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『今の世では忘れられた昔の物語   下巻』

垣根 新

垣根 新出版



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「今の世では忘れられた昔の物語」(赤い感覚器官(赤い糸)と羽衣)
 第十三章
 祖母は、直人に視線をむけた。その一瞬だった。裕子と卓が何かを見ている。その視線に気付き、後ろを振り向いた。すると・・・。
「わたし、決めましたわ!」
 志乃が一人だけで、この部屋に居た。それも、祖母の話が終わるのを待っていたのだ。
「そうか・・・一人なのだな。それが、お前の答えなのだな!」
「はい。それで、いろいろと思案した結果で署名を書くことにしました。これで、わたしが保証人になり、黒髪の国が龍神王朝の同盟国になれます」
 志乃は、何一つとして悩みがない。それだけでなく、全ての気持ちが吹っ切れて未来に希望に満ちていた。だが、逆に、その様子を見て、祖母は悲しそうに用紙を受け取った。
「えっ!」
 祖母は、用紙を見て驚きの表情を浮かべた。
「志乃。まだ、駄目だと言うのに、俺の捺印を押してないぞ」
「だって、直ぐに、初代様に教えたくて」
 拍が、隣室から慌てて出てきた。おそらく、遅れて来たのは、署名をした後、何をするのかと、その後の予想を考えて書面を書いていたのだろう。
「志乃。この二人の署名を書いたと言うことは良い未来の希望ができたのだな」
「はい」
「だが、志乃が領主で、拍が補佐になっているが?」
「それは、わたしは用事がないと館から出ないからって、領主になれば嫌でも人前にも出るだろうし、俺より上官なら何でも言えるだろう。そう言ったのです」
「そうだったのか、それは、良いことだな。二人でがんばれよ」
「はい」
「そろそろ、俺の話を聞いて欲しいのですが・・・」
「なんだ!」
「その用紙を渡してくれませんか、砦に戻らなければ捺印が押せません」
「そうだったな。それでは、拍が来るのを待っている!出来るだけでよい。急いでくれ」
 祖母は、拍に用紙を手渡した。
「それで、その食卓の上にある。沢山の用紙を龍神王朝の王に渡せばいいのですね」
「そうだ。だが、確認のために読んで見てくれないか」
「はい。これって!」
「そうだ。龍神王朝の一つの都市となっても自治権は認めてもらうためと、突然の同盟国になる理由などが書かれてある」
「ふ~ん。まあ、簡単に読んでみたけど大丈夫だと思います。それに、全ての用紙に書かれたことは必ず認めさせてみせます」
「すまない」
「そんなに心配しないでください。初代様。わたしの家系って中央の都の人たちに、それなりに意見を通せるのですよ。それに、長い間、国境を守ってきた一族の拍の署名と捺印があれば大丈夫でしょう。もしものために、わたしと拍が、本国に直接に持って行きますから脅してでも認めさせて帰ってきます」
「本国である。関東の富士の山に行くのか!」
「そうですわよ。王に直談判してきます。だから、任せてください」
 志乃は、子供の遊びのように右手を握って、自分の胸を叩いて意欲の感情を表したのだが、その様子を見て、祖母は・・・・。
(なんだか、面倒なことになりそうだが・・・大丈夫だろうか・・・)
「ああっ卓よ。卓、赤い感覚器官に変わった反応はないのか?」
「変わった反応ですか?」
「そうだ」
「あるには、ありますが、常に、北東の方向を示しています」
 卓は、腕時計でも見るかのように左手の小指の赤い感覚器官を見た。
「黒髪の国の方向だな・・・」
(東の方向ではないのか、志乃の行動には何も影響がない。そう言うことなのか、少し考えすぎたか?。なら、二人だけに全てを任せて良いと言うことか・・・)
「亜希子。少し違います。黒髪の国とは少し方向が違います。無理矢理に決めると言うなら、あの裕子が生まれた都市の方向だと思います」
 姉の冬実は、先ほどまで卓が弟と遊んでくれている様子を見ていたが、突然の祖母の問いかけに答えるために、卓が居住まいを正すと、弟は卓の側から離れた。すると、弟が悲しそうな様子をするので宥める気持で冬実が弟を抱きしめた。だが、冬実には別の目的があり。祖母と卓に悟られないように、二人の会話に聞き耳を立てていた。
(裕子の生まれた所とは?・・この砦から黒髪の国までには都市は無いはず。黒髪の旧都のことか、いや、その方角には白紙の部隊の村があったか、だが、都市とは言えんぞ。それでも居るのか?。それでも、夏美が居る方角を示しているはず・・何かを探し出したのか?)
「お姉ちゃん?」
 弟は、姉の様子が変だったことで言葉を掛けた。その言葉で冬実は、直ぐに思案は止めた。
「すみませんでした。お話の邪魔でしたね。部屋の隅の方でお話が終わるのを待ちます」
 姉は、弟を連れて部屋の隅を移動して、窓から外を覗くのだった。
「ほう。あの方向なのか・・・何を意味しているのか・・・」
 祖母も、自分の思案が口から出ていたことと、他人の姉弟がいることを思い出して、無言で思案するのだった。
(あの都市には、今では誰も入れんが・・あっ、なら・・・旧黒髪の都市があるが、今では何もないはず・・・素人の遺跡の盗掘か・・・)
「亜希子。亜希子?」
 卓が、祖母に呼びかけた。
「卓・・・あっ済まなかった。少し考え事をしていたのだ。わしの砦での要件が終わりしだい。その方向に向かいたいのか?」
「はい。と言いたいですが、亜希子が、他にも用があるなら好きな所に向かいますよ」
「ああっそうだった。そうだった。卓よ。左手の小指の赤い感覚器官は方角を感じることが出来るが、たしか、正確な距離までは分からなかったな!」
「はい。そうです」
「それでは、その方向を伸ばせば、白髪の国の方向でもあるな」
「そうかもしれません」
 卓と祖母が話を止めると室内は無言になった。それで、人が駆けて来る音を聞き取れた。
「初代様。拍が戻ってきたみたいです」
 直人が、廊下と広間の境に立っていたことで正確に伝えた。
「そのようだな」
「お待たせしました。先ほどの用紙に署名と捺印を押してきました」
 拍は、祖母に手渡した。そして、祖母が確かめると、裕子に視線を向けた。
「これで、後は、卓の署名だけだ」
 卓は、裕子に視線を向けた。
「御主人様。もう用紙には目を通しましたね。わたしは、この用紙に署名をしても良いと思います。でも、わたしの判断よりも、最終の判断は、御主人様がお決めになることですよ。どうしますか?」
「そうだね。何も問題はないから署名をするよ。だから、亜希子。その用紙を下さい」
「ああっ頼む」
 祖母は、卓に用紙を渡した。その場で署名を書かれて直ぐに自分の手元に戻った。
「亜希子。自分の黒野家と志乃の黒野家が同じ血族だと言う証明するのは良いとしても、ですが、これは、国家間でも通用する正式な書面です。それに、署名することに何か意味があるのですか?」
「ああっ、これで、黒髪、金髪、赤髪、白髪の四つの国とは、何も関わりがない。それが、証明されるのだ。それと、卓は、宗教の教祖であり伝承者でもなくなったのだ。まあ、わしを祭る理由の宗教を廃止して地位が消えるのだから当然だが、それでも、二つの黒野家が一つになり。黒野家の家長となったことで、何かあれば、卓の一声で、龍神王朝に武力の要請もできる。一番の利点は、所属の無いまま浮いていた白紙の部隊が、黒野家の私兵になり東北の全ての地で白紙の部隊の行動に制限がなくなったことだ。まあ、当分の間は、白紙の部隊には、黒髪の国に待機してもらい。黒髪の国の混乱を防いでもらう。白紙の部隊の強さもあるが、わしが存命中に戦いを仕掛ける馬鹿はいないはずだ。だが、卓よ。何も心配する必要はない。わしと裕子がいれば、何が遭ったとしても十二分に守れるから心配するな」
 だが、この東北では、誰も想像もできないことが起きるのだ。それも、祖母の想定外・・・。
「はい」
「それと、志乃。この地域が戦場になることはないが、もしもの保険みたいな感じだ」
「それでは、初代様。全てが終わったのね」
「そうだな、後は、各自の旅の準備をするくらいか」
 祖母の言葉で、この場の空気が張り詰めた。だが・・・・。
「ねえ、お別れ会も兼ねた。お茶会にしましょうよ」
 志乃の何も考えてないような無邪気な言葉で、この場の雰囲気がなごんだ。
「それでは、お茶会の御用意を致します」
 誰も返事はしていないのだが、志乃の執事は用意を始めた。そして、整え終わると・・。
「それでは、お茶会が終わるまでには、皆様方の旅の用意を整えておきます」
「それでは、初代様・・・・」
 直人は、祖母に退室の礼をしていると・・。
「あっ、直人様でしたかな、御年輩ですので旅の用意はお任せ下さい。それでは、後の細やかな接客はお願い致します」
 志乃は、お茶と菓子などの香りに興奮したのか、いや、初めての旅での興奮しているのだろう。この場の全ての者が疲れを感じるほどに話し続けるだけでなく、旅での不安と疑問を問いかけ続けるのだ。そして、旅の用意が整ったと、執事が戻って来ると、皆は、逃げるように館から出て行くのだ。
「あっ、えっ・・・なぜ?」
 姉弟は、驚くのだった。
 志乃の執事の旅支度の用意は完璧すぎだと感じられた。砦の待機場所に置いてあったのを志乃の屋敷まで持ってきたのは感謝したくなることだったが、三台の連結から四台に追加されてあったのだ。その四台目は、姉弟の馬車だった。
「まあ、志乃は悪い奴ではないのだ。だから、許して欲しい。おそらく、新婚旅行の気持ちなのだろう。それだけでなく、旅も初めてで興奮していたはずだ」
 祖母は、馬車に乗って動き出すと、直ぐに謝罪の言葉を言ったのだ。裕子と卓は、何も気にしていないと、笑みを浮かべて伝えるが、姉弟の気持ちは複雑な表情を浮かべた。たしかに、複雑に感じるのは当然だろう。共に、旅に同行する気持ちだったが、四台の連結で常に一緒にいる気持ちではなく、自分たちの馬車を自分たちで馬車を操り、祖母たちの馬車の後から付いて行く気持ちで、そして、好きな時に別れるつもりだったのだ。
「初代様。白髪の国の方向に走らせればいいのですね」
 直人は、祖母に確認を求めた。
「そうだ」
 祖母は、指示を伝えた後だった。この先の暇つぶしの相手でも探す考えだったのか、この馬車に乗っている者を見た。その視線に意味に気付いたのか、姉弟たちは、視線を合わせないようにとしている感じだったが、裕子は、如何なる指示でも対応する覚悟まんまんの気持ちで視線を向けられていたのだが、何かうっとうしくなり視線に気付かない振りをして卓に視線を向けたが、何を考えているのか、ただ、窓の外を見ていたのだ。
(やはり、卓しかいないか、すると、姉弟とも話が繋がるな・・でも、なんと・・・あっ!)
「卓よ。そう言えば、自分では分からんと言っていたが・・・・うむ、安産型で良い尻ではないか。それに、乳も大きくて良い乳が沢山でると思うぞ。うむ、うむ、子沢山が期待できるぞ。良い身体だ。良い相手ではないか!」
「なっなななっなにを言うのです!!」
「お前、そんな目で、わしを見ていたのか!!」
「違う。違う、違います」
 卓は、突然のことで否定する良い言葉が言えずに、首と右手を横に振るしかできなかった。
「ふっふふ」
「直人。お前も笑うのだな。何か過去のことでも吹っ切れたようだな。これで、お前のことも心配していたが、安心したぞ」
「すみません。会話の邪魔をしてしまって、つい、楽しそうな様子でしたので本当にすみません。あっ、それでしたら、もう少し行った所に無人の道の駅がありますので、お茶と菓子でも用意することができます。どうでしょうか、その場所でゆっくり寛ぎますか?」
「そうだな。そうしよう」
「まあ、なんだな・・・弟も馬車に乗っているのも飽きたようだ。それで、構わんぞ」
「うんうん、それが、いい」
「まあ、先ほどの・・だな。体を褒めたくれたことだが、たしかに、胸も大きいし、安産型だと思うが・・・だから、と言っても、子沢山なのかは分からんぞ」
 冬実は、自分の身体を褒められたことに気分は壊していないようだった。たしかに、自分の一族では、隊の長との同格の地位でもあるが、子供が生まれない身体と知っていることもあり。その手の話題も冗談も誰も言わないのだった。
「それは、だから、亜希子の冗談なのです。本当に許して下さい」
「・・・冗談だったのか・・・」
 冬実は、ぼそぼそと不満そうに呟いた。
「何て言ったのです」
「いや、何でもないのだ」
「御主人様!」
 裕子だけには、はっきりと聞き取れた。それで、少々感情的になり。思わず叫んでしまったが、卓に女性に対しての忠告と今後の手段を伝えようとした時だった。だが・・・・。
「あっ、珍しいですね。こんな場所の無人の道の駅に隊商貿易が休息しています」
「それは、たしかに、変です」
 直人は、驚き、裕子は不審に思った。
「そうなのか、裕子?」
「はい。街道では様々な人が通ります。人が通ると言うことは、いろいろな物事を考える人がいます。邪なことを考えなくても、何かを見た。何かを知ったなどで、その者達でも考えらない行動をするのです。それだから、些細な諍いごとでも避けるために、普通なら街道沿いでの休息は避けるのです。特に、大所帯の交易隊は、その傾向があります」
 卓は、全てに納得したと、何度も頷くのだった。
「それで、その者達の様子は、どうなのだ??」
「こちらに、数人の者が向かって来ます。もしかすると、諍いごとを避ける気持ちはないようですね。何が、思惑があっての街道での休息です。それで、どう致しましょう」
「成り行きに任せる」
「承知しました」
 この指示の後は、馬車の中では五分くらいだろうか、無言になり外の様子を窺った。

 第十四章
 馬車の中の五人は、直人の話に聞き耳を立てていたのだが、何か声色で判断すると複数の者に囲まれて威嚇されている感じだった。それも、誰かを探している感じで物騒なことにはならないと思えるが、それでも、おそらくだが、馬車の中にいる人物のことについて問われている感じだったのだ。まだ、御者の周りだったことで、嫌々だと思えるが、不審な者たちと接ししていたが・・・・・。
「この馬車を検めるだと、この馬車の紋章を知らないのか!」
「本物だとは、思えないからだ」
「待て、待て、それは、言いすぎだ。我々は諍いを起こす気持ちはない。だから、お前はまずは、怒りを抑えて謝罪しなければならないぞ。その意味は、分かるな!」
 何人かの男達は、直人に向かって深々と頭を下げるのだ。
「あっ、武田のお兄ちゃん!」
 馬車の窓から弟が顔を出したことで面倒なことになりそうと、冬実は感じて直ぐに弟の後ろから同じように顔を出した。
「わしは、夏美だ。それと、弟もいるぞ。わしらを探していたのか?」
「・・・・」
と、問われて即座に、武田は思案を初めた。
(・・・冬実でなく、妹の名前を出す、と言うことは、何か深い意味がありそうだ。まあ、問題が起きるまで付き合うしかないか)
「そうです。それで、姉の冬実も一緒なのでしょうか?」
「いや、一緒ではない。それに、どこにいるのか、何一つとして想像もつかない」
「それでは、皆が心配しています。一度だけでも隊商にお戻りください」
「いや、それは、出来ない。わしが姉を探すから心配するな。それと、弟を頼みたい」
「ぬっう~」
 男は、即答できずに返事に迷った。そして、気持ちを抑えるために大きく息を吐いた。
「それでは、どうだろうか、少々休憩する気持ちでもあったのだ。この休息の地で茶でも飲むことにするか」
「えっ」
 真っ先に反応したのは、冬実だった。そして、視線と少々の顎を動かしたことで、外にいる男達に指示を伝えたのだ。それは、皆に、冬実でなく夏美として対応しろ。と言うことを、だが、気付いたのは、隊長らしい男である。武田だけだった。
「この地で共に過ごすことか、たしかに、無料の地であり。誰の許可なども必要ではないが、その事については少々だが時間を頂けないだろうか、仲間と相談したいのだ」
「構わんぞ」
「・・・・・」
(皆の所に戻り。冬実が何か考えているようなのだ。冬実でなく夏美だと通せ。と伝えろ)
「すまない。部下に使いを出した。直ぐにでも戻るだろう。それよりも・・・」
 一人の男の耳元で囁いて指示を伝えると、直ぐに男は、この場から駆け出した。
「なんだ!何もためらう必要はないぞ。何でも言え!」
「馬車に居る者は全て出て来るのでしょうか?」
「勿論だ。馬車の中の検分は許さんが、扉は開けておく。それで、宜しいな?」
「はい。それで、十分です」
「一言だけ言わせてもらうが、この夏美が人質を取られたとしても素直に命令に従うとは思えんぞ。だから、この馬車の中よりも周囲を探す方が賢明だと思うぞ」
「はははっ!」
「なぜに、笑うのだ!」
 祖母が怒りを表した。
「たしかに、夏美の性格を御存じで、その忠告に従いましょう。それに、我らは、夏美と同族なのです。子供の頃を思い出したので笑ってしまったのです。ですので、許して下さい。」
 馬車の扉越しの会話で気心を確かめていると、先ほどの部下が現れて、先ほどと同じく
耳元で、指示は実行したと、簡略に伝えるのだ。
「許可が出ました。共に食事をしながら話がしたいとのこと、年寄り連中から許されました。どうぞ、御案内を致します」
 武田は、もしや、と思っていたが、馬車の中の五人が降りてきて、やっと、馬車の中を見ることができて安堵した。そして、武田の後に、五人が付いて行くのだが、直人は、馬車を安全な所に移動した後に、参加しますと、祖母に伝えるのだ。
「些細な食事しかありませんが、それでも、寛いで頂けたら喜ばしいことです」
 多くの馬車を囲んだ中心に、簡易な椅子とテーブルが何台も置かれてあり。一瞬では数えられない程の人が席に着いていた。それも、殆どの者が、殺気を放っているとは大袈裟だが、何かを誤魔化すための素人の演技のような感じで堅苦しいのだが、それだけではないのだ。今までの人々なら祖母に会えたと感激する者や握手を求められるのが多かったのだが、まるで、犯罪者でも見る感じで祖母のことを疑っている感じなのだった。その中の一人の老婆が・・・・。
「あの・・・お前さんは・・いや・・あなたは・・・」
「何だ?」
「いや・・・まあ・・・美味しいかね?」
「ああっ最高に美味いぞ」
「そう、そうだろう。この菓子は、わたしの家系に代々伝わってきた。秘伝の菓子なのだが、他の家も、その家の味というか、大事な料理はある。それは、代々と伝えなければならない。そう思うのだ。それは、自分で勝手に終わらせて良いとは、わたしは思えない」
「そうだな」
「それでは、何で、何百年、いや、何千と、それ以上なのかな、おそらくだが、口伝として伝えられてきたはず。それを何で、あなたの代で終わらせたのです」
「ん?・・・何のことだ?」
「う・・まあ・・・うちの族長も口伝を人生の目的としている。何なのか内容は知らないが、まだ、若いのに恋も知らない。いや、恋など必要ない。そう思う程までに命懸けのような生き方をしている。もしかすると、あなたは、口伝の使命を終わらせた。と言うよりも、今までは、人のしがらみのために出来なかった。それも代々の人が伝えるだけで出来なかったことを始めたのでは・・・だが、まだ、冬実のように諦めるのは早いぞ」
「何が言いたい。まさか、まだ、馬車の中に冬実がいると思っているのか!!」
「いや、そうではなく、お前さんは、子供が出来ない身体と思っての馬鹿な行動を始めたのではないのか?」
「えっ」
「良い治療の薬も方法も知っている。それを教えてやってもいい。だから、今直ぐではなくても、あの都市に帰りなさい。そうでないと、大変なことになります。それでも、直ぐにでも、都市に書簡を送るべきですよ」
「何が言いたいのだ?」
「すまない。お前の信奉者なのだ。だから・・・子供ができないから・・やけくそになり神の地位を捨てるだけでなく、宗教まで廃止にしたと思っているようだ」
「なぜ、それを知っている。まだ、数人だけしか知らないはずだぞ」
「まあ、我々は、情報を集めて売るのも商売だが・・・それよりも、供をつけずに、この家紋の馬車での旅とは、何かあると思うのが普通だろう。それも、本物なら・・・」
「そうか・・・なら、情報があるのなら聞きたいことがある」
「なんだ。だが、秘匿の情報なら大金を要求する場合もあるし、情報を言えない場合もある。それでも良いなら話を聞こう」
「それで、構わない。それで、もし、このまま旅をした場合だが、わしの噂が広まった場合、何と噂が広まるだろうか?」
「失恋の逃避行か、駆け落ち、可能性が高いのは、不妊治療だろう」
「あははは!そうか、そうか、わっははは!」
「何を笑っている!お前の行動の一つで、都市間の大戦争になるかもしれないのだぞ」
「そうだった。そうだった。それで、その冬実の旅の目的とは不妊治療なのか?」
「さあ・・本人に聞かなければ分からんな・・・だが、生めれば良いと思っているだろう」
「わしには、効果ないが、良い治療があるぞ!」
「やはり、旅の目的は、そうだったのか?」
「まあ、そうだな」
 祖母は、嘘をついた。
 すると、老婆たちが、興奮を堪えていたが、特に、先ほどの老婆が・・・・。
「まあ、まあ、まあ、それって!!良かったわ。もう~あんたら姉妹は口伝なんて忘れなさい。もし駄目だと言われても、この方たちの旅の同行をしてきなさい。良いわね」
「だが、姉妹と言われても、冬実がいないが・・・・」
「あの子は、何かと、新しい情報があると、あなたに試していたのは知っているのよ。まだ、どこかで、フラフラと、二人だけで会っているのは知っているのよ。だから、分かったわね。この場で、今直ぐに、この方たちに、旅の許しをお願いしなさい」
「わしは、構わんぞ。わしが良いと言えば、誰も断れんぞ」
「ほら、許しが出たわ。何をしているのよ。頭くらい下げなさい。それで、こんな、茶番な会食なんてやめて、さっさと、出発するの!」
 老婆たちは、自分のことのように興奮から叫び声を上げるだけでなく、冬実の周りに集まり、まるで、初出産でもしたかのような喜びを伝えるのだ。そして、それぞれの気持ちを伝え終わると、直ぐに旅支度を始めて準備ができると、無理矢理のように馬車の中に押し込めて出発を急かした。
「初代様!」
「まあ、良いだろう。出発しろ」
「承知しました」
 皆が嬉し泣きで馬車を見送るが、一人だけ、冬実の弟だけが一緒に連れていってと泣くのだが、周りの者たちが、姉の邪魔になるからと、優しく引きとめて慰めているのだった。
「それにしても、本当に騒がしかったな。何か、身体が疲れたぞ。ん?・・何か惚けているようだが、卓よ。大丈夫なのか?」
「えっ・・あっ、大丈夫ですよ。それにしても、美味しい菓子に、美味しい漬物だったな」
「そうだったな。わしも久しぶりに食べたぞ」
「それでしたら、わたしを御主人様と亜希子の使用人とでも思ったのでしょう。それぞれの皆さんが作られた物を頂きました。後ほど、御用意しますのでゆっくりと頂きましょう」
「う・・・ん」
「まだ、何かあるようだな。それは、なんだ?」
「それが・・・・・左手の小指の赤い感覚器官が、なぜ、夏美さんに向かないのでしょう。それに、なんか、赤い感覚器官が向いている方から温かい気持ちを感じるのは・・・もしかすると、何の指示もないのに、それでも、向かえってことなのかな?」
「ほうほう、温かい気持ちか!それでか、まあ・・・優しい気持ちなのだろう。誰か、何か知らないが、人だといいな、そして、その者と会えるといいな。それで、楽しい話しが聞きたい」
「はい」
「初代様。白髪の国の方向で宜しいのですね」
「そうだ」
 直人は、祖母に再度の確認をしたのだった。
 馬車の一行は、何事もなく、竜神王朝、西の砦の国境から黒髪の国の国境も無事に超えた。たしかに、それぞれの検問では、少々の問答があったが、それでも、無事に通り過ぎて、そろそろ、白髪の国の境を越えて国境の検問所の近くまで来ていた。すると・・・。
「痛い。痛い。直ぐにでも進んで!西、西の!」
 卓が、突然に右手で左手を掴んで苦しむのだった。
「直人!西だ。西の方向に進む道はないか?」
 祖母が卓の気持ちを感じ取って、直人に指示を伝えたのだ。
「あります。ですが、おそらく、山道で、何処にも通り抜けらない行き止まりの道だと思いますが、それでも、宜しいのでしょうか?」
 直人は、今までの道のりで西の方向に道はなかった。その思考の結果は伝えずに、そのまま進み続けて、やっと、指示に近い道を見付けるのだった。
「ああっかまわん。その方向に進め!」
「はい。ですが・・・」
「何だ?」
「細い道でもありますし、もしもですが、引き返すことになるでしょう。その時に馬車の方向転換を考えるのでしたら、一台の馬車で行くことが宜しいと思います。それで、残りの馬車は、この場に残すことになるでしょう。ですので、この直人が一人で馬車に残り留守を致しましょう。勿論、何日でも構いません。何も気にせずにお任せください」
「この地域に詳しいのか?」
「詳しくはありません。ですが、轍の痕がありませんし、道に雑草があることを考えますと、頻繁に人の行き来もない。そう考えたからです」
「そうだな。それが正しいかもしれない。では、直人よ。留守を任せるぞ」
 直人は、直ぐに馬車の連結を外して、一台の荷馬車に馬を付け終わると、裕子に荷馬車を託すのだった。
「承知しました」
 その返事後に、祖母が馬車に乗り、卓もついて行くが、冬実が何かを知るような感じで馬車に乗るのを迷っていた。
「どうしたのだ?」
「いや、何でもないぞ」

 第十五章
 裕子が操る馬車は、男女三人を乗せて出発をした。直人が心配する程とは違って、道なき道を進むのではないのだ。たしかに、道はあるのだ。それでも、数十センチの雑草が生い茂る草の絨毯のような道を進むしかなかったのは確かなことだった。
「本当に、どうしたのだ?」
 祖母の二度の問いかけだった。冬実は、乗る前も乗った後も何かを考えているようだった。それに、今度は、窓の外を何かを探すようにキョロキョロしていたのだ。
「何でもない」
(あれは、夏美がよく使う。道に迷わないために使うリボンだったはず。と言うことだとしたら、この先にいるのか、う~む。出来れば会いたくない。それに、もしもだが、何の理由も話せずに鉢合わせしたら大変なことになるぞ)
「・・・・」
(夏美は、我らに何かを隠している・・・まあ、馬鹿な考えさえ起こさなければ、ほっとくか)
「二人して怖い顔して、どうしたの?」
 卓が、室内の空気を感じ取り、二人に問い掛けたのだ。だが、二人は何も答えずに、一瞬だけ視線を向けただけで、祖母は腕を組んで目を瞑ってしまった。冬実は、また、窓の外に視線を向けてしまった。卓もぼんやりと窓の外を見るのだった。そして、ガタゴトと揺れながら馬車は進み続けて、何十分、いや、一時間は過ぎただろう。
「亜希子様」
 裕子が、何かを見付けた。そのために、祖母に指示を仰ぐために馬車が止まった。すると、座っていたことに苦痛だったのだろうか、卓が、即座に馬車の外を出たのだ。
「卓!わしに状況を伝えろ」
 木々や雑草に覆われて、何なのか分からないが、巨大な人工物が地面の中に埋没していると思われる。その一部だけが地表に現れていた。
「都市・・・船か・・・まさか、兄の!」
 卓の詳しい様子を聞いて、祖母も慌てて馬車の外に出たのだ。
「・・・・」
(兄が乗っていた物ではない。だが、同型の都市の船、いや、中型の船か・・都市からの非難の時でも使われた物か・・・・)
 祖母は、興味をなくし馬車の中に入ろうとしたのだ。
「どう致しますか?」
「なにがだ?・・・・あっ、卓のことを忘れていた。それで、卓は、都市の中に入りたいのか、どうなのだ?」
「左手の小指の赤い感覚器官がグルグルと回って、この地だと伝えています・・・だから・・」
「そうなのか、やはり、赤い糸が示しているのは都市の中だろう。それしか、考えられない。まあ、共に行くしかないか、裕子は、当然くるだろうし、お前は、どうするのだ?」
 冬実に、問いかけた。
「一人で、馬車に残されても困るが・・・・だが・・・・その・・・」
(まあ、まず、出来れば、一人で周辺に馬車があるか調べたいのだが、でも、なんて・・)
「何を考えている。うぅ~ん。意見など聞くのではなかった。会った時には、もう少しハキハキとした性格だと思ったが、もう面倒だ。わしの命令に従え、だから、一緒に来い!」
「はい」
「それでは、わたしが先頭で行きます。では!」
 裕子が、先頭を歩くことは周囲と、これから向かう都市の中の安全を確認する考えだったのだ。その後を卓、祖母、冬実が嫌々な気持ちを表しながら続いて歩くのは、妹との鉢合わせが嫌だったからだ。
「ああっ、簡単に都市の中に入ることが出来ればよいのだが、まあ、無理だろう。さて・・・」
 都市が見えるが、まだ、距離があることで様子が分からないのだが、それなら、馬車で近くまで進めば良いだろう。そう思われるだろうが、都市の墜落したのが原因か分からないことだが、大きな岩が、ごろごろと転がっていることで、これ以上は馬車では進めなかった。それで、仕方なく、徒歩で行くことにしたのだった。そして、祖母が遠くから都市を見ると、無傷の状態の都市だと、判断した結果で悩んでいたのだった。すると、近づくにしたがい都市が完全な状態ではないことを知るのだ。それも、例えでいうのなら車が錆びやすい個所から錆びるように、あちら、こちらに錆びではないが、大きな角砂糖に穴が開いて崩れたような状態に気付くのだった。
「やはりな、考えれば分かることだった」
 祖母は、都市に入れる安堵よりも、生前に見たこともあるかもしれない物が朽ちる状態を見て悲しそうだった。
「裕子、都市の中に入りやすく安全な箇所を調べろ。その間、わしらは、周囲を探索する」
 裕子に突然とも思える指示には、祖母の視線の先に理由があった。それは、裕子と祖母にしか気付かない物であるのだ。それは、都市の中に無数に設定されていた。その無数にある。一つの映像を記録する小型の機器を見付けたからだった。
「承知しました」
 裕子は、災害対応の自動人形のように微かなことでも見逃さないように探査していたのだが、そんな様子を卓は、まるで、母と別れるのが嫌がる子のように後ろ姿を見続けていた。冬実の方は、祖母の突然の発言に妹の馬車か、本人である妹でも見つかったかと、落ち着かない様子だった。そんな二人のことなど、祖母は、まったく気にせずに宝物でも見つけた子供のように嬉しそうに、ある物が落ちてある場所に近づき・・・・。
「・・・・・」
 その機器を手に取ると、砂の塊のような感じで持ち上げることもできずに、サラサラと崩れるのだった。暫くの間、何が起きたのかと不思議そうに砂になった物を見続けていた。
 そんな時だった。
「亜希子様。良い入り口を見付けました。それよりも、何をしているのですか?」
「いや、何でもないぞ。あっ、卓と夏美は?」
「亜希子様の少し後ろの方で、何か二人で話をしているようですね」
 二人で話と言うよりも、冬実の一方的な問いかけに卓が答えているだけだった。祖母は裕子に言われて振り向いて様子を確かめて見ると・・・・。
「卓!いつまで、お前はいちゃついているのだ。さっさと来い。都市の中に入るぞ!」
「あっの、あっのう」
「言い訳などいい。さっさと来い。夏美、お前もだ!」
 卓は、祖母の下に駆け出したが、祖母は、裕子と話をしながら何も気にせずに歩き出し都市の穴の前に着くのだった。さすがに、二人だけで都市の中に入ることはなく、卓と冬実が来るのを待つのだった。そして・・・。
「裕子の足跡以外は踏むな!それだけは気をつけろ。本当に危険なのだ。突然に床が砂になって消える可能性が高いのだ。だから、咄嗟の判断が出来るように心がけていろ!」
「・・・・・」
 卓は、意味が分からず頷くだけだったが、その仕草が出発の合図だと勝手に判断されてしまい。裕子を先頭にして一メートルごとに、祖母、卓、冬実の順で都市の中に入って行った。それでも、祖母は、後ろの二人が心配なのだろう。時々、振り向いて様子を見るのだが、やはり、卓は、地雷原の中でも歩くような様子だったが、驚くことに、冬実は、何度も経験しているかのような落ち着いた感じで付いて来るのだが、もしかすると、交易だけではなくて、盗掘も何度となく経験している。そう思われる様子だった。
「ひっ!」
「むむ?」
「・・・」
「亜希子様。人の声なのでしょうか?」
 卓、祖母、冬実、裕子と、それぞれが違う想像した結果を感情で表した。
「女性が泣いている声に思える。まあ、わしは、信じないが、幽霊と判断すべきなのか?」
「それは、どうでしょうか、全ての通路などの照明も半分ほど機能していますので、何かの機械の誤作動だと思われます」
「そうだな。だが、たしかに、本当に女性が悲しんでいるように感じられるな」
「それでは、この音源が気になって、この先、集中が出来ずに、何かと、支障が起きそうな予感を感じますね。ですので、まずは、この音源から調査しましょう」
「そうだな」
 都市の中心へ、中心へと進み続けて三十分は過ぎただろうか、やっと、ある部屋だと特定ができた。その部屋だけ扉が開いていた。やはり、不具合のために扉が開けられて中の機械が故障しているのだろう。と判断した時だった。そして、中を覗いて見ると・・。
 女性と思える後ろ姿を見た。おそらく、泣いているのだろう。その姿を見て、祖母は・・・。
「何をしている?」
 女性は聞こえない程に夢中に、何かの部品を取ろうとしていたが、触ると直ぐに砂のように形が崩れては、また、掴もうと、何度も何度も繰り返すのだった。
「もう、やめろ。やっても無駄だ!」
「えっ」
 何度目の言葉だろうか、やっと、女性は振り向いた。
「物質の時間を止める機能が不安定なのだろう。それが、どうしても欲しいのか?・・もし必要だと言うのなら白紙部隊の者なら何とかなるかもしれない。その者たちに頼んでやってもよいぞ。だが、財宝などと勘違いしているのなら何の価値もない意味はないのだぞ」
「違うわ。お金のためではないわ。長老が、神様の言葉を聞いて・・・・」
「ああっ、人工頭脳の言葉か、それなら、正確な部品の品名などは憶えているか?」
「そんなに、なぜ、詳しいのです。それなら、この都市を復活は出来ないのですか?」
「それとは意味が違う。都市は無理だが、部品なら可能かもしてない。それでも、何の装置を起動したいのかしらんが、確実に起動するか、それは、分からんぞ」
 この室内は、完全に電灯の電力は切断されていたことで、女性の周りに自身で用意した数本の蝋燭が灯されているだけだった。そのために、女性と分かる程度で容姿や衣服も武器の携帯も分からなかったために誰も室内に入ることはしなかった。すると、祖母の話しで室内にある部品は諦めたのだろう。ゆっくりと立ち上がって祖母の方に近寄って来たのだ。
「あっ!」
「どうした?待て、まだ、行くな!」
「冬実!やっと会えた。本当に探していたのよ」
「えっ、誰?」
 冬実は、女性の声色だけで何かを感じて驚きの声を上げたのだ。即座に、女性に向かって叫びながら駆け出して女性に抱き付いた。と同時に、女性の耳元で囁くのだった。
(安心しろ。冬実だ。だから、何も言うな。お前もあの者たちに不審を感じたはず。後で詳しく話すが、まずは、わしは、夏美で、お前が、冬実だ。分かったな!)
「はい。はい」
 夏美は、意味が分からないが、姉の指示に従った。
「お前らは、知り合いだったのか?」
「はい。私が探していた。実の姉です」
「ほう、お前の姉にしては大人しいな・・・・もしかして・・・だが、一人で都市の中を探索する勇気があるのだから似た姉妹と言うことか・・・・まあ、この部屋は危険だ。だから、早く出て来い」
「・・・・」
「えっ、お前らは双子だったのか?」
 二人は、出入口に向かった。室内は暗かったが、祖母の前に現れると、すると、背丈、髪形に輪郭も同じで、見分けるには服装の色だけでしか判断が出来なかった。
「はい」
 姉妹は、頷くが、内心の気持ちは別々にあった。そのために、暫くの間は、入れ替わりをする気持ちなのだった。
「痛い!」
 卓と、夏美が左手を押さえるのと、同時に、冬実には痛みを感じていないが、運命の出会いの結果だと、即座に感じたのだ。そして、誤魔化すために慌てて行動を起こした。
「なっななな、何をするのです」
 冬実は、卓の手を掴み。そして、自分の胸に卓の手を当てた。
「何をとは、なんだ。双子の姉妹で選ぶ方法の一つの提案をしただけだぞ。わしか姉の胸の触り心地でも決めたら良いだろう。そう思っただけだ。どうだ。気持ちが良いだろう」
「そっ、そそそ、そんなことでは決めません」
「・・・・・・」
「それなら、そろそろ、夏美の胸から手を離したら、どうなのです?」
 夏美は、自分の両手で胸を隠しただけでなく、卓に向かって冷たい視線を向けた。
「うっあ!」
「卓。良かったではないか、二人は見た目が同じなのだ。それも、見るだけでなく触って良い。そう言うのだぞ、好きなだけ触って子供が沢山、生める方を選べば良いのだ」
「なっななな!触らせるはずがないでしょう。いつまで胸を見ているのよ」
「あっははは!」
「わっははは」
 祖母と冬実が、卓と夏美の純粋に馬鹿笑いをしたのだ。
「すまない。本当に、すまない。冬実殿。その謝罪として、先ほどの部品が必要なのだろう。その船か都市をわしに見せてくれないか、もしかしたら直せるかもしれないのだ」
「それは・・・・」
「裕子。済まないが、わしが言っていることの証明を見せてくれないか」
「御主人様。少しの間だけ、後ろを向いていて下さい」
「うん」
 卓は、慌てて後ろを振り向くと、裕子は、自分の右手で左手を掴み。簡単に左手の手首を外した。そして、夏美に手首を渡すだけでなく、関節部分を見せるのだった。現代の者なら仕組みが分かる。電気機器の塊で、当然だが、夏美にも分かることだった。
「嘘でないのは分かりました」
 夏美は、祖母にたいして頷くと同時に、裕子に手首を返した。裕子は、直ぐに手首を元の状態に戻した。
「御主人様。もういいですよ」
 卓は、振り戻ったが、先ほどよりも、益々、夏美が悩む姿を見るのだった。
「う~ん」
「まだ、信頼が出来ぬと言うのだな。まあ、良い。それなら、わしらの旅に同行するか?」
「旅?」
「そうだ。お前らなら旅の理由を言っても理解が出来るだろう。この卓の運命の相手を探す。左手の小指の赤い感覚器官の修正の旅だ。お前ら姉妹の片方らしい。いや、二人が同じ反応するのなら二人が相手なのかもしれないな!卓、良かったな。あっははは!」
 祖母は、後は、何も問題はない。全ての要件が終わったと、思っているのだろう。一人で歩き出した。勿論、都市から出るためのはずだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
 卓と姉妹の内心の気持ちは分からないが俯いてしまった。
「裕子。出口まで案内を頼む」
「はい。亜希子様。さあ、御主人様も行きますよ」
 裕子は、卓の背中を叩くと、先頭まで駆け出した。
「卓。少しは女性の気持ちを考えろ。運命の相手だと、今、知ったのだぞ。二人の気持ちが落ち着くまで二人にさせてやれ」
「はい」
「それと、まだ、都市の中を探すなら、それでも構わないが、わしらは都市の外で待っている。二人の答えが決まったら教えてくれ」
「・・・・・」
 姉妹は、即答せず。無言で、祖母の後ろ姿を見続けるだけだった。そして、この場に姉妹を残して、裕子、祖母、卓は、都市の外に出るために歩き出した。

 第十六章
 都市の外にいる者たちは、そろそろ、姉妹と別れてから一時間が過ぎようとしているのに何も心配などしていないようなのだ。いや、まるで、姉妹のことなど記憶の底にも残っていないようだった。
「遅れてすまない。旅の同行をしたい。今からでも宜しいだろうか?」
 姉妹は、都市の外に出てきた。
「ん・・・・あっ、構わんぞ。だが・・・まあ・・・良いとする」
 祖母は、卓と裕子に視線を向けた。二人が頷くと、祖母が二人の提案を許したのだ。
「それと、質問したいことがある」
 先程から夏美だけが話をしているのは、長女とされた理由もだが本当の長女である。冬実は機械音痴だと言う理由もあり。適当なことで誤魔化されないためでもあった。
「何だ?」
「妹の妊娠治療は、本当に可能なのだろうか?」
「それは、心配するな。たしかに、治療の機械はある。だが、百パーセントではない。それでも、可なりの高い可能性で治療は成功するはずだ」
「それを聞いて安心した」
「それよりも、わしが知る場所の治療の機械を使うよりも、お前が直したい都市なのか船なのか分からんが、それの方が良いのではないか?」
「うっ・・・・・まあ・・・・そうだな・・・反応している・・・指示なのか・・・」
「何だと?」
「いや、何でもない・・・いや、その知る場所という方向は、どの方向だろうか?」
「そうだな。西の砦は分かるだろう。その近辺だ」
「その方向なのか、では、違うな。まあ、わしが修理したい都市に案内しよう。そろそろ、私的にも、その都市に戻らなければならないようなのだ」
 夏美は、腕時計を見るようにして、自分の左手の小指の赤い感覚器官の指示を示す方向をみたのだ。そして、自分が帰る場所である。その都市の方向を示したのだった。
「それが、良いだろう。それで、卓は、まだ、西の方向なのか?」
「違います。北を示しています」
「えっ、北だと!」
「同じなのか?」
「そうだ。まあ、驚いてすまない。同じなら助かる。それで、驚いただけだ」
「では、行くか、まずは、直人と合流だな」
「他の仲間と合流するのだな。それは、構わんぞ」
「それよりも、お前の馬車は、どこに置いてあるのだ?」
「いや、馬が一頭いるだけだ。それでは、連れてくる。少し待っていてくれ」
「構わんぞ」
 姉妹は、馬を連れてくるために、この場から駆け出して愛馬を連れに向かった。
「北の方向に変わったということは、卓の修正も終わったのだな。何かしたのか?」
「何もしていません。たぶん、姉妹に会うことが修正だったと思います」
「もしかして、姉妹といると辛いのか?」
「えっ、なんで、ですか?」
「愛とは楽しいことだけではない。いろいろとあるのでな。まあ、分かりやすく言うのなら愛してもない者と愛の欠片もない結婚をする。そう言うことなのだが・・・・」
「あああっ違いますよ。そんな気持ちではないのです。あのような女性と結婚ができるのなら、どんな過酷な修正でもできます。ただ、修正とは関係がない。なんか、不安を感じるというか、嫌なことでも起きそうというか、その・・・もやもやと・・・・」
「もしかして、姉妹の一人を選ぶのが大変だとか、では、ないのか?」
「それはないです。私の運命の相手は、夏美さんだけです。何も問題はありません」
「そのことだが、卓よ。あのな・・・あの姉妹は・・・・」
「只今戻りました」
 姉妹が戻って来たことで、祖母は、卓に伝える話を中断した。またの機会でも良い。そう感じたようだった。まあ、結局は三人の問題だと思うことと、この先の複雑な絡みが楽しみだと思う気持ちがあったのだろう。
「おおっ素晴らしい馬だな」
「頭の良い馬なのだ。それに、何があっても怯まず。何度も自分を助けてくれた」
「自分とは言い辛いらしいな。わしと言ってもいいぞ」
「自分で結構だ。それよりも、早く出発しよう。直人と言う者が待っているのだろう」
「そうだな。それより、早く馬車に乗れ」
「いや、この馬で結構だ。では!」
 夏美は、馬車より先に走り出したが、それでも、先に一人で直人が待つ入口に向かうのではなく、馬車の速度に合わせて先頭にいるだけだった。
「お前の馬は、馬車の速度では遅すぎて辛そうだ。先に行ってもかまわんぞ」
「何も問題はない」
「そうか」
「・・・・・」
 祖母は、余程、夏美の馬が気に入ったのだろう。馬車の窓を開けて馬の様子を見ていたが、夏美の言葉で憤慨したのだろうか、やや、強めに馬車の窓を閉めたのだ。その様子を見て、夏美は、無言で暫くの間だが、馬車の窓から視線を逸らさなかった。もしかするとなのだが、直人の待ち合わせ場所を問いたかったのかもしれなかった。それでも、入口から、この場所までは一本道だと知っていることであり。待ち人は、出入り口で待っているのだろうと、そう思って馬に指示を与えて進み続けた。
「夏美・・・・ん?」
 直人は、道の入り口を隠すように馬車で塞いでいたのは、祖母たちのために出来る限り無関係な者たちを入れたくなかったのだ。それでも、時々、街道を行き来する者が現れるが、威圧的な視線を向けるのではなく、旅の途中で休憩をしている。そんな風に装っていた時だった。塞いでいた山道から待っていた馬車が現れたのだが、馬車の先頭に、馬に乗る者を見て声をかけようとしたのだが・・・直人が知る夏美より、威圧的な視線を向けるだけでなく、初めて見るような不審そうな視線を向けられたからだった。
「直人か?」
「はい・・・・そうです」
馬車が止まったのだが、暫く待っていても直人の声が聞こえず。もし何かあったのなら裕子の声が聞こえるはずなのだが、誰の話し声も聞こえずに時間だけが過ぎるのだ。仕方がなく、祖母は、馬車の窓を開けて顔を出すのだった。すると、直人の警戒している様子を見るのだ。
「ああっ、直人よ。やはり、お前には分かったのだな。こいつは、夏美の姉の冬実だ!」
「そうでしたか、驚かせてすみませんでした。それでは、直ぐに馬車を移動いたします」
「ああっ、こちらも、挨拶をするべきだった。すまなかった。だが、慌てる必要はないぞ!」
 今まで通りの直人に戻っていた。それでも、馬車の操舵に真剣だったためなのか、夏美にたいしての返事を返すこともなく、ただ、頷くだけだったのだ。
「直人よ。わしらのために何か用意しているようだが、何も食さずに直ぐにでも出発したいのだ。だから、直ぐに連結の方も頼むぞ。白髪の国の砦には早く着きたいのだ。あそこは、早く門が閉じるらしい。砦の門が閉じると、城門の前で一泊することになる。それは困るからな!」
「承知しました」
 先程の夏美にたいしての対応は、やはり、馬車の操舵に真剣だったからだろう。直ぐに移動し終わると、御者台から降りて調理でもしようとしたのだが、祖母に止められた。そして、調理道具を片づけ終えてから馬車と馬車の連結も終わらせた。その間は誰も馬からも馬車からも降りることなく待っていたのだが、祖母の指示から十分間も過ぎてはいなかったのだ。
「お待たせ致しました。それでは、出発します」
 直人は、馬車を走らせた。その直ぐ横には一人で馬に乗る夏美がいたが、行き先は知らないはずだ。おそらく、馬車から離れずに付いて行く気持ちなのだろう。勿論、当初の予定の通り。行き先は、白髪の国の国境を守る砦に向かった。それでも、敵国である隣国に入るために緊張している表情を浮かべている感じだが、時々、夏美に視線を向けていた。
(本当に、瓜二つの双子だな。いや、微妙に、姉の方が胸と尻の大きいか・・・もしかすると、衣服の違いで、そう感じるだけなのか・・・)
 可なり、夏美にたいして失礼な事を内心で考えていた。などと、考えていたから気付かなかったのか、いや、それ程まで驚くことでもなかったのだろう。だから、街道を進むにつれて頭髪が真っ白い者が増えてきても、何も不思議に思わなかった。だが、老人ではない。国名の通りに歳に関係なく皆の頭髪が白いのだ。そして、祖母の指示よりも、そろそろ、砦が視界に入る所まで近づき、夕方になりそうな頃には砦に着きそうだった。
「そろそろ、砦に着きます」
「ああっ、分かった」
 直人は、地形などで分かったのではなく、多くの馬車が待機の状態で列を作っているため検問だと思ったのだ。それでも、一時間が過ぎても砦の中に入ることが出来なかったのだ。すると、前方の方から多くの兵士が現れて一台一台の馬車を検分しては何か説明しているようだった。まるで、現代の道路を封鎖して一台一台の車を検問している感じなのだが、おそらく、決まった時間で砦の門が閉まるために、通常の検分では無理だと感じて砦から多くの兵士が出て対応していたのだ。そして、やっと、直人の順番が回ってきた。
「我らの権限で白髪の国の入国は許す事はできません。ですが、特例として認められる場合もありますが、すでに、閉門の時間のため手続きは明日になります」
「何があったのですか?」
「知らないのか?」
「はい」
「黒髪の国は、今までの国教を廃止して多宗教になったのだ。それで、天罰が下ると、皆は恐れて・・・なんだ!」
 上官が直人と話をしている途中で、数人の部下が、馬車の家紋を見て上官に耳打ちしたのだ。驚くのは当然だった。今まで話題として話をしていた。神と同義である本人の馬車だからだ。
「直ぐにでも立ち去り下さい。この場の騒ぎは困りますので、そちらも、騒ぎになるのは困るでしょう」
「ですが、自分達は、北東の方向に行かなければならないのです!」
「北東・・・だと・・・金髪の国か、いや、赤髪の国か、まあ、どっちにしても白髪の国を通ることはできない。それでも、行くと言うのなら、山道の旧国道を通ると良いだろう」
「えっ、そんな道があるのですか?」
「ああっ軍の機密だが、たしかにある。自分も、馬車の家紋の信者だから教えるのだが、勿論と聞くのも変だが、この馬車に乗っているのだろう」
 直人は頷いた。
「やはり、そうだと思っていました。ですので、一般の者には家紋など似たように見えて誰のかなど分かっていない。だから、今のうちに移動して下さい。途中まで部下を共に付かせます。そして、今では使われない。軍の保養地があるので休まれるとよいだろう」
 直人と話をしている。と同時に、部下に指示を伝えていた。それは、馬車を反転させることと、この馬車の供の任命も伝えていた。この上官は、地声が大きい。いや、故意にだと思える。馬車の中にまで話の内容が届いていたために誰も出て来なかった。
「感謝する」
 直人は、それでも、礼を返すが、無言で案内人の背中を見るだけだったのは、案内人であれ、警護と言う名目であり。結局は監視だと明白でもあり。不愉快だったのだろう。それよりも、夏美は、何を考えているのか落ち着かなく不安を表していた。だが、外にいる二人だけでなく、馬車の中でも不安な気持ちで、誰も話し出す者はいないまま、そろそろ、一時間が過ぎようとしていたのだ。
「この道を真っ直ぐに行けば保養地がある。案内は、ここまででいいな。では!」
 直人の返事を聞かずに思いを伝えるだけで、今まで来た道を帰って行った。すると、馬車は直ぐに止めて、直人が、馬車の扉を叩いた。すると、裕子は外に出て様子を窺った。
「初代様!」
「何が言いたいか分かっている。それよりも、裕子!」
「はい」
「今直ぐに、黒髪の国に戻って様子を見てくれ。それと、白紙部隊のお頭を一人連れてきてくれ。その人選は白紙部隊の者に任せる」
「はっ、承知しました。ですが、保養地の安全が心配ですので確認後でも宜しいでしょうか?」
「むむっ・・・そうだな。そうしろ」
 祖母は話が終わると、馬車の扉を閉めた。その後、裕子だけが、馬車の外に残り。冬実だけが、意味が分からずに首を傾げていたが、それは、今直ぐ黒髪の国まで自力で走って向かう。そう言う意味だったのだ。だが、祖母は、扉越しから・・・。
「裕子。待つのだ。お前も乗れ」
 祖母は、裕子に分かるように一瞬だけだが冬実に視線を向けた。それは、全ての神のような機械の性能や機械人形だとの正体をまだ明かすな。との意味だった。それは、裕子にも伝わり。大人しく馬車の中に入るのだった。そして、馬車の扉が閉まる音が聞こえると、直人は、馬車を走らせた。

 第十七章
 直人が操舵する馬車は、いや、街道はと言うべきか、周囲は本当に何もない広大な荒地だった。もしかすると、開拓する予定だった所を何かの理由で放棄でもしたかのようだった。その放棄の理由は分からないが、街道だけは一般の街道と同じとは思えないくらい整備されていたことで、夜の街道を走るのには月明かりだけでも何の問題もなく走れたのだ。それが、一キロくらい過ぎると、馬車は突然に止まったのだ。
「どうした?」
「目的の場所だと思える所から人工の灯りが・・・」
 馬車が止まったことで、馬車内からでも聞こえる程度の声で、祖母は、直人に問い掛けた。すると、小窓を開けて外の様子を見られるようにしたのだ。
「本当に人工の灯りらしい。誰かが使用でもしているのか・・・・・」
「どう致しましょうか?」
 祖母は、裕子に視線を向けて、人工聴覚に聞こえるかと視線で問い掛けたが、首を横に振るだけだった。おそらく、距離的に遠くて聞こえないか、人が居ないためか、その判断ができないと知らせたのだ。
「この場で悩んでも意味がない。如何なる対応ができるように注意して進ませろ」
 直人は、小窓を閉めようとしたが、祖母の手で遮られ。そのままにすることが、自分に対しての指示だと思ったのだろう。馬車は、小窓を開けたまま馬車はゆっくりと走り出した。何キロ、いや、十五分は走っただろうか、すると、街道の脇に一人の者が立っていた。
「ひっ!」
 直人が驚くのは当然だった。一人の白装束の老婆が立っていたからだ。
「直人ではないか、何をしている?」
「心臓が止まるかと思ったぞ!そっちこそ、何をしているのだ?」
「星を見ながらの警護だ」
「それでは、あの保養地に誰かいるのか?」
 突然に止まったことで、少々怒りを表しながら祖母が扉を開けて出てきた。
「はい。気落ちしていますので、一言でも声を掛けて下さい」
「まさか、白紙部隊の全員で来たのではないだろうな?」
「全員できました」
「あの馬鹿が、何のために白紙部隊の全軍を預けたというのだ。何を考えている!」
「優しく慰めて下さい」
「直人。行くぞ!」
 祖母は、怒り狂いながら馬車の中に入り、直人は、怒りの意味が理解していることで御者に座ると、直ぐに馬車は出発させた。それでも、五分も走ると、保養所に着くのだった。
「雷!雷!何をして逃げてきた!」
 馬車が着くと同時だった。祖母は自分で馬車の扉を開けて飛び出してきた。
 祖母は、雷を探すが、庭、建物の周りに視線を向けると、点々と白紙部隊の者が警護のつもりなのか、一人一人が思いつめているようだった。何があったかと問い掛けようとしたが諦めて、まずは、建物の中に入って探すことを考えた。
「酒でも飲んでいるのかと思ったが違っていたな。それは、褒めよう。本当に何か遭ったのだな。それで、何があったのだ?・・・・教えてくれないか?」
「卓のことと、祖母王様が神とする宗教を廃止する。それを宣言したら、皆は狂ったかのように泣き叫んだのです。そして、泣き止むと、本当に狂ってしまった。一族が家族単位に住居に隠れてしまい。それを心配した者たちが集まって幾つの派閥を作り行動を起こしたのです。それだけでは収まらずに、民も軍も神官も同じように共闘したことで被害が拡大して都市の中は無茶苦茶になったのです。誰が味方なのか敵なのか分からず。仕方がなく白紙部隊に助けを求めたら、一番の力がある勢力とでも思ったのか、皆が白紙部隊に襲い掛かってきたので・・・・都市を捨てて逃げてきました」
「それなら、今直ぐにでも、わしが都市に戻れば収拾するだろう」
「いや、無駄でしょう。今は良くても、数年後に白紙部隊が消えて、卓も、祖母王様も居なくなれば、今回と同じになることが証明された。だから、無駄です。それでも、王印でも置いてくれば、命を狙われることはなかった。だが、執務室で殺されかけたことで頭にきて持ってきてしまったことで、この先、何度も襲撃してきては王印を奪いに来るでしょう。それに、国境を越えらない。ということは、他の国でも同様なことが起きている証拠だと思います。だから、無駄だと思います」
「それなら、裕子。お前が王印を適当な場所に置いてこい」
「その指示は待って欲しい。わしも共に行く。左手の小指の赤い感覚器官から指示がきたのだ。だが、わしだけでなく、勿論、王様も行くのだろう。王制の廃止を宣言するために戻るはず。違うのか?」
「何を言っている。そんなことをしたら、こいつは、二度と都市に戻れんぞ」
「いいですよ。あの都市の状態を収拾などできるはずがない。それなら、儚い夢と思っていた。祖母王様と旅ができるのなら宣言をしてきて、直ぐにでも旅にいきましょう。だから、待っていて下さい。直ぐに帰ってきます」
「分かった。分かった。それよりも、裕子。二人の警護を頼むぞ!」
「承知しました」
 二人と機械人形は、直ぐに行動を起こした。いや、既に、理想的な執事の直人が、三頭の馬を馬車から外して待機していたのだ。そして、馬を手渡されると、感謝の言葉を直人に一言だけ言うと、黒髪の国に向かったのである。
 一行は、無謀な行動だと思われるが、雷には、考えがあった。都市から逃げる時に助けてくれた者である。その市長に計画を伝えれば、何も問題なく無事に解決すると思っていたのだ。驚くことに、二時間で都市に着くことができた。馬だけの移動だと理由もあるのだが、保養所が作られたことが一番の理由であった。雷の父であり。黒髪の国の先代の王は、白髪の国と共同で軍を組織して、隣国の金髪の国に攻めるために、最短の時間で軍の移動ができるようにと、この街道を整備と拡張の工事をしたのだ。だが、黒髪の国の先代が突然に崩御されたために、共同の軍事作戦を隠すため、白髪の国の王が保養所を建てて街道を隠したのだ。
「緊急の用件がある。扉を開けてくれ」
 裕子は、市長の自宅の玄関の扉を叩いた。夏美と雷は、近くの建物の陰に隠れていた。夜の十時だったが、全ての部屋には灯りが灯されていたことで起きていると、判断して扉を叩いた。
「どうされた?」
 使用人が出ると思っていたが、この家の主である本人が出て来たのだ。裕子は、直ぐに話を掛けるのではなく、右手である建物の方を指さしたのだ。直ぐに、誰かと分かると、玄関の扉を大きく開けて、二人を招きよせた。雷は、市長に会うと王印を見せたのだ。頷くと、都市から逃げたはずなのに戻ってきた。その理由が分かったのだろう。三人を一つの部屋に案内したすると、「明日の朝まで気持ちを落ち着かせて下さい。その時に詳しい話を聞きます」と伝えると、部屋から出て行った。一時間くらい過ぎただろうか、それでも、戻っては来なかった。
「わたしには睡眠は必要ありませんので、二人は、お休み下さい」
 裕子には、雷と夏美の心底から疲れているのが分かったこともだが、市長が戻ってこないために言ったのだが、「仕方がない。少し体を休むか」と、雷が強気な態度を言うが、二人は横になると直ぐに寝てしまうのだ。
「トントン」
「どうぞ」
 裕子の人工聴覚に扉の音を叩く音を聞いた。詳しい時間まで分からないが、おそらくだが、日の出から、それほど時間は過ぎていないだろう。
「あっ、すみません」
「起きていた。気にするな。それよりも、話があるのだが・・・」
「それは、朝食を食べながらでも話を聞きますので、どうぞ、別室に、どうぞ」
 市長が一人で現れた。そして、隣の室に案内された。その中には、三つの御膳が置かれてあり。先に市長が適当な所に座ると、三人に御膳を勧めたのだ。三人は食べることなく気持ちを落ち着かせている感じだった。そして、雷は、王印を見せながら・・・・。
「王制の廃止を皆に伝えたい。その演説の場所を用意して欲しい」
と、伝えるのだった。だが、市長は、一瞬だけ考えたが、都市の秩序が崩壊しているのは肌で感じていることで、直ぐに頷くと、一瞬だけ思案した。
「直ぐに代表者を集めます。そして、雷様には、なるべく早くに都市から避難した方がよいでしょう。今の街の様子では、命に係わる心配があります」
そう言い終わると、雷の頷くを確認後に、部屋から出て行った。
「準備が整え終わりました」
 市長は、十分も待つことなく直ぐに戻ってきた。そして、外に出てみると、市長の家の前の道路で複数の席と、演説台が置かれてあり。周囲には早朝だというのに多くの人々が集まっていた。それでも、軍、神官、城の関係者は、誰一人としていなかった。それでも、椅子に座る者たちは、この先、市長が必要とする人物だと思えた。
「黒髪の国は王制を廃止する。王印を市長に譲渡することで、この時から開始される」
 人々は、歓声なのか、悲鳴なのか、様々な叫び声が響くのだが、それは、あまりの喜びからくる。理性を無くした興奮のように思えた。想定外の人々の興奮で、雷は、まだ、何か伝えたかったと思える様子だったが、隣に立つ市長が、雷の命の危険があると判断したからだ。数人の部下に指示を伝えた。それは、演説台から降ろして安全な場所まで警護しながら案内をするようにとの指示だった。その様子を見て、裕子と夏美も付いて行くが、どこまで連れて行くのかと、心配していると、人々を掻き分けて進む時間だけが過ぎるだけで、それほど離れた場所でもなく、安全だと思う所でもない。人がまばらになった所で放置して戻って行ったのだ。直ぐに、裕子と夏美は、怒りを感じたが、雷が心配だったので近寄ろうとした。すると、夏美は、突然に足を止めて、その場にしゃがみ左手を押さえてしまった。よほど痛かったのか涙を流していた。だが、痛みではなく・・・・。
(雷は、宣言の後、街中を歩いている時に、市民の普通の母親に胸を刺されて死ぬ。その最後の言葉を聞くのだ)それは、赤い糸と言われる。左手の小指の赤い感覚器官の指示だった。
「待って、立ち止まって!」
 夏美は、助けようと思案するが、時間も場所も分からない。だが、まだ、赤い糸の指示は終わっていない。今度は、目の前に陽炎のような映像とも、走馬灯のような映像とも思える。雷が刺される場面を見えるのだ。それは、雷が歩くごとに、現実の景色と陽炎のような映像と重なり始めたのだ。
「お願い。逃げて・・・お願いです・・・雷を殺さないで・・・」
 夏美は、運命の時の流の修正の障害になるために、身体が動かなかった。それなら、裕子は、と思われるだろうが、後、数メートルで雷の腕を掴める距離だった。
「王様が、もっと確りしてくれたら娘が騒ぎに巻き込まれずに死ぬこともなかったのです」
 女性は、ぶつぶつと呟きながら雷を探しているようだった。
「えっ」
 女性の声が聞こえるが、その場所が分からない。雷は、歩きながらキョロキョロと周囲を見回す。だが、分からないが、何気なく右を振り向くと、建物と建物の間の細い道を見た。数メートル先から女性が歩いて来るのを見えた。一瞬、目が合ったと思ったら女性が叫び出した。それも、右手でブラブラさせながら刃物を持っていたのを両手で握りしめたと思ったら駆け出したのだ。
「王様が、王様が、こんな街中で、娘は、家族のために新聞を配っていただけなのに、それなのに、それなのに、王様のせいです」
 女性は、駆け出した勢いのまま雷の胸に刃物を刺した。そして、顔を上げて雷の顔を見たと思ったらニヤリと笑った。満足したのか、刃物から両手離した。すると、笑いながら駆け出して、人波の中に消えたのだ。裕子は、後ろを振り向いた。夏美が近寄る姿をみたことで、雷を任せる気持ちだったのだろう。雷を刃物で指した女性を追った。
「誰か医者をお願い」
 夏美は、雷に駈け寄るが何も出来ずに泣きながら周囲の人々に助けを求め続けるだけだった。すると、微かな声が聞こえて・・・耳を傾ける。
「二人とも逃げて・・自分は、もう無理です。だから・・祖母王様に・・・共に旅がしたかったと・・・・それと、本当に、今でも好きで結婚したかった・・と・・つたえ・・て」
「分かったわ。だから、もう話さないで」
 夏美は、涙で何も見えないのだろう。同じ言葉を繰り返すだけ、すると、夏美の後ろに裕子が、一人で立っていた。女性を探せなかったに違いない。それでも、何かの覚悟を決めたような表情を浮かべながら夏美の肩を叩いたのだ。
「もう死んだわ。だから、この場に置いて逃げましょう。もう逃げるのよ。この場の人々は正気ではないわ。それは、分かるでしょう。あなたも本当に正気に戻って周囲の声を聞きなさい。皆は、何て言っているのか、周囲の騒ぎが聞こえるでしょう」
「え」
「まだ、王は、見付からないのか、何とかしても探すのだ。遺体でも構わない。直ぐにでも探すのだ。いや、王は、我らを見捨てたのだ。だから、殺せ。遺体の方が都合いい。その方が、余計なことを話さずにすむ」
「あれは、近衛隊よね」
 街角で、偶然に部下と上官が出会ったことで、部下にはっぱを掛けたのだ。
「そうよ。皆は、もう正気ではないの。だから、逃げるのよ」
 何度言っても雷の遺体が気になって動けないのだった。仕方なく、裕子は、少々強引に馬を隠していた場所に連れて行くのだった。それでも、ぐちぐちと言っていたが、左手の小指に痛みを感じて、しぶしぶと 次の指示に従うために保養所に帰るのだった。

 第十八章
 保養所の裏側であり。街道の入口であり出口でもある。その入口に白紙部隊の一人の老人が見張りという名目で酒を飲んでいた。そんな時だった。適当に見張りをしていた街道から二人の騎乗が保養所に向かって来るのが見えたのだ。直ぐに、祖母に伝えようと向かったことは向かったが、酔っていることで、馬が保養所に着いて、その者達が自分の足で祖母に知らせた方が早い。それでも、老人は、急いでいるのだった。
「ほう、帰って来たか、意外と速かったな」
 老人は、祖母に知らせた。だが、普通なら知らせに来ても変ではない頃なのだが、五分が過ぎ、十分が過ぎて、三十分も待たされると、老人に、酒を飲んでいて夢でも見ていたのかと、怒鳴り散らすのだった。その怒りを収めるために室内の中にいる中で比較的に酔っていない一人の者が立ち上がり様子を見に向かった。そして、老人でも五分もあれば戻れるはずなのだが・・・・・また、三十分が過ぎようとしたのだ。さすがの、祖母も・・・。
「遅い。わしが行って本当に帰って来たのか確かめてくる」
 誰一人として止める者はいなかった。その怒りの感情のまま真っ先に向かったのは、厩に向かったのだ。白紙部隊の老人の話が本当なら馬が繋がれているはずだからだ。
「やはり、帰っていたのか・・・わしの前に、こられないのは、雷がいないからだな。それで、何があったのだ?」
 祖母は、雷がいないことで怒りが消えて、代わりに悲しみが込み上げてきた。
「今から、何があったか伝えますが、この場で、宜しいのでしょうか?」
 祖母は頷いた。その様子を見て、裕子が話し出したのだ。その話し方には人と違い。まるで感情がなく、事細かく、人としては言い辛い内容など無視して的確に全てを伝えた。
「神とは、わしのことだぞ。わしも同じ血が流れる者・・・そんな神が人の心に、それ程までの重要な一部になってしまったのか・・・わしが長く生き過ぎたために・・・わしが全て悪いのだな・・・・」
そして、夏美は、最後の重大な付け足しとして、雷が言ったことを何一つとして漏らさずに、最後の言葉を伝えたのだ。
「馬鹿な奴だ。後ろ盾になってくれる者の女子を娶れば良かったものを・・・馬鹿な奴が・・・わしなど・・・忘れれば良かったことなのに・・・本当に馬鹿な奴だ・・・馬鹿野郎!」
 祖母は、心底からの悲しみと涙を堪えるために叫び声を上げた。
「それで、この後、どのように・・・?」
「自分たちの事を自分の命以上に大切に思っていた者を殺したと言うのに、わしに、何をしろと、わしが何かする必要があるのか、そんな者達など、勝手に自滅しろ。それしか言えんぞ。いや、何一つとして言いたくないぞ」
「ですが、このままでは、全ての都市に神が消えたと、皆に伝われば正気を失い。何が起きるか想像もできませんが、おそらく、この世に、地獄が誕生するでしょう」
「だが、わしは、怒りから適当に言っているのではない。それは、裕子には分かるな」
(わしも白紙部隊も、都市の騒動を収めるには命の灯が足りんのだ)
「はい」
「冬実にも夏美にも済まないが、わしらの全てを知らせることが出来んのだ。許してくれ」
「それは、構わない・・・・でも、時の流の意志は、あの男が死ぬ必要があったのか・・・」
「それは、良い男だったからだ。他の国の王たちは馬鹿しかいない。あの男なら四か国を束ねられた・・・これで東北の未来は消えたと同じ、西の砦の意味も・・・それでも、卓とお前ら姉妹の運命の一つは終了した。そうだ・・・修正は終わったのだ・・お前たちの時の流に、あの男は必要なかった。そう言う意味なのだろう」
「そ・・んな・・・」
「もういい・・・・もう全てを忘れた。あの馬鹿・・・だが・・・憶えていることはある。それはだな・・次は、お前ら姉妹の約束を果たそう。たしか、不妊治療と都市の修復だったな。もしもだが、わしが知る都市なら修復が完了すれば、その都市で不妊治療は可能のはずだ。だから、まずは、その都市に案内して欲しいのだ。それは、無理か?」
「いや、何も問題はない。今直ぐにでも案内ができる。まあ、正直に言うと、都市の中に村人が閉じ込められている者がいるのだ。その為に、直ぐにでも救出したいのだ」
「それなら、直ぐにでも向かうぞ。だが、その前に、卓の赤い糸の運命の時の流の修正を聞かなければならない」
「ああっ、それなら何も問題がない。あの男の好きなように修正してかまわんぞ」
「まあ、そうだろう。運命の相手は、姉妹のどちらかだろうからな?・・・違うのか?」
「さあ、それは、知らんが、自分にも理想の男性像があるぞ」
「理想とは程遠いか・・・まあ、それは良いとして、保養所で寛げ。そして、明日になれば直ぐに出発するぞ。それで、良いな」
「はい。だが、白紙部隊の者たちに謝罪しなければ・・・思いを託されたのだ・・・それを・・許されないとおもうが・・・・雷を守れなかった。あの男は本当に良い男だった。あの男なら運命の相手だと、喜んで承諾した・・・だろう・・・いや、私から告白しても良かった・・・」
「あの者たちに、わしに言った通りに、雷の最後の言葉を伝えるのだ。おそらく、許してくれるだろう。それに、白紙部隊は、卓の警護のために存在するのだ。まあ、だから、あまり悩むな。それより、白紙部隊が、卓の専門の護衛と聞いて、少しは、心が揺らいだか?」
「そんなことはない。ますます、軟弱な者だと思い直した。それよりも、白紙部隊の者たちに、一人一人丁寧に謝罪してくる」
 真っ先に、一人で保養所の外で警護している者から伝えようと、と言うよりも、先ほどの直人との会話を聞いた時に、優しさを感じたので、他の白紙部隊に何て伝えて良いのかと、その相談も兼ねてのことだった。
「それよりも、裕子。お前も大丈夫なのか?」
「なんでしょう?」
「お前の駆動するための充電のことだ」
「それでしたら、前回の都市で全てが新品と同じ状態ですし、補助の機能の在庫がありましたので使わせて頂いております。それが、常に、上空で太陽エネルギーを補充して待機しておりますので、いつでも、充電は可能です」
「それなら、よかった。だが、この先、騒動に巻き込まれる可能性が高い。何も気遣いなく充電をするのだぞ」
「はい」
「後の心配は、卓だけだな。もしかすると、赤い糸の修正などはあるのだろうが、まあ、どちらの姉妹を間違えなく選ぶ。それが、一番の重要なのかもしれないな。そう思わないか?」
「そうですね」
「まあ、機会があれば、それとなく、聞いてみるか、では、わしらも戻るとしよう」
「はい」
 祖母と裕子が戻ってみると、先ほどと様子は何も変わっていなかった。やや隅の方で卓が、自分の左手の小指をみては首を傾げて悩んでいた。その周りで酒宴が主体なのか、卓の護衛なのか、近くも遠くもない所で、時々、卓に視線を向けていた。その様な時に、祖母は、一人だけいないことに気付いて、夏美のことを問い掛けたのだ。すると、温泉に入っているはず。そう答えるのだった。
「私が、様子を見て来ましょうか?」
「頼む。だが、この保養所の皆の安否も頼むぞ。では、わしは、なんか疲れた、部屋で休ませてもらう。それでも、何かがあった場合は直ぐに知らせてくれ」
「承知しました」
 祖母は、おそらく、雷の昔のことを思い出して部屋で泣いて全てを忘れる考えなのだろう。と、裕子は思うのだが、人の心を理解したのではなく、作り物の機械だから涙腺に異常があると判断した結果で分かったのだ。だから、何も言わずに見送った。その後、卓にも明日は早く出発するはずだから早めに身体を休めるようにと伝えると、湯殿に向かった。その後を特に勧めたのではないが、冬実も付いてきたのだ。この後は、保養所にいる。それぞれの者たちは、警護の者は覗いて、明日からのことを考えて身体を休めるのだった。
そして・・・・・。
 日の出と同時だった。日の光を待っていたかのように保養所から出る者がいた。まるで、その勢いは空を飛ぶのではないか、そう思う勢いだった。行き先は分からないが、馬の体力を考えると、それ程まで目的地は遠くではないのだろう。それでも、多くの者は、まだ、夢の中なのだが、作業をしている者もいた。その中の一人も、保養所の正面の入口から出てきた。この者も日の出を待っていたのだろうか、女性のようだったが、保養所の前には広場というか、馬車などの待機場だろう。その中心まで歩くと立ち止まり上空を見た。朝のお祈りだろうか、上空に両手を伸ばして何かを呟いているようだった。
「・・・・・」
 その一分後だった。上空から細長い光が垂直に落ちてきた。
「裕子。その形式のことだったのか、それだと、かなり負荷がかかるだろう。わしに言えば別の物を調整してやれたのに、馬鹿なやつだな」
「これだと、武器にも威嚇にも、他にも様々な用途に応用ができます」
「そうか、たしかに、目立つために威嚇にはなる。だがな、卓の前では、あまり、人間ではない姿を見せるなよ。卓は、お前のことを姉であり。母とも思っているのだからな」
「はい」
「この話は、これで、終わるが、冬実は、どこにもいないが、どこかに行ったのか?」
「はい。日の出と同時に出かけましたが、行き先までは分かりません。それでも、かなり、急いでいるようでした・・・・・ん?」
「どうした?」
「夏美さんが、手招きをしています。あっ、こちらに・・・・」
「おはよう。二人に話があるのだが、良いだろうか?」
「構わんが・・・もしかすると、お前の姉が出かけた。その要件か?」
「そうだ。昨夜、二人で相談したのだが、わしらの村に招待する気持ちになった」
「それで、日の出と同時に出かけたのだな」
「そうだ。そちらの要件がないのなら直ぐにでも向かいたいのだが、良いだろうか?」
「構わんぞ。あっ、そうだ。裕子、この保養所の備蓄などがあるだろう。それを手土産にしよう。それを適当に選んで欲しい」
「はい」
「勿論だが、夏美が欲しい物があるなら、それを優先して構わんぞ」
「感謝する」
「後は、頼む。わしは、もう一度、湯殿に入ってくる。夏美。その位の時間は良いだろう」
「勿論です」
 祖母は、村の招待にたいしての簡単な会釈で感謝を表すと、建物に向かっていた。この場に残った。その二人は、手土産の話をしているようだが、珍しく、いや、冬実の初めての笑みかもしれない。おそらく、村の子供たちに甘味類を手渡したい。そんな話をしているようだった。そんな、話をしていれば、周囲から目立つことは当然のことで、何の話をしているのかと、老婆、老人たちの白紙部隊が集まってくるのだった。この時は、まだ、卓は寝ていたが、保養所の全体で騒がしくなると、さすがに、寝ていられずに起きだして、一緒に手伝うと言うと、それは、名目だけで、皆の邪魔であり。遊びと同義だったのだ。

 第十九章
 保養所から白紙部隊が、何台も繋がる大きな馬車を部隊の中央に配置して出発した。目的地は言われることなく、冬実の「この旧山道を進め」だけだった。それでも、冬実の性格を知っていたことで何も問題はなく山道を進み続けた。だが、一時間後のことだが、まるで、白紙部隊が退館するのを待っていたかのように入館する集団に、誰も気付く者たちはいなかった。そんな事は知らず・・・。
「僕の赤い糸の修正を示す方向は、この方向だから問題はないですよ」
 卓は、馬車内の沈黙に耐えられなくなり話を掛けたのだ。すると・・・・。
「そうか、そうか、それは、良かった。それで、姉は何をしに行ったのだ?」
「歓迎の準備をするためだ。何らかの罠だとは思わないでくれ!それは、考え過ぎだぞ」
 祖母は、冬実に問い掛けるために、きっかけを待っていたのだが、卓の言葉で、馬車内の空気が変わり。やっと、話すことができて安堵するのだった。だが、冬実は、半分は本当で、半分は嘘であり。それは、姉妹が逆転していることを伝えて逆転のまましたいために協力して欲しい。そのための相談で、先に行ったのだった。
「気分を壊させてすまない」
「まあ、それは、いい。だが、必ず歓迎される。それは、間違いないぞ。かなりの手土産もあるのでな。楽しみにしてもらいたい」
「それは、楽しみだ」
 そして、祖母は、本題に入るのだった。その村には都市があるのかと、どの程度くらいまで機能しているのかと、細かく聞くのだった。だが、冬実は答えるのだが、肝心なことになると、詳しくは知らない。姉なら詳しいことが分かる。そう言うのだった。なぜ、それ程まで都市を復活したいのかと、そう問うと、都市の中に閉じ込められている者たちがいる。救出したいからだと、そう答えた。そんな長々と話すことで疲れを感じる頃、二時間は過ぎただろうか、すると、馬車の周りが騒がしくなり、それは、子供のはしゃぐ様子だと感じるのだ。
「着いたのだな」
「ああっ、そうだ」
「裕子。外にいる子供に手でも振ってやれ」
 冬実は頷いたことで、裕子は、祖母の指示を実行するのだが言葉の通りの意味ではない。外の様子を確かめろ。そう言う意味だったのだ。それも、祖母には手を振る様子も外も見えないが、裕子が手を振る時間で、祖母には、一秒で一人、十秒で十人だと言うように伝えていたのだ。
「亜希子様。村が見えてきました」
「一分くらいか・・・・五十人位の子供がいるのか・・・・」
「えっ、なぜ、それが、分かる?」
「何となく、そう感じただけだ。それよりも、名を呼ばれているぞ。窓から顔でも出してあげたら、どうなのだ?」
「・・・・」
 子供たちは、「夏美お姉ちゃん、おかえりなさい」と名を呼ぶのだった。馬車内からでも聞き取れる声量で、冬実は、子供が嫌いではないから普段なら直ぐにでも顔を出して手も振るのだが、姉と妹の入れ替わったことの演技が子供に出来るだろうか、その気持ちがあったのだ。そんな、心配をしていると、馬車が止まった。村に到着したのだった。それでも、冬実は、直ぐに降りようとしないために、祖母と裕子は不審を感じて、裕子は、先に自分が一人で降ります。と視線で伝えると、自分で馬車の扉を開けて外に出たのだ。
「御主人様!」
「裕子、どうした。大丈夫か!」
 裕子は、既視感を感じた。直ぐに、(御主人様が・・・・いっぱい居るなんて!)と、主が子供の頃を思い出したのだ。直ぐに、何かと言うと、抱き付く癖と名前を呼ぶと、近くても遠くても全速力で駆け出して、その速度のまま突進する癖があったのだ。それと、同じことを何十人にもされたのだ。
「御主人様、何でもありません」
「なら、良かった」
「お前らは、子供と言うのを分かっていない。まず、子供の興奮が落ちついた。と思ってから扉をゆっくりと開けるのだ」
 などと、冬実は、子供を毛嫌いする者のような言葉を口にするが、外に出てみると、一人一人の頭を撫でながら名前まで言って、「良い子にしていたのか、手伝いはしていたか」などと話を掛けるのだが、子供たちが嘘を言えるのかと、心配していたのである。だが、本当の名前を言われなくて安堵していた。だが、もしかすると、子供たちの内心は、普段から双子の見分け方が出来なかったのかもしれない。それには、冬実は、考えてもいなかった。
「まるで、別人のようではないか・・・・では、わしらも、行くとしよう」
 冬実の後を祖母、裕子、卓が付いて行った。すでに、先頭の方では、白紙部隊が馬車を放置して酒宴に参加している者もいた。そんな村の様子を歩きながらだか、子供たち以外には、老人と病人などで、健康な若者は、男性だけでなく、女性も見かけなかった。本当に、健康な者は、女性も行商していると、今頃になってから休息地で隊商貿易の者たちの話しの内容を実感したのだった。それでも、酒宴に参加している者たちも、馬鹿みたいに気心を許しているのではなく、特に、礼儀正しい挨拶ができる者であり。人の心の裏側を探るに熟達する者などが様子を見るのだった。その他の者は馬車の待機場所を聞いて「街道に並べれば良い」とでも言われて並べる者や子供たちに食べ物を配る者などがいた。まあ、すでに、半分の者が気持ちを許してはいたのだ。そんな中の一人の村の老婆が・・・・・。
「隊長さんですかな、他の方々にも、酒宴の参加を・・・・」
「まあ、気にしないでくれ、あの者達は几帳面で堅苦しい者たちで、休憩などは交代でするのが規則だと、なにかと煩いのだ。だから、気を悪くしないでくれないか」
「そうでしたか、それでは、こちらも気にしないように致しますね」
 祖母は、そんな会話を歩きながら聞いていたが、それでも、的確な指示だと仕草で許すと伝えて、また、冬実を探すために視線を周囲に向けていた。
「あっ、夏美は、どこだ?」
「あの建物に入りました」
 祖母は、冬実が視界から消えたことで狼狽えるが、裕子の指し示す建物に入るのだ。驚く事に、上座には、双子の二人が座っていたが見分けがつくはずもなく。それでも、問いかける内容を聞くには、姉でも妹でもよかった。
「目的の都市は、この周囲には見えないが、どこに在るのだ?」
「これから、お連れする。その前に約束して欲しい」
「何を言いたいか分かっている。都市のこと、いや、村のことも全てを内密にしろ。そう言うことなのろう。それは、この場の者なら分かっている。それに、お前らと同じに、卓と裕子も都市の近くに住み。今まで都市を守ってきた一族であり。わしも、同じような者だ。だから、安心しろ。それに、もし機会と暇があるのならば、卓の都市も案内してもらうと良いだろう」
「・・・・・」
「まあ、この話だけでも信じられないと言うのならば、確実な証拠を見せることはできるが、それを見た場合には、逆に、お前らの命に係わるかもしれないぞ。どうする?」
「そこまでのことではないのだ。もし情報を漏らした場合と都市の遺物を持ちだした。その場合の賠償請求をする。その誓約書に署名してもらうだけだ。だが、一言だが、言わせてもらうが、我が一族も賠償の取りたては、それなりに、噂になっている一族だぞ!」
「気に入ったぞ。久しぶりに身体がゾクゾクとしたぞ。お前は、長女の冬実だな」
「卓よ。良い嫁ではないか、どっちでも、いいが、わしは、冬実を勧めるぞ!」
「・・・・」
 祖母の話しで姉妹は驚き、夏美の話す内容と様子で、卓は顔を青ざめたまま身体が膠着した。
「まあ・・・それは良いとして・・・直ぐに都市に行けるのか?」
「何も問題はないぞ」
「では、行こう!」
 姉妹を囲むように話をしながら森の中に入った。まあ、村の周囲は森なのだが、特に人に荒らされた様子がない。もしかすると、禁忌な扱いなのかもしれない。その理由や都市のことの歴史などを話しながら奥へ、奥へと進むのだった。そんな時だった。祖母は、不安になった気持ちと、姉妹に問われて言葉を避けるためだろう。卓に視線を向けたのだ。
「それよりも、なあ、卓よ。お前には何の指示はないのか?」
「それが・・・・夏美さんと冬実さんの二人を赤い感覚器官が示すのです。まるで、赤い糸が迷っている感じで交互に示すのです。それも、偽物と本物を見破れるかと、試す感じなのです。だから、もしかすると、自分なりに解釈してみました。元々、教祖であり。伝承者としても育てられたのです。特別と考えれば特別ですから、都市の王のように何人も妻を娶れるのではないのでしょうか!」
「そんなことがあるか!」
 祖母、夏美、冬実は、同時に怒り狂った叫びを上げたのだ。
「ごめんなさい」
 卓の平謝りに、この場の者の気持ちが収まるのだ。それでも、誰も話を掛けずに無言で歩き続けたことで、裕子は、このままでは人としての精神的に障害が出ると判断して話を始めた。だが、冗談とかではなく、この後の都市に着いた場合の修復の方法だった。一つは、都市の修復には、都市の外装の七割が無事であることと、電源が生きていれば修復は可能だと伝えたのだ。そして、二つ目は、修復の方法だった。白紙部隊の武具などの補修と同じ方法を使用すると、三つ目である最後は、都市に閉じ込められている者は、誰なのかと問い掛けたのだが、それは、教えられない。そう言うのだが、裕子は、再度、補修する時に必要だと言うと、夏美が口を開こうとすると・・・・冬実が・・・。
「あれだ!」
冬実が、指し示した方向に、巨大な人工物だと判断ができる物があった。たが、木々に隠れるだけでなく植物の蔦が巻き付いていたために全体の原型の判断ができなかった。それでも、近づくにつれて駆動音が聞こえてきたことで最低限の電源が生きていることが分かったのだ。さらに近づくと、大きく穴は開いているが、前回の朽ちた都市よりは崩れていない。まだ、穴の周辺が無数の角砂糖のような感じでデコボコと形が残っていた。まるで、玩具のブロックの積み重ねが崩れた感じだったのだ。だが、地面に激しい衝突だったのだろう。一個、一個のブロックが捻じれた物や半分が崩れた物があった。それでも、角砂糖のような状態だから液を染み込ませて形を整えて固まらせて繋げれば修復が可能だと、裕子は、姉妹に伝えたのだ。
「本当なのか?」
「可能です。それに、無数の角砂糖のような物を組み合わせた場合は、自動的に電気系統も接続されるはずです。ですが、もし都市の中に人が居た場合は、組み合わさる時の衝撃と都市の中は時間の流が違う場合があるために大変なことが起きる場合があります」
「衝撃の意味は分かるが、都市の中が時間の流が違う。その意味が分からない」
「簡単に言うと、角砂糖のような物は時の流を止めて強度を保っている。それが、破壊された場合には周囲に影響される場合がる。だが、都市の内側には確実的に影響されているはず。例えだが、お前ら姉妹が生まれた時に、もし二親が都市の中に閉じ込められたとすると、都市の機能の自動修正の場合でも、人が中にいて操作をした場合でも、一般的には時の流を早める選択は常識的にありえない。そんな選択をしたら自分の寿命が縮むのだからだ。だから、都市の中では時の流を遅らせているはず。その場合は、親は若いままだが子供だけが歳を取り。もしかすると、同い年として再会するかもしれないのだ」
「父と母が、わしらと同じ歳・・・・」
「やはり、都市の中には人が居て、それが、二親なのだな?」
 裕子は、説明すると同時に、姉妹を言葉巧みに誘導して内心の気持ちを吐かせた。
「そうではない。希望と言うか、可能性の問題なのだ。旅の途中で行方も知らずに消えたまま村に帰ってこないために、村の皆が死んだと思っているのだ。今では、死んだと思っている。ただ、子供の頃に、父と母が恋しい。そう言って泣くと、泣き止ませるために、この都市の中で生きているはず。そう村の皆が慰めてくれたのだ。まあ、子供頃なら別だが、大人の今なら信じてはいない・・・・・だが・・・・その・・」
「それなら、急がなくてはならない。角砂糖のような物が微妙な均整で状態が保っているようだが、もし修復する前に崩壊した場合は、都市の外の時の流と都市の中の時の流が触れあった場合は、一気に時の流が進み一瞬で砂になる場合がある」
「それは、これから先は、都市の中でしか生きられない。そう言うことになるのか?」
「いや、都市の機能が正常に戻れば、微妙な調整が働き命の心配はない」
「それなら、頼む。直ぐにでも修復の実行をして欲しい」
 裕子は、頷き、直ぐに都市の状態を確認した。その様子を祖母、姉妹、卓が見ていたのだ。すると、村の老婆の一人が慌てた様子で向かってくるのだ。

 第二十章
 村の老婆の一人が、祖母の前に着くと、息を整えるためと身体の限界まで走ってきたことで、その場に座り込んだ。そして、ある程度まで息を整えると、村を攻めて来た部隊がいると伝えたのだ。そして、白紙部隊がギリギリの状況で防いでいる。と、ただ、状況を知らせにきたのではなく、何しに来たかと言うと、祖母の知名度で停戦の交渉をお願いにきたのだった。
「裕子。卓と、この場に残り調査を続行しろ。直ぐにでも白紙部隊の誰かを向かわす!」
「はい」
「夏美、冬実。村が心配だと思うが、この場に残り。裕子と共に都市の修復をしてくれ」
「何だと!」
「憤慨する気持ちは分かる。だが、都市の修復には、それなりの準備が必要のはず。だから、村人の全員も避難させる。その者たちと、まずは、都市の修復を第一に考えてくれ」
「・・・・」
 姉妹は、何も返事はできず。俯くだけだったが、祖母には、承諾の返事だと感じた。
「老婆よ。疲れていると思うが、村まで最短の道を教えてくれ」
「待て。今の老婆には無理だ。それに、時間も掛る。わしがお前を案内して、村人全員で、また、この都市まで戻ってくる。それくらいは、させろ!」
「分かった。では、行くぞ」
 冬実は、祖母と夏美の交互を見て覚悟を知らせた。そして、祖母が頷くと、二人は、村の方向に駆け出した。村に着いてみると・・・。
「なんだ?」
 黒髪の国、白髪の国、金髪の国、赤髪の国の旗だけではなく、それぞれの近衛隊や領主らしきの旗までが掲げられていた。大袈裟な言い方だが、兵よりも旗の方が多いのではないか、そう思える程だった。それでも、白紙部隊より何倍も兵が多いが、軍組織としての戦い方ではない。まるで、一人一人の欲望を叶えようとしている感じなのだ。だから、兵員が少ないだけでなく、半分の者が酒に酔っている白紙部隊でも攻撃に耐えることができた。だが、長くは続かない。それで、祖母は、決断をしたのだ。まず、冬実に、村を放棄して村人の全員で都市に向かわせて、白紙部隊には、森の木々が密集している所を利用して防御の指示を実行させた。それだけではなく、白紙で作られている馬車で囲いを作り。防壁としてなるべく戦わずに防御だけに撤する。と伝えた。
「だが、そんなこと・・・」
「何も言うな、ハッキリ言おう。さっさと邪魔だから行け。と言っているのだ」
 冬実の一言の言葉を聞く気がなく、自分の命令だけを叫んだ。たしかに、他にも指示を伝えている途中だったために本当に邪魔だったのだ。それでも、数人の白紙部隊の者を共に行かせる。その後は、その白紙部隊の者の指示に従えと、苛立ち気に伝えて追い立てた。
「はい。承知しました。都市の修復が終わり次第、必ず戻って参ります」
 直ぐに、数人の白紙部隊の者と村人は移動を開始した。祖母は、その様子を見ることなく次々と指示を伝え続けた。その中の一つに、祖母は、敷布を使って自分の家紋の旗を作れと指示を下した。まだ、自分の家紋の力と、今まで心の底から慈しみ尽くした。その信頼があるのなら戦いが終わるかもしれないと願ってのことだった。皆は、この最後の希望にすがって陣形を守るのだ。だが、戦の様子が変わった。と言うよりも周囲の状況が見えてきたのだ。とでも思うべきか、一般兵なのか、服装や鎧から判断すると、元は下士官の地位の者だったのか、まあ、この場では雑兵と同義の者だが、上官の命令など聞かずに、勝手に家々に入っては食料を手にして、その場で食べるのだ。その少ない食料に人が群がって仲間同士で奪い合いする姿を見た。その頃になると、やっと、最後の希望でもある。敷布の旗は完成して掲げるのだが・・・。
「狂っている。目先の食料だけに気持ちが向いて、誰も旗など・・・・」
 白紙部隊の全ての者が、そう呟くと、白紙部隊の指揮が低下するのは当然のことで、次に思うことは、村の食料が尽きたら・・・・と、どうなるのかと、想像すると、恐怖が芽生えるのだった。
 その頃、村人は無事に都市がある所まで避難した。だが、村を襲われた恐怖心などの気持ちを落ち着かせる時間もなく、白紙部隊の親方たちから都市の復旧の説明を受けた。誰も都市の復旧は念願にしていたことで苦情や不平を言う者は誰一人としていなかった。
「この都市を修復する場合、まず、角砂糖のような物の物質の時間の流を止めなければならない。その方法には、三つの物が必要だ。まず・・・」
一つは水だと、それも、何百年、何千年でも古ければ古い程によいのだと言うのだ。それも、長く停滞、固定すると、時の流を止める因子が蓄積する。だが、理想なのが、風も光も当たらずに流れずに溜まっている水だと、特に、地下深く洞窟の水が適している。
二つは墨汁である。一つ目の必要と言った。その水で墨汁を作る。それも、大量に必要のため、村人の全てで作らなければ足りない。そう言うのだ。
 三つは紙、繋ぎ合わせる物と比べて出来るだけ近い物を一から紙で作りたいが、まあ、今回は、周辺に角砂糖のような物が残っていることで、墨汁を染み込ませて硬化させて組み合わせる。そのために、周囲に落ちている物を集めるのだ。直ぐに作業にかかってくれ」
 皆は、親方の話が終わると、何も悩むこともなく、即答で返事を返した。
「洞窟ならある。その奥に水が溜まっていた。地底湖と言うのだろう」
「そうそう、地底湖のことだ。それを利用しよう」
 皆に指示を伝えると、白紙部隊の親方たちも数少ない自前の墨汁で修復を始めた。まず、特に直ぐにでも修復が必要とされている所と微妙な調整が必要な箇所だった。
「水を汲んできました」
「落ちていた。角砂糖のような物を持ってきました」
 真っ先に現れたのは、洞窟から水を汲んできた者だった。その者たちに、労いの言葉を掛けたが、直ぐに、自前の古墨を渡して、皆で墨をすって墨汁を作るようにと指示をした。他の手が空いている者には布きれで墨汁を湿らせて、窓を拭く感じで、修正する箇所に墨汁を染み込ませて欲しいと伝えた。親方たちは、外壁の隙間に角砂糖のようなブロックを隙間にいれた。その指示の通りにしていると、箇所と箇所が、電力が入ったことで磁力が発生したかのように自動で繋がりだした。今度は、一つ一つが正常に繋がった確認をように一瞬だが光が点灯すると、高級な装身具のような貴金属の光沢が現れたのだ。だが、それはまだ、一部であり。まだまだ、水も必要だし墨汁も作らなければならない。それでも、誰も疲労などの愚痴を言わず。貴金属に変わることが面白いと、逆に楽しんでいるのだった。
「駄目だ。まだ、駄目だ。重要な箇所だけでもつなげているが、内部と外部との接触が確認できない。何の反応もないぞ。本当に、内部の機能は生きているのか?」
「裕子殿の話しでは内部は生きているらしい。だから、必死に繋げるしかないだろう」
 卓と姉妹は、ただ、親方たちの話を聞いていたのではない。だが、左手の小指の赤い感覚器官の指示でも詳しくは伝えていないのだ。それでも、必死に、誰の話しも聞く暇などがない程に、この場の状況の変化を感じ取ろうとしていた。そんな周囲では、親方たちや村人たちは無理な微妙な箇所に墨汁を染み込ませていたのだ。
「裕子。本当に少しでも修復は進んでいるのだろうか?」
「それは、間違いなく修復されています。最低でも、外と中の機能が繋がれば、後は、都市の自動修復の機能で勝手に修復が開始されるのです。その反応が・・・」
 裕子には都市の駆動音だけは感じられたが、都市の中の詳しい情報までは・・・・・。

 第二十一章
 都市の外壁を修復する者たちの誰一人として分からないことだが、都市の中では、たしかに、人が生活していたし、最低の機能は維持されていた。だが、外に届かないが、少々だが都市の中では、心配であり。興奮でもあり。驚きであり。恐怖でもある。そんな様々な感情を表して騒動が起きていたのだ。
「外からだけの修復ではなく、我らも内側から修復した方が良くはないか?」
「それよりも、裕子がいるわね。その隣の青年って・・・もしかして、卓ではないの?」
「そうかもしれない」
「もしかして、外に見えている、あの双子って冬実と夏美なの?」
「まあ、他に双子はいない。と言うことは間違いなく、そうかもしれない」
「このまま修理が完了して扉が開けられたら・・・その瞬間に時間が進んで、我らは一瞬で風化はしないだろか?」
「その時間の流の調整は正常に機能している。だから、一瞬の風化はまずない。だが、眩暈を感じる程度の体内組織の成長はあるとしても、一気に老化が進むことはない」
「それにしても、都市の内側から外が見られるまで修復は完了しているのだな。もう間もなくで修正が完了するかもしれないな」
「そうだな。そんな心配よりも、外にいる者と、会った時に何て言って挨拶するか考えた方が良いのではないか、驚きのあまりに心臓が止まらなければ良いのだが・・・」
「確かに、だが・・・我らは、正直に全てを話して・・・本当に良いのか?」
「まあ、確かに、外の者が思う時の流の生活と、我らが、この先の生活は変わってしまったのだから共に生活することも・・・・同じ時の流が重なることはない。だが、伝えたい気持ちはあるが・・」
「だが、あの方だけは、あの人に会わせたい。そして、少しの間だけの楽しい思いを残してあげたいのだが・・・・」
「皆は、楽しそうだな・・・・まあ、それにしても、村中総出とは変ではないか?」
 現代で例えるなら監視装置のカメラの映像を見ている感じだった。だが、今は不完全な機能だが、もし完全な状態の場合なら都市の周囲や上空などの映像が見られるのだ。その場合だと、村に大勢の兵士が攻められていると分かるのだが、それでも、時間が過ぎれば過ぎる程に映像を映す画面が増えてはいた。
「変とは、村に何かが起きた。と言うことだな。なぜ、それが、わかる?」
「体が不自由な老婆や赤子を連れてくる理由が、他に何かあると思うのか?」
「まさか、村に居られなくなったために都市に避難しようとして修復を急いでいる。そう言うことか?」
「ああっ、そうだ。そうだとしか思えない」
「えっえええええええ!」
 この場で画面を見ていた全ての者、いや、一人の画面を見て問い掛けた。その一人を除いて驚きの声を上げた。
「なら、それなら、皆を助けないと・・・だって・・・わたしの・・・」
「それは、駄目だ。我らの存在する意義を忘れたのか!」
「・・・・・」
 皆は、画面から視線を逸らせることが出来なかった。それ程の思い人がいるのだ。すると、機械的な音が響いた。それは、外部との送受信が可能だと知らせてきた。だが、この都市以外に送信する先も受ける通信もあるはずもなく無視していたのだが、この都市から送信が終了したと聞いて驚いたのだ。直ぐに、自分たち以外にいるのかと調べたが、我らの存在する意義の者だと知ると、皆は驚くが作成の日時を見て納得するのだ。それよりも他の機能である。外の音声と周囲のカメラが使用できないのかと、それを調べる方が先だった。だが、可能だったのは、文字通信だけだと、肩を落とすのだった。それでも、先ほどの皆に問い掛けた者が、画面を見て、再度、問い掛けたのだ。
「裕子とは、自動人形か?」
「そうよ」
「それなら、先ほどの通信された先を調べろ。もしかしたらだが、裕子を通して連絡ができるかもしれない!」
「あっ・・・この姉妹都市よ・・・だから・・・違うわ・・・こんな時に冗談はきついわ」
「馬鹿が、姉妹都市ではない。都市の端末か、個人が使用目的である自動人形の裕子に受信機能があれば、外と通信のやり取りが可能かもしれない。そう言う意味だ。だから、何でもよいから適当な文面で通信を送れ!」
「送ったわ。どうなの?」
「やはり!見てみろ!」
 この男は、裕子の様子を見て確信を得た。そして、皆に画面を見るように伝えた。
 都市の外のことである。卓は、裕子の様子が変だと感じて近寄った。
「どうした?」
「亜希子様に、至急に・・・お知らせしなければ・・・なりません!」
 普段の裕子とは思えない。人で言うなら我を忘れているような普段の優しい気持ちが感じられなかった。祖母は、今まで生きてきた目的なのだろう。それで、裕子に最重要なこととして、何が何でも第一に実行する指示を埋め込んだとしか思えなかった。そのために卓のことなど忘れて、即座に、祖母に伝えるために駆け出した。
「亜希子様。手紙です。亜希子様。待ちに待っていた。電子手紙です」
 裕子は、祖母の姿が目に入ると、走りながら叫ぶのだった。
「何だと、本当か!」
 祖母は、白紙部隊の指揮を執るために馬車の荷台にいたが、裕子の話を聞くためだけに、まるで、この先の未来も今まで培った過去までも全てを投げ捨てる覚悟で直ぐに降りたのだ。
「初代様。何をしているのです。直ぐに、次の指示を!」
 祖母が行こうとしている。その前方を塞ぐのだった。
「邪魔をするな。手紙が先だ。擬人などのことなど、後で、考えてやる。だから、退け!」
「擬人・・・わしらを擬人・・・だと・・そう言うのです・・か・・・人ではないと・・」
「あっ、すまない。いや、その・・そう言う意味ではない。まず、指示をする」
 祖母は、本心ではないが、つい、兄の事を思い出していたことで、昔を思い出し、皆が当時に言っていた。その言葉を使ってしまったのだ。
「・・・」
「まず、この場から撤収する。都市の近くに陣を置くぞ。直ぐに指示を実行しろ」
「都市・・・どこです・・・・」
 祖母は、言うだけ言うと、返事も聞かずに、裕子の所に向かった。
「裕子、それは、本当なのか?」
「あっ、また、今も届きました」
「本当なのだな。文面など開かなくてもいい。直ぐに読み上げろ」
「はい」
 裕子は、文字の電子手紙なのだが、差出人を知っていることで、その人の声色で話を始めたのだ。だが、「俺は無事に脱出したぞ。なるべく近くに着陸する。皆の無事を確認後に手紙を送る。だから、安心しろ」との内容もだが、日付を見てがっくりと肩を落としたのだ。それは、気が遠くなる程の大昔の当時のことであり。その日の日付だったからだ。それでも、二通目の手紙には期待をしたのだ。
「何て、書いてあるのだ?」
「目の前の都市に無事にいる」
「それだけか?」
「はい」
「それで、修理は、どのくらいまで進んだのだ」
「外側だけで勝手に判断するのなら半分ですが、自動の修復も始まりましたので、時間が短縮するでしょう。ですが、中と外の繋がりが感じられませんので・・・なんとも・・・」
「それなら、その手紙に返信は出来ないのか?」
「この手紙の返信をしても転送先の亜希子様の部屋に届くだけです」
「それなら、あの部屋に戻れば、手紙のやり取りが可能なのだな。では、直ぐにでも・・」
「亜希子様。それ以上のことは言ってはなりません。それに、どうしたのです。普段の亜希子様ではないようです。まるで、親とはぐれて迷子になって泣く少女のようです」
 裕子は、周囲の冷たい視線を感じて祖母の話を遮った。
「何を言っている。わしが泣いているだと・・・・・あっ、本当に涙だな・・・」
 祖母は、右手の人差し指で瞼の下を撫でた。そして、驚くのだった。
「それ程までに待ちかねた人なのは分かります。それでも、あの部屋に戻らなくても目の前の都市に居ると思われますので、今しばらくお待ち頂ければ都市の中と通信が可能になるかもしれません」
「わしに命令をするのか!」
「そうでは・・・ありませんが・・・」
「お前の足ならば、わしを抱えて走っても馬車よりも早く着くだろう」
「そ、それは、御主人様を一人だけ残して向かえと・・・そう命令するのですね。勿論ですが拒否は出来ませんので、実行しますが、悲しいです。このための調整と修理だったのですね。私の身体に血が流れていなくても、祖母様は、娘と思ってくれていると思っていました。その考えは違っていたのですね。分かりました。命令されれば断れません。ですが、これは、私の今までの楽しい思い出の感謝の気持ちとして、今言われた。その指示を実行します。それでは、背中に背負いますか、それとも、前で抱えますか?」
「裕子!俺を置いて、どこかに行くのか?」
「はい。直ぐに戻ってまいりますので、それまでは、無茶はしないで下さいね」
「亜希子!どう言うこと?」
「兄から手紙が来たのだ。だから、会いに行く。やっと、待ちに待った手紙なのだ!」
「だけど、周りは敵だらけだよ」
「そうだな。だが、裕子の全機能を使えば抜けられるだろう。それに、白紙部隊の擁護があれば確実だ」
「そんな、無茶をして、裕子の身体は壊れたりしないのですか?」
「それは、大丈夫だろう。そこの都市の扉が開けば部品があるはずだ。その部品で修理する。だから、安心しろ」
「もし部品がなければ・・・・」
「うるさい、うるさい。お前は、赤い糸の修正の旅に出たのだろう。それは、自分で考えて、そして、行動して、何かを修正することだぞ。一人で出来なくて妻など娶れるか!」
 祖母の様子、言葉、まるで、駄駄を捏ねる子供のようだった。それに、今まで祖母を知る者から見たら別人としか思えなかった。そして、卓と裕子のことを思ってのことか、それとも、祖母を失望したのかもしれない。その気持ちの表れだろう。白紙部隊の全員は武器を地面に落とした。その様子を見て、祖母は、激怒したことで、驚くことに・・・。
「白紙部隊の馬車を都市の周囲に置いて囲いを作れ。そして、監視を十人だけ置く。他の者は、都市の修復に取り掛かれ!」
「承知しました」
「それと、今後も必要になる物を忘れているようだ。だから言うが、まず、武人の命と同義の物を拾うのだ!」
「その指示に従います」
 直人が、突然に指揮をするかのように叫んだ。驚くことに素直に白紙部隊は従うのだった。その指示が実行されたことを確認後のことだった。
「初代様。あの都市に帰るのを暫くお待ち下さい。今、都市の外壁だけは修復が完了しました。後は、都市の中だけのことです。それでも、墨汁が修復に効果があるらしく、この場の全ての者が必死になって手伝ってくれています。ですから・・・」
「・・・・」
 祖母は、直人の言葉が聞こえていないのか、何一つとして返事もせずに様子も変わらず都市を見続けるだけだった。

 第二十二章
 都市の周囲にいる者たちの作業する手が、再度、止まった。それは、先ほど外壁が全て繋がったが、今度は突然に光が走った。と感じたからだ。角砂糖のような一個一個の隙間に時間がずれて光が点灯したことで、まるで、光が走っているようだったのだ。だが、数個の箇所だけが赤く点滅する物があった。
「なぜ、都市の扉が開かない。もう~これ以上は待てないぞ!」
 祖母の怒声が響くが、少し前までは、兄の名前から親や知人と泣きながら手紙を出した者に訴えていた。それも、なぜ、都市の扉を開けないのかと、まだ、修復が完了していないからなのか、と様々な考えを問うのだが、何も返事がなく、最終的には、自分と会いたくない理由があるのかと、扉の前で涙を流しながら問うのだったが、それも、涙が尽きたのだろうか、涙を流している間なら怒りの感情は抑えられていたのだろうが、その感情が爆発したことで、無茶苦茶な短絡的な思考で「扉を壊してでも都市に入る」そう叫ぶのだ。その感情が伝染したのか、卓が痛みの悲鳴を上げた。次に、夏美が痛みを上げたことで、冬実も痛みの理由が感じられて同じように痛みを感じたかの様な仕草をするのだった。
「亜希子。待ってくれ。今、赤い糸から指示がきた。都市の外壁には赤い点灯がある。それは、修復するには部品が足りない警告らしい」
「それは、確かだ。都市の自動修復で箇所を引き寄せていたが、木などに刺さって引き寄せられないらしいのだ。それを探し出せば修復が完了するらしい。だから、もう暫くだけ待ってくれないか?」
 卓と夏美は、時の流の修正と言うべきか、この先の未来が見えていたのか、いや違う。二人が見た。目の前に現実の風景を見ながら重なる感じで陽炎のような不安定でもある。コマ送りのようなゆっくりとした映像を見ているのだった。その陽炎のような映像の通りに実行しなければならないのだ。それを祖母に訴えた。だが、視界の片隅に小さい画面で映像が流れていたのだ。おそらく、二人は気付いていない。それは、修正が失敗した場合の祖母と裕子の様子だった。そんな様子を見ながら冬実は、痛みを感じていることを装いながら頷くだけだった。
「裕子。命令をする。最大威力の蹴りを扉にしろ。だが、卓よ。裕子の充電が完了するまでなら待とう。だから、直ぐにでも探しに行って来い」
 普段の祖母なら分かるはずだった。都市の外壁は、その角砂糖のような固体が腐食して消えるまでの時の流を止めたのだ。核爆弾でも壊れないのは知っているはずだった。
「はい。上空の補助機械から電力を供給します。暫くお待ち下さい」
 裕子は、今度は何も言わずに、祖母の命令に従った。だが、扉が粉砕するはずもないことを知っているだけでなく、自分が蹴りつけた時の全ての衝撃が、自分が受けると、すると、自分の足が粉砕するかもしれないことだった。
「裕子。直ぐに戻るから待っていろよ」
 卓が、裕子に気持ちを伝えると、卓と姉妹は、左手を前に伸ばして、左手の小指の赤い感覚器官を方位磁石のようにして、森の中にゆっくりゆっくりと、入って行った。そして、何を探すかは、自分の目の前の視界に陽炎のような映像で見えていた。木の模様から傷まで見えていて木に刺さっている針のような物だった。他にも似たような物で十個を探さなければならない。卓は、姉妹も探してくれているのだから時間は、それ程まで掛らないだろう。と安堵しているのだった。だが、やっと、一つを見付け手にした時だった。
「ドン!」
強烈な衝撃と音が周囲に響いた。卓は、裕子を止めたはずだが、何かをした。そう思ったのだ。そう思うと、裕子が心配で探すことなど出来るはずもなく、名を叫びながら都市の方に駆けだしていた。
「裕子!」
 卓は、無意識で、左手の小指の赤い感覚器官を左右だけでなく上下に振り回して、自分が走るのに邪魔な木々を切り刻んで、裕子がいる方向へ直線的に走ったのだ。何分後だろうか、視界に裕子が入り。無事だと安堵したのだが、視線を下である足の方に向けた。
すると、左足だけで立っていた。右足が普通ではありえない方向に曲がっていたからだ。
「御主人様。お帰りなさいませ。今回の赤い糸の修正が終わったのですね。無事に一人だけで、本当に、おめでとうございます。それでは、いつもの、ご褒美をあげなくてはね」
 裕子は、懐から何かを出そうとしながら、卓に近寄ろうとするのだが、右足が地面に着くと、煙と火花が飛び散るのだ。
「亜希子!何をした!」
「扉を粉砕しようとしただけだ。だが、失敗だ。見てみろ。扉は無傷のままだ」
「亜希子。裕子は、身体を調整してくれたことに本当に感謝していたのだぞ。自分にだけに聞こえる小声で、これで、御主人様のお子様だけでなく、孫まで見ることができます。そう笑って、本当に嬉しそうだったのに・・・・」
「そう言うが、お前が、二親と会えるとしたら、この都市の中に居たとしたら、わしと同じにならない。そう言えるのか?」
「・・・・・」
「御主人様。その問いには答えなくて良いのですよ。わたしには、血族の気持ちにも人の気持ちにも分からないのです。血が通わない機械なのですからね」
「裕子殿。そんなことを言わずとも、皆が、卓の接し方には、実の母よりも、兄弟よりも誰にも負けていませんよ」
 何が起きたのかと、裕子の周囲に集まってきた。その中の白紙部隊の一人が励ますのだ。
「何をしている。わしらに姉妹に大事な修正を任せて何を遊んでいるのだ。それよりも、接続の方は成功したのか?」
 姉妹は、全てを聞いていたはず。だが、丁度良い頃合いを測り、祖母と卓の言い争いが変な方向に変わらないように現れたのだ。
「それよりも、全てを集めて来たのか?」
 祖母は、苛立ちを表しながら姉妹に視線を向けた。
「勿論だ」
「それなら、さっさと実行しろ!」
「実行するのは構わない。それよりも、約束を憶えているのか?」
「約束だと、そんなこと後ででも思い出してやる。だから、早くしろ!」
「憶えていない・・・・と言うことか・・・」
 夏美は、冬実に視線を向けて、約束を忘れているが、それでも、実行するのか、と無言で問い掛けたのだ。冬実も言葉にはしないが、元々、治るはずもない病気だったことで信じていなかったのだろう。それは、今まで何度も騙されてきたのだ。その偽者の医者の中には、身体を悪戯目的の者も多くいたのだ。そのために悲しそうに頷くのだ。
「おい、卓。同時に、上空にばら撒くぞ。お前も同じ指示だろう」
「はい。三、二、一で!」
「・・・・」
 卓は、夏美の話しに頷いた。すると、夏美は、自分の提案が同じだと頷いたことで、三人が掛け声を叫んだ後に、修正に必要な肝心かなめな物を上空にばら撒いた。針のように小さく透明だったことで、卓と夏美の二人以外は分からない。いや、二人にも肉眼では見えなかった。だが、目の前に見える陽炎のような映像で何が起きているか見えていた。その物は、上空である。十メートルくらいまで上がり、落下が始まると、赤い光が点灯している箇所に吸い寄されるように移動した後、ゆっくりと、箇所と物が傷つかないように組み込まれるのだ。すると、赤い光の点灯は消えて、周囲と同じ光を発するのだった。
「まだ、終わらないのか?」
「終わったようです」
「そのようだな」
 祖母の催促に、卓と姉妹は頷いた。
「開かんぞ。扉の機械は反応している。それなのに、なぜ、開かん?」
 扉を開ける方法を全て試した。だが、開かないことに、扉を叩いた。そのようなことをしても意味はないのだが、何度も、何度も叩くのだった。だが、都市の外見では、修復が完了した感じなのだが、都市の内部の修復は、まだだったのか?・・・・・。
 いや、都市の内部の機能は九割まで修復を完了していたのだ。それなのに・・都市の中にいる者たちが・・・・・。
「なぜ、都市の扉を開けない?」
「都市の外の状況を見て、その意味が分からないのか?」
 都市の制御室だろう。一瞬では数えられない程の画面が外の様子を映し出していた。
「村人以外の者がいるからなのか?」
「何を言っている。外の状況を見てみろ。この画面に、そっちの画面にも、これもだ!」
「この周囲だけでなく、この近辺はひどい状況だな。だから、都市の中に避難したくて集まってきたのだろう。それで、必死になって、都市の修復を完了させた。と言うことだと思うが、何が問題なのだ?」
「なぜ・・・分からん。こんな、凶暴な連中を入れて、都市の中を破壊されたら、どうする?」
「んんん・・・やっと、修復したのに、壊すとは思えんが、それに、凶暴と指差した者たちだが、黒髪の国の伝説の者たち、と言っても分からんか?」
「あの、千年、万年、いや、それ以上から生きている。と言われている者たちだな」
「なんか、微妙に、一般の者に問うた時の答えとは違うのだが、それは、まあ、そうだ。だから、ある意味では、自分の都市に戻ってきた。と考えるのが普通ではないか?」
 二人の男は制御室で言い争いをしていた。その会話が聞こえたのではないが、大勢の者が押しかけたのだ。おそらく、都市の玄関である大扉の前で開かられるのを待っていたのだろう。だが、待ちに待っても開かないために違いない。それも、制御室の中に全ての者が入らない程ではあるが、この巨大な都市の全ての住人なのだ。それしては、今直ぐにでも一人の者が数えられる程の人数だった。そんな人数でも同時に問い掛ければ何を言っているのか意味が分からず。ただの騒音でしかなかった。
「うるさい、うるさい!」
 都市中に響いているとは大袈裟だが、都市の安全基準の警報機器には反応した。それも、冬眠装置を解除する程だった。
「煩いぞ。どうしたのだ。何があった?」
「うぁあ!!もう起きても大丈夫なのですか?」
 この場の全ての者が驚きの声を上げたのだ。
「ああっ大丈夫だ。だが、まあ、この姿は映像なのだ・・・本体は、まだ、寝ている。だから大丈夫とは言えないが・・・それよりも、何を騒いでいた。それに、俺は、どのくらいの時間を寝ていた。なぜか、本体の方がだるくて体が動かないようなのだ。寝過ぎたのだろうか・・・変な気分だ」
「あの・・・その・・ですね。詳しくは知りませんが、私たちが生まれる前に寝られたと伝えられています」
「それ程なのか・・・・そうか、そうか・・・まあ、それよりも、何が起きているのだ?」
 冬眠装置の解除には、不安と恐怖から混乱しないように強めの精神安定剤が投与されていたことで、酒に酔っているような状態だったために知性が働かないようだったのだ。
「それが・・・」
「都市の中もだが、外でも諍いを起こしているようだな。なぜ、助けてやらないのだ?」
「この都市の武装の機能を考えるとして、状況だけで判断すると、大変なことになるのではないかと、それで、味方をする陣営を決めかねていました」
 さすが、卓の母である。何の感情もなかった都市の案内だけの機械の人形だった物を人のような愛情を芽生えさせたのだ。そして、この場の代表のように状況を一瞬で判断するだけでなく、外にいる息子だろう人物と裕子の陣営に味方させようと、複数の画面を操作して状況を見せたのだ。
「ん・・・もしかして、あの女性は、我の妹なのか?」
 祖母が泣きながら扉を叩くだけでなく足で蹴る。そんな、画面の映像を見たのだ。
「なんとも言えませんが、その陣営を擁護しますか?」
「ん~そうだな。あっ、まず、試しに、食料を求めての諍いならパンでも空中からばら撒くか!」
「ですが、米が主食の者たちに、パンを与えても食料だと思うでしょうか?」
 先程、言い争っていた片方の男が提案するが、卓の母が、鋭い視線を向けられて最後まで言えずに口を閉じたのだった。
「良い作戦だと思います。ですが、外の者たちの全てだと、パンの在庫がありません。今、至急に自動で作っていますが、少々の時間が掛ります。それでも、在庫の分だけでも・・・・」
「そうだな。そうしてくれ」
 作戦の許可は許されたが指示を実行するには苦戦していた。都市の機能が人の生活機能を優先していたことで、他の機能がまだ修復されてなかったのだ。それでも、緊急用の外部用小型太陽エネルギー吸収の小型機を利用して詰めるだけのパンを詰め込み、村中の家々を荒らす陣営に上空からばら撒いた。それも、千や二千個ほどでは足りるはずもなく、その陣営の様子を見るのだった。

 第二十三章
 上空からパンをばら撒きはしたが、数える者しか食する者はいなかった。もしかすると元貴族だったことで、落ちた物は食べられないとでも思ったのだろうか、それとも、食べ物だと思わなかったのか、殆どのパンは馬や人の足で踏まれて地面にめり込むのだった。
「この様な物が空から降ってきました」
 祖母は、都市の扉の前で泣き崩れて動かず。裕子は、片足が動かずに戦力外だと思われたことで、白紙部隊と村民は、卓が読書家だと噂があることと、双子の姉妹が村の代表だと言う理由で状況を報告の対策を求めたのだ。
「パンだよね」
「パンだな」
「なぜ、パンが・・・」
「御指示を!」
「う~ん・・・援軍でも来たか・・・その知らせ・・・いや・・・補給物資を急がせたために上空から散布させた?」
「いまだに空腹のためでしょう。家々を荒らしている状況です。それでも、殆どの者がパンを食べていません。まるで、食べ物だと思っていないかのように地面に落ちたままの状態です」
「現状を維持しろ。この都市に近づかせるな!」
 姉妹は、卓の考えに従う気持ちだったのだろう。だが、悩むだけで何も指示を出さないために、夏美が指示を下した。
上空から降っていることなど気にせず。村の全ての家々から強奪も収拾する頃だった。すると、何か意味があるのか、秩序なく行動していた者たちが個別に集まりだした。それも、旗や紋章など関係ないのだ。まるで、ゾンビが理性もなく人に襲うように食事に夢中だったが、ある程度の空腹が収まったからだろう。人として理性を取り戻したようなのだ。その証拠とは変だが国旗ごとの旗に集うだけでなく火を熾し、もしかしたら、人らしい炊事でも作っているようだったのだ。その様子を見て、白紙部隊は、恐怖を感じるのだ。
「やっと、村の略奪が収まったわ。これで、自分たちの国に帰ってくれるわね。もう安心だ!」
「何を言っているのです。これからが、秩序ある行動で戦闘が始まるのです。今までは、無秩序の個別的な戦いでしたから攻撃を防げましたが、今度は理性のある良い指揮の通りに行動されては、攻撃を防ぐのは無理ですし、我々の体力的にも限界です」
「えっ」
「裕子殿か、初代様が正気ならば、まだ、何か対策があったかもしれない」
「では、行こうか!」
 夏美が、何の理由を話すことなく、卓に視線を向けて言うのだ。だが・・・。
「えっ・・・どこに?」
「何を言っている。赤い糸の指示が来ただろう・・・・違うのか?」
「えっ、わたしの赤い糸は、夏美さん。冬実さんを交合に示しているだけです」
「何をふざけたことを言っているのだ!」
「まあ、男とは、そんな者だ。おそらく、こんな状況でも、二人と、Hがしたいと思っているに違いない。まあ、Hをしても子供はできないのだ。好きなだけしていいぞ。ほれ、ほれ!」
 冬実は、前回の時よりも際どく両手で自分の胸を上下に揺すった。
「なっななな!何を言っているの。本気にしたら、どうするのよ!」
「三人がた、この場の雰囲気を和まそうとしてくれるのは嬉しいのですが、それよりも、何か対策がある。そう言うことですよね」
 この場の真剣な雰囲気の中を無視するかのような三人を見て、白紙部隊の一人が、三人の会話の中に入って問い掛けるのだった。
「ああっ、勿論、そうだ。そうだぞ。本当にすまない。だが、本当に対策はあるぞ」
 夏美は、先ほどよりも、もっと真っ赤な顔して謝罪するのだった。それよりも、卓は、二人に赤い糸が示す理由に悩んでいるようだった。もしかして、赤い糸が示すのは、人と人の思いでなく、遺伝子だけなのか、それは、もし神が存在して、神が思い描く未来の世界とは、遺伝子の進化だけであり。人類世界の未来ではない。と唱える者がいるが、それは、卓の赤い糸で判断するなら本当なのかもしれない。だが、この場の者は、誰一人として考える者はいないのだが、先ほどの、冬実が揺らした胸を見て、卓の顔がゆるんだのは、確かであり。本当に、好きな人を決められないのだと思えた。そして、この場の状況などのことよりも。運命の赤い糸が指示しているのは、本当の正しい運命の相手を選べ。と試されているのかもしれないのだ。
「御主人様。何をするか知りませんが、危険なことでしたら、お辞め下さい」
 裕子は、人工聴覚で、三人の会話を聞いたのだ。何をするかは知らないが、危険なことだと判断して、適当な木を拾い杖のようにして歩いてきたのだ。
「もう子供でない。そんなこと、恥ずかしいから言うなよ」
 夏美は、二人の親子の漫才のような様子を見ながら何かを誤魔化す素振りで冬実に囁いた。
(お姉さん。これを渡しておくわ)
 夏美は、裕子が卓を心配する以上に、冬実のことを考えて羽衣を手渡した。その羽衣とは透明で鳥の羽根一枚よりも軽くて空を飛ぶことも銃弾も跳ね返す。いや、原子爆弾でも想定できる武器と言う武器を跳ね返すのだ。本当の目的の用途は、運命の人に渡して命を守るための物だった。それでも、透明な物なのだから隠さなくてもよいと思うのだが、姉である冬実が、卓との運命の相手としての関わりを楽しんでいると感じて、この状況を続けるために隠したかったのだ。
「それでしたら、裕子も同行します」
「勝手にしろ。それより、夏美さん。赤い糸の指示とは?・・・分かりますか・・・自分の場合は、脳内で・・イメージが、その・・・波が・・・」
「そう・・・同じな・・・時の流の湖に一つのコインが波紋を・・・」
 赤い糸の修正の脳内のイメージでは、恐怖や不安などから安心させるためと、何をするのかと理解させるために夢を見るように伝えるのだ。それを同じかと、それ以上のことを知っているのかと、卓は、夏美に問い掛けたのだ。それは・・・。
 日の出の直ぐかと思う。そんな頃の時間帯の空間であり。周囲は薄暗くて広すぎる湖面だけの世界であるのだ。その水面の一メートルくらいの上に立っている。だが、周囲には岸が見えない程に広いのだ。そして理解するのだ。この広い湖だけの世界は自分が理解できるように脳内が見せるイメージであり。時の流の世界なのだと気付くのだ。そして、左の小指にある赤い感覚器官が、ゆっくり、ゆっくりと、湖面の方に伸びて湖面に刺さることで、運命の時の流の修正が開始する。それを理解するのと同時に、刺さった衝撃から無数の波紋の数が大波、小波と、先が見えないが岸があるのだろう。その方向に無数に広がる。その波が運命の時の流の修正の一つ一つなのであり。最終的には、一つの波もない状態にするのだと分かるのだ。そのイメージが同じかと、夏美に問い掛けようとしたが、何て伝えて良いのかと・・・。そんな意味を夏美には、少し違ったイメージを感じているようだった。おそらく、湖面に赤い糸が刺さった様子ではなく、静かな湖面に一枚のコインを落としたことで、無数の波紋が広がるイメージを見ている。そう思えた。肝心な修正のイメージもあった。修正に必要なのは、枯葉が必要だった。何が起きても、誰が見ても、枯葉が風に吹かれて飛んでいる。そうだと思えるだけ、その枯葉の一枚一枚には、目には見えないが、細かい指示が組み込まれていた。例えだが、時の流の指示する者が、森の中に入り。枯葉を踏みしめる音、匂いなどで、狐が驚くことで方向を変える。本当なら方向を変えなければ、罠に掛って死ぬはず。だが、方向を変えることで、狐は生き残り。それだけでは、済まない結果になる。方向を変えたことで、雲雀が巣に戻る。トコトコと歩く姿を見て、美味しい獲物だと、捕まえて捕食してしまう。このまま狐が生きていると、無数の生命の命が消えることになる。それが、波紋の一つ一つであるのだ。もしもだが枯葉を掴み取れて、枯葉に組み込まれた映像が見られるのなら時の流の全ての指示が見られるはずだろう。だが、今度は違う感じのイメージを感じるのだ。それは、命の選別だった。命を助ける生命と殺す生命。イメージではコップに満水の水の中に一つのコインを入れた場合である。当然だが水は溢れる。そのこぼれた水が命なのだ。そのこぼれた水をコップに戻す感じが命を助けることであり。そのままこぼれたままにする感じが殺す命なのである。最後のイメージでは、時の流の修正の時に、多くの枯葉を上空に投げる時に、「命ある生物よ元の場所の地に戻れ!」と、言葉を掛けることで、無数の波紋の中の一つ一つが枯葉と同調するのだ。
「時の流の湖に発生した一つ一つの波紋を鎮める。それが・・・・」
「えっ!」
 卓は、夏美の話しで驚きから話しを途中で遮った。自分だけだと感じていたのだ。運命の修正として分かりやすく伝える方法として脳内で感じる表現方法が同じだったことで驚きを感じたのだ。
「それで、今、この場で、時の流の修正の指示は感じたのですか?」
「あっああ、そうだ!黒髪の国旗と貴族の紋章があっただろう。その者たちに、王である雷が死んだことを伝えるだけだ」
「あっ・・・そうでした。忘れていました。人として当然の気持ちですね。それよりも、謁見する方法はあるのですか?」
「赤い糸を持つ者は、誰からもかすり傷すらも付けられない。そうだろう。裕子!」
「羽衣の力ですね。御主人様。そのようなことをしたら二度と普通の生活はできませんよ。皆から化け物だと思われてもいいのですか?」
「化け物!」
「そうです。何の為に、祖母様や裕子が一緒に来たと思っているのです」
「祖母様が・・・・」
「そうですよ。でも、今の祖母様を見ては・・・仕方がありませんね。ですが、一人でも役目を果たします。御主人様。わたしに、片方の羽衣をお貸しください。そして、私が先頭に立ちながら呪文のような言葉を叫びます。まるで、皆をわたしが操る人形のように思わせますので、その仕草に合わせる感じで矢などを防ぐように戦って下さい。勿論、お二人も合わせて下さい。おそらく、それで、誤魔化せるかもしれません」
「まあ、良く分からんが、その提案に従おう。なあ、夏美」
「そうだな。いざとなれば、赤い糸で全てを薙ぎ払えばいい」
 冬実は、定期的に妹が鍛練のために赤い糸を伸ばして槍のように刺す訓練と、適度に長さを調整して長刀や短刀のように使う訓練であるが、刀のように切るのではなく木刀のように叩き折る感じの鍛練であるが、巨大な岩や木々を粉砕している姿を思い出した。その様子は、驚くことに、一粒の汗も流さずに、まるで、一つの枯葉でも動かす感じの遊んでいるようだった。
「あっああ・・そうだな」
「それでは、行きましょう」
 夏美は、なぜ知るのかと、驚きの表情を浮かべながら姉を見た。それでも、裕子が歩き出すので、三人の男女は、裕子の提案を信じて無心で一歩を踏み出した。
 裕子、卓、姉妹の四人は、白紙部隊が、自分たちの馬車で防壁していた所から出て来た。すると、敵方は、先ほどまでの無秩序の行動とは違い。空腹が満たされたからだろう。秩序ある部隊だと判断ができた。だから、即座に攻撃されることはなかったが、視線の先には数十秒も全力で走れば、敵と相対する距離だったが、裕子が松葉杖をついて近寄るために何をする気持ちなのかと、不審そうに視線を向けるだけだった。だが、上位の者に指示を求めるために数人が駆けだすのを見た。それでも、黒髪の国の旗がなびく所へ歩くのを止まることなかった。驚くことに指示の結果なのか、人が波のように動いて道を開けるのだった。いや、正確には、黒髪の国の部隊以外は、国ごとに集まって対抗しようとしているとも思えた。人の波が動き続けると、隠していたのか、一つの簡易小屋が見えてきた。すると、一人の男が見え、仁王立ちに立つだけではなく、右手を前に出して招く指示をしていた。近衛隊の隊長であり。雷が死なずに、この場に居れば、友よ。と駆け寄っただろう。王である自分の護衛よりも一族の護衛を任せたのだ。だが、この者は威圧的な敵意を感じるが、ある意味では招くことで他の者に関わらせない狙いもあるようにも思えた。
「何の用件だ。それに、祖母様は、如何された」
「祖母様のことは教える気持ちはない。雷様のことを伝えにきた」
 裕子は、威圧には威圧で答えた。
「雷様が、この村に、いらっしゃるのか!」
「それをお前に言う必要はない。だから、早く通すのだ!」
「それは、無理だ。俺が判断して良いと感じた。その者しか通す気持ちはない」
「それなら、このまま帰ってもよい。そう言うことだな?」
「それは、困る」
「なら、通せ!」
「通せば、この場の均等は崩れて乱戦になるぞ」
「この場にいる。他国の軍の数など何の問題もない。守ってやるから通せ」
「その証明を見せて欲しい。もし本当にあるのなら・・・・」
「承知した・・・・・・雷!」
 裕子の脳内の電算機器が正確に計算していた。ある目的のために・・・それは、保養所の朝でも使用した。裕子の補助機関である。太陽の熱をエネルギーに変換して裕子に送る機器だった。その位置と、光を高密度に圧縮して落とす位置を計算していたのだ。そして、確認すると、本当は必要のない言葉なのだが「雷」と指示を下した。すると・・・・卓が今まで歩いて来た所を振り向いた。
「指示した場所から逃げろ!」
 卓は、赤い糸の指示で円を描いて指差した。即座に、その周囲から人々は逃げ出した。と同時に・・。
「ドン!」
 誰も人が居ない場所であり。この場の者が見て驚き、恐怖を感じる場所に、それは、四人が歩いてきた場所に、凄まじい光と音が響いて地面に落ちたのだ。
「これでも、問題はあるか?」
 凄い光と音が響いた。その箇所には恐怖のためだろう。誰も落ちた場所を調べる者がいないが、もし調べたとしても箇所の地面の痕には、皆が想像する爆発的な痕跡はないのだ。
「何も問題はありません。それでは、少々お待ち下さい」
 男は、簡易小屋に入った。すると、甲高い声で悲鳴のような声が響くのだ。そして、待つこと五分が過ぎると、中は静かになり。先ほどの男が何事もなかったように現れて・・・・・。
「お会いする、そうです」
簡易小屋の入口の布を男が開き、その布を持ちながら畏まると、一人の女性がオドオドとしながら簡易小屋から出てきた。
「わたしは、雷の母です。何を伝えに来たと言うのです?」
「それが、伝え難いことなのですが・・・・その・・・・」
「何なの・・・この様子は、また、暴動が起きたの?・・・・それに・・・あれは、白紙部隊の馬車があるのは・・・なぜ・・逃げたはずよ。まだ、黒髪の王宮にいるの・・・・嫌、嫌よ」
 雷の母と言う女性は、今頃になって、やっと、この村の様子を感じたのだ。そして、頭を抱えながら簡易小屋に戻ろうとしたのだ。
「お待ち下さい」
「外は、いや、中で聞きます。小屋の中に入って!」
 夏美は、小屋の中に入っていいのかと、畏まっている男に視線を向けた。そして、男が頷くと、四人は中に入るのだ。
「ここは王宮ではありません。落ち着いて下さい。もう大丈夫ですよ」
 夏美には、母と名乗る女性の怯える理由は、自分が体験したことで十二分に感じ取れた。
「本当ですの・・・ね。ふっ・・・あっ、話があるのでしたわね。なんでしょう?」
 女性は、気持ちが落ち着くと、この場の状況の理解が出来て、再度、問い掛けたのだ。
「はい。話とは、雷が亡くなったことと、最後の言葉です」
 夏美は、全てを伝えようと、少し話すと、目を瞑って思い出しては、また、話を続け。事細やかに女性に伝えた。
「そう、そうでしたか、ありがとう。感謝の気持ちとして褒美を与えたいけど、今は何もないのです。そうですね。それでは、国もなくなり。王もいなくなったことで意味がなくなった。黒髪の国の国旗を渡しましょう。貴女の好きなように使われると良いでしょう」
「えっ!」
「あっぐぐぐ、ごほ」
 冬実が何か、この場の雰囲気で言葉に出来ないことを妹に伝えようとしていた。
「御用の物をお持ちしました」
「うぁあ」
 卓が驚いた。それは、当然だろう。先程の男は、まるで、旗を持ちながら初めから小屋の中にいた感じに思える。そんな手早さで、四人の後ろから言葉を掛けたのだった。もしかすると、本当に、小屋の中に居て主である女性に指示したのかもしれない。
「主が、言われた物です。受け取りを・・・・・では、主は、一人で気持ちを落ち着かせたいようですので、今日は、これで、お引き取りをお願いします」
 四人の中で、素直に受け取る者を一瞬で性格を見抜いたように「はい」と素直に卓が受け取ると、簡易小屋から追い出すように言葉攻めをしたのだ。外に出てみると、四人が旗を持っていることで、家臣の礼儀をするが、まるで、全てを仕組まれたように拒否することも、簡易小屋に戻ることも出来ず。人波に押され続けて村の境である。白紙の馬車で囲っている場所まで押し出された。

 第二十四章
 卓と夏美である(冬実は)無言で赤い糸の指示が完遂されたと、指示が来た。それも目の前に陽炎のような映像で、今までのことと、これから先の指示が成功したことで何が起きるかを見ていた。その右脇では、裕子は、自分が居たのに役に立たなかったことで謝罪し続け、左脇では、冬実である。(夏美)が旗を受け取ったことで憤慨していた。そんな、卓と夏美の二人は・・・。
 二人の見ている陽炎のような映像では、というか、四人の行動で、村を占領している四か国に動きがあった。黒髪の国が敵になったと感じたのだろう。三カ国は、距離を取りだしたのだ。それを感じ取った黒髪の国も、白紙の馬車の前に陣を置くように動いた。それでも、白紙の馬車が境であると思っているのか、その中までは入ることはない。
「どうしたのです」
「どこに行く!」
 裕子、冬実の二人は不審を感じた。突然に、卓と夏美が、今まで来た道を振り返ったからだ。
「ごめん。裕子。チョット行ってくる」
「夏美、ごめん。直ぐ戻る!」
卓と夏美は、同じ陽炎のような映像を見ているはず。それも、運命の修正が終わって安堵していたのだろう。それが、突然に痛みを感じたのだ。驚きと同時に、次の指示が来たのだ。卓の指示は、白紙の馬車の上に黒髪の国の旗を揚げること、夏美は、黒髪の国の女性と子供を保護して都市の周囲に連れてくることだった。裕子と冬実に簡単な言葉だけ伝えると、二人は、直ぐに駆け出して実行するのだった。
卓は、白紙の馬車の上に登り。自分で旗を広げてなびかせるが、誰かを探しているかのように視線は周囲に向け続け、ある一人と視線が合うのだ。その男も旗を固定したいと理解したことで同じ馬車の上に登ってくるのだ。卓は、簡単な感謝の言葉を言うと、二人で旗を固定するのだった。その間に陣の中を夏美は走り回っていた。正確には、黒髪の国の陣の後方に集まる女性と子供だけに、自分の指示する方向に行け。と、言葉と身振りで伝えるのだが、その指示に従っていいのかと、視線を周囲にいる。父、息子などの家族に指示を求めた。何て答えて良いのかと困っている時だった。卓と共に旗の固定を手伝っていた。その男が、「その女性の指示に従え。女性と子供は森の中に向かへ。早く行くのだ!」と、叫んだことで、さほどの混乱もなく都市がある方向にゆっくりと進むのだった。その様子を見て、何の問題もないと感じると、最後の列に、卓と夏美もついて行くのだった。黒髪の国の男たちも守る者がいなくなったことで、白紙の馬車を守るように陣を整えた。その中心にある馬車の上には、黒髪と書かれた旗と黒髪の国の二つの旗が風になびいていた。
 その結果、三カ国も疑心暗鬼になり軍を整え始めるのだが、黒髪の国が敵対する行動を起こしたことで、他の三国は、三すくみ状態では動きたくても動けなかった。それでも、結局、二人の赤い糸の運命の修正で、四か国から攻撃される恐怖は一時的だが消えたのだ。
「裕子。ただいま」
「お帰りなさいませ。御主人様」
「ただいま」
「冬実。おかえり」
 裕子、冬実は、労いの言葉を掛けるが、この場の人々は、どうするのだと、視線で訴いていた。それでも、裕子の気持ちは、直ぐに、祖母の方に向いた。
「御主人様。すみませんが、祖母様が心配ですので、その・・・」
「僕も心配だから何も心配しなくていいよ。それに、要件は終わったし、早く行ってきな」
「はい。御主人様」
 裕子は、祖母の下に向かうが、祖母は・・・。
「兄様、兄様。なぜ、扉を開けてくれないのですか?」
 祖母は、いまだに、都市の扉の前で泣き崩れていた。今、裕子が戻って後ろに立っていることにも、いや、一時的に離れたことにも気付いていないはずだ。それでも、裕子は、元の祖母に戻れるのだろうかと、まるで、人の母が自分の子供を心配する余りに悲しい表情に変わる。そんな表情でも、人の温かみは感じられた。それが、突然、今のことだった。電源が切れた機械人形のように冷たい表情に変わったのだ。
「亜希子様。手紙です。手紙が届きました」
 何の感情も感じられない。それでも、機械的な言葉で何度も同じことを言うのだ。それも何度目だろうか、何の感情が感じられない目が、裕子の言葉に反応を示し、段々と、輝き出した。
「手紙だと!この都市から?」
「読み上げろ。いや、待て・・・他の者に聞かれては困る場合がある。だから、耳元で囁け」
(この電子手紙を受信している者が裕子ならば、都市の前で泣き崩れている女性と、都市の裏側である非常口で待て、都市の中に招きたい)
 裕子は、祖母の指示に従った。すると、祖母は、喜びで失神するのではないかと、一言、兄の名前を叫ぶと、今度は、嬉しさのあまりに涙を流すのだ。だが、もし近くで親しい人が様子を見たとすれば、何か考えての演技だと分かることだろう。
(これから、直ぐに、都市の裏側に行くぞ。そして、非常口だと感じられた箇所があれば、直ぐに教えろ。良いな。では、行くぞ)
「兄様。兄様」
 祖母は立ち上がり。目の前に幻の兄でも現れて、それを追うかのようにフラフラと歩き出した。その後を裕子が機械仕掛けの人形のような動きで、何かを探査するように歩きだした。そんな二人の様子を見てしまうと、皆は、憐みを感じて見ないふりをするのだった。
「この円周を二キロ歩いた所に、周囲とは違う遺物的な箇所があります。ですが、地面に埋もれていますし、木々も邪魔しています」
「そうか、そうか、その箇所に間違いない」
 二人の周囲には、もう誰一人として居るとは感じられない。祖母は、それを知ったことで無理に普通に歩いていた状態だったが、もう気兼ねなく直ぐにでも駆け出したい程の興奮を表した。だが、裕子から距離を言われたことで気持ちを押さえて言葉を待った。そして・・・。
「この足下の地面の中です」
「そうか、しばらく、様子を見よう。それと、やはり、感情がないと疲れる。だから、普通の状態に戻っていいぞ」
 五分くらいだろうか、この場から動かずに待っていると、少しずつ地面が盛り上がり。地面から何かが出て来る様子だった。すると、黒い棺桶のような物が出てきた。直ぐに、扉が開き階段が現れたのだ。祖母は、何も迷いもせずに真っ先に中に入り階段を下りた。勿論だが、裕子も続くのだった。その中は、非常口だからか人工的な灯りはなく、特殊な蛍光塗料でも塗っているのか、足元が微かに分かる程度だった。少々疲れを感じる頃だったが、階段が終わり扉と感じる物に当たるのだが、後方の方から棺桶だろうと思われる物が動いたのを感じて、動きが止まると、目の前の扉だと思う物が開いた。
「祖母様、お久しぶりです。いつお会いしても若いですね」
「わたし、明菜です。こちらは、夫の新です。憶えていますか?」
「その二人の名前なら憶えている。だが、なぜ、若いままなのだ」
「まあ・・・それは・・・あっ、まあまあ!裕子ね。裕子よね。久しぶりね。それよりも、卓は元気なの?・・・・この近くに居るの?・・・・・一緒に来なかったの?」
 明菜は、祖母の話をはぐらかしたい気持ちもあっただろうが、それよりも、自分の息子の方に関心が向くのは当然だった。そして、裕子の片足の状態に気付くのだった。
「息子に会えないのは残念だけど、まず、先に、その足を治しましょう。その時にでもゆっくり卓のことを教えてね」
「祖母様も、共に・・・・」
 明菜にはぐらかされたことに、少々怒りを明菜ではなく新に向けるのだ。すると、怯えるように頷くのだが、仕草で、後ほど詳しく話します。そう伝えるのだった。
「ああっ、それより、兄様は、この都市に居るのか?」
「はい。いらっしゃいますが・・・その・・・・」
「その言い方だと、生きているのだな?・・・・・なら、直ぐにでも会わせてくれ!」
 新は、頷くと、祖母が、別人としか思えない様子で、自分にすがる姿を見ると、悲しくて何も言えなかった。それでは終わらずに、無言の間、何度も何度も寄りかかりながら願うのだ。
「・・・・・」
「お願い。お願い」
「分かりました。お会いさせます」
 新に寄りかかりながら祖母は歩き出した。まるで、全てのことに頼らなければ生きては行けない子供のような様子だった。そんな様子を複数の監視カメラで見る者がいた。だが、その者は、人魚なのか、だから、水がないと生きて行けないために、水槽に入って横になっているのだろうか、その判断は分からないが、水槽の中から監視カメラの映像を見ていた。その者たちが数分もすれば着くと感じたからだろう。水槽から出て直ぐに着替えて椅子に座って待った。
「この部屋の中にいます」
 新、祖母、明菜、裕子の順番で部屋にはいると、姿は見えないが言葉が聞こえてきた。
「お前は、本当に、俺の妹なのか?」
「何を言うのです。兄様!」
「妹、いや、娘のように思っていた。その裕子が、片足が不具合なのに何も思わないのか、俺が知る実の妹だと思ったから都市に招いたのだぞ。それなのに、裕子を治したいと、そうとは考えてもいないのか・・・・裕子のため・・・・そう思ってのことだぞ」
「それよりも、今、どこにいるのです。姿を現して下さい。直ぐにでもお会いしたいのです」
「ああっ、奥にいる。入って来い」
 何か不明な機械が繋がったままで座る。その兄を見ると、我慢できずに駈け寄るのだ。兄は立ち上がってくれなかったので、椅子に座っている前に、膝を折り。手を握るのだ。
「久しぶりだな」
 祖母の兄は、妹に会う前には、怒りを感じているような表情で何かを言うつもりだったのだが、一目見ると、あまりにも久しぶりだったことで、何も言えずに涙を浮かべるのだった。
「何て姿なのです。うぁあ!痛くないのですか?」
 祖母が、兄の腕を掴むと、手の甲の皮が剥がれるのだった。
「再生羊水(さいせいようすい)が新しい物を作れず。交換もできずに長く浸かっていたのでな。だが、いま、都市の機能が復活したので、再生の準備しているところだ。だが、身体の中身は限界らしい。長くは生きられないだろう。だが、お前が常に言っていた。擬人と機械人形が楽しく過ごせる。そんな世界を作ることの協力はできるぞ。まあ、擬人と同じくらいの時間程度なら生きられるだろう。だから、心配するな。あっ、ごめん。また、擬人と言ってしまったな。我らと同じ人あった。すまない。すまない」
「兄様・・・あははは!」
 兄の顔を見続けると、祖母は、何か自分では知らない。何かの思いとも、何かの気持ちとも思える気持ちが抜け落ちたような感覚を感じたのだった。
「どうした?」
「何でもありません・・・でも、なにか・・ああっ、忘れていた。裕子。直ぐに足を治してやらなければ、だが、部品があればいいのだが・・・まあ、無くても調整でも治るだろう。だから、何も心配するな。そう言ってやらなければならない」
「ありがとうございます」
「なんだ。裕子!後ろにいたのか、驚かすなよ」
 祖母は、本当に忘れていたのだろう。だが、兄と会う前なら直すと言う言葉には機械を直す意味のような漢字で言われた。そんな感じで冷たさを感じたが、今では、人を治すと思わせる漢字の言葉と思える温かみを感じたのだ。その感情を感じられたことで、裕子は、嬉しくて心底からの感謝の返事を返した。
「新と明菜を呼んでくれないか、身体の皮膚の再生の準備を頼みたいのだ」
「心配しなくても大丈夫ですよ。先ほどから準備をしています。そうですね。あと、五分もあれば準備が整え終わります。それよりも、久しぶりに妹と会えたのでしょう。もっと会話を楽しんで下さい。治療なんて、楽しんだ後でも十分に間に合うのですよ」
「明菜。心配してくれて本当にありがたいが、薄情な兄様よりも、裕子の方が心配だ」
「ありがとうございます」
「では、行こうか、裕子」
「はい」
 祖母は、裕子にだけは感情を見せていた。声色にも態度にも強気な感情を見せていたが、兄との再会した喜びや様々な感情から涙を流していたのだ。だから、さっさと先を歩き後ろを振り向かなかったのだ。

 第二十五章
 都市の外では、黒髪の国の旗が白紙の馬車の上で旗がはためくのを見たからだろうか、その旗がはためく白紙の馬車の周囲には時間が過ぎることに、他の国から国の王の使者が書簡を持参して訪れるのだ。だが、書簡だけを受け取って使者を追い返すのだ。そんなやり取りを何度かすると、さすがに、国の王は訪れないが、国の王と同格と言うか、元の国の代表者が訪れたのだ。それも、白髪、金髪、赤髪の三国が集ったのだ。そして、-白紙の部隊の部隊長と黒髪の国の部隊長とで、三人の代表者は相対した。黒髪の者は、話を始める前に集った者たちに謝罪をしてから始まった。この場には、黒髪の国の王は、この場にはいない。次の権限を持つ者も女性であり。それでも、近衛隊の隊長が、黒髪の代表だと言うのだった。四か国は、納得して話が始まったが、それでも、問いただしたいことが、一つある。そう言うのだった。
「なぜ、龍神王朝の軍門に下った」
 この場の全ての者が、黒髪の代表だと名乗る近衛隊長に問い掛けるのだった。
「それは・・・」
「その為に、何が起きたのか分かっているのか?」
 他の国の二人も「そうだ、そうだ」と相槌を打つのだ。
「竜神王朝は、我らに属国になれと、書簡と同時に、すでに決められたかのように新領主だと言う者まで一緒だった。だが、国を譲渡する書簡は本物だった。その騒ぎの時に、今度は何が起きたと思うのだ。黒髪の神とは、我らの神と同義なのだぞ。その神が、いや、それだけではなく、伝承者も消えて、宗教も廃止だと知らされては、国の中枢も民も、不審、不安のために手の施しようがないほどの騒ぎになり。全ての国が内乱になったのだ。そう、三カ国の代表者たちは、全てを伝えたのだ。そして、その書簡の内容は本当なのか、いったい、何があったのか詳しいことを知りたい。と問いかけたのだ。
「完全の自治権が認められた。同盟国になる。と、王だけが認めたが、それは、黒髪の国だけの話のはず。だが・・・・・我らも認められるはずもなく、王には退位を願ったのだが、先ほど言われた通りに、我らの国も同じ状況になり。まあ、他にも様々なことがあり。今の状況になったのだ。だが、今の状況も・・・まあ・・・複雑な状況になり・・・・」
「そちらの複雑な状況で言えない。そう言うことだな。だが、我らが訪れた理由とは、この地にいるのだろう。黒髪の神と伝承者が、違うのか?」
「お前らの話を聞いていると、まさか、民を見捨て臣下を置き去りにした。その王が国を取り戻す考えなのか?・・・お前らは、馬鹿か!」
 白紙部隊の一人が、大袈裟な態度で、理解ができないと、天を仰いだ。
「な、なんだと!」
 三カ国の者たちは、自身の怒りの感情を抑えられずに立ち上がった。
「それでは、一つだけ聞くが、お前らでも他の者でもいいが、一人の民からでも、一杯の水でももらえた者がいたのか?」
 白紙部隊の脇で、黒髪の近衛隊の者が無言で聞いていたが、さらに深々と、恥ずかしそうに俯くのだった。だが、三国の者は、何も理解ができずに・・・。
「何を言っているのだ?」
「それは、ない。そう言うことだな。この場の状況を見れば分かる。空腹のために村を襲ったのだ。まあ、村を襲う段階の前に、すでに、お前ら王族は、民から見捨てられたのだ。そんな王などに、国を治めることなど出来るはずがないだろう!」
「我が、王を侮辱するか!」
 三人の国の代表者たちは、同時に立ち上がった。
「まあ、落ち着け。落ち着いてくれ」
「そんなことよりも、神と伝承者には謁見できるのか、何か、いろいろと話をはぐらかしているように思えるが、その確約だけ聞いて、我らは帰る。さあ、さあ、どうなのだ?」
「まあ、構わん。だが、会わられても何も変わらんぞ。あの方たちは、変わられた・・・」
「えっ、何だと?」
「我らを子ではなく、擬人と言われても、お会いになりたいのだな?」
「えっ!」
「そう言うことだ」
先ほどまで三人は怒りを表していたが、想定外の言葉を聞いたために、顔面蒼白の様子でフラフラと、自分の陣地に帰って行った。すると、一時間後だった。三国の陣が移動するのだ。まるで、丸いケーキを三等分して、その中心に一番の目玉と言うべきか、重要な物である。誰かの誕生日と書かれた菓子のように豪華な数席の椅子と焚き火が焚かれたのだ。そして、誰かを迎えるためだろう。この場の一人一人が剣を上空に掲げるのだ。
「うぉお~」
それぞれの国の王が現れことで、この場の者たちは感情を表すことで、王を出迎えることができた。その喜びに答えたのだ。だが、王たちは、儀礼的で挨拶と書類に署名するだけで帰るのだった。すると、片腕とも思える者たちが演説を始めたのだ。この地の正当の権利を長々と話し出した。そして、最後の締めには、黒髪の国と白紙の部隊に宣戦布告をする。そのために皆の力を求めたのだ。勿論、想定された通り。大歓声を上げたことで承諾の返事を受けとったことになったのだ。その声援を聞きながら三カ国の片腕と言われた者たちは宣戦布告するために、堂々と向かった。
「我らは、三カ国の代表者である。誰か、誰か、話ができる者は居ないのか!」
 黒髪の一般の兵は、戦う構えをするだけで声も上げず。白紙の部隊の者は、歳だから耳が遠くて聞こえないのか、いや、聞こえない振りをしているに違いない。だが、それぞれの老人たちは、遮蔽物などで隠れる気持ちもなく、一人一人が好きなように過ごしていた。
「一つ忠告しておく」
 白紙の部隊の数人の怪我人が、自分で包帯を巻きながら「ニヤリ」と笑みを浮かべた。
「なんだ!」
「この黒髪の国の者たちはなぁ。我らが黒髪の王の招待を受けたのを知っているはずなのに酒宴の最中に何の理由も告げることなく矢を放ち。我らの半分の者たちを殺したのだ。お前らも気を付けるといいぞ。また、同じように・・・・ほれ、ほれ、あの者など手が震えて弓の弦を引く力が限界なのだろう。今直ぐにでも矢を放ちそうだぞ」
 この老人は、黒髪の国に滞在して何日目かに、様々な想定の一つのことだったが、国中が騒動になる切っ掛けであり。黒髪の国の王と逃げる時のことを言っていたのだ。
「えっ!」
 その話を聞き、三人は、二、三歩と後ずさりしながら矢を構えている者たちを見た。
「まあ、この者らの隊長は、何やら忙しそうだぞ。わしで良ければ聞いてやるが、どうする?」
「なんだと、貴様にだと!」
「まさか、わしら白紙の部隊の者では役不足と言うのか?」
 老人だと言うのに心身ともに衰えていないのだろう。三人の代表者に殺気を込めた鋭い視線を向けたのだ。
「いや・・・そうでは、ないのだが・・・」
「それでは、聞こうではないか、その話となんなのだ?」
「この地は長い間、神聖な地であり。森林保護区として放置してきたが、我ら三国、いや、元は四国と言うべきか、だが、黒髪の国は正当な後継者のいないままだ。今では無政府状態であり。無知秩序のままであり。ただの都市になったために、この地の支配権は消失したと判断した。そのために我ら三カ国の領地であるのは当然の権利であり。だから、正しい統治を実行しなければならない。その決断のために、三カ国は、白紙の部隊と元の黒髪の国の集団に宣戦布告をする。明日の夕日が沈むまでに、この地を明け渡す猶予を与える。その後、この地に一人でも居た場合は、三カ国の全軍で戦う気構えである」
「それだけか?」
「なんだと、我ら三カ国では、脅威ではない。そう言うのか?」
「そう言う訳ではないのだが、まあ、今の内容を伝えれば良いのだな」
「そうだ。確かに伝えたぞ。だから、さっさと、この地から去れ」
 三人の誰か、特定はできないが、この場から立ち去る時に、捨て台詞を吐いたのだ。
「わしら年寄りでは時間がかかる。黒髪の国の者たちよ。初代様と裕子殿に至急に知らせに行って欲しい。そして、黒髪の国の者たちは、わしらの白紙の部隊の指揮に入ってもらうぞ」
「この場では最年少であり。戦の経験も何もできない子供みたいな者です。それでも、この場では、最高位の公爵の地位がある者です。ですのね、その指示には、皆を承諾させます。それと至急の使いでしたら、一番若い自分が行きます」
「ふっ、何を言っているのです。この場の血族でもなく、爵位も幼子の息子に譲った。婿養子の何の力もありませんが、軍隊の経験がある。そんな、自分が仕切りますので、堂々と様子を見ていて下さい。それでは、誰にするか、お前だ。お前に命じる。使いに行ってこい!」
 この男は、勝手に話に入ってくると、当然のように話を始めて、驚くことに、公爵と同格と思える。一人の着飾っている男を指差すのだった。だが、これは、この場を仕切るには、理に適っていた。誰が見ても指示を拒否しそうな者を選ぶことで規律を作ろうとしたのだ。
「僕なのだね。なぜなのか知りたいけど、至急なら仕方がないね。まあ、行ってもいいよ。それにしても、先ほどまで指揮をしていた隊長さんは、どこに行ったのだろう。仕方がないなぁ」
 独り言をぶつぶつ呟きながら居なくなったのだから知らせに行ったのだろう。だが、五分も経たない頃だった。
「初代様と裕子殿は、この場にいるか?」
 村人の一人の男らしき者が、息を切らせて現れた。
「使いの者と会ったのか?」
「使い?・・・何を言っているのか分からないが、二人が、どこを探しても居ないのだ!」
 この男だけではなく、この場の者たちも、都市の中にいる殆どの者も裕子と祖母が都市の中に入ったことは知らない。
「やはり、我らを見捨てられたか・・・・」
(そうなると、我ら白紙部隊は卓ぼっちゃんだけでもお守りして、この地から出るか・・・)
 この老人は、卓に、紙の短刀を渡した者だが、あの時の様子では、気心が優しそうな人に思えたが、玄人の兵士のような表情で、何やら良からないことを思案しているようだった。
「見捨てた?・・・・何のことだ?」
「何でもない。自分の先の短い老後を想像していただけだ」
「そうか・・・それより、二人は、居ないのだな?」
 白紙部隊の老人に頷かれて思案するのだった。
「・・・・それなら、何処に?・・・」
「何を悩んでいるか分からんが、この場で悩むのはやめて欲しい。こちらも、忙しいのでな」
「あっ、すまない。だが、正気を失っていたとしても、皆の心の支えだったのです。このままでは、村の年寄りは死ぬなら今まで育った家が良いと、皆が村に押しかけるかもしれません」
「なぜ、そうなる。村の者を守るために戦っているのだぞ。理解が出来んぞ。それに、あっ!」
(旗頭が必要だな。村人を仕切っていた者がいたはず。たしか、女性だったはずだ)
「ん?・・・・どうしたのです?」
「いや、なあ、まあ、その・・・姉妹に、この場を指揮ってもらうのは、どうだろうか?」
(そして、この場の頃合いを見て、我ら白紙部隊は、卓ぼっちゃんを連れて村を出る)
「冬実と夏美のことを言っているのか?」
「そうだが・・・・なにか不味いだろうか・・・・ん?」
「女性だし、それに、まだ、若いぞ」
「まあ、何と言うか、指揮と言っても、作戦を考えて、皆に指示をすることが目的ではないのだ。皆の士気を高めるというか、まあ、団結と言うか、そんな意味だ」
「それでしたら、十分にお役にたてるでしょう。それに、初代様と裕子殿にお願いしなくても良いかもしれない。なら、直ぐにでも知らせて、二人を連れてきましょう」
「お願い致します」
 白紙部隊の老人は、内心の気持ちを隠すために笑みを浮かべながら丁寧に頭を下げているようだ。その向けられた男は、老人の気持ちなど分からず。ただ、村と村人たちを助けられると感じて、少々興奮しながら都市の周囲にいる人々の所に向かった。すると、卓は、何処に居るか、何をしているか分からないが、姉妹なら、村の老人や子供たちの世話をしていたことで直ぐに見つけだせたのだ。そして、直ぐにでも、全てを伝えようとしたが、長老たちと視線が合った。その視線には、まるで、何もかも分かっているかのような鋭くて熱い視線で自分を呼んでいる。そう感じたのだ。勿論、その視線を逸らすことも、呼ばれていることを拒否することもできなかったために、視線の者たちのところに向かうのだった。
「視線に呼ばれて参りました」
「あの姉妹に何かを頼む気持ちなのだろう。それなら先に、わしらに詳しく教えてくれないか」
「はい」
 白紙の部隊の老人に会う前に、些細な困り事が仲間内で広がり、裕子と祖母を探していたことから始まり。白紙の部隊の者から提案されて、それが、最高の提案だと感じて姉妹を連れて行く。などのことを簡単に伝えたのだ。

 第二十六章
 自分たちの村から避難して都市の周囲で地面に座っている状況でも、驚くことに子供たちが泣く声は聞こえない。それは、大人や老婆も何も不安を感じていないからだろう。その気持ちの大半が占めるのは、姉妹の丁寧で温かく優しく接する世話のお蔭だった。
「無邪気で天使のようです・・・二人を選んだのは最適な人選を選んだと思いますよ。それでも、あの二人の性格では、人の操り人形となるとは・・・・・短気で気性が荒い。男として生まれるべきだった者だった。皆が知る者・・・大丈夫だろうか・・・」
「なんと言われた?」
「あなたは、何地区の者でしたかな?」
 長老たちの話は、男に伝えたくない内心の気持ちとも思えた。それだからだろう。だんだんと小さな声になり。最後の方は聞き取れない程だった。だが、いや、最後の言葉だけを聞くと男を試している。そうとしか思えなかった。たしかに、この村の者なら姉妹を子供の頃から誰もが知ることだったからだ。その問いかけに男は気が付いたことで、何て答えるかと考えているようだった。
「この村は、自分の記憶では地区で区切られていなかったはず・・・まあ・・・正直に言おう。自分は、元と言うべきだろう。この村の住人だった。それも、何十年以上の昔に村を出て外で育ったのだが、最近のこと、大集団が村に行くのを知って戻ってきたのだ」
「そうでしたか、まだ若いようだが、両親の名前は何と言われる?」
「知らないとしか、言えない。いや、誤魔化すつもりはないのだ。自分の家族は、村を出て直ぐに山賊に襲われて自分だけが助かったらしいのだ。だから、生みの親の名前は知らない。育ての親から聞いたことなのだ。その親も交易人だったことで、その場所を偶然に通りかかったことで、自分の本名も詳しいことも知らない。そう言われたのだ。それでも、馬車は壊されていたが家紋がかかれていたことで、この村だと判断できたらしいのです」
「家紋?」
「これです」
 男は、懐から紙と筆を出して、簡単に描いて見せた。
「ウァハハ。そうでしたか、そうでしたか、ああっ確かに、最近は使われていませんが記憶にあります。それにしても、まるで、子供が読む物語のような話しですね。どこかで読んだというよりも、誰からか聞いた記憶がある・・のですが・・・まあ、あなたを信じましょう」
 一人の長老が何かを思い出して笑を吹きだしたのだ。その長老は、男が誰かだと確信した。
「私たちが姉妹に話があると、貴方が連れて来なさい。貴方も老婆や老人と話すよりも若い娘と話をした方が嬉しいでしょう。それで、連れて来たら私たちから伝えましょう」
「はい」
 何て答えようかと複雑な表情をしていた。その表情を見て・・・。
「あっ、そうそう、もし駄々をこねるようなら長老の命だと言いなさい」
 男は、頷いて返事をするが、その頷きは、自分の思考の計画の確認と思えた。何を思っているのか分からないが、笑みを浮かべる。その表情では、先の未来の夢と言うよりも、過去にあった。人生最高の出来事を思い出している。そう感じるのだった。
「なんだ?」
「あっ、すまない。考え事をしていた」
 姉妹とぶつかるのだった。
「そうか、なら、いい。だが、気をつけろ!」
「あっ、その、待ってくれ。二人を探していたのだ」
「何だと言うのだ!」
「頼みたいことがあるのです」
「何だと言うのか、いや、理由など聞きたくない。即答で断る。その幸せそうな笑みが気に食わない。男が女を見て笑う様子とは、何か嫌な予感しかしないのでな。では、失礼するぞ。なら、オイ姉。何をしている。ほらほら、行くぞ」
「長老の命だとしても断ると、そう言われるのか?」
 姉妹が歩き出すと、その後ろから二人を引き留めようとして問い掛けた。
「・・・・・」
 妹は、身体の痛みを我慢するかのようにして、姉の袖を引っ張って合図を送った。
(妹よ。何だと言うのだ。赤い糸の指示でも来たとでも言うのか?)
 妹に視線を向けて囁くが、苦しそうに首をある方向に向けて、二人で話したいことがある。そんな意味だと感じ取ったのだ。そして、男に提案するのだった。
「少しの時間を頂けないだろうか、二人で話をしたいことがあるのだ」
「勿論、構いませんよ。ですが、自分が見られる視線の範囲にして欲しいが、宜しいか?」
「構わん」
(ここでは、まだ、駄目だ。男に話が届きそうだ。もう少し歩くぞ。そこでならば、ゆっくりと、身体を休ませながら話を聞く。それで、いいか?)
「・・・・」
「身体に寄りかかれ・・・ああっ、では、歩くぞ」
 妹は、不安そうに身体の全ての体重を姉の身体に傾けると、姉は、安心させようとして返事を返すと、二人は、歩き出したのだ。それでも、数十メートルくらい歩くと、男の方に振り向いた。男が頷くと、その場に、姉妹は地面に腰を下ろした。
「大丈夫なのか?」
 妹の身体を心配したが、妹は、頷くだけで、何が起きているのか、まったく、意味が分からないままだった。それでも、病気や怪我ではないことだけは分かったが、なぜなのかは、妹の口を開くのを待つしかなかったのだ。
「もう大丈夫です」
「どうしたと言うのだ?」
「赤い糸の指示を無視したのです。それで、死ぬかと思う程の痛みが体中に感じたのです」
「無視したのか・・・・」
「はい。今までは、赤い糸の指示を感じれば完了させることだけを思案していたのですが、今回の指示は、ある男に係わるな・・でした。それで、誰なのか、いつ現れるのかと考えていたところで、男が近よって来た。直ぐに、ある男だと感じたのです。だから、男と関わらない気持ちで避けるはずが、長老の命だと、脅された。それで、ただ、断るにしても何をするか、思案したら全身に痛みを感じたのです。それも、思考すればするほどに痛みは増すのです。おそらく、長老の指示は、この男の頼みごとに協力しろ。その事で間違いないでしょう」
「そうか、そうだったのか」
 妹が流す涙を見て相当な痛みだと感じたのだ。自分も持病がある。だから、少しでも痛みを軽減させようと、子供が考えそうな言葉の遊びを思い付いた。
「それなら、全ての行動する者を自分でなくて、姉である。わしだと思いなさい。それで、少しは痛みが消える。そう思う・・いや、行動するのは、わし、だと心底から思いなさい」
「はい・・・・・そう考えると、何か痛みが治まって来る感じがします」
姉の提案でもなく、自分が思案したからでもなかった。それは、卓が近づくにしたがって痛みの強さが弱まってきたのだ。それについて姉妹は、勝手に想像した結果だと、納得するのだが、本当のことは、二人の思案の結果では想像も出来ない事だった。
「何か、困ったことは起きていませんか?」
 卓は、何かを知っているような笑みを浮かべながら問い掛けたのだ。
「うっあぁ、驚いた。何時からいたのよ?」
「今ですよ」
「そうなのか・・・・それよりも、何かを堪えている感じなのは・・・気のせいか?」
「いやぁ~何も堪えていませんよ。でも、心配してくれて、ありがとう」
 卓は、確かに、痛みを堪えていた。だが、夏美と違って堪えられる痛みだったのだ。その痛みよりも、冬実と夏美の二人に、左手の小指の赤い感覚器官が反応するほうが気になっていたのだ。それも、なぜなのか、二つの違う内容の指示を感じるのだ。そのために、夏美よりも痛みが弱いのだろう。それと、卓の本当の想い人を確かめる目的とも思えた。それは、この場の三人の男女は、誰一人として気付いていなかったのだ。
「それより、本当に何も困っていないのですか?」
「何も問題はない。と言えば嘘になるが、お前に解決できるとは思えんぞ!」
「そうなのですか、でも、もし良ければ、その問題を解決できるか分かりませんが、何なのか教えてくれませんか?」
「赤い糸の指示が来たのか?」
「はい。それも、なぜなのか、二種類の指示なのです。だから、自分では判断ができず。冬実さん。と夏美さんに係わるのなら自分のことよりも、二人が何か指示されている方を優先しようかと・・・・だから、話を聞かせてくれませんかな?」
「それなら、先にお前の指示を聞かせろ!」
「はい。でも、自分でも意味が分からないことです。ただ、何かの旗を振るか、旗を振らないか、その一つを選ぶ。それだけの指示です」
「そうなのか・・・なら、長老の集いの場所に共に来てくれ。まあ、場所と言っても、そんなに緊張するな。ただ、年寄りが集って茶を飲みながら馬鹿話をしているだけだ。まあ、この状態では飲み食いする物があるか、それは、不明だかな。だから、安心しろ」
「はい。分かりました。それでは、直ぐにでも行きましょう」
 姉妹は立ち上がった。そして、男に向かって頭を下げることで、要件が終わったと合図を送ったのだ。すると、男は、卓に向かって鋭い視線を向けるのだが、直ぐに、がっくりと、何を思ったのか分からないが落ち込んだ様子で、一人で長老たちが居る方向に歩き出した。
「あの男は何なのだ。先ほどは、気持ち悪い程にニヤニヤと笑っていたかと思えば、今度は落ち込んでいるようだが、まったくもって意味が分からん。だが、先に行くと言うことは、わしらには知られては困ることがある。そうだとしたら長老たちと話し合って勝手に決められては困るぞ。では、急ぐぞ。チッ」
 冬実は、夏美の様子を見て、駆け出せないと思うと、舌打ちを鳴らした。
「夏美だけでも、先に行って。あっ、駄目。卓も一緒でないと、赤い糸の選択が選べなくなる」
 まだ、痛みがあるのか、一人だと不安なのか、男性ホルモンがまったく感じられない。女性ホルモンだけの弱弱しい女性を表していた。
「分かった。先に行く。だが、卓、直ぐにでも選択して答えを出せ!」
「もう決めました。僕は、冬実さんと一緒に行く。だから、夏美さんは、先に行って」
「それでいいのか、わしと共に来ない。と言うことは、長老たちの答えが出た後、何も言い訳が出来ない。それは、あの男の指示に従う。その可能性が高いのだぞ。そう言うことなのだな!」
「この様な状態の冬実さんを置いていけないよ。だから、選択は運命に任せるよ」
「そう、運命か、そうか、そうか、冬実か、冬実なのだな。冬実なら仕方がない。そうか、そうだろう。冬実なのか、分かった。先に行っているぞ」
 妹の安堵の表情を見たからなのか、自分の名前を言われたことで、気分が良くなったのだろうか、冬実は、親族か、妹でなければ分からない程の一瞬だけの笑みを浮かべたのだ。それはまるで、恋を楽しむ少女のようだった。
 卓と夏美が、長老たちの集いの場所に来てみると、話し合いが終わっているようだった。それでも、問いかけようとした時だった。
「やっと、来たのか、遅いぞ。何をしていたのだ」
「長老。気持ちを少し落ち着いて下さい。先ほど言ったように、全てを冬実に任せる。そう言っていました。だから、お任せください」
「冬実か・・・そうなのだな・・・・本当に、冬実の指示に従うのだな?」
「はい。全てを冬実さんに従います」
「あっ・・・その・・・あの・・・」
 夏美は、自分と卓が居ない間に何を相談したのか。その結果を一瞬で探った。
「姉よ。何も言うな。決まったことなのだぞ。だから、卓には、白紙の部隊だけでなく、この場の全ての者の指揮をとってもらう。まあ、肩書で見た目だけだから何も問題はないと思う。それでも、その補佐として、わしがと提案したのだが、すまん。努力をしたのだが、姉が側にいることになった。それで、すまないが、納得してくれないか・・・・頼む」
「はい。分かりました。出来る限り頑張ります」
「わしは、この村の者と戦えない者たちの代表として行動する。それと、この男の要求でもあるが、わしの補佐として同行してもらうことになった」
「・・・・」
「そんなに、怖がらなくても良いですよ。わたしが、貴女の身の危険に対しては、自分の命を掛けて守りますよ。だから、安心して下さい」
「そうだな。女好きのふざけた野郎だが、お前ら姉妹に言ったことは、必ず守る男のはずだ」
「・・・・・でも、長老!」
「妹である。わしからも言うが、その約束は守るだろう。もしかすると、この場では、一番信頼できる男なのかもしれない」
「この男が・・・・それより、夏美よ。長老たちと男と何を相談したのか、何を決めたのか、何をするのかを教えて欲しい」
「まあ、それは・・・自分からは言えない。だが、冬実・・・夏美・・・・信じて欲しい。二人だけでなく、この村の皆の命も命を掛けて守る。それに、俺からは、何の相談も指示も頼み事もしていない。それは、信じて欲しいのだ」
「えっ、誰に?」
 この場での雰囲気が話し合いでは収まらなくなる。そんな時だった。一人の長老だけが、気付いたのだが、同じ村の者ではない。それは、はっきりしていた。それでも、長老と同じような歳の老人が、こちらに何の旗か分からないが持ちながら向かってくるのだ。それも、誰に向かっての挨拶なのか、片手を振りながら近づいてくるのだった。まあ、遠くて顔も分からなくても、誰なのか分かった。それは、白紙の服を着ている者だった。
「迎えが来たようです。卓と冬実は、あの旗を持つ者の所に行きなさい。直ぐに行くのです」
 二人は、意味が分からなくても、白紙の部隊の一人の元に向かった。

 第二十七章
 卓と夏美は、長老から言われた通りに向かうのだ。だが、共に行動する、と言った男は、直ぐに向かうことはせずに、なぜか、右手で口を塞いだ。いや、薬指にある指輪に囁いていたのだが、誰にも意味も分からない。それでも、誰かに指示をしている感じの話し方だった。驚くことに、だが、誰一人として気付く者はいないが、都市の上部から無数の小指の爪ほどの機械が放出されたのだ。男は、空中にキラキラと光る無数の機械を確認すると、卓と夏美の後を付いて行った。
「卓ぼっちゃん」
「また、その呼び方なのか、まあ、仕方がないか、それで、何が遭った?」
「この旗を振る者を探していたのです。それで、長老の集いの場所に行こうとしていました」
「そうだったか、それなら、自分が旗を振る。だから、長老の集いに行かなくてもいいぞ」
「そうでしたか・・・・それで、その女性は?」
「わしも、卓が一人では大変だと感じて、非力の女性だが、少しの支えるくらいなら出来るだろう。と、共にきたのだ。もしかすると、女性だと迷惑なのか?」
「いえ、こちらから、ぜひに、お願いしたい。それで、長老たちと交渉しようと来た所でしたので、本当に、助かります・・・本当に、こんな旗を持ちながら歩くと腰が痛くて・・本当に助かりました」
「そうでしたか、なら、良かった。それでは、わしが旗を持ちましょう」
「では、お渡しします」
(ほう、自分で言う通りに、それなりに、力があるのだな。これなら、任せるのもいいか)
「大丈夫?・・・自分が、持ちましょうか?」
 卓が問い掛けた。
「一般的な非力な女性だと、わしも同じだと思っているのならば、マジで怒るぞ」
「まあ、まあ、それくらいにして、初めての共同作業だと思えば・・・楽しいと思いますよ」
「キャー。ななっな!何を言うのよ。もう~馬鹿ねぇ!」
「えっ?」
 卓は、意味が分からなかったが、夏美は、十分に意味が分かり。少女のように恥ずかしがるのだった。その気持ちを誤魔化す気持ちだったのだろう。突然に一人で走り出して、目的の場所に着くと、直ぐに、白紙の馬車の上に登り旗を振るのだが、もしかすると、恥ずかし気持ちを吹き飛ばす気持ちなのだろう。旗を無茶苦茶に振り回すのだった。その夏美の姿は見ようによっては踊りとも思えた。その踊りは、卓が隣に立つまで続くのだが、白紙の部隊の者たちが笑っているのには気付いていないようだった。そして、やっと、男と旗を持参した老人は笑いを堪えながら卓と夏美が乗る白紙の馬車の前に着くのだった。
「卓ぼっちゃん。それでは、駄目ですよ。旗は振るのではなく、高く掲げるだけでいいのです。ですが、何が起きても倒してはなりませんぞ。旗を倒すことは、勝機が消えるとされ、死と同義だと思って下さい」
「分かった。必ず守る」
と、卓が頷くと、垂直に掲げた。すると、夏美も細長い棒を両手で支えるのだった。
「皆の者、卓ぼっちゃんが、旗を掲げて我らを見守ってくれるのだ。その気持ちに答えるために、何があっても敵の力に屈してはならんぞ!」
「うぉおおお!」
 老人たちとは思えない程の力強い声援からには猛々しい力を感じたのだ。すると、周りにいた。村の男たちだけでなく、黒髪の国の者たちも負け戦だと感じていた。その気持ちが振るい起こされて、心身ともに戦う気持ちが高まった。そんな状態だと言うに、一人の男だけは他人事のように上空を見ていた。それは、無数の機器が指示された通りに、夏美の周囲を監視するように配置された。それを確認すると、囁く声が・・・・・それは・・・・。
「弓矢や針のように小さい吹き矢だとしても発見して対処しろ」
と、それは、誰にも聞こえない程の囁きの声だった。
「なんか・・・・霧だろうか・・・遠くの視界が見えなくなってきたが・・・大丈夫だろうか?」
 二人は、霧と思っていたが、それは、無数の小さい機器であり。その正しい正体については分かるはずがなかった。
「あっ、夏美さん。ごめんね。今、旗に集中していて、何か言ったかな?」
「何も言っていない。だから、何も気にするな」
「う~ん。うっうう。結構、揺れて、難しいものだね」
「まあ、いいか・・たしかに、微風でも揺れるな」
 卓は、旗を操ることに夢中で話を聞いていなかった。それよりも、自陣では、二人の様子を見て少々の笑いもあるが、他の陣では、旗を掲げたことで、宣戦布告を承諾した。と勝手に思われて、少々だが周囲が騒がしくなってきたことも、二人は気づく余裕もなかったのだ。それでも、宣戦布告を宣言した。他の国々の方は脅しだけで戦う気持ちがなかったのだ。まあ、戦などは、する方が勝手な気持ちで始めるのだから仕方がないこと。やはり、三カ国が戦端を始めた。いや、正確には、脅しの目的で数えられる程度の矢を放ったのだ。すると、空中で全ての矢が跳ね返り。三カ国の者たちは驚嘆したのだ。勿論、その原因は、空中に浮かぶ無数の機械が、矢に向かって体当たりした結果だった。それなのに・・・・。
「卓ぼっちゃん。まさか、神風でも吹かしたのですか?」
「何を言っているのか分からん。そんなことよりも集中しているのだ。邪魔をするな!」
 矢を放った方も放たれた相手も驚愕していたのだ。そして、適当な返事を聞いたことで卓が神風を吹かせたと、皆は勘違いするのだ。勿論だが当然の反応として再度の神風を期待から何度も「神風」と叫び続けるのだった。その叫び声が、同族には頼もしいが、三カ国には恐怖としか思えず。その叫び声が続く程に心身ともから感じるのだ。神風に当たると、普通の死に方ではなく死後の世界にも行けずに魂まで消される。そう思うと、恐怖が倍増するのだ。この様な状態では戦いになるはずもなく、いや、個々の者たちは、恐怖の感情から風を感じると、命令など無視して無茶苦茶の方向に矢を放つのだ。だが、運命の悪戯か、運命の時の流の修正だろうか、風が吹いてくる方向は、卓と夏美が掲げる旗がある陣の後方からなのだった。それも矢を止める程でも方向を変えることも出来ない風であり。もし意味があると考えるのならば旗をはためかせる程度の効果しかないはずだ。いや、確かに風には意味が・・・・・。それは、都市の中での出来事である。この場合のために意味があったのだ。
「あの~~馬鹿が!!!目立って~~どうするの!!!」
 都市の制御室が外の無数の小さい機器から映像が送られてくると、裕子は突然に、悲鳴のような声を上げた。そして、何を考えているのか・・・・・。
「ぶ~ん。ぶ~ん」
 都市の中に警報が響いた。だが、何も都市の中では非常警報を知らせることは起きていないのだ。それならば、何が起きたかと言うと、裕子が、制御室の画面に卓が旗を掲げる姿を見ると、殆ど同時のことだった。何を考えているのか、壁にある手動で起動する非常警報を発動させたのだ。すると、室内にいる全ての者が、裕子に視線を向けて問い掛けるのだ。
「え・・・・裕子。何をしているのだ!」
と、祖母だけが、一声だけだが声を上げることができたが、それでも、何をするか見るだけで止めることはできずに、五分は、茫然としていただろう。
「あの馬鹿の表情を見て分かりませんか・・・・あれは、旗を掲げることで我慢している苦痛ではなくて何かの痛みを我慢している表情・・・・そうだとしたら間違いなく運命の修正とは逆のことをしているはず」
「そう・・・なのか?・・・・」
 祖母は、理解して答えるのではない。無意識で反応しているだけだった。それは、裕子も同じ状態で何が起きているのか、声に出して確認しているだけだったのだ。
「もう~あの子は~~お仕置きしないと駄目だ。あの馬鹿は、今でも、まだまだ、自分を幼子とでも思っているのか!」
「裕子。落ち着くのだ。落ち着くのだぞ。それから、身体の点検をしよう。なあ、点検しよう」
「あの馬鹿は、わたしが困る姿を見られると、絶対に心の中で喜んでいるはず。もう~昔を思い出す。駄目だと言うと、やるのは、子供の頃だけだと思ったのに、もう~まだまだ、子供の気持ちが抜けない。それなら、最大のお仕置きで子供の気持ちだけでなく考えまでも綺麗に抜いてあげよう。だから、待っていなさい。直ぐに行ってあげるわ。くっくくく」
「・・・・・」
 裕子がいる室内の者たちは、恐怖を感じていた。それは、人工人形が人に体罰を与える。と聞いては、裕子が狂ったと思ったからだ。
「この都市を救助することを任務として派遣された。七七九番だ。救助のために音声認識を実行して欲しい・・・・・・・変更を確認・・・実行する」
 裕子が声を上げると、都市が実行したことの証明だろうか、裕子の身体から機械的な音が聞こえるのだ。それは、裕子の指示が都市から許可された反応であった。それでも、歩きながら命令を言うのだが、普通なら許可されないはずの命令をも実行され続け、都市の中で出会う人々も驚くが止めることも出来ずに、その場で立ち止まることしか出来なかった。そんな人々の様子など無視して、裕子は、命令の実行を歩きながら続けるのだったが、全てを制御室から見ている者たちがいた。
「まさか、正面の入口を開ける考えなのか・・・・・止めなければならないぞ・・・だが、なぜなのだ。何をしても指示が受けつけないぞ!」
「それは、そうだろう。今からでは何をしても遅い。裕子が、奥の手を使ったのだ。まさか忘れたのではないのだろう。この都市は救助を要請したまま長い時間を待った・・・誰も来るはずもないのに・・・それでも、皆は、救助を期待していた。
「何を言っているのだ?」
「まだ、分からんのか、裕子は、この都市の救助要請を受けて、この都市を救いに来たとして偽の通達したのだ。そして、都市から救助の要請を受けたのだぞ。その場合の特例として、都市の頭脳に不具合があると判断を下したのだ。その是非を問う機能は都市の頭脳にはない。その機能を利用して都市を乗っ取ったのだ。だから、何をしても無駄だ」
「それならば、裕子は、狂ったのか?」
「まあ・・・裕子は、狂ったと言うよりも・・・・なあ、考えることも馬鹿馬鹿しいことなのだ。そうだろう。母であるお前なら分かるはず」
 裕子の機能状態の判断を妻に託した。
「そうね。裕子の絶対者である。何事でも優先して許可を求めるはず。その祖母様の身を守る命令など無視して許可を取るのも忘れて、あの慌てよう。恐らく、卓を救うために行動しているはず。もしかしたら壊れているのか、いや、違う、進化したのか、それは分からない。でも、母と認識しているのか、いや、あの態度で、あの様子の行動では、子守を任された姉の感情でしょうね。まさか、産みの親である。私たちに怒られる。まさかね。まあ、祖母様のことよりも、今の様な我を忘れる程とは、本当に手間が掛る子供だったのね。ふっふふ、裕子。あなたにお礼を言うべきだったわ」
「と、言うことは、卓のためなら何でもする。それは、壊れている。そう言うことなのか?」
「ねえ。裕子との最後の別れの時って、何て言葉を託したのか、憶えている?」
「何を落ち着いて思い出を浮かべて楽しんでいる。あっ、また、何かの指示を伝えているぞ」
 裕子は、都市の内部側の正門の前で立ち止まり。都市に指示を伝えている。その様子を制御室の画面を見て騒いでいるのだった。
「そんなにカリカリして、裕子が原因で、この世が終わる。みたいに思わなくても」
「う~ん。あの当時・・・裕子に何て託したかだと・・・・」
「お前ら夫婦は、何を気楽なことを話している。この危機的な状態が分からないのか!」
「ふぅ~では、そこまで言うのなら都市の頭脳に聞いてみるか?」
「そんなことが出来るのか、たしか、先ほど、都市機能が乗っ取られたと言ったではないか!」
「命令を止めることも、命令をすることもできないが、何を命令されたかを聞くことはできるはずだ。どうする?」
「救助端末の指示を伝えることは出来ます。それとも、何かの指示を求めるのでしたら五分後の再起動を完了後に指示を実行が出来ます」
 都市の頭脳が正常だと言う証拠が、室内の機器から流れた。
「それなら、裕子から何と命令されたのだ?」
「救助端末からの最後に指示された命令は、非常扉を開けて一分後に扉を閉める。その後、都市頭脳は正常な判断が出来るとする。再起動後に従来通りに判断して対応をしろ。と、指示をされました」
「それでは、裕子は、今、どこにいる。それと、都市の正門は開かれていないのだな?」
「はい。正門は、閉じたままです。裕子と言う者とは・・・」
「少しは落ち着け、右にある画面を見ろ。裕子なら外にいるぞ」
 画面の中の裕子は、非常扉を閉め、何かを探しているようだった。
「その者でしたら、行き先の判断はできませんが、何か急いでいるようです。外にある端末で追跡を致しますか?」
「あっ・・・いや、それよりも、都市の機能を確認しろ。正常だとしても不安を感じる。それと、些細な箇所でも変更された箇所があれば直ぐに報告しろ。最後に、あの方の部屋や機能などは最重要な項目として、直ぐに報告しろ!」
「俺は、確認のために、あの方にお会いする気持ちだが、お前らは、どうする?」
 男が問い掛けるが、端末が自由になると分かると、都市の外に知り合いなどが居る者は、自由に端末を動かして、それぞれが個別の画面を見て喜怒哀楽を表すのだ。勿論と言うべきなのか、男の問いかけなど耳に届いていなかった。仕方がないと感じたのか・・・・。
「まあ、俺以外は既婚者だし、都市の外には知人もいるのだから仕方がないことか・・・・」
 誰に聞かせる訳でもないためなのか、ただ、愚痴を言っただけなのか、一人だけで、この部屋から出て行くのだった。そんな様子も気付かずに画面に集中しているのだが、その中の一台の画面には、誰も見ていないが、裕子が走る姿が映されていた。そんな、裕子は・・・誰かに見られていると感じるのか、周囲を見回しながらも目的の場所に急いで向かうのだ。

 第二十八章
 都市の周辺に居る者たちは、今では都市の正門の開閉など興味も関心もなくなっていた。それよりも、自分たちの村の方に興味を向けて不安そうに視線を向け続けていた。勿論のことだが、この先の絶望的な状況を思い浮かべて落ち込んでいた。そんな状況で、裕子が、非常扉から出て来たことも、何を急いでいるのか、などのことも、誰一人として見たとしても記憶にも残らないことだった。
「代理を立てなくては、御主人様みたいな良い男(裕子の思いだが・・・)まあ、居ないだろうけど、出来れば、見栄えが良い者がいいのだが・・・誰か適当な者が・・・・・・あっ!」
 人工知能の判断でも驚きを表す程の見栄えの良い男性だった。歳も卓と同じだと思える。最適な人物だと思えたのだ。だが、この男は、驚くことに裕子の言葉が聞こえたのかと、そう思う行動をするのだ。手を振りながら近づいて来るからだった。そんな裕子も驚くが・・・・。
「やっと会えました。随分と探していたのですよ~~とっとっと~待って下さい!」
 歳の若い貴族の優男であり。自分より歳下の公爵から人を探す様に命令された者だった。
「遅い。遅すぎる。何も考えずに、ただ、それだけで良いから走れ!」
 裕子は、男の手を握ると、急かすのだ。抱っこでもした方が早いと思うが、それでも、男を無理矢理に引っ張るのだ。もしかすると・・・手を握る程度以上のことは、主である卓以外は許されないのだろう。それにしても、この男に対しての扱いが雑なのは、おそらくだが、人工知能の絶対規則からではなく、ただ、男に触れたくない。そんな感情と態度と思えたのだ。
「馬車の上にいる。あの方が見えるだろう」
「え?・・・・旗を振っている人のことだろうか・・・・」
「そうだ。あの方は、わしの主なのだ。あの方の、あの行動は、この先の人生にも影響するだけではなく命の危険にも繋がる。だから、お前には、あの方の代わりに、あの旗を振ってもらわなくてはならない」
「えっ・・かなり大きな旗で・・・重たそうですね。自分に持てるだろう・・か・・とっとと!」
「何を言っているのだ。お前は男だろう。駄目でも、死ぬ気で旗を振れ!」
 裕子は、力一杯に優男を引っ張りながら主が居る場所に向かうのだが、内心の気持ちが我慢出来ずに怒りの形相のまま馬車に向かった。そして、裕子の人体機能で一飛び出来る所に来ると、優男の手を放して一気に飛ぶのだった。
「あなたは、馬鹿ですか!」
 裕子は、脳内の機能が短絡して狂ったのか、主の頬を殴り。旗を取り上げて優男に投げたのだ。勿論、受け取れるはずもなく、地面に刺さるのだ。
「ゆっ裕子!」
「私や祖母様、いや、主様の関係する全ての者が、主様を幽霊、いや、死んだことでも足りず。些細なことでも人々から記憶にも残さず。この世界から一切のしがらみを無くすように行動しているのですよ。それなのに、自分から目立った行動するとは、何を考えているのですか!」
「まて、まて、何を言っているのだ?」
「もう~ですから、運命の人と結婚する気持ちがあるのですか、そう言っているのです」
「あるに決まっているだろう」
「それなら、なぜ、なぜなのです。幼い頃から言いましたように、この国、この世界、この先の未来にも、一切の痕跡を残してはならないのです。そのための運命の修正なのです。それなのに、なのに・・・・うっううう」
「ごめん。裕子。ごめん。ただ、裕子が絵本を読んでくれた。あの主人公のように王位を捨て農家になる。そんな軽い気持ちだった。もうしない。気持ちも改める。だから、泣き止んでくれないか、頼むから、なぁ、お願いだ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「オイ、優男。旗を持って上げって来い!」
 裕子は、別人のように命令をすると、直ぐに、主に顔を戻し縋り付くように泣くのだった。「・・・・・」
 卓は、驚いて何も言えなかった。そんな様子を見て、姉妹は・・・。
「女だな。大人の女だな。わしら姉妹より。その女を妻にしたら、どうだ?」
 卓が、何か返事を返したのだが、人々の怒声が響き聞き取れなかった。
「旗を捨てたぞ。旗が地面に付いたぞ。この戦いの勝負を捨てたぞ。我らは勝てるぞ!」
人々の怒声は広がり続けた。先ほどまでは神風に恐れ。恐怖から逃げ出そうとしていた者たちが、神風と同じような神頼みと同義でもある。勝利を左右する旗を投げ捨てられたのだ。それを見た者たちが叫ぶことで、この地での再度の開戦の合図となり。第二幕が始まり。最終決戦でもあった。
「御主人様。直ぐに、馬車の上から降りて逃げて下さい!」
風向きも、卓を狙うかのように変わり。矢の嵐が向かってくる。それも、矢もはっきり見えるのだが、何本なのか分からない程で、まるで、磁石に繋がる無数の砂鉄のような矢の数の様子だった。直ぐに、裕子は、卓と姉妹に逃げろ。と叫ぶが、防げるはずもないのは、この場の者なら誰でも分かることだった。
「いや、残る。裕子は黙って見ていろ。夏美!俺に力を貸せ。俺と一緒に赤い糸で矢を防ぐぞ」
「はい」
 夏美は、何の不審に思わずに、無意識で何を求めているのかを悟って応じたのだ。
 卓は、空中の矢にだけ気持ちを向けていた。そのために、赤い糸の指示ではなく、内心の想い人。それも、自分の意志ではなく左手の小指に繋がっている人に、自分でも分からずに、想い人の名前を叫んでいた。冬実は、無言で裕子の指示にしたがい馬車の中に隠れた。そんな周りの状況など見るゆとりもなく、卓と夏美は、赤い糸を最大に伸ばし、縮めるを繰り返すだけでなく、回転させて矢を落とすために回して振り回した。それでも、矢の数が減っている感じに思えない。不自由な身体の裕子が片足だけで飛び跳ねて、卓のことを心配しながらだが、自分の陣営の者から矢が当たらないように薙ぎ払っていた。そんな状況なのだが、ある男が落ち着いて状況を見ていた。
「隊を組めるのなら組め。そして、盾を頭の上に掲げろ!」
先ほど無数の小さい機器を操った。男だった。そして、再度、小声で機器に命令を出したのだ。だが、個々の連携が取れていない。と言うよりも、風の向きと強さで、矢に意識があるかのような動きを見せるのだった。矢の嵐の塊である第一群と言うべき嵐は防いだ。そして、第二群もかろうじて、だが、第三群は、もう数十秒で頭上に降り注ぐ。と感じた時だった。
「亜希子様。お願いです。皆を助けて」
 裕子は、誰かに伝えたいと言うより、囁きで神に頼んでいるようだった。
「何だと言うのだ。声が小さくて聞こえない。何か用事でもあるのか?」
 裕子の体内から声が響いた。それは、自分にそんな機能があったのかと、そんな驚きを表していた。
「祖母様。お願いです。助けて!!」
 人工声帯が壊れるかと思う程の叫び声を上げた。
「そんなことか、すでに実行している。上空をみろ!」
 空に小さい穴が開いたかと思う状態が、段々と大きくなり。黒い円形が見えていた。その本態は透明で大きな円盤のような物だった。だが、その黒い物はと、空中に舞い散る砂や風で運ばれた砂だった。正確にいうのなら砂鉄だけが吸い付いた物で、黒い物が大きくなるごとに空中を飛ぶ矢も方向を変えて、上空に浮かぶ黒い物の方向に吸い寄される。
「これで、この先も矢の心配はするな。後は、お前が好きなように行動しろ。わしが許す」
「はい。ありがとうございます」
「冬実。まだ外に出るな!」
「えっ、あっ!」
 人工的な微細な機器の霧は霧散したかのように消えていた。だが、それは違う。矢に当たり共に地面に落ちていたのだが、それでも、小指の爪ほどの機械の数は減っているが、ある一点の方向に集まりだし驚くことに男の身体に付いたと思うと、鉄、いや、ステンレスのような素材だから黒い物体にたいして影響はないが固まると鎧に変わったのだ。
男は、冬実に叫ぶと同時に駆けだした。その時に何かを呟いていたが、その結果が鎧なのだろう。それで、何をしたかったかは、鎧に金属が跳ね返る音が聞こえたことで、冬実は、悟るのだ。自分の命を助けてくれたことに、すると、長老が言われたことを思い出す。それだけでなく、幼い時にも感じたことを思い出しながら思考を続けて、その結果の答えが出た。
「お父さん?」
「そうだ。そうだぞ。それよりも、どこも怪我は無いのだな?」
「はい」
「このまま馬車の中にいろ。それ程まで待たなくても、この状況に結果がでる」
 男は、自分だけ外に出ると、馬車の扉をゆっくりと閉めた。すると、何の驚きも感じずに結果が始まっているのを見続けた。それは、上空の黒い物体が、個別に磁力を発生できるのだろう。敵の陣営だけに、刀、盾、弓矢や短剣など武器と衣服が裂けて防具だけを吸い寄せるのだった。これで完全に、戦意が消えるだけでなく、地面に土下座して、自分が信じる神の名前を叫びながら命乞いをするのだった。その様子を見て、白紙の部隊は、三度目の戦いにならないように捕虜の扱いなど無視して無理矢理に一か所に集めた。その周囲を白紙の部隊が囲い武器で威嚇した。だが、そこまでしなくても殆どの者が裸体なのだから考え過ぎだと思えた。そんな状況の時だった。裕子が、国ごとの最高上級者である王と同等の者たちを紐で縛り引きずるように連れて現れた。これで、完全に戦が終焉したのだ。皆は安堵したのだが、ある一人の男だけ泣きながら助けを求めた。
「あっ、お前のことを忘れていた。旗なら振らなくていい。指定の場所に立て掛けていいぞ」
 裕子の指示を聞いて、息を切らせながら所定の場所に向かうのだが、その途中で、卓と夏美の二人が話をしているのを見かけたのだ。何を話しているのだろうか、と一瞬だけ考えたが直ぐにでも旗を片づけて楽になりたい。そう思って見なかったことに・・・・それでも、何の内容なのか分からないが、耳をかたむけていた。
「あなたは、冬実さんではなく、夏美さんですね?」
「何を言っているのだ?」
「もう大丈夫だよ。運命の試練は終わったのですよ」
「てっめぇは、何を考えているのだ。お前が想っている人と、出会い、結び付きが、仮に終わったとして、それで、全てが終わりなのか、相手の人間関係、相手の想い。感情、常に何を考えているのか、その者が考える人生の夢など、考えれば限りなくあるぞ。それが終わらせるのが、まあ試練だと、わしは、思うのだが・・・そんな不思議な顔をするとは、男であるお前が簡単に考える思考は、雄と雌である。その種(たね)である男と畑である女の違いなのか、それとも、お前が馬鹿なのか?・・・・・と一瞬だけだが考えた。その結果では、わしは、お前の運命の相手だと思えない。もし別の運命の相手に、お前が言ったことを問い掛けたとして答えは、わしと同じだと思うぞ。まあ、運命の相手が、わしだと言っているようだが、わしは姉だが、妹だとしたら無言で殴られることを覚悟した方がいい・・・そう思うぞ」
「そうなのです・・・・か?・・・」
「当たりまえだろう。運命の相手とは神聖なことだ。お前の思考は違うとしか思えない。まるで、覆面を被っている女性の中から誰かを当てる遊びとしか思えないのだ。この先の人生の全てを捧げる相手なのだぞ」
「この先、何が遭っても、運命の相手を守る」
「それだけか?」
「えっ!」
「それだけなのか、まあ、お前の運命の相手の代わりに答えてやるが、この先の収入は・・・それに、夢はあるのか?・・・子供を作りたくない。そう言ったら・・・嫁に行くのでなく婿が欲しい。そう言ったら・・・お前の家族と同居するのか・・・嫁の方の家族とも同居していのか・・・などなど、とまだまだあるぞ」
「あの、あの、あの、待ってくれ」
「まあ、まあ、わしは関係ないのだが、一番の問題は、運命の相手とは聞こえはいいが、まるで、遠い先の未来に最高の遺伝子だけを存続させたい。そうとしか思えない神の意志を感じるのだ。それも、悪意の意志しか感じられないぞ。それで・・まあ、そのだな。神の意志などは良いとして・・その女性を・・・どれだけ愛しているのだ?」
「僕の愛する思いは、神にも誓えます。君を病める時も健やかな時も・・・」
「馬鹿、そう言う意味ではなくて、もう~仕草が好きとか、もうもう~何を言わすのよ。馬鹿!」
「あっああ・・・そう言うことですね・・・・僕は、君を運命の人だと感じています。君は違うと言いますけど、それでも君だと思って言いますが、君の話し声が好きだよ。今は廃れた旧都の方言が少しある話し方が好き。嬉しいとコロコロ踊るような声色も好きだよ。少し女性らしい突き出た唇も好きだし、キラキラと澄んだ瞳は内面の純粋を表しているようで誇り高くて凄い夢を思い描いているようで好きです。それに、一つお願いするなら、短い髪にはしないで欲しい。肩くらいまである髪が好みかな。それと、時々、後ろで一つに束ねるのもいいね」
「・・・・・」
「それに、良い母にもなると思うよ。その確証はね。裕子は、正しいことも、悪いことも厳しく教えてくれた。それでも、時々、困らせようとして、返事をしないで、もう何も言わないでよ。と癇癪を起こして、そう言うと、元々、人に逆らうことができない。そんな心があるらしく、ぎりぎりの感情で、「もう菓子を作ってあげませんよ」そう苦しそうに顔を歪めて言っていたよ。それに近い感情や思いが、君から感じられるから良い母になる。そう言う意味だよ。だから、そんなところも好きだよ。それに・・・・」
「?・・・・・」
「・・・まあ、女性に言うことではないけど、時々、君は、胸が大きな女性の人を見ると、落ち込んでいるようだけど、君の胸は、ほどほどに大きくて、柔らかそうで、僕は、君の胸が誰の胸よりも一番大好きだよ。だから、堂々と胸を張っていいよ」
「もう、やっぱり、男って馬鹿ね・・・・そんなに好きなら・・・触ってもいいわ・・よ」
 夏美は、初めは怒っていたが、最後の言葉は、かすれて、微かに、卓の耳に届くのだった。

 第二十九章
 卓は、これで、夏美の胸を触れば全てが終わりだと、単純に思った。当然のことだが・・・。
「お前らなにしているのだ」
 冬実は、馬車の上の二人の会話が聞こえたから上がってきたのではない。矢の嵐、戦う喧噪などが聞こえなくなり。安全だと感じたからだった。それなのに・・・・。
「わしのほうが、胸も尻も大きいぞ。それに、わしが夏美だと忘れていないか?」
 冬実は、再度、言葉を掛けた。だが、誰も人がいなかったのではない。馬車の周囲には、大勢の人々が、それぞれの違う思いを浮かべながら無言で見ていた。それも、冬実が現れたとしても、もしかすると、恋愛劇、いや、軟弱な二股男のお笑の劇でも見ている感じにも思えた。
「お前は、何を見て頬を赤く染めているのだ。それに、鼻の下も伸びているぞ。勿論、わしの胸を考えてだろうな!」
 冬実は、夏美の隣に立ち・・・・。
「ほれ、ほれ、触ってみるか、好きにしていいのだぞ」
「その手はなんだ。何を考えているのだ。先ほど、わしに、いや、わしは夏美ではないが、それでも、わしに告白したと言うのに、胸を触れるのなら誰でも良いのか?。お前の赤い感覚器官は反応しているみたいだぞ。先ほど言った本心を見極める赤い感覚器官は信じられんな。まるで、男の大事な物が反応するのと同じではないか!」
「その、その・・・」
「何か言いたいことでもあるのか、先ほどの告白としたと言うのに、今では、わしでない胸を見て頬を赤く染めているではないか、先ほどのあれは、嘘のようだな!」
「その・・・その・・」
「わしは、これから用事がある。でもは、行かせてもらうぞ」
 卓は、親も家族もいないまま育ったことで知らなかったのだ。相手の想いを確かめるだけにして、親や親族に知人などに紹介することなど考えなかった。もしかすると、卓は、二人だけの世界に飛んで生きて行くとでも考えていたのだろうか、そんな、思考など無視されて、最終の修正である運命の時の流の修正が開始されたようだった。
「男よ。先ほど、妹との話を聞いていたが、わしの父親らしいな。だが、わしは、信じないぞ。それよりも、何か要件などがあって、この場に現れたのだろう・・・まさか、わしらに会いたかったなど、と言うつもりではないよな?」
「ああっ勿論だ。愛する妻の村である。この村を救いにきたのだ。もし娘と会っても何十年と会ってないのだから分からないだろうし、見た目の歳も自分と同じようでは、娘だと思われることも、思うこともないだろう。だから、ただの男だと思って好きに使ってくれて構わんぞ」
「それは助かる。それでは、一つ聞くが、その見た目が本物なら不老不死なのか知らんが、かなりの医療技術があると、そう判断するが、わしらにも医療技術を利用できないだろうか?」
「えっ健康そうに見えるが、姉妹で難病でも掛かっていたのか?」
「う~ん。まあ、正直に言うと、そうだ」
「わかった。即答はできないが、少し時間をくれないか?」
(今の話を聞いていたのだろう。娘たちが難病らしい)
 すると、時間とは、このことなのか、虚空を見つめ、誰にも聞こえないように誰かに向かって囁くのだ。
(私の娘たちが難病ですと、少しの間だから待っていて、今直ぐに相談してきますから・・・)
(分かった・・・ん・・・もう行ったのか・・・まあ・・急ぐ気持ちは分かるが・・でもなぁ・・)
 娘の為に向かった。ある部屋へ、と、その様子は、まるで、誰かの危篤とでも聞いたかのよう様子で都市の中の廊下を駆け出したのだ。
「そんなに、急いで、如何したのですかな?」
 女性は、ある部屋に行く途中の廊下で二人に出会うと、女性の方は不機嫌そうだが、もう片方の方から問われたのだ。その二人とは、祖母と、その兄であり。この都市の主であった。
「この都市の治療機械を使わせて欲しいと、お願いしに伺う気持でした」
「そうか、そうなのか・・・・むっむっむむむ」
「私の娘なのです。お願いですから助けて下さい。お願いです。お願いです。お願いします」
 この女性は、都市の主の悩む表情を見ると、その場で土下座をしてまで何度も願うのだった。
「むむ・・・まあ、この先のことを妹と二人で、今まで相談していたところだったのだ。その相談の中には、勿論だが治療の問題もある・・・のだが・・・・・」
「娘を助けて頂けるのならば、どのような対価でも構いません。もし私の命でも・・・・」
「まあ待て、少し落ち着くのだ。お前ら夫婦は、この都市に来るために様々な苦労や大事な物である。都市の外の世界の人生を捨ててまで俺の病気を治したのだぞ。まあ、だから、借りは返したい・・・が・・・」
「それは、夫が勝手にしたことです。私は・・・私は、娘との絆を断つことになる。それを知っていたのなら・・・」
「それ以上は言うな、その後の言葉も聞きたくないが、兄様が黙れと言ったのだ。その命令にも従わないことにも怒りを感じているのだぞ。だから、黙れ!。もし一言でも言ったら殺すぞ」
 女性は、泣いてしまった。その様子を見て、祖母は、ますます怒りを表した。だが・・・」
「まあ、治さないと言っているのではない。だから、泣くのはやめなさい」
「・・・ひっく・・・・ひっく・・・」
「妹よ。お前もだ。少し落ち着け」
「でも、お兄様。あの・・・ですね」
「それよりも・・・妹よ。少し考えることがある。少し静かにしてくれ・・・・・都市の復旧は、何パーセントまで完了している。それと、何パーセントまで復旧できるのだ?」
 廊下の天井に向けて話を掛けていた。おそらくだが、音声端末でもあるのだろう。
「・・・・やはり、自分が考えていたほどまでの復旧は無理か・・・・・仕方がない。制御室から手動で調べるしかないか・・・・」
「・・・・現在は・・・・五十パーセントが・・・完了中・・・です。その後の・・・修復の完了の・・・パーセントは・・・・」
 問われた方は人工頭脳だったが、人の聴覚では聞こえない程の小さい音量で始まり、段々と大きくなるが片言であり。それでも、端末と端末の接触不良のような音声が、問いかけた者があきらめて歩き出すと、やっと、人の聴覚でも聞こえる音声が流れたのだった。
「おっ!復旧されていたか、それで、歩きながらでも音声は聞き取れるか?」
「・・・可能・・です・・・が・・・」
「何だ?」
「液体端末の製造の・・・・量によって・・・パーセントを上げる・・・ことが可能・・です」
「なら、飛ぶだけでなく飛行も移動も可能なのだな」
「可・・・能・・です」
「それなら、都市を開放し、周囲にいる者たちの協力を願い。原料を集めるだけでなく、製造に人手をあてた場合の完了までの時間を出せるか、それと、液体端末に必要な原料は、この周囲にあるか?」
「樹液が原料ですので、問題はありません。粉末端末も十分の在庫があります」
「おっ!。この場所の修復は、もう終わったのか、なら、このまま他の箇所の修復も早いな。と言うことは、問題は樹液を集める時間しだいだと言うことか?」
「はい。収穫の時間が修復の時間となります」
「えっ、外に居る全ての人々を迎い入れるのですか?」
 祖母と女性が、同時に驚きを表した。
「そうだ。お前の娘だけでなく、他の者も迎い入れるだけではなく、全ての者の病気を治す考えだ。勿論だが、例外もなく虫歯一つとして残らない完璧な健康の身体にするぞ。だが、老いだけは思案中だがな」
「老いについては待って下さい。もしかして記憶がないのですか・・・・我ら一族の同士討ちした原因の一つでもありましたことを・・・人も我らも老いたい人もいるのですよ。それをお忘れですか?」
「妹よ。年寄りくさいことを言うようになったが、俺よりもいろいろと様々な経験を過ごしたのだな。だが、俺は、あの大都市の壊滅の時に、この都市で脱出するために飛び立ってから・・いや、あの一族の会議から一年も過ぎてはいないのだ。だから、昨日のように鮮明に憶えているぞ。何の議題でもあったことも、人々の怒声も全て憶えている」
「それなら、なぜ?」
「妹よ。少し考え過ぎだ。俺の考えは不老不死などではない。この都市で生活するなら歳を遅らせる程度のことだ。それに、俺らも、それ程まで長くは生きられない。俺らが死ぬまでのことだ。その後は普通に老いる。その短い時間で、この周囲にいる者たちの自活が出来るように土地を探し生活できるように教えるだけのことだぞ」
「お兄様・・・・あのですね。あのですね。あの・・・」
「お待ち下さい。娘たちも、私たちのように人の生きる時の流から外れる暮らしをなされと言われるのですか?・・・・私は・・・他の者たちも自分の意志で選びました。でも・・・」
 祖母は、自分の思いを伝えようとしたが、何て言っていいのかと、言葉に出来ずにいた。だが、その思いを隣に居た女性が、祖母の代わりに思いをぶつけたのだ。
「それなら、どうしろと・・・言うのだ?」
「私たちは、神様のような不老不死にも、風邪も虫歯にも疲れをも感じない完全な人になりたいのではないのです。変な言い方になるかもしれませんが、風邪になった時の喜びといいますか、楽しい思いもあるのです。無口な父も教育に厳しい母も、病気の時は優しくしてくれました。子供頃の話しや初恋の話しも聞かせてくれました。それだけではなく、風邪の時だけに食べられる果物の美味しかった。そんな思い出もあるのです。ですから、都市での生活は数年でいいのです。何も言わずとも勝手に出て行くでしょう。中には出て行かない人もいるでしょうが、私たちが無理矢理に追い出します。ですが、私、いや、他の者たち、この都市に居る者たちは、命が尽きるまで側でお使いする気持ちのはずです」
「何もするな、と言うのだな。だが、不妊治療も神のような身体に近いのだがな」
「そ、それは・・・・」
「お前が言っている意味はわかる。冗談だ。だが、死にたくはないが不老不死にはなりたくない。それに、病気にはなりたくないが、病気の時も楽しい思い出がある。面倒だな。本当に面倒だぞ。まあ、俺も命の寿命については、もう長くはないのでな。今なら少しは分かるが、病気の時の楽しい思い出には、まったく、理解ができない」
「まあ、男性なのですから分かっていると、思っていましたわ。ふっふふ」
 天井の小さい音声機器から女性の声が流れた。
「今の話を聞いていたのか!」
 天井に向かって問いかけたが、返事ではなく、大勢の笑い声が聞こえてきた。
「笑っている場合ではないぞ。さっさと、皆の受け入れ態勢を整えろ!」
「すでに、受け入れの態勢は終了しています。それよりも、都市の主人様の治療の時間です」
「俺のことは分かっている。なら、何故に直ぐに俺に知らせなかった!」
「それは、一割の者が、その・・・賛成できない。と・・・・ですので・・・・」
「それで、あの笑いでは、皆が納得して賛成したと、そう言うことなのだな」
「はい」
「それなら、早く言うのだな」
「何をです?」
「一割の者たちの要求だ。俺の許可が必要なことなのだろう。何でも許可しよう。早く言え」
「何もありません。誰もが、理想などの感情より。血族に会える喜びに勝てなかったのです。その気持ちは、妹さんに会えた喜びで分かって頂けると思います」
「そうか、そうか、そう言うことか、俺にも十分に分かるぞ」
「お兄様。そろそろ、体調を調整して休みましょう。後は、横になりながらでも・・・」
 祖母は、後の言葉は、隣に居る女性を見て、直ぐに天井に顔向けた後、返事は、「お前らがする。と、さっさと承諾しろ」そんな表情を表していた。
「あっはい、はい。当然です。全てをお任せください。後のことは、何も心配なさらずに、ゆっくりと御休み下さい」
「何をしている。直ぐに、行動しろ」
「頼むよ・・・・あっ、そうだった。娘さんのことの返事がまだだった。不妊治療はするから安心しなさい」
 女性は、何度も頷くが、動こうとはしなかった。それで、都市の主は、優しく言葉を掛けた。それでも、何度も頷くだけで動こうとしなかったが、俯いたまま涙が何度も床にこぼれ落ちる様子を見ると、祖母と都市の主は、それ以上は何も言わずに、ゆっくりと立ち去るのだった。
「こっちのことは、気にしなくていいからね。あなたは、娘さんのことだけ考えなさい」
 都市の外では、男たちの刀や武器に防具を没収していた。さすがに、男たちは、武士の魂ともいう物を取り上げたことで、本当に、魂が抜けた様子だったが、女性たちは、男たちと違って、何かの覚悟を感じた。そのためではないが、女性の短剣には、刹那と言う意味があったのだ。一瞬だけの恋焦がれる想い。それでだけで、清い身体を貫くことで自分の命を絶つこともあり。それと、女性の非力では一瞬の時間しか守れなくても命を掛けてでも守る。などの様々な一瞬の想いや覚悟の意味で、男性とは別の意味だが命と同義だったのだ。そのため女性の短剣だけは取り上げなかった。それでも、女性たちは、身の危険を感じていると判断され、他部族と一緒だが、女性だけを一か所に集めることになった。すると、一人の女性が不満の気持ちをぶつけようとしたのか、裕子の前に立った。
「鎧を取り上げたことに不満があるようですね。確かに、女性では下着姿では恥ずかしいでしょうね。何か適当な物でも用意をさせよう。だから、お前みたいな女武者は元の場所に戻れ!」
「自分や、大人の女性の武者ならことを起こしたのだから仕方がないが、子供や未婚女性、年寄りなどに、このまま辱めを受けるのには納得ができない。このままでは自決する者がでるかもしれないぞ。それでも、良いのか?」
「それなら仕方がない。短剣も没収するしかないわ!」
「何だと!」
 姉妹の父が無言で二人に近づき女性武者と裕子の間に立つのだった。
「女武者殿。先ほどの話を聞きました。そして、待遇に不満がある。それも分かりました。それでは、貴女や他の者は、幻の都市に入る気持ちはありますか?」
男が話を遮るように現れたのだが、変なことに胸の辺りから女性の声が聞こえてくるのだ。

 第三十章
 女武者が驚くのは当然のことだった。
「幻?・・・・都市・・・・それよりも、誰の声なのだ。お前は、誰だ?」
何を言っているのか分からない話題よりも、自分の目の前に立つ男性から女性の声が聞こえる。それなら、男装なのかと思うことも出来ない。その理由には口を開いていない。だけではなく、表情も変わらないためだからだ。だが、答えが出るまで悩み続けるのではなく怒りを爆発させたのだ。
「お前は、どこにいる?。自分の目の前には男しかいないが・・・妖怪の類か?」
「そんな馬鹿馬鹿しい事などの問答をする気持ちはありません。それよりも、私が何度も言っていることの答えを聞かせて欲しい」
「少し時間が欲しい・・・のだ。自分では・・・その・・だな。答えを決められない」
「そう言いますが、貴女が守ろうとしている周りの全ての者たちは、貴女が決めたことに従う。そんな様子に感じるのですが・・・・それよりも、先ほどは時間がない。そう言われたはずですね。女性たちは辱めに耐えられずに自決する気持ちの者が多いと、そう聞きました」
「分かった。人らしい待遇をする。そう言われるのなら、何処へでも行こう。だが、男の方は男たちで勝手に決めて欲しい。そこまでの交渉をする気持ちはない」
「勿論ですとも、貴女が想像する以上の待遇を保障しましょう。だから、この男の歩く後から直ぐに付いて来て欲しい」
 その提案に頷くと、直ぐに、女武者は後ろを振り向くと、手を振るのだ。まるで、手信号だったのか、女性や子供たちの全員が立ち上がり。ゆっくりと向かってくるのだ。その時のことだが、同族の男たちが女や子供たちを人質にするのかと、叫ぶ者たちがいたが、誰からも相手にされるはずもなかった。それでも、村人が避難のために集っている中を横切る時だった。同じ女性だから女性の気持ちが分かるのだろう。村人は、下着の姿の者たちに自分たちの衣服を身体に掛けるのだった。この時に、やっと、村人たちに、自分達が人として恥ずかしいことをしたと感じ取り、殆どの者が泣き崩れるのだが、村人は、優しく抱きしめて気持ちが落ち着いた者達には、「後で、ゆっくりと、話をしましょう」などと伝えながら行き先を示すのだ。すでに、都市の正面の扉は開かれてあり。一人一人から丁寧に承諾の話をしていた。その後、名前や家族構成を記帳すると、都市の中に入れるようだった。だが、時々、扉が閉じて警報と同時に、赤、黄色と点灯する。と身体検査が実行されるのだが、都市内に持ち込み禁止の検査よりも、健康状態を丁寧に診察していた。その後に、都市の門と並列している光の滝の中を通ると、驚くことに、骨折や捻挫なら少々理解はできるが、リュウマチの者まで完治でもしたかのように若々しげに歩いて都市の中に消えて行った。そんな様子を見れば、「早くして、自分も診て!」と、思うのは当然で、列の進む時間も早くなる。それでも、まだまだ長い列は続くのだ。
「大人しく順番を待つなんて、まっぁ、戦に負けた気持ちはあるのね。それは、償いかしら?」
「礼儀には、礼儀で返しているだけだ」
「そう、そうなの。でも、老人たちに肩くらい貸してあげれば宜しいのにね」
「お前は馬鹿か?。お年寄りには近くで見守るだけで良いのだ。もし転びそうな時だけ手を貸せばよい。介護とは、そんな感じだ。そんなことも分からんのか!」
「まあ、まあ、詳しいのね。でも、この都市には、お年寄りは一人も居ませんので分からないのは当然だと思います。それとですね。ここが、伝説の楽園ですのでね」
「え!」
「一日で、まず、一歳だが若返り始めて、まあ、二日で二歳、三日と続き、さすがに四日も経つと鈍い人でも気付くでしょう。それが、一月も過ぎたら・・・どうでしょう。でも、定められた歳になると、歳は取らずに、若返ることもないわ」
「伝説・・・・楽・・・園・・・」
「さあ、それは、中に入って確かめたら・・・やっと・・待ち時間は終わりました。貴女たちの順番よ。これで、試練も償いも終わりです」
「えっ?」
「村人たちの笑顔で分かるでしょう。もう許されたの・・・まあ・・・この場の人はと言い直すべきかもね。だから・・・・他の村の人と一緒に、あとで用事があるから手伝って下さいね」
「試練?・・・・償い?」
「もう、試練とは、村人を人質にして再戦するのかと、償いは分かるでしょう。この村で何をしたか・・・それは、村人が笑顔を表した・・・だから、もう、だから、分かるでしょう。都市の中に入りなさい。そして、迷惑を掛けた人たちに、一言でも、ごめんね。とでも言うのね」
「は~い」
 女武者は、何一つとして悩みがない。そんな声色で、おそらく、物心ついた時から初めての少女のような笑みも浮かべた。そんな声を聞いたからだろう。周りの者たちは、先ほどまでは大人しく何事にたいしても順応な感じの様子だったのが、女性だからだろうか、自分たちの順番が来たからなのか、いや、若返りと聞いたからだろう。皆は、若返った後のことでも考えて少々騒がしくなった。
それから、15分後のこと、都市の中に迎い入れる人数と予定されていた時間が決められていたのだろう。その時間になったために都市の門は閉じられたはず。いや、もしかすると、都市の全ての部屋や通路などに人工的な女性の声が響くことになる。その内容が都市の新しく住人には理解できないだけならいい。だが、都市の中だけの禁忌事項の知らせであり。外にいる者には知られたくないためと、想像もできないことが都市の中で起きていたからだ。その一つが、これから起こる。都市の中と外では時間の流れた違っていたことである。それでも、都市の扉が閉められてから十分間くらいしか過ぎていないこと、そのために、再度、都市の中に入った者たちが出て来たとしても気付かない理由もあるが、外にいる捕虜には想像も理解もできない。もし不審を感じたとしても別人だと思うだろう。いや、恐怖で失神するかもしれない。その他の外にいる者は、少々だが都市の関わりがあることで、もし想像も理解も出来ないことが起きたとしても都市の人々の遊び。都市の周囲での出来事には関わるな。何かを見たとしても全てが幻なのだと、少しでも都市を知る者たちからは暗黙の了解とされていた。自分たちに楽しい夢を見せてくれていると、そう思う者たちだった。その様な出来事から数分後に・・・・何かが稼働する音が・・・・。
「ゴゴォ、ガン、ガタガタ」
 何の用途なのか不明だが、扉が開く音と思う全ての金属の擦れ音が響いた。だが、正面の門だけは開けられることはなかった。まるで、遠くから都市を見ることができれば、蜜蜂が蜜を収穫するために飛び出るような感じに見えるだろう。それは、本当に蜜ではなく樹液を回収する無数の小型の運搬船だった。もしかすると、正面の門が開かないのは、先ほどまで利用していたことで修理が完了しているからだろう。だが、他の様々な個室や通路や非常口が開くのは修理箇所を修復するためと思えた。それも、都市の外側は新造のような綺麗なため内部の修理のためだろう。その証明のように作業服のような服装で、小型の運搬船に乗っている者や様々な個室、通路の非常口と思える箇所から一瞬では数えられない程の人が、一人、一人と扉から出て来るのだ。
「もう何年ぶりだろう。体を動かしても痛みも疲れも感じないぞ」
 ほぼ全員の村の老人、老婆が似たような言葉を呟くのだ。その言葉だけで判断すると、まるで、長年患う様々な病気で身体が不自由だったが、都市の中で治療を受けた結果と思えた。それも、驚くことに、深呼吸から柔軟体操を始めた。普通なら全身骨折や筋肉が切れて死ぬかもしれない。それ程の過激な柔軟体操も始めたのだ。まるで、病気が完治したとしか思えなかったのだ。そして、身体の動かす気持ち良さを感じたからなのか、突然に、五人か六人位で集まると、森の中に駆け出したのだ。その後を浮遊する運搬船と言うか、洋風の浴槽みたいな物が浮遊しながら付いて行く。だが、それだけでは終わらずに、都市の扉から次々と無数の同じ用途の物が飛び出して人々を追うのだ。それから、十五分くらい過ぎると、浮遊する物体は、時間が優先されているのだろう。トロトロとした液体を少量でも都市の中に運ぶのだった。この場に、いや地域にいる全ての人々が気付くことだが、老人、老婆の集団は樹液の採取で、小型の浮遊する物は樹液の運搬の役目なのだった。
「ギャア!!!。命だけは助けてくれ!!」
「頼む。頼む。殺される覚悟はあるのだ。あるが、身体を細切れにされるのも、何かの餌にされるのも、そんな死に方は嫌だ。頼むから土に埋めて、土に返してくれ!!」
 男性だけの捕虜の者たちは、村の老人、老婆の興奮した叫びを聞いた。正確に言うのなら子供が無邪気に遊んでいるような喜びが溢れた声だったが、捕虜の者たちには、殺人を好む特有の人の奇声に感じた。そして、一番の恐怖を感じたのは浮遊する物体であった。確かに見た目では棺桶と思っても当然かもしれない。そんな、様々なことを想像して、勝手に恐怖におののくのだったが、都市を知る人々からすると、何を恐れているのか理解が出来なかった。それでも、誰も説明も説得もしないで、村を襲った罰だとして苦笑いを浮かべながら様子を見て楽しむのだった。まあ、楽しむと言っても、殆どの者たちは、捕虜の様子ではなく、都市の者たちが、何をしているかなど、夢にも想像もできないが楽しみが膨らみ、何が起きるかと期待し興奮していたのだ。そんな時だった・・・・。
「迎えにきました。冬実様、夏美様。都市の中では全ての用意が整っております」
 都市の中から一人の年若い女性が出て来た。すると、ゆっくりと、卓、裕子、姉妹の所に向かってくるのだ。一瞬では、誰なのかと分からない。その女性が近寄って来ると、先ほどの女性の捕虜を守っていた。あの女武者だったが、古風な平安時代の女武者のような姿であるのだが、大脇差も大刀もなく、珍しいことに短刀であるが、護り刀とも言われる物を腰から垂らし柄袋もしていた。
「えっ?」
「お約束していた。あの治療ことだ。そう言えば分かると言われました」
 姉妹に伝え終わると、それ以上の関心はなくなり、自分の同族と男たちに向くのだ。
「あっ?・・・あああっ・・・えええ!本当ですか!」
「おめでとう」
 卓は、心底から嬉しそうに喜ぶのだ。
「本当だぞ。まあ、それよりも、自分には用事があるのだ。だから、二人だけで都市の中に入ってくれないか、後のことは、都市の中に入れば何らかの指示があるはず・・・・すまない」
 姉妹が頷くのを見ると、捕虜の男たちの方に歩いて行ってしまうのだ。
「お前ら!男だろう。もう~いい加減にしろよ。自分は、なぁ。お前らの事で個室に押し込まれて、天井からの苛立つ言葉でだぞ。それも三時間以上も承諾するまでぐちぐちと聞きたくないことを聞かされたのだぞ。なのに、お前ら男だろう。情けない」
「えっ・・三時間以上?・・・・十五分くらいでは・・・ないのか・・・・」
「おい、そこの女!待て、待てと言うのだ。武器を持ちながら捕虜に近づくのは許していない。それよりも、まだ、処罰も思案中だ。だから、待てというのだ!」
「うるさい!。裕子と言う女性はいるだろう。その女性に全てを伝えた。そう言われたぞ」
「それは、祖母様からの御指示か?」
「誰の指示なのか、そんなのは知らん。だが、この場に裕子と言う者がいるのだろう。その者に、これからの指示を聞け。自分は、捕虜の男たちに言わなければなならないことがある。だから、会話が出来る距離まで近づいて良いか?」
「かまわない。それだけの大声なら誰にでも聞こえる。そう思うが、まあ、良いだろう」
 この頃になると、捕虜の男たちも精神的にも落ち着きも取り戻し、特に、女武者が、何しに来たのかと、自分たちも思案し続けながら気持ちが向くのだ。だが、すでに、予想は出来ていた。最後の言葉を聞きに来たのか、それとも、伝えにきたのだろう。それも、この騒ぎが終わる頃には、自分たちの処分も決まるはずだと・・・・。
 それでも、周囲の全てが捕虜のことだけに関心を向いているのではなく、勿論と言うべきだろう。卓と姉妹は、自分たちの思い。この先の思案などで、周囲のことなど何一つとして考えられないほどに心が乱れ直ぐにでも駆け出す勢いでもあったのだ。それでも、と言うのも変だが、すでに周囲の者たちも三人のことなど、自分たちのことに夢中で周囲に居る誰一人として忘れられていたのだ。先ほどまで騒ぎの中心的な重要な役割で存在していたはずだった。それが、神などに仕組まれたような不思議な力なのか、それとも、時の流の意志なのか分からないが、何らかの想像もできない意思の力で強引の結果で完全に忘れているのだ。まるで、神の愛に見捨てられた者と突然に神に愛された者であるとしか思えなかった。それが、一人の女武者のことである。勿論と言うべきか、女武者は後世に語り継がれる者になるのだ。如何なる理由かと思われるだろう。想像は付くと思うが、裕子の神がかり的な力と不思議と思われていたことだけではなく、まあ、現代人のような機械人形が分かる者なら別だが、この時代の者たちには、神だと思うのが普通だ。その全てのこと、まだある。卓の神の伝承者の役目と人の指導力と人格者と思われる神話的な人物と姉妹の神がかりな的な部隊の指導力、女傑の伝説などなのだ。それをした本当の者は男性一人と二人の女性と機械人形なのだが、その全てが、この先の未来では女武者の一人がしたことになる。そして、後々の世まで残る。それは、四面の顔を持つ女性として伝説として残るのだ。それも様々な伝わり方で、特に神話的な昔の物語として残り続ける。だが、正しい歴史では、語り続ける物語よりも夢や幻のような人達であり。当時では、いや、現代でも子供が楽しむ夢物語としか思えないことだった。それでも、卓、姉妹、裕子、祖母、都市などの全てが、下天の夢の物語。と残るだけで、修正の目的が、何もなかったとして、偽の歴史を作ることが修正であり。卓と運命の相手と結ばれるための時の流を作ることであり。神と同義の者である。女武者を作るのが、最終的な赤い糸の修正でもあった。その指示も何も問題がないまま終わりそうなのだが・・・・卓は、一瞬、裕子を見た。そして、呟くのだ・・・・「何も問題はないね・・・・」
 裕子は、女武者の後ろから殺気を放っていた。まるで(この者の指示に逆らったら殺す)そんなことを言っている感じで、それでも、卓が視線を向けたことを感じ取ったかのように一瞬だけだが(全てをお任せ下さい。後は、自分の幸せだけを考えて下さい)そんな言葉を送ったかのような満面の笑みを一瞬だが浮かべた。その気持ちが伝わり・・・。
「ありがとう。そうするね」
 卓は、ポツリ、と呟いた。そんな言葉を・・・。
「何か、言ったか?」
 姉妹が、同時に問い掛けた。おそらく、治療後に変わった。自分たちの人生のある場面と卓の言葉が重なったのだ。
「何も・・・でも、何か聞こえたのでしょう?」
「いや・・・何も・・・」
 卓が驚いて問い掛けたが、冬実は聞こえない振りをしたが、夏美は恥ずかしく俯いたままで何か夢見心地の状態だった。余程の恥ずかしい白昼夢でも見たのか、それとも、頬を赤く染める程の未来の場面でも想像していたのだろう。そうとしか思えなかった。

 第三十一章
 都市の周囲では、樹液を集める人々が忙しく動き回る様子と裕子と女武者が捕虜の説得に少々騒がしかった。そんな様子を見て、卓は、この場での自分たちのことが場違いだと感じたのだろう。姉妹に都市に入ることを勧めたのだ。
「・・・そう・・・なら・・・少しでも早く診察を受けに行こう・・・か・・・な・・・」
「なんだ。その落ち着かない様子は、何か、いやらしいことでも考えていたか、そんな男性特有な気持ちを感じるぞ。まさか、わしら姉妹が診察している様子を見るつもりではないのか?」
「ほうほう、お前も男だな。それでも、心配してくれているようだな。まあ、だから、感謝の気落ちとして胸を触らしてやろう。姉の小さい胸よりも触り心地が良いぞ。ほれほれ!」
「何を言うか、大きさは同じだ。いや、わしの胸の方が形は良いぞ」
「ふっふふ」
「もう!何を言わせるのだ。それに、どこを見ている。すべて、お前の所為だ。だから、胸などいやらしい視線で舐めまわすように身体を見るなと言うのだ!」
「どうした・・・追いかけないのか・・・・それとも、わしの身体に興味があるのか・・・いや、それはないな。病人の身体なんか、触りたくもない・・そうなのだろう・・お前も今まで出会った男と同じだったのだな。男たちは、全てを話すと、伝染病や死体でも見るような態度をする。それも、近くにいるだけでも嫌がるように視線も合わせてももらえずに避けるのだ」
 冬実は、自分でも気付いていないのだ。今までの人生で初めて少女のような感情を表した。おそらく、今まで九割の気持ちで諦めていた。その夢のような治療が受けられる。そんな気持ちから精神状態が不安定になっていたのだった。そして、自分でも気付かぬまま何度も何度も同じ言葉を呟いては、卓に問い掛けているようだった。そんな、何度目の言葉か・・・。
「お前もなのだな・・・子供も産めない女の胸は触りたくもない・・・・か・・・お前も・・・」
 姉の言葉が聞こえたことで、姉の方を振り向いて戻ってくると、そんな様子を落ち着かせるよりも卓の頬を叩いた。自分も泣いていたが、初めて姉が泣いている姿を見たからだ。そして今度は、内心の気持ちから怒りを爆発させた。
「お前!お前もか、年若い男の特有の助平心だと思ったが、内心では、そんなことを考えていたのか、それなら、運命の相手などと人の心を揺すぶった。あの言葉は本当に嬉しかったのだぞ。だが、今までの男のように健康な身体の方にしか関心を向けただけだったのだな」
「自分は、本当に、そんなこと、考えていないよ。信じて下さいよ~」
「もう泣き顔を見せてしまったから言うけど、ある意味では、わしも同じように男性不信を感じていた。だが、わしの方に向ける視線は、逆に、男性の欲情する視線であり。表情と言葉だった。まるで、別人のように変わったのだ。もしかすると、村の外の誰から聞いたのかもしれない。次の族長を引き継がせるために子供が欲しがっていると、だから、淫乱だと、そんな噂は聞いていたが、村に男が訪れて直接に耳にするまでは思わなかった。そんなことを姉妹で男たちの欲望というか、侮蔑的な言葉を・・・・・」
「お前は、お前で、異性の態度を感じていたか、わたしは、子供が産めない。そう言うと、病人としての反応と言うか対応なら我慢ができるが、女として欲情が無くなった。その落胆の感情は別人だった。女とも人としても見てくれない。あの様子は忘れられない」
「でも、もう、これからは、何も心配はない。子供が生めるようになるのだから・・・」
「うん。そんな心配を今までしてくれて本当にありがとう。だから、早く都市の中に入ろうか」
「うん・・・うん」
 姉妹は、二人だけで都市に向かった。その二人の後を卓が付いているのも知らぬまま・・・。
「・・・・」
 卓は、姉妹の信頼を取り戻す方法を思案していた。その答えが出る前に都市の中に入ることになるのだ。すると、過去に何度か類似の都市などに入ったことがあることで予想されていたが、さすがに、自分たちの名前で呼ばれたことに驚くのだ。誰か見ているのかと周囲を見回すが、通路の箇所まで判断ができないが、自分たちの頭上から・・・女性の声だと、それしか分からないことだった。それでも、拒否する気持ちも、拒否できるのかも分からないことだが、何も確認せずに指示された通りに、姉妹と卓は、何をするのかと不安な気持ちのまま別々の方向に別れた。そんな卓の気持ちでは・・・。
「自分も検査という同じことをするはず。それで、危険だと感じたら、直ぐにでも二人を助けに行けばいい・・・」
 卓は、その後でも、ぶつぶつと呟いていたが、それでも、指示されたことは無言で続けるのだ。体の隅々まで洗浄されて、簡易な男女兼用の服に着替えさせられ、全ての健康状態を診るためだと言われて様式の風呂のような物の中に数分だけ入った後は、全てが終わりました。あとは、結果が出るまで待機室で待って頂きます。と言われたのだ。卓は、少しの思案後・・。
「あの・・・聞いていると思って言いますが、都市の中を歩いて見物してよいでしょうか?」
「許可します・・・・・それでも・・・とある。部屋には入らないで・・・・」
 卓は、初めの言葉だけで直ぐに駆け出したことで、最後まで話を聞いていなかった。
 卓は、許されたことで姉妹を探すことにした。適当に歩くことで何十分間だろう。姉妹の声が聞こえたことで、その扉を開けた。
「キャー」と、扉を開けると、室内の様子は見ずに扉を閉めた。何だか理解はできないが、女性の悲鳴を聞いたために、まるで、条件反射のように勝手に体が動いたのだ。だが、理解ができないまま・・・・扉を見つめて思案を始めた。
 二人の女性の悲鳴が聞こえたことで、最低でも二人の女性がいるのが分かった。一瞬で謝罪をするべきだと、そう思うと同時のことだった。驚くことに、入っていいわ。と怒りは感じられずに周囲を見回すが、この扉越しからだとしか思えない。それも、優しく女性らしい可愛いと言うより、少々色気を感じる声色なのだ。だが、脳内の片隅に、以前に聞いたことがある感じの声だと、そう思うが、誰だったかまでは答えがでない。それでも、自分を呼んでいる。先ほどは、勝手に開けた扉だったが、今度は、扉を叩いて入室の許可を求めた。すると・・。
「男性だから女体に興味を感じて見るのは、当然よね」
と扉越しから言われたのだ。そんな言葉で許されたが、扉を開けてみると、なぜか、都市の外で出会った。あの女武者と同じ姿だけではなく、化粧に髪形も同じで、複製の人形ではないのかと、驚きのあまりに声もでなかった。
「わたしを見たかったのよね」
「わたしを見たかったのよね」
「えっ!」
 姉妹が同じ言葉で同じ仕草で同時に言うことより、先ほど都市の外で怒らせたはずだが、何があったのか分からないが、二人の機嫌が直っているだけではなく、意味が分からないことを言われたのだ。その言葉の通りに判断するなら裸体を見せる。そんなことを言うのだ。
「洗脳でもされたのか?」
 心の中で思っていたのだが、声に出ていたようだった。
「何を言っている。この服は好みではなかったのだな?」
「女性らしい言葉を使ったが、好みでなかったのか?」
「その・・・あのです・・・ね」
「女性の着替えを覗く、と言うことは、その女性に好意がある。そのような意味なのだろう?」
「わしは、嬉しいぞ。だから、何度も触らせてやる。そう言っているのだぞ」
 この微妙な言葉の内容で、夏美と冬実の判別ができた。それでも・・・・確実ではないために名前を呼ぶことはできなかった。
「それに、暇だったので、天井から聞こえる女性の声に問い掛けて楽しんでいたのだ。まあ男性の趣向などの男が好みそうな内容などのことだぞ。だから、お前などの一般的な男が想う女性の好みというか、まあ、男を悩殺できる女性の武器というか、簡単に言うとだな。男が好む女になる。そう言うことだ」
「そうそう、それで、この服装や化粧なのだがな、男とは巫女服や業種の制服などを脱がせる。そんな不心得な者が多い。特に軍服が好む者と、特に着物系の軍服が一般的に男は喜ぶ者が多い。そう言われたのだが、お前は好みではなかったのだな?」
「わしも驚いているのだ。女性は化粧すれば変わる。そう聞いていたが、この都市だからなのか、もしかすると都市でしか手に入らない特別な化粧品なのか、それは分からないが、本当に瓜二つだろう。それで、姿も声色も同じだろう。誰を選ぶのだ?」
 卓は、左手を動かした。赤い糸で確かめるつもりではなかったが、自然に動いたのだ。
「それは、待って。赤い糸で確かめるのは後にして、治療が完了してからにして、だから、今直ぐには答えを求めないから・・・だから、だから、本当に、子供が生めない病気だったからなんて、確認したくない・・・今までの男たちとは、ただ、性格が合わなかった・・・そう思いたいのだ。だから、治療が完了の後で確認してくれ。頼む」
「わかりました。そうします」
 自分の感覚器官だから分かる。微妙な動きだが、二人の中の一人を選ぶことが出来ない感じで動いていると感じたのだ。
「す・・すまない・・・・その話は後にして欲しい。なにか身体の調子が変だ。治療室に行ってみる。本当にすまない」
「大丈夫か、大丈夫なのか、その調子とは、どんな様子なのだ。もしかすると、理由がわかるかもしれない」
「あ、だな・・・」
「お前は、まだ、この場にいたのか!。女性の恥ずかしい様子を表している。と言うのに、そんなに見たいのか、違うなら、直ぐにでも、この室から消えろ!」
「う・・・なんと・・・言うか、その・・・だな・・・今まで感じたことがない。別個の機能というか、喜びと言う感じの痛みと言えばいいのか、気持ちが悪い。とでもいうか、何かが流れている感じとでもいうか・・・」
「お姉ちゃん。おめでとう。それよ。それなのよ」
「どうしたのだ。口調も、様子も、まるで、少女の頃に戻った様な状態だぞ」
「うんうん、わたしの初めての頃を思い出しているから、感情も複雑なのよ。それも、嬉しくて、嬉しくて、興奮しているの。だから、病気が治ったのよ。子供が生めるのよ。その証拠を感じているの。確か、私の時も今のお姉ちゃんが言ったような症状よ。でも、毎月の痛みもあるし、いろいろと大変よ」
「それは、本当なのだな。まあ、子供が生めるのなら、そんな問題はたいしたことではない」
「はい。間違いありません。子供が生める身体になったはずです」
「ふっふふふ、では、あの男に試に行こう。これで、何の障害もない。もしかすると、選べなくて、姉妹と結婚したい。などと言うかもしれん。ふっふふふ・・・ぁあはははは!」
「・・・・」
 夏美は、思うのだ。今の表情は化粧では隠せない程の邪な。まるで、悪女のような微笑を浮かべていると、そう思うが、初めて見る姉の様子に驚いて何も言うことはできなかった。
「では、卓を探しに行くぞ」
姉妹は、治療室がある一階から正面玄関に迎い。数国の男性の捕虜と途中で白紙部隊と協力した他の国の男たちが入室検査をしている様子を見て、卓がいないと分かると、二階、三階だけではなく,五階と最上階まで都市の中を歩き回るのだ。それでも、都市の全てを探したのではない。そして、気付くのだ。今まで歩き回って探した全ての部屋と廊下などが修復している様子を見て不審に思うが、体力的に限界を感じて、その場で廊下に腰を下ろすと、天井から女性の声が響くのだ。もしかすると、体調などの健康的に不具合を感じる者には自動的に診断して助ける機能があるのだろう。そんな天井からの女性の声が、水分補給を勧められたが、動きたくない。と言うと、承諾しました。と返事が返る。その場で待っていると、簡易な小さ鉄の籠のような物が近づき、その上に二本の水が入った容器が目に入るのだ。この容器に入った水のことだと思うと、誰に向かって言うのではないが「ありがとう」と呟きながら勝手に取って一気に飲み干すのだ。そして、飲み終えた容器を籠に乗せると、直ぐに、卓を探し始めるのだが、再度、天井から声が響くのだ。十分な休息をするように指示されるのだが、二人は、無視して二歩、三歩くらい歩くと、冬実が突然に立ち止まったのだ。良い考えでも浮かんだのだろう。天井に顔を向けると「卓は、都市の中の、どこに居るのだ」と問い掛けたのだ。天井からの声は、都市の中には居ない。都市の外にいる。そう知らされて、姉妹は、がっくりと肩を落とした。おそらく、今までの苦労を思い出したのだろう。そして、姉妹は・・・・。
「外の様子が見えて、寛げる所はないだろうか?」
「それと、水でもいいけど、できたら、別の飲み物が飲みたい」
「それでは・・・・」
と、天井から女性の声が響くと、数メートル先の廊下の壁が自動で開いた。姉妹は、その室内に入るのだ。その室は、三畳くらいの広さでインターネットカフェの個室が二つ繋がった様な室内だった。入ると、直ぐに椅子に座ると、指示をしたのではないが、画面が起動されて、外の様子が見えた。それも、卓と裕子の様子が見えたのだ。何をしているのかと、食い入れるように見つめていると、画面に隅に、複数の食事と飲み物の絵が現れて、好奇心から画面の飲み物などを触れたのだ。まあ、二人は知らないことだが、触れた者の注文の指示をしたことになった。そんなことよりも、画面の中の卓と裕子の方に関心が向いて、何をしているのだろうかと、見続けた。すると、周囲には、誰一人として居ない。皆は、都市の中に入ったのだ。その機会を狙っていたのか、卓は、両手で枯葉を取掴み取ると、上空に向かって枯葉をばら撒くのだ。その卓の周辺では、裕子が様々所から枯葉を集めると、卓の足元にばら撒く感じで集めている感じだった。その不可思議な行為を何度も繰り返すのは、卓が赤い糸の修正をしていた。そんな、裕子は、手助けで枯葉を集めていた。その枯葉が卓の手元から放れ、そして、風に吹かれて飛んでいる感じに思えるが、注意深く見ると、枯葉に意志があるかのように穏やかに動いて様々な方向に移動している感じなのだ。これには、理由がある。枯葉を媒体として時の流の修正をしていた。

 第三十二章
 枯葉は周囲二キロに散らばるのだ。そして、空を飛ぶ昆虫や地を歩く昆虫に地面の中にいる様々な生き物だけではなく、鳥や小動物や大型動物など、この場の騒ぎで逃げ出した全ての命が・・・・まるで、池に一つの石を落とした時のような無数の波紋が広がる感じで、一つ一つの波紋に、枯葉は優しく触れるだけでなく指示をするのだ。
「もう安全よ。元の生活の場所である。自分たちの巣に戻りなさい」
そう伝えるのだ。もし枯葉を掴めるだけでなく、時の流を感じる者、時の流を見られる者ならば、枯葉の一枚一枚に、狐と雲雀のような状況の指示が見られるはず。
 そして、卓の枯葉のばら撒きが終わった。と言うか、運命の時の流の修正が終わる。と言うべきか、映像に映されている。二人の動きが終わった時だった。夏美が、針でも手に刺さったかのような感じで、ぴっくりと、身体が動いた。その後、まるで、何かが感覚的に繋がり、何かを見たかのように少々だが、恥じらいの表情を浮かべた。直ぐに、確認でもするかのように隣に座る。姉に視線を向けた。その姉も妹の視線に気が付き・・・・。
「何か知らないが、終わったようだ。では、行くぞ!」
 今度は、卓が居る場所が分かっていることで、正面玄関の方向に向かうが、適当な、修理箇所というか、適当な外に出られる所から都市から外に出た。目的の場所は良く知る村の中であり。先ほどまで自分たちがいた。あの馬車の周辺の場所まで駆け出すのだった。卓に声が届く近くまで近づくと、息を整えるのだが、卓も、長距離のマラソンでも走った時のようにその場に座り同じように息を整えていたが、姉妹には気付いていないようだった。
「わしらは治療を受けて完治してきた。あの時の続きをしよう。さあ、さあ、誰を選ぶ?」
「夏美・・・さ・・ん・・・・」
「わしを選ぶのだな」
「冬実・・・さ・・ん・・」
「ほうほう、やはり、二人の誰か一人を選べずに、二人と求婚したい。そう言うことだな。まあ男とは、そんな感情の持ち主だと理解はしていた。それに、男の甲斐性として理解してやろう。わしは、それでもいいぞ。だが、姉の冬実は、何て言うだろうか・・・」
 卓も夏美も、冬実の話など聞いてもいなかった。二人は見つめ合っていた。そして、卓が、夏美の方に、一歩だけ近づくと・・・。
「あ・・の・・・ですね。冬実さん・・・・いえ、夏美さんと言うべきですよね。そうでしょう。それと、弟さんが転んで怪我をした時に、饅頭の包みで怪我の治療したのも、夏美さんですよね。あの弟さんを労わる姿を見てから・・・・だから・・・この場で自分の赤い感覚器官を見なくても、確認しなくても・・・だから・・・だから・・・」
「はい」
 夏美は、何かの言葉を待っているかのように卓の目を見た。
「好きです。この先の未来を共に過ごして下さい。だから、僕と結婚して下さい!」
卓も夏美も、勿論と言うべきか、左手の小指をみることもなく、夏美を選び告白するのだ。
「は・・・い」
 夏美は恥ずかしそうであり。嬉しそうに、ゆっくりと頷いて承諾するのだ。すると、卓の少し後ろから見守っていた。裕子は・・・。
「御主人様。おめでとうございます」
 裕子は直ぐに、卓に駆け寄って後ろから抱き付くのだった。
「もう。何をするんだよ。痛いよ。それより、早く離れて」
「はい、はい。それよりも、最後の確認をしなければ・・・さぁ・・・」
 卓は、恥ずかしそうな様子で左手を夏美の方に水平に手を伸ばした。それでも、夏美を見続けるが、夏美は、恥ずかしそうに視線を逸らすが、ゆっくりと、卓の水平に伸ばした腕と並行にするように伸ばした。
「共に同じ時の流の導きを生きる」
 その言葉を同時に叫ぶことで、二人の左手の小指の赤い感覚器官は、一瞬で長く伸びて、二人の感覚器官は繋がった。そして、この先の未来を見ている感じで、頷き合うのだが・・・。
「卓様。普通の人は、いや、男はと言うべきでしょうか、この場合は、接吻をするのが普通なのですよ」
「えっ!」
「えっ!」
「はいはい。心と心の話をしていて何も聞いていなかったのですね。ですが、この先のことだけは、直ぐに決めて頂かないと・・・・この場の三人と男女と裕子以外の皆は、一時的でも都市で暮らすみたいですよ。どうされます?」
「夏美、わし・・・わたしは、と言うようにしないとね。だから、女性らしく振舞うように勉強するために都市に戻るわ・・・それに、なんかね。心の隅に・・・淡い・・・なんか・・そのね・・・行くわ!」
一人だけで、冬実は、何かを期待している感じで歩き出した。
「・・・・」
「これで、三人ですね。いや、二人と一体でした・・・・・あっああ、お知らせするのを忘れていました。卓様のご両親様と都市の中で再会しましたよ。お会いになってみては・・・」
「・・・・」
「そうだ。夏美も、都市いる両親に会いたくないのか、そして、卓さんを紹介してみては・・・」
「卓様・・・卓様・・・」
 裕子の体内では、都市からの音声受信機能が限界を越えようとしていた。それでも、体内から外に音声が出ることはないが、返事を返すことを優先していることで、卓に伝えたい気持ちでも、名前を言うだけで、精一杯だった。だが、受信の多くは、二人の女性で、卓と夏美の母親だった。時々、祖母、卓と夏美の父親の音声を受信していたが、特に女性の悲鳴のような同じ内容が続くのだ。それは、二人の母親が、「この機会を逃せば、次の再会では、自分より年上の息子と再会は、絶対に、嫌だ」と、同じように、「自分より年上の娘との、再会は、嫌だ」と叫び続けるのだ。
「あっああ・・・卓様に・・・」
 裕子が、再度、苦しそうにすると、卓と夏美の未来の生活が想像できそうな場面が・・・。
「裕子が、苦しんでいるわ。この先は、急ぐことはないのだし、都市で数日でも過ごすのもいいかもよ。二人だけの思い出を作る旅なんて後にしましょう。それとも、わたしの提案よりも男の願望を優先するの?」
「そんなことないよ。そんなこと考えてないよ。そうだね。都市で少し暮らそうか」
「でしょう。そうでしょう。なら、行きましょう。さあさあ、裕子さんも行きましょう~♪~」
この後は都市の中で家族と再会することになる。すると自然と、二人の結婚式を行おうと話は盛り上がり実行されるだろう。そして、思い出の旅に出ることになり。都市から出た後は二度と、都市の人々と、親とは二度と再会することは出来なくなる。だが、旅の途中で、空を飛ぶ都市を見るが、直接に会うことはない。もし会ったとしても、年下の親では・・・。それ程までに都市の中と外では時間の流が違うのだ。それでも、親たちから会えずとも声が聞きたい。手紙のやり取りくらいしたいと、卓の育った村であり。都市である場所での暮らしを勧められて暮らすことになり。時は流れ二人に子が出来ると、裕子が子守りするのは自分の役目だと、突然に現れることになるが、これで、卓と夏美の時の流の修正も終わり。全ての役目も子が出来たことで終わるのだ。それでも、やり残したことがあるとしたら、今までの事を夢物語として、子に子守唄として伝えるのと、卓と夏美が楽しそうに昔を思い出しながら一冊の本にまとめる日々が続くのだった。その本も時の流の中に消えるはずなのだが、運が悪くと言うべきか、運が良かったと考えるべきなのか、それとも、その本が遠く未来に残されて歴史の一部に必要になるのかは分からないこと、だが、卓と夏美が生んだ子供の時代の頃のことだった。竜神王朝の王都である富士山が噴火することで文明が消滅する。これで、傘下にあったことで、東北と北海道の歴史は知られていたが、この噴火で交易人にも訪れることもなくなり。噂の噂の話しが流て人など住まない未開の地として記録されるのだ。それでも、千年くらい時が流れた頃だった。公共工事で偶然にも遺跡が発掘されたのだ。その遺跡は驚く程の大規模で、歴史上では、関東、東北、北海道には、大規模の文明はない未開の地だと思われていた。それが違うと知ると、個人の小さい祠や墓に神社など周辺を調査がされて富士山麓文明が実際にあったとされた。その証明された文献の中に一行だけだが、ある宗教の教祖であり伝承者として卓の名前が載っていたのだ。そして、文献の一行だけ書かれた者と同一人物とは知らずに、卓と夏美の書いた一冊の本も発見されたのだ。

『今の世では忘れられた昔の物語   下巻』

2016年4月3日 発行 初版

著  者:垣根 新
発  行:垣根 新出版

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垣根 新

羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。

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