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SF・無矛盾くん
サイコメトラー杉村春子
遠い未来、果てしない過去。
宇宙の果ての、自分の体内で、No.0867 1356 5638は、戸惑いながら確信した。
「よし。これなら、どうにもならねえ。」
全ての記憶をごく一部だけ書き換えたり書き換えなかったりすることで、それに接する人に、無限の想像力と、限定されたたった一つのイメージを届ける、あるいは届けない、この装置に接しないこと。
「そうだろ、ミネソタ? 」
電子犬ミネソタに、電子回路はない。いや、あると言ってもいいが、今はそれを語る時ではない。
正確にいうと、昨日語った際、その場所には大勢の観衆による、ただただ無人の静寂が広がっていた。
「今日は静寂という概念について、忘れてみてもいいかも知れないな。」
ウィーン。
No. 0867 1356 5638の居住する空間は、限定されているようで、実はあらゆる仕切りをもたない。
その無限に広がる空間において、ハッチが開き、同僚のグレンが入ってきた。
幻だろうか?
「君のところにアイオワが来ていると聞いたんだが? 」
「…ミシガンのことか? 」
「まあ、そう言わんこともないがね。私はハッキリとこう言わなかったよ。コ・ロ・ラ・ド …とね。」
「グレン… 」
本当はジョナサンなんだろ?
「カプチーノが冷めてしまったな。いや、悪いことをしたね。」
マグマの様に煮えたぎる紅茶を前にしても君は同じことが言えるのか? ジョナサンならそうは言わなかったろう。自信は皆無だがね。
ただ、アントニーだとしたら?
「限界だな。」
彼女がそう言う時こそ、大体は無限の可能性の扉が開く直前であり、それこそが全ての始まり、『終末』を意味した。
「相変わらずストイックね。ちょっと甘ちゃん過ぎやしない? 」
ツンと垂れ下がった口角。くっきり剃られた眉。パッチリとして異様に存在感のない瞳。 推定年齢、不明。
これだけの手掛かりがあれば、あとはメンバーを総動員し、どれだけ時間をかけたって無駄に終わるだろう。そこには真の希望が溢れている。
「バカな。わたしは今の今までナンバーで呼ばれたことなど一度もない! 」
「なるほど。著者はマイナンバー制度導入の記念に、思いのたけを作品に込めたという訳か。」
パッドから顔を上げてNo.4768 1321 5840が言った。
「とするとこの作品の執筆時期は自ずと特定出来るわね。」
No.6389 4431 3205が言った。
「2015年だ。」
No.5618 7964 3316が言った
「現在はここに書かれたナンバーに該当する人間が、この作品世界とは別に存在するのかも知れんな。」
「所長。」
No.7332 6591 0971がNo.0368 9613 2694をそう呼んだ。
不意に、テレビ電話のコール音がその場に鳴リ響く。
「もしもし? 」
しばしの沈黙の後、街のざわめきをバックに息も絶え絶えな苦しげな声が、スピーカーから聞こえ始めた。モニターには雑踏のみが映し出されている。
「…ごめん… 父さん? 今、出先なんだけど、急に胃が痛くなって… 飛び込みで病院に入ったんだけど、保険証持って出るの忘れてて… 」
ひろのり?
って、そんな見え見えな手に引っかかる訳がない。
「ふざけるな。全てチップに入ってるだろ。今何年だと思ってんだ。」
相手も思わず狼狽している。
「え? …何年なんですか? 」
「江戸時代だ。」
「は? 」
「なんてな。」
ガシャン!
「恐らくは2015年以前からの転送だと思います。オレオレ詐欺とか振り込め詐欺とか言われた犯罪に手を染めていた輩と思われるのですが、この人物にはまだナンバーがなかったんです。」
また一人、時空警察によって時空旅行者が確保された。
時空警察とは、自らの意思とは関係なく時空を越えて旅をしてしまう特性を持った人々を保護し、場合によってはこうしてその罪状に応じて対処する国営機関である。
「ご苦労だったな。やっこさん、今はどうしてるんだ? 」
「死にました。」
「…そうか。」
「哀れなやつですよ。ただ何と言うか、かつて自由を謳歌した人間だけにあっただろう、豊かな表情を持った奴ではありましたね。」
「死因は? 」
「それが、…生きてます。」
「…そうか。」
2015年10月18日 発行 初版
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初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。