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CLOCKWORK SQUARE



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  この本はタチヨミ版です。

01 GAME START

 ある朝、冷たい水で顔を洗い、タオルで顔を拭いた後。鏡に映る間抜け面に目を細めながら、気づいた事があった。

 鼻毛が出ている――。

 至近距離ならまずバレる黒くて細い毛が、俺の鼻の穴からニョロリと出ていた。
 うわぁ、何だよコレ。めんどくさい、と思いつつ、見てしまった以上、無視する事もできず、引っこ抜こうと指を近づけた瞬間、俺は自らの目を疑った。
 何故なら、出ていた鼻毛がまるで逃げ出すかのように鼻の穴に入っていったからだ。何が起こったのか分からず、口を開けた間抜け面が鏡に映り続ける。
 動揺するな、と言う方がおかしいだろう。しかし、そんな事があり得るだろうか? 鼻毛が勝手に動き出す? ありえない。寝ぼけて見間違えただけだろう。最初から鼻毛なんて出ていなかった。ただそれだけの事。見間違いなんて普通に生活していればある事なので、俺はさほど気にせず、そのまま二階に向かう階段を上ったのだが……。
 この時はまさか自分が人外の業と言える「異能力」を得ていたとは微塵も考えていなかった。勿論、これから起こる訳の分からない様々な出来事も想像し得る余地などない。ただ、後になって分かった事がある。
 もし勝手に鼻毛が動く事があったとすれば、それは非日常の舞台に放り出された瞬間なのだ、と。

 今日は土曜日だ。俺は寝起きの眼をこすりながら、スクリーンセイバーが流れるパソコンの電源を切った。どうやらパソコンゲームをしながら眠ってしまったらしい。
 俺はあくびを漏らしながら、クローゼットを開き、埃を被っている初期プレステとダンボールを引っ張り出す。ダンボールを開くと、王道RPG、シューティング、アドベチャー、格闘、パズル、ボード、FPSと統一性のないゲームディスクが隙間なく並んでいて、否応でも鼻息が荒くなる。
 昨日、ネットを巡回していて見つけた「ゲーム特集記事」で、懐かしの名作を目にして、久々に過去クリアしたゲームをプレイしようと思ったのだ。
 ゲームCDのケースを掻き分け、マルチエンドのノベルと、カードゲームが組み合わされた「エンドレスセクター」という「隠れた名作」を引っ張り出す。久しぶりに見るパッケージに胸を高鳴らせつつ、テレビとプレステを繋げるため、AVケーブルを繋げようとしたのだが――。
 どうやら、プレステを置いた位置が悪かったらしく、残り五センチというところで届かなかった。一旦、プレステ本体の位置を変えようと片手を壁に着けた時、俺は自らの目を疑った。
 何故なら、手に持っていたAVケーブルがまるで意識を持っているかのように伸び、テレビ裏の端子の穴にしっかりとはめ込まれたからだ。
 俺は驚いて飛びのいてしまった。見間違いじゃない。今のは絶対に見間違いではなかった。間違いなく、手に持っていたプレステのAVケーブルが伸びた。
 恐る恐るプレステ本体を確認してみるものの、端子はしっかり繋がれていて、プレステ本体からAVケーブルが取れてしまった訳ではなかった。それでは一体、何が起こったというのか。俺は訳が分からない現象に驚きつつも、心あたりがない訳ではなかった。
 さかのぼる事三日前――。
 心あたりについて語るには、学校の帰り道、陽が暮れるまでゲーセンで遊んだ後、地下のクラブで起こった出来事を思い出さなければならない。

 負けない。そう、俺はレバーを引くその瞬間まで「負けない」自信があった。勝てば何でも願いを叶えてくれる女がいる。その噂を聞いたのは、新宿南口にある八階層ぶち抜きの大型ビルタイプのゲーセンで、いつものように格闘ゲームの勝利を挙げた後だった。暗い店内の中、なかなか手ごわい挑戦者を退け、光るモニタに向かって安堵の息を漏らしたその時――。
「君、強いね」
 と声をかけられた。突然の言葉に顔を上げると、金髪で耳に無数のピアスを刺した青年が、向かい側の筐体から顔を出していた。俺より年上か同じ年くらいの見た目だが、放課後直後のこの時間に制服姿じゃないという事は、サボりか大学生なのか。
 一瞬、格ゲーで負けた因縁を付けられるのかと心配になるが、胸元から手帳とペンを取り出す姿を見た限り、そういう訳でもないらしい。その青年は手帳の上でペンを走らせると、紙を千切って俺に渡して来た。一体何なのか訳が分からず呆然としていると、無理やり胸ポケットに突っ込まれる。
「そこに行ってみなよ。このゲーム、めちゃめちゃ強い女がいるから。その女に勝てば何でも願いを叶えてくれるらしいぜ。俺は勝てなかったけど、お前なら勝てるかもな」
 気になる単語があった。願いを叶える、という単語ではない。
 強い女がいる――。
 もしかしたら騙されていて、そこに行ったらさっきの金髪の仲間がいて、ボコられるんじゃないかという心配もあったが、それでも気になった。最新の格闘ゲームに飽き始めたのは、俺より強い相手がいないから。誰も俺に勝てないから。
 そんな俺のゲームプレイを、つまらない日常を変えるきっかけになるかもしれない。俺はそう思うと、いても立ってもいられず、タバコ跡と蹴りでボコボコになった筐体から離れた。暗がりと爆音の中、俺の指先は興奮で震えていた。
 もしかしたら、今まで体験した事がない、熱い戦いができるかもしれない。ゲーマーとして、どうしても戦ってみたくって……。気づいたら俺はメモの通り道を辿り、新宿の油臭い路地裏に来ていた。 ビールラックが積み上げられた店裏、蓋の開いた青いゴミ箱、換気口から漏れる煙、油で汚れた排気ダクトが、街から漏れた光に照らされている。
 人通りのない薄暗い路地を歩いていると、道の先に場違いな恰好の二人を見かけた。一人はブラックスーツに赤いタイの二十代前半ぐらいの男。もう一人は長い金髪を束ねて左肩にかけたメイドで、従者のように男の斜め後ろを歩いていた。
 驚くほどの美男美女で、失礼だと思いつつも、一瞬、視線が釘づけになってしまう。その二人とすれ違うその瞬間。男は何故か急に立ち止まり、俺を呼び止めた。
「ちょっとキミ……」
 何故だろうか。
 その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。振り向くと、直ぐ目の前に男の顔があった。黒い……底の見えない瞳が俺の双眸を覗く。
「……ニオイがしたが……違うか」
 臭い? 何の事だ? この歳で通りすがりの人に体臭について言われるのはショックだぞ。気づくと、男は既に踵を返して路地の奥へと進んでいた。
 俺は訳の分からない出来事に少し萎えつつ、歩みを再開する。
 ――が、ふと地図を見返して立ち止まる。今立っている場所は、メモ紙に記載されたビルの前だった。薄暗い路地の中、振り返ると、鉄の扉が小さな電球に照らされていた。
 クラブ「Human Genome(ヒトゲノム)」。
 クラブと言ったらDJが大音量で音楽流して、それを客が楽しむやつか。こんなところで本当にゲームができるのだろうか。からかわれただけで、嘘の情報だったんじゃないか。そう思い、ため息をついて帰ろうとしたが、踵を返した瞬間、大きな歓声が俺の足を止めた。
「すげぇ、秒殺じゃん!」
「ケント弱ぇえんだろ? すげぇな」
 ケント……。ケントはさっき俺がプレイしていた格ゲーのキャラで、全キャラ中最弱のキャラだ。その名前が出た瞬間、俺の決意は固まった。
 背を向けていた扉へ振り返り、恐る恐る金属のドアノブに手をかける。冷たいドアノブを回すと、大音量のクラブミュージックが耳を刺した。暗く、狭い階段が奥の暗闇に延びる。
 ごくりと喉を鳴らし、かび臭い階段を下ると、低い天井、誰も座っていないカウンター、壁一面に雑に貼り付けられたチラシ、クラブホールに繋がる頑丈そうな扉、小さな人だかりが目に入った。
 空間はタバコの煙で埋め尽くされていて、吐き気とめまいで反射的に口を押さえてしまう。目を半分閉じつつ、人だかりの内、手前三人の姿を確認する。タバコをくわえる茶髪の青年、見るからに恐い革ジャンのスキンヘッド。、サングラスをかけた腰パンのBボーイ。
 学生服姿の人間なんて、当然ながら俺以外には見当たらアず、場違いな雰囲気であることは間違いなかった。入ったばかりなのに既に帰りたい。
 しかし、その衝動を押さえ込むものがあった。
 人だかりの奥に見える、部屋の中央に設置されたゲームの筐体だ。ゲームの筐体に近づくと、俺と同じ八学の制服を着ている少女が腰掛けていた。彼女は俺と同じく制服を着ているので、ガラの悪い連中の中では浮いて見える。
 しかも、その手のひらには可愛らしい苺のショートケーキが載っていた。一見すれば清楚な少女は、俺の方を見るとニヤリと口の端を曲げた。
「ゲームをしに来たんだろ? そっちに座りなよ」
 見た目とは裏腹な、男みたいな話し方に驚きつつも、もう逃げられないと観念し、ゆっくりと歩いて席に着く。
「ボウズ、おめぇ、このゲーム強えぇのか?」
 スキンヘッドから質問が飛ぶ。近くで見るとガタイが良くて恐さ倍増。
「え、あ、まぁ」
「自分で強いって言うんだから相当だろうな!」
 ギャラリーがスキンヘッドの言葉に笑い声を上げた。恥ずかしくて背中を丸めてしまう。
「私はロクだ」
 状況に耐えかねたのか、向かい側に座っている少女が名乗った。
「え……と、俺は卓」
「話は聞いているな。君が勝てばどんな願いも叶えてやる」
 願い……どんな願いでも? その決まり文句は、まるで悪魔の誘惑のようだ、と思ってしまう。悪魔の誘惑であれば、その代償もあったりするのだろうか。そんな事を考えているうちに、ロクが身を引っ込めた。
 Ability Load → Enter ――。
 ゲームが始まる瞬間、向かい側の席から確かにそう聞こえた。が、ロクの独り言だったらしく、周囲のギャラリーは誰も反応しない。意味なんて考える暇なく、ゲームが開始される。
 俺は左レバーを弾きながら、右指をボタンへ滑らせた。今回も余裕で勝ってしまうだろう。
 慢心と言われればそうなのかもしれないが、ここ付近のゲーセンで負けた事はなかったし、ネット対戦でもほぼ負けた事がなかった。だからこそ……。
「……っ!?」
 数十秒後、俺は言葉を失っていた。一発。たった一発の弱パンチしか入れられないまま、俺の操作キャラはKOされていたのだ。目の前の画面では最弱キャラ「ケント」が嬉しそうに空を見上げてガッツポーズしていた。
「弱パンチ一発とはいえ、私の操作キャラにダメージを与えるとはな」
 ロクと名乗った少女が立ち上がり、まだ呆然と椅子に座る俺を見下した。
「ただ、相手が悪かったな、卓。私は君以上に強かったらしい」
 そして、口の端を曲げてニヤリと笑う。その不気味な笑みに、背筋が凍る。
「君の負けだからな。……ペナルティだ」
 あたりを見渡すと、いつの間にかギャラリーが増えていて、皆、ニヤニヤと笑っていた。
 何だ、これ。ペナルティって何だよ。俺は恐怖のあまり、立ち上がって走り出していた。手の中の汗が止まらない。足がもつれ、何度も転びそうになりながら階段を駆け上り、鉄の扉を開いて、煙で充満するクラブを飛び出した。
 さっきのやつらのニヤニヤ顔が頭から離れない。俺は全速力で路地を抜け、客引きや酔っ払いでひしめく新宿の街を走った。電車に乗っても落ち着かず、誰かが追ってきているのではないかと列車の中を歩き続け、部屋に帰るまでに何度も後ろを振り返った。
 ペナルティ。ペナルティって何だよ。
 それから数日は、クラブでの奇妙なやり取りた、ギャラリーのニヤニヤ顔が脳裏から離れなかった。

02 KILL GAME 殺したいヤツがいる

 地下のクラブで変な少女と格闘ゲームで戦ってから数日、特別な事は何も起こらなかった。あの日、地下のクラブの出来事は何だったのか。普段行かない場所、普段見ない人種との接触だったからか。あの日の出来事は、日が経つに連れてまるで夢だったかのように曖昧になっていった。
 ペナルティ。引っかかってた言葉が思い出され、俺は手のひらを見た。もしかしたらあの時に何かをされたのかもしれない。単なる悪戯とは思えない空気、何かを感じずにはいられない不気味な雰囲気だった。しかし、何かされたとして、一体何を?
「卓だったか。ようやく会えたな」
 抑揚のない声に振り向くと、開けっ放しにしていた窓のそばに、あの少女……地下クラブで会った文月ロクが立っていた。ロクはあの日と同様の制服姿で、ケーキを片手に俺の部屋を見渡している。
「うおっ!」
 俺は驚いてベッドの上で飛び上がる。
「ど、どうやって入って来たんだよ!」
 動揺で声が裏返えってしまったが、それはそうだろう。何故ならここは二階の部屋だ。いくら窓が開いていたからって、簡単に入れる訳がない。
「ん、塀に飛び乗って、屋根に登った。それ以外に方法があるか?」
「いや、そりゃそうかもしれないけど、何で玄関でなく屋根に登って……」
 ロクは俺の言葉など気にしていないのか、遮るように言葉を続けた。
「ゲエム……好きなんだな」
 どうやら棚を埋め尽くすゲームソフトに釘付けになっているらしい。予想外な言葉に少し驚くも、俺は息を吐いて立ち上がった。
「まぁ、それなりに……」
「それなりに、でエンドレスセクターはプレイしてないだろ」
「知ってるのか?」
「あれはプレステ一番の名作だ」
「分かってるじゃねぇか」
 ロクは口の端を曲げて笑うと、こんどは俺の顔をジッと見た。
「どうだ? 能力は使えるようになったか?」
「能力……?」
「そうだ。能力だ」
「ゲームの配線が勝手に伸びたりしたけど、それが関係あるのか?」
「それだな。いやぁ、ようやくビンゴか」
 ロクは嬉しそうに笑うと、断りも入れずに俺のベッドの上に腰掛けた。先ほどまで俺が座っていた場所だ。
「ビンゴって何の話だ?」
「今から君は私の下僕だ」
「はぁ? 下僕?」
 話がよく分からない。こいつは一体、何を言ってるんだ。
「そうだ。下僕だ。あの日、私にゲエムで負けたからな。ペナルティってやつだ」
 ロクの声音が変わると共に、つい先日の、地下クラブでの不気味な出来事が蘇る。
「そんな話、聞いてないぞ」
「私に勝ったら何でも願いを叶えると言っただろう。その代償はあって然り。私に負けた君は、能力を私のために使う。私の下僕になるのだよ」
「……」
「能力に目覚める人間は少なくてね。何回勝ってもハズレばかり引いて来たからな。肩が凝っちゃったよ」
 ロクはそう言うと、大げさに肩をまわし始めた。
「それで……俺に何をさせる気だよ」
 ロクと名乗った少女は、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。ゾッとするような美しさ、妖艶さ、同世代の少女とは思えない雰囲気に圧倒されつつ、俺は喉を鳴らして続きの言葉を待った。少女の口が開く。

 殺したいヤツがいる。君はそれを手伝え――。

 殺す? 本気で言っているのか? ロクは戸惑う俺の事など知らない顔で続けた。
「どうやら君の能力は確定したようだ」
「能力が確定?」
「そう。君は能力者の素質があった。だからこそ、あのクラブに誘導されたんだよ。ただ、仮に君が能力を発動させる事が出来たとしても、どんな能力を持つかは分からなかった。ここ数日、君を観察してようやく分かったよ。君の能力は……」



  タチヨミ版はここまでとなります。


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2016年2月28日 発行 初版

著  者:CLOCKWORK SQUARE
発  行:CLOCKWORK SQUARE

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