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夢の話は面白くない。テレビの話も同じ。
たとえば山道を歩いていたら山桜が咲いていました。立ち止まり、私は俳句をよみました。っていうのはいい。全然かまわない。でもそれが夢の中の話だったり、テレビに映った桜の話だったとしたら。べつに一句、詠まなくてもいいかなあ、って思うんじゃなかろうか?
テレビを見てる夢を見た。なにか作ってる番組だった。
材料は直径30センチほどの丸い形のダンボール。その一枚を作務衣姿のおじさんが手にとり、スチームにあててから、プレス機にかけるのだった。プレス機は足踏み式で、おじさんが踏んでいる。するとダンボールは帽子みたいな形になるのだった。帽子の形をしたダンボールが沢山できる。
次に帽子型のダンボールにまたスチームにあて、もう一度、プレス機にかける。凹凸の部品がかわっていて。位置をずらしながら、おじさんが足踏みしていくと、金魚鉢のような形になるのだった。金魚鉢の形をしたダンボールが沢山できる。
金魚鉢型のダンボールにまたスチームにあて、今度は布が巻かれた丸い台座に被せる。そしてやはり布をまいた木槌でトントンと叩いてゆくと、てるてる坊主の形になるのだった。乾かして白く塗り、筆で顔を描けば。ダンボール製てるてる坊主の出来上がり!
ダンボール製てるてる坊主を並べ神主さんが微笑んでいる。
作務衣姿のおじさんが神主さんで。ダンボール製てるてる坊主を作っていたのは、****神社社務所の土間だった。近所に住むお姉さんがリポーターをやってて、おはようございます、って挨拶してる。彼女は言う。いま私は****神社にきています、気持ちの良い朝です、見てください、雲ひとつない空、緑がいっぱいです。
で。ぼくは思ったのだった。いいと思うけど。あのてるてる坊主は売ってるの?なんのご利益があるのだろう?やっぱ晴天祈願?
学歴の話に耳をそばだてる。聞いても分からないのに聞いてしまう。大学という所にはキャンパスという広い公園があって、背の高い講堂にはユニバーサルって異世界へのゲートが隠されている。へぇ。ぼくは中卒なのだ。
学士さま、って言葉をさいきん知った。学士さまは偉いが、修士さまはさらに偉い。博士さまは、もっともっと偉く。天上界に近い。
ひとが大学の話をするのは、やっぱそれが大切なことだからだ。社会は学歴社会ってもので。良い大学を出たひとが偉い。難しい試験をパスし、選ばれたひとなのだ。偉いひとは少ないから貴重で、偉くないひとはいっぱいいるから貴重ではない。図にするとピラミッドのような形。
そして大学もいっぱいあって、偉さの順番がある。このあたりが最も熱を帯びる、話題のようなのだが。ぼくには一番、分かりにくい。
難しい話をすると、議論は高いところへと上っていく。ある程度の高度に達すると、学士さまは相手の大学を尋ねる。そして相手が卒業した大学と、自分が卒業した大学の偉さを比べ、お互いに確認しあったのち一度お茶を飲むらしい。そういう儀礼のようだ。
この儀礼は修士さまも博士さまも変わらない。滅多にないことだが一番偉い大学の博士さまと、あまり偉くない大学の修士さまが議論することもある。博士さまは残念って表情を浮かべお茶を飲み、議論の終了を告げる。
博士さまと学士さまは議論しない。学問が足りず礼節を欠いた学士さまと遭遇したとしても、博士さまは優しく微笑み。彼などいないかのように振る舞う、という。やっぱ大学って、すごい。
いまはむかし、首切り役人という職業があった。裁判で死刑!となったひとの首を大きな斧で落とす職業である。首切り役人は公職であったが、親が首切り役人だと子供も首切り役人になるのが常だった。首切りの一家は森の家に暮らし、俗世との交わりはほとんどなかった。
裁判所から首切り役人へのお知らせは鳩によって伝えられた。伝書鳩が持ってきた書面にはこう書いてあった。※月※日の夜明け、死刑の執行をします、くるべし、寝坊厳禁。
それを読むと首切り役人は伝統の仮面を被り、専用の斧を背負って、お城へと向かう。もちろん鳩も小脇に抱えていく。馬は使わない。
死刑執行の前日の夕暮れ、首切り役人はお城の北門に着く。衛士に裁判所からのお知らせを見せ、官吏に鳩を渡す。長い石段を降りて地下牢へ。
死刑の宣告を受けた囚人は鎖で繋がれている。灯りをともし囚人の前に立つと。首切り役人は斧を突き出して見せる。斧の歯にはこう刻印されている。
「暴れるな 我は汝を天国へと連れ去る」
そうしてより苦痛の少ない、上手な首の落とされかたをレクチャーする。囚人の反応は色々。ただ斧の文言について教会はいい顔をしていない。
朝。無事に首を落とし終え首切り役人が家に帰ると、子供が薪を割っている。こうして斧に慣れるのだ。十二になると彼にも仮面が与えられる。大きな首切り役人と小さな首切り役人が仲良く並んで歩く日を思い浮かべ、首切り役人は微笑む。ほんとうに微かな笑み。
アッシーくんは美脚を偏愛する。車は美脚の延長としてある。彼の目には美脚と映る車にアッシーくんは、いっぱいお金をかけた。美脚車をピカピカに磨き幸せ。なのだが。何かしら物足りなく感じるときもあった。なにが足りないのだろう?そんな時。あまり親しくない女性から電話がかかってきた。
「ちょっといいかな。良かったらだけど貴方の車の助手席に座らせて。ドライブしよう。丸丸ビル前で私を下ろしてくれると嬉しいかも」アッシーくんは答えた。「お、応ぅ!」
迎えにいくと、あまり親しくない女性はぴっちりタイトな服装に、すらりとした脚だった。ドアを開けると、すらり脚は言った。「ありがとう」
助手席に収まったすらり脚、アッシーくんは唸った。ふむー。よく分からないけど、ふむふむする。
「どうかした?」とすらり脚が尋ねた。アッシーくんは答えた。
「なんでもないよ」
後に泡期と呼ばれる時代のことである。
京都には清水寺という有名な滝があって。上流に住むインディアンは小舟に乗り、水しぶきの昇る瀑布へと突っ込んでいく。見事、滝壺より生還した者だけが戦士となり、お嫁さんをもらえるのだ。
文選工は寡黙だった。ただ黙々と活字を拾う日々。ある日、若い娘が事務員に雇われ、文選工は恋をした。娘の顔がちらついて、間違った文字を拾う。
工場の裏、枇杷の木の下で。文選工は娘に胸の内をうちあけた。娘、困惑。文選工の活字拾いは、さらにスピードダウン。
文選工は思う。このままでは、ぼくは文選工として失格だ。文選工でないぼくって、どんなぼくだろう。アイディティティの危機だ。文選工は娘に相談した。君の存在が、文選工としとのぼくを脅かす。同情した娘は、旅にでた。
娘がいなくなって、文選工はしばしの平安を取り戻す。活字が次々に収まり手にした箱はずしりと重くなる。労働の成果。また雨の季節がきて、晴れ上がり、琵琶の実が黄色く色づいた頃。文選工も旅に出た。娘の夢をみはじめたからだ。
文選工は娘との再会をはたす。文選工は娘に言う。ぼくの夢の中に君が現れて困っているのだが、なんとかならないものだろうか。娘はまた同情して、その夜のうちに文選工の夢に忍びこむ。そして過度に美化された自分と出会い、彼女の手をとり外へと連れ出す。目を覚ました文選工は枕元に娘の書き置きを見つける。
「相談の件は解決したと思うよ、じゃ、元気で、
星も生まれて、老いて、死ぬ。食べられることもある。星喰鳥はその一生に千個ほどの星を食べる。
船乗りの話だった。蟹座星域での蟹漁は危険なもので、漁の期間は3日と限られている。でも漁場は遠く、片道3ヶ月ほどかかる。実入りはいいのだが。蟹漁の漁師は半年、家を留守にすることになる。
ぶじ漁が終わると、漁師は我が家のお布団に向かう。漁師たちは古風な人々で、お布団で眠る、ヘビーお布団ユーザーでもある。本当の眠りはお布団の中にあって、冷凍睡眠装置にはない、と考えているのだ。お布団には一緒に眠る連れ合いの人が待っている。ひとつのお布団に二人のひと。
つれあいのひとは、帰ってきた漁師を暖かく迎える。良くしった連れ合いの体がお布団に滑りこむ。でも、変な感じ。すごく知らない人のような気がするのだった。
漁師は漁に行くたび、見知らぬ影を連れ帰ってくるようだ。影の寿命は短く、一週間もすれば消え去る。だが影が死ぬと、漁師はそわそわしだし、また蟹漁へと出るのだった。
人はなぜ、海にくるのだろう。沖をいく船に挨拶をして、飽きもせず打ち寄せる波に飽きるまで、遠く水平線の彼方から吹きつけてくる風を頬に受けるため。少なくとも、下手なトランペットを聞きにではない、って思うのだ。ぼくは静かに海を見たいだけなのだが。トランペット吹きたちは海岸に散らばり、てんでばらばらに各々の音を練習してるのだった。ぼくは思った。こんな日もあるさ。
次の休み、海に行くと。またトランペット吹きたちがいて、バラバラの音を吹き鳴らしていたのだった。……えっ、今日も、今日もなの?……。
次の休みも、その次の休みも、トランペット吹きたちはいた。心穏やかではない気持ち。黒雲が胸に立ちこめる。ぼくの目はほとんど殺意に燃えているが、トランペット吹きは練習に忙しく、ぼくの目など気にしてないようだ。
毎週欠かさずぼくは海に行った。それはまるで、海に生息するトランペット吹きを確認するために行くようなものだった。静かな海など、もうないのだ、という確認の繰り返し。
何時ものようにトランペット吹きを睨みつけていると。ひとりのおじさんがやってきた。
「先週もいらしてましたね。あなたもトランペット吹きがお好きなんですか?」
ぼくは返事をしない。彼は肩をすくめると携帯音楽プレーヤーのイヤホンを耳にさし、去っていった。ため息。
遠い親戚が死んで遠出をすることになった。黒い服をきて、駅に向かい、切符を買って、電車に乗り、窓の外を眺めた。電車は町を離れ、山の奥へと向かう。
トンネルを抜けると川が流れていて、可愛い鉄橋を渡った。小さな駅の前には斜面が迫っていて、家々の屋根が重なって見えた。蔓が暗い壁をよじ登り、ぽつぽつと赤い花が咲いている。
唐突に、いい所だな、涼しそうだし、住んでみたいかも、って思う。風景写真を見て、そんな想像に耽ることはあるが。いま電車を下りて不動産屋を探すことも、出来なくはないのだ。不動産屋さんは、どんな人だろう。
不動産屋さんの顔を思い浮かべる。彼と一緒に歩いて、日当たりの良い物件に向かうのだ。あそこに見える急な階段を上る。上手とはいえないピアノの音が聞こえる。ゴミの分別についての説明を受ける。不動産屋さんは、ご近所さん全員と顔見知りで挨拶に忙しい。
だんだんとイヤになってくる。想像されるすべてが息苦しい。
ベルがなって電車が動く。それで自分が葬儀に向かう途中だったことを思い出した。遠い親戚。いい方だった。
母と墓参りに行った。
最近できた墓地で何もかもが真新しく、整然としている。低いツゲの垣根に囲われた区画があって。黒い服を着た人々がいて、お坊さんがお経をあげていた。線香の香りがして。見るとはなしに見ていると。だんだん読経のテンションが上がってきて、突然。……きぇぇー……という奇声と同時に、お坊さんが跳び上がった。
青空に吸い込まれるようにして飛んでいったお坊さんに、ぼくは驚いたが。黒い服の人々は静か。黒いマットを広げ、その端をみんなで持ちピンと張った。3分くらいたっただろうか。しばらくして何かが落ちてきた。落ちてきたのはやっぱり坊さんで、マットの上で三度ほと跳ねて、静止した。
お坊さんは咳払いをして、その場を後にした。マットをたたみ、その後を追う黒い服の人々。手を握りしめると、母は言った。
「いろいろな宗派があるもねぇ」
夕食時、母は言った。
「ご馳走、ありがとう。でも私と二人。可哀想な子」
この口癖に慣れる事が出来ない娘のこめかみで、血管がピクピクと動いた。階段をのぼり自分の部屋へ。
一日の終わりにはサボテンと話すのが彼女の日課だった。
その日あったことを彼女は話す。出勤途中であったバカのことや、職場であったバカのことや、食事のときにあったバカのことや、その他、諸々の場所で出会ったバカのことを。サボテンは辛抱強い。歪な形にはなったが。
その夜、娘は夢をみた。
金魚鉢にのり夏の夜空へと降りる夢だ。星の影から巨大な魚たちがよってきて、彼女を観察するとこう言った。
「狭い場所に閉じ込められて、なんて可哀想な子。でもきっと。閉じられた場所にいることも分かってないのね」
彼女は思った。嫌味な魚たち。余計なお世話!
彼は水たまり主義者。
うつ向いて歩く。こどもの時から、ずっと。水面に映る青空や、その空を揺らす木の葉ほど良いものはないのだ。
が。最近、恋をした。
彼女を見ると苛々するという彼に、友人は言った。
「不機嫌になるために彼女を見てるとしたら、君は馬鹿だね。だが、ここで彼女への隠された好意を指摘しても君は怒るだろう。それも分かる。分かるんだよ。僕もむかし。水たまりを見つめる奴を見つけては、殴りたい衝動に駆られていたし」
土曜の午後。
ショッピングセンターの長椅子で帽子を目深に被り、ぼくは一人の学生を見ていた。彼も椅子に座っていた。脚を組み頬杖をついている。左の膝の上に右腕の肘を置き、右手で重そうな頭を支えている。その像に、もしタイトルをつけるなら。「怠惰・考える人」だ。
学生と言ったが、根拠はない。ただ、つまらなそうに世界を眺める様子が、じつに学生っぽい。服装にもこだわってないみたい。そんなだから独りなんだよ。独りはぼくも同じだが。……とか考えていたら。
キュロットスカートの娘がやってきて、彼の前に立った。「怠惰・考える人」が立ち上がる。やはり、つまらなそうに。女が男の手をとり腕を組んだ。ふたりはそうやって、ぼくの前から立ち去った。
たぶん、買い物に。
2015年11月9日 発行 初版
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