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Google+本が好きコミュニティ2015レビュー大賞選集

Google+本が好きコミュニティ出版委員会

RasenWorks



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 目 次


はじめに
結果発表

レビュー大賞最優秀作品

『海峡の光』 辻仁成 / レビュアー:mono sashi

優秀作品


『ナイン・ストーリーズ』 J.D.サリンジャー 柴田元幸訳 / レビュアー:mono sashi
『SFを極めろ! この50冊』 野田昌宏 / レビュアー:神楽坂らせん
『火花』 又吉直樹 / レビュアー:谷田部卓
『大事なことほど小声でささやく』 森沢明夫 / レビュアー:しゅおにっ
『ピンクとグレー』 加藤シゲアキ / レビュアー:谷田部卓

総合(累計点)優秀作品


『何者』 朝井リョウ / レビュアー:谷田部卓
『想像ラジオ』 いとうせいこう / レビュアー:谷田部卓

特別寄稿


『ドミトリーともきんす』 高野文子(たかの・ふみこ) / レビュアー:神楽坂らせん

あとがき

既刊情報


Google+【本が好き】コミュニティの本シリーズ

はじめに

 2012年12月、Google社のSNSサービス、Google+にとうとうコミュニティ機能が実装されました。その直後に『本が好き』という本好きのコミュニティが立ち上がり、いま、丸3年が過ぎたところです。
 この3年間、管理人の私が知る限り、ありがたいことにコミュニティには毎日平均して数冊(多い日には10冊以上)の本が紹介され、「読んだ」「楽しかった」等、本に関する活発なやり取りが行われています。ほんと、一日たりとも書き込みや本の紹介が無かった日は無いのです。これって結構すごいことじゃありません?
 本好きが本好きのために立ち上げたコミュニティに、本好きがあつまり、お互いに情報交換する、好きもの同士の心地よい場が出来上がってきているかな、なんて、一番便利に利用させてもらってる私自身が、勝手にうれしくなって感謝感激状態なのです。

 さて、そんなコミュニティで、なにかイベントが出来ないかなと考え、昨年突発的に企画したのが、この、『2015Google+【本が好き】コミュニティ・レビュー大賞』(長い)なのです。

 【本が好き】コミュニティの参加者が2015年に読んで、「これは!」と思った本を好きにレビューし、そのレビューに対してGoogle+の「+1」機能を使って投票してみよう。それで得票の多い順位をつけ、アワードを決めてみよう。

 そんな思いつきからはじめた企画です。

 本書は、そのレビューから優秀作を集めて1冊の本(電子書籍)にしてみたものになります。

 AmazonのKDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)を使って、まずはGoogle+の雰囲気をそのままに横書きで応募作品のすべてをあつめて全集を、つづいてBCCKSというオンラインで電子書籍を製作できるサービスを使い、主要なレビューを抜き出して縦書きにして電子出版してみよう(本書)という目論見です。

 なにしろ突発企画なので、準備も告知も満足にできておらず、参加者の皆さんにもご迷惑をお掛けしたかとおもいますが、なかなかおもしろいレビューが集まったのではないかとおもいます。

 この版では全集をもとに優秀作を抜き出してあつめてみました。+1の集計をそれぞれのレビューの末尾に加えてあります。

 集計に手心はくわえておりません、まったくの生データです。なにやら偏りがある気がしますが、これもまた、(本に関することなら)なんでもありのコミュニティの性格かな? なんて思ったりもしています。

 そうです、この本は、あなたと同じ本好きが書いたレビューのガチ投票の結果です。早速結果発表から続けて読んでいただくもよし、気になる作品を目次で選んで読んでいただくもよしです。それぞれの投稿本体へのリンクも埋め込んでおきましたので、実際の投稿へジャンプしてコメントを読んだり、新たにコメントを記す、なんて電子書籍時代の新しい本の楽しみ方を味わうこともできるのではないかと思います。

当然ですが、本の形をしている以上読み方は読者の皆様の自由。
皆様それぞれの楽しみ方で読んでいただければ幸いです。

神楽坂らせん

結果発表

 それでは、さっそくですが結果を発表いたします。
 2015年のGoogle+本が好きコミュニティでもっとも支持された作品とそのレビューは以下のとおりです。

 第一位の栄冠に輝いたのはぶっちぎりの+1数、40ポイントを獲得して、mono sashiさんレビューの辻仁成の『海峡の光』。さらに、次点の第二位も34ポイントを獲得したJ.D.サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』と、なんとワンツーフィニッシュ(?)mono sashiさんはこの二作しかレビューされていないものの、たった二作品で一位と二位の達成です。すばらしい。おめでとうございます。

 つづいて、レビュアーごとの集計を見てみましょう。

華麗にワンツーフィニッシュを成し遂げたmono sashiさんをしりぞけ、なんと期間中に6本ものレビューをアップされた谷田部卓さんが総獲得+1ポイント数91ポイントで、累計点チャンピオンに輝きました。おめでとうございます。

気になるmono sashiさんと谷田部卓さんのレビューは、この後、他の参加者のレビューとともに掲載させていただきます。

ご注意:著作権等

書き込みの著作権はすべて書き込みをされたコミュニティメンバー(レビュアー)にあります。本書はコミュニティ上に掲載された文章の再編集版となります。また、一部を除きレビュアーが添付した画像をそのまま掲載しています。写真内の書影等の著作権はそれぞれの出版社に帰属します。

なお、著者名、レビュアー名ともに敬称略とさせていただきます。

それぞれのレビュアー名にはハイパーリンクを入れ、レビュアーのGoogle+個人ページへリンクしてあります。実際のレビューの書き込みへのリンクは、日付部分に埋め込んであります。インターネットに接続した電子書籍リーダからリンクをクリック(タップ)することで、レビュー本文だけでなくコメントのやり取りなども参照することができるようになっています。是非ご活用ください。

レビュー大賞最優秀作品

『海峡の光』 辻仁成 / レビュアー:mono sashi

2015/12/07

 ブラタモリで「函館編」が放送された頃でした。この作品は以前に読んではいたのですが、青函連絡船が廃止される年の、当地を舞台に添えた作品だったとは、古本屋で手にとってみるまで、すっかり記憶から抜け落ちていました。

 さて、あらすじ。

 連絡船が廃止される最後の年。船員の職を辞して、看守として私が勤める函館の刑務所に、ある男が移送されてくる。東京の刑務所から収監されることになったのは、小学生時代に、優等生ヅラして陰から私を虐げていた花井という男だった。

 かつてと異なる看守という立場で、私は囚人である花井と対峙することになる。規律と権威を誇示しながらも、花井の登場によって過ぎ去った歳月が逆戻りするように、この胸に苦い記憶と深い傷が、また疼きはじめてゆく・・・。

 ラスト近く、主人公は「希望も絶望も海峡の光の中にある」と呟きます。ページの向こうから、人々の宿命を暗示する海流の音が、終始、さざめくように立ちあがってくるようです。実際、夜にしずむ函館の海を目にしたい衝動を抑えられませんでした。

獲得+1数:+40

優秀作品

『ナイン・ストーリーズ』 J.D.サリンジャー 柴田元幸訳 / レビュアー:mono sashi

2015/12/25

 ヴィレッジブックスから刊行された「ナイン・ストーリーズ」の35年ぶりとなる新訳です。村上春樹さんの推薦文付。

 心の傷口があらわになっていく人々の傍で、ひっそりと息をつぐ子供たちの姿に、私はいっぺんで心を掴まれてしまった。

 空想のなかで生きる男の子のために、毎晩ベットの隅に寄って、寝るためのスペースを開けてあげる「コネチカットのアンクル・ウィギリー」の少女の優しさと無垢さ。

 ティールームで語り合う主人公たちを尻目に、テーブルの下からひょっこり顔をのぞかせ、彼らに向けて、天使のような笑みで舌を出す「エズメに――愛と悲惨をこめて」の少年の愛嬌と可笑しみ。

 サリンジャーといえば、「ライ麦畑」のホールデン青年のような反抗的な人物像をつい想像してしまうのですが、これほど魅力的な子どもたちが描かれているとは、まったく思ってもみないことでした。

 また、本に折り込まれた柴田さんの「あとがき」には、小説の訳す際の心構えである「耳を澄ます」ことの重要性が説かれています。

 同じように読者も、登場人物の心の声や、彼らを取りまく世界に「耳を澄ませてみる」。そんな作品への接し方が、とても大切なことのように思えてなりません。

 なぜなら、巻頭に置かれた「隻手の声」という禅の公案が、サリンジャーが読者に宛てたこの世界へ入って行くための、唯一のメッセージのように受けとれるからです。

 ぜひ本書を手にとって、闇を抱えた人々の息づかいを、感じとってみてください。

獲得+1数:+34

『SFを極めろ! この50冊』 野田昌宏 / レビュアー:神楽坂らせん

2015/12/31


 今年最後の読書はこちら。旅先の図書館にはいったら、ちょうど「返却本コーナー」(その日に返された本ですね)の上においてあったので表紙借り♪ 見ての通り唐沢なをき先生のカバーアートで、内容は野田大元帥が書かれたSFのレビュー集とのこと!
 1999年発行なのでもう16年前ですね。当然2000年以前のクラッシックなSFレビューばかりナンですが、今読んでも新鮮な海外SFの真髄がたっぷりつまった50冊。軽妙な野田節に乗せての紹介です。

 紹介されている本は


月世界へ行く/タイム・マシン/火星のプリンセス/大宇宙の魔女/宇宙のスカイラーク/時のロスト・ワールド/火星年代記/われはロボット/宇宙船ビーグル号/幼年期の終わり/人間以上/火星人ゴーホーム/虎よ、虎よ!/地球人のお荷物/夏への扉/タイム・パトロール/ゲイルズバーグの春を愛す/ソラリスの陽のもとに/恋人たち/地球の長い午後/猫のゆりかご/デューン 砂の惑星/ジョナサンと宇宙クジラ/アルジャーノンに花束を/バベル-17/光の王/アンドロイドは電気羊の夢を見るか?/闇の左手/リングワールド/九百人のお祖母さん/世界の中心で愛を叫んだけもの/ヴァーミリオン・サンズ/ストーカー/夜の大海の中で/ノーストリリア/愛はさだめ、さだめは死/ゲイトウエイ/無伴奏ソナタ/竜の卵/いさましいちびのトースター/銀色の恋人/ソフトウェア/ニューロマンサー/蠅の女王/ハイペリオン/銀河おさわがせ中隊/凍月/ジュラシック・パーク/ヴァーチャル・ガール/大いなる旅立ち


 の50冊!

 どれもこれも名作ばかり。読んだことある本はあらためて読み直したくなり、読んでない本は読んでみたくなる、そんな素敵レビューの固まりでした。

 うみゅみゅ、ではSF本借りようとしてももう年末年始で図書館閉まってるんだわ><

獲得+1数:+23

『火花』 又吉直樹 / レビュアー:谷田部卓

2015/12/20

「火花」又吉直樹(著)文藝春秋 152頁 ★★★☆☆

 発売後、200万部以上も売れ続けている、今年最大の話題作である。近年の芥川賞受賞作品で最も売れている、ご存じお笑い芸人・又吉の処女作。

 売れない若手漫才師・徳永は、先輩芸人であり奇想の達人・神谷を師として慕っていた。二人とも貧乏生活の中、笑芸の真髄を極めようと、漫才論を熱く語り相方との稽古を続けたのだが・・・

 僕が読み終えて最初の感想は、如何にも芥川賞が選びそうな小説だな、というものだった。作家がお笑い芸人だからとか、文藝春秋の販売戦略だとか、揶揄する輩がいるようだが、読みもしないでケチをつける連中は、発言する資格すらないはずだ。

 しかし、これだけ売れた小説だと、賛否両論があるのは当然だろう。普段小説を読まない人まで読むし、それどころか芥川賞受賞作品というものが、どのような小説かを知らない人が大半なのでしかたがない。芥川賞は、新人作家が書いた文芸作品の中から選ばれるので、「面白い」とか「感動的」とかのようなエンターテイメント性は重要視されていない。もし、物語として「面白い小説」を読みたいなら、直木賞受賞作品を読むべきなのだ。

 その意味で、僕は最初から芥川賞作品に、面白い小説を期待していなかったので、物語に起伏がなくとも特にがっかりはしなかった。それどころか、今まで読んできた芥川賞受賞作品に比べたら楽しめた方だ。典型的な青春小説のフォーマットで書かれた、この文学作品は、古典的で端正な文体と共に、又吉が公言する好きな作家・太宰の香りも感じさせる、若々しい感性の『古風な作品』に思えた。

 もちろん、書かれている内容は現代の風俗であり風景なのだが、書かれている内容は如何にも文学好きな青年が書いた小説なのだ。ただ、あまりに淡々と書いているので単調さは否めず、読者によってはつまらないという感想になってしまいがちなのだろう。

 しかし、若者なら当たり前のように抱く、自意識との葛藤、他者との関係性、劣等感、孤独感、プライドを、漫才という特殊な世界に棲む若者の眼差しを通して描く力量は確かだ。先輩芸人である神谷を、盲目的に信奉する主人公・徳永は、不器用でも自分の信じる生き方に真摯であり、好感が持てる。

泣いている赤ん坊にまで、川柳を連発して笑わそうとする奇人の神谷も、その奇行の動機はあくまで笑いを追求する生き様からくるのだ。返すあてもないのに借金を繰り返しながらも、後輩におごることを止めない神谷は、たとえ徳永しか笑ってくれなくとも、その芸を熱く語り、そして極めようとするのだ。そして最後には、破天荒な結末を迎える。

 作者・又吉直樹の、その風貌のイメージ通りの、古風だが現代的という矛盾した物語。お笑いという過酷な競争社会の中で、もがき、苦悩し、挫折しながらも、求道者のような生き方を選んだ若者達。そんな、青春文学なのであった。

獲得+1数:+23

『大事なことほど小声でささやく』 森沢明夫 / レビュアー:しゅおにっ

2015/12/31

 想像が外れた( ノД`)…

 ホノボノ~とした物語が読みたくなった
 本のタイトルも 表紙の猫も私好みだ
 「身長2mを越えるゴリマッチョなオカマと愉快な仲間達の物語」
 これはノンビリ楽しめそうだ
 そう思って購入、読み始めたら・・・

 メチャメチャウルウル泣けてきた
 373頁 一気読み
 公園の池の辺りの木陰のベンチで読んだんだけど
 涙と鼻水を我慢して 嗚咽しちまったじゃなねぇかコノヤロウ

 (´;ω;`)

 獲得+1数:+22

『ピンクとグレー』 加藤シゲアキ / レビュアー:谷田部卓

2015/12/23

「ピンクとグレー」 加藤シゲアキ(著) 角川文庫 315頁 ★★★★☆

 ジャニーズ事務所のNEWSメンバーである加藤シゲアキの処女小説である。ムスメがヨメヨメとうるさいのでしかたなく読んでみたのだが、驚いた。アイドルが初めて書いた小説としては思えないくらい、面白かったのだ。

 子供の頃から親友どうしの大貴と真吾 。高校生の頃に読者モデルとなり、二人とも芸能活動を始めたが、真吾だけがスターダムをのし上がっていく・・・

 どうせアイドルが書いたのだから、芸能界をネタにしたショーモナイ話だろうと、最初はナメていた。しかし読み進めるうちに、小説の世界にドンドン引き込まれていく話術に感心してしまったのだ。アイドルという色眼鏡抜きでみても、新人作家として十分な素質と才能はあると思う。

 この「ピンクとグレー」の基本は、青春小説である。ボクはそれこそ数えきれないくらいの青春小説を読んできた。夏目漱石や太宰治から説き起こす必要はないが、青春小説というならサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」くらいから語りたい人なのだ。

 最近の作品だけに絞っても、白岩 玄「野ブタ。をプロデュース」、藤谷治「船に乗れ!」、三浦しをん「仏果を得ず」、恩田陸「夜のピクニック」、誉田哲也「レイジ」、朝井リョウ「もういちど生まれる」等々・・・

青春小説に秀作・傑作は数多い。と言うか、小説なら青春小説こそが王道だと、ボクは密かに思っているくらいなのだ。

 で、この「ピンクとグレー」を、単純にこれら過去から連綿と連なる青春小説たちと比べてしまうのは酷だとは思う。筆力、つまり文章力とか表現力云々といったレベルは問題もなく、まだ何者でもない若者が、そのモラトリアムな状況下においての過剰な自意識とか喪失感といった、青春小説の勘所はキチンと押さえられている。しかも抜群に面白い。だが、あえて難を言うと、この面白さはTVドラマ的面白さなのだ。

 前半の子供時代は、何だかなという感じもあるのだが、後半になるにつれ一気に話が加速していく。予想外の展開、話者の突然の入れ替え、疾走したままラストへの突入、そしてその感性の鋭さ。出だしや途中に挟まれたエピソードも伏線となっており、小説全体の構成はよく考えられていると思う。だから読んでいて、目が離せない面白さなのだが、お話のスピード感、場面展開の切れの良さが、時間制限のあるTVドラマ風に感じてしまうのだ。

 著者の加藤シゲアキは、インタビュー形式の後書きで、ゴーストライターが書いたんじゃないかと言われると嬉しくなる、と言っていた。まあこれはよいのだが、あまり小説を読んでいない、という発言には驚いた。普通の作家なら確実に読書家だ。小説をあまり読まない作家など、今までいたのだろうか・・・

 ま~だから加藤シゲアキが書く場面展開の感覚・疾走感は、小説ではなくTVドラマで培われてきたものだろうな。それに処女作なので、あらゆるアイデアを注ぎ込んでいるようにも思えるので、もし作家としての実力をみるなら、二作目以降の出来次第だろう。(未読ですが)

 処女作が最も面白かった、と言われた作家は過去にも大勢いたし。とにかく、エンターテイメント系青春物語としては、上出来の小説なのであった。

獲得+1数:+21

総合(累計点)優秀作品

 今回累計点でチャンピオンに輝いた谷田部卓さんのレビューから2点、得票数の多いものを掲載いたします。

『何者』 朝井リョウ / レビュアー:谷田部卓

2015/12/19

「何者」 朝井リョウ(著)新潮文庫346頁 ★★★★

 僕の大好きな朝井リョウの小説。そして文庫になるのを待ち望んでいた、直木賞受賞作である。

 劇団サークルで脚本を書いていた拓人、バンドのボーカルをやっていた光太郎、留学帰りの瑞月、海外ボランティアを経験した理香、読書ばかりしている隆良。夫々の就職活動が苦戦していくにつれ、隠していたつもりの本音や自意識が、次第にあぶり出され・・・

 2010年鮮烈なデビュー作「桐島、部活やめるってよ」、スポ根小説「チア男子!!」、2011年の家族小説「星やどりの声」、きらめくような大学生活と繊細な心を描く「もういちど生まれる」、2012年には、大人になろうとする女子高生たちの物語「少女は卒業しない」、そして「何者」。平成生まれの作家が描く若者は、常に等身大だ。

 この「何者」は、就活に四苦八苦する大学生の青春群像物語なのだが、いつもの朝井リョウとは違っている。今まで読んできた朝井リョウなら、若者の苦悩を描いたとしても、軽やかでキラキラとした表現力により、読後には爽やかな印象が残った。しかし今回の作品では、苦みが残る。

 いつも同じことを言っているが、それこそ星の数ほどある青春小説は、若者特有の苦悩、葛藤、そして希望を描いてきた。もちろん、そこでは恋やスポーツ、友情などを中心にストーリーが展開していくのが大半だ。最近は、この「何者」のように、就活をテーマに書かれた小説も多い。就活ガイドブックにもなる村上龍「シューカツ」、就職氷河期の実体験をここまで書くのかとリアルに描く、三浦しをん「格闘する者に○」 。就活という、大学生が社会人になるためのイニシエーション(通過儀礼)は、日本のごく普通の風景として定着してきたのだろう。

 そういえば、学生運動もとっくに終わった1975年のフォークソング「『いちご白書』をもう一度」で、『僕は無精ヒゲと髪をのばして、学生集会へも時々出かけた。就職が決まって、髪をきってきた時、もう若くないさと、君にいいわけしたね♪』と、バンバンのために弱冠21歳の荒井由実は描いた。『いちご白書』というアメリカの学園闘争の映画は、もう誰も知らない時代になってしまったが、あの時代から社会人になるための通過儀礼は存在していたんだな。

 この小説が、これまでの青春小説とチョイと違うのは、TwitterやSNS などネット世代ならではのガジェットを駆使しているところだ。まあ、このような文明の産物は陳腐化が激しいので、十年も経たないうちに忘れられ遺物になってしまうリスクはある。だが、今という時代を表現するためには、今の若者の心象風景をリアルに表現するためには、必須アイテムなのだ。

 しかも、そのガジェットの特徴を最大限に活かし、朝井リョウは最後にどんでん返しを用意している。基本は青春小説なのだが、あたかもミステリーのような構造になっているのだ。予備知識を持たずに読み始めたので、これには正直驚いた。詳しく書くわけにはないのだが・・・

 ま~それにしても、バンドだの劇団だの、この若者たちは大人から見たら、お気楽な大学生活をしていたとしか思えない。しかし、自意識とプライドの塊である若者たちは、厳しい現実と対峙することで、自らの醜さに向き合うしかなくなる。本音で語っていたはずの仲間とのおしゃべりも、実はタテマエでしかないことに気がつかされてしまう。とうとう読者まで巻き込んで、人のダークサイド(暗黒面)が暴露されていく、怖い小説なのだ。

 今時の若者たちは、Twitter だのSNSだので、四六時中仲間同士でコミュニケーションしている。誰かと繋がっていないと不安になるのだろうか。情報を集め、公開し、お互いに交換することで、自分の存在価値を確認し合っている。
 だが、自分が何者かさえ判らない時、他人に選別され、不要だと烙印を押され、自らの存在価値を否定されてしまうと、プライドは瓦解し、最も濃いコミュニケーション相手すら、信じられなくなってしまうのだろうか、人は・・・

獲得+1数:+21

『想像ラジオ』 いとうせいこう / レビュアー:谷田部卓

レビュアー:谷田部卓
2015/12/21

「想像ラジオ」 いとうせいこう(著) 河出文庫 215頁 ★★★★☆

 東日本大震災を、真正面から扱った勇敢な小説である。様々な賞を受賞し2013年に話題となった本が、文庫本となったので、さっそく読んでみた。

 深夜の東北の小さな町。海を見下ろす高い杉の木のてっぺんから、「あなたの想像力の中だけで聴こえる」という、ラジオ番組のオンエアを始めたDJアーク。生者と死者の垣根を越え、軽快に饒舌に語り続けていく・・・

 あまりにも衝撃的な出来事だった東日本大震災。作家たちは言葉を失い、震災をテーマにした小説をしばらくの間、誰も書けなかった。しかしこの悲劇から2年後、いとうせいこうは成仏できない死者の口を借りて、大震災の悲惨さとその無念を描いた。

 「悲劇は軽妙に、喜劇は荘厳に」という言葉がある。映画や小説に対しての格言みたいなもんだが、この「想像ラジオ」は、まさにその言葉通りに実践している。あまりに悲惨な出来事を、そのままのドラマにしてしまうのでは、読んでる人が辛すぎる。あくまで語り口は軽快に、ワンセンテンスは長く、DJ のノリで饒舌に語っていく。おしゃべりの途中には音楽を挿入し、リスナーからの電話やメールまで入れ、深夜ラジオの形式を忠実に守り、お話は淀みなく進むのだ。

 だから、津波に襲われて杉の木のてっぺんに引っ掛かっている人の、暗い海の底深く沈んだ人の、倒壊したビルの中に閉じ込められた人の、おしゃべりに耳を傾けられる。どんな悲惨な状況でもDJ アークは軽やかに会話し、励まし、希望を語る。だから深夜ラジオのリスナーである読者は、一層死者たちの無念さに胸を打たれてしまう。

 DJ アークも、時に神を恨み絶望するが、それでも深夜になると復活し、成仏できない魂魄たちのために、希望を込めたおしゃべりを始めるのだ。そして最後には・・・

 涙なくしては読めない小説で、決してお気楽には読めないお話。しかし、被災した人たち、愛する家族を失った人たち、復興に携わったボランティアの人たち、様々な立場の気持ちをくみ取る優しさが、この作品に満ち溢れている。だからこそ、ぜひ広く永く読み継がれて欲しい。「相手の気持ちを想像してごらん」と、DJ アークは語りかけてくるから・・・

獲得+1数:+13

特別寄稿

 別冊の「2015本が好きレビュー大賞全集」で紹介しました月刊群雛2015年01月号掲載の『らせんの本棚出張篇』より、後半部分の『ドミトリーともきんす』レビューを本書に寄稿いたしました。こちらにオマケとして掲載しておきます。

『ドミトリーともきんす』 高野文子(たかの・ふみこ) / レビュアー:神楽坂らせん

 続けてご紹介いたしますのは、『ドミトリーともきんす』にしましょうか。
 著者の高野文子さんは、看護師として勤める傍ら、1979年『JUNE』掲載の『絶対安全剃刀』で商業誌デビュー。
 もう35年以上現役で漫画の第一線で活躍されているというのに、今まで出版された単行本が本作を含めてわずか7冊と、きわめて寡作な方なのです、けれどもひとつひとつの作品がホームラン級というものすごさ。
 デビュー当時、その、少女漫画とも少年・青年漫画ともまるで違った作風が注目され、大友おおとも克洋かつひろさんや、さべあのまさんなどと共に「漫画界のニューウェーブ」の旗手と目されたそうで、1982年に日本漫画家協会優秀賞、2003年には手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞するなど、特にプロフェッショナルな漫画の世界で絶賛されているのがわかります。
 そんな高野文子さんが12年ぶりに出した新刊がこの『ドミトリーともきんす』。
 絵柄が古いなんて言われる方もいますが、とんでもない、この空間描写、すごすぎます。

 私自身、最近は文章を書いたりしていますが、小さいころの夢は漫画家さんだったんです。ただあまりの絵心のなさに挫折しましたけれど。その挫折ポイントが空間の描写とアングルだったんですね。これがどうしてもできない。下手っぴなりに動かないものを目で見たまま描いたり写真を写すのはなんとかできても、動くものや関節のあるもの、想像上の視点からどう見えるのか等、そのあたりに潜む絵的なリアリティを、なんとなく想像はできても絵にすることがまったくもってできませんでした。まぁ、その他お話づくりがはたして上手だったかというのはこの際おいておくとして。
 で、この高野文子さんの構図力、と言っていいのでしょうか、意外な場面を意外なアングルから切り取った独特の構図、これがまた本当にすごい。『ドミトリーともきんす』以前のお話でも視点のすごさはよく話題になっていました。たんに三次元の空間を二次元の紙の上に投影して描いている。っていうあたりまえの話ではなく、お話の外側の、今本を持って読んでいる読者側からの描写や、登場人物の内面、それも見た目ではなく心象からの描写(!)を絵で表現したりしちゃうのです。これはプロの評価が高いわけです。こんなこと、普通の(というのも失礼ですが)漫画家にはとてもできない芸当なんじゃないかと思います。
 その構図パワーが冒頭から炸裂しているのが本書、『ドミトリーともきんす』なのです(やっと本作の解説になってきた)。

 プロローグの前に挿入された『球面世界』と題された小品。そもそもタイトルからして球面世界ですよ。もうしょっぱなから構図力のすごさを予感させるタイトルです。
 舞台はごく普通(のマンションかしら?)の一室。小さな部屋に本編に登場する母娘が住んでいて、あるきっかけでその部屋が球面世界になってしまうのです。部屋の床面が球面世界の、ちいさなちいさな惑星の表面全部、といえば通じるでしょうか。まるで‎アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』の星のような、ちいさな世界です。
 普通のファンタジー的な感覚なら、そのまま『星の王子さま』の挿絵風の、小天体の上に立つ主人公の姿を、星全体ごと視野に収めたロングショットの構図で描くことでしょう。
 しかし、そこは高野文子さん、星の上に立つ王子様自身の視点で、星の上に建てられていて、星全部を覆っている建物の中にいる住人の視点でその空間を描いてくれます。
 これってまさに本書のモチーフになったであろう、ジョージ・ガモフ博士が『不思議の国のトムキンス』で行った、自然科学的な定数を(人間視点でわかりやすいように)大いに狂わせた世界そのままじゃないの!
 ガモフ博士は『不思議の国のトムキンス』で素粒子を目に見えるサイズにしたり、宇宙全体の直径を10kmにしちゃったりして、その宇宙の中ではものごとはどう見えるか、光の速さを極端に遅くしたらどうなってしまうか、なんていう科学的な思考実験を一般人にも理解できるユーモラスなお話にしてくれていました。
 それを、高野文子さんは、その手法そのままに現代版のコミックにしてしまったという感じです。
 と言っても、パクリであるとか模倣であるということではなく、正しい意味でのオマージュであろうと思います。それは本書のタイトル『ドミトリーともきんす』からもわかりますし、なんといってもこの『球面世界』にトムキンス氏がそのまま登場することからも明らかでしょう。
 繰り返します。ガモフ博士が描いたトムキンスさんがそのまま出てくるんですよ! 小さなころに『不思議の国のトムキンス』で科学の世界に触れた私なんかはこれでもうちょー嬉しくなって(実を言うとここまで立ち読みでした)、そのまま本書を抱えてレジへ駆け込んでしまいました。
 その後もトムキンスさんが『脈動する宇宙』(『不思議の国のトムキンス』第五話)で体験したのと同様の経験をするとも子さん(母)ときんこちゃん(娘)。これは、『不思議の国のトムキンス』のオマージュであるだけでなく、『不思議の国のトムキンス』という本の紹介になっていて、さらにその、対象の〝本の世界〟にキャラクターと共に入り込む、高野文子さん流の最高のリスペクトなんじゃないかと感じました。

 この本を読んだ読者は、

 1.ガモフ博士の『不思議の国のトムキンス』を読んで感動した著者、高野文子さんによる想像上の
 2.『不思議の国のトムキンス』の世界風に生まれ変わった高野文子さんの世界を
 3.世界の内側から見ているキャラクターである『とも子さん』の視点を通じて
 4.その世界を見て感じ、考えて自然に受け入れる。

 という、『不思議の国のトムキンス』風の何重にも入れ子になったあわせ鏡の中にいるような不思議な感覚を、こんなややこしいことを意識することなく体感できるのです。
 それを、このあっさりした線画で描いてしまう。さすが、決して多作ではないのに必ず出すとホームランの高野文子さんです。何度も言いますがものすごい人です。
 なお、高野文子さんは本作を描くために、道具から変えたそう。今までの漫画用のペンをやめ、太さの変わらない製図用のペンに持ち替えたのだそうです。ずっと人の心の内面を描いてきた、感情の乗る道具ではなく、あえて感情を排した静かな線を描ける道具に、静謐な科学者の気持ちを伝えるための道具に取り換えたのですね。こんなところでもプロフェッショナルなんだなあと思います。

 ちょっと余談。過去の作品について。
 こういった作風というか、私に言わせれば「匠の技」について、世の書評家はこんなことを言っています。

〝(前略)各少女マンガ家が窮めた持ち技から毎回犠牲を選んで、ほとんど暴力的にそれらを燃やし切ってしまう人が、かつてこの業界に出現したことがあっただろうか〟荒俣宏(※)

 高野文子さんの初期の作品でよく話題にのぼるのが『田辺のつる』(『絶対安全剃刀』に収録)という作品。こちら、認知症が始まり、自分が幼女であると思い込むおばあさんのお話です。そのおばあさんの視点からお話が語られるので、漫画世界の中では彼女は可愛らしい幼女として描写されます。
 これは、往年の少女漫画で有名な大島おおしま弓子ゆみこさんの『綿の国星』の、自分が人間の少女だと思い込んでいる猫を少女の姿で描くという手法そのままなんですね。
 これは大島弓子ファンを始め、当時の少女漫画好きに与えたショックは相当大きかったんだろうと想像できます。そりゃ「暴力的」と言われても不思議はありません。
 でも、これって、現実世界や従来の作品が生み出してきた古典的なメソッドに、まるで違う極端な対象を代入して出来上がる世界を舞台に、そこの住人のリアルな視点から物語を描写しなおす。という、SFの手法でよくあるエクストラポーレーション(外挿法)なのではないかと思うのです。
 高野文子さんのすごいところは、それを作品の中に閉じ込めるのではなく、作品自体に対してエクストラポーレーションを仕掛けているところ。単純にキャラをこう変えてみよう、とか、舞台を別の国にしてみよう。なんてちゃちな変え方ではなく、作品やジャンル自体の根幹に関わるような要素を大げさに変え、しかし、普通見過ごすようなポイントだけは読者がよく知っている世界なり物語なりメソッドなりをまったくそのままにして、その一点を軸に作品全体のベクトルをぐるりと回転させてしまう。
 このセンスがすごい。高野文子さんの構図力、視点選びのすごさは三次元どころか、四次元からの眺望なんじゃないかと思えてくるのです。

 さて、だいぶ脱線しましたが、ふたたび戻って本編の紹介を続けましょう。
 ここは不思議な学生寮「ともきんす」。先ほども出てきたとも子さん(母)ときんこちゃん(娘)が一階で暮らしています。
 お二階には寮生さんが四人。その寮生さんたちはそれぞれ後の世で偉業を成し遂げる科学者さんたち。朝永ともなが振一郎しんいちろう牧野まきの富太郎とみたろう中谷なかたに宇吉郎うきちろう、そして湯川ゆかわ秀樹ひでき
 この本は、そんな彼らの「科学者たちの言葉」をテーマにしています。この四人が書き遺した本をモチーフに、彼らが何を感じて何を考え、何に悩み何に喜びを感じていたか、それを、前述の高野文子メソッドで、彼らの視点に飛び込みながら、彼らが世界をどう見、捉えていたのかを表現し、同寮を営むとも子さんときんこちゃんと同じところから、彼ら科学者の感性をあたたかく見守ることができます。

 では、それぞれのお話をざっと紹介してみましょう。

1 『トモナガ君 おうどんです』 朝永振一郎「鏡のなかの物理学」
 寮生さんの登場第一号はトモナガ君こと朝永振一郎。鏡を手に何か考え事をしています。
「どうして鏡の中では右と左が逆になるのに、上下はそのままなんだろう」
 ごくごく当たり前の疑問で、その瞬間の私の反応は丁度おうどんを茹でていたとも子さんと同じ「そういえばそうね」だったのですが、「そういえば」という言葉で自分の過去を振り返り、はっとしました。そういえば小さいころそんな疑問を持ったことがあったような。でも、どうしても答えにたどりつかず、そのままその疑問を「当たり前のこと」にしてしまって深く考えず日々の些事に埋もれさせてしまう癖がついてしまったのだ。と気がついたのです。
 彼ら科学者たちはそうした「当たり前」を当たり前としないで、どうしてなんだろう? と純粋に考え続けることができる人々なのですね。

2 『トモナガ君 泣かないで』 朝永振一郎「滞独日記(一九三八年四月七日~一九四〇年九月八日)」
 そんなトモナガ君のピュアな一面が現れる一節。ハイゼンベルク(量子力学の確率に寄与した物理学者でノーベル物理学賞受賞者)に師事すべく、ドイツのライプチヒに留学していた時の彼の日記がモチーフになっています。当時の彼は大学で同級生だった湯川秀樹(本書にも登場するユカワ君)が発表した中間子理論が世界の注目を集めていることを知り、自分もなんとかせねばと焦るものの、己の才能のなさに自己嫌悪に陥る日々だったそうです。
 しかし、彼がこの時代に苦しみ悩み続けた問題が、後にノーベル物理学賞を受賞する「くりこみ理論」の素地になったそうです。よかったですね、トモナガ君。
 なお、この漫画に出てくるトモナガ君、なかなか高身長でイケメン風に描かれています。当時の写真を見るとけっこうそっくり! モテたんだろうなあ。でも女性にはあんまり興味なさそうですね。

3 『マキノ君 お正月です』 牧野富太郎「松竹梅」
 マキノ君って誰? って最初思いながら読んでみて、びっくり、これ、『牧野日本植物図鑑』の牧野富太郎さんのことじゃない! 私の家にも大きな植物図鑑があって、小さなころぺらぺらとめくって、すごいなあと素直に感心していた絵を描いた人だ! と、遅ればせながら気がついたのです。「牧野」って書いてあるのは牧場や野原のことかしらん? なんて当時は思ってました。人の名前だったんですよね、ホントごめんなさい。
 この節ではそんなマキノ君の植物に対する愛情のこもった観察眼や美意識が伝わってきます。

4 『ナカヤ君 お手紙です』 中谷宇吉郎「かんざしを挿した蛇」
「雪は天から送られた手紙である」そう語り生涯を雪と氷の研究に務めた物理学者、中谷宇吉郎の思い出。彼が小学生のころ、北陸の小さな町にも電灯が付きはじめ、大人たちもようやく「科学」というものに触れたものの、まだ裏山には「簪を挿した蛇」がいると言って子供を近づけなかったのだとか。そこに疑問を感じたのがナカヤ君にとっての「科学」の始まりだったようですが、彼はその科学にもお伽話のストーリー性や雪の結晶の美しさを感じ取っていたようです。

5 『ナカヤ君 コタツです』 中谷宇吉郎「天地創造の話」
 さて、ナカヤ君といえば雪、雪といえば冬、冬といえばコタツという連想のお話です。コタツの中の炭火で火山の噴火口を想像するとも子さん。最初に書いたとおりナカヤ君といえば雪の研究なのですが、彼は北海道の洞爺湖のほとりで突然大地が隆起して出来上がった昭和新山の研究にも参加していました。当時、戦時下だった日本では戦時研究に没頭させられ、一生に一度あるかないかという火山爆発の研究にも時間を割くことができず、大変悔しい思いをしていたのだとか。一般人には正反対に思える雪や氷と、大地の中の炎が同居する大自然。彼はそこに天地創造の神話を見ます。

6 『マキノ君 蝶々です』 牧野富太郎「なぜ花は匂うか?」
 植物に恋する男マキノ君の再登場。小学生男子お待ちかね(?)おしべとめしべのお話です。
貴女あなた方はただなんの気なしに見過ごしてらっしゃるでしょうが」と、植物の美しさの理由を解説するマキノ君。そりゃ花の美しさには敵わないかもしれませんけどね。ここでも人間の女性はカタナシです。

7 『ユカワ君 お豆です』 湯川秀樹「数と図形のなぞ」
「人はなぜ数を数えるようになったのでしょう」ユカワ君の素朴な問い。数学・物理学の天才もこうした疑問から「科学」をスタートさせていったのでしょう。ユカワ君は言います、モノの性質はどうでもよく、数えられる対象があったら、人はモノを数えるという動作をして、ものすごい抽象化と普遍化を行っている。抽象化すなわちフィクションとすることでモノの性質から離れて計算をすることができるのだ、と。昨今の一部の小学校では数える対象の性質によって足し算の順を変えましょうと教えるのだとか。そんな先生方にぜひ読んでいただきたい一節です。

8 『ユカワ君 松ボックリです』 湯川秀樹『「湯川秀樹 物理講義」を読む』
 ユカワ君による、空間を数で表すお話です。前節のとおり抽象化の結果である「数」というもので空間すらも表してしまう。「科学とはいっぺん遠いところへ行くことなのです」遠くから見ればよくわかることもある、と。抽象化・普遍化の結果、宇宙の法則を見つけ出す科学者の目は、ここでこの本全体の著者、高野文子さんに重なるように見えます。

9 『ユカワ君 ハゴロモです』 湯川秀樹「自然と人間」
 自然は曲線でできている。人間の作ったものは直線でできている。自然が曲線ばかりなのは、あらゆる線が許される中で直線になりえる確率は極小だからで、逆に人間が作ったものが直線ばかりなのは、直線がもっとも効率がいいからだろう。この直線と曲線の狭間、確率と可能性について、ユカワ君は考えを進めます。

10 『ようこそ、ガモフさん』 ジョージ・ガモフ『G・ガモフ コレクション1 トムキンスの冒険』
 とうとう本編にジョージ・ガモフさんご本人の登場です! とも子さんが大ファンとのことで作中でサインをもらってます。いいなあ。
 もう作中作を飛び越えて、登場人物として別のキャラクターが紹介している本の著者まで現れる、現実とファンタジーと、科学と本の世界が混ざりあって、なかなかすごいことになっている気がしますが、そんなことはお構いなく、一人増えて計五人となった科学者たちと、とも子さんにきんこちゃんは楽しそうにテーブルを囲みます。
 そうして、読者である我々は『トムキンスの冒険』の表紙のサインはこうして描かれたことを知るのです。いいなあ。

11 『詩の朗読』 湯川秀樹「詩と科学~子どもたちのために~」
 最後に、数式を書くのは好きでも文章を書くのは苦手だったというユカワ君の詩の紹介です。
 詩と科学、それは遠くにあるようで実は近い。なぜならどちらも出発点が同じだから。どちらも自然を見ること聞くことから始まる。
 両者は同じ出発点から始まり、遠く離れてしまう。だがいつの日か二つの道は交差し、同じところにたどりつくのかもしれない。
 隠された自然の真実の美に触れた科学者は、数式という言葉でうたをうたうのです。
 そして、一人の科学者によって見出された美は、いくらでも増やすことができる。
 詩の紹介の背景には、ユカワ君たちの発見を手にする子供たち~無数のきんこちゃんが、まるでM.C.エッシャーの描くパターン画のように広がっていきます。

 そこで、何の気なしにページをめくっていた私は気がつきました。各章の扉に描かれていた幾何学模様は実は『ドミトリーともきんす』自体のパターン画であることに。
 本の中扉の図も同様の幾何学模様。
 そういえば表紙の階段のシルエットを上り下りする母娘の姿もエッシャー的な意匠な気がしてきて……。

 どうやら高野文子さんは、漫画というアート=詩を突き詰めていくことで、数学や物理科学に交差し、それらを内包し表現する詩としての漫画を発明してしまったようです。

 なお、あとがきの後におまけ的に掲載されている『Tさん(東京在住)は、この夏、盆踊りが、おどりたい。』に至っては、盆踊りを三次元+音楽(時間)で捉え、二次元の展開図にしてしまっています。わずかなページ数で描かれていますが、いままで紹介してきた科学と芸術が交差するアートとしての漫画表現の神髄が味わえます。まるで実験映像のような時空間。おまけと軽くあしらわずにぜひ最後まで楽しんでみてください。

 ◇

 いかがでしたか?
 今回、「本の間から本が生まれる本のことを中の人が語る本トホントのファンタジー」と、「ファンタジーの中の人が本当の人が書いた本と人とを紹介する本」という大変トリッキーな構成の本を2作並べて紹介いたしました。(※2)
 両者、小説とコミックですし、作風も何もかもまるで違っていますけど、こうしてみると何かが似通っている気がします。まるで正反対に見えても、正しく反転しているからそっくりな鏡像というか、いえ、この場合はあわせ鏡の内側の世界を裏返しにして外から見ているような、そんな摩訶不思議な多重構造を感じさせてくれます。
 そして、私も、書評としては反則になりそうですけれど、本の中の構造をちょびっとだけ拝借して、理詰めだけでなく感想を交えつつ書いてみました。この文をきっかけにして皆様の読書構造がより深く多重化することを願ってやみません(ってまた混ざってる)。

〈了〉


※【出典】『ユリイカ』2002年7月号 ヤマダトモコ「保守がこうじて先鋭的になるマンガ家?」220~221頁で引用
※2 本来の原稿では、本書掲載の『ドミトリーともきんす』レビューの前に、全集掲載の『本にだって雄と雌があります』レビューが本来ついていたため、このような書き方になっています。全集も併せてご覧頂ければ幸いです。

あとがき

 まるっとレビュー大全集、いかがだったでしょうか?
 ものすごい長文のレビューがあったかと思えば、ほんの数行のレビューがあったり(それで+1が多かったりして)、まとまりのないことこの上ないレビュー集だったりしますが、まあこれもなんでもありのコミュニティの味、ということで、ご了承いただければと思います。
 そうなんです、Google+の【本が好き】コミュニティの基本方針は「本に関することならなんでもあり」なのです。
 紙の本はもちろん電子書籍でも、漫画でも文芸作品でも技術書でも、絵本でも古文書でも辞書でもほんとに何でもあり。「本についても差別をしない」をモットーに、最近は図書館や本屋さんやブックカフェの話題まで手広く扱わさせていただいています。
そんな【本が好き】コミュニティにどんどん本好きの人があつまり……、というのは前書きに書かせてもらったとおり。とうとう昨年末にメンバー数が1万2千人を突破しました。3年で一万2千ですから、毎月300人以上の割合で増加している計算になります。

 グラフで見ても一目瞭然、まさに右肩上がり、出版不況もどこ吹く風、Google+がオワコンだなんて誰が言ってるの? 責任者出てこい! って鼻息荒く(荒すぎ)思っている今日この頃です。
 きっと、このグラフの通り本好きの数はどんどん増えていると思うのですね。紙だの電子だのの形にこだわらず、ある程度まとまった「他人のメッセージを受け取る」=読書という行為は、決して減らない。だって、大げさに言えばそれはコミュニケーションの基本のはずで、人類に不変のものだからです。
 それが廃れるなんてことはありえないし、本を出しても売れない儲からないなんていうのは、出版が本来もっていたコミュニケーションの意味から、儲けを出すために本を出すという形に離れてしまっているからなんじゃないかな、なんて思っていたりします。
 今までの、出版して売る。という出版業の商売の方法が偶然(ほんの500年ぐらい?)市場にマッチしていただけだからなんじゃないのかしら。
 きっと、別の方法でうまく商売をすることを誰かが見つけたら、こんな不況はすぐにふっとんで、まったく新しい形の「本」が生まれてくるんじゃないかな、それは電子書籍かもしれないし、まだ誰も見たことのない媒体かもしれない。
 でも、それが「本」であって、人々に愛されるのは確実な事です。
 逆説的ですが、読者に求められて、受け入れられるために「本」は生まれてくるのですから。
 そんな時代の先駆けかもしれない、一万二千人の【本が好き】な人々の中の精鋭16名が腕によりをかけて書き記した、【好きな本】の紹介文集。こう書くとなんだかものすごい高尚なことのような気がしますね(笑) 気のせいでなくきっと高尚な事なんだ、これは未来の先取りで、まだ見ぬ将来の出版と読者へ過去の本たちを紹介していく橋渡しなのだぁ!! なんて大げさに考えつつ、前向きに倒れこみながら筆を置こうとおもいます。

 さて、最後になりましたが、レイアウト苦手な私のかわりに素敵な表紙を作成してくださった椎名力さん、新聞っぽくてなにやら知的な感じになりました。ありがとうございます。
 また、何でもありなんて言いつつも色々とワガママな管理人を優しく見守りつつ支えてくださっている一万二千人の【本が好き】な皆様、その中でも今回レビューを書いてくださった16名の皆さん、そして、+1をしてくださった多くの方々、すべての方がいなければこの企画はできませんでしたし、そもそもコミュニティが成り立っていません。皆さんこそコミュニティの主役です。ほんとうに感謝しております。ありがとうございます。

 そして、この本をここまで読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございます。
 この本を読むだけでなく、Google+【本が好き】コミュニティもちょろっと覗いてみていただけると、もっとうれしいです(宣伝)
 覗きついでに書き込みなんてしてもらえるとさらにうれしいですね(笑)
 本好きどうし、仲良くいたしましょう。もうメンバーの方は、今後とも、なにとぞよろしくお願いします。

2016年小正月 国立国会図書館にて

神楽坂らせん ,,Ծ‸Ծ,,

既刊情報

Google+【本が好き】コミュニティの本シリーズ

『らせんの本棚』 /『 らせんの本棚②』 / 『らせんの本棚③』



http://rasenbooks.tumblr.com/

コミュニティ管理人、神楽坂らせんのレビュー集です。コミュニティに書き込まれた本の紹介を中心に、各100冊程度をセレクト、現在第三集まで出版されています。Google+のコミュニティの雰囲気や空気を電子書籍で知りたい方はこちらもお求めいただくと管理人は泣いて喜びます。

『2015Google+【本が好き】コミュニティーレビュー大賞全集』


http://amzn.to/1ZKoJnV
本書の姉妹書です。こちらはコミュニティー雰囲気そのままに、横書きで構成、すべてのエントリーレビュー作品を掲載しています。

そのほかのコンテンツについては

RasenWorks QRコード

http://rasenworks.tumblr.com/

RasenWorksランディングページおよび、Google+本が好きコミュニティ
https://plus.google.com/communities/105217771127890240722
をご覧ください。

Google+本が好きコミュニティ2015レビュー大賞選集

2016年1月20日 発行 初版

著  者:Google+本が好きコミュニティ出版委員会
発  行:RasenWorks

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神楽坂で螺旋力を研究しつつ、主に作家向けのツールを整備したり翻訳したりしています。 Google+の「本が好き」コミュニティの管理人をさせてもらっています。 https://plus.google.com/communities/105217771127890240722

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