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てのひらのドラゴン

絵 あるえ 文 かなりひこくま

Hikokuma出版



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 目 次


さくら・二分の一


シリアルという名のキッチン用品店


霧中に泳ぐ


ひとりごと


もらった植木鉢


すべてを台無しにする呪文


水を蹴るネコ


金魚鉢


鏡と瞳と美人


ゾンビの薬指


愚者のカード(しっぽつき)


唱えよ


彼女の船旅


お引越し


木の根


いわずもがなのなにかしら


恋文


三人


なまえ


……


あとがき


あるえさん

さくら・二分の一


 幹の半分を失った桜の木が立っていた。
 去年の、とある嵐の夜。桜は雷の直撃をうけたのだ。タロットカードの塔さらながらに。まさに運命。

 嵐が過ぎた翌朝、公園の管理者は縦に裂けた桜を見た。彼は業者を呼び、この桜をどうするか相談した。彼らは丈夫な丸太を組み、添え木をする道を選んだ。縦に二分の一になった桜が今度は横に二分の一、ポキリと折れれてしまわないように。いまも桜は松葉杖をついた人のようだけど、春にはいっぱい花を咲かせた。

シリアルという名のキッチン用品店



 母は、もちろん優しい。けれど。キッチン用品店に行ったときの母は、なぜか妙に恐ろしかった。肉たたきを手にとり、手ひらをポンポンと叩いてみる母。圧力鍋を持ち上げ、その重量を確かめる母。先の尖ったピーラーも、銀色に輝くチーズおろしも、すべて不気味に見えたが。わたしが一番、怖いと思ったのはドイツ製の製麺機である。

霧中に泳ぐ



 扉を開き屋上に出て、恐る恐る私は歩いた。濃い霧だ。突き出した自分の手さえかすんで見える。ひたすらに白く息苦しいほど。縁にたどりつき靴を脱いだ。両手を広げ。
 ……ジャンプ!

 思ったとおり、うまくバランスをとれば、落下は緩やかなものだった。あとは地上に落ちるまで細く息を保ち、カエル泳ぎすればいい。

ひとりごと



 自信のない人ほど、ひとりごとを云いがちだそうだ。本でそう読んで以来なんとなく、ひとりごとだけは口にすまい、と心に決めていた。けれど今夜、顔を洗って鏡を見ると疲れた顔があって、少しイヤになった。心のなかで……    ……とつぶやいた。

 すると目の前の口がゆっくりと動き……シ・ネ・バ?……と聞こえた。やはり疲れていると思い、すぐに電気を消して横になったけど。鏡の前には、まだ誰か立っている気がした。

もらった植木鉢



 病弱な私に、姉が植木鉢を持ってきた。鉢植えの世話は面倒だが、姉はときどき来るので捨てることも出来ず、水やりをさぼれない。植物はすくすく育ち、ときどき牙をむいた。そのうち火を吐きそうな気がする。私は甲冑をきて、槍で武装した。姉は言った。元気になったじゃない、と。

すべてを台無しにする呪文



 「すべてを台無しにする呪文を考えたわ。聞きたい?」と彼女は言った。
 ぼくとしては相手にしない。魔法なんて信じないし。すると彼女は言った。
 「これが最後通告よ、聞きたい?」

 なんだか分からないけど、とても恐ろしくなり。ぼくは全力で謝った。

水を蹴るネコ



 美術館で一枚の絵を見た。一匹のネコが水しぶきをたて、溺れている絵だ。絵は水中と空の部分に七対三くらいで分割されていて、ネコが蹴る水の奥では魚がのんびり泳いでいる。なぜネコは水に落ちたのだろう。分からない。でも水面の奥の方にはボートが浮かんでいて、釣り人が糸を垂れているから。……もうすぐ気づいてもらえるかも……って思った。

金魚鉢


 公園で。隣に座った男の頭は金魚鉢だった。鉢には流木が沈められており水草が揺れていた。目をみはり私は言った。「綺麗な水ですね。透明だ」
 男は驚いたようだった。不躾だとは思いつつ、私はさらに尋ねた。「そのう。金魚は飼わないのですか?」
 水面に波紋が広がった。

「金魚鉢。そうかもしれませんね。すべては金魚鉢と言えないこともない。人は金魚鉢に住まい、たとえ金魚鉢を出ても。また金魚鉢。無限の金魚鉢の重なり。それが人生」
 そう言って金魚鉢男が立ち上がると、逆光に鉢が輝いて見えた。
「いってみただけです。お気になさらないで」

鏡と瞳と美人



 鏡は恐ろしい。禍々しい物語に引き込まれそうな気がするから。

 だが人の瞳はそれ以上の何かだ。人の目は恐ろしい。でも美人さんは、それらと相性がいい。美人さんは鏡と人の視線よって彫刻されたのではないか?……美人、瞳、鏡、……の順番で恐ろしい。

ゾンビの薬指



 夕暮れに染まる広場。潰れたアイスクリーム販売車に上に、ふたりのゾンビが座っていた。一方は女ゾンビで、一方が男ゾンビだった。女ゾンビは体をゆらゆらと揺らしたのち。何を思ったのか、自分の左の薬指をボキリとへし折り、男ゾンビに手渡した。

 男ゾンビは渡された指をみて、紅の空を見た。百回ほど、それを繰り返しいるうち、暗くなってきた。女ゾンビは体を揺らしている。彼は指を口に放り込んだ。もぐもぐ。

愚者のカード(しっぽつき)



 恋は盲目。日頃、われ関せずとクールな彼女も。見事な愚か者になる。愚者のカードは熱狂。そんな季節なのだ。……とはいえ。ほんと困ったものだ。春のネコ。

唱えよ



 お話を書いていて急に目眩がした。自分がよそよそしく感じられ、まるで赤の他人。こっちがお話の登場人物みたいだ。デジャヴはデジャヴに重なり、踏みしめるべき大地は霞んで見えない。他人の私が呪文を思い出そうとしてる。唱えよ!
 ……とっぴんぱらりのぷ……

彼女の船旅



 ソファーで横になっていた彼女の、隣に座ったら目を覚ました。そして……「ここは家だっけ?」……と聞くのだった。寝ぼけてるらしい。どこだと思った?と聞いたら……「船」……と彼女は答えた。大きな船?と聞いたら……「うん」……と頷いた。その船にはぼくもいたかな?と尋ねと。目をそらした。

お引越し



 可憐な少女の霊が出るという屋敷が取り壊されそうになった。救ったのは外国のお金持ち。彼は屋敷ごと船に積み込むと、新大陸に移築した。少女も住み慣れた家についていったらしい。
「ったく、可愛いと得だよね」とは姉の感想だ。

木の根



 うつむいて歩くと見てしまう。古い木の根っこ。地面をわしづかみにして盛り上がり、少しこわい。でもそれをいえば 空を抱こうとしてひろがる枝だって……

いわずもがなのなにかしら


 夜。いわずもがなのなにかしらが訪れた。
 いわずもがなのなにかしらは古い友人のような顔をしてお茶を飲む。勝手に!ひどく腹立たしいが。私は、いわずもがなのなにかしら対して完全に無力だ。
 後ろから忍びより、エイヤッと包丁で斬りつけても無駄なこと。断ち切れない、というのがいわずもがなのなにかしらの性質なのだ。私はもう諦めた。一緒にお茶を飲むしかない。

恋文


 母の趣味は恋文。ラブレターを書くことだ。
 中学の頃に書きだして、卒業式に渡しそびれたらしい。まだ完成ではない、というのが母の考えで。以来ずっと手元に置き、ときどき手を入れては温め続けている。いったん書き始めたからには、人はより良く書かずにはいられない……そうだ。

三人


 わたしは彼が好きで、彼は彼女が好きで、わたしはそれが気に入らない。彼女はわたしの親友だが、わたしは彼女を消すことにした。……改めて、「きみが好き」とわたしは彼に言い、彼だってわたしが嫌いってわけじゃないけど。また別の彼女がきて。わたしと彼女は親友になるのだった。

なまえ


 静かな朝。私は尋ねた。……「私は君を愛してるけど、君は?」……彼は答えた。……「あまり、愛してない」……私は窓を開き冷たい空気を吸い込んだ。「じゃ、私も。愛してるのやめる」

 こうして恋人と別れた私は、子犬を飼うことにした。戯れに彼と同じ名をつけた。悪意は否定すまい。だが、われわれは仲良く暮らした。犬の成長は速い。老いるのも速い。平均的な寿命のときが訪れ、別れを告げた。彼の名前にも。長い長い魔法がとけて今は、

……


 

あとがき



 この本は二〇一四年の四月
 ぱぶー http://p.booklog.jp/ で本にしたものの再録です。
 少しだけ文章はなおしました。
 絵はあるえさんが描いたものです。ども。

あるえさん



 ・あるえさんのツイッター https://twitter.com/#!/aruerula

てのひらのドラゴン

2015年11月17日 発行 初版

著  者:絵 あるえ 文 かなりひこくま
発  行:Hikokuma出版

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