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歌姫

関谷俊博



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歌姫

私はいつもひとりだ
私はひとり歌い
風の音に耳をすます

緑なす草原での
ささやかな祈り

届かない空中庭園の
まよひびと

私は歌った
岸辺で
雪野原で
人々が集うこの青空の下で

だけど時代は渇き寒い

今日も雪野原を
すきとおった風が吹き渡る
私はいつもひとりだ
いつもひとりで歌っている

今日も雪野原をすきとおった風が吹き渡る

気晴らし遊戯

戯れにビー玉を覗きこむと

幽かに浮かびあがる
懐かしいものたち

夏祭りの灯りに
浴衣姿の娘たち

プールのカルキの匂いと
ヒグラシの声

ソーダ水のように
きらめきながら

ライオンのように
駆けぬける季節は戻ってこない

ひんやり光る
ビー玉をかざしてみれば

遊戯の終りに
夕焼け空がみえた

夏祭りの灯りに浴衣姿の娘たち

書物の中心

読むことを禁じられた書物が
ぼくの心の奥にはあるようだ

心の回廊には番人がいて
渇いた時代に背を向ける
のを見張っている

番人の目を盗んで
閉じられた書庫の扉を開くと
黴臭く懐かしい匂いが漂う

忘れた書物の頁を捲ると
心はとても緩慢な動きをする

すべてを委ねると旋回し始める
螺旋のゲノム

ああ、戻ってきたんだな
とぼくは愉悦する
約束されたはずの場所へ

命の果実に絡め取られながら
ぼくは書物の中心にいる

読むことを禁じられた書物がぼくの心の奥にはあるようだ

雨の地方

静かに消えていく風紋を
あなたは見つめています

移ろいやすい季節に
そっと佇んでいます

すきとおった哀しみは
夜風にながしました

そんなあなたに
寄り添いたい

というのは
無理な希望…
なのでしょうか

遠雷がしきりに鳴っています
微かに雨の匂いもします

ここは雨の地方なのです

夜風があなたに
ふきつけてきます

それでもあなたは
佇んでいます

そんなあなたを
私は見つめています

ここは雨の地方なのです

時の庭

時の輪の果つるところ
ひっそり石の薔薇が花開く

壊れた砂時計
打ち捨てられたマリオネット

幻のように
ゆらるらと行き交う人々
の微かなさざめき

耳をすまし
氷片を抱きしめて
聞くことのない声を聞く

閉じられた図書館は
美しく酷く
懐かしい人々の
呼気に満たされている

ひっそり石の薔薇が花開く
時の輪が巡ることのないこの庭で

打ち捨てられたマリオネット

冬空を抱きしめるあなた

心を通わせたいと願いながら
あなたは冬空を抱きしめています

言葉に詰まってしまったのは
張りつめた冬の空気が
あなたの言葉を
凍らせてしまったのでしょう

呼気を震わせながら
私は冬の海を抱きしめています
涙が出ないのも
きっと凍ったせいでしょう

時代は暗く寒い

だけど私は待ちたいと思います
言葉も涙もほどける季節

きっとそれは
あたりが明るくなる春の朝のこと

あなたは冬空を抱きしめています

霊岸

夜の果てに
そっと息をひそめ
冷たい焔に
狂おしく身を鎮める

ここからが昏い修羅の旅路

狩場はすでに荒れ果て
崩落した蒼天は
打ち破られて久しい

解き放たれた魂魄が
幽かに集う
霊の岸を渡る

聞こえてくるのは
咆哮と怨恨の声ばかり

そっと息をひそめ
狂おしく身を鎮める

崩落した蒼天は打ち破られて久しい

バベル

屹立する冬の樹は
バベルの熱情を隠している

ニムロデの心魂で
天空に焦がれ(挑み)
青葉を繁らせる時節を待っている

しかし(まだ)
吹きつける時代の風は冷たい

しかし(きっと)
時代の壁は壊れ
繁茂する葉は天空へと向かう

季節はきっと巡りくる

バベルの熱情を隠しながら
冬の樹は屹立して待っている

繁茂する葉は天空へと向かう

テロリストの恋人

流砂に足をとられ
溺れて堕ちる革命家を
私は見つめている

テロリストは蜜の味

ドナウ川の岸
西方辺りに軍靴の音が高まり
馬の嘶きと怒号が入り混じる

ざわめく悪寒
昂揚する心

テロリストは息を潜め
流砂に足をとられながら
時を待つ

私はそれを見つめている

流砂に足をとられながら時を待つ

奪われていく
手のぬくもり

押し潰されていく
家族のきずな

時代は渇き寒い

だがそれでも
闇を切り裂き低く飛ぶ鳥の如く
命は輝く

失われたぬくもり
と家族のきずな

だがそれでも
命は輝く

闇を切り裂き低く飛ぶ鳥の如く命は輝く

歌姫

2016年3月15日 発行 初版

著  者:関谷俊博
発  行:関谷俊博

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