── コーヒーを傍らに、何気ない日常の一コマを。
〈小説〉
どんなに近くにいる人でも他人、という距離感の中で、それでもふわっと一緒にいられることを大切にできたらいいな、というテーマがいつもあり、今回はその傍らにコーヒーを交えながら書きました。
いつものことだった。私は女の眠っている隣で静かにコーヒーを飲んでいた。女はいつも、した後ですぐに眠ってしまう。したいだけだろ、と私以外の男でもそう思うだろう。私は基本的に優しいと評される性格ではあるが、そんな私でも女の身勝手には許せないものを感じるときがある。
「あ、おはよう……」
女は眠たそうに目をこすって、ぼんやり起きてきた。
「おはよう……って」
「ごめん……」
「二時だよ」
「だから、ごめんって」
「もうどこもやってないよ」
今日は私の誕生日で、女とは、まずしてから食事に行く約束をしていた。
「作るよ……」
「こんな時間に?」
「ごめん……」
「寝てなよ」
「おやすみ……」
そう言って女はまたすぐに寝息をかき始めた。ごめん、なんて心にもないことは見え見えだ。
だけど、女のそういうところは分かった上で付き合っているし、それは女にしても似たようなものだろう。
私たちは、結局、特に大きな喧嘩はしないし、お互いを問いつめることもしない。私は、女のあれやこれやについて見て見ぬフリをしてしまうし、女もまた、私のわがままをさらっと受け流してしまう。
淹れてからしばらく時間が経ちぬるくなったコーヒーはどこかよそよそしく、それが逆に好ましかった。苦味だけが残る枯れた味わいは、淫らな女の寝顔を余計にいやらしく匂わせた。
ブラックで飲んでいたコーヒーに今更ながらミルクを注ぐと、少しだけ口当たりがソフトになった気がする。
女に気付かれないうちに飲み切ってしまいたくて、途中から一気に飲み干した。
ふと女の寝顔を見ていると、昔付き合っていた年上の女性を思い出す。女の寝顔はいつからこんなに大人びてきたのだろう、と感慨に浸りそうになり鼻を啜って紛らした。
冬の澄んだ空気の星空は、今夜半過ぎ、雲行きが変わり、雪が降り始めるという予報だった。
天気予報など普段からあまり信用していないのだが、こういう予報なら当たってほしい。女の寝顔を見ながら、雪の降る夜を過ごすというのも悪くない気がする。
※この作品のサンプルはここまでです。続いて作品情報&著者情報をご覧ください。
私は元々、音楽や短歌などを作っていて、最近になり短編の小説を書き始めました。全くの素人なのですが、今は新人賞などに応募をしたりしています。
この作品は、今回「群雛」というメディアに何か関わりを持てたらなという思いから書いていた作品の中の一つです。
珈琲というキーワードから、若い頃によく読んでいた江國香織(えくに・かおり)さんにはかなり影響を受けていると思います。
割とふわっとした映画のような雰囲気が好きな方に読んでもらえると嬉しいです。
とても短い掌編ですが、丁寧に2〜3週間くらいかけて書いていました。
今期の芥川賞候補に選出された劇作家・本谷有希子(もとや・ゆきこ)さんの今後の活動に注目しています。
いくつかの文学新人賞を目標にはしていますが、まずは目の前の日常や暮らしなどを丁寧に物語に綴っていきたいと思っています。
ゆるい雰囲気の作品を書き続けていけたらと思っています。またお目にかかる機会がありましたら、そのときはよろしくお願いします。
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2016年2月8日 発行 初版
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