── 頑なに信じて勇敢に罪を犯した結果は……。
〈小説〉
『自棄になることは誰だってできる。だから、俺たちエンジニアが頑張るわけだろ?』
そう皆を励ましながら、画期的な統合開発環境Asteriskの構築で働いていた『先輩』が、こうして、過労で倒れた。
2015年8月、酷暑の熱気が冷めない、とある都内の救急病院の救急待合。
そこで待っていた2人のエンジニアに、医者が、その最後の望みが潰えたことを知らせた。
その病院からの真夜中の道を、2人は会社に向けて歩いていた。
「うちの会社に、人事っていたんだな。葬式の準備でようやく、『あ、いたんだ』って」
「ああ。何してるかわからんがな。新入りにどうしようもない奴ばっかり採用してるから、実際は存在してないのかと思ってたよ」
真夜中でも秋の風はまだ来ない。ビル街の谷間に、肌に痛いほどの熱い風が淀んでいる。
「エライ人の『エンジニアは10年泥のように働け』の言葉の結果がこれか」
もう、2人はため息も出なかった。そのネクタイも曲がり、背広はクタクタによれている。
「久しぶりにこうして歩いて帰れる機会がこれってのは、ほんと、皮肉すぎるな」
アスファルトの放つ熱気が、このどうしようもない気持ちをさらにささくれ立たせる。
「実質的に、すでにタチの悪い戦争が続いてるんだ。経済戦争もここまでくると、第一次世界大戦の塹壕戦、機関銃の弾幕の前に人間を束にして投げ込むみたいな戦争だよ、今の状態。
それを忘れようと年1回のアイドルライブと月2回の秋葉原通いしてたけどさ、これがなんだってんだ。給料もらっても、使う時間がない。毎日タクシーチケットで帰宅して、家に帰っても会社のシステムと接続してコーディングとテスト続けて、また朝出社。元請けでこれだぜ? 下請け孫請けなんか、もっと地獄じゃないか。そこで働いている非正規雇用のエンジニアなんかもっと悲惨だ。
これで、希望もプライドも奪われたら、みんな、奴隷以下だ」
「かといって、どうするんだ? 時々憂さからみんなが愚痴で口にする『ええじゃないか』でもするのか?」
「いや、そんなのでは、済まさない」
「おい、本当か」と片方が聞く。
「ああ」
男は、かねてから考えていたかのように、冷たく、告白した。
「この世の中を、産業革命以前に、一旦戻してやるんだ」
「本気か」と片方が、顔を覗き込んで再び聞く。
「ああ。もともと、このアスタリスク・プロジェクトにはそれを仕掛けてあった」
戻ってきたオフィスには、表示されていた。
『IoT用途から企業エンタープライズ用途までの統合開発環境・アスタリスク』
そのAsteriskのロゴが、鮮血のような赤色で光っている。
※この作品のサンプルはここまでです。続いて作品情報&著者情報をご覧ください。
『月刊群雛』2016年01月号の竹島八百富(たけしま・やおとみ)さんの作品を読んで、モチーフが奇しくも同時期に書いて発表していた私の作品『鉄研でいず2』最終話の『アスタリスクは止められらない』と近くて大興味深かったので、その話の後日談を独立させて、竹島さんへのアンサーとして書いたというのが動機です。
BCCKS / ブックス - 米田淳一著『鉄研でいず・シーズン2A』 http://bccks.jp/bcck/140537/
BCCKS / ブックス - 米田淳一著『鉄研でいず・シーズン2B』 http://bccks.jp/bcck/140538/
(2Aが上巻、2Bが下巻です)
この『鉄研でいず』という話は、もともとアニメ化しやすいような女の子の部活モノを書こう、というプランでした。よくあるそういう話のフォーマットを守りながら、どこまでオリジナリティとクオリティを出せるか、という挑戦でした。そしてその中に鉄道趣味から見た模型と旅の楽しみを表現できれば、というのが主な狙いです。
とはいえ、書いてきた結果、現実にはただの独りよがりな趣味に走ってしまったり、派生したモチーフまで書こうとしてまとまりを失ったりという欠点も現在抱えています。そこをどうやって解決していくかが今後の課題です。
しかし、課題を抱えつつも、このシリーズの物語のフレームはいろんな可能性を持っていると思っています。今回は特に部活ものとしては大ネタを扱ってみました。
今のところ、もうしばらくは、このフレームを改善しながら使っていこうと思っています。
今回、載せるにあたって、キャラ数がどうしても多いことに悩みました。セオリー的には完全にキャラ数多すぎです。本来なら文芸としてしっかり書くには群雛の標準枠(1万字)だとメインキャラはできれば2人でやるべきなんです。しかもそれでしっかり描写できるのは1人だけなんです。
かといって2人では部活物にならないし、他のキャラをモブキャラにするという手も本質的解決ではない。つまり群雛にこれを載せるということ自体そもそも適さないんだ、モチーフ選びで失敗してたな、と、途中でドツボにはまりました。原稿書いてて頭を冷やしすぎて創作の炎まで消しちゃうパターンです。
でも、そこで、その無理を承知でどこまでできるか、という考えに頭のスイッチを切り替えられました。
実はこのインタビュー記事も、そのための取材を兼ねた旅の帰り道で書いています。結構、電車での移動中って、ちょっと退屈な時は、こういう原稿を書くのが私は楽しいのです。
それと関連して、この『鉄研でいず』の中で、旅や通勤を楽しみながら原稿作業をいかにするかという話もしていこうと思っています。
すでに発表したこの『鉄研でいず』シリーズでは、BCCKSでこの鉄研が部誌を発行するシーンや、部員が鉄道趣味モノの小説を書くというシーンを通じて、物語るということのノウハウまで書いています。もし興味があればお読みいただければと思っています。
実はこれでもまた全力で書いています。正直、すべての批判に耐えられるほどタフな私ではありません。でも、どんな批判があっても、反省や改善はあっても、これを書いて、後悔だけはしなくてすむ境地です。
下手でも、その時々で全力を尽くすしかない。後で気がつくとしても、その時は絶対に気づけなかったんだ、と思えるだけ考えぬき、悩んでおく。
それだけが私たちのできることの唯一だと私は信じています。
ようやく震災以来しんどかったいろんなことが解決して、力をさらに尽くしていける環境になってきました。
といいながら、年越しのちょっと長い取材旅行の帰りのバスの中でこの原稿書いてた時なんですが……目の前でばったり人が倒れたんです(!)。
結局は突然酔っぱらいが意識を失った、ってことだったんですが、もうびっくり。でも年末に消防署の救急講習受けてたので、意識確認とか落ち着いてできました。幸いその倒れた方、なんともなく意識を取り戻したんですが、倒れた時は目が逝っててびっくりしました。
というわけで2016年、年末年始旅からどっさりいろんなことが発生して、忙しい一年になりそうですが、ほんと、小説のネタには困らなくていい、と思うことにしようと考えています。
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