spine
jacket

───────────────────────



bccks

大貫タクヤ

UNO千代出版



───────────────────────


     bccks

                  大貫 タクヤ

 これ、本当に読んでもらえてるのかなぁ…
 大貫 タクヤは悩んでいた。

 タクヤがネット上にある電子書籍作成サービスでオリジナルの本を作成し、アップすることにハマって、今日で10日目。
 何か創作的な文章を書く。本を作る。どちらもタクヤにとって初めてのことで、それだけでも興奮しているというのに、このサービスでは作った本をそのままネット上で売ることも出来るという。全てが刺激的過ぎて、ここ最近は暇さえあれば関連する作業に没頭していた。

 しかも、初めてにもかかわらず、矢継ぎ早に出した作品の中からはランキングで上位に食い込む物が出るなど、中々好調なスタートを切っているように見えたので、ド田舎の中学生にとっては、この結果に浮かれずにいる方が難しかった。

 しかし…

 このサービスでは、出した本について、どれくらいの数の人がそれを閲覧し、ダウンロードしているのかということを、アップした当人が細かく確認出来るようになっていた。
 恐る恐る覗くと、全体中5位になっている作品で、約20件の閲覧、7件の立ち読み、作品をスマホなどで読むために専用のアプリをダウンロードしたケースが約25件となっている物の、実際に作品を入手した人数は2名。この内1名は恐らくタクヤ自身のことなので、この本を曲がりなりにも欲しいと思ってくれた人は、この世界で自分以外にただ一人ということになる。
 つまり、この一人の人以外は、単にこのテキストのあるページにアクセスしただけで、下手すれば数ページ、いや、数行で読むのを止めている可能性があるということだ。
 …いや、もしかするとこの一人も… いやまさかそれは… 欲が出てきたのか、そんなことを考えてタクヤは悶々としていた。

「その数字、リロードじゃないの? 」
 突如、背後からタクヤの姉、いちかがPC画面を覗き込み、そう言ってきた。

「何だよ、勝手に見んなよ! 」
「皆のパソコンなんだから、別に見たっていいでしょ。」

 リビングのPCを誰にも邪魔されることなく使おうとすると、学校が終わってすぐ、家族が一人も帰っていない午後のこの時間か、深夜、早朝にしかチャンスがない。しかも深夜となるとそんなに長く使うことは出来ないので、今がまさに本命の時間帯なのだ。そこにさえチャチャが入るストレスに、タクヤは苛立ちを隠せなかった。

「姉ちゃんだって自分の部屋勝手に覗かれたら無茶苦茶嫌だろ? そんなことも分からない? 」
 思わず言い方が刺々しくなる。

「だって、一生懸命やってるみたいだからさ、ただのリロードだったら空しくないかなあと思って。しかも自分のリロード。」
 反撃してきたのだろうか? 言われるまでもなく、タクヤもこの数字をそれ程真に受けてるつもりはない。

「姉ちゃんには関係ないだろ。」
「関係あるよ。アメッシュ見せて。」
 姉はリアルタイムで降雨情報を確認するサービスを見たいという。

「そんなの自分のスマホで見ろよ。持ってるんだから。」
 タクヤは未だに携帯電話さえ持たせてもらっていなかった。

「容量減らしたくないの。今Wi-Fiのスイッチ入ってないし。」
 こんな不公平なことがあるだろうか。

「じゃあ早く済ませてよ。」
 先に生まれたというだけで、何でも試験的に優遇されて来たいちかに対して、自分への両親の対応はいつも片手落ちな気がして、タクヤはこれまでの人生ずっとイライラしていた。

「…あら、結構作ったねえ。」

 いちかがPCの画面を見るなり、コツコツと作ってきた本屋サイトにひとことかましてきたので、たまらずタクヤはブチ切れた。

「ふざけんなよ! とっとと自分の用だけ済ましてどっか行けよこの糞オタク女! 」

 いちかは通っている高校で文学部に所属している。本オタクで、このサイトの存在もいちかがタクヤに教えたのだった。

 ことの起こりは一ヶ月程前にさかのぼる。
 食事時についていたテレビに、今年上半期の芥川賞を受賞したという、お笑い芸人ピース・又吉さんではない方の作家の人が出ていた。その番組では、普段は自宅からほとんど外に出ずに執筆を続け、暇さえあれば筋トレばかりしているという彼の日常が紹介され、タクヤには何か独特な雰囲気があるその人の言うこと成すことが、いちいちツボにハマってしまったのだった。

 この人おもしれえなあ。

 自ずと彼への興味は増し、タクヤはまず、図書館で彼の著作を借りてみることにした。直近の芥川賞受賞作は物凄い人数が予約待ちをしていて借りれそうになかったので、取り敢えずは数ある作品の中からデビュー作を読んでみようと、ネット上で一体どれが彼のデビュー作なのかを調べてみた。

 そして、タクヤは驚いた。何と、彼がデビューしたのは十七歳、現役の高校生の時だったという。
 その事実を知ってからというもの、タクヤは言いようのない焦燥感に襲われた。
 自分と2つしか違わない人が、大人の世界の文学賞で賞を取っている。

「三並夏は賞取った時15歳だよ。」

 後にいちかから教えてもらい、タクヤはさらに今度は自分と同い年の時に受賞したというその三並という人の本も図書館で手配し、先日のテレビの彼のデビュー作と共に借りて、両方読んでみた。そして…

 打ちのめされた。
 
 すぐには考えがまとまらず、1冊につき3日、合計最低6日は、色々グジャグジャと考えさせられてしまった。
 この2冊を読み、タクヤが強く思ったことを端的にまとめると、こうなる。

 オレは今まで、本当には脳を使っていない。

 タクヤはこれまで何となく生きていた。思うことは何か面白いことないかなくらいで、それ以上何にも深く考えることはなかった。
 学校の勉強はそこそこ出来たし、特に好きなスポーツもなかったので部活にも入らず、家に直帰してはテレビやネットを見て、ダラダラ過ごす日々を送ってきた。

 それが… 自分と全く歳の変わらない女子が、そして、テレビに出てあんな妙な空気を出している、危ないやつにだけに見えていた人が…

 こんなにも深く物を考えているというのか?!

「ビッグ・バンだね。」

 いちかにこの興奮を伝えた時、そう言われ、タクヤは失敗したと思った。姉はなまじ本が好きで文学部になんて入ってるんだから、先輩面して偉そうに振舞うことなんて、あらかじめ予想が付いていたはずだ。
 それが一瞬分からなくなる程に、タクヤのその時のテンションは上がりきっていた。

 深く物を考える。

 そこが味噌だ。この2冊の本の作者は、自分と対して歳も違わない時期に、なんでこんな風に物を考えることが出来たのだろう。そして、何故それを大人が読んで賞を与えてしまう程にきちんとした文章にまとめ上げることが出来たのだろう。
 訳の分からない嫉妬と焦燥で、タクヤは居ても立ってもいられなくなった。

 その後にタクヤが思ったことはただ一つ。

 オレも書く。

「そこでもっと面白いやつ読みたいってならない所が不思議だよね。あたしはそっちに行っちゃったんだけど。」

 いちかの言う通り、タクヤには他の面白い作品を読んでみたいという思いは生まれなかった。代わりに、この2冊の作者に対する、言いようのないライバル心が芽吹きに芽吹いた。
 とにかく一刻も早く、そして彼らがそれを成し遂げた年齢を自分が終えてしまう前に、二人を凌駕する成果を出さなければならない。 

「なあ、使わないんだったらもうあっち行ってくれよ。あんま時間ねーんだよ。」
 親が帰宅するまで、もう数時間もない。中々PCの前から立ち去らない姉に、いい加減タクヤは痺れを切らした。すると彼女は聞いてきた。

「あのさ、本作り始めて今日で何日目? 」
「え? 」

 いちかはいちかで、弟が今どんな状態にあるのか興味津々だった。人が自分で何かを書いてみたいという衝動を持つ時、果たしてその黎明期においては、どういう形で昇華されるのか? 弟は、ざっと見たところ、恐らくは短編だろうが10本近い作品を書いているようなので、バリエーションも楽しめそうだ。
 いちかは、あらゆる創作について、ルールに無自覚な偶然の産物に目がないこともあり、弟というド素人の、本気の初期作品群が巻き起こしているだろうトンデモ具合に、かなり興味を持っていた。そんないちかが優しくタクヤに切り出す。

「あんまり読まれてないでしょ、多分。」
「え? 」
「伸びてないでしょ? 閲覧数。それでちょっと難しい顔してたんじゃないの? 」
 
 図星である。

「ちょっと見せてみない? 悪いようにはしないからさ。」
 悪戯っぽく光るその眼をどれだけ信じていいのかタクヤには分からない。さっきからの流れで言えば、答えは確実にNOだ。でもタクヤが何か文章を書き始めてみたいと言った時にこのサイトを紹介してくれたのもいちかだったし、ここは一つ、委ねてみてもいいのかも知れない。ただ…

「…どうせ頭ごなしにダメ出しすんだろ。」
「そんなことしないよ。」 

 いちかがテレビを見ながら何かをけなす時の耐え難い程の上から目線を思い出して、嘘をつけと叫び出したかったが、タクヤは何とか踏みとどまり、冷静に考えてみた。

 例えダメ出しだったとしても、本をよく読む人間の意見を聞いて推敲すれば、既にアップしている作品についてもアクセス数を挽回出来るかもしれない。タクヤはいちかの申し出を受け入れることにした。

「分かったよ。言っとくけど全部読んだらそれなりに時間掛かるよ。10本あるから。どっか外行くんじゃなかったの? 」
「ああ、別に駅前の本屋に行こうと思ってただけだからいいよ。それに、多分5分かかんないから。」
 
 5分? ぶち殺したろか? この人には真心とかないんだろうか。 結果的にそうなったんならまだしも、未見の段階でそう言い放ついちかの神経を疑った。
 早くもタクヤは後悔していたが、いちかは言うが早いかPCの前に座り、すぐさま本の扉が並ぶ、タクヤの開設した書店ページを見ていた。
 そしてざっと30秒ほど眺めた後、最初の一冊目をクリックして開き、見始めた。

 いちかによる閲覧は、読んでいる、というより、見ているといった方がしっくり来るような感じがあった。一文字一文字噛み締めて読むというよりは、文章全体を目というスキャナーで取り込んでいるかのようだ。

 考えてみれば、自分の書いたものを目の前で読まれるというのはタクヤにとってこれが始めてだった。何というか、生きた心地がしない。早く何か言ってくれと心をすり減らしながら、彼女が1冊、また1冊と目を通していくのをひたすら待っているしかなかった。
 それにしても1冊の通読時間が短い。このままだと本当に5分位で終わってしまいそうだ。そんなに中身がないのだろうか。
 タクヤは既に泣きそうなぐらいに自信を喪失し、まさに針のむしろに座る気分でその場に居た。

 数分経ち、いちかが顔を上げ、言った。

「いんじゃない? 」

 …え?

 山程バカにされ、ダメを出されると思っていたタクヤは、拍子抜けした。

「技術的に未熟なのは当たり前だし、常識分かってない方が今後バケそうだから、今はそこについては敢えて何も言わないね。」

 結局やっぱダメなんじゃねーか。

「たださ、一個一個、何かのパロデイーみたいなタイトルで引きつけてる割に、内容があからさまなパロディーじゃなかったりするから、何か分かりにくくなってるじゃん。そこはどう考えてる訳? 」

「…え? 」
「こんな匿名の作者名とかでふざけてるんだから、この場合は思いっきりやった方がよくない? 」

「あー…そうかな。」
 いちかが意外にまともに講評してくれる感じに、タクヤは、半分ムカつきつつも、もう半分は何とも言えないくすぐったい心持ちで聞き入っていた。

「火花Ⅱとか言うんだったらさ、せめてもう少し内容寄せて、そこそこ読み応えある物にするとかさ。」

 考え付きもしなかった。

「あとさ、何かね、野心が凄い。未熟なくせに。」

 ついに彼女の攻めモードが始まったのだろうか。

「作品の中にその作品を書いてる作者を出しちゃったりとかそういうのはもっと先にやんなよ。しっかり書けてもいないのにこんなことやったって寒いだけ。マジで寒いから。」

「…。」
「あと全体的になんか、世の中をバカにしてる感じがする。しかもバカに出来てないし。どの作品だったか忘れたけど、何かの作品のアンチテーゼみたいのあったでしょ? 」

「…アンチテーゼ? 」
「何かを否定するための物ってこと。あの…リアル鬼ごっこみたいなやつ? 」

「…そんなんじゃねえよ別に。」
「しかもあれ、リアル鬼ごっこのパロディーではないし、なんであの題名なの? 本当そういう所、効率悪いよね。…ひねり過ぎても今は損だと思うよ。今の空気感だと何で? としか思われないと思うんだよね。」

「だから深い意味はなくて… 」
「なおさら悪いよ。まあそれがいい味なんだって言う人もいるかもしれないけど、メジャーには成れない感性だと思う。それで、アンチの件ね。どうしてあれ書いたの? 」

「いや… 何か、ああいうので本気で喜んでる人しかいなくなってる状況が怖いなあって思ってて。…別に批判したいとかじゃなくて。本当に怖いなあって。だって全部そうなってんじゃん。特に子供向けのものとか。」

「うん。タクヤなりにやりたいことがあるのは読んでてあたしにも分かったよ。でも何か他人の趣味とか信じてる物とかさ、誰かが楽しんでいる物に、冷や水ぶっかけるようなやり方しなくてもいいんじゃないのとは思う。拙いからまだいいけど。」

「そんなことした覚えねえし。」

「してるんだよ。それは確実に。別にああいうのがあったっていいよ? そういうの好きな人もいるし。でも存在意義が小さくなんないかな? ああいう風に何かに対して物を言うんじゃなくて、もっと自分の素のメッセージを出した方が、人は素直に心を開いてくれると思うんだよね。」

「そんなもんかね。」

「間違いなくその方が沢山の人に読んでもらえると思う。あと、どうせやるならあたしは中途半端は嫌。もうアンチならアンチで、アンチの果てに訳分かんなくなって、結局最後みんなで抱き合って号泣みたいなとこまで行ければ、それはそれで見てみたいかも知れない。」

「…はあ? 」

「あとさあ、あたしは本が好きだからこれでいいんだけど、電子書籍って横書きが多いんだよね。それも読者減らしてるかな。あそこでは。ま、でも、これは別にいいか。…以上。かな。」

「…。」何も言えねえ。

「続きもんのやつ、面白くなりそうじゃん。出来たらまた見せてよ。」

「…ダメなやつって、書き直した方がいいわけ? 」
 タクヤは思わず聞いていた。

「いや…どうせ誰も見てないし、記念に取っときなよ。次。次。」

 何なんだろう。
 いちかのこの、何を根拠にこんなに自信タップリに人の書いたものを断罪出来るんだろうという態度には心底ムカつかされるのだが、確かに言われて何か頭が整理された気もする。
 タクヤは今、生まれて初めて自分に向けられた批評の言葉に戸惑いながらも、一方では何かこれもまた初めてまともに作品に向かい合ってもらえたような、言いようもなく甘美な手応えのような物を感じていた。

「姉ちゃんは書かないのかよ。」

 思わずタクヤは言った。そんだけ分かってるなら、あんたが書いたらさぞ上手く出来るんだろうに。

「うーん。全然そういう気にならないんだよね。ていうか才能ないと思う。あたしはただ読むのが大好きなだけなの。」

 …何、最後にキャラ立たせようとしてんだよ!

「ん? 」いちかが振り向いた。

「オレは一年後、売り上げで又吉を越える。」

 次の作品の書きだしはこれで行こう。

 タクヤは、胸の振り子を鳴らした。

        bccks project 第一部(完★嘘)

bccks

2015年10月21日 発行 初版

著  者:大貫タクヤ
発  行:UNO千代出版

bb_B_00139456
bcck: http://bccks.jp/bcck/00139456/info
user: http://bccks.jp/user/135482
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

UNO千代

初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。

jacket