これはアメリカの詩人、故バーナード・A・フォレストの既刊詩集(絶版)からの改訳及び未発表詩集です。1967年出版の詩集を翻訳者の中島完氏より受け取り、再編集発行することにしました。中島氏は「天国でバーナードもよろしく!と言っているでしょう。」と、改訳及び未発表詩翻訳を快諾してくださいました。バーナードの詩集は当時ロンドンではアナイス・ニンの紹介で出版されたそうです。
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夜
神秘に開き
日の出とともに死んでゆく花たちは
わたしの夢に似て
解けぬまま
もう 今が
なにか 大切なことを告げるときー
長待ちして そして
忘れられて
冬の 雨のあとの
落ち葉みたいにー
夏の日には
ふとした 瞬間があるものー
太陽が 海に落ち
その境界を越えて
姿を消すときに
始まるのだ
時間が
私のものとなるときにー
揺り椅子に
腰かけて
未来の通り過ぎるのを 見るのが好きだ
ところが 先日は
うっかりと落ちてしまった
椅子から
セメントの上へとー
まさに不幸な
現実との出会い
わたしの手の中にあるものはなに
わたしの心が
支え得る以上のものが
わたしの手の中にー
わたしの心の中にあるものはなに
わたしの手が
支え得る以上のものが
わたしの心の中にー
知っていますか
彼らの仲間の 雑草種みたいなのをー
この春 わたしの丘に
模様を描くようにやって来て
呼びもしないのにやって来て
空に向かい
その模倣を開き そして
そのあと 頭を垂れて死んでいった
向日葵たちをー
深くひだがよれて
ゆっくりと立ちのぼり
現実を寄せつけることを拒み
道路のここかしこで
呪詛を
抗議をまきおこす
朝の霧が
私は好きだ
(註)1960年代のL.Aはスモッグがことのほかひどい年だった。
長い廊下の突き当たりに
出口
オペラの一等席に
出口
地下鉄の駅からの
出口
レストラン ガレージ そして公衆便所に
出口
最後の至上命令も
出口
烏たちは
少しの躊躇いも見せず
唐突に 樹の頂に
舞い降りると
表情たっぷりに
仲間争いの調停を
注意深く鳴き交わしたー
そして梢を
ひと揺すりすると
丘の上を見まわして
人間どもが居るぞと
ほかの仲間に
警告した
(註)B.Fの詩には「丘」の語が再三登場する。B.F邸はビバリーヒルズのサン・イシドロ通りにあり、私道の長いドライブウエイの斜面をかなり上がって丘の上の広い駐車場に出る。広さはおよそ2アールである。
ええ
そう
私だって
適応させられましたね
でも
どうしてだったか
知りませんよ
私は
で
あなたは
o
yes
I am
Adjusted
too
But
o
To what
I do not
know
Do
you
轆轤をまわす
陶工は
しくじると
こわす
鉄に向かう
建築家は
楽しみなもの
彼のすることは
そのままなされるから
だが ひとは
鉄骨などで作るのはよしたがいい
わたしが思うに
歎きの産物は
癒されることがなくなるのだから
おお 幸福なロバよ
ひとりの女を乗せて
厩(うまや)へと向かい
女が万人の主人を
内に持つのを
知らなかったお前ー
おお ロバよ 腹を立てるでない
飼い葉桶を見守り
眠りと休息のうちに
お前の報酬をうけとるがいい
いま 時は過ぎて
アノ・ドミニ
(註)「アノ・ドミニ」 = 「我らが主の年」AD西暦紀元。
わたしの窓から
通り過ぎる人々が見える
がっくりと
まるで
始まりを探しているのか
まだ来ない
終わりを探しているのか
この部屋に招いて
送り出してやろうか
元気づけ
何かに 力を尽くすものだとー
だが わたしにもそれがないままに
じっと見送るだけ
この沈黙が
お前になにをする
かつての私の願いを
ふたたび新しくするのか
何か変化を
それは生み出してくれるのかー
地に埋もれた
球根が
季節の移りに
何か訳があって
変わってしまうようにー
それとも私たちの役割りは
あまりにもかけ離れた
極と極
心に変化など起こりようもないのか
あなたは考えを
どこにしまっているのか
棚の上の
引き出しの中か
それで鳥の卵さながらに
真綿につつんでか
たやすく
こわれるからというんだな
アルコールのように
蒸発してしまうのか
考えのカタログは
ちゃんとそろっているのか
で すぐ取り出せるんだな
心に
ひらめいたものがー
(註)”Where do you keep”詩集外の作品。
誰が電話する
私が電話する
彼女はいうだろう
ちょっとした外国訛りで
オー ハロー イカガデスカ
それで私も尋ねる
どうしていますか
彼女はどんな風だろう 私は考えてみる
電話した時 はたして
私のことを少しは思っていてくれただろうか
それとも他の手近な誰かー
未来を予期で
測れないままに
来る日も来る日も
私は電話に向かう
やあ どうしてます とか こんにちは
で彼女はいう イカガデスカ
(註)”Who will call”
わたしの食べものは
すべてセロハンの袋入り
世界中の
千予の市場で
わたしを待っている
たとえ袋入りでないとしても
ビン詰か缶詰
それぞれどこかで詰められるというだけ
シカゴ ニューヨーク あるいはパリ
欲しければ
蜜柑だってある
ブリキ缶に入って
日本から来るのがー
もう太陽とか
青い野原の牡牛とかは
考えて見る必要はない
とさつ場も
納屋の前庭も 鶏小屋も
すべてそっくりケース入りに木箱入り
まったく清潔でうんざりで
何の無駄もなく手間もなく
味はもう
初めからラベルに書いてある
(註)「セロハン」:1960年代には、ビニール袋はまだマーケットには未登場。
「死者」
ここにその一覧がある
彼の訪れた場所の
すべてを知る完全な索引
クリスマス・カードの送り先リスト
二冊の住所録もー
取り消した小切手 銀行の支払い通知
所得税の還付書
弁護士からの
信任状に書類
社会保険証
彼の妻からの 出会いの頃の手紙
休暇をイタリアで過ごした
子供達の絵葉書
劇場のプログラムに 広告の切り取り
ちびた鉛筆インド産のゴム輪
古いボタンに拡大鏡
一枚の露出表と
時代遅れのカメラの付属品
封筒に入った欠けた家具の化粧板
使い残りのクリスマスカード
これらの所持品は
目録に記載されるでもなく
遺産の一部と
なったわけでもない
すべてが取り去られたいま
まだここに放置されたもののすべてーー
屋敷をはじめ 家具 陶器 ストーブ
暖炉の上にあった大きな鏡
いま 他に何が残っていようか
これらのボタンや銀行の残高報告書を除くと
どこかに
壺に入った遺灰がまだあるだろう
だが それとて法律はいう
地所ないにまき散らしてはならぬとーー
長いしなやかな手が
静かに そっと
土をあつかい または
筆をとり
ひとつの心の形を描き出す
心の一部を あるいは全体をー
細心の心遣いで保たれる
その手には
時の流れも
過ぎる齢も
貌(かたち)を現すことはない
ただ 高まる心を見いだすと
手は ぐいと心を掴みとる
雪は降りやんだ
ここから 丘の麓をめぐり
オオサカへと続く道は
白いカバーでおおわれた
馬車は静かなので
あなたは私の着いたことに気づかない
(註)「オオサカ」:日本の大阪のこと。
木の葉とあそぶ
風の
音をきこうと
ひとりたたずんだ私には
日没もみえず
弔いの鐘の
音もきこえない
湖を訪れたとき
静かな湖面から 白鷺たちが飛び立った
霧の中に消えるまで 私には
翼の上げ下げのひとつひとつが
まるで 目に映るように思われ
なにか違和感のままに 帰途についた
道路は混みあい
記憶を心に留めておく 余裕さえ失った
だが 忘れまい
そして こんどは月明かりの下を
空いた道路を戻ってくることにしよう
私の誕生日に
彼女は 鋳物の鉄でできた雀を贈ってくれた
囀っている姿でもなく
翔んでいる姿でもなく
静かに 電線にとまっているものー
そして おそらく
庭のあちこちから 伝わってくる
メッセイジも添えてあった
彼女の持つ弓のそばには
矢が きちんと添えておいてあり
ただ イエスと ノーと
ラベルがついている
この短い言葉で
彼女は 心の内に入ろうと企むものを
一人 また一人と
射落としてしまう
君だって
優雅に だけどきっぱりと
元の 君の居場所に戻してくれるだろう
言葉はすくなくても
矢は 的確に的を撃ち
君の運命を封じるのだ
私に必要なのは 焦点
というか 岬に立つ
灯台の光のようなもの
そこで私の向かう方角が
決まるのだからー
私は もちろんのこと
このままでも 走り続けられる
ゴールにきちんと向かっているとー
だけど 万が一ずれていても
私には分からないこと
それがどうだっていうんだ
他人にとって 私にとって
あるいは 神にとってであれー
日がな一日
揺り椅子に腰かけ
自分の足元をじっと見る
サンダルを履きっぱなしの
洗いもせず カミソリをあてたこともないものを
この足で 郵便を取りに部屋から出る
あるいは 少し固くなったサラミを掴んできたりする
機械で薄くそいだやつ
油紙のなかで
扇子のように広がった十枚の薄切りー
で 私の手から滑り落ちてしまう
わたしが必要以上に 書物を続けるものだから
指が疲れているのだー
このことで 金を払ったり
時には 稿料をもらったりもする
なのに 誰も食事に付き合ってくれないんだ
行くよ とは言うものの
流感にかかったとか
税金の払い戻しの申告をしなきゃとか
みんな警戒してるんだ
この身体を十分に洗わぬ男を
お祈りもそっちのけの男をー
なのに そうとは言わず
みんなは言い訳するんだ
(What is it to anybody)
“There are Birds in the Computer” (1967)より
何かすごいことを言ってみたい
サンセット・ストリップにある
ロサンゼルス・カジノの
宣伝用の女の立像みたいなーー
黄昏の夜空に くろぐろと突っ立て
片足でぐるりと回って見せるんだ
まだある 葬儀社の立て看板だ
あんな風なでかいのもいい
ウソは申しません 皆様のための素晴らしい場所
これからも いついつまでも
新しく生命をお持ちで
スタートさせるにはうってつけ
ピンクのバラの蕾に
オランダゲンゲの園
ビー・カークはいかがでしょう なんてーー
もし 君がばら戦争の歴史など
気にしないならばーー
何か言ってみろよ
朝の新聞に出てる
見出しよりも
もっと記憶に残るましなことをーー
最後の一部が刷り上がって
印刷機のローラーは まだインクで
濡れているというのに
新聞にはもうお代わりの記事が待ってるんだ
どうだろう こんな台詞
イスラエルの
「主は かくのたまう」とか
預言者たちの 今じゃ
日曜日の教会で
読まれる破目に落ちいった言葉なんかはーー
それとも 翌る日になっても
自分でちゃんと覚えてるような言葉を
言ってみたらーー
繰り返し 自分に言い聞かせる手間が
省けていい ちょうど記憶喪失に
ひどく悩んだとき 役立つみたいにーー
いろんな所へ 出かけて行って
何か言ってみたいんだ
今までに言われてるより
もっとでかいことをーー
テントなんか張って
スピーカーも使って
気球か小型飛行船みたいなやつだって入り用になるーー
ロサンゼルスでよく見かけるだろう
街の上空を 格子縞を描いて
行ったり来たり 飛ぶもんだから
誰の耳にだって聞こえてくるんだ
そのでかい言葉がーー
そう 何か 言おうよ
これっきりの 根源的なことをーー
わたしなんか ずいぶん気が引けてしまう
二度繰り返して言うようなことじゃないんだからーー
なのに それはたくさんの人が
それはたくさん そのことを
平気でしゃべりまくってるんだ
人生の その最後の瞬間が
まるでそのまま永遠とつながってるなどとーー
こんな風なでかいことも 言ってみたいな
おそろしい前兆なんだ
丁度 暗い空が どんどん集まって来て
嵐の先触れとなるようなことーー
嵐は 砂漠だって洗い流そうと企み
洪水が どっと押し寄せる
そこにある干からびた骨であれ
はたまたジャックラビットであれ
もう何も残りはしないーー
もし残ってるとしたら どこかの隅っこだ
重なりあって積んであるだろう
当代の最新技術
カット アンド フィル方式で
やたらきれいに処理されてーー
わたしの言わねばならぬことは
どうやら 今にも駆け出し転がり落ちてしまいそう
言ってみれば 稲妻からほとばしる
雷そっくりに
でも街中の飼い犬たちや
夜半の空き巣狙いの 目を晦ませるには十分ーー
ああ わたしはもう
大声を上げたくなっている
深夜の うっかり音を上げたままで
家の中に放り出された とある家の
ラジオ同然だーー
下手に家々の並んでる
この とある丘の上に立つ
我が心の家ーー
だが この丘さえも地滑りを起こすだろう
十分大きな物音でさえあればーー
でかい音をたてるなど 御免だろうが
それこそが この街のため必要なもの
言わなければならないことなのだーー
それはみんな この街の人々のため
飼育されているペットのためーー
でかい言葉が 頭上から耳へと響くとき
苦しみのあまり 彼らはみんな
叫ぶだろう 呻めくだろう
真実とか 何であれ大きいものと出会う
訓練ができていないのだからーー
あの 一人でいる男に
何か言ってやりたい
自分で暮らしを立ててはいても
首を傾げた表情で 街角に佇んでいる男ーー
思うに 世間の人たちは どうして
コーヒーを手に交わされる
音無しの 空っぽの ちっちゃな言葉に満足するのかーー
どんな理由か知らないが
あっちこっちで
こうして群れるのが
今じゃスマートな世渡りなんだと それがわからないーー
もっともっと 私には言いたいことがる
今後 君が耳にするだろうすべてよりもーー
私の言葉を かき集めて
シリーズものの 宣言集
まさに 常識外れの特別版の
ペーパーバックスの形で
出版してみようかーー
至るところで 人の目を引くんだ
吾輩こと この預言者の詩が
国中の本屋という本屋で
ご存じ 販売中なのと同じこと
まるで 他には売れる本なんぞ一冊もないといわんばかりにーー
どこでだって その有様だーー
そう 私は心底でかいことが言いたいんだ
「There are birds in the Computer」より
白いキャンパスは 招待状だ
彼女の心も似たようなもの
最初 あちこちに
淡い色を置いてみる
そして ついては
絵から はみ出てしまう
A blank canvas an invitation
Her mind like that
To start with the light colors
Here and up going
out of the picture
わたしの左手の方向に
アホウドリが飛んでゆく
片目を閉じ
もう一つの目は
地平線さながらにして
There is an albatross
flying at my left elbow
one eye is shut
the other is
forming the horizon
引き潮の
河は
ストリップ・テイーズの
踊り手だ
柔らかで むき出しで
河口で 海につながるのだ
月の力で
引き寄せられるままに
膨らみ 上下して
The river
at low tide
a strip tease
artist
soft naked
joined at the mouth
commanded
to swell and fall
by the moon
クリーニング店から
戻ってきたばかりの
ドレスと言わんばかりに
少女は 腕をあげ心をすっぽりと着る
濡れた唇が
時計回りに そして
逆の時計回りに 丸い輪をつくる
少女が口を開くと
まるで考えが腕から
すっぽりと抜け落ちたみたい
A girl with her mind
Laid over her arm
Like a dress back
From the laundry
Her mouth moist in circles
Clockwise and counter
Clockwise
And when she speaks it sounds
お互いの手は まさぐり
約束しあい
嵐へつづく道を
言葉無しでみつける
勝利のざわめき
そして 静寂
Our hands explore
make promises
Find ways without words
To tempest
(sounds of )victory
And silence
何であろうと
たとえば私のすぐ前にある
ペンキを塗った色付きの
窓であろうと
その窓の向こうにみえるのが
何であろうとーー
べつに 私は自分の前に
何かを探し求めているわけでもなく
何かが在って欲しいわけでもなく
真実がなんらかの形をとるのを待って 耳を澄ませようとするわけでもないーー
君がどう呼ぶか知らないが あの空に浮かんでるやつ
私の頭のずっと上
太陽に擦りつけられそうになりながら
天気を探ってみようとかで
空の中へと飛ばされた 風船なんかが欲しいわけでもないーー
私は自分でもわけが分からないけれど
なにかで 心がいっぱいなのだ
たとえそれが何であろうと
それは 私を悲しみから救ってくれるーー
私は思うんだ
苦しみや涙から逃れられるなら 何でも構わない
何かで心がいっぱいなら
それほど幸せなことなどないんだとーー
私の家へと通ってくる女の子がいる
一種のローンで というところ
一緒に 庭の様々な場所に出て
いろんなポーズをとって貰う
絵の一部で使えるか
それとも 詩を書くのに役立つかとー
自分には正直でありたいもの
だから 自分でも気づかぬ 何か隠れた動機が
心の底にありはしないかと 自分を疑ってみる
そして 検事なみの
反対尋問などを自分に試みる
だが 私には陪審員を選ぶなどできはしない
何がこんなにやすやすと
取り決めを成立させたか についてはー
編集覚書
Bernard A.Forrest バーナード・フォレスト既刊詩集(絶版)からの改訳及び未発表詩集
1〜18「バーナード・フォレスト詩集」[Titled and Untitled] /1965 全30編より18編。
19〜21未発表詩3編。
22〜27「第2詩集」[There are birds in computer] /1967 全24編より6編。
28〜33「第3詩集」[Not All I See Is There] /1970 (Black Sparrow Press)全50編より6編。
34未発表詩 この作品はどの詩集にも収録されていない。 1974年11月6日ロサンゼルスのアート・ミュージアムにおいて、「バーナード・フォレストを偲ぶ夕べ」An Evening for Barnard Forrest :Art work and Poetry が催された際の案内状に記された作品。
バーナードの詩作品はほとんどが無題。できるだけ作為的なタイトルを避け、初行もしくはキーワードからタイトルを作成した。
※原詩を今回はアップしませんでしたが、必要な方はご連絡ください。
2016年6月6日 発行 初版
bb_B_00141285
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訳者 中島完 著書及び翻訳書
著書「詩集・小組曲」「ホイットマンとディキンスン」(共著 弓書房)
訳書「ロビンソン・ジェファーズ」(思潮社)
ディキンスン詩集正・続・続々「自然と愛と孤独と」(国分社)第1〜第4集