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夏の幻の恋 (運命の人と会いたいの。台風よ。早く来て!)
第一章 赤い糸は台風にも負けず
夏の満月の夜だった。一人の少女が、松林の中から満月の空を見ながら海が奏でる波の音を聞いていた。この少女だけでなく、この時期だと深夜の海岸でも人が多いが男女連れだけだと思えるほどだった。まあ、外見だけで判断するのなら中学、高校生、いや、大人だと言っても判断するのが難しいだろう。だが、この少女は一人でいるが、少々興奮しているように感じられたのだ。すると、少女は月の光で生まれた陽炎の幻だったのか、身体全体がゆらめいたかと思うと、一瞬の間だったが、驚くことに消えたのだ。そのことには誰も気づく者がいなかった。勿論と言うべきか、本人も気づいていないだろう。もしかすると、直ぐに現れたからなのかもしれないが、それでも、ゆらめきが続いていた。まるで、不安定な空間の中にいるかのようだった。それは、自分でも知らない過酷な運命を待ち構ええいる。その前兆のように思われた。そんな状態の女性の後ろから・・・。
「月夜の明かりだけで、愛しい貴方と、将来の夢物語を話したいわ。そしてね。雲が月を隠した時だけ、あなたの顔を見るの。なぜかというと、あなたの顔は眩しいから・・・そしてね。私たちを祝福するように全ての雲がなくなり満開の星空が見られるの。その時に、愛しい人からね。綺麗だね。そう言って欲しいの。すると、私は、私のことなの?。そう問いかけながら振り向くのね。私は、星が綺麗ね。この星空のことよね。そう言うわ」
この少女がいる後ろから近づく者がいた。それも、小説でも投稿するために作品でも考えているかのようなセリフを呟きながら松林の奥から少女に近づくのだ。だが、この少女は気が付かないでいたのだ。その者は、仕方なく、立ち止まり・・・・・。
「いや、君の方が綺麗だよ」
と、周囲には聞こえない程度だが、少女には伝わる程度の声量だった。
「えっ」
少女は、内心の気持ちと同じ言葉が後ろから聞こえて驚いて振り向いた。すると、芸能界でも、この女性のような理想的な体型で、顔も細面で整った者はいないと思える。それだけが、目立つ理由ではない。なぜか、迷彩服を着ているだけではなく、本物なのか不明だが機銃を持っていたのだ。
「など、と考えているのではないだろうなぁ」
ジャラジャラと音を鳴らしながら現れた者は言葉使いからでは男の様に思うが、暗闇の中でも分かる身体の体型からでも声色からでも女性だと分かった。だが、少女は驚いて振り向いた。その女性は顔全体を覆う仮面していたが、この振り向いた少女も目だけを覆う防弾の眼鏡だったのだ。それだけでなく、顔には迷彩の化粧までしていた。
「えっええ!」
「やはり、そうだったのだな」
女性は、立ち止まり。手だけは上下に動かして音を鳴らしていたのは、形は本物の弾倉のようだが玩具であり。無数の丸い球を補充していたのだった。
「うっうう~・・・はい。でも、本当に会っていた感じがするの。今でも、手に温もりが・・・」
少女は、適当な言い訳をしようとしたが諦めたのだ。それは、嘘を言うと、先ほどまで思った。感じた。その全てが消えてしまう。だから、全てを伝えようとしたのだが・・・。
「白馬の王子を信じる少女だな。だが、お前の使命はなんだ!」
この女性は、もし遊びだとしても、ここまで軍人に成り切るのならば、普段からも男の言葉使いをしていても、誰も変だと思う人はいないはずだ。それほどまで似合っていた。
「はい。この松林に隠れて敵が現れたら機銃を打って知らせるのが任務でした」
「それなのに、わたしが、お前の内心の気持ちを話しながら近づいても気が付かないのなら任務を与えた意味がないぞ。それも、自分から志願したのだぞ」
「はい。そうです。すみません」
「まあ、蜘蛛や虫が嫌いで、夜も一人では歩けず、飼い犬が一緒でないと、深夜の便所にも行けなかった。それが、今では、蜘蛛の巣が顔に当たろうが、虫などがいるはずの地面に手をついて這うくらいになった。それで、この任務を任せたのだぞ」
「和子お姉様(かずこおねえさま)、いや、部隊長。この服を着るのと、周りに人がいる。そう思うと、なぜか、恐怖を感じないのです。それに、月夜には、人を変える力があるのかも・・・」
「そうか、そうか、それ程まで、夜の海と星空が見たかったのだな」
「あっ・・・その・・・」
「まあ、たしかに、少女が、深夜の一時を過ぎて家から出るなど理由がないと無理だからな。いや、理由があっても無理かもしれない。それで、この会合に参加したのだな。まあ、わたしには、運命の赤い糸など見えん。だが、たしか、お前は、左手の小指に赤い感覚器官があるのだったな。そして、背中に蜻蛉(かげろう)のような透明な羽。羽衣と言う物もあるのだろう。それが、現れると、成人したと同じになり。少女としての感覚が消えるのだったな。それで、少女の感情がある間に、夜の海と星空が見たかったのだろう。サバイバルゲームなど興味もなかった。そう言うことなのだろう」
「いや、お姉様。わたし、本当に・・」
「でも、入会の時に言ったことは憶えているぞ。一人で夜を歩くこと、蜘蛛などの虫が怖いのを克服したいのだと言っていた。それは、なれたようだな。良かったではないか」
「はい、でも、サバイバルゲームの時だけなのです。普段の時は、特に、家の中で虫などが出たら怖くて寝られません-」
「げっ、想像したくない。それは、わたしもだ!」
「それよりもです。このような大きな声で敵に見付かりませんか?」
「ああっ、今回もゲームは負けたのだ」
「もしかして、わたしが原因で負けたの・・・ですか」
「まあ、各自を信頼し過ぎたのが敗戦だな」
「やはり・・・・そうでしたの・・・ですね」
「まあ、兄と弟の男たちと一緒にサバイバルゲームはしたことがあるが、女性だけの構成員では初めてなのだ。それに、まだ、誰の名前も聞いていないし、各自が、希望した配置だけを優先に決めたのだから力量も性格も分からない。もしかすると、機銃を打ったこともない者もいるかもしれないのだ。だから、何も心配するな」
「分かりました。次回こそ、任務を完遂して勝てるように努力したいと思います」
「まあ、それは、良いとしてだ。もう皆は、松林の入口で待っているぞ」
「え~~もう帰る準備しているのですか?」
「ああっ、そうだぞ」
「それでは、大隊長が待っているのですね!」
「ああっ、自分の陣地に一個の玉も入らずに負けたためだろうか、少々怒りを感じていたぞ」
「えっ」
「サバイバルゲームの遊びの規則も知らないのか・・・はぁ~」
「すみません」
部隊長は、心底から疲れたと大きなため息を吐いた。だが、素直に謝るので・・・。
「仕方ない。皆の所の戻るまでの時間だが説明しよう」
「ありがとう御座います。お姉様」
「簡単に言うと、その機銃から丸い球が発射される。それに当たると、死んだ。とされて赤い布を振り回しながら自分の陣地に戻る。そこで、十分間の間は死んだふりをするのだ。勿論だが、敵が攻めてきても何もできない。だが、十分が過ぎると復活するのだ。この規則を守りながら敵の陣地に行って、敵の陣地にある籠に玉を入れる。その入れられた玉の数が多い方が勝ち。と言うのが、サバイバルゲームだ」
「ほうほう、面白そうですね・・・・・んっ?。お姉様。何か音がしませんか?」
「なぜなのだ。機銃の音がするぞ。終了したはずなのだが・・・・・」
女性は、松林の中に駆け出した。その後を少女もついて行った。
「撃ち方を止め~~」
「姉ちゃん。何をしているのです?」
十一人の少女が、機銃を上空に向けて撃っていたのだ。
「サバイバルゲームの規則を教えていた。お前ら二人も入れ!」
「ムッ!」
姉が怖いのか、遊びでも礼儀が一番なのか、先ほどまでの男みたいな話し方ではなく、少女らしい話し方をした。だが、少々の怒りを感じて気持ちを押さえているようだが、表情までは隠せなかった。
「和子(かずこ)お前を初心者の扱いをしているのではない。今日は、皆の補佐と安全を守るために一発も撃っていないのだろう。だがら、不満解消のために撃て、そう言ったのだ」
今現れた。和子と言う女性と少女の二人は、十一人が並ぶ横に並んだ。
「和子。どこまで説明したのだ?」
「全てを教えましたよ。後は、撃つだけです」
「なら、皆よ。上空に向けて構え~~~撃て!」
皆は、全弾を撃ち尽くすまで引き金を引いた。
「どうだ。玩具だが、それなりの手応えを感じただろう」
皆が、うんうんと、想像以上の感覚を実感したのだった。
「それでは、我らは負けたのだ。だから、その規則で松林の中と海岸の掃除をする。玉だけでなく空き缶などのゴミも拾うのだぞ。一時間後、この場に集合してもらう。いいな!」
「はい。分かりました。大隊長!」
和子もゴミと玉を拾い始めた。それに、ならって、十二人の少女も同じように回収するのだった。そして、一時間が過ぎたが、和子が止めるまで回収は続いた。
「もういいぞ。戻るぞ!」
和子は、大声で終了を告げた。そして、指を指しながら人数を確認すると、大隊長が待つ場所に戻るのだ。
「お前ら、偉いぞ。可なりの数のゴミを回収したな」
「・・・・・」
「これから、最後の規則を実践してもらう。それに、一番の楽しみかもしれんぞ」
「はい」
「では、回収したゴミから一個の空き缶を手に取り。十メートル先の砂地に空き缶を突き刺して、今の場所に戻れ」
「分かりました」
皆は、直ぐに空き缶を置き、言われた場所に戻って、大隊長に視線を向けた。
「それなら、玉を込めろ。そして、空き缶に向かって撃て!」
「きゃあああ!」
玉が空き缶に当たる音と貫通したことに、少女たちは驚きの悲鳴を上げた。
「すごいわ。これ玩具よね。空き缶を貫通するなんて信じられないわ」
「そうよね。人の顔にでも当たれば痛いと思うわ」
十二人の少女は、同じような言葉で驚きの声を上げていた。
「そうだぞ。これでも、玩具なのだ」
「大隊長。一つ聞いていいですか?」
一人の少女が、玩具の機銃を見ながら言うのだった。
「何だ?」
「この機銃の名称は、何て言うのでしょう」
「そんなことか、玩具の機銃の名称など知らん」
「えっ」
少女は驚いた。趣味だと思って問いかけたのに、なぜ?。と不審に思うのだ。
「まあ、わしの話を聞け。これからが、本題なのだ」
「・・・・・・」
大隊長が何を言われるのかと、皆は身構えた。
「この中の何人か、いや、全員だろう。両親に、サバイバルゲームを勧められなかったか?」
「えっ」
全員が、驚きと同時に頷くのだった。
「やはり、そうか、と言うことは、十二人は左手の小指に赤い感覚器官がある。と言うことだな。それだけでなく、もしかすると、背中に蜻蛉のような透明な羽もある者もいるのだろう。その意味とか理由などは知らないはず。それを、今から教えよう。だが、まず・・・・」
「・・・・・」
大隊長の言葉を確認するように、皆が自分の左手を動かして腕時計を見るように小指を見るのだった。
「そうだな。好きな花の模様を想像してみろ。すると、小指から垂れ下がっている。赤い感覚器官が、手の掌の上で一筆書きのような感じで花の形になったはずだ」
「まあ、凄い、凄い。本当に花の形に変化しましたわ」
「きゃあ、本当だわ」
十二人の驚きの表情を確認後・・・・。
「左手の小指の赤い感覚器官は運命の人しか見えない。それは、ある小説の設定で有名だから知っていると思うが、男とは適当なことを言って女性の気持ちを引こうとする。だが、それを確かめるために、手の掌に赤い感覚器官で模様を描き、何の模様なのかと確かめるのだ。まあ、これは、自分で告白する場合だ。もし今というか、意中の人を思っている人がいるのなら明日でも試してみるのも良いだろう。だが、おそらく、運命の相手ではない」
「・・・・・」
「そして、なぜ、親がサバイバルゲームなど勧めたか、それが、分かった者がいる・・の・・かと思ったが、その表情では分からなかったようだ。だが、敵がいる方向を感じたはず。それが、左手の小指の赤い感覚器官が反応したのだ。それだけでなく、小指を見た者がいたなら方向を指して示したはずだ。まるで、方位磁石のような動きでな。親は、娘に、その感覚を感じることと、月明かりだけの明かりで行動するのと、夜の恐怖を知ること、もしかすると、人によっては、蜘蛛などの虫などの恐怖も克服して欲しかったのだ」
「おっ・・・・・・それなら、大隊長は、運命の人と結ばれたのですか?」
一人の少女が、恐る恐ると問いかけた。
「まだ、結ばれてはいないが、誰なのかと、判断は出来た」
「キャア~、キャア~」
「だが、その判断が出来るまでに、この世では五年の年月が過ぎたのだ」
「えっ・・・この世では・・・・・五年・・・・過ぎた?」
少女たちは、同じ言葉を悩みながら呟いた。
第二章
大隊長は、少女たちの悩む姿を見て何て言って良いかと考えた。
「意味が分からないのだろう。お前らの親は、自分と同じ経験をさせたくないためにサバイバルゲームで感じたことと、今まで話したことと、今から話すことを脳内に記憶した場合なら、これから先は同じような経験せずに済む。それを、お前の親たちから頼まれたのだ。だが、なぜ、わしなのかと言うと、未婚だからだ。子を生した者は、赤い糸の修正の禁忌として、自分の子には伝えたくても言葉にならないのだ。勿論、書面にして伝えることもできない。まあ、わしのように長い修正になるのが可愛そうだと思って協力することにした」
「赤い糸・・・・?・・・・・」
「そうだ。左手の小指の赤い感覚器官を赤い糸と呼ぶのだ。そして、運命の人を探して結ばれるには、時の流の不具合を修正して、運命の人と結ばれる時の流を作らないとならないのだ。わしは、そのために、過去や異次元だけでなく未来にも飛んで修正した。だが、それでも、いつ終わるのか分からない。わしの性格にもあるかもしれない。このように話をしていては、人との絡みが生まれて複雑になるだろうからな」
「時の流・・・・」
「過去や異次元・・・」
「未来も飛んだ・・・・」
「修正・・・・・」
「そうだ。我ら、赤い感覚器官を持つ者は、時の流の不具合の一族なのだ」
「不具合・・・・」
「そうだ。まず、わしの話を聞いてから問いかけろ!。良いな」
「はい。お願いします」
「わしは、旅に出る前の二日前に、突然に、背中に痛みを感じて、姿見鏡で背中を見たのだ。すると、透明な二枚の羽があったのだ。まあ、名称は、羽衣と言うが、蜻蛉の昆虫のような透明な羽だ。すると、自分の体の三十センチ範囲に透明な薄い膜(まく)が現れた。何度も退けようとして叩くだけでなく蹴ってみたが、ゴムの風船の中にいるようで手応えがなかった。だが、空気も吸えるし、周囲の音も聞こえた。勿論と言うのも変だが、缶の紅茶もつかめて飲むこともできたのだ。だが、様々なことをして出ようとしての結果なのか、わし暴れた結果だろうか、疲れて寝てしまったのだ。すると、驚くことに、目を覚めると空中に浮かんでいたのには驚いた」
「ええっ、空も飛べるの!」
全員の少女と思えるほどの声量で驚きの叫びを上げた。だが、大隊長は、自分の話の邪魔したことに怒りを感じることもなく、まるで、少女たちが実感した体験も自分もした。そんな笑みを浮かべるだけで驚く様子もなかった。そして、うんうん、と何度も頷くのだ。
「まあ、正直に言うのだぞ。この場に、羽衣が現れた者は手を上げてみろ」
すると、十一人の者が手を上げたのだ。だが、大隊長の妹と現れた。あの少女は手を上げなかった。それに、妹の方は、歳から考えると、赤い糸を持たない普通の者なのだろう。
「まあ、気にするな。それよりも、心配なのは、おそらく、十一人の羽衣との接触で現れる可能性がある。だが、その時は、感情など混乱させずに落ち着くのだぞ」
「まあ、丁度良い。続きの話をするより、羽衣のことを伝えよう」
「・・・・」
「真剣な表情だな。やはり、困っていたのだな。羽衣では、自由に飛ぶこともできるが、絶対の防御でもあるし、おそらく、運命の相手は、赤い糸も羽衣も持っていない普通の者のはずだ。それで、その者だと思った場合でも、違った場合でも、誰かを助けたい。誰かを守りたい。そう言う者が現れた場合は、この様に・・・・・」
後ろに手を回したかと、思ったら、バリバリと音が聞こえた。
「えっ!」
少女たちは、辺りを見回した。その音を探すために・・・だが・・・・。
「わしの手を見てみろ。太陽の光や、人工的な電球の明かりでは無理ではないが、見にくいが、月明かりだけの暗い所でならハッキリと見えるはず・・・・・見えるだろう?」
「・・・・あっ・・綺麗・・・」
「一人しか見えないか、変な例えではあるが、そうだな、朝の露(つゆ)などで蜘蛛の巣に水滴がついて太陽の光に、きらきら、と光る様子は見たことがないか、それに、近いはず」
「・・・・・あっ・・・・見えた。本当ですね。透明な布のようです。だから、羽衣と言うのですね。本当に、綺麗です」」
「うんうん。皆が見えたようだな。それで、使用方法だが、これを持ってみろ」
「私?」
「あっ、そうだった。真っ先に言うのを忘れていた。今まで、それぞれの名前を聞かなかったことには、サバイバルゲームで集まったこともあるが、別の理由もあるのだ。先ほど言った通りに、未来、過去、異次元に行く。そう言っただろう。それで、自分の名前は勿論なのだが、歴史を変えてしまう情報などを言ってはならん。歴史が変われば、お前らが生まれない時の流になるかもしれないからだ。だが、言わなくても、苗字や名前など知られたら同族だと思われて歴史が変わってしまう可能性が高いのだ。まあ、お前らは、おそらくだが、現代から違う時の流に飛ぶことはない。だが、もしもの場合あるために、苗字と名前は、本当の名前を使うな。そうだな、今直ぐに好きな名前を決めろ。苗字はいらん。適当な思い付きの名前が理想だ。そうだな。五分の時間を与える。直ぐに決めろ。そんな適当な名前でよい」
「・・・・・・」
「・・・・四・・・・・五分だな。なら、右端から言ってみろ」
「え・・あっ・・・来夢(らいむ)にします」
少女が答えた。
「良い名前ではないか、理由は?」
「飼い猫の名前です」
「そうか、なら、次だ」
「白(しろ)では、変だから・・・白・・・・・・白の香りと書いて、白香(しろか)」
「鈴(すず)にします」
「玉・・・たま・・・猫の玉の鳴き声って可愛かったの。だから、玉音(たまね)」
「空(そら)です」
「黒子(くろこ)です」
「桃(もも)です」
「奈々(なな)です」
「姫(ひめ)です」
「桜(さくら)です」
「メイ・・・・メイ・・・命(いのち)と書いて、メイです」
「ミミ・・・みみ・・未来(みらい)です」
「これで、皆の名前が決まったな。でも、猫のような名前だな。まさか、お前ら、猫を飼っているのか?」
「はい」
十二人は、一斉に、返事をするのだった。
「そうか、そうか、では、来夢。羽衣の手触りは、どうだ?」
「そうですね。先ほどは、ゴムの風船って言っていましたが・・・何て言うか・・・・毛糸のような感触かな・・・・それで・・・重さは感じられません。でも・・無理に言うのなら・・・・一枚の新聞紙くらいかな?」
「そうだな。そうかもしれない。では、首に下げてみろ」
「はい」
「そして、目を瞑ってみろ」
「はい」
「そして、腕を鳥の羽と思って上下に振って見ろ。そして、飛び上がる感じを思うのだ」
「おお~」
十一人の少女と大隊長の妹が驚きの声を上げた。それは、当然だろう。三十センチ、一メートル、十メートルと空中に浮いたのだ。
「何を驚いているの。どうしたの?」
「わしが言うまで目を開けるなよ」
「はい」
「右腕だけ動かして、左腕は胸を触る感じで!」
来夢は、十メートルくらいの高さで浮いていたが、指示の通りにすると、左の方に動いた。
「そうそう」
「今度は、左腕だけを動かして、右腕は胸に、そうそう」
今度は、右の方に空中で移動した。
「今度は、腕にも足にも力を入れずに、ひざを曲げて、腰を落として、そうだな、大きな岩にでも座っている感じにだな。そうそう」
来夢は、まるで、空中に椅子でもあるかのように動かずに座っていた。
「どうだ。お前らも出来るはずだ。やってみろ」
だが、同じようにしたが、誰一人として一センチも浮かなかった。
「まだ、飛べるはずがない。そう思っているのだな。それか、目線の位置が、慣れると、目線で移動するからな・・・・それなら、目を瞑って同じよう動かしてみろ」
「どうしたのです。飛ぶって、どう言うことです」
「来夢。まだ、目を開けるな」
「ほうほう、皆も出来たではないか」
十一人の少女たちは、来夢と同じ高さまで浮いていた。
「いいぞ。いいぞ。なら、わしが手を叩いたら目を開けろ。では、パン!」
「キャー」
来夢は、驚きの声を上げた。だが、他の十一人は、来夢の様子を見ていたので驚かなかった。だが、上へ、下へ、右に左と、自分の意志の通りには動けなかった。それでも、何とかして、姿勢を制御していた。その様子を見て、来夢も初めは興奮して空中で回転していたのだが、皆と同じ仕草や行動を真似て空中を散歩し始めたのだ。
「来夢だけは、そろそろ、降りてこい。羽衣が二重に見える。もしかすると、自分の羽衣が現れたかもしれない。わしの羽衣と一緒では、制御が出来なくなる可能性があるのだ」
「はい」
来夢は、もう完全に慣れたようだった。すんなりと地面に足をつけた。そして、羽衣を返すのだった。
「どうだった」
「気持ち良かったです」
「そうか、なら、前方に手を伸ばしてみろ」
「あっ!」
来夢は、自分の羽衣を感じた。
「おそらく、私の羽衣と皆が飛ぶ姿を見て体が反応して現れたのだろう。まだ、羽が伸びきってないはず。一時間くらいは飛ぶな」
「はい。でも、飛べるでしょうか?」
「大丈夫だろう。感覚は憶えているはず。同じように飛べるだろう」
「はい」
「皆が疲れて降りてくるまで少し待っていろ。初めてのことだから直ぐだろう」
それから、十分が過ぎると、十一人は百メートルを全力で走ったように息が乱れていた。
「それでは、続きを話すぞ」
「はい」
十二人は、一斉に返事をした。
「わしは、過去や未来には行った。それだけでなく、異次元と言うか、多次元か、いや、多重世界と言った方が分かるだろう。それは、無数の地球がある。その一つ一つに同じ人が住んでいるが、微妙に違う生活をしている。そう言う感じだ。などの所に飛ぶごとで、ジグゾーパルズのような断片が、走馬灯のように情報が脳内に記憶するのだ。おそらく、旅に出れば同じように分かると思うが、先に知らせておけば、無駄な、情報集めの旅をしなくても済むはずだ・・・・それでだが、上空の月、あれは・・・・」
「えっ」
皆は、驚きの声を上げると、同時に月を見た。だが、耳だけは、話の続きを聞いていた。それでも、何人かは、意味が分からない。いや、聞き取れなかったのだろう。
「もう一度、同じことを言う。上空の月、あれは、今から七千五百万年前には・・・」
第三章
今から七千五百万年まで遡る。その時代の地球には月(衛星)が無い為に、地球の重力が今の十分の一しかなかった。その理由で、現代でも生命の一つの謎と述べられている。時より、化石などでしか発掘されない巨大な生物の世界だった。だが、なぜ、謎かと言われているのは、もし、過去に飛び、その生物を現代に連れてくることができたとしても、現代に現れたと同時に死ぬとされているのだ。現在の重力では強すぎて圧縮されて潰れるからだ。それなら、現代の陸上では最大の像と同じ大きさなら生きられるかと思われるだろうが、大小の大きさの意味ではなく、低重力でなければ生存できない。と意味なのだ。だが、月が天文学的な確立で偶然に地球の衛星になったのではなく、ある銀河の惑星の衛星だったのを長い宇宙の旅ができるように造り替えて地球に向かったのだ。それでも、月は、単なる宇宙を移動する宇宙船ではなく、聖書に書かれている箱舟だったのだ。なぜ、それ程まで大掛かりなことをしたかと言うと、子を思う親の気持ちからだったのだ。まだ、普通の親と子なら何も問題はなかっただろうが、王家の血筋では障碍者では許されなかったのだ。それでも、王家の血筋では、誰かが権力を得ようとする者たちに祭り上げられる可能性があり。父親でもある王は、血の涙が流れるほどの悲しみに耐えて、ある星(地球)に赴任とさせた。正確には移住なのだが、星を箱舟にするほどの科学技術がある文明でも、その星は地球を観測するのが精一杯の遠い星だった。そのために、父である王は、子との別れは死別と同義だったために苦しんだが送り出したのだ。それでも、千年の長い時間を掛けて箱舟は無事に地球に到着した。だが、距離的には五百年もあれば十分の距離だったのだが、倍以上の時間を掛けたのには理由があった。地球の環境を壊さないために計算されてゆっくりと到着する予定だったのだ。元の惑星では、重力が強かったために重力が弱くても十分だったからだ。だが、何度も計算した結果のはずなのに、月が巨大過ぎたのだろう。衛星としては安定したのだが、地球の地軸がゆっくりと狂い。南極と北極の極が移動して太古の地球の生物は殆どが絶滅したのだ。だが、箱舟には元の惑星の全種類の生物の雄と雌の一組が積まれていたことで、箱舟の電算機が答えを出し第二の計画を実行することになった。地球を元の惑星の重力に変更して無事に地球で第二の故郷として繁栄を謳歌した。その種には、左手の小指に赤い感覚器官と背中に蜻蛉の羽に似た羽を持つ種族だった。この時の感覚器官である赤い糸は、運命の相手だけに見えるのではなく誰にでも見える感覚器官だったのだ。それも、動物の角とかと同じ身を守る物で、勿論と言うべきか、羽衣も飛ぶ高さを少々伸ばす程度のものであった。過去や未来に多次元を飛ぶ感覚器官ではなかった。それでも、文明は謳歌すれば衰退は必ず来る。いや、種族の限界ではなく、環境の汚染で地球に住めなくなり月に戻ることになったのだ。これが、地球での第一文明の滅亡だったのだ。それは、ある古代文明の世界観と重なる。第一の時代の終焉だったのだ。そして、月日が流れて地球の環境が元に戻る頃になると、月では限られた空間のためだろう。原因不明の疫病と出産の低下などから地球に降りなけれ種族が絶滅すると考えた結果で、再度、地球に降りて文明を開いた。それが、第二の時代だった。この時代から今の地球の人類と赤い糸と言われる感覚器官を持つ者が現れる原因が起きる。種族としては二度目の出産の低下が起きた。この時は、種族としては限界だと、誰も認めるしかなかったが、それでも、大人しく絶滅したいなど思うはずもなく、いや、正気の精神状態でなかったのだろう。だが、それでも、様々な産業の担い役は必要で、動物の遺伝子と自分たちの遺伝子を組み合わせて獣人を作った。これが、事実上の第二の時代の終焉であり。第三の時代の始まりでもあったのだ。この時代になると、純血の人々は数える程度になり。自分たちの遺伝子を使用した獣人だけをわが子のように慈しむだけでなく、専用の都市まで建設して共に暮らすのだ。だが、その獣人たちを次の地球の種の頂点にしたいために獣人戦争が勃発するのだ。結局、勝者はなく第三の時代は終焉した。いや、勝者が存在したと考えるべきなのか、猿の遺伝子を持った者。獣としての力もなく、外見だけは自分たちと同じだったために擬人と呼んで共に暮らすことになった。そして、禁忌だったのだが、擬人と結ばれた人々が増えに増え続けて地球上の覇権者となり。第四の時代が始まった。そんな世界の中で、旧人類と言うべきか、遺伝子を提供しなかった純血の種族だけで都市を作り細々と暮らす一族がいたのだ。信じられないことだが、擬人は、その都市を攻めたのだ。一度や二度は撃退したのだが苛烈にをきわめる戦闘なり。生き残るための手段として様々なことを思考した。その中の一つ、偶然の研究の結果で時の流を自由に行き来できる装置を発明したのだ。未来には、自分たちの種族は滅亡していることが分かり。月である箱舟が地球に到着する以前の過去なら時の流の不具合にならないと判断した結果で、一つの都市を丸ごと過去に飛んだ。だが、失敗し、都市は、異次元から出られなくなった。それでも、異次元から脱出しようと様々な研究をしたが失敗する。その中の一つの研究で、無茶な時の流を飛んだことが原因で過去の地球の地軸が移動した。この研究の発表があるまでは、先祖が月を方舟として造って地球に訪れたのが原因であるとされていたが違うと判明するのだ。今更になって様々な禁忌を犯したことを悔やんでも遅く、時の流が複雑に絡み合ったためか、神からの天罰なのか、時の流を修正する役目を担うことになるのだが誰一人として拒否はできない。その理由に、自分の運命の相手との出会いだけでなく、子孫を残すため、家族と暮らすために時の流の修正が必要になったのだった。当初は、自分の子のために自分の命を生贄のように捧げていた。長い間、捧げた結果で神から許されたのだろうか、それとも、異次元の空間で生活したために人体が進化したのだろう。左手の小指の赤い感覚器官が、運命の相手を探す導きと、時の流の修正の導きを示すようになり。背中の蜻蛉のような羽。羽衣だが、過去、未来、多重世界に飛ぶ力を得たのだ。正常な空間の地球には擬人だけが残り、完全に擬人が地球の覇者となり。第四の時代が終焉したのと同時に現代の文明である。第五の時代が始まり。今の現代まで続く・・・。
「と、旅をして歴史を知るのだ。そして、先ほどに言ったことだが、七割の者の運命の相手は赤い糸を持たないだけでなく。正常空間の地球の未来か過去の人なのだ。歴史を知ることで、おそらくだが、生贄と同じ意味で、時と時の流を結び付けるのだろう。だが、わしのように稀にある。異次元の多重世界の月の住人が運命の相手だと、わしは時の流の修正は終わったのだが、その住人が運命の相手だと、相手も修正があり。特に運命の修正の時間が長い。おそらく、わしが、七十歳くらいにならなければ修正が終わらず。終わるのを待つしかないのだ。だが、不思議な運命で、自分の子を残さなければ死ぬことがないのだ。それだけでなく、不思議なことに、多重世界の月でなければ子供は生まれず。驚くことに、想い人と一緒に二十歳の時の姿に戻り。二人で第二の人生を生きるのだ。わしみたいな特有の修正をする者もいる。だから、十二人の両親に頼まれたのだ。わしのような者なら少々の禁忌を犯しても何も変わらん」
「ほう・・・」
少女たちは、自分の運命の定めに驚くのだった。
「まあ、そんなに怯えるな。修正など簡単なことだ。赤い感覚器官が指示を伝える。それを実行するだけだ」
「ほう~ほう~安心しました。それで、修正とは何をするのです」
「そうだな。森の中で枯葉を空中にばら撒くとか、通学の途中で万引きを事前に止めること・・・様々ある。普通は、誰でもできることだ。だが、正しい修正をしなければ・・・」
「良かったわ。そんなことでいいのね」
「安心したわ。それなら、私にもできる」
少女たちは、最後まで話を気がずに一気に安心して、笑い声を上げながら思い思いの気持ちを話し合うのだ。だが、大隊長は、自分の話が中断したことで怒りを感じたのか・・・・。
「まだ、話は終わっていない。口を閉じて最後まで話を聞け!」
怒声で、この場の騒ぎを収めた。
「・・・・・」
少女たちは、姿勢を正した。
「たしかに、修正は簡単だ。だが、適当なことをして、もしも修正が失敗すれば・・・」
「・・・・」
少女たちは、何度も首を上下に動かして真剣に話を聞くのだ。そして、話の続きを待った。
「時の流には、過去、未来、異次元であり多重世界でもある。その世界に一人で行くのだ。だが、歴史を知り。様々な感覚も感じたことで、修正を失敗しないかぎり、この現代の修正で済む。それに、一人での修正でなく、十二人の協力での修正の可能性もある。問題は、修正を無事に成功しなければならない。その真剣に取り組む感情が問題なのだ」
「・・・・」
「そうそう、そうだぞ、今、この場の気持ちを忘れないことだ。例えで言うのならば・・・そうだな。先ほど言った。森の中で枯葉を空中にばら撒くことだが、修正する地域というべきか、いや、違う時間の世界と言うべきか、お前らが入った世界は、それは、コップの中に満水の水がある。それが、世界だとする。その中に一枚の貨幣を入れたとする。それが、自分だ。すると、当然だが、水が溢れる。その溢れた生物などを元に戻すのが修正だ。森で例えるのなら、お前らが森に入り、枯葉を踏みしめる音を立てたことで、本当なら狐が罠に掛り死ぬはずだったのだが、罠の方には進まずに、巣に歩いて戻る雲雀(ヒバリ)を見つけてしまい。そして、捕食されてしまう。だが、雲雀だけでは済まない。狐が生きて行くために死ぬはずのない多くの命が消える。だが、それだけでなく、雲雀が生きていれば捕食されて消える命が生き残るのだ。まるで、池に一つの石を落とした時のような無数の波紋が広がるような数え上げられない程の命の連鎖の波紋が発生するのだ。それが、一度でなく、二度、三度と修正が失敗すれば、自分の命だけを捧げて済めばいいが、足りなければ、この場の十一人の命も必要になるかもしれないのだぞ。だから、このことは忘れるな。良いな!」
「はい。絶対に忘れません」
「あっ、忘れていた。これで、最後の話だが、修正の指示の知らせは、赤い感覚器官が痛みとして知らせる。注射される時より痛くはない。それと、脳内に言葉が響く場合と、目の前に陽炎のような映像で知らせる場合がある。それで、もし失敗した場合は、痛い。などの感覚でなく死ぬかもしれないぞ」
「・・・・・」
十二人の少女たちは、死ぬと言われて、恐怖のために返事ができずに頷くことしか出来なかった。
「あはははっ!!。心底から怖がらせたようだ。だが、一つ言っておくが、修正の失敗で死ぬ以外は、拳銃で撃たれようが、爆弾で吹っ飛ばされようが死ぬことはない。全てを、羽衣の働きで発生する透明な膜が体を包んでいることで命を助ける。それと、二枚ある片方を運命の相手だと思う者に渡せば同じような働きにもなるし、羽衣の働きで渡した者とは、どんな遠くでも会話ができる。それだけでなく、運命の相手でなくても、手渡せば助けたい人や動物などの命も守ってくれるぞ。どうだ。少しは恐怖から縮こまった体が解れたか?」
「はい」
少女たちの返事に、少しだが年相応の柔らかい感情が感じられた。
「これで、全てを話した。そうだな・・・・後は、慣れるためにも羽衣の力で空中での散歩をしてみるのだな。勿論、お前らの片親は理由を知っているが、もう片方の親にはサバイバルゲームのために日の出までには戻る。と許可を取ってあるから存分に楽しめ」
この時には、来夢の羽衣も完全に成長が止まり。皆と同じように飛ぶことができた。十二人の少女たちは、空中に浮かび自由に空を飛ぶことに満喫していた。地上では姉妹だけが上空を見ていた。
「妹よ。驚かせてすまない。許してくれ」
「謝らないでいいよ。こんな不思議なことが見られたのだからね。それにしても、お姉ちゃんが、何度も話してくれたことは本当のことだったのね。それが、信じられなくて、本当なら、羽衣を貸して、そう何度も言っていたのを思い出すわね」
「そうだったな」
「もしかして、お姉ちゃん。昔話で伝わる。羽衣伝説とかって本当にあったのかもね」
「そうかもしれないな」
「運命の人に渡す大事な羽衣が盗まれたら死ぬ気で探すよね」
妹が上空を無邪気な子供のように見ていた。そんな姿を見た。姉は・・・。
「そうだな・・・・なぁ。お前も飛んでみるか?」
姉は、妹と上空を交互に見て、少々の間だが何かを悩んでいたが、何かの思いが吹っ切れたようだった。
「ええええっ本当にいいの!」
「ああっ嘘ではないぞ」
「だって、だって、今まで何回も頼んでも駄目だったのに、本当にいいの?」
「姉が嘘を言う者だと思うのならば、何一つとして信じなければよいだろう」
「ええええっ、そっそんな、嘘をつく人だなんて思ったこともないです。だから、心底からお姉さんを信じます。それで、それで、いつ、いつ、なのです。勿論、今よね。今、直ぐに羽衣を貸してくれるのよね。お姉様。そうですよね?」
「そのつもりだが・・・・・その・・・」
姉は、妹の狂ったような興奮する姿を見て、突然に、視線を逸らした。
「お姉ちゃん。今、視線を逸らしたわね。もしかして、今言ったことを後悔したでしょう。やっぱり、冗談だったと言い直す気持ちかな・・・それとも、何か・・・・羽衣を貸す代わりに何か要求するの?」
「まあ、要求と言うほどのことではないのだが・・・そのなぁ~」
「やっぱり、そうよね。それでもいいわ。羽衣を貸してくれる。その対価なら何でもするわ。それで、お姉様。どんな要求ですの?」
「サバイバルゲームの倶楽部を作れ!」
「えっ・・・作りましたが・・・それで、今回は初めての・・・」
「そうではないのだ。この場の者たちは、お前の高校の後輩だ。学校でもサバイバルゲームの倶楽部を作れ。そう言う意味だ」
「まさか、こいつらと学校でも関わりを持て、そう言うことですか?」
「そうだ。駄目か、和子よ。この要求では、羽衣とは等価にもならんのか?・・・なら・・・」
「いや、待って下さい。お姉様!」
和子は、その後に続く言葉が聞きたくなかった。それで、姉の話を遮るために叫ぶのだ。
「何だ?」
「わたしが承諾したとしても、学校では、顧問が必要ですよ」
「それは、わしのことを運命の人だと勝手に思っている。あの男なら適任だろう。そう思わないか?」
「あの人ならね。お姉ちゃんの言うことなら何でも聞くでしょうね」
「そう言うことなら承諾したと受け取っていいのだな」
「はい。そうよ。お姉さん」
「それなら、約束を果たそう。さあ、手渡すから両手を前に突き出してくれないか!」
「はい。前にならえをするのね。これで、いいの?」
和子は、前にならえをした。すると、姉は、長い布でも広げて、腕に掛ける仕草をした。
第四章
空には、神話や架空の絵に描かれてあるような状況が展開していた。まるで、かぐや姫を迎いに来た天女のように思えた。だが、地上には、二人の美女がいるが、天女たちは、地上に降りる気持ちが感じられなかった。その地上にいる者は姉妹であり。妹の方が和子だった。
「えっ・・・・あっ・・・重さがある」
和子は、姉の様子を見ていた。すると、両手に何かを手にしている感じで、普段の姉とは違って恭しい様子であり。この世に一つの宝を持つ喜びのようであり。些細な状況で消えてしまうのではないか、それ程まで丁寧に扱いながら妹の両手に羽衣をかけた。すると、姉の期待と違って、不審な表情を浮かべて姉を見るのだ。だが、三十秒、いや、一分が過ぎただろう。まるで、やっと、一枚の鳥の羽の重に気が付いた。そんな、驚きだった。だが、驚きの表情の変化は、まだまだ、続いた。
「やっと、感じたか!」
「うんうん。やわらかい。でも、何て言ったらいいの。例えが思いつかない。それに、温かさも感じるわ。そっそれに、見えた。羽衣が見えたわ」
和子は、羽衣の手触りを味わっている時に、月の光の微かな反射に気が付き羽衣の全体の状態を見えたのだ。
「和子。足元を見てみろ。少し地面から浮いているのを感じていたか?」
「えっ・・あっ!」
「首に羽衣をかけてみろ。そして、先ほど、来夢に教えていたのを見ていただろう。それと同じように真似れば飛べるはずだ」
「キャーーー飛べたわ」
「そんなに、騒ぐな。煩いぞ。だが、飽きるほどまで飛んでいろ」
まるで、和子は、耳元で騒がれたかのような様子を表していたが、羽衣の機能で持ち主である姉の言葉が届くためだった。
「はい。ありがとう。お姉さん」
和子は、上下と左右と飛び回り。やっと、自由に飛べることになれたことで、十二人の所に向かった。十二人は鬼ごっこをしている感じたったが、和子が来たことで、一か所に集まったのだ。すると、自分が鬼になるから捕まらないように逃げてみろ。そんなことを言ったのだろうか、十二人は、和子から逃げ回るのだった。
「楽しくて時間を忘れているようだ。仕方ない。では!」
姉は、十二人と妹が空中で浮いている方向に向かって殴るように左の腕を突き出した。すると、赤い感覚器官が伸びた。だが、それは、赤い糸でもある。自分と運命の相手だけにしか見えないものだが、一、二秒の瞬間に、十三個と言うべきか、十二人と言うべきか羽衣の力で発生した卵のような薄い膜に当たり振動しているかのような光の屈折だけが見えた。それでも、薄い膜の中では尻もちするほどの激震を感じたのだ。皆は、何が起きたのかと、周囲を見回した後に、地上を見るのだ。すると、大隊長である。和子の姉が降りて来いと、手を振っていたのだ。それに、気が付くと、皆は急いで地上に降りた。
「そろそろ、飽きたかと思ってなぁ。だが、何が起きたのか分からなかっただろう」
「・・・・」
皆は、無言で頷いた。
「羽衣が防御の盾だとすると、赤い感覚器官は武器である。今のは、槍のように考えて伸ばして当てた結果だ」
「・・・・・」
「無言だな。まあ、意味が分からず驚いているのだな。そうだな、そのままの状態で構わんから、先ほど打ち抜いた缶に意識を集中して、缶を左手で掴むことを思い描いてみろ」
「コン~カラン~」
「お~」
十二人が先ほど打ち抜いた。その全ての缶が転がった。と同時に驚きの声が辺りに響いた。
「今の感覚は憶えたな」
「はい」
皆が同時に頷いた。
「それでは、六人の二列で並べ。そうだな・・・六メートル位は離れて正面に向かい合え。そして、先ほどの感覚を思い出しながら左腕で渾身の力で相手の腹を殴る動作をしてみろ」
「キャー」
十二人は、同時に、空中で尻もちをしたと時の三倍以上の衝撃を感じたのだ。
「これで、安全を実感したはずだ。だが、先ほどの、わしの放った力が、どのくらいか見せてやろう。だが、先ほどの半分以下の力で、あの岩を粉砕してみるぞ」
その岩と言ったが、それは、人工で作られた。波消ブロックのことだった。そして、指さすと当時に人工の岩は粉砕したのだ。十二人は、驚きのあまりに目を見開いて口を開けたまま言葉をなくすのだった。
「まあ、この機能は使う機会はないだろう。安心するのだな。だが、わしは経験したがな!」
まだ、十二人は正気に戻っていなかった。
「そろそろ、三時が過ぎたことだし、帰るとするか、それと、後、何かの相談などは妹に任せてある。歳も近いことだし、何も気遣いなどせずに相談するといいぞ」
「それでは、お姉ちゃん。羽衣を返すよ」
「いい。お前が持っていろ。そうだな、明日の朝にでも返せ。それまで、好きにしろ」
「本当に、いいの?」
「ああっ勿論だ」
「キャ~~~やった!」
和子は、興奮が抑えられずに何度も飛び上がるのだ。
「その代わりだが、わしは、一人で先に帰る。皆を無事に家まで送り届けるのだぞ」
「お姉ちゃん。後は、大丈夫よ。任せて!」
「それなら、良かった。なら、帰るぞ」
妹に、確認の言葉を言うと、松林の方に振り向き、後ろ向きのまま手を振りながら松林の中に消えて行った。何か、手の振り方が力強く小刻みだったことで、何かの予定があって急ぐようであり。もしかすると、妹に大事な羽衣を託した理由が、十二人の女性たちであるのなら、自分たちに理由があるのではないか、と不安になるのだった。それで、一人の少女が我慢できなかったのだろう。
「和子お姉様!」
「来夢。何だ?」
「大隊長のことなのですが、何か御用でもあったのですか?」
「なぜだ?」
「何か御用がないのでしたらいいのですが、何か、不機嫌というか、不安というか、そんな感じがしまして・・・・その・・・・」
「赤い感覚器官を持つ者だけに感じると言う訳なのか?」
「いいえ。わたしたちを見ないで、手を振るだけでしたので・・・その・・・」
「ああっそう言うことか、なら、何も問題はないぞ。やっと、頼まれたことが済んで、運命の相手に会える期間が短くなるのではないか、そんな、喜びで、顔を見せられない程ににやけていたはずだ」
「そうだったのですか!」
「ああっ間違いないだろう」
「それなら、安心しました」
「それと、不安に思われたら困るので言っておくが、わしに羽衣を置いてったのは、お前らに不満があったのではなく、もし会えれば、運命の人と直接に肌と肌の感触を楽しみたいだけだろう」
「キャッ!」
何人かの女性が、邪な想像をして頬を赤らめた。
「今、想像した。そのような意味だ。だから、安心しろ。それよりも、三人の組を作れ。そして、常に、三人で行動しろ」
和子が、命令すると、元々、学校も同じだったのだろう。十二人は、直ぐに、三人に別れて四組の班ができたのだ。
「おおっ思っていたよりも早かったな。これも運命なのかもしれない。それで、姉の指示を伝えるが、後、一週間で夏休みに入る。その一週間で、今の状態で心の中で思っている愛しい人に自分の赤い感覚器官が見えるか確認しろ。そして、最終日に、旧校舎の地下にある。右側の奥の部屋をサバイバルゲームの部室として確保しておく。まあ、何も障害もなく明日から使えるはずだ。わしは、放課後には部室にいる。もし相談などあるなら来るのだぞ。必ず、最終日には、全員が集まるのだ。それを忘れるな!」
「はい」
一斉に答えるのだったが、殆どの者が不安な表情を浮かべていた。だが、それに、和子は気づいていたが、本当に不安なら家に帰るまでの間に何か相談されると考え・・・。
「では、帰るぞ!」
皆に指示を伝えたのだ。皆は頷き和子の後を歩き出した。まあ、若い女性たちだから一人一人の家に送り届けなければならない。その心配は分かるのだが、迷彩服を着て、背中にはゴルフバックのような釣り竿の様なバックを背負っている。そんな女性にちょっかいだす男がいるはずもない。だが・・・・そんな、心配よりも・・・・。
「この時間に、未成年が、それも女性だけで何をしているのだ?」
松林を抜けて、国道に出る所で、二人の警察官が立っていたのだ。誰もいないはずだった。確かに、サバイバルゲームを開始前には、この時期だから人はいたが、殆どの人たちは、関わりを避けて誰も居なくなっていた。だが、警察に電話した人がいたのだろう。
「ご迷惑を掛けて本当に済みません。でも、私たち、警察所には許可を取ってあるのですよ」
そう言って、和子は、懐から茶色の封筒を出して、二人の警察官に手渡した。
「ああっ確かに、許可を取ってあった。本当に済まなかったな。この近所の者が不審な集団がいると通報があったのだ。最近は、頭がいかれた連中が多いからな。それで、様子を見に来たのだ。まあ、だから、お前らも気を付けて帰るのだぞ」
二人の警察官に手を振られて見送られたが、和子は、十二人が不安を感じているだろう。そう思い振り向いて様子を見たが、それぞれの顔の表情を見てみると、自分の想い人のことでも思っている様子だった。だが、一人だけが顔色を青ざめて、今直ぐにでも死にそうな程に悩んでいたので、何を何でいるのかと、一人の女性に声を掛けた。
「来夢。そんなに、何を悩んでいる?。もしかして男のことなのか?。その男に会って、これ、見える?。と聞くだけではないのか?」
「そんな簡単なことではないですよ。もしかして、赤い糸が見える。そう言うことか?。何て問われたら恥ずかしくて何も言えませんよ!」
「そう言われたら困るのは分かる。だが、男が赤い糸なんて少女趣味みたいなことを言うだろうか、いや、赤い糸なんてことを知っているとは思えんぞ!」
「それが、最近の男子は、皆が知っていますよ。絶対に知っています」
和子以外の女性が、来夢と同じ気持ちで悩んでいたと、騒ぎ出すのだ。
「分かった。分かった。だから、騒ぐな!」
皆は、静かにはなったが、それでも、和子に聞こえないように呟き合うのだ。
「そうだな・・・まあ・・・」
「何か良い考えがあるのですか?」
「まあ、ない事もないが、たしか、赤い糸で花とか何かの紋様を一筆書きのように出来るのだろう。それなら、簡単に分かりやすく、スキ。とは描けないのか?」
「文字ですか、文字・・・・文字・・・・それも、スキ。ですか・・・・・」
皆は無言で、自分の左手の甲を見るのだ。直ぐに嬉しくて恥ずかしい表情を浮かべる。それは、愛しい人を思い浮かべている恋する少女の顔だ。それが、だんだんと、難しい何かの数式でも計算でもしているような表情に変わるだけでなく、今度は、地面に必死に一筆書きで文字を書き続けるのだ。
「そんなに難しいことを言った。とは思えんが?」
和子は、十二人の様子を見て理解ができずに苦しんだ。確かに、和子は分からないはずだ。それでも、花や動物などは形が存在するために、思うだけで左手の小指の感覚器官が自動と言うべきか無意識に簡単に形を作るのだ。だが、文字は自然界にはなく、それも、一筆だと立体的にするために複雑になるだけでなく、ミリ単位で動かすために集中力と文字を鮮明に思い浮かべなければならない。そのために図式を地面に書くしかなかったのだ。
「ちょっと、いいか・・・聞いていると思って話すぞ。簡単だと思って言ったが時間が掛るのなら明日にでもした方が良いと思うぞ。これ以上の時間が過ぎると、明日は起きられずに学校に行けなくなるからな!」
「・・・・・」
皆は、先ほどよりも早く黙々と地面に文字を書く。まるで、地面と格闘しているように変わったのは和子の話が聞こえたことで急いでいるのだろう。そう、和子は思ったのだ。
「その様子では、そろそろ、終わりそうなのだな。仕方がない。もう少し待つか」
和子の思いとは違っていたのか・・・だが・・・・。
「ああ~ぁ」
来夢が何かの閃きを感じて叫び声を上げながら立ち上がった。
「来夢。終わったのか?」
「えっ・・・・いいえ。でも、直ぐに終わります。皆、私の話を聞いて、地面に書いた一筆で書いたのを手の甲に押し付けて小指の感覚器官に記憶させるのよ。それで駄目でも、何度か繰りしていれば記憶されて勝手に微調整してくれるわよ」
「おお~そうね。そうね」
来夢の隣で見ていた。その白が最もだと歓喜の声を上げた。すると・・・
「お前ら、わしの話を聞いていなかったのか!!」
和子の言葉など誰一人として耳に入ることはなかった。皆の関心は来夢が地面に描いた絵だったのだ。その一筆書きの絵の出来具合に驚き、直ぐに記憶させてと懇願するのだ。そして、絵の記憶が成功すると、左手の手の甲を見ながら愛しい人との場面を想像しているのだろう。その場で、和子の気持ちなどに気づかずに浮かれて踊り始めるのだった。
「は~ぁ、今度は踊りか、なら、終わりに近づいているのか、なら、仕方がない。終わるまで待つか」
和子が、大きなため息を吐いたことも、愚痴を言ったことも分からずに、皆は踊り続けるのだ。それから、長い十分後だった。皆が、やっと、和子が不機嫌なのに気づくのだった。
第五章
十二人の少女は、和子が何も言わずに自分たちを見ていたことで狼狽えていた。
「来夢。ねえ、来夢。あなたが声を掛けなさいよ」
「それがいいかも、私たちとは違って親しそうだったしね」
「そうだったわね」
他の九人は、そうだと頷くのだった。
「えっ?」
来夢は不思議に思った。
「だって、ねぇ、私たちは・・・・」
皆は、小さい懐中電灯の一つの明かりで真夜中の森を一人で歩け、蜘蛛、虫、地面を這うことなどに慣れたかっただけだった。まあ、女性なら一生の間に一度でも経験すれば一生忘れない記憶になるはず。そのために、このゲームを勧められて、大隊長と名乗る者の家の前に完全防備の姿で集まった。その時に、皆が初めてのゲームの参加だと聞いたことと、自分が考えたゲーム名だけの簡単な挨拶だけで直ぐに車に乗せられたのだ。その車内で、場所は海岸の松林である。それと、規則を聞かされただけだったのだ。そして、味方の陣地だと決められた松林に着くと、その場には、来夢と和子がいた。その時に簡単な挨拶と安全のために仮面は外すな。と言われた後は、ゲームは開始して、夢中で大隊長の指示だけを聞いていたのだ。その後に、会話をしながら二人が海岸から現れたことを言っているのだ。
「でも・・・」
来夢は悩んだ。だが、皆に押されて、和子に近づくと、寝息かと思う音が・・・。
「あっ寝ていたようだ。ふぁああ~済まない。済まない。悪かった。それで、終わったのか?」
「はい。終わりま・・・ふぁああ~した」
来夢も欠伸をした。和子の欠伸が伝染したと言うよりも、時間も時間のために体が睡眠を要求したのだろう。
「なら、帰るぞ。あっ、この近くの者は、誰か居たか?」
和子は、歩き出すと、姉に言われたことを思い出した。
「そのことなのですが、一人で飛んで帰りたいと思います。それだと、時間も早く帰れると思いますし、駄目でしょうか?」
「飛んで?。ああっ飛べたのを忘れていた。それなら、構わんぞ。この場で別れよう」
来夢は背中を突っつかれて仕方がなく言うのだが、皆は喜んで頷いた。そして、和子の言葉を待った。すると、喜んで承諾してくれたのだ。だが、和子は、何か言い忘れたかのように、皆を引き留めて・・・。
「あっ、その手の甲の文字を想い人に見せてくるのだ。そうだな、期間は一週間とするとしよう。その結果が良いとしても悪い結果でも必ず放課後に部室まで知らせに来るのだぞ。いいな!。それを承諾したら許そう」
「・・・・」
誰も即答できなかった。それが、出来ていれば、おそらく、この場に居なかったはずだからだ。それを言おうとするが、言えるはずもなく、和子を見つめるだけしかできなかった。その和子は、独り言なのか、いや、ぶつぶつと呟くのだから姉との約束を果たせなかった場合のことでも考えているのだろう。そして、和子が頷くと・・・。
「一人で飛んで帰るのだったな。では、一週間後に会おう。いいな、忘れるなよ!」
「・・・・」
誰一人として飛ぶ者はいなかった。
「ん?どうした?・・・・あっ、お前らだけで話がある。そう言うことか、別に構わんぞ」
「そう言うことではないのです」
「そうです。今帰ります」
「時間を取らせました。本当に、自分達のことで済みません」
誰が言ったと言う訳ではないが、返事を返す者や一言の謝罪の言葉だけを言うと、飛び立つ者もいた。それでも、五分も過ぎる間には、この場には、和子だけになった。
「何か悪いことをしたかもしれない。まあ、いいか」
和子も飛んだ。だが、和子や皆も飛ぶとは、飛行すると思うだろうが、そうではなく、家々の屋根から屋根に、家がなければ木々を飛ぶことだった。その中で一人だけがぎこちなく飛ぶ者がいた。おそらくだが、まだ、羽衣が所々の箇所が未成熟で不安定なのだろう。
「結構、飛ぶって疲れるわね」
その者は、来夢で、自分の家の屋根の上に着くのだった。そして、ゆっくりと、ふわふわと浮きながら壁を手探り状態で下に降り、二階の自分の部屋の窓を開けて中に入るのだ。視線は、寝台に向いた。そのまま倒れたい気持ちだったが、先ほどまで地面を這いずったのだ。それも、蜘蛛などの様々な虫たちを触った手足だけでなく衣服も汚れていた。もう九割の感情では気にしなくていい。このまま眠りたい。だが、一割の感情が、お気に入りの枕や布団を汚す。その感情があったから耐えた。それでも、睡眠の欲求を耐えられなくなった時だった。何気なく、視線が服の袖を見た。すると、きらりと光る物を見た。それは、蜘蛛の巣の糸だった。と確認することも、睡眠の欲求も一瞬に消えて、自室の扉を開けて、衣服からサバイバルゲームの一式の全てを廊下に脱ぎ捨てた。この解放感で、朝には母に叱られるなどの思考など働くはずもなく寝台に倒れこんだ。だが、まだ、微かに、女性としての羞恥心と言うべきか、下着の姿では眠れない。それ以上に、汗や汚れを落としたい。せめて、シャワだけでもと、その感情はあった。だが、体は言うことを聞かない。今、簡単に汚れを落としたとしても、また、朝にには身だしなみを整えるのに入浴しなければならないのだ。それなら、今はいいかと、それでも、普段からの癖なのか、左手がある物を掴みとった。もしかしたら、小指の赤い感覚器官だったのか、その判断する思考は、もう、この時点ではない。だが、朝の起床の選択をしなければ、シャワーか風呂かの選択だ。それは、即座に、シャワーでいいやと、決めた時間は、母が朝食を食べろとの命令される七時の一時間前に、六時に目覚ましが鳴るように時刻を設定したのだ。これでは、ぎりぎりね。戦場のような状態になるわね。これが、最後の意識であり。気力であり。結局、寝巻に着替えることなく下着の姿のまま寝ることになった。
「ビ~ビ~」
目覚ましの音が室内に響く、それも、段々と音量が大きくなる機能つきだ。だが、寝返りはするが起きるようすがない。だが、この音が一階にでも届く音量になった時だった。
「早く止めなさい。うるさいわよ。もう、まだ起きていないの。朝食はいいとしても、身だしなみもしないで学校に行く気持ちなのね。女性を捨てる気持ちなら寝ていていいわ」
母は恐らく、一階で朝食の用意をしているのだろう。煩い目覚ましの音を我慢するために叫び続けた。だが、二階までは届かないはず。だが・・・。
「女性を捨てるのね!」
「もう、何よ。捨てるはずがないでしょう」
女性同士の感覚なのか、血の繋がった家族だからなのか、不思議だか最後の言葉は届くのだ。それも、毎朝のこと、この言葉で起きるのだ。もしかすると、目覚まし時計は必要がない。と、思われるが、母も娘も、このことには気づいていないのだ。だが、もう一つ朝のできごとがある。それは、娘以外が、家族の皆が知り、ある年頃から始まった。それは、忘れるはずのない。毎朝の言葉だった。
「娘が降りてくるわ。階段を見たら娘に殺されるわよ」
母は、娘が扉を開ける音を聞くと、自分の連れ合いに言うのだ。このことを知らない。娘は、本物の忍者でも顔負けする忍び足で、下着姿のまま替えの下着と衣服を手に持って階段を下りるのだ。直ぐに、母と娘が本当の血の繋がりがある。いや、転生された本人同士かと思われる。それほどに似た母と娘なのだ。だから、本人は知らないが、鬼のような感情的葛藤が料理を作る時の真剣な表情であり。その調理の場面であり。娘にも女性特有の似た様子が浴室で再現されるのだ。
「おっ、今日は、五分も早いわね」
娘は、常に手入れをしているような黒くて癖毛のない長い髪なのである。学生だから化粧も塗っていないが質素で清楚な姿で現れたのだ。まるで、先ほどとは別人のようだったのだが、家族の誰一人とも「お前は誰だ?」などとは、言う者はいない。そして、家族の全員が食卓に着くと、皆で朝食を食べ始めた。まあ、正確に言うのならば、母は、紅茶を飲むだけで給仕に徹して、皆に少しでも多くの料理を食べてもらいたい気持ちと、出勤と登校に遅刻させないためだった。
「お母さん、行ってきま~す」
「気を付けてね」
母は、心底から疲れた表情を浮かべるのだ。娘のことを思って給仕に徹しても、食事を残して家を出るのも最後になるのだからだ。それでも、昨夜のことは、自分が、娘に運命の試練として勧めたことだったのだ。だから、今日は、起きられないと思ったのに普段の通りだったことで褒めて上げたかった。
「あっ、おばさん。おはようございます」
「おはよう。うちの子なら、もう行ったわよ。気を付けてね」
「は~い」
誰にでもとは言わないが、近所の人には挨拶も出来る普通の女性だ。誰が見ても、左手の小指に赤い感覚器官があり。背中に蜻蛉のような羽である。そんな、赤い糸や羽衣がある者だとは、誰も分かるはずがないのだ。そんな、女性が向かう学校も普通の女子高だった。乗合自動車で三十分ほどの距離だが、その停留所に向かう時と降りて学校まで歩く、全ての時間で一時間もあれば十分だったので走り出すこともなく、その友達とも授業の開始までには会って少々の話しだとしても十分な時間がある。それでも、今日の登校する人たちの表情を見ると、まるで、運命の出会いの予感でも感じている。そんな、期待に満ち溢れていた。それは、当然だった。明日から夏休みなのだからだ。それにしても、少々興奮気味で教室の中に入っても変わらなかったのだ。普段なら、些細な会話でも加わるのだが、何か悩みがあるのだろう。大きなため息を吐いて窓から外を眺めるだけだった。それでも、皆が興奮しているからだろう。その話題を聞きたい訳ではないが、会話が耳に入ってくるのだ。驚くことに学校の十一人の女性の話題だった。その女性たちは、二年、三年の女性を押しのけて人気があった。まだ一年で素性を知らないからと、そんな理由もあるが、女性にも人気で想い人が女性でも男性でも告白すれば結ばれる。そんな、女性たちが、想い人に告白するから協力してとか、何か良い方法がないかしら、とか、何人かに相談されたらしいのだ。勿論、誰にも言わずに内緒にしてと言われたはず。だが、女性と言う人種は沈黙など出来るはずがないのだ。いや、中には居るだろうが、そのような者でも、真剣に相談されたことを真剣に悩み悩み続けて、答えが出せずに、絶対に相談しては行けない者に相談して学校中に広まるのだ。それが、今日の登校の様子であり。学校内の様子なのだった。
(あの噂の十人の人なら私のように悩まないわね。あっ・・は~一週間が・・・どうしよう)
まあ、女性の人気の上位の十人以下、十一位から下位は常に変動してするが、来夢も何度かは十二位に入る。それなりに、女性にも男性にも理想的な女性と思われていた。
(あっ、皆が噂する女性って十人でなくて、十一人だったのね。昨夜の皆は、迷彩の化粧をしていたから・・・まさかね・・・偶然よね・・・・それにしてもね。好きな人の家は分かるのよ。でも、家に押しかけて、左手を見せて、これ読める?。何て言えないわ。もしよ。赤い糸のことを知っていて、まさか、運命の赤い糸のことを言っているのか!。そんな、返事が返ってきたら・・・もう~私が告白していると同じになるわ)
悩みに悩み続けて、内心では気持ちは収まらずに口から言葉として出るだけでなく立ち上がってしまったのだ。。だが、問題は、それではなく・・・・。
「そんなこと出来ないわ!」
「先生に出来ない。そう言われてもなぁ。宿題とは出来なくても調べてでもするのだぞ」
「・・・・・」
来夢は、登校してから今まで悩み続けていた。だから、自分が席を立ったことに驚き、先生に視線を向けるが、状況に理解でできずに教室の時計に目を向けた。すると、驚くことに時計の針が十一時を示していたのだ。
「座って宜しいが、出来ない。など言わずに頑張れ!」
「はい」
(私、朝から今まで悩んでいたの?)
「それでは、通知表を渡す。そしたら、終わりだ。夏休みをゆっくり過ごせよ。だが、宿題は、やっぱり、できませんでしたなと言って白紙で提出したら、どうなるか分かるな!」
教室に笑いが響いた。
「静かにしなさい」
「は~い」
「それでは、冗談は、ことまで、二学期には、皆の笑顔を楽しみしていますからね。それでは、これで、終わります」
先生が教室から出て行った。すると、皆は、直ぐに、噂の十一人の女性の所に向かった。
「まあ、今日は、もういいわ。眠いし、早く帰って寝よう。それが、いいわ」
教室には誰も居なくなったことで、眠気を感じて少しでも寝ようかと、一瞬だけ考えたのだが、そんな、恥ずかしいことが出来るはずもなく、懐の手帳を取り出して乗合自動車の時刻表を見るのだった。
「あっ、三十分後なの・・・・う~ん。は~ぁ~気が進まないけど、仕方がないわ。一度は行かないと行けないのだし、時間もあるし、サバイバルゲームの部室にでも行ってみるかな」
大きなため息を吐きながら教室から出た。
「ふぁあ~、確か、旧校舎の地下だったわね」
扉を閉めながら欠伸は出たが、眠気を我慢しながら思考するのだ。そして、思考の結果である部室が、後ろを振り向いたことで視線の先にあった。それは、廊下の窓から見える旧校舎なのだった。その部室に行く間に、何度目か角を曲がり、何度か階段を下り、何度の欠伸をした後に到着するだろう。おそらく、突き当りにある部屋で、一枚の引き戸の扉で中に入らなくても小さい部屋だと感じられて、元旧校舎では臨時教師の仮職員室だと思えた。それ程に大きくも小さくもない部屋で、おそらく、部屋には窓もないであろう。そんな、地下の一室だと想像していたのだ。
「・・・・・」
扉の前で立ち尽くした。それは、本当に部室があったからだ。女子高にあったのが驚きだったのだ。噂では男性的な遊びで、自分の運命を知らなければ、脳内の隅に噂の程度に残るくらいの興味も感じないことだった。だから、深い付き合いはしない方がいい。それと、自分の想い人と運命の相手が違う。それを認める感じがして、扉を叩かずに、振り返って帰ろうとしたのだ。すると・・・。
第六章
旧校舎を歩く音が、一人でなく二人の足音が響いた。正確に言うのならば廊下を歩く足音と、階段を下りる音だったが、二人は気づいていない。だが、廊下を歩く者が腕時計の時間を見るために立ち止まったことで、自分以外の足音が聞こえたのだ。
「あっ!」
自分の方に近づく足音で、来夢は狼狽えたのだ。だが、逃げる場所がある訳もない。それでも、隠れる場所を探すために見回した。それの視線には、便所でもあれば隠れられる。とでも考えているようだったが・・・・。
「おっ!。来ていたのか、ごめん、ごめん。便所だった」
来夢が必死に探していた。便所は、地下になく一階だったらしい。
「和子さん!」
足音が知っていることに安堵する気持ちもあるが、和子に会わないで帰る気持ちだったので、複雑な気持ちだった。
「その顔の表情では、想い人に手の甲の文字は、まだ、見せていないのだろう」
「はい」
「それで、相談に来たのだな。まあ、立ち話もあれだ。部室の中に入れ」
「あっ、はぁ・・・その・・・乗合自動車の時刻が・・・・」
「三時五分のなら間に合わないぞ。後、五分しかない。三時四十五分のにしたらどうだ」
「え・・・たしか、三時十五分ですよ」
「あっ、それって、月曜から金曜の時間だろう。今日は土曜だぞ」
「あっ」
「まだ、時間もあることだしな、まあ、部室の中に入れ。それに、お前が初めての訪問者でもあるのだし、何か協力してやろう。それに、お前に伝えないとならないことがある。だから、まあ入れ!」
来夢は、和子の勧めを断れずに部室に入るのだった。やはり、想像の通りの室内で、中央に簡易な長い卓と同じ簡易な十四個の椅子があるだけだった。
「好きな所に座れ」
来夢を先に部室に入れて、和子が扉を閉めながら席を勧めた。すると、部屋の奥は上座で先輩の席だと思ったのだろうか、来夢は入口から一番近い席に座った。その隣に和子も座るのだった。そして、数分の無言が続き・・・。
「相談があって部室に来たのではないのだな?」
「えっ?」
「それでは、まだ、赤い感覚器官の自動修正の指示は来てないはず。そうだろう?」
「はい」
「おそらく、想い人に、告白らしき行動をした場合に何かの指示がくるはずだ。その想い人が運命の相手なら何も問題はないだろう。だが、間違いなく見えないはずだ。いや、見えなくても運命の相手でない。もしかすると、見える。見えない。そう言う意味ではないだろう。それが、運命の相手と結ばれるための時の流の修正をして、運命の相手と結ばれる世界と言うか時の流を作るのかもしれない」
「和子さんは、赤い糸もない人なのに、なぜ、それが分かるのですか?」
「それは、姉が修正の旅に旅立つ時だったと思う。突然に、わしの目の前で透明な姿になり。姉が消える瞬間に手を掴んだ。その時に、修正との意味を何となく感じ取ったのだ。その当時は、夢であり幻だと思って忘れていた。だが、あの夜のこと羽衣を渡されたことで・・・」
和子は、思い出しては、悩み、また、悩みながら伝えるのだが・・・・。
(まあ、言う気持ちはないが、一番の理由は、わしの子供は、お前らの子供と結婚するらしいのだ。だが、赤い糸に関わらない普通の子供だが、我が子のために無事に修正を成功してもらわないと困るのだよ)
と、内心の気持ちを隠して話を続けた。
「消える・・・・のですか・・・」
来夢は、驚きと恐怖のために問いかけた。
「ああっ・・・お前らは、たぶん、大丈夫のはずだ」
「本当ですか?」
「ああっ理由はある。まあ、これから話すが、姉は、お前らの親に命を救われたことだけでなく修正の手助けをしてもらったらしいのだ。まあ、今の姿や様子では信じられないと思うが、お前たち以上に、潔癖症と言えばいいのか、虫や害虫などを見るだけで失神していたのだ。それだけでなく、裸足で地面を歩くことも出来なかったのだぞ。それが、まあ、現代の修正だったのならば、まだ、何とか修正が出来たと思うが、見知らぬ地で、火を熾すにも火打石などの世界では虫や害虫が怖いでは生きて行けない。それに、驚くことに、食事は自分で狩りをするのだぞ。まあ、虫も触れない者が、魚の餌などのミミズや虫など触るだけでも死ぬ思いをしたはずだ。その時に、お前らの親が修正している時に会ったらしい。おそらくだが、時の流の神が本当に実在して、修正の指示を伝え、もし失敗しても、時の流の自動修正があるはずだが、その修正範囲を超えたのだろう。それで、どうしようもなく、その神も手を焼いたことで、同族である。お前らの親たちに関わりを持たせたらしいのだ。それを笑いながら話してくれたよ。それが、どんな障害があったとしても、まあ、例えで言うなら神の怒りのような雷の嵐が降っても確実に勝てる戦いだった。それを、姉の原因で、再起不能と思えるほどに敗北させる原因を作ったらしい。その時の修正が、その勝者となる王が骨折する原因を回避するだけだったらしいのだが、片目にさせるだけでなく、国の復興から始まり元の領地を取り戻すまでの大変な大修正になったらしいのだ。まあ、思い出すほどに涙を流しながら笑っていたよ。それでなのだが、運命の修正が終わり。運命の相手と結ばれて子をもうけたら修正の指示がないのが普通らしいのだが、最近になって、お前らの十二人の親に時の修正の指示が来たらしいのだ。娘たちに、最低でも虫を触ることや地面を裸足で歩く程度には体を慣らせ。だったらしい。わしの姉ほどとは違うだろう。それでも、今の状態で十二人が同時に普通の時の修正をさせたら地球が崩壊するかもしれない。それで、親たちは娘たちが現代で運命の修正をさせるため、自分たちの年頃の時にはできたことと、修正の初期段階に経験することを体験させて会得するには、サバイバルゲームが最適だと感じたのだ」
「そうだったのですか!」
「ああっそうだ。だから、想い人に、運命の赤い糸があるか確認した後に、必ず部室に来い。そう言ったのは、今の話を伝える考えもあったのだぞ」
「わたしのことで、そんな、迷惑を・・・和子さん・・・まで・・・」
「いや、何も気にするな。姉の恩人は、わしにも恩人だ。そんなことよりも、想い人に赤い糸が見えるのか、それを確認する方が大事だぞ」
自分の子の運命に関わることを隠し続けた。
「はい」
「その男に見せるための、何かの計画でもあるのか、もし・・・ないのなら・・・」
「大丈夫です。自分に勇気がなかっただけです。ですが、今の話を聞いて・・もう大丈夫です。これ以上は、誰も迷惑を掛けません」
「何か、やけくそみたいだが・・・まあ、落ち着け」
「本当に大丈夫なのです。本当ですから、本当に簡単ですよ。自分の左手の甲を見せるだけですからね。だから、約束します。好きな人に見せてから、もう一度、この部室にきます。それでは、乗合自動車の時刻になりましたので、これで、私は帰ります。でも、必ず報告にきますので、失礼します。失礼しますね」
来夢は、自分の行動で地球が崩壊する。と言われて恐れたのか、いや、ぐちぐちと悩んでいたことに、恥ずかしかったのか、ただ、乗合自動車の時刻に間に合うように慌てていただけなのか、それとも、全ての気持ちが重なったためか、今にでも泣き出しそうな声色で正気とは思えない言葉を吐きながら部室から駆け出すような勢いで出て行った。
「もう~もう~何なのよ!」
気弱な気持ちを吹っ切ろうとしての行動なのか、夢中で駆け続けた。それでも、停留所まで走ることが出来なかった。と言うよりも、羞恥心は残っていたのだろう。さすがに、涙を流した姿では乗合自動車には乗れない。そう思って、停留所が見える所である。建物の陰に隠れて涙を拭くのと、身勝手な運命に対する悔しい気持ちを落ち着かせていた。
「ふぅ・・・左手を見せるの・・・どうやって機会を作ればいいの・・・」
涙は止まり。気持ちも落ち着いたのだろう。この先の行動に対しての試案を続けながら停留所に向かった。だが、何度も思案しても答えが出るはずもなかった。そんな簡単に出るのなら悩む必要もないし、とっくの昔に告白していたはずだ。それでも、悩み続けていたのだが、乗合移動車が着くと、驚くこともなく慌てることもなく乗るのだから真剣に悩んでいないのか、もしかすると、もう答えが出ているのか・・・いや、席が空いているのに座らずにつり革を掴んで外を見るのだから思案を続けているようだった。
「えっ!」
十分くらいは走っている。その車内から外を何となく見ていたのだろう。突然に、外の景色を見て驚くのだ。偶然なのか、いや、決められた運命なのだろう。乗合自動車は、前方に車が並んでいたので先の状況は分からないが、おそらく、信号は赤で止まったのだ。その窓の外には、想い人が自転車に乗らずに押して歩いていたのだ。なぜなのかと、想い人が見ている。その前方には、一匹の猫が歩道の真ん中で、猫だけがする特有の座り方で想い人を見ているようだった。自転車を押して、段々と、猫に近づき、想い人が、来夢が見ている窓の前に来ると、その猫は走り出して、想い人の足にじゃれるのだ。すると、驚くことに、なぜか、一匹、二匹と、猫が現れては、想い人の足や飛び上がって手にじゃれる。それも、まだまだ、猫は増え続ける。その数は十二匹にもなり。完全に、体の自由は奪われて、首を左右に振るくらいの自由しかなかった。すると、運命の出会いのように来夢と目があった。まるで、助けてと言っているような視線だったので、直ぐに次の停留所で降りる気持ちになり。運転手に知らせるためにボタンを押した。十メートルは進んだろうか、直ぐに止まり、そして、出口が開いた。慌てて料金を払って降りた。直ぐに駆け出して想い人の所に向かった。
「大丈夫!」
息を整えることよりも、想い人の無事を確認するのだった。
「君の猫なの?」
「いえ、違うわ!」
「何か猫が好きな匂いでもするのかな?」
「そうなのかも・・・・知れませんね」
「本当に、君の猫でないの?」
来夢が現れると、何かの用事が済んだのか、じゃれるのに飽きたのだろう。初めにいた。あの一匹の猫だけ残して方々に逃げるようにいなくなった。
「違うわ。あっ・・・・でも・・・この首輪って見覚えがあるわ。もしかして、来夢なの?」
すると、人の言葉が分かるのか、可愛い鳴き声で返事をしているようだった。
「来夢なの!」
「やっぱり、君の!」
「そうみたい。何か迷惑を掛けて、本当にごめんなさいね」
「それなら、家は、この近くなのだね」
「いえ、まだ、バスで二十分くらいは乗らなければならないわ」
「迷惑を掛けたのは、僕の方なのかもしれない。あの様子を見て心配になって降りてきたのでしょう。なんか、本当にごめんね。でも、助かったよ。ありがとうね」
「いいえ。こちらこそ、本当にごめんなさいね。来夢!駄目でしょう」
来夢は、飼い猫を抱っこしようとしたら・・・・。
「シャ!」
不機嫌そうに声を上げて、来夢の左手の甲を引っ掻いて逃げたのだ。
「キャァ!。もう、痛いわね」
「血が出ているよ」
男は、上着の懐からハンカチを出しながら屈んだ。そして、来夢の左手を両手で掴んで怪我の様子を見た。
「キャァ」
男性の手の感触を感じて恥ずかしくて悲鳴を上げた。だが、男は傷口を拭いたことで痛みを感じたと思ったのだろう。
「ごめん。痛かった?」
「いえ、大丈夫です。それより、左手の甲に何か見えない?」
絶好の機会が来たと喜ぶが、告白する時のように声がうわずった。
「何々、怪我・・・以外は・・・何も見えないよ。何のことだろう?」
「そう・・・・何でもないわ。変なことを聞いて、ごめんなさいね」
「あっ、薄らと見えますね」
「本当ですの!」
「ああっ、大丈夫だと思いますよ。この程度ならば、ほくろの上からの傷でもほくろが消えるはずがない。そう思いますよ。まあ、女性は、手相とかほくろ占いなど大好きですよね。ああっ、そう言えば、その場所のほくろって、確か、初恋の人と必ず結ばれる。そんな、運勢でしたよね。それでは、消えて欲しくないですよね」
「そう言う運勢なのですか?」
「そのことでないのなら・・・んっ・・・何のことなのです?」
「あっ・・・その・・・・」
「まあ、歩きましょうか、家まで送りますので、その話は歩きながらでも」
「そうですね」
(もう!。そんな、ほくろ占いなんて普通は知らないことなど知っていて、なんで、赤い糸のことなどが分からないの。もしかして、恥ずかしくて誤魔化しているの?)
「ねえ、飼い猫が逃げたけど、大丈夫ですか?」
「いいえ。あっ、そうそう、運勢などに詳しそうですが、赤い糸って知っていますか?」
来夢は、猫のことなど完全に忘れて、故意に話題にしたのは、男の反応で嘘か本当かを確かめる考えだ。だが、顔の表情も変わらず。即答で知らない。と答えられたこともだが、声色にも変わった反応はなかったことで嘘ではない。そう感じたのだ。
第七章
自転車を引きながら歩く男と同年代の女性が、男が自転車を押す歩調に合せて歩いていたのだ。女性は、本当に嬉しそうなのだが、なぜか、悟られないように何度も溜息を吐くのだ。だが、男性の話が詰まらない。とかでも、歩くことに疲れたことでもなく、自分の運命に対して嫌気を感じているようなのだった。それでも、運命に抵抗する気持ちで問いかけるべきか、それとも、運命として諦めたとしても、ただの思い出にする気持ちでも、内心に押し込めている想いを聞いてみるか、その想いの言葉を伝えるか、その選択を決めかねているようだった。
「通学の時って決まった時間で、この道を通るでしょう。何か倶楽部でしているの?」
「そうだけど、どうして知っているのですか?」
「それはね。わたしの家って、この道路沿いにあるのね。朝の決まった時間になると、うちの猫が外に出たがって、窓掛けの上からね。窓を開けてと言うように、がりがりとするのね」
「そうなんだ」
「そうなの。もう一年くらいかな同じ行為をするのだけど、あっ、でも、そんな前から見ていたのではないのよ。最近のことなの。初めは、窓を開けるだけで外を見ようなんて思わなかったわ。でも、初めて窓の外を見たときは、台風のような凄い風の時だったわ。学校に行けるか心配になって外の様子を見たのよ。すると、殆どの人は、まあ、自転車も押して歩くのに、一台の自転車を乗る男の人だけが、一ミリも進まないのに、本当に止まっているようだったわ。でも、遅刻するとかではなくて、まるで、想い人に会える喜びだけで、周りの状況が見えていないようだったわ」
(でも、一目惚れは、その前よ。今でも忘れない。あの公園で、野良猫の子猫を心配そうに抱っこしている姿だったわ。その様子を見て一目惚れしたのよ)
来夢は、昔を思い出していた。
「それが、僕だったのだね。あっ、僕、菊池(きくち)明人(あきと)といいます」
「あっ、私、結子。鏡(かがみ)結子(ゆうこ)です」
お互い、ぺこぺこと何度も頭を下げて自己紹介するのだった。だが、来夢は、好奇心からだろう。我慢できずに・・・。
「でも、何を思っていたの?。彼女のこと?」
「彼女は居ないよ。でも・・・」
(幼い頃の淡い想い出であり。初恋の女性を考えていたはずだよ)
「ん?・・・そうなの。居ないのね!」
「そうですよ。居ませんよ。でも、その時は・・・そうだ・・・ね・・・何を考えていたのだろう。もしかして、その強風で、女性の衣服が乱れる姿でも見ていたのかも!」
(時々ではない。常に考えている。不思議な人だった。幼子から会っているのに歳を取らないのかと思う人で・・・無言の別れになった。そして、また会いたくて探した。でも、もしかしたら、来夢さんが言う日の同じ台風の時が再開の日だったのか、だけど、同一人物なのかも分からない。でも、笑顔だけを微かに憶えているが、はっきりと顔を思い出せない。なぜなのか、だが、笑顔をみることができるなら完全に思い出すはず)
明人は、嘘を言った。そして、来夢の表情を見て、どのような表情に変わるか確かめた。
「もう、男の人って、そんな状況でも、そんなことを考えているの。それって、本当のことなの。もう男の人って、馬鹿ね!本当に馬鹿ね!。でも、本当のことなの?」
来夢は、明人の喜ぶ表情を見ながら嬉しくなる気持ちと、何か心地よい冗談だった思ったのでクスクスと笑った。
「んぅ~何て言うか、本当は、好きな人の家が、この近くにあって、自分が見られていると思って、それで、恥ずかしくて、早く立ち去ろうとして急いで自転車をこいでいたはずだよ」
この時点では、来夢の一目惚れも、明人の初恋も、時の流での変動で作られた想いだとは知るはずもないことだった。
「あっ!」
来夢は、左手の小指に痛みを感じて、明人の、「本当は・・・」と、続くはずの内容は聞き取れなかったし、直ぐに、時計を見るように左手の小指だけに感情が向いたが、何かが見えているのだろう。手探りのように両手を振る・・・・その見えるのは、まるで、陽炎のような・・・自分の目の前だけに見える映画のよう・・・・。
暗闇の中に湖があった。なぜ、暗闇なのに湖と判別できるかと言うと、その湖の中心だと思われる所に、来夢は湖面の上に浮いて立っていたのだ。だが、俯きながら悲しそうに湖面を見ている。いや、正確に言うのならば、左手の小指の赤い感覚器官が垂直に湖面に刺さっている先端を見ていたのだった。その時の微かな衝撃なのだが、湖面の波紋の広がりが幾重にも無数に続くのだ。そして、その波紋の意味を感じ取ってしまう。これが、運命の人と結ばれるための障害の波紋だと、それだけでなく、湖の先は見えないが、岸なのか滝になっているか分からない。だが、岸なら地に染み込んで消えてしまう。滝なら波紋が発生した波が原因で零れ落ちてしまうのだ。その水は、生命を意味するはず。消えた命は消えないように助けなければならない。零れ落ちたのなら元の場所に戻さなければならない。この無数の波紋の波の発生は、運命の相手を見て一目惚れしたからだ。そして、赤い感覚器官が水に触れている所を見た。それは、発端であり。運命の人と結ばれるための修正の始まりであり。これから、陽炎のような映像が始まる。その中に出演していると言うべきか、その者は自分なのだが、同じ行動をしなければならない。そう感じて・・・・。
「キャー!。何これ!痛い、痛い、痛いわ!」
指示を実行しろと、脳内に言葉が響くだけでなく、時間が過ぎれば過ぎるごとに痛みを感じるのだった。そして、この痛みは、行動を実行しなければ痛みは続く。それは、言葉として分かるのではなく感覚的に感じ取るのだった。
「どうしました?」
明人は、自分の話に夢中で、来夢の悲鳴が聞こえるまで何も気づかなかった。
「ごめんなさい。わたし、ここまでで、いいです。用事ができました。それでは、また!」
来夢は、親の命の危機でも感じたかのような形相で駆け出した。
「何なの。枯葉を集めて目的点に向かえって、意味が分からないわ。せっかく、いいところだったのに修正って時間は選べないの。それに、こんな街中で、この時期に枯葉などあるわけないでしょう」
悪態をつくが、そのことには罰が当たることはないようだった。それも、走り続けては愚痴を吐くが足を止めることはなかった。そして、指示された物があって驚くのだ。
「あったわ」
街路樹の根本に何枚か落ちてあり。他の根元にも点々とあり。何度か立ち止まっては拾うことで片手には三十枚くらいの枯葉を集められた。又、ある地点に向かって駆けつづけた。すると、用意が整たからか目の前には、普通の眼球が見ている正常な風景と言うか光景と重なって、陽炎のような状態の映画のような物が、コマ送り再生の場面が見えた。それは、直観で、向かう場所であり。これから、何をするかの指示だと感じたのだ。それと同時に、全力疾走して五分は過ぎているが、疲れを感じることはない。まだ、その地点までには十分間は走ることになるだろう。そう感じるが、目的点に着いて疲れて動けないはず。と、正常な思考では考えるが、そのような心配など不要だ。勿論、地点に着いてからの修正するための行動する体力も十分に残っている。と、別人のような自分が答える。いや、言うのでなく感じるのだ。まだ、走りながら陽炎の映像が流れているのだ。
「えっ・・・枯葉を男に向かって投げるだけでいいの?」
来夢が、陽炎のような映像で、何を見たかと言うと・・・・。
何処にでもある普通の住宅街を乗合自動車が走っていた。当然のことだが、ある停留所に止まり客が乗り降りする。すると、何人かの男女が降りてくるのだが、目的の人物なのだろう。その人物だけが鮮明に見えたのだ。その表情には安らぎと言うべきか、安堵と言うべきか、その両方なのかもしれない。おそらく、自宅から一番近い停留所に着いたからだろう。だが、それだけの理由ではないようだった。その男は、手を振って名前を呼んでいる。その視線の先には、駐車場として利用しているのか、いや、何年も人が入ったことがないような感じで雑草が生えているのだから建築予定の空き地なのかもしれない。それなら、誰に呼びかけているのかと言うと、一緒に降りて着た者たちも視線を向けた。その中の特に、女性たちは、その男と同じように微笑むのだ。それは、何だと言うと、一匹の猫だった。飼い主から名前を呼ばれたことで嬉しいのだろう。草地の上で、ゴロゴロと転がって嬉しさを表していた。その様子が可愛いらしい様子だったので安らぎを感じていたのだ。それでも、男以外は、その様子を見るだけで立ち去るのだが、男は、猫を捕まえる考えで敷地に入ったのだ。すると、二階建ての大きさで正方形の透明な囲いができたのだが、男も周囲の者も囲いには気づいていない。おそらく、透明な囲いは時の流の修正の波紋なのだろう。運命の修正が完了できた場合ば、透明な囲いが消えて、一つの波紋も消えるのだ。その男は、飼い猫の頭を撫でようとすると、その猫は突然に立ち上がり、シャー。と威嚇するのだ。何か不機嫌にさせたかと思うが、飼い猫の視線は、男の後ろを見ている感じだった。男は、直ぐに振り向くと、見たことのない猫が同じように威嚇していた。だが、一匹ではなかった。男と飼い猫を囲むように十二匹の猫が同じように威嚇していた。さすがに、猫だとしても、十二匹もいては、大人の男でも恐怖を感じる。それだけで終わるのではなく、男と同じくらいの歳の女性が現れては男に向かって枯葉を撒くのだ。その女性の数は十一人の女性だけかと思われた。いや、驚くことに最後に、自分自身である。来夢が現れて、女性たちと同じように枯葉を男に向かって投げた。すると、枯葉は上空に舞い上がり、一枚一枚に意志があるかのように様々な方向に飛んで行くと、透明な波紋が消えたのだ。すると、赤い感覚器官は男を指して(運命の相手だ)と伝えるのだ。
「ええ~!!」
驚くのは当然だろう。人並よりは美男子であるが、二枚目的な雰囲気を無理に表す男で女遊びをしているような感じがした。先ほど、一目惚れした男と来夢が会っていた者は、童顔の男で真面目そうで女性慣れしてない感じの男だった。もし天地がひっくり返っても、催眠術で無理に好意を持たされたとしても、乙女なら生理的にも感情的に抵抗する。そんな男なのだ。こんな男のために死ぬかもしれない程の過酷な修正をするのかと、それが運命なら死にたい。だが、陽炎のような映像は、一時停止している感じで止まっていた。それは、まだまだ、続きがある。そう言うことなのだろう。たしかに、まだ、修正は完了していないのだからだ。何か理由があるのかもしれない。そう思いながら走り続けた。
「居た。居た。居たわ」
陽炎のような映像と同じ所であり。同じ人である。完璧に一致する光景だった。結局、この場所まで来るのに四十分は走り続けたのだ。そして、男から見えない地点で走るのを止めた。それは、百メートル位の距離で、一時停止している映像と一致する所まで歩くのだ。まるで、指紋の鑑定のような正確に一致すると、来夢は、男に向かって投げた。と言う状況だったのだ。
「お前ら~何をする!」
男は、怒鳴り声を上げた。それは、当然の反応だった。だが、直ぐに、不審の表情を浮かべるのだ。十二人の女性が、この場にいるのもだが、風もないのに、投げられた枯葉が上空に舞い上がるからだ。
「何だ。何が起きている。って言うか、お前ら何だ?」
男の話など、この場にいる女性たちは聞いていなかった。だが、関心はあるようだった。
「この男なの!」
十一人の女性が同時に叫んだ。その内容が驚きの言葉だったので、他の女性たちは視線を向けると同時に問いかけるのだった。
「あなた達もなの?」
「わたしもよ!」
「この場にいる。皆が同じ?」
一人の女性の言葉で残りの十一人が大きく首を上下に動かして頷くのだ。だが、殆どの女性は直ぐに頭を掻き毟るのだ。それ程まで理解が出来るはずがないことであり。なぜ、運命の相手が一人でないのかと、答えがでないことを悩み続けた。それは、男も同じ気持ちなのだが、この場から逃げることも、女性たちに問いかける余裕もなかった。なぜか、男の足元の周りで、飛び跳ねたり、噛みついたりと、猫がじゃれるだけでなく、威嚇してくる猫まで様々な様子を表す猫が原因だったのだ。だが、この騒ぎだけでは終わらずに、さらに、男に取って迷惑なことが続くのだ。
「直人さん。あなたは、何をしているのです。自宅の玄関の前で待っていても来ないから迎えに来たのに何をしているの。それより、この女性たちは、誰なの?」
「この男性の名前を知っているようですが、まさか、あなたも運命の相手なの?」
突然に、現れた女性に向かって、来夢が問いかけた。その問いかけは当然だろう。自分達以外は、透明な囲いであるは時の流の修正の波紋は見えないはずだから。
「ななっ何を言っているの?」
「私たち、この男性の運命の相手らしいの」
「もう何を考えているの。女たらし。馬鹿!」
現れた女性は、凄い形相で、男に近寄ると平手打ちをして、この場から去ろうとした。
「明菜、明菜!。何か誤解をしている。待ってくれ!」
「何よ。運命の相手なんて言うくらいなのだから味見でもしたのでしょう。それも、十二人も馬鹿にしているわ。もう!わたしの口づけを返して欲しいわ」
「キャー」
十二人の女性は、恥ずかしさと驚きから頬を赤らめた。
「えっ?」
明菜は、驚きから立ち止まり、男の方に振り返った。
「味見はしてないの?」
「当り前だろう!」
「それなら、何なのよ。この人たち?」
「分からない」
「・・・・・本当のようね」
明菜は、直人の表情を見て判断ができた。そして、この場から直人を連れ出そうとしたが十二匹の猫に威嚇されて近寄ることも出来なかった。
「何なのよ。本当に~もぉ~」
「明菜。本当にごめん」
「もう、いいわ。お楽しみは邪魔しないわ。大人しく家で待っているわね。だから、用事が終わったら必ず来てよ。これで、終わりだとしても、お別れの挨拶くらいしてよね」
「・・・・」
直人から手で仕草されたのだ。この場の状況に関わるな。直ぐにでも自宅に帰れ、と、だが、明菜は、本当に分かっているのか、直人との別れを惜しむのだった。そして、何度も振り返りながら立ち去った。完全に、視線から消えると、十二人の女性は、左手に痛みを感じて悲鳴と同時に・・・・周囲から風が流れてきた・・・・すると、驚く事に猫が・・・。
第八章
一匹の猫が二本足で立ち上がった。そして・・・。
直人の猫は、人の言葉で愚痴をこぼす。自分が、何百年も何千年も、何度も猫として転生したが、その時、この場の女性たちである。十二人との女性たちと出会った。だが、前世の記憶があり。そして、赤い糸のしがらみがあるのを感じたのだが、猫として転生したことなので、十二人を見守ることしか出来なかったのだ。だが、驚くことに、羽衣も左手の小指の赤い感覚器官があった。そして、ある時、ある時代で、ある考えが浮かんだのだ。猫だとしても出来ることがあると、そして、神と言うか、時の流に必要なことは、遺伝子の継続であると、人の想いなど関係がない。それなら、十二人の女性の遺伝子を一人の女性に纏められたら、それが出来れば、俺の人としての遺伝子を持つ男性と結ばれるようにすればよいのだと、そう考えたのだ。俺は、今までの過去で何度も転生しては、自分の思い描く時の流を修正したのだ。それで、やっと、この世で、十二人の女性の遺伝子を一人の女性に纏め、そして、俺の遺伝子を持つ男と、同じ時代で再会ができたのだ。
「それが、直人であり。明菜なのだ」
猫が突然に話しだしたことで、驚きの余りに無言で聞いていたが、それが、終わると、女性たちは、恐怖の感情がふくれ上がり正常な感情を取り戻そうとして悲鳴を上げた。
「ゴゴ~ゴ!」
空き地と言うか、敷地と言うべきなのか、突然に小型の竜巻が発生した。この発生で女性の悲鳴は吸収するように消えた。いや、悲鳴を消すために現れたように感じはするが違っていた。十二人の女性と一人の男性には分からないことだが、ある時の流の意志の働きで、赤い糸の修正が間違った方向に時の流が動きだした。だが、時の流の自動修正が発生するのは当然だったが、修正する力が足りずに、時の流は反発しあって渦を巻き、赤い糸を持つ本人に修正する力を求めた結果だった。それでも、突然の無茶な修正を求めるのではない。先ほどに枯葉をばら撒いたことは、一枚一枚には、赤い糸を持つ者と時の流の神と言うべき者との契約書であり。修正の補助の道具であり。時の流の意志と修正者との媒体でもあったのだ。
「あっ・・・・枯葉だわ」
上空からひらひらと、何かが落ちてきた。何かと見続けると、十二枚の枯葉で、驚くことに、枯葉に意識でもあるのかのように正確に十二匹の猫の頭の上に乗った。すると、猫は大人しくなり、十二人の女性の足元でじゃれるのだ。
「えっ・・・・来夢なの?」
「えっ・・・なぜ・・・ここに居るの?」
十二人の女性が、自分の飼い猫だと直ぐに分かった。それ程まで愛していたからだ。それでも、驚くのは当然だった。飼い猫のなわばりのはずがないし、人としての行動範囲で考えても、かなり自宅から離れているのだ。なら、なぜ、この場に、と不審を感じても無意識で優しく抱きしめていたのだ。だが、まだ、不思議なことに頭に乗っただけの枯葉が落ちない。そんな、不思議な枯葉なら誰でも触りたくなるのは当然だが、猫にとっても邪魔だろうと思うのだ。だから、なぜかと、理解ができないが、猫のために、恐れを感じるが、恐る恐ると、枯葉に手を伸ばした。
「あっ・・・・・」
十二人の女性たちが枯葉を掴む行動と悲鳴を上げたのは同時だった。だが、痛みを感じたはずなのに、いや、痛みを感じたからなのか、何か酔っているかのように虚空を見つめて呆けている感じなのだ。それでも、竜巻の渦の中にいる全ての者が同じ様子ではなかった。一人の男である。直人だけが正気だったが逃げることが出来るはずもなく。この場で出来ることは飼い猫を守るために抱きしめて守ることと、自分の正気を保つ方法として、十二人の女性が、何かの原因なのは確かだったことで、些細なことも見逃さないようにすることだけだった。暫く様子を見ていると、何かを呟いていたのが分かった。
「真(まこと)様。あれが領地よ。真様の星なのよ。やっと着いたの。見える?」
来夢が、意味不明なことを呟いた。
「星だと・・・宇宙人なのか!」
男にとって正気を失う言葉だった。当然の反応として、この場から逃げようと、竜巻の中に手を入れようとした。だが、予想は出来ていた。手を入れれば手がもぎれると、何度かためらった結果だったが、やっと、思いを決めて手を入れようとした時だった。上空から一枚の枯葉が落ちてきている。まるで、男の覚悟を止める目的のように頭に乗った。
「あっ・・・・あ!」
一瞬で、枯葉が時の流の媒体として、男にも女性が何を呆けている理由が分かったのだ。それだけでなく、枯葉をばら撒くことで、関係者に注意を向け、無関係の人を遠ざける目的が修正の第一段階の開始だった。それが、女性たちに過去を思い出させることであり。第二段階の修正が、男に逃げ場を奪い。感情を高ぶらせて女性たちと同調させて、過去の人の生まれ変わりだと伝えることだった。だが、正常の修正ならば、過去の想い人と現在の思い人を伝えることと、ある過去の人物の生まれ変わりを伝えるだけのはずだったが、ある者たちの意志で修正が捻じ曲げられたのだった。それが、証拠のように、十二人の女性の赤い感覚器官は、一人の男に、直人だけに向いていたのだ。そんな、異常なことは、なぜ起きたのか、何が起きていたのか、何を見て、何を思い出しているのか・・・。
この場の者は、枯葉との媒体で同じような状況だが、特に、来夢が呟きするくらい激しく枯葉の媒体との接触が敏感だと、そう思える言葉を吐いた。それが・・・・。
「真(まこと)様。あれが領地よ。真様の星なのよ。やっと着いたの。見える?」
と、他の者より鮮明な状況を見ているからの呟きだと分かる。それと、先ほどの言葉で予測の答えは出るはずだ。勿論、先祖は、地球外の生物で、いや、宇宙人と訂正するべきだろう。それと、七千五百万年前には地球の衛星である月は存在しなかったことと、だが、現在では月が存在している理由は月が箱舟だったからであるのだが、母星が崩壊などのために移住してきたのではない。新たな銀河の開拓が使命だったが、名目だけで、障害を持って生まれた我が子のための親心だった。それでも、月のような巨大な箱舟を建設できる科学技術がある文明の力でも、移住する惑星である地球までは観測するだけが限界の距離だった。だが、その距離が重要で、障碍者でも王位継承が一位だったことで、下級の一族に祭り上げられる可能性があったために、遠ければ遠い程に、母星との関わりを避けられる。そう考えた結果だったのだ。だが、何の障害もなく目的地点に到着して、地球の調査が開始された時だった。障害者だったために長い旅に身体が持たなかったのか、原因不明の病気で床から起きることが出来なくなり。念願の地球に移住する日に命の灯火が消えたのだ。それでも、生前に、自分が死んだとしても殉死は認めずに、全ての箱舟の住人が地球に移住することを確約させていた。確約の通り全てが地上に降りた後には箱舟は墓標のように残されて今に至るのだ。そして、箱舟の主の生まれ変わりが直人であり。十二人の女性が一人の姫と十一人の側室の生まれ変わりだった。
「俺が・・・生まれ変わりなのか!」
「わたしたち・・・・あの女性の生まれ変わりなのね」
直人と十二人の女性が涙を流しながら転生前の思いと感情を感じていた。
「やっと、本当の赤い糸が誰なのか分かったわね。そして、わたしが誰なのかも分かるわね」
十二匹の猫が、誰かに操られているのか、それぞれの飼い主に人の言葉で話した。
「誰・・・・どこにいるの?・・・・誰なの?」
来夢が特に驚きを表していたが、他の十一人の女性たちも同じような言葉を上げながら辺りを見回した。
「下だ。下を見るのだ!」
「えっ・・・・・えっ?」
「・・・・・」
皆が、下を見るが、飼い猫しかいなかった。
「そう、猫なのだ。あなた達が話しかけている可愛い猫。その猫が話しかけているのだ!」
「来夢・・・・来夢ちゃん。生まれた時から話ができたの?」
来夢は、猫が人の話をする。その驚きよりも、今まで何度も人の言葉が理解してくれたらよかったのにと、それを思い出して少し悲しみを感じていた。
「来夢でも化け猫でも構わんぞ。うぅ~まあ、その問いは・・・分からん。そう答えるしかない。猫の記憶もあるが、転生前の記憶が、ごちゃまぜで、何て答えていいか分からんのだ」
「転生?」
「そうだ。お前らが転生前に飼っていた猫の記憶と今の世の猫の記憶もある。それだけでなく、お前と同じ転生前の人の記憶もあるぞ。わたしが魂の転生だとして、お前が肉体の転生だと思うぞ。いや、わしは、記憶だけの突然変異なのか・・・・・それとも・・・」
「まあ、もう良いわ。それよりも、この男と結ばれないとならないのね。もしかして、この場の全ての女性が同じ相手なのよね。昔の時代なら別だけど、今の世では、重婚は犯罪よ。それは、無理なのよ。だから、分かってね」
「大丈夫だ。安心しろ。運命の相手は一人だ」
「そう一人なのね。でも、私ではないわね。胸がドキドキもわくわくもしないし・・・それより、なんで、この中にいるって分かるの?」
「本当に分からないのか・・いや、嘘だ。嘘をつくな。最後を看取る時を忘れたのか、あれほどまで泣いただろう。もう生きる希望も夢もない。一緒に死ぬしかない・・・って・・・まさか・・・・生きるために忘れたのか?」
「確かに、先ほど看取る場面を思い出した・・・と言うか、見たわ。見たけど、悲しみを感じたわ。まるで、映画の場面のようで・・・でも、目の前にいる。あの男性と恋心とは別でしょう。そうでしょう。まさか、運命の相手って愛する気持ちなど関係がないの?」
「人は愛がなければ子供は作れないだろう。そうだろう。今の猫の体だから分かるぞ。猫や動物は、好きや嫌いではない。最高の遺伝子を持つ者と子孫を残す。そのために嫌いな相手でも子孫を残せるようにと、神は、猫にさかりである。発情期という感覚を与えた」
「そうね。来夢ちゃんの言う通りね」
来夢は、飼い猫の純粋な人の時の愛の記憶に否定はしなかった。それを言ったら自分が愛のない結ばれ方をする。そう感じたからだった。
「絶対に好きになる。それ程までに良い男だぞ」
猫などの動物は、人と違って複雑な表情を作れない。それでも、目をキラキラと輝かせて満面の笑みだと思える。そんな表情を浮かべたのだ。
「来夢が、そう言うのなら良い男なのだね」
(私が見たのは、場面ごとの走馬灯な感じで見たけど、来夢ちゃんは、きっと、わたしと違って全ての男の過去を知っているのね。あんなに、小さい頭なのに凄いわね)
「うん。だから、他の女性には負けるなよ」
来夢は、初めて人の話をした時は、驚きよりも恐怖を感じたが、少し話をしてみると、心底から喜ぶ時は、幼子のような言葉使いになることが分かって親しみを感じた。
「今日は、これで終わりだから帰っていいぞ。うっまぁ・・・一緒に帰りたいが、あの現世の主様の猫に、飼い猫としての心得を言わなければならない。それを怠れば、赤い感覚器官の修正に支障の可能性があるのだ。だから、一人で帰ってくれ。すまない」
「そうなの。まあ、猫同士の大事な話があるのね。それなら、いいわよ。でも、車には気を付けるのよ。それだけが、本当に心配だわ」
「まあ、もう子猫ではないのだ。安心しろ」
「それより、この竜巻って、何時ごろ消えるの?」
「この場の男女が全ての前世と現代の時の流を理解したら消えるはずだ」
「理解?」
「赤い感覚器官の導きであり。赤い糸の修正のことだ。この竜巻は、時の流の修正する計画というか、赤い糸の修正する計画の構築している。そのような感じだ。だから、竜巻には触るなよ。時の流に入ってしまっては、どこに行くか分からんぞ!」
来夢と飼い猫の来夢が話をしていたが、男の飼い猫は人の会話の意味が分かるのだろう。不思議そうに首をクルクルと回しながら意味を考える仕草をしていた。
「何をしている。人の言葉が分かるのか?」
来夢は、男の飼い猫に威嚇した。すると、シャーと虚勢の言葉を叫びながら飼い主に助けを求めるように、ちらちらと顔を向ける。だが、男は、落ち着かせようと頭を撫でるが、目の前の来夢の恐怖からは逃げられないと思ったのだろう。それでも、必死に逃げようと、男の両腕の中で死にもの狂いで暴れるのだ。だが、野生の本能だろう。爪を限界まで伸ばして飼い主の手を引っ掻いた。これでは、男も我慢ができずに両手を離してしまった。運が悪いことに、猫は竜巻の方向に飛んで渦の中に消えてしまった。
「あっ」
男は、飼い猫が死んだと思ったのか、驚きの声を上げた。だが、それ以上は、青白い表情を浮かべるだけで、何もできなかった。だが・・・。
「あっ、しまった。あの馬鹿!。何を考えているのだ!」
「・・・・・」
すると、目の前で猫が死んだと思ったからなのか、渦の中にいる女性たちが、立ちくらみでも感じたかのように、その場に倒れる者が何人か出た。
「主が、主が、主様の左の小指の感覚器官が、時の流と反発したわ」
「何だと!」
「あの馬鹿猫が竜巻の中に入ったからだ」
「もう障害を起きたか・・・仕方ない。中に続くぞ!」
十二匹の猫も竜巻の中に消えた。その時、渦の中にいた。十二人の女性と男性の全てが気絶でもしたかのように地面の上に倒れた。
「あっ!」
竜巻から抜けると、桜の木が数多くある。城跡の森林公園だった。
驚くことに、猫の来夢と人の来夢が、同じ猫の体に、二つの魂と言うべきか、共有していたのだ。それだけではなく、この場の風景の驚きと、目の前の数メートル先に、探すはずの猫が、いたことで安堵する気持ちもあった。
「驚いているようだな!」
直人の猫が、偉そうな態度で話を掛けた。
「お前も人の言葉が話せるのだな。誰だ。誰の転生だ?」
「まあ、それは、後で教えよう」
「何だと!」
「それよりもだが、この公園で何が起きるか分かっているよな」
「えっ・・・・起きるだと・・・」
「ああっ直人と明菜の出会いが始まるのだぞ」
「何だと!」
直人の話題で驚くが、この先に起きるだろう。その思案を始めた。
(あっ、過去に来たと言うことか。それなら、過去を変えれば・・・だが、下手に変えてしまった結果・・・予想外に未来が変わり、二人が婚約していた。などと、変わる可能性もある・・・・が、過去に来てしまった段階で、過去の時の流の世界の一部になった場合もある。むむっ・・・どうするか・・・)
「何を悩んでいるか分かるぞ。我らは猫であるのだ。それは、神が定めた人だけが、時の流の修正する赤い感覚器官が許されている。それは、人の使命である。だが、そんな我らである。猫が、時の流の修正ができるだろうか、などと、そんなことだろう。違うか!」
「何を言うか、そんなことは考えていない。それよりも、そのような解釈を言うのなら、我らが過去にいることが許されないことだと、それが分かるな。では、帰るぞ!」
「だが、変だと思わないか、二人の出会いの切っ掛けが、明菜の顔にカエルが顔面に飛んで来たことで、恐怖から逃げるために手で払った。それが、直人の顔面に当たり、二人の話す切っ掛けになり。会話が始まった。それは、誰かが故意に投げた。そう思わんか?」
「あっ!」
猫である来夢は、他の十一匹の雌の猫に状況などを聞いてから何かの答えが出たかのような驚きの声を上げた。その様子を見て、直人の飼い猫である。雄の猫は、頷きながら笑みを浮かべたのだ。それは、何かを知っている感じだ。まさか、知るはずがないのだ。猫の身体の中には、二つの魂が入っていること、人である魂が、猫の耳から目から全てを見るだけでなく、聞いていることをだった。
第九章
森林公園では、人々の集まりが出来ていた。芸能人が撮影の現場で偶然に芸能人との出会いなどで集まっているのではない。十三匹の猫が縄張り争いでもしているのかと、人々は初めの間は関心を向けなかった。それなのだが、威嚇することも喧嘩を始めるのではなく睨み合っているだけで何の行動をしなかった。それでは、何が人々から関心を向かれたかと言うと、一匹の雄の猫に、十二匹の雌の猫が威嚇していたのだが、突然に、一匹の猫が代表のように進みだしてから状況が変わった。この場の状況を任せろとでも、そう言ったかのように雄の猫と相対して話し合いをしている感じだった。そして、時々後ろを振り向くのだ。すると、一匹の猫が一歩だけ進み状況を話している感じに思えた。その場面を何度か繰り返ししていると、人々が興味を感じたのだ。その様子が、まるで、人の例えてで言うのなら、人の男女の愛情のもつれから裁判に発展した状況に感じたからだった。それから、雌の猫が興奮を表して、人の世界なら殺人などに発展するかもしれない。そう感じられた時だった。その猫が、まるで、良い調停案でも出たかのような鳴き声を上げた。
「確かに、そうかもしれない。人の背丈までカエルが跳べるはずがない。何かの原因が起きて、明菜の顔にカエルが飛んで来たとしか思えん」
「そうだろう。それでは、我らは何をするかだ?」
「まあ、それは、このわしらの周りの状況を見れば、もう何かが起きている。そうとしか思えんぞ。わしらに都合の良いことか、お前に都合の良いことか分からんが、この様子では落ち着いて話もできん。場所を変えて話し合いをするか?」
「もう話し合いは済んだと思うぞ」
「何だと、それなら、お前にとって都合の良い行動をする。そう意味か!」
「むぅ・・・そこまで信じられないのか、それなら、遊びでもするか・・・そうだなぁ・・・鬼ごっこでもするか!。その勝者で決める。それで、どうだろう」
「ほう、その遊びか、一人で、十二人から逃げられると思っているのか!」
「逃げるのではなく、十二人を捕まえる方を選ぶ」
「馬鹿な!。一人を捕まえても、地面に描いた円の陣地に入れても、無事な者が捕まった者と握手すれば逃げられるのだぞ。それが、際限もなく続いて終わるはずがないだろう」
「それだから面白い。それの遊びで勝てば何も問題はないだろう」
「まあ、そこまで言うのなら勝てば何でも命令を聞いてやろう。だが、それでも、際限もなく時間を与える気持ちはないぞ。むぅ・・・・三時間だな。それ以上は待てないぞ」
「いや、一時間では少々きついか、二時間でいいぞ」
「三時間でも無理だと思っているのだぞ。それなのに、わしを馬鹿にしているのか!」
「怒るな。怒るな。女性には分からんだろうが、男だと言うことだ。もし勝てなくても言い訳にもなるし、男の見栄とでも思ってくれ。だが、全力で捕まえる考えだ。だから、お前らも全力で逃げるなり、死ぬ気持ちで隠れろ!」
「ああっ勿論だ。適当に遊んでやろう。そう思ったのだが、全力の力を出せ。そう言うなら出してやろう。だが、馬鹿なやろうだ。そうなると、誰一人として捕まるはずがないぞ」
「それは、楽しみだ」
怒髪天を衝くほどに怒らせて何を考えているのか、だが、何か考えでもあるような笑みを浮かべていた。いや、ただ、雌の猫の怒る姿に笑ったのか、それは、分からないが、その笑みで、益々、十二匹の雌の猫は怒りを膨らませることになったのは確かだった。
「では、始めるぞ。そうだな。十でも数えてから捕まえに動いてもいいぞ」
「いや、正しい遊びの通り。三百を数えてからで構わん」
「分かった。勝手にしろ!」
「一、二、三~」
「これは、戦だ。転生前のことは憶えているだろう。第一作戦の開始だ!」
「承知しました」
十一匹の雌の猫は気持ちを引き締めた。そして、何を考えているのか、猫の来夢は、雄の猫が見える距離である。百メートルくらい離れたところで隠れるずに、まるで、人で例えるのなら逃げ隠れをする気持ちがないと、仁王のように腕を腰に当てて立っている感じだった。だが、他の猫は何かの作戦なのか、全て見えない所に隠れた。
「五十、五十一、五十二~二百九十八、二百九十九、三百!」
「数えが終わったようだな。さあ、捕まえてみろ!」
「何している?。隠れないのか?」
「家訓なのだ。一族の長とは、人や物陰に隠れるのではなく、常に先頭で正々堂々と戦う。それが、遊びでも同じことなのだ。だから、隠れずに正々堂々と、逃げ勝ってみせよう」
「そうか、それでは、最後にしてもらうか、一番疲れそうだからな!」
(やはり、逃げなかった。本当に転生前と同じだな。それでは、他の三人は近くにいるはず。それも・・)
猫の来夢を中心に三点の地点に視線を向けた。だが、その様子を悟られないように会話しながら近寄った。
「なんだと!」
「戦いなのだろう。敵が同じ土俵で戦うとは限らんだろう。まあ、十二対一なのだ。それくらいは妥協してくれよ」
「仕方がない。だが、本当の男ではないぞ。本当の男とは、我が愛しい主様である。真様とは違い過ぎるな」
「そんなに素晴らしい主が実際するのか、もし会えるのなら会ってみたい」
(俺って、そんな感じだったか、いや、転生したことで記憶違いか、それとも、主を好きなあまりに美化でもしているのか?。だが、鬼ごっこの記憶はある。あの時は、常に負けていた。だが、今は、成人の大人だ。子供の時のようには・・・・・)
「・・・・」
(三人を確認ができた。やはり、転生しても右腕と言われるくらいの信奉者だと長い時が流れても同じと言う訳か、それでは、同じく左腕であり。諜報の達人と言われた。三人の者たちも、この場が見える所に隠れているはずだ。特に、同じ側使の役目なのに、常に側に居られず、諜報の役目が多いために右腕の者たちを嫉妬している。おそらく、失策でもして立場を変わろうとしているはず。そんな雰囲気だった。だから、近くにいるはず・・・・)
「いたいた」
(これで、六人を見つけた)
「何と言った!」
来夢の問いに返事を返す気持ちなのか、その場で立ち止まった。と思ったら宙返りして斜め後ろの草木の中に入った。すると、直ぐに、飛び上がって出てきたかと思うと、来夢の後方の木の上に飛び乗った。そして、また、先ほど止まった地点に戻ってきた。
「これで、二人を確保しましたよ」
「ほうほう」
「これで、あなた以外の面倒な二人を捕まえたことで、残りの四人は動けないはず。後は楽になるでしょうね。どうします?」
「転生の前には、この六人は、ただの側室ではなかった。わしや側室の警護人でもあった。確かに、お前の言う通りに、二班とも指揮官がいなくなったことで、四人は遊びに参加せずに警護に撤するだろう。だが、五人は予想外の行動をするぞ。もしかすると、六人よりも手強いかもしれん」
「えっ!」
「わしが、何のために警護人を二つに分けたことか・・・・まあ、わしを最後にするのだろう。最後まで様子を見ているから捕まえてみるのだな」
「ああっそうする。だが、二人を捕まえた。あの円には近づくないよ」
「馬鹿にするな!。わしが、そんな姑息なことをするか!」
「それなら、安心だ。直ぐに捕まえてくるぞ」
もう五人を探し出したのか、木陰の中に消えた。
「嫌な予感がする。もしかすると、あの猫の男の策略なのか、それとも、運命の赤い糸の正しい修正に戻ろうとしているのか・・・・二つが重なれば・・・・・わしらの、いや、真様が本当に好きな人と結ばせる。そのための修正であり。わしらの目的であるのだ。そのために何度も何度も転生したのだ。それで、やっと、十二人が同時の転生になった。それが、無駄になるかもしれないのか・・・・考えたくないが・・・・真様は、わしらの中には、本当に好きな人はいないのか・・・・それで、わしらの考えている赤い糸の修正にならない・・・だから・・・過去に来ることになった・・・・結果は負ける・・・のか・・・いや、勝てる!」
来夢は、気勢を上げたが、涙を流していることには分かっていないはず。それは、おそらく、自分は真とは運命の相手ではない。と、心の奥底に思っている感情だからだろう。
「姫様。すみません」
細い線で描かれた円の中から二人が謝罪していた。
「遊びだ。構わん。それに、あの五人の中に、鬼ごっこなら必ず勝つ者がいただろう」
「はい。そうでした」
この様な会話を聞いていたか、それは、判断はできないが、木陰から抜けると・・・・。
「待っていたわ」
「・・・・・」
(やはり、こいつも、逃げずに待っていたか、もしかすると、来夢より面倒かもしれない)
「ねね、負けて、あ・げ・よ・う・か!」
「・・・・」
(負ける。など、そんな気持ちなど無いくせに)
「私、身体も小さいし、身体も丈夫でないから逃げるなんて無理なの。でね。触るところと、ある一言だけ言ってくれたら逃げずに近寄ってあげるわ」
「ほうほう」
「簡単なことよ。私のことを愛している。そう言ってくれたら近づくわ。でも、触るところは胸だけよ。それを守ってくれたら、負けて、あ・げ・る・わ!」
「何だと!」
「嘘の言葉を言って、触るところを間違えれば、わたしは、泣くわよ。勿論、その意味は分かるわよね」
「ああっ逃げる者が泣くとは、遊びの規則を破ったってこと、まあ、石などを投げて泣かせた場合だ。そこまでする者は普通いない。だが、泣いた者がいた場合は、鬼の負けか、初めからやり直しだ」
「そうでしょう。これは、勝ち負けを決めるのだから鬼の負けにはならない。でも、初めからやり直しでは困るでしょう。どうせ、あの二人、いや、二匹を捕まえたのは、理由は知らないけど、油断させたからでしょう。二度目は、どうかしらね」
「まあ、少し面倒になるが大丈夫だろう。それで、先ほどの言葉を言うのは、まあ良い。だが、胸を触ったと泣かれる心配がある。この提案の理由は、言えずに、触れられずで、時間稼ぎが目的だろう。鬼ごっこなどする年端の行かない者には、かなり恥ずかしがって思案するだろう。それで、どうする。俺は、大人だぞ。何も動揺せずに喜んで触るぞ。良いのか?」
「そうね。負けを認めて手を出すわ。だから、触るのは手だけにして」
手を前に出して近づいて行った。
「パン」
と、少々強めに手を叩かれた後は、なぜか嬉しそうに円が描かれた待機場に向かうのだった。すると、来夢が驚きの声を上げるのだ。
「嘘よね。本当に負けたの!」
「本当よ。初めて負けたわ。猫の姿だからなのかな、まあ、いいけど、でも、楽しかったわ」
「負けて楽しいの?・・・・・ねえ、一度、聞きたかったのだけど、何て言って今まで勝っていたの?」
「そうね。教えてもいいけ・・ど・・・・やっぱり、内緒するわ。それを教えて真似をされたら、今度も勝てなくなるわよね」
「そうかもね」
「ごめんね」
「いいのよ。それより、あの四人は頼りになるかしらね」
「どうでしょうかね。でも、双子の姉妹なら時間稼ぎになるのでないでしょうか、私・・だけなのかしらね。当時は、髪を下せば二人の見分けができませんしね。それに、今は猫だから余計に分からないわ」
今では、十二人の姫しか分からないことが、なぜか・・・・・・。
「また、隠れていないのか、お前ら、本当に鬼ごっこの遊び方を知っているのか?」
「分かっているわよ。それで、姿を見るまで待っていたの。そうでしょう。適当に逃げ回って疲れてしまっては意味がないし、逃げ回って鉢合わせしても困るでしょう。だから、これから逃げるわ。私は足が速いわよ。捕まえられるからしら!」
何か意味でもあるのか、大声で自分に注意を向けている感じだった。そして、言いたいことことだけ言うと、林の中に消えた。すると・・・。
「こっちよ」
驚くことに、一瞬で百メートル先の林から現れた。
「ほうほう」
(人と思えん動きの仕掛けは、たしか、双子だったな。それでだな・・・・なら、まだ、一人は林の中と言う訳だな)
雄の猫は、一瞬で現れた雌の猫に驚くことなく林の中に視線を向けていた。その様子を不思議そうに雌の猫は見ていた。
第十章
雄の猫は、林の中から気配でも感じているのか、視線を逸らさなかった。
「もう、そんな冷たい視線からには逃げられないわね。もう仕方がないわね」
雌の猫は、何かの作戦なのか、雄の視線に耐えられなかったのか、林から出てきた。だが・・・・。
「私を感じたのでしょう」
双子の片方とは違う雌の猫が、何かを隠すためか、大げさに足音を立てながら林から出てきたのだ。
「ほう、そうきたか!」
(子供の時は、不思議に思ったが、やっと、理解ができた)
「えっ」
「お前は、双子の片方れを逃げすためと、足音を隠す役目だな。すると、向こうにいる双子の片方は注意を向けるだけで動かない。その間に、片方が捕まえた仲間を助けに行くのだろう。それなら、目の前にいる。お前よりも、先ほどの双子から・・・か・・・戻るか!」
「えっ、なぜ、双子だと!」
雄の猫は、直ぐに、先ほどまでに捕まえた。円を描かれた待機場に戻った。すると、安心でもしていたのか、来夢と話をしていたのだ。おそらく、なぜ、三人を助けないのかと、不思議に思って問いかけていたのだろう。だが・・・。
「あっ」
「ポン」
雄の猫が戻ってきたことに、一瞬、驚いたが、同時に肩を叩かれていた。
「これで、四人目、直ぐに他も捕まえてくる。もう少し待っていろ。それとも・・・」
「待つと言ったのだ。待つぞ!」
「分かった。では!」
威勢の良い返事を返すが、ゆっくり、ゆっくりと、獲物でも捕まえるかのように歩くのだ。まだ、定められた時間の半分だから余裕があるからか、いや、違っているようだ。二匹の雌の猫が何か話をしているのが見えた。だが、それ以上は、近寄らずに様子を見ていたのだ。
「初めから双子だと分かっていました」
「本当なの?」
「それに、私の役割にも気付いていただけでなく、四組の連携にもです」
「姫様と側室の全員の鬼ごっこなんて、真様とだけしか遊んだことがないわよ」
「それなら、誰なのでしょう」
「まさか、真様も猫に転生されたの?」
「あのな~だから、お前ら鬼ごっこしている。その自覚があるか、まあ、最後の一匹が現れるまで待つつもりだったが、一人だけは本当に隠れているようだ。だが、かくれんぼでなくて鬼ごっこなのだが、何か、思考がずれている感じだが、まあ、ゆっくり探す」
「あっ」
「えっ」
両手を使い、右手と左手で、違う猫の肩を、ポン、ポンと叩いた。
「はっふぅ~仕方がないわね。もう、後、一人だけを残すだけなのね。だから、負けたと思って教えるけど、たぶん、隠れているのでなくて寝ているわよ」
「結局、誰一人として、真面目に鬼ごっこをしていないのか」
「それで、勝手に教えたけど、その・・・ついでだけど・・・ねえ、真様なの?」
「むぅ~まあ・・・そんなに、誰なのか、その答えが知りたいか?」
「まあ、いいわ。それを知ったとしても、わたしは好かれていないだろうし、真様と結ばれる運命ではないでしょう。でもね。私は、転生前も、今も真様が好きよ」
「ありがとう。とだけは言っておくぞ。考えたくないが、時間稼ぎと思いたくないのでな。まあ、鬼ごっこが終わってから同じことを言われたら、まあ、答えも変わるかもしれないぞ」
「そう、それは、楽しみね。考えておくわ」
「後、俺は、正直者だと思われたいので言っておくが、寝ている子はべつだが、姫と側室の四人は、まだ、無事だぞ。その理由は、待機場で聞いてみるのだな。では!」
言うことだけ言うと、この場から即座に消えた。
「えっ、側室の三人や六人でなく、四人とは半端ね」
「そうですね。早く聞きに行きましょう」
「そうね」
この場から二匹の雌の猫が消えると、林の中で動く音が聞こえた。
「お姉様・・・・お姉様たちは・・・居ないの?」
近くに仲間の猫がいないのを感じ取り寂しさを感じたのだろう。猫の言葉が分からない人でも悲しみを感じる鳴き声を上げるのだ。この猫を探していた雄の猫には直ぐに分かることだった。だが、この様な寂しさの鳴き声の猫なら突然に林に入れば、恐怖から泣き叫ぶと感じて出て来るのを待つことにしたようだ。
「鬼だぞ。捕まえてしまうぞ」
雄の猫は、優しく声をかけた。すると、鳴くのは止めて大人しくなった。林の中に入るかと思案していると・・・・・。
「ぎゃあ、蜘蛛、蜘蛛が出たわ。お姉様、助けて!」
と、その猫が叫びながら飛び出してきた。
「えっ・・・・猫なのに、蜘蛛が怖いのか・・・この場から逃げる攻略・・・・なのか?」
「きゃ~~雄だわ。助けて~襲われる!」
人にでも分かる。猫の泣き叫びだった。
「待て、待てよ。俺は何もしてないだろう」
「助けて~~」
「まさか、これで、俺は、鬼ごっこに負けた。いや、初めからやり直しなのか?」
「助けて~~お願い。誰か!」
「納得ができんぞ。何とかして捕まえて鬼ごっこをしていることを確かめなくては気が収まらない。そして、遊びの違反をしていないことを証明させなくては駄目だ」
雌の猫は、狂ったように泣き叫ぶのだ。それも、大人の猫なのだが、身体も小さいこともあるが、子猫が泣き叫ぶような泣き叫ぶのでは、人でも可哀そうだと感じるのは当然で、それでも、大人は、野良猫だと感じて無視するが、幼稚園くらいの子供は純粋なのだろう。猫を助けようとして手招きするが、人の子供も怖く近寄らなかった。仕方なく、子供は、近くにある物を雄の猫に投げるのだ。すると、その中の一つが、犬と散歩をしていた。小学五年生くらいの女の子に方向に間違って飛んで行き、何個かは避けたのだが、一つの冷たい感触の物がぺタと張り付いた。直ぐに、女の子は手に取ったのだが、何かと、確かめると同時だった。気絶しそうな程に顔色を蒼くさせて・・・。
「ギャ~」
と、叫ぶと同時に適当な方向に投げた。それが、カエルだったために、直ぐに懐から可愛い絵柄の手拭いを出して顔を拭いたことで、投げた方向など気にしている余裕がなかった。
「おおお!なんじゃこれ!!。誰が投げた!」
小学五年生くらいの男の子の顔に当たっていたのだ。
「あっ!」
女の子は、男の子の怒りの叫びを聞いて、自分が投げた結果だと、その叫びが聞こえる方向を振り向いた。この時には、猫の泣き声は止んでいた。その雌の猫は泣き疲れたのではなく、仲間の姫と側室の十二匹が一緒にいたのと、雄が、遊びの違反はしてない。それを話し合っている時だった。
「まさか、これが、現代に転生した。真様の運命の出会いなのか!」
女の子が男の子に謝罪する場面を見た。すると、雄と雌の猫の十三匹は、この場から一瞬で消えた。そして、また、竜巻の中に戻ってきたのだ。
「なぜだ。悔しい。運命の出会いの原因が、わしらだったのか、悔しくて堪らないが、誰の運命の赤い糸の修正なの?・・・まさか、現在の真様なのか、それとも、相手の女性なの?」
「姫様」
猫の来夢は、不安、怒り、悔しさ、と様々な表情を変えては、不満をぶちまけていた。この様な状態では、気落ちが落ち着いた後にでも話をかけるのが普通だろう。だが、この姫の性格をしているために、後では、今以上の怒りをぶちまけるはずだからだ。
「何だ!!」
「その・・・思案の中の一つとして知らせたいことがあります」
「何だと!!」
「先ほど、鬼ごっこを一緒にしていた。その殿方が、私たちが双子と知っていました」
「えっ・・・殿方?・・・あの雄の猫のことか・・・・双子だと・・・」
「はい。その殿方のことです。私たちの今の猫の姿では同じ模様ですから判別は難しいはず。それも、似た模様なら四匹もいますし、猫は多く子を産みます。それなのに、猫を見て普通は双子だと思う人はいません。それだけでなく、常に悟られないように声色は変えて、目の色も知られたくないために目を細めにしているのは知っているはず。それなのに、一目で双子だと判別したのです。それに、鬼ごっこでは、転生前の一人一人の個性や性格などを判断して捕まえていた。そう思われましたが、考え過ぎでしたか?」
「双子だと知っていただけでなく、わしらと鬼ごっこをしていたこともあり。十二人の一人一人の性格も知っている。そ、そそ、そんな、男は、一人しかいないぞ!」
「はい。雄の猫は、真様かもしれません。いや、正確に言うのなら真様が転生した猫かもしれません」
猫の来夢は、やっと、落ち着いた精神状態で聞いていたが、自分で思考して、様々な断片を組み上げていくと、段々と怒りが込み上げて、一つの答えが出ると、叫んでいた。
「やっと、分かったか!」
雄の猫は、子供とでも相手をしているのかのように手を叩いて正解だと伝えた。
「きゃー真様なの!!」
十一匹の雌の猫は、驚きと喜びで、身体全体で感情を表し爆発させた。だが、一匹の雌の猫は、俯きながらぶつぶつと何かを言っていた。いや、思考していた。そして、何かの答えが出たのだろう。顔を上げると、涙を流しながら雄の猫の顔を見た。
「真様なのか・・・なぜ・・・今まで黙っていた。わしらに会いたくなかったのか?」
「会いたかった」
「それなら、なぜ、直ぐに言わなかった」
「今は猫だぞ。それに、何度か転生して分かったこともある」
「何を言っている。わしの質問に答えろ!」
「真の時のお前らの関係は、愛でも恋でもない。部下であり。忠誠心だけの関係だったはず。それが分かったのだ。たしかに、父の命令だったはず。もしかしたら、好意もなかったかもしれない。だから、茶でも飲みながら思い出を話す程度の付き合いなら会いたくはない。そう言うことだ」
「何を考えているのよ。そんなはずないでしょう。馬鹿ね。当時も今も愛しているわよ」
「ありがとう。だが、現世の人である方は前世の記憶はないが、たしかに、真の転生だ。それに、お前ら十二人も、現世で転生した者たちがいるはず。その者たちの運命の相手の邪魔はするな。元の赤い糸の導きに戻してやれ」
「・・・・・」
「答えられないのか・・・・なら、転生前の俺の夢と言うか、思っていたことを教えよう。俺は、猫を見て常に思っていたのだ。もし転生があるのなら猫に生まれ変わりたい。そう思っていた。気ままに寝たい時は寝て、好きなように遊ぶだけでなく、必ず達成しなければならない使命もない。まあ、それが叶ったのだから嬉しく思っているぞ」
「嘘だ!」
「それに、前世の時の時代なら別だが、この世で猫だから出来ることもある」
「それは、なんだ?」
「現世で転生した。あの女性も言っていたではないか、現世では重婚は犯罪だと、だが、猫なら十二人、いや、十二匹との子供を作れる」
「な、なな、何だと、十一人と浮気をする。そう言うのか、お前は本当に、真様か!!」
「だから、当時は子供で、今は、大人だと言うことだ」
「違う。お前は、真様ではない。いや、真様だとしても、今直ぐに殺してやる。もう一度、死んで転生をやり直させてやる」
「待て、待て。この周りの状況を考えろ。今までの全ての会話は、人である女性も男性も猫の皆が聞いているのだぞ」
「それが、どうした。わしには、もう関係がない」
「だから、猫の我々では、もう全てが解決したと思うが・・・・」
「まだ、言うか!。それ程まで、十一人と浮気がしたいのか!」
「落ち着いて周りを見ろ。人である転生した十二人の魂が身体の中にあるはず。不審を感じている。と言うよりも、自由にしてやれ、元の体に戻らせてやっては、どうなのだ」
「わしには、関係ないわ」
「それなら、仕方がない」
雄の猫は、上空に飛び上がると宙返りをして、猫である来夢の後ろに下りると、猫の来夢の背中をポンポンと軽く叩いた。すると、一瞬だが、黄色い光が出たと思ったら人である来夢の身体に入った。
「わあ、やっと話ができる。ねえ、来夢ちゃん」
雄の猫は、後ろに飛んで宙返りして、人である来夢の胸に飛んだ。すると、来夢は、落とさずに両腕で抱えた。そうすると、雄を抱っこしたまま人と猫の来夢と来夢が目を合わした。
「ねえ、来夢ちゃん。今の話だと、直人さんって人とは、本当は運命の相手でなくて、他に本当の運命の相手がいる。そう言うことなの?」
「まあ、来夢の理想の相手は、真様だ。何も心配するな」
猫の来夢は、目をキョロキョロと動かし、何て答えて良いかと考えて話しているようだった。それが、分からない来夢ではなかった。
「でもね。来夢ちゃん。理想と運命の相手は違うでしょう。だから、正直に話して」
「姫様。もう全てを話しましょう」
猫の来夢は、首を左右に振りながら声を押し殺して涙を流すだけだった。
第十一章
猫の来夢が涙を流す姿を見て、十一匹の猫は、猫の来夢の所に集まった。この様子を見て人で転生した十一人が自分たちも当事者だと分かったのだ。
「・・・・・」
「えっ」
「ええっ私たちもなの?」
「この場の十二人の女性が全てなの?」
十一人の女性が同時に問いかけた。
「そうだ。先ほど、十二人の全員が、直人に運命の相手だと示したはず。それが、突然に消えたのは、わしらが、過去に行ったことで、直人と明菜の運命の出会いが起きてしまったからなのだ。だから、これから、運命の相手として示すはず!。本当に、この直人は、真様の生まれ変わりなのだ」
「そうだったの。でも、偽りの運命の相手と結ばせようとしたから・・・神様かな・・・何て言っていいか分からないけど、それで、時を戻せる力がある人が、元に戻そうとして、過去に飛ばされた。そうとも思えるわよね」
「・・・・・うっ・・・だがな・・・・だが・・・・」
自分の思いを説得しようとしたのだが、正論を述べられて、再度、説得する気持ちが何も思いつかなかった。すると、指導者的な立場の者の狼狽えた姿を見ると、まるで、催眠術が解けたかのように、他の女性たちが騒ぎ出して問いかけの嵐になったのだ。
「もしかして、サバイバルケームの参加も、あなた達が仕組んだの?」
「それは、違うぞ。お前らの二親は泣いていたのだぞ」
「えっ」
「涙を流して娘を心配していたのだ」
「・・・・・・」
女性たちは悩みに悩んだが答えが出なかった。。
「本当に分からんのか、お前らの親たちの間では有名だぞ。その発端は、町内の野営の体験の時に料理を作った時のことだぞ」
「・・・・・」
「お前ら、最近になって母から料理を習っているはず。それでも、今までマジで気づかないのか、わしら猫から見ても、父親たちは、娘の料理を死ぬ気持ちで料理を食べている。それを感じたのだぞ」
「えっ!」
「お前らは理解が出来ずに驚いているが、野営体験が終わってからは、親たちが何かと集って娘の話題が出るたび爆笑されているのだぞ」
「爆笑・・・されているの?・・・」
「ああっ普通は、ご飯を炊く時に米を洗うが洗剤は入れて洗わないぞ。それに、山菜の時だけでなく天ぷらを揚げるのに温度を測ろうとして油の中に指は入れない。それだけでなく、洗濯をさせたら箱に入っている洗剤を全て入れたことを憶えていないのか?」
「あっ!」
「憶えているようだな。だが、サバイバルゲームを参加の理由は、年頃の女性なら仕方がないと思う場合もあるが、お前らは限度を超えていたのだよ。玄関や部屋に庭などに蜘蛛や虫を見て怖がる者もいるだろうが、母が蜘蛛などを捕まえて処分したと言うのに、それでも、まだ、怖いからって布団の中に隠れて丸一日が過ぎても出てこなかった。だから、サバイバルゲームに参加させて克服させる考えだったのだ。たしかに、初潮がきて肉体的には大人になったとしても、このような状況では、両親が泣きたくなるのは当然だ!」
「ギャハハハ!」
雄の猫は爆笑したが、飼い主の方は顔を青ざめた。
「おい猫ども。米を炊く時に洗剤で洗う。そんな女性を俺の運命の相手にさせる考えだったのか?。やめてくれよ。俺を殺す気か!」
「それでも、今では料理を習い、米を炊く時は洗剤を入れませんし、前回のサバイバルゲームの時は、初めての体験で夢中だったこともありましたが、蜘蛛の巣が顔に当たっても気にしませんでした。ですから、何度か参加していれば虫を克服できるはずです」
「まあ、本当の運命の相手なら仕方がない。そう思うが違うのだろう」
「ですが、たしかに、前世の時は、十二人の誰かを好きだったはずです。その思い。その赤い糸の運命は、現世にも繋がっているはずです」
「むぅ・・・・」
「そうだろう。バカ猫!」
直人は悩んだ。そして、助けを求めるように前世の記憶がある雄の猫に視線を向けた。
「もし転生前に、十二人の中に想い人がいたとしても言うつもりはない。それよりも、十二人の女性たちの運命の糸を修復する方が優先するべきではないのか?。」
「だが・・・だが・・・」
「それに、これが、男女の出会いは始まった。本当に前世からの運命の糸があるのならお前が考えている通りに繋がるかもしれないぞ。だから、無理強いはやめろ」
「前世の主様、現世の主様、そして、自分でもある。猫としての飼い主の命令に従います。そして、主が本当に大好きだと思っている猫に全てを託そう」
その思いが、時の流の意志と繋がったのか、竜巻や止んだ。そして・・・。
「ニャー」
「来夢ちゃん・・・・どうしたの?・・・・もう話せなくなったの?」
「ニャー」
足にすり寄るだけで人の言葉を話してくれなかった。不振を感じて皆に振り向いた。
「皆もなの?」
来夢と同じに足元ですり寄る猫を見ながら頷く者や猫を抱っこして同じ視線で問いかける者などを見るのだった。
(もう二度と話ができないのね)
「痛い!」
十二人の女性が同時に痛みを感じて、腕時計でも見るかのようにして左手の小指を見た。それは、皆が同じ思いを感じたからだ。それだけでなく、時の流の修正の開始の予告だった。
その痛みが段々と消えると、目を開いているのに夢のような陽炎のような映像が現実の風景を邪魔にならないように重なりだし、少しずつ鮮明になるのだ。その映像は、いや、その場面は忘れるられるはずもない。おそらく、一生の思い出になるだけでなく、子供から大人になる瞬間の初恋の思い出だったのだ。
「ふっはぁ~ぁ」
この場の女性の全てが切ない溜め息を吐いたのだ。
「この人なら・・・いいわね・・・・・いや、この人しかありえないわ!。この人なら・・この人と結ばれるのなら蜘蛛や蛇でも怖くないわ」
「えっ!」
おそらく、この場の女性の全てが同じような言葉を叫んだのだ。それで、驚いたのだ。
「・・・・・」
だが、陽炎のような映像には、まだ、続きがあった。愛しい人の視線は、自分たちに向けられてないのは分かっていたが、可愛い子猫に視線を向けていたはず。それから、猫を飼い始めたのだが、信じられないことに、猫でなく、誰だか知らない人、女性を見ていたのだ。
「なぜ・・・なぜ・・・」
陽炎の映像は消えた。終わると、身体をぶるぶると振るわせて、青白い顔色から真っ赤に変わっていった。これ以上は、赤く変わらないだろうと、そう思える表情になると・・・。
「このバカ猫!。今度は、何をしたのよ」
女性たちは、自分の飼い猫に怒鳴り声をぶつけた。当然だが、全ての猫は逃げだした。
「まさか・・・もしかして・・・・初恋の場面が変わった・・・って、ことではないわよね」
来夢が、この場の中では、初めに正気になったことで、皆に問いかけるのだった。
「なぜ・・・それが、分かるの?」
「あなたもなの?」
「私もよ」
「わたしも」
女性の全員が、同じだと。頷くのだ。
「俺は、そろそろ、家に帰らなければならない。もう・・この場に居る必要はないだろう」
この場の雰囲気と言うか、女性たちの怒りが自分に向けられる。そんな、雰囲気を感じて逃げ出そうとした。いや、もう既に、ゆっくりと歩いていた。
「そう・・・ねえ・・・いや、待ちなさい。あなたも当事者なの。わたしたちの初恋の思い出の修復に協力しなさい」
「それ違うのでないか、思い出ではなく、たしか、時の流の修復、いや、修正ではないのか?」
「そんなことは、もう!、どうでもいいのよ!」
「そうよ。来夢の言う通りよ。わたしたちの純愛での証拠でもあり。心の支えの思い出なの!」
「そうよ。そうよ。そうなのよ」
直人に、この場の女性が詰め寄ってきた。
「分かった。わかった。お前らに協力する。だが、約束してくれ、全てが終わったら俺を解放してくれよ」
「えっ・・・それって、意味が分からないわ。だって、私たち何か強制でもしていたかな・・・でも・・・・たしか、あなたも当事者になるわよね」
「まあ・・・それは・・・・その・・・・その問いかけの答えはいいとして、どんな、思い出なのか教えてくれないか?」
「何を考えているのよ。いやらしいわね」
「ちょっと、待ってくれ。いやらしいとは心外だ。思い出を修正するなら元の状態を知らなければ直しようがないと思うのだが、違うか・・・それとも、俺の考えが変なのか?」
「そう言われると、そうよね。でも、恥ずかしいわ」
「・・・・・・」
直人は、女性たちが、首を傾けながら真剣に悩む姿を見ることしか出来ず。そして、何て答えが返るかと、ただ、待つだけだが、内心では、恥ずかしいから自分たちだけでする。その答えを期待していたのだ。
「ちょっと、待っていて。一人一人で考えても答えが出ないわ。皆で相談するから、もう少し待っていてね。だから、勝手に帰らないでよ」
「ああっ・・・・・」
直人は、無言のまま女性たちの会話する姿を見て、十五分が過ぎようとしていた。
「おい、まだ、終わらんのか?。先ほどから、キャッキャッと、悲鳴みたいな声を上げて興奮しているようだが本当に相談をしているのか?」
何度か、問いかけたが返事がなかった。仕方がなく、近寄って肩でも叩こうとした時だった。突然に、興奮とは違う。身体的であり。精神的な恐れを感じたような悲鳴を上げたのだ。
「えっ・・待て待て、お前らの会話を聞きたい訳ではないのだ。ただ、相談に時間が掛る。そう思っただけなのだ。それ程まで嫌がらなくても・・・」
直人の思いとは違い。赤い感覚器官の指示からだった。女性たちに、的確な陽炎のような映像を見せるだけでなく、指示には時間が決められていることを伝えるために映像が乱れて消えそうな状態を見せた。だが、女性の特有の思考と言うべきか、嬉しくて恥ずかしい話題で、自分の置かれた状況と修正を忘れた。そうとしか思えない程に浮かれ騒ぐのだ。この状況では、もし神が居たとしても許されることではなかったのだから痛みを感じさせるのは当然だったのだ。だが、直人は何も知らなかった。
「あんた!。何を考えているのよ。私たちの話を聞いていたの!」
来夢は、顔を真っ赤にして掴みかかる勢いだった。だが、一人だけでなく、他の女性も様々な反応をするのだった。
「キャー、いや!、もう恥ずかしくて生きて行けないわ!」
「違う。違うぞ。待ってくれ!。俺の話を聞いてくれ!」
泣き崩れる者は心配で説明したいが、それよりも、怒髪天のまま近寄る者からの殺気で死を感じた。だから、その者から説得か、逃げるかと、一瞬で判断しなければならなかった。
「待って、まだ、殺しては駄目よ。たしかに、女性のうわさ話などの秘密の会話を聞いたのだから殺したい気持ちは分かるわ。まだ、駄目なのよ。これから、この男は利用価値があるの。だから、耐えて!」
「ふぅ~ふぅ~分かったわ。来夢の指示に従うわ。でも、この男、マジで信じられないわ」
「・・・・・」
直人は、命があったことに安堵した。だが、訂正や説得も説明をするのは諦めるしかなかった。ここで、一言でも何かを言った場合は、確実に命が無くなると思ったからだった。
「ねえ、大丈夫?」
来夢は、女性たちを説得の後に、直人に近寄ったが、少々顔が青白、尻餅をついたままだったことで仕方がなく肩を貸して起き上がらせた。
「ありがとう。これからの話し合いは終わったのか、それで、俺は何をすれば良いのだ?」
「それはね。不思議なことに、わたしの運命の相手の出会いの状況も似た状況でね。猫が公園に置かれた段ボールに入って捨てられていたのね。その子猫を困り顔で見ている様子に惚れたのよ。それがねぇ、本当に可愛いのよ。まるで、子供が子猫を家に持って帰って、親から元の場所に返しなさい。なぁんて、状況を思える様子だったのよ。まあ、女性なら誰でも母性本能がくすぐられるわね。それで、それでね。誰か知らないけど、女性が、突然に現れたの。散歩なのか、帰宅の近道だったのだと思うの。女性が現れるまで、あの人たら可哀想だと思って泣いていたと思うわ。本当に心が優しいのね。でも、男だからでしょうね。自分が泣いていた姿を見られたと思って、恥ずかしくなって立ち去ったと思うの。でもね。その恥ずかしがる姿も惚れてしまったわ。だって、そうでしょう。あの様子なら、女性なら自分の子供でなくても、自分の子供以上に溺愛するような母性を表すわ。でも、あの人は女性に免疫がないから・・間違いなく、その女性の姿や仕草を見て虜になってしまったの」
「それで、俺が、その状況を再現させるために協力しろ。そう言うことになるのだな?。それだけでなく、お前ら全ての女性の似たような一目ぼれした状況をも再現して、その修正を手伝え。そう言うことだな!!」
来夢の嬉しく恥ずかしい話が際限なく続くと感じて話を遮った時に、上空から・・・。
第十二章
ある住宅街であり。注文住宅が並ぶ中の空き地のことだった。上空からひらひらと枯葉が落ちて来るのだった。それは、先ほど女性たちがばら撒いた枯葉だった。その降下の地点には、十二人の女性と、一人の男性が居た。だが、まだ、枯葉には気づいていないが、赤い糸である。左手の小指の赤い感覚器官での修正のために必要な小道具だった。その一枚、一枚には、時の流の修正のために必要な力と指示が記憶されて、時の流の意志と赤い糸を持つ者との媒体としての役目があり。今、その効果が発揮するのだったが、おもだった働きは、生き物の視線を隠すことで時の流を変えられることなのだ。あり得るのかと思われるだろう。殆どが、何かを見た。何かを見なかった。この二つで時の流を変えることが出来るのだ。それも、生き物の生死まで関わる。例えで言うのなら空腹の狐と雲雀(ひばり)である。雲雀は、巣に帰る時に、狐を見つけたが、風下に回り歩いて巣に戻る。何も問題はなかったのだが、赤い糸を持つ者が森に入った足音で狐が方向を変えて振り向くと、雲雀が歩いている姿を見て捕食してしまうのだが、正しい時の流では、と言うべきか、赤い糸を持つ者の結ばれる世界では、狐は罠に掛って人に殺傷される運命なのだ。その正しい時の流と言うのも過去、未来、現在でも、時の流の修復のために赴いた先では、カップに満水の水があるとする。その中に貨幣を入れる。当然だが、水が溢れる。この溢れた水が、人であり、動物であり。時の流からはみ出た生き物なのである。それが、雲雀を助けて狐が死ぬように修正しなければならない。だが、数十分前の女性たちが修正を忘れて浮かれ騒いでいた。些細な時間で修正する状態が拡大してしまい。人体の痛みで知らせると同時に、時の流の意志が強制的に修正を開始したのだ。大げさに思えるだろうが、狐で例えるのならば死ぬはずの狐が動き回れば動くほど、泉に微妙な小石が落ちた時のような無数の波紋が発生する。それと同じように時の流が狂い続けるのだ。十二人の女性たちが直ぐに修正していれば、枯葉も違う働きだった。おそらく、女性が落とした物を想い人が拾う、とか、図書館で同じ本を取り合う。などで済んだはずだったのだが、時の流の修正の波紋は広がり過ぎたのだ。だが、十二人の女性と一人の男性は落ちてくる枯葉に気が付かないが、既に、枯葉は修正の準備を始めていた。空き地の周囲の人などが、突然の枯葉に気持ちが奪われて、全ての生物が空き地から関心が離れた。その時だった。十二人の女性と一人の男性の頭に枯葉が落ちると、突然に消えた。
「えっ」
(なぜ、公園にいるのだ)
直人が驚くのは当然だった。だが、一瞬で枯葉の媒体の作用から時の流の意志を感じた。それが、先ほど、来夢が話していたことを実行することだった。
「あっ、俺は、五年前に来たのか・・・・・それにしても暑いな」
「そうよ。今は記録的な猛暑ですからね。五年前の夏ですもの・・・・本当に暑かったわ」
直人は、また、尻餅をついていた。それを、来夢が手を差し出したのだ。
「すまない」
「いいのよ。それよりも、これから何をするか教えなければならないのかしら?」
「いや、必要がない」
「それは、良かったわ」
「まず、俺がすることは、十二人の想い人をお前らに会わせなければならないらしい。そうだな?。それと、捨てられた子猫も探すのか・・・・居るだろうか?」
「子猫は、いいわ。この夏に、来夢を拾ったからね」
「まさか、それって、想い人との運命の出会いをする時に、あの猫なのか?」
「そうよ。その時の猫よ。その猫を他の十一人の猫としても代用するわ」
「わかった。だが、なぜ、十二人が同じ状況が起きて、同じ状況で惚れるのだ?。そうそう何人も、猫を溺愛する男がいるとは思えんのだが・・・」
直人の話は無視された。
「あっ、そうそう、誰か一緒に行かせるわ。でも、その前に、運命の修正の準備をするわね。
だから、もう少し何もしないで、この場で待っていて」
直人は、言われた通りに一歩も動かずに大人しく、十二人の女性の様子を見ていたが、周囲を走り周りながら枯葉を集めているのだ。何をしているのかと、周囲にいる人々も関心を向かれていたが、誰一人として何も気にせずに枯葉を集め続けるのだ。この理解できない行動には意味があった。人だけでなく生命がある全ての生き物に、自分たちに注意を向けさせるためなのだ。自分たちの思い人と同じように異性を見て、運命の人と出会いをする者や恋焦がれてはならない相手を見る場合もある。それだけでなく、人でなくても、天敵に捕食されてはならない虫や捕食されるべき虫など、その時の流の修正をするための第一段階なのだ。
「来夢。いいわよ」
「うん。皆もなの?」
「うん」
女性たちは頷いた。
「分かったわ。三、二、一、で上にばら撒くわよ。いいわね」
「は~い」
来夢は、本当に準備が良いのかと、皆の顔色を確かめた。その結果、大きく息を吸い込むと・・。
「三・二・一!!!」
喉が潰れる程の掛け声を何度か上げて、最後の一声と同時に、両手で抱えないと持てない程の枯葉を上空にばら撒いたのだ。すると、一枚一枚の枯葉に生命が宿って自由意思があるかのような動きをするのだ。だが、翼は無く、風も吹いてない。それなのに、ひらひらと方々に飛んで行くのだ。勿論、運命の修正の最終段階の一つだったのだ。先ほどの竜巻が起きたことが原因で、地上には、小さな虫や蟻が逃げてしまったのだ。すると、同然だが、捕食する鳥、スズメ、大小の地上の捕食する生き物も他の場所に逃げてしまった。そのことで、人である大人も子供も、鳥や虫などの生き物の姿や鳴き声に関心が向かなくなり。人生の一瞬の思い出である。美し鳥の姿や鳴き声で人生が変わる瞬間の出来事がなくなり。時の流が変わってしまうのだ。だが、まるで、枯葉は様々な生き物に元の場所に戻るようにと、一枚の枯葉が一つの生き物に説得するような動きをしていたのだ。それだけでなく、人には、瞬間の出来事である。それぞれの思い出を見せるため枯葉が動いたのだ。
「・・・・・・」
「おい、大丈夫か?」
直人は、女性たちに視線を向けた。なぜなのか意味が分からないが心配になり。手を伸ばせる所にいたこともあり、右手で来夢の肩を叩いた。
「あっ・・・・枯葉の働きって・・・・わたしが・・・想い人を見た。あの瞬間を見せる・・・・まるで、それぞれの・・・人生を変えるのと同じなのね」
来夢は、叩かれたことで段々と意識が戻ってきたのだった。
「何を言っている。本当に大丈夫か?」
「えっ・・・・あっああ・・枯葉を上空にばら撒いてから何分くらい過ぎたの?」
完全に正気を取り戻した。
「そうだな、う~ん~五分くらいだな」
「そんなに短いの。感覚的には映画を二本くらい観た感じだったわよ。本当なの?」
「そう言われても、嘘を言っていない。まあ、他の女性たちを見ろよ。来夢と同じ様子だぞ」
「・・・・」
来夢は、十一人の女性を見た。夢を見ている感じと言うよりも、肉体から心が抜け落ちて、まるで、立ったままで死んでいるように感じたのだ。
「起こした方が良いのなら同じように肩でも叩くぞ」
「それは、やめて、今もね。目の前に陽炎のような感じの映像の続きが見えるのよ。おそらく、最後まで見れば正気に戻ると思うわ」
「あっそうだったか、なら、無理に正気に戻して、何て言っていいのか、その、ごめん」
「いいのよ。一人くらい正気の人がいないと、後で困るわ。だから、起こしてくれて、ありがとう」
「それなら、いいが、それよりも、周囲の人たちも、まるで、時間が止まったような様子だが、大丈夫と言うことだな。それで、これから、どうするのだ?」
「それは、皆が正気に戻ってからね。まあ、そんなに時間は掛らないと思うわ」
「まあ、時間は気にしていないからいい。それよりも、他人の視点から見た。ドラマや映画のような流れを見たから結果は分かる。だが、映画やドラマなら裏方のことなど見せていない。だから、詳しい何をするのかが、少し分からない。もし手違ったら困る。そうだろう。時の流である。過去に行った者は、その過去で、空き缶を拾っただけでも、蟻を踏み潰しただけでも歴史が変わると、何かの本で読んだ記憶がある」
「そうね。その心配するのは当然ね。でもね。もう過去に来た時点で未来が決まっているの。何と言うか、私は陽炎の映像でみたけど、そうね。えっと・・・貝さん。そう呼ぶわね」
「えっ!」
「もしかしたら、過去で本名を言うのは危険なの。血族だと思われるかもしれないし、親や親戚とそっくりだった時に困るのよ」
「それは、まあ、分かる。もし親が俺の姿や行動を見て、子供に名前を付ける時に抵抗を感じる場合がある。それに、同姓同名で、この容姿では、感の良い者なら疑る者もいるかもしれない。などのことだろう。まあ、だから、貝でいいよ」
「まあ、そう言うことよ。それで、先ほどの話に戻るけど、貝が、過去に来た時点で、未来は決まっているの」
「えっ!」
「いや、そのね。今、何を思ったか、何か考えか分からないけど、そんな、恐ろしいことや驚きの未来になっている。そんなことはないの。先ほど、貝が言った通りなのよ。蟻を踏みつぶしたことや男だから色っぽい女性のお尻を視線で追いかけたとしても、それは、決まった未来なのよ。それを実行するだけなの」
「ちょっと、待てよ。俺が、そんなことをするのか?」
「どうなのでしょう。男の気持ちなんて分かるはずないわ」
「だから、待って、と言うのだ」
「あっ正気に戻ったようね」
「だから、おい!」
直人であり。貝は、大きな声を上げて、自分の問いの答えを言えと叫んでいた。だが・・・。
「これからすることや結果が見えたでしょう」
「そうね。確かに、見えたわ」
「私も見えたわ。でも、あの出会いはやらせでしょう。それでも、運命の出会いになるのからし。それを考えていたの」
「男性の気持ちは分からないわ。でも、私たちが偽り場面でも一目ぼれはしたでしょう。もしかしたら、未来に帰ったら、いや、修正が終わったら、適当に未来の時間が繋がれて、この場の出来事は、忘れてしまうのかもしれないわね」
「まあね。そうかも、未来では、思い描いていた理想の通り女性だと言われるのよね」
「そうそう、でも、わたしたちが理想の出会いを演出するとは考えもしなかったわ」
「そうかな、だって、私たちは、左手の小指の赤い感覚器官で、理想の男性と結ばれるための時の流を作るのでしょう。だから、少しは、考えていたわよ」
「たしかに、そうね。でも、父や母に聞いた話しでは、最後の最後まで運命の人が誰か分からなかったって聞いたわ」
「ああっそうそう、わたしの親も、そうよ。同じよ。分からなかったって」
「まあ、昔の人と現代の女性とでは違う。そう考えれば良いのでない」
「そうね」
女性たちは、様々なことを問いかけ合っていた。だが、思いをぶつけ合っていたが、女性の特有の思考なのか、一人一人が勝ってに判断して納得していた。その女性たちの輪の外から直人が必死に叫んでいたが、誰一人として聞く者はいなかった。
「それで、どのようにして、場面を作るかよね」
「それは、直人に、あっ、そうそう、これからは、貝って呼んでね」
「やっと、俺に気づいてくれたか!。貝と呼び捨てでいいぞ」
男らしく見せようとしたのか、一人だけの男だと感じて頼ってくれとでも考えたのか、拳を握り男らしさを見せた。だが・・・・。
「男を呼び出すのだから女性では駄目よ。もし惚れられても困るし、その男性を惚れても困るからね。そうでしょう?」
「そうね」
「でも、貝に頼むとしても問題があるのよ」
貝、貝と言われると、ぴくぴく直人は反応するが、誰も関心がなかった。
「えっ?」
女性たちは、自分の周りにいる。それぞれの女性たちに問いかけるように顔を見た。
「驚くことではないでしょう。貝は、わたしたちの想い人を知らないのだからね」
「あっ、そうね。そうだったわ」
十一人の女性たちは、同時に頷くのだった。
「それでね。誰か、十二人全ての想い人の男性を知っている人っている?」
「・・・・・・」
来夢は、十一人の顔を一人一人見た。だが、皆が首を横に振るのだった。
「名前、住所・・・あっ、無理ね。わたしも家も名前も知らないのだったわ」
「でも、出会いは、この公園のはずよね。この公園で待っていれば会えるのでない?」
「それは、無理よ。私たちが、過去に来たことで、わたしたちが無理矢理の運命の出会いを作るのよ。それを忘れているわね」
「あっ・・・・」
「時間の無駄だけど、一人一人、貝に教えるしかないってことね」
「でも、それ、貝と二人で歩いている姿を見たら誤解されるわ」
「それなら、十二人で一緒に行動しては!!!」
「そんな人数で動いたら目立ち過ぎよ。それは、無理よ。でも・・・どうすれば・・・痛い!」
「キャー、痛いわ!」
左手の小指の赤い感覚器官は、十二人の全員に痛みを感じさせた。それは、修正の催促としか思えない。それと、なぜ、気づかないのかと痺れを切らしたようだった。それだけでなく、目の前に見える。陽炎のような映像では、女性たちの頭上に浮かぶ一枚の枯葉を直人に手渡せ。と陽炎の映像で指示を伝えられたのだった。
第十三章
女性たちは、頭上で浮いている枯葉に視線には入っていた。だが、あまりにも不自然なことであり。その不自然なことに慣れ過ぎていたこともあるが、修正としての枯葉だから勝手に動くと思っていたことで、自分で掴むなど考えられないことでもあった。それでも、恐る恐ると、右手を伸ばした。
「痛い!」
右手が上空に浮かぶ枯葉を掴んだ。その時、また、痛みを感じたのだ。
「もう、何とかならないの。何度も何度も痛みを感じさせるなんて、本当に~もう!」
女性たちは、不満を叫ぶが、左手の小指の赤い感覚器官が話せれば、自分の大事な思い出を取り出すのだから当然だろう。そう言うはずだ。だが、そんなことなど、女性たちが思いつくはずもなかった。それでも、痛みは一瞬だったことで手に取ったが、長く手に持っていると痛みを感じると思ったことと、先ほどの陽炎の映像のこともあり。直ぐに、直人に手渡そうとしたが・・・・。
「えっ・・・・なぜ、反発して、貝に近づけないわよ?」
すると、まるで、磁石の同じ極と極の反発している感じに思えたのだった。それでも、手渡さなければならない。と考えて、身体の全体で踏ん張る感じに、無理矢理に近づいたのだ。
「えっ・・・」
確かに、予期せぬことでもあったが、突然に体が浮いたと感じた時には、女性たちは地面に倒れていたのだ。その様子を不思議そうに直人は見ていた。
「えっ・・・」
「痛い・・・なんでなの?」
「もしかして、一人ずつ渡せってこと?」
女性たちは、思案をすると言うよりも、先ほど陽炎の映像を思い出した。それは、直人を中心に輪になり。先に来夢が、直人に枯葉を手渡していた場面だった。すると、誰も言葉にはしなかったが、映像と同じにしなければならない。それに、気づいたことで、身体が反発するぎりぎりの所で、直人を中心に輪になった。
「どうしたの・・・・来夢?」
十一人の女性は、来夢を見た。直人は、何をするのかと不審に思っているが、輪を作ったことで何をするか分かっているはずだと、それなのに、来夢は、枯葉を見つめるだけで手渡そうとしないために、皆が心配になったのだ。
「あっ・・・・ごめんなさい」
「それを受け取ればいいのだな?」
「そうです」
直人の承諾が必要だったのか、反発することもなく、握手でもする感じで受け取るのだ。
「・・・・・」
枯葉が千切れたとでも思ったのが、自分の手の掌を見ると、張り付いている感じで手を振っても落ちないが、一センチくらい浮いていただけでなく、方位磁石のように微妙に動いて行き先を知らせている感じだった。
「枯葉の葉先が向いている方に進んで」
「ああっ分かった・・・・・ん?・・・えっええ~~」
直人が驚くのは当然だった。来夢の言葉が聞こえて返事を返すが、顔と言うか、口を見ると閉じたままで声が出ていないのだ。
「わたしね。あなたが何を見ているか分かるし、言葉にしようと考えたことが分かるの」
「・・・・・」
今、体験したことで本当だと分かるが、何て答えていいかも分からず。それに、自分の考えが伝わるのを恐れて無心になるしかなかった。
「普通は、そうなるわね。でもね。思考などが分かるのでないの。口の中で言葉にしようとした。いや、言葉として念じて伝えようとしたことだけよ。だから、頭の中でスケベな考えをしても伝わらないから安心して」
「あっああ、わかった」
「それでは、枯葉の指示の通りに行動してね」
「ああっ、なら、行ってくる」
掌に張り付いている。その枯葉の葉先は南を示していた。公園の中を直線的に進んだ。運がいいのか、指示の通りだからなのか、指し示す方向には木々などの邪魔はなかった。そのまま進み続けて公園から出たが、直ぐに車などが通る公道に出るのではない。山のふもとでもあるが、昔は城があった地形のために、迷路とは大げさだが、肉体的にも精神的にも少々疲れを感じる道だった。それでも、公園としての目的から周辺も整備されて利用しやすくなっていたのだ。だが、不思議なことに、歩数も、曲がる方向も的確で、この場を見ての道順の指示としか思えなかった。いや、何も不思議ではなかった。誰が男を見ても普通の散歩としか思えなかったし、芝生、林などを進んだとしたら虫などの生命活動の邪魔や踏み潰してしまう。その回避として当然の指示だったのだ。
「そろそろ、国道だな。このままの指示ならいいのだが・・・・」
直人は、不安を感じていた。たしかに、その気持ちは分かる。公園の敷地の中なら人がいても避けるの容易い。だが、国道に出れば車、自転車、人も多いのだ。特に、人が歩く歩道の場合は直線的な歩き方ができない。せめて、一、二歩の移動だけは出来ることを祈りながら公園の敷地から出ようとしていた。
「えっ」
枯葉の穂先が東に向いたのだ。今までは、舗装されていなくても道だったが、立ち止まって東を見るが、木々の列しかない。その木々の隙間に入れと、その意味なのかと悩んでいると、来夢の言葉が脳内に響いた。
(何しているの。早く入って!)
「えっ」
直人は、頭痛を感じているのか、いや、突然に悲鳴を上げたことで、誰かに見られていると思って誤魔化すために、人差し指を額につけて頭痛を装った。だけでなく・・・。
(指示の意味が分からないの?・・・ただ、木々の隙間に隠れて、そう言う意味よ)
来夢の話を立ち止まって聞いているために、不審に思われないようにと、歩き続けて疲れたために木陰に入り休もうとする感じを装いながら木陰に入った。
(それで、良いの。良いのよ。そのまま五分の待機後に、全力で歩道に飛び出して!)
「・・・・・」
(でも、合図を言うまで微動だにしないで!)
「はっあぁ~」
(ため息でも吐いて、どうしたの?・・・・まさか、怖いの?)
「・・・・」
(あっ、ごめんなさい。男性に怖い。なんて、失礼だったわね。でも、約束よ)
「・・・・・」
来夢は、何も言わなかった。時間を見ているのだろう。直人も、いつ、掛け声が出ても良いように前方を見つめていた。
「今よ!」
来夢の言葉と同時に歩道に飛び出した。
「うゎあああ」
飛び出した瞬間に見た。その光景は、悲鳴を上げるのは当然のことだった。一メートルもない距離に、かなりの速度が出ている自転車が迫ってきたからだった。当然、避けられるはずもなく衝突した。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「痛い。あっ、ごめん。飛び出して、あっああ、大丈夫です」
(この人よ。この人が、わたしの好きな人よ)
「・・・・」
驚きの表情で、その男を見た。そして、男を見定めた。
「本当に、大丈夫ですか?。救急車でも呼びます?」
(涙を流して心配しているのか、気持ちは優しいのだな。それに、優しそうな顔立ちで女性に好かれそうだ。まあ、それに、この状況なのだから落ち着きがないのは当然なのかもしれない、あっ、だが、住所、氏名、学校をメモに書いて寄こすのだから冷静な判断はできるのか・・・特に、この場で見た感じでは、癪に障るが欠点はないようだな)
(そうでしょう。そうでしょう)
(えっ、聞いていたのか!)
(ごめんなさい。それよりも早く公園に連れてきてよ。猫の用意ならできたわ)
「どうしました?・・・・。それより、急いでいたのでしょう。向かう先があるなら肩でも貸します。どこにでも付き合いますよ。何があったのです?」
「えっ・・あっ、その」
「僕の原因でもあるのですから何も気にしないで言ってください」
「ああっ、それは・・・・」
「はい」
「この歳では恥ずかしい話しなのだが、親に猫を捨てて来いと言われて捨ててきたのだ。だが、捨てられない気持ちで泣きながら家に帰るところで・・・そのために、少しでも急いで親を説得する理由を考えていたのだが、涙を流し続けていたために前が見えなかったこともあるのですが、誰かに猫が拾われるかもしれない。その焦りで走ったために・・・あなたと衝突し、今回の事故がおきたのです」
直人は、何も考えていなかった。それに、言葉にする気持ちもなかったのだが、身体が何かに乗っ取られたかのように他人の口調で長々と話しだしたのだ。
「そうでしたか、その気持ちは分かりますよ。あっ、そうだ。あなたが帰るまで、僕が猫を拾われないように見守っていましょう。それが、良いと思います」
「おおっ、それは、助かる。お願いする」
「それよりも、本当に身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。それよりも、直ぐに猫のところに行きたい。良いだろうか?」
「勿論ですよ」
「あっあっありがとう」
やっと、肉体の強制的な機能の行動から解放されて、直人は、自由に話ができた。
「それで、この公園の、どの辺です?」
「えっ・・あっ・・・その・・・」
(私が、道順を言うわ。その通りに、一緒に連れてきて)
頭痛と同時に、来夢の言葉が聞こえた。
「あっ、すみません。そうですよね。場所なんて言えるはずがないですね」
「案内する。だから、一緒に来てくれ」
(公園の正面の入口に来なさい。分かるわよね。先ほど通り過ぎたしょう。便所がある所よ)
(分かった。直ぐ行く)
「虎ですか、黒ですか、それとも、白ですか?」
「あっ・・虎だ」
「それで、何歳くらいなのです?」
「ああっ・・・・ん・・・・半年くらいかな?」
この来夢の想い人は、本当に猫が好きなのだろう。後ろから歩いて来るが、口を閉じることがなく話し続けるのだ。さすがに、煩いとは言えるはずもなく、来夢の情報と適当な相槌をしながら公園の入り口に着いた。
「えぇぇぇ~と、こっち!」
(その立っている所から見て・・・まあ・・・そうね。まず、東に進んで・・・)
直人は、言われた場所に着いて、周囲を見るが、来夢の姿が見えず、しばらくすると、来夢の指示があった。便所から東に三十歩、北に五十歩を進んで、奥の木の根元にいる。と・・・。
「居た。居た。居たぞ」
「そんなに、好きなのですね」
「えっ、誰を?」
「猫ですのことですよ。まだ、拾われていないことに安堵したのでしょう。それ程までに本当に猫が好きなのだな。そう思いましたよ」
「ああっ勿論だ。まだ、捨てられていないことに安堵したのだ」
「そうでしょう。そうでしょう。後は、戻るまで待っていますので、家に帰って説得してきてください。あっ、それで、この公園から自宅って何分くらい掛るのです。あっ、勿論ですが、一時間でも待つ気持ちですよ。だから、安心してくださいね」
「・・・・・説得の時間も入れて・・・・」
(来夢。今の話を聞いているのだろう。何分、この場所に引き留めて置きたいのだ?)
(あっ・・そうね・・・三十分にして)
(ああっわかった)
「説得できなくても、三十分で戻る。俺に、その時間をくれるか?」
「分かりました。それでは、一時間、この公園で待ちましょう」
「本当に、それでいいのか?」
「構いません。それくらいで自転車の事故の償いができるなら何も問題はありません」
「すまない。では、直ぐ戻る」
直人は、即座に駆け出した。嫌々な適当な駆け出しでなく、猫の命であり。本当の友との約束のように真剣に走った。だが、便所を通り過ぎると、走るのを止めて建物の陰に隠れた。
(来夢。これから、三十分は何をしていれば良い?)
(・・・・・)
(おい、おい、聞こえないのか!)
(煩いわね。今、いいところなのよ)
来夢は、想い人の全てを目に焼き付けていた。
第十四章
来夢は、大きなため息を吐いた。
「もう・・何なの。猫なのよ。なのに、そんなにも慈しみ深く接することができるの。本当に、明人さんは、私の癒しの神ね。勿論、来夢もよ。そのおかげで愛しい人の笑みが、愛しい人が癒されている感情が見られるなんて、もう~もう~可愛いわ。素敵だわ。会話がしたい。声色が聞きたい。もう抱きしめたい。もう~明人さま~」
(愛の想いの充填が満杯で完了しました。次は、時の流に組み入れを実行します)
来夢は、脳内に言葉が響いた。一瞬だが痛みを感じたようだが、周囲の異変を感じた。すると、周囲の目隠し的な役割をしていた。その枯葉が一点に集中して小さい竜巻を発生した。その音で、人だけでなく全ての生命の視線が一点に向いた。すると、竜巻は一瞬で消えて、男が猫を撫でる姿をみられた。
「かわいい男の子ね」
「猫が好きなのね」
周囲の人々が、明人の様子に視線が向いた。
(この場面と周囲の状況を時の流に組み入れます)
「あっ、私の修正は終わったのね」
来夢は、自分の修正の終了を感じた。そして、安堵したが、逆に、明人が、人の視線を感じて、周囲を見回した後に、ある一点である。ある女の子の来夢に視線を向けていた。来夢は、その視線に気付いていない。その視線から表情からは一目惚れしたとしか思えない表情を浮かべていた。この後の時の流は、来夢は知らないことだが、明人は、この後に来夢を必死に探すが見つけられずに諦めようとした時だった。何日後かの、その朝は台風だったのだが、通学の途中で、ある家の窓から猫を抱えた姿の来夢を見付けるのだった。それと、この時は運命の相手だと思い焦がれるが・・・・。その様子などを知らずに、来夢は、安堵しているが、まだ、台風を起こす。その運命の再会が、まだ、その修正が完了していない。それだけではなく、他の十一人の女性の修正もしなければ、時の流の修正は完了しないからだ。
「終わったの?」
来夢は、芝生の上で座っていた。十一人の女性に視線を向けた。
「そうみたい。先に帰ることになるかもしれないわね。だから、手助けはできないかもしれないけど、何かで埋め合わせをす・・・る。あっ・・・」
突然に、来夢は、この場から消えた。だが、女性たちは誰一人として驚くこともなく、当然のように頷き合うと、既に順番が決められていたのか、白香だけが、直人の前に近寄って枯葉を手渡すのだった。すると、なぜか、 鈴。玉。空。黒子。桃の枯葉も反応を示すのだ。
「あっ・・・そう言うことね」
枯葉が反応を表した者だけが、この先の出来事と枯葉の指示の内容に納得するのだった。
「それでは、直人さん」
直人は、三十分も過ぎることなく、来夢の修正が終わったと感じると同時に、自分にも来夢と同じく完了が伝わり。何気なく、明人の所に戻って感謝を伝えた。その後、皆が集まる所に戻り、次の指示を待っていた。
「ああっ分かっている。それで、何をすればいい」
「簡単よ。この公園の周りをグルグルと歩き回って欲しいの。私たちの想い人が現れるまでね。その後は、また、指示を伝えるわ。だから、急いで!」
白香だけが口を開いた。おそらく、一番重要な役割なのだろう。
「分かった」
直人は、この場から駆け出した。公園の入り口に着き、右か左かと迷っていると、白香から左から一周してと伝えられたのだ。そして、そろそろ、三周目の中間だった。
(その六人よ。六人の中にいるわ・・・・そうね。通り過ぎる時に睨みつけて)
(ガンを飛ばす。そう言うことか?)
(そうそう、それをして!)
(もしかして、喧嘩をしろ。そう言うことか?)
(違う。違うわ。直人さんに注意を向けさせるだけでいいの。それが、次の指示に繋がるのね。まあ、私たちが行動するまで、直人さんを見続けてくれればいいの。簡単でしょう)
「う~」
直人は、悩む時間もなかった。もう六人との距離は数メートルだった。それで、仕方がなく、故意に身体をぶつけて謝罪もせずに睨みつけたのだ。勿論、直ぐに、怒声の返事が返るのは当然のことだった。
(走って!)
「えっ」
(いいから、走って。それで、返事はいいから話を聞いて、公園から出る。私たちが見えるわよね。誰のでもいいから私たちの誰かの持ち物を奪って逃げるの)
「なんだと!」
(いいから!。しなさい!)
「キャー泥棒よ。誰か、捕まえて!」
勿論、直人に対して、六人は不満を感じていたし。怒りを感じていたのだから正当な理由ができたことで喜びの表情を浮かべながら駆け出した。
(もういいわ。荷物を落として逃げていいわよ。捕まらないでね。もし捕まれば、何発か殴られるわ。だから、死ぬ気持ちで逃げて。そして、残りの五人の所に戻るのよ。たぶん、予定の通りなら六人でグループのデートだと思うからね。そして、直ぐにでも、猫の来夢を話題にして愛しの人と二人だけに・・・ぐへへへ)
「う~」
女性たちは、内心の喜びの感情まで伝わっているとは想像もしていない。そんな、感情を受け取る方の直人は、不公平だと怒りをぶつけたいが、そんな相手がいるはずもないのだ。ただ、直人に出来ることは心の底に怒りを押し込めるしかなかった。やっと、感情を押し込めると・・・・残りの五人の女性の姿が見えてきた。
「何していたのよ。遅いわ!直ぐにでも実行するわよ」
(何て理不尽なのだ。この女性らだけが特別なのか、それとも、女性とは、皆、同じなのか?)
「待て、少し息を整えるくらいの時間をくれ!」
「仕方がないわね。でも、枯葉だけは渡しておくわ。私たちが何をするか見るくらいの時間だけで息を整えなさい。それで、良いわね」
直人は耐えるしかなかった。
(あっ、もう来るのが遅いからよ。今通り過ぎた五人よ。だから、猫の来夢との出会いではなくなったわ。修正の方法が変わったの。運命の出会いがね。もう、いいから、直ぐに誰かの尻を触って逃げなさい。今直ぐよ)
「えっ、何だと!」
「キャー」
と、桜が、その場で蹲り、泣いているようだった。
「何があったの。ああっお尻を触られたのね。痴漢よ。誰か!!」
(もう、何しているの!いいから直ぐに走って逃げて!)
「どうしたのです?」
「大丈夫ですか?」
「あの男が・・・・あっ、でも、もう・・・」
直人は、何のための指示なのか知らない。ただ歩き続けるだけで痴漢の役を演じられているとも知らずに、公園の中にいる人々の中に隠れて消えたみたいに思えるが、それは、過去から未来に帰ったのだ。その未来とは、自分の想い人である。明菜を説得する大事な用事があった。そして、男が消えた瞬間に、十二人の女性は完全に直人のことを忘れる。と言うよりも脳内の記憶から消えるのだ。
桜が泣いている中心で、五人の女性は、それぞれの愛しい人に何が起きたか、それを伝えた。まあ、勿論、全てでっち上げなのだが、桜の尻を触って男が逃げたと言うのだった。そして、泣き続けている桜を心配する振りを見せながら自分も痴漢が怖いと、愛しい人に伝えるのだが、もしも、出来るのなら家まで送ってくれませんか、そう頼むのだった。女性たちの内心では、愛しい人と二人だけで帰りたいのだが、女性特有の恥じらいと言うか、世間体とでもいうべきなのか、別行動することはせずに、それぞれの家に皆で向かうのだ。それは演技であり。自分たちに好意を向けさせるための作戦でもあった。それでも、家に向かわずに近所で分かれるのだ。この時代の自分たちに会わないようにするためだった。そんな内心を打ち明けるはずもなく、両親に知られると困る。家の近所だから安心だから十分だと、最大の演技で、憂い顔を見せるのだ。そんな、理由など知らずの男達は、それぞれの女性に色香と言う餌で完全に釣られてしまっていた。渋々と男達は女性たちと別れるのだ。その後は女性たちの視界から男たちが消えると、直ぐに、赤い感覚器官から指示で、自分たちの身体を適当な遮蔽物で隠れろ。そんな、指示を受けるのだ。すると、来夢と同じように一瞬で消えて未来に帰るのだ。
「おかえり」
「あれ、来夢だけなの?。他の六人は?」
「えっ?」
「先に修正したはずなのよ。だから、先に居るかと思ったの」
「いや、来ないわよ」
来夢は、不思議そうに首を傾げるが、女性たちは、何か伝えらないことでも隠している様な姿で・・・。
「あっ、来夢、ごめん。わたし博物館に行かないと!」
「わたしも、映画館だって!」
「わたし、本屋だわ」
「わたし、えっ嘘。海だわ。それも、また、過去なの!」
「あっ、先ほど行った。公園に行かないと!」
この場に来夢だけを残し、それぞれの行き先に向かったかのように忽然と消えたのだ。それでも、同時ではなく、コンマ何秒かのずれがあったのは、何かの順番のような感じを受けた。その初めの者は、鈴であり。自分で呟いた言葉の通りに、鈴は過去の海にいた。それも海岸の砂地に立ち、何をするのかと周囲をキョロキョロと見回していたのだ。
「ここ日本なの?・・・・それで、何をすればよいの?。ねえ、ねえ・・・・」
自分の左手の小指を見ながら答えるはずもないのに問いかけ続けるのだ。その思考が忘れるほどの不安と驚きを感じていたのもだが、おそらく、過去に行くとは分かっていたが、近所の海岸だとでも思っていたのだろう。だが、着いた場所は、屋久島の海岸であり。亀の出産の様子を見て、さらに、不安を感じていたのだ。それでも、赤い感覚器官からの指示があるはずだと、そのためには気持ちを落ち着こうとして両目を瞑った。そして、感覚を研ぎ澄まし、微かな響きの指示でも聞き逃さないようにした。
「あっ!」
何度か、何度も波が打ち寄せる。それに、関心を向けなかったのだが、まあ、波が打ち寄せるギリギリの場所に立っていたのだから何時かは足元まで波が打ち寄せることになる。それが、感覚を研ぎ澄まされた限界の時だった。足元に波が打ち寄せて足元の砂を奪われたのだ。すると、当然のことだが立っていることが出来ずに身体が傾くのだ。
「うぁああ!」
両腕を開いて後ろ向きに倒れた。すると、右側には、今にでも亀が海に入ろうとしていた所だったのだ。それに、気付かずに右手の平が亀の甲羅に当たった。
「痛い!あっ!」
何なのかと、右手の平で確認すると同時に顔を向けて驚くのだ。亀に驚くのではなく、自分がやってはならない失敗にだ。それで、起き上る気力もなく、大きなため息を吐くだけで何度も波に打たれていた。それ程まで何をしたのかと思われるだろうが、赤い感覚器官を持つ者は、過去、未来、異次元に飛ぶことになる場合には、一瞬の合間に走馬灯のような感じで、現地に着くまでに禁忌の事項を見せるだけでなく脳内に響く感じで伝えるのだ。その一つであり最大の重大な事が、他の世界に行った場合は、現代と他の世界を結ぶための起点を動かない物体に触れて作る。決して、動く物体にしてはならない事なのだった。もしも、実行してしまった場合は、元の世界に帰れない訳ではないが、可なり面倒な事態になるだけでなく、元の世界に帰る年月が想像もできない年月になるのだ。勿論、時の流の修正は失敗すると同義で、再度の修正を実行しなければならなくなる。それは、また、同じ時間、同じ場所から開始する場合もあるのだ。だから、死と同義の事をしてしまったと、だから、動く気力もないのだ。だが・・・・。
「私・・・何てことを・・・・してしまったの・・・・」
(修正は完了した)
「えっ?・・・あっ!」
なぜか、脳内に響く感じで絶対に有りえない言葉を感じたのと同時に、この場から飛んだ。
第十五章
鈴に起点を付けられた亀は、北、南、西、東と好きに動いていた。だが、亀の方には痛みも身体に不具合も感じない。例えで言うのなら油性ペンで甲羅に文字を書かれたのと同じ感じだ。だから、亀は好きに動いているだけなのだ。それでも、鈴の方は、まるで、海上の船から上空に風船を浮かべてが引きずられている感じなのだ。まだ、風船のように浮いているだけなら良いだろうが、鈴の場合は、時の流の中を漂っていた。この先は、過去、未来、現代と飛び回ることになるだろう。その予兆となる出来事が現代で、まだ、機械的にも人知的にも認知されていないが小さい小さい台風の前兆が発生したのだ。それも、鈴が時の流で動けば動く程に大きくなるのだった。そんな状況で、また、無理矢理に引き寄せられるのだ。
「あっ!。おかえり」
皆で過去に行く前に居た。あの住宅街であり。注文住宅が並ぶ中の空き地に現れたのだ。
「ああっ好かったわ。何事もなく戻ってこられたわ」
「何を言っているのよ。当然でしょう」
「その・・・それが・・・起点を亀につけてしまったの・・・ごめんね」
鈴は、自分に対しての怒り、悔しさと、全ての感情を表しながら来夢に全てを伝えようとした。それでも、何て答えが返ってくるのかと、予想ができていたのだ。
「なななっ何しているのよ。馬鹿でないの!」
「でもね。でもね。修正が完了したと、そう聞こえたのよ」
「もう、何を言っているのよ」
「あっ!ああ!」
「何をしているのよ。ふざけているの?」
鈴は、来夢に顔を向けているのに後ろ向きで動き出したのだ。
「いや、違うのです。自分の意志に関係なく何かに引っ張られているのです。何なの、も~」
「痛い!。あっ!。私にも指示が来たわ。どうやら、鈴は、皆を探しだすのが役目みたいね」
「・・・・」
鈴は、来夢の様子など気付かずに必死に立ち止まろうとしていた。
「そう感じない?・・・・。まあ、大変そうね。別に、いいけど、でもね。私が、皆の気持ちと思いを繋げてから何かを開放するらしいわよ」
「そんなこと言われても考えられないわ。それよりも、助けてよ!」
「何となく、何をするか分かったのよ。別に無理してまで力に逆らわなくても・・・だから・・・・仕方がないわね。一緒に行こう」
来夢は、鈴の右手を握ると、引き寄せられる方向に共に歩き出した。そんな、二人は、力の方向移動に不安を感じたが、さすがに、最短距離の直線的な引き寄せ方ではなく、地図上の人口的な人が歩ける経路だったことで安堵していると・・・・。
「あれ?・・・白香よね。何しているのだろう?」
北の方向に五キロ行った時だった。世界の時代錯誤異物・場違いな加工品の博物館。と少々いかがわしい垂れ幕が下がる。その館の入口でうろうろしている姿を見つけるのだ。
「そうね。でも、何か複雑な事情がありそうね。見なかったことにする?」
「それは、駄目よ。この方向に来る目的って赤い糸の修正よ。それも、白香の悩みを解消するためだと思うわ。その証拠に、鈴、立ち止まっていることに気付いているの?」
「そうね。そう言われれば、そうかもしれないけど、なんか、泣いていない?」
「白香が泣いているなら余計よ。さあ、行きましょう」
白香は、鈴と来夢が近づいてきているのに気付かずに博物館の中だけに視線と関心を向けていた。そのために、来夢が白香の肩を叩くまで気付かなかった。
「ヒャ!」
「白香!。どうしたのよ。何をしているのよ」
「びっくした。なんなのよ!」
「それは、こっちのセリフよ。何をしているのよ」
また、白香は、涙を流すのだった。
「わたしね。わたしね。浩二君の趣味と夢の話を聞いて、わたしも同じ夢を追い求めようとしているから博物館に興味があるのね。だから、この博物館に直ぐにでも入りたいの。何かよく分からない博物館だけどね。まあ、確かに、また、浩二君と話が出来るのが一番の楽しみなのだけど、でも、もう駄目なの。でもね。でもね。浩二君は、夢が第一だから恋愛なんて興味がない。そう言ったの。だから、まだ、微かな希望はあるのだけど・・・でも・・本当に恋愛なんて興味ない。そう言ったのに、それなのに、女の人と楽しそうに話をしながら入って行ったのよ」
白香は、喜び、泣き、怒り、また、泣くのだった。
「そう、そうなの・・・・それより、一つ聞いていいかな?」
「ぐすん、な・・・何?」
「その夢の話を聞いたのって何時のことなの?」
(変なのよね。まだ、一目惚れの段階のはず。まさか、赤い糸の修正の指示をみたことで、もう現実の恋人とでも思ってしまったのかしら・・・)
「そうね・・・でもはずかしいわ」
「いいから、直ぐに言いなさい!」
「はい。一時間くらい前よ。赤い糸の修正で、この博物館に入る指示だったのね。でも、入場券が別の建物でしか買えなくて、その建物の前の列に並んでいたら・・・そのね・・・後ろに・・・浩二君がいたのよ。そしたら、わたしに話を掛けて来たの。今日発売の限定の本が買いたいから家に戻ってお金を取りに戻りたって、だから、順番の列を確保して欲しいって、何かね。相当高価な本らしくて、この機会を逃したら二度と手に入らない本らしいのね。それに、感謝の気持ちとして、私に本を貸してくれるらしいし、お礼として、博物館の入場券のお金も払ってくれるっていうのよ。家も近くだし、欲しい気持ちを表すために、趣味や夢の話までしてくれたの。もう、わたし、嬉しくて、嬉しくて!」
「そんなに、嬉しいことがあったのに、泣いていたのは、まさか、嬉し泣きだったの?」
「それが、戻って来た時は、一人でなくて、綺麗な女の人と男の人もいて、三人で戻ってきたのよ。それも、満面の笑みを浮かべながら綺麗な女の人に、まるで、息を吸うのも忘れているのではないかと思うくらい話し続けだったの。それでも、入場券のお金は払ってくれたけど、本を貸してくれるって話は忘れたみたいだったわ。だから、博物館に入って、浩二君が女の人とデレデレしている姿なんて見たくなくて・・・帰ろうかと・・・でも・・赤い糸の修正の指示だけど・・でも、もう駄目よ。あんな綺麗な女の人には敵わないわ」
「でも、変なのよね。公園で白香のことを一目惚れしたのでしょう。それも、さっきのことよね。まあ、過去のことだけど、それは、白香も同じだけど、現代に帰って直ぐよね。それなのに、他の女性に夢中っても変ね。もしかして、惚れっぽいのか、まあ、男性なんて恋人とデートしていても、他の女性の胸に関心が向くって言うし」
「何なのよ。他の男性はしらないけど、浩二君は、そんな人ではないわ!」
来夢の話を途中で遮って怒りを表したのだ。
「ふっ~まあ、それなら、その女性って、もしかしたらだけど、本の原作者か、遺跡の発掘の関係者か、それとも、この博物館の関係者で、憧れの余りに理性をなくしたのかもよ」
「そうね。そうね。そのはずよね」
「そうでしょう。それなら、早く博物館の中に入って赤い糸の修正をしましょうよ。何か指示があるのでしょう」
「勿論あるわよ。でも、入場券は、一枚しかないわよ。どうするの?」
「一人で入れるの?・・・・大丈夫?・・・何の指示か分からないけど・・実行できるのね?」
「・・・・・」
来夢が心配そうに問い掛けるが、即答できずに、博物館の中に視線を向けるだけだった。
「もう仕方がないわね。先に入るだけ入っていなさい。わたしたちも、入場券を買って直ぐにでも後から行くわ。だから、中で待っていなさい。分かったわね」
来夢に背中を押されて渋々と、一人で入るのだった。まるで、素人のコソ泥が、警備人と警察がいないだろう。と、挙動不審な歩き方なのだった。確かに、気持ちは分かる。愛しい人と視線があったらと考えると、恥ずかしくなるし、いまだに女性と楽しそうな様子を見てしまうと、泣きたくなる。などと、考えると体が膠着するのだった。それでも、赤い糸の修正は始まっていた。目の前には、自分しか見えない陽炎の映像が、歩くのに邪魔にならない程度であり。まるで、映画の場面が流れているかのように透けて見えるのだ。その映像と現実の様子と重なる所に向かうのだ。その重なった所で修正を実行しなければならないからだ。
「三葉虫を踏んだ足跡の化石・・・・えっ?」
と、陽炎のような映像との重なりを探すのに夢中だったが、一瞬だけ、ある文字に目に留まり、案内看板を読んで見ると、、驚きの余りに立ち止まった。
「日本で発掘された三葉虫の化石の中で一つの不明な化石がある。もしかすると新種なのかもしれない化石が発掘された。この近辺の遺跡群には、海亀のように海岸で産卵して、生まれると自力で海に戻る。そんな様子を窺える遺跡群なのだが、一つの不明な化石が発掘された為に公的の場では発表を断念したと、発掘者が述べているが、今回は特別に借り受けることができた。それが、この先の一角の部屋に展示してある」
(ほう、三葉虫って五億万年前なのね。あっ、でも、確か、学校で習ったわよ。その頃に人類っていたかしら・・・・・)
白香が、脳内の底の記憶から思い出そうとしていると、垂れ幕に目が留まった。
「オーパーツとは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品を指す。ああっ、そう言うことね。これで、浩二君が言っていた。タイムマシンがある証明とか、超古代文明が存在したとかの、あの意味が分かったわ」
一通り読み終わると、やっと、目の前に流れる陽炎のことに関心が向くが、それよりも・・・。
「煩いわね。何なの?」
複数の女性たちの怒鳴り合いが聞こえてくるのだ。何を叫んでいるのか意味は分からないが、人として考えられる全ての悪口の言葉で罵倒し合うのだ。まだ、言葉だけの諍い程度なら興味を感じて人も集まるだろうが、この様子では死闘に発展するにちがいない。このまま近くにいては巻き添えを喰らい。自分の命も危ないと感じるくらいの殺気を放っていることで、一人の野次馬も集まることなく、罵倒する言葉が届かない距離まで、誰一人として近寄らなかったのだ。それでも、様々な展示物の所々で説明や問い掛けなどで騒がしいからだろうか、不思議な事に大騒ぎには発展しないのだ。
「それにしても、何か聞いたことのある声ね。もしかして、この騒ぎを止めろと言うの?」
白香は、左手の小指にある。赤い感覚器官から赤い糸の修正の指示の遅れのために連続的に痛みを感じて朦朧としていた。そのためもあるだろうが、様々な修正の実行の完遂のために悩み続けて少々の感覚も鈍くなっていた。
「この部屋の入口と飾りが一致するわ。やっぱり、この中なのね。この騒ぎを止めるのね」
「あっ!」
「白香!」
白香は、驚いた。その声で、複数の女性が振り向くのだった。
「ちょっと聞いてよ。この馬鹿ったら赤い糸の修正を間違って解釈して、この証拠を残したのよ。わたしが行った未来では大変なことになっているのに何も間違ってない。そう言うのよ。それに、誰が、未来の修正をするの。どうしたらいいの。私の方が泣きたいわ」
「何が遭ったの?」
「この馬鹿が!」
「なによ。まだ、そう言うのね」
「でも、本当に、桜なの?」
また、桜と玉が、つかみ合いになりそうだったので、白香が止めた。
「本当よ。わたし何が原因なのかと、この場に来てみたら五人が笑いながら話をしているのを聞いたのよ。何て言ったか分かる。これ、わたしの足跡かな?。いや、私のよ。そう聞いたから確かよ。本当に~頭が狂いそうになったわ」
「そうなの、でも、この化石くらいで未来が変わるほどの大事になるの?」
「それがね。余分な箇所などを削り落として、化石を綺麗にしたらサンダルのメーカー名だけでなくて、恐らく、桜の本名だと思う名前が現れたの。それが、どう言うことになるのかは、誰でも分かるわよね。もうテレビ、ラジオ、ネットでも世界中で大騒ぎよ」
「えええ!」
「それよりも、早くしないと、この化石で騒がした発端の者が化石を買いに来るのよ。わたしには赤い糸の修正の指示がないけど、化石を買わせないように、いや、化石を壊せばいいのよ!。それなら、未来での騒動は起きないわ」
「さっきから何度も何度も、それは、駄目だって言っているでしょう。馬鹿でないの!」
「馬鹿は~あんたらよ!」
「もう~いい加減にしなさい!。もう落ち着いてよ。それよりも、何時ごろ来るかよね」
「ごめんなさい。えっ・・・とね。時間までは分からないわ。でも、今日中に化石を見にくるわ。そして、明日の午後の三時にテレビ番組で契約の公開中継をするのよ」
「なんで、そこまで!」
「それがね。何の会社なのか忘れたけど、その会長が引退する記念に私用の博物館を建てたのね。まあ、趣味が発掘で、殆どが、価値のない化石なのだけど、それでも、素人の発掘品でも価値があるのだと、世界に認めるために自分の財力で化石の価値を高めた。とか、オーパーツの真実性を証明するためだとか、いろいろと噂の人物なのよ。それよりも、一番の問題なのは大騒ぎになった原因である。契約の後に、生放送で化石の掃除から展示までの全ての行程を中継するのよ」
「それで、世界中になのね。でも、赤い感覚器官の修正って、その騒ぎを起こしたいのか?。それを止めたいのか分からないわね」
この場の女性たちが、来夢の言葉で大人しくなり、正常な判断ができて、この先の事態の思案を静かに考えている時だった。
「何を皆で集まっているの?」
「えっ!」
一人の女性が、写真と木片を持って現れた。
第十六章
薄暗い一室に、複数の女性だけがいた。まるで、どこかの王室の装飾品でも展示している様な大きな透明な容器と頑丈そうな土台が置かれていた。その二つは鎖と鍵で繋がれていたが、透明な方は、硬質ガラスで防犯機能も備えている感じで、壁には写真と展示品の説明が書かれてある紙だけで他には何もなかった。直ぐにでも飽きそうに思えるが、この場の者が真剣に展示品を見つめていた。そんな雰囲気の時に・・・。
「もう、まだ、早いわよ。だって、これから、過去に戻って発掘するのよ」
「えっ?」
皆から不思議そうに問い掛けられたことで、化石の写真を撮って似た化石を発掘しなければならない。そして、この場の化石を明日の開店までに交換すると、それを伝えるのだ。
「そうだったのね。やっと、過去の足跡の騒ぎの意味が分かったわ。やっぱり、赤い感覚器官の指示は間違っていなかったわ」
桜が、何度も頷いて納得するのだった。
「えっ・・黒子。それって・・どういうことなの?」
また、来夢が問い掛けた。
「この化石を偽物にしたいのよ。もしかしたら、本当に過去に超古代文明があった。その証拠なのかもね。それも、時の流れを狂わせる程の重大な物なのかもしれないわ」
「何を馬鹿なことを言っているの。空にある月は箱舟であり。わたしたちは、その子孫なのよ。それに、超古代文明とは同義なのよ」
「まあ、その話よりも。変よね。それなら、この化石を残した者を邪魔すればいいこと、なのに、この化石を発掘された過去の遺跡の周辺の森を大勢で破壊する。それも、現代の情報を残すなんて理解ができない。この本物の化石って何なの?。それとも、他に意味があるの?」
「ああっ、言い忘れけど、この化石を回収して、この写真と同じ物を過去に行って発掘してから交換するのね。でも、簡単らしいの。なぜか、その周囲って何かに破壊されているらしくて、化石がむき出しになっているらしいのよ」
「あっ!」
「なになに?」
「あっ、いいの、いいの。話を続けて」
「はい。でね。この展示品の化石なのだけど、わたしが発掘した場所に置いて来るのね。まあ、発掘者には悪いけど木片も置くのだし、二つの化石が増えて喜んでくれると嬉しいわね。でも、なんで、こんな面倒なことするのかしらね。まるで、幼い時に母から聞いた。起点を動く物にした時の状態に似ているわ」
「・・・・・」
来夢は、大人しく話を聞いていたが、突然に頭痛を感じたのだろう。よろめいたのだ。
「まあ、購入者が、木片があることで人工物の証拠だと判断されて、やはり、一億で購入するらしいわ。でもね。後の噂ではね。この博物館の展示する物で一億でも一億以上だとしても、オーパーツを購入する目的で交渉まで進んだ物って、この化石だけだったらしいわ。本物か偽物かは別にしても世界に一個の物だしね。命の次に大事な物ってことなのかもね」
「その全てを走馬灯のように見えた。そう言うことなのね。なら、本当の結末って何になるの。何をしたら終わるの?」
「それは、知らないわ。私だけでなく、皆も自分の修正をするだけで他のことは何も知らないでしょう。そうでしょう。わたしと一緒よね」
「・・・・・」
この場の者は、難問のクイズでも考えているかのように複雑な表情を浮かべていた。
「私の話し聞いていた・・・・ねね・・・ねね、そうでしょう」
「まあ、これで、全てが繋がったことだし、良かったと思いましょう。でも、この中の一人は、皆に謝らないと駄目でしょうね。でも、誰かしら・・・ね」
来夢が、鈴に視線を向けた。
「ごめんなさい。わたしが、起点を亀にしてしまったの。本当に、ごめんなさい」
「ええええっ!」
鈴と来夢以外の者が、驚きよりも怒りを感じる叫び声を上げたのだ。
「こんなにも時の流を狂わせたのよ。大津波か巨大地震が絶対に起きるわ。どうするのよ!」
「それは、大袈裟ではないわね」
「そうね。確かに、大袈裟かもしれないけど、でも、台風くらいは起きそうね」
「台風なら間違いなく、巨大台風が来るわよ」
「うっうう、そこまで苛めないでよ。本当に悪いと思っているのだから・・・・うっううう」
皆から攻められて鈴は頭を抱えた。その姿を見て、皆は、大きなため息を吐いて悩んでいると、数人の威圧を感じる甲高い足音が近づいて来るのに、誰も気づいていなかった。
「皆さん。済みませんが、お客さまからの苦情もありますが、これから、この個室には特別のお客さまの御案内があり。その警備上の問題にもなりますので、この場から解散して頂けないでしょうか?。もし何か理由がありますのなら相談に乗りますので、苦情など承る専用の個室の方に移動して下さい。それで、宜しいでしょうか?」
「あっ!」
男の威圧的な言葉で、女性たちは驚いて振り向いた。
「あっ、君!。さっきは、ありがとうね」
白香がいたことで、浩二が驚くのだった。
「お知り合いでしたか?」
「はい。この人たちなら大丈夫だよ」
「それでも、警護の問題で、これ以上の予定外の人との同席は・・・」
「ああっ、もしかして、貸し切りにでもなるのですね。分かりました。本当に良い化石でしたので時間を忘れていたのです。それでは、他の化石でも見に行くことにします」
「・・・・・」
来夢が、適当に誤魔化したこともだが、浩二が説得したこともあり。女性たちの誰一人として詰問されることがなかった。そして、他の女性も調子を合わせるように適当に返事をしながら、来夢の後を無言で何度も頷きながら部屋から出て行くのだ。
(この先の指示は、誰かあるの?)
来夢は、仲間だけに聞こえる。囁き声で問い掛けた。すると・・・・。
(わたしには、指示が来たから移動するわ。だから、零時には非常口を開けとくわよ)
白香は、自分の結果後のことを誰がなのか知らないからだろう。皆に聞こえる程度の囁き声で簡単に指示を伝えるのだった。
「分かったわ」
誰の言葉か判断できなかったが、自分の指示の返事の答えが聞こえたことで、一人で女子の便所に向かったが、もしかすると、不満だったのか、一人でぶつぶつと呟いていたのだ。
(博物館の七時の閉館まで女子の便所に隠れて、その後に、鎖と鍵を赤い感覚器官で切断し目的の化石を強引に奪い取るって・・・)
左手の赤い感覚器官の指示を確認していたのだ。
(あっ、そう言うことね。左手の赤い感覚器官は剣だと真剣に思うと剣にもなるのね)
脳内の響きのような指示で伝わり難いと思ったからではないだろうが、勝手に、目の前に映画のような走馬灯のような感じ、いや、陽炎のような透明な映画の方が近い映像が流れたのだ。それは、化石の展示室に一人で立ち、左手の感覚器官が剣のような形に変わって、鎖と鍵を切断する場面と、その化石を手に持って非常口の扉の鍵を解除している場面だった。
白香は、悩み悩みながら歩くが、女性たちは、白香の様子も、女性便所に入るのを見届けることよりも、館内放送に気持ちが向いていた。いや、館内の全ての者が天井に設置されている拡声器に興味を向けるだけでなく、その放送に興味を感じていた。
「やっぱり・・・悪い予感が当たったわ」
女性たちの誰と言う訳ではないが、館内放送で、巨大な台風が発生したと、数日中に、この地域の全区域に台風が直撃するために今日と明日は通常営業をするが、二日後と三日後は台風のために休館にすると、館内放送が流れたのだ。
「わたしも、ここで、別れます」
「指示が来たのね。直ぐにでも行きそうなの?」
「そうみたい」
「そう、なら、皆の中心に入って!」
「ごめんね。ありがとう・・・あっ!」
一人の女性を周囲からの視線から隠されると、女性は、この場から消えた。恐らく、この場に居る。多くの女性たちが自然を破壊した。あの過去に飛んだのだろう。そう考えた。
「ひどいわね。ここまでする・・・指示だからって信じられないわ」
黒子が、過去の世界に現れて直ぐのことだった。自分の足元を確かめた。何かの命のある生き物を踏みしめていないか、すると荒地だったことで安堵するが、直ぐに周囲を見回して多くの木々が倒木されている様子のを見るのだった。それだけでなく、至る所で地面に足跡の形の隕石でも落ちてきたかのような無数の痕跡があるのだ。これでは、一匹の生命も存在しないだろうと嘆くのだ。そして、自分が何をするために過去に来たのかと、それに、気付くのだ。まず、起点を付けなければならない。と、まだ、理性が働くことできた。何にをするのかと思案していると、ある一点に、左手の小指の赤い感覚器官が指示を与えられた。その方向を見ると、掘り起こして探さなければならないはずの物が、地表から出ていたのだ。
「これね。あっ!、でも、過去に来てから初めて触った物の起点が付くはず・・それも、生き物や直ぐに移動できる物では・・・」
誰かに問いを掛けているのではないが、呟くと、脳内というか心の中とでもいうべきなのか、一瞬で答えを感じるのだ。起点とは、現代に帰る時に必要な物で、過去や未来で修正をするための行動と費やされる時間で時の流に誤差が起きるのだ。まるで、富士の樹海に入る時に迷子にならないように綱を身体に巻きつけて歩き回る感じだ。一般的には巨木が適していた。もしもの場合だが、起点の木が倒されて周囲は更地になり。建物が建てられたとしても、微かな根っこなどが土の中に残ることで起点が維持されるからだ。
「起点を付けると同時に、修正が終わるから時の流の誤差の範囲・・・そう言うことなのね」
化石の場所を見ながら一人問答するかのように歩いて近づき、そして、化石を手にした。と同時に現代に飛んだのだ。すると、先ほどの過去は昼間だったが、今は、夜だったことで驚くだけではなく、何かの建物の非常口だと感じられる前に居たのだ。すると・・・。
「トントン」
非常口の扉を叩く音が聞こえた。
「ん?・・・・・」
「遅れてごめんね。ねねっ・・・・外にいる?」
白香の声が聞こえるのだった。
「白香なの?」
「そうよ。今から開けるわ。それで、交換する化石は持っているわよね?」
「あるわよ」
「上手く行ったのね。良かったわ」
「ありがとう」
「ねね、もしかして、この化石に起点を付けたのでないの?」
非常扉が開いた。
「そうよ。化石に起点を付けたわ。でもいいの。これが、そうよ。受け取って」
「はい。確かに受け取ったわ。あっ、待って、わたし、わたし、この場から動かないからね。それなら、過去から直ぐに戻って来られるでしょう」
白香と黒子は、お互いが持つ化石を交換した。その時、白香は、黒子を心配して慌てた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。あるはずの起点が消えたのです。時の流が元の時の流に戻そうとする働きで過去に戻るでしょうし、起点が違う物だったことで不具合の反発で元の起点が存在する。この場所に戻る可能性があるわ。それよりもね。わたし、まだ、運命の人との運命の出会いの場面を見ていないから思い出を作らないとならないの。まだ、修正が終わっていないのよ。だから、わたしのために言ってくれたのは嬉しいわ。でも、無理しなくていいからね。もしも、何かあれば、何も気にしないで・・・・移動していいわ・・・よ」
「そうす・・るわ・・・・・行ったのね」
突然とはいう程ではないが、白香の返事は最後まで耳に届かずに消えた。それに、白香も最後の語尾まで聞こえていたのかも分からないことでもあった。勿論、黒子の行き先は・・・。
「オッ!、とっとと」
黒子は、先程と同じ地点に現れた。だが、今度は、起点が過去にないために微妙な指示が追加されていた。それは、地面に触れてはならないことだった。まだ、皆で海岸での練習を入れての二度目の空中浮遊だったことで、空中に出現したが地面まで落ち続けるのを止められず。それでも、根性で何とかして空中で踏ん張ってぎりぎりの数センチの所で浮かぶことができたのだ。だが、何度も大きく息を吸っては吐きを繰り返したのは、まるで、全力で一キロを走った時と同じ感じだった。
「えっと、たしか、岩の上に乗っている感じで・・・それで、移動するには、水の中を泳ぐ感じだと言われたっけ・・・・まずは、岩の上ね。岩の上。落ち着いて、落ち着かなくちゃ」
気持ちも呼吸も落ち着くと、羽衣があるのを右手で確認してから左手で周囲の膜を確認すると、完全に浮くことに慣れたようだ。そして、空中を泳ぐように移動して、先ほどの地点に着くと、丁寧に化石を地面に置くのだった。すると、一瞬で、時を飛んだ。現代の非常扉が見えたが・・・直ぐに声が・・男の声は知らないが、白香が扉越しにいることに気付いた。
「誰かいるのか?」
若い男の声を白香は聞いたが出来ることなら動きたくなかった。それで、見付かる訳にはいかず。少しでも身体を隠そうとして非常扉の隅の陰に隠れた。だが、靴音が近づくのだ。
「あっ、どうして、君がいるの?・・・・・・その手にあるのって・・・・」
「・・・・」
なぜか、浩二が現れた。突然のことで、白香は何も言えなかった。
「やっぱり、あの話を聞いたら、そうだよね。僕もだよ。最後に、どうしても見たかった。あの値段を付けられたら売るのは分かるけど、調査のために壊すって聞けばね。そうだよね」
勝手に浩二が納得したことで、白香は同じだと無言で頷くのだ。その様子を黒子は、非常扉が少し開いている隙間から覗くのだった。
第十七章
黒子は、突然に眩暈を感じた。すると、非常扉の映像がぶれたように感じた後だった。驚くことに、また、時の流を飛んだのだろう。過去か未来かは不明だが、おそらく、未来だと感じた。なぜかと言うと、自分の記憶ではありえないこと、空中に浮いていることに気付かずに視線の先のことに興奮していたからだ。それは、街中を白香が嬉しそうに浩二の腕を組んで歩く姿を見たからだ。直ぐに時の流の修正が完了したと思って黒子は安堵と祝福したい気持ちになった。そして、喜んだ。いや、今の喜びは、自分の想い人の姿が見えたからだ。
「あっ!」
想い人が犬と散歩している様子だった。黒子は、今、やっと、地上から五メートル位の空中で浮いているのを感じた。なぜ、今頃と思われるだろうが、好きな人に見られた場合に女性らしい感情から身だしなみを気にしたからだ。すると、羽衣の膜の中にいることと、屈折で人の目には見えないことを悟るが、犬には、女性を感じるのだろう。人が浮いているのを見て恐怖のためなのか、犬が吠え続けた。すると、周囲の人の視線が犬に向かい。その一瞬の間に、黒子は、地面に降りて、誰にでも見られるように思うと、完全に姿を現した。
「・・・・・」
男は、黒子が現れたことに不審に思うことはなかった。恐らく、周囲の人陰にでも隠れていた事で気付かなかった。そう思ったのだろう。だが、以前に一目惚れした女性と出会えたことに喜ぶような笑みを浮かべた。だが、この男は、女性に対して免疫がなく恥ずかしかったのだろう。直ぐに視線を逸らして女性の視線から逃げようとしていた。そんな様子を黒子は見ていたが、驚く事に、この場で、鈴と来夢に会った。もしかすると、まだ、修正の続きなのか・・と考えた。何気なく、適当な店舗の入口で、今日の日付を見て再度、驚いた。
「やっぱり、明日は、閉館だって」
鈴が博物の入口で、向かい側の歩道で立つ来夢に向かって叫ぶのだった。
その黒子の驚きは、黒子が過去に飛んで現代に戻ったと思ったら、今度は、一日後の未来に飛んだ。それも、博物館が見える向かい側の歩道に現れた。その同じ歩道で数メートル先の前を男が犬と散歩していたのだが、視線の先には、鈴が、博物館から歩道でない場所から道路を渡ってきたのだ。その鈴が偶然を装い、男には気付かない振りをして男にぶつかるのだった。あっ、と驚くのだった。これは、運命の出会いである。これで、自分の修正が終わったと思うのだ。
「あっ、ごめんなさい」
鈴は謝罪をした。だが、直ぐに男はよろけて、黒子とぶつかるのだった。
「あっ、すみません。すみません」
「いいのよ。故意にしていないのが分かるから気にしないで」
「ありがとう」
「それよりも、可愛い犬ね。何て言う名前なの?」
「えっ、あっ、太郎だよ」
来夢は、鈴に手を振っているように見えるが、本当は、黒子に、修正の成功を祝ったのだ。それに、鈴も気付いたのだが、走るのを止めはしなかった。
「来夢!。前売り券の払い戻しは出来るって、どうする?」
鈴は、走りながら来夢に向かって叫ぶのだ。それと、修正が終わったと合図も送った。
「仕方がないわね。台風が過ぎてからにしましょうか」
「そうね。そうしましょう」
「あっ」
「どうしたの?・・・あっ、皆も修正が終わったの・・・そう言うことね」
先程の合図で黒子のための修正の協力が終わった。だけでなく、周囲には、残りの九人女性たちが、一人だけの和子を先頭で、彼氏らしき男を連れて歩いている姿を見るのだった。
「あっ、ごめんなさい」
左の小指に痛みを感じた。
「指示が来たの?」
「うん。私が狂わせた起点と皆の起点を繋ぎ合わせるみたい。それで、修正が終わる感じらしいわ。まあ、確認するだけみたい」
「それは、良かったわね」
「でも、来夢の修正の最後を見るってのは、残念だけど何も感じられないわ。でも、たぶんね。まだ、修正が残っているのかも、それに、もし、私が確認するなら一番の最期になるでしょうね。なんか、難しい修正になる。そのような予感を感じるわ」
「本当・・・そう感じるのね。ありがとう」
来夢は、鈴の様子をみて納得していた。
「あっ、なに、聞こえない。駄目みたい。あっ!」
一瞬の突風が起きたと思ったら、鈴は、この場から消えていた。
「来夢ではないか、何をしているのだ。何か心配でもあるかのような表情をしているぞ」
「あっ、お姉様。いや、部隊長殿、ああっ、いや、いや、和子さん!」
「ん~まあ~サバイバルゲーム部に入っているのだ。だから、部長で構わんぞ」
「はい。分かりました。部長とお呼びします」
「それよりもだ。殆どの者が運命の修正が終わったと、部室まで知らせにきた。お前は、まだまだ先のことなのか?」
「はい。たぶん、部長が指定した最終日まで時間が掛るかもしれません」
「そうか、そうか、完了する予定が出来るのだな。それは、それは、計画の通りに進んでいる、ということだな。うんうん。良いことだ。それでは、何も心配せずに報告を待っているぞ。それと、喜べ。それはな、他校の男性の部員が入ることになった。これで、学生の部の全国大会にも出場できる。それに、男性と女性で分かれて戦うこともでるだけでなく、様々な用途の戦いも可能だぞ。ますます、楽しくなる。まあ、これから、部費も出ることになったことで、サバイバルゲームに必要な道具を買いに行くのだぞ。もし、修正の空き時間があるのなら集いの店に来てくれ!」
和子は、来夢の肩を叩くと、何か目的でもあるかのように歩き出したのだ。その後の九人の女性たちは、和子の後を続くが、自分達の彼氏たちに気付かれないよう気を遣いながら片手で、来夢に応援の合図を送るのだった。
「ありがとう」
来夢は、皆に笑顔で感謝の気持ちを伝えながら見送るのだが、皆が視線から消えると、不安そうに俯くのだ。確かに、これから行動する全てが分かっているのだ。その実行を考えれば、普通の神経なら当然のことだった。だが、気持ちを切り替えようとして、大きく息を吸って息を吐き出すと、覚悟を決めたのだ。
「まず、あの海ね」
(でも、なぜ、私だけが、乗合自動車で移動しなければならないのよ。皆は、飛んだり、消えたりするのに、それよりも、夜の海を一人で歩くことになる。それが、本当に嫌で怖いわ)
来夢は、不満そうに独り言を呟きながら歩き出した。あの海とは、サバイバルゲームをした場所の近所だった。時間的には、乗合自動車で一時間の距離だった。それも、この地域では一番の繁華街である駅が中間の地点で、片方の方向の終点が、自分が通う学校が終点である。もう片方の終点は海水遊泳が楽しめる港町が終点だったのだ。だが、目的の海岸は、舗装されてある街道ではあるが、乗合自動車などの一般の交通機関がなく、自家用車だけが通る街道なのだが、それでも、歩行者の通行ができる道路はある。それでも、昼間なら波の音で心地良い気持ちになりながら歩く者やハイキングコースのため自転車で通る者は多い。だが、夜の海は、その道路は一つの外灯もなく松林で月明かりをも隠れるために想像以上に暗い。などと、考えていると・・・。
「ここまでは、まあ、いいのよねぇ」
港町であり。乗合自動車の終点に着いてしまったのだ。それも、そろそろ、夕日が沈む時間でもあったのだ。あとは、歩きだと思うと、涙がでるほど怖かった。それも、一キロも夜道を歩かなければならない。だが、何の為なのかも分からず。何が起きるかも分からないままに、ある地点の松林に隠れて何かを見なければならないのだった。
「ふっ、仕方がないわね。でも・・・でも・・・」
来夢は、乗合自動車から降りると、一歩も動けなかった。もし乗客が、自分以外に一人でも居ればつられて歩き出しただろう。だが、自分の独り言でも周囲に聞こえたのかと、そう思えるような井戸端会議の女性や通行人が来夢を見るのだった。直ぐに、自分だけが終点で降りたことで違うと考えが浮かんだ。この地域には、自分と歳の近い女子高生が住んでいないのだろう。それに、そろそろ、夕日が沈む頃に一人の見知らぬ女子高生が立っていれば変だと思われるのは当然のことだった。それでも、一歩でも動けなかったのだが、井戸端会議の話題が終わったのか、いや、来夢のことが話題になったのかもしれない。すると、井戸端会議が終えて、一人の年輩の女性が、来夢の方に向かってくることで、夜道を歩く恐怖よりも、この場にいることについての良い言い訳を考える方が大変だと感じて、先ほどは動かなかった両足が何の抵抗もなく動くのだが、驚くことに、普段よりも早歩きしている感じに思えた。一瞬だけ年輩の女性のことが気になり後ろを振り向いたが、停留所の時刻表を見ていたのだ。もしかすると、年配の女性の娘の帰宅時間が遅いから気になっていたのだろう。などと、思考が終わると、また、夜道の恐怖を感じだしたが、今度は、立ち止まることに恐怖を感じたのだ。後ろから誰かにつけられていると感じる恐怖と、周囲に、幽霊や化け物でもいるような感覚を感じるのだ。たしかに、このような状況の克服のために、サバイバルゲームに参加したはず。そして、克服したと思ったのだが無駄だったようだった。それでも、完全に人工的な灯りがまったくなくなる頃になると、目が慣れて来たこともあるが、恐怖よりも星空の光が多いことに驚いて恐怖が消えたのだ。
「えっ!」
後ろから自転車の走る音が聞こえてきた。驚きと恐怖で振り向こうとしたが出来なかった。だが、自転車に乗る者は、来夢を追い越す一瞬だが振り向いた。直ぐに、場違いな女子高生だったのがと、幽霊ではないと思って安心したのだろう。自転車の速度を落として通り過ぎた。それでも、暗闇だったことで顔などの姿をはっきりとは見えなかったのだろうが、何も気にしなかった。だが、来夢からは、自転車の照明で顔だけでなく表情まで見えたのだ。
「なんで、明人さんが!!」
後の日のことだった。今日の海でのことを明人に聞いたことだったが、五歳下の妹が病気のために海沿いの家を借りて母と妹の二人だけで住んでいると、それでも、離婚したのでも父が亡くなったのでもなく療養のためだと、あの時は、妹の具合が悪いと聞いて、乗合自動車よりも自転車の方が早いと感じて向かっていたと、そう聞かされた後に、来夢は、女子高生を見なかった。と聞いて、それが、自分だったのよ。そう言って驚かせたのだ。
「まさか、この辺りから学校に通っているの?・・・・まさか・・・ね・・・」
また、しばらく、星空の明かりだけで夜道の道路を歩いていた。まだ、恐怖を感じていたが、いや、先ほどまでは、そう言い直していいかもしれない。今では、自転車で通る人が居ると言うことは、近くに民家がある。なにかあれば、悲鳴を上げれば助けてくれる。そう思うと、恐怖も薄らいできたのだ。そろそろ、一キロの地点だからなのか、数少ない外灯と民家の灯りが見えたのだ。大まかなことは、以前に、目の前の空間に走馬灯の様な陽炎の幻のような映像で見て分かっているが、細かいことは、突然に、左手の小指にある赤い感覚器官から指示でも知らせられると思っていた。
「痛い!」
やはり、左手の小指の赤い感覚器官が痛みを与えることで知らせてきた。だが、急がなければならないことなのだろうか、陽炎の幻の映像でなく、脳内に響く言葉のようだった。
その指示を実行するために、今まで歩いてきた道路から松林の中に入り。海岸に出ろ。そして、砂浜を歩いて、古い枯れた大木に座る男性に後ろから声を掛けることだった。指示のまま海岸を歩くと、男が流木に座っているのを見付けるのだった。そして、指示された通りに男に近づいて言葉を掛けるのだった。
「大丈夫よ。妹さんは、普通の軽い風邪だから明日には熱も下がるわ」
「本当なのか!」
「後ろを振り向かないで!」
「えっ、はい。分かった。振り向かないよ。それより、今、言ったことは本当ですか?」
「はい。本当です」
「後ろを見ませんから誰なのか教えてくれませんか?」
「それは・・・過去に・・・何度も・・・会っているから・・・分かるはずよね」
赤い感覚器官でも予定外の対応だったのか、それとも、故意に、途切れ途切れな話し方にしたかっただけなのか、指示も、ゆっくりと、一つの単語と言うような言葉を話し終えてからでないと次の言葉を教えなかった。
「あっああ、君だったのか、それなら、明日には、本当に妹の熱は下がるね」
「・・・・」
来夢は、後ろからだったが、声色で明人だと分かったのだ。
「それなら、いつもしてくれた。僕の頭を撫でてくれないのか?」
「あっ!!。駄目よ。振り向かないで!」
来夢は全てを伝える前に消えた。
「やっぱり、君だったのだね。また、突然に消えたことで証明されたね。でも、また、会えるのかな?。前に会ったのは、何年前だった・・・かな・・・」
来夢が突然に消えたと分かる数分後まで待った後に、後ろを振り向き、来夢が居たと思う空間を見つめ続けながら昔のことを思い出していた。そんな昔の思い出のことなど、もし来夢が、この場にいたとしても分からないことだった。もしかすると突然に消えた理由は、あのまま話しを続けていては良い言い訳など出来ずに、明人に不審を感じさせるだけで、この後の時の流の修正に影響がでたかもしれないことだった。その来夢は、どこに行ったかと言うと・・・。
「あっ、男性が消えた?。いや、私が移動したのね。でも・・・・もしかして、過去?・・それとも、未来?」
少し悩んだ後、後ろの方から女性の怒鳴る声が聞こえた。それで、振り返って見ると、先ほど見た建物より、少し新しい感じに思えた。それでも、詳しく確かめたかったが、その建物から人が出て来るのを感じられて、直ぐに近くにある松林に隠れるのだった。やはり、一人の子供が泣きながら現れた。恐らくだが、両親にでも叱られたのだろう。
「おかあさんは、僕のことが嫌・・・いなんだ・・だから、だから、あんな事を・・・」
「ここは、過去ね」
来夢には、直ぐに、幼子だけど明人だと分かった。どこに向かうのかと心配になり。気付かれないようにして、ゆっくり、ゆっくりと後を追うのだ。だが、松林を抜けて海岸に出たというのに止まる勢いがなく、まさか、馬鹿な考えから海の中に入るのではないか、その思考と当時に松林から飛び出して引き止めようとした時だった。少々大きな流木に座るのだ。座ると、気持ちが落ち着くと思ったが泣き続けるのだった。そんな様子を暫く見ていたのだが、修正の対象だったことに気付くのだ。だから、なのだろうか、子供の背中を目標のように歩き出すのだ。
「僕!。ぼ~くちゃん!。何で泣いているのかな?」
月明かりだけの夜の海岸で人気のないはずなのに、母とも妹とも違う女性の声を聞いたことで、幽霊とでも思ったのだろうか、驚きのあまりに息も涙も止まり泣き止むのだった。
第十八章
女性は、まるで、弟を邪険に扱ったことで泣き出してしまったことに困り果てた。そんな姉のような気持ちになり。優しく、笑わせようと話しかけながら近づくのだった。だが・・・。
「ひっ!。誰?」
子供の頃の明人は、驚きと当時に振り向こうとしたのだが・・・・。
「お願い。振り向かないで!」
「は、はい」
「ありがとう。それよりも、夜の海岸は寒いでしょう。熱でも出ていない・・・大丈夫?」
「あっ」
来夢は、明人の後ろから両手でおでこに手を当てて熱を測るのだったのが、熱がないと分かると、今度を両手で両目を塞ぐのだった。
「なんで、泣いていたの?」
「僕は、何時もの通りに寝る前に御本を読んでって言っただけ・・・なのに・・・」
人も、動物と同じなのか、目を塞がれたことで怖いのか、それとも、母の胎内の時でも思い出すのだろう。明人の身体から段々と力が抜けて落ち着きを取り戻した。
「そうだったの。もしかして、妹さんか弟さんがいるのではないかしら?」
「そうだよ。でも、何で分かるの?」
「わたしも弟がいたの。だから、分かるわ。それに、この先の未来も分かるわ」
「本当かな・・・でも、何が起きるのかな?」
明人は、目を塞がれたままの状態で、首を傾げて戻してと繰り返して悩むが、女性の答えがなにかと、興味を感じて問い掛けるのだった。
「そうね。そろそろ、お母さんが玄関から飛び出てくるわよ。それも、泣きながら、どこなの!。なんとかちゃん!。って、叫びながら飛び出て来るわ」
「それは、ないよ。僕よりも妹が大事だからね」
「どうかしらね。わたしが、魔法の数字を数えたら出て来るわよ」
来夢は、明人が出てきた建物を見ながら話を掛けるのだ。そして、一つの部屋の灯りが消えると、何かの答えが出たかのように大きく頷くのだ。
「嘘だ!」
「本当よ。それでは、魔法の数字を言うわね。一、二、三、四、五、出て来るわよ」
すると、本当に、玄関から泣きながら息子の名前を叫ぶ声と言うよりも、正気を失くしたかのような狂った悲鳴が聞こえた。と同時に、来夢は、この世界から消えたのだ。
「お母さんの声だ」
明人は、母の言葉に直ぐに返事をした。この時には、来夢のことなど完全に忘れていた。それ程までに待ち焦がれた。愛しい母の声だったのだ。
「あっ!。現代に戻ってきたのね」
何を証拠にと思われるだろうが、来夢の視線には、自分と同じ歳と思える明人が、自分の家に帰る後ろ姿をみたからだった。だが、来夢は、安堵する気持ちよりも、先ほどの自分が何をしたのかを思い出していた。たしかに、子供の明人には魔法に思えただろうが、室内の電気が消えるのは妹が泣き止んで寝たことを意味していた。そして、数字を数えたのは、他の部屋の灯りが点いたり消えたりしたことで子供の明人を探していたからだが、最後の言葉を言ったのが、玄関の灯りが点いたからだった。全てを思い出すと、楽しい気持ちになってクスクスと笑った後に、時の流の修正が失敗した場合のことが目の前に陽炎のような走馬灯のような映像をみたのだ。それは、明人の母が泣きながら想像したこと、来夢が、明人の精神状態を落ち着かせなければ、母から逃げようとして、無我夢中で海岸まで走り、砂地で足が取られて転んだ時に流木に頭が当たり失神するのだが、直ぐには正気に戻らずに波にさらわれて溺れ死ぬのだ。
「そうだったのね。なら、良かった・・・・でも、鈴たら遅いわね・・・・あっ!」
来夢は、全てを知ると納得するのだった。時の流の修正が終わったかと思って喜び、鈴が現れるのではないかと周囲を見回したが現れずに、次の修正があると感じ取った。
「ふっぅ~。今度は、幼子の明人さんの出会いから数年後なのね。でも、まあ、この場から過去に飛ぶのは良いとしても、馬鹿だったわ。これで、鈴と同じ複雑の修正が開始するのね」
来夢は、今頃になって気付くのだ。過去に飛んだ時の最大の禁忌を移動する物や生物に起点を付けてしまった。それも、明人に付けたことにだった。
「そろそろ、明人さんが家の中に入るわ。それが、時の流の修正の開始になるのね」
来夢は、明人の後ろ姿を見続けながら過去に飛ぶための感情を整えていた。そして、一歩、二歩と、玄関に近づき、玄関を開けて中に入ると、来夢は、この場から消えて過去に飛んだ。
「ん?」
来夢が驚くのは当然だろう。先ほど、母の心配する思いの叫びを聞いて家の中に入ったはずだったのが、同じ姿勢で同じ大きな流木に座っているからだった。
(あっ、違うわね。少し大きくなったみたい。ってことは、あれから、何年か過ぎたのね)
「僕、橋の下で拾われたのだね。そうでなければ・・・ひっく、ひっく・・・」
(また、泣いているのね。小さい男の子って、そんなに、よく泣くの?)
「僕・・・ひっく・・・僕・・・ひっく・・・」
(もう、仕方がないわね)
また、明人の後ろから気付かれないように近寄った。
「僕ちゃん~僕ちゃん~どうしたの?」
「うわぁ!」
突然に両手で目を隠されたことで驚くのだった。
「後ろを振り返らないでね。それで、今度は何が遭ったの?」
「えっ!。もしかして、何年か前に、ここで会った。あの時のお姉ちゃんなの?」
「そうね。そうね。前にも会ったわね。たぶん、僕が、そう思っているのと同じお姉ちゃんだと思うわよ」
「僕ね。お姉ちゃんに会いたくて、何かあると、この流木に座って待っていたのだよ」
「そうだったの。いい子ね。いい子ね」
来夢は、明人の目を両手で隠していたが、右手だけを目から離し、その手を明人の頭に優しく乗せてから何度も、優しく撫でるのだった。
「ありがとう。久しぶりに頭を撫でられたけど、やっぱり、すごく気持ちいいね」
「それは、良かったわ。でも、後ろを振り向かないでね」
「前の時も、そうだったし、分かっているよ」
「そう、ごめんね。それよりも、今度は何があったの?」
「お母さんも、お父さんも、僕の誕生日を忘れていたのだよ」
「今日だったの?」
「そうだよ。プレゼントやケーキよりも、毎年の楽しみがあったのだよ。それはね。柱に傷をつけてから、また、背が伸びたねって、大きくなったわねって、頭を撫でてくれるのが嬉しかったの。それなのに・・・・ひっく、ひっく・・妹が笑った。泣いた。妹が話している。何でも、妹が、妹が・・・ひっく、ひっく・・・」
「そうだったの。そうだったのね」
「ひどいよね。ひどいよね。僕、やっぱり、橋の下で拾われた子だからだよね。普通の子なら誕生日を忘れたりしないよね」
「う・・・・まあ・・」
(まあ、そんな時期もあるでしょうね。親の気持ちも、明人さんの気持ちも分かるわ)
「おねちゃんも同じことがあったのだね」
「まあ・・・それなら、わたしが、頭を撫でてあげるわ。だから、もう泣かないでね」
「毎日、お姉ちゃんと会えるの?」
「う~いえ、毎日は無理ね。でもね。一年毎の誕生日の日に会いに来るわ。それでは、駄目?」
「う~」
「やっぱり、お母さん。お父さんの方がいい?」
「そんなことないよ。お姉ちゃんの方がいいよ。でも、一年毎なのでしょう?」
「そうね・・・・それなら・・・わたしの秘密を教えるってのでは、それと、頭を撫でてあげることで、誕生日プレゼントとしては、駄目?。嬉しくないかしら?」
「嬉しい。嬉しいよ。お姉ちゃんの秘密なら知りたい。今直ぐにでも教えてくれるのでしょう。なんだろう。何を教えてくれるのかな?」
「いいわよ。それなら、今日は、昔話をしてあげましょう。でも、本当にあった話よ。その前に、見えないと思うけど、これ、見える?」
来夢は、明人の背中に身体を押し付けるようにした後に、顔を両方の腕で押さえるように前に出した。そして、両手の平を見えるように手首だけを上げた。
「白くて綺麗な手だね。えっ、あれ!」
「どうしたの?」
「左手の小指に、何か赤くて細くて長い物があるね。何だろう?」
「えっ、見えるの?」
(でも、現代で会った時は、何も気付かなかったのに・・・・なんでなの・・・)
来夢は、知るはずもないことだが、時の流とは複雑であり。何通りもある。自分の運命の相手と結ばれるための時の流を修正することを忘れているようだ。だが、不審に思うのも確かだが、あの時の現代では、来夢と明人の時の流は二つの流があったのだ。明人の時の流では、確かに、不思議な女性に会って慰めてもらった記憶はあるだけだったのだ。そして、来夢が過去に行くごとに、現代の明人の記憶が積み重なって行くのだ。おそらく、また、現代に戻るはず。その時に、何かを感じ取るだろう。
「うん。僕にはない物だね。なんか、赤い糸のような物が見えるよ」
「本当なのね。それなら、昔、昔のお話しをするわね。空にある。あのお月様には、大勢の人が住んでいたの・・・・」
来夢は、伸ばした両腕を明人の首に巻きつけて、愛しい人に甘える感じで抱きしめながら話し始めた。それも、自分が知る全ての本当の過去のことだった。だが、自分で即席に考えた。絵本の物語のような簡単な話しだった。それでも、肝心な要点は含まれていた。
「ねね、おとぎ話のかぐや姫の話しは本当のことだったのだね」
「そうよ。そうなのよ。かぐや姫は、赤い糸を持つ運命の人が迎いにきたの」
「それなら、僕とお姉ちゃんとは結婚するのだね。そしたら、いつも一緒にいられるのだね」
「そうよ。でもね。結婚して一緒に暮らすには、その前に、することがあるのよ」
「何、なに、それなに、なんでもするよ」
「結婚の申し込みをするのよ」
「する、する。どうするの?」
「そう、ありがとうね。でも、嬉しいけど、もう少し大きくなってからね」
「なんで、なんで!」
「自分で結婚って意味が分かってからにしましょうね」
来夢は、明人の話を聞いて喜んだ。だが、幼子だと言うことを忘れていた。
「僕、直ぐにでも結婚って意味を調べる。だから、今度は、いつ、会えるの?」
「そうね。来年の誕生日に、また、この時間に遊びに来るわ」
「そんなに、待てないよ。もっと、早くに会いたいよ!」
「一年では、わたしのこと忘れてしまうの?。だから、待てないのね」
「そっそんなことないよ。絶対に忘れないよ」
「嬉しいわ。なら、一年後に、また、来るわね」
「もう、行くの?」
「そろそろ、お母さんが心配して探しに来ると思うわよ」
「僕のことなんて、だって、妹が泣いた。妹が笑ったって喜ぶのに夢中で、僕のことなんて忘れているよ。外まで出て探しになんて来ないよ」
「そう言うけど・・どうかしらね・・・違うみたいよ」
来夢は、暫く建物の方を見ていたけど、明人の母が玄関から現れたのだ。
「えっ、本当だ。でも、なんで、いつもいつも、先のことが分かるの?」
「そんなことを考えるよりも、早くお母さんの所に行きなさい」
来夢との別れを惜しんでいるとも、不思議の答えを知りたいとでも思っているようだったが、内心では、首をキョロキョロと動かしながら母を見ようとして三度は見て、一度くらいしか、来夢の顔を見られないとしても見ようと動かしていた。それでも、直ぐにでも母の所に帰りたい。それを感じ取って、来夢は、明人の背中を叩くのだ。
「うん。お姉ちゃん。僕、家に帰るね。でも、また、来年ね。待っているからね。絶対だよ!」
もしかすると、幼子の明人には、母と来夢との好きだと思う感覚は同じなのか、来夢が言った通りに、母の下に向かいながら何度も振り向きながら来夢に手を振るのだった。
「もう~可愛いわね。でも、それにしても・・・・これで、運命の時の流の修正って終わりなの?。私・・・何かした感じには思えないのだけど・・・・あっ!」
来夢は、今回も無事に修正が終わり。また、未来に飛んだ。その一瞬の間だったが思うのだ。だが、答えは出ない。誰からの答えもない。それでも、運命の修正である。過去での修正は終わったのだ。それは、過去に初めて飛び、幼子の明人と会ったのは全ての始まりであり。運命の出会いであり。二度目は興味を持たせ子供心の不安定な淡い恋心を抱かせたのだ。今回は、子供でも分かる簡単に切れない長い付き合いになるが、一年に一度だけしか会えない。それでも、大人になっても忘れない強い絆になることであり。運命の糸に結ばれた一人だと知る運命だと知らせることだった。そして、現代に帰って来たのだ。
「ふぅ、帰ってきたのね。あっ、でも良かった。部屋の灯りが一つだけね。妹さんは落ち着いたようね。本当によかったわ」
部屋の灯りが点いている場所が違っていたからだ。おそらく、居間の電気だろう。妹の熱はあるとしても、咳などが収まり容体が良くなったから一人で寝かせて、家族が居間で寛いでいると、来夢は思ったのだ。そして、この後、この場で何かをするはず。何をするのだろうか、と周囲を見回して思案していると、女性が駈け寄ってきたのだ。それも・・・。
「誰?」
来夢は、暗闇で誰か分からないのだが、手を振りながら近寄る女性を見て不審を感じた。
第十九章
来夢は思うのだ。こんな人気のない夜中の海岸に女性が・・・・自分の時は、恐ろしく恐怖を感じながら来たと言うのに、それなのに、なぜだろうか、この女性の様子を見れば楽しそうに思えるからだ。そのために、自分に用事でなく、もしかしたら、自分の後ろにでも誰かが居て手を振っているのではないのかと、そう思って振り向いて見たが誰もいなかった。
「いた、いた。やっぱり、来夢だったわね」
それは、鈴だった。
「鈴!」
すると、目の前にきたと思ったら手を掴むのだった。
「では、握手!」
来夢の右手を掴み大きく何度も上下に揺するのだった。
「えっ?」
「これで、私の運命の修正が終わったわ」
「な、何をしたの?」
「特に、何もしてないわよ。運命の修正で、来夢と握手する指示だったわ。たぶん、私の不安定だった起点を現代に固定しただけ・・・だと思うわ」
「その面倒な起点を私に付けた。そう言うことね」
「簡単に言うと、そうね。それに、他の人たちの修正は終わったわよ。残りは、来夢だけ。だから、がんばってね」
「え、どこ行くの?」
鈴は、言いたいことを言い終わると、来夢に背を向けたのだ。
「家に帰るのだけど?」
「そう・・・ねね、また、一人で電灯もない夜道を歩くのでしょう。わたしの修正が終わるまで一緒にいない。一緒に帰りましょうよ」
「なんで、夜道を歩くの?。それも修正だったの?。わたし空を飛んで来たわよ」
「えっ、誰かに見られたら、どうする気持ちだったのよ!。また、違う修正をすることになったかもしれないのよ」
「再度の修正の指示がないから、誰にも見られなかった。そう思うわよ。それに、自分の思いの強さによって見えなくなる感じだったわよね。だから、大丈夫だと思うわよ」
「まさか、それって、鈴が滅茶苦茶なことしたために、私に修正を押し付けたってこと?」
「それは、ないと思うわよ。皆も指示がなくても、修正地点までの移動には空を飛んでいたわ。私は、皆の確認をするみたいな役目だったでしょう。だから、一緒に飛んだしね」
「そうなの?」
「うん・・・・では、帰るわね」
鈴が、まだ、何か伝え忘れていないか、と少し考えたような後の頷きには、来夢は不審を感じたが、それでも、鈴だけが、皆の修正の最後を見届けて、皆の修正を繋ぎ合わせる指示だったのを思い出して、それ以上は何も問い掛けなかった。
「そう、帰るのね。分かったわ。気をつけて」
鈴は、来夢の言葉など聞いていない。それよりも、直ぐに飛ぶことを意識して、羽衣である背中の蜉蝣のような羽を淡く光らせながら上空に浮かんで行った。その後は木の枝、電柱などの人工物を踏み台にしながらピョンピョンと飛び跳ねながら帰って行った。
「あっ!。そうそう、今度の明人さんの誕生日のプレゼントは空を飛ばせてあげよう」
鈴が来たのは偶然なのか、来夢の偶然の思考なのか、いや、違う。修正の一部であり。明人へのプレゼントを考えさせた結果になり。その証拠のようなプレゼントを見せた場面でも思っての笑みを浮かべると、その瞬間に、また、来夢は過去に飛んだのだ。
「・・・・」
また、前回の時と同じ松林の中に現れた。だが、今回は、流木に座る者が居なかった。近くにいるのかと、明人を探すが見つけられず。もしかして、自分のことなど忘れて家族で楽しく家の中で誕生日を祝っているのかと、どうしたら良いのかと、暫く、この場から動かずに様子をみることにしたのだ。すると、十五分は過ぎただろうか、驚く程の乱暴な運転で一台の車が現れて適当な場所に止まったと思ったら直ぐのことだった。年輩の男性が慌てた様子で降りてきた。その勢いのまま玄関の中に駆け込んだのだ。
「お父さんもお母さんも、大っ嫌いだ!」
来夢は、明人が泣きながら出て来る様子を見たとしても驚くことなく嬉しそうに様子を見続けるのだった。
「かわいい。今度は、何があったのかしら?」
明人は、また、流木に座るが泣き止むことはなかった。暫くすると、来夢が訪れる時間だとでも思ったのだろうか、何度も両手で目を擦って涙を必死に止めようとしているようだった。その様子が合図だとでも思ったのか、来夢は、ゆっくりと、松林から明人の方に歩き出すのだった。それでも・・・・。
「僕?。僕?」
来夢は、明人を泣き止ませる目的と、泣いているのなら悟られずに近寄れると考えていたのだ。だが、今回は、大人しく何を考えて座っているのか分からず。いつ、振り返っても対処できるように、まるで、素人の探偵のような歩き方だった。それでも、何があったのかと心配する気持ちと驚かせないために優しく問い掛けるのだった。
「おねえちゃんだね。何も心配しなくてもいいよ。絶対に振り向かないからね」
「ありがとう」
「ねね」
「な~にかな?」
来夢は、安心したのだろう。やや、早歩きで近づき、明人の背中に立ち両手で両目を塞ぐのだった。
「僕って、お姉ちゃんに、恩返しされるような何かをしたのかな?」
「えっ、何を言っているの?」
「僕ね。僕が読める本で調べたり、大人の人に聞いたりしたのだよ」
「えっ!」
「あっ、でも、心配しないで、お姉ちゃんのことは内緒にしているからね」
「ありがとう」
「それでね。それでね。お姉ちゃんって、鶴でないよね」
「鶴?・・・あああっ!。ふふふっ鶴の恩返しね」
「それ、それだよ。でも、考えたのだけど、猫にね。猫にご飯を上げたことしか思い浮かばないのだけど・・・・お姉ちゃんって猫なの?」
「どうでしょうね・・・まあ、それも、内緒ね。でも、今日は何で泣いていたの?」
「お姉ちゃんが、僕に誕生日プレゼントをくれる。そう言ったでしょう」
「そうよ。絶対に喜ぶと思うわ!」
「本当に!。なんだろう。でも・・・だからね。プレゼントのお返しをお父さんに頼んでおいたのに、もう、お母さんのプレゼントになっちゃたの!」
明人は、喜ぶが、直ぐに落ち込むのだった。そして、怒り出すのだ。
「えっ!。何でなの?。それより、わたしのことを言ったの?」
「あのね。お姉ちゃんのことは言わなかったけど、お父さんにね。今回の僕の誕生日プレゼントいらないから大人の女の人が喜ぶような物が欲しい。そう言ったのね。それなのに、僕が、お母さんにプレゼントするって思ったらしくてね。お父さんは、お母さんに、お父さんと僕からって、そう言って、お母さんにネックレスをもう~プレゼントしちゃったのだよ」
「それで、今日は、泣いていたというよりも、怒っていたのね。いや、悔しかったのね」
「うん。だから、お姉ちゃん。ごめんね」
「いいのよ。気持ちだけで嬉しいわ」
「でも、いいの。プレゼントがなくても・・・僕に・・・」
「勿論よ。でもね・・・・絶対に目を開けないでね」
来夢は、明人の両目から手を離してから、自分の背中に手を回して、片方の羽である羽衣を外したのだ。そして、大事そうに羽衣を抱えた。
「はい・・・・瞑ったよ・・・・」
明人は、来夢の言ったことを守って目を瞑ったまま待った。
「そしてね。両手を前に出して、そうそう」
来夢は、明人が指示の通りに守っているかと、背中ごしから右手を伸ばして、明人が、薄目でも開けているのかを確かめるために目の前で右手を振るのだ。それから、驚かない事を確かめると、ゆっくりと歩いて明人の前に立つのだ。来夢は、知らないことだが、もし明人が、薄目を開けたとしても、月明かりでの逆行のために、来夢の顔は見えなかった。それには気付かずに、明人が差し出している両手に羽衣を優しく丁寧に乗せるのだった。
「・・・・・」
羽衣を両手に乗せられたのだが、明人は気付かないまま無言で待ち続けた。
「右手を繋ぐけど驚かないでね」
「うん」
来夢は、明人の左に立ってから自分の左手で明人の右手を握った。すると、大人と違って空想力も豊かだし感情も思いも素直なので、明人の身体は手を握ると同時に地面から浮いていた。そして、来夢は、明人に言葉を掛けるのだ。右手を離したら目を開けてみなさいと・・・・。
「うぉおお!。空に浮いている!」
明人は、空中に浮いている驚きで、来夢の顔などの興味なんて完全に忘れていた。
「空に浮かんでいるのことに驚くのはいいけど、両手で持っている羽衣を落とさないでね」
「あっ!。本当にある。絶対に落とさないよ!」
明人は、やっと、月光に淡く反射する羽衣に気付くのだった。すると、幼いから素直なのか、直ぐに飛び方に慣れて自由に飛び回るのだった。それから、何分、いや、何十分が過ぎたのだろうか、明人は、息を切らしていた。その様子を見て、来夢は、飛ぶのを止めて流木に座って休むように言うのだった。やはり、明人は、心底から疲れていたのだろう。素直にゆっくりと降りて流木に座って待つのだった。それでも・・・。
「はっふ~はっふ~」
明人は、全力で駆けた後のように息を整えながら上空に浮かんでいる来夢を見るのだ。その来夢も、ゆっくりと降りて着て、明人から少し離れた場所に下りると、やや小走りで近寄ると、また、明人の背中に立って話を掛けるのだ。
「どうでした。私の誕生日のプレゼントは、明人さんには相応しいかったかしら?」
「最高のプレゼントだったよ。ありがとうね。でね。それで、この羽衣は、どうするの?」
「本当は、プレゼントしたいけど、わたしの大事な物だから返して欲しいわ。でもね。空を飛びたい時は、いつでも言ってね。その時は羽衣を貸してあげるわ」
「うん。お姉ちゃん。ありがとう」
「なら、もう、大丈夫ね。そろそろ、お母さんとお父さんが家から出て来ると思うわ」
「え。もう、帰るの!」
「まあ、そうね。それよりも、今から言うことを落ち着いて聞いてね」
「お父さんとお母さんのことなんて、何も気にしなくていいよ!」
「そんなこと言わないで、それよりも、まずね。ネックレスは、わたしの為なんて言わないで、勿論、ここで会うことも内緒だし、わたしのことも内緒よ。それとね。お父さんが言ったようにお母さんにプレゼントを渡しなさい。その時は、嫌々な気持ちでなくて嬉しそうに渡すのよ。お母さんは、きっと、一生の宝物にするって感謝の言葉を喜んで言うと思うわ」
明人は、不満そうに頷いた。
「そうそう、良い子ね。良い子ね」
来夢は、今回は、自然と無意識で明人の頭を撫でた。それも、何度も、何度も撫でるのだ。
「お姉ちゃんの言う通りにするよ。でも、何でなのだろう」
「どうしたの?」
「お姉ちゃんに頭を撫でられると、すごく気持ちがいいよ。お父さんとお母さんとは違うよ」
「そうなの。それなら、何度でもしてあげるわ」
「うん。そうして、嬉しいよ。あっ!」
二人が話をしていると、先ほど来夢が言った通りに、明人の両親が心底から心配そうに明人を探す声が聞こえてきたのだ。
「また、来年ね」
明人は、来夢に返事をするのを忘れる程に慌てて二親に駈け寄るのだった。来夢は、その姿を見続けたが、明人が家に入ると、また、この場から消えて未来の松林に戻るのだ。そして、腕時計を見るよりも、何気なく月を見るのだ。すると、たいして、時間が過ぎていないのが分かり。後、何度くらい同じことをするのか、いや、左手の赤い感覚器官の赤い糸の修正とはいつ終わるのかと考えるのだ。そんなことを思っても、誰も返事をしてくれるはずもなく数分後には、また、過去に飛び、子供の頃の明人の愚痴を聞いては頭を撫でるのだ。それを何度も、何度も、繰り返すのだ。それでも、来夢だけは歳は取らないが、明人は、過去に飛ぶごとに歳を取るのは当然だが、背も伸び、話し方も大人びるのだ。だが、時々、泣き叫ぶ姿をみるが、頭を撫でることだけは会うたびに求めるのだ。そして、過去に飛ぶのを何度か忘れる頃であり。そろそろ、いや、次に会う時には背丈が同じか自分の背丈を越される。そう思う程まで歳が近くになる頃だった。来夢は、今回も同じように過去に飛ぶことになり。同じように松林に現れた。それなのに、その場から流木を見るのだが、流木に座る者は幼子ではなく一人の男性が見えた。どうするかと、悩んでいると・・・・。
「おねえちゃん。近くにいる?。僕だよ。僕だから又同じように両手で目を隠して」
明人は、何かを感じたのか、それとも、訪れる時間だと思って近くに隠れていると考えて話し出したのか、その判断は明人の本人しか分からないことだが、来夢には聞こえていた。
「大きくなったわね。でも、本当に知らない男性かと思ったわ」
来夢は、歩きながら話を掛けた。それでも、顔が見える距離になると立ち止まった。それを感じて、明人も一瞬だけ話を止めて、来夢を安堵させたのだ。そして・・。
「今年から中学生になったよ。あっ、大丈夫だよ。約束の通り振り向かないからね」
「ありがとう。ごめんね。でも、そうなの。もう中学生なのね」
来夢は、安心したのだろう。また、明人に近づくために歩き出した。
第二十章
来夢は、明人の背中に立つが、両手を伸ばして両目を塞ぐことも、頭を撫でることも出来なかった。なぜなのか、鼓動が高鳴って両手だけでなく身体も動かなかったのだ。
(どうしたの?。なぜ動かせないの。私の身体よ。お願い動いて、自分と同じような年頃になったから恥ずかしくて膠着しているのは分かるわ。でも、お願い。動いてよ。このままでは不審に思って振り向かれるわ)
「今日は、頭を撫でてくれないのかな?」
明人の優しい言葉を聞いて、来夢は、明人の幼子だった時のことが思い出されて膠着していた身体が動いた。そして、ゆっくりと、右手を頭に、左手で両目を覆うのだった。
「良い子ね。良い子ね」
来夢は、右手をゆっくりと動かして、何度も、何度も、明人の頭を撫でた。
(今までに何度も会っていた。幼子から何も変わらないままの明人さんだわ。でも、先ほどは、どうしたのだろう)
「勿論のことだと思うけど、羽衣を貸してくれるのだよね。空を飛べるのだよね」
(えっ、なんか、別人みたいね。男の子だから声変わりしたからなのかな)
「空を飛べるのだよね!」
来夢は、明人の声量が大きくなり。少しだが、驚きを感じていた。
「それより、中学生になっても、頭を撫でてもらっても嬉しいの?。気持ちいいの?」
「気持ちが良いよ。それより、早く空を飛びたいな。羽衣を貸してくれるのだよね」
「そうね。どうしましょう・・・かしら・・・ね・・・キャァ!」
来夢が、悩み、悩んで、何て答えて良いのかと考えていると、明人の頭を撫でる手が止まっていた。すると、明人は、右手を突然に伸ばして頭に置いてある。来夢の右手を掴んだのだ。その悲鳴と同時に、なぜか、松林の方向から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「来夢さん。こっちへ!」
来夢は、松林の方に振り向き、明人が握る右手を無理矢理に離すと、声が聞こえた方向に駆け出したのだ。
「あっ!・・・」
明人は、右手を離された。と同時に振り向いて来夢の姿を見ようとした。だが、一瞬だったが、身体全体の輪郭を見たと思ったら、直ぐに、まるで、風船が割れるかのように弾けたのだ。それは、来夢が未来か過去などに飛んだ後の状態だった。そして、その先に、男性のような姿を見たような感じたが、男も一瞬で消えたのだが、たしかに、男がいた。その証拠である。言葉だけは、はっきりと耳に残っていた。
「馬鹿だったな。俺が謝っておくよ。許してくれると思うが、もう来年からは来ないぞ」
この男は、未来の明人だった。なぜ、左手の小指の赤い感覚器官がない者が過去に飛んだかは、過去である。先ほどの来夢の危機が発生したことで、時の流の意志が、他の十一人の仲間の女性たちでは間に合わず、それ程まで時の流は不具合が発生されたために、緊急的な処置だったのだ。それも、一瞬での役割であり。この場での時の流の役目が終わり。来夢と同じように未来に帰ったのだ。だが、時間のずれもあるが、正規の未来ではなく、過去、現代、未来が重なる。この世界は修正が整った時に都合よく統合されて消えてなくなる世界なのだった。すると、時の流の修正が終わったはずの女性たちが・・・。
「ねね、何でなの?。皆が、この場にいるの?。修正は終わったはずよね」
「そうよ。これが、最後の修正なの。来夢には、現代のことだけど、私たちには、過去での出来事なのよ」
「そう・・・過去なの・・・」
「来夢!。それよりもね。この方が、明人さんと言うのでしょう。先ほどから何か言いたそうにしているわ。私たちのことよりも、何なのか話を聞いてあげなさいよ」
「あっああ、あのう、明人さん。先ほどのことは気にしていませんから・・・・」
「その・・・あの・・・」
明人が話し出そうとすると、女性たちは・・・・。
「それでは、私たちは帰るわ。来夢、残りの修正をがんばってね!」
なぜか、女性たちは、来夢にたいして気まずそうに接するが、もう耐えられない。そんな感じを表すと、全てを明人に任せた。そんな仕草の後、この場から逃げるように消えた。
「何か分からないけど、感じが悪いわね。それよりも、明人さん、どうしたの?」
「先に、過去での僕のことを謝罪したい。あの時は、何か、そのやましい気持ちから手を握ったのではないのです。あの時の来夢さんは、直ぐにでも消えてしまいそうに思ったし、どうしても空を飛びたかったのです。それで、ただ、引き留めようとしただけなのです」
「それは、もういいのですよ。わたしも驚きすぎたと思っていますから・・・・それよりもね。皆は、明人さんに何かをしたでしょう。何をされたのです?」
「それは・・・ですね・・・」
明人は、女性たちと会ったことを伝えて良いのかと、暫く考えた後、好きな女性には誤魔化すことができない。そう思ったのだろう。誕生日の前日に、と話し出すのだ。
「やっぱり、あの時の明人さんの変な行動の原因は、皆に何かされたためだったのね!」
来夢は、怒りを我慢できずに問い掛けて明人の話を遮った。だが、明人は、何事もなかったかのように続きを話し出したが、先ほどとは違って我慢でもする気持ちなのか、口を閉じるだけでなく手で口を覆いながら叫びたくなる感情を抑えて、明人の話を聞くのだった。
「まあ、あの時は・・・」
誕生日の前日の昼だった。明人は、父と共に妹の様子を見にきたのだ。暇があると頻繁に来るのだが、その日は、特に、次の日の夜に来夢と会えるのを楽しみしていたことで、一人で自転車に乗って行くのも面倒だったので、妹の様子が見たいと、少々強引にせがんだのだ。あの時も少し妹と話した後に流木に座って次の日の夜のことを考えていたのだ。もしかすると、来夢は悲しい時だけ座ると勘違いしているかもしれないが頻繁に座っていたのだ。それも、家族の中でも、年頃の男だから何かと一人になりたいのだと思われていたので、家族の中では暗黙の了解とでも言うか、自分の部屋がある訳でもなく余程の事がない限り邪魔はしないのだった。
「ふっ」
今まで、明人は言い難そうだったのだが、やっと、気持ちが落ち着いたのだろう。一呼吸すると、続きの話を始めるのだ。一人の女性が突然に目の前に現れたと、一瞬だが来夢だと思ったが直ぐに違うと分かった。なぜなのかと言うと、来夢と違って、非常に落ち着きなく何かに恐れている感じもだが、人違いだと確定できたのは話し掛けられた声色でだっだ。そんな女性が、なぜか、自分の名前を知っているのも驚いたが、何度も何度も理解できないが謝罪をするのだ。驚くのは、それだけでなく、突然に手を握ったと思うと、私は、鈴だから来夢の親友だから本当にごめんね。と言われて、すると、また、突然に一人の女性が現れた。直ぐに、二人と三人と次々に女性たちが現れたのだ。その女性たちは顔を隠さないのも驚きだが、女性同士で口喧嘩を始まり、暫く様子を見ていたが何を言っているのか理解は出来なかったが、自慢でも言っているのかと思った。何一つとして理解は出来なかったが、時々聞き取れた言葉は、修正のために熊を倒したとか、雪山から遭難者を助けた。など、同じ年頃の女性では考えられないことを叫びまくり、突然に、明人に向かってもまくしたてるのだ。さすがに、聞いていた内容が内容だったので黙って聞くしかなかった。と、来夢は、真面目に聞いていたが、知りたいことの問題の確信の話にならないので・・・・。
「もう、簡単に言って、何を言われたの!」
「その・・・ですね。誰と言う訳ではないのですが、赤い糸の時の流の不具合の修正は終わったに、なんで、最後の告白の段階まで女性が行動しないとならないの。女性は受け身でないの。そう憤慨していました」
「それだけ、何かを頼まれはしなかったの?」
「何かを頼まれはしなかったけど、好きな人がいたら何も考えないで告白しなさい。それだけでなく、愛する気持ちを行動で表すの。接吻でもするのよ。いい、分かった!!」
「そう言われたのね。だから・・・あの時・・・・」
来夢は、明人の言葉で妄想を考え、だんだんと声が小さくなった。
「はい。それよりも、なんで、ごめんねって謝罪されたのだろう」
「それはね。私と他の女性たちと会った記憶が消えるからよ。たぶんね。明人さんに残る記憶は、わたしの手を握ったことで逃げた。そう記憶されるわね」
「そんな!」
「それでも、私を探してくれると嬉しいのだけどね」
「絶対に探すよ。でも、顔も何も分からないのでは探しようがないよ」
「明人さんは、記憶が消えるから言うけど、わたしの運命の修正の最終的な結果はね。台風を発生させることなの。それに、出会いも、その時も台・・風・・・まあ、それより、もう時間がないわ。だから、誕生日の日に会えないのだから約束は今してあげる。少しの間だけど空を飛びたいでしょう」
来夢は、本当に全てを伝えようとした。その途中で一瞬だけだが顔を歪めた。それは、おそらく、左手の小指に痛みを感じて修正の指示がきたのだろう。両手を背中に回して片翼の羽衣を外して明人に手渡したのだ。
「ん・・・あっ、空を飛べるのだね」
明人は、頭を撫でてくれるとでも思ったのだろう。だが、手を握られて何かを手渡された感じがして羽衣だと気付くのだ。そして、二人で、ゆっくりと話をしながら上空に登のだ。
「長い時間ではないけど、空中の散歩を楽しんで、そして、過去に行くと思うから過去の自分に叫んだことをお願いね」
「分かったよ。必ず、自分に向かって叫ぶよ」
「うん。ありがとう。十分に空中散歩を楽しんでね」
二人は、空中散歩を何十分間だろうか楽しんだ後、来夢は、明人が過去に飛ぶ頃だと、そう感じたのだろう。一人で地面に降りて上空を見るのだ。すると、明人が手を振る様子を見るのだ。それで、明人が過去に飛ぶ、過去の自分に向かって叫ぶためにだ。それを見届けると、直ぐに、三分くらいだろうか、明人が上空に現れた。
「終わったのね」
「うん」
明人は、羽衣の膜に包まれているからだろう。来夢の声が聞こえて、ゆっくりと地面に向かって降りてきた。まだ、空中だったが、二人が顔の判別が出来る距離になると・・。
「そろそろ、目を瞑ってね」
「分かっているよ」
来夢は、自分の身体の機能だからだろうか、明人を誘導するかのように自分の目の前の地面に立たせた。
「それでは、羽衣を返してもらうわね」
「うんうん」
明人が羽衣を持つ手を来夢に向けると、来夢は受け取るのだ。と同時に、来夢も瞬間的に消えた。それは、一瞬で複数の時の流が重なって一つになったのだ。そして、一瞬の立ちくらみを感じると、明人の来年の誕生日の日になり。流木に座って来夢を待ち続けるのだ。勿論、来夢は現れるはずもなく、この日から来夢を探し続ける日々が続くことになったと、時の流である過去と未来が繋がり、明人の記憶でも書き直された感じなのだ。それは、高校生になっても諦めることはなかった。
そんなある日の朝だった。明人は、週末ではないのに、母と妹だけが住む海岸沿いの家にいた。妹の身体の具合が悪いと母から聞いて様子を見に来ていた。そんな妹も熱が下がり安心して学校に行く準備をしていた。この家からでは学校は遠くだったことで、この時間では誰も起きていないが、一人で簡単に朝食を済まして家から出たところだった。それでも、何も慌てることなく自転車の点検と用心のためにタイヤに空気を入れていた。,
「今日は、会えるかな」
この海岸沿いの家の近所ではないが、学校の近所であり。本宅の近所に住んでいると、それは分かっていたことでキョロキョロと見回しながら登校するのだ。だが、簡単に会えるはずもなく、それでも、最近は何匹かの猫が気持ちを和ましてくれていたが、名前も触ったこともなく、ただ、窓から外を見ている様子を見るのが楽しみだったのだ。それと、その中の一匹が想い人の猫だと分かっていたことも理由の一つだった。その複数の中の一匹の猫である。その部屋の中では・・。
「来夢。来夢ったら何を鳴いているの。もしかして、明人さんが通ったの?」
来夢は飼い猫に聞くが問い掛けに答えるはずもなく、外に出たいとでも言っているのか鳴き続けるのだった。
「たぶん、そうよね。でも、早いわね。本当に何をするために、早い時間に学校に行くのかしら・・まあ~それにしても、明人さんを一目惚れしたのは公園だけど、この人って再度に会った時のときめきは台風の時で、明人さんも私を一目惚れしたのも台風の時なのよね。それに、恋人として付き合い始めるのも台風の時なのよね。その台風って何時のことなのだろう。さっさと台風が来て、赤い感覚器官の修正が終わって欲しいわ」
窓の外を見れば、誰かなど直ぐに分かるのだが、女性の朝は戦場と同じ程に忙しかった。
「何をしているの!。早く起きないと、学校に遅刻するわよ!」
「もう~起きているわ~よ」
母の声が二階の部屋まで聞こえていた。来夢も同じく叫び返したのだが、なぜか、返事はない。数分後、母から再度、同じ言葉が聞こえたことで、イライラしながら一階に降りるのだった。その内心の半分の怒りは、まだ、赤い糸の運命の修正が終わったと感じない事の苛立ちと、次の修正の指示が来ないこともあったのだ。もしかすると、女性特有の毎月の痛みも重なっていたかもしれない。
「お母さん。私ね。今日は時間がないから自転車で行くわね。だから、朝食を食べている間に自転車の空気を入れてよ。お願いね」
母は、娘の頼みに、ぶつぶつと不満を呟くが、それでも、学校に遅刻するのは時計を見れば分かったからだろう。仕方がないと空気を入れて玄関の前に用意するのだった。
「おかさん。ありがとう」
「気をつけるのよ」
朝食を食べ終えてから慌てて自転車に乗る娘を見て不安そうに言うのだ。たしかに、朝の時間帯なら渋滞する道路を乗合自動車に乗るよりも、自転車で走る方が時間的には早いのは分かる。先ほどまでは、自転車の準備を頼まれて不満だったが、それでも、事故を心配しての言葉だった。そんな、母の言葉が聞こえていないのだろう。来夢は、無言で走り出すのだが、学校に間に合うかなどの思考よりも、何か別のことでも考えているようだったのだ。
(何度も何度も、夢から目を覚ますほどに嫌な夢だったはずなのに憶えていないのはなぜなのだろう?。それでも、誰かに説得されたような感じはするの。たしか、自分の運命の時の流がコップに入った満水の水だとして、自分と言う貨幣が入ったことで水がこぼれ落ちる。その水が、助ける命と、奪う命だと・・・。そんな、夢の内容の前に、誰かから説得されたような何かを聞いたような・・それだけが、なんか・・やっぱり、何も思えだせない・・まあ、夢もだけど、母の言葉も、何か気に掛かるわ。何か嫌な感じね。だから、自転車の運転に集中しなければ、本当に事故を起こしてしまうかも)
家の近くの普段利用している停留場が目に入った。時間が時間帯だから自分が通う制服の者も社会人のスーツ姿の者もいない。それでも、お年寄りと主婦だと思われる人が並んでいる中で、近所の学校の制服を着た。同じ年頃の女性が一人で列の先頭で並んでいたのを見た。自分の記憶では知り合いではない。そんな人々と光景を見かけただけで通り過ぎようとしたのだ。すると、自分の後ろから自転車が通り過ぎた。かなり急いでいると感じた。その時・・・。
「痛い」
(これで、最後の修正だ。昨夜に夢でも知らせたが、お前は答えを決めなかった。さあ、どうする。たしかに、今までの修正で想い人と結ばれて結婚して子を残す。それは達成するだろう。だが、大人になり。何十年後まで、いや、共に死ぬまで、お前が考えた通りの結婚生活をするなら、目の前の女性を殺さなければならない。この女性は、明人を好きになる。そして、お前の想い人と浮気をする。それも、明人にあげる誕生日のプレゼントは、自分の身体だと言って裸になるくらいの女性なのだ。お前には分からないだろうが。男性とは女性の裸体を見て我慢などできないのだ。だから、簡単なことだ。左手を指さして小指の赤い感覚器官で女性の心臓を貫けと願えがよいだけだ。そうすれば、この女性が死などではなく時の流から消えるのだ。それは、生まれて来なかったことにできる。確かに、昨夜は、今の未熟な心ではかなりの精神的な負担を感じることで拒否した。それでも、何種類かの時の流の修正方法と結果を見せた。さあ、決めろ)
来夢であり。来夢でない者が様々な時の流に存在する。その無数の女性であり。来夢である者たちが言うのだ。
第二十一章
一瞬の走馬灯のような映像と言葉を聞いた。そして、これで最後だと言う感じで繰り返すように、コマ送りのような光景を見るのだ。あの追い越した自転車は男性が乗り。男は左手を伸ばして女性が持つ鞄を引っ手繰ろうとする場面だった。この時に、左手の小指の赤い感覚器官で心臓を貫くと、女性の存在が消えることで自分にも記憶を残さない。だが、何の行動もせずに通り過ぎると、女性は鞄を持つ手を離さないことで、女性は電柱に頭をぶつけて死ぬ。そうなると、罪の意識からか死ぬまで忘れることができない。他にも選択を見せられたが、来夢が考えた明人の人生では二通りの方法が一番近い結果になるのだった。
「駄目よ!」
昨夜の夢で見せられた。様々な選択肢とは違う行動に出たのだ。もしかしたら死ぬかもしれないのに、来夢は、死ぬ気で無我夢中で力強く自転車をこいだ。男の自転車は鞄を取ろうとして速度を落としたことで、来夢が追いつき、全ての結果を運命の神に願うように、その速度のまま自転車に体当たりをした。二つの自転車は車道側に同時に転んで倒れたのだ。その後方から一台の自動車が止まろうとしたが、誰が見ても引かれると思った。そんな状況から驚くことに、死ななければならない女性が、自分の両手を伸ばして、自転車の男と来夢の手を引いて事故を回避させたのだ。
「大丈夫?」
「はい」
来夢と男は、何が起きたのかと判断はできないが、それでも、無事だと、一言だけ返事を返した。だが、男の目は一目惚れでもしたかのように女性の顔から目を離せなかった。その後のことだが、男は、初めての犯罪で失敗したが、犯罪をするほどの自己中の心の持ち主だったからか、ある意味だがストーカー犯罪となる程に、この女性を愛すのだ。それが逆に女性は母性本能が目覚めたのか、男を愛するようになり結ばれることになるのだ。
(修正は完了した。だが、明人と結ばれる時の流になったが、何が起こるか分からんぞ。後は、台風の時だけは、決められた行動をするのだぞ)
来夢の脳内に響いた。そして、来夢は・・・。
「ありがとう」
自転車も無事だと分かると、言葉だけでは足りないとでも思ったのか、女性に対して丁寧に頭を下げることで十二分の感謝を表すと、自転車に乗って学校に向かった。それでも、自転車の運転に集中しているのは、半分以下だった。なら、何を考えていたかと言うと、時の流の修正で、他の女性たちも人の命を奪ったか、と、何度も考えても答えが出ない事を悩んでいたのだ。そんな、理由もあったが、たしかに、遅刻をしたくないこともあり。腕時計で時間を確かめることも惜しいと思う程まで急いでいたのだが、学校の校舎が見えて来る所まで来ると、まだ、学校が終点から考えると二区間も前の停留場なのだが、複数の女性が降りて来るのだ。その中の一人が、来夢に話を掛けてきたのだ。
「来夢!。おはよう~」
「鈴!」
「そんなに、急がなくても時間には間に合うと思うわ。それとも、何か理由でもあるの?」
来夢は、鈴に会ったことで少し怯えた。今までの時の流の修正で、何かと面倒なことになってきたからだが、修正する者は、自分一人だけが残ったことを思い出したことで、自転車から降りて一緒に歩き出した。
「いいえ。急ぐ理由はないわ」
「それなら、もう目前だけど一緒に学校に行きましょう」
「そうね。いいわよ」
鈴から話し掛けたはずなのだが、何かを我慢でもしているのか、無言で、来夢の顔を見つめるだけだった。やっと、思い切ったのか、来夢の耳元で・・・・。
「修正は、終わったの?」
「まだよ」
何か、言いたいことでも言えないかのように不機嫌だった。
「やっぱり、私が原因なのね」
「いいえ。もう起点の話はやめて、それより、聞いていい?」
「いいわよ」
「あのね。時の流の修正で生き物の命を奪う。そんな、指示をされれたことある?」
「あああっ、そうよね。そうよね。私もよ。私、亀に起点を付けたでしょう。もう修正が終わったから言うけど、失敗した修正を元の修正に戻せたのよ。でもね。亀の命を奪うことだったの。それも、赤い感覚器官を剣にして、その赤い糸の剣で殺し、その場で火葬にして海岸に埋めれば固定の起点になる。そう指示されたけど、命を奪うなんて出来なかったわ。だから、迷惑を掛けたと思うわ。ごめんね。でも、来夢も、そうだったのでしょう。勿論よね。そうでしょう。そうよね」
「そうね。わたしも同じよ」
来夢は、がっくりと肩を落として、何て返答してよいのかと、悩むが、嘘を言うのだった。
「それにね。今でも、亀を感じるのよ。それで、また、あの海岸に近づくみたい。私の修正が終わったはずなのに、まだ、感じるってことは、来夢の修正に係わりがあるのかしらね」
「そっ、それって、何時の事なの?」
「一週間後よ。それも、天気予報を見たのだけど、その日って台風が来るらしいの!」
「それ、それよ。それを待っていたのよ!」
「もう、そんなに大きな声で言わないでよ。もう~バカ!。先に行くわね」
二人の女性は、通学通路では、人が一番に密集する場所である。校門を抜ける途中で、来夢が悲鳴のような声を上げたことで、鈴は、恥ずかしかったのだろう。即座に駆け出して校舎の中に入って行くのだった。そんな、鈴の様子、いや、周囲が、来夢の悲鳴で何があったのかと、皆から視線を向けられたことなどよりも、内心の興奮のあまりに気付く気持ちもなかったのだ。まるで、それは、告白した後の初のデートの日を言われて、その日を心待ちするような感じと同じ様子だった。
「何をしているのです。皆は、もう校舎に行きましたよ。急がなければ鐘が鳴りますよ」
来夢一人だけが校門で立ち尽くしていた。その様子を不思議そうに女子教師が注意するのだ。だが、来夢は・・・。
「・・・・」
一瞬、何を言われたか意味が分からない。まるで、今まで白昼夢でも見ていたのかのような驚きで周囲を見回した。そして、やっと、正気に戻ったのだろう。顔を真っ赤にして何度も教師に頭を下げた後、無我夢中で逃げるように校舎の中に駆け込んだ。
この日の来夢は、教科ごとの先生から何度も保健室に行って来い。と言われる程に心身ともに疲弊していた。勿論、それは、一週間後のことを朝から終業の鐘が鳴るまで、脳内をフル稼働で考え続けていたからだ。
「朝から変よ。本当に大丈夫なの?」
「ありがとう。何でもないわ」
左手の赤い感覚器官と羽衣を持たない者だが、今回の時の流の修正が始まるまでは一番の親友の女性であり。常に何でも相談をしていたのだ。だが、何一つも言えるはずもなく、もし全てを言ったとしても信じてくれるはずもなく、もしかしたら爆笑するかもしれない。それでも、この女性は・・・。
「そう、なら、良かった。でも、何かあったら言ってよ」
「そうするわ」
「うんうん。なら、久しぶりに一緒に帰ろうよ。わたしも今日は自転車なの」
「うん。一緒に帰ろう。でも、本当に何でもないからね」
女性が頷くと、来夢は自転車にまたがり走り出すのだった。さすがに、友と一緒だったことで一週間後のことで惚けることもなく途中で寄り道をしてから帰るのだ。そして、この日から、まるで、告白の後にデートの誘いを言われた時のような浮かれた状態になり。残りの日を嬉しくもあり。恥ずかしい気持ちを感じるままに指折り数えた。やっと、待ちに待った。一週間という時が流れて、明日の朝が約束された日になるのだった。寝つけないと思ったのだろうが、それでも、寝坊しないように五個の目ざまし時計を用意して安心した結果なのだろうか、思ったよりも早く夢の中に入るのだ。
「ピッピッピ」
一つ目の目覚ましが起動したが、思っていたよりも、二個目の目覚ましだけで目が覚めるのだ。そして、横になりながら既に、飼い猫の来夢が窓の外を見ている様子が見えた。それでも、慌てることなく、残りの目覚ましの時計を全て止めてから窓に近寄るのだ。窓越しから外を見ると、やはり、凄い強風で何号かは不明だが台風が上陸していた。それよりも、飼い猫が、窓の外の何を見て・・・・。
「なおぉ!なおぉ!」
と、何を見て興奮しているのか、それの方が気になっていた。まさか、既に、明人が通り過ぎたのかと、それが、心配にはなったが、まだ、赤い感覚器官の指示で窓の外を見る時間ではないからだ。その絶好な機会は、おそらく、痛みで知らせるはずだからだ。などのことよりも、明人に見せるための身支度の方が重大だったのだ。そんな来夢は、普段の時と言うべきか、今まではと言うべきか、時の流の修正の時は、詳しい状況を陽炎のような映像で見せる場合や、何日前とか、準備と心構えが出来る程度のことは知らせてくれたはず。それなのに、今日の朝だと知らせることも、時間も何の指示もないのだ。それについて何一つとして不審に思わず、もしかしたら、女性の命を奪わなかったからか、そう思う時があるが、今は夢中で身支度を特に顔と髪を念入りに櫛でとかして、長い髪を後ろで束ねようとしている時だった。左手の小指に痛みを感じたのだ。髪を掴んでいた片手に力が抜けて半分ほど手から束ねていた髪がほぐれた。直ぐに痛みで知らせてきた指示を実行するために、猫の後ろから窓の外を覗くのだ。はらりと、残りの半分の髪が頬から胸辺りに垂れ下がり、猫の背中に触れた。まるで、妖艶の美女のように色っぽいが、まだ、女子高生らしいピンクの可愛い寝間着姿で寝苦しかったのかボタンが二つほど止められていないことに気付いていない。そのため窓の外にいる者が、窓越しからでも柔らかい女性の象徴が見えるか、見えないかのギリギリの姿だったことで健全な男子高生には視線を逸らせることなどできなかった。すると、猫が、何かに怖がったのか、外に出してとの意思表示だったのか、それとも、髪が触れたことが嫌だったのか、いや、良い玩具だとでも思ったのか、来夢の胸に飛び付いた。すると、猫は、ずるずると、衣服を爪で引きずり落とし、殆どの服のボタンが外れたのだ。なんてことか、ブラも付けてない女性の象徴の片方があらわになったのだ。明人は、強風の中でもギリギリの均等で自転車を操舵していたのだが、健全な男子高生である者が、この時期で一番の興味を思っていることは、女性の裸体なのは当然だろう。それが、それに、好きな女性の裸体、いや、正確には、女性の象徴の片方だが、明人には、裸体と同義のことだったのだ。
「うわぁ!」
当然のことだが、操舵の均等は崩れて自転車は倒れるだけでなく、強風のために、明人の身体は自転車ごと、二転、三転と転がるが止まることはないのだ。
「キャ~!」
来夢は、明人の状況を見て悲鳴と同時に、即座に部屋から飛び出した。玄関から外に出るが、恐らく、早くても二分は過ぎているだろう。だが、先ほどと同じ状況なのだから十回以上は転がり続けているだろう。それでも、幸運なことに歩道の上だけに転がっていることで車にひかれる心配は、今の所はないが、数秒後のことまで分からない。だが、玄関から外に出るが、車が何台も通り過ぎることで向こう側に渡ることができない。
「もう仕方がないわ」
来夢は、誰に見られようと構わないと、羽衣の力で向こう側まで飛ぶのだ。すると、両方向から走る車は強風のために女性が飛ばされていると感じたのだろう。急ブレーキを踏んで車が止まるのだった。来夢も、地面に着くと同時に、転ぶが、視線だけは、明人を見続けて左手の小指に願いながら左腕を明人の方に向けて願うのだ。(自転車を止めて)すると、左手の小指の赤い感覚器官は、長く伸びて、自転車の前輪に絡みつき自転車を止めた。この状況を見た者は、自転車が車道に出る寸前に、運良く電柱にぶつかって止まったと思ったことだろう。それでも、周囲の者は悲鳴を上げるだけで何もできない。だが、来夢は、明人が心配で直ぐに起き上がり駆け寄るのだ。すると・・・・。
「僕、責任を取ります!」
明人は、自分に怪我があるかなどは分からないだろう。それよりも、常に夢にでも見ていた物である。興味のある二つの物の片方が見えるので視線を逸らせることも、自分に怪我などあったとしても痛みを感じるはずもなかった。
「何の?」
「その、その、その、あらわな姿のです」
「キャー!」
明人は、口では言えなかったことで、直ぐに上着を脱いで、来夢の胸を隠すのだった。
「それと、命の恩人だと思う理由もです」
「もう!」
来夢は、「愛はないのか」と、口にはしなかったが、不満を表した。そして、明人は、なだめるように話を掛けるのだ。
「一つ聞きますけど、先ほど、台風の強風で飛ばされたように見えましたけど、本当は空を飛びましたよね。それも、一瞬だったけど光ったのは羽衣ではないですか?。自分には、羽衣が見えたように思ったのですが・・・それに・・・・もしかして・・・」
「見えた?・・・えっ、羽衣なの・・・それなら、左手の小指の赤い・・・」
「えっ・・・赤い・・・それよりも、君・・・・お姉ちゃんだよね」
「うん。そうよ」
来夢は、満面の笑みを浮かべて即答で頷くのだ。
「良かった。本当に探していたのだよ。でも、鏡さんと、お姉ちゃんが同じ人で良かった」
「そう思ってくれていたのですね。それなら、もう良いかな、左手の小指のことなんて・・・」
「もしかして、ピクピクと動く、赤い器官見たいのことかな?」
「あっ、うんうん」
(これで、修正が終わったのね。赤い糸が見えなかったのに、見える時の流に修正したのね)
来夢は、嬉しくて涙を流すのだ。明人は、何で泣くのかと狼狽えていた。
第二十二章
左右一車線の旧国道では、両方向のある地点から車が止まっているにも関わらず。一台の車も警報を鳴らす車が一台もなかった。台風の影響もあるが、車内の者、通行人や野次馬の大勢の者が、強風で飛ばされた女性と自転車に乗ったまま回転しながら転がる者の安否を気にしていたからだ。直ぐに無事だと思ったのだが、殆どの男性も女性も飛ばされた女性の象徴の片方に視線を向いていた。人に寄っては視線の感情は違うが、その数分後の時だ。さらに強い強風が吹いて視線を逸らす者や目を瞑る者が殆どだった。そして、目を開いて視線を戻して見ると、、驚くことに男女二人はいなかったのだ。
「・・・・・・」
明人は、来夢を落ち着かせようとして手を握った。来夢は、握られたことも原因だが、自分の服の乱れが恥ずかしかったこともあったのだろう。すると、羽衣が二人を包んで強風などに負けずに上空へと昇るのだ。周りの者たちには、今回は正規の時の流の修正だからだろう。それもだが、来夢が心底から願ったことでもあったことで、皆に羽衣が見えないため羽衣の中の二人が見えるはずもなく突然に消えたと思って驚いているはずだ。
「うぁあ、空を飛んでいるね。もう何年振りだろう。やっぱり、気持ちがいいね。あっ、ごめん。目を瞑るから衣服を整えて!」
「きゃ!。男の人って空を飛ぶ感動よりも、直ぐに助平の方に気持ちが向くのね。もう、後ろを向いてって服を整えるわ」
「ごめんね」
「もう、そのことはいいわ。それよりも、先ほど言った。あれは、本当に責任を取ってくれるのね。今でも気持ちは変わらないのね?」
来夢は、衣服を整え終わると、明人の顔に視線を向けて問うのだった。
「勿論だよ」
「う・・ん。うん。嬉しい」
何か言葉を返そうとしたが、嬉しくて、何一つとして言葉にならなかった。だが、それでも、自分の気持ちを伝えるのだけでなく背中にある片方の羽衣を明人に手渡した。
「もう一生ね。この羽衣を返さないでいいわ」
「ありがとう。大事にするね」
明人の方は、素直に受け取るが、何か済まなそうな表情を浮かべるのだ。それは、何か隠し事でもしているのか、何かを問いかけるべきかと、本当に、自分で良いのかと、様々な心のもやもやがあるのだろう。そんな、気持ちのまま羽衣の微かな重さを実感すると、羽衣の重さに気持ちが耐えられなかったために話し出すのだった。
「でも、お姉ちゃんは、昔に言ったでしょう。これで良かったのかな?」
「なんだろう。でも、お姉ちゃんって言われるのは困るわね。それに、う~む、私ったら何か困らせることでも言ったのかしら?」
「えっ、忘れたのですか、結婚の申し込みをするように、そう言ったのに!。それで、幼い頃から今まで悩んでいたのだよ。でも、その当時に意味も何をするのか分からなくて、大人に聞いたりしたし、そしたら、爆笑されて、それでも、一人で調べたりしていたのに!」
「そうね。何て言うか、その、今は告白だけでいいわね。大人になるまで恋愛を楽しみましょう。そして、大人になってから正式な結婚の申し込みをしてね。でも、これから先は、浮気は駄目よ。わたしだけを見ていてね。まあ、その代わりにキスくらいならしてあげるわ」
「う・・・ん。その・・・・」
「嬉しくないの?・・・・何なの言いたいことがあるなら言って!」
「もう~正直に言うね。キスだけでなくて、胸も触りたい」
「もう~バカねえ。そんなことを悩んでいたの?」
「うん。ごめん」
「うっふ、まあ、そんな、雰囲気を作ってくれたらね。胸を触らせてあ・げ・る・わ」
「おおっ!。駄目って言わないのだね。なら、いいのだね」
「もう!!本当に!!!バカねえ!!!」
来夢は心底から恥ずかったのだろう。顔中を真っ赤にして恥ずかしさを隠すために、明人を思いっきり突き放すのだった。明人は、片方の羽衣を持っていたことで、二人を包んでいた物から抜け出しても、もう一つの羽衣で明人を包むのだが風に吹かれたシャボン玉のようにふわふわと、来夢から離れて行くのだ。
「あっ!。わたしたら、力を入れ過ぎてしまったわ。もう~どうしよう」
来夢は、失敗を悔やんでいるようだが、顔の表情や声色では楽しんでいるように思えたのだ。そんな、明人は必死に空中を泳いでいた。まるで、幼子が初めてのプールで両足と両手を適当に動かして泳いでいる感じだった。それと、この先の未来も見える感じだ。何もかも全てが来夢の我が儘に振り回されることと、何か事件でも起きても立ち向かう覚悟と、どんな理由でも離れたくない。その気持ちが伝わる空中での泳ぎ方だった。
「大丈夫?」
来夢は、我慢できずに、明人を助けに向かった。
「うん。でも、かなり疲れるね」
「直ぐになれるわ。それより、この台風では学校は休校になるわ。だから、学校からの連絡など待たずに、このまま海に行かない?」
「そうだね。それ、いいね。そうしよう」
「でも、なんか、直ぐに承諾するのでなくて、建前でも、一度は、学校の方が大事だと、引き留めて欲しかったかも・・・・」
「どうするのかな、このまま先に学校に行く?。そして、休校だと分かってから海に行くことにする?」
「いや、直ぐに海に行きましょう」
この会話の流でも分かることだが、この先、明人の性格では、最高の驚かせるための計画の告白を考えても実行が難しいだろう。そうなると、来夢が予定していた。理想の結婚式もだが、おそらく、明人は、なかなか告白ができずに、二人の婚期はかなり遅れることになるのは確実に思えた。それでも、二人は楽しい人生を楽しむに違いない。そして、二人の子供が生まれたら自分の両親がしたこと以上の助言と言う物語を作って伝えるはず。
そして、遺伝子的だけ身体が転生された。あの男女である。明菜と直人であり貝が偶然にも、この場と言うか、視点の下である。下方の地面である。二人の事故とでも思って集まっている中にいたのだ。
「もう~そんなに珍しい物ではないでしょう。男の人ったら見飽きないのね。仕方がないわ。わたしの見せてあげようか・・・・・どうする?」
明菜は、男性の顔を見てから、ある建物に視線を向けた。それは、十八歳以上でなければ入れず、二人だけの入室の制限であり。短い時間で一室を貸す建物だった。
「うんうん、そうしよう。台風で乗合自動車が遅れたと、そう言えばいいよ」
「もう~バカね。まあ、わたしも、そう言い訳するわ」
男女は、腕を組みながら建物に向かって歩き出した。これで、この世界を造りだした。神の本当の願いとも人類の意味とも言われている。地球の生物の遺伝子の遠い未来での最終形体は神の意志である。それは、神と同義の存在なのか、それを確かめることはできない。だが、遺伝子の継続は約束されたことになる。
そして、魂だけの転生された十二匹の雌の猫と一匹の雄の猫だが、驚くことに、来夢と明人の下方にいた。普通の獣である猫に戻ったはず。だが、台風だというのに怖がることもなく、それも、普通の猫らしくない。まるで、人の子供のように十三匹の雄と雌の鬼ごっこをしている感じだった。それと、不審な事がある。先ほどの来夢と明人の場面では、建物の隅で雌猫が雄猫に猫ビンタした場面は、もしかすると、皆が来夢の胸を見ていた時の人々の行動が重なるのは、まるで、女性の胸を見たことで、人の男女が同じように喧嘩していたのと同じ出来事だと思っても何も不思議ではないはず。すると、転生前の思いの全てを猫としての転生を楽しんでいるのは確かなことだった。
「・・・・・」
来夢と明人は、空中で遊んでいたことで、明菜と直人のことも、地上で二人が消えたことで騒ぐ人々のことも、勿論だが、十三匹の猫のことも分かるはずもなく、二人だけの世界を楽しんでいたのだ。それも、既に、左手の小指の赤い感覚器官の修正を終わった。だが、背中の蜻蛉のような羽である羽衣のことだが、羽衣が背中から生える瞬間であり。運命の修正の開始とでもいうか、一人で夜の海岸で星を見ていた時の恐怖と不安との気持ちがしめていた時の感情の解放であり。誰とか知らない時の流で出会った。その運命の人の温もりで心身ともに即発されたように羽衣が生えた。全ての修正は終わったが、修正の始まりをしなければならなかった。この時には、過去のことなど来夢は忘れている。一人で夜の海岸にいた時に未来に飛んだ時の記憶であり。愛しいと感じた温もりのことだった。
「来夢さん。空中の散歩って本当に気持ちいいね。それに、飛ぶ速度って車よりも早くない?」
「そうかもしれないわね。そんなことよりも、私を捕まえてみて!!」
「もう仕方がないな!!」
来夢は、一人で海がある方向に勢いよく飛んだ。だが、時々、明人の方に振り向いて手招きをする。その姿を見て明人も愛しさが膨らんで勢いよく飛んだ。すると、来夢は、移動せずに待っていたことで、二人は衝突するが、羽衣の薄い膜で勢いは止まり。一つの膜の中に入ることになってしまった。そして、明人は愛しさの膨らみが縮まらずに、その勢いのまま来夢に接吻するのだった。この時の温もりが、サバイバルゲームを参加して一人で夜の海岸にいた時に、一瞬に未来に飛んで感覚だけを記憶したのだ。勿論、これが、初めての二人の共同作業でもあり。二人の共有した力で、まだ、何も知らなかった来夢を初めて時の流を飛んだことになる。あの本人も気付いていない。あの時の身体全体がゆらめいた。あれが、運命の修正の開始でもあったのだった。二人は、台風の強風の中だというのに、そのままゆっくりとゆらゆらと一つの膜には入ったまま海岸に向かうのだった。
2016年4月12日 発行 初版
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羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。