悲劇

　目の前で、視野いっぱいの火星を背景にして、巨艦がガスと炎を吹きながら姿勢を乱している。
　全長８９０メートル、戦闘質量20万トンの宇宙重空母〈ホーネット〉が球状の炎に包まれ、それを散らしながら、姿勢制御を失い、スピンに入ろうとしているのだ。
　その空母の生き残ったクルー総員が、艦のあちこちに取り付けた応急スラスターで、必死に艦の異常スピンを抑えこもうとしている。制御不能スピンに入ったら、宇宙船は自艦が復旧できなくなるだけでなく、他の宇宙船や宇宙施設にとって危険極まりない存在になるからだ。
　しかし、それをあざ笑うように、空母の防火隔壁が引き裂かれた格納庫で、次々と艦載機が誘爆し、艦全体を震わせ、ただでさえ乱れている姿勢モーメントを複雑にする。
　発射されなかった近接防御用のミサイルが、広がる火災で次々と垂直発射機の中で暴発している。
　空気のない宇宙では、音は聞こえないはずだった。しかし、その爆発の発生させるノイズが、皆が使う『コモン』と呼ばれる宇宙作業用汎用通信システムに入り込み、すさまじい爆発音、轟音のようなものとなって聞こえる。