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jacket

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ショートショートトライアル

くにさきたすく

ss+ebooks



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 目 次


空論オンパレード


貧乏神


悩みはツキモノ


釣り人


ポンコツ×ショート


無口なラジオ


4Dテレビ


レイ蔵庫


見えない製品


なぞの声


ハモノづくし


全自動生活


ニュースの日


LOST


あとがき

 電子ショートショート作家と名乗って活動しているくにさきたすくと申します。
 ショートショートばっかり書いています。


 本作品集では、現在配信中の電子ショートショート集『空論オンパレード』『ポンコツ×ショート』『ハモノづくし』のサンプル作品計11作品をまとめてみました。
 どこのストアでもサンプルとして読めない作品も収録しております。
 ではでは作品の方へどうぞ。

空論オンパレード

ショートショート集第一弾
小説投稿サイト〝小説家になろう〟で公開した作品を中心に加筆修正しまとめたショートショート作品集です。各作品は一五〇〇字(原稿用紙換算五枚)前後のサクサク読める掌編となっております。

貧乏神

 いつも通りの仕事をいつも通りの時間に終えて、近道も遠回りもせずにまっすぐに帰宅。
 二階建てのマイホームの門を開ける前、ふと屋根を見ると人影が見えた。
 傾斜のない平屋根の上に男がいる。
﹁誰だお前は! そこで何をしている!﹂
﹁あらら。私のことが見えるのですか? まいったな……﹂
 屋根の上のみすぼらしい恰好をした男は、乱暴に頭をかいた。
 よく見ると、男の体から青空が透けて見える。
﹁もしかして幽霊……﹂
 俺はたじろいだ。身を縮ませながらもよく見てみるが、角度的に足があるかどうかは確認できなかった。
﹁いいえ……。私、非常に申しあげにくいのですが、貧乏神です﹂
﹁なっ。何だって?﹂
 貧乏神だと? 地道にコツコツと稼いできて、最近やっとマイホームを手に入れたというのに、これから貧乏になってしまうと言うのか。
 固まっている俺をよそに、貧乏神は屋根の上にテントを張り始めた。
﹁何をしている? そこに住むつもりか? そのテントはどうした?﹂
 矢継ぎ早の俺の質問に、
﹁テントを張っています。住むつもりというか、今までも住んでいました。一年間、ここで富を蓄えてやっと手に入れたテントです﹂
 と貧乏神はテンポよく答え、なおもしゃべり続ける。
﹁我々貧乏神は、皆様の小さなやさしさに支えられて生きております。つまり取り憑いた家の富をほんの少しだけ頂いて生き長らえているのです。でも貴方の生命を脅かすほど、富を吸い取ったりしませんよ。富の上澄みを少し頂くだけです。まあ、寄生虫みたいなものですね。宿主が死んでしまったら元も子もないですから。昔はやたらめったらに富を奪いつくしていたので、忌み嫌われ、おはらいされたりして仲間の数も減っていったのです。そんな先人の失敗から学んだ生活の知恵です﹂
 なるほど。理解した。
﹁……しかし、富を奪われることには違いないのだろう﹂
﹁奪うなんて物騒な。逆に良いこともあるのですよ﹂
﹁貧乏神に取りつかれて良かったなんて話は聞いたことが無い﹂
﹁では、もう少し詳しく説明しましょうか。私はこの街の貧乏担当なのです。ここで細々と貧乏をさせて頂くことで、この街自体は貧乏を背負うことはなくなるのです。この街の景気は逆に少し良くなっていると思いますよ。いい話じゃないですか?﹂
 へえ、最近の貧乏神というのはそういう仕組みになっているのか。確かに貧乏神に取りつかれている実感はなかったし、この街の景気も良くなっている気がする。街のためにちょっと余計に税金を払っているようなものか。
 俺は納得し、貧乏神をそのまま放っておくことにした。
 その後、何事もなく生活は続いた。屋根の上には相変わらず貧乏神のテントがあった。だが、特に物音を立てるわけでもないし、他の人間から見えることもないから、日々の生活には支障が無い。貧乏神が言ったように、金に困ることもなかったし、街も活気づいて逆に潤っているような感覚すらある。
 ある日の朝、妻にたたき起こされた。
﹁あなた! 起きて! 大変!﹂
 何だ。もしや貧乏神が変な気を起こしたのじゃなかろうな。
﹁当たったの! 宝くじ!﹂
﹁え? 当たった? いくらだよ﹂
﹁一〇〇万円よ! 一〇〇万円!﹂
 妻が俺の目の前に、一枚の宝くじと新聞を突きつけた。
 これは驚きだ。貧乏どころか、富が舞い込んでいるじゃあないか。あいつめ、どうやら嘘をついているな。貧乏神じゃなく福の神なんだろう。油断させておいて宝くじを当ててくれたんだ。何とも粋な事をしてくれるもんだ。感謝を伝えねば。
 俺は玄関から外に出て屋根を見上げた。


 二階建てのマイホームの上に、三階建ての一軒家が建っていた。

悩みはツキモノ

 私のところには様々な人が悩みの相談に来る。しかし医者や心理カウンセラーというわけでは無い。科学的に解決できない事象、一般には心霊現象と呼ばれる類の悩みを抱えた人々がやってくる。
 若手女性霊能力者として一時期話題になっていたときは客足が絶えなかった。しかし時を経てしだいに忘れ去られ、数年経った今では、貧乏神に取り憑かれたのかと思うほど、客がかなり少なくなった。夏頃にはテレビなどで霊関連の話題が頻繁に取り上げられる影響で客も増えてくるが、まだ春先の現在はここを訪ねてくる人間はほぼいない。
 私は今日も自宅兼仕事場であるマンションの一室で、朝から暇を持て余していたが、突然〝ドドドドド〟と、激しいノックの音が玄関の方から聞こえた。どうやら客が来たらしい。


 部屋のソファに腰掛けた男はすらりとした体形で、顔もシャープ。しかし表情は暗く生気が無い。私はその顔を見て、彼が何かに憑かれている事を悟った。商売上あえて聞くことはしなかったが、医者にかかってもどうにもならなかったのだろう。
 険しい顔の彼を脅かさないようになるべくやさしい口調で言った。
﹁見たところ何かに憑かれているようですね﹂
﹁……やはりそうですか﹂
﹁何か身のまわりに変わったことなどは起きていますか?﹂
﹁身のまわりというか、私自身なのですが、無性に何かを叩きたくなるのです。壁はもちろんですが、テレビ、冷蔵庫、何でもです。そのときに目の前にあるものを無性に叩きたくなる衝動が抑えられないのです﹂
 そう言うと、彼は目の前のテーブルを拳で〝ドドドドド〟と激しく叩いた。先ほどの少し異常とも言えるノックも、憑き物のせいだったようだ。叩いた後、はっとして申しわけなさそうにする彼を見て、私は何とかしてあげたいと思った。
﹁そうですか。わかりました。何に憑かれているのか調べてみましょう﹂
 私はポラロイドカメラを準備した。これで憑き物を念写するのだ。私の得意技の一つでもある。
﹁はい。チーズ﹂
 彼の体全体が収まるように写真を撮った。
 出来上がった写真には、暗い表情でソファに座る彼。その肩に鳥がとまっている。白と黒のコントラストに、頭の赤が映えている。鳥にはあまり詳しくないが、おそらく――
﹁症状と合わせて考えますと、これはキツツキでしょうか﹂
﹁キツツキ?﹂
﹁そうです。昔からキツネ憑きというのはありますが、キツ憑き……いや、キツツキ憑きというのは私も初めてです﹂
﹁……そうか。キツツキのドラミングなんですね﹂
﹁ドラミング?﹂
 彼は少し早口になりながら言った。
﹁キツツキが巣穴を作ったり餌を獲ったりするために木をくちばしで叩くことをドラミングって言うんです。僕は鳥が好きでよくバードウォッチングをしているんです。春が来ると、キツツキのドラミングを聞きに行くこともあるんです﹂
 流れるように話す彼の表情は、ここに訪れた時の表情とは明らかに違う。少し笑みも見え、私もほっとした。
﹁そうなんですか。それで憑かれたのかもしれませんね。共感というのは霊を呼び寄せますから。でも悪い霊ではなさそうなので安心してください﹂
﹁そうですか。しかし、どうすれば治るでしょうか?﹂
﹁霊に干渉されないように、お清めの塩とお守りをご用意しますね。それを持っておけば勝手に霊の方から離れていきますよ﹂
 そう伝えると、彼は礼を言ってチャーミングな笑顔を見せた。


 あの日から何日か過ぎたが、彼からは何の連絡もない。という事は憑き物が落ちたのだろう。悩みを解決できたことは良いことだ。しかし何故だろう、日々の生活に物足りなさを感じる。彼にまた会いたいと願っている。
 私は彼に好意を持ってしまったようだ。
 キツツキのドラミングという行動は、巣穴や餌のためだけではないことを後で知った。求愛行動にも使われるのだ。私は彼のドラミングに当てられてしまったのかもしれない。しかし彼はもう現れない。


 この空虚感。


 何だか心にぽっかりと穴が開いたような……

釣り人

 いつもの公園でのジョギング。
 人通りは無く、独り占め。
 全ての不純物をしとったような朝の空気。俺はこれを吸いに来ていると言っても過言ではない。走りながら、体中が空虚で満たされていく。人間関係、仕事の失敗、思い悩むことは何もなくなっていく。新緑の並木道をぐるっと一周走った後に、いつものベンチで一息ついた。
 目の前の小さな池で、釣り糸を垂らす一人の男がいた。珍しい。こんな時間帯で無くても、ここで釣りをしようなんて人間は見たことが無い。
 俺は釣り人の横まで行って、池を眺めてみた。蛍光色の浮きがこけの張った水面に浮かんでいる。釣り糸の先は見えない。
﹁こんな池で何か釣れるんですか?﹂
﹁……まあね。水面は濁っているけど、意外と底の方は澄んでいるんだよ﹂
 釣り人はこちらに見向きもせずに答えた。
﹁何が釣れるんですか?﹂
﹁……タイかな﹂
﹁タイ?﹂
 バカな。こんな池でタイなんか釣れるはずがない。
﹁今はもう違うけどね。さっきまで、エビを餌にしてタイを狙ってたんだよ。タイはもう釣れたから狙いは別の大物﹂
﹁というと?﹂
﹁タイを餌にして、マグロを釣るんだよ。でも、もうマグロも釣れたから、今度はマグロを餌にしたんだ﹂
 おかしなことを言う人だ。マグロがタイを食うわけがないじゃないか。
﹁それでクジラが釣れたから、今はクジラを餌にしてもっと大物を待っている所さ﹂
 クジラがマグロを。そんなわけがない。しかし釣り人は真剣な表情だ。全部信じたとしても、クジラ以上の大物とは何だろう。
 と、未知の生物に思いをはせたそのとき、浮きが少し沈んだ。
﹁あ!﹂
 俺は思わず声を上げた。
 釣り人はすぐに竿を引いてアワセた。糸が張り、竿はしなる。
 何かが掛かったんだ。
 釣り人はリールを巻き、もう一度竿を強く引きよせると、水面が盛り上がった。
﹁こいつは大物だ!﹂
 俺は大声を上げ、高揚し飛び上がった。そのまま宙に舞った俺は、空の向こう側から垂れる釣り針に奥襟を引っ張られて水面を突き破り、濁った水しぶきを上げて釣り上げられた。

ポンコツ×ショート

『ポンコツ・ショート』
ラジオ、テレビ、冷蔵庫――身のまわりの壊れてしまったモノたちが、今ここにストーリーとして蘇る。
世のポンコツたちに捧ぐショートショート20作

無口なラジオ

 ふと思い立って、部屋の片づけを始めた。安い学生アパートの六畳ほどの部屋には、洋服や本、食べかけの食器やゴミが散乱してはいるが、散らかって不自由しているというほどでもない。ただ何となく片付けは始まってしまった。目前に迫った期末試験が一番の原因かもしれない。
 こういう時の掃除というのはいったん始まってしまうと、止め時がない。電池が切れるまで動きっぱなしだ。しかし、そう広くない部屋だ。電池が切れる前にあらかた片付けてしまった。それでも何かないかとアラを探す。CDケースや本棚の中身をいったん出して、綺麗にジャンル別に揃えたりする。
 部屋をぐるりと見わたし、もう片付けるところが見当たらなくなると、いらない物を詰め込んだまま部屋の押し入れに追いやられている段ボールにまで手を出した。
 何か使えるものが紛れているかもしれないとガサゴソ漁っていると、空になったライターや、何に使うのか分からない電気コード類に紛れて、古い小型のラジオが出てきた。
 僕が思うに、ラジオというのは勉強の際の必需品である。ラジオをつけていると、時を忘れて何時間でも机に向かっていられるという効果がある。受験の時は本当に世話になった。教科書よりラジオから学んだ事の方が多いかもしれない。第一志望であった公立ではなく私立の滑り止めの大学に入学し、高くなった学費とのバランスをとるために住居に関しては安価な場所で我慢することになったのも、ラジオのおかげである。
 新生活を始めてラジオは役目を終えたと思ったのだろうか、壊れて本来の機能を果たさなくなってしまった。電池を変えても聞こえるのはノイズばかり。それでこの段ボールの墓場に眠っていたのだ。
 ほこりを払って手に取り、眺めてみる。十分に休みを取ったんだから、もしかするとちゃんと動き出すかもしれない。
 ラジオの本体の半分以上を占めるスピーカーの脇に、周波数のメーターが縦に付いている。デジタルではなく、周波数の数値が縦にならんだアナログ表示だ。側面にはダイヤルがあり、これをゆっくりと回すと、周波数の数直線上を赤い針が音も無く滑るように移動した。
 スイッチを入れると、ザーザーとノイズだけがスピーカーから聞こえてくる。電池はまだ残っていたようだ。
 慎重に探るようにダイヤルを回す。ただ聞こえるのはノイズばかり。アンテナを調整したりもしてみたが、人の声や音楽が流れてくることは無かった。
 ダイヤルを目一杯回してみる。そう、文字通り周波数の目盛りの一杯まで針を動かそうとした。
﹁あら?﹂
 思わず声が出たのは、針が目盛りの先の枠に入り込んで見えなくなってしまったからだ。
 こんなところまでダイヤルを回せることに意味があるのだろうか。というか回せたこと自体がおかしい。
 そのままゆっくりと回し続けてみた。
 すると、赤い針がラジオの上部からすり抜け、宙に浮いた。
﹁なんじゃこりゃ﹂
 ダイヤルをくるくる回すと、針は本体からどんどん離れていく。
 逆に回してみると針は近づいてくる。
 本体を傾けるとそれに連動して針は位置を変えた。
 赤い針はラジオ本体の目盛りの延長線上に縛られながら動いているようだ。空中にレーザーポインターを当てているような感じ。
 僕は部屋の壁に張り付いた。どこまで針が離れていくのかを試すためだ。ラジオを水平に持ち、部屋の反対側の壁に向かってダイヤルをせわしなく回し続ける。針はどんどん離れていく。
 針はもう壁の目前。
 まだ回す。回し続ける。
 壁に引っかかって止まると思いきや、壁の中に入り込んでしまった。
 それでも回し続けた。もう目で確認しようもないが、針はどこまででも進んでいくようだ。
 少しして、ザーザーと垂れ流されていたノイズが一瞬ガサリとぶれた。
 かすかに聞こえる。
 人の声だ。
 今度は慎重に回す。
 はっきりと声が聞こえるようになってきた。
﹁――静かになったな。掃除は終わったのかな。たまには俺も掃除するか。まずはキッチンの――﹂
 隣から微かな物音が聞こえるとともに、声は途切れ、またノイズが流れてきた。
 聞き覚えのある声だった。明らかに隣に住んでいる男の声。部屋と部屋を仕切っているのは咳払いまで聞こえる薄い壁だが、声が聞こえるのはラジオだけからだ。とすると、――隣人の心のチャンネルに針が当たっているのでは――という仮説に至った。今、隣の男の考えていることがラジオから発せられているのではないかということだ。突然音が切れたのも、男が移動したためにチャンネルが合わなくなったのかもしれない。
 逆隣りの部屋の住人はどうだろうか。確か女子学生が住んでいたはず。今も少し物音が聞こえる。やましい心は全く無い。これはただの調査であると自分自身に言い聞かせて、ラジオを部屋の壁に向けた。
 針は隣の部屋にもぐりこんでしまい、見ることは出来ない。隣の住人がどの位置にいるのか正確には分からないので、微かな物音を頼りに針の距離やラジオの角度を調整したりして、釣りをしているかのごとく慎重に探る。少し胸が高鳴ってきたが、やましい心は無いのである。
 期待を込めながら奮闘し、何分たっただろうか。アタリがあった。ノイズがぶれたのだ。鼓動も大きく波を打った。
 しかし、調査結果はかんばしくなかった。女性は複数の物事を同時に考えられるというのは本当の話だったようだ。ノイズは無くなり女性の声が聞こえてはいるのだが、複数のチャンネルが重なって聞こえるようで、全く何を言っているのか聞き取れない。
 非常にガッカリである。ただ、自分の仮説はどうやら正しい。このラジオで心の声が聞こえるのだ。
 では、逆はどうだろうか。
 僕はダイアルを回し、針を本体上の目盛りに戻したあと、今度はラジオの下部に向かって突き抜けるかどうか試してみた。
 ダイアルを回す。
 ラジオの下から赤い針がひょっこりと顔を出した。こちらも突き抜けるらしい。
 そのままゆっくり回し続ける。針は自分に近づいてくる。
 ――自分の心の声は聞けるのだろうか。果たして自分は何を考えているのだろう――
 考えながらダイアルを回し、ちょうど針が自分の胸に入り込んだ時、ラジオはノイズの代わりにキーンと高音で悲鳴を上げた。
 ハウリングを起こしているようだ。そして余韻も無くプツリと音を消し、押し黙ってしまった。
 それはそうだ。僕は﹁自分は何を考えているのだろうか﹂と考えている自分に何を考えているか問うたのだ。一介のラジオには荷の重い質問だ。悲鳴を上げるのも無理はない。もしかすると、音源――心の声とスピーカの位置が近すぎたのも問題だったかもしれない。
 どちらにしろ、ラジオはもう一言も語ることが出来なくなってしまったことは確かだ。
 ノイズすら聞こえなくなった。
 赤い針も無くなってしまった。


 もったいないことをしたというのもあるし、音を出すというラジオの本質を奪ってしまった自分に対して責任も感じた。あの不思議な能力は、声を失ってしまったラジオの最後の叫びだったのかもしれないのだ。このまま薄情に捨ててしまうのはあまりにもかわいそうだ。
 というわけでラジオは今、アンティークな飾りとして、机の上に鎮座している。
 ただ、その無口なラジオを見るたびに、僕の胸は小さな針で刺されたようにチクチクと痛むのだ。

4Dテレビ

﹁おまえ宛の荷物だったぞ……お義父さんから﹂
 段ボールを抱えて夫がリビングに戻ってきた。
 送り状には〝テレビ〟とあった。
﹁お義父さんからのプレゼントかな?﹂
 夫は笑いながら言ったが、私は言いようのない戸惑いが胸に渦巻くばかりだった。
 何が原因という訳でもなく、年頃になってからは父との会話はなくなってしまった。社会人になってからも、忙しさにかまけて実家にはあまり帰らなくなった。夫を紹介した時も、父は寡黙だった。実家に電話することがあっても、出るのは決まって母。つい最近電話した時も父に代わることは無かった。
 そんな父からのプレゼント。想像がつかない。
 夫が段ボールを開けると、発泡スチロールの緩衝材がぎっしりと詰め込まれていた。
 緩衝材をかき分けて、中身を見せてくれた。
 確かにテレビのようだ。13インチほどだろうか。とても小さいテレビだ。しかし今のテレビと違い厚みがある。
﹁座ってな。俺が出すよ﹂
 夫が中のテレビを慎重に持ち上げると、中の細かい部品が壊れているのだろうか、ガチャガチャと金属音が鳴った。
 ボディは今では珍しい赤のカラーリング。緩やかな丸みを帯びた画面。そこにはマジックで大きく﹁捨てるな﹂と書かれている。画面の横にはチャンネルを切り替える丸いダイヤルがついている。電源は小さなつまみを引っ張る方式だ。つまみを回せば音量が変わる。
﹁すごく古いテレビだな。電源コードも切れてるみたいだし、動きそうにもないな。もっとも動いたとしてもデジタル放送は映らないだろうけど﹂
 箱には手紙が同梱されていた。


〝私が発明した4Dテレビです ようやく完成したので送ります  父〟


﹁4Dテレビ……﹂
 横からのぞきこんできた夫が言った。
﹁そういや、お義父さんって発明家だったね﹂
﹁そんな大したもんじゃないわ……〝自称〟発明家よ。趣味でやってるのよ﹂
 父は商店街の片隅で小さな店を営むかたわら、趣味でいろいろとモノ作りをしていた。私がまだ幼く父とも壁も無く会話していた頃、画期的な発明だと様々なガラクタを見せられたことを思い出した。初めて目にした瞬間は期待に胸が膨れ上がったが、結局どれもうまく動いたところを見たことが無かった気がする。
 テーブルの上に鎮座している自称4Dテレビ。
 これもどうせ動かないだろう。
 実際の3Dテレビがどれだけの科学技術を駆使して作られているのかしらないが、その一つ上をいく様な物を父が作れるはずがない。
﹁4Dって何だろうな﹂
﹁知らないわよ。何にしても期待しないほうがいいわ﹂
﹁でもなあ。技術というのは、いつどんなきっかけでブレイクスルーが起こるか分からない物だからな﹂
﹁ブレイクスルー?﹂
﹁画期的な発明ってのは、突然出てくるってことさ﹂
﹁よく分からない。そんな大変な物をあの人が作れるとは思えないけど﹂
﹁そんなこと言うなよ。いいお義父さんじゃないか﹂
 夫はそう言いながら、テレビを撫でた。
﹁わざわざ送ってきたんだ。ただのガラクタじゃあないだろう。何か仕掛けがあるんじゃないのか? スイッチを入れてみよう﹂
 夫は無邪気に言うと、小さなつまみを引っ張った。
 テレビの画面は暗い灰色のままだったが、上部でカチリと音がした。見ると、天板に長方形の切り込みが入っており、その部分だけが数ミリ浮き上がっている。
﹁ここが外せるようになってるのか﹂
 夫は板を取り外した。
﹁これは……中に、何か入ってるぞ﹂
 まず、中から出てきたのは、かかとに扇風機のような小さなプロペラを付けた風力ローラースケート。子供の足に合うような小さな物だ。
 そして、ぜんまいで動く小型のドライヤー。人形ごっこ用の物だ。
 小さな地球儀……確かこれは回すと中のオルゴールが鳴る仕組み。
 次々と父の発明品が出てきた。
 どれも見たことがある。
 そう、どれもちゃんと動かなかったものばかり。
 父の発明品が目の前に現れる度に、このテレビは時を越え、記憶の奥深くに沈んでいた幼い頃の光景を、あたかも目の前に飛び出すかのように次々と映し出した。
 ――これはまさに4Dテレビだ。
 父の発明は見事に完成していた。
 テレビの中をうまくくりぬいて、父はタイムカプセルを作っていたのだ。
 そして、このタイミングでやっと完成させた。そんな父を思うと涙がこみ上げてきた。
﹁私、分かったかもしれない。ブレイクスルーってこういう意味だったのね﹂
 そんな私を見て、夫も感慨深げにつぶやいた。
﹁おれ達もこんな粋な事ができるもんかな﹂
 私は自然と笑みをこぼしながら、お腹から響くもう一つの鼓動を感じていた。

レイ蔵庫

﹁電気はこまめに消しなさい。もったいない﹂
 私はよく母から叱られた。
 それだけではない。
 今日はどこそこのスーパーが安いから、そこであれこれ買ってこいと言いつかる。
 母は節約マニアなのだ。
 と言いながら、家電製品は新しい物が出るとすぐに買い替えたりする。
 節約に夢中になる母は、時々合理性とは真逆の行動に出たりするから困りものだ。
 家電はここが安いからと、隣町まで車を走らせたりする。ガソリン代を考えるとそれほど得になっていない。
 税が上がるからと、たんまり買いこんで、整理しきれなくなって棚を買う。
 単価の安い食料を大量に仕入れて、腐らせて捨てる。
 節約というのはある意味宗教だと知ったのはこういった母の行動からだ。節約に憑りつかれているとしか言いようがない。
 ある日、母は突然冷蔵庫を買い替えた。
﹁自動製氷が動かなくなっちゃって﹂
 理由はただそれだけ。機能がたった一つ欠けただけで他の部分は問題ない。容量も多く、機能も豊富な冷蔵庫で、まだまだ使えたのに。
 新しく設置されていた冷蔵庫は、見栄えもそれほど前と変わらなかった。母は﹁電気代の節約効果があるのよ﹂と言うが、それがどれほどのものなのか。何年で元が取れるのだろう。私には替える意味がよく分からない。
 前の冷蔵庫はどうしたのかと聞くと、
﹁和室にあるわよ﹂
 と言う。
 和室に行くと、立派な冷蔵庫が鎮座していた。元々仏壇があった場所に、だ。
 仏壇はどうしたのかと聞くと。
﹁捨てちゃったわよ。場所をとる割には他に何にも使い道がないし﹂
 仏壇に他の使い道を求めるのもどうかと思うが。
﹁冷蔵庫を捨てるのはもったいないし。どちらも観音開きだし。一石二鳥でしょ﹂
 母の論理についていくことは出来なかった。
 仏壇というには現代的すぎる件の観音扉を開けると、見慣れた黒い位牌が中央の棚に置かれていた。周りにはお供え物の果物。扉側にはミネラルウォーター。
 電気は通されてはいないようだが、何故かほのかにひんやりとした空気があふれ出てくる。果物もほどよく冷えているようだ。
 これは、位牌を粗末に扱ったがゆえの霊障なのだろうか。いや、もしかすると〝冷〟蔵庫を〝霊〟蔵庫にしたために生まれた寒い空気かもしれない。
 どちらにしろ、冷蔵庫は本来の機能をまだ少し残しているようだ。


 幸い、仏壇が霊蔵庫になって困ったことはほとんどなかった。
 お参りに来られたお坊さんも最初はあっけにとられた様子だったが、今では慣れたもので、珍妙な仏壇には全く触れず、普通にお経を上げて帰られる。悟りの境地である。
 そして、最初はわずかに感じる程度だった冷気も、最近は強くなってきた。ご先祖さまも霊蔵庫の居心地を気に入っているのだろうか。
 霊蔵庫には冷蔵室、野菜室、チルド室、冷凍室、製氷室と部屋も豊富だ。もしかすると、ご先祖さまが霊の友達を呼んで、各部屋に住まわしているのかもしれない。
 今では電気代のかからないこの霊蔵庫に、お供えを兼ねたたくさんの食料が入っている。メインの冷蔵庫の存在意義を失くすほどだ。節約教の母が、新しい冷蔵庫を使わなくなってしまうのも時間の問題だ。
 そうして一年ばかり過ぎた頃だろうか、その霊蔵庫がガタガタとひとりでに音を立てた。
 ついに壊れていた自動製氷までもが動き出したようだ。そんな日が来るかもと給水タンクに水を入れておいて正解だった。
 製氷室を引っ張り出すと、沢山の氷が出来上がっている。
 四角い氷ひとつひとつの中に白い霞がかかっている。
 一見普通の氷の様だが、よく目を凝らすと、その白い霞の形は手を合わせる仏の姿のように見えた。
 これは気のせいなのか。
 それとも、どこからかたくさん集まった霊による霊障なのか。
 よく分からない。
 ただ、私はこの一風変わった仏壇に向かって、毎日ちゃんと手を合わせるようになったのだ。

『着信音が』
星新一の「ノックの音が﹂へのオマージュ作品。全ての物語が「着信音が鳴った﹂で始まるショートショート10作。

見えない製品

 着信音が鳴った。
 軽い鈴の音が﹁チリン﹂と一回。メールの音だ。
 新田優平は携帯電話を手に取った。画面にはこうある。


﹃株式会社グランドライズ採用担当の田中と申します。
 先日は弊社の新規採用にご応募ありがとうございました。
 慎重に選考を重ねました結果、あなたを採用することが内定いたしましたのでお知らせいたします。
 下記のURLから必要事項をご記入いただき、弊社からの連絡をお待ちください。﹄


 何百という不採用通知を受け取る前ならば、こんなメールは当然無視していたはずだ。しかし優平は藁にもすがる思いで飛びついてしまった。
 我に返ったのは、すべての項目を入力して情報を送信してしまった後である。
 記憶にない社名。誰に宛てたともわからぬ文面。企業の住所も電話番号も記載されていない。
 紛うことなきスパムメールである。
 こういうものに引っかかってしまう性格こそが、就職活動が成功しない原因じゃないかと優平は肩を落とした。送ってしまった情報は何に使われてしまうのだろうか。﹃こいつは詐欺にひっかけやすいリスト﹄みたいなものに登録されてしまうのでは。不安はつのるばかり。
 その後、グランドライズから実際に電話連絡があった。
﹁グランドライズ採用担当の田中と申します﹂
﹁……はい﹂
 気の無い返事も無理はない。相手は怪しげなスパム業者。優平はそう思っていた。
 田中は言う。
﹁新田様にはこれから我が社でご活躍頂きます。グランドライズの製品はこの世の中のためになる素晴らしい製品です。新田様にもその一端を担っていただきます。つきましては入社式の日程をお伝えいたします――﹂




 数日後、優平はスーツに身を包み、グランドライズの入社式に参加していた。
 無機質な部屋に並べられたパイプ椅子に、老若男女おそらく百人程度は座っている。
 この日まで他の内定が取れなかった優平は、いぶかしがりながらもここに足を運んだ。もしヤバイ状況になれば、すぐに帰ればいい。
﹁すいません﹂隣に座る男に話しかけられた。﹁変な事を聞いてすみませんが、ここは何の会社なんでしょう﹂
﹁いや……。僕もよく分からなくて。何かの製品をつくるようですが﹂
 とまどいながらも正直に答えた。
 見渡してみると皆どこか落着きが無い。それもそうだろう。おそらく皆同じ。実体が何も分からない会社に入社しようとしているのだ。




 優平が配属されたのは地元にある支社であった。
 従業員は五人にも満たない小さな支社である。
 ここで優平は身に覚えのある仕事をしていた。あの就職内定メールの配信である。この地域の就職していない人間のリストを作り、そこにメールを配信する。ただそれだけである。相手の状況によって多少文面を変えたりもするが、簡単に済んでしまう仕事なので、一日の大半はただの時間つぶしだ。怒られることは無い。他の従業員たちもみな思い思いに時間をつぶしていた。
 製品とはこのメールの事だったのだろうか。こんなものをはたして製品と呼べるのか。そもそもこの程度の仕事なら何も支社まで用意することは無い。パソコン一台と人間一人で出来てしまうような仕事だ。世の中のためになる素晴らしい製品とも言えない。とはいえ、少ないながらも給料はちゃんと出ている。しかも驚くことにこんな支社が全国にあるらしい。
 訳が分からない。
 優平は疑問と不安を抱きながらも怠惰な日々を過ごした。




 ある日のニュース。その見出しが優平の目に飛び込んだ。
﹃失業率に改善 景気期待で採用積極化﹄
 疑問は一気に解消された。
 就職していない人間、その中でも特に採用もされなさそうな人間を集めて就職させれば、当然のことながら就職率は上がる。採用は地元の支社。全国的に就職率は上がる。
 景気という物は目に見えにくい。どこかで何らかの数値が上がってこそ実感ができるものだ。実感ができるようになれば、また景気は良くなっていくかもしれない。
 この国は景気が上向き。
 我が社が作っているのはそんな空気だ。

なぞの声

 着信音が鳴った。
 ここは閑静な住宅街にある一軒家。ソファに投げ捨てられた新聞紙、テーブルに乱雑に並んだリモコン。そんな生活感のあるリビングに一人の男がいた。
 部屋に響く着信音は、着信音1などと番号だけで示されるような何の特徴も無い電子音だ。
 男はどこかしらから響く着信音を無視した。というのも男は携帯電話を持っていないからだ。もし仕事中に落としでもしたら一大事だ。鳴ったのは実際にここに住んでいる住人の携帯電話だろう。よりによって旅行に行くときに携帯電話を忘れるとは、馬鹿な奴だ。男はそう考えながら部屋の物色を続けた。
 そう、彼はここにいていい存在ではない。簡単に言ってしまえば空き巣である。
 3コール程して携帯は鳴りやんだ。ずいぶんあきらめの早い奴だな。男がそう思った瞬間、声がした。
﹁あなたは……だあれ?﹂
 少しかすれた幼い声。
 男はぎょっとして動作を止めた。この家に人間のいないことは確認済みだ。若い夫婦と幼い女の子の三人家族は、今朝旅行に出かけたはず。出発するのを確かに見たし、ある程度時間を置いて戻って来ないことを確認してから侵入したのに……誰の声だ? あわてて振り返るが、誰の姿も無い。
 ならば、さっき鳴っていた携帯電話が勝手に通話状態になり、スピーカーになって声が聞こえてくる? そんな事があるだろうか。
﹁……あなたの……おなまえは?﹂
 男の動揺など気にもせず声は続ける。男はありえない状況に混乱していた。今までの人生で気付くことは無かったが、実は霊感があったのだろうか。空き巣を行う事で、そこにいてはいけない存在から共感を得てしまったのだろうか。
 正体不明の声に、名前など答えられるはずもない。男はすでに手にしていた現金をそっと元の場所に戻した。ここから何か持ち去ってしまうと、霊もついてくるかもしれない。そんな恐怖にとらわれていた。
﹁……いっしょに、あそぼ……﹂
 か細い声から逃げるように男は家を後にした。




﹁やっぱり家が一番ね﹂
 などと常套句をもらしながら、三人家族が旅行から帰ってきた。
 父親がリビングのソファにどかっと腰を掛けると、着信音が鳴った。
﹁何だ? 何か鳴ってるぞ﹂
 幼い娘が﹁ああ!﹂と大きな声を出してソファに駆け寄った。
 娘はソファの上の新聞紙をどけた。
﹁ここにあったんだ!﹂
 ソファの隙間に手を突っ込んで取り出したのは、おもちゃの携帯電話だ。携帯電話は着信音を止め、声を発した。
﹁あなたは……だあれ? ……あなたの……おなまえは?﹂
﹁みーちゃんだよ!﹂
 娘は無邪気に答える。
 父親は言った。
﹁なんだ、おもちゃか。電池が切れかかってるんじゃないか? 音がかすれてるな﹂
﹁……いっしょに、あそぼ……﹂
﹁うん!﹂
﹁電池変えてやろうか?﹂
 父親の声も聞かず、娘は﹃おしゃべりケータイ リンちゃん﹄を持って自室に走っていった。
 母親は言う。
﹁いいのよ。好きなように遊べば﹂
 父親はため息をついた。
﹁もう捨ててしまってもいいんじゃないか? 同じことを繰り返すだけで何が面白いんだ。何か他に役に立つというわけでもないだろうに﹂
 母親は微笑んで言った。
﹁物を大事にするというのは良い事よ。そのうち何かの恩返しがあるかもしれないじゃない……﹂

ハモノづくし

電子ショートショート作家くにさきたすくの電子ショートショート集第三弾。
チクリと刺さるショートショート全23作品。

全自動生活

﹁痛っ﹂
 指先を少し切り、血がにじんだ。
 何のことはない切り傷だが、包丁はわたしのやる気を大きく削いでしまった。
 キッチンから離れ、指に絆創膏を貼り、少し考えた。
 なぜ料理を作るために包丁が必要なのか。
 食材を入れたら自動的に料理が出てくるような機械があればいいのに。それさえあれば、包丁を使うこともないし、指先を切ることもなくなる。
 わたしはリビングのソファに背中から倒れこんだ。
﹁ぜーんぶ、自動で出来ればいいのに﹂
 ご飯を炊くのだってそう。
 炊飯器を蛇口に直結しておいて、お米を入れたら自動で洗米して、水量を調節して炊いてくれればいいんだ。洗濯機がそんな感じに出来ているんだから、出来るはずなのに。
 そう。
 大体、洗濯機がもっと進歩するべきだ。どんなにいい洗濯機を買っても洗濯乾燥まで。一番面倒なのは洗濯物を畳むことだ。そこまで全自動でやってくれればいい。
 今では全自動という売り文句の掃除機がある。しかし、それを使うためには、ある程度まで部屋をきれいに保っていなければならない。全自動で片付けはやってくれない。
 食器洗い機もそう。確かに洗い物は楽になった。でもテーブルから食器を自動で運んではくれない。
 何もかも全自動でやってくれれば、主婦の仕事は本当に楽になる。
﹁はあ﹂
 ため息を天井に向かって押し出した。
 でも、いつまでも横になってはいられない。
 今日は結婚記念日だ。主人がそれを覚えているかどうかも知らない。けれど、腕によりをかけて料理を作ると決めたからには、頑張るしかない。
 わたしは勢いをつけてソファから立ち上がり、腕まくりをした。




 夕方になって。
﹁毎日家事お疲れ様﹂
 わたしは主人から花束を貰った。
 目を丸くしたわたしに、主人は言う。
﹁毎日おいしいご飯を用意して待っていてくれて、家もいつも綺麗にしてくれている。いつも張りのあるスーツで仕事に行ける。ありがとう。俺は幸せ者だ﹂
 主人のめったにない優しい言葉も綺麗な花束も、わたしには響かなかった。
 あんな妄想を繰り返していたから、気づいてしまった。


 わたしが全自動なんだ。

ニュースの日

 今日は、新しく制定されたニュースの日。
 全テレビ局が生放送で今日起きたニュースだけを取り扱う日だ。各局は独自の持ち味を存分に発揮すべく、この日に臨んだ。


 視聴者は皆、チャンネルをパチパチと切り替えながら成り行きを眺めていた。


﹁今日は一日中ニュースばかりです。皆様からのニュースの投稿も受け付けております。受け付けメールアドレスは︱︱」
﹁本日、衆院を通過したこの法案ですが、コメンテーターの方々はどう思われるでしょうか。まずは政治評論家の︱︱」
﹁さて、続いては天気予報です。まずは全国のお天気︱︱」
﹁最近このような報道ばかり続いているような気がします。またも偽装が発覚。謝罪会見の模様です︱︱」
﹁スポーツニュースです。今日も全国各地で様々な試合が行われております。まずは野球から︱︱」
﹁ここは本日開店したばかりのラーメン店です。早くも行列ができているようです︱︱」
﹁コンビニ強盗がありました。容疑者の男は現在逃走中。警察が行方を追っています︱︱」
﹁各局で様々なニュースを報道しております。その傾向を見てみましょう︱︱」
﹁天気は回復して日中は日差しのでる所が多いでしょう。続いて東京都江戸川区のお天気︱︱」
﹁歌手としての目線から、この法案はどう思われますか︱︱」
﹁新種発見です。中国で、耳の長いパンダが発見されました︱︱」
﹁次のニュースは、視聴者さまからの投稿です。これは綺麗な虹の写真ですね︱︱」
﹁続いてのスポーツニュース。ビリヤードの全日本女子プロツアー第一戦︱︱」
﹁愛知県春日井市のお天気︱︱」
﹁今だ紛争の続く危険地帯ですが、ここに密着取材している記者に密着取材いたしました︱︱」
﹁いやあ、今日もいろいろなニュースがありましたね。午前中のニュースの総まとめです︱︱」
﹁カロム日本選手権大会が行われております。まずこの競技のルールの説明を致します。ストライカーと呼ばれる小さな駒を、手の指を使って弾いて︱︱」
﹁各局普段取り扱わないような細かいニュースを報じています。それぞれの色を発揮して大変面白いですね︱︱」
﹁容疑者は今だ逃走中です。その様子をヘリコプターで上空から︱︱」
﹁ネットで話題のブロガー、ガンマさんにもお越しいただいております。ブロガーという立場から見てこの法案に対して何かご意見は︱︱」
﹁午前中に紹介しました行列の出来るラーメン店。その後を追いかけてみました︱︱」
﹁カロム日本選手権大会第三位になりました小林さんのご友人にスタジオに来ていただきました︱︱」
﹁先程紹介したニュースの、情報提供者様の名前が間違っておりました。正しくは︱︱」
﹁まだまだニュースの投稿は受け付けております。受け付けメールアドレスは︱︱」
﹁P局では十時間ほど、ずっと天気予報をやっているようです。これは異常事態です。その様子を中継します︱︱」
﹁容疑者は現在、ファストフード店でお腹を満たしているようです。少し近くまで行ってみましょう︱︱」
﹁耳の長いパンダは、色を付けた大きなウサギだったようです。誤報の訂正と謝罪をさせて頂きます。今後は正しい報道がなされるように︱︱」
﹁続いて、海外の天気予報︱︱」
﹁先ほどQ局で、誤報の訂正と謝罪があったようです︱︱」
﹁テロップに間違いがありました。容疑者となっていましたが、正しくは被害者です︱︱」
﹁スタッフが映りこんでしまい、申し訳ありませんでした︱︱」
﹁天気予報が外れてしまい、申し訳ありませんでした︱︱」
﹁友人と知人の境目の判断が間違っておりました。申し訳ありませんでした︱︱」
﹁先程の訂正が間違っていたようです。訂正してお詫びさせていただきます︱︱」
﹁謝罪の言葉が足りず、申し訳ありませんでした︱︱」
﹁ニュースのネタが尽きてしまい︱︱」
﹁適当にニュースを作って報じてしまい︱︱」
﹁申し訳ありませんでした︱︱」
﹁申し訳ありませんでした︱︱」
﹁申し訳ありませんでした︱︱」
﹁(深々と頭を下げている)」
﹁(深々と頭を下げている)」
﹁(深々と頭を下げている)」

LOST

 ファ︱︱︱︱︱︱︱︱


 熱風で砂や雑草を巻き上げながら、宇宙船はその星に着陸した。
 中には最低限の機材しか積み込まれておらず、船体のデザインもただの球形という非常にお粗末なものだ。正しくは宇宙船とは呼べない。ただの脱出ポッドだ。
 円いハッチが軋みながら開き、二足歩行の生物がゆっくりと姿を現す。
﹁今日はまったくついてない」
 彼は故郷とは別の銀河の惑星を調査する宇宙船のクルーだった。しかしその宇宙船は運行中に事故にあってしまった。船の方々から火の手が上がり運行不能になるような非常事態であったため、原因を調査している暇などは無かった。なんとか乗客を小型の宇宙船で脱出させた後、彼は小さな球形の脱出ポッドで宇宙船から飛び出した。
 しかし、そのポッドの自動操縦も故障してしまい、自星への帰還ルートから外れるという危機に陥った。
 言う事を聞かないポッドを無理やりに操縦し、燃料ギリギリで何とか別の星にたどり着いたのだ。
﹁この星は、日当たりがいいな。不幸中の幸いだ」
 脱出用の宇宙船は、太陽光エネルギーによって稼動するものであったため、5時間ほど太陽光を蓄えればまた飛行可能になる。
 見渡せば植物は豊富にあり、湖も遠方に見える。しかし近くには砂漠もあるようだ。青々しい草原と広大な湖と何もない砂漠が同居している。実に不思議な光景だ。こんなところに長くいたら頭がおかしくなるかもしれない。
 遭難ロストの信号はすでに送った。
 ポッドは充電中。
 ここではもうやることが無い。
 彼はとりあえず、水と食料を探索することにした。毒物探知の機器と護身用の光線銃を宇宙船から持ち出し、ハッチを閉めてその場から離れた。
 数歩歩いたところで、大きな地響きの音が聞こえてきた。
 どんどん音は近づいてくる。
﹁この星の生物か」
 彼は茂みに隠れ、光線銃に手をかけた。




﹁社長!こっちです!」
 小柄の男は額の汗を拭いながら、手を振った。
﹁いやーロストボールかと思いましたが、ちゃんとフェアウェイに乗ってるじゃないですか。何かに跳ね返ってきたんですかね。今日はついてますね~!」
 後から来た小太りの男が、笑顔でこう返した。
﹁はっはっは。運も実力のうちさ。はっはっは」
 社長と呼ばれた男は、ゴルフケースからアイアンをとりだし、素振りもせずに力の限り玉をたたいた。小柄の男が満面の笑みで大声を張り上げる。
﹁ナイスショット!」


 宇宙船は、はるかかなたに飛んでいった。

あとがき

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ショートショートトライアル

2015年9月29日 発行 初版

著  者:くにさきたすく
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くにさきたすく

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