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リアルたか鬼
RIKAC0
西暦三○○○八年。幾多の氷河期、温暖期を経て、生きとし生けるものは地上から全て消え去った… はずだった!?
「たか鬼する者 寄っといで。」
はっきりとその場にこだました日本語の呼びかけに、地鳴りの様な雄叫びと共に応じた一組目の猛者、ヴァオグラバス。
全長500m、体重5320トン。ヴィラオ亜目、ゲルゲレス科の生物で、真空や高熱、絶対零度や放射線にも耐えうる表皮を持ち、超重量級の体を移動させるためには、この時代の幾種かの生命体に備わった特殊な瞬間移動能力、マヴーカを使用する。
高度に発達した頭脳の持ち主で、たか鬼を好んでいた。
続いて西の方角から、強烈な異臭、そして怒号の様な咆哮を響かせながら、たか鬼がしたい、もう一種の巨体が飛来した。
マズルカンド・ディチロファーラム。全高380m、総重量2900トン。 羽を広げた姿は、端から端まででざっと1700mにもおよぶ。
繁殖期には多い時で一度に3~5万個の胞子を空間に撒き散らし、種を増殖させていくという、いわば、空飛ぶ巨大シダ植物であった。
「ちょっと待ったあ! 」
いつの時代にも、身の丈を省みない荒くれ者はいるものだ。見たところ二万年以上前のホモサピエンスとかなり近い容姿の、その場にいる他の二体の視界に入るのも少し厳しいだろうという、小さき者が現れた。
「オレの名は、ナックルベイル・ド=カーリィ! 北の果てにあるというアーメンモルフォの秘石を探して旅の途中だ! オレ様も何かその面白そうな物に混ぜやがれ! 」
やんちゃそうだが澄んだ瞳、体中にある大小様々な傷跡が、一筋縄では行かなかっただろう彼の辿ってきた人生を物語っている。
「いいだろう! 参加したいなら、エントリー料を頂く。7000ルパーツ、即マイレージで払えるか? 」
恐らくたか鬼を呼びかけた声の主から、カーリィに対して返答があった。たか鬼は会費制のようだ。そしてこの時代、お金に相当するものをマイレージと呼んでいるらしい。
「ふざけるな! このバケモノたちもそのマイレージ、払ってるってのか? 」
払いしぶるカーリィ。もっともこの二体は、参加者であると同時にこのたか鬼のステータスを高めるための客寄せでもあり、元より代償など要求されはしない。
「奴らは別格だ! というか既に半永久的に徴収してるも同然なのさ! 文句があるならエントリーを取りやめればいいだけの話だが。どうするかね? 」
声はかなりの距離まで聞こえているが、その姿は見えない。
「へん! 強がり言うな! どこに他の参加者がいるってんだ! この巨大なバケモノを抜かせば、おいらただ一人じゃねーか! 大切なたった一人の客を、そのマイレージをみすみす見過ごすってのか! 」
もっとも、カーリィに払う意志はないのだが。
確かに周辺には人っ子一人見当たらない。バケモノ二体の些細な動きが絶え間なく周囲に伝えている振動と、たまの咆哮で、集中力を持って確認するのが難しいとはいえ、ゼリー状の丘と地平線しかないフラットな世界の中、どこかに誰かが隠れているとも思えなかった。
「お前、この土地の者ではないのか? 」
どこからともなく響き渡る声に、不審げなトーンが混じる。カーリィは、知らず何か致命的なことを言ってしまったのかも知れなかった。
「何でだよ! 」カーリィは尋ねた。
「ピーーーーーーーーッ!!」
突如、笛の音が鳴り響く。
すると周辺に、生き物の気配が満ち満ちて来た。
「…こいつらは? 」
流石のカーリィも生まれて初めて見るこの光景に、度肝を抜かれた。
ポコポコと空気中に出現した小さな光り輝く球体が次々に巨大化し、形状を変化させていく。
遂にはクリスタルな人型の生命体が、続々とその場に現れ出した。
「何なんだ!? 」
「彼らこそこの世界の住人じゃないか。パルティナたちを見たことがないなんて、お前が完全に余所者である動かぬ証拠だ。」
パルティナ… だと?
…こいつら
「うるせえーっ! それの何が悪いってんだぁっ! オレは北を目指してひたすら旅を重ねて流れてきたんだ! 当然ここへ立ち寄ったのは初めてさ! それがいけないコトだってんなら、この星の他のファームの生き物たちは皆、ここへ来てはいけないってことなのか? そんなのおかしいじゃねえか! 」
クリスタライズされた肉体を持った穢れなき生命体、パルティナ族は、この土地、エクスマム・ファームの主たる生活者たちであった。
彼らはエクスマムに生まれ育ち、その大半が生涯をこの地で終える。
彼らにとってたか鬼とは、遊戯であると同時に、選ばれし戦士になれるかどうかの大切なテストでもあった。
「スペック、行きなさい。」
「はい。」
パルティナ族の中から、スペックと呼ばれた若者が選ばれ、このたか鬼に参加するらしい。
カーリィは意表を突かれた。
「こいつら全員が参加するわけじゃねえのかよ?! 」
〈15年後〉
「スペック! 大丈夫か?! 」
魔族の長、サスレア・バウンティの放った矢は、スペックの右肩から背中にかけてを無残に貫いていた。彼ら、パルティア族にとっての血液である、空気に触れると青く変色し、発光する体液が、後から後から溢れ出て止まらない。カーリィの焦燥もまた止まらなかった。
「チキショウ… チキショウ! 何だってこんなことに! 」
15年間、苦楽を共にした仲間、現在のパーティーの中では最も古くからの連れ合いであるスペック…
「ここは一旦わたしたちがスペックを、ああっ! 」
「マウラ?! 」
安全な場所で治療しようと、マウラがスペックをその場から連れ出そうとした瞬間、敵のボスコフィードがこともあろうにマウラを直撃した。遠く落ちていくマウラを、誰もどうすることも出来ない。
「くそ! くそう… 」
「カーリィ、まずいぞ! やつら援軍を呼びやがった。」
「ダメだ! ココチカ・ファームからマグノレンド・ファームまで、7500エルメートに渡って囲まれちまってる! 」艦橋に集った全てのクルーがパニックに陥っていた。
どうしよう。どうすればいい。どうすれば…
「カーリィ… 」
…スペック?
「これを、使ってくれ。」
そう言いながら、弱弱しく震える手で、スペックはカーリィにそれを差し出した。
「これは… あの時の… 」
「そう、マズルカンド…ディチロファーラムの羽さ。」
15年前のたか鬼の時、スペックが部族の勇者として初めて認められた記念に持ち帰った羽だった。
「…こいつを何処か見えるところに…かざし、呪文を…唱え…れば、奴が現れるだろう。グフッ… 」またも、スペックの体液があたりに散らばる。
「おい、無理するんじゃねえ! 」
「その、呪文は… エル… サル… 」
…スペック?
スペックの体が、急激に軽くなった。パルティナ族は、魂が抜けると同時にその体重を3分の1にまで減らす。
「ばか…やろう。…ばか …呪文、聞き取れなかったじゃねーかよ。」
そんなことはどうでも良かった。確かにこの窮地にあって、あの巨大生物が見方してくれれば、形成も多少は持ち直すかも知れない。だが魔族軍の圧倒的な数を前に、それぐらいではもはやどうにもならないことぐらい、カーリィには分かっていた。
「スペック… マウラ… お疲れさん。…今まで本当にありがとうな。」
二人の仲間の死。
「もう、どうしようもねえんだよ。皆… すまねえ。」
だが、絶望に打ちひしがれた瞬間、あるひらめきがカーリィを貫いた。
「アフラック、今日、何日だ? 」
「え、…紫月の48日目だが。」
「間違いないか? 」
「ああ。」
「勝てる。勝てるぞ! 今ソルはどこだ! 」
天空に輝き、世界に昼と夜をもたらす、大いなるソルの力よ。
「…ソルが南中するまでは… あと15分です。」
我が血筋に備わりし呪われた力。しかし、今日という日ほど、その呪いに感謝しない日はない!
「南中まであと10分! 」
「よし、いいか、10分後にオレをカタパルトからソルに向かって射出しろ。」カーリィは言った。
「正気か? そんなことをしたら奴らの真っ只中に出て、即八つ裂きにされちまうぜ! 」
ハイドの野郎が心配するのも無理はない。
「大丈夫、信じるんだ! オレにはじいちゃんの、そのまたじいちゃんの、またまたまたまたじいちゃんの代から受け継がれた、ナックルベイル一門がある時にだけ発動することが出来る力、全ての重力を逆さにする力、ブンブンスペクターが備わってる! その力が解放される日こそ… 」
「…紫月の48日目という訳か!? 」
「そういうことだ! 」
その時、レーダーに巨大な影が映った。
「何だ? 」クルーの誰も、まだそいつを見たことはなかった。
「目の前に出るぞ! 何かがマヴーカで移動してるんだ! 」アフラックが叫ぶ。
…ヴァオグラバス!?
あの、たか鬼の時以来じゃねえか…
全長500mの巨体が、空間を切り裂いて突如出現した。
「避けろ! 」カーリィが叫んだ。
そこここで、巨体に激突し、爆発、炎上、墜落してゆく、魔族軍。
「南中まであと1分! 」
サンキュー、ヴァオグラバス。お前のおかげでタイミングが出来た。
「よし、行くぞ。」旧友が作ってくれたとっておきのチャンスを逃す手はない。
カーリィの気合は十分だった。
「タイミングの問題なら、わざわざ敵のど真ん中に飛び出るような真似をしなくたっていいだろう? お前はチームの長でもあるんだぞ! 」
チームの次峰、タルコフが言った。
「ソルを全身に十分に浴びている状態でなけりゃ力を発揮出来ないのさ。でなけりゃオレだってこんな無茶な道は選ばねえ。」
カーリィにとって、これは一世一代の大勝負となりそうだ。そして、外す訳にはいかない。
「なあに、古い友だちが突然来てくれたおかげで、ずいぶんやりやすくなったぜ。」
「…友だちって… あの巨大なヴァオグラバスがか!? 」アフラックが眼を丸くして言った。
「おうよ! たか鬼をして遊んだこともあるんだぜ? 」
「10秒前! 」カウントダウンが始まった。
「来い! 」
9、8、7、6、5、4、3、2、1
「発射! 」
「ブンブンスペクターァッ!」
〈2年後〉
「あの時、ひずんだ時空の歪みの向こうに、カーリィーの姿が見えたんだ。」
「あたしにもハッキリ見えたわ。」
今日はスペックとマウラが、あの時以来、久々に我が家を訪ねてくれた。
「オレも、あん時だけは流石に死ぬかと思ったぜ。お前らなんて、死んでたしな(笑)。」
「おい(笑)」
こいつらと再びこんな冗談が言い合える日が来るなんて、世界は何て巣晴らしいんだろう。
「ここまで来たら、本来のお前の目的、アーメンモルフォの秘石を探し出すことなんて、もう訳ないんじゃないか? 」スペックがそう言った。
「よせよ。オレも、ブンブンスペクターを使う決意をした時、まさに世界はオレにだけ都合のいいように出来てる訳じゃないということに気付いたんだ。万能じゃないのさ。」
本当に、うまく行かねえことばかりだ。
「そうよね。でも、常に達成されるべき目標があるってことは、素晴らしいことなんじゃない? 」
マウラ、あれから二年。見違えるほど美しくなった。
既に二児の母親だ。
「そうさ。何でも出来る世界で何でも出来たって、そんなの面白くも何ともねえだろ? オレはいつだって、挑戦していたいんだ。」
遥か頭上に、この世界の命の源であるソルが、いつもどおり輝いていた。
リアルたか鬼(完)
2015年10月19日 発行 初版
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初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。