何も特別なことなどない、これは、そんな俺の初恋の話
<新作読み切り・小説>
初恋は特別なんだよ、と昔誰かに言われた。
友人だったか、先輩だったか、親だったか、親戚だったか、そんなことはもう忘れてしまった。ただ、この言葉は俺には当てはまっていない。
確かに、初恋の相手や、その女性とのやり取り、会話、雰囲気、すべて覚えている。覚えてはいるが、それを特別引きずったり、思い出してセンチメンタルな想いに浸るような気色の悪いこともしていない。
ふとした拍子に、ああそういえば、と思い出すことはあるがそれだけだ。それもその女性に限ったことではない。他の子でもそうなる時はある。別に普通のことだ。
何も特別なことなどない。これは、そんな俺の初恋の話。
俺は少し特殊だったのかもしれない。
小学校はもちろんのこと、中学、高校、大学と長い間まともな恋愛をしてこなかった。
顔や性格は人並みだったと思う。特筆すべき欠点もなければ、目立った特徴もない、そんな男だった。
何度か女性と付き合ったことはある。だがそれを恋愛と呼べるのか、と問われれば答えは否だろう。
どれもこれも、惰性や一種の経験、友人の勧めなど、まあしょうもない理由ばかりだった。
そんな付き合いが長続きするはずもなく、大概はすぐに相手に飽きられて終わっていた。その度、周りの人間は励ましてくれたり、相手に怒ってくれたりしていたが、どうにも俺にはピンとこなかった。
みんなはことさら重大に捉えているけれど、俺には、女性と別れるということがそこまで大変なことだとは思えなかった。いつも周りの行動に疑問を抱いていた。そしてその疑問に自分で気付く度に、ああ、俺はまた恋愛をし損ねたんだな、とどこか他人事のように考えていた。
まるで映画を観ている観客のように、俺は自分の行動を冷めた目で見ていた。
それでいいとは思っていなかったが、どうすることできないし、どうにかする手立てを俺は知らなかった。
いつか自分には運命の女性が現れるなどと、頭に蛆虫でも湧いているようなことを考えていたわけではないが、別に鼻息荒くしてかたっぱしから女性を誘うような下品なことをしようとも思わなかった。
次第に周りは、俺が恋愛に興味がないと思い始めた。
大方間違ってはいなかったので、否定はしなかったけれど、俺はちゃんと恋愛に興味はあった。積極的ではないだけで、しっかりと人並みに恋愛に憧れていた。そんな俺がやっとのことでまともな恋愛に出会ったのは、二六歳の時だった。
その頃の俺は、大学を卒業してから就職した会社を辞めたばかりだった。
周りの空気や、上司の嫌がらせとも取れるようなしごき、会社の待遇や当時の俺の身辺で起こっていた様々な問題、辞めた理由はたくさんあるけれど、それをここで語るのはやめておこう。長くなる上に、なるべくキツイ酒がないと語る気にはなれない。
とにかく、その頃の俺は会社を辞めた後で、金もなく職もなくあてもなく、ただただ、なんとなく日々を消化するだけの生活を送っていた。
抜け殻のようになっていく自分の姿を空の上から見ているような感覚で達観して、情けない、と心の底から呆れていた。
彼女に出会ったのはそんな時だった。
ある喫茶店で食事をしていた時だった。
洒落た内装の店で、古ぼけたアンティークや、絵画が持ち前の雰囲気を発揮できるように配置や照明が緻密に計算されており、いくつかのテーブルが距離を開けてバラバラに並べられており、カウンターはいくつかの椅子を向かいに置いて、その向こうにはぴしっとした制服を着た店員がたたずんでいる。店内に漂っている甘い香りと、コーヒーの香ばしい香りが、客の脳神経を直接刺激しているようだ。俺はその刺激に素直に従い食事をしていた。
食事と言っても金がないのでたいしたものは食えず、コーヒー一杯と、一番値段の安いサンドウィッチを適当に食べていただけで、あとは煙草で空腹を誤魔化していた。
ぼう、と煙草を咥えながら、ゆらゆらと揺れる煙を眺め、時折思い出したように深く煙を吸い込んで、ふう、と吐き出した。
機械のようにその動作を繰り返しながらも、喉を刺激しながら肺を満たす煙草の煙だけが、自分が人間であるということを証明してくれているような、そんな不思議な感覚に取り憑かれていた。
ああ、俺はなにをしているんだろう。
そんなしょうもないことを考えながら、全身を襲う不思議な脱力感に身を任せていた。そうすれば、この身動きの取れない絶望的な状況から脱出できるような気がしていた。
そんな時に俺の視界は、斜め前、といってもテーブルとテーブルが結構離れているので、少し遠いのだが、そこに座ってコーヒーを飲んでいる女性を捉えた。
とても綺麗な女性だった。
綺麗などと陳腐な言葉を使ってしまうことが恐れ多いくらいに、この世のものとは思えない美しさだった。
透き通るような白い肌も、絹のようにサラサラな長い髪も、細められた切れ長の目も、悩ましげな長い睫毛も、桜色のぷっくらとした唇も、その一つ一つが絶妙なバランスを保っており、その外見はきっと神様が他の一切のことを頭の中から追い出し、彼女の顔のことだけを真剣に悩んで決めたような、まさに奇跡と言っても差し支えないようなものだった。
一瞬でどうしようもなく引き込まれた。
すでに俺の意識は、女以外のあらゆるものを排除していた。
女はコーヒーカップに手をかけながら、もう一本手で顎を支え肘をついている。その目はうっすらと細められ、どこか虚空を見つめているように見える。
妖艶な雰囲気を放ちながらも、まるで幼子のような純粋さが滲み出ている。女の周りを切り取ってそのまま額縁にはめてしまえば、そこら辺の絵画よりもずっと味のある芸術になりそうだ。
思わず見とれていた俺は、目に入った煙草の煙により、我に返った。
ずきん、とした痛みが右目に走り思わず目を閉じてしまった。顔をしかめながら、とりあえず、咥えていた煙草を灰皿の上で押しつぶした。
顔をあげて先程のテーブルを見てみたが、あの女はもうすでにそこにはいなかった。
その後も何かとその店に通っては、あの女を見かけていた。何度か見かけるうちに妙なことに気が付いた。
女はいつもポーズが決まっているのだ。
決まって、いつも最初に見た時の肘をついているあのポーズをとっているのだ。たいしたことではないのかもしれないが、一度気になりだしたらとことんまで気になってしまい、俺は女を見かける度に、注意深く観察していた。傍から見れば変人であっただろう。
そして、観察しているうちに気付いた。
彼女は、眠いのだ。
なんだか拍子抜けしてしまうような結果だが、これが結論なのだからしょうがない。彼は決まっていつものテーブルに座り、日の光を浴びて眠そうにしているのだ。時折舟をこぐこともあるし、眠気を堪えているせいで、ゆらゆらと揺れている頭を支えきれずに、ごつんとテーブルにぶつけたこともあった。
知ってしまえば、面白味も何もない結果だっただけに、何だか燃焼しきれていない、もやもやした気持ちが、胸の中で膨らんでいたが、俺はそれを振り払いながら、それでも女を見ていた。
今となっては女を見る理由は特にないのだが、もうすでに、俺の中であの女を観察することは日課のようなものになっていた。
一人で喫茶店に来店している女をずっと盗み見ている。喫茶店側からしたら迷惑な客だろう。しかし、俺は初めて感じる自分の感情を抑えることが出来なかった。
もやもやするような、こそばゆいような、それでもわずかな爽快感もある。そんなぐちゃぐちゃな感情に戸惑いながらも、その感情に素直に従うべきだと、俺は信じ込んでいた。
俺は気付いていたのだ、この感情こそが、俺が長年求め続けたものだと。
それが、俺の初恋だった。
女と初めて言葉を交わしたのは、初めて女を見かけた日から随分と日が経った後だった。それが一週間か、ひと月か、一年かは忘れてしまったが、とにかく、俺が長い間、喫茶店で観察していた女と運よく話すことが出来たのは、いい加減自分の気色の悪い行動に辟易し始めていた頃だった。
曇りの日だったと思う。
いつもならば窓からいっぱいの日光が差して、店内を明るく照らしているはずなのだが、その日は生憎の曇り空のせいで光は差しておらず、ろうそくに火を灯したかのような、申し訳程度の照明だけが店の中を照らしていた。それでも満足いく明かりは確保できておらず、僅かばかりの客たちは全員、暗い店内とじめじめした空気にうんざりしていた。
いつもは風船のように軽やかで気分のいい店内の雰囲気は、まるで水を染み込ませたスポンジのように、どんよりと重々しいものになってしまっていた。
俺はそんな店の端っこで、いつの模様にコーヒーを飲んで、冷めてしまい、プラスチックのように味気のなくなってしまったサンドウィッチを食べていた。
俺の他にも客は二、三人いたが、全員そろいもそろって気が滅入ったような萎えた顔で、ちょこん、と椅子に座っていた。
俺はその光景を見て、なんだか寂しさのようなものを感じたし、滑稽な面白さのようなものも感じていた。
世の中のいろいろなものを、この喫茶店という小さな鍋で、煮詰めて、煮詰めて、煮詰めすぎてしまったような、なんだかそんな感じだった
俺は訳もわからずため息を吐きたくなったが、ぐっと堪えてコーヒーで流し込んだ。
「なんだか、静かですね。今日は」
驚いた。
自慢ではないが、俺は滅多なことでは驚いたりすることはない。そんな俺でも、この時ばかりは驚いた。
いつの間にか、俺が座っていたテーブルの向かいの椅子に、あの女が座っていたのだ。俺は数秒ほどしか目を離してはいないし、そもそも、先程まで女の姿は店内にはなかった。
ならば何故ここに女の姿があるのだろう。何故、女は俺のテーブルに座ったのだろう。俺には、なにも分らなかった。激しく混乱した。
俺の心情などおかまいなしに、女は涼しげな表情で俺の目の前に座っていた。両の瞼は相も変わらず眠そうに閉じかかっていて、左手にはコーヒーカップが握られ、右手は肘をついて顎を支えていた。
眠そうな眼差しは、それでも鋭く俺を射抜いていた。
まるで、つまらないことは考えなくていい、と釘を刺しているかのようだった。
「なんだか、静かですね。今日は」
女は先程とまったく同じ言葉を俺に投げかけた。
その言葉にどんな意図があるのか、どんな仕掛けが施されているのか、俺には皆目見当もつかなかったが、それでも、俺には返答する、という選択肢しか残されてはいなかった。
「そうですね。随分と静かだ」
俺は震えそうになっている声を、どうにかぴんと引き延ばして言葉を返した。俺の言葉が震えそうになったのは、得体の知れない女への恐怖か、それとも、ようやく女と話せることに対する喜びか、きっと両方だろう。
「なんでですかね」
「天気が、悪いからじゃないですか」
絵に描いたようにどうでもいい会話をしながらも、俺の脳は女の真意を見抜こうとフル稼働していたし、女の視線は変わらずに俺を射抜いていた。
「そうですかね」
「そうですよ」
異常に喉が渇いていた。
俺はテーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。冷めていて不味かったが、このコーヒーが、この異様な場において唯一俺の現実的な思考を手助けしてくれているかのように思えた。
俺がコーヒーを口にしたからか、女も、思い出したようにコーヒーを一口飲んだ。きっとたいして美味くはなかっただろうに、女は涼しげな表情と、眠たげ瞼を保ったままでいた。
「本当にそうですかね」
「はあ?」
「本当に天気のせいだと思いますか」
女の目は、相も変わらず眠たげなままだ。
それなのに、その言葉を発した後の、女の俺を見つめている視線はまるで、俺を丸呑みにしようと舌なめずりする蛇のようだった。
何故だかは、分からないが。
この後の言葉を間違えてはいけない。本能的にそう思った。
「ええ、きっと天気が悪いからですよ。みんな元気がなくなっているんです」
俺は努めて明るい声で、加えて下手くそな作り笑顔も添えて、慎重に言葉を紡いだ。
できるだけ、細心の注意を払ったはずだが、それでもどこかに綻びがあるのではないか、俺の言葉は正解ではなかったのではないのか、そんな予感が胸を掠めて、早鐘を打つ心臓の横をぎりぎりの距離で通り過ぎて行った。
女は無言で、品定めをするような、値踏みをするような、そんな視線で俺を見ていた。こんな状況でも女は器用に眠たげな目は保っていた。
「そうでしょうかね」
「そうでしょうとも」
俺は、この女に好意を抱いていたはずだが、この短い会話の中で、いつの間にか俺の中の暖かい感情は消え去っていたことに、俺は気が付いた。小さな砂の山が予期せぬ突風に連れて行かれるように、俺の中の初恋も、何かが、もしくは誰かが、綺麗さっぱりと持ち去って行ってしまっていた。
女はじっと俺の顔やら、体やらを眺めた後、小声で何かを呟いた。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
女は優しげな口調で謝罪の言葉を口にした、その瞬間、先程までの鋭い視線が、嘘のように柔らかいものへと変わっていた。
「いいえ、大丈夫ですよ」
本当はちっとも大丈夫ではないが、少しだけ見栄を張った。
女はそれを、眠たげな目で見つめていた。
そんな女の目を見ていると、俺は無性にある質問がしたくなった。
「貴女は、よくこの喫茶店に来ていますよね」
「ええ」
「いつも一人で座っていますよね」
「ええ」
「俺、それをずっと見ていたんです」
「ええ、知っています」
「それで、ずっと不思議に思っていたことがあるんです」
「なんですか」
女はコーヒーカップを持ち上げた。
「何故、いつもそんなに、眠たげなんですか」
コーヒーを一口だけ飲んだ。
「ああ、残念です。もし、貴方が相応しい方だったなら、私と一緒に眠ることが出来たのに」
女の言っている言葉の意味は少しも理解できない。それでも、女のこの言葉が、俺の質問に対する答えだと言うことは理解できた。
「すいません、もう行かなければいけなくて」
女はすっと椅子から立ち上がった。
そのまま、女はまるで浮いているかのような、滑らかで美しい歩きで、店の入り口に向かって行った。
女に言いたいことは、山ほどあった。
きっと今聞かなければ、この先聞く機会はないだろうことも、なんとなく理解していた。
それでも、俺はそこを立ち上がることが出来なかった。
女が不意に立ち止まり、俺の耳に顔を寄せた。
「本当に、残念です」
あの日以来、俺はあの喫茶店に行くことをやめた。明確な理由はない。ただ、どうしても拭いきれない、気持ちの悪い違和感が、俺の胸の中で燻り続けていたのだ。その違和感がなんなのかは分からないが、どうしても俺の胸に引っかかってしまってしょうがないのだ。それでも、あの後すぐに再就職が決まり、忙しい時間の中で、あの女のことも、あの喫茶店のこともすっかり忘れてしまっていた。
もう何年もあの喫茶店の近くにすら寄ってはいないが、最近は、ふとした時にあの女のことを思い出す。
まだあの喫茶店に来ているだろうか、まだあの眠たげな目でコーヒーを飲んでいるのだろうか、そんなことを考えている。別段それで困ることはないのだが、なんとなく、このことにはけじめらしいけじめをつけなければいけない気がした。
俺は、もう一度あの喫茶店に行くことにした。
最後にこの道を通ったのはもう何年前だろうか。思い出そうとするが、記憶が古すぎるためか、頭に靄がかかったように記憶がはっきりとしない。
疲れや、日頃の寝不足のせいか、頭がくらくらする。
俺は転ばないように、一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりと歩く。
ざり、とアスファルトを踏み擦る靴音が煩わしい。
住宅街を抜け、大通りも抜けた。
あともう少しで、あの喫茶店に着く。
頭の靄が大きく広がってゆくような気がする。
もう少し、もう少し、もう少し。
ぽつりぽつりと古い民家があるだけの道をひたすら歩く。
いつの間にか、アスファルトは終わっていて、周りは木だらけの山のような道になっていた。
もう少し、もう少し、もう少し。
俺は歩く。ただ、歩く。
曲がり角が見える。
あそこを曲がれば、店があるはず。あるはずだ。
俺は、力強く足を踏み出して、その角を曲がった。
その先の光景は、俺の予想していたものとはかけ離れていたものだった。
俺の目の前に広がっているのは、寒気がするほどの断崖絶壁だった。
何故、どうして、分からない。
何故ここが崖になっているのか、何故喫茶店がないのか、何も分からない。
だが、混乱している頭の中にある疑問が浮かぶことで、逆に俺は冷静さを取り戻した。
何故、俺はこんな道を歩いていたのだ。
喫茶店は俺の家から数分の所にあったはず、しかも、大通りや住宅街からは外れているとはいえ、間違ってもこんな山道のような険しい道の先にはなかった。
道を間違えたのか、いや、それは違うだろう。
あくまで感覚だが、俺が通った道はあの頃通っていた道と同じはずだ。理屈ではないが、感覚的に俺はそう理解していた。
ということはどういうことか、あの喫茶店は始めから無かったのか、じゃあ、俺が通っていたあの店はなんだったのか。
ふと、俺は今まで感じていた疑問と違和感がなんなのか、気付いた。
そうだ、俺はずっとあの店そのものに疑問を感じていたんだ。
最初にあの女が現れた時、何故女がいつの間にか消えたことに、誰も気付かなかったのだ。俺も何故疑問に感じなかったのだろう。
最後に彼女に会ったあの日。
何故、いつも人でにぎわっていたあの店にあれだけしか人がいなかったのだろう。
今思えば、あの時店の中にいた客も妙だ。
あの意気消沈していた顔は、絶望や恐怖や不安といった、そういったものに侵されていた顔なのではないのだろうか。
何故、いつもは相席を許可しないはずのあの店であの女は俺と相席が出来たのだろう。何故俺の席に座った時、何故、もうすでにコーヒーを手にしていたのだろう。席に着いてから注文は取るはずだ。
何故、何故、何故だ。
俺には、もう、なにもわからない。
あの店はどこにあるのだ。
あの女は、一体なんなのだ。
その時、ふう、と俺の耳に氷のような、冷たい息がかかった。
酷く艶めかしい声と、少しも温もりの無い唇が俺の耳に触れた。
「本当に、残念だわ、一緒に眠れなくて」
俺の背中に一筋の冷気が走る。
俺はどういう訳か、ひどい恐怖と同時に、わずかな悲しみも感じていた。
俺は、気付くと泣いていた。
ただただ、泣いていた。
ずっと、泣いていた。
〈了〉
――外には夏があった。
<学内発表作品・小説>
七月十二日。日曜日から月曜日に跨ぐ、午前三時の夜だった。
鈴虫が鳴いていた。
香芝壮太は、笠雲中学校のプールサイドに座って、プールに水が満たされていくのを眺めていた。白い光が漣のように反射する透明な水面には、揺れ動く三日月が奥に映る。ドボドボと流れ込む水の音がうるさかったのは最初のうちで、水面があがるにつれて緩やかな波の音に変わっていく。水音と入れ替わるように、今はレトロチックなゲームのプレイ音とラジオ放送の音がよく聞こえる――滝浦ダムの貯水量は昨日の時点で40%を切りました。香川県県庁はこのまま数値の低下が続く場合は、県全体での取水制限を検討するという方向を示し――
「葵、あとどれくらい」
プールから視線を移さないままに香芝は訪ね、
「もう、もう、すぐ」
それに応える、透明な夜の空気にはっきりと響く女の声。
「だってもう入れ始めて三時間はとうに経ったでしょ? 待ちくたびれちゃったおかげでこの面もだいぶ進んで――えぇうそ、一撃!? やだぁなんでー? セーブしてないよー」
香芝がしか目面をして振り向くと、幼児のように呻きながら倒れこむ朝日奈葵がいる。いじけたのか、短いサイドテールを解いてリボンを放り投げ、長い黒髪を無造作に背中に敷いている。夏服の白シャツは白い砂に汚れ、右手には三世代も前の黒くて真四角な、古い携帯ゲーム機を持っている。
「……やっぱり古いゲームは手強くてやり甲斐あるのが多いよねぇ」
朝日奈は眼を瞑ったままに何かを語りだす、
「このひどい難易度は必要悪だよ。決してバランス調整不足とか、子供のことを考えていないとか、そういうわけじゃないよ。これはやりごたえのある賞味期限の長いゲームにするためには必要なものなの。わかるかなー」
知ったこっちゃない。
「そんな昔のゲームをよくやるよ。どれだけやったって、しょっちゅうセーブデータ消えてるの知ってんだぞ」
跳ね起きた。
丸く縁取られた大きな目が、淀みなくこちらを見据えてくる。
「ゲームは悪くないよ。悪いのはボタン電池なんだからっ」
朝日奈葵はスーパーファミコンの素晴らしさについて熱く語った。香芝は同意したりしなかったり、素直に感心したり時折一言付け加えたり、ただただ聞き手に回る。
突然、はた、と会話が止まる。朝日奈はプールの方を向いて、
「よーし溜まってきたねー。長かった長かった」
気の抜けた声で呟く。
香芝は軽く笑いながら、
「ホントだよ、結局何時間ここにいた? こんなに時間かかるなんて思わなかったな」
「ねー。でも時間かかって当然だよ、こんなでーっかい桶に水をいっぱい浸すんだから。えっと水の量は、長さが二十五メートルで幅十六メートルでかけて、そんで深さが一・二メートルから一・五メートルで――あれれ、ホントに算数レベルなの? わかんなくなってきた」
ぶつぶつと呟きながら思案する朝日奈に、香芝が出す。
「――横から見たプールを台形の形ってことにしたらいいんだよ。ほら、上辺と下辺を足して高さかけて二で割る奴。えっとだから、――一・二と一・五足して、二十五を二で割って面積が三十三・七五で――五百四十立法メートルだ」
プールサイドに指を引いて計算していくと、なんとか答えが出てきた。そして水の量は一立法メートルが一トンで、
「五百四十トン。だいたい」
朝日奈はその数値を聞いて、おおぅと呻いた。
「すっごく今更だけど、プールって水たくさん使うね。そりゃあ学校も規制して当然だよね」
その規制を破っている張本人が、随分と他人事のように言う。
「もし最初から知ってたらそんときゃどうしてたんだよ?」
きょとんとした。朝日奈の表情が、一瞬だけ素を見せる。
――さっと切り替え、朝日奈はすぐに顔を崩して笑った。
「うふふふー、もし最初から知ってたら、ある意味もっとヤル気でたかも。どっちにせよさっさと行動して“五百四十トンでうどん何杯作れるのかな~”なんて思ってたよ、きっと」
「うどんが基準かよ」
うどん屋の娘だもん、と朝日奈はそのない胸を張る。
「――もういいだろ、水止めてこようぜ」
「んー」
持ってきた携帯ラジオの電源を消して、腰を上げた香芝に、朝日奈はのんびりと同調する。夜中に学校に忍び込む中学生、という状況にしては危機感のない足取りである。それもそのはず、この学校の警備状況といえば、職務放棄が板につきすぎている警備員がたまに宿直室で寝ているザルさである。まだ県の規制があるわけではない。ただ蛇口をひねれば、プールの水は出るのだ。水道を管理する施設の鍵と、プールに繋がる水栓の抜き方さえ知っていれば――。
岩の真ん中を切り抜いたような水道施設の中には、人の腕ほどの太さのパイプが四本、縦にぶっ刺さっている。香芝は細いパイプにはみ出てくっついている計器類を弄り、プールに流れる水を止める。結構簡単だ。
「さすがぁ、機械はお手の物ね~。お疲れ様壮太」
朝日奈が香芝の背中を叩く。香芝は笑いながら身を捩りながら、
「明日こそ、ようやくプール開きだよな?」
えへへへ。朝日奈は笑った。開かれたドアの先から差し込む月明かりは嘘のように青く、夜を切り取るような光の下で、朝日奈は満面の笑みを浮かべた。
「そう、プール開き。中学最後の夏に、プールに入れないなんてやだからねっ」
十五歳の夏だった。
ずっと、鈴虫が鳴いていた。
うどんの香川、夏には茹でる水がない。
元々雨の降らない地域にとっては、水不足問題はあまりにも身近すぎる。目立った貯水場も持たない佐川県は主な水源の殆どを隣県から引かれる用水路に依存するのだが、その隣県が水不足になった時、香川は真っ先に見捨てられる。うどんを名産品とし、うどん屋が所狭しと立ち並ぶ香川にとっては、うどんを茹でるための水がないというのはあまりにも厳しすぎる。自給とはなにか、自立するとはどういうことかを考えたくなる現状である。
今年も怪しいものである。梅雨の時期にほとんど雨が降らなかったので、隣県の主要な貯水ダムが干からびはじめた。七月十二日時点ではまだ取水制限はないが、残った水でうどんを茹でてる間にすぐにそうなるのではないのか、という声は多かった。
声の影響はすぐに出てきた。
笠雲中学校では、プールの授業が自主規制によりなくなった。実際問題、プールなどという大量に水を消費する授業をやっている場合ではないことは誰もがわかっている。
しかし、その規制に対する生徒の印象は良くなかった。やり方がまずかった。プールの授業は無い、と生徒に教えられたのは七月一日。プール開き当日だった。その日丁度に、水不足の問題を職員側が感知したため慌ててその日に決まったのだ。
しかし、三年前には確実にランドセルを背負っていた中学生達にとっては、プールの授業は退屈かつ気だるい夏の授業の中でひときわ輝く存在である。ようやく今年もその時期がやってきたと喜び勇んで水着を持ってきて、教室でワイワイ騒ぎながら着替えてたその時に、あろうことが先生が、
今年は、プールはありません。
浮かれた気分が一気に萎えてしまった。しかもその日のうちに、プールに既に入っていた水が抜かれた。
到底納得できることではなかった。せっかく満たしたプールで一度も泳ぐことなく、完全に無駄なものとして水は浄水場に返されてしまった。この行為こそ水の無駄ではないのか。隣の学校は今日もプールやってるのに。なんでこんなクソ暑い中でサッカーをしなければならないのか。夏の大会に向けた水泳部の活動はいったいどうなるのか。市民プールで練習? ふざけるな、県はまだいいと言っているのに規制する必要などあるのか。いやない。
不満は溜まる。今もそのことを愚痴る者は少なくない。
「だからさぁ、結局水はなくならないんだろ実際。この前は三十%切ったとかでもう駄目だの何だの言ってたくせに、ちょっと雨降ったらすぐ四十に回復しちゃったじゃん。で、そろそろ台風来るらしいし、どうせ戻るって。油断すんなとか言ってるやつもさ、ホントは今頃“やれやれ一安心”って思ってんだよ」
「せやろなぁー。台風当たったら直ぐに満タンになるもんなぁ」
だろー、と押してくる坊主頭の級友に、宮原晃司は頷き返した。七月十三日月曜日、テスト明けで学期末の短縮授業、いつもより一時間早い昼休みが始まったところである。空はよく晴れていて、窓から差し込む真っ白な日差しはきついほどに眩しい。程々にうるさい三年二組に、机を付きあわせてもそもそと弁当をかきこむ二人の男がいる。
「あーさっさとプール開かねぇかな」
坊主頭が呟く。
「そやなぁ、そろそろやなぁ」
そろそろ?
宮原は返事も適当に、せっせと弁当をかきこむ。坊主頭はその態度の曖昧さと、なんでこいつこんなに急いでんだ、という疑問が同時に引っかかり、怪訝な顔をする。
香芝もそう思わねぇ? と坊主頭は聞こうとして、
「――今気づいた。香芝は?」
ようやくそのことに気づく。
宮原は“今更?”といいたげな顔を坊主頭に向ける。
「三時間目からおらんぞ。お前聞いとらんのか?」
「なにが」
「放送部やろが」
「――あの文化祭の?」と坊主頭。
まるで関係ないことを言っているようだが、坊主頭にとっては香芝壮太が所属する放送部といえば「立向応援団文化祭乱入事件」の首謀者であり、あの朝日奈葵が所属している、ということが真っ先に浮かぶのだ。
「それがどうしたよ。昼の放送に行ったってこと?」
宮原は今度は“なんでそんな事聞くんだ”という顔をして、
「学級板に貼ってたやつ、今日やで」
「は?」
坊主頭は訳がわからなくなりながらも考えた。思い出そうとした。学級板とは階段二階の踊り場に提げられている大きなコルクボードであり、ここにはテストの順位と時間割と授業変更の知らせなどが貼ってあり、生徒が見る機会も割りと多い。
――思い出すのはテスト明け。全く手応えのなかった過去を思い出し、憂鬱な気分になりながら順位を見に行った時、確かに何かが貼ってあった。成績表の裏。ノートの切れ端。放送部から。ざわめき声。先生はいない。文化祭。噂。覗きこむ。そこには、確か、
「あ――――――――――――っ、そうだよ今日が」
ぶつっ!
スピーカーを断ち切らんばかりの大きな音が鳴った。
『ピンポンパンポーン』
香芝の声だった。坊主頭はズッコケた。
『こちら放送部、放送部。お昼の放送の時間ですが、映像付きなので、えー前の席に座っている方は、お手数ですが、テレビをお付けください。ピポパポ』
教室が一瞬固まった。
しかし、宮原は変わらず弁当をかきこんでいた。箸が交錯しながら弁当箱の底をつつく音だけが教室に響き、ただただ響き、クラス中の正気をじわじわと呼び起こす。
放送部? 放送部ってあの? なにやってんの? これ電波ジャックってやつか? なんだよそれわけわかんねえ何する気だ
動揺と隣合わせの高揚感が混じりながら、ざわめきが伝播していく。
「――テレビつけよ」
宮原の言葉には、得体の知れない、場を制圧する力があった。本当になんでもないような調子で言った言葉が教室を一瞬にして黙らせ。宮原は家で一人でいる時の何気ない独り言のように、あまりに日常的な挙動でテレビをつけた。
鼻面が見えた。
朝日奈のどアップだった。
わああ――――――――――――――――――――っ。
三年二組の爆弾のような叫びは、学校中の叫びと全く同じものだった。
朝日奈は満点の笑顔を一発振りまいた後、カメラから後ろ足で離れていく。香芝がハンディカメラをしっかりと構える。放送が始まる。ハンディカメラとイヤーマイクを放送室に高周波数の無線で繋ぎ、映像と音声の情報が全校に流れていく。
「どうもお昼の放送です、こんにちは、こちら放送部の朝日奈です。皆さんお昼ご飯はもういただきましたでしょうか。突然ですが、いま私とカメラマンは体育館裏のプール入口前に来ています。本来、今の季節には馴染み深い場所なのですが、んー、しかし人はだれもいません……いやー寂しいものですねー……」
そうですね。
香芝の曖昧で素朴な同意は、マイクを直接通していないため、視聴者側には随分と小さく聞こえる。
葵は突然、大きく、大きくため息を吐いた。マイクが水蒸気で壊れるんじゃないか、と香芝はそんな事を心配した。
プールの真横、石造りの更衣室に繋がるプールの入り口は狭い。小さな格子扉の先に、二人分の幅ぐらいの階段がある。登った先には更衣室が並んでいて、その中の奥の扉からしかプールへは行けない。香芝と葵は格子扉からかなり離れたところ、プールが画面の端に映る場所にいる。
「私はここに来る度に、無念のため息を吐かずにはいられません……。なぜならここは、この場所は、世論にもまれ圧力に潰され、果たすべき使命を果たせなくなってしまった場所だからです。兵どもが夢の跡、諸行無常の響きあり」
神妙そうな声を出しながらだんだんとうなだれていく葵。蝉の鳴き声をマイクに拾う。日差しが強くて、香芝は逆光調整の面倒くささに苛立つ。手汗がくすぐったいとも思う。
「ああ、要するにぶっちゃけますと、今日はすごく暑いのでプールに入りたいなぁと、私はそう思っているのです! 例年比の記録を更新するこの酷暑の日差しの下で、何故我々はさっかぁなるスポーツをしなければならないのか!」
学校に、じわりとした噂話のようなざわめきが起こる。曖昧な議論の中に、そうだ、という同意の声も含まれている。
「まぁしかし、水がなければどうにも――」
朝日奈は、そこで突然言葉を切った。氷を滑らすような静寂が作られ、そして顔をしかめながら、耳を澄ますジェスチャーをした。
ぱしゃん。
テレビ側の聞き手にも、はっきりと聞こえた。
「――いえ、さっき水が無いと言いましたが、なんですかね、水の音が聞こえました。激しく打ち付けるような水音が、プ、プールの方から聞こえてきます! それと、もうひとつ聞こえてくるこれは、人の歓声ですか? それもかなり大きい、水のないはずのプールに複数の人がいるみたいです!」
おぉお。
確かな反応が校舎より返ってくる。
「あ、あの人達は? カメラあっち! あれを写して!」
様子の変わり様は見事なものだった。あたかもとんでもないパニックが起こっているかのように、葵は慌ててカメラを掴んで、無理矢理に画面を回す。ぶれぶれの映像に生放送らしさが出てくる。校内でディスプレイにかじりついている者たちの目が仄かに輝く。
映されたのは、おどおどとした慎重な足取りで入口に近づく女子の後ろ姿。160ぐらいの背、メリハリのある体型、右手に紐で縛るタイプのプールバックを提げている。ポニーテールにした背中のお下げがひょこひょこ揺れる。
もう一人いる。肩辺りまで切り下げたショートカット。背は葉山よりもずっと小さいが、こちらは堂々としたもので、挙動不審な様子は何一つない。手には葉山と同じようなピンクのプールバックを持ち、葉山になにか声をかけながら歩いている。
ふうむ、葵は一瞬唸ってから、
「あれは確か――女子水泳部のエースで、三年生の葉山さん? 私とカメラマンのクラスメートです、よね? カメラさん」
ですね、けど不思議だな、なんか挙動不審に見えますけど。
「落ち着きが無いですねぇ。隣にいるのは後輩、ですかね。どちらもなにか持ってますね。あれは、水着バック? そんなもの用意してどうするんでしょう? プール、あるのでしょうか?」
不思議そうに、そして大袈裟に首を傾げる葵。
「あ、そーっと扉に手をかけました。入るつもりかもしれません、声をかけてみますね――そこのお二人―!! 何をしてるんですかー!?」
葉山は、バネ仕掛けのおもちゃのように飛び上がった。
手にかけた扉に突然数万ボルトの電気が流れた――と例えても大げさではないほどの驚き方であった。
隣の後輩は、むしろそんな葉山の挙動に驚いていた。
怯えた顔をしながら葉山はキョロキョロとして、
「え、い、今のだれ、だれにバレたのクロちゃん――!?」
「いやいや落ち着いてください、そう決まったわけではないでしょう!」
後輩が素早く周りを見回し、香芝達をすぐに見つけ、
「――あ、あそこの人です先輩! カメラ持ってますカメラ!」
葉山が香芝達を見つけ、香芝の持つビデオカメラを注視した。
「香芝くん!? それ、し、写真――!?」
え、はぁ、まぁそうだけど。
ひ。葉山は、一瞬で氷のように固まった。
ひ? 香芝が、次の言葉を待ち、刹那、
ひえ――――――――――――――――っ。
クロちゃんの首根っこをがっちりと捕まえて、葉山は格子扉をぶち開けて、階段を世界新で駆け登った。
速えぇっ。
「――に、逃げ出した! 扉を開けて更衣室の方へ向かいましたっ! い、一体何なんでしょうか、というか、何故にプールへ向かうんでしょう! 並々ならぬ様子、直ぐに追いかけます!」
朝日奈は言葉の通り、格子扉に向けてすぐに走りだした。香芝も朝日奈の背中についていき、葉山を追う。カメラが揺れるのは演出の一環として大いに捉えながら、香芝はポケットからボイスレコーダーを取り出し、葉山の消えた階段の先に向ける。
マイクは、こんな音を拾った。
――ごめんなさい証拠写真撮らないで、怒らないでくださいみんなただ泳ぎたかっただけなんです、ゆるしてくださいぃー! あのとりあえず先輩止まってストップフリーズ首閉まるだめです閉まっちゃいますからぁあーッ!
校舎が沸いているのがここからでもわかった。
「えーっ、許す、怒る、そんな単語が彼女の口から次々と出てきています、一体彼女が何かしたんでしょうか、そして後輩さんは、一体何故あんな目に合ってるんでしょう!?」
きっとほとんど俺たちのせいだ、と香芝は思う。
「ちょっと話を――ああっ、更衣室に入りました」
葉山はクロちゃんを引きずりながら、凄まじい勢いで更衣室のドアを叩き閉めた。いったいあの華奢な体のどこにそんな力があるのか香芝には甚だ疑問だった。
「二人で着替えでも始めるのでしょうか? これはなんというか、入りにくくなってしまいました」
香芝は、男子更衣室の扉が開いていることに気づき、開いてる。
「あ、ホントだ――えっととにかく、プールの方をまず確認したいと思います! こっちの男子更衣室がなぜか開いているようなので入ります、きっと誰も居ないと信じてっ」
では失礼しまーす、と朝日奈は軽い感じで男子更衣室に入った。
極々、軽い調子で入っていった。
――身長百八十六センチ体重九十六キロ握力七十キロ超ハンドボール投げ四十メートル以上五十メートル走六秒中盤、それでいて成績は優秀という、中学生にあるまじき性能を持った男がいる。
その怪物の名は磯貝篤(十五)。水泳部。あだ名は“筋肉”。
扉を開けると、蛍光灯の下にそいつがいた。男子更衣室の真ん中に、筋肉が立ち塞がっていた。
上半身裸で腹筋は完全に割れていて、しかもその肩幅の広さには圧倒され、それでいてなお瑞々しいその肉体。脚部の小麦色に焼けた健康的な肌とはまさに彼のためにある、そんなこんがり肌。外連味のない洗練されたボディーの筋肉の付き方に一片の偏りもなく、筋肉こぶの豊満な膨らみにも決して下品さはなく、雄々しき迫力の中にある種のスマートさを感じさせる。それでいてなおも余裕を感じられるその肉体、限界は遠く、未だ大きな伸びしろがあることを否が応でも予感させる。
しかし、この理想的な筋肉には、生徒達にはよく知られている難点がある。
彼の水着は、サポーターは、下着は、なぜか小さい。
白い蛍光灯の光の下、筋肉が腕を組んで立ち塞がっていた。香芝のカメラワークは完璧だった。
小さすぎる水着は、紛れも無く本物の男の証を全く受け入れきれずに、もっこりしていた。
全校放送だった。
きゃあ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!
うおあ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!
黄色い悲鳴と野太い歓声が一緒くたになって校舎を揺るがす。
――どうも
……
マイクに拾わないようにする配慮か、ほとんど掠れ声のような朝日奈の挨拶に筋肉は静かに頷いた。――その時、香芝には与り知らぬところであったが、この磯貝篤は水泳部の部長であり、放送部部長である朝日奈とは部長会議などで面識があったらしい。
そのまま写してていいのかこれ?
「え、た、たぶん大丈夫――、あの、その格好は?」
しかし朝日奈は、筋肉のその姿には疑問を呈した。
「水着だ」
筋肉は即答した。
「それはそうなんですけど……自分のですか」
「そうだ」
筋肉は答える。
「……納得して選び、納得して使ってますか?」
「今まで着た中では、これ以上の水着は無いな」
筋肉は答えた。
「……そうですか。ありがとうございました」
「ああ」
筋肉は答えた。
気を取り直し、
「――えっとですね、実は私達は放送部の者でお聞きしたいことがあるんですが、こちらの方からなにか歓声のようなものが聞こえるんですね、プールは確か閉鎖されてるはずなんですけど、一体なにをしてるんですか!?」
風雲急を告げる現場レポーターとしてまくし立てるような朝日奈の質問に、筋肉はあっさりと答えた。
「泳いでいる」
「え」
「今朝プールを覗いてみたら珍しいことに水が引かれていたので、昼休みを使って久々に水を浴びていた。それだけだ」
筋肉はそう言ってから背中を向けて歩き出す。マグマのように隆々とした後背筋上部は、まるで「ついてこい」と語っているかのようなメッセージ性を持っていた。筋肉がプールへ続くドアを開けた。朝日奈は息を呑んで、言葉を発しないまま入り口をくぐる。
――外には夏があった。
降り立ったプールサイドはぬるく暖められた水で満遍なく濡れていて、水滴が宝石のように散らばっている。空に立ち上る荘厳な入道雲の下、プールには男が九と女が五、合わせて十四の水泳部が物凄い速さで踊っていて、水柱が飛び散り一個のボールが飛び交い、必死の形相でもがき泳ぐ少年少女の面々が、餌を求める鯉のようにボールに群がり、大きな罵声と指示が夏の熱気に溶け合って、ポジション取りを巡る、血も涙もない壮絶などつきあいがそこら中で発生している。
「おおぉーーーッ!」
朝日奈が叫んだ。
死闘が目の前にある。
「投げて投げて前投げて塚本君がフリー!!」「バカなにやってる、大野っ!」「俺のボールだ! 絶対俺のだ! どけ邪魔だてめえら殺すぞおぉぉッ!」げしーっ、「てめえこら何してくれやがんだボケ、邪魔なのはそっちだウスノロがぁ――!!」ばきーっ、「大野こっちに投げてって言ってんでしょとられる前に早くっ! ひゃああんたどこ触ってんのよばかぁっ!!」ドスーッ、「痛ぇ――――――っ! 目がぁ―――――ッ!」「北条が死んだ、高崎! 倉本をマーク!」「待て、宮村から目を離すな!」「宮村――――ぁッ! 翔べぇええ!」ばっしゃーん、「しゃあ受け取ったぁあ―――っ! 俺の糖分のために死んでくれやキーパーぁああ!!」「直接俺に投げんなぁ――――――――ッ!」どっぱーん、
明石ぃいぃ――――――――――――――――――――っ!
「――水球です! 水泳部全員で水球をやってます! 帽子を被ってるかいないかでチーム分けをして闘ってる! ゴールはあの長椅子ですか!? それにしてもすごい熱気ですね! もはや生死をかけた闘いのようにしか見えませんけど!? 筋肉さん!」
「負けたチームは勝ったチーム全員に四百九十八円の1Lアイスを自腹で奢ることになっている。それが原因だろう」
「アイス一個で中学生とはここまで真剣になれるものなのか!! ハイリスクでローリターン、四百九十八円と天秤にかけられた流血、しかしぜったいに、絶対に負けられない戦いがここにはあるーッ!」
授業で行われるお遊びの水球とは勝利への執念が違いすぎた。その様子を朝日奈が全力で煽った。
スポーツの皮を被った喧嘩の中継に、学校中の観客は沸きに沸く。
昼飯どころではない。
職員室は放送開始から大騒ぎであった。
「―――――えぇえええ!?」
椅子からひっくり返りそうになった女性がいた。三島巴。女性二十五歳独身で体育教師で水泳部顧問は、職員室の天井に吊り下げられたモニターの中で繰り広げられる教え子達の戦争を見て、素っ頓狂な声を上げた。
「すごいすごい、巴の部活の子なんかすごい事してない?」
興味津々にモニターを覗きこむ同性の同僚の言葉に、三島は、
「知らないよ私わかんないわよ、それよりなんでプールに水が入ってるのー?」
と質問に質問で返すことしかできない。
「誰がいつ入れたんだろうねー、昨日かなー? 気づかないもんだねぇ、プールっていつもだーれも見ないもんねー」
同僚は自分のもみあげをいじりながら、
「警備とかどうしたんだろー」
と他人事のように感心している。
三島はくしゃくしゃに泣きそうな顔になりながら、
「放送室の方はどうなってるの? 止めることできないの?」
同僚はパチンと指を鳴らす。
待ってましたと言わんばかりに、
「それがね、立て篭もってるって。つっかえ棒かなんかで扉開かなくて、誰か居るのかーって日村先生が聞いたら、男の子の声でね、開きませーん、ここは放送が終わるまで開きませーんって。面白いよ、何聞いても開きませーんって返事しかこないんだってさ。協力者たくさんいるんだねぇ。主犯誰だろ? やっぱりあの朝日奈さんかな?」
第三者の姿勢を崩さない同僚の言葉が、三島には切なく感じる。モニターからの音声は流れ続けている。
『葉山! 黒井! 遅いぞ! 帽子側に入れ!』
『ほら先輩行きましょう。水球楽しいですよ、美味しいアイスが待ってるんですよ、先輩いちごアイスすっごい大好きじゃないですか。一緒に勝ち取りましょうよレディーボーデンを、何のために今日早弁したんですか。今このためでしょっ』
『うんそうなんだけどね、クロちゃん、わたし不安になってきたよ。水球は楽しいし、いちごアイスはすごく大好きなんだけどね、あんな怖いみんなの中に入ったらね、食べられちゃうのはアイスじゃなくてきっとわたしとクロちゃんなんじゃないかって思うの。香芝くんのカメラもあるんだよ? こんなところ撮られたらみんなお巡りさんに捕まっちゃう……』
『捕まりゃしませんし、プールに浮かんでる理性のなくなったケダモノなんて泳いで振り切っちゃえばいいんですよ。先輩の速さなら大丈夫です、さぁ行きましょう戦場へ。まってろ私のバニラ』
『わーんやっぱりやだぁーおうちに帰るー』
『うわぁ――――っ! なんというシュートっ! あの離れた距離からのロングシュートを、まるで現実味のない鮮やかさで決めたーっ! お見事です高島! 『無回転ミドルシューター』の称号は君のものだぁ――ッ!』
職員室のドアが勢い良く開き、国語の浅川教諭が、伝令を持った武士のような形相で息を切らせて入ってくる。
「プールの方を止めないといけないんですが、水着持ってる人はいますか!? 後、あの中で泳げる人!」
三島とその同僚が顔を見合わせた。
数瞬の逡巡の後、同僚が三島に尋ねる。
「……水着持ってる?」
「――ロ、ロッカーに一応」
「浅川先生ー! 三島先生が行けまーす!」
「やっぱり他人事なんだからぁーっ!」
叫ぶ暇も泣く暇もなく、事は進行していく。
プールにたどり着いてから十分経った。昼休みも佳境。香芝は、更衣室から通じるドアの鍵を外側から閉めておいた。
「黒井だ! 宮村気をつけろ、黒井は上手いぞ!」
「っのぉ、ざけんなやうろちょろしやがってぇ!」
「そっちこそいい加減諦めてくださいよ私のバニラアイスの邪魔をしないでー!」
「すてぃ―――――るっ! 掠めとったぁ―――っ! 既に三点を決めているポイントゲッター宮村に襲いかかる伏兵っ! 葉山と黒井、この両選手のスピードは帽子側には大きな武器となっていますっ! 宮村へのパスが通らない裸側が攻めあぐねている――っ!」
意外と個性豊かな水泳部水球メンバーのデーターを持って、朝日奈はスポーツ実況アナウンサーに職替えしていた。
「その玉よこしなさいよ待ちやがれ栞ィーッ!」
「いやーっ! 来ないでーッ!」
「速いッ、はーやーいーッ!! お胸の障害物による豊満な空気抵抗もなんのその、バタフライを引き離していくこの涙の犬掻き、世界水準は軽く超えてるぞーッ!?」
防水仕様のズームビデオカメラはダイナミックな撮影を可能にした。葉山の驚異的犬掻きと驚異的グラマラスを同時に全校男子にナイスアングルで映すことに成功した。
「きたーっ! 葉山からのパスが綺麗に北条へ通りました! 後はあの長椅子に叩きこむだけだ―――っ! この1投が決まれば二点差、もう時間はない、これが試合を決める1投になるのかっ!」
――行けぇ北条トドメだ、行かせんな長谷川、頼む止めてくれ井上。
「北条が飛んだ、投げたぁ――――っ!!」
無回転のドッジボールが、白い熱気を捻りながらすっ飛んでいく。
流星のように流れていくボールの軌道を追いかけていた香芝の後ろ、男子更衣室のドアが激しく鳴った。
――ドアが開きません、外から閉めてますよこれ。
――鍵は!? ああ持ってない、そろそろ竹本先生が持ってきて――
北条のシュートが決まった。
長椅子が、鈍い音を立てて、青空に弾け飛んだ。
大きな歓声。
そして、筋肉が、あらん限りの大音声で叫んだ。
「終了だっ!! 動きやめぇ―――――――――――――――――――――――い!!」
水泳部の面々は、一瞬で我に返ったように身を止めた。
蝉の鳴き声が、長いようで短いその空白を埋めた。
試合は終わった。筋肉はそれ以上はなにも言わなかったが、各々がそれぞれ状況を解釈し、それぞれが行動し始めた。先生の来訪に焦る者は葉山などを除けば少なかった。深呼吸する者、帽子を脱ぐ者、ゴーグルを洗い出す者、敗北を悔しがる者、アイスを喜ぶ者、プールサイドで体を拭き始める者、着替える者、楽しかったと漏らす者。
視聴者に放送の終了を伝える者。朝日奈はカメラに向き直り、背筋をぴんと伸ばし、にこやかに伝える。
「――皆さん。現在一時十五分になろうとしています。お昼休み終了のお時間です」
学校が、ゆっくりと静まっていくのを香芝は感じた。香芝は更衣室にマイクの指向を向ける。がんがんと打ち鳴らされる金属音。
「このドアの鳴る音がお聞きいただけるしょうか。真に残念ではありますが、お別れの時間がやってきたようです。さて、今日の放送はいかがだったでしょうか。いつもと趣旨の違う放送ではありましたが、楽しんでいただけていたとしたら、これ以上ない幸いと思います。笠雲中学校放送部はこれからも、皆さんに楽しんでもらえる放送を流していきたいと思います。それでは、今日はご視聴、ありがとうございましたっ!」
朝日奈が頭を下げると、緩く小さいながらも、拍手の音がはっきりと聞こえてきた。
五秒の間の後、カメラの電源が落とされた。
ダッフルバッグを引きずり出して機材をしっかりと片付けると、あとは処刑の時を待つのみであった。
腹を出して正座し、紙でできた短刀を携えて先生を出迎えてやろうかと腹をくくったが、そうは行かなかった。肩を叩かれた。振り向けばやはり笑顔の朝日奈がいて、プールをしっかりと指さして、こう言った。
「あたし、まだ続けるよ」
だろうな、と香芝は思った。
「――この期に及んで、水中で抵抗?」
「いえす」
「あそこに並んでる水泳部の連中みたいに、潔くなろうぜ」
「やーだ」
香芝ではない誰かに向けて、あっかんべーをした。
「私は諦めが悪くて図々しいから、ただじゃあ捕まりません」
「そんなことをしてなんになる」
「もう少しだけ涼めるよ」
「ああ割に合わん」
「割に合うことなんて、そんなにないよ」
隣に立つ朝日奈の顔を見ると、そこには複雑な笑顔があった。
怒号混じりの声と共に、ドアがこじ開けられようとしている。もう時間はなかった。水泳は終わる。プールの水は抜かれる。水が枯れ切ったいつもの日常はすぐそこにあって、眼前のあの更衣室のドアから今になだれこむだろう。
香芝の後ろには、水泳部の連中が暖めた熱気が残ったままのプールがある。
「――ねえ、入ろうよ」
「ああ」
朝日奈の誘いに乗った。
「勿体無いよな」
「うん」
「楽しいよなあ」
「うん」
「服、濡れるなあ」
「うん。でもいいよ」
朝日奈が、太陽を貼り付けたような日差しの下で、笑う。
「私も混ざりたかったのに、ずっと我慢してたんだからっ。これくらいは、許してくれるよ!」
こ、こらぁ――――――――――――――――――――――っ!
ドアが開放される音。背後から轟く三島先生の声。退路は絶たれた。迫り来る後ろは決して振り向かず、目の前に広がる無限大の夏だけを求め、あらん限りの全力で助走をつけ、体を覆い尽くす熱気を胸一杯に吸い込んで、
「逃げろぉ―――――――――――――――――――――っ!」
「うおぉお―――――――――――――――――――――っ!」
踏みしめ、スタート台から飛んだ。
天頂に登る入道雲は、泣けるほどに綺麗で。
わずか下の水面に映る自分の顔は、絶叫系の間抜け面だった。
頭から落ちて、水が全身にぶち当たった。沈む。透明の空間に包み込まれて、水の入り込んだ耳はトランペットのような低音を打ち鳴らし、塩素の混じった冷たい熱が体に纏わりついてきて、そこまで感じて、ようやく夏の匂いを取り戻したような気がした。
一・二メートルの桶の底には、あっけなく届いてしまった。水を吸った制服が予想以上に重く、全く思うように体が浮き上がらなくて、このままじゃ溺れるような気がして、水の底で格好悪く藻掻く。どうにもならずに必死になって、水で歪んだ視界を横に向ければ、両手を広げ、仰向けに沈んでいきながら、ゆったりと水を凪ぐように泳ぐ、
朝日奈がいて、
香芝壮太はそれを見た。
香芝壮太のその後に起こったことについては、あまりにも複雑怪奇で、多くの事が起こりすぎたために割愛する。お咎めは一生分を受けたが、葉山が心配していたような警察沙汰などには、なんとかならなかった。
笑い話に昇華された忘れ用のない思い出達の中で、あの時、一番鮮明に刻まれた記憶。
朝日奈葵の、心の底から楽しそうな笑顔。
〈了〉
弾む声の中に寂しさを感じると、
私は、やっぱり今から会えないかなと問いかけた。
<新作読み切り・小説>
時刻は七時半。朝の読書が高校でも導入されるようになってからは、すっかりこの時間帯に起きることがなくなっていた。
「これでも、ギリギリなんだから」
HRは八時からでしょ。と、鏡花に返すが、彼女は、五〇分からの朝読書に間に合わないの。と、苛立った声で答えた。
私は個人的に、女子高生が光り輝くのは、十時半を過ぎたあたりからだと思っている。朝日を浴びながら活発に階段を一足飛びに登っていく姿では、少なくともないはずだ。鏡花にそう言うと、単に怠けたいだけでしょ。と返されてしまうので、これに至っては、深くは取り合ってもらえそうにない。
「あ、入道雲」
私は目に入った物を反射的に言ってしまう。
「あたしの祖母は岸雲。なんて言ってたっけ」
「なんで?」と、鏡花に返すと、「そこまで気にならなかったから」と、足を止めて答えた。そこで鏡花と初めて会った時の野暮ったい口調を思い出し、そのことを気にしているのかも。と、口を閉ざした。
階段を上り終えると、鏡花にどんな本を持って来たのか聞かれた。さっき階段の窓から見えた、雲を思い浮かべると、「私はこれだよ」と、『空の名前』という本を取り出した。
「それ、写真集じゃん」受け取った鏡花は、本をパラパラとめくり眉を寄せた。
「本となにが違うのさ」
私は文字を読むのが得意な方ではなかったので、本当に違いが分からなかった。
「そういえば、ツバキには言っていなかったね」
鏡花の続く言葉に、私の心を分かってよと言われたような、置いてけぼりにされたような気持ちになった。
てか、なんだよそういえばって、アンタが来いって誘ってきたんでしょうが。
そう思った。
そうだ。こっちは、母の寝室から借りてくるので精いっぱいだったんだ。母を起こさないよう、できる限り文字の少ない本を選んできたつもりだ。大変だったんだぞ。
本となにが違うのか、などと思いながら、「返せ!」と言って、鏡花から本を返してもらう。鏡花は、「千歳先生に怒られても知らないよ」と、納得のいかない答えを続ける。
だから一体、雲の写真集と本のどこが違うっていうんだ。
私を一人残して、鏡花は教室の中に入ってしまう。自分の席に着こうと教室に入ると、周りのみんながこちらを見つめていた。目が合うと、同級生の女の子たちは側面の掲示板やら黒板に視線をずらす。そんなに朝早くから私がやって来るのが珍しいのか。この時間に来るのが久々なだけで、何もそんなに見ることなんてないのに。そう思いながらもいそいそと席に着き、居心地の悪さから後ろに座る鏡花を振り向く。そんな私に取り合う気がないのか、鏡花は自分の持ってきた本に夢中になっていた。けっ。これから朝の読書だっていうのに、残りわずかのところまで読んでいる。余程本の虫なんだろうな。気づいてないだろうと思って舌を出すと、鏡花が顔を上げたので、びっくりして口を閉じる。舌噛んだ、痛い。でも、鏡花の視線は私の髪の辺りを見ていた。振り向くと、丁度教室に千歳先生がやってきていた。
朝のHRだ。と、その前に朝の読書時間だったっけ。憂鬱な気分で本を取り出すと、顔の前に『雲の名前』を立てた。千歳先生は窓際のデスクに向かいながら、チラッとこちらを目にする。そこで私の顔があることに気づいたのか、ニコッと笑顔を見せた。
千歳先生は荷物を置くと、本を一冊取り出し、椅子だけを生徒の側に向けて静かに読み始めた。なんの挨拶もない。ただ妙な同調感が周りにはあって、みんな本を取り出して読みだした。不自然な一体感。また居心地の悪さに耐えられなくて、私は鞄から手鏡をこっそり取り出した。本を読むふりをして、後ろの鏡花の顔を見てやるのだ。鏡花が読み終えたら、ちょっかいでも出してやる。
けれど、鏡花は、顔の半分を本で隠して、視線をずっと上げていた。目尻の辺りにある黒子が、さっきは気にならなかったのに、本の装丁と目元だけしか映っていないためか、やけに気になる。
彼女は一体何を見ているのだろう。と、思って顔を上げると、すぐに答えが分かった。
日の光を背中に受けながら、肩越しの光で本を読むショートヘアの女性。彼女は私の視線に気づくと、少し視線を上げたが、すぐにまた本に目を落とした。
ああ、なるほどと私は納得した。けれど、つい立て代わりにされた腹いせはどうにかしなければならない。鏡の角度を調節して、鏡花の眼鏡に反射させた光を当てた。眩しそうに目を細める鏡の中の鏡花を見て、少しだけ気分が収まった。『雲の名前』をパラパラとめくって、その日の空の様子をワクワクしながら探した。
八時五分きっかりにホームルームが終わると、鏡花が私に突っかかってきた。光の角度で気づいたのか、鏡花は怒る気持ちをあらわにして「なにすんのよ!」と言ってくる。私に突っかかってきた。もうこの頃になると私に向いていた注意も、すっかり気にならないものとなっていて、みんな暇じゃないんだなと、そう思った。
「あなたは暇なのね」
瞼を少し閉じて、鏡花に応える。
「あなたは随分と暇なのね」
「だって鏡花も、本は読んでいなかったじゃない、ずっと」
千歳先生のことを見ていたじゃん。そう続けようとすると、鏡花の手が口もとに向かってきた。両手で口をふさがれるものだから、彼女の手のひらに歯を立てて反論する。
「ごめん、ここで言おうとしたのは謝るから。外で、外で話そう」
私から提案すると、噛まれた痕に息を吹きかける鏡花が、強張った表情で頷いた。
「次の授業もあるし、階段の横で勘弁して」と、鏡花に告げる。鏡花は気にも留めていないようで、「もう分かった?」と、短く返してきた。なんて答えていいものか分からず、「うん」と、短く答えると、彼女は顔を両手で覆った。
そのまましゃがみ込んでしまう鏡花に、「いや、でも先生、綺麗だもん。分からなくもないよ」と、続けるが、「ツバキもそう思う?」と、鏡花に返されてしまい、二の句が継げずに口を閉じてしまう。それを見た鏡花は、「だったら分かったようなことなんて言わないでよ」と、さっきよりも腕をきつく閉じてしまう。
分からないものは分からない。分かったようなことを言って取り繕えって言うのか。その方がよっぽど信用ならないだろう。ただ、そんなことを思っても、その言葉が鏡花を追い詰めてしまう。と、考えなくても分かった。
「次の授業どうする?」
「休む」
「休んでどうにかなるの?」
「ほっといて」
「うーん」
「いいから!」
鏡花の最後の声で、何を思ったのか、大勢の足音がこちらに近付いてきた。
このまま一人ここに置いといて、どうなるか分かったもんじゃない。不安に思う気持ちがないわけではなかったけれど、鏡花の腕を取ろうとして、力をこめる。けれど、彼女の細い腕のどこに、そんな重さがあると言うのか、彼女は一向に動こうとしなかった。なんだ、こいつ。てこでも動かない気か。
「本当にいいの?」
こんなやりとりをしていても、私には鏡花が何でここにいるのか分からなかった。鏡花が私の言葉に小さく頷くと、私はいつの間にかホッとしていたのか、足を教室の方に向けていた。近づいてきた足音の正体が、野次馬の男子たちだと気づくと、イライラとした気持ちになって、その背中を蹴飛ばしたくなったが、彼らの背中越しに鏡花がタッタと階段を下りる様子をどうにか確認できて、今度は本当にホッとした。
「なんだ、修羅場かと思ったのに」
他人の不細工な言葉は気に留めずに聞き逃して、教室に入ろうとする。すると、傍らにいた女の子に袖を摑まれた。
女の子は俯いていて、日に焼けた栗毛の髪と、胸元のスカーフしか判断がつかなかった。色は赤で、学年色からすると一つ下の学年だろうか。
「どの先輩? 知っている名前だったら、呼んであげられるけど」
言いながら私はクラスの中にいるメンバーを見渡す。ちょうど戸の陰に彼女が隠れているため、クラスにいる知り合いからは、私の他に見えていないようだった。見られたり、見たり、本当に今日は忙しい。
「鏡花さんって、いらっしゃいますか」
「鏡花?」
女の子から上がった名前は、なんともバツが悪かった。「鏡花は、今体調悪くて。保健室に行ったのよ」と、仕方なく返すと、「あ、じゃあ、保健室に行けば会えますか」と、答えられてしまった。彼女の目は、朝の読書で見た鏡花と同じ目の光り方をしていた。
「今はまずいかな。本当に体調が悪そうだったし、しばらく一人にさせてあげて」
よもや、急を要する用事でもないだろうと一人息を吐くと、「じゃあ、明日また来ます」と、彼女は小さく言ってお辞儀をした。ああ、明日ね。明日ならいいんじゃないかな。と、私は深く考えずに、思ったままのことを口にした。そうして、言ってしまって良かったのかなと、少し思った。
女の子は鏡花が降りて行った階段を上に登っていき、クラスの方へと向かったようだった。私は、扉の近くの男子生徒に、「ごめん。次の授業休むって言っといて」と残して、戸を乱暴に閉めた。
女の子は確かに階段を上っていったはずなのに、どうしても目で確かめないと不安だったのだ。
保健室の扉を開くと、カーテンが一枚だけ閉じられていて、他のベッドは空いていた。保険医はこの時間、職員室でコーヒーかお茶を淹れに行っているのだろうか。教室の半分ほどの室内には、白衣の姿は見られなかった。
「鏡花、いる?」
白いカーテンの傍まで歩くと、開ける勇気がなくて尋ねてしまう。鏡花からの返事はなかったが、細かい衣擦れの音がして、誰かがカーテン越しに起き上がり、開けようかどうか考えているのが伝わって来た。
「無理に開けようとしなくていいの。私も、遠慮ないこと言っちゃったし」
私の声に、カーテンが割れたように開かれ、中から俯いた鏡花が姿を見せた。
「授業、出なくていいの?」と、鏡花は尋ねるが、その実、まだ触れられて欲しくないと、思っているのかもしれない。
「うん。さっき、女の子がやってきて、鏡花のこと心配になっちゃったから」
「なによ、誰それ」
鏡花が笑ったので、私も安心して彼女の向かいに座った。
「赤いスカーフの子で、栗毛の髪の子、心当たりない?」
「そんな特徴の子、いくらだっているわよ」
「でもほら、ここ最近で知り合ったとか」
「あーそれは、一人いるかも……」
あまり思い出したくないことなのか、鏡花は、乙女という子かもしれないと小さく答えた。先日、プリントを持って準備室の前をうろうろしていたところ、上級生に囲まれていたので、声を掛けたのだそうだ。
「ちょうど、その時野球部が朝の練習を終えて、鍵を返しに来てたみたいでさ、主将も、人が悪いってわけじゃないんだけど、身体が大きいから、どうしても怖かったんだって」
助けたというよりは、割って入って背中を押して上げただけらしい。
「それでその子、今日お礼を言いにきてたんだね」
変な勘繰りをしてしまうより、素直に取った方がいい。鏡花は私の予想に首を振った。
「お礼ならこの前言ってきたよ。乙女ちゃん、そうじゃなくて、お昼一緒に食べたいんだって」
「なら一緒に食べてあげればいいじゃない」
「いや、二人きりで食べたいって言うから、少し考えちゃって……」
それで今まで誘われた二回とも、断っているのだそうだ。
「友達と一緒に食べたいからって言って断ると、その時は引き下がるんだけど、その次やってきた時も同じで」
やっぱり、「二人で一緒に食べてくれませんか」と、言われてしまうらしい。
ここ最近、私はお昼を家で済ませてから学校へ来ることもあり、友達の誰かとお昼を共にするということを意識していなかった。薬品棚の前の机には、小さなお弁当が置かれており、この部屋に冷蔵庫がないことに気づいた。だから、少し不思議な気持ちがしたのだ。誰かと食べたいと思うものだろうかと。
「私が二人で食べたいって言ったら嫌な気持ちする?」
「うーん」
鏡花は少し考えて、「嫌な気持ちはしないかな。考えるかも」と、言葉を濁した。
返答次第では、一度食べてあげたら、大人しく引き下がってくれるかもよ。と、言おうと考えていたが、それも難しいらしい。
「あんまり深く考えなくていいんじゃない。嫌なら断り続けてみるとか」
私の答えに納得が行かなかったのか、鏡花は布団に半身を入れながら顔を上げようとはしなかった。
翌日も、乙女と思しき女の子はやってきた。私は少し考えて、一つのことに集中すると周りが見えなくなるのは同じかも。と、彼女にどこか自分と似た物を感じていた。
翌日も翌々日も、狙ったように鏡花がいない時間帯にやってくるので、私が対応することになってしまったのだが、その中で乙女の顔を見る機会が何度かあった。
彼女の顔は、丸顔で、目と鼻は離れすぎておらず、愛らしさを感じる物だった。そして、鏡花のことを尋ねる時は、決まって乙女の顔は赤くなる。そんな彼女に、私は勝手に、心の中で〈紅乙女〉と、あだ名をつけて呼んでいた。
乙女がやってくるようになってから二週間後、たまたま私ではなく鏡花が応じていたみたいで、教室に入ると鏡花のことを責めるように視線が彼女へ集まっていることに気づいた。
私は入れ違いに階段を駆け上がっていく紅乙女の姿を見ていたため、もしや鏡花にきついことを言われたのではないかと気になっていた。
「ねぇ鏡花、乙女になんて言ったの」
「もう迷惑だから来ないでって、ただそれだけよ」
と、しかし鏡花はいつもとは違い、冷たく返してきた。
「まぁ、迷惑!」
私の反応を見ると、鏡花は苛立ったように顔を歪ませた。
「ねぇ鏡花、それだけはないでしょう? 乙女の誘いを断ること、あんなに気に病んでいたじゃないの」
「あたしが迷惑がっていたのは本当のことでしょうが!」
と、鏡花は声を荒げた。その声に、「あ、この前階段の近くで聞いた声と同じだ」と、クラスの男子がポツリと言う。
私はその声に苛立って、つい、「なんか嫌なことでもあったの?」と、答えの逃げ道を作って尋ねた。その言葉に鏡花は納得が行かないのか、「あたしのことよりも、ツバキは後輩の女の子のことを気にするんだ!」と、自棄になって言う。
お互いそういうことじゃないって分かっているはずなのに、状況はどんどん悪い方に向かっていく。誰が言いつけたのか、それとも聞きつけたのか、千歳先生が教室に入ってくる。マズイと思っても、彼女を責める言葉は止まらず、その間に泣きはらした鏡花が表情を硬くして、鞄を引っ摑んで教室を後にしてしまった。先生は私に駆け寄ってくると、「どうしたの」と、もしかしたら訳を聞いてきたのかもしれなかったが、私はその時、すぐ机にしがみついて泣き出してしまったため、背後から千歳先生が何かを尋ねてきた声が、遠くなっていくことしか記憶には残らなかった。
翌日、鏡花は学校へ来なかった。その日は朝読書の間、ずっと鏡花のいない空席を鏡で見ていた。お昼が近くなっても、乙女はやって来なかった。なんで二人とも上手く行かないんだろうと感じながら、お昼休みの間ずっと鏡花の席を見ていた。日の光が雲によって遮られることもあり、空いた席は明滅を繰り返しているように見えた。
「ツバキ」
小声でクラスの男子から声が掛かると、どうやら私は眠っていたのか、もう午後の授業が始まっていた。その時の授業は、たまたま千歳先生が担当の科目だった。
彼女は、「ツバキさん」と言うと、「鏡花さんとなにかあったんですか?」と、続けた。
先生なら、時と場所を考えてほしいと思いながら、「後で話しますよ」と、短く答えると、「では、放課後にお願いしますね」と、逃げ場のない約束をされてしまった。
「先生、言い訳ではありませんが、なぜ今日なのですか。鏡花もこの場にいなければ、私は先生とお話しする気持ちになれません」
とんだ言い訳だったけれど、「それもそうね」と、千歳先生は納得したように頷き、「では、明日。鏡花さんが来たら放課後に面談をしましょう」と、引き下がった。
授業の後、私はそれでも納得が行かず、先生に抗議をしに千歳先生の傍へと向かった。黒板を綺麗にしながら、先生は、もし時間があるなら、この後少しいいかしら。と、私に言った。
その日の授業が終わり、HRが終わると、先生は荷物をまとめる私を呼び止め、図書室の方へと誘った。
私は先生に怒られるのではないかと、何度もヒヤヒヤとしたが、図書室に着くと、先生は、「私、ここで臨時の司書をやらせていただいているの」と、言った。
先生は若かったが、翌年、教職を辞さなければならないらしかった。そこで、誘いを受けたのが図書館司書ということらしい。
「司書には昔から興味はあったの。でも、なかなか両立は難しくて。学校の先生だけで手が一杯でしょう?」
まるで、自身の無さを生徒に認めてもらいたいかのような表情をするものだから、私はそっぽを向いた。
「だから、あまり考えてはいなかったのだけれど」
「なんで、そのことを私に話したのでしょうか」
「あなたを、私の初めの選書相手にしたかったからかしら」
と、先生はいたずらっぽく答えた。そこで、初めて先生の顔をちゃんと見た。先生の口元には黒子があり、こんな時でなければ、人の顔にそんなものがあることに気がつかなかっただろうなと、またしても思った。
先生は書棚の奥の方へ向かうと、一冊の薄い文庫本を取り出してきた。けれど、表紙の字が難しく、私は先生に、これ、なんと読むのですか? と、思わず尋ねてしまった。
先生は驚いたような顔になり、カウンターから小さな辞書を取って来ると、私の横で、かがんで、字を一緒に引いてくれた。一字ずつ追いながら、ときおり私の横顔を見て読み方を教えてくれて、息のかかる頬が熱くなる気がして、字を引く先生の横顔を注視した。
けれども、先ほど気づいた黒子のような発見もなく、しっかりと見ているはずなのに、先生の顔はぼやけて行くばかりだった。今までそんなことがなかった私は、それが恐くなり、先生に、「もういいです」と、こわごわと答えた。先生の教えてくれた言葉の読み方なんて、ちっとも頭に入って来やしなかった。
「いいって、どうしてかしら」
「表題を読むのだけでここまで手間取ってしまうのです。本文なんて、なおさら読むことができません」
私の声は上ずって、タイル地の床に落下した。本を読む場所だと言うのに、本を読めない自分が堪らなく恥ずかしく、同時に、私を辱めた千歳先生のことが嫌いになっていった。
「先生に、きっと本を選ぶことはできないと思います」
私はそう言うと、図書室を駆け足で後にした。玄関に向かい、校門を出ても、先生の息が当たった部分がいやらしく感じられ、図書室にいた時の熱が残る耳や頬を取ってしまいたい気持ちにかられながら帰り道を走った。ただ、そうした気持ちも家の前までやってくると、自分の心になぜここまで焦る気持ちが芽生えているのか、不思議でならなかった。ただ、どうしても私が鏡花と同じように、千歳先生に好意を抱くことだけはないように感じられた。
私は、鏡花のアドレスを開くと、電話を掛けた。二回音が鳴って、コール音が途切れる。鏡花が出るなんて思っていなくて、驚いて声を出せないでいると、鏡花の方から、「ごめんね」と、声が上がった。
「どうしたのよ、鏡花、欠席して」
息を落ちつけながら返すと、「訳は明日話すわ」と、鏡花に言われてしまった。
「ツバキこそ、大丈夫なの?」
「うん」
「急に電話してきたから、ビックリしちゃった」
「私って、自分になにかないと、電話しないような人だっけ?」
ふざけながら返すが、それが私のことを気遣っての言葉なのだと気付いた。近所の子供たちが遊んでいたのか、これから家に帰っていく声が通りの向こうから聞こえ、弾む声の中に寂しさを感じると、私は、「やっぱり今から会えないかな」と、鏡花に答えていた。
鏡花は、「うん、いいよ」と返すと、「でも」と言葉を続けた。でも、なに? 私が訊き返す前に、鏡花は、「二人じゃないけど、それでもいいなら」と続けた。
私には、鏡花の声音で、誰と一緒に彼女がいるのか、分かるような気がしていた。電話越しに案内を受け、従いながら歩いて行くと、電話と同じ声が近くから聞こえてきていた。案内先の公園には、ブランコに座る鏡花と、その鉄柵に座る乙女がいた。その光景を見て、私は、特に不思議な組み合わせじゃないな。と、感じた。
「もし明日に聞いていたら、校内で噂を立てちゃっていたかも」と、私が冗談交じりに言うと、鏡花は、「やめてよ」と、いつもしている眼鏡を外して答えた。
「今はしないんだ」
「うん。自分に自信が少しは持てるようになったから」
鏡花は何年か前に買ったおもちゃの眼鏡を取り出すと、それを地面に置いて踏みつけた。「なにもそこまでしなくて良いんじゃない?」と、私が言うと、「それくらいしなくちゃ、また怯えてしまうもの」と、鏡花は胸を反らして言った。
「やっぱり、なんで休んだのか聞かせて」
今の鏡花になら聞いても大丈夫だと思い、傍らの乙女にも目で許可を貰って、質問する。「いいよ」と答えた鏡花は、ブランコを漕ぎながら、何日か前の放課後の話をした。
「あたしね、先生に告白したの。教室の掃除を終えた後、図書室に向かった先生の後を追っていったのだけれど、そこでね、思いを告げたの」
私は同じ女の子なのに、その時の鏡花の表情を見て、見とれてしまった。
「そうしたら先生は、私とあなたとでは立場が違うわって……おっしゃって。本を読まないなら、出て行きなさいって。あたし、その時はなんでこの人のことを好きになってしまったのだろうって苦しくって、そんな時に、乙女が思いを寄せてくれていたと確証を得てしまって、それでとっさに、だったんでしょうね」
鏡花は言葉を続けなかったが、逆光の中からでも、乙女の頬に赤が入っていることに気づいた。きっと、そのことをクラスの誰かに見られでもしたのだろう。でも、そんな時でも鏡花は、乙女のことしか気に掛けていなかったように思う。
「その先のことは言わなくてもいいよ。鏡花」
私は遅すぎることを分かっていながら、鏡花に向き合って優しく言葉を選んで言った。
乙女は柵から降りると、鏡花に電話越しで思いを伝えたことを教えてくれた。
「何度も追い返したのに、なんでそんなこと、私に教えてくれるの?」
と、イタズラっぽく言うと、乙女は、「先輩はそれでも、私のことを邪険に扱ったりはしませんでしたから」と、言ってくれた。
「先生ね、来年、学校を辞めて、図書室の司書になるかもしれないの」
私は今日先生から聞いたことを二人に話した。
「でも、あの調子じゃ無理ね。私が読めない本を勧めてきたんだもの」
「ツバキは、本と写真集の違いも分からないような子だものね」
「あ、それ! 今度ちゃんと教えなさいよ!」
私はずっと置いてけぼりだった質問をようやく投げかけた。笑ってごまかす鏡花と、それを見つめる乙女に、ちょっぴり追いついた気持ちになって、足元に相合傘を二つ書いた。一つは、鏡花の名前が書かれたもの、もう一つには、椿と、自分の名前を書いたもの。そして、その両方に、共通する人物の名前を書いた。
「ねぇ、鏡花、豪快に足で消してよ!」
私がそう提案すると、鏡花は後ろ歩きで距離を取り、何度かスイングすると、ローファーにグッと力を込めて足元の地面を抉った。砂煙が上がる中、私と鏡花は笑って、乙女は空いたブランコに座って、靴を飛ばし始めた。
「誰が一番遠くまで飛ばせるか、競争しませんか?」
乙女の提案に乗って、交互にブランコに乗り降りする頃には、朝の読書のことも、ここ何日間の悩み事のことも、少女だった私の頭からすっかり抜け落ちていた。
〈了〉
僕は気づくことができなかった。彼の視線の先にあるものに。
<新作連載作品・小説>
不気味な悪夢にうなされていた男。
陰湿な雰囲気に憑りつかれているようなその男は、自分の暗い過去と、過去に囚われている自分に決着をつける覚悟を決める。
その矢先、訪れてきた急な来客。
それは隣に引っ越してきた、藤堂慶介という風変わりな男だった。
彼との出会いが、男の物語をゆっくりと動かしてゆく。
第一話「魔窟」
澪標 二○一五年七月号
http://miotsukushi1507.tumblr.com
第二話「理由」
澪標 二○一五年八月号
http://miotsukushi1508.tumblr.com
第三話「受信」
澪標 二○一五年九月号
http://miotsukushi1509.tumblr.com
第四話「決断」
みおつくし 二〇一五年十月号
http://miotsukushi1510.tumblr.com
第五話「悪友」
みおつくし 二〇一五年十一月号
http://miotsukushi1511.tumblr.com
第六話「悪夢」
みおつくし 二〇一五年十二月号
http://miotsukushi1512.tumblr.com
第七話「隣人」
澪標 二○一六年一月号
http://miotsukushi1601.tumblr.com
何者なのだろうか、この男は。
いや、そもそも、目の前の生命体は僕と同じ人間なのだろうか。まずそこに疑問を感じてしまう。
特別容姿が醜いわけではない。顔はごく普通のありふれた顔だ。体の方も、そこそこ鍛えてあるのが分かるほどには締まっている。
身長も結構高い。
成人男性の平均程の僕が軽く見上げる程度だ。
表情も豊かで、今も満面の笑顔で笑っている。
外見的なスペックで言えば、決して悲観するものではない。そう、見た目ではない。この男は、雰囲気だろうか、纏っている空気だろうか、それは分からないが、とにかくそういったものがどうにも異質なのだ。
他人の警戒心を掻き立てるような、そんな感じだ。無邪気で屈託のない笑顔を浮かべている今でさえ、僕の中では、警報のようなものが忙しなく鳴り響いている。
「いやー、引っ越しなんて久しぶりなもので、しばらくはバタバタしていてうるさいかもしれませんが、まあ、気にしないでくださいよ」
「はあ」
普通そういったことを初めての挨拶で言うかな。僕の中に小さな疑問と、違和感の針が差し込まれる。
「それにしても、随分とかっこいいですなあ、歳いくつですか」
何を聞いているのだろう、この人は。いや、本当に人なのかは分からないが。
「二六、ですけど」
「おお、一歳違いっすか。すげえな」
随分と頭の悪い言葉を羅列した後、藤堂は、下を向き、なにやらぶつぶつと訳の分からないことを言い始めた。
やがて、満足したのか、すっきりした顔を勢いよく上げた。
その勢いに、思わずたじろういでしまう。
「敬語やめていい?」
「はあ?」
先程から、この男はなにを言っているのだろう。本当に理解不能な男だ。
別に敬語にこだわっているわけではないのだが、普通年上の男に、しかも初対面の男に、敬語の必要性を質問するのは、間違っているだろう。僕が今まで学んできた一般常識を用いるのならば、きっとそういうことになる。
敬語を取っ払うこと自体は構わないが、社会人としてそれでいいのかが、はなはだ疑問だ。
まあ、いいか。
半ば無理矢理に自分を納得させ、脱線気味になってきた思考を打ち切ると。何やら、刺さるような強い視線を感じた。
誰だろう。
いや、この状況では一人しかいないわけだが、彼の視線となると、彼が僕のことを注視していることになる。何故か、僕にはそれがいいことでは決してない気がした。
ここまで彼に対して悪い予感しかしないとは、もう、前世で僕と彼は七以下あったのではないのだろか。
まあ、そんなことを考えていてもしょうがないか。
僕はなるべくゆっくりと、時間をかけて。顔を上げて彼の方を見た。
予想通り彼は、じい、と僕の方を凝視していた。
僕と目が合ったのに、彼はその視線をそらそうとはしなかった。普通は凝視していることを隠すものだと思うのだが。
「あのぉ、何か?」
たまらず、質問をしてみるが、別に、とだけ言って、流される。
一体何なのだろう。
ここまで一切揺らぎのない目で見られるのは、流石に心地が悪い。自分の心の中や、考えていることをすべて除かれている気になるし、自分の大事なものを踏み荒らされている気にもなる。
彼から感じる空気のそうだが、いろいろと変わっている彼は、もしかしたら人間ではないのではなかろうか。
そして、このまま僕のことを丸呑みにしてしまうのでなかろうか。そんな考えまで浮かんできた。
「まあ、いいや。じゃあとにかくこれからよろしく」
急に興味を失い、飽きた彼はそう言って、隣の部屋に引っ込んでいった。
なんだか知らないが、絶体絶命の危機が去ったような気がして、僕は思わずその場にへたり込んでしまった。
〈続く〉
それを幸せの色にして奏でたいのであれば、立ち止まって努力する期間が必要なのだ。
<新作連載作品・小説>
友人の理沙に告白された正人は、彼女の告白を断った。理由は、自分の理想の容姿を持つ女の子に出会い、恋に落ちていたからだ。
理沙にどうして断るのか理由を教えてほしいと言われた正人は、正直に答えた。桐峰そら、という女の子のことを好きになったから告白を断ったのだと。
その言葉に、理沙は驚き、そして鋭い目つきで、決然と言った。
「正人。その子はやめた方がいい。これはあなたのために言っているのよ」
どういうことだろう。どうして理沙がそんなことを言うのだろう?
正人は疑問に思うのだった。
第一章「Trust you,trust me」
みおつくし 二〇一五年十月号
http://miotsukushi1510.tumblr.com
第二章―①「再生専用の音楽プレイヤーで幸せを奏でて」
みおつくし 二〇一五年十一月号
http://miotsukushi1511.tumblr.com
第二章―②「再生専用の音楽プレイヤーで幸せを奏でて」
みおつくし 二〇一五年十二月号
http://miotsukushi1512.tumblr.com
僕と理沙の間には重たい沈黙が横たわっていた。
「じゃあ理沙はそらにそそのかされて、人殺しをしようとしていたってこと……?」
毎日何気ない会話を交わしていた理沙という人物が歩んできた道――今、語られた過去を一言でまとめるとそういうことになる。それはひどく現実味に欠けていた。
「うん。今考えれば、頭がおかしいって思う。でも、当時はそうじゃなかった。桐峰そらの言うことがわたしにとっての正義だったの」
チャイムが鳴った。僕はその音を聞いて、自分が学校に来ているということを思い出した。理沙の告白を断り、理沙の過去を知ったとしても、僕は彼女と同じクラスで今日も授業を受けるのだ。
僕たちはその場から動かなかった。このままここにいたら遅刻してしまうのにも関わらず。お互いの視線がお互いの目を見つめていた。
「正人はわかるかな? 自分が好きだと思った人、尊敬するって感じる人の言葉って、どんなに間違っていても狂っていても、正しいって思ってしまう人っているんだよ。そういう部分を、私みたいな弱い人は持ち合わせてしまってるの。ただの言葉に惑わされちゃうんだよ。それが啓蒙本とかの心を奮い立たせるものだったらいいのかもしれない。その人がだれかが書いた文字を読んで、頑張ろうって思えるのならそれは滑稽なことじゃないとわたしは思うから。でも、まちがった言葉を信じると、わたしみたいに人を殺すことを厭わない信者的な人も生まれてしまうの」
理沙の話を聞いて、頭のなかが冷えていく感覚におそわれた。背筋に怖気が走り、心臓が嫌な鼓動を刻み出す。彼女が話していることは、僕が昨日、桐峰そらと出会い、抱いた感覚と酷似していた。
桐峰そらは、空が赤いと言った。僕はそれを肯定した。
桐峰そらは、イブに世界が終わると言った。僕はそれを肯定した。
どちらもなんの疑いなど持たなかった。彼女が言うのであればそれは正しいことなのだと思ったからだ。
「そらちゃんには人の心を引き付けるなにかがある。その人が弱ければ弱いほど、彼女の強い引力に絡めとられる。ねぇ、正人、あなたは違うよね? そらちゃんが好きっていう気持ちは、純粋な好きって気持ちなんだよね?」
僕はなにも言うことができない。僕の心にある好きという感情は純粋なのか? そう自分に問いかけるのを、どうしてか避けてしまう。きっと、僕はそうではないと自覚しているのだ。
「純粋な好きだ」と僕は言った。まるでそれが嘘ではないというような自然さで。
僕は理沙の告白を断ったのだ。だから、彼女が抱いていた信者的な好きの可能性があるとしても、それを口にするべきではない。
「僕は桐峰そらが純粋に好きだ」
重ねて、僕は言った。この言葉は理沙を傷つけるだけかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
「……そう」理沙の声は小さく、そして震えていた。「じゃあ、わたしには、願うことしか、できないんだね」
「願う?」と僕は訊き返した。その言葉が引っかかったのだ。
「正人の好きがずっと純粋であること。もしくはわたしに告白してくれること。それを願うの。わたし、願うことは得意なんだ」理沙は踵を返し、僕に背中を向けた。「わたしはまだあなたが好き。すぐに他のだれかを好きになったりはしないと思う。だから――もしそらちゃんに傷つけられたら、わたしを頼ってほしいな」
そう言って、きれいな笑顔を浮かべたあと、理沙はいなくなった。おそらく、教室に向かったんだろう。
僕はしばらくその場に立ち尽くしたままでいた。
✝
どうしてここにいるのだろう。
昨日、桐峰そらと出会った公園のベンチに腰を下ろし、空を眺めていた。つまり、学校をサボったということだ。理沙と教室であうのが気まずかったというのはもちろんある。でもそれ以上に一人で考え事がしたかった。だれもいない場所で、静寂だけが隣にあるそんな場所で。さっきの理沙とのやり取りを自分のなかで消化したかった。
純粋な好き。彼女が発した言葉だ。それはいったいどういうものなのだろうか。
だれかを想うということについて僕は考える。考えようとして――頭になにも浮かんでこなかった。僕はひどく混乱した。こんなありふれたテーマを考えられないなんて。
理沙が言った弱い人という言葉が脳裏をよぎる。彼女は弱い人、弱者というのは自分の信じる人の言葉を妄信してしまう瞬間があると言った。
僕は弱者なのだろうか。だから桐峰そらが持つカリスマ的ななにかに心惹かれたのだろうか。それが僕の持つ好きという感情の本質なんだろうか。
青木正人という人物を俯瞰して考えたとき――僕は自分のことを弱者であると思う。
だれかのことについて考えるのは難しいけれど、自分のことを考えるのは簡単だ。
僕は、なにもしていない人間だ。部活動に所属していなければ、勉強を熱心にしているわけでもない。ただ生きているだけ。
たとえば学校という機関にいる時間がごそっと抜かれたとしたら、僕は手に余るほどの時間を渡されることになる。その時間を効率的に、自分に役立つように使うことが果たして僕にできるだろうか。
答えは否だ。だって僕はとくになにもせずに生きているから。
ゲームをしたり、本を読んだり、ネットで動画を見たり、音楽を聴いたり。そういった趣味に時間を費やすことはできる。刹那的に楽しいという気持ちを手に入れることができる。楽しいということは少なくとも不幸じゃない。けれど、ずっと受動的になにかを得て、自分からはなにもしない人間は幸福だろうか? 苦しいとか哀しいとか、そういった気持ちを得ないまま年を重ねることはできないかもしれないけれど、もしそんなことができたとしたら、それは幸せだろうか? だれの役にも立てず、だれからも期待されず。僕は今、そういった状態にいる。なにもしていないのに、桐峰そらという女の子を好きになっただけだ。
一度だけ――僕は自分からなにかを生み出そうと思ったことがある。貯めたお小遣いとお年玉を使って、オーディオインターフェイスとMIDIキーボードを買った。その二つは作曲に使われる道具だ。別にピアノを弾けるわけじゃないけれど、音楽を聴くのが好きだったから自分で作ってみようと思ったのだ。
約一五〇〇〇円の出費をし、僕が得たのは諦めだった。それはできないから諦めた……というわけではないように思う。できるようになろうと努力した記憶がないからだ。コード進行とかトニックとかドミナントとかサブドミナントとか、そういう言葉は少しだけ知った。けど、それらがどういう意味なのかというのはよく知らない。
理解しようとすればできるのだろう。根気さえあればだれかの胸を打つ音楽が作れなくても、音楽を作ることはきっとできる。才能うんぬんはそのスタートラインに立ったときの話だ。
でも、僕はそのラインに立つことができなかった。僕にはそういうところが多々ある。やる前から諦めてしまうのだ。少し面倒なことがあるとそこで足踏みしてしまう。そして逃げてしまう。最初からうまくやれる人などいないとわかっているのに。
人生は再生専用の音楽プレイヤーだ。巻き戻しはできない。どんな音色にしていくのかは自分で決めるしかない。それを幸せの色にして奏でたいのであれば、立ち止まって努力する期間が必要なのだ。
でも、僕はそれをしない――。そんな当たり前をやらない人物を弱者と呼ばずしてなんと呼べばいいのだろう。
想うということを考えるより、自分の弱さについて考える方が簡単だ。
じゃあ僕のこういった弱さが桐峰そらを好きだという気持ちに繋がったのだろうか。
それは違う。僕は、彼女の容姿を完璧だと思った。それがはじまりだ。そこに信仰的ななにかが絡まってしまいそうになっているだけで。
ならば自制すればいい。呑み込まれないようにすればそれだけで――
「ここにいると思った」
ふと声が聞こえた。
どうして彼女がここにいるのか。顔を横に向けると、桐峰そらがそこにいた。
〈続く〉
<新作描き下ろし・イラスト>
『みおつくし』二月号を最後までお読みいただきありがとうございます。
二三竣輔です。
実は本誌『みおつくし』二月号は、我々にとってとても特別なものなのです。
『澪標』一月号で、我々は大幅なメンバーチェンジを行いました。(まだご購入されていない方々、唐突なご報告申し訳ありません)それにより、初期から参加していたメンバーの多くは『澪標』から離れることになり、編集長も小桜店子さんから、私、二三竣輔が引き継ぐこととなりました。
これに伴って、本誌を最後に『みおつくし』を廃止することになりました。(『澪標』自体はこれからも出版いたします)さらに、初期メンバーの方々と共に作業をすることも今後なくなるため、本誌の制作が初期メンバーの方々と共に作業するのは、一部の方を除いて最後となります。
やはり、寂しいですし悲しくもあります。しかし、不謹慎かとは思いますが、私は寂しさや悲しさと同時にある種の高揚感も感じているのです。
これからの『澪標』は、きっと大きく変わってゆくでしょう。初期メンバーの方々が作ったもの、残していってくださったものを元に、我々の手でこれからの『澪標』を作っていかなければなりませんし、我々には、その責任があります。しかし、私はそれが出来るということをとても誇りに思いますし、とても光栄なことだと思っています。
これからの『澪標』を新しい仲間たちと共に作くってゆくことを、とても楽しみにしているのです。もちろん簡単ではないことも承知しています。それでも、『澪標』の未来を考えると強い高揚感が私の胸を襲うのです。
願わくば、この高揚感が変な方向に空回りしないことを切実に祈りつつ、これからは今まで以上に奮闘してゆきたいと思っております。
読者の皆様、これからも応援の程、何卒よろしくお願いいたします。
それでは、またお会いしましょう。
平成二十八年 向春
二三竣輔
◆『澪標 二○一五年四月号』小桜店子(編・著) 二丹菜刹那(著) 尋隆(著) 高町空子(著) 藤井カスカ(著) 篠田らら(著) 青空つばめ(著) 朝霧(著・表紙イラスト) あちゃびげんぼ(著) 吉田勝(表紙撮影)
◆『澪標 二○一五年四月号』ランディングページ
http://miotsukushi1504.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年六月号』小桜店子(編・著) 藤井カスカ(著) 二三竣輔(著) 青空つばめ(著) 二丹菜刹那(著) 古布遊歩(著) 矢木詠子(著) 松葉クラフト(著) 朝霧(イラスト) 逸茂五九郎(著) 篠田らら(著) 櫻野智彰(著) ひよこ鍋(著・表紙イラスト) 咲田芽子(著) 尋隆(著)
◆『澪標 二○一五年六月号』ランディングページ
http://miotsukushi1506.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年七月号』小桜店子(編・著) 青空つばめ(著) 逸茂五九郎(著) 松葉クラフト(著) 篠田らら(著) 南波裕司(著) ZOMA(著) 藤井カスカ(著) 尋隆(著) 二丹菜刹那(著) 高町空子(著) 毒蛇のあけみ(著) 二三竣輔(著) タリーズ(表紙イラスト)
◆『澪標 二○一五年七月号』ランディングページ
http://miotsukushi1507.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年八月号』小桜店子(編) 朝霧(著) 三角定規(著) 二三竣輔(著) ヨシ(著) 二丹菜刹那(著) 海風音(著) ひよこ鍋(著・表紙イラスト) コスミ・N・タークァン(著) 篠田らら(著) 青空つばめ(著) 藤原翔(著)
◆『澪標 二○一五年八月号』ランディングページ
http://miotsukushi1508.tumblr.com
◆『澪標 二○一五年九月号』小桜店子(編) 高町空子(著) 二三竣輔(著) 尋隆(著) 二丹菜刹那(著) ひよこ鍋(著) テトラ(著) 朝霧(表紙イラスト) 吉田勝(表紙撮影)
◆『澪標 二○一五年九月号』ランディングページ
http://miotsukushi1509.tumblr.com
◆『みおつくし 二○一五年十月号』小桜店子(編) 青空つばめ(著) 尋隆(著) 二三竣輔(著) 二丹菜刹那(著) ZOMA(表紙撮影)
◆『みおつくし 二○一五年十月号』ランディングページ
http://miotsukushi1510.tumblr.com
◆『みおつくし 二○一五年十一月号』小桜店子(編) 二三竣輔(著) 青空つばめ(著) 松葉クラフト(著) 二丹菜刹那(著) 三枝智(表紙撮影)
◆『みおつくし 二○一五年十一月号』ランディングページ
http://miotsukushi1511.tumblr.com
◆『みおつくし 二○一五年十二月号』小桜店子(編) 尋隆(著・表紙撮影) 二三竣輔(著) ヨシ(著) 二丹菜刹那(著)
◆『みおつくし 二○一五年十二月号』ランディングページ
http://miotsukushi1512.tumblr.com
◆『澪標 二○一六年一月号』二三竣輔(編・著) 小桜店子(編) 風理(著) 志野きき(著) 肉馬鈴薯(著) コスミ・N・タークァン(著) CO2(イラスト) 大久保智一(著) やっさん(著) 味玉(著) k氏(表紙イラスト) 野秋智(表紙撮影)
◆『澪標 二○一五年九月号』ランディングページ
http://miotsukushi1601.tumblr.com
◆『別冊澪標 七夕号』小桜店子(編) 柊藤花(著) 青空つばめ(著) 藤井カスカ(著・イラスト) 二丹菜刹那(著) 篠田らら(著) 二三竣輔(著) 尋隆(表紙イラスト)
◆『別冊澪標 七夕号』ランディングページ
http://miotsukushi-tanabata.tumblr.com
◆『別冊澪標 クリスマス号』小桜店子(編) ひよこ鍋(著) 尋隆(著) 二三竣輔(著) 青空つばめ(著) おふぃう(表紙イラスト)
◆『別冊澪標 クリスマス号』ランディングページ
http://miotsukushi-xmas.tumblr.com
◆『永久のように長く、一瞬のように短いものだとしても』二丹菜刹那(著) タリーズ(表紙イラスト) 小桜店子(編) 霊魂吐息(編)
◆『永久のように長く、一瞬のように短いものだとしても』ランディングページ
http://ninina-setsuna-001.tumblr.com
2015年2月21日 発行 初版
bb_B_00142740
bcck: http://bccks.jp/bcck/00142740/info
user: http://bccks.jp/user/131691
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
身を尽くす会は、電子書籍と同人誌をメインに文章表現作品の製作、販売を行っている団体です。主にアマチュアの方の作品を外部に向けて発信し、将来のプロ作家の発掘と輩出、それによる文学界のより一層の進化、これらを目的とした活動を行っております。