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こんな夢を見た……という文を読み腕組みして、こう思った。
冒頭から夢オチかよ。試しにペンをとり自分でも書いてみた。
「こんなゆめをみた」
なかなか気分が良い。夢の話なのだし、無責任な気持ちになれる。なんとなくだが、忘れていた夢を思い出せそうな気にもなる。
息苦しさに目をあけると、そこは三階の部屋で、月明かりが眩しかった。胸の上には猫が座ってて、払いのけようとしても体が動かない。
でも。よくよく考えるみると、我が家に猫などいなかった。
ましてや二階屋に、三階の部屋があるはずもない。今度こそ目を覚まして、猫に悪態をついた。猫のやつが胸を圧迫したから金縛りになったのだ。
元日。ライオンになった夢をみた。草原でうつらうつらしていると、棒の先に紐をぶら下げた狩人がやってきて、こう話かけてきた。「都会に行ってみない?」
狩人は腰にさげた袋から干し肉をとりだすと私によこし、都市の話をいろいろ聞かせてくれた。硬いけど、なかなかうまい。狩人は言った。
「ビーフジャーキーっていうだぜ。都会にはたんとある!おお、香辛料の香り立つ都!」
丸太で組まれた四角い箱の中に入り、荷馬車で旅をした。大きな船にも乗った。沢山のひとびとが列をなし、太鼓にあわせてオールを漕ぐのだった。息もあわせて。ドン。ほー。わっせ。ドン。ほー。わっせ。愉快なひとびと。
都会には石の建物がいっぱいあって、所狭しとばかりに空を遮っていた。ひときわ高い柱。内部は暗い。その暗さの中に、ボードを持ったお役人がいて書類に目を落としていた。ライオン一頭、チェック。彼は私を見て言った。「ライオン、百獣の王、闘技場には欠かせない。でも」
彼はそこで深いため息をつくのだった。
「年寄りでその牙も心許ない。予算も厳しいからね。仕方ないけど。豹に虎に象にワニを10頭づつ、とりそえた昔もあった。でも今年はライオンが一頭だけ。それも年寄りの。帝国は傾きつつある」
同情はするけど。その哀れなひとに、こんな言われ方をされるのも心外だった。
車を走らせていたら、こんな看板をみた。
「シーサイド歯科」
シーサイドホテルは知ってる。シーサイドレストランもあるだろう。だけど「シーサイド歯科」は、はじめてな気がした。私は考えた。シーサイドというくらいだから、やはり海辺にある歯医者なのだろうと。
たとえば歯石をとるために椅子に座ると。目の前は全面ガラスの壁で、曇った空の下に静かな海が広がっている。歯科衛生士さんが、私の顔の上に布を置く。日焼けした腕が見えて。ヘッドフォンが耳にかけられる。
聞こえてくるのはやはり波の音で……私は海辺にいるか、海辺にいると想像しているだけなのか……って考えてしまうのだ。
紫陽花の季節。連絡を受けホテルまで行ったが、すれ違いだった。
フロントを離れてぶらぶら外に出てみると、プールがあって、ふたつの丸をつないだ形をしていた。高い場所から見下ろせば数字の8に見えるだろう。その8の周縁をぐるりと回ってみた。水は青く、底には落ち葉が沈んでいた。水面に波紋が見えたのは、小雨が降りはじめたからだ。
ふいに、この様子を待ち人にも伝えたい気持ちになって、ポケットから携帯を取り出した。
彼の言った。
世界はお疲れさまで出来ている。
産まれ故郷の川をさかのぼり、滝をこえ熊の魔の手を逃れ、無事、産卵を終えた鮭の横顔のような。あるいは。
はねた芝居の舞台袖に差し込む白々しい光の中で、女王様とブタさんが交わす挨拶のような。お疲れさまによってできているのだ。
ときどき。
本のようだ、って思う。
降る雨が文章で見えない手が頁を繰ると青空になり、飛び立つ鳥の声が聞こえる。
通りには本のような扉が並び、待ち合わせに急ぐ彼は扉のような本を手にしているが。
じつは、その本が私で。開かれるのを待っている、というような。
古本屋に立ち寄って一冊を手にとった。軽い装丁の詩集。知らない方がよんだ詩を、読むのが好きなのだ。
幸運なことに?……その詩集は感じ良かった。なんとなく詩人さんが住む部屋の、広がりのようなものが感じられた。間取りとかは分からないけど。机があって、テーブルがあって、花瓶があって、カーテンが揺れていて、窓の外には星空がひろがっていて、土星が異様に近い。ちょっと、いい感じ。部屋を出ればきっと、私の知らない通りに出るだろう。
あとがきを読むと卒業の記念に、と書いてあった。へえ、と思いつつ。奥付を見ると、印刷所の住所も書いてあった。そして思った。この印刷所は知ってるかもしれない。っていうか、うちの近所なのだった。だんだんイヤな予感がしてきた。
ってことは、ここにある卒業とは地元の※※※大学のことだな、って推察された。思うに詩人さんはこの詩集を少部数印刷して、親しい方に手渡したのだろう。受け取った方のひとりが、どうした経緯かは分からないけど、この古本屋さんに持ってきた。これらはぜんぶ、ご近所で起きたことだ。本の発行日から日付も分かる。一年前。
われにかえり、まわりを見た。イヤホンをつけた人が、黄色の本を読んでいた。この本を書いた詩人さんが、そこにいたとしても何の不思議もない。詩集を棚に戻し店を出た。私が暮らす街のいつもの通りに、雨が降っていた。
「さていくか」
と言って立ち去った方に幸いあれ。
彼は一番よい時に席を立った。
彼は海を渡り商人に。青空の下で。
商うのは、有刺鉄線か棍棒か。
耳にする風の便りの陽気さよ。
ぼくらといえば相も変わらず。酒宴の席でホーホーと叫びつつ、
同じ場所を回っているのだ
交差点の角地に三角の建物が建っていた。見ていると何かしら落ちつかないのだった。三角の建物が建ってから、いろいろな店舗が入った。携帯電話の営業所、ケーキ屋さん、マッサージ屋さん、なんかの塾。他にもあったと思うけど、もう覚えていない。
車の通りは多いけど駐車スペースもないし。仕方ないのかな、とも思う。でも、それより三角の敷地に三角の建物っていうのが、ぼくをソワソワした気分にさせるのだった。三角の建物の、三角の部屋で暮らしたら、落ち着いてお茶も飲めないと思う。
三角の建物がたつ交差点を通るたび、そんなことを思っていたのだが。今日、見たら取り壊されていた。並びの古い家も壊され、合わせて綺麗さっぱり。更地になっていた。きっと三角の土地に苛々した人が買い取って、重機を入れたのだろう。三角の土地はなくなり、いまは台形の土地だ。
もし犬を飼えるなら、風と名づけたい。私は言うだろう。
風がミルクを飲む。風が尻尾をふる。風がボールを追う。風が走る。
ドックフーフ食べる風。注射をされる風。
風がうずくまる。居眠りばかりする風。風に吹かれる風。
などなど。
先生が言った。本を読め、と。
本には時間が詰まっている。この本には三年に及ぶ情熱が、この本には十年の鬱積が、筆者の心血が、ぎゅっと濃縮されて、詰まってる。缶詰のごとく。それでこの定価。安い。フリーズドライのような本もある。これもまた味わい深く、またお得。
「図書館に行く」と言ったら、母が泣きだした。
泣きながらサンドイッチを作り、泣きながらポットに紅茶を入れ、泣きながら父の形見だという短剣を手渡し、泣きながらこんな忠告をくれた。
「靴は丈夫なものが良いけど、新しいのは靴ずれがするから、慣れるまではロウを使うんだよ」
虚構村の住人は無口だ。直接、口くちをきく事はほとんどない。ただ詩やお話を紙に書いては、それを図書館に置き、回し読みしたり、あるいは無視することで奇妙なコミニュケーションを計る。図書館は村の中央に位置する。訪れる村人はみなフードをかぶり、黒いベールで顔を隠している。この個性を欠いた出で立ちは、作家は純粋に作品によって評価されるべきで、その評価の前に作家の顔などは不純なものでしかない……という村人たちの考えを示すものだ、といわれている。
森の樹も芽吹く三月のとある日。静かな村にさざなみが起こった。それは村人たちにしか分からない微細な波紋。ひとりの若者が恋をしたのだ。彼の苦悩を平たく説明するなら、はたして彼が愛したのは、彼が読んだ詩集なのか、それともその詩を編んだ娘、作者自身なのかっていうこと。
若者はその苦悩をお話にして遠慮がちに図書館に置いたが。古い村人たちからすると、まだ大胆すぎ無作法なものに映ったらしい。問題は物語をおくられた娘。ラブレターと読めないこともない物語を彼女も読んだ。村の時はゆっくりと過ぎる。
半年後。娘は沈黙を破り、いっぺんの詩を図書館に置いた。それはたいそう美しい詩であったが、作品の完成度が若者を拒絶しているのも、また明らかに見えた。たぶん。ともあれ、若者も村人もそう受けとった。若者の胸うちはいかばりであったろう。
と思っていたら翌年の春。若者は悲恋の物語を発表し、その才能の健在ぶりを示した。これ以降、彼は生涯その悲恋の物語を書き綴り、これが彼のライフワークとなる。娘は知らん顔しているが、実は愛読者だ。
朝、窓を開けた。うららかな一日だった。
日が暮れかかりカーテンをひくとき。道をいく子供等の声が聞こえ、ふと外を見た。小さな庭。家々の四角い窓。
開いて閉じたこの窓を、遠くから眺めた人もいただろうか。町並みの中の沢山ある窓のひとつ。ときに町の明かりは星空に似て、とても遠い。
2015年11月14日 発行 初版
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