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運命の泉 (左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)と羽衣)
第百六章
新には想像もできないだろうが、皆が涙を流す原因になったのは、左手の小指の赤い感覚器官からなる。新と美雪が結ばれるための時の流れの自動修正のはずだ。それは、もしもだが、新が蟻の一匹を踏み殺しても、異性に視線を向けるだけでも時の流れが変わったしまうからだ。大袈裟だと思われるだろうが違うのだ。例を挙げると、一匹の蟻を踏んで殺してしまった場合は、その蟻が生きていれば餌となる物を探して仲間を呼び込む。すると、家などでは大事なことになり。様々な展開にと発展して違う時の流れに繋がるのだ。異性に対しての視線もそうだ。ある女性に視線を向けるだけでも、女性が男を好きか嫌いかなど関係などなく振り向くのだ。その二人の様子を見た者が、異性でも女性の父だとしても、両想いだと勘違いして男は落ち込み自棄になる場合もある。本当は、その女性と結ばれる運命の相手なのだが、その男性が好きだと考えてしまい。自棄になって自殺まではしないだろうが他の女性と結ばれてしまう場合もあるのだ。父親だとしても変な男に引っかかるならば、娘に良い縁談を探すなどと様々な展開になるのだ。それが、今回の角煮丼になるが、新に指示的なことはなかったが、料理長から角煮丼を後世に残すことが、この先の美雪と結ばれるための時の流れに繋がることだったはず。それも、料理長は死ぬ運命だった。それだけでなく、墓場の中まで持ち込むと言うほどの大切な料理だったのだ。それでも、一度、その日の献立を決めたら変更するのは性格的に嫌だったこともあり。時の流れの修正には時間の制約もあり。一度だけの失敗が許されなかったためもあり。新に指示などする時間が無かったのだ。それで、献立てを作る数時間前に、秘伝のたれが入った容器を躓いて倒す。その行動をしたのだ。まるで、先ほどの投石が頭に当たった原因と同じことをして今回の結果になったのだ。
「この味を忘れるなよ」
「はい。俺の村にも味を広げます」
「うっうううう、忘れません。おれ、この角煮丼の店を開きます」
「そうか、がんばれよ。必ず儲かると思うぞ」
「はい。その時は、料理長の墓に酒のお供えします」
「それがいいだろう。料理長も喜ぶはずだ」
登の言葉で、この場の者達は、俺も、俺もと、皆がお参りすると、その時には欠かさずにお供え物をすると感涙するのだ。
「分かった。分かった。それくらいで話しは終わりにして、そろそろ出発するぞ」
「承知しました」
皆が、即座に、命令を実行した。
「出来るだけ、急ぐのだぞ」
(朝一の出発の予定だったのが、なぜに、この時間なのだろうか)
登は、気がついていないが、完全に指示の誤りだった。朝一でなく、日の出と同時に出発すると言うべきだったのだ。前回の枯れた川の渓流越えの時も、もう少し違う指示の言い方なら部下達も何一つとして不満なく従ったはずだ。西都市を守る戦いの前までなら良い女房的な副官も、良い副官的な位置にいる者が居た。その者なら登が何を言いたいのかと考えて的確な言葉に言い換えていた。だが、今は居ない。新が、その役ができるだろうか、それとも、新しい二人の小隊長が良い補佐ができるだろうか、それは、昨夜まで、一般の兵士であり。承知しました。としか言えない。ただの部下だったのだ。そこまで求めるのは酷かもしれない。
「撤収の準備完了をしました。直ぐに出発しますか?」
「そうしてくれ。それと、隊の配列は任せる。好きにしろ」
「承知しました」
「承知しました。ありがとうございます」
二人は敬礼をした後に、乙次郎は、与五郎に問いかけるように見るのだった。
「我が隊は、一台の荷馬車を警護しながら先頭に立つ。乙隊は、二番目の荷馬車を警護と同時に後方の警護を頼む。残りの徴兵隊は、安心して行進しながらの弓矢の連射訓練をしてもらうぞ。以上だ。西都市に帰るぞ。全部隊は行進を始め」
登と新は、新米の隊長の指揮官としての様子を見る考えなのか、一番の後方から見守るように付いて行くのだった。
「この部隊編成のことを言っていたのだな。そして、状況に応じて、先頭の与五郎隊の半分が後方に下がり徴兵隊の右側を守る。後方の乙次郎隊も半分が前方の徴兵隊の左側を守る。と言うのか、良い部隊編成だ。だが、この編成での要となる攻撃隊が機能していない。まあ、徴兵隊だから即戦力にならないとしても、今の状態は酷すぎる」
それでも、徴兵隊は真剣に練習していた。確かに、歩きながら弓矢を放つと指示されたが、指示の通りできるのは数人だけ、酷い者は立ち止まって矢を放つが木に刺さる威力もないのだ。新は、こんな状態の者達を使って都市を守れた。今でも信じられない。と、誰もが思うはず。確かに、あの状態では、新の鬼神的な様子と北東都市の軍が我を忘れていたからだった。だが、次も同じことになるはずがない。それを、心配していたのだ。
「登殿。俺が、この隊を指示するのだよな」
「そうなる」
「二人の小隊長と登殿がいたとしても、俺には無理だ」
「・・・・・・」
「だが、前の戦いでは、俺が指示をして都市を救った。と、聞いている」
登は、新に何て返事をするか迷った。それでも、言葉を選んでいた。
「徴兵隊の者達も真剣に訓練をしているのだ。西都市に着くまでには使い者になるだろう」
「本当に、この者らだけで、都市を救ったのか?」
「確かに、無理だと思うのは分かる。だが、他にも、様々な理由もあったことで都市を守れたのだ。勿論、ほとんどと、言っても良いくらい。新殿の活躍があったのだ」
「皆から全ての話は聞いた。それに、信じられないが龍も出現したらしい。そして、俺が戦の神のような神業で、皆を助けたのだろう。それを、また、皆は期待しているのか?」
「正直に言うと、皆も、俺も期待している」
「俺が、何か出来ることがあるなら協力はする。だが、鬼神になる方法が分からない」
「そう言われると、当然に何かを思い付いていたぞ。もしかすると神からでもお告げがあったのかもしれない」
「神かぁ。それだと、悩んでも仕方ないことだなぁ」
「そっそうだな」
登の返事の後は、特に会話らしい会話をせずに注意深く徴兵隊の訓練を見るのだった。時々、小隊長の二人が、徴兵隊に注意と助言をしていた。などと、行進は続くが、真剣に訓練すればするほど体力的に限界がくるのは当然で、二時間も続けると、小隊長が的確な助言を言ったとしても頭に入らず、手足の動きも思い通りには動いてはくれないようだった。それで、仕方なく、登に願いでるのだった。
「この様子を見ては許可するしかないだろう。だが、三十分だ」
「承知しました。ありがとうございます」
直ぐに、部隊の休息を指示した。だが、街道には所々に部隊が休める広場的な場所はあるが、予定外の場所では街道の真ん中で座ることしかできなかった。それでも、地面に座るだけでも喜びを感じているようだった。
「携帯している飲み物を飲むことだけ許す」
もし、本格的な食事などの用意を許したとしても、徴兵隊の者達は動くことはできなかっただろう。それほどまでに体力の限界だったのだ。勿論、喋ることもできない程に喉が渇いていたのだろう。直ぐに喉を潤した。
「だが、直ぐに水の補給はできない。全てを飲むのではないぞ」
小隊長は、自分の隊の者達は水を口に含んで、喉の渇きを紛らわす程度だったのだが、徴兵隊に視線を向けると、容器の水を飲み干すような飲み方だった。後、五分も指示が遅れていれば、全ての水を飲み干しただろう。
「えっ・・・・はい。承知しました」
徴兵隊の者達が驚くのは当然だった。そして、頷くことしかできなかったのだ。だが、そんなことを悩んでいる時間などなかった。やっと疲れが取れた。と、感じた時には三十分なんて、あっと言う間に過ぎてしまい。直ぐに、出発の命令が発せられて行進を開始したのだ。勿論と言うべきか、行進しながら弓矢の訓練をする。その指示は忘れてはくれなかった。それでも、二時間後には同じように休憩をすると考えていたのだろう。それなのに、一日の予定が遅れているために昼間で休みを取らない。そう命令が下されたのだ。不満はあったが命令を拒否できるはずもなく昼間で我慢するのだった。
「この地で休憩と食事を摂ることにする。二時間後の一時半に出発の予定だ」
「・・・・・・・・」
徴兵隊の者達は、食事など喉を通るかと、不満そうな表情を浮かべているが、息を整え終わるくらいの時間が過ぎると、空腹を感じ始めた。それでも、凝った料理を作る気持ちにならなかったのだろう。それで、徴兵隊が選んだ料理は簡単な煮込み料理だった。簡単な料理だからだろう。十分に休息する時間が取れると安堵する者が多かった。そんな者達の中で、驚くことに訓練を始める者もいたのだ。
「時間だ。出発の準備を始めろ。それと、携帯の容器に水を入れるのを忘れるなよ」
指示の確認など、子供のようだと思われるだろうが、中には忘れる者がいるのも確かなことなのだ。一人の者が水を持ってない。それだけで、隊の秩序が崩壊する場合もあるために指示の確認までするのが、小隊長の役目でもあった。
「出発の準備が完了しました」
「良し。西都市に向かって行進を開始する。勿論、弓矢の訓練も同時に開始」
全部隊は行進を開始した。不思議なことに、徴兵隊の者達が嬉しそうに訓練する姿を見たことと、弓矢の連射訓練が上達したことに驚くのだった。もしかすると、休みを十二分に取ったからか、半日も訓練をしたからだろか、助言も注意も言わなくても良いくらいの出来具合だった。後は、回数と慣れだと、二人の小隊長は感じた。この練度の進み具合ならば、次の休憩地に着く頃には初心者の練度から抜け出せると思えたのだ。だが、二時間が過ぎたが考えていたよりも腕前が伸びないだけでなく、行進速度が落ちてきたことで悩みに悩んで、休憩をせずに野営地まで続行する指示を伝えるしかなかった。徴兵隊の者達には罰だと感じたのだろう。部隊行進の速度だけは上がった。この状態を見て、徴兵隊は真剣に取り組んでいるのを感じ取ったのだ。二人の小隊長は、新たな訓練方法を考えるしかない。それは、自分達の指導の誤りだと答えを出すしかなかったのだ。それほどまで、西都市に帰るまでに部隊作戦が遂行できる程度にはしたかったのだ。出来ない場合には、新の手を煩わせることになるからだ。だが、野営地に着いてからも、次の朝になってからも良い訓練方法など考えられずに同じ訓練方法で二日目が過ぎてしまった。ついに、最後の三日目の朝になってしまった。それでも、訓練を止めることなどできない。何も良い考えが浮かばずに、同じ指示を出そうとした時だった。何かを伝えたい。そんな雰囲気で、登が・・・・・。
「良い考えが浮かばないようだな。それなら、部隊の編成を変えてみては、どうだろう?」
「部隊の編成?」
「そうだ。部隊の編成は村ごとではなく、弓の腕前で編成してみは、どうだろうか?。それなら、もう少し纏まりがつくと思うぞ」
「あっあああ」
二人の小隊長は、今の部隊の現状で作戦を遂行させる考えを巡らせていたために、登が提案するまで他の思案が出来なかったのだ。だが、登の一言で何を言っているのか、その提案の内容が一瞬で理解ができたのだ。
「その手がありました」
二人の小隊長は、右の拳を握りながら上下に振るのだった。なぜ、こんな簡単なことが思い浮かばなかったのかと、自分に怒りをぶつけるような感じだった。そして、何を思ったかと言えば、人は機械でないのだ。個性と言うべきか、能力と言うべきだろう。弓の飛距離や威力に装填して矢を放つまでの時間がばらばらだった。この状態で弓を放ったとしても敵を倒すことも脅威を与えることもできない。それどころか、子供の弓遊びかと思われてしまい。敵部隊の威勢を与えるだけになるのは間違いなかった。だが、飛距離がなくても纏まれば、それなりの脅威にもなるし、第二射の目印にもなる。第三射の場合なら飛距離が短く、連射も遅く、矢の威力がない。何一つとして戦いに役に立たない場合でも十分に敵に脅威を与えることができるはず。それなら、何も問題が無い。と考えたのだった。
「徴兵隊は、横一列に並べ」
と、悩みに悩んでいたことが嘘のような歓喜な叫び声を上げたのだ。
「承知しました」
徴兵隊の者達は、二人の小隊長の様子を見て、自分達にも何か嬉しいことでもあるのではないかと、期待して並ぶのだった
「それで、これから・・・・・」
二人の小隊長は、十メートル程の先にある枯れた木を指差した。これは、登が提案したことを実行するための命令だった。まず、徴兵隊の腕前を選ぶために、指差した先に向かって矢を放てと指示をだした。予想の通りに放つまでの時間と飛距離で隊を二つに分けた。その後に、矢の連射が遅い者と飛距離が短い者から順番に前方から順々に整列させた。最後の指示では、並んでいる隊の区切り良い半数で徴兵第一隊と徴兵第二隊と名称を付けて分けたのだ。
「第一隊、矢を放て」
一糸乱れずの矢の放ち方ではないが、それでも、矢が纏まって目標に向かうのを見て興奮を表すのだった。そして、興奮状態を一瞬の間だけ堪えた。その後・・・・。
「第二隊、矢を放て」
二人の小隊長は、自分達が考えていた通りの腕前を見ることになった。この腕前なら十分に戦力にあると喜ぶのだった。
「良くやったぞ。これなら、新殿の足を引っ張ることはないだろう」
「はい。ありがとうございます」
「これなら、期待以上の働きが出来るはずです。俺達と徴兵隊の活躍を見ていて下さい」
「それでは、西都市に帰るとするか、おそらく、夕方には着くはずだろう」
「承知しました」
この場の全員が、珍しく同時に返礼するのだった。それは、少しでも早く西都市に帰りたい。その思いからだろう。
第百七章
そろそろ日が沈みだし旅をする者達には、野宿か、夜の道を進んでも都市か町に着きたい。そんなことを思う時間だった。だが、西都市に向かう者達だけは違う気持ちを感じるのだ。何故だと思われるだろう。それは、遠くからも、日が暮れても見える物で、誰もが見られる物だ。それでも、驚きか、幻か、自分は寝ている。その夢だろうか?。と思う物だった。中には、その場に座って祈る者までいた。大袈裟ではないのだ。それは、神だと思われている物なのだからだ。そんな物が見える。西都市に近い所だった。だが、北東都市の街道だけは戦があったために一般の人はいなかった。それでも、西都市に向かう者達はいた。登が隊長で、新が副隊長をしている部隊だったのだ。
「おお、まだ見えるぞ」
「まだ、存在してくれたのだ。ありがとうございます」
「本当だ。俺達の都市の守護神だ」
皆は嬉しい気持ちと、消えずにいてくれたことに感謝からと敬う気持ちから祈るのだった。その後に、自分達の命の無事と西都市の無事と家族の無事を心底から祈った。その祈りのために、隊の行進が止まり。その場に祈るために跪く者もいた。だが、誰も咎める者はいなかった。その様子を見て、登は・・・。
「この場で休憩をとろう」
皆に指示を下した。だが、返礼の言葉が返ってこなかった。それは、皆が竜に祈るのに夢中だったからだ。そのことに気分を壊すことなく、登も一緒に竜に祈るのだった。すると、一人、二人と立ち上がり。竜を見続けた。その姿は、休憩するよりも西都市に帰りたいと感じられた。それでも、息を整えるくらいは休んだ後に・・・。
「もう休憩はいいのだな。西都市に帰ろう」
登が呟くのだった。
「承知しました」
部隊は、西都市に向かって行進を開始した。さすがに、弓の訓練しながらの行進は竜に失礼だと感じたのだろう。竜を敬うように規則正しく行進するのだった。そんな時だった。
「登殿のことだから予定は変えないと思っていたぞ」
「竜二郎殿。西都市で何が遭ったのですか?」
「遭ったことは、遭ったのだが・・・複雑な問題なのだ。だが、西都市が攻められたのではないぞ。俺では、解決が出来ないことなのだ」
「ほうほう」
「俺では対応が出来ない。直ぐに、俺と共に来てくれないだろうか?」
「新殿は良いのか?」
「今回は、新殿では何も出来ない」
「そうなのか?」
「ああっそうだ」
「分かったのなら後ろに乗ってくれ」
「分かった。後を頼むぞ」
新と二人の小隊長に頭を下げた。その後に、竜二郎が乗る馬の後ろに登が乗った。馬は、主が思っている。その危機が分かるのだろうか、勢いよく西都市の方向に走り出した。十分間くらい走ると都市が見えてきた。だが、西都市を遠目から見ても何も問題が起きたようには思えなかった。それでも、二人が乗る馬が見えたのだろう。こちらに向かって走ってくる者達がいたのだ。
「隊長。たいちょ~う。隊長」
三人の男が駆け寄ってきた。
「何が遭ったと言うのだ?」
「それが、北東都市の馬鹿どもが、近隣の村を襲っては村に居座っているのですよ」
「何だと!」
「それも、一つや二つの村でないのです。近隣の全ての村と思って良いほど、村の住人が助けを求めてきているのです」
「近隣の全ての村だと!」
「はい。そうです」
「なぜ、そんなことに?」
登と他の者も意味が分からない。と悩むのだ。それは、当然だった。援軍が来るはずもなく小さい村を占領しても意味が無いからだ。だが、北東都市の領地を軍資金に換えてしまったために帰りたくても帰れないからだ。それで、仕方なく村を自分達の領地にしようと、馬鹿な考えをしたからだった。
「分かりません。なぜ、自分達の都市に帰らないのでしょうか?」
「だが、なぜだ?」
何度も真剣に悩んでも答えが出るはずもない。それに、気づくのだった。まず、それよりも、正確な村の数と状況と、村から助けを求めて来た者達に話を聞かなければならない。そう思ったのだ。
「それで、その者達は、どこに居る?」
「部屋は用意したのですが、村のことが心配で広場で待つと言うのです。少しでも早く隊長に話を伝えたいのでしょう。それで、皆は広場で屯っています」
「そうか、分かった。広場で話を聞こう。机と地図の用意を頼む」
「承知しました」
登のことを知らないはずだが、一人の男の下に複数の男達が集まるので、西都市の隊長か?。責任者が帰ってきたと思ったのだろう。村人は、登の下に駆け寄るのだった。すると、自分が先に聞いて欲しいと、詰め掛けるだけでなく、叫び声が大きいと村の危機が酷いとでも思っているのだろうか、皆が喧嘩でもしているかのように一斉に叫ぶのだった。
「待ってくれ!。待て!と言うのだ。皆の話は聞くから落ち着いて並んでくれ」
登が指示を言うが、村人達は並ぶはずもない。それほどまでに興奮しているのだからだ。それでも、叫び続けても時間の無駄だと分かったのだろう。黙って見つめ続けるのだった。
「それでいい。まずは、落ち着け・・・・・・そうだな」
村人達が落ち着いたのを確認後に、誰から話を聞くか、と悩むと同時に辺りを見回していると、何をしたらいいのかと悩みながらキョロキョロと見回す。一人の男に目が止まった。おそらく、隊の中では使い者にならないので邪魔なために手伝いの命令がくるまで立っていろ。そう命じられたのだろう。それなら、村人達も、こんな軟弱な男なら無理は言わないだろう。そう考えたのだ。
「オイ、お前!。暇そうだな。俺の前に村人を一人ずつ連れて来い」
「承知しました」
「それと、時間の短縮のために村人達を並ばせておけ」
村人の殺気だつ様子を見てうろたえるのだった。
「承知しました」
泣き出しそうな声で返事を返すのだった。そして、恐る恐ると村人達を見て、素直に従ってくれそうな人を探して、登の下に案内するのだった。
「それで、どこの村から来たのだ?。印をつけてくれないか」
「ここです」
「そこか、それで、兵士の数や部隊の様子は分かるだろうか?」
「武器なら・・・村に有った物を奪われたので、全ての兵士に刀や弓と弓矢を配る程はないはずです。人数ですか・・・・村に始めて現れた時は、百人くらい居ましたが、少しずつ増えてきましたので、その倍は居ないと思います」
「大隊・・・中隊規模か?。分かった」
「それで、いつ、村を救ってくれるのですか?」
「全ての者から聞いてから作戦を考える。だから、少し待っていてくれ」
「ですが、緊急なことですし、村人の命にも関係あるのです」
「それは、どの村も同じなのだ。頼む。少し待ってくれ」
「俺の村は、無茶苦茶の状態なのです」
男は納得できるはずもなく土下座でもして頼む様子だったが、次の順場の者達が騒ぎはじめた。軟弱な男は、男の土下座を止めるのと同時に、次の順番の男と他の大勢の順番待ちの者達に挟まれて、今すぐにでも泣き出しような様子だった。男は軟弱な男に頼むことができず。渋々と次の順番に譲るしかなかった。そんな様子を、登は見て適任だったと頷くと、微笑を浮かべならが軟弱な男の様子を見て楽しんでいるようだった。そして、一人、二人と軟弱な男の指示で、登と対面させて村の危機を知らせるのだった。全ての者の話を聞き終えると・・・・。
「皆の村の状況は分かった。これから、直ぐに作戦会議を開く考えだ。必ず村を助ける安心して待っていてくれ」
「分かりました。宜しくお願いします」
皆は、安堵した。だが、村のことが心配なのはかわらない。それでも、空腹を感じるくらいの気持ちは落ち着いてきた。隊の者達も安堵するのだが、今度は、村を救って欲しいと苦情を言うのではなく、食事を食べさせろ。と、騒ぎ出すのだった。普通なら助けを求めて来る者は、もう少し大人しく泣いて頼む者や土下座までするのが普通だろう。それなのに、態度が大柄なのは、この地方の人柄に理由があった。困った人が居ると助けたくなる。そんな人情的な人々だったのだ。その接待を受けて大柄な態度の変わったのだ。それは、自分達の村でも同じような接待をして、自分達の村も落ち武者に占領されたのだ。だが、もしかすると、今の村人の大柄な態度は、苦い経験をした結果とも思えることだった。そんな時に、新と全ての隊が到着したのだ。直ぐに、登に知らせようとしたのだが、何やら難しい表情を浮かべて何人かの者達と話していたので邪魔をすることは出来ない。そう思いながら荷物の確認をしていた。
「ご苦労様です」
「むっ・・・この荷物の受取人か?」
「そうです」
「何か証明する物はあるだろうか、確認したいのだが・・・ん?」
「えっ?」
両替商の主人が、言われたことの意味が分からない。そう悩んでいると、二人の小隊長が現れて、両替商の主人に訳を話していた。
「新殿。間違いなく受取人ですよ」
「そうなのか?」
「はい」
「それでは、荷物を店の中に運んでください。裏口からなら運びやすいと思います」
「店の中だな。うん、分かった」
新が頷く頃には、もう荷物を運び入れていた。手伝う気持ちだったのだが・・・・。
「新殿は、副隊長ですから監督するだけでよいです。皆の様子を見ていて下さい」
「そうか、分かった」
与五郎に言われて、皆の様子を見ながら、ちらちらと、登の様子も見ていたのだ。すると、登が新に気がついた。
「新殿。帰ってきたのか、丁度、良い所だった。この地図を見てくれないだろうか?」
「こちらは、我々で済ませますので構わずに行って下さい」
「分かった。そうする。後を頼むぞ」
「承知しました」
与五郎の返礼をを見た後、登が示す地図を見に行くのだった。
「何を?。どこを見たらいいのだ?」
「この地図を見て、何か感じるのではないか、そう思ったのだ」
「感じる?」
「「何も感じないのなら・・・・・それで、構わんぞ」
登は、新の様子を見ていた。何か口にするのではないかと暫く見ていた。
「待ってくれて!。そう言われれば、北西の方向に何かを感じる」
「どんな事だ?」
「あっ・・・・」
「どうした?」
「枯れ草を刈れと、そう感じた」
「北西の方向の枯れ草を枯れと言うのか?。それは、かなり広いぞ」
「その方向に、な、と付く村があるはず。その村の南側だけでいい」
「この中田村のことか、それで、背丈の高い枯れ草に隠れるように伏兵か、それとも、火攻めか?。その両方の場合を考えて、雨の降る日でも枯れ草を刈りながら進むべきだな!」
「あっ・・・痛い」
赤い感覚器官が北西の方向を示した。そして、自分が指示した言葉であり。自分が感じたことが、目の前に陽炎のような感じで、まるで映画のように場面が見えたのだ。
「どうしたのだ?。大丈夫か?」
「その場所には、三日後の昼までに着かなければならない」
「三日かぁ。遅くても明日の朝には向かわなければ間に合わない」
「砦の北から・・・・正門に対面するように陣を置く・・・・だが、見晴らしが良いために敵からの弓矢の危険がある。それでも、弓矢の射程ぎりぎりに布陣しなければ・・・陽動ならない」
「待て、何を言っているのだ。砦の北だと、待て、待って、今書き留める。もう一度、初めから言ってくれ」
何かに操られているかのように話しだすのだ。登の言葉に答えるように初めから話しだした。
「そして、かがり火を焚きながら敵を威嚇するように陣太鼓を鳴らし続けなければならない。別働隊は、砦の南側の枯れ草に隠れ、雨が降るのを待ち、雨が降り出すと同時に枯れ草を刈る。刈り終えた後は、北と南側から矢の嵐を浴びせる。敵からも弓を放つだろう。だが、矢の備蓄は少ないはず。それに、我々が放った矢を兵士どもだけでは矢の再利用などできるはずがない。矢が無くなれば白旗を上げるはずだ」
「上手く行くだろうか?」
「成功する。だが、問題は、その者達の処置を決めなければならない。捕虜として扱うとしても食料などが必要になるだろう。それに、村を救うごとに捕虜が増えるぞ」
「あっ・・・そうなるな・・・・むむ。捕虜のことは重大な問題だが、後で考えるしかない。三日後に着かなければならないのならば、直ぐにでも戦の準備をして、明日の朝一でも出発しなければ間に合わない」
登は、今日中に準備を整えろと、直ぐに指示を下した後に、都市の主に報告に行った。
第百八章
西都市の中では、人々が走り回っていた。都市の復興で様々な者達が慌しく働く者達もいたが、特に忙しく駆け回っている者達は、村を救うための戦の準備のためだった。武器や防具などの物資は余裕があるのだが、軍用の食料物資は、そろそろ底をつきだしたために、登が、北東都市からの帰還の報告と同時に村を救って欲しいと願いに来た者達の報告に言っているために、都市の主の指示を聞いた後でなければ準備ができない状態だった。だが、ある者が的確に指示をすることで誰も不安を感じないでいたのだ。初めは不安を感じていたのだが、今回の北東都市に赴く任務から帰って来ると、別人としか思えないほどの男らしい様子に変わっていたからだった。変わった人物とは・・・・。
「新殿!」
それは、新だった。
「何だ?。準備は終わったのか?」
「それは、まだ、完了しておりません」
「急いでくれ!。特に、水と矢はできるだけ多く用意をするのだぞ」
左手の小指の赤い感覚器官は、新に指示を伝えるために激しく動いていた。その動きと同時に、新は言葉にして、皆に指示を伝えていた。その指示を直ぐに実行して、後は、食料の準備だけを残す時だった。皆は、適当な所に座って、登が来るのを待っていた。
「準備は終わったようだな。指示ができなくてすまなかった」
「後は、食料だけです」
「それは、許しをもらってきた。十日分の用意を頼む」
「承知しました」
「新殿。足りるだろうか?」
部下に指示をした後に、後ろを振り返って、新に問うのだった。
「間に合います」
「これで、準備は完了したな。後は、解散して構わんぞ」
西都市民の人々や部下や徴兵隊は、登の下から宿舎や店などに離れて行った。そんな時に一人の男が近寄ってきた。
「終わったか?」
「おっ、竜二郎殿。どうされた?」
「登殿が居ない間に失礼だと思ったが、方々から村を救って欲しいと集まる様子を見ては心配になり。東都市に使いを出したのだ。その知らせの内容によっては東都市に帰るぞ」
「構いません。長く引き止めて済まないと思っていたのです」
「そう思ってくれていたのなら良かった。東都市にも助けを求めてきているかと考えると心配でなぁ」
「そうでしょう。それで、出発は何時?。俺達は明日の日の出と共に出発の予定です」
「急だな。帰ってきたと思えば、直ぐに行くのか!」
「一日でも過ぎれば、それだけ村人が困る者が増えることになるからなぁ」
「そうだな。だが、今回は帰ってくるまで居られるか分からんぞ」
「頼りにしたいが仕方ない。我らを気にせずに帰ってくれ」
「あっああ、そうするよ」
などと、話をしていると、一人の馬に乗った者が西都市に入ってきた。その者は、滝のような汗を流していた。何かに逃げてきたのか、死を覚悟でもした任務なのだろう。
「はっはあ、はっはあ。東都市の竜二郎殿は、いらっしゃるだろうか、緊急の書簡を持ってきたと知らせて欲しい」
誰にとではないが、最後の力でも振り絞るように叫んだ後は、その場に倒れるのだった。この言葉を聞いて、登と竜二郎殿に知らせに向かう者がいた。
「どうした?」
「それが、竜二郎殿に緊急の書簡を持ってきた。そう言う者がきました」
「その者は、どこに?。そして、その書簡は?」
「そう叫んだ後、その場に倒れました」
「死んだのか?」
「いいえ。救護専用屋敷に寝かせておきました。書簡は、手には持ってなく、荷物もないので、その者の胸元にでもあるかと、そう思われます」
「感謝する。それで、本当に済まないが、直ぐに、その者の所に案内してくれないか」
頼まれた者は、登の視線を向けて、指示を待った。
「直ぐに、案内をして構わないぞ。もし、何かの仕事があるなら案内を優先してくれ。それに、失神して倒れるくらいだ。何も邪なことは考えていないはずだ。まあ大丈夫だろう」
登の指示の後に、男は決まった返礼をした。直ぐに、竜二郎を救護専用屋敷まで案内するのだった。そんな二人を見送っていると、新から何か言いたそうな視線を向けられた。
「新殿。どうしたのだ?」
「行かなくて良いのか?」
「心配だが、東都市からの命を掛けた使いだぞ。それは、失礼だろう」
「行った方が良いと思うぞ。と言うか、正確には屋敷の前で待てと言うべきだな」
「何かあるのか?」
「あっああ」
「今までのように結果は行ってみないと分からないのだな?」
「今までと言われても、今の俺は以前の記憶がないので分からないが、そう言うことだ」
「一緒に行くのだろう?」
「あっああ」
その屋敷に行き、入り口で待つのだった。
「おっおお、心配して来てくれたか!。感謝する」
「大丈夫なのか?」
「あっああ。走り過ぎて疲れたらしい」
「何があったのだ?。俺で出来ることなら協力するぞ」
「それが、少し複雑な状況なのだよ」
「長くなるようなら部屋でも入って話すか」
「あっああ、そうしよう」
「それでは、俺は、これで・・・」
新は頭を下げて立ち去ろうとしたが・・・・。
「新殿も一緒に来てくれないか」
「構わんぞ」
登の後に、二人は続いた。救護専用屋敷の中に入り、一つの部屋を叩いた。何にかの者がいたが、登が頼むと、一室を空けてくれた。それして、三人は部屋に入って席に座った。
「何があったのだ?」
「それが、東都市の村にも、北東都市の残党が村を接収したらしいのだ」
「本当なのか?」
「間違いないらしい。その問題で、東都市の中で揉めているらしいのだ。東都市の政治家と東都市の王と考えが違うらしい。その証拠に、俺達を正規の近衛隊の候補にするらしい。それと、武器と食料の物資を街道の中継地点に準備させたらしいぞ」
「それは、ありがたい」
「その物資が心配で、あれほどまでに書簡を急がせたのか?」
「違うのだ。俺達が東都市に帰ってからでは困るらしいのだ。そうなると、正式に近衛隊と任命することになるからだ。だが、都市以外ならば、失敗したとしても一つの部隊としてだけの処理で済む。成功すれば、近衛隊としての評価になるのだ。だから、俺達に帰って来る前に書簡を渡したかったらしい。それでも、物資は定期的に用意してくれるらしい」
「それは、助かる」
「だが、援軍は遣さずに、俺達だけだぞ」
「帰りたいのか、それなら、主に頼めば帰れるように書簡を書いてもらえるぞ」
「いや、俺もだが、隊の者達も正式な近衛隊になれるなら喜んで頑張るだろう」
「すまない」
「構わん。それよりも、新殿」
「何だ?」
「なぜ、これから行く村が先に助けるのだ」
「俺も意味が分からず。それとなく、知らせに来た。村の出身者や他の村人達に聞いてみると、その村が初めに北東都市の落ち武者に接収されたらしい。その噂が落ち武者たちに流れて自分達もと、接収が始まったらしい」
「そうだったのか」
「あっああ、それで、理解ができたよ。初めの噂の元を潰せば、他の村の落ち武者も接収したが返すから命だけでも助けてくれと言ってくるだろう。自分達の都市に帰ることも援軍が来るはずもなく、時間的に待った結果は討伐されるだけだからな。だが、領地とするとは何を考えていたのか、理解に苦しむ」
「その可能性はある。試す価値はあるぞ」
竜二郎は、感心して頷いた。
「やはり、俺が知る。新殿ではない。新殿は理解しようとは思わず。疑うこともしないで、何かをする事に夢中だった」
登は、竜二郎とは違って悲しみを感じると同時に心配するのだった。
「そうだったのか、そう言う者だったのか、気をつけよう」
「まるで、愛する者を守る。いや、愛する者のために頑張っている。そんな姿だったぞ」
「そうなのか!」
美雪のことを言われているのだが、記憶がないために、そこまで愛する女性は、どんな女性なのかと想像したのだ。
「あっああ」
「それで、俺の隊は、どうすればよいだろうか?」
「城攻めと同じだ。騎馬隊の必要はないだろう。できれば、西都市を守ってくれると助かるのだが・・・」
「それは、まずいだろう」
「なぜだ?」
「今回は、少しの警備だけを残してほぼ全軍で行くのだろう」
「あっああ、そうだが?」
「今までの都市の残り組みなら兵力差が半々だったが、今回の残り組みは、東都市の兵が九割では都市民が心配になるだろう。それで、良いのなら構わんが・・・・」
「そうだな・・・・・・むむ・・・・・一緒に来てくれ」
登は様々な状況を悩みに悩んで最適な状況の答えが出た。
「構わんぞ。どんな作戦でも指示に従うぞ。俺は怒りを感じているのだ。兵とは兵だけと戦う者なのだ。それなのに村を襲うなど狂ったとしか思えない。そんな者は刀を持つ資格がない。二度と、そんなことを考えないように叩き潰してやる!」
「俺も同じ考えだ。だが、そこまで追い込むと、村人を盾にするかもしれないぞ」
「そうだな。だが、そこまで馬鹿ではないだろう」
「潔く、白旗でも上げてくれたらいいのだがなぁ。だが、そうなると、捕虜としての待遇なら食料などを与えなくてはならないなぁ」
「確かに、それは、困る。むむ・・・・・・。北東都市の奴ら、また、裸で逃げてくれないだろうか、それなら、良い見世物を見られたと思ってだ。命を助けるだけでなく、当座に必要な金品でも恵んでやるのだがな。あっはははは」
「その場の状況で判断するしかないか!」
竜二郎は、この場の状況の話を冗談で終わらせた。
「だが、竜二郎殿が冗談を言うのだな。少し驚いたぞ」
「我が、北東都市の村まで被害が大きくなれば、冗談でも言わないと、やってられん」
「たしかに、そうだな」
「これから、どうするのだ?。もう用件は終わりか?」
「新殿。何か用でもあるのか?」
「用件と言うほどではない。なんて言うのか、少し疲れを感じているようだ。それで、風呂にでも入りたいと思っただけだ」
「ほうほう、それでは、共に行くか!。竜二郎殿も一緒にどうだ?」
「それは、いいな。行こう」
三人は、登の後を続いて共の部屋から出た。
「おっ」
すると、登が驚きの声を上げた。
「もう会議は終わったのですか?」
村人の一人が扉の前に立っていた。
「あっああ、終わったが、どうしたのだ?」
「村の長から西都市に書簡を頼まれたのですが・・・・」
「そうだったな。確かに読んだ。勿論、村を助けに行くぞ。何も心配するな」
「それだけでなく、北東都市にも書簡を届けるように託されたのです」
登に話を聞いて欲しく土下座をするのだった。
「ほうほう」
三人が立ち止まってくれたことで話し始めた。
「村の長は、北東都市に名の知られた大商人と知人らしく、その人に食料などの援助と同じ都市の者からなら大人しく村から出て行ってもらえるはず。だと、その説得の書簡を必ず書いてもらって来いと命じられたのです。ですが・・・」
「どうしたのだ?」
「村に居座っている兵と同じ北東都市の者だと思うと怖いのです。それで、書簡を書いてもらえるように説得を兼ねた。そんな護衛を頼みたいのです」
「確かに、北東都市の帰りに襲撃を受けた。安全な旅ではないだろう。護衛人の用立てはできるが・・・・その者に書簡を書くようにと、説得するのだろう。それは、無理だぞ」
「それでは、護衛だけでもお願いします」
「仕方が無い。分かった。なるべく会話上手な者を選んでやろう」
「ありがとうございます」
「風呂は、またの機会にしよう」
新の言葉に、二人は頷くのだった。そして、三人は村人と一緒に外に出るのだった。
第百九章
新は落ち込んでいるようだった。いや、もしかすると、不満を感じているかもしれない。先ほど、登から新殿らしくない。そう言われたからだった。自分が自分でない。そう言われれば不機嫌にでもなるだろう。その言葉を言われる前なら一人でも温泉に入る気持ちだったのだ。だが、これは、全てが、美雪と結ばれるために時の流れの自動修正の結果だった。記憶喪失も修正に必要なためだった。もし、村人達の書簡の話しを聞けば、美雪の村のことを聞くことになる。そして、記憶があれば、運命の泉と共鳴する水を探すために温泉や水を浴び続けるだろう。そして、怒りからの感情で無理やりに泉と共鳴して、美雪と話をする。そして、村の危機が本当だと確証すると、戦の作戦指示などを無視して美雪と村を助けに行くはずだ。それは、新と美雪にとって破滅に向かうことだったのだ。もしかすると、登が口にした。新殿らしくない。この言葉も、時の流れの自動修正が言わせた言葉だったのかもしれない。そんな、気持ちに気がついたのか、二人の男が新に・・・・。
「温泉は、またの機会にしょう」
「あっああ、そうだな。日を改めて三人で入ろうではないか!」
「その時を楽しみにしているよ」
新の気持ちを慰めるような言葉を掛けたのだ。その後に、三人は、一人の村人と建物の外に出るのだった。外では、ほとんどの徴兵隊と正規の兵達が会話を楽しんでいた。その様子を三人は見ていたが、登だけが、誰かを探すように辺りを見回していた。その視線の先には、自分から話題を挙げては、皆を楽しませる者がいた。その者なら会話術があると感じて言葉を掛けるのだ。一人の男を北東都市まで護衛だけでなく交渉が上手く行くように補助も頼みたいのだ。と言われた方は即答できずに顔を青ざめた。小数で敵都市まで護衛をすると言われれば当然の反応だった。それでも、上官から命じられれば承諾するしかなかった。それでも、本心ではないが・・・・・。
「また、北東都市で楽しんでもいいでしょうか?」
男達は破顔するが、この男を知る者なら微妙に顔を引きつっていたと感じたはずだ。
「勿論だ。十分に楽しんでこい。それと、馬で行くことも許すぞ」
「承知しました」
男達は返礼した後は、護衛の準備と男に詳しい内容などを聞きに行くのだった。
「これで、一つは解決した。後は、明日のことだけを考えよう」
村人は、安堵した表情を浮かべながら何度も頭を下げるのだった。その時、新の思考とは別に、左手の小指の赤い感覚器官は、長く伸びて、一人の村人に伸びて左手の小指に刺さった。直ぐに抜けて元の状態に戻るのだった。何かの指示でも伝えるためだと思えた。誰も、今起きたことは分かる者はいなかった。勿論、新も気付いていない。村人も痛みを感じているようには見えない。その証拠のように笑みを浮かべていたのだ。その姿と様子を見て、登は安堵したのだろう。竜二郎と新に話し掛けた。
「それでは、新殿、登殿。俺は、明日まで部下達と過ごす。」
「すまない。竜二郎殿」
「気にするな。それでは、明日」
心底からの感謝から頭を下げて見送るのだった。
「新殿。これから・・・ん?。どうした?」
登は、新の様子が変だと感じて言葉を掛けた。
「何か、変でないか?」
「何が・・・だ?」
「龍が手に握り締めている。龍玉の宝玉の光が薄くなってないか?」
「そうか?」
「気のせいかもしれない。それならいい」
「それほどまで心配なら龍の絵柄が消えていないか調べに行くか?」
「いや、登殿が気のせいだと感じるのだから大丈夫だろう」
新が言ったとおりに光は薄れていたのだ。それは、新と美雪が結ばれるための時の流れの修正までの残り時間を示していた。そのことに、新と登は気がつくはずもなかった。
「何をしているのですかな?」
「いや、龍を見ていただけだ」
二人の小隊長が声を掛けてきた。登は、皆に不安を与えると感じて本当のことは言わなかったが、まったくの嘘でもなかったので、不審を感じることもなかった。
「西都市の永遠の守護神になってくれるといいが」
「そうだな」
「登隊長!」
「何だ?」
「用事がないのでしたら、自分達の話を聞いてくれませんか?。様々な、作戦や訓練方法を考えたのです」
「そうか、構わんぞ。あっ新殿も一緒に来るか?」
「あっああ、一緒に行こう。明日からのこともある。何かと話し合った方が良いからな」
広場の片隅で、徴兵隊たちが集まっている所に、新と登は案内された。作戦や訓練方法よりも、自分達の村も被害にあっていることは知り渡っているので、殆ど、村の様子や不安と家族や知人の心配の話だった。そして、登と新が、皆の気持ちを和らげる。そんな話をして、全ての者の気持ちが落ち着いた頃に、明日からのために早めに休むのだと指示をするのだった。
「承知しました」
この返礼で、皆は解散したのだ。勿論、新と登も同じように宿谷に入るのだった。そして、時間が流れて夜になり、朝日が昇ろうと、ぼんやりと明るくなり始める時だった。警備を任された二人が・・・・・。
「ドン、ドドドン」
日の出と共に出発する部隊の宿舎の玄関を木槌で叩き、室内から人が起きたと感じると、次、次と他の宿舎も叩くのだ。中の者達は、蟻の巣を突っ突いた時のように慌しく動くのだった。日が昇り始める時には、隊は整列が終わり出発を待つだけだった。数分後に、登が現れた。少し遅れて新も現れた。
「竜二郎殿は、まだか?」
「第3号街道の中継地点で補給するそうです。追いつくから先に行ってくれ。そう言われました」
「それは、確かだ。俺も聞いた」
新が、頷き、登を安心させた。
「そうか、分かった」
新の話を聞いて、なぜ、竜二郎と会っていたのかと不審を感じたが、出発の予定時間が遅れることの方が心配になり。それ以上、考えることを止めた。
「出発するぞ」
隊が行進すると同時に、日の出が地表から姿を現し、起床の鐘が鳴り響いた。目的の村は隊の歩みでは三日、馬で急ぐなら一日の所だった。全ての村へ続く街道の中継地点だったために他の村から比べれば裕福な村なのである。そのために助けを求めに行く気持ちだったのだろう。だが、登は、向かいながら考えていた。なぜ、村を接収するなど考えたのか、と悩むのだった。答えが出ないまま、日は沈み。広い川原があり。その場所で野営の準備も終えて、そろそろ夕食を食べる頃に、複数の馬の足音が聞こえてきた。北東都市の残党かと思われたが、それは、竜二郎が率いる騎馬隊なのだった。
「丁度良いところに帰ってきた。これから、夕食を食べようとしていたのだぞ」
「それは、助かる。昼から走り通しで空腹だったのだ」
「それは、それは、大変だったな。だが、そんなに急がなくても良かったのだぞ」
「この時間まで来れば、共に夕食を食べられる。そう思って急いだのだぞ」
「そうか、そうだったか、すまなかった。腹が破裂するほど存分に食べてくれ!」
「まあ、今のは建前で、正直に言うと、酒宴をしたがったのだ」
「酒を持ってきたのか?」
「ああっ持ってきた。このために補給物資を取りに行ったのだ」
「そうだったか!。心底から感謝する。隊の者も同じ気持ちだろう。皆の代表として、ありがとう。そして、その感謝の気持ちを返すとして、酒樽の底まで飲もうではないか!」
「そう言ってくれるだろう。と、そう思っていたぞ!」
二人の隊長は、その場で抱き合うのではないか、そう思うほどに興奮していたのだ。そして、一人は夕食の準備に駆け出し、もう一人は酒宴の準備のために駆け出したのだった。直ぐに、夕食を食べ終えて酒宴が始まった。だが、これから、戦いに赴くにしては気持ちが緩みきっていた。たしかに、接近戦が無く、弓での長距離の戦いなのもあるが、作戦的には降伏するのを待つだけ、それが、作戦だからだ。だから、内心では、少々酔っていても戦える。いや、戦うと言う感情よりも訓練の延長としか思っていなかったのだ。そんな酒宴の状態で、近辺の村人達は不安を感じていた。だが、この状態を見て安堵する者がいたのだ。その者は、村人に変装しているが、これから向かう村を接収した。あの北東都市の残党だった。その残党は、前北東都市の主と書簡のやり取りをしていたのだ。西都市を占領することは出来なかったが、今接収した村を第二の北東都市とするために名乗りを上げて欲しい。そのやり取りをしていたのだった。だが、名だけの代表になるのは分かっていたために返事を無視していたのだ。それでも、先の北東都市から西都市の荷馬車、現金輸送と言うべきか、その隊を襲ったことでの失敗で、渋々だが北東都市の正当な支配者の印である旗を掲げることだけは許した。その者は、その内容の書簡を届け終えたが、直ぐに旗を頂くために赴けと言われたのだ。それほどまで急ぐ使いのはずだが、西都市の野営する近くで様子を見ていたのだ。もう少し正確に言うならば、街道を封鎖して簡易的な検問所を置いている。その近くの木々が生い茂る陰から窺がっていたのだ。その者は村人に変装しているのだから堂々と検問を通れば良いと思われるだろうが、もし、書簡が見つかれば捕縛されるだろう。そうなれば、任務を完遂できないと悩んでいたのだ。だが、夕食を食べ終えてからならば、殆どの者は寝てくれる。人が居なくなれば人に見つからずに通り抜けるはずだった。それなのに、酒宴が開かれてしまったのだ。これでは、昼間の時に何気なく旅人の振りでもしても通り抜ける方が良かったと感じていた。酒が入っては、良くも悪くも感情的になるだけでなく、人の行動の予測もできないのだ。もし隠れて進もうとしても、どこで鉢合わせするか分からず。迂闊に動けない状態なのだった。
「竜二郎殿。この酒は本当に旨い酒だな」
登は、部下に酒を注がれながら本当に旨そうに飲むのだった。
「そうだろう。そうだろう。これは、俺の地元の酒だ」
「そうだったのか!」
「我が都市に状況の報告する時に酒の補給も頼んでいたのだ。この酒の量によって、お偉方が、どの程度の重要度の任務と考えているか判断ができるのだ」
「それで、その判断とは?」
「補給物資も豊富だった。かなり重要に思っているようだ」
「東もかぁ。それは、長くなりそうだな」
「ああっそうなるな。だが、物資の心配はしなくていいかもしれないぞ」
「それは、助かる」
「あまり、気にするな。長期になるのは想定していたことだ。今は楽しく飲もう。まだまだ、酒樽の底は見えないぞ」
「そうだな」
「そうだろう。俺達が気難しい顔をしていては、部下達は気持ちよく飲めないぞ」
「あっああ。酒は楽しく飲まなくてな。酒に失礼だった。それで・・・」
「何だ?」
「あっ新殿は、飲んでいるのか?」
「寝てしまったようだ」
「そうか」
「それにしても、新殿って千里眼の持ち主か?」
「なぜだ?」
「この川原で、何時から何時までいる。もし酒宴を開くなら丁度良い場所だと言われたよ」
「それは、朝か?」
「そうだ。新殿から言われなければ、今回の村の救出が済んでから飲む気持ちだったのだ。まあ、酒が有るか、無いかは別だが、有ればの話しだったがなぁ」
「それなら、これから何かが起きるのか?」
「それは、分からない。だが、眠そうな様子だったし、別人の様にも思えた。もしかすると、酒が飲みたいだけだったのかしれないぞ」
「寝ているのだから何も起きるはずもないか、そうなると、飲みたかったのか?」
「そうだろう。それ以上は考えるのはよそう。旨い酒が不味くなる。それに、悪いことを考えて何かが起きては困るしな」
「そうだな」
部下達が一人、二人と酒に負けて寝始まる。それでも、登と竜二郎は飲み続け、現代の時間で言うなら深夜の二時が過ぎようとした時だった。やっと、酒樽の底が見えたのだ。殆どの両隊長の部下達は喜びの表情を浮かべながら自分の杯に酒を注ぐのだった。
「残念だが、この杯で終わになってしまったが、明日の作戦の無事を祈って乾杯しよう」
「そうだな。乾杯だ!」
「乾杯!」
「乾杯!」
二つの隊の者達は乾杯と叫ぶが、既に、半分以上の者達が寝ていた。いや、両隊長以外の残りの者達も、脳内の九割の感覚では夢の世界に飛んでいるはずだ。もしかすると、乾杯も夢の中にいる女性としているのかもしれなかった。その証拠とは変だが、一気に杯の酒を飲んだ後、その場で倒れるようにして寝てしまった。その表情には、酒に酔い潰れて寝たと言うよりも、恋焦がれている美しい女性との楽しい夢を見ている。そんな表情を浮かべていたのだった。
「俺達も寝るか」
「起きているのは、俺達だけのようだ。寝るか」
二人は、辺りを見回して、自分の隊の様子を見た。
「何て様子だ。酒に酔いつぶれるにしても、まるで子供が始めて飲んだ時のようだな」
「そうだな」
竜二郎は片手を上げて挨拶をした後に、一人で自分の簡易小屋に向かった。登は、新が心配なのだろう。新だけを担ぎ上げて簡易小屋に入って行った。一人の男は、木影に影から陣が静まるのを心の底から願っていた。そして、待ちに待って、やっと、今が絶好の機会なのに眠気に負けて寝てしまっていた。この時間を逃すと、二日は遅れることになる。もし、この陣が早朝に出発したとしても、後方の安全確認のために斥候を放つはず。その斥候を回避するために隠れ続ける。それならば、早くても夕方まで居ることになる。安全に出発する考えならば、次の日の朝になり。この場で二日過ごすことになるからだった。
第百十章
新、登、竜二郎の隊は、朝食を済ませて、現代の時間で言うのならば、朝九時に川原から村を救うために行進を開始した。そのまま行使を続けて半日も進み続けた時だった。道が四つに分かれていたのだ。そのまま直線に進めば目的の村に、右側はS村、左側はK村と標識に書いてあった。勿論、そのまま直進するかと思われたのだが、十字路を塞ぐように陣を置くのだった。兵達は、昼と休憩だと思い。喜んでいたのだが、簡易的な食事と命じられてがっくりと落ち込むのだった。それでも、食事を終えて直ぐに出発すると思っていたのだろう。だが、三人の隊長は、皆に待機を命じた後は、皆から見えない所まで離れて何かを話をしていた。それも、二時間も時間が過ぎたのだった。
「出発するぞ」
竜二郎だけが戻ってきたが、直ぐに、自分の隊の者に命じて出発するのだった。その様子を新と登が見送るのだった。だが、登だけが、難し難問でも考えているかのように見続けた。そして、二時間くらい過ぎた時に、一頭の馬が慌しく戻ってきた。
「登隊長は、何処に?」
馬も疲れているだろうが、人の方は馬から降りると立つことが出来ないほどまで疲れていた。気がついた者が駆け寄るが、自分のことよりも伝えたいことがあるらしく、何度も名前を呼ぶのだった。その声が聞こえたのか、それとも、伝令が来る時間を知っていたのか、登が現れたのだ。
「待っていたぞ。それで?」
「登殿が考えていた通りでした」
「ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
後は、部下に任せた。目を瞑って作戦の全てを想定しているようだった。
「火は点かないか・・・あっ」
自分の言葉で驚き、手で口を塞いだ。
「何のことですか?」
「何でもない。皆の様子を見て安心しただけだ」
「皆の様子・・・・です・・・か?・・・・」
「俺のことは気にするな。早く使いに来た者を労わってやれ」
登は、敵からの火攻めに遭うか心配していたのだ。それだけでなく、草木の背丈も考えていたよりも長く伸びていることが知らせで分かった。分かったことで、草木の背丈に隠れて進むことがでいるからだ。それで、安堵の気持ちから思いが口に出ていた。
「承知したました」
部下が指示の通り。使いの者を連れて行く姿を見て、新が、登の隣に現れた。
「登殿。どうでした?」
「作戦は、予定通りに遂行できる」
「おおっ!。それは、よかった」
「後は、竜二郎の隊が砦の前に陣を置いた。その知らせを待つだけだ」
「ああっそうだな。まあ一時間くらいで使いは来るだろう」
新の言った通りに、一時間が過ぎると、本当に使いが来たのだ。そして、日が暮れるのを待ってから全ての隊は出発した。村に入る途中で道から逸れて森に入った。そのまま獣道を進み、すると、一面が人の腰くらいまで伸びた草むらの広い場所に出たのだ。
「・・・・・・・」
登は、左手を水平に伸ばした。その意味は、全ての隊は停止と物音をたてるな。その指示だった。だが、新だけは歩き続けて草むらに入るのだった。何歩くらい歩いたかと思うと、その場に、腰を落として姿勢を低くした。その行動は、草木の丈に隠れることが出来るかの確認をしたのだ。今度は、新が、手を振って招くのだった。その指示の通りに部隊は進み、登は、新の隣に同じように腰を落として囁くのだった。
「隠れるなら十分の丈だな。それに、風の流れも砦向きに流れている」
「ああっ、それなら、火責めの心配はないが・・・満月なのが心配だ」
「新殿。満月のために明るくなるためか!。それで、危険を感じるのか!」
「いや、何も感じない」
「なら、心配はないと思うが・・・・」
「何やら胸騒ぎを感じるのだ」
「胸騒ぎか・・・・・戦の前だと、誰でも感じることだぞ。それではないのか?」
「そうなのかも・・・・・しれない」
「それ以外に、何かを感じたのなら教えてくれ。直ぐにでも実行する考えだ」
「ああっわかった」
新の不安は当たっていた。それは、新は分からないことだが、赤い感覚器官の修正が別の所で作用していたのだ。その作用とは、西都市から北東都市に書簡を渡しに行く者達と元北東都市の主に正当な北東都市の印の旗をもらいに行く者。そのどちらかの者が、早いか、遅く使命を果すことで、新の左手の感覚器官の修正に重大な係わりに発展するのだった。勿論、新達が村を救う。その作戦には上っていないが、その結果にしだいでは村の救出が失敗するのだ。それほどまでの重大なことであったが・・・今・・・その者達は・・・・・・・。
「峡谷を抜けたら野営しよう」
西都市から馬で走り続けていた。普通なら一日半で渓谷を抜けるのだが、簡易な食事と少々の休息だけで済ませていた。普通の村人が一緒だと言うのに、一日で渓谷を抜けようとしていた。ここまで来られたのなら、急がなくても一日で北東都市に着くはずだ。距離的の安堵と同時に、不審者に会うことも、襲われる心配もないと感じての提案をしたのだ。だが、渓谷の上から一人の者が様子を見ていたのだった。その一人とは、印の旗を主から頂に行く者だったのだ。なぜ、様子などを見ていたかと言うと、渓谷から降りる途中で土煙が遠くから見えたために様子を見るしかなかったのだ。それだけでなく、野営する場所が想像できたために、降りるのに降りられなくなったのだ。自分が向かう先は、元北東都市の主の元の補給地点であり。最後の隠れる場所でもある。その地点の入り口が野営する場所から近くだったために動けない状態だったのだ。これで、この男は、また、渓谷の上から動けなくなる。おそらく、野営する者達は、明日の朝まで休息をとるだろうと、考えられた。だが、同時に行動できるはずもなく、用心のために昼過ぎまでは動けない。と思案したはずだ。
「ここまでの警護をして頂きましてありがとうございます」
「これも任務だ。何も気にする必要はないぞ」
「そうですか」
それでも、心配そうな表情を浮かべながら何度も頭を下げるのだった。
「それに、この野営地まで来たのなら着いたと同じだ。安心していいぞ」
「本当だ。交渉の方も何とかなるだろう。もう隊長たちが戦っているのだ。俺達が西都市に帰った頃には解決しているはず。それを話せば、交渉も簡単に済むはずだ」
「本当ですか!」
「ああっ何も心配することはないぞ」
「それでは、酒を持ってきたのに、なぜ飲まないのですか?。何か心配なことでもあるのでしょうか?」
「気づいていたか」
「はい」
「それは、全てが解決した時でも祝杯を上げる気持ちだったのだぞ」
「それに、俺達が酒を飲んだら心配すると思ったのだ」
「心配ですか?」
「ああっ適当に護衛しているのではないかと・・・なぁ」
「そんな!。そんなこと思いませんよ」
「もしかして・・・お前!。酒が飲みたいのか?」
「嫌いではありませんので、あれば、飲みたくなります」
「そうか、そうか、それなら・・ばぁ!」
「待て、待て。飲むとしても寝酒程度の杯で二杯までだ。それだと、馬を乗ることが出来るだろう。それに、北東都市からの帰りはゆっくりしたいために、今まで飲まずに、急いできたのではないか」
「そうだったのですか」
「ああっそうだぞ。杯で二杯までだな」
「そんなぁ。五杯くらい飲んでも馬を乗れるぞ」
「杯で二杯ですかぁ」
「雇い主のお前まで、そんなことを言うのか。言うのが逆ではないかぁ」
「あはっははぁ。確かに、そうだぞ。隊長に頼み込んだ時みたいな気迫がないぞ」
「気迫ですか。必死でしたから何も考えていませんでした」
「そうだろう。そうだから隊長も俺達も力を貸す気持ちになったのだからな」
「すみません」
「それは、いいのだ。明日も早いだけでなく休憩も取らずに馬で駆けるのだ。寝酒の酒でも飲んで早く寝よう」
皆は頷いた。本当に杯で二杯だけ飲んで休んだのだった。そして、朝日が昇り、野営地にも日の光が広がって、人達に起きる時間だと知らせるようだった。そんな様子を一人の男が遠くから見ていたが、ほとんど寝ていないだろう。おそらく、日帰りで帰るつもりで寝具などは持っていない。もしかすると、食べ物もないだろう。そんな男のことなど分かるはずもなく、楽しそうに軽食の用意をしていたのだ。
「紅茶とパンと目玉焼きしかないが無いよりはましだろう。さぁ食べてくれ」
「十分だ」
「警護だけでなく、食事までありがとうございます」
「気にするな。これも警護の一部なのだからな。それよりも、朝食を食べ終えたら直ぐにでも出発するぞ」
「分かりました」
素直に、何度も、何度も頷くと・・・・。
「そんなに、急いで食べる必要はないぞ。ゆっくり味わって食べろ。朝食を食べる時間くらいは十分にあるのだぞ。だが、満腹までは食べるなよ。馬の上で吐かれたら困る」
「・・・・・・・」
凄い勢いで口の中に入れては飲み込んでいた。そのパンを口から直ぐに離した。もしかしたら、食べては行けないと思ったのだろうか、物欲しそうに見つめるのだった。
「どうした?」
「・・・・・」
「何している!。もしかして、パンが食べたいのか?」
「・・・・・・」
「あはっあははは・・・馬鹿だなぁ。そんなに、食べたいのなら好きなだけ食べろ。だが、北東都市に着いて、交渉が終わった後、珍しい料理を食べるのだからな。その時に満腹で食べらない。その時に泣いてもしらないぞ」
男は、伝えたいことを言ったからか、食事を済ませたのか、それとも、爆発寸前の怒りを抑えるためだったのか、自分の馬の様子と出発の準備の点検を始めた。
「・・・・・あの・・・・怒らせたのでしょうか?」
「そうだぞ。怒らせたかもしれないぞ。アイツは、お前に村でも西都市でも食べられない。そんな珍しいご馳走を食べさせたかったのだ。まあ・・・・確かに、愛馬の背中に下呂を吐いて欲しくないこともある・・・・がな」
「でも、何で、俺に・・・・何で・・・だろう」
「それは、村で待っている。弟に似ているからだ。だが、これは、言うなよ。この場だけの話しだからね。俺が話したと分かれば殺される」
「はい、はい。誰も言いません」
「それは、よかった。まあ、満腹に食べても、北東都市まで喉を潤す程度の休憩しか取らないのだ。北東都市に着いたら空腹のはずだぞ。だから、食べたいのなら好きなだけ食べて構わんぞ」
「・・・・・・」
パンを見つめるが、今の話しで空腹感は完全に消えていた。それでも、食べかけを残すのは失礼だと感じて、無理やりのように喉に流し込んだのだ。
「まあ、今の気持ちは分かるぞ。俺達も、そのために空腹を抑える程度で止めているのだからな。それと、聞いていなかったが、勿論、酒は飲めるのだろう」
「はい。大好きです」
「それは、よかった。そろそろ、行くか!。アイツも、馬の前で待っているからな。これ以上、出発時間が遅れたら怒るだろう」
「待たせるなんて、そんな恐ろしいことをしていたのですね」
「あっああ」
アイツと、親しみを込めて言っているが、顔の表情では痙攣していた。おそらく、怒らせると、かなり怖い人なのかもしれない。それを証明するかのように、確かに、愛馬の隣でいらいらと、先ほどまで自分がいた焚き火の場所を見詰め続けていた。その姿を見てしまっては、直ぐに、男の下に駆け出す気持ちしか考えられなかった。その駆け出す姿を見て表情が少し柔らかくなった様に思えて安心するのだったが、この場には、誰も気付いていないが、もっと遠くから様子を見ている一人の男が居た。同じ、いや、それ以上に、いらいらする感情だけでは収まらない。それ程まで怒りの感情が爆発寸前だった。そんな状態で小声だが、怒りを感じる意味不明な言葉を吐いているのだ。確かに、気持ちは分かる。空腹であり、一晩中起きていたので寝不足でもあり。体中が悲鳴を上げている様な体の痛みもあるのだ。そんな状態では、一分でも一秒でも早く出発してくれと願うのは当然の気持ちだろう。それに、これ以上時間が過ぎると、一般の旅人が街道を歩くことになるのだ。そんな、人々の中で隠された道を進めば、補給地であり。最後の陣でもある場所が露見されてしまう。それだけは、絶対にあってはならないことだったのだ。それでも、もう、我慢が出来ない。と感じたのだろう。野営している者達に気付かれないように、普通の旅人の振りでもして通り過ぎようと思案した時だった。やっと・・・・・出発する様子が見えて・・・・焚き火を消してくれたことで安堵したのだった。
「直ぐに行きましょう」
「そうだな」
三人の男は、直ぐに北東都市に向かった。予定の通り、日が沈むぎりぎりの時間に、目的の地である。北東都市の城門を通るだろう。
第百十一章
三人の男は、予定の通りに城門の前まで来ることができた。だが、北東都市の元の都市の主から旗を頂く。その指名を受けた者は、自分が予想していた通りに、街道には一般の旅人が歩いている。だが、人知れずの任務のために現れては木々の後ろに隠れていた。また、街道に出ようとして周囲の様子を見る。そして、誰も居ないでくれと願うのだが、赤い糸の運命の自動修正の様に旅人が現れては隠れた。そんなことを何度も続けるのだ。いらいらと時間だけは過ぎる。予定では、森から出て街道に出るはずだった。何度も内心で思うのだ。今日中には陣に着ける。着かなければならない・・・と思っていた。だが、予定通りには行かずに、日が暮れてしまった。それでも、夜になれば旅人が歩くはずがない。かなり、遅くなってしまったが、やっと、街道に出られる。その安堵が行けなかったのだ。数分、数十分くらい目を瞑って体を休ませようとしたのが最大の原因だった。男は熟睡して、次の日の朝日が昇るまで寝てしまうのだった。
「待てくれ!城門を閉めないでくれ」
城門の兵士は、城門を閉めているが、それは、半分の門を閉めるだけだった。まだ、辺りには、三人の他にも旅人はいた。それでも、閉めるのは、閉門の時間だから急げと、伝えるのが目的だった。それに、もし、閉めたとしても、開門と頼む者がいれば普通は城門を開くのが普通だった。さすがに、現代での時間で言うのなら夜の九時を過ぎれば城門は開けない。それは、どの都市でも、どの国でも、暗黙の了解だった。
「・・・・・」
それでも、城門の兵士は、半分の城門は閉めた。何も無かった様に都市の中に帰るのだった。その様子を見ても、先ほどから叫んでいる者は馬上から叫び続けた。
「北東都市に緊急の書簡を届けに来た。対応できる者に面会を希望する。直ぐに、対応をお願いしたい」
もしかすると、叫ぶ理由は、手続きの終了と思っているのか?・・・いや、表情から判断すると、自分の欲求を満たすだけの思考しか考えていない様にも思えた。
「この場で待っていろ」
緊急と聞いては無視できるはずもなかった。
「宜しくお願いします」
一人の兵士が駆け出した。知らせに向かった先は、勿論、御席七軍神の一人の聖隊長と十二町の代表者のはずだ。そんな、兵士の心配する気持ちなど知らずに、兵士の後ろ姿だけを見て安心したのだろう。すると、気持ちは、歓声と食べ物の匂いに負けて、辺りの様々な店の売り物に心を奪われたのだ。そうなると、我慢など出来るはずがなく、一つの店屋に向かった。現代で言うのならお好み焼きを串で刺して売っているような物だった。先ほど死ぬか生きるか、そんな様子をしていた。同じ男が、満面の笑みを浮かべるだけでなくて、串の食べ物を一つは口に銜えるだけでなく、両手に二本の串を持ちながら戻ってきた。
「・・・・」
同僚の顔に左手を差し出した。
「あっ済まない」
感謝の気持ちは簡素だが、嬉しそうに食べるのだった。そして、右手も同じように村の男に差し出すが・・・・・村の男は首を横に振るのだった。
「これから、偉い人達が来るのですよね。食べ物を食べていては失礼でないでしょうか?」
この村の男も急いで食べれば交渉相手が来る前に食べられるはずだろうに、串の食べ物を受け取らずに悩むのだった。確かに、誰もが思うことだった。それは、差し出す者も同じ気持ちだったのだろう。口には出さずに内心で、本当に真面目な人だと思った。その思いは体にも表れたのだろう。気疲れしたように肩を落とすのだった。
「これも交渉が上手く行く一つの考えだ。だから、気にせずに食べろ」
「はい。頂きます」
村の男は二度も言われては断ることが出来るはずもなく、嬉しそうに頷きながら受け取った。それでも、急いで食べるのは人が来る前に食べたい気持ちなのか、空腹なのか分からない表情を浮かべるが、食べ物は熱くて少しずつしか食べられなかった。そして、半分くらい食べた時だった。
「緊急の書簡を持参した。と聞いたが・・・・・貴殿・・・・達なのか?」
聖が驚くのは当然だった。まるで、三人は、この場にいる一般の者達と同じ様に買い物などを楽しんでいる。としか思えなかったのだ。おそらく、聖の想像では、緊急の使い者らしき者は心底から疲れきった様子をしている。そんな者を探していたのだ。
「はい。そうです。はい。はい。はい」
村の男は、自分に話しかけられた者の様子や言葉使いで、隊長などの階級でなく都市の支配階級の者だと感じて恐縮してしまった。両側に立つ二人が、仕方がなく思いを代弁しようとして前に出て握手を求めた。
「そうです。自分達のことです」
「やはり、そうだったか、それにしても、都市に着いて直ぐに、的屋などが作った食べ物を食べるとは、食事も食べないで急いでくれたのだな。まあ、書簡の内容を読んでから議題としてあげる考えだ。その間にでも、職人が作った食事と温泉に浸かって疲れを取って欲しい。必ず、良い返事を出す考えだ」
「感謝致します」
「おっ」
老人特有の歩きながらの会話が聞えた。そして、後ろを振り返った。
「着たようだ。紹介しよう。この都市にある十二の町の代表者だ」
「遅れて済まない。わしらは歳でなぁ。これでも急いで来たのだ」
「構いません」
「そう言ってくれてありがたい。それで、もう挨拶は済んだのだろう」
「はい」
「それで、聖殿。書簡は手渡されたのか?」
「いや、これからだ」
「そうなのか、もしかして、先ほどから頭をペコペコと下げている者が持っているのか?」
「その様ですな」
「はい。はい」
やっと会話が途切れたからだろうか、自分に会話を振られたからだろうか、頭を下げ続けているのを止めて、懐に手を入れて書簡を取り出すのだった。
「それなのか!」
聖と十二人の男が興奮を表した。
「はい。どうぞ」
誰に渡していいのかと、十三人に選ばせる感じで右手を左右に振って、書簡を見せるのだった。
「ほうほう」
男と共に来た。二人の男も興味を感じて書簡を見たのだが、大事な書簡と言う割には質素な包みだったので、少しだが、がっかりするのだった。
「それでは、預かろう」
聖が手を伸ばして受け取った。それを確認すると、十二人の中では一番若い男が・・・・。
「それでは、皆さん。ご案内を致します。自分に着いて来て下さい」
自分に着いて来て欲しいと仕草した後に歩き出すのだった。勿論、行き先は、酒宴の用意されている建物だ。書簡の内容によっては時間が掛かる場合の待機室なのだが、それよりも、一緒に居ては相談が出来るはずもなく、もし決議の結果が出たとしても正確に伝えずに誤魔化す場合にも離れた建物が良かった。まあ、そんな場合は滅多にない。いや、今までに一度もない。と十二人の男達は言うはずだろう。
「行ったようだな」
「はい。後は、あの男に任せて、我々は直ぐにでも書簡を読んで相談に入ろう」
「そうだな」
聖は、書簡を胸元に入れて歩き出すのだった。その後を十一人は歩き出すのだが、書簡を読んでもいないのに、もう相談が始まっていた。
「金なら、もう出せんぞ」
「いや、金ではないだろう」
「商談か?・・・・隊が襲われたか?・・・・まさか・・・疫病?」
などと、話しながら都市会議室の建物に向かうのだった。
「お帰りなさいませ」
建物の前には、二人の男が立っていた。その者達は建物の警護と言うよりも中に居る者達の用足しが主な任務だった。
「あっああ。がんばれよ」
「はい」
「誰も中に入れるなよ。勿論、お前も入るな」
「はい。ですが・・・・・」
「誰もだぁ。もし俺の妻が死んだ。としても、知らせに来なくて良い。だから、誰も建物の中に入れる必要も知らせに来なくても良い」
「承知しました」
鬼神の様な姿や声を聞いて頷くしかなかった。そして、十二人が建物に入ると、静かに扉を閉めて、二人は神社などに置かれている仁王のように立つのだった。
「面倒な用件でなければ良いのだが・・・・・・ふぅ」
「緊急の書簡だ。悪い要件に決っているだろうが!」
「そうだな」
「先にお願いする。もし都市の主様の関係の用件だったら助けて欲しい。頼む」
「・・・・・・・」
誰一人として書簡を読まないことには返事ができないことでもあった。それで、だろうか、皆は無言で会議室に入るのだった。
「それでは、書簡を開封する」
十一人が席に座ると、聖は懐から書簡を出した。その中には長い手紙のような物と一枚の嘆願書だった。その一枚を一瞬だけ内容を読んで見ると・・・・。
「どうした?」
聖が驚きのあまりに身体が固まったようだった。
「何でもない。それでは、読み上げる」
やや緊張して読み上げた。それも、間違わないようにゆっくりと正確に読むのだった。そして、肝心な所は、十一人に伝わるように大きな声を上げてだった。
「むむ」
「はっあぁ」
「やはり、この都市に関係あることだったか。でも、なぜ・・・馬鹿なことをしたのか!」
西都市に攻めに行った後のことが全て書かれていた。おそらく、村に逃げて来た時に隊の者や隊長が、村長や村人達に全てを話したのだろう。それを正確に書いた物だった。
「それでも、北東都市としては無視することは出来んぞ」
「確かに、そうだ。無視すれば商いに支障をきたすことになるぞ」
十一人の固い表情を見て、聖は、その場で膝を着いた。まるで、土下座するようにしたのだ。まるで、一生の一度の願いを聞いて欲しい。そんな様子だった。
「ん・・・・聖殿・・・・どうしたのだ?」
「頼む。このままでは、主様が計画したと思われてしまう。貴族たちなど、どうでもいいから主様だけでも助けて欲しい。その思案を頼む。心底から頼む。自分が出来ることならなんでもする。頼むから助けて欲しい」
「それでしたら・・・・・有るような・・・無いような・・・・だが・・良い考えでないが・・・・出来るかもしれない・・・・・だが・・・・・・」
「それは、実行が難しいと言うなら自分が命を掛けよう。その話を聞かせてくれ!」
「元北東都市の主様を市民の象徴として迎い入れることです。それも、一等親の家族だけです。勿論、血族が絶えるまで都市で生活を補償します。それか、宗教の祖として迎い入れることです。今回の貴族たちの鎮圧が成功すれば、それなりの費用を都市から出費します。それで、賄える程度であれば、好きなだけ部下として雇うか、信者とするかは、主様にお任せします。そうなると、都市の象徴としての地位は消えると考えてください。我々も怖いのです。象徴としてなら悪い例えとして言うなら隔離になるし、お使いする者達も市民ですので身の回り程度しかできない者達です。だが、教祖なら貴族の神輿にされる可能性もあるだけでなく、信者として貴族を養ったとして、余裕と言うか、戦う準備が出来て突然の蜂起をされては困ります」
「どちらの選択でも、わしが目を光らせておく。命を掛けても蜂起などさせない。わしを信じてくれ!」
「そこまで言うのでしたら・・・・むむ・・・・証拠を見せてくれますか?」
「ああっ証拠を見せよう。主様には全ての武装の蜂起と一人で都市に帰って頂く」
「それが、本当に実行が出来るのでしたら北東都市が守りましょう」
「だが、迎いに行くのには、護衛が必要だ」
「それでは、発足したばかりの、あの隊が任務に適していると思いますが、それで、宜しいでしょうか?」
「構わんぞ」
「皆は、この件は、今話したことで宜しいでしょうか?」
十人は、何も問題はないと、何度も頷くのだった。
「それでは、この書簡とは別に、北東都市から宗教の祖となる任命書と都市の象徴の任命書の二通を頂きたい」
「構いませんよ。直ぐにでも作成しましょう」
「頼む。だが、一時間以内に頼む。わしが一人で書簡を主様に持参する」
「分かりました。ですが、何時までの期限でしょう?」
「一週間と言いたいが、それは、無理だろう」
「そうですね。一週間もあれば、貴族達と連絡を取り。北東都市の奪回も出来ます。そうですね。主様の居場所も分かっているのですし、二日と言いたいですが、三日だけ待ちましょう。それを過ぎたら北東都市とは何一つとして関わりは無い。そう宣言しても構いませんかな?」
「構わん」
「それで、可能性として高いのは、都市の象徴としてのお迎えでしょうか、それとも、宗教の祖としてのお迎えでしょうか、決め手頂けないと、都市としてお迎えの準備を致しませんと・・・・・」
「勿論、都市の象徴として考えている。その証書を三日で届けよう。もし、宗教の祖として入りたいと、主様が言ったとしても、それから、お迎えの用意をしても間に合うだろう」
「十分に間に合います。それと、最後に、緊急の書簡の返事は、村を救うで宜しいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ。村を領地などと馬鹿な考えをした。奴らも主様の旗に弓を放つはずがない。そうなれば、ただの盗賊だ。おそらく、無条件で降伏するだろう。その時には、他の都市でも隣国でも仕官の推薦状でも書いて欲しい。おそらく、一般の兵士と同じ釜の飯でも食べて教育でもすれば、気持ちも変わるだろう」
「推薦状くらいなら喜んで書きましょう」
「それでは、わしは、これから支度を一時間で済ます」
「では、自宅に届けさせます」
十二人は、挨拶すると、その場で解散したのだった。
第百十二章
十一人の代表者は、これからのことを話し合いながらゆっくりと部屋から出るのだった。
「失礼」
だが、聖は、親の死に目にでも会いに行くかのように慌しく建物から出た。その勢いのまま馬に乗って、家に着くと、まるで、親の思い出の品でも探すかのように家中を探し出すのだ。
「あれが無ければだめだ。わしの話を主様は信じてくれない。だが、どこにあるのだ?」
家のことを全て妻に任せていることで、まるで、宝探しのゲームでもしているのか、いや、泥棒が入った後の状態よりも酷い散らかし様だった。それでも、まだ、探し続けた。乱雑に箱を開けては投げる。そして、正気なら絶対にあるはずもない食器棚から箪笥を開け続けた。
「無い。無い。無いぞ!」
聖は半狂乱の状態だった。そのために、玄関で呼んでいる声が聞こえなかった。その者は仕方が無く、名前を呼びながら室内に入るのだった。
「聖殿?・・・・・・・聖殿?・・・・・・聖殿?」
「無いぞ。無いぞ」
「聖殿?・・・何をしているのです」
何度目の呼びかけだっただろうか、やっと気付いてくれたのだ。
「誰だ?」
「何度も呼んだのですよ。自分は、聖殿に至急に書簡を持って行くように言われました。ですが・・・・・何をしていたのですか?」
「書簡を待っていた。だが、それよりも、北東都市の主様から頂いた。紐飾りが無いのだ。あれがなければ交渉ができない」
「もしかして、額に飾っている。あれのことですか?」
聖の頭の上に、末代までの家宝のように綺麗に飾られていた物があった。
「えっ!」
「あれも、紐飾り(ネクタイ)ですよね」
「あああっあれだ。あれだ」
「それは、良かったですね。それでは、書簡を渡します」
「済まなかった。確かに、受け取ったぞ」
書簡を懐に入れると、上に手を上げて額を取るのだった。そして、かなりの高価な額と思うが、何の躊躇いなく床に落として壊すのだった。信じられないことに、硝子の破片など払わずに衣服に結びつけるのだった。
「それでは、自分は、これで失礼します」
自分の命の危険を感じたのだろう。顔の表情が強張っていた。
「ああっ急がせて済まないと伝えてくれ」
「はい。承知しました」
それでも、礼儀は忘れることはなかった。だが、額に視線を向けて、貴族だから値段など気にしないのか?と、そう思う表情を浮かべながら頷くと、逃げるように家から出て行くのだった。
「それでは、出掛けるとするか!」
難易度の高い交渉だと思い。以前に、主から頂いた紐飾りを用意したのだが、まだ、不安を感じていた。だが、弱気になっていては駄目だ。そう感じて、言葉を吐くことで気持ちを奮い立たせたのだ。
「今回も、急ぐのだ。頼むぞ」
愛馬に言葉を掛けた。馬は人の言葉が分かるのだろうか、夜道だと言うのに全力で走り出すのだ。名馬なのだろうか、それとも、軍隊での調教の練度の回数なのか、聖が予定していた時間よりも早く着くことが出来たのだ。時間が時間のために陣は静まっていた。だが、見張りや警護する者達だけが歩き回っていた。その一人に近づいて行った。
「済まないが、北東都市の主様に面会を頼みたい。至急の書簡を持参したと伝えて欲しい」
「ひっ・・・・聖隊長。はっ、直ぐに伝えてきます」
突然に後ろから言葉を掛けられたからの悲鳴だったのか、名前を呼んだのか、その両方かもしれないが、即座に駆け出すのだった。聖は、その後をゆっくりと歩くのだった。簡易小屋の前に着くと、主が出てくると思っているのだろうか、畏まって片膝を地面に付いて待った。二分くらい過ぎただろうか、すると・・・・・。
「聖が来ているのか、どこに居る?」
主の声と同時に、簡易小屋の入り口から出て来た。
「聖か?」
篝火は焚いているのだが、夜のために顔の表情まで見えなかったのだろう。
「はい。主様。自分は聖です」
「待っていたぞ。聖の隊は、何人いるのだ。一万か?五千か?」
「いえ、自分だけです。それよりも、書簡を読んで頂けませんか!」
「書簡だと!」
「まさか、我を売ったのか!」
「いえ、その様なことは、この紐飾りに誓って断じてありません」
「あっ・・・・その紐飾りに誓うならありえない。そうだな!」
紐飾りは、歳に関係なく親友と思った者だけに渡していたが、その数は四枚しか作成されてない。それだけでなく、北東都市で持っているのは聖だけだった。もう少し正確に言うのなら他の三人は墓の中にいるのだ。同じ歳だった貴族の子弟の小姓、同じ歳の商人の息子、武術、学問を指導してくれた師匠、そして、聖だった。授与されたのは、主が初めての戦の時に、始めて与えられた部下が聖であり、護衛任でもあったのだ。その戦は負け戦になり、全部隊は退却の指示が下されたのだ。特に、聖と主が編入された部隊は、もう序盤戦の時に部隊長は戦死した。それで、隊は散り散りになり、自分の命は自分で守ることが精一杯の状況になったのだ。そんな状況でも、聖は、主の側から離れずに戦い続けた。だが、この時、主は、生き残るのは難しいと思い。敵の刀で死ぬのなら聖の刀で死にたい。そう泣いて頼むのだった。そんな時に、冗談を言うのだった。もしかすると、その時の聖の気持ちは、死ぬなら笑って死にたい。とでも思っていたのかもしれない。笑みを浮かべながら一番欲しい物は何か、と主に聞くのだった。勿論、そんな精神状態では考えることも話すことが出来るはずがなかった。だが、聖は、自分が欲しい物を満面の笑みを浮かべて言うのだった。それは、主様から紐飾りを頂きたい。そう言うのだった。こんな会話のやり取りをしていても、刀は振るい続ける。もしかすると、聖は狂っていたのかもしれない。それでも、主の気持ちを変えることはできた。少しに間の後に、笑いながら承諾したと、紐飾りが欲しいなら俺の命を守りきれ。勿論、その命令の通りに最後まで守りきった。
「はい」
「そうだった。紐飾りを持つ者を疑って済まなかった。許せ」
「構いません。ですが、友と思って会いに来たのです。直ぐにでも書簡を読んで欲しいのです。そして、決断して下さい」
「分かった。聖も中に入れ」
「はっ畏まりました」
全ての書簡を読み終わると、内容が信じられないと思ったのだろう。聖に問いかけるのだった。
「全ての貴族が、我を捨てて、個人の欲のために行動しているのか!」
「そうです」
「それにだ。何をさせたいのだ?」
「主様の今後のことです」
「そうだな。何かせねば、成らないだろう」
「それで、都市の象徴と宗教の祖とは、その違いは何だ?」
「都市の象徴とは、軍属で例えるなら名誉軍人です。大将の地位の様な者ですが、何一つとして実権はありません。ですが、使い切れない程の慰労金が都市から支給されます。北東都市から誓約がありますが、その誓約を守れば一生のことです。そして、宗教の祖と言うは、今、北東都市では、困った状況に置かれているのです。それを解決すれば、一時金と土地が報酬です。簡単に答えるのでしたら貴族と同じです。都市からは何一つ援助もありません。自分の采配で領地の運用をするのです。これは、最良と思われますが、もし運営に失敗すれば、無一文で都市から追い出されます。まあ、大袈裟に言いましたが、貴族制度は廃止されたので、普通の都市民になる。と思って頂ければ良いでしょう」
「名誉・・・・軍人なの・・・か?」
「まあ、例えです。名称は、今までと同じ、北東都市の主と思って良いでしょう」
「そうなのか?」
「はい」
「それなら・・・・・聖・・・・どれを選択したらいいのだろうか?」
「そうですね。都市の象徴となり。皆の手本の様な人になるのが良いでしょう」
「なれるだろうか?」
「主様なら必ずなれます」
「それで、聖。一つ訊ねるが、皆の手本になるために協力してくれるのか?」
「はい。勿論ですとも、自分が死ぬまで協力します」
「感謝する。それで、北東都市が困った状況とは何だ?」
「方々にいる。貴族達の説得です。おそらく、鎮圧になるでしょう」
「そんな武力は無いぞ!」
「それは、敵でしたが、西都市と東都市との共同での作戦になるでしょう」
「仕方が無いか、北東都市の商人達に承諾したと伝えろ!」
「はっ承知しました。それでは、宗教の祖となる任命書は破棄します」
「それで構わんぞ!」
聖は、主の思いを胸に収め直ぐに愛馬に飛び乗った。この地に来た時と同じに愛馬の命の火を減らす勢いで北東都市に向かうのだった。
「聖殿。お待ちしていました。時間に関係なく、何時でも知らせてくれと、指示を受けています。ですので、この場でお待ち下さい」
「いや、わしが直接に行った方が早い」
「聖殿の愛馬もですが、自分の御体も立っているのがやっとに見えます。そんな状態で、あの十二人と交渉は無理です。少しでも体を休めた方が宜しいかと・・・・・」
「そうだな。素直に従おう。それでは、熱いミントティを頂こう。それと、愛馬に」
部下達の気持ちに素直に従った。
「承知しました。水と飼葉ですね」
最後まで話を聞かずに、部下に、十二人の代表者に知らせと、馬の世話を託し、聖を気遣い、自分は、紅茶を作るために湯を湧かすのだった。
「美味い」
「有難うございます」
二杯目の紅茶を飲み終わる頃だった。監視塔の休憩室に一人の男が入ってきた。
「そろそろ、来る頃だと思っていました」
「主様は、覚悟を決めたぞ」
「それでは、任命書を頂きましょう」
「ああっこれに、お決めになられた」
懐から任命書を取り出して、男に手渡した。
「都市の象徴ですか、分かりました。それでは、直ぐにでもお迎えに出掛けましょうか」
「ああっ構わない」
「それでは、警護の者は五十名で宜しいでしょうか?」
「十分だ」
「お気をつけて。我々は、都市で迎えの儀を準備してお待ちしています」
男の言う通りに、監視塔から出ると、外には五十名の者達が出発の準備を完了して待機していた。聖は、それを見ると・・・・・。
「行くぞ」
聖と五十名は、元北東都市の主の所に向かった。
「・・・・・・」
その頃、その主は、ある者と面会していた。その者は、旗を頂く指名を受けた者だった。
「北東都市の主様。理由をお聞かせ頂けませんでしょうか、自分が前回の面会の時は、確かに、旗を貸して頂けると、この耳で聞いたのです。それを領主様に伝えたのです。それを今度は、旗を貸して頂けないのでは、自分は、村に帰れません。どうか、理由をお聞かせ下さい。お願いします」
「・・・・・・・」
主は、対面に人が居るのだが、まるで、誰も居ないかのように寛いで煙草を吸うのだ。その姿を見ても、諦めることは出来るはずもなかった。
「それでしたら、それでしたら、どのような代償でも払います。旗をお貸し下さい」
「・・・・・・・」
主は、煙草を吸い終わると、まるで、喫煙室に着ただけの様に、使命を受けた男を置いて退室するのだった。その姿を見て、すがる様に近寄ろうとすると、警護任が立ちはだかった。その後は、強制的に退室させられた。だが、村に帰れるはずもなく、陣の入り口で座り思案するしかなかった。
第百十三章
北東都市の元の主から都市旗を頂く使命を受けた者は、空腹や睡魔を感じているはず。だが、自分の命と同等の使命を果せなかったのだ。そんな感覚など感じるはずもなく思案をし続けた。そんな時に、聖の隊が陣に現れたのだ。有名な武将でもあり、主から友の称号も頂いた者でもあり、市民にも部下からも慕われている者なら自分の助けになってくれるかもしれない。そう考えて、二十五人の部下の一人に、聖との面会を頼んだ。直ぐに、聖に伝えてくれて面会を許されたのだ。だが、今直ぐには無理だが、主の面会の後なら良いと言われ、北東都市の主が居る。簡易小屋が見える所で待つことになった。その間、旗を借りる理由を本当のことが言えるはずもなく、直ぐにでも考えなければならなかった。そのために、聖が現れるまで短く感じたのだ。だが、右手に旗を持っていたために、主が、突然の拒否の理由が分かり。何も言えずに立ち去ろうとしたが、その場で倒れてしまった。先ほどまで重い使命があったために体力の限界を超えても正気を保っていたのだが、使命が果せない。それが、確実に分かったために精も根も尽きたのだ。
「どうした!大丈夫か?」
聖は、男の容態を確かめに近寄った。
「ふう、息はある。死んだかと思ったぞ。おい、しっかりしろ!」
「・・・・」
聖は言葉を掛けるが、返事はなかった。
「誰か!誰か!」
「何でありましょう」
「この男の看病を頼む」
「承知しました」
二人の男に担がれて一般的な簡易小屋に運ばれるのだ。その後、目が覚めると、信じられない程の食事を食べた後、誰にも憶えられないように消えるのだった。勿論、領主が居る村に帰ることが出来るはずもなく、もし帰ったとしても死が待っているだけだ。おそらく、後の長い人生は、死ぬまで放浪することになるだろう。そんな理由は、聖が分かるはずもなかった。直ぐに、出発する準備を整えるように指示を下した。終えた後、自身で主を迎いに行き、北東都市に帰るのだった。そして、主は、北東都市に入ると、まるで、勝利の凱旋のような騒ぎを見て驚くことになる。
「何故、何の騒ぎなのだ。まるで、勝利の凱旋の様でないか!」
「そうですね」
「聖なら理由が分かるのか?」
「それはですね。主様」
「何だ?」
「皆は喜んでいるのです」
「喜んでいるのか?」
「そうです。今回の西都市との戦は、たしかに、貴族達の領地の運営の失敗と都市の財政の破綻。それで、賢者のような男の考えを聞いて、一か八かの底の浅い考えで西都市に戦いに挑んだのです。ですが、都市の市民の多くは、その逆なのです。その証拠の様に、二度目の軍資金の調達の時でも多額の出費をしても破綻はしていません。そして、貴族達は戦い敗れて自棄になっている。そのような噂を聞いて、北東都市を取り戻す算段をしている。その恐怖を感じているのです。その時に、貴族達の征伐するために主様が戻ってきてくれた。それだけでなく、自分達を見捨てた訳ではなかった。また、自分達の心の支えになってくれる。そのような訳で喜んでいるのですよ」
人込みを避けるように馬上で話しをしていると、十二人の町の代表者の一人が現れた。
「そうですよ。北東都市の主様。皆は喜んでいます。それでは、御迎いの儀が整うまで城でお待ち下さい」
二人の話が終わると現れたのだ。全ての話を聞いていたかのような時間の間だった。
「わかった。そうすることにするぞ」
「そうして頂けると、幸せです。ですが、聖殿には、大事な任務を実行して頂きます」
「式典が終わってからでは駄目なのか!」
「書簡を持ってきた。あの村人には返事を書いて渡しました。もしかすると、書簡を読めば、村人達は、村を取り戻すために蜂起するかもしれませんぞ。それでも、時間は無限にあると、そう考えですか?」
「それは、そうだが・・・・式典を・・・」
「聖」
「何でしょう?」
「安心しろ。式典は延期だ。聖が約束を果たしてから執り行おう」
聖は、駄々をこねる子供のような様子だったが、主の命令では従うしかなかった。
「承知しました」
「宜しいぞ。がんばって働いてこい!」
「それでは、北東都市の旗をお預かりしたいと思います」
「ああっ分かった。旗を預けよう」
聖に旗を渡すと、町の代表者の者に顔を向けて、何かを頼むようだった。
「陣に残る。近衛隊の行く末を頼みたいのだ」
「まあ、考えて見ましょう。ですが、聖殿に託した事が済んだ後になりませんと、何も決められません。それで、宜しいでしょうか?」
「構わん。では、聖、後は頼むぞ」
「承知しました」
聖は、旗を懐に入れると、愛馬に跨り、一人で駆け出そうとした時だった。
「聖殿。待ってください。我々五十人もお供したいと思います」
「その気持ちは嬉しいが、警備でなく戦いに行くのだぞ」
「分かっています。ですが、貴族達も旗に向かって矢を放った場合の意味は分かっているはず。そこまで自棄になっていないでしょう」
「確かに、共は助かる。だが、もし矢を放たれた場合は、即、逃げるのだぞ」
「それは、十分に分かっております」
「なら、良い。行くぞ」
聖は、町の代表者の者から作戦の無事を祈る。そんな、見送りを受けるが儀礼的というよりも人の温かみが感じられなかった。普通の者なら不機嫌な気分になるはずだろう。勿論、聖も不機嫌だったが、この態度が理由だけでなく、主を人質にでも取られた。とでも思っている様だった。それとも、西都市との共同作戦を提案するための良い口上を考えているのだろうか、そんな複雑な表情を浮かべているのだから部下達も不安になるのは当然なのかもしれなかった。
「聖隊長」
「何だ?」
「これから貴族の討伐よりも、不安があるのですが、聞いて頂けるでしょうか?」
「それは、なんだ?」
聖は、自分では気付いていないが、様々な思案しているために、かなり鋭い視線を向けるのだった。その視線を向けられた方は怯えながら答えた。
「そっ、それは、旅の商人から聞いた話しなのですが、西都市の上空には竜が居ると、邪な考えをしている者には、雷の嵐が落ちると、そう聞いたのですが、本当でしょうか?」
「あっああ、わしは、戦場に居なかったが、その噂は聞いた。だが、今回は、邪な企みでなく、西都市の関連の村を救うのだから安心していいだろう。それよ・・・・・・」
(それよりも、戦には負けたとしても、西都市を攻めたことの謝罪を考える方が面倒だぞ)
「聖隊長。何でしょうか?」
「あっ・・あの・・・だな。西都市には、たしかに、戦で負けたが、北東都市は健在だ。だから、堂々とした兵としての態度でいるのだぞ」
自分の内心の呟きが聞こえたのかと、驚くのだった。
「こちらは、五十名だけですが・・・・それでも、戦力に・・・」
「何を言っているのだ。今回の作戦の要は、主様の旗なのだぞ。もしかして、ただの旗だと思っているのでないだろうな。西都市の様な新興都市の旗と違い。代を遡れば、元は一国の国だったのだぞ。今では証明する王家の家計図もない。だが、貴族は、王を守護するために存続してきたのだ。その守護する者に敵対すると言うことは、貴族としての存在理由を放棄すると言うことなのだ。それだと、王を守護するに必要だとしての領地だと宣言が出来ない。そう言うことなのだ。だから、この話を伝えれば、作戦計画も変わるだろう。おそらく、貴族達は、無血で村を開放するはずだろう」
「それでしたら、間違いなく作戦は成功ですね」
「ああっ大丈夫だろう」
聖は、自信満々に頷くが、この話は、貴族の間で、赤子の子守唄の様に聞かされてきただけで、現実に、自分達の命に関わる場合は、旗の効果があるだろうか、と、少し不安になる気持ちもあるのだった。
「何の心配もないらしいぞ」
「それなら、架空の生き物と思っていた。あの竜が見られるのだな!」
「おおおっそうだなぁ。どんな姿なのだろう。俺も楽しみだぞ」
「俺も、俺もだよぉ」
などと、五十名の者達が、思い思いの竜の姿を想像して興奮するのだった。そんな様子だったからだろう。予定よりも早く西都市の上空に存在している。その生き物だと思える物を見るのだった。それでも、まだ、歩きで半日の距離があるのだった。
「巨大だな」
誰もが、その一言で言葉を無くした。これが、自分の真上に存在しただけでも恐怖で体が動かなくなるはず。それだけでなく、雷が無数に落ちてきたら裸で逃げることも、自分達では無理だろう。そう皆が思うのだった。だが、顔の表情では違っていた。まるで、幼い子供が無邪気に喜ぶ様な表情を浮かべるのだ。それは、体の機能も活性化しているのだろう。皆は疲れ知らずのように歩き続けて、竜の真下に着くのだった。
「凄い・・・・・」
皆は、上空から目を離すことができなかった。そんな時だった。西都市の中から人を馬鹿にするかのような微かな笑い声が響いた。北東都市の者達は急に恥ずかしさを感じて歩き出した。まるで、自分達の無邪気さを誤魔化すように都市の中に入るのだ。
「お待ちしていました。北東都市の書簡は届いております。その内容の通りに今回の共同の作戦は感謝致します。これで、間違いなく作戦は成功するでしょう」
小津は、兵員や都市の者達が、北東都市の者達の様子を見て笑っていることが失礼だと判断して鋭い視線で黙らせた。自分達も同じ立場なら同じ様に竜を見て、子供のように無邪気になるのだから反省するのだった。その後に、失礼を詫びたのだった。そして、挨拶を述べた後は、先ほどの笑みとは違った。まるで、同期のような知人に会った喜びのような握手を求めたのだ。
「作戦を成功させましょう」
聖は、向けられた同じ様な笑みを浮かべながら握手するのだった。この後、西都市の主に、先ほどの戦を仕掛けたことの謝罪を述べるのだが、小津と聖の握手をすることで和解は成立したと同じだった。
「それでは、作戦計画を確かめ合いましょうか」
「そうだな。それが、良いだろう」
二人は頷き合うと、時間が惜しいのだろうか、部下達に身振り手振りで自由時間を許すと知らせるのだ。その後に、二人は、建物の中に消えた。
第百十四章
広場では、大勢の人々が様々な店の商品に興味を示していた。確かに、驚くほどの商品があるのだから興味を引くのは分かる。だが、それよりも、上空には神とも思える生物がいるのだ。人生の間で一度、いや、人が末代まで生きたとしても会えるか分からない。それほどの珍しい生物なのだ。それなのに、上空の生き物が見えないのだろうか、ほとんどの者が上空を見ようとしなかった。そんな人々でも三つに区別が出来た。一度も上空を見ない者、時々恐怖を感じて上空を見る者、最後の者は、恐怖と同時に敬うように上空を気にするのだった。その様子の変化は、人が生きて行くのに必要な感情の一つである。慣れる。それ、だった。そんな様子の者達の中で、首が疲れないのかと思われる程までに凝視する者達がいた。その様子でなくても余所者と分かる衣服を着ていた。皆は、その者達に冷たい視線を向けるのだ。だが、当然かもしれない。その同じ衣服を着た者達のために全財産を無くした者も酷い怪我をした者もいたのだからだ。そんな人々は、誰でもが分かる北東都市の者達だったのだ。そんな状態の北東都市の者達も、辺りから漂う食べ物の匂いに負けたのか、空腹を感じたのだろうか、一人、二人と興味を感じた店に向うのだった。それでも、一人だけが残ったのだ。もしかすると、建物に向うべきか、皆と同じように興味を感じる店に向うか?と、悩んでいるようだった。そして、心を決めたのだろう。その者は、建物の中に入って行った。中に入ってみると、小津の声だろう。老人特有の野太い声が聞こえたので部屋を探さずに済んだのだ。
「と、言うことなのだが、良いだろうか?」
「初戦は、勿論、西都市の方にお任せ致します。ですが、二戦になった場合は、我が北東都市の兵が活躍を致しましょう」
「それは、無いと思うが、二戦になった場合は楽しみしていますぞ」
二人は、固い握手したことで、お互いの気持ちを認めたのだった。
「んっ・・・・・どうされた?」
「あっ書簡を持ってきた。村人か?」
男は扉を開けて、立ち尽くしていたのだ。
「はい。そうです」
「どうしたのだ?」
「あの・・話の邪魔をして・・済みませんでした。その・・・小津殿に話があったのです」
「それは、何だ?」
「その・・・・」
「村のことが心配なのだな。だが、作戦は予定通りに進んでいる。安心するがいいぞ」
「・・・・」
「何か重大な話があるようだ。わしが席をはずそう」
「すまない」
「構わんぞ。それよりも、一時間後に出直す宜しいかな?」
「ああっ構わない。それまでに、書簡を書いておこう。それを、登殿か新殿に手渡してくれれば、余計な説明をせずと分かるようにしておこう」
「感謝する」
「おそらく、二人と対面する時には、第一戦は開始しているだろう。その場で臨機応変に対応して欲しい」
「わかった。それでは、席を外そう」
軍令的な退室の礼儀をするが、癖と言うよりも、小津に対しての礼儀と同時に、村の男が怯えていると感じ取り和まそうとしたのだ。そして、聖が退室すると・・・・。
「北東都市の兵と一緒に戦うのですか?」
「確かに、心配する気持ちは分かる。この共同作戦は敵の策略と考えるのも当然かもしれない。だが、拒否することは出来んのだ。北東都市からの正式な謝罪だけでなく、現時点で北東都市の最高位の武将が作戦に参加では断ることが出来ないのだ。もし断った場合は再戦の可能性があるのだ。それも、戦争責任の代わりに共同作戦なのだ。それを拒否すれば、西都市が北東都市に宣戦布告した。それと、同じことなのだ。それでも、不安はある。その対策として、こちらの作戦が終わる頃に到着するように考えている。まあ、百人にも満たない数では向こうも儀礼的だろう。だから、安心して村に帰っても大丈夫だ。そして、伝えてくれないか、作戦が成功した時は、村の方からも蜂起して欲しい」
「はい。分かりました。村の皆に伝えておきます」
村人は、小津の話を聞いて安堵したと言うよりも、作戦の成功を祈ることしか出来ないことに気付いたのだ。そして、無言で頷くしかなかったのだ。
「一人で帰れるのか?」
「えっ村まで付き添ってくれるのですか?」
「いや、違う。北東都市の隊との同行を頼んでも良い。そう言う意味だ」
「そうですよね。う~ん。やっぱり、同行は怖いからいいです。一人で帰ります」
「そうか、気をつけて帰るのだぞ」
他人事だと思っているのだろう。儀礼的な挨拶をすると、白紙の書簡に手を伸ばすのだった。それは、聖に渡す物だろう。その様子を見て、村人は、この場に居ても意味が無いと感じたのだろう。無言で礼をすると室内から出て行ったのだ。この後に、何時頃に建物から出たのか、何時頃に西都市から出たのか誰も分からない。と言うよりも、特に目立つ姿でもなく、誰もが知る身分でもないのだから誰一人として分かるはずもなかった。それでも、無事に村に着いた。その証拠はあったのだ。それは、村人達の表情が、何一つとして希望がない絶望の表情から希望に満ちた嬉しい表情に変わったからだった。
「誰か、誰か居ないか!」
書簡を書き終えたのだろう。扉を開けて廊に出て叫ぶのだった。
「あっ自由時間を許したのだった。仕方が無い。届けに行くか」
廊下を歩き、外に出ると・・・・・立ち番も居なく、辺りを見回すと・・・・・。
「ご苦労様です」
聖の部下の一人に声を掛けられた。
「あっ聖殿の作治殿だったかな?」
「名前を憶えてくれたのですか、有難うございます」
「そう硬くなるな。それは、良いとして、聖殿は、何処だろうか?」
「聖隊長でしたら西都市に主様の所に挨拶に行きました。そろそろ、戻ってくる頃かと思われます。緊急の要件でしたら知らせてきましょうか?」
「それは、良い。聖殿が帰ってきたらで構わん。部屋まで知らせにきてくれ」
「承知しました」
今ほど、建物から出て来たのだが、また、部屋に戻るのだった。それでも、時間潰しと思う表情ではなく、何かを思案することが出来た。そんな複雑な表情をしていたのだ。何か忘れないためのような呟きをしながら部屋に入るのだった。入ると直ぐに地図を広げた。おそらく、新と登の作戦の不具合でも考え付いたのだろう。
「いや、考え過ぎだろう。もし悪い予感が当たったとしても戦う兵がいない。確かに、良い所に、聖殿が来てくれたが、あれ程の少数の人数では意味が無い」
「何が、意味が無いのだ?」
「おっ何故、部屋にいる?」
「何度か扉を叩いたのだぞ。だが、返事がないので仕方がなく部屋に入ったのだ」
「そうだったか、済まなかった」
「それで、何か不安なことでもあるのか?」
「いや、気にするな。戦に勝った後のことを考えていただけだ」
「そう言うことか、それなら、村を開放した後の処罰は好きにして構わない。だが、北東都市は関知していない。それを分かって欲しい」
「それは、分かっています。安心してください」
「それは、安心しました。それでは、そろそろ出発したい。書簡は出来ているだろうか?」
「勿論です。これです」
小津は書簡を聖に手渡した。
「確かに、頂いた。それでは、失礼する」
「お気をつけて」
「ありがとう」
聖は、好意からだろう。軍の同格にする礼儀を返して部屋から出るのだった。
「それにしても・・・・・」
小津は、一人になると、また、地図を見るのだった。だが、その不安を口にすることも、地図上の上に置かれている。その部隊の配置する駒を移動することもしなかった。まるで、口にすることや駒の配置を動かすと、不安が現実になるとでも思っているようだった。
「勝つことや負けた場合でも予想は変わる。二種類の思案。いや、それに、聖隊の行動でも変わる。三種類の思案が出来るか・・・・・結果を待つしかない」
呟きながら部屋を出て、そのまま建物からも出るのだった。
「行ったか」
「聖殿の隊でしたら先ほど出発しました」
自由時間が終わったのだろう。建物の前では複数の者達が集まっていた。聖の見送りもあっただろう。それよりも、小津が建物から出て来ないと、中に入れない。それで、集まっているようだった。それを感じ取ったのではないが・・・・・・。
「御主人様に伝えて来る。後のことは任せる」
「承知しました」
指示をした後は、何かを考えているのだろう。部下の言葉が聞こえていないようだった。
「それにしても、北東都市は・・・聖殿は、あのような少数で何を考えて来たのだろうか?」
などと、思われている。聖隊は・・・・・。
「あれは、用意は出来たのか?」
西都市から離れて、そろそろ、竜が見えなく頃に、何かを思い出したかのように部下に話しかける。聖だった。
「はい。旗棒ですね」
「ああっそうだ」
「武器庫にはありませんでしたが、商店で売っていましたので買っておきました」
「えっ何だと、その費用の都合はどうしたのだ?」
「それは、他の商店も同じで、北東都市から来た者には無料にするようにと、小津殿から全ての商店に伝わっているようでした」
「そうだったのか、ご苦労だった・・・・だが、まさか・・・・」
「えっ・・はい」
「無料だと思って好き放題に買ったのでないだろうなぁ」
「えっえっ」
自分一人に会話を振られたために、皆に視線を向けて助けを求めたのだが、誰もが思い当たることなので、知らない振りをするのだった。
「ほどほどに、飲み食いをしました」
「そうか・・・ほどほどか・・・なら・・・良い」
「ふっうぅ」
何か不満でもあるような話し方を聞いて大きな溜息を吐くのだった。
「楽しんだのか?」
「はっはい」
「皆も楽しんだのか?」
「はい」
聖の問いに、皆は同時に頷いた。
「それは、良かった。なら、さほどの休憩だけで十分だな。急ぐぞ」
まるで、妹に三時のおやつを食べられて不満を我慢している。そんな子供のような表情を浮かべるのだった。もしかすると、空腹を我慢しているのか、西都市の有名な団子でも食べたかったのだろうか、その内心は誰も分からない。それでも、隊の全ての者達に怒りを感じているのは確かだった。もう、聖の怒りを解消することは出来ない。だが、これから後、特に食べ物に関することは、聖殿と共に食べる。それを守らなければならない。そう誓うのだった。それを守らなければ、自分達の命に関わるはず。それを証明するかのように、目的地まで、さほどの休憩だけだろう。いや、聖の空腹状態を考えると、さほどの休憩も取らずに走り続けることになるはずだ。
第百十五章
一人の武将が馬上から殺気を放ちながら見ていた。まるで、親の敵でもいるかの様な鋭さなのだが、視線の先にあるのは、村の長老が住むような新築の建物だった。それにしては様子が変なのだ。小山の頂上にあるだけでなく、建物の入り口まで行く道には、大勢の人数が通るのを拒むように曲りくねっているのだ。これでは、作物の運搬にも困るだろう。それだけでなく、小山の中腹には、訪れる者達の検問と同時に防御の目的なのか、木の塀まであったのだ。そして、少し悩んだ後、視線を小山でなく、部下に視線を向けた。
「この地に陣を置く。その支度を頼む」
「承知しました」
「あっ、それと、登殿と新殿に連絡を頼む」
「承知しました。それで、内容は何て言いましょうか?」
「そうだな。この場に陣を置くだけで良いはずだが、もし指示があるのならば、指先の一つの動きのような細やかな指示でも従う。そう伝えてくれ」
「承知しました」
部下は、即座に、新に知らせるために向った。そして、一時間後に戻って来た。
「新殿から指示を頂きました」
「それで、何と言っていたのだ!」
「はい。東都市も村の開放に参戦したと、大袈裟に宣言して欲しい。と言っていました」
「騒ぎを起こして注意を引け。そう言うことだな!」
「そう思います」
「なら、堂々と宣言するか!」
「お供いたします」
「それと、適当に二人位連れてきてくれ」
「承知しました」
指示を受けると、その場で後ろを振り振り向くと、適当に二人を選んだのだろう。手を上下に振って呼ぶのだった。
「さて、何て宣言するかだな・・・・むむ・・・・」
「二人を選び終えました。何時でもお供に付いて行けます」
「俺は、この手のことを考えるのは苦手なのだ」
真剣に思案をしているために部下に話し掛けられたが気がつかなかった。その部下は、性格を熟知しているのだろう。その場で思案が終わるまで待つのだが、それほどまで待つのでなく、五分位の時間が過ぎた頃だった。
「行くぞ」
「はい。お供いたします」
竜二郎が馬に指示を伝えると同時に、何かを思い出しかのように、馬の背から後ろを振り向いた。
「他の者は、この場で待機。何が遭っても動くではないぞ」
「承知しました」
竜二郎は、頷くと、堂々とゆっくりと、長い塀にある。一つだけの門に向った。
「誰かいるか!」
「誰だ!」
「我は、東都市の竜二郎。今回の村の身勝手な接収は許すことは出来ない。東都市は、西都市に全面的に協力することが決まった。直ぐに村を明け渡すのなら良いが、もし抵抗するのならば、先ほどの戦いで、北東都市が西都市に一万本以上の矢を放ったのは憶えているだろう。その矢の数、そのままお返しする。まあ、即答は無理だろう。一時間の猶予を与えるが、今の簡易な砦では持つとは思えない。良く考えるのだな!」
北東都市の残党に猶予の時間を与えて一時間が過ぎた。
「待っていたぞ」
「ほう、投降する気持ちになったのだな」
「何を言っている。これから、この地に北東都市の全軍が集結するのだ。東都市の軍や西都市の警備隊など、蹴散らしてやるわ」
「全軍が来るのか、ほうほう」
「信じられないのだろう。だが、我が主の話しでは、そろそろ、その証拠が現れるのだ。前回の戦では竜が出て散々の目に遭ったが、逃げるのなら今だぞ。はっははは!」
「投降はしないのだな。分かった。それでは、戦場で会おう」
「望むところだ。はっははは」
塀の上から男は消えた。
「行くぞ」
東都市の陣に向きを変えた。そして、囁きのような言葉で・・・・・。
「今の話は聞いていただろう。そのことを、新殿、登殿に知らせるのだ。そして、これからの対応を聞いて来い」
「承知しました」
馬に鞭を打ち、主より先に陣に帰るのだった。その後、徒歩で街道から逸れて、茂みに入り。新と登の陣に近寄るのだった。そして、木陰に隠れる予備部隊に、竜二郎からの緊急の使いだと知らせると、新と登に知らせに行ってくれたのだ。五分が過ぎる頃に・・・。
「どうした?」
「新殿、登殿。それが・・・」
先ほどの状況を全て伝えた。
「全軍が集結するだと、その証拠が来る。そう言うのか・・・・」
「新殿。それは、本当だと思えない。予定の通りの作戦を実行した方が良いと思うぞ」
「だが、若い貴族の子弟みたいな。調子の良い男が、そんな、嘘を付くだろうか?」
「確かに、初めは怯えて姿を現さなかった。そんな男が言うのだ。本当かもしれない。だが、北東都市の全軍とは、本当とは思えないぞ」
「そうだな。後方を警戒しながら作戦を実行するか!」
「それが、良いだろう」
「そうだな。そうしよう。済まないが」
「何でしょうか」
新が登の顔から視線を外し、竜二郎の使いの者に顔を向けるのだった。
「後方の監視は、竜二郎殿に頼むと、伝えてくれ。おそらく、街道から来るはずだ。もし街道から逸れて来るようなら、こちらで対応する。だが、竜二郎殿には、砦の前面と後方の街道を頼む。もし街道を占拠されては、挟み撃ちに合うだけでなく、逃げ道まで無くなる。済まないがお願いすると、伝えてくれ」
「承知しました」
二人は、祈るように東都市の陣を見るのだった。十五分くらい過ぎると、篝火の明かりが、街道に点々と広がり。新が言ったことが実行されたのだ。それを確認後に・・・・・。
「それでは、こちらも、作戦の通り。砦に矢の嵐を放つぞ」
現代の時間で言うなら丁度、夕方の六時の時間だった。
「そうだな。敵の援軍が来る前に、砦の者達を投降させよう」
二人は、陣の最前列に戻るのだった。先に新の指示で弓が放たれた。放ち終えると、数秒後に、登の指示で、又、矢が放たれるのだ。矢は上手い具合に、砦の方向に風が流れているために遠くに飛び、砦の全てに矢が届くのだった。この動作を交互に三十分も続けた。矢の本数は数えていないが、千本くらいは放っただろう。すると、新と登の弓を放ての動作が止まった。すると、小さい松明の明かりだろう。竜二郎の陣から砦の方に動くのが見えたのだった。
「新殿。作戦の通りに、竜二郎殿が動いてくれたぞ」
「ああっ、投降を呼び掛けに言ってくれたようだ。だが、投降はするはずもないなぁ」
それを証明するように直ぐに、小さい松明の明かりが、陣に帰るのだった。それを見て・・・。
「矢の補充を急げ、また、放つぞ」
その指示で直ぐに用意は出来たのだが、風の流れを読んでいるのか、何かの作戦だろうか、それとも、敵に恐怖を与えるには、三十分後に放った方が良いのだろうか、いや、おそらく、その全てだろう。また、矢が放たれるのだった。また、千本くらい放つと、又、同じ様に、竜二郎の陣から投降を呼び掛けるのだった。何度目だろうか、そろそろ、五千本は放たれたと思われる頃に・・・・・。
「これ位で、恐怖を感じただろう。交代で休むとするか」
「大丈夫なのか?」
「ああっ大丈夫だろう。恐怖を感じれば、後は、数でなく不規則な時間で矢を放つだけだ。それは、俺達が西都市で感じたのと同じことだ。あの時は、矢の降り注ぐ音を聞くだけで建物から出られなかったはずだ。そうだろう」
「そうだった」
「登殿の隊から休んでいいぞ」
「だが・・・・それだと・・・」
「構わない。徴兵隊は、何時、役に立たなくなるか分からない。だから、休める時に休んで欲しいのだ」
「そう言うことか、それなら、喜んで休ませてもらうぞ」
登は頷くと、仕草で自分の隊に命じた。隊の者達も休憩だと分かり。硬い表情から和らぎの表情を浮かべていた。そんな様子を徴兵隊たちも見て、自分達も休憩だと安堵するように新に視線を向けるが、自分達が望んでいた指示はなかった。それでも、違う仕草での命令はあった。期待と違い。その場での小休憩だった。そして、砦の方では、新の考えた通りに、矢の嵐が収まったことで、人々は砦から出て様子を見ようと、そんな気持ちまで落ち着いた時だった。それは、現代的に時間で言うのなら二十分が過ぎようとしていた。その様子は、新は知らないはずだが、まるで、見ていたかのように・・・・・・。
「放て」
新は小声と同時に、仕草で命令を伝えた。登の隊がまだ休憩中で半分の人数だが、砦の北東都市の者達には、十分に恐怖を与える矢の数だった。その恐怖は、新と他の者達が西都市で経験した以上のことだった。その様子とは・・・・・。
第百十六章
人々は、空の空間を切り裂くような音とも、悪魔の呼びかけとも思える。そんな音で気が狂いそうだった。
「また。矢だ。もう止めてくれ!」
その音は、悪魔でも人でも意思がある生き物ではない。だから、なんど叫んでも意味が無いことだったが、叫ぶことで少しは精神の安定が保てるのだった。もちろん、その音とは矢が空気を切り裂いて飛んでくる音だった。だが、建物内の音は、それだけではなかったのだ。戦用の作りでない砦のために、防御など施されているはずもなかった。ただの普通の建物のために数本の矢が刺さるだけで、天井や壁や硝子など直ぐに壊れて室内に矢が飛び込んで来るのだった。そして、運が悪い者は、手足や体などに矢が刺さる。その時の痛みの悲鳴も室内で反響するのだった。この惨状を新は想像していないだろう。自分が経験した。西都市の状況と同じと考えているのだ。西都市の場合は、民家でも、それなりに、頑丈に作られていたこともあり。地獄の惨状まではならなかった。この村の砦は、職人も材料も資金もないために簡易的な作りであったのだ。もしかすると、登は地獄の惨状になると、想像の範囲内があったかもしれない。それほどの状況なのだ。戦意は消えて普通なら投降するはずなのだが、不思議なことに戦意は消えず。指揮官の言葉で、戦意は保ち続けるのだった。その言葉とは・・・・。
「もう少しだ。もう少しで旗が届く。旗が届き、旗を掲げれば、この地に北東都市の全軍が集結するのだ。それまで、頑張るのだ」
「分かっております。大丈夫です。隊長殿も気をつけて下さい」
「ああっ俺のことは心配するな。大丈夫だ」
村を占領するだけでなく好き勝手にしているが、部下には優しかった。怪我した部下達に近寄って手を握るだけでなく優しい言葉まで掛け続けるのだ。
「隊長殿。不思議なことに、また、矢の嵐が止みました」
「そうか、それは、良かった。直ぐに、建物の修復に全力で当たれ。また、矢の嵐が来るだろう。それまでに、少しでも修復しろ!」
「承知しました」
皆は、先ほどまで矢の嵐で恐怖を感じていたのが嘘の様だった。おそらく、希望があるからだろう。過酷な状態のはずなのだが、まるで、勝ち戦のように興奮まで表していた。
「また、矢の嵐が来るぞ。気をつけろ!」
部隊で一番の耳が良い者が、弓矢が飛んで来る方向を注意深く小窓から監視していた。その神経は、針が落ちた音でも聞き取れるほどまで神経を研ぎ澄ましていた。この男は普段と違い。皆と同じく勝利を感じる興奮状態だからだろうか、弓矢が放たれる瞬間の空気を切り裂く音を聞き取ったのだ。それほどまでに早く察知したと言うのに、矢が飛ぶ早さには、人の体が追いつくはずもなく、何人かが矢の犠牲になるのだった。
「しっかりしろ、もう少し、もう少しで旗が届くはずなのだ。がんばってくれ!」
「自分達は大丈夫です。大丈夫ですから・・・隊長は皆に指示の方をお願いします」
「ああっ分かった。安心して休むのだぞ」
部下から指示と言われるが、部隊の数も少なく、武器は村人の自衛のための刃こぼれした刀が多く、それに、一つの弓もない。この状態では、建物から出るな。それしか方法がなかった。先ほどから矢の嵐が収まると、投降の呼びかけがあるが、旗が届く、それだけが、心の支えだったのだ。もし、それがなければ、投降したか、村から逃げ出しただろう。
「はい。隊長殿」
担架で運ばれる。その様子を見ながら不審、不満、怒りを感じるのだった。
「それにしても、遅い。遅いぞ。何をしているのだ!」
「隊長殿。もしかして、西都市、東都市の奴らに捕縛されたのでないでしょうか?」
「捕縛か・・・・うぅむ」
「それか、近くまで来ているが、奴らがいるために砦に帰って来られないか?」
「うぅむ」
「隊長の許しがあるのでしたら自分が村人に変装して、この辺りを探しに行きます」
「だが、それは、危険すぎる」
「ですが、このままでは、旗が届く前に砦が倒壊する恐れがあります」
「だが、だが・・・・うぅむ」
「無理はしません。あの者とは友なのです。自分を見かければ声を掛けてきます。それと、先ほど、聴覚を得意とする監視人に聞いたのですが、砦の後方には敵部隊は居ない。そう聞いたので、隊長殿に許しを願ったのです。お願いです。皆を助けないのです。自分に任せてください」
「分かった。頼む。だが、無理はするな!」
「承知しました」
砦から出ることは成功した。誰が見ても村の若者だが、この時間での歩き回るのには、変だと思われるだろう。それでも、予想した通りに、西都市、東都市の兵は居なかったのが救いだった。もし居たのなら詰問されるはずだ。それでも、迷い猫を探す行動をしていた。それも、猫の名前まで言うのだから子供の頃に飼っていた猫の名前なのか、自宅でも飼っているだろう。まあ、自分の姿を友に見せるだけだ。だから、何も問題はなかった。だが、その友は、遠くの村に向かったか、いや、異国に逃げたはずなのだ。おそらく、二度と会えないはずだろう。
「来夢。来夢、ラ~イ~ム」
この場所や時間的に不自然なはずだが、男の真剣な呼びかけには嘘が感じられなかった。そのために何度か、不審者として斥候の任務の者だろう。その者から近くが戦場のために近寄るな。と、何度か詰問されたが、男の心底からの猫の心配する様子を見て、周囲を歩き回ることを許されたのだ。だが、この男は天才的な演技ができる者ではなかったのだ。それなら、何故と、それは、常に、猫を戦場に連れて来た。一度や二度でなく、もう二十年も一緒にいたのだが、この村に来て直ぐに、何時ものように遊びに行ってから帰って来ないのだった。そのために、任務と同時、いや、猫を本気で探していたために、誰が見ても真剣に感じ取られたのだ。
「来夢、ラ~イ~ム」
(お前なら猫の名前で、俺だと分かるよな。共に猫を探してくれたし、良く、後ろに来夢が居るぞ。向こうに、来夢が居たぞ。と、良く、俺が真剣な探す様子を見て笑っていたな。あれは、俺を心配していたのだろう。だから、俺の前に現れろよ)
「来夢、ラ~イ~ム」
「如何しました?」
「猫を探しているのです」
「そうでしたか、それは、見つかるといいですね」
「ありがとう」
「ですが、この先には、行かない方がいいですよ」
「何故ですか?」
「北東都市の軍が村に向っているらしいのです」
「見たのですか?」
「見てはいないのです。噂を聞いて、確かめにきたのです」
「それにしても、何故、北東都市の軍と分かるのですか?」
「北東都市の旗が分かる者がいて、それで、村に知らせにきたらしいのです。それで、自分は、これから、本当か確かめに向かうところなのです」
「そうですか、あなたは村の人なのですか?」
「自分は、隣の村の者です。この村と同じように占領されまして、これ以上、兵が増えるのを恐れているのです。今回の部隊は、どの村に行くのか調べに来たのです」
「そうでしたか、ありがとうございます。それでは、これ以上は先に行かずに、村に帰ります。もしかすると、家に帰っているかもしれませんからね」
「それが、いいかもしれませんね」
「心配してくれて本当にありがとう」
「いいえ。猫が家に帰っているといいですね」
「ありがとう。あなたも気をつけて」
「ありがとう」
二人は、同じように何度も頭を下げて、別々の方向に歩いて行くのだった。
(本当に良い話を聞いた。隊長の言う通りだったのだ。直ぐに知らせに戻らなければ!)
男の内心では興奮していたが、砦まで駆け出すことは出来るはずもなく、先ほどと同じく猫の名前を叫びながら砦に向うのだった。そして、砦から出て、二時間が過ぎる頃に戻るのだった。その時、何度目かの矢の嵐に遭い。左肩に矢が刺さってしまったのだった。
「おおっ帰ってきたか!」
「はい。確かに、隊長の言う通りでした。旗だけでなく、兵も連れてきたらしいです」
「それは、確かなのか?」
「村人の話しでしたが、間違いないでしょう」
「そうか!」
「はい」
「砦中に知らせろ。北東都市の旗を掲げながら援軍がくるとなぁ!」
「承知しました」
砦中に広まり。まるで、戦に勝利したかのような騒ぎようだった。人の感情と体とは面白いことで、手足の動き方もまるで職人のように砦の修理も終わらせるのだった。そして、そろそろ、零時が過ぎようとしていた。その頃になっても矢の嵐は止まずに、数えてはいないが、おそらく、一万本は砦中に刺さっているだろう。すると、一人の部下が、信じられない光景を見たのだ。
「隊長!」
「何だ?!」
「北東都市の旗が見えるのです」
「おおっもう来たか!」
「それが・・・・」
「何をしている。砦に入れるように援護するのだ」
「それが・・・・」
「何だと言うのだ。直ぐに命令を実行しろ!」
「東都市の軍勢の後ろに居るのです」
「おおっ戦いを仕掛けたか、むむぅ・・・東都市の軍と挟み撃ち出来たら良いのだが、矢の嵐で砦から出られない。何とかしなければならないぞ」
「それが、戦っているのでなく、東都市の軍と同じ陣に居ると思えるのです。考えたくないことですが、同盟でも結んだとしか思えません」
「何だと!」
部下の言っている意味が分からず。自分の目で状況を確かめるために駆け出した。その行き先は、砦の正面が見える小窓に向かったのだ。
「隊長。矢の嵐は止んでいません。小窓に近寄るのは危険です」
「そんな、状況ではない。確かめなければならないのだ!」
部下は、気迫に負けて、小窓から離れた。
「馬鹿な。東都市の陣の近くで、北東都市の旗が掲げられている。信じられない。何かの間違いだ。いや、何かの作戦に違いない!」
驚きの視線の先には、東都市と同じ陣と思えるほどの近くなのだ。距離を測るために走ったとしたら一分とも掛からない近さと感じられる所なのだ。もし戦っているのなら盛大に篝火など焚くはずもない。零時を過ぎているために篝火が作戦だとしても、東都市と北東都市を囲むように焚かれるはずがない。その篝火の焚き方は、二つの陣営を守るような焚き方なのだ。この状況を見て頭が狂いそうだった。確かに、自分の目で見たが状況を信じられず。この想像も出来ない状況が本当だとしたら全てが終わるのだ。死ぬと同じことだったのだから信じたくなかったのだろう。小窓から乗り出すほど体が出ていたのだ。それは、夢中での行動だった。矢の嵐が止んでいたと知ってのことではなく、もし矢の嵐が続いていたとしても同じ行動をしたはずだった。
「北東都市の偽物の旗を作成してまで投降させるのか!」
「・・・・・・」
「卑怯だぞ。刀や弓で血を流し合い。投降を問うのが武人だろう」
男は怒りを爆発した。人ではなく猛獣のような叫びだった。その叫びでは確実に敵の陣に届いているはずなのだが返事はなかった。それでも、二つの都市の旗が砦の方に近づいてきた。何が起きたのかと、無言で見詰めるのだった。そのまま何が起きたのかと、見詰め続け、塀の正面で止まったのだ。すると、砦の殆どの者が砦の正面の塀の上に向った。
「武人と言っていたが、村を占領する者が武人か!」
「何だと!」
「この状況を知って、元北東都市の主様は、村を占領した者には、北東都市の貴族の称号を名乗ることを許さないだけでなく、盗賊と判断すると言われたのだ」
「我は、綿那(わたくに)家の頭首。男爵の称号を持つ者に向って、盗賊だと!」
「そうだ」
「聖。貴様は戦に参加しなかった者が、何が分かると言うのだ!」
「村を占領する。そんな気持ちなど考えたくないわ。それよりも、投降するのだろうなぁ!」
「投降だと、ふざけるなぁ。貴様の命を今から・・・・・」
突然に、塀の上から不自然に人が消えた。
第百十七章
二つの小さい松明の明かりだと思える。その光を凝視者達がいた。特に二人の男は、その数が増えることを願っていた。だが、増えることも動くこともないために不安と同時に、苛立ちも感じているようだった。
「予定の時間が過ぎているのに動かないぞ。交渉が上手く行っているのか?」
「確かに、長い。投降することにたいして要求でも言われているのだろうか?」
二人の男とは、新と登だった。
「使いでも出すか?」
「そうした方が良いかもしれない」
「そうだな。投降の意思がある者に矢の嵐を浴びせては交渉が台無しだ」
などと、話をしていると、二つの松明の明かりが、ゆらゆらと向って来るのだった。
「使いを出すまでないなぁ。こちらに向って来るようだぞ」
「やはり、交渉が上手く行ったのだろうか?」
「そうかもしれない」
二人は、待つこと数分・・・すると、隊の中が騒がしくなった。
「何だ?」
「様子が変だな?」
「おっ!」
「むっ!」
何があったのか、と部下を呼んで様子を聞くよりも、二つの松明の明りが近づいてくるのだ。その者に直接に聞いた方が早いと感じた。だが、何もしないで待つことはしなかった。新は、直ぐにでも逃げることが出来るように、登は、刀に手をかけて、何時でも刀を抜ける構えをした。
「待て、待て、落ち着いてくれ」
登の殺気を感じたのだろう。切られては困ると、言葉を掛けてきた。松明を持つ者の声だろう。だが、聞き覚える声なので、試しに名前を口にした。
「竜二郎殿か?」
「そうだ。そっちに行くが、何を見ても即座に切り掛かるのは止めてくれ」
「ああっ分かった」
安堵した声色で返事を返すが、刀を切る構えは解かなかった。
「貴様!」
竜二郎が現れたが、その後ろに北東都市の軍服を着た者が立っていたために、登は即座に反応した。竜二郎は、背中に刀を押し付けられて脅されていると感じたのだ。
「待て!」
竜二郎は、両手を広げ、北東都市の軍服の男を庇ったのだ。
「ふっうぅ。さすが、登殿だ。今の刀の突きは、矢の速度の様だったぞ。死ぬかと思った。まさか、本気だったのか?」
竜二郎は、大きく息を吸って安堵したのだ。
「いや、刺す気は無かった。だが、その服は、北東都市の軍服のはず」
「投降の使者なのか?」
新が、三人の中間に入り。無意識に左手を差し出した。だが、北東都市の軍服の者は不審を感じた。普通は、握手なら右手だと感じたからだ。そのことに、新も気がつき・・・。
「あっ済まない」
新は、何故、左手なのだと驚いて、即座に右手を出したのだ。だが、左手を出した理由は、新が心底から恐怖を感じて赤い感覚器官が殺気に反応したことだった。
「この者は、聖殿と言う者だ。投降の使者ではないのだが・・・」
「この書簡を読んでもらった方が早いだろう」
竜二郎の言葉を遮って、手紙を差し出した。
「小津殿の書体だな」
書簡の宛名には、新、登、竜二郎にと書かれてあった。
「先に登殿から読んでくれ」
「えっ・・・・何故?」
「何時までも殺気を放っていては話にならないだろう」
「そうだな。登殿、そろそろ刀を収めてくれ」
「ああっ済まない」
刀を収めて、新から書簡を受け取った。暫く、新、竜二郎、聖の三人は、登が書簡を読み終わるのを待った。
「理解した。済まなかった」
新に書簡を渡した。その後、聖に謝罪するのだった。
「いや、構わん。わしも軍服が見えないように何かを羽織るのが礼儀だったかもしれない」
「それで、投降の説得は成功したのか?」
「いや、怒りの感情が抑えることが出来ず。交渉は失敗した。済まない」
「それで、砦には、誰も居ないのか?」
新は書簡を読み終えて懐に収めた。
「それは、分からない」
竜二郎は首を横に振った。
「それでも、投降は断ったのだろう」
竜二郎と聖は、頷いた。そして、聖は、怒りを上げてしまった。理由、旗の意味。交渉決別の時の様子などを話すのだった。
「なら、まだ、砦に居るのならば、竜二郎殿と聖殿の松明の明りで、この場に居るのが分かったはずだ。それで、何か行動を起こすかもしれない。作戦を続行した方が良いだろう」
新は、徴兵隊に向けて、矢を放てと仕草で指示をした。
「あっ」
聖は、同じ都市の者の命を心配した。
「聖殿。大丈夫だ。おそらく、誰も居ないはずだ。それに、旗の意味と言うか、その効果が本当だから怒りを感じたのだろう。それなら、戦えるはずもない。逃げたはずだ」
「そうだな」
聖の頷きを見てから登も矢を放つ指示をしたのだ。
「だが、旗の効果が本当なら作戦を考え直した方が良いかもしれない」
四人は、それぞれの思いがあったのだろう。しばらく、無言だったが、砦が倒壊する音を聞いたのだ。もしかすると、偶然にも柱に矢が刺さり倒れたのか、それか、補強しながら倒壊を防いでいたのだから時間の問題だったのだろう。
「どうした?」
「何でもないのだ。登殿」
聖は、砦があった方を見続けていた。
「大丈夫だぞ。安心しろ。あの砦には誰も居ない」
「いや、そうでないのだ。そろそろ、あの者達を休ませても良いのでないか?」
「ああっそうだな」
「もう良い。矢を放つのを止めろ」
新が頷き、登が指示を伝えるのだった。そして、待機を命じた。
「行くか!」
「何処に?」
「砦の様子をなぁ」
「砦は倒壊したのだ。明日で良いだろう。それよりも、これからの作戦を考える方が先だろう。違うか?」
「だがなぁ。新殿、戦いとは後が肝心なのだ」
「登殿。何も気遣いは無用だ」
「それでは、行きましょう。誰も居るとは思えないのだが・・・・仕方ありませんね」
「すまない」
「何も気遣いはしていません。まあ、逃げた方向の予想でも考えよう。もしかしたら、何か痕跡でもあるかもしれない」
「そうだな」
「全軍で行くのか?」
「四人だけで十分だろう」
竜二郎の問いかけに登が答えた。その言葉で誰からと言うわけでないが、倒壊した砦に向うのだった。そして、砦に着き、四人は、それぞれに辺りを検分するのだが、一人だけが大袈裟とは変だが心底から驚くのだった。
「これが、砦だと、民家と同じではないか!」
聖だけが驚きの声を上げるのだった。他の三人は、建物の材料と倒壊した跡を見ただけで、どの様な建物だったか想像が出来たのだ。
「先ほど、砦の将が言ったように本当に何も知らないようだ」
「砦の状態も兵の状態も想像が出来ていたから弓矢だけの攻撃をしていたのだ」
「頼む。詳しく教えてくれ!」
「北東都市の軍は、逃走する時に裸で逃げたしたのだ。そして、方々の村まで死ぬ気で逃げて助けを求めたのだ。そして、村人達は、何の見返りも考えずに食料や衣服などを与えた。それなのに、村の獣などから守る程度の些細な武器を奪って村を占領したのだ」
「そこまで落ちたのか」
「この砦に居た者達は、また、同じように他の村を占領しに行ったのか、同じような占領した村の同族の所に逃げ込んだのだろう」
「状況が分かった。それなら、良い考えがある。わしが持ってきた。あの旗を見れば大人しく投降するだろう。それか、何も出来ずに逃げるか、二つの選択しかないはずだ」
「信じられない。あの旗だけで、そんな効果があるのか?」
「確かに、西都市や東都市や他の都市の旗は番号だけだ。旗に絵柄など描かれていない」
「北東都市でも番号の旗はあります。ですが、あの旗は、主様から直接に命令されて実行する場合、これは、末代まで時が経とうと、必ず実行しろ。その意味と主様が陣に御座す(おわす)場合だけなのです」
「神と同義か!」
「それを今から簡単に話そう。それで、分かるはずだ」
聖は、子供の時に教えてもらった時からの全てを話すのだった。そして、皆は納得したのか、いや、特に良い案があると言う訳でもないために、聖の作戦を実行することを決めたのだ。
「分かった。それでは、隊の前面で旗を掲げながら進もう。それなら、投降しろと命じていると同じなのだろう」
「確かに、その通りだ」
「俺も、それで、構わん」
「俺もだぁ」
「それでは、旗が見えるようにするなら夜の行進では意味がない。明日の朝でも行動した方が良いだろう。それまで、休息でもとろう」
この新の提案には、他の三人も賛成した。そして、それぞれが、自分の隊に戻り。明日の朝まで休息をとる予定だった。
「砦が倒壊したと聞いて、その、来てみたのですが・・・本当なんのですか?」
だが、村人たちが、一人、二人と、陣に現れては、同じようなことを問いかけるのだ。それも、興奮を表しながら砦が倒壊したのは本当なのですか、と問いかけるのだった。その情報の元は、誰が言ったのか分からない。もしかすると、誰かが、砦から逃げる様子を見たのだろうか、それで、倒壊したと、嘘か本当なのか、そんなことなど関係なく、ただ、叫びたいだけだったのかもしれない。それを聞いた者達が、確かめに集まったのだった。それでも、さすがに、砦の近くまで見に行く勇気がなかったのだ。だが、近くまで来れば、本当なら砦を倒壊させた部隊が居るかもしれない。そう思ったのだろう。
「ああっ本当だ。もう安心していいぞ」
「うぉお本当だった。村を救ってくれてありがとう」
「ありがとう。これで、枕を高くして寝られます」
村人達は、感謝の気持ちからなのだろう。何度も握手を求められた。それでも、興奮が収まらないのだろう。腕を大きく振るので肩から腕が外れるのでないかと、それほど大袈裟に、興奮を表していたのだ。
「そんな感謝など宜しいのだぞ」
「そうだぞ。今までは何時、襲われるのでないかと思って、安心して寝ることも出来なかったのだろう。ゆっくり寝ると良い」
新の言葉で足りないと感じたのか、登が付け足したように皆に言うのだ。そして、聖が本当に済まなそうに頭を下げるのだった。
「我が、北東都市の者達が、本当にすまない事をした。許して欲しい」
すると、村人が涙を流しながら、もしかすると、今までのことが思い出されたのか、それとも、聖の気持ちが嬉しかったのだろう。
「あなた様が頭など下げる必要はないのです。悪いのは正気を失った貴族達です」
「何て勿体無い。そんな言葉を頂けるなんて、頭を上げて下さい」
「まあ、まあ、聖殿。村の一つが救われただけ、他の村も救いに行くのだ。それほどまで感情的にならずとも、それに、村人の皆も、嬉しい気持ちは分かった。そろそろ、自分の家に帰ってくれないか、俺達は、部下達も疲れているのだ。明日は、明日で他の村を救いに行かなければならない。その気持ちを分かってくれ」
「あっすみません。すみません」
「つい、嬉しくて、嬉しくて、すみませんでした」
竜二郎は、心底から疲れを感じた。それは、当然かもしれない。今度は、嬉しいからなのか、陣に押しかけた謝罪からなのか、信じられないことに泣き出したのだ。
「分かった。分かった」
竜二郎は、村人に振り回されて子守をしているようだった。その様子を見て、聖が微かに表情を崩した。その笑みは、竜二郎が村人との下手な対応に笑った様に思えたが、それでも、この場の騒ぎを収めなければならないと感じたのだろう。
「今回の村に起きたことの被害や謝罪は後ほど必ずする。今日は、これで解散して欲しい」
今まで領主を経験した。その威厳と迫力で、この場の状況を納めた。竜二郎や新、登も同じ様な言葉を言っていたのだが、さすが、領主として長年もめごとを納めてきたのだろう。村人達は大人しく帰って行くのだった。その聖の姿を見て三人は感心するのだった。
第百十八章
深夜の街道には、無数の松明の明りがあった。もしかすると、これから、祭りでも開催でもするのだろうか、いや、それほどの大勢ではないし、時刻は丑三つ時なのだ。普通なら祭りなどするはずもない。だが、松明の明りは簡単に数えられない程に多い。それでは何か・・・と思うだろう。その松明の明りから想像してみると、ゆらゆらと不規則に動く様子では、まるで、何か不安な感情を表しているようなのだ。その数は、ある方向に向って行くのだが、時間が過ぎれば過ぎるほど多くなる。だが、何か理由でもあるのだろう。それが、突然に街道の途中で光が集まるのだ。まるで、何か探し物でも見付けたのか、それとも、何か説得されたのだろうか、今まで来た道を戻るのだった。それでも、松明の明りは、先ほどと違って、内心の喜びを抑えられない。そんな感情を表しているような動き方なのだ。
「砦の倒壊は本当だった」
「ああっ北東都市の兵隊たちも村から出て行ったぞ」
聖の話を聞いて家に戻る村人者達の言葉だった。その街道を歩く途中で、自分達と同じように様子を確かめに来た者達に、見聞きした全ての状況を話して、これ以上は行かずに家に帰るように説得していたのだ。そして、街道から松明の明りが無くなると、盛大に倍以上の違う明りが、篝火が焚かれたのだ。まるで、何かに恐れているように次々と焚かれた。だが、獣に怯えるのなら人を守るように外側に焚かれるのが普通のはず。それが、ある所だけを篝火の牢獄のように囲うのだった。それでは、篝火に囲われる者達だけは助かることになる。他の者達は、命が惜しくないのか、そう不審に思うのが当然だったが、変なのだ。篝火の外側の者達は、何人かの夜間警護のために起きているが、殆どの者は安心したかのように床に就くのだった。逆に、篝火の囲いの中では、誰一人として床に就く者がいなかった。それだけでなく、戦の前の軍略でも考えているような高ぶりとも、敵が攻めて来るのではないか、そんな不安を表していたのだ。だが、一番に恐れていたのは、東都市と西都市の兵が襲って来るのではないか、と、心配していたのだ。そんな状況で、上官に気持ちを伝えなければ不安は消えない。そんな中で、誰が行くかと、相談していたが、簡単に決まるはずもなかった。そんな時・・・・。
「何をしている。早く休め!」
皆の気持ちが伝わったのだろうか、少々苛立ちながら聖が現れたのだ。
「それが、何か様子が変ではありませんか?」
「様子?」
辺りを見回すが、意味が分からずに問いかけるのだった。
「篝火のことです」
「それが、どうしたのだ?」
「まるで、我らが襲い掛かる。それの用心のように動きを封じている。そう思うのです」
「何を言っているのだ。馬鹿馬鹿しい。早く休め!」
「ですが、なら、なぜ、篝火を陣の外でなく、我らを囲むように内側なのですか?」
聖が怒りを表しながら立ち去る姿を見たが、恐れよりも、襲われる恐怖の方が増さり。再度、問いかけるのだった。
「考えたら分かるだろう。先ほどまで村を占領していたのは、どの都市だ。我が北東都市なのだぞ。もしかしたら村人達が、暴動を起こし、我々に襲い掛かったらどうするのだ。だから、我らを隠すように陣の中心に置くだけでなく、篝火の明りで隠してくれている。その気持ちが分からないのか!」
「それでは、自分達の考えすぎでしたか」
「そうだ。馬鹿な考えなど止めて、さっさと休め!」
聖は部下に言うが、確かに、不安を感じていたのだ。北東都市の旗を見て、自分達(主様が居ると考えてだ)を助けようと、元北東都市の兵が死ぬ覚悟で助けに来るかもしれない。もし来た場合は、西都市、東都市の兵は、まっさきに、自分達を襲うだろう。それを恐れたのだ。だが、部下達に言えるはずがなかった。それで、偽りの怒りを表すことで、部下達に安全を伝えたかったのだ。
「分かりました。それに、勝手な思い込みでした。済みませんでした」
「あっああ、気にするな」
(演技が臭くなかっただろうか)
聖の考えは成功した。部下達は、安堵の表情を浮かべながら体を休めるのだった。西都市、東都市の者達とは違って寝る場所は地面の上だが、安心したのだ。直ぐにでも寝息を立てるだろう。
「俺も寝るか」
皆が寝たのを確認すると、聖も寝るのだった。これで、夜間警護の者の除き、全ての者が楽しい夢を見ることだろう。そして、夢の中で木槌の音「トントン」と聞くことになる。勿論、その音は・・・・・。
「トントン」
夢ではなくて、現実の夜間警護の者が起床時間を知らせる音なのだ。何度も目を擦りながら叩くのだ。「早く起きて交代してくれ」と、願う音なのだった。
「もう朝か」
「直ぐに起きなかったが、良い夢でも見ていたのか?」
「分からない。たぶん、良い夢だと思う」
「そうだろうなぁ。それでは、後を頼む。俺達は寝るよ」
「おやすみ」
「あっああ、数時間の仮眠程度だがなぁ」
この者達が寝る頃には、他の皆は朝の点呼をしているだろう。
「全員、健康に問題はありません」
普段なら確認だけをして朝食を作り出すのだが、昨夜は北東都市が合流したことで、今後のことを伝える。そう指示があったために言葉を待つのだった。そして、登は、聖の隊が列に並ぶのを確認すると、話を始めた。
「昨夜、北東都市の兵が合流したのは知っているだろう。これから後、作戦が終了するまで、三つの都市の兵で作戦を遂行することが決まった。その内容を伝えるが、それよりも先に、言わなければならない。それは、この作戦に間に合うように駆け付けたことで、武器以外は何も無いのだ。それで、親睦も深めると同時に、食事などの生活活動も共にすることに決まった」
「・・・・」
「あっ言い忘れいた。聖殿からの提案されたのだが、北東都市の兵は少ないこともあり。西都市と東都市の軍に組み入れて欲しいと言われたのだ。それで、新殿の部下とする考えだが、聖殿は歴戦の兵だ。長い軍での生活してきたことで知っていることが多い。いろいろと相談するのが良いだろう」
登は、聖から敗軍の将なのだから同格でなく、部下として対応してくれと言われたのだが、歴戦の武人であるだけでなく、部隊の指揮官でもあるのだ。それで、それなりの、部隊の地位を確保しなければならないと、聖に対して敬意と内心の気持ちを汲み取ったのだが、ある意味、失礼だったかと、聖に視線を向けると、微かな笑みを浮かべて、深々と頭を下げられたのだ。登は、感謝の気持ちだと感じ取り、自分も頭を下げることで、聖に気持ちが伝わるだけでなく、部下達も、聖に対して敬意を払わなければならないと、皆は思ったようだった。
「これで、解散するが、今後の作戦内容は朝食の時にでも伝える」
「承知しました」
皆は、それぞれの与えられた仕事に行った。勿論、聖の隊も共に行くが、食事だけは手伝わせなかった。もしかすると毒の混入でも恐れたのかもしれない。それで、与えられた仕事は、簡易な寝床などの片づけだったが、聖隊だけに押し付けることはしなかったのだ。などと、仕事をしていると、一頭の馬が駆け込んできた。
「我は、北東都市の武将である。西地方の一区の領主。田畑(たはたけ)家の子爵である。北東都市の旗印を見て駈け付けた。北東都市の主に拝謁したい」
「何だ。何だ?」
近くで見ると、貴族らしい服装をしているが、変なことに背中に旗棒を差して旗をなびかせていた。おそらく、その男の家紋だろう。
「拝謁の願い事は、西地方の最大の領主である。島畑(しまばたけ)家の伯爵からの書簡を持参してきた」
騎馬に乗る。その男は、何度も同じ口上を叫び続けた。不審を感じて、西都市と東都市の兵が様子を見に集まるが、騎馬の男は、刀を抜かずに叫ぶだけだった。男の周りに多くの兵が集まるのだが、敵意もなく、北東都市の兵とは共同作戦をしていることもあり。何も出来ずに様子を見るだけだったのだ。この騒ぎが陣の全体に広がると、当然のことだが聖にも伝わるのだった。
「おおっ田畑子爵ではないか!」
北東都市の騎馬に乗る武人が騒いでいると聞いて、聖は様子を見に来た。
「聖殿!」
まるで、生き別れた父にでも会うかのように喜んだ。
「どうしたのだ?」
「貴族として当然の義務を果しに来たのです」
「義務だと?」
「貴族の義務を忘れたのですか、自分は、主様の旗を見て駈け付けたのですぞ」
「あっああ、そう言う事か、そうだった。そうだった」
「自分だけでなく、島畑伯爵も駈け付けたかったのですが、一万近くの兵と補給などの関連部隊の大移動では、作戦の支障が起きるかもしれないと、書簡を託されました」
「そうだったか」
「それで、主様は・・・何処に・・・・そして、使命とは何です?」
辺りを見回すが、西都市と東都市の軍服を着る者達と何十台の荷台、後は、簡易小屋が一つだった。様子が変だと感じて、北東都市の主の旗を探した。すると、篝火の燃えた跡が円形にあり。その中心に旗だけがなびいていたのだ。
「この陣には、主様は御座されない。それに、使命と言うか、指示を受けたのは・・・・」
「はい」
聖は、指示された内容を即答できなかった。この者も書簡を託した者も、同じように村などを占領して略奪していると思ったのだ。そして、下手なことを言って、一万の部隊が襲い掛かった場合は、かなり苦しい戦いになると考えるからだ。
「子爵殿。食料などの補給、どうしているのだ?」
「島畑伯爵にお世話になっています」
「そうか、それで、補給の方法は、どうしているのだ?」
「えっ・・・あっ・・・それは・・・・自分達と同じように領地が無くなったとしても、伯爵様の個人でいくつかの商隊があるだけでなく、交易の貸付などがあるようなので、聖殿が考えているような困った状態にはなっていないようです」
「ほうほう、そうだったか」
「はい。それで、失礼だと思い。書簡には書かれていないと思いますが、もし食料などが足りない場合は、伯爵様が、少々なら都合が出来る。そう直接に言葉で伝えるようにと指示をされました」
「そうだったか、それで、主様から指示されたのは、元北東都市の貴族が、村を占領して食料などを略奪しているのだ。それの討伐が主な任務になっているのだ!」
自活で生き延びていたことに、驚くと同時に安堵した。そして、この者達なら本当のことを言っても大丈夫だと思ったのだ。
「聖殿。その話は真ですか?」
「信じられないだろうが、本当の話なのだ」
「何てことだ。本当に信じられないことだ。貴族とは、皆の手本なり導かなければならない。それなのに、村を襲い略奪するなんて許せない。直ぐにでも村人たちを助けなければ!」
「ああっ」
「違うのですか!」
聖のやる気の無い返事を聞いて、田畑は不審を感じて問いかけるのだった。
「当然、その通りだ。だが、同じ都市の者だったと考えると、何ともなぁ」
「ですが、正気を失ったとしか思えない。そんな者達の心配をするよりも、村人を助けるのが先です」
「ああっ先だ。それよりも、伯爵から書簡を預かって来たのだろう?」
「そうでした。この書簡です」
田畑は懐から書簡を取り出した。そして、聖に手渡した。
「確かに、書簡は預かった。任務は果したぞ。ご苦労だった」
「あっはい」
「空腹だろう」
「はい」
「何かを作らせよう」
「すみません」
「何も気にする必要はないぞ。それよりも、父は、どうしたのだ?」
「亡くなりました。叔父も、近所の知人も友も、ですが、今際の時に、家宝の刀を頂きまして、爵位の継承は、終わりました」
「そうだったのか、父のような良い貴族になるのだぞ」
「勿論です」
血気盛んなのは良いのだが、気持ちを落ち着かせなければ、一人でも戦いに行くのではないかと、それを心配になり。まずは、話題を逸らさなければならなかった。
「それでは、一緒に来てくれないか、何かを食べさそう。その間に書簡を読んで返事を書こう。その方が良いだろう」
「はい。その方がいいです」
そして、話題を逸らすことが出来て安堵するのだった。
「だろう」
西都市の炊事班の所に向かい。何か食べ物がないだろうかと、聞くのだった。すると、握り飯だけはあると言われて。お茶と一緒に、田畑に手渡した。
「それでは、この辺りで適当に時間を潰して欲しい」
「分かりました」
聖は、登たちがいる簡易な小屋に入って行った。
第百十九章
一人の男が沈痛なことでもあったのだろうか、かなり難しそうな表情を浮かべながら無言で、簡易な小屋の中に入ってきた。だが、知り合いなのであろう。誰も、何も言わなかった。もしかすると、その思いを考えて気持ちが落ち着くのを待つ考えだったのかもしれない。その者は、誰の椅子とは決まっていないが、まるで、自分の専用の椅子であるかのように座り、黙々と書簡を読むのだった。そして、暫く、様子を見ていたが、その者のことが心配なのだろう。
「聖殿。席を外そうか?」
「いや、居てくれ。書簡を読んだ後に相談することがある」
書簡を読んで見ると、まるで、北東都市の軍が敗走から今まで共にいたかのように的確に書かれていたのだ。おそらく、伯爵の家族や友や行き場のない同じ都市の者たちが頼りにきたのだろう。それで、皆が心配する者達の捜索を独自に調べた結果だったはず。その課程で、貴族の誇りなどよりも、生きるために何でもする人の本性を知ったのだった。そして、読み続け、最後には、千人なら直ぐにでも派遣が出来る。もし力押しで叩き潰すのに兵が足りないのならば、交易隊の護衛までかき集めれば一万人は送れる。これで、終わりでなく、まだ、続きがあった。それなりの兵糧も送れると書かれていたのだ。そして、書くのを躊躇ったのだろうか、数行か空欄を開いた。その後に、旗の下に集まった者達の待遇は、村を占領した者達の処遇は・・・・と、途切れていた。伯爵の考えを書くのは失礼だと思ったのだろう。
「これを読んでくれないか?」
登に書簡を渡した。
「良いのか?」
「ああっ読んでくれ。そして、如何したらいいのか、それを決め手欲しいのだ。それを書簡に書いて送り返す」
「分かった」
「先に、新殿から読んでくれ」
新は受け取り、書簡を読み終わると、登に、そして、竜二郎に手渡した。
「読んでみて、どうなのだ?・・・・・」
登は書簡を読んだ後に、新に問いかけた。
「何が?」
「いや、それならいいのだ」
(何も感じないか、それなら、俺達が考えろ。そう言うことだな)
「一万人か、いや、千人でも軍として釣り合いが取れないぞ」
「そうだな。竜二郎殿。それで、如何するかだ?」
「確かに、戦力になる。呼んだ方が良いだろう。これから先のことだが、もし逃走した兵が全て集まる場合は、相当な物資が必要になる。援助してくれる者がいるなら共に行動した方が良いと、そう思うぞ」
「そうだな。聖殿の話が本当ならば、旗を見た者は、旗の下に集うのだろう。その者達を全て養うなら呼ぶしかないだろう。それにしても、今考えると、あれ程の大群から西都市を守れたのが信じられん」
「まだ、貴族の誇りと使命があれば、そうなると言う話なのだ。それで、書簡を読んでもらったのは、確かに、先ほどの一戦で勝って村を救った。と言うか、村から追い出しただけ、もしかすると、この書簡の内容は、敵の作戦かもしれない。それを問いたかったのだ!」
「それは、考えすぎではないだろうか」
「聖殿。自分も考えすぎだと思うぞ。挟み撃ちの作戦なら砦が落ちては意味がない。それよりも心配なのは、書簡にも書いてあったことだが、旗の下に集って来た。その者たちの処遇の方が問題だぞ。もしもだ。集った者達が、処遇に不満を感じて陣の中で蜂起されては、陣は崩壊するぞ。自分は貴族でないので気持ちは分からないが、領地などは戻らんのだろう。それで、命を懸けて戦うのだろうか?」
「・・・・・・」
聖は、今まで考えたこともない問いに悩んでいた。
「北東都市が、西都市を攻めに来たのも誇りや使命でなく・・あっすまない。言い過ぎた」
「構わない。西都市を攻めることは、今でも不審に思っていたことなのだ。もし西都市を攻め落としたとしても、他の都市が許すはずもない。もっと酷い状態になっただろう」
「そうだったか・・・・すまない。先ほどのことは忘れてくれ」
「旗に集う者が多いのは確実のようだ。やはり、一万でも千人の兵でも援助を請うしかないぞ」
「俺も、それに賛成する」
「これで、三人の意見が統一したぞ。聖殿。如何するのだ?」
「援助を受けよう。そのように書簡を書くことにする」
「それで、書簡が届くまでか、部隊が到着するまで、この場で待機するのか?」
「・・・・」
「新殿の意見を聞きたい。如何する?」
新は、登の態度が少々気になっていた。何やら、自分に問い掛けるのが多いからだ。まるで、自分の考え方や行動で状況が好転する。そんな問い掛けなのだ。
「俺は・・・」
(やはり、俺は特別なのか?)
「そうだな、この場に数人だけを残して伯爵が来るのを待ってもらう。そして、俺達は、次の村に向かい。北東都市の兵を叩きつぶして村を救うのだ!」
(試しに、自分が好きに行動してみるか、結果は、俺が考えた通りになるのなら、これから先は、何かと楽しくなるぞ)
「今の兵だけで戦いを仕掛けるのか!」
「俺も、登殿が考えるように不安だ。今回の通りに、弓矢で牽制してみては、如何だろう?」
「俺が言うと、北東都市の兵を助けたいからだと思われるだろうが、攻めに行くのなら伯爵が来てからでも良いかと思う。その前に、弓隊で牽制しながら旗の意味を悟れと、口上した方が得策かと思うのだが、如何だろうか?」
「俺も、それが得策と思う。だが、今まで新の考えが成功していたこともある。如何だろうか、今回も新殿の考えを実行してみないか!」
「登殿が、そこまで言うのなら構わんぞ」
「北東都市の自分からは、何も意見を言う立場ではない。決められたことに従うだけだ」
「それでは、正午に出発する。直ぐに戦は終わるだろう。その後、勝利を肴にして飲み歌い食べようではないか!」
「・・・・・・・・」
新は、別人のように上機嫌に笑い叫ぶのだった。三人の武人は、新の様子を見て過去に起きたことを思い出すのだった。それも苦い思い出が、勝ち続けた将の末路だった。
「新殿。決めた作戦に何も言う気持ちはないが、戦の後では食事が喉に通らない者もいるだろう。戦に行く前に食べる方が良いと思うのだが、如何だろうか?」
「そうだな。先に食事する。その後に砦を落とす」
「意見を聞いてくれて、本当にすまない」
登は、些細な提案で新の反応を確かめたのだ。正気を失ったかと思ったのだが、意見が通るのだから正気だと感じて、三人は、まだ不安は残るが少しだが安堵したのだ。
「気にするな」
「新殿。戦うと言うが、如何するのだ?」
「それは、今まで訓練してきた。あの戦法を実行する考えだ。今回の砦の状況では・・・」
「新殿。待ってくれ。砦を攻めるのには不向きな戦法だぞ。それに・・・・」
周囲は見晴らしの良い平地で何も防ぐことができないために前回の様に隠れて矢を放つことは無理だった。敵から丸見えだからだ。それで、新は、移動しながら弓を放つのなら効果があるだろう。そう考えたはず。それは、敵も同様に弓矢などで対抗できるだけでなく、敵は隠れることができるのだ。もしかすると、前回の戦いと同様に、今回も弓矢などの遠投の攻撃ができない。そう考えての決断なのだろうか、だが、今回の砦の作りには不安があった。簡易的だが砦らしき作りなのだ。まだ、不安はある。周囲に小石が一つも落ちてないのだ。作物などを植える準備にしては耕されていないのが変だとしか思えないことだった。などの不安を考えて出た答えが、弓矢を仕入れる費用もなく、村でも作れないのならば、周囲の石を利用して小型の投石器を作った可能性もある。と、長年の軍属の経験と砦を落とす正攻法から考えても無理だと思い。それで、新の話を遮ったのだ。
「・・・・・可能性が高いぞ」
登は、不安を感じたことを伝えた。
「大丈夫だ。安心しろ。前回と同じことになる」
「だが、新殿。砦を攻めるのには反対はしない。だが、その作戦は無理だ!」
「俺も、登殿と同じに不安は感じる。初めに決めた作戦の方が良くないか?」
「何を言うか。これ以上は何も聞かんぞ。昼を食べた後に、直ぐにでも攻めるぞ。これで、話は終わりだ」
新は怒りを表しながら簡易な小屋から出て行ってしまった。
「登殿。新殿は、如何したのだ。まるで、何かに憑かれた様な感じだぞ」
「あっああ、確かに様子が変だ。何があったとしか思えない」
「だが、新殿の作戦を実行するのだろう」
「仕方が無いだろう。不安を感じる場合は、三人で補助して勝利に導くしかない」
「そうだな」
「それしか、良い策はないだろう」
「すまない」
登は、深々と、二人に頭を下げるのだった。新は何をしているのかと思い。簡易小屋から出て見ると、新は、皆に兵の訓練を指示していた。その様子で、三人は、安堵はするが、不安は消えないために、新には気付かれないように斥候を放つのだった。そして、時間は過ぎて昼になり。食事が済むと、新は、待ちに待っていたかの様に満面の笑みで指示を叫ぶのだ。
「砦を攻めるぞ!」
西都市の兵が歓声を上げた。
「隊列を組め!」
そして、東都市の兵は、自分の隊長に視線を向けたが何の指示もないために、新の指示の通りに従うのだった。だが、新の隣に登が居ないことで、隊の歓声や熱気は段々と萎んだ。静かになったのが最高潮だとでも思ったのだろうか、新は・・・・。
「進め!」
「新殿。待て、待つのだ。斥候の情報を得てからにしろ!」
登は、何度も叫ぶ。何で今頃と思われるだろうが、斥候を命じた者達からの情報を待っていたからなのだ。だが、新は、全ての作戦案を考えただけでなく、自分の意思で部隊の指揮をするのが初めてだったために興奮状態になり。周りの声が聞こえていなかったのだ。そんな理由が分かるはずもなく、登は追い駆け続ける。
「新殿。待て、待つのだ。斥候からの情報を伝えたいのだ。止まってくれ!」
新は、俺に続け。俺に続けと、部隊の先頭で指示を与え続けていた。最終的に何をするかとは教えていない。兵達は、不安を感じているだろうと思われるだろうが、誰も不安を感じていないのだ。新の様子が、神が定めた勝利を司る使者のように自信満々だったからだ。その自信は、神が考えた通りの勝利と言う結果が起きる。だから、何も心配する必要はないだけでなくて、まるで、全能の神のような笑みを浮かべていたのだ。
(俺の考えや思いは必ず実行される。だから、投石も弓矢が放たれることもないのだ)
だが、数分後・・・・。
「新殿~止まれ。報告では、小型の投石器が装備されているのだ!」
(俺の考えは必ず実行される。神の意思なのだ)
「投石の射程内だ。全軍は止まるのだ!」
登の叫びは、新の耳には届かなかったが、全軍の兵には届き立ち止まった。だが、新は走り続けた。すると、投石の着弾点の計測のためだろう。数個の右手こぶし位の石が飛んできた。それも、まるで、新に、神が天罰でも与えるためか、赤い感覚器官の修正の意思か、石は意思があるかのような動き方をするのだった。そして、「あっ俺の考えとは違う」と言葉を口にしたかったが、「あっ」と口にするよりも早く、一つの投石が、新の眉間に当たるのだった。その瞬間に、一瞬だけ目の前に雷の光を見たと感じると、何処の場所なのか、誰なのか分からない女性が見えた。その女性は、泉の中央で水浴び、いや、水で清めでもしているかのような真剣な表情をしていたのだ。そして、新の瞼は、段々と重く感じてきて目を瞑るのだった。
(この女性は誰だ・・・・・えっ・・あっ・・・俺は誰だ?)
先ほどまで様々な出来事や世界の中心が自分と錯覚する程まで考えた通りの事が起り続けた。それを証明するように皆も新に問い掛けるのだ。その思い上がりで、新は全能の神にでもなったと錯覚する程まで脳内は狂ってしまった。この状態では、この後の修正に影響があると、時の流れの自動修正か、左手の小指の赤い感覚器官が判断した。まるで、現代で例えるのならば、電算機器が電算機器の不具合を起こす菌にでも冒されてしまい。再起動して正常に戻す。それと同様な働きで、投石の石が必要だったとしか考えられない出来事が起きたのだった。その結果、上手い具合に投石が頭に当たり。新の記憶を消すことで、正しい赤い感覚器官の修正を開始するのだった。
(新さん?)
(何を言っているの?)
(俺は、新と言うのか?)
(何を言っているのよ。自分の名前を忘れたの?)
新はこの女性と話をしていると、何か体の中が温まるというか、幸せな気持ちが体の隅々まで広がる感じがした。もし怪我でもしていたら直ぐにでも完治すると思うほど、体の機能が活性化しているようだと感じていたのだ。
(美雪さん?)
(な~に?)
(何て言うか、嬉しくて)
(わたくしも、新さんと話ができて嬉しいわよ)
新は、突然に名前が浮かぶと問いかけてみた。すると、心をくすぐるような楽しい感じだけでなく、体中から毒気が抜けるような爽やかな感じ、いや、人として様々な思考と言うべきか、悪い欲望が消えて行き、無邪気な子供のような思いというべきだろう。心の底から幸せな感覚を感じたのだ。
第百二十章
皆が一人の男の下に駆け出した。その男は投石が頭に当たり倒れたからだった。直ぐに容態を確かめたが、よほど運が良かったのだろう。少々血は出ているが信じられないことに軽症だったのだ。だが、もしかすると内出血しているのではないかと心配したが、顔色も表情からも苦しんでいるとは思えなかった。それなのに、意識が戻らないのだが、怪我のためからというよりも、何やら楽しい夢を見ているようだったのだ。仕方がなく、新を担架に乗せて投石が届かない所まで戻るのだった。そして、もう一度、安心して治療が出来る所で容態を診た。すると、目を覚まさないのは精神的な問題だろう。おそらく、心身ともに疲れているからだろうと、診察の結果だったことで、そのまま休ませるのだった。
「心身の疲れか、それなら、何も心配する必要はないか」
「それよりも、何の夢を見ているのだろう。何か想い人と会っているような表情だ」
「勿論、村に残してきた。恋人の夢でも見ているのだろう」
登と竜二郎が、それぞれに感じたことを言っている。その通りのことだった。だが、夢ではなく直接に会っていたのだ。もう少し正確に言うのなら、細切れの映像と言葉と感覚を感じ合っていたのだった。
(ねえ)
(何ですか?)
(わたくしのこと思い出したの?)
(うん。思い出したよ。美雪さんでしょう?)
(そうよ。思い出してくれて良かったわ)
(本当?)
(本当よ。新さん。村に帰って来るわよね)
(美雪さんに会いたいから絶対に帰るよ)
(本当?)
(本当だよ)
(そう言えばねぇ)
(何々?)
(徴兵された人達がね。村に帰ってきたの)
(そうか、無事に帰れて良かった)
(それでねぇ。その人達から新さんの活躍を聞いたわよ。凄い働きをしたのだってね)
(そうかな?)
(まあ、謙遜して可愛いわ。でね、村に帰ってきた人達なんて、新さんのこと命の恩人だって言っていたわ。毎日、新さんが活躍した話題の話しよ。その話を聞いた。村長さんがね。村の英雄だって末代まで語り継がないと駄目だ。まるで、自分の孫のように喜んでいたわ)
(そうか、英雄かぁ。何か、恥ずかしいな)
(新さん。だからね。皆も村長も言っていたけど、何も気にしなくていいの。誰も、新さんが原因なんて思ってないからね)
(原因?なに?)
(村長のお子さん。猛さんのことよ。新さんが、かなり悩んでいるって、まるで、自分が原因のように苦しんでいたって、村に帰ってきた人が、皆が心配していたわ。もしかしたら、新さんは、村に帰らないかもしれない。そう皆が言っていたわ)
(・・・・・・・)
新は、段々と、当時の状況を思い出し始めた。
(ねえ、だから、何も気にしないで、お願いよ。絶対に村に帰ってきてよ)
(・・・・・・・・)
そして、新は、走馬灯のように全ての状況を見た。
(新さん。私の話を聞いている?)
「ぎゃぁああああ」
新は、全ての記憶が戻ったために狂ったように叫び声を上げ続けるのだった。
(新さん。如何したの?)
新の叫びの理由は、今まで死んだ者たちのことを思い出しただけでなく、その亡くなった者達の苦痛や死ぬ寸前の感情が体に流れ込んできた。そのことに美雪は分からない。
(きゃあああ)
だが、美雪の体にも新だけの感情が流れてきた。普段の無邪気な子供のような感情から欲望の塊のような獣としか思えない。そんな感情に変わろうとしていた。この感情の変化は、新の理性を保つために必要だったのだ。
(新さん。落ち着いて、お願いよ)
そして、赤い感覚器官の時の流れの修正するために、さらに感情を変えなければならなかった。操り人形のように自我も欲ない者に変わろうとしていた。もしかすると、三つの感情の中で最後の変化が一番恐ろしい感情なのかもしれない。勿論、また、美雪の記憶と村の記憶も全て消えるのは当然であり。名前を知る者知らない者を関係なく亡くなった人の記憶も忘れるのだ。まるで、今生まれたかのような状態であり。そして、都合よく出来たことに、生活など最低限の記憶などがあるのだった。さすがに、今の居る周囲の状況や人達の記憶はなかった。それを現代で例えるのなら未使用の新品の電算機器と同じだろう。
(新さん。私の言葉は聞こえている?)
美雪は何度も問いかけるが、携帯電話の通話が切れた。その時のように無言だった。だが、微かな囁きのような声というよりも、新の感情が・・・・・。
(美雪さんに会いたいよ)
美雪の心に届いた。
(私も新さんに会いたい)
(村に必ず戻るから待って・・・・い・・・て・・・・・)
(うん。待っているわ)
美雪は、最後の最後の新の心の思いは微かで消えそうだったが、確かに心に届いた。おそらく、この心に残る思いと新の気持ちがなければ、この泉に居ず続けて体を壊しただろう。それだけで、済まずに、新が居る場所に向っていたはず。その何と通りの未来の中から二人が結ばれる時の流れに、赤い感覚器官は修正に導いたのだった。
「ぎゃあああ」
「新殿。大丈夫か?」
「・・・・・?」
新は、自分の耳で自分の悲鳴を聞いたからか、それとも、登の叫ぶ声なのか、体に触られた感触だろうか、意識を取り戻したのだ。まるで、亡くなった者達の苦痛や感情が体に乗り移ったようだった。
「ここは、何処ですか?」
「ここは・・というか、頭に投石が当たり倒れたのだ」
「そうなんだ」
「新殿。大丈夫なのか?」
「しん・・・殿?」
竜二郎も心配するが、何かを考えているように問いかけるのだ。
「まさか、自分の名前まで忘れたのか?」
「新と言われたが、それは、自分の名前だと感じられる」
「それなら、いいが・・・痛みはまだあるか?」
「少々、まだ、痛むが、大丈夫だ」
「なら、良かった」
登、竜二郎の二人は、新の側にいるが、聖は遠慮して離れた所から様子を見るのだった。
「それで、これから、如何するかだが・・・・・新が、この状態では・・・・」
「今の状況を教えてくれないか、それに、その・・・・・・立っている人も、こちらに・・」
「聖だ。元と言うか、今もと言うか、北東都市の兵の一人だ」
新が無理な体制で視線を向けるために、三人は、それぞれ椅子を用意して近寄った。そして、今までの全てを教えるのだった。
「自分が馬鹿な考えで、戦いに向かったのか、それで、この状況なのか!」
「そういうことになるな!」
「それにしても、怪我人は、俺だけなのが救いだな。まあ、今回、いや、これからも作戦の指示はしない。それが、良いだろう」
「待て、そこまで考える必要はない。新の指揮で部隊が助かったこともあるのだからな」
「ああっ分かった。今度は、俺を止めてくれ」
「勿論、そうする考えだ」
「それでは、そろそろ、出発するか。先頭は、北東都市の我らだったな」
「ああっ頼む」
「次の隊は、当初では、新と徴兵隊だったが、先ほどの投石の恐怖から気持ちが落ち着いていないだろう。東都市の俺達が行こう」
登は、聖の作戦の成功を祈った。そして、竜二郎が席を立つのだった。
「すまない」
「気にするな。騎馬隊でも弓は打てる。だが、後方からの援護攻撃を頼むぞ」
「分かっている。それは任せろ」
新と登は、安心させようとしたのか、それとも、意気込みだろうか、力強く返事を返すのだった。その様子を見て安堵したのだろうか、即座に、出陣のために簡易小屋から出て行った。
「全ての北東都市の兵よ。出陣するぞ!」
第一陣の北東都市は部隊行進を開始した。それも、部隊の先頭に旗手が高々と遠くに見せるだけでなく、誇らしげに旗をなびかせて進むのだった。
「進め!」
聖は、新が投石に遭った場所で叫びを上げた。もしかすると、部下が恐怖を感じて止まるとでも思ったのだろう。だが、誰一人として躊躇う者がいないまま、その場所を通り過ぎると、第二陣の東都市の騎馬隊が動いた。それなのに、砦からは何の攻撃がないのだ。もしかすると、後ろにいる東都市の騎馬隊が無理やりに北東都市の兵を動かしている。そう思っているのかもしれない。これでは、投石などの攻撃した場合は、同胞の人体が盾と利用される。それで、躊躇っているのかもしれない。それとも、本当に、北東都市の旗に向って攻撃ができないのかもしれない。その、二通りの判断があるが、攻撃が出来ないのは確かだろう。だが、そんなことは、誰も考えていなかった。予定の通りに、北東都市、東都市、西都市の四人の指揮官は行進し続け、騎馬隊の簡易的な弓矢の射程に入ると、弓を放つのだった。だが、砦からの応戦はなかった。そのまま第ニ射、第三射と弓矢が放ち続けられた。そして、行進が停止すると、西都市の兵は地面に座り。足の力で放つ強力な弓矢の嵐が始まるのだった。第何射目だろうか、放ち終わると・・・・・。
「書簡か?」
一本の矢が飛んできたが、書簡が付けられていたために重くて、はっきりと見る事ができた。そして、矢は、旗手の手前の地面に突き刺さるのだった。直ぐに地面から抜かれて聖の元に届けられた。
「同胞を人質にするだけでなく、人を盾に利用するなどせずに正々堂々と戦え。だと、何を言っているのだ!」
やはり、二通りの考えなど考えていなかったことが証明された。
「直ぐに返信だ。内容は、旗の下に投降するか、砦で死ぬか好きにしろ。そう書いて弓矢で放ってやれ」
そう叫ぶ声が、三人の指揮官たちにも聞こえたからだろう。それぞれが、攻撃の停止の命令と同時だったのだ。何が書かれていたのかと、三人の指揮官たちは、聖の元に集まった。そして、書簡を読むのだった。
「意味が分からないが、様子を見るか?」
登は頭を傾げた。
「待つのはいいが、返信した後のほうが良くはないか?」
「そうだな。直ぐに返信の矢を放て!」
聖が部下に命令をした。その書簡の内容が内容だったことで直ぐに返信が来るのだった。
「直ぐに砦から出てくるそうだ」
「そうなのか、分かった。それでは、待とう」
「済まない」
「気にするな。戦いにならなくて良かったではないか」
登は、何も支障もなく終わる安堵からだろう。聖の肩を叩きながら笑うのだった。だが、待つ時間としては、そろそろ、苦痛を感じる頃に砦の扉が開かれた。
「やっと出てきたな。何か揉めたのだろうか?」
「登殿。戦いの構えだけでも準備した方が良いぞ」
「そうだな」
新に言われて、登は、手の仕草で何時でも戦えるように構えの指示をした。その様子を砦から出てきた者たちは察すると、両手を上に上げて近寄るのだった。そして、旗手の前に来ると、地面に膝をつけて従う礼儀をするのだった。
「これで、全てなのか?」
「いや、若い者達は、古臭い仕来りには縛られるのは嫌らしい」
「ほう、それで、砦から出るのに時間が掛かったのだな!」
「はい。そうです」
「それで、砦に立て篭もるのか?」
「いや、良い機会だとかで、放浪の旅に出るらしい。だから、許してくれないだろうか」
頼んでいるはずの者が、なぜか、突然に立ち上がった。直ぐに、何が起きたのかと・・・。
「構え!」
新は、即、部隊に指示を下した。すると、立ち上がることが予定の行動だったのだろう。一瞬では数えられない程の者達が砦から出てきたのだ。そして、新たちが居る方とは逆に走り去った。
「待ってくれ。まだ、若い者達なのだ。許してくれ。頼む」
再度、深々と、先ほどよりも丁寧にゆっくりと、従う礼儀をするのだった。おそらく、この様子が正しい礼儀なのだろう。
「今逃げて行った者達の旗の家紋。それは、お前の服にあるのと同じだな。忘れないぞ。二度目はないからな!」
その年配の男は、一度、登の顔を見た。その後、無言で深々と頭を下げるのだった。
第百二十一章
砦から出た者達の思いは、この地で最終決戦をする考えだった。その考えで周囲に何もない中心に砦を築きあげた。予定では、砦の周囲に陣を置く考えだった。勿論、その考えは、先に、新と登達が攻め落とした。砦の者達の考えなのだったとされている。正確に言うのなら、その指揮官から提案されたのだ。ある元領主が、北東都市の一つの旗を用意する手はずだったのだ。そして、待ちに待って、確かに、旗がなびいたのは見たのだが、驚くことに、敵都市の旗を見ると同時に、数え切れない程の弓の矢の嵐に遭い。失敗したと悟ったが、偽物の可能性もあり。まだ、降伏するには早いと感じて、老人など、戦いに適さない者たちだけを投降させたのだ。その考えは、登、新、竜二郎、聖も分かってのことだった。それならば、と・・。
「この砦に居た者達の考えを利用しても良いだろうか?」
聖が、三人に問いかけた。
「だが、危険ではないだろうか」
「確かに、西都市を攻めに来た。あの全ての軍が、この地に集結しては抑えきれないぞ」
「おそらく、集まるとしても半分くらいだろう」
「それでも、防ぎようがない。このまま同じように砦を攻めた方が良いと思うが・・・・」
竜二郎が、心配そうに問いかけた。すると・・・・。
「いや、この地に集めた方が良いかもしれない。所々で、旗を奪回しようとして、奇襲される心配がある」
新が考えを述べた。
「新殿。それは、真か?」
「おそらく、先ほど砦から逃げた者が仲間を集めて奪回の可能性はある」
「だが、それでは、この地に北東都市の残党を集めると危険ではないか?」
「それは、大丈夫だろう。この地に集めて無駄だと諦めさせれば良いだろう。勿論、聖殿は、説得させる気持ちなのだろう?」
「あっああ、今さら、この地の西都市、東都市の軍を蹴散らせても、それに、再度、大部隊で西都市を攻めて勝ったとしても、皆が担ぐ神輿が居なければ纏まることが出来ない。それが、分からない者達も、この地で集まった状況を知れば諦めるはずだ。勿論、わしが皆を説得する。だが、西都市、東都市の軍は、砦から出ないで欲しい。砦から出るのは危険だ。それに・・・」
「それは、分かっている。説得などの会話など聞きたくもない。間違いなく、我らの悪口だろうからな」
「すまない」
「きにするな。砦の中で寛がしてもらうよ。新殿、竜二郎殿。それで、良いか?」
「あっああ、問題はない」
「構わん。勿論、西都市、東都市の旗も掲げるのだろう」
「勿論だ。それでは、失礼する。あっ砦の様子を確かめた後、直ぐに使いを送る。それから、砦に入ってくれ」
「ああっ分かった」
登は答えた。竜二郎と新は頷くことで返事を返すのだった。その様子を最後まで見る必要がないと感じたのだろう。聖は、簡易小屋から出て砦に向うのだ。そして、驚くのだ。
「これは、簡易な砦ではないぞ!」
塀に隠れて見えなかったのだ。正門から入ると、その中には、百馬は入りそうな馬小屋があり。この建物だけでも、前の村の砦の規模よりも上だった。
「・・・・・・」
部下達は、規模が大きく驚くのだ。
「何か、嫌な感じがする。建物の中に仕掛けがないか確かめろ。それと、登達を呼ぶのだ!」
「承知しました」
現代で例えるなら三十分くらいの時間の後に、部下が調べた報告を聞くのだ。その建物は、二階建てになっており、二階には十室の部屋があった。一階には、大部屋と食堂などがあり。おそらく、二階は仕官部屋で、一階の大広間に一般兵が雑魚寝するのだろう。その他にも必要な最低限の施設があるのだが、驚くことに広い温泉もあったのだ。
「何の仕掛けも見つかりませんでした。もしかすると、この建物は砦ではなく、保養所ではないでしょうか、自分は、そう思います」
「分かった。それと、この建物に居た者達から誰の所有物だったか調べくれ」
「承知しました」
何人かの者達は、聖の指示を実行するために方々に散るのだった。その様子を見た。登と新に竜二郎が声を掛けてきた。
「緊急な要件がある。と言われたが、何が遭ったのだ?」
登が、三人の代表のように問い掛けるのだった。
「この建物を見たら分かると思うが簡易的な作りでないだろう。西都市を攻める前から用意されていたのだとしたら、何か不吉な予感がするのだが、どうだろうか?」
「確かに、不審に思う。だが、報告を聞いていたが、保養所なら問題はないと思うぞ。その用件だったのか?」
「そうだ」
「たしかに、誰の持ち物か、それが、心配だ!」
「もし、北東都市の者だった場合は・・・それも、貴族の持ち物なら・・・・まあ、ありえないか、少し心配のしすぎなのか」
「北東都市の領地以外の場所に建てることは、まず、ありえないだろう」
「むっむう。考え過ぎではないのか?」
「そうだな。新殿の言う通りだな。それよりも、我が放った無数の矢を片付け、温泉など入って寛ぎたいのだが、宜しいだろうか」
「そうしてくれて構わない。何か変なことを言ってすまない。だが、今の件も不審を感じる。調べるのは続けさせてもらっても構わんか?」
「あっああ、不審を感じるのは、たしかだ。それが良いだろう」
「それでは、俺達は、失礼するぞ」
登、竜二郎は、自分の部下に無数の矢の片付けの指示を下した。新は、何かを感じたのか、正門の方を見続けるのだった。その先には、聖の部下達が向った先でもあり、塀の向こうには、この建物に居た者達が待機を命じられていたのだ。
「どうした?」
「あっ・・・聖殿」
「何です?」
「部下が来たようだぞ。報告を一緒に聞いても良いだろうか?」
「そうだな。知らせを受けて、又、来るよりも。この場で聞いた方が良いかもしれない」
聖が心配する気持ちと、新の変な気持ちが伝わったのだろう。登と竜二郎も部下に指示をしながら知らせの内容を聞いていた。だが、誰の所有物か分からない。自分達が来たときは、建物はあったが塀はなく誰一人としていなかった。それで、砦と使うために塀を築いた。そう言う報告だったのだ。
「考えすぎのようだったな」
「そうだな」
「そろそろ、矢の片づけが終わるようだ。後は、聖殿に任せて中に入らないか?」
竜二郎が提案した。だが、新と登は失礼だろうと視線を向けるが、同じように正門の方に視線を向けることで返事を返すのだ。その先を見ると、旗を見て書簡を持参したと思える。数人の男達の様子を知らせたのだ。
「構いませんよ。ゆっくり寛いでください」
「あっああ、そうさせて頂くよ」
三人は、正門の様子など気がついていない振りをして砦の中に入るのに向うのだった。
「何をしている。お前らも早く来い!」
自分達の部下が戸惑っている様子を見て手を振って招いたのだ。
「はい。隊長殿。背中を流させて頂きます」
北東都市の兵だけになると、聖は部下に指示をするのだ。それは、正門にいる者達を呼べと、それなのに、馬小屋の方に歩き出すのだ。すると、馬どもは、人が居ないことで楽しんでいたのに、不満なのか、怯えているのか、まるで、人たちが囁くような感じで鳴くのだった。もしかすると、この鳴き声で会話を消そうと考えたのだろう。それだけでなくて、誰かが様子を伺う者が来た場合に、警報機の代用にしようと考えたに違いない。それに、使いの者達の馬を小屋に入れるのも楽だったこともあったのだ。
「我が主から書簡を託されました」
馬を聖の部下に託すと、懐から書簡を出して、聖に手渡した。その内容は予想されていた通りの内容だった。それは、この近くに隠れている。西都市、東都市の旗と共に掲げられているが、捕虜になったのか、と、手助けが欲しいのか、それとも、何か意味があるのかと、どのような内容でも旗を持つ者に従う。そう言う内容だった。
「馬鹿な者達が、村を占領して領地だと名乗る者達がいる。その村の開放のために行動を起こした。その様に直ぐに戻って伝えてくれ」
「承知しました」
「たしかに、急ぐことは急ぐことなのだが、少し疲れを取ってからでも構わん」
「あっ済まない。その気持ちに感謝する」
「いや、構わない。ゆっくり疲れを取ってくれ。勿論、食事もある。食べても構わんぞ」
聖は、使いの者達の様子を見るのだった。特に、食事を摂る姿を見るのだ。その様子で部隊の食料の状況を確かめる目的だった。もし、困窮しているのなら直ぐに来るようにと伝える気持ちだったのだ。
「それでは、書簡の返事を書いて来よう」
聖は、部下達に指示を下すと、この場から立ち去った。すると、使いの者達は、食堂に案内されて食べるのだった。その様子を陰から見たのだが、聖の考えの通りに、使いに来た者達は困窮していると思われる様子を表したのだ。
「やはり、直ぐにでも、この地に来てもらうしかないか、これ以上、困窮すれば村や商人の部隊を襲いかねない」
独り言を呟きながら二階に上がるのだった。その一つの部屋は、元部隊長の部屋なのか、書斎のように一通りの物品が用意されてあった。それに、簡易的な書簡の返事を書く気持ちでなく、ゆっくりと、一人で考えて書きたかったこともあり。その部屋を利用しようと考えたのだ。
「ふっうぅ。終わった」
書簡の返事を書き終えると、体の疲れを解そうとしたのだろう。大きく背を伸ばすと同時に大きな欠伸をした。すると、扉を叩く音がしたのだ。返事するよりも部屋から出る所だったこともあり、書簡を手に持って扉を開けるのだった。
「どうしたのだ?」
「それが、田畑子爵が戻ってきたのですが、兵や荷馬車などを引き連れて現れたのです」
「あっああ、そのことか、待っていたことなのだ。構わんぞ?」
「それが、砦の中に入れろ。と騒いでいるのです」
「入れてもよかったのだぞ」
「ですが、大群だったので、砦の中にいる西都市、東都市の者達が恐怖を感じて開けなかったのです。もし、門を開けたら全ての者が入ると思ったので・・・・」
「分かった。田畑殿の話を聞こう。今は、何処にいるのだ?」
「正門を叩いています」
「分かった。それと、この書簡を使いの者達に渡してくれ。出発する時間は疲れを取ってからでも構わない。と、この言葉を伝えて欲しい」
「承知しました」
全ての書簡を手渡すと、正門に向うのだった。そして、小窓から顔を出して話を掛けた。
「田畑殿。待っていたぞ」
「聖殿。なぜ、入れてくれないのだ?」
「全ての者は入らないだろう。それに、我ら北東都市の部隊は、西都市、東都市の指揮下にある。それは、前にあった時に分かっているはずだ。今の軍勢では、恐怖をあたえる可能性がる。だが、砦に入るなら上級指揮官だけ、勿論、武器の携帯は認めない。それが嫌なら砦の中に入れられないぞ」
「むっむむ、待っていろ。直ぐに来る!」
真っ赤な顔して怒りを我慢しているのだろう。だが、直ぐに返答ができずに、仕方なく伯爵に伺いに向った。それは、自分の評価を下げることだった。暫くの間、聖は待ったのだが、誰も来ないので立ち去ろう。と、した時だった。
「砦の中に入らなくても構わん。だが、物資は、どうするのだ。まさか、物資は中に入れろ。そうは言わないだろう?」
「西都市、東都市の者達には必要はないだろう。だが、物資があるのなら、これから集う北東都市の者達に与えて欲しい」
「むっむむ、分かった」
自分が考えていた内容とは違ったのだろう。また、真っ赤な顔をして立ち去るのだ。それから、少しの時間後に部隊の移動が始まった。まるで、正門を塞ぐように扇の様な陣の形だった。そして、正門の前には、少し大きな簡易な小屋を建てた。おそらく、伯爵の小屋だろう。その周りには、上級仕官たちの数個の小屋も置かれた。他の一般の兵たちは簡易な布で出来た敷物の上で体を休めるのだ。この状態では、旗の主は伯爵だと勘違いするだろう。だが、書簡を読むことは出来ないはずだ。もしかすると、書簡は渡すが、自分に都合の悪い者達は、適当な理由をつけて、聖に合わせない目的なのかもしれなかった。
「聖隊長。この陣の置き方は、誰も砦に入れない考えでしょうか?」
「それは、ないだろう。何も心配するな。だが、俺の許可した者意外は入れるなよ。それは守れ。後は、適当な時間に交代して休んでも構わんからな」
「承知しました」
聖の部下達も今の話を聞いたことで、安心して交代で休憩を取るのだ。
「交代の時間だぞ。ゆっくりして来い」
「ああっすまない」
そして、夕方になる頃だった。決して、適当な監視していたのではなかったのだが、扇の陣の向こうまで見ることが出来なかったのだから仕方がなかった。先ほどの倍以上の兵が集まりだしたのだ。その状態が分かるのは、明日の朝一での大量の書簡が届くことで分かることだった。
第百二十二章
朝、昼、夜など関係なく地面から少しずつ水が湧き続けて低い地に溜まるように、人の流れが少しずつ二人、六人、何十人、何百人と、ある場所に集まるのだった。そのある場所の中心が砦なのだが、その手前の扇のような形の陣に集まり、段々と、円のような陣に変わりだした。この状況に、まだ、砦の者達は気がついていなかった。それでも・・・。
「何だ。こんなに朝早く、何の用なのだ!」
砦の正門の扉を人が叩く音が響くのだ。
書簡を届けにきた。
「むむっむ。少々待て」
「・・・・・」
五人の男が、両手で抱えられるほどの書簡を持っていた。それを見て、直ぐに開けようとしたのだが、一瞬、この場の者達が視線を送りあった。もしかすると、この者達は、今時の子供でも考えない。扉を開けさせる作戦なのかと、思案するのだった。だが、答えが出るはずもなく、聖に知らせて判断を仰ぐしかなかった。数分くらい過ぎると・・・・。
「自分達では判断が出来ないとは、如何いうことだ!」
聖の怒声で部下達は、恐る恐ると、小窓を指差すのだ。
「ほうほう」
「聖殿ですね。書簡をお持ちしました」
小窓から聖の顔を見ると、ほっとしたかのように話を掛けるのだった。
「重かっただろう。済まなかった」
「いいえ。それで、書簡は、何処に持って行きましょうか?」
男達に労いの言葉を掛けた。そして、直ぐに部下に視線を向けた。その視線は、早く書簡を受け取れ、という指示なのだった。
「はっ・・あっ承知しました」
「その書簡は、自分達が受け取ります」
大量の書簡を受け取ることで戸惑い。その指示を仰ぐために視線を向けた。
「二階の書斎と利用している。あの部屋に運んでおいてくれ」
聖は、部下には適当に相対した後に、書簡を持ってきた者達を引き止めるのだった。勿論、書簡の内容ではない。内容など想像が出来ていたのだ。それよりも、砦の外のことを心配していたのだ。あれ程の書簡の数では相当な人数が集まっているはず。そして、問題は、何を期待して旗の下に来たのか、その大体の予報が分からなければ、書簡の返事が書けないからだった。だが、問いかけると、自分達は、島畑伯爵の部下で、書簡を持参した者達のことなど知らないと言うのだ。仕方なく、咄嗟の思いつきで・・・・・。
「島畑伯爵に伝言を頼みたい」
「何でしょうか?」
「酒宴を催したいのだ。そのことで話がしたい。そう伝えて欲しい」
「はい。あっそれでしたら共に来られますか?」
「ん・・・そうだな。行こう」
聖は、即答されたことで、自分が言わなくても、何か理由を付けて連れて来ることを命じられたのだろう。そう感じたのだ。それで、新と登と竜二郎に無言で消えるのは不味いと感じて、部下に視線を向けた。
「新殿たちに、島畑伯爵と酒宴の打ち合わせに行くと、そう伝えてくれないか」
「承知しました」
「済まない。それでは、行こうか」
聖は、男達に謝罪をするのだが、無言で頷くだけで歩き出し正門から出て行くのだった。直ぐに伯爵がいるだろう。その建物は見えていたので中に入ろうとすると、なぜか、引き止められたのだ。そして、一人の男だけが中に入り直ぐに出てきた。すると、慇懃無礼な態度で中に入るように勧められた。直ぐに中に入ろうとしたのだが、少々気分も悪かったのもあるが、このままの雰囲気の流れでは、相手に主導権を握られる。そう思ったのだろう。簡易な小屋の中で会話をしていたとしても聞こえる程の声量で、自分の名前を名乗りながら中に入ったのだ。
「聖殿。何年かぶりにお会いできた。元気そうでよかった」
聖の考えと違って、中に居たのは伯爵だけだった。それも席から立ち上がり握手を求められたのだ。喜んで握手を返す程の仲ではなかったが、最低の礼儀だと感じて握り返すのだった。直ぐに手を離すが、気分を壊すこともなく、向かいの椅子に腰掛けることを勧められたので座るのだった。
「伯爵も元気そうでよかった。あっそうだった。旗の下に集ってくれたのに、挨拶が遅れて済まなかった。許して欲しい」
挨拶するのだが、本当の礼儀なら席に座る前にするのが普通だった。それをしなかったのは、旗を所持する者に対して、子爵に代理で挨拶を済まされたからだった。
「何も気にする必要はないのだ。聖殿は旗を所持する者、わしは部下になるのだからな」
「・・・・・」
何か棘がある言い方をされて、直ぐに言葉を返すことが出来なかった。
「それで、何か相談したいことある。そう聞いたのだが・・・・何だろうか?」
「まだ、書簡を読んではいないが、何を思って集ったか、その思いを知りたいのだ」
「思いです・・・・と?」
「何と言うべきか、再度の西都市の戦いか、周辺の村の占領などだ」
「それは、ないだろう」
伯爵は即答した。だが、登は、その答えに不満というか、なぜ、即答なのかと不審を感じたのだ。それは、当然だろう。この砦に居た者達は、旗を自分達の欲望のために利用しようとしたのだからだ。そのことを話題にしてみるか悩むのだ。
「う~む、だが、この砦に居た者たちは、旗を欲望のために利用しようとしたのだぞ」
「そのことか」
「ああっそうだろう。地位も名誉も領地も全て無くしたのだぞ。だから、取り戻したいと思っているのではないか、それが、心配なのだ!」
「それで、酒の力で、と言うか、酔わせて思いを聞き出す。そう言うことか」
「それもあるが、都市に残してきた家族の様子も知りたいのではないか、それも、伝えたかったのだ」
「そうか」
「皆と同様に伯爵も家族を都市に残してきたのだろう」
「わしは、家族が居ないのだ。天涯孤独なのだが、褒美として家名を頂いたのだ。それはだ。まあ、伯爵家と北東都市の主の名誉にも関係あるために詳しくは言えない」
「まあ、それなら何も聞かないが、他の者達は心配しているだろう」
聖は、気がついていないが、伯爵の家名の襲名が、今回の西都市を攻めた重大な原因なのだった。そのことを聖が想像もできるはずもなかった。
「ああっ家族は大事だな。皆も心配しているだろう」
「そうだろう」
「酒宴のことは任せてくれ。そちらは、酒などの物資もないだろうし、それに、酒宴の参加するように伝えに行くのも面倒だろう。皆に話を伝えよう。それに、用意の準備も、こちらでする。今日の夜でもいいのだろう」
「ああっ夜が良いだろう」
「それに、爵位がある者だけ砦に招待して、一般兵は、外で適当に飲み食いさせるぞ」
「それで、構わない。よろしく頼む」
「聖殿。だが、書簡の返事は、酒宴の前までに頼むぞ。それと、砦の門番には、酒宴の準備をするために出入りの知らせは伝えておくてくれないと困るぞ」
「分かった」
聖が退席しようとしたのを伯爵は引き止めた。
「昼までには届けさせる」
「分かった。後は、任せてくれ」
「すまない。それでは、失礼するぞ」
聖は、簡易な小屋から出て砦に帰った。
「ご苦労様です。聖隊長」
「ああっご苦労だった」
「聖隊長。待ってください」
「何だ?」
「登隊長が、聖隊長に話がある。そう言っておりました」
「そうなのか、だが、書簡の返事を書かなければならない。急ぎの用事なら部屋に来てくれないか、と、登殿に伝えに言ってくれないか」
「承知しました」
そう言った後に、部下が走り出すと、二階の書斎に向うのだった。しばらく、夢中で書簡を読み、その返事を書いていると、扉を叩く音がした。
「聖殿。良いだろうか?」
「構わんぞ。中に入ってくれ」
「何を考えているのだ!」
登は、怒りを表しながら室内に入ったのだ。
「意味が分からんぞ。何があったというのだ?」
「何が、だと、一人で酒宴の交渉に行っただろう」
「そうだが、なぜ、そんなに、怒ることか?」
「砦の中では、騒ぎになっているぞ」
「なぜだ!?」
「分からんのか!」
「ああっ分からん!」
掴み合いでもなるのではないか、そんな雰囲気だった。
「それは、砦の中の者たちを見捨て、外の北東都市の兵と手を結び、北東都市を取り戻して王政復古する考えだと、そして、旗を持つことをよいことにして、摂政となり。北東都市を支配するはずだと、そう皆が思っているのだ!」
「何を馬鹿なことを言っているのだ。そんなことをするか!」
「だから、なぜ、一人で行ったのだ」
「特に意味はない。だが、どうしても意味を付けろ。そう言うのならば、雰囲気を確かめたかったのだ」
「雰囲気?」
「そうだ。皆は、当てもなく困窮のまま逃げ続けたはずだ。この場に来た者たちの目的は名誉の戦死だけだと、俺は、そう思っていたのだ。だが、陣の雰囲気は、西都市を攻めた時のような未来を欲する欲望だけを感じたのだ」
「それは、伯爵の陣だけではないのか」
「いや、遠めから見ただけでも、名誉の戦死だけを考えている様子ではなかった。だがら、登殿に呼ばれたのは分かっていたが、書簡を見たかったのだ。どんな思いなのか・・・」
「それで・・・・」
「今まで書簡を読んでいたが、名誉の戦死しか考えてない内容なのだ」
「・・・・・」
「登殿・・・・・変だろう」
登が思案しているようだったので、言葉を待っていたが、我慢が出来ずに問いかけた。
「変だ」
「もしかすると、伯爵の本心は我らと違い。何か別の考えでもあるのではないだろうか?」
「別とは?」
「分からない」
「だが、我々には分からんが、旗の意味に従うのは、人生の目的であり。最高の名誉なのだろう。違うのか?」
「確かに、そうなのだが・・・・・」
「まあ、酒宴を開くのは決定されたことなのだろう。その席で、皆の気持ちを確かめたら良いと思うぞ。聖殿も分かるだろうが、名誉の戦死しか考えてない者は、酒宴の席でも感じ取れるだろうし、これからのことを相談されるかもしれない」
「そうだな」
「だが、村を占領した。一部隊や二部隊。その程度の戦いで名誉の戦死ほどの戦いにはならない。と思うのだが・・・・・違うか?」
「確かに、戦いらしい戦いにはならないだろう。だから、酒宴の席で、いや、村を占領した者達にも、呼びかける気持ちだったのだ。西都市のように警備隊として残りの人生を生きないか、と問いかけたいのだ!」
「う~む。そうなのか、俺からは、何も言えない。貴族の気持ちも分からない。だが、上手く行くように祈っているし、何か出来ることがあるなら協力をしよう」
「すまない。感謝する」
「ああっ気にするな。あっそれと、一人で伯爵と交渉しに行ったのは、誰にも頭を下げる姿を見られたくなかった。そう言うことにするぞ」
「頼む」
「全ての書簡を読むのだろう」
「ああっ・・・」
「俺は邪魔だろう。それだから・・・行くぞ」
聖は、書簡に夢中になり。登の言葉も耳に入らないようだった。それで、言葉を続けるが、それは、扉を閉めながらのことで退室の礼儀のような感じだった。そして、登は、朝食の時に、酒宴の開催と、皆が考えているような不安は無い。と安心させるのだった。だが、その時に、一階の大広間は、招待客の酒宴に使うことになる。様々な物の移動と、一般の兵は、砦の中だが建物の外で好きに楽しめ。と、伝えたのだ。そして、朝食が終わり片づけをしていると、伯爵の部下達が、酒宴の準備のために現れたのだ。初めの間は、様子を見ていたが、自分達の酒宴の準備だと言うこともあり。一人、二人と手伝い始めた。すると、言葉を掛けられるのは当然で、砦の者達も言葉を掛けるのだった。そうなると、自然と会話が弾み。お互いの不審は消えるのだった。
「こんなに、酒や料理など持ってきて、お前らの分はあるのか?」
「もしかして、お前らは、まさか、酒宴はしないのか?」
「俺達もする。まだまだ、物資は豊富にある何もきにするな」
砦の者たちは、今の状態で豊富にある物資に驚き、そして、伯爵のことを考えるのだ。
第百二十三章
砦の周りには、時が過ぎると同時に人が集り続けた。それと同時に書簡も増えるのは当然で、その対応をする者も数が多いから適当になってきたのか、それとも、予定の人数は確保できたからだろうか、その判断は分からない。だが、たしかに、人の思いは、それぞれあるが、大まかに分けるとすると、二種類の者たちが居た。それは、思惑だろう。旗の下に使命感を感じて参じて来た者なら対応も真剣になるが、自分の欲望や褒美の話しをする者には適当にしたくなる気持ちも分かる。そんな対応の合間に、いや、この男の表情を見ると、合間の方が重要な用件だと思えた。
「伯爵様。このままだと、全ての物資が無くなりますぞ。宜しいのですか?」
「夕方の酒宴の時に全てを食しても構わんぞ」
「ですが、次の補給が届く日が分かりません。その時まで間に合うか・・・」
「そんなこと、気にする必要がないぞ」
「承知しました」
「砦の方は、物資の三割ほど持ち込んどけ、それくらいで間に合うだろう。他の残りは、この陣だけでなく、集ってきた者達にも好きに飲み食いさせても構わんからな」
今まで伯爵の手配で済ましていたことで、また、同様に手配してあると思い。それ以上は、何も言わなかった。だが、心配する気持ちはあった。まるで、今日が人生の最後とでも言うほどの出し惜しみをしなかったからだ。
「あっ・・・承知しました」
主に不審を感じたままだったが何も言わずに頷くのだった。
「頼むぞ」
伯爵の指示の通りに、砦の中に居る人数では十二分と感じる程まで酒と食料を運び入れた。勿論、残りは砦の外の者たちの炊き出しなどで振舞ったが、それでも、これからの酒宴を催しても余るほどだった。そんな中には、酒を飲ませ。と言う者もいるが、それは、さすがに、酒は、酒宴の開始からとの指示もあり。酒宴の用意だけで飲ませることはしなかった。勝手に開けようとする者もいたので厳しい態度をとったのだ。だが、一箇所に集っているのではなく、仲間同士で点々と纏まっているので、用意した酒などを遠くから見られるから酒宴まで飲まないように監視はできるのだが、そのかわり、皆に配る炊き出しを分け与えるのが面倒だった。それでも、遠くに居る者たちは、炊き出しを頬張る程まで困窮していないのだろう。それが、少しの救いだった。だが、もしかすると、やせ我慢をしているのでは、そう感じる場合もあるのだ。なぜかと言うと、旗の下に使命を感じて集ってきたと、少々軍人らしい叫ぶような感じの者たちが多いからだった。それでも、自分達の簡易小屋に戻る際に、酒宴と聞いたからだろう。酒宴の準備している酒樽を見て、少々表情を崩すのだから酒宴には参加するだろう。などと、していると、そろそろ、正午が過ぎようとしていた。
「島畑伯爵に書簡を渡したいのだが、会えるだろうか?」
「少々お待ちください。伯爵様にお伝いしてきます」
聖は、数人の部下に書簡を持たせて、伯爵の陣に表れた。辺りでは酒宴の準備をしていた。その中の一人に声を掛けたのだ。すると、その者は直接の上官に視線を向けると、頷き返されたのだ。それは、伯爵に伝えに行け。そう言う意味だった。直ぐに男は駆け出した。その後ろ姿を見送るが、何かに興味を感じたのだろうか、辺りに視線を向けるのだ。そして、見渡す全ての者が、旗の下に集った人数なのだと感じて驚くのだ。
「こんなに、集ったのか!」
「聖殿。どうされました?」
「ん?」
まるで、数を数えていたために言葉が聞こえなかったようだった。そして、二度、同じ事を言うと、男に気がついた。
「伯爵様がお会いするそうです」
「あっああ、済まなかった。あっ・・・後は、自分達だけで行くから構わんぞ。気にせずに仕事を続けてくれ」
「それでは、失礼します」
男は、上官の所に向かい。用事が済んだと伝えたようだった。それ以上は、男から視線を外し、伯爵が居る簡易小屋に向った。すると、二人の立ち番と目が合ったことで頭を下げるのだった。
「聖殿。伯爵様は中でお待ちしております」
「さあ、中にお入りください。どうぞ・・・・あっお待ち下さい。お一人だけで中に、書簡は、こちらでお預かりします」
一人の男が、簡易小屋の中に入れるようにと、垂れ幕を開いた。すると、数人の部下も中に入ろうとしたので引き止めたのだ。
「すまない」
「予定通りの時間だな、それで、書簡を読んだ感想は、どうでしたかな?」
「ほとんどの書簡が、貴族としては有るまじき行為だと憤慨する内容が多かった。それ以外の書簡でも、真剣に村を救う気持ちを感じました」
「ほうほう、そうだったか、それは、良かった」
まるで、何も知らない感じで驚くが、集った者から書簡を渡される時の様子で、不順な動機の者が多かったはず。その話題が出ないのは書簡を抜き取ったのだろうか?」
「はい。この者達となら、間違いなく村の救出は成功するはず」
「あっそうそう、旗の下に集う者が少ないと思って知人を呼んでいたのだ。その者達には酒宴の時にでも紹介しよう」
何か、口に出来ない考えがあるかのような表情を浮かべるのだ。おそらく、自分の欲望だけを考えて集った者たちのことだろう。それを正直に言わないのは、何か考えがある。そう感じるのだった。
「感謝する」
「気にするな。そうそう、まだまだ、集って来る者はいる。その書簡はまだあるぞ。砦に帰る時にでも持って行くと良いだろう」
「そうする。宴会の時までには、書簡の返事を用意する気持ちだ」
「ああっ酒宴か、だな、あっ開始は、夕日が沈んだらとしよう。そう皆に知らせておく。その時間までゆっくりと書簡を読むのだな。勿論、酒宴の用意は、こちらでする安心すると良いぞ」
「何から何まで心底から感謝する」
「まあ、そんなに、気にする必要などせずに、早く書簡を持って読むと良い」
「そうする、酒宴の時に、また会おう。その時は、楽しく飲もうではないか!」
「あっああ、そうだな」
「それでは、失礼する」
聖は、簡素の礼儀をした。その理由は、時間が惜しいからだろうか、それとも、親しい友とでも思ったのか、いや、その両方だろう。伯爵の気持ちを確かめることをせずに、簡易小屋から出るのだった。外では、連れてきた部下が書簡を両手で抱えて待っていた。
「待たせたな。それでは、帰るぞ」
部下に労いの言葉を掛けると、砦の方向に向うのだった。すると、門の開閉の音がした。おそらく、砦の正門だろう。もう少し近づくと、荷馬車の列が並んでいた。何をしているかと、一瞬、怒りを感じたが、積んでいる物が分かるとしても、一台毎に確認してから通せ。そう自分が指示をしたのを思い出したのだった。その様子を見ながら砦に入ると、直ぐに、書斎に閉じこもり酒宴が始まるまで出ることはなかった。
その頃、新、登、竜二郎は、以前に、新と約束したことを実行していた。
「部下が済んだ後は本当に寛げる」
「そうか、俺は違うぞ。後だと、何かと気を使わせるのではないかと、初めに済ませることにしているぞ」
何をしているかと言うと、温泉に入っているのだ。
「それにしても、新殿は、静かだが、まさか、のぼせたのではないだろうなぁ」
「いや、それはない」
「だが、あれ程に温泉に入りたいと、言っていたではないか」
「そうだが、新殿のために訂正するが、それは、記憶が無くなる前だ」
「あっそうだったな。それにしても、無言だが本当に大丈夫なのか?」
「今の新殿の状態の場合は、好きにさせておくのがいい」
「そうなのか?」
「ああっ間違いなく、これから先の事を考えているはずだ」
登の思っていた通りに、新は、運命の泉の効果で、美雪との感情と感覚が接続しようとしていたのだ。まるで、旧型の無線を手動で調整するような状態だったのだ。
「この時間なら一日の疲れを取っているかも、そう思ってね」
新は、途切れ途切れだが、美雪の話を聞いていた。
「でも、お父さん。お母さんを誤魔化すのを大変だったのよ。あっ」
まるで、手動調整の途中で一瞬だけ言葉が聞こえたことで嬉しい気持ちと同じだ。いや、それが、新の言葉だと感じたのなら天に昇る気持ちのはずだ。
「誰だ?」
「もう美雪よ」
「・・・・・・・」
新は、記憶が無いのだから名前を言われても分かるはずもなかった。だが、何て答えていいかと、悩んだ。
「新さんよね。何も言わないけど、どうしたの?」
「ああっ何でもないぞ。それよりも、何か遭ったのか?」
「何もないわよ。でも、本当にもう~本気なの、用事がないと駄目なの?」
「そうではないが、まあ、心配しただけだ」
二人の感情の調整が完了した。そのためにお互いの話が途切れることなく通じたのだ。
「それなら、いいけど、それでね。私達の村は大丈夫よ。偉い貴族様が二人もいてね。村を守ってくれるの。勿論、村人たちも戦いのための訓練をしているわ」
「・・・・」
「でも、村を占領した北東都市の貴族たちは、凄い後ろ盾が出来たって、威張り散らしているわ。たしか、名前は知らないけど、伯爵様よ。山の麓に沢山の仲間を引き連れて来たみたいなの」
「えっ、何だと!」
「どうしたの?」
「今言っただろう。その伯爵の陣に一緒にいるのだ。それも、村を開放するために共に戦う仲間のはずなのだ」
「えっそんなの嘘よ。確かに聞いたわよ。この辺りを全て占領して、第二の北東都市を建国するってね。それで、村を占領していた人達が、今まで以上に好き勝手にしているわ」
「何だと!」
「本当よ。でも、そんな人達と一緒で大丈夫なの?」
今までは、二人だけの心の中での会話のようだった。だが、新は、信じられないことを聞いたことで叫び声を上げた。その怒りの感情のために、美雪の言葉が聞こえなかった。その代わりに、二人の男の声が耳に飛び込んだ。と、同時に体を揺すぶられたのだ。
「新殿、新殿」
「新殿、大丈夫か!」
だが、湯船の中だったので激しくはなく、顔に温泉の湯が当たる方が不快だった。
「やめてくれ、大丈夫だ」
「だが、突然に叫び声を上げて驚いたぞ」
「また、何かを感じたのか!」
「あっああ、又なのかは分からないが、信じられないことだ」
「何だと言うのだ?」
「待て、誰か来る」
竜二郎は、人差し指を口に当てて囁いた。
「登隊長」
「何だ!」
「そろそろ、酒宴が始まります」
「ああっ分かった。風呂から上がったら行く。先に行っていろ」
「承知しました」
三人の男達は、湯船の中に居たまま耳を澄ませた。周囲に人が居ないかを確かめたのだ。
「大丈夫のようだぞ」
「そうだな。それで、新殿。何が信じられないのだ?」
「それは・・・・・」
新は、何て言っていいのかと困っていた。それで、美雪などの会話などは伝えても信じるとは思えず。内容だけを話し出した。
「何だと?」
「新殿。それは、本当なのか?」
「あっああ、美雪との記憶はないが、嘘を言える女性とは思えない。それに、心の言葉には嘘をつけないのだ。今の話したことは間違いないだろう」
「それなら、酒宴の時に行動を起こすか?」
「まさか、旗を無理やりに奪う。そう言うことか?」
「それは、ないだろう。聖殿に聞かなければ分からないが、無理やりに旗を奪ったとしても効果がないはず。もし効果があったとしても、第二の北東都市の建国などは大義名分がなければ無理だろう」
「俺も、その通りだと思う。だが・・・・何を考えているのだろうか・・・むぅ?」
新が話しだすと、即座に、竜二郎が思いを問いかけた。それに、登が答えるが、その答えで、三人は、無言になり。それぞれで、思案を巡らすのだった。そんな時に・・・・。
「登隊長。何をしているのです。本当に酒宴が始まりますよ」
そして、三人は、仕方がなく湯船から上がった。その頃、美雪は、何度も運命の泉に祈るようにして行水するが、新とは繋がらない。諦めたくはなかったのだが、これ以上、家に帰るのが遅ければ、二親から家から出ることを許してくれなくなる。それで、仕方なく家に帰るのだった。それでも、新が言ったことを二親に相談する気持ちもあった。もし本当ならば、少しでも新の助けになる。その思いもあり。家に帰るのが少しだけだが楽しみでもあったのだ。
第百二十四章
砦の中と外では、正確には外と砦の周りなのだが、祭りとも勘違いしたのか、いや、これからの戦いで、負けるとはまったく考えていない。それは当然かもしれない。旗もあり。大部隊なのだ。負ける可能性が何一つも浮かばないのだから勝利の宴となるのは当然だったのだ。だが、砦の中では、その一つでも可能性があるのだろうか、外と比べたら葬式のように静かだったのだ。それで、まだ、酒宴は開催されてないと、感じたのは当然だろう。
それで、時間に間に合ったと、行き良いよく扉を開けてしまったのだ。
「あっ・・・・・遅れてすまない」
「・・・・・」
「・・・・・」
咄嗟なのに謝罪が出来たのは、竜二郎だけだった。さすがに都市で、様々な酒宴などの出席に慣れているだけでなく、上官の代理や様々な大都市では必要な根回しの対応になれていることで自然と言葉が出たのだろう。だが、誰も、三人を気にしてない。と言うよりも、向かいに座る者達に殺気を放ちあっていたのだ。何が起きたのだと、三人が不審を感じるのは当然のことだった。それでも、この場で立ち尽くすことも出来るはずもなく、三席だけ開いている所に座るしかなかった。席の順場では下座だったが、何も気にしてはいない。部屋に来た順番だろうと思っていたのもあったのだ。それで、両隣の者に何があったかと聞こうとした時、右側の者は同じように殺気を放っていたが、反対側の者は手酌で酒を飲んでいたので、ある意味だが、酒に酔う前なら話が出来るだろう。だが、これで話を掛ければ、話が終われば酒のつまみにされると判断が出来た。だが、それでも、仕方なく話を掛けたのだ。
「何があったのです?」
「誰だが覚えていないが、上座と下座の中間に座る者が、戦の報酬は、この席順で決まるのかと、問いかけた馬鹿がいたのだ。それを向い側に座る。王族の血筋の公爵が、貴族の名誉の戦いに報酬などあるかと、怒鳴り返したのだよ。マジで、掴み合いの喧嘩になる所を止めるために嘘を言ったのか、本当のことなのか分からないが、この状況になったのだ」
「ほうほう、それで、何と言ったのだ?」
「報酬はある。そう言ったのだ」
「本当か!」
竜二郎と男の話が聞こえたのだろうか、それは、分からないが、伯爵が・・・・・。
「本当に報酬は払う。もともと、貴族の名誉では人が集らないと思ったのだ。西都市とでの敗戦後では、困窮していると思って、報酬を払うから集ってくれと、多くの者に頭を下げて協力してもらったのだ。報酬は嘘でなく本当に払う。わしが頭を下げて頼まなかった者にも払う考えだ。だが、戦で貢献した者には少々の色はつけるが、報酬の額は横並びだと思って欲しいのだ。だが、嘘でない証拠として前渡として半分を払う考えだ。それで、今は酒宴でもある。これで、この場は、気持ちを抑えてくれないだろうか・・・・頼む」
伯爵は、皆に視線を向けた。
「それで、作戦とは、どのような考えなのだ?」
公爵は、貴族の名誉として参加した者の代表のように問い掛けた。この言葉で、片方の陣営側の感情を抑える。その気持ちを伯爵と聖に伝えたのだった。そして、聖は・・・。
「その作戦は、新殿が良い作戦案を考えているはずだ」
新に問い掛けたことで、この場の者達に、新に従え。そう言う意味だったのだ。
「ああっ考えはあるが、戦いをするのではなく説得で村を開放し投降させる考えだけだ。その為には、武力を見せ付けなければならないが、内々で済ませる考えだと思わせるために、北東都市の全軍で旗を掲げながら進むのだ。これは、戦いが無駄だと諦めさせるためだ。だが、後方には、我々の西都市、東都市の兵が控えているから安心して欲しい。もし一つの矢でも北東都市の陣に放たれた場合は同胞の戦いは忍びない。即、後方に下がり。西都市と東都市の兵で攻める。おそらく、この場に集った者達と同様に素直に投降するだろう。以上だ!」
新が話し終わったことで、腰を下そうとすると、伯爵は、これ以上の作戦がない。そう思うような気持ちなのだろう。満面の笑みを浮かべて拍手するのだった。
「これ以上の良策はない。必ず成功するだろう。皆も、そう思うだろう」
西都市、東都市に伯爵まで賛同されては、不満があっても誰も口にすることが出来るはずがなかった。
「分かった。だが、陣の先頭は我らが受け持つぞ。伯爵の交渉では心配もあるが、西と東都市の軍の直ぐ前方では不快を感じる」
「・・・・」
即答、されなかったこともあるが、公爵の思いに賛同する者が何人居るのか、確かめたかったのだろう。
「まあ、正直に言うのなら、伯爵も信じていないが、西、東都市も信じていない。そのための退避する方向を確保したいこともあるが、北東都市の旗の近くでないと安心が出来ないのもある」
伯爵は、皆に視線を向けた。すると、半数の者が頷くのだった。その数を見て安堵した。
「わしは構わんぞ」
深々と、頭を下げて承諾するが、先ほどとは違う笑みを浮かべた。まるで、何もかもが、自分の手の平の上での計画の上だと考えている様だった。
「同じ都市の者なのに、悲しいことだが承諾しよう」
聖は、本心からの気持ちなのだろう。悲しそうに頷くのだった。
「我ら西都市も問題はない。竜二郎殿も、そうだろう」
「ああっ、東都市も何も問題はない」
登に視線を向けられて、竜二郎も当然だと頷いた。
「だが、目的は同じなのだ。それに、酒宴なのだから楽しもうではないか」
「勿論だ。この酒宴は楽しませて頂く。あれは、指揮官として当然の対策のことだ。あれで、雰囲気を壊したのなら謝罪しよう」
「当然のことだ。公爵殿。何も心配する必要はないぞ」
「伯爵、分かってくれたか、感謝するぞ。それでは!」
「公爵殿。その乾杯の挨拶は、この隊の隊長である登殿に任せて頂けないだろうか」
聖は立ち上がり、公爵に頭を下げたのだ。素直に、公爵は頭を下げることで返事を返した。登は、突然に名前がでたことで驚いていた。
「そうだった。そうだった。本当に済まなかった」
「それでは、仕切り直して、登殿。宜しくお願いします」
「作戦の無事と、怪我人も出ないように祈って、おお~乾杯!」
皆が立つのを見ると、聖は祈るように酒が入った杯を自分の前に突き出した。
「乾杯!!!」
この場の雰囲気が和んだ。たしかに、酒宴の始まりでもあるが、これから、戦になるだろう。それなのに、死を心配するのではなく、怪我人の心配では、本気で言っているのかと、気落ちが緩むのは当然だった。だが、もしかしたら、この場の雰囲気を変えようとして言ったのかもしれなかったのだ。
「戦の前に、怪我人とは、戦の経験があるのですかな?」
「失礼だぞ。子爵殿」
「あっそうでした。そうでした。我が戦に負けたのでしたなぁ。忘れていましたよ。ですが、戦とは、刀と刀の戦いかと思っていました。その経験をしたことがないので、負けたとは思えなかったのです。そのために失礼しました。許して下さいませんか?」
「子爵殿。やめないか。本当に失礼だぞ!」
「伯爵殿。お気遣いは感謝します。ですが、酒宴の席では無礼講なのが普通です。何を言われても酒宴の席のことです。何も気にしていませんので楽しんでください」
登は笑みを浮かべるが、何を言われても表情を崩さないのだ。やはり、先ほどの乾杯の音頭は酒宴を盛り上げるためだったのが証明されたと同じだった。そして、皆は酒宴を楽しみ続け何も問題がなく盛り上がり続けた。そう感じたが、暫く、皆の様子を見ると、公爵側と伯爵側に分かれていたのだ。それも、七割の者が伯爵で、三割の者が公爵だったのだが、西都市、東都市、聖の北東都市が公爵と組み合うことで、やや伯爵よりは勢力が上だったこともあり、登と新と竜二郎の隊の指揮には影響はないと思えた。それでも、旗の効果がある。それが、前提であったのは当然だった。そんな様子だったが、伯爵も自分を慕う者達が、他の者たちに尊大に振舞うのを見て咎めることで不審が消えるのだった。
「新殿、あっいや、登殿!」
「何だろうか、あっ伯爵殿。何です?」
誰かに後ろから呼びかけられて振り向くが、伯爵だったために言い直したのだ。
「まあ、その、村の救出には何日後に行くのだろうか?」
「二、三日は、この場で待たなければならないだろう。おそらく、旗の下に集う者が訪れるかもしれない。それで、待つつもりなのだが?」
「そうか、う~む」
「何か、良い考えでもあるのですかな?」
「う~む、そうだな。五日後が良いと思うぞ」
「何か作戦か予定でもあるのか?」
登は伯爵に不審を感じた。
「そのようなことはないが、食料物資が無くなるのだ」
伯爵は内心に何かを隠しているような笑みを浮かべた。
「それでは、少しでも早い方がいいかもしれない」
その笑みに、登は気が付かずに話だけを信じたのだった。
「まあ、そんなに急がなくても良いのだ。だが、賞味期限が過ぎているために早く処分したい。だから、五日後が妥当だと思うぞ」
「そう言うものなのか?」
「ああっそう言うものだ」
「そうですぞ。食料を無駄にしてまで、急いで村を救う必要はないだろう」
伯爵側の者が援護の言葉を述べた。だが、当然のことだが、公爵側も・・・・・。
「うっうう、だが、五日後と決めるのは早急ではないか、まだ、時間がある。と言うのは変だが、村の者達の状況を考えるのなら少しでも早い方が良いと思うぞ」
「確かに、自分達は、村の者達を救うために旗の下に集ったのだからな!」
公爵側の者達が最もだと頷くのだった。そして、伯爵側の者も同じ思いを感じたのか、公爵から視線を逸らしていた。
「伯爵殿。どうだろうか?」
公爵は、伯爵は心の底では何かを企てる。それを確信していたために返答しだいでは、全てを吐き出させる考えだった。
「うっ・・・あっああ、言いにくいことだが、本当に困った者だ」
「なにがだ!」
伯爵は、突然に何かを思いついたのだろう。だが、直ぐに思いを隠すためだろう。大きく首を振った。その姿は、まるで、公爵の思いや考えだけでなく、人間としても信じられない。そう思わせたのだ。当然、公爵は怒りを爆発させた。
「公爵は、分からないのか、周りを見てみろ。特に、一般の兵士の様子だ!」
「え・・・・楽しんでいるようだ・・・・たしかに、少しでも楽しませてやりたい。だが!」
特に、自分の側に集った者達を見た後に、外の様子を耳で確かめようとした。
「それもある。一番の問題は、あの西都市との戦いから困窮していたのだろう。皆が皮と骨だけのような状態ではないか、それで、少しでも体力を回復させたいのだ。それをしなければ、戦いなど出来る状態ではない」
伯爵は、もしかすると、以前に、喜劇劇か書物でも読んだのだろうか、その思いがあり。まるで、その主役のようにすらすらと話しだすのだ。
「・・・・・」
それも本心のように言われては、公爵は何も言えなかった。だが、あまりにも政治家のように正論を言うので、ますます、不審の感情は膨れ上がったのだ。だが、その感情を言葉で叫ぶには証拠がなく我慢するしかなかった。そんな状態を落ち着かせるために、登は二人の間に入るのだった。
「それでは、遅くても五日後に行動すると決定して、何日にするかは、これから皆で決める。それが、良いと思いますが、どうでしょうか?」
伯爵は即答するはずだと、登は思ったのだが、反対に、公爵が勝ち誇った様子で承諾するのだ。
「それでは、決を採ろうではないか!」
「その指示に従う気持ちはないぞ!」
公爵は声を張り上げた。即答するように伯爵が思いを言うのだった。
「それは、疚しい考えがあるからではないのか?」
「疚しいだと!何を言うか、そちらこそ、票を入れる者が多いと思うぞ。それを考えての決断ではないのか?」
「何を言うか、伯爵は、兵員が多いだけでなく、食料を援助している。それで強気の態度ではないのか、何でも思いが通るとは考えないことだ!」
「なんだと、武力で無理強いしているとでも言うのか!」
「皆は言わないが、いや、援助してもらっているために何も言えないのだ。それを分かっての態度を表しているだろうが!」
「いい加減にしないか、体の調子を取り戻すには、二、三日の休養は必要だ。それに、作戦の実行訓練も必要だろう。五日後で良いのではないか!」
「新殿。何かを感じたのか!」
「いや、普通の一般論だと思うぞ。だが、確かに不安を感じるのだが、この地の陣営の数では、少々の軍勢が攻めかかったとしても相手にもならんはず。それに、二人の揉めあいは、旗の所有または、盗まれる心配だと感じるが、旗の所有者は、登殿、聖殿、竜二郎殿と自分の四人にあると考えて欲しい。もう一つあるが、このような状況になったのは、北東都市が原因だと、それを分かって欲しい。そして、旗を持ち出してまでの指示は、北東都市の主が責任を感じての、事態の収拾を考えて出した答えのはず。それを忘れて欲しくない。それでも、何か不安などがあるのなら同胞でもある。聖殿に書簡で問うべきだ」
伯爵、公爵に集って来た者達には分からないが、今まで西都市、東都市に、聖の部隊は新の行動や思いつきや言葉に助けられたこともあり。誰が言っているのではないが、隊の軍師的な立場だと、皆が思っていたのが、その気持ちは微かだろうが、伯爵も公爵も感じていたのだ。それで、まるで鶴の一声のような感じで、この場は収まったのだった。
第百二十五章
新の鶴の一声で場の収拾をしてから四日が経とうとしていた。それも、昼を過ぎようとしているのに、未だに、館の周りでは、いや、建物の中でも、酒宴のように浮かれ騒いでいるのだ。まさか、酒が振舞われているのか、そう思うのは当然だろう。だが、食事だけでも仲間が元気になる様子を見るのと、自分達の腹が満たされるだけでも嬉しくなるのは当然だった。それだけでなく、本調子を取り戻した者達は、戦いの準備というよりも、自由に体が動くことで子供のように無邪気に稽古する者達もいたのだ。そんな様子の建物の中の一室では・・・・・。
「う~む、皆の体の調子を取り戻すのに四日が過ぎたか、やはり、決行は明日か?」
登が正面にいる三人の男に言うのだ。その者達は、聖、竜二郎、新だった。
「嫌な予感はするが、食料は明日で尽きるらしいのだ。明日しかないだろう」
「だが、伯爵の話しでは二日後には食料が届くらしいではないか、それが、届いてからでは遅いか?」
「二日後に届く食料は村人にも分けなければならないだろう。それを考えると、その食料に手をつけずに戦いを終わらせたい。そう話し合ったはず」
「だが、新殿。何か嫌な感じが・・全てが伯爵の手の上で踊らされている感じがするのだ」
「俺も、そう思う」
「俺もだぁ!」
聖と竜二郎が同意だと頷くのだ。
「確かに、それは、四日前から同じ意見だ。俺も思うし、そう感じる。だが、これ以上は、もう引き伸ばせない。正直の気持ちを言う。伯爵のことよりも、村人が心配なのだ」
新の心配は、記憶はないが、美雪が心配だった。それに、少々苛立っているのは、温泉に入っても、美雪の言葉が聞こえず。何も感じないからだった。
「新殿。分かった。これ以上、答えが出ない問いかけは止めよう。明日の朝食を済ませた後に村を救いに行く」
登は、決断した。その同意を求めるために、聖、竜二郎に視線を向けた。
「伯爵に踊らされる苦痛よりも、村人を救う方が大事だな」
「そうだった。本当に済まなかった。それなら、公爵にも伝えた方が良くないだろうか?」
「それは、言わなくても、同じように感じているはずだ」
「それでは、夕食の時でも、皆を説得させよう」
「いや、その必要はない。隊の指揮官である。登が明日の朝に行動を起こす。そう決定したと伝えればいいのだ。それで、従わない場合は・・・・」
「新殿。それ以上は言う必要はない。旗がある限り従うはずだ」
「その通りだぞ。新殿!」
「それに、自主的に訓練している。戦いたくて体がむずむずしているのだ。誰も、もしもの場合の話など聞きたくはないだろう。そのことは考えるな。戦いの指揮にも影響が出るだろう。だから、気持ちを落ち着いてくれ」
「済まない。少し感情的になっていた。先ほどのことは忘れてくれ」
「それでは、夕食まで解散するか?」
「どっちだっていいぞ。特にやることもない」
「そうだな、俺もだぁ」
「そうそう、札遊びで運を試してみないか、四人の運をなぁ」
「札遊び?」
「新殿。まさか、知らないのか?」
「知らない」
「札遊びとは、運命を決める遊びだ」
「運命だと?」
「そうだ」
「それなら、それで、運命を決めよう!」
「えっ何のだ?」
「いや、今でも、先ほど決めたことの思いは、四人とも違うはずだ。それを決めよう」
「まだ、言っているのか、いい加減にしないと、マジで怒るぞ」
「だから、札遊びで決めようと、言っているのだ」
「まあ、良いのではないか、夕食まで時間があるし、丁度良い時間潰しだ」
新を除く三人は、札遊びをしっていた。もしかすると、新も記憶を無いだけで遊んだことがあるかもしれないが、今の状態では分からなかった。その為に、三人は、幼子でも分かるように教えるのだった。
「分かった。数字を足して、二十一になるか、その近いのが強いのだな!」
「そうだ」
「それと、一度の勝負で終わるのでなく、勝負事に偽の貨幣を出して勝負するのだ。それも、勝てると思うのなら全額だしても構わない。だが、一枚だけだして逃げるかもしれないし、同点だとしても絵札によって強さが違う。一番、怖いのは、親の総取りだ」
「まるで、戦のようだ」
「勿論、戦だぞ。今回は、偽の硬貨だが、これが本物の硬貨なら命を削るのと同じだ」
「そうだな!」
「新殿。そうだぞ。勝てると思って全軍で攻めれば、親という伏兵がいて総取りの可能性もあるし、少ない貨幣を捨てる覚悟で勝負するかもしれない。均整の取れた戦なら兵を引くかもしれないが、絵札によっては負ける。それは、将軍の命が取られるかもしれないのだぞ。素直に少ない貨幣を捨てて次回の戦いに備える。まあ、最終的には全ての貨幣を取る。それは、大将の命を取ることだ。まあ、そんな遊びだ。楽しもうではないか!」
「ああっ運命を信じて戦おう」
新は、何も分かっていなかった。運は運だが、勝つには経験が重要だということをだ。それでも、十回に一回は勝てているので、四人とも特出して勝つ者はいなかったが、それでも、登が一番なのは、これから起こるだろう。登の思いの意味なのか、それとも、逆転して誰かになるのか、それは、まだ、分からないことだった。だが、初めて遊びだからか、それとも、運命の修正なのか、少々というか、かなり、新は興奮していた。その声は、室内から飛び出て館の中でも聞こえる程だ。当然のことだが、何があったのかと、皆が集り出して、館の外まで話題になった。そして、誰が言ったのか、もしかすると、新が叫びだけでなく、今日か明日の作戦の運命を決めるための勝負をしている。とでも言ったのかもしれない。そんな噂が、伯爵、公爵の耳まで届いた。これでは、大人しくしているはずもなく、二人も勝負に参加すると、室内に行き込んできたのだ。
「なぜに呼ばないのだ!」
と、叫びながら駆け込んできたのは公爵だった。その後から慌てることなく、伯爵がゆっくりと室内に入って来た。
「それは、当然だろう。隊の中でなく北東都市では賭け事は禁止なのだろう」
「何を言うのだ。これは、賭け事ではなく、作戦を決める勝負だと聞いたぞ!」
「煩いやつらだな!」
登が少し負けてきたことで、八つ当たりのように叫んだ。
「煩いとはなんだ!」
「分かった。分かった。参加するなら椅子を用意して座れ。まさか、やり方を教えろとは、言わないだろうな」
「当たり前だ。こんな子供の遊びの札遊びなど分かる」
「公爵も遊んでいたのですか、ほうほう、頭の固い方が、ほうほう」
「何だと!」
「いい加減にしろ。たたき出すぞ」
「はいはい。すみませんでした」
「おっおお、差ほど、ほうほう、勝ち負けの差はないか」
二人の男は、登の話しなど聞いていないようだったが、視線は卓上で、指先で部下に偽の貨幣の準備をさせるのだった。すると、準備が整ったことで勝負の流れを大人しく見るのだ。そして、直ぐに、伯爵は参加するが、驚くことに、公爵は直ぐに参加せずに一回りしてから参加したのだ。この公爵の様子を見て、皆は口を開かなくなった。まるで、戦場にいるような様子だったからだろう。驚くことに、新も落ち着きを取り戻した。もしかすると、二人を参加させる目的だった。それを証明する様だった。
「四回連続だと!」
さすが、と言うべきか、場の様子を見ていた。あの公爵が連続で勝つのだった。その様子を見て、登だけでなく他の者も驚くのだ。そんな周りの様子なのだが、公爵は眉をピクリとも動かさずに無表情で、次の札を配れ!と言うが札遊びを続けるのだった。それでも、驚くことに六度まで勝利が続くことで一位になるのだったが、信じられないことに、今度は、伯爵が五回の連続に勝ち続けることで、六人の偽の貨幣は元の状態になった。
「これからが、本当の勝負だな!」
公爵が、皆が思っていることを口にした。皆が頷くことで、また、勝負が再開した。
「だが、勝負は、夕食が用意されるまでだ」
「ああっ分かっている」
「後、一時間だな」
新がロウソクを見た。それは、ロウソクの減り方肩で分かる時計だった。その言葉を聞いた後は、六人は真剣な表情を浮かべるのだ。そして、勝負の行く末は、誰も連続で勝つことはなく、交互に勝つだけで偽の貨幣は減ることも増えることもなかったのだ。この状態が楽しくないからだろうか、部下達が室内から廊下からと居なくなるのだ。
「ふぅう、調理が始まったようだ。残り後半の三十分だな」
登が独り言を呟きながら額の汗を拭った。絵札は何度か配るが、誰も連続で勝てずに貨幣の移動は殆どなかった。すると、軽く扉を叩く音がした。
「夕食が出来たようだ。これで最後としよう。全部を賭けるぞ」
当然だと、皆は頷いた。その言葉が扉の向こうでも聞こえたのだろう。数人が駆け出す足音を聞くのだった。その足跡を数えることで運気を上げようとしたのか、耳に残る足跡の数で枚数を決めたのか、聖が二枚、竜二郎が二枚、新が四枚、公爵が五枚、登が三枚と、伯爵が皆に配り終えた。最後は、親である伯爵が三枚目で止めた。そして、皆に見せるのだ。数字は二十だった。そして、聖の札の裏を見ると、十九で、伯爵の勝ち、竜二郎は十八で伯爵の勝ち、新も二十で引き分け、公爵も引き分けだった。最後の登が二十一だったことで、伯爵と同額になったことで、仕方なく、二人での一騎打ちとなるのだった。
「一騎打ちだ。それなら、一枚の札を選んで親を決めよう」
すると、伯爵が五の数字で、登が九だったことで、登が親となるのだった。そして、札を配ると、伯爵は、二枚で止めたのだ。二枚だから良い数字がきたと考えて、登は二枚で考え込んだ。その数字は十六で良い数字ではなかった。これでは勝負にならない。そう感じて三枚目を追加した。すると、十八だが、まだ、勝てる気持ちがしない。暫く悩んだ。その後に祈るように四枚目を追加したのだ。それを見て、伯爵は破顔して喜んだのだ。だが、それ以上の笑みを浮かべて、登は絵札の数字を一枚、一枚と見せて、四枚目を見せた。
「俺は、二十一だ!」
登は喜んだが、伯爵の表情が変わらない。不審な表情を浮かべながら伯爵の札を見た。
「二十だ。俺の負けだ」
「ああっ俺の勝ちだ!」
「それで、登殿。作戦の開始は何時だ?」
聖が問い掛けた。
「明日の朝食後直ぐに進軍する。部隊配置も作戦計画も変更はしない」
「何を馬鹿なこと言うのだ。何のための運命を決める札遊びをしたと思っているのだ!」
公爵が怒りをぶちまけた。
「公爵。伯爵と一騎打ちをして勝ったのだぞ。これが運命なのだ。もし伯爵が企みをしていたとしても覆せるだろう。そのように札遊びで答えが出たのだ」
「昼までとは言わない。せめて、少しの時間でも遅らせろ!」
「なら、問うが、なぜ、そこまで伯爵を信じないのだ?」
「うっうう」
悔しいのか、悲しいのか、公爵の心の思いが分からない。だが、無表情だが、目からポロポロと涙が零れた。
「理由を言ってくれ。その話によっては考えよう」
「息子が、この山中にいるらしいのだ。たしか、S村だと言うらしい」
「え、S村なら新殿の村だろう」
「そうなのか?」
「ああっ記憶がなかったのだった。確かに、そうだぞ」
「息子は、村に恩があるために村に残って守る。それだけの書簡が送られてきたのだ。再度、書簡を送ったのだが、まだ、返事が来ない。その手紙を待ちたいのだ。もし出来るのなら共同で戦いたい。いや、正直に言う。村より息子の力になりたいのだ」
「正直にありがとう。公爵、冷静に考えてみろ。共同作戦が出来る規模なのか?」
「・・・・」
公爵は、無言で頷いていた。
「そんな規模はないはず。息子さんも、こちらの大部隊の戦力で村を救ってくれることを信じて村を守り抜く覚悟のはず。それに、共同など実行させて、北東都市の者達だと分かっただけでなく、それが、身内だと思われたら人質にされる可能性もあるぞ」
「まさか・・・・」
「今のあいつ等なら遣るだろう。それに、書簡が届き何かの作戦でもあった場合なら対応を考える。それにだ。朝食後と言ったが、様々な片付けなどや簡易な昼食の用意までするのだ。全部隊の出発までは二時間は掛かるだろう。それでは、駄目だろうか、公爵?」
「感謝する」
「これで、六人の全ての不安は消えたはず。後は、作戦を実行するだけだ」
「うぉおお」
六人は、勝利を信じて掛け声をあげた。だが、登は・・・・。
「一つだけ変える。それは、陣営の変更だ。一部隊一列行進でなく、二部隊二連行進で行くぞ。運命の札遊びで思ったことだ。先頭の聖殿が負けたのだ。それは、一列では負ける。それを示したのだ。同じ負けた竜二郎の騎馬隊を付ける。その後に、新と公爵が引き分けだったのだ。部隊を離さす。後方に続き行進する。後方は伯爵と俺が守る。以上だ!」
この登の作戦には、誰も否と答えることが出来なかった。問題の、公爵はニヤニヤと喜びながら伯爵を見た。自分の考えが通ったからだろう。伯爵も何故か笑みを浮かべていた。
第百二十六章
初めての三都市連合の共同作戦が、現代で言うのなら午前十時丁度に開始された。いや、この先にも三都市連合の共同作戦はないかもしれない。だが、今は、一糸乱れのない行進だった。先頭には、聖隊を守るように竜二郎の騎馬隊が囲みながら行進を続け。新と伯爵が様々な荷物や矢などを積む馬車を守るように進むのだ。そして、最後尾に登の隊が控えていた。
「・・・・・・」
館から行進を続けて村に入ろうとした時だった。一人の武将が仁王立ちしていた。まっさきに、三頭の騎馬が様子を見に行った。直ぐに、仁王立ちの男が地面に座るのを見るのだった。そして、一頭だけが戻ってきたのだ。その者の話では、旗を授かった者と会わせろ。それしか言わず。それで、仕方なく、指示を仰ぎに戻ってきたのだった。
「何があった!」
竜二郎が部下に問い掛けた。すると、少々おどおどと、仁王立ちの男のことを話し出した。すると、副官が、竜二郎が返事をする前に、問い掛けるのだ。
「行進の停止を指示しまうか?」
「う~ん、一人だ。構わんぞ。そのまま進め!」
「承知しました」
一人だという安心もあるが、仁王立ちの男との交渉している中の一人が、辺りを見渡して安全を確かめると、手信号で知らせてきたのだ。少々悩んだ様子だったが、連合の部隊は、そのまま行使を続けた。
「だから、何度も言っている通りに、旗を授かった者に会わせろ。それ以外の者と話す気持ちはない!」
聖と竜二郎は、部隊の先頭で、何も不安を感じないまま指揮をしながら仁王立ちの男の声が届く程まで近づくのだった。
「旗を授かったのは、聖殿だったか」
「男爵・・・旗野(はたの)男爵なのか?」
少々恰幅の良い男だったが、今はげっそりと痩せていたのだ。だが、腕章が旗野男爵の紋章だと思い問い掛けたのだった。この者は、森の道の前で陣を置いた片方だった。
「そうだ。そんな紹介などよりも、何故に敵と一緒にいるのだ。俺の一族は、先の戦いで一族は散り散りになったのだぞ。おそらく、もう生きてはいないだろう。そんな敵と・・・・、」
「それは・・・」
「勝次郎おじさん。生きていたのですね」
聖は、理由を話そうとした時だった。後方から名前を叫びながら駆けて来る男に道を譲った。そして、二人の様子を見るのだった。
「おおっ長次郎(ちょうじろう)ではないか、生きていたのか!」
「はい。弟も無事ですし、三郎おじさんも無事ですよ」
「そうか、そうだったか!」
「一人だけなのですか、・・・・他の者達は・・・・まさか・・・・」
「雷が落ちたことで、皆とは散り散りになり、その後は・・・・」
「そっそんな」
「あっ直ぐにこの場から逃げろ」
「えっ?」
「俺の合図を送ることで、弓矢の嵐が降るのだ。だから、直ぐに逃げろ!」
「男爵。それは、本当なのか?」
「俺が刀を抜くことが合図だ」
「それでは、男爵も・・・」
「そうだ。誰一人として一族の者がいないのでは、生きる気持ちがなかったのだ。だが、甥っ子も弟も生きていた。探せば、まだいるだろう。それよりも、甥っ子の命の恩人を死なせることは出来ない。時間を稼ぐから直ぐにでも逃げてくれ」
「だが、逃げろ。そう言われても」
「これ以上は進まずに来た道を戻るのが良いだろう。直ぐに後方の移動は無理だろうから指示を伝え終えてくれ。俺が合図するまで弓の嵐は降らせない。だが、それほど長い時間は持たないぞ。だから、急げ!」
「叔父さんも一緒に来るのだよね」
「俺は、行かない」
「えっ・・・何で?」
「それも分からんのか、一人の命で大勢の命が助かるのなら指揮官として当然のことをするのだ。だから、お前も俺みたいな指揮官になるのでなく、良い指揮官になれ」
聖は、男爵の視線の意味を感じ取り、部下に長次郎を後方まで連れて行け。と指示を下した。その指示で良かったのかと、男爵に問うが、無言で頷くのだった。二人は、連れられる様子を見て、先ほど指示を下さした男が戻ってくると、全軍退却の指示をするのだ。後方から少しずつ動くと、やはり、辺りに見ている者がいたのだ。そのざわめく声が段々と大きく響き出した。
「聖殿。これ以上の時間稼ぎは無理だ。俺に斬りかかってくれ。その様子を見せれば、もう少し時間稼ぎができるはず。そして、言い難いことなのだが、甥が生きていたと言うことなら近くにも一族がいるだろう。その者達のことを考えると、裏切る姿を見せる訳にはいかない。適当な頃合いで俺を殺してくれ」
「承知した」
返事と同時に、刀を大降りに上から下に振り落とした。まるで、真剣を使っての殺陣師が指導しているようだった。一分、三分、五分と続くが、歳からだろう。男爵の体力が限界だと感じ始めた。それは、男爵本人も分かったらしく、視線で思いを伝えるのだ。早く殺してくれ。と訴えるのだ。だが、まだ、四分の一しか退避が完了していなかった。それでも、もう少し持たせたかったのだが、男爵の方から逃げずに刀の方に近寄った。何とか交わせたが、もう刀を振ることも出来ないのだろう。そう感じた時だった。刀が振り下ろす方向に首を差し出したのだ。当然、急激に刀の軌道方向を変えられるはずがなかった。
「あっ」
刀の切れ味が凄いのか、力が込められていたのか、いや、その両方であり剣客の達人なのだろう。男爵の首が地面に落ちて転がった。おそらく、痛みを感じなかったはずだろう。それを証明するように転がる首の表情には苦痛に歪むのではなく笑みを浮かべていた。
(済まない)と、心底からの感謝の言葉を思うだけでなく深々と頭を下げた。直ぐに気持ちを切り替えて後方を見た。
「まだ、後方に移動が出来ないのか、直ぐにでも矢の嵐が降るぞ!」
聖は後方を見た。すると、登の隊は安全だと思える所まで下がり、普通の陣形である待機する構えをしていた。それなのに、伯爵の隊は、指揮をする指揮官が下手なのか、新の隊を押しのけるように無理やりに後方に下がろうとしていたのだ。まるで、正気を失った敗走の状態だった。だが、その様子を心配そうに見ていると、少しずつだが、人々の動きは正気を取り戻したのか、ある形に集りだした。だが、何故だろうか、二つの陣に分かれるだけでなく、後方の片方の部隊は、登の陣を敵と認識したのか戦う構えをしたのだ。勿論と言うべきか、残りの前方の部隊も新と戦う構えをするのだった。
「何をしているのだ?」
聖が怒声を上げるのは当然だった。だが、直ぐに気持ちを切り替えて、竜二郎に話しかけた。それは、後方に移動が出来ないのならば、前方が開いている。先に村に入れ。と、そう言いながら指差しでも伝えたのだ。だが、竜二郎は、聖たちが心配なのだろう。横に首を振るのだ。
「このまま矢の嵐が降られたら騎馬隊は全滅するぞ。歩兵なら矢の嵐に対応が出来る。だから、心配は無用だ。直ぐに逃げろ」
「済まない」
竜二郎は、村がある方向に駆け出した。この様子を辺りに隠れながら見ていた者達が、敵が逃走するのを防がなければならない。そう感じたのだろう。それを証明するかのように方々から弓の矢が雨のように降るのだった。何とかぎりぎりで竜二郎の騎馬隊は逃げ切れたが、聖、新の隊も無傷ではなかった。
「直ぐに矢の嵐は止まるはずだ。耐えろ。耐えろ」
聖と新は、部下に指示を叫ぶが、村の占領軍を甘く見ていた。それもあるが、なぜか変だと考える。武器の補給など出来るはずもないのに弓の嵐が止まらないのだ。そうなると、当然だが、矢に当たる者も増えた。悲鳴も血を見ることにもなる。聖は、必死に指示をしながら耐えるが、新は、血や泣き叫ぶ声を聞いたからだろうか、記憶はないはずだが、体の感覚が、先の戦いのことを体の機能が覚えていたのだろう。少々顔色が青くなっていたが、まだ、指揮をする理性はまだあった。だが、この状態に耐えられない者が出た。指揮権なかったために、聖に大人しく従っていたが、伯爵が退路先を陣取っているために、退却ができずに怒りを感じていたが、我慢の限度を超えたのだろう。その公爵が、伯爵の部隊に戦いを挑んだのだ。
「我が隊は、伯爵の隊を攻撃して退路を確保するぞ!」
だが、上空からの矢を防ぎながらのために戦いにならない。それを覚悟したはずなのに、伯爵の陣の中になだれ込む。すると、その部隊は矢の嵐が降らない。
「そのまま雪崩れ込め!」
公爵は、変だと感じた。矢の射程が届かないのか、それとも、伯爵は敵の仲間としか考えられなかった。まだ、考える時間があれば、他の選択もあっただろう。
「伯爵は、敵の仲間だ。叩き潰せ!」
三都市の連合軍は収拾がつかない状態だった。そんな時に、逃げたはずの竜二郎の部隊が戻ってきたのだ。すると、矢の嵐が止んだ。
「何があった!」
聖が、竜二郎に問い掛けた。
「待ち伏せされたのだ。済まないが防ぐことが出来なかった。新しい敵部隊が来るぞ!」
「何だと、他にもいたのか!」
「済まない」
「そんなことより、公爵の方の援護を頼む」
「分かった!」
公爵の部隊は、伯爵よりも兵の数が少ないが奮闘していた。そして、竜二郎の騎馬隊が援護すれば好転すると思われた。
「なぜ、伯爵の旗が?」
竜二郎の隊が逃げた方向であり。思って来た方向から伯爵の旗を掲げながら現れたのだ。竜二郎が言った敵なのかと、不審を感じながら様子を見た。すると、また、信じられないことが、それは・・・・。
「また、伯爵の旗だと!」
弓矢が飛んできた方向だった。それも、両側の茂みから伯爵の旗を掲げながら大勢の兵が現れたのだ。これで、聖、新、公爵の部隊は、四方を伯爵の旗を持つ部隊に囲まれた。直ぐに襲い掛かると思ったのだが、三都市の連合軍の様子を見るだけだった。もしかすると、投降を呼びかける作戦なのだろう。そう感じたのだが、呼びかけもなく、部隊行動の合図もなく突然に、ゆっくりと、一歩、一歩と距離を縮めて来るのだ。このような走ることが出来ない状態では、陸戦では最強の騎馬隊でも何の役も立たない。
「先ほどから俺達の騎馬隊は、役に立たないだけでなく邪魔になっているだろう。俺達など心配せずに置いて逃げろ」
「「心配などしていない。歩兵では敵部隊を混乱させることは出来たとしても、部隊を切り崩して退路を作ることは出来ない。その最後の切り崩しの時に騎馬隊が必要だから守っているだけだ。そんなに、心配なら騎馬の上からなら遠くが見えるだろう。その様子でも俺達に教えるくらいしろ。それ位しか、今出来ることはない」
「そうだったな。任せてくれ」
そう聖が言うが、敵部隊の切り崩しなど出来る状態ではなかった。やっと陣の崩壊せずに保つのがやっとだったのだ。その光景は、一人、二人、三人と敵の刀や槍などで倒れる者がいる。その数は、時間が過ぎるが増え、悲鳴、苦痛を我慢する声に、人体から血吹雪が飛ぶのだ。新は、皆を助けるために必死煮指示を叫び続ける。だが、減ることはなく増え続けるのだ。それと、比例して、精神状態が不安定になり。その崩壊の時間が迫る。そして、ついに、爆発するのだった。
「ウォオオ」
新の全ての感情に体の感覚機能は、左手の小指の赤い感覚器官が支配すると、感覚器官が伸びては敵を倒し、武器を払い落としては、味方を助けるのだ。だが、敵が多すぎるだけでなく、戦場が広すぎて間に合わない場合もあるのだ。それを補うために、新は、飛んだ。だが、片翼だったために、正確な目標地点に到着しないのだ。
「なぜに、片翼なのだ?」
新は記憶がないからなのか、片方のカゲロウの羽は、羽衣とも言うが、自分の運命の相手に渡したことを忘れていた。いや、今の状態は、赤い感覚器官が支配しているのだ。人を救う。そのことだけしか思考と機能していなかったのだから仕方がないだろう。そのために、ありえないことをするのだ。それは・・・・。
「羽衣よ。我が元に戻れ」
ある地点から目標地点まで飛んでいる時に叫んだ。それは、羽衣に強制的に自分の体に戻る命令をしたのだ。すると、雨雲のような雲が現れただけではなく辺りは暗くなり、上空には、まるで、小池に石を投げ込んだ時のような波紋に似た光景が出現したのだ。その中心に羽衣の反応の光があった。だが、羽衣だけにしては大き過ぎた。それに、円ではなく卵型をしていたのだ。その反応は光の屈折のためだと思われるが大きさが変化した。もし満月の晩だったのなら月と同じ大きさだと感じるほどだった。そして、地上に居る者達も様子が変だと感じて、上空を見上げるのだ。すると、その卵型の光は地上に近づいてくる。すると、中心に黒い斑点が現れて、段々と大きくなり。その周りの光の波紋も広がり続けた。影が人の姿に感じを表して、ますます地上に近づくのだ。もうこの時は、誰もが戦いなどよりも上空を見上げるのだ。その中で何人かの目が良い者が、影の形を言葉に表した。恐れもあるが、敬うような言葉だった。
「女性?」
「女神様だ!」
一人、二人と、叫ぶ。その数は増え続けた。そして、全ての者が女性だと認識して叫び終わると、地面に平伏した。だが、一人だけは、満面の笑みとも、全ての心配事が終わったような表情を浮かべて安堵しているようだった。その者は・・・・・・。
第百二十七章
上空の卵型の光に、皆が平伏して、自分の今までの全てに謝罪している様子だった。だが、一人だけは違っていた。その者は、伯爵だった。
「これで、帰れる」
この場の者は救いを求める目つきだったが、伯爵だけは、まるで、今まで起きたことの走馬灯を見ている様子だった。いや、見ていた。この伯爵は、この時代の者ではなく、未来から来た者だった。それも、現代的に表すのなら金鉱などを探すことを生業の山師だった。それも、現代では信じられないだろうが、時の流れを飛ぶのに必要な物。それは、ある物質を長い時間、物質を放置と言うべきか、時間の因子を蓄積と言うべきか、南極の氷とか、地下水の水や氷などの物質が、ある程度の長い年月をすぎると、時間を狂わせる物に変化するのだ。蓄積量は少ないが、溶岩、化石、宝石などの固体でも良いが、だが、液体と気体に変化しなければ、効果が働かなかった。それでも、固体の物は微弱だが、普通に、過去に飛んだ後に、その世界で安定の維持力に必要でもあった。それで、伯爵は、未来から過去へ、手付かずの自然を捜し求めにきたのだ。だが、新が、運命の相手を探す旅に出たことで、時の流れが変わってしまったのだ。なぜ、時の流れが変わったか分かるかと言うと、伯爵の育った所では、女神信仰があったのだが、いや、過去に来た時もあったのだ。だが、探し物を見付けて未来に帰ろうとした時、時の流れが未来に帰るための働きがしなかった。なぜだと、血眼になって理由を探し続けて二年が過ぎると、女神信仰の本拠地だった。北東都市が女神を祭られていないことが分かり。自分で信仰を起さなければ帰れないと悟ったのだ。そして、自分の記憶を思い出しながら計画を考え、伯爵に婿入りから始まり。資金の調達と様々な女神信仰の類似の書物などから始まり、女神信仰を起こすための必要な資料に関連する書物を集め。北東都市の主を唆して西都市に戦も起させた。勿論、戦に勝ち、適当な女性を女神のお告げを聞いたと、教祖にするつもりだったのだ。だが、想像の産物と思った生き物が実在して戦も負けてしまったのだ。だが、龍が存在したのだ。女神信仰の女神も存在するだろうと、自分の記憶と、様々な所にある。女神らしき書物や伝説を探して新たな計画を考えた。それが今回の日時と場所と表れるだろう原因を全て企てたのだ。その全てを見ていた。すると、今の自分が計画した出来事が、自分が帰る未来の時の流れと、組み合わさる映像のような感じで見た。すると、体の感覚が吸い込む。引き寄せられる感じがした。これで、生まれた時代に帰れる。と思うと、飛んだのだ。自分の世界に戻ったのだ。
「伯爵が消えた」
この場の皆は地面に平伏しているので分からなかったが、新だけは分かった。見ていたのでなく、時の流れの修正とは、満杯の小さい容器に水がある。その中に、新という異物である。例えるならば、一枚の貨幣が入ることで、溢れた物を不具合にならないように修正することだった。その最大の溢れた物、いや人だった。それも、虫や動物や一人、二人の人間以上の物だったために、痛みと同時に、伯爵が見た走馬灯らしき映像を新も見ていたのだ。
「それで、上空のあれは、女神なのか、それで、あれは、羽衣ではないのか?」
皆は、平伏していたが、時間が経つと正気を取り戻す者達がいた。それは、これからの指示を伯爵に指示を仰ぐつもりだった近辺の者達だった。
「伯爵さまが消えたぞ。また、西都市の不可思議な現象なのか!」
「また、雷が落ちるぞ」
伯爵が消えた。この言葉と雷が落ちる。この言葉を聞き、恐怖のために左右の部隊、村の入り口の方に陣を置いていた部隊は、伯爵の旗を投げ捨てて、この場から逃げた。残された伯爵の本陣は、これからのことを考えると途方にくれるのだった。
「女神様が、伯爵をお隠しになったのか?」
「それが、本当なら旗を授かった者である。聖殿を倒そうとしたからなのか、それで、御怒りになり現れたのか?」
「それは、分からない。だが、女神様は、北東都市の主様の願いを叶えるために現れたのかもしれんぞ。それで、邪魔な者達は天罰を与えるのかもしれない」
「それが、本当なら西都市の時のように雷の嵐が降るのか?」
「お怒りならそうなるだろう。だが、もう伯爵はいない。もしお怒りなら同じに消えるはずだろう。それが、一緒に消えないのだ。我らは許されたのだよ」
今では、伯爵が消えたのは、誰もが知っている。それで、これからのことを隣に居る者と話を始めるのだ。それも、上空の女神と思っている者を見て試案するのだが、隣にいる者では良い結果が出るはずもなく、少しずつだが人が集りだした。
「だが、今更、聖殿は許してくれるだろうか?」
「許してくるだろう」
「なぜ、そう思うのだ?」
「女神の加護がある者だぞ。寛大な人のはずだ」
「そうだな」
伯爵側の者達は、個々に集って相談していたが良い結論など出るはずもなく、少しでも人望がある人と相談を持ちかけた。その集まりは、段々と大勢になりだしたが、それでも答えが出ない。それでも、一つの答えが出た。だが、誰が聖と交渉するかと、誰も手を上げる者などいるはずもなかったのだ。それは、当然かもしれない。この戦いの責任を取らされると思ったからだ。それで、出た答えは、その場に座り、女神を拝むことだった。神頼みもあるが、この行為なら戦う意思がない。それを聖に伝わると思ったからだった。
「女神様が何かを叫んでいる様だぞ」
「拝みが足りないのか?」
「違う。心底から拝んでいない者でもいるのか?」
「そうだ。それに違いない」
「心底から祈ろう」
「そうだ。心底から祈ろう」
「祈ろう」
皆は、真剣に手を上げては下す。それを繰り返していた。まるで海の波でも真似ているような腕の波だった。それも、大勢だったために上昇気流が起きて上空の女神の衣服がなびくのではないか、そう思う程だった。この様子を見た。ある男が・・・・。
「皆を許してやっては、どうだろう?」
竜二郎が、聖に思いを伝えた。
「伯爵が消えたことで、戦う気持ちはない。もう終わったことだ」
「それなら、一言でも何か言ってやったら、どうだろうかな」
「そうだな」
「それで、終わりだ。それで、一つの皿に収まる」
聖は頷いた。
「皆で、村を救いに行くぞ!!!」
「うぉおおお」
聖は大声で叫んだ。皆は、拝んでいたこともあって静かだったこともあり。皆の耳に届いたのだ。すると、皆は許されたと思い。聖の下に集り興奮を表すのだった。謝罪のつもりなのか、それとも、村を救うための戦い。そのために感情が高ぶっているのだろう。だが、直ぐに戦えるはずがなかった。当然だろう。部隊の指揮系統が崩壊したのだ。新たに任命して部隊を再編しなければないからだ。そんな、乱れた状態で、先の自分の未来だけを考え騒いでいるのに、一人の男だけが、上空を見つめ続けていた。
「何かを叫んでいる?」
「・・・・」
透明な卵のような形の中から、まるで扉を叩く様子の女性がいた。
「あっ新さん。だと?」
痛みを感じると同時に羽衣と感覚が繋がり言葉を感じた。
「新さんね。やっと話ができるのね。さっきから何度も話しかけていたのよ」
「あっ、あっ、そうだったのか!」
痛みを感じごとに声を上げた。それが、脳内の器官の切り替えなのか、美雪の話と、脳内の記憶も流れ込んできたのだ。それで、全ての記憶が分かり。美雪を思い出したのだ。
「美雪さん・・・・なの?」
「そうよ。美雪よ」
「でも、なぜ、美雪さんが居るの?」
「私にも分からないの。泉の中で新さんと会いたいと祈っていたの。それが、突然に、この上空に現れたのよ」
「そうだったの」
「この場所って戦場なの?」
「そうだよ」
「新さんは・・・無事・・・・怪我もしてない?」
「大丈夫だよ」
「なら良かった。それでね。そろそろ家に帰らないと、お母さんに怒られる。どうすれば、泉に帰れるの?」
「分からない。でも、どのような様子なのかな?」
「そうね。う~ん。右目で、この場と言うか新さんを見て、左目で運命の泉を見ている感じかな。感覚では、左側が運命の泉に入っている感じで、右側が羽衣を感じているのかな。何か、グニャグニャと柔らかい物に触れている感じね」
「そうなの。う~ん。どうすれば、良いのだろう」
「今、新さん。何て言ったの?」
「えっ、あっ・・考えていた。何て・・・」
「あっお母さんが来た。何か叫んでいるわ」
美雪は、新が見える右目を瞑り、左目だけで見た。その光景を見て叫んだのだ。そして、何と言われているのかと、耳を澄ますのだ。
「美雪。どうしたのよ。体が透けているわよ。大丈夫なの?」
「えっ」
「キャア~」
美雪を抱きしめようとしたら幽霊の様に触ることが出来なかったのだ。
「お母さん。どうしたの?」
「美雪。あっ良かった。私の言葉も聞こえるのね。話も出来るのね。でも、体が透けているわよ」
「えっ?」
美雪は自分の両手を見た。すると、透けて下の泉の水が見えたことで自分の体や足と体全体を確かめるのだった。
「本当でしょう」
「うん」
「うん、って痛くないの。まさか、天国に行くのではないでしょうね」
「大袈裟ね。痛くもないし、天国にも行かないわ。勿論、地獄にも行かないわ。今ね。新さんの所にいたの」
「えっ新さんって、村に居た。あの新さん?」
「そうよ」
「そう・・・・それは、いいとして、家に帰るわよ。早く戻ってきなさい」
「う~ん。その・・・・」
「まさか、家に帰りたくない。そう言うのではないでしょうね」
「その・・・それは・・・」
「何、なに、はっきりと言いなさい」
「戻りたいけど、戻れないの」
「まさか、新さんが、引き止めているのね」
「そうでは・・・ないのだけど・・・なんて言うか・・・少し待っていて!」
美雪は、左目を瞑り、新と話をするために右目を開けたのだ。
「ああっ美雪。ちょっと、待ちなさい」
娘に触れないのが分かっているはずだが、娘の我侭な返事で今の状況を忘れたのだろうか、腕を握ろうとしたのだ。だが、なぜだろうか、幽霊の様な状態のはずなのだが、腕を握れたのだ。もしかすると、長く泉に入っていたことで、泉の力が皮膚に浸透するだけでなく、半分の遺伝子が反応したのだろうか、それとも、美雪の親も時の流れの修正に係わる一人なのかもしれない。それを証明するようなことが起きようとしていた。
「あっ嘘~引っ張らないで、待って、お母さん。ちょっと待って。まだ、帰れないの」
美雪は、透明な卵の様な物の中から新を上空から見下ろしていたが、母に手を引かれることで、まるで、水の中で片手が麻痺したことで、必死に溺れないように水を掻いているようだった。そんな状況だと知らずに、母は、腕を引く力を強めるのだ。
「あっ新さん!」
美雪は、母が腕を引く力を感じると同時に、新が苦しんでいる姿を見えるのだが、段々と、右目で見ていた光景がぶれて見える。もっと、明確に見ようとして目を擦るが、良くなるどころか悪くなるだけ、でも、心配で、心配で直ぐにでも心助けに行きたい。そう思い。今まで以上に必死で何もない空間を泳いだ。だが、近づくことが出来ずに、新の悲鳴が耳に届いた。何が起きたのかと、目を凝らすと、両目には、心配そうな母の顔が見えた。
「美雪!」
娘の透明だった顔色から普通の肌色に戻り安堵するのだが、いや、少々普段より赤みを感じたために額に右手を触れるのだ。おそらく、長く泉にいたことで風邪でも引いたのかと思ったのだろう。だが、美雪は、不機嫌そうに母の腕を払いのけた。
「お母さん。何で、何度も待ってと言ったのに、何で腕を引っ張ったのよ」
美雪は、新のことが心配で泣き崩れた。
「だって、この世から消えてしまう。そう感じたからよ」
「うっうう。苦しい悲鳴を上げていたのに、助けることも、言葉を掛けることも出来なかった。もしかしたら、死んでしまったかも、うっうう」
「大丈夫よ。大丈夫よ」
娘の顔を胸に抱きしめ、何度も何度も頭を撫でるのだった。
「うっうう、何で分かるの?」
「運命の相手なのでしょう。だから、死ぬはずがないわ」
「うん。うっうう。うん」
美雪の母の言う通りで、新の命は無事だった。だが・・・・。
2016年3月29日 発行 初版
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羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。