp/ja/tok.html

jacket