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読売新聞社が主催する「全国小・中学校作文コンクール」は、皆様のご支援により、65回の歴史を重ねることができました。
本コンクールは、戦後の復興途上にあった1951年(昭和26年)、子どもたちの考え方やものの見方、感じたことを文章で表現してもらうことを目的に創設されました。テーマや枚数に制限を設けず、自由に書いてもらうことを特徴に、今回も国内外から3万5095編の応募がありました。これほど多くの作品をお寄せいただいたことに感謝申し上げます。
各都道府県と海外部門に分けての審査、さらに2度にわたる中央審査を経て、文部科学大臣賞をはじめ各部門の優秀作品を決定しました。この作品集に収められたどの作品からも、作者のひたむきな思いが伝わってきます。戦後70年を機に第二次世界大戦を振り返った作品や、介護など現代の社会を反映したテーマに真剣に向き合う作品が、数多く寄せられました。
自分の体験や思いを、自分だけの言葉で書き残しておくことは、小、中学生の皆さんにとって、きっと「宝物」となることでしょう。本コンクールの応募者が、今後も、書きたいという気持ち、伝えたいという気持ちを持ち続け、新たなテーマに挑戦していくことを願っています。読売新聞社は、紙面と紙書籍版、電子書籍版の作品集で、多くの方に受賞者の力作を読んでいただきたいと考えております。
最後になりましたが、多くの作品を慎重に審議していただいた審査委員の先生方、ご後援いただいた文部科学省と各都道府県教育委員会、ご協賛いただいた東日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、株式会社イーブックイニシアティブジャパン、ご協力いただいた三菱鉛筆株式会社の各位に厚く御礼申し上げます。
2016年3月
読売新聞社
わたしの体は○○で出来ている 三重県・桑名市立長島北部小学校三年 伊藤 美嬉 14
水泳のとっくん 滋賀県・高島市立新旭北小学校三年 伊藤 美月 18
ピカピカなお母さん 京都府・京都女子大学附属小学校二年 松本 碧依 22
ぼくの身の回りの自然 大阪府・大阪教育大学附属天王寺小学校三年 山下 大毅 26
いとこのこっちゃん 兵庫県・姫路市立高浜小学校二年 藤本 琉衣 28
サイレン 奈良県・奈良学園小学校三年 細川 李果 30
ないたおかあさん 和歌山県・和歌山市立松江小学校二年 藪内 愛子 36
人が生きていくということ 三重県・津市立西が丘小学校六年 安藤 詩夏 40
一緒だな 滋賀県・草津市立老上小学校五年 小和田 佳歩 58
雨蛙 京都府・京都女子大学附属小学校六年 小畑 美月 74
おーばあばとのお別れ 大阪府・四天王寺学園小学校六年 上田 郁海 86
木から見た世界 兵庫県・神戸市立五位の池小学校五年 夏井 果音 90
戦後70年について 奈良県・天理小学校五年 池田 安寧 96
ひばくピアノに想いをのせて 和歌山県・橋本市立橋本小学校四年 川上 芹葉 100
初めて知った、大伯父のこと、戦争のこと 三重県・高田中学校二年 内山 はる香 108
輝く未来 滋賀県・滋賀大学教育学部附属中学校二年 植田 千裕 116
心友マッチ 京都府・綾部市立東綾中学校二年 竹市 琴音 120
私たちが知るべきこと〜戦争の悲劇〜 大阪府・四天王寺中学校三年 竹野 菜津実 156
おばあちゃんが二人 兵庫県・愛徳学園中学校三年 髙井 優花 158
これからの私の生き方 奈良県・広陵町立真美ヶ丘中学校二年 樋口 菜都 162
心に灯火を 和歌山県・智弁学園和歌山中学校三年 大原 佳子 166
第65回全国小・中学校作文コンクール 地方審査入選者名 170
第65回全国小・中学校作文コンクール 地方審査委員名 182
※掲載作品は、原文を尊重しながら読売新聞の表記に従って字句など若干の手直しをしています。
梯 久美子(ノンフィクション作家)
石崎 洋司(児童文学作家)
新藤 久典(国立音楽大学教授)
堀 敏子(元東京荒川区立第三瑞光小学校副校長)
田中 成(元東京都杉並区立西宮中学校長)
中原 國明(元東京学芸大学国語教育学会長)
小学校低学年 4883点
小学校高学年 8081点
中学校 22131点
合計 35095点
主催:読売新聞社
後援:文部科学省、各都道府県教育委員会
協賛:JR東日本、JR東海、JR西日本、イーブックイニシアティブジャパン
協力:三菱鉛筆
三重県・桑名市立長島北部小学校 三年
わたしの家にはたくさんのはたけがあります。夏にはいっぱい草が生えて、お母さんが一人で草むしりをするのは大へんです。だから、時どきわたしも草むしりのお手つだいをします。お母さんが草かりきでかったのを、わたしがくま手で集めます。それを一りん車にのせて、はたけのすみに山づみにしておきます。
この前、お母さんといっしょに高い山につんだはずの草がひくくなっていました。ふしぎだなあと思ったので、お母さんに聞いたら、
「晴れた日がつづいたから、草がかんそうして、小さくなったのだよ。」
と教えてくれました。そして、草は雨にあたって、くさって土になることも教えてもらいました。本当かな?と思って、のこっている草をのけて見てみると、そこにはサラサラの土が出来ていました。サラサラの土の中には、アリやダンゴ虫、ミミズもいました。
はたけのすみにかきの木があって、その根元へお母さんは野さいのくずや、草もすてます。春に里イモをはたけに植えて、あまったたねイモもいっしょにすててありました。そこからめが出て、ぐんぐんとくきがのびて、大きく里イモはそだっていました。葉っぱもこい緑色で、とても元気に見えます。でもはたけに植えたはずの里イモは、今年お母さんはいそがしくて、はたけの水やりをさぼっていたし、ついひといってひりょうをやる事も出来なかったそうです。だから葉っぱの色はうすい黄緑色で、元気もなく、くきもかきの木の下のものとくらべると小さいです。かきの木の下にすてたものは、同じように水やりをしていないし、ひりょうもあげていないのに、どうして元気にそだっているのかふしぎに思いました。お母さんに聞いたら、
「ここは、今までの野さいのくずや、落ち葉など色いろな物がくさって、それがたいひとなって、よい土だから元気にそだったのだと思うよ。」
と言いました。たしかにそこの土は、フカフカしていて、サラサラでさわって気持ちのよい土でした。あんまり気持ちがよかったから、おだんごを作ったけれど、すぐパラパラってくずれてしまいました。
お父さんも時どき草むしりをします。でも面どうだからって、じょ草ざいというくすりをはたけにまきます。そこは草がかれていて、ミミズもいないし、土もカチカチです。そしてそこは何も野さいが植えてないし、さびしいかんじがします。
野さいの根がはりやすく、元気にそだつには、よい土にしないとけないとお母さんは言います。だからお母さんは、くすりを使わないで野さいをそだてます。わたしたち子どもに安心で安ぜんな物を食べさせたいと言って作っています。なので、お母さんの作る野さいはとてもおいしいです。
わたしがお母さんのおなかの中にいる時も、お母さんは食べる物にすごく気をつけていたそうです。赤ちゃんが、おなかの中に元気な根をはって、大きくそだつように、おなかの土がフカフカになるように気をつけていたそうです。生まれてからも、よい母にゅうをのませたいと、食べる物にすごく気をつけていたそうです。だからわたしは、ミルクをあまりのまない子で、お母さんの母にゅうばかりのんでいたそうです。
わたしが今、元気でいられるのは、お母さんのおなかの中にいる時から、安ぜんで安心なえいようをいっぱいもらったからだと思います。フカフカの土にいのちの根をはって、いっぱいお母さんからえいようをもらいました。そして、おいしい母にゅうをいっぱいのみました。今は、お母さんの作ったおいしいごはんをいっぱい食べています。わたしの体は、お母さんの作った物とあいじょうで出来ています。お母さんありがとう。
(指導:黒田利子教諭)
滋賀県・高島市立新旭北小学校 三年
わたしは泳げませんでした。体育の時間、水泳を習っている友達は、とても上手に泳いでいて、いいなぁと思って見ていました。わたしは、水泳を習っていないから、泳げなくても仕方がないなと思っていました。
わたしは、毎週、子ども新聞を楽しみに読んでいます。夏休み中に読んだ新聞に、日本人の水泳せん手が、金メダルをとったことがのっていました。いいなぁ、わたしも泳げるようになったら金メダルがとれるかなと思って、お母さんに、
「どうやったら泳げる?」
と、聞きました。わたしのお母さんは、小学校の先生をしているからです。
「練習せんとあかんな。教えてあげようか。」
と、言ってくれたので、もう泳げたような気持ちになって、うれしくなってきました。
八月九日に、市民プールに行きました。
「二十五メートルの半分が泳げたらいいかな。今日から五回で、目ひょうたっせいするで。」
と言われました。五回も来たら、たぶん泳げるようになるだろうと思っていました。その日は、面かぶりのとっくんでした。「しせいがわるい」とか、「ひざが曲がっている」とか、「しっかりうででかく」とか、おこられてばかりで、いやになってきました。こんなにたくさんのことが、できるようになるのかなぁと、心配になりました。二十五分を二セットして帰りました。車の中で、お母さんもわたしも一言もしゃべらなかったので、暗いふんい気でした。
二回目は、十一日に行きました。少しは泳げるようになりたいと思ってプールに入りました。ばた足のれん習をしました。上むきでやったり、下むきでやったり、ビートばんを持ってやったりしました。水中でわたしの泳ぎ方を見ていたお母さんは、
「あかんなぁ。」
と、ためいきをついて言っていました。わたしは、かなしくなりました。
三回目からは、お姉ちゃんもいっしょに行きました。お姉ちゃんが来てくれてうれしかったです。二セットがんばったら、三セット目はお姉ちゃんと遊んでいいと言われたからです。まず、お姉ちゃんをお手本にして泳ぐように言われました。お姉ちゃんは、上手にいきつぎをして泳いでいました。わたしがすると、体がしずんでしまいます。だから、すぐに足をついてしまいます。お母さんは、
「頭を上げない。」
と言って、頭をおさえます。いたいので、
「やめて。」
と言うと、
「おさえてんと、上がってくるやん。」
と言って、もっと強くおさえてきました。頭を上げようとは思っていないのに、かっ手に上がってしまうことがくやしかったです。そこへ、お母さんがおさえてくるので、もっとくやしくなってしまいました。だから、ぜっ体に泳げるようになりたいと思いました。お母さんに横についてもらい、体がしずまないようにささえてもらって、いきつぎをしながら泳ぐれん習をしました。いきをすることを考えていると、うでが止まってしまっておこられました。うでを動かしていると、足が止まっておこられました。今日も二セットだけれん習をして、後は、お姉ちゃんと遊びました。遊んでいると、とっても楽しかったです。でも、泳げるようになったら、きょうそうもできて、もっと楽しく遊べるだろうなと思いました。
四回目は、十四日に行きました。お姉ちゃんにも来てもらいました。ばた足のれん習をして、うでの動かし方を直して、いきつぎをしながら泳ぐれん習をしました。体がしずむからすぐに足をついてしまいましたが、時々、
「上手。」
と、言ってもらえる時もありました。ささえてもらったら、半分まで泳げるようになりました。お姉ちゃんとお母さんにはさまれて、その間を行ったり来たりして泳ぐれん習が楽しかったです。
五回目は十四日に行きました。「今日が目ひょうの五回目だな」と思っていました。やっぱり、ささえてもらわないとしずんでしまうので、もうむ理かなと思っていました。けっ局、五回目でも泳げなかったので、「あかんかったな」と思って家に帰りました。
次の日、
「どうする?行く?」
とお母さんが聞いてきました。わたしは、
「どっちでもいい。」
と答えました。
「じゃあ、行こか。」
とお母さんが言ったので、よろこんで行きました。その日も同じれん習をしました。ささえてもらって泳ぐれん習です。半分でいいから泳げるようになりたいと思ってれん習していました。すると
「じゃあ、さい後に今年のきろくはかっとこうか。」
とお母さんが言ったので、
「うん。」
と言いました。思い切ってスタートしました。教えてもらったことを思い出して、考えながら泳ぎました。「どこまでいけたかな。」「もう半分はこえたかな。」と思いながら、む中で泳ぎました。すると、何と、一人で二十五メートルが泳げました。ずっと横について歩いてくれていたお母さんが、にこにこ顔でだきしめてくれました。
「すごいやん。二十五メートル一人で泳げたで。」
お姉ちゃんもいっしょによろこんでくれました。
「やったなぁ。すごいな。」
とってもうれしかったです。六回かかったけれど、あきらめずにつづけてれん習してよかったです。来年の水泳のじゅぎょうが楽しみです。もっとはやく泳げるようになって、金メダルがとれるようになりたいです。
(指導:岩谷美智子教諭)
2016年3月 発行 初版
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