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いちよんぜろ

森村慧

阿寒毬藻商店



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 目 次

   夜が去る。

   禁煙キス。

   病室にて。

   やきもち。

   思い出。

   料理。

   発表会。

   初夏。

   熱。

   大好き。





   夜が去る。



   目が覚めると、隣の彼女はまだ夢の中。
   そう言えば先に眠りに落ちたのもこの人。
   仮眠したから大丈夫やなんて、嘘つき。
   私はそんな駄々っ子やないよ。
   口に出して頬に手を伸ばす。
   と、その手を取られて引き寄せられた。
   駄々っ子は私だよ。
   一秒でも早く会いたかったんだ。
   胸に顔を埋めて再び華を散らした。









見られていた。
目覚めてからずっと視線を感じている。
少し咎めるようなその視線につい、目を開けそびれる。
昨夜何か不手際が、と思うが見当がつかない。
私は駄々っ子やないよって、なるほど。
伸びてきた手を掴んで引き寄せた。
駄々っ子は私だよ。
胸に顔を埋め噎せ返る甘い匂いに、再び華を散らした。





   禁煙キス。





イライラと煙草を取り出し、止める間もなく火を付けた。
私は少し、呆れてため息をつく。
勢いよく吸い込むはやての口元から、腕ごと煙草を取り上げて口づける。
口づけながらテーブルの角で、強引に煙草を消した。
抵抗するはやての腕から力が抜けて、漸く彼女を解放した。
口が寂しくなったら呼んで。





咎められる前に素早く火をつけた。
呆れ顔の執務官をよそに、勢いよく吸い込む。
と、腕ごと煙草を奪われた。
あっと思うまもなく唇をふさがれ、目の端に映る煙草は無惨にも机の角に押しつけられていた。
もがいても体は自由にならず体格差を思い知らされる。
けど、悔しいかな、憤る気持ちがスッと引いた。





   病室にて。





任務中の負傷だった。だけど、すでに回復に向かっていた。皆の気配もちゃんと感じられる。彼女の気配も感じられて、その嬉しさについ名前が口をついて出た。順序が違う。恥ずかしくて、とても瞳を開けられない。何を察知したのか、騎士たちが部屋を出て二人きり。焦る私に、そっと口づけが落ちてきた。





ベッドの上、うわ言に零れたのは私の名前。それを聞いた騎士達は、君を私に委ねてくれた。赤毛の騎士には酷く睨み付けられたが。窓から射し込む日差しが髪に落ち、いつもより淡く輝る。ピクリともしない君が、もうとっくに目覚めているのを知っていた。瞳を閉じたままの私の姫に、目覚めの口づけを。





   やきもち。

黒い制服に映える長い金髪を揺らせ颯爽と歩く、執務官に憧れる人は多い。
それに気づかないのは本人ばかり。
声をかけてくる皆に笑顔で対応する姿に、チクチク胸が痛む。
見るのが嫌で声をかけずに踵を返した。
なんて狭量な。
と、不意に後ろから抱き締められてつむじに落ちる口づけ。
気づけなくてごめん。










局の廊下、たわいのない用で声をかけられる。
私は早く、彼女に逢いたいのに。
でも無碍には出来ず、真摯に対応をする。
と、とうとう廊下で立ち止まってしまった。
ため息をついた視線の先、今、角を曲がったの彼女ではなかったか。
どうして、大切な人を優先しない。
自分の愚かさを呪い、彼女を追った。





   思い出。






久しぶりの海鳴。ちらつく雪に、遠くまだ幼い少女だった頃を思い出す。急に大人びた貴女が遠く感じて、私はずっと一緒にいられるやろかと、不安があの日の雪のように心に積もって。日が暮れ始めても繋いだ手を離すのが怖かった。寒さが二人を近づけて、見上げた私にそっと貴女が口づけた。今みたいに。






久しぶりの海鳴。あれはいつの日だったか、ちらちらと雪が舞っていた。日も暮れ始め、それでも離れがたくいつまでもその場に留まっていた。お互いの携帯がぶるぶる震えても取りもせず、寒さに自然と二人の距離がちぢまって。思いを馳せる遠い日の出来事に、気がつけばあの日と同じく君に口づけていた。






   料理。

一緒にというのに今日は私が、なんてキッチンへ消える貴方。
 程なく、包丁を扱う音が聞こえてくる。
  が、次の瞬間ふいに消えて小さくうめく貴方の声。
   覗くと指を押さえて苦笑いをしていた。
    だから言ったのに。
     なかなか止まらない鮮血に、救急箱を探しておろおろする貴方の指をとって、
      そっと銜え込んだ。


 



 一緒にと君は言うけど、休んで欲しくて一人キッチンに立つ。
  包丁は得意じゃないけど、出来ない訳じゃない。
   と、手元が狂ってざくり。
    叫びそうになるのをグッと堪えた。
     何事もないふりをして進めようにも、
      飛んできた君にすぐにばれてしまった。
       止まらない血にあたふたする私の指を、君はすっと咥えた。





   発表会。





舞台上、
長い長いセリフを言う大好きな人。
噛まないように細心の注意を払って。
おかげで心が全くこもっていない。
そんな長台詞を聞くのに早々に飽きてしまい、
彼女を笑わすためにあの手この手を繰り出す。
難なく耐えられてしまいそれならと、
ふりに留める彼女の顔を両手で挟んで、
強引に口づけた。




舞台の上に二人っきり。
長い長い愛の告白を、彼女相手に熱演する。
長台詞に苦闘しているというのに、
腕の中の彼女は、私を笑わせようと躍起になっている。
何とかこらえてのラストシーン。
抱き上げてキスをする。
ふりをするだけのはずなのに、
近づけた顔を両手で挟んで引いて、
彼女が私に、口づけた。





   初夏。



屋上。
渡航から帰ったばかりの彼女は、昼食後、こっくりと舟を漕ぎだす。
呆れる友人たちを尻目に膝を貸した。
授業開始のベルが鳴り友が去っても、
瞳は閉じられたまま起きる気配などまったく感じられない。
グランドから届く授業の声。
初夏の風が前髪を揺らす。
人がないのを確かめてから、
唇を合わせた。




午後の授業に間に合うように急いで戻ってきたけれど、
眠気で瞼がふさがりそうになる。
不意に彼女の手が伸びて、膝に導かれた。
頭を軽く撫でられるともう、目を開けることが出来なくなった。
友人の笑い声もグランドからの喧騒も消えたまどろみの中、
彼女の顔が近づいて、柔らかい唇が触れた気がした。





   熱。

病室に入ると点滴をする痛々しい姿。
それでも命に別状はなく、
熱さえ下がれば大丈夫だと聞いた。
近づくと瞳は閉じられたまま、
唇が少し開いたままでゆっくりと熱い息を吐く。
辛そうなその姿に、
何も出来ない自分が悔しい。
せめて祈りを捧げよう。
私は彼女の手を取り、
その指先に口づけた。
目を開けて。

          身体が熱い、
          重い。
          瞼を開けるのさえままならぬほどに。
          独特の匂いから、
          ここが病室なのだとわかった。
          しんと静まりかえり、
          ベッドのそばに人の気配を感じる。
          消毒液の匂いに交じって、
          微かに漂うよく知る香。
          香の主が私の手を取り、
          そして指先に柔らかい唇が触れた。
          目を開けて。
          愛しい人の声がした。







   大好き。

火照った体に夜風が気持ちいい。
ふっとよろけたのを後ろから支えられた。
飲みすぎだよと、手にある缶を取り上げられ、
見上げた先には眉が下がった執務官。
騎士達が心配するよって、
貴女はしないんだね、
と拗ねてみる。
困った顔も綺麗やなんてズルい。
もっと困らせてやりたくて、
酔いに任せて口づけた。






フラりと、家を出た彼女を追う。
危なっかしい足取りで、
ふらとよろけて、慌てて支えた。
困り顔で、飲みすぎだよ、
騎士たちが心配するよと言えば、
貴方はしないんだと拗ねた。
可愛い。
その顔を再び見たくて、
答えを濁した。
だけど拗ねるどころか背伸びをして、
ぶら下がるように、
彼女は私に口づけた。

あとがき。

 「魔法少女リリカルなのは」の二次創作であります。一応フェイト×はやてということになっていますが、あまり名前を出さないようにしました。なので、明らかに誰かというのがわかる話以外は、お好きなカップリングで楽しんでください。
 Twitter上でのちょっとしたお遊びから始まったショートショートですが、140字という決められた文字数でどこまで二人の関係を伝えられるか挑戦してみました。
 長い話の一部分を切り取るという感覚で書きました。その雰囲気だけでも伝われば幸いです。

いちよんぜろ

2015年12月26日 発行 初版

著  者:森村慧
発  行:阿寒毬藻商店

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