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天使
aya
「あたし」
そう打ってみて消した。
「わたし」
なんか違う
「あたい」
近いかも。でもあんまりか。
アタシら結局何をやっても文句言われる。たまんない。
そんなことありえない? ありえないって思う?
現実見てみなよ。
ありえるから。何もかもあるよ。
アンタらが知らないだけで。
アタシらの仲間の一人、ヒナが街を出てった。
親が離婚してから何もかもおかしくなったって、毎日泣いてて。
それで、結果がこれだよ。
よくある話って思う? それともそんなことありえないって?
あるんだよ。あるから。
ある日父親が言ったんだと。好きな人が出来たって。
は?
何寝ぼけたこと言ってんの?
ヒナの親父なんてもう40過ぎのジジイだよ。
分別ねえのかよ。
いい歳こいて。
好きな人だ?
子供はどうすんだよ?
それ親子三人でご飯食べる前に聞かされて…
せめて食べた後とかに出来ないわけ?
好きな人だと? アホか? 中学生かよ。
自分の子供よりそっちとっちゃうくらいのことかどうか、
ちゃんと考えたのか?
父親も母親も泣いてたって。
クソが! 泣きゃいいのかよ?
マジで。泣いて許されると思う? 多分本人たちも思ってないよ。
そんな地獄を本気で地獄だと思えてたら、
そのあと新しい女のとこ行って楽しくなんて絶対出来ねえ。
全部演技だね。アタシに言わせりゃ。
まあヘビーだよね。 この世に普通にある地獄。
でも地獄を生み出した本人は
てめえだけ一人でさっさと天国に行きやがってさ。
そこを天国だと思えるそいつの図太さが
気持ち悪過ぎて何も言えねえよ。
てめえだけ良くて、何で平気なの?
周り地獄見てるよ? お前のせいだよ?
でもいいんだ? 新しい女の方がいいから。
しかも若いらしい。
二十歳前後だと。
テレビ見てたら言ってたんだけど、
10年くらいで若い女に乗り換えるように
離婚繰り返す男がいるらしい。
アタシら車かよ?
クソ腹立つわ。
ヒナん家のことなのに
アタシの方が猛烈に腹立ててるわ。多分。
仲間のリョウコはアタシが事情を良く知らないから
そういうこと言えるんだって言う。
事情なんて、いい歳こいて若い女に走った以上に
何があるって言うんだ?
結局てめえの都合だけだよ。
義務と快楽で、快楽をとっただけなんだよ。
楽な方をよ。
何か、相手の女が自殺するとか騒ぎ出して、
それで収集つかなくなったとか言ってるらしい。
寝ぼけんじゃねえ。
二十歳にもなった女が、
人の家庭ぶっこわしてまで
てめえだけ幸せになりてえとか?
その全体の絵が見えたらおとなしくなんだよ。多分。
それをさせなかったのはヒナの親父だし、
そうさせたくなかったに決まってんじゃねえか。
若い方がいいから。
とにかくそういう中でヒナが出てったことは確かで、
何があったか詳しくはアタシも本当は知らない。
知りたくもない。
いや、知っときたい気もする。
こんなバカげた話、もう身近で聞きたくない。
アタシの両親が同じこと言ったら、
完全に兄貴と二人でシバき倒す。
これはマジで。言っとっけど、ナメてないから。
うち、父親マジ怖エよ。
パねえよ。
でも、だからうちの父親は
マジで絶対そんなことは言いださねえし、
母親もねえって確信持ってる。
これだろ? 結局。
信頼? っての?
うちの父親は
アタシらがうなぎ好きなのちゃんと知ってて、
毎年必ず土曜のウシの日っていうのをやんだよ。
みんなでうなぎ食って、カラオケ行く。
そんで必ず「ろっこうおろし」歌って、
そこそこ盛り上がる。
儀式だね。
あとはあむろちゃんでも三代目でも。
お好きにって感じ。
で、ヒナだろ?
向かった先はやっぱ東京。
最初はみんな、高崎で止まるかって思ったんだよ。一瞬。
ボウイだってそうだったくらいだから。バンドの。
あんま知らねーけど。
でも東京ってやっぱ、何とかなるって思うじゃん?
家出少女がさ、神待ちとか言って、
飯一緒に食うだけでおごってくれたり
泊めてくれたりする人がいるっていう?
しかもエッチもなしに。
ありえねえっていうんだろ? また。
あるよ。あったんだよ。実際。
ただ毎日ではなかったらしいけど。
でもやっぱそんなんで、
何カ月も持つわけがねえだろ?
メールでちょこちょこやり取りしてたけど、
携帯代払えねーからそれも出来なくなって。
心配でたまんなくなって、東京行ってみたらさ、
何見たと思う?
一生忘れねえよ。
駅の改札出て、
遠くからこっちに歩いてくるヒナの姿。
靴のつま先んとこがペロンってめくれて
パコパコになってて、髪もボサボサ。
すげえ綺麗なストレートだったのにさ…
何かやたら重そうなリュックしょって、背中丸めて。
マスクして。
近づいたら、すげえ臭いで。
ヒナ? って 思わずアタシも疑問形。
そんな変わり果てた姿見せられたらさ。
カナちゃん? ってアタシの名前。
そっからはもう、抱き合って号泣。
臭いとかどうでもいいっていうか。
むしろ愛おしかったね。
ヒナ、両親心配してんじゃないのか? って聞いたら、
黙ってた。
普通、こんなまだ全然未成年で家出て、
大騒ぎになるはずだろって。
そしたら、ヒナが言いやがった。
あたしが自分でどうしても家出たくてやったから、
ある程度親が納得する理由考えて、説得して出て来たって。
だとしてもおかしいだろ?
親はじゃあそれ聞いてヒナになんて言ったんだって聞いたら、
その答えでまたアタシは完全にブチ切れた
ヒナが自分で考えて決めたことなんだから、好きなようにしなさい。
だと。
は?
は? は? は?
子供が誰よりもおめーらに気をつかって、
おめーらに一番都合よさそうなこと考え付いただけじゃねーか!
無理してよ
気付けバカ! バカやろう! なんでそれがOKなんだ?
まだ高校出たばっかだぜ?
でも、ヒナは違うっていう。 両親は悪くないと。
ただおんなじ空気吸ってるのが耐えられなかったっていう。
そんなことってあるか?
今までずっと親子だったのに?
いやこれからだってそこは変わんねえだろ。
血が繋がってるのは変えられねえだろ。
楽しいこととかもいっぱいあったろ?
誕生日とか、七五三とか、ディズニーランド行ったりとか。
そういうの全部、吹き飛ぶ?
吹き飛ぶのか?
吹き飛ぶらしい。
仕送りはあるらしい。でも意地で使ってないらしい。
こいつ、根性あんなって心底思った。
ヒナの本気を見た。
まずアタシらのカンパを渡して、サイゼに行った。
がん食いするヒナ見て、ホッとした。涙出た。
でも食えれば大丈夫だろ?
怖エーのは食えねーぐらい弱ってたら
ヤベーぞってことだったから。
たらふく食わしてもそんな金かかんねーから
サイゼはありがたい。
そんで、アタシはヒナに言ったんだ。
「帰ろうぜ。」って。
でもヒナはそれだけはガンとして聞かなかった。
じゃあこれからどうすんだ? って聞いたら、
何かこれから面接があるとか言う。
まさか風俗か? と思ったら、違った。
何かとりあえず
地下アイドルの養成所みたいなところに所属したら、
風呂と飯だけは何とかなるらしく、
その面接にこれから行くって言う。
超うさんくせえ。怖え。
地下アイドルが何かってことも、そんときアタシは
何も知らなかった。
漫喫で知り合った家出仲間の女の子に聞いた話とか。
もう出来過ぎだろ?
心配過ぎて、結果を見届けてから帰りたかったけど、
面接して、結果出るのは何日か後かも知れないって言う。
さすがにアタシも泊まりは無理だ。
そもそも東京行くことが内緒だし。
じゃあ、絶対結果連絡しろって言った。
連絡はいつも漫喫からフリーメールでしてくれてたから。
ただ親の仕送り目いっぱい使えとも言った。
ヒナは権利あるって。
聞いてくれるかは分かんないけど。
そんで、さっき、メールが来たんだ。今ココってやつだ。
受かったって。
ていうか、行った瞬間合格だったって。
確かにヒナは見ようによっちゃ可愛い。地下アイドル、
超向いてそうだ。
でもじゃあなんですぐ連絡しなかったんだって返したメアドが、
携帯のアドレスに戻ってることに気付いた。
* * * * * * *
今、ヒナから電話があった。
声に張りがあって、何か楽しそうなのが伝わってきた。
さっそくの貧乏暮らしが凄いらしい。
アイドル見習いとしてやってる子たちは
塩とか水とかでしのいでることもあるらしい。
でもあてもなく神待ちしてるのの百倍いいし、
狭いけど女の子しかいないから、
寮として入れられてるマンションの一室も、
漫喫やネカフェよりホーム感があっていいって言ってた。
頑張れそうだって。
ヒナの声がひたすら楽しそうなのでひとまず安心はした。
だから、「良かったね。」で電話は終わった。
でもアタシは思う。
こんなんでいいわけがねえ。
いいわけねえだろクソバカ野郎!
(おしまい)
2015年11月10日 発行 初版
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初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。