── 千尋は二年前、夏のかけらになった
〈連載小説・第2回〉
達也は、綾香から要望のあった工事内容の修正案と見積金額の変更を受け入れ、六月の第一土曜日、正式な契約を会社で結んだ。
それに伴って本格的な工事計画が動き出し、達也は事務所のパソコンと向き合い、住宅改装のプランを練る日々を過ごすようになった。綾香と打ち合わせのために会い、彼女の勤め先の店舗にも足を運ぶことで、仕事上の関係を深め始めるようになっていく。そんなある日、打ち合わせのために指定された喫茶店で待っていた達也は、約束の時間に遅れて来た綾香の異変に気が付く。
見積書を郵送してから十日が過ぎて、綾香から携帯に連絡が入った。話は、工事内容の変更と、それに伴う見積の増額の相談だった。
数日後、達也は綾香の携帯に連絡を入れて、工事内容の修正案と見積金額の変更を受け入れる旨を伝えた。そして六月の第一土曜日、正式な契約を達也の会社で結ぶことになった。
契約の当日、綾香は叔母を伴い工務店を訪れた。厳しい工事金額だっただけに、契約が結ばれた書類に目を通した達也は、胸をなで下ろし、ふっと、ため息を漏らした。
綾香に連絡する前日、見積の算定額で叔父と意見が分かれた。
工事金額で折り合いが付かなければ、綾香を説き伏せることはできない。達也は無理をしてでも、この仕事を受注したかった。万が一、赤字が出るようであれば、自腹を切る覚悟を叔父に伝えた。
叔父は不満をあらわにしたが、達也の熱意に打たれたのか、最終的には折れて、承認の印鑑を付いてくれた。
次週の火曜日の午後、アジアン・カフェで会う約束をしていた達也は、当日、商店街を歩いて店に入った。
綾香は、裏庭のテーブル席に座っていた。達也の姿を認めると、手を上げて応えた。
達也は晴れ渡った青空を見上げた。六月にしては、気温は比較的に高いほうだ。
テーブル席に着いた達也は、アイス・コーヒーを注文した。綾香の表情は、穏やかだった。工事の契約を終えたことで、一安心したのかもしれない。
雑談していると、やや、強めの風がふいた。
綾香の黒髪は揺れ、エスニック調のワンピースの襞がわずかに靡いて、白い太ももが少しだけあらわになった。
達也はさりげなく、視線をそらせた。すると、細い足首をおおっているキャメル色のサンダルが目に映った。あの夏の日、千尋が履いていたサンダルと同じ型のもののように思えると、また、視線を移した。
綾香は気付いた様子でもなく、マサラ・ティの入ったカップをテーブルに戻すと、
「ずいぶん、頑張ってもらったわねって、叔母が言っていました」
と、うれしそうに言った。
「正直、工事費については頑張りました。ただ、以前にもお話したように、私のほうも田所さんに手伝ってもらうことが前提になります……」
「わかっています。足手まといにならなければいいけど」
綾香は、瞳を凝らして言った。
千尋の目の色に似たまなざしを見つめていると、息苦しさを感じる。
しばらくアジアン・カフェで過ごし、祖母の家に向かった。
※サンプルはここまでです。続いてインタビューをご覧ください。
はじめまして、幸田 玲(こうだ・れい)と申します。
自営業の傍ら、小説を書いています。生業とインディーズ作家の活動で、兼業を目指していきます。
ボイスドラマにも関心を寄せていますので、公開している掌編小説の中から取り上げた作品を、自ら脚本化し、業界の方の協力で二本のボイスドラマを制作して、公開しています。
◆寄稿先 :『小説家になろう』
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
NPO法人日本独立作家同盟は、文筆や漫画などの作品を、自らの力で電子書籍などのパッケージにして世に送り出している、インディーズ作家の活動を応援する団体です。伝統的な出版手法である、出版社から取次を経て書店に書籍を並べる商業出版「以外」の手段、すなわち、セルフパブリッシング(自己出版)によって自らの作品を世に送り出す・送り出そうとしている方々をサポート対象としています。
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2015年9月24日 発行 初版
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