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SIKEINⅡ これまでのあらすじ
「バンドやろうぜ! 」
威勢のいいリーダー気質の男子、武田の一言をきっかけに、用心深く分析屋の菊池、某グラビアアイドルのキャッチフレーズ『尻職人』から転じて「尻」と呼ばれる女子・倉持、某食品スーパーから「イイダ」と呼ばれる巨漢女子・湖茂田たちは、バンド結成に向け、ついに動き出した?!
バンドの行く末を占う男、武田の兄貴が、ついにそのベールを脱ぐ!
第四話「うわさの兄貴はオ○○マン」
SIKEINⅡ
武田の家に到着した。
2階に上がり、先程外から見ていた部屋に入ると、壁にはロックや映画のポスターが所狭しと貼られ、ぎっしり本が入った棚、楽器やアンプ、CDやレコードで埋め尽くされたスペースの真ん中に、エレキギターを持って胡坐をかいている男がいた。階下からも見えていた長髪、髭の存在感が、間近で見るといや増す。まさに70年代ロックの世界から抜け出てきたような風貌だ。
武田があらためて俺たちに彼を紹介してくれる。
「紹介しよう。このプロジェクトに協力を申し出てくれた俺の兄貴こと、
リア充 ひろみ SPECTORだ。」
…リア充 …ひろみ …SPECTOR?
すかさず武田の頭をはたく兄貴。
「適当なこと言ってんじゃねえ。」
今年で大学3年という武田の兄貴は、見た目のエグさとは関係なく、流石に落ち着いた大人の雰囲気をかもし出している。
「だって何かそんな名前つけてんじゃん。自分のバンドで。」
武田は、はたかれた頭を抑えながら兄貴に抗議した。
「リアル・エステート獣 フロム・スガシカオだよ。全然違うだろうが。」
兄貴が静かに訂正した。
…確かに武田が言ったのと意味合い的に大して違わねえ。っていうかこの人の株がオレの中で結構下がった。
「ま、冗談はさておき。」と兄貴。
まあそうだろう。
「え、冗談? どっからどこまでが? 」
倉持が蒸し返した。
「何か、亮二から聞いたんだけど、君らでバンドやるんだって? 」
兄貴があらためて聞いてきた。
ていうか、首謀者武田なんだからオレらに聞かれたって…
…ハッ!?
試されてるのか?
オレらが単なる指示待ち人間か、それともこのバンドの骨肉と成り得る人間かどうか、あらためて兄貴にこう聞かせて試そうっていうのか? 武田よ。
よし、ここはオレが…
「そうで… 」
「わあ! これ、4枚同時にかけないといけないやつですよね? 持ってる人初めて見た! 」
倉持?
何か、無造作に壁際に立てかけてあったアナログレコードを見て、倉持が突然話し出した。
「ああ、でも4枚同時にかけたことは1回しかない。メンバーの家でターンテーブル集めてやってみたら。そこそこ面白かったよ。何、このバンド好きなの? 」兄貴が普通に返した。
「はい。お姉ちゃんに教えてもらって。CDも4枚組なんですよね。面白―。」
面白― じゃねんだよ。 全然面白くねんだよ。
オレは急に話に割り込まれたこともあって、倉持と兄貴の間に急激に成立した世界観に嫉妬した。
「菊池? お前、今何か言おうとしなかった? 」武田が聞いてきた。
「いや、別に何も。」
「この指示待ち人間が! 」
何でだよ。
「で、楽器が借りたいんだって? 」兄貴がオレたちに聞いてくれた。
「そうなんだよ。菊池にベース一本、しばらく貸してやってくんない? 」
別に自分から借りたい訳でも弾きたい訳でもないんだが…
「ほら、お前からもちゃんと頼めよ。お前が借りたいんだろ? 」
武田のこういう所は長男タイプな気がする。歴然とこんな変な兄貴がいるにも関わらず。
しかし何か腑に落ちない。確かにオレは一体何がしたいんだか…
「お願いします。」
とりあえずそう返すと、兄貴がさっそく動きだした。
「そうだなあ… 初めてやるんだっけ? 」
彼はそう言うと後ろを向き、奥の収納からコントラバスと見紛う程のドエラくでかい木製のベースを出してきた。
「フレットレスですか?! 」
倉持もびっくりしている。フレットレスとは、弦楽器の柄の部分、指板上にフレットがないことを指す言葉らしい。それって、感覚だけを頼りに弾かなきゃなんねえってことじゃねえのか?
「初めてなら、これぐらいが丁度いんじゃないか? 」
いいわけねえ…
唖然としながら心の中で思わず兄貴にツッコんでいた。
「亮二、この子ベースっていうか、ツッコミでいんじゃないか? 」
武田の兄貴って… 天然のオモロマンなのか?
「兄ちゃん、もう面倒くせんだ。時間ねえっていうか。いっちゃん安いのでいいから、ボッロいのでいいから貸して。それぐらいがこいつには似合うから。多分。」
どさくさに紛れてボロくそ言いやがって。
「じゃあ適当に、はい。」
そう言って、兄貴は目の前にあった黒いエレキベースを差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
手にすると、思っていたより少し重い。見るのはもちろん、持つのも生まれて初めてだ。
…何だろう、この感じ。何か知んないけど、これが、今からオレが格闘することになる、ベース… っていう楽器なのか…
「いや、それは便器だよ。1921年、假屋崎省吾モデルだ。」
オモロマン…マジ面倒くせえ。オレが手にしているのはあきらかにベースではある。
しかし、これがオレのベースって思った瞬間の、何だか高鳴った気分だけは、これからもしばらくは忘れなさそうな気がした。
「お前、それちゃんと返せよ? 」
「分かっとるわ! 」
いい気分で浸ってるところを… 絶対武田は人の気持ちの波を読んでわざと言ってやがんだ。
「凄いー。この部屋、何時間いても飽きないかも。」
倉持は、さっきから勝手にレコードやCDを引っ張り出したり本をパラ見したりしながら興奮を隠しきれない様子だ。多分武田の兄貴は見た目通りゴリゴリのロック好きで、コレクターなんだろう。そしたら部屋のアイテムは好きな人から見たらお宝の山だったとしても不思議じゃない。
ん? イイダ?
さっきからまた静かだと思ったら、何か顔色が悪い。
「イイダ? どうした? 」
「…お腹すいた。」
ええ?
「ちょっと待ってくれ、イイダ。この問題だけ片付けたら、飯にしよう。」
武田がイイダの肩に手を置いてそう言った。
って今日皆で飯食うとか聞いてねえぞ。
「兄ちゃん、ドラムセット、何とかなんねえかな? 」
武田が兄貴を見て、ちょっと困り顔をしながらそう尋ねた。兄貴は意外そうな顔をしながら言った。
「ドラム、誰も持ってないのか。…そっか、じゃあちょっと待って。」
この部屋の奥はどうなってるのか? また兄貴はその奥に引っ込み、戻ってきた時には一台のノートパソコンを手に持っていた。
「皆、まずこれを見て。」
兄貴はパソコンを手元で開き、ブラウザを立ち上げてYouTUBEの画面を開いた。映像が走っているということは、ここには無線だかwi-fiだかのネット環境があるってことだ。
荒い映像には2名の、おそらくはミュージシャンだろう人物が映っていた。一名はギタリストで、もう一名はドラマー。一体オレたちに何を見せようというのか? そう思ったのもつかの間、動画の再生ボタンが押されてドラマーが叩き出すや否や、オレはそのテクニックに唖然とした。
…というか何なんだこの音楽は?
正直どこを聴いたらいいのか分からない。ドラムを叩きっぱなし過ぎて、隙間がない。のに、ちゃんと曲になっている。
「これは千手観音と言われている、Hellaのザック・ヒルというドラマーの映像だ。この女の子がドラマーなんだっけ? 」
兄貴はイイダを指して武田にそう聞いた。
「そうだよ。初心者だけど。」
武田が応える。兄貴はイイダに向かい、聞いた。
「君、この映像のドラマーみたいに叩けるかな? 」
「叩ける訳ねえだろ! 」
オレは咄嗟に兄貴に向かってそう叫んでいた。
オモロマン病かよ!
「兄ちゃんさ、」
流石の武田も呆れて兄貴を諭そうとしたであろうその時、倉持が言った。
「ねえ、これ…このドラミングさ、indigo la Endの『悲しくなる前に』のAメロん所のドラムに似てない? …てか、これが元ネタなの? 」
「…は? 」
今、何て?
「何であんな変な拍子が入ってくるのか分かんなかったけど、こういうことなのかなってこの映像見てちょっと思った。」倉持が目を輝かせ、興奮気味に言った。
「ああ、その可能性はあるかもね。ちなみにうちのバンドメンバーの一人は、川谷拓三に可能性を感じるって言ってるんだが、彼なら何か知ってるかも知れないな。」兄貴が言った。
「どうせ全部ウソだろ? 」
いや、何から何まで分かってない話にツッコむ時はこれに限る。
「どん兵衛食べながらテレキャス弾くメンバーなんだけどね。」
兄貴、今まで何だかんだポーカーフェイスだったけど、倉持の質問聞いてから俄然楽しそうだ。結構いいとこ突いたのか? 尻の癖に。
「だから、君たち、ドラムはエアでやりなよ? この男、知ってるだろ? 」
兄貴がそう言いながら開いたパソコン画面には、画像検索で出てきた無数の樽美酒研二が表示されていた。言わずと知れたエアバンド、ゴールデンボンバーのエアドラマーだ。
「あたしもそれなら出来ると思う。」
ここへ来てイイダが初めて積極的に発言した。
そんなの当たり前だろ?
ipodの再生ボタン押すだけなんだからよ…
「…じゃあ、ドラムはいっか? 」
いっか、じゃねーだろ。武田。
っていうかどんな音になるのか想像ついてんのかよ?
音楽真剣にやりたい組の倉持は?
「…そうだね。じゃあ、お兄さんに叩いてもらおう! 」
そういう話だっけ?
「叩けますよね? お兄さん。」
「まあ、高速変拍子を永遠にキープするくらいなら… 何とか。」
ほら見ろ。こいつ、オモロマンでしかねえ。
「それを録音してさ、それに合わせて曲作ろう。だから、完全にオリジナルだよ。最初から。」 倉持、嬉々としてる。何故だ?
「OK! じゃあ、記念にみんなで出前とろう! 何がいい? 」
武田がそう言うが早いか、すかさずその場を制するような鋭い声が上がった。
「天丼! 」
イイダと兄貴が、ほぼ同時に手を上げ、そう言い放っていた。
「…何だこのシンクロ率。…こりゃあひょっとしたらひょっとするぜ! 」
武田が、高鳴る期待を抑えられないといった感じで思わず漏らした。
「ねーよ。」
オレは、家で用意してくれてるだろう晩飯が気になって、天丼にもあまり乗れないまま、そして訳が分からないまま、手にしたベースの光沢を見つめていた。
「あ、でもちょっと待って。晩御飯食べて帰っていいかどうか一応聞く。」
倉持はそう言って自宅に電話した。
イイダは両方食えるので連絡しないと言う。
ある物語の中で、登場人物が皆で飯を一緒に食ったら、腹を割って心からの仲間になったという意味だという、おかしな評論家みたいな人の解釈をラジオで聞いたことがある。現実にもそれが当てはまると言わんばかりに、見方にしたい奴、敵であったら困る奴と見なすと、すぐに一緒に飯を食いたがる奴が居るのだが、オレはそういう奴が大、大、大っ嫌いだ。
「菊池はどうすんだ? 」
「ん? じゃ、うな重。」
「おい、少しは遠慮しろよ。」
「すまん。」
とりあえず、腹が減ってきた。
家には今メールした。
すると速攻で携帯が鳴った。
『晩御飯作ってあるから、ご迷惑かけずに帰ってきなさい。』
そうか… やはりオレはここでは飯にはありつけんか。残念だが。
「武田、やっぱオレはいいわ。家に飯あるって。」
「ええ? もう頼んだぞ。」
早。いつの間に。
どうしよ。
「じゃ、余ったらあたしもらうからいいよ。」
それをもイイダが食うのか?
「ま、我が輩も食うしな。」
オモロマン…確かにすげえ食いそうだ。…我が輩?
「じゃ、いいや。お前は帰れよ。」
…うーん。そう言われるとめっちゃ皆と一緒にご飯食べたくなってきた。
「やっぱ食べてっちゃダメぇ? 」
「んだよキメえなあ。勝手にしろ! 」
あれ、オレ注文選んでないぞ。一体何頼んでもらったんだ?
「おい武田、オレ、注文決めたっけ? 」
「ああ、面倒くさいからお前だけナゲットにしといたわ。」
「ナゲット? 単品で? てかどんな店だよ! 」
「冗談だよ。」
「この子は本当にツッコミ体質なんだな。君、生きてて楽しい? 」
「やかましいわ。」
その日は結局5人で和気藹々と天丼を食べ、解散した。
(つづく?)
2015年11月10日 発行 初版
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初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。