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絶対ふざけない男 remixes
01
ある朝 紙袋と 折りたたみの椅子を持った
ナップサックを背負った 彼は
声を出しながら フロアを
右往左往しているのだろう
強気な男が言う 列らしいものは
あたり一面 どこにも なかった
僕が 彼の 手を 引こうとすると
すーっと
殴られた
02
あの日あの時あの場所で、紙袋と折りたたみの椅子を持って大声を出しながらウロウロしてたんならそれはそれでしょうがなかったのではないか?
いやいやいやいや。ダメでしょ、それは。と言ったって、ねえ?
何?
「ちょっともういいかげんにしてくれよ! こっちは朝早くから来てちゃんとやってんだからさあ。」
とにかくおじさんは妙に強気だ。が、その辺りにおじさんの言う列らしい物はどこにも出来ていない。列?
「だから、ここで朝5時から並んでんだよこっちは。それでこの対応はないだろっつう話よ! どうなっとるんだこれは! 」
分かった。分かりました。
「どうされました? 」
とりあえずこちらから声をかけるとすればまずはこうだろう。
で、ぶん殴られる。
「おい、あんた、ただの警備員なんだろ? あんたじゃ話になんねんだよ。この会社のオーナー呼んきてくれ! 金くれよ! 」
何言ってんだこのバカは?
殴られたんだからもうこっちもある程度やっちゃっていいのでは?
「シコってんじゃねえよ。」
は?
「どうせエドモンド本田とミッツ・マングローブなんだろうがよ。」
「はい? 」
何を言っているのか全く分からない。これには俺もたまらず、勤務中にも関わらず思わずiPodのスイッチを入れる。
03
よもや、ある朝などという、模倣以外の何物でもないが故にある強度を背負うことにもなったであろう濃密な説話論上の技巧の一つに対して、かろうじて不可避的に立ち上がったどてら姿にナップサックを背負ったおじさんに於ける最大の不幸は、とりわけ周りに聞こえるように声を出しながらフロアを右往左往してしまったという、たえず生起しつつある事件の現場に他ならない。
ここで、人はあらためて問わねばなるまい。その問いは、物語の典型には収まりのつかぬ力によって、殴られる時がきている。
04
右手で紙袋を、左手で折りたたみの椅子を握っていた。
「ちょっともういいかげんにしてくれよ! こっちは朝早くから来てちゃんとやってんだからさあ! 」
「どうされました? 」
近づいた警備員がそう言うと、その男性はむきだしのおでこを強調するかのような上目遣いで周囲を睨みつけ、二人の周りにすぐに人が何人か通れるくらいの不自然な隙間が出来た。
「こんな感じじゃ甘いかな? 」
「うん、絶対。安心したもん、私」
薄く引いたチークの赤が、ファンデーションの下から覗いている。
この人、絶対何も調べないで書いてる。警備の人は無意識にそうつぶやくと、すばやく腰を振った。
何があっても変わらない夢。私はいつかこの男を、必ずぶん殴る。
05
時計の針が午前六時を指した。浜松町の駅ビルの1階は、どてら姿にナップサックを背負ったおじさんには少々肩身が狭すぎた。
「何がどこでどうなってるかなんて、ほんの一握りのトップにしか分からないんだ。」
すかさず警備の人がおじさんの元へやって来た。
「どうされました? 」
「ちょっともういいかげんにしてくれよ! こっちは朝早くから来てちゃんとやってんだからさあ。」
しかるべきときにペニスが勃起しなかったことなんて、東京オリンピック以来はじめてのことだった。
「それはよく知ってるよ。あんたは何も知らない。利用されているだけだ。」
冬がやってくる前に、僕はぶん殴られねばならなかった。
06
日はまた、昨夜の嵐に洗われた浜松町の駅ビルにさしかけ、その日差しは、五ツ半(午前五時)に達するころには、はやくも堪えがたい暑熱の様相をむき出しに見せはじめた。そして六ツ(午前六時)になると、紙袋と折りたたみの椅子を持ち、どてら姿にナップサックを背負った使者が、どこからともなくやって来た。
使者はおじさんだった。
「これで、思い残すことはありません」
いきなり、使者はそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかも知れないその光景を夢見ているように見えた。
「どうされました? 」
すかさず殿居(警備員)が使者の元へやって来て言った。
「うれしい。でも、きっとこういうふうに終わるのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中……」
「何の演説です?」
殿居がそう言うと、使者は笑みを消した。
「…所詮、お前はそこまでの男か。」
「何?」
「ふぐぅっ! 」
殿居は使者にしたたかに殴られた。
07
駅ビルの中でおじさんが大騒ぎしている
そこへ警備の人がすっ飛んできた
どうされました?
聞かれておじさんも驚いた
おじさんは朝の5時からここにいた
クタクタのおじさんがクタクタなことを
警備の人は知らなかった
おじさんは知らなかった
警備の人がビルのえらい人に言われて
その場所に来るいろんな人のために働いていることを
おじさんには警備の人はふざけているように見えた
警備の人は絶対にふざけてなどいなかった
おじさんはお金をくれるという約束を聞いてその場に来ていた
警備の人はそれを聞いてそんなことあるはずがないと思った
本当のことは誰にも分からなかった
むかむかむか
突然おじさんの心の中にむかむかが起こった
警備の人はそれを見て大変なことになったと思った
止めなくちゃ
おじさんのむかむかを止めなくちゃ
でもおじさんは実は警備の人にむかむかしていたのではないようだった
君はどうしてそんな風になっちゃったの?
突然おじさんにそう聞かれて
警備の人は何を言われたのか分からなかった
ぼかっ!
おじさんが警備の人を殴った
何をするんですか?
驚いて警備の人が聞いた
殴ったんだよ
おじさんが言った
08
「あほんだら! お前ほんまどつくぞ! しばいたろか!」
ある朝、十三の駅から続く商店街を、紙袋と折りたたみの椅子を持ち、どてら姿にナップサックを背負ったおじさんが、周りに聞こえるように声を出しながら歩いていた。
「何やお前、これ、場所変わってしもうとるやないか?」
「そない言うたかてあんた… うち、やっぱ好っきゃねん。」
「どないやねんな。」
派手な化粧をした長い茶髪の女が、かまって欲しそうにおじさんにまとわり付きながら一緒に歩いている。
「どうされました? 」
突然、警備員らしき人がおじさんの元へやって来た。
「おい、金治、チャカ出せ。」
警備員の姿を見るや、おじさんはそう言った。
「へい!」
威勢のいい返事と共に、ステテコに腹巻をした若者がそこに集った面々の背後の路地から姿を見せ、おじさんに何やら黒光りする物を投げてよこした。
ニューナンブ?!
警備員はうろたえた。関東出身だった。
「ちょっとま… 」
「パンッ! 」
音と共に、警備員が倒れた。
同時に強い硝煙の臭いが辺り一面に立ち込めた。
「わしがやったったんや。文句があるなら言うてみい!」
見ると、おじさんの足元に爆竹の残骸があり、煙をたなびかせていた。
「見てみい! これこそが安心安全の町作りいうもんちゃうんか!? 」
「ほんま、この人の言う通りやで」
次の瞬間、物凄く重い拳の一撃が警備員の右頬を襲った。
09
あるあさ、はままつちょうのえきビルのいっかいで、てにはかみぶくろとおりたたみのいすをもって、どてらすがたにナップサックをせおったおじさんが、まわりにきこえるようにこえをだしながら、あっちへうろうろこっちへうろうろしていました。
「ちょっともういいかげんにしてくれよ! こっちはあさはやくからここへきて、ちゃんとやってるんだからさあ。」
おじさんがおおきなこえでずっとそんなことばかりいっていると、そこへけいびいんさんがやってきました。
「どうされました? 」
「だから、ここであさ5じからならんでるんだよわたしは。なんでだれもでてこないんだ! どうなってるんだ、あなたのかいしゃは! 」
おじさんはカンカンです。ですが、そのあたりにおじさんがならんでいるというひとのれつは、どこにもありませんでした。
「なにかこちらでおおごえをだしているひとがいるのでみてきてほしいということできました。みたところほかにだれもいらっしゃらないのでこえをかけたのです。…どうかしましたか? 」
けいびいんさんはおじさんに、とてもやさしくていねいにそういいました。でも、おじさんにはそれがすこしていねいすぎて、はんたいに、なんだかバカにされたようなきぶんになってしまいました。
「よけいなことすんなよ。」
おじさんはぷんぷんしながらそういいました。
おしまい
■おうちの方へ
We are not alone.
10
ある朝、浜松町の駅ビルの1階で、紙袋と折りたたみの椅子を持ち、どてら姿にナップサックを背負ったおじさんが、周りに聞こえるように声を出しながらフロアを右往左往していた。彼を見つけた警備員がそこで何をしているのかを尋ねると、金が欲しいのだという。この日の午前5時にここへ集まった者へは、無条件で高額の金を渡すという連絡を受けたというのだ。
おじさんは、人間を相手にしているのではなかった。誰であれ、彼の向かいに居るのは、反射作用によって受け応えをするだけの存在だった。
「どうされました? 」
「あんたに話したって仕方ないだろう? こっちは噂を聞いて来てるんだよ。5時からぁ! 」
5時から男のグロンサンとはよく言ったもので、おじさんは異様に元気だった。しかしこれは単に彼の精神異常のせいかも知れない。このころにはおじさんの精神はすさまじい速度で崩壊しつつあった。
そのため、おじさんは、日本の一流コメディアン志村けんの代表作、『変なおじさん』を見ても全く笑うことが出来ずにいた。
「とにかく他にご来場の皆様のご迷惑になりますので、特に用件が分からない場合は一旦お引取り頂くよう通達しろと命じられております。」
「知らねえよ。」
ふたつの領域が存在する。上なる領域と下なる領域が。
「てめえ、ふざけてんのか? 」
「決して。」
「ふざけてるだろうがよ。これがふざけてなくて何がふざけてんだこら。」
一人で大暴れしているおじさんだが、通りすがりの人の目には、確かに警備員が加害者に見えなくもないかも知れない。ただ一部始終はHD画質の防犯システムでずっと補足、撮影され続けている。
「その判定は僕がつけるさ」
全員が口に出さずともそうしている世界で、警備員は静かに頷いた。
ふざけているのか、そうでないのか。
「六〇年代の表現だな」
次の瞬間、物凄く重い拳の一撃が警備員の右頬を襲った。
「ふぐぅっ! 」
よろけ、地面に突っ伏す警備員。
「何しやがる! 」
「さようなら。」
01.cornelius mix
02.舞城王太郎 mix
03.蓮實重彦 mix
04.朝井リョウ mix
05.村上春樹 mix
06.藤沢周平 mix
07.谷川俊太郎 mix
08.やしきたかじん mix
09.児童文学 mix
10.P.K.ディック mix
この作品は、2015年10月13日に公開された、オードリー・ヘップバーン著『絶対にふざけない男』を元にREMIXを発注、豪華リミキサー陣によって生まれ変わったバージョン集です。尚、作者、オードリー・ヘップバーン氏へのインタビューを『UNO千代インタビュー1』で読むことが出来ます。併せてお楽しみ頂ければ幸いです。
UNO千代書房
2015年11月16日 発行 初版
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初めまして。 薄い本をいっぱい出したいです。