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転生の幼な妃
~龍王、蜜欲の寵愛~

天都とほる

共幻令嬢文庫



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  この本はタチヨミ版です。

目次

 プロローグ

 1 楼蘭

 2 夏の宮

 3 開花

 4 春の宮

 エピローグ

あとがき

   プロローグ


 はらはらと花びらが舞う。
 天軌あまきの国の王城、その後宮である「春の宮」。
 庭園では満開の桜の花がふうわりと、明るい薄紅うすべに色の空をつくりだしている。
 ここの桜は、散れども散れども、永遠に満開を終えることがない。
 散った花の後は、またすぐに花芽がふくらみ、翌日には咲きほころぶ。
 ――人もまた、同じであればいいのに。もし今日死んでしまっても、明日また、今日と同じ姿で生まれることができたら……。
 楼蘭ローランは一人、庭園の中でこぼれ落ちて来る花を見上げていた。
 神々に気に入られると、命を奪われ魂を食われてしまうと子供の頃に聞いたことがある。
 しかし神々とて、好いた魂は食ってしまわずに、永くそばに置きたいと願うのではないか。
 ――だから、この王城に住まう人は皆、長命なのかしら?
 そうであれば、自分は一体どれほどの永さの生を過ごすのだろうか。
「また花見か」
 不意に声をかけられた。
 男の声に、楼蘭は慌てて振り返る。
「お越しでしたか。気づかずに」
 天軌の国の皇帝、龍亮りゅうりょうが、すぐ側で笑って立っていた。
「気づかぬように来たのだ」
 侍女たちも知らせに来なかったが、龍亮が従者が気づかぬように行動するのはいつものことだった。
「そんなにここが好きか」
「はい……でも」
 龍亮が怪訝けげんそうに楼蘭を見る。
「私がき後も、龍亮りゅうりょう様のお近くで咲き続けるのだと思うと、ちょっぴりけます」
 楼蘭は冗談めかして笑った。
「それを言うな」
 龍亮は、楼蘭がさっきまでくつろいでいた赤い敷物の上に座り込み、脇息きょうそくを手元に寄せる。
「酒肴をご用意いたしましょう」
 侍女を呼ぼうとするが、龍亮は首を振った。
「いや、いい」
「まあ珍しい。どこかでもう出来上がっていらっしゃいましたか? それでしたら酔い覚ましのお茶はいかがでしょう」
 薄淡い緑の茶をそそごうと少し体をかがめると、龍亮が手を伸ばして楼蘭のまとめられた髪に刺さっているかんざしを、するりと一本だけ引き抜いた。
「あ……」
 つややかな薄紅うすべに色の柔らかな髪が、大きくゆるんとほどけた。長い髪が肩を覆う。
 楼蘭が少女のようにふくれっ面をする。
「また昼間から悪戯いたずらされたと、侍女に笑われてしまいます」
「俺は、お前の間違えて野に咲いてしまったような姿がよいのだ」
 龍亮は笑いながら楼蘭をからかう。
「何やらそれでは、褒めていただいているのか違うのか、よくわかりません」
 ぷいっとそっぽを向いてみせるが、龍亮は笑みを崩さずに楼蘭の手を取って、近くに引き寄せた。

 天軌の国では先の王の時代から、周辺の国々との戦乱が長く続いた。
 それを武力でもって収め、鎮圧した国々を属国とした後、千五百年にわたり支配し続けている天軌の国の皇帝が、この男、龍亮りゅうりょうである。
 千五百年生きているこの男、実は、龍神の化身である。だが真の姿を見た人間はいない。
 伝説によると……。
 体は鋼鉄の鱗に覆われ、触れるもの全てを焼き尽くし、炎に包まれた目に留まった者は地獄の扉を開くことになる。鋭い爪が切り裂けない物はこの世にはなく、咆哮ほうこうを耳にすれば闇の深淵に落ちる。
 と、言われている。
 だが今は、緋色ひいろの瞳に猛々しさはなく、悪戯いたずらな少年のようにきらきらと輝いていた。

 風が楼蘭のほどかれた髪をたなびかせるので、せめて軽く束ねようとしたが、龍亮は大きな手で白く細い手首をつかまえて邪魔をする。
 髪を下ろした楼蘭の姿は、あどけないようでありながらも、日頃は明るみにさらすことのない色めきを放つ。
 龍亮の、武人の太く無骨な指が、楼蘭のぷっくりとした柔らかい唇に触れた。
 触れられていることを感じながら、指に唇を寄せるようにして、楼蘭は話す。
「今度生まれ変わった時、私が本当に間違えて野に咲く花に生まれてしまったらどうするおつもりです?」
「どこに間違えて生まれ変わろうと、必ず探し出す」
 唇に触れている熱を持った指先から、深いおもいと一緒に悲しみが伝わってきた。
「……また、身分違いな私に生まれてしまっても? もしかしたら、もっと間違えて、鳥や獣、虫や小魚に生まれ変わってしまうかもしれませんよ?」
 指から伝わってきた悲しみがひどく切なくて、楼蘭はわざとふざけるように聞いた。
「どこで何に生まれ変わろうと必ずだ。ちかう」
 無骨な指がそっと、柔らかい頬をでる。
 自分の生は、目の前にいる人の姿をした龍神にとってみればほんの一瞬のことであり、ひとひらの桜が地に落ちるまでの出来事なのかもしれない。
 そして生まれ変わった時は、この龍神とは遠く離れた場所で縁のない生を送るのかもしれない。
 それでもいいと思った。
 最初から、身分違いの恋だった。
 今この時、これだけの深い愛を注がれているのなら、死んで自分の魂が消えせて忘れ去られたとしても、幸せだと思う。
 熱を持った大きな手を、頬と自分の手で包む。
 剣を持てば右に出る者はいないと言われる手であるが、楼蘭に対しては限りなくやさしく、あたたかい手であった。
 そして反対側の自分の手を龍亮に向かって伸ばし、誘うように男の唇に触れた。
 緋色の瞳は悪戯な光を男としてのつやに変える。千五百年近く、人の男の姿で生きる龍神が雄としての本能をもたげる。
 抱き寄せられて、唇が重なる。ゆっくりとした口づけが深まり、まれるように舌がからみ合う。
「ん……――」
 着物のあわせに太い指が、そして手の平がすべり込み、柔らかなふくらみをおおった。
「あ……」
 熱をはらんだ甘い予感に体が反応する。男はそれを見逃さず、袷をぐいっと左右に広げて、女の細い肩をあらわにする。
 冷たい春の空気がひやりと素肌に当たった。
「龍亮様……このような場所で、誰か来たら……」
 袷を戻そうとするが、男はそれを許さない。
「我等の邪魔する者はる」
「そんな……」
「馬鹿、冗談だ」
 男は片手で女の細い肩を抱き、片手で着物の袷を更に下げる。さらけ出された白い丸みのいただきが、桜のつぼみのように色づき硬くなる。
 男がそれを口に含み、吸い上げた。
「いあぁ……んんっぁっ……――」
 強くめぐ愉悦ゆえつに、女の背中がる。
 帯が解かれ、朱色の敷物に組み伏せられた時には、両胸が開けていた。
 片側は吸い上げられ、片側は大きな手で翻弄ほんろうされる。
 苦しいほどの甘さに腰がねると、女の白い脚がなまめかしく揺れて着物が乱れた。
 乱れた場所から男の手が入り、脚の内側を撫でつけてから秘部へと上がってくる。
「あ、……だめ、このような……外では……」
「外では? なぜだめだ」
 聞き分けのない手は躊躇ためらいなく女の花弁はなびらをかき分ける。
 甘さにけた体は、花壺を愛蜜でたっぷりと満たしていた。指が入り口でうごめくと、とろとろと蜜があふれ出る。
「いやあ、ああぁ……ん、んんっ……ぁ」
「俺を迎える準備はできているようだ」
 大きな体がおおかぶさり、脚の間に男の熱いたぎりが押し当てられた。そしてぐいっと、雄雄しい硬さが女の体に入り込む。
「んぁああっ! ……ぁあ……っん――」
 もう何度も体を重ねているというのに、最初はいつも隘路あいろを押し広げられる圧迫感に体が震える。
 男もそれをわかっていて、ゆっくりと押し入りながら女の体をいたわるようにやさしく抱き締める。
「はぁ、……あ……ぁあ――龍亮様……」
 唇を吸われると、圧迫感は徐々に快楽へと変わっていった。
 ゆるゆると動き出すたくましい龍神の体に揺さぶられながら、その肩越しに、吹きすさぶ桜の花びらを眺めた。
 最奥まで突かれると、どうしようもない悦楽が、より多くの花びらを散らしているように感じる。
楼蘭ローラン、愛している……俺にはお前しかいない」
「……龍亮様、私も……龍亮様しか……」
 互いに、お互いしかいない。この愛が永遠のものであると信じて二人は揺れ続けた。
 それが、今生最後の逢瀬おうせになると知らずに。

   1   楼蘭


 冬場の夕日が落ちるのはあっという間で、酒場はすぐに混み始めた。
楼蘭ローラン、ぐずぐずしてるんじゃないよ! あちらのお客にかん酒を二つ、早くおし!」
「はい!」
「それが済んだら、こっちの卓にさかな!」
「はいっ!」
 女将おかみの指示で粗末な肴を運ぶのは、楼蘭という十歳の少女である。
 この地方の冷え込みは厳しく、人々は安酒と、金で買えるあたたかさで気をまぎらわせる。
 店の卓には貧しい男の客ばかり。頼りないふところから確実に金をまき上げるのはしゃくをする女たちの仕事だった。
 上手うまく行けば、女たちは客を酒場の奥の宿に連れ混み、体で男たちの財布を更に開かせる。
 楼蘭は卓の間を縫って手早く酒や料理を運んでいる。
 小さな手にあかぎれがいっぱいできていても、やせ細った枝のような腕が料理を運んでいても、気にとめる者はいない。
 貧困層の子供がこのような場所で大人と同じように夜遅くまで働くのは、この花街では当たり前のことだった。
 ゆらり、と大きな体躯たいくの見慣れぬ男が一人、店に入ってきた。
 着ている服は高級とは言い難いが、他の客よりはずっと上等である。腰には長剣をたずさえていた。長い髪を束ね、三十路みそじ手前に見える顔は貧しい花街にそぐわない精悍せいかんさである。
 女将は、見慣れぬ客の身なりを見て、楼蘭をやらずに自分がその男の卓へ向かった。
「いらっしゃいませ。何にします?」
「酒を」
「お食事は? どんな子がお好みです?」
「いや、酒だけでいい。あの小さいのに」
 と、男は厨房に入っていく楼蘭を指す。
「持ってこさせてくれ」
「あら、小さいのがお好きなんですねえ。もちろんようござんすよ」
 女将は小声で続けた。
「まだお客は取らせていない……てことに、なっていますけどね、上のお座敷も空いてることですし、もし旦那が御希望なら特別に……」
 男は女将に向かって悪びれもなく明るく笑った。
「数年で良い玉になりそうだ。では、酌でもしてもらうか」
「かしこまりました。楼蘭、楼蘭!」
 女将は厨房で魚の皿を盆に載せていた楼蘭をつかまえると、客を指して言った。
「それはいいから、あちらのお客様にお酒を持っていってお酌しておいで。失礼の無いように気をつけるんだよ。それから」
 女将は楼蘭の耳元で言った。
「少したったら、お客の膝に乗るんだ。いつも通り寝たふりをするんだよ、いいね」
「……で、でも……」
 おびえた表情を浮かべて口ごもった楼蘭に、女将は言った。
「言うこと聞かなきゃ、今晩から五日間食事は抜き、外の納屋で昼夜休まずお客の相手だよ。お前みたいな小さいのが好きな変態は、国の法が禁じたっていなくなりゃしないんだからね。お前がそうするって言うならこっちは儲けもんさ」
「……はい、女将さんの言う通りに、します……」
 嫌で、嫌で嫌でたまらない仕事だった。手が震えないように気をつけながら酒を持っていくと、待っていた男と目が合った。
 緋色の瞳がじっと、楼蘭を見ている。
 どこかで見た、炎の色だと思った。
 恐ろしい火ではないと感じた。凍え死んでしまいそうな冷たい夜に、心のどこかでやさしく静かに燃え続け、あたためてくれていたような懐かしさがあった。
 しかし、初めて見る客なのに、一体どこでこの炎の瞳を見たのかと不思議に思っていると、男は椅子を指して言った。
「まあ座れ」 
「おじさん、私まだお仕事があるの」
「女将がいいと言っていたから安心しろ。何か食うか?」
 楼蘭が女将を見ると、女将もこちらを見てしきりにうなずいている。
 楼蘭は男の隣に座り、あねさんたちの真似まねをして酒をそそいだ。
 小さなあかぎれだらけのやせた手を見て、男が聞いた。
「……ここの仕事は、つらいか?」
 そんなことを初めて聞かれた楼蘭は慌てて嘘をついた驚いて目を見張る。
「ううん、全然。今までここが一番いいの!」
「今までは、どこにいた」
「ここから歩いて一晩かかる場所にあるお里。その前はそこから歩いて三日かかる町」
「親は?」
「わかんない」
「……そうか。前の里ではどんな仕事を?」
「子守り。私よりも小さな子が四人いたわ」
「子守りより、ここの方がいいのか?」
「うん。だってここでは板の間で寝ていいの。それに女将おかみさんも旦那さんも、私をったりしないんだもの。あねさんたちもやさしくしてくれる」
「う、うん、だって、小さい子が夜中に泣いたりしないもの! それに、あねさんたちもやさしくしてくれるから!」
「……ここが好きか?」
 自分のいる場所について好き嫌いなどを言ったことがなかった。
 好きだと思ったことはないが、と言ってしまえばまた売られた時に悲しいし、嫌いと言えばもっとひどい所へ行かされるかもしれない。
「うーん……わかんない」
「そうか。楼蘭、女将を呼んでくれ」
「え、あ……あの」
 このまま戻っては、女将に叱られてもっとひどいことになると思った。だが、男は言った。
「大丈夫だ。女将が喜ぶ話をするから、お前が叱られるようなことはない」
「……はい」
「はあい!」
 仕方なく女将の元へ向かう小さな背中を、男は伏し目がちに見送る。
 やがて男は女将とわずかばかりの間、話をし、金を払って店を出た。
「楼蘭、楼蘭!」
 女将に大声で呼ばれて駆け寄ると、女将は楼蘭の手をつかみ、男を追いかけるように店の外へ出た。
 暗い道の向こうに、先ほどの男の姿があった。
 女将は慌てたように早口で楼蘭に言った。
「楼蘭、うちでの仕事はもうおしまい。今からお前はあの人の所へ行くんだ」
「今から? だって、女将さん、お店は今からもっと混んでくるわ」
「そんなことはいいんだよ。さあ、お行き」
「……」
 とんっ、と背を押される。振り返ると、女将は言った。
「達者でね。早くお行き!」
 暗い夜道に一歩、汚れた小さな足を踏み出すと、すぐさま女将は楼蘭に背を向けて店に入っていった。そのふところには男から受け取った、一杯の酒の代金にしては高すぎる金が既におさまっている。
 半年前に楼蘭を買い取った値段の三倍もの金額だった。
 金のやり取り知らなくても、急に放り出される時のよそよそしい態度は、前にも別の所で何度も見たことがある。
 金のやり取りは知らないが、楼蘭はすぐに気づいた。
 ――そっか、私、また売られたんだ。
 足を止めた楼蘭を見て、男の方が歩み寄った。
「どうした? 忘れ物か?」
「ううん、荷物はないの」
 実際、寝起きしている部屋に楼蘭の物は何もない。着ているぼろ布でできた服一枚が楼蘭が自分の物として持っている全てだった。
「そうか、行こう」
 男は楼蘭に手を差し伸べる。大きな厚みのある手だった。
 酒場を振り返ると、中のあかりと客の騒がしさが、立てつけの悪い戸の隙間から漏れている。
 一生懸命働けばちゃんと御飯を食べさせてもらえた。
 意味もなく殴られたりすることもなかった。
 たったそれだけで、楼蘭にとっては今までで一番幸せな暮らしだった。
 けれど女将は突き飛ばすように楼蘭を差し出した。
 自分は、そういう「物」であったと思い出す。人々に売られて買われる「物」だったと。
 男の横顔をそっと見上げてみる。
 なぜだか、今までの人買いとは違うような気がする。
 店で楼蘭にやさしく話しかけてくれた声にも、不思議となぜか安心した。
 だが……今までもそうではなかったか?
 ――人買いはみんな最初はやさしい。でも……。
 数刻したら人が変わったように怒鳴り、「売り物」に傷がつかないよう見えない所を殴られるに違いない。
 そしてまた食事もろくに与えられず、吹きさらしの冷たい土間でこごえて眠り、体がきしんで動けなくなってもまだむちで打たれて働かされるのだろう。納屋なやに連れ込まれ、泣いても叫んでもそれを面白がられて、小さな体を朝まで



  タチヨミ版はここまでとなります。


転生の幼な妃
~龍王、蜜欲の寵愛~

2016年9月5日 発行 第二版

著  者:天都とほる
イラスト:広瀬コウ
編  集:高波一乱
発  行:共幻令嬢文庫

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