さあ、聞かせて頂戴。
<新作読み切り・小説>
「夢物語だと思っていました」
婦人は深い皺が刻まれている口元に微笑みを浮かべて、気品の漂う仕草で、カップをつまんで持ち上げる。
婦人の目尻は落ちてきた肉に耐えきれなくなってきたのか、生まれつきなのかは分からないが、ほんの少しだけ垂れ下がっていた。カップを持つ指はまるでガラス細工のように生気がなく儚い。小さな枝のように細く、傷のような細かい皺が一層その儚い印象を際立たせていた。
僕とは母、いや、祖母ほどに年齢が離れているだろう。そのことは外見的特徴からでも十分に伺える。一見どこにでもいる、気のいいおばあちゃんといった風体の婦人だが、その身には、普通の年若い娘や、妖艶な美女では持ちえない、不思議な妖気のような物を纏っていた。きっと、ただ年を重ねたって得られるものではない。これから僕や僕の妻がどんな年の重ね方をしたとしても、このような妖気など、決して手に入れることはできないような気がする。
それは絵画や彫刻などの芸術のように、理解する人間を選び、理解するに値すると判断された者だけが、その価値を堪能することを許されるのだろう。
僕がそのお許しを得ることが出来たのか、否かは分からないが、目の前の婦人とこうしてのんびりと話をしているこの瞬間は、純粋に楽しむことができていた。
「タイムマシンだなんて、そんな素敵なもの、てっきりこの先何十年たっても生まれないものかと、そう思っていました」
婦人はカップのコーヒーをゆっくりと自分の口の中に流しいれる。
下を向き、僕は自分の手元にあるカップを眺めながら、静かに鼻から息を吐き出した。
「そうですね、いえ、貴女の想像は正しいですよ。この先何十年たっても、タイムマシンは生まれません」
「そうですか、では、いつ生まれるのですか」
婦人は、カップをゆっくりと手元のコースターに戻すと、非常にのんびりとした口調で、僕に尋ねた。
予想していた反応と違うことに、僕は驚いてしまったが、それを悟られぬよう、ゆっくりと顔を上げた。
視界に映ったのは、悪戯をする子供を諭すような、穏やかな笑みを浮かべた婦人の顔だった。
「貴女には、かないませんね」
「はて、何のことです」
「てっきり、僕が嘘を吐いたと、やはりタイムマシンなどただの法螺ではないかと、そう詰られるかと思っていました」
「あらあら、ひどいお方ね、私のような年寄りをからかおうとするなんて」
婦人は口元に左手を添えて、上品に笑う。
「しかし、見破られてしまいました」
「年の功ですよ」
「僕はいくら年を取っても、そんなもの身に付きそうもありません」
「あら、それは実際に年を取ってみるまで、分かりませんよ」
「そういうものですかね」
「そういうものですよ」
婦人はまだおかしいのか、手を口元に添えたまま、笑っている。
会話に空白が出来るのが、ひどく収まりの悪いことのように思えたので、僕はカップをゆっくりと持ち上げて、いただきます、と断ってから婦人の真似をしてゆっくりとコーヒーを流し込んだ。
口の中に芳醇な苦味が広がるが、これを美味しいとはどうしても思えない。この時代に来てから僕は初めてコーヒーというものを口にしたが、いまだにこれには慣れない。
「そうですね、少なくとも一世紀は跨ぐでしょう。僕はそのくらい先の未来から来たのです」
「あらあら、ロマンのあるお話ね」
「信じていませんね」
「そんなことはありませんよ」
目を細めて、こちらを見つめる婦人の表情はさながら、玩具で遊ぶ猫のようだ。
相変わらず穏やかで、それでいて僕を惑わすような、謎めいた雰囲気を感じる。
「そんな遠い時代から、わざわざ何をしにいらしたのです?」
「僕達が開発したタイムマシンはまだ試験機でしてね、その試運転ですよ。建前上はね」
「建前上は、ですか?」
「ええ、本当はこの時代に来て、やり直そうと思っていたのです」
僕はもう一度カップを持ち上げようとするが、急激に気が失せて、手を下ろした。
「僕の生まれた時代はこの時代とは違い、凄惨な物でした。あちこちの国が戦争をし、奪い合い、殺し合い、限りある資源を食い潰し、足りなくなった資源をめぐってまた殺し合う。貧困とそれに伴う階級差別が横行し、人々の心は荒んでいました。人々は大昔に痛みを学んだはずなのに、そんなこと無かったことのように好き勝手にやっていました」
一気に語ったからか、それともあの時代の惨状が目の前に浮かんできたからか、干からびてしまった喉に、僕は無理矢理コーヒーを流し込む。
「あんな世界をただ傍観しているなんて、僕には我慢できなかった。だからタイムマシンなんて酔狂な物を開発して、過去に遡ってあの悲劇の火種を消そうと思ったのです。それが僕の夢でした」
そこまでは何とか喋れていたのに、言葉を切った途端に急に勢いがなくなってしまう。
先程まで、あんなに軽快に語ることが出来ていたのに。
「ですが、それは叶いませんでした」
「叶わなかった、とは?」
「いくらタイムマシンといっても、どこまでも無制限に時代を遡れるわけではありません。遡れる時代には限りがあります。今回の試運転はそれを確かめるためのものでした。つまり今の僕達の技術ではこの時代までが限界なのです、どうやっても」
婦人の視線は鋭いが、その視線が果たして僕に何を訴えかけているのかは、僕には読み取ることが出来ない。
「それなのに、この時代にはもうすでにあちこちに火種が蒔かれていてどうにも手を付けられない状況でした。それでもなんとかしなければ、と思い、方々駆けずり回ったのですが、結局どうすることもできませんでした」
「随分と根が深いのですね」
「ええ、この時代の少し先に、たくさんの国を巻き込んだ事件が起きてしまって、それが僕らの時代にまで足を引きずるのですが、その原因となる根は、この時代ではすでに取り返しのつかないほど深くまで潜っていました」
深いため息を吐く。
なんだか溜め息と共に、先ほど飲んだコーヒーや僕の中にある気力のような物まで出て行ってしまったような気がした。
「そうして、八方ふさがりになってしまった僕にできることと言ったら、こんな風に、喫茶店でコーヒーを飲むことくらいです」
自嘲するように笑い、カップを持ち上げて一気にコーヒーを飲もうとするが、カップの中身が空であることに気付き、なんだかもの悲しくなってカップを下ろす。
前を向けば、相も変わらずそこに座っている婦人がいる。座っているだけなのだが、婦人の表情や、雰囲気にかかれば、その空間だけがまるで中世の画家が描いた渾身の絵画のようだ。写真を撮ってそまま額縁にはめれば、それなりの値打ちが出るかもしれない。
「人間という生き物は、忘れてしまう生き物です」
唐突に婦人は語り始めた。
ゆっくりとした語り口調には、不思議なことにどうしようもなく引き付けられる引力があり、僕の耳はもうすでに、婦人の言葉以外の音を排除していた。
「人間は多くのことを忘れます。それは、取るに足らない小さなことから、絶対に忘れてはいけないような大切なことまで、大小様々です。ですが、人は何を忘れ、何を覚えるか、選ぶことはできません。忘れないように手を尽くすことはいくらでも出来ますが、それでも忘れる時は忘れてしまいます。それは、どうしようもないことなのです」
婦人は一呼吸置き、自分の話に対する僕の反応を確かめる為か、それとも僕が変な顔をしていたのか、一瞬だけ僕の顔をまっすぐに見つめる。
一瞬だったはずなのに、僕にはその時間が一分なのか、一時間なのか、一日なのか、判断がつかないほどに曖昧なものになっていた。
「そして、この世界の人々は痛みを忘れてしまいました。忘れないように手を尽くしていたはずです、必死に、死に物狂いで手を尽くしたはずです、貴方が嘆いている通り、人々が痛みを忘れてしまったら、どんな事態が起こるかは、誰もが、きっと子供でさえも容易く想像できたからです。だから必死に止めようとしたのでしょう。人々の忘却を。必死に覚えていようとしたのでしょう。痛みを、傷を、悲劇の経験を、辛くても、悲しくても覚えようとしたのでしょう」
僕が狂いかけた感覚に呆気に取られている間に、知らず再開していた婦人の語りは、清水のようにきれいに流れ、濁流のように激しく僕の腹に流れ込んできた。
「それでも、人々は忘れてしまった。悲しい話ですが、こればかりは仕方のないことなのかもしれません」
少しだけ睫毛を下げて、俯く婦人の表情は失恋した少女のように儚く健気にも見えたが、この会話や、目の前にいる婦人の存在そのものが幻想なのではないのだろうかと思えるほどに現実味の無いものだった。
「人間の性だから、仕方ないから、黙って享受しろと、貴女はそうおっしゃるのですか」
先ほどから感じている、地に足がついていないような気持ちの悪い浮遊感のようなものをなんとか振り払いたくて、僕は少し語気を強くして返すが、失敗してしまい、まるで僕が婦人の言葉に憤慨して噛みついているようになってしまった。
謝罪をしなければならないのだろうが、不思議と言葉が喉で詰まってしまって出てきてくれない。
「そうですね、仕方ないと片付けるべきではないのかもしれませんね」
婦人は一つ呼吸を置いてから、ひどくゆっくりと僕の目を見た。
「しかし、結局人々は痛みを忘れ、次の悲劇の火種も消すことはできない。これこそが、まぎれもない現実なのですよ」
婦人の言葉を聞いて、僕は身じろぎ一つできない状態になってしまう。まるで金縛りのようだ。
婦人は、垂れている目尻をより一層下げて、申し訳なさそうな表情をしたが、何も言わずに、右手を上げて店員を呼んだ。
「すいません、このカップを下げてもらっていいかしら。それと、アメリカンを一つお願い」
「かしこまりました」
注文を承った店員は、こちらを向く。
貴方も何か、注文をするのか、と訴えているのだろうが、僕の目にはまるで僕の事を憐れんでいるかのように見えてしまい、どうにも癇に障った。
「僕も、アメリカンを」
「かしこまりました」
空のカップを差し出して注文をすれば、店員は婦人のカップと、僕のカップを持ったまま丁寧に一礼してから、店の奥へと引っ込んでいった。
その後ろ姿を眺めながら、僕はどうしようもなく、目の前の婦人に問いかけたくなった。
「貴女はこの世界を、いや、そうじゃないな、貴女の目にはこの世界はどう映りますか」
婦人は変わらず、まっすぐ僕を見つめている。
本当は、貴女はこの世界をどう思っているのか、と聞きたかったが、今この婦人にその質問をしてしまったら、きっと僕が今一番聞くべきではない答えが返ってくるような気がして、聞くことが出来なかった。だからと言って訂正した質問も似たようなものなのだが、何故だが、こちらの質問が正解のように思えたのだ。
婦人は目の前でクラッカーを鳴らされたような顔をした後、少しずつ表情を崩し、ついには肩を揺らして笑いだした。
「何か変な事を聞きましたか」
「ええ、随分と変わったご質問だと思いますよ」
婦人は笑ったままだが、ハッキリと答えた。
「普通は、こういった場合、私のような人間が、未来から来た貴方のような方に、そういった質問を投げかけるのではないのですか」
今度は笑っているせいで、とぎれとぎれになりながら答えた。
「そうでしょうか」
「ええ、きっとそうでしょうとも」
ひとしきり笑った後、婦人は手に持っているハンカチで、目元に浮かんだ涙を拭った。
「どう映るか、とはどういう意味ですか」
「この世界、この国と言い換えてもいいですが、貴女の目にはどういったものに見えているのかと、お尋ねいたしました」
「ほう、意外に傲慢ですわね」
「はい?」
婦人は先程の大笑いとは違い、今度は小さな微笑みを浮かべている。
「貴方の見ているこの国が世界の全てで、この国をどうにかできれば、世界もどうにかできると、そうお思いで?」
婦人の目は柔らかさや優しさをかなぐり捨てて、鋭く刺すようなものに変わってゆく。
「少なくとも足掛かりにはなると思っています」
僕の言葉に対するリアクションはほぼないが、先程から僕を試すような笑みを浮かべたままだ。僕の言葉を聞く気はあるのだろう。
「僕はこの国が世界の全てだとは思っていませんが、世界の縮図であるとは思っています。この国を変えることが出来れば、世界を変える手立てが見つかると考えております。違う言い方をすれば、この国を変えれば世界が変わるとは思っておりませんが、この国を変えられないようでは、世界も変えられないと思っているのです」
僕の言葉を黙って聞いている婦人がいったい何を考えているのかは分からない。
ただ、ここで少しでも曖昧な答えを言ってしまえば、婦人の口から何かとんでもない言葉が飛び出すのではないのかという予感がして、猛烈に不安になった。僕の夢を、目標を、それを貫き通すだけの原動力も、すべてを根本から否定するような、そんな言葉だ。
僕と婦人の目の前には、いつの間か二杯目のコーヒーが置かれていた。
ゆらゆらと小さく湯気を漂わせる真っ黒な液体を、じっと見つめながら、僕はただ、婦人の言葉を待った。
僕の言葉を受け取り、婦人が何を僕に返してくるのか、僕はそれを聞きたくてどうしようもなくなっていた。
「私にも、貴方のように、必死に夢を追いかけていた頃がありました」
婦人は静かに語りだす。
婦人の言葉は、母親が聞かせる昔話のように、穏やかで安心感があり、軍人が語る武勇伝のように、激しく僕の好奇心を揺さぶった。
「貴方の夢ほど大層な夢ではないけれど、私にも大切な夢がありました。私はもうずいぶんと長い間、その夢だけを追いかけてきました。自分の存在価値をその夢に見出して、持て余していた情熱のぶつけどころにしていました」
婦人は苦笑し、少しだけ俯いた。
「今思えば、若気の至りだったのかもしれません。ですが昔の私にとっては、私の人生や、大切な物を捧げても惜しくはないと思えるものだったのです。結局は手痛い失敗を何度も繰り返し、目も当てられないような挫折を味わって、諦めざるを得なくなってしまいましたが」
僕は婦人の話の意図が分からずに、首を傾げる。
「その過程で、本当に多くのものを失いました。夫や、多くの友人たちも失いました。気が付いた時に、私の手元に残っていたものは、使うあてのない大量のお金と、老いたこの身体だけでした」
「つまり、何が言いたいのですか」
僕はたまらなくなり、婦人の真意を問いただす。
婦人の話が、僕の質問の答えとは思えなかったし、僕にこの話をする婦人の真意が全く分からなかった。
「嫌だわ、ついつい長話をしてしまいました」
婦人は話を切り、コーヒーを少しだけ飲む。
「この話にたいした意味はありませんよ、ただ話しておきたかっただけです。貴方の夢は私などとは違って、とても大きなものです。より大きな挫折や、失敗を経験することでしょう。それならば、諦めるのも、一つの道だと思いますよ」
「僕があなたと同じになると言いたいのですか」
「どうでしょうね」
婦人は含みのある笑みを浮かべる。この状況を楽しんでいるような笑みは、婦人の纏っている雰囲気を、さらに奇妙なものにしてゆく。
「貴方は、ご自分の夢を諦めようとしているものかと思いましてね」
「そう見えましたか?」
「ええ、先程から後ろ向きな事ばかりをお話になるものですから、てっきりそうなのかと」
にっこりと笑顔を向けられて、何故だか少しだけばつが悪くなる。
「諦めるつもりはありませんよ」
「貴方の夢が、良い結果を出す可能性が低くても、ですか」
「ええ」
「貴方の発明や、考え方を悪用しようとする人間が居ても、ですか」
「ええ」
なるべく強い返事を返す。
婦人が何を考えているのかは分からないが、ここで揺らいではいけないということだけは、直感で理解した。
それが婦人の目にどう映ったのかは、いまいち分からないが、婦人はふ、と少しだけ笑みを崩した。
「でしたら、貴方の質問にお答えする意味はありませんね」
「何故ですか」
婦人はカップをつまみ上げて、おかしそうに、嬉しそうに笑う。
「だって、貴方がいつか変えてしまうのでしょう、私のいるこの世界も。でしたら、今私にどう見えていようが関係ないではありませんか」
時間が、止まった気がした。
僕の耳には、婦人がコーヒーを飲む小さな音しか聞こえない。
この不思議な婦人が、何を考え、何を思って僕と話をして、そして僕に何を求めているのかは、少しも分からないが、何故か今の一言で、今までの全てが救われた気がした。
「本当に、貴女にはかないませんね」
「あら、おだてても何も出ませんよ」
クスクスと笑う婦人の顔は先ほどまでと違い、年齢相応の気品と風格しかなかった。
「少しゆっくりし過ぎたようね、そろそろ私は失礼します」
コーヒーを飲み干した婦人は、ゆっくりと席を立ち、一礼してから喫茶店の出口へと歩いてゆく。
僕は、何も言わずに黙って見送ろうとしていたが、衝動的に、待ってください、と婦人を呼び止めた。
「何でしょうか」
「最後に、一つお聞きしてもいいですか」
「ええ、構いませんよ」
「僕がこれからやろうとすることに、価値はあるのでしょうか」
僕の質問を聞いた婦人は、始めと少しも変わらない笑みをこぼして、僕を見た。
「それは、やってみなければ分からない事ですわ」
気が付いたら、喫茶店の中には僕一人しかいなかった。
いつの間に座ったのかは分からないが、先程婦人とコーヒーを飲んでいたテーブルに、僕は、ポツン、と一人だけで座っていた。
どれだけの時間、一人でそうしていたかは分からないが、テーブルの上のコーヒーはまだ微かに暖かいから、きっとそんなに長い時間でもないだろう。
あの婦人は、一体何者だったのだろうか、自分とは違う別次元の住人と会話しているような、そんな錯覚をしてしまうような人だった。そもそも、本当にあの婦人は存在していたのだろうか、もしかしたら僕は一人でコーヒーを飲みながら、勝手に脳内で作った幻想と戯れていただけなのかもしれない。
それでも、婦人の残していった言葉の一つ一つが、まだ鮮明に僕の脳内に焼き付いている。
自分がこれから何をすべきか、何をしたいのか、まだ分からない事の方が多いし、決まっていない事の方が多い。でも、不思議と胸の内はすっきりとしているし、迷いはない。
とりあえず、今やらなくてはならないことは、目の前に置いてある、ぬるくなりかけたコーヒーを飲むことだろう。
思わず、クスリ、と笑いをこぼしてしまう。
手を伸ばし、目の前のカップをゆっくりとつまみ上げ、一気に煽った。
苦い。
やっぱりコーヒーは苦手だ。
〈了〉
これはあかりの葬式なんじゃないかと私は歩きながら考えた。
<新作読み切り・小説>
昭和二十九年十二月
いつから夜が明るいものだと錯覚していたのだろう。
眩いほどに街を覆うネオンの隙間からどこまでも深い夜闇を覗き見て、私はそんなことを考えた。あまりに明るくなった街の中では星を見つけることすらかなわなくなった。その闇の中になにか得体の知れない恐ろしいものを感じ、手紙を握る右手に一段と強い力が加わる。
あの戦争が終わってから気が付けば十年が経っていた。
私はあの戦争の中で大切な人を失った。
郷里に戻っても農家の三男であった私には分け与えられる畑もなく、仕事を求めて町に出たところで終戦時に中尉であった私は、戦後GHQのもと推進された公職追放によって一般的な職に就くことが許されなかった。そんな中でどうにかして食いつないで行こうと、地元の人間のつてで牛乳屋を手伝ったり、新聞配達を手伝ったりしていた。しばらくして追放令が解除されたのちも、なかなか定職に就くことはできず、去年の三月にようやく出版社で雑誌の編集として身を固めることができた。しかし、いくら必死になって働こうとも、心のうちに空いた穴が埋まることはなかった。
昭和二十年八月十五日
焼けつくような強烈な日差しの下、私の所属する南方の部隊の面々はラヂオの前に整列し、天皇陛下の終戦の詔勅を受けた。やっと終わった。という思いと、終わってしまった。という思いが胸を支配していた。次いで生き残ってしまった。という思いが沸き上がってきた。
日中戦争の時から何年も飛行機に乗って戦いつづけた。そのため、自分は空でその命を散らすものだと思っていた。それがそれがこんな形で終わってしまうとは、考えてもみなかった。
昭和二十年十月
終戦から二か月。自分の郷里である長生に帰るため、一旦千葉市に戻ってきた私を待っていたのは、ぼろぼろになった姿の町と、周りの人間から浴びせられる冷たい視線だけであった。
あまりの町の惨状に私は急ぎ足で〝ある女性の家〟へと向かった。ある女性……名はあかりと言う。彼女との出会いは私がまだ飛行学校を出たばかりの時のことだった。友人と入ったカフェーの窓際の席で彼女は珈琲を飲みながら静かに本を読んでいた。
美人とは言い難い容貌ではあったが、なぜか私はその物静かな雰囲気に思わず惹きつけられていた。
その時は友人に悟られぬようちらりと視界の隅に彼女の姿を映す程度に留めた。
その後、一人で同じカフェーに行った時、再び彼女の姿を見た。この時も彼女は前と同じ席に座り、静かに本を読んでいた。一体何を読んでいあるのだろう。ふとそのようなことが気になった。
声をかけようかどうか迷っていると、ふいに彼女が本を閉じて、ゆっくりと、静かに、私に視線を向けた。黒くて、つぶらな瞳だった。そして私は今まで感じたことのない気持ちになった。刹那、彼女が口を開こうとした。
「何を読んでおられるのですか?」
彼女の唇が動くより早く、私は早口でそれを制していた。一種の照れ隠しであるが、逆になんだか恥ずかしい気分にもなった。
彼女はしばし呆けた顔を見せたが、私に本の表題を見せ、微笑を浮かべた。
――愛されたければ、同情しさえすればいい。
彼女がその本の中で一番好きであるといった一節だ。あかりがなぜこの一節を好んでいたのか、はっきりと明かすことはなかった。
あかりの家があったであろう場所には、家屋の瓦礫だけが残されていた。胸の内を焦りが支配し始めていた。近くを通り過ぎる人を片っ端から捕まえてこの家の人がどこにいるのかを聞いたが、無視されるか、知らぬと突っぱねられるばかりで、求めている答えは得られなかった。
それからしばらく町を歩き回ったが、あかりの所在はつかめなかった。そしていつしか、あかりのことを探すことをやめてしまっていた。
あかりとは恋仲ではあったが、結婚はしていなかった。それどころか私はあかりを抱くことすら躊躇い、夜にあかりに会いに行くようなことをしなかった。それを今ではほんの少しだけ後悔している。
昭和二十九年十二月
よく冷えた冬の朝だった。仕事に行こうと家を出るとき、ポストになにか入っていることに気が付いた。新聞が届けられたときには何も入っていなかったよなと思いつつ、中身を出してみるとそれは一枚の葉書だった。誰からだと思い差出人の欄を見てみると、なぜかそこには何も書かれていなかった。裏にはただ一文、「どうか私のことは忘れてください」とだけ書かれていた。
その日の仕事中ずっと、その手紙のこととあかりのことが頭にちらついて集中できなかった。
あかりとの思い出を残すものは何一つ残っていない。写真が苦手だった彼女を写した写真は一枚も残っておらず、また、彼女がくれた〝お守り〟を縫い付けてあった飛行眼鏡は、ある海戦の時に戦友に貸して、そのまま戦友とともに帰ってくることはなかった。手紙も、私からあかりへと送ったものは、あかりの住んでいた家とともに全て焼けてしまい、逆にあかりから送られてきた手紙は終戦間際に乗っていた駆逐艦が沈められた際に、海の底へと沈んでいった。
存在を証明するものがない以上、彼女は初めからこの世に存在していなかったのだ。と自分に言い聞かせ、あかりのことを必死になって忘れようとしたが、無理な話だった。今までこの身を生かしてくれた存在を抹消してしまうことは、自分の存在をも消し去ってしまうことに他ならないのだ。
仕事終わり、私はある決心を固めた。手紙を燃やそう。そう考えたのだ。たとえこの手紙があかりからのものだったとして、これを失ったところで私の中のあかりの存在が揺らぐことはないのだ。そして、この手紙を手放さなければ、私はあかりのことを、忘れることは不可能だとしても、執着の心をなくすことはできないのであろう。そうだとすれば、この手紙は燃やさなければいけないものなのであると、そう思った。
会社から少し歩いた場所にある空き地、そこならば一人で静かにあかりとお別れができるだろう。そう思い、私はその空き地に向かって歩を進めた。
十二月の寒風に身をさらしながら、私はある男のことを思い出していた。それは、あの時代をともに生き、そして死んでいった一人の男の姿だった。
戦争が終わり、私が千葉に帰ってきてからひと月ばかり経ったある秋の夜こと、私は一人の友と再会した。彼は冷たい風の吹く千葉駅から少し離れたところのバラック裏で、もうほとんど中身のない酒瓶を手元に置き、ぼろぼろの外套を羽織って、足を抱えた両腕に顔を埋めるようにしてその場にうずくまるように座り込んでいた。近づいてきた私の気配に気が付いたようで、彼はおもむろに顔を上げた。私と目が合った時、彼は一瞬怯えた表情を見せ、次いでその表情は驚きの色に変わった。私はというと、あまりに痩せこけている頬と、生気の感じられない瞳に、一瞬彼が何者なのか分からなかったが、すぐその面影に見覚えがあることに気が付いた。彼は私が飛行学校の生徒だった時代の同期生で名を坂崎といった。
「なあ、大友」
彼はその瞳を向けて私の名を呼んだ。
「貴様、大友だよな」
静かに、だがしっかりとした声で彼は再び私の名を呼んだ。私は静かに頷いた。それを確認して、彼は言葉をつづけた。それは、再会を祝う挨拶などではなかった。
「俺は、なぜ生きているのだ。お前は、なぜ生きようとしているのだ」
ああ。と、私はそう問いかける彼の瞳を見た時に納得した。彼の瞳は、生きていくためにはあまりにも暗く、あまりにも多くの毒を溜め込んでしまっていたのだ。
「お前、八月の時点での配属は」
どんな答えが返ってくるかは分かりきっていた。しかし、聞かずにはいられなかった。
そう問われた彼の顔から力が抜けていった。呆けた顔になったかと思うと、私から静かに顔をそらし、そして、再び両の腕に深く顔を埋めて、消え入るような声で答えた。
「鹿屋で……特攻隊の勅援をやっていた」
一瞬の間をおいて、彼の肩が震えだした。かけてやる言葉が見当たらず、立ち尽くす私に、彼は声を掠れさせながら続けて問いかけてきた。
「彼らは、なぜ死ななければいけなかったのだ。なぜ俺たちよりはるかに若く、これからの日本を背負っていくべきだったであろう彼らが死に、俺たちが生きているのだ。なぜ……」
そこまで言うと嗚咽を漏らしながら、体をより一層小さく縮こまらせた。それはもしかしたら私にではなく、彼が彼自身に向けて問いかけていたものだったのかもしれない。私たちは再会を祝うにはあまりにも暗すぎる数年間を歩んできてしまっていたのだろう。
次の日の朝、その場に行くと、彼は既に息絶えていた。その時の彼の表情は、今になっても思い出せない。悲しそうだったようにも、嬉しそうだったようにも見えた気がする。
自分の中の後ろ向きな気持ちに蓋をするが如く、私は彼の亡骸を仰向けに寝かせ、そのぼろぼろの外套で顔を隠し、静かに手を合わせた。
もういっそ死んでしまったら楽なのではないだろうか。戦後の数年間、何度もそう思った。何もかも失ってしまった自分に生きる価値や意味があるとは到底思えなかった。しかし、その思いが胸をよぎる度に、坂崎の姿が私の心の中に蘇り、あの生気のない瞳で「なぜお前は生きようとするのだ」と問いかけるのだ。
そして今、あかりからの手紙を見ながら彼のことを再び思い出し、死ななくてよかった。そう思っていた。
思えばあの数年間。私はたくさんの死を見てきた。訓練飛行中に目の前で墜落した同期や、コクピットの中で炎に包まれて苦しむ敵や味方の搭乗員。敵艦に体当たりを決める者や、敵艦に辿り着くこともかなわず、海面に突っ込む者。艦上で敵機の機銃を受けてバラバラになる者や、戦争が終わり、自分の頭を拳銃で撃ち抜く将校。
たくさんいたが、その彼ら一人一人にちゃんと命があり、そしてそれぞれに大切に思う物や人がいたのであろう。
彼らの命は、まるで体をそこに縛り付ける鎖のようだった。「お前の分も生きる」などというきれいなものではない。目の前で人が一人死ぬたび、鎖の束は増え、残された人間に生きることを強制した。時にはその重みに耐えきれなくなり、酒に溺れたり、自ら命を投げ出したりする者も少なくはなかった。
そんな中で私が自分を見失わずに生き残ることができたのは、あかりの存在が大きかったからなのではないかと思う。戦争が始まってすぐの時、計器の故障で不時着して、顎から頬にかけて大きな傷を作ったことがあった。傷はすぐにふさがったが、痕は残った。あかりはこの傷跡を見た時、たいそうびっくりした顔を見せ、そして静かに私の胸に顔を埋めて泣いた。
思えば、私はあかりを一人にしてしまうのが怖かったのだろう。だからあかりとの間に契りを結ぼうとしなかったのだ。軍人である私は戦争中、常に死と隣り合わせの生活を送っていた。人によっては「そういう特殊な状況に身を置いているからこそ、結婚して、一瞬でも人としての安らぎを感じながらの生活をするべきである」と言う者も少なくはなかった。しかし、私はどうしてもそうする気にはなれないでいた。互いにそういった幸せな時間を感じられたからとて、夫が先立ってしまえば、妻は未亡人になってしまう。それで一体だれが幸せになるというのだ。自分自身の一瞬の心の安定のためにたとえ思い人であろうと一人の女の人生をそれに付き合わせるべきではないと私は考えていた。
これはあかりの葬式なんじゃないかと私は歩きながら考えた。家もろとも燃えてしまい、家族もいない彼女は、誰にも弔ってもらえず、いまだに苦しみ続けているのではないだろうか。そんな彼女が私に助けを求めて、手紙を送ってきたのではないだろうか。
この葉書が単なるいたずらであるかもしれないというのはこの際、考えないことにした。これが本当は誰がどんな目的で書いたものであろうと、私にとってはあかりからの遺言以外の意味をもたないから。
気が付けば目当ての空き地に辿り着いていた。規制線をまたいで中に入り、端に積まれた角材の束に腰を下ろした。
今更人生を共にする伴侶を探そうなんて気はさらさらなかった。もうすでに四十近い老いた体に成り果ててしまっていることも原因の一つであったが、やはりというべきか、あかりのことが頭をかすめてしまい、他の女に手を出す気になれなかったというのが一番の大きな要因だった。
懐からマッチを取り出して、火を擦った。忘れることなんてできるはずがない。ただ、今はどうにかしてでも忘れる努力をしなければいけなかった。それがあかりの最後の願いだったのならば、あの世であかりに向ける顔がない。赤い炎が闇夜に揺れた。そして、一瞬の躊躇いののち、その火を静かに葉書に当てた。葉書は炎を纏ったところから徐々に黒くなっていき、やがて全てが灰と化した。それが、私には一瞬の出来事であるかのように感じられた。
不意に何かが胸にこみあげてくるのを感じた。それが何かを感じ取ってはいけない、その感情とむきあってはいけない。と自分に言い聞かせ、懐から取り出したピースを咥え、火をつけた。
またいつか会えるのだ。その時まであかりのことは心の底にしまっておかなければいけないのだ。静かに天に昇っていく煙を見つめながら、自分自身にそう言い聞かせた。
天を見上げると、相変わらず町の明かりで星の光は見えなかったが、それでも月は力強く光り輝き、夜の闇を照らし続けていた。
〈了〉
【引用】『夜間飛行』サン=テグジュペリ著 堀口大學訳 新潮文庫
合わせてもらっていたことに、私だけが気づけていなかった。
<新作読み切り・小説>
「なにもこんな時期に来なくてもな」
山間に掛けられた鉄橋の欄干に手を掛けながら拓海が呟いた。橋下を通る渓流は勢いを殺すことなく谷川に転がる大岩にぶつかり白い飛沫を上げている。
「けっこう高いんだね」
「俺が変なこと言わなければ高さなんて気にすることもなかったかもな」
拓海は片手を上げ、わりぃ余計なこと言った。と、欄干から手を離す。
「待って」
「そんな急ぐこともないだろ」
拓海に続こうと私も欄干から手を離す。いつだって一歩先を拓海は独りで行ってしまう。この日の彼は、黄葉して色づく景色と溶け込むのような、綺麗な黄色のシャツだった。
拓海の腕を掴もうとしてふと立ち止まり服の裾を留めるだけにした。急に引っ込んだ手を見て拓海は笑う。
「なんだよ」
「ねぇなんでさっき来なくても良かったのに。なんて言ったの」
ふと続きが気になった。
「そうは言ってないだろ」
自分の胸元に手を伸ばし、目的の物がないことに気づくと、私のジャケットから箱を一つ取り出した。
「切らしてたんじゃなかったっけ」
「私が持ってるって知ったらまた拓海は吸うでしょ」
「そんなに嫌いかよ」
「そうは言ってないって」
ごめんな。と、拓海は箱から一本取り出すと片方の手で裾丈を余らせたズボンからライターを取り出した。彼はオイルがまだ一度点く量であることを確認するとライターを片方の手で隠すように、口元へ持っていった。
私の目が気になるのか、それでも彼は火を点けようとはしない。
「分かった。悪かったって」
そう言うと銜えていたのを箱の中に押し戻して、さっきぼやいた欄干に戻った。
「ここさ、四月になると川岸いっぱいに桜が広がるの」
「桜? でもこの辺りには桜なんて生えてないよ」
そういう草があんの。と、拓海は言う。この辺りに生える木々はプレートに書いてある限り、ダケカンバやロウバイという木々であるらしい。
「拓海この辺りの木ってどんな花咲かせるの」
「知らね」
さして考えるようでもなく答えを差し出す。答えを知っていても知らなくても彼はきっとそう答えただろう。取り合ってもらえない悔しさから「じゃあ桜の草も、どんな花を咲かせるかなんて知らないんでしょ」と、悪態をつく。案の定「それはさすがに知ってる」と拓海が返してくる。
「俺が言ったんだもの。知らなかったら嘘言ってることになんだろ」
「でも地元じゃないでしょ。ここ」
「ああ、だから一度見てみたかった」
可憐な紅紫色の花を咲かせるサクラソウを、と。
拓海は依然にもこの地に来たことがあるのだろうか。腰の弱い私は今まで体育の授業も度々休んでいたから、旅行なんてまして一度もしたことがなかった。小学校も中学校も、高校も、遠足に修学旅行はぜんぶ欠席。運動をもとからしてこなかった上に、医者からは運動をするなと言われる。絶対安静。みんな腫れ物を扱うかのように私に触れた。
運動をした帰りには、過保護な母と、気が弱そうなおばあちゃん先生に連れられて整骨院へ行かされた。本人が異常はないと言っても、レントゲンを撮った医者からは、「痛みとして表れなくても、骨の位置がズレを起こしている」と、大げさに騒がれた。腰を揉まれているのか押されているのか、痛みよりもくすぐったさと恥ずかしさを幼心に感じ、わけも分からぬままに治療を終え、医師からは、「必ず明日は一日安静にしていなさい」と言われる。
でもそんな日なんて、一日だってあるだろうか。
たとえ親や先生に反発して運動部に入んなくたって、帰り道で乗用車と出合い頭に鉢合わせたら、誰だって咄嗟に身を翻して尻もちをつく。現に私はついて翌日も病院に通った。
私は運の悪い女という訳でもなかったけれど酷い時は普通に一日を過ごし、学校に通って伸びをしたというだけで腰の状態が悪化していたこともあった。
そんな事情を知っているのは大学に入っても数人しかいない。数少ない事情を知る拓海は、「しばらく研究会のみんなと群馬へ旅行に行くから」と、私が言ったとき「何かあったらどうするんだ」と、取っていなかった旅券を用意して、ちゃっかり自分も旅行に同席してきた。
後にも先にも、ここまで拓海が声を荒げたのはこの時ばかりだった気がする。
私は研究会の中でも親しい人達と旅先を巡るつもりであったのだが、友人らがいらない気を回し今は拓海と二人きりだった。この辺りのコースは山道を回るものと川下へと向かうものと、二通りの道があり、川下に向かう道は石階段が急だったため、私は断念せざるを得なかった。山道を巡る際も拓海に「山道きついかもしれないけど大丈夫なのか?」と心配され、「そんなことで痛めるくらいなら旅行になんてきていない」と、向けられ慣れていない彼の優しさに辛く当たってしまった。
「急にこんな気ィ遣われても迷惑なだけだよな」
はた目があることを気にしてか、拓海は優しく笑ってみせた。私の機嫌が収まるまで待ってくれる。私はそんなこと望んでいないのにと思わず悪態を続けたくなるが、なぜ自分がここまで苛立っているのかも分からずに、ポケットの中に折りたたんでいたなにかの半券を握り締め、気持ちをやり過ごした。そこからは二人とも、ずっと口を閉じていた。
進む山道が険しくなると、拓海は時折り振り返って足を止めた。そうして私のことを待ってくれる。息が上がり始めると手を差し出しもしてくれた。
私も、最初は「いいよ」と、彼の手を払っていた。でも、しばらく歩いるうちに、足はだんだんと思うように上がらなくなっていった。前を行く彼を呼び止めて、彼の手を大人しく摑んで引き寄せると、思いの外しっかりとした彼の手に、気持ちが焦ってしまった。
「拓海、絶対に踏み外さないでよね」
何かの拍子に私も谷底へと、彼と一緒に落ちてしまうのではないのかと不安になる。
「なんだ、もしかして怖いのか」
お願いだからそういったことは冗談でも言わないでほしい。
先を行く拓海の背中を見つめ、たまに彼の足元を見た。掃き古したスニーカー特有のヒビが側面のペイントには入っていたり、靴紐が黒ずんでいて今にも千切れそうであったり、そういったことがやけに目についた。
彼の左手を摑み、手のひらにグッと力を込めた。しかし、彼は優しく握り返し、力が不意に抜けてしまう。慌てたのか、彼が離れそうになる私の手をしっかりと握った。
「おい、急に離すなよ」
あなたこそ、お願いだから、もっと頼りがいのある靴を履いてきてよ。声にはならなかったので、今さらなことを心の中でボソッと呟いた。
斜面を登り切ると、細かった山道の道は広がり、足の踏み場にも余裕ができた。
「もういいここからは一人で行ける」
「そんな無理しなくてもいいだろ」
気が付くと、二つのルートの合流地点はもうすぐだった。いいと言っているのに、なかなか手を放してくれない彼に、私は少し腹立たしさを覚え、彼の手を強く払った。
「無理してるわけじゃないの」
山道の看板に彼も気付いたのか、私に気遣うような視線を向けた。彼にはまだ、私が人目を気にしているように思えているのだろうか。
どうして気づかないかなと苛立ちのまま声に出す。私の視線が彼の顔から看板に動いたのを感じ取ったのか、拓海は、「やっぱり研究会の子らと一緒に行きたかったよな」と、平然として言った。
「当たり前でしょう? なに? そこでそんなことないよ。とでも言ってもらいたかったわけ?」
「俺はお前のことを気遣ってこっちのルートを行こうって言っただけだろ」
「柴乃ちゃんと咲ちゃんが私たちに気を遣って川下のルートを選んだってなんで気づかないの?」
「それとお前が怒っていることとどう関係があるって言うんだよ」
「だいたいなんで急に行くなんて言ったの? 私たち同じ研究会だよね。前はそんなこと一度も言ってなかったじゃない」
大学の基礎ゼミで一緒になった拓海と私は、その翌日、柴乃に誘われて入った研究会で再会した。でも、彼は私と付き合うようになってから研究会に顔を出すことがなかった。
「私が一人で行くって言うから不安になったの」
「なんだよ、心配することもいけねェってのかよ。なんでも一人でできますって言われて、それで彼氏らしいことの一つもできない俺の身にもなれよ」
「なによそれ、そんなの拓海の思い上がりじゃない。私がいつ望んだって言うのよ」
「どうしたの二人とも」
ダケカンバの林の中から、柴乃と咲の二人がやって来る。険のある声を出した柴乃は私と拓海との間に割って入り「事情を説明して」と拓海に問いかけた。
「そんな、大したことじゃねェよ。俺がちょっとしくじっただけで」
「じゃあなんで梢と言い争ってるの」
柴乃が拓海を責める姿を見て、どこか私の知らないところで熱がスッと引いていくのを感じた。ふと私は、「もういいよ〈柴乃ちゃん〉」と自分でも分からずに言ってしまった。
「何がいいのよ梢。だいたい拓海アンタなんなの? さっきしくじったって――」
本当だ。一体何が良いというんだろう。
「でも本当に良いから。ただね? 私が不安になって手を離したくなっただけなの」
「本当に?」
柴乃は片目で拓海を睨んだが、拓海は柴乃の視線に気づいていないのかこちらをぼうっと見ていた。
「うん。嘘じゃないよ。ね、拓海」
「……ああ」
私の言葉に応えた拓海は、どこか、らしくない拓海だった。
午後からは魚のつかみ取り体験をすることになっていた。私たちと学科の違う、別ゼミの真紀が合流して魚のつかみ取りは四人で行うことになった。生け簀に放流されているのは体長二〇センチ程のヤマメで一五匹。石垣の隅に追い込んでも、股下や手の隙間から上手く尾を水で打って逃げられてしまう。十分程が経った今でも、いまだに一匹も摑めない私を見かねて拓海は、「もうヤめたらどうだ?」と、言ってきた。
その拓海の一言をきっかけに、盛り上がりかけていた他の三人も手を止め、次第につかみ取りに積極的でなくなっていった。
「もういいわよ。疲れてきたし上がるわ」
気分を変えようと、私は一人生け簀から上がった。ほっぽっといたタオルのある場所へ向かうと、丸まったタオルを軽く踏んで、それから拾い上げた。砂利の感覚を足裏に感じながら、裾まくりをしていた部分を拭っていると、後ろから柴乃の声が掛かった。
「隣、いいかな」
うん。と、小さく首を頷いて応える。それから、気にしてないよ。と、先回りするように言ってしまう。
「ごめんね、アイツ悪気があって言ったわけじゃないから」
「あ、ううん。違うの。私、拓海の一言に苛立ったわけじゃないから」
もっと別のなにかに苛立ちを覚えたはずだ。でもきっとそれと取り合わない方がいいと無意識に感じてしまう。単に大切にされている。でも、そうではないと思ってしまうなにか。
「ちょっと話そっか」
「うん」
柴乃は少し落ち着いた表情で、私にそう言った。
きっと私に姉が居たら、こんな風なんだろうな。と、柴乃の目を見て思う。そうすると、自然と答えが返せた。
「あはッ濡れたままだ。梢のタオル貸して」柴乃はカラッと笑うと私をベンチのある方へと案内した。
「ここ、いいでしょ。さっき生け簀まで来るときにさ、周囲を見渡して気持ちよさそうな場所だなーって思ってたんだ」
柴乃の言う通り、このベンチがある場所は、過ごしやすかった。生け簀のあった場所のちょうど裏手。地面が盛り上がっていて、隣を流れる川の様子も、さっきまで盛り上がっていた生け簀の様子も、両方が目にできる。風も、落ち着いていて気持ちよかった。
気持ちに余裕ができると、川遊びを行う他の団体を眺めるよりも、生け簀の方へと目が行った。生け簀から上がる声ははっきりと聞こえないが、三人とも一五匹居るヤマメを取ろうと必死らしい。
「あっ、もうちょい! ああ惜しいっ!」
「柴乃なんだか楽しそうね」
「え、そう? でも楽しそうに見えたのなら、きっとそうなのかもね」
「柴乃も捕まえてきたら」
「私、生臭いのはパス」
ふーん。私は魚を捕まえようともがく三人をじっと見つめているうちに、彼らは、もしかしたら、かたわらで流れている川の中を必死に泳いでいる、魚なんなじゃないかと思った。
一日の食事を必死になって捉えようとする。誰もがまずは一匹。でも、本当は一匹だけなんかじゃいや。何匹捕まえたって、その腹は満たされないだろうに、それでも必死になって魚に食らいついていく。ねぇ、橋の下にあった川にも魚が居たのなら、彼らはこんな風な日常を送っているのかな。
あ、魚の一匹が体制を崩してしまいそう。なんだ、もう一匹がやってきて支えた。あ、でも間に合わなかったのかな、それとも支えが悪かったのかな、二匹とも体制を崩して飛沫を上げた。バチャーン! 「ハハハどうすんだよ」「服びしょ濡れだねェ」なんて二匹は会話をする。
「私はなんとか大丈夫だけどぉ。たっくんは、大丈夫だったぁ?
アハハ。こっちも大丈夫だよぉ」
「柴乃それおかしいから」
双方の声が届かないのをいいことに柴乃が〈咲ちゃん〉と拓海に、それぞれ声を当てて遊びだした。
「梢もやってみる? おかしいと思うかもしれないけど、案外気持ちが清々するよ」
「そっかなァ」
「ほら、騙されたと思って、キャー。もう、なんで水掛けるのよぉ」
「本当におかしいって」
「……やってみればいいのに」
「遠慮しときます」
「そう」
でも、私あの子なんか嫌いかな。と、柴乃は小さく続けた。
「うん。私も」
「え、今なんて言ったの」
「もう何度も言わせないでよ」
小さな言葉のやりとりだけれど、とても輝いた物をお互いに交換した気持ちになった。
柴乃はきっと、気を遣って私と一緒に居てくれたのだろう。でも不思議とその気遣いは、拓海の寄せるものとは違って、押しつけがましさも気負いもしなかった。
「私、ひょっとしたら拓海と上手く行かないかも」
頭の中に浮かんでしまったことでも、柴乃相手にならためらわずに口に出せる。
「間違ってもそれ、本人の前で言っちゃだめだからね」
柴乃は「なんか嫌いかな」と言った時と同じ調子で言った。柴乃は私に対して、決っして優しいだけではない。だから、こんなにも救われる気持ちにさせられるのだろうか。
「もう柴乃大好き」
「私の方が好きだ。この野郎」
その後、生け簀の中のヤマメを三人が取り切るまで私たちはベンチで話し続けた。
「調理くらいさせてよ」
「だめ」
調理は危ないからと拓海は譲らず、ここまで来ると過保護というより子ども扱いをされているようで腹が立って仕方がなかった。
「梢さんって料理下手だっけ」
「何言ってくれてンのよ真紀」
私だって魚の捌き方くらい分かる。それに、実際この場に居る全員が捌いた経験すら持ち得なかった。
「私は羨ましいです。梢さんが」
真紀は手を洗うと、頭に巻いていた空色のバンダナを外して、ハンカチ代わりに拭った。彼女が先ほどまで立っていた調理場には、腸が取り除き切れていないヤマメが野ざらしに放置されている。
「せめてちゃんと取ったら」
「やれるだけのことはしたつもりです」
私と真紀は火鉢の傍に積み上げられた煉瓦に腰掛けて、三人の調理を見ていた。
「あ、私がやってたの柴乃さんが引き継いでくれてますね。さすが呑み込みが早いです」
真紀の言う通り、魚の捌き方が記されたボードをいち早く覚えたのか、手こずっている二人より早く二匹目に挑戦していた。以外にも一番手を焼いていたのは、拓海だった。
真紀は自分たちと同世代で、同学年であるが、なぜか私たちのことをさん付けで呼ぶ。
文化祭の展示で、「なんでそういえば私たちのことをさん付けで呼ぶの?」と聞いたことがあったが、そこでの彼女の答えは、「人との距離感が上手く摑めないので」といったものだった。
「ねえ、真紀は魚掴めたの?」
「十匹は捕まえました」
「ほう凄い」
魚との距離感は上手く摑めるのか。
「ねぇ、なんでささっき私のことを羨ましい。なんて言ったの」
「言いましたっけ。私」
「言ったわよ。もうちゃんと、自分の発言には自信を持ちなさいよね」
「……そうでした。たしかに私、言いました」
「ほうらやっぱり」
「でもその調子だと、やっぱり言わない方が良いのかもしれません」
「どういうことよ」
「そのうちに分かると思います」
彼女との会話は容量を得ない。私がはぐらかされたままでいると、みんなはそのうちに捌き終えてしまったのか、魚を串刺しにして持って来た。井戸のような大きさの火鉢に火が放たれ、パチパチと音が上がる。それを囲うようにして刺された六匹のヤマメが身の油を光らせている。
「いい匂いね」
「うん。でも二匹あと誰が食べるの?」
「俺と柴乃だよ」
「まあ、食いしん坊だこと」
食事をする間、五人は無口だった。けれど、咲だけはずっと拓海を見続けて何やら話しかけたそうにしていた。
「ごちそうさま」
私は空になった串を柴乃の分も、もらい受けると、ゴミ箱へと向かった。さりげなく咲が近寄ってきて、私の前で魚を平らげると、串を差し出してきた。仕方なく受け取ると、咲はまた拓海の居る方へと向かっていった。私は真紀に視線を向けると、「私は自分で捨てに行くんでいいです」と視線で返された。
ゴミ箱までの道は長くないがそれでもたっぷり時間を掛けて歩いた。
「咲のこと、ちょっと見損ないました」
「そう? 私はあれくらいすると思うけど」
「でも急いで食べる必要はないじゃないですか。頬に身が付いてましたし」
「いいんじゃない? 食べ方なんて誰も見ていなかったし。それに、こんな時だもの。頬に付けたお弁当なんて、いくらだって可愛く映るわ」
「そんなものなんですかね」
真紀はそれでもやはり気になるようだ。
「そういえば真紀は咲だけ呼び捨てにしてるね」
「特に理由があるわけじゃないんですけど」
「けど?」
「距離を測る必要もないかなって」
「ハハ。確かにそうかも」
近づいて離れて行く。距離を測る前に遠ざかってしまう。
秋が近づいているせいか、それとも少し東京よりも北にあるからか、九月中頃にしては寒い夜だった。耳を澄ましていると虫の音が流れてきた。音のもとを二人して探っていると、車道の近くまでやってきた。目と鼻の先に、高速道路があり、その上には暈のかかった月が上っていた。うわぁ、綺麗だねぇ。なんて私が言うと、真紀は私の袖を軽く握った。目の前を乗用車が走り抜け、気づくと、虫の音は聞こえなくなっていた。通り過ぎた拍子に聞こえなくなったのかも。と、真面目に返す真紀がおかしくて、私は笑った。
散々笑った私は、あーあ聞こえなくなっちゃったね。なんて真紀に言って、真紀は真紀で、拓海さんが守りたくなる気持ちも、なんとなく分かるような気がしてきました。と、突拍子もないことを口にした。
私と真紀がみんなの下に帰ると咲の提案で蛍を見に行こうという話になった。どうやら近くに蛍の通り道があるらしく、ちょっとした観光スポットにもなっているそうだ。
「どうする? 行く?」
と、拓海に私が尋ねると「まあ、行かないわけにはいかないしなあ」と、どこか煮え切らない様子で返した。
なぜ自分の時は怒ったり危ないといったりするのに、付き合ってもいない女の提案にはなにも言わずに受け入れるのだろうかと、やっぱり私は腹が立ったが「梢、さっき聞いてきたじゃんか、なんだ、結局行かないのか」と拓海に言われて、嫌な気持ちごとぜんぶ飲み込んだ。
私たち五人は、先頭が柴乃、その後ろが咲に続く形で細道を歩いて行った。歩けども歩けども、蛍なんて一匹も見つけられず、ただ広い水田に出て終わった。
「なァんだ。結局蛍なんていなかったじゃない」
咲は膨れるが、私たち四人は内心で居ないような気がそれぞれしていたのか、四人とも顔を会わせて小さく笑った。
「ねえ、このまま帰るのもつまらないし、肝試しでもしていかない? この辺りね墓地とかあるみたいだよー」
「ダメ。もう遅いし、宿の人に怒られちゃうもの」
柴乃がなだめるが、咲は拓海の腕を摑むと、ねぇ、肝試し、一回だけでいいからしない? と、拓海に尋ねた。
私はじっと拓海の方を見つめたが、それ以上に、無視された柴乃が拓海のことを睨むように見つめていた。
「咲、もう帰ろう」
「なんでよ。もう少しだけいいじゃない。最後の旅行かもしんないんだし」
「でもほら、怪我するといけないだろ? 暗くなって、もし明日とか楽しめなくなったらさ」
拓海は一瞬こちらに視線を向けた。でも、本人は気づいていなかったのか、身体はずっと咲の方へ向けられていた。それが咲を怒らせたのだろうか。私にはとっさのことで訳が分からなかった。
「なんでアンタの指図なんか受けなきゃなんないの!」
咲は近くの草や花をむしり取って、拓海に拾った石と共に投げ付けた。花は咲の手から離れる最後の瞬間であっても、輝きを保とうとしているように私には映った。咲は拓海が近づこうとすると、彼を睨みつけ、駆け足で宿へと走っていった。
「待って、咲!」
場が咲の変容に取り残される中、真紀だけはいち早く平静を取り戻したのか咲の後を追いかけていった。
咲が走っていった方を見つめる拓海、そっと私の側にやってきて肩を支える柴乃。けれども、まだ私の中では、咲がなんであんなことをしたのか、整理がつけられなかった。
二人を先に行かせてしまった罪悪感から、ただ私は俯くしかないと思った。私の様子を見た拓海は、こんな時でさえも「ごめん」と謝ってきた。
「なんで謝んのよ」
「俺が余計な一言言ったから」
「なんで? したくもない肝試しをしたくないって言うどこが悪いのよ」
「だから何も俺が言う必要なかったって」
「なんで!」
思わず左手で彼の頬を殴ろうとしてしまう。
「やめなよ梢」
けれどそれを柴乃が間に入って止める。
「柴乃……」
「柴乃も柴乃もそうだよ」
私は切れ切れになりながらもどうにか言葉を続けようとした。本当は、拓海が研究会に顔を出したくなかった理由だなんてとっくに気づいていたのかもしれない。
「いいんだよ無理しなくて」
柴乃は優しい。真紀も。ただ私だけがずっと卑怯者で居続けたのだ。
私は拓海を殴ろうとした左手を開き、じっと見た。電灯の明かりが頼りない、薄暗やみの中でも、てのひらの赤さは、はっきりと分かった。血の通った、たしかな赤だ。そして昼間、不安から彼の手を払ってしまった手でもあった。
山中で合流した際に見た、咲の顔を思い出す。
言い争う私をただじっと睨みつける目。その目は私だったら拓海に相応しい相手になれるのにと、そうした自信を持った双眸だった。その視線を向けられた時、悔しいけれども私はただ拓海に選ばれただけの女だったのだと、そう感じた。努力して手に入れた訳ではない。ただ巡り合わせが良かっただけ。
ずっと歩幅を合わせてもらっていたことに、気を遣わせていたことに、私だけが気づけていなかったのだ。
「柴乃ごめん……」
「いいんだよ梢。私も、ちょっとだけね拓海のこと好きだったよ。でもね、それ以上に柴乃のことが好きなの」
柴乃が優しく、胸の中に私を抱きとめる。私のいっぱいっぱいになった頭を優しく撫でて落ち着かせてくれる。いけない、私、また柴乃に甘えて……。そう思いながらも、私はただそこに身を委ねた。
「なんで、私だったのかなあ」
きっとこの言葉は、拓海には聞こえていない。そう信じて叫んだ。私には、きっと。
けれども、その言葉こそ、本当に飲み込んだ。
「真紀は……」
「きっと梢のことを許しくれてる。あの子凄く強くて優しい子だから」
咲のことを柴乃が嫌いだなんて言っていたのは嘘だ。自分に対して真っすぐで、曲げられなくて、そうした筋の通った人間を彼女が嫌いになれないハズがない。もし嫌うのだとしたら、咲のことを未練がましい女だとそう思ってしまう自分自身に違いないのだ。きっと柴乃はその想いを断ち切ってしまったのだから。
「ごめん。本当にごめん」
「バカだねェ梢は少しズルいくらいで良いのよ。何も気にしなくていいんだから」
私はひとしきり柴乃の胸の中で泣きはらした。何に対して悲しんでいるのか。深く、考えないようにしながら。
「拓海も……」
拓海は私の言葉に対して、なにも言わなかった。ただ、私がしっかり拓海と顔を合わせられるようになる頃には、彼もまたしっかりとこちらに目を向けていた。あの時はただ温かさを感じなかったそのぼうっとした眼差しに、今は温もりがあるのをしっかりと感じる。らしくないことなんて、なかったのだ。ただ拓海は、ずっと同じように支えてくれていた。その優しさを私が受け止めきれていなかっただけだったのだ。
やがて真紀が咲を連れて戻ってきた。帰りの遅い三人を心配してのことだった。不安気な表情をしていると分かる頃には、咲はやっぱり駆けてきた。私は走って来た彼女を受けとめきれず、そのまま後ろに倒れるようにして転んだ。咲は私のお腹に顔を埋め、「ごめんごめん」とただ泣いて謝った。
私が謝らなければならないのに。そんなことは思わなかった。私は鈍感であったのだから、ただ謝るだけでは許されないのだ。大切な人たちの、謝らなければという気持ちも、受け止めなければならないのだ。
こわごわと咲の髪に手を伸ばした。彼女と、もう少しだけ、近寄ることができればいいと身勝手に思いながら。
彼女の髪を掻き抱きながら、次第に涙がまた溢れてきた。顔を横に倒すと、涙でぼやける視界に、咲がむしった花や草の痛ましい跡が入り込んだ。その中の一つには、手折られたタンポポの花が一輪、私と同じように倒れていた。綿毛になる前の黄色い姿で、倒れていた。
私は気づかぬうちに友人たちの恋を踏みにじっていたのだ。
〈了〉
ああ、やっぱりお前は、最低で最悪だ。
<新作連載作品・小説>
大学生の斎藤信二は、昔からの腐れ縁である藤堂慶介にむりやり連れてこられた居酒屋で、昔の恋人、川原桜の様子がおかしいという話を聞く。どうするのかと、問う藤堂に対して、自分には関係のないことだ、と突っぱねるが、自宅に帰り一人になると、少しだけ気になりいろいろと考えてしまう。そんな斎藤の元に、噂の張本人、桜からメールが届き、仕方なく会うことになる。久しぶりに会った桜の変わりように呆然とする信二、そして、桜の口から語られる相談の内容は信じられないものだった。
第一話「魔窟」
澪標 二○一五年七月号
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第二話「理由」
澪標 二○一五年八月号
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第三話「受信」
澪標 二○一五年九月号
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第四話「決断」
みおつくし 二〇一五年十月号
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あてもなく、ただブラブラと街を歩いている。
桜との話は、俺が思っていたよりもずっと早く終わった。内容は俺が思っていたよりもずっと面倒なものだったが。
何も考えず、頭の中を空っぽにして適当に街を散策していたが、あるコンビニの前に差し掛かった時、俺の視界は、店内で立ち読みをしている者たちの中に、今一番会いたくない男の姿を捉えてしまった。
出来ることなら、間違いだと思いたい。このままあの阿呆に捕まらずに済むならば、全財産をドブ川に捨てても、この場で両目を潰しても構わない。
とりあえず、この場から一刻も早く立ち去ることにする。幸いなことに向こうは気付いていない。それならば、一秒でも早くあの男の狩猟圏内から逃れなければ、と踵を返し、足早に歩き出す。
「おお、斎藤じゃねえか」
摩訶不思議なことに、コンビニの店内にいたはずの藤堂が、振り返った俺の目の前にいて、楽しそうな笑顔で俺に話しかけている。
一体どんなイリュージョンだ、こいつはきっと人間ではない。
俺は急激に面倒くさくなりながらも、まあ仕方ないので非常に不本意ながらも、そのまま藤堂と一緒に歩くことにした。
「何してたんだ」
「白々しい」
「は?」
「お前だろう、桜をそそのかしたの」
ちら、と横目で藤堂の顔を覗き込んでみる。
一瞬呆気にとられたような顔をして驚いていたが、すぐにいつもの不恰好なニヤケ顔に戻る。
「バレてたんだ」
「当たり前だ、タイミングが良すぎるんだよ、阿呆」
阿呆と言われたのにもかかわらず、藤堂は口の端を吊り上げて、なはは、と笑った。
やっぱり不恰好だ、気持ち悪い。
「だって川原さんすっげー暗くてさあ、あのまま放っておいたら自殺しているか、なんか変な勧誘かなんかに引っかかって、怪しい宗教団体にでものめり込みそうな感じだったからさあ」
「確かに、あれは酷かったな」
「そうだろう、そう思うだろう。哲学者を志望する俺としちゃあ、そんな迷える子羊を放っとくわけにはいかないのよ」
「それで、頼まれてもいないのに首突っ込んでおいて、その子羊を無関係な俺に押し付けたわけだ」
「そういうこと」
「随分とまあ、自分勝手な哲学者だな」
藤堂はまた、なはは、と独特な笑い声で楽しそうに笑う。
この馬鹿をどうにかまともにする方法はないものか、と俺はポケットに手を突っ込みながら頭を捻らせる。すると不意に手が冷たい感触とぶつかった。一瞬何だこれと思ったが、ああ、そういえばと思い出す。
「そうだ、お前にこれやるよ」
ポケットから時計を取り出して、藤堂に渡す。
「何これ」
「昔桜にあげた時計、なんかこれからの私には必要ない、とかなんとか言って突き返してきた」
「へぇ、意味分かんねえ」
「俺もよく分からん」
藤堂は、物珍しげにまじまじと時計を観察している。
「いらなかったら質屋にでも預けろ、万年金欠野郎」
「いや、貰っとく。面白そうだし」
一体何が面白いんだか、こいつの感性は本当に謎だ。
「よし、景気付けに今からぱーっと呑みに行くか」
「はあ?」
突然の世迷言のせいで、俺が一瞬思考停止している隙に、藤堂の野太い腕が俺の腕を掴んできた。
いきなりゴリラのような力で掴んできたせいで、俺の腕は、ぎりり、と悲鳴をあげてしまっている。
「そうと決まったら早速行こう」
「おい、ふざけるな、離せ」
「まあまあ、そう言うなって」
「俺はお前と違って疲れてるんだよ」
「その疲れをとるために、呑みに行くんじゃないか」
「余計疲れるだけだ」
「照れるなって」
「いいから離せ、阿呆」
「嫌だ」
その後も必死に抵抗を試みるが、藤堂はお構いなしに、力ずくで俺を引きずってゆく。傍から見れば完全に誘拐だ。
全くこいつは本当に面倒くさい。
俺はこいつの横暴と、こいつが俺を引きずる先で鎮座しているであろう、魑魅魍魎が跋扈している魔窟にうんざりしながら、ぼそりとつぶやいた。
「勘弁してくれ」
〈続く〉
自分の好きに逆らうことはできない。
<新作連載作品・小説>
好きです。付き合ってください。
仲が良い同級生の理沙に告白された正人は、夜通しその答えについて考えていた。彼女のことが好きというわけではないけれど、断るという選択に踏み切ることもできない。正人は、今は好きというわけではないが、でも付き合いたいという返事をすることに決める。理沙に嘘を吐きたくないと思ったのだった。
けれどその思いは空が赤く見えると言う少女、桐峰そらによって覆される。跡形もなく、どうしようもなく。
桐峰そらは正人の理想の他人だった。性格はわからないけれど、容姿だけは――。
頭のなかにあった理想のイメージが現実に現れ出てきたような少女。正人は一瞬で恋に落ちる。理沙の告白のことなど、そらに会った瞬間、忘れてしまっていた。
そして、正人は理沙の告白を断ること決めたのだった。
第一章「Trust you,trust me」
みおつくし 二〇一五年十月号
http://miotsukushi1510.tumblr.com
世の中には昨日好きだった人を嫌いになることがあるように、昨日好きだった人よりも好きになってしまう人が現れることもあるらしい。僕にとっての桐峰そらはそういう存在だった。
理沙にラインで返事がしたいと連絡する。明日の朝、場所は校舎裏に林立する木々の周辺で、他人の視線がぜったい入らない場所を選択した。夜は桐峰そらのことを考えた。少しだけ理沙のことも考えたけれど、もう答えは決まっているし、悩むことなど一つもない。
学校の木々も紅葉していた。昨日の公園と同じような鮮やかな葉の色に視線が吸い寄せられる。いくつもの葉が地面に落ちて張り付き、汚れがついている。この印象の明暗差が、いやに視界に焼きついた。
一本の木に背を預けるようにして理沙は待っていた。マフラーを首に巻いて、口元を埋めている。僕はゆっくりと彼女に近づいていく。足音で気づいたのか、理沙はこっちを振り向いた。弱弱しく肩を丸め、自信なさげな表情をしている。でも、すぐにその顔が変化した。気持ちを入れ替えたんだと思った。その様子は、僕に罪悪感を与える。痛くて、苦しくて、好きという気持ちの残酷さが心に刻まれていくみたいだ。
数メートル離れた位置で、僕は立ち止まる。理沙の顔は、気のせいじゃなければ昨日よりも色っぽさを増しているように見えた。いつも以上に気合を入れて、けれども校則に引っかからない程度に化粧をしてきたのかもしれない。理沙はそういうバランス配分を間違えない。
涙を流すだろうか。ふいに僕はそう思う。もし理沙が泣いてしまったら、きれいに着飾った彼女の仮面が剥がれ落ちる。化粧の魔法は、涙に弱い。
「待ってた」
開口一番、理沙はそう呟いた。自分の髪に手を添えながら言うその姿は、絵になるなと素直に感じる。こんな魅力的な子だったんだと改めて理解する。でも、僕はこの人の告白を断る。自分の好きに逆らうことはできない。できないんだ。
「訊かせて。答えを」
理沙の方からうながしてきた。どんな返答でも、心の準備はできているということなんだろう。
秋風が僕たち二人の間を通り抜けていく。冷たさをはらんだ空気は、制服の内側の体から熱を吹き飛ばしていった。
「好きな人が、できたんだ。だから――ごめん」
一呼吸も置かず、適切な間も計ることなく、僕は自分の気持ちをぶつける。言葉が理沙の耳元に届き、彼女の心で弾けて意味が溶けていく音が聞こえるようだ。それほどの沈黙が、今、この空間を覆っていると感じる。
「……なんかそんな気がしてた」理沙が静かに語り出す。「正人、昨日と少し、雰囲気というか顔つきというか、上手くいえないけど、なにかが違ったから」
それは、少し驚きがある指摘だった。体のどこかから桐峰そらの存在が滲み出てしまって、理沙に伝わったんだろうか。彼女が僕をよく見てくれていたから? 理由はわからない。
「どんな人なの? 正人の好きな人って」
泣きそうな目をしていた。涙の余韻が宙に漂う秋の色をかき混ぜていた。僕は自分の申し訳ないと思う気持ちをなんとか受け止めて、言葉を紡ぐ。
「こんなことを言うと笑われるかもしれないけど、その子は僕の理想の女の子なんだ」
「理想?」
よくわからないという疑問が率直に含まれている声だった。加えて僕は説明する。
「うん。空想が現実になったみたいな、そんな女の子。桐峰そらっていうんだ」
と、言い終えた瞬間、理沙の表情に今までとはまったく毛色の異なる感情が宿る。哀しみが一秒ごとに排除され、明確な嫌悪に取って代わる。
「桐峰、そら」
まるで知っている人に対して呼ぶみたいに、理沙は彼女の名前を口にする。そして――
「正人。その子はやめた方がいい。これはあなたのために言っているのよ」
涙なんて微塵もなかった。理沙の目には、切実な拒絶を訴える意思が込められている。
やめた方がいい? それっていったい、どういうことなんだろう。
〈続く〉
<新作撮り下ろし・写真>
先日の日曜日、コミティア114に参加しました。
頒布する側ではなく、購入する側という参加形態です。
コミティア109のときに「電子書籍プラットフォームを語るトークライブ」というイベントがあり、ぜひ聴いてみたいということでカタログを買ったのが、私とコミティアの最初の出会いでした。
当時は実家に住んでいたのですが、あまりにも部屋が汚いということで両親から強制的に片付けることを指示され、カタログまで買ってあったのにコミティア109に参加することはできませんでした。
期間は開きまして、コミティア111。『ラブライブ!』の2015年ライブ1日目、コミティア111、『ラブライブ!』のライブ2日目と過酷なスケジュールでしたが、寒い中どうにか参加したのを今でも覚えています。
(確か前の日、二丹菜刹那くんや逸茂五九郎さん、櫻野智彰さんと食事をしたっけなあ)
コミティア111には「同人誌を購入すると、その場で電子書籍をプレゼント」という取り組みをしているサークルがあったため、それを体験するために参加しました。
この取り組みは現在、身を尽くす会でも採用しております。
またまた期間は開きまして、コミティア114。卒業制作における取材も兼ねていましたが、はじめてゆっくり参加することができたと思います。
そして何と、会場の中で『澪標』の表紙イラストをお願いしている朝霧さんとばったり遭遇してしまいました。
何千人参加しているのかは分かりませんが、すごい確率ではないでしょうか。
今度は、頒布する側としてもコミティアに参加してみたいと考えています。
二○一五年十一月二九日
身を尽くす会 代表 小桜店子
◆『春夏秋冬』小桜店子(編・著) 鈴原鈴(著) 爽燕(著) 藤井カスカ(著)
大学生四人組によって制作された短編集です。テーマは「春夏秋冬」で、それぞれの季節を題材にした作品四編から成り立っています。
◆『春夏秋冬』ランディングページ
http://shunka-shuto.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年四月号』小桜店子(編・著) 二丹菜刹那(著) 尋隆(著) 高町空子(著) 藤井カスカ(著) 篠田らら(著) 青空つばめ(著) 朝霧(著・表紙イラスト) あちゃびげんぼ(著) 吉田勝(表紙撮影)
◆『澪標 二○一五年四月号』ランディングページ
http://miotsukushi1504.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年六月号』小桜店子(編・著) 藤井カスカ(著) 二三竣輔(著) 青空つばめ(著) 二丹菜刹那(著) 古布遊歩(著) 矢木詠子(著) 松葉クラフト(著) 朝霧(イラスト) 逸茂五九郎(著) 篠田らら(著) 櫻野智彰(著) ひよこ鍋(著・表紙イラスト) 咲田芽子(著) 尋隆(著)
◆『澪標 二○一五年六月号』ランディングページ
http://miotsukushi1506.tumblr.com
◆澪標 二○一五年七月号 小桜店子(編・著) 青空つばめ(著) 逸茂五九郎(著) 松葉クラフト(著) 篠田らら(著) 南波裕司(著) ZOMA(著) 藤井カスカ(著) 尋隆(著) 二丹菜刹那(著) 高町空子(著) 毒蛇のあけみ(著) 二三竣輔(著) タリーズ(表紙イラスト)
◆『澪標 二○一五年七月号』ランディングページ
http://miotsukushi1507.tumblr.com
◆『別冊澪標 七夕号』小桜店子(編) 柊藤花(著) 青空つばめ(著) 藤井カスカ(著・イラスト) 二丹菜刹那(著) 篠田らら(著) 二三竣輔(著) 尋隆(表紙イラスト)
◆『別冊澪標 七夕号』ランディングページ
http://miotsukushi-tanabata.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年八月号』小桜店子(編) 朝霧(著) 三角定規(著) 二三竣輔(著) ヨシ(著) 二丹菜刹那(著) 海風音(著) ひよこ鍋(著・表紙イラスト) コスミ・N・タークァン(著) 篠田らら(著) 青空つばめ(著) 藤原翔(著)
◆『澪標 二○一五年八月号』ランディングページ
http://miotsukushi1508.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年九月号』小桜店子(編) 高町空子(著) 二三竣輔(著) 尋隆(著) 二丹菜刹那(著) ひよこ鍋(著・イラスト) テトラ(著) 朝霧(表紙イラスト) 吉田勝(表紙撮影)
◆『澪標 二○一五年九月号』ランディングページ
http://miotsukushi1509.tumblr.com
◆『みおつくし 二○一五年十月号』小桜店子(編) 青空つばめ(著) 尋隆(著) 二三竣輔(著) 二丹菜刹那(著) 二丹菜刹那(著) ZOMA(表紙撮影)
◆『みおつくし 二○一五年十月号』ランディングページ
http://miotsukushi1510.tumblr.com
身を尽くす会では電子書籍・同人雑誌といった形式で小説雑誌を制作・販売しています。
また、会員の相互協力によって、従来の手法では出版が困難な作品の制作支援、著者の知名度向上や作品頒布の促進など、未来の出版文化の振興に貢献することを目的としています。
主に制作・販売している小説雑誌は『澪標(みおつくし)』で、船の航路を示す同名の標識が誌名の由来です。
澪標が航行可能な道を示した標識であったように、『澪標』も著者と読者をつなぐ道として機能することを願っています。
◆身を尽くす会 公式サイト
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2015年11月29日 発行 初版
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