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この本はタチヨミ版です。
一番強烈だった体験
西川良平さん(仮名 当時42)は、主に旅のガイドブックを専門としている出版プロデユーサーだ。 記者をしていた若い頃から、仕事の関係で世界中を旅し、いろいろな国のホテルや宿泊所に泊まってきた。
羨ましいような話だが、本人にとっては「まるで修業だった」という。
西川さんは子供の頃から霊感が異常に強く、旅に行くたび、いろんなモノに会ってきた。
――「それでも旅自体は好きだったから、仕事は続けてきた。
この仕事が長く続けられないのは、飛行機は絶対苦手、って人だけですよ。
いったん旅の魅力にとりつかれたら、オバケなんてものは我慢できちゃうんです」
そんな西川さんだが、四十歳を過ぎて再婚し子供ができた現在は、昔がまるで嘘のようにきれいさっぱり見えなくなった、という。
――「どうしてそうなったのかは自分でもわからない。
今なんて、頼んだって出て来てくれないんじゃないかな。全然見えないからね。
でもこのほうが楽、はっきり言って。
前はもう、世界中のホテルで会ってきたからね、オバケと。
だんだん慣れてきて、変な話だけど、しまいにはオバケも普通の人間と同じように扱えるようになってたからね。
話聞いてやったり、気持ちを推し量ったり、怒ったり、慰めたり、気使ったりね」
以前ヒットした『シックスセンス』という、霊が見えてしまう少年が主人公の映画があったが、西川さんの話を聞いていると、まるであの少年そのものだ。
数え切れない体験の中から、彼が特に「キョーレツだった」というオバケ(霊)との遭遇を紹介しよう。
―― 「あれは、二十代の初め頃でした。海外で見たってのはこれが初めて。
雑誌のイギリス特集の取材で、ロンドンの古いホテルを泊まり歩いてたんです。
こちらとしては、安全でゴージャスでサービスがよくて、それでいて安いホテルを読者に紹介したいわけです。
大手のガイドブックに紹介されてる二つ星三つ星のホテルであれば、そりゃ安心で申し分ないけど、それだけ高い。
こっちが探してるのは、三つ星並のクオリティーだけれど宿泊費は安い、ってホテルですから、掘り出しものを探すようなもんなんです。
大きい声じゃ言えないけどそういう掘り出しもののホテルっていうのは、やっぱり理由あり、問題あり、なんだよね」
ロンドンの某ホテル。
造りががっちりしていて風格があるわりには宿泊費はリーズナブル。
いかにもイギリスらしく、シンプルで清潔な感じのホテルだった。
スタッフのサービスも行き届いていて品がいい。
――「ベッドのシーツとかカーテンとかも全部、真っ白で統一していてオーソドックスっていうのかな。いかにもイギリスつて感じで」
そのホテルに、西川さんはカメラマンと二人で宿をとった。
珍しいことに、チェックインした時には既にほとんどの取材を終えていた。
せっかくだからこのホテルを取材した後、残りの日数をプライベートの観光にあてよう、ということで、三、四日滞在する予定だった。
ホテルは四階建てで、
一つのフロアには廊下を隔てた両脇に十ほどの部屋があった。
全てがツインルーム以上の広い部屋だったが、最後の三曰くらいはお互い気兼ねなくのんびりしたかつた。
西川さんとカメラマンは同じフロアの別々の部屋に泊まったのだが、怪異はいきなり、チェックインしたその夜から始まった。
その夜、アルコールが苦手な西川さんは、飲みに出る、と言って出て行ったカメラマンを見送ると、夜九時頃早々にベッドに入った。
少しもったいない気もしたが、一日中歩き回ってさすがに疲れていた。
セミダブルほどあるベッドの横にはナイトテーブルがあり、その上に小さなスタンドがあった。
スタンドの明かりを頼りに本を読んでいるうちに、いつのまにか心地よい眠りについていた。
どれくらい時間がたったのか?
夜中にふと目を覚ました。
「うーっ 寒っ」
肌寒さに起きてしまったのだ。
空調がきいてはいるが、秋口だったので、夜ともなるとブランケットなしではさすがに冷えこむ。
「おかしいなあ」
気が付くと、掛けていたはずのブランケットがない。
見ると、白いカバーで包まれたブランケットが二枚とも、ベッドの足側の床に丸まって落ちている。
――「子供の頃は寝相悪くて、よくこういうことしちゃ寝冷えしたもんだけど、大人になってからは自分で掛ける癖がついてたんで、あれえ? と思って…」
「何時かなあ」
枕元の時計を見ると、夜中の二時過ぎだ。
――「なんか目が覚めちゃってね。
九時になんて寝ちゃったから、二時ってことは、もう普段の睡眠時間はそこそことれてると思ったんで、朝まで起きててもいいつもりで、ブランケット掛け直して、本読み始めた。そしたら…」
いきなり、ドンドンドン、と誰かが乱暴にドアを叩いた。
「‥‥」
びくっとした。
それまでも何回か霊を目撃していた西川さんは、「そういうことか」と思った。
…来たのかな、かんべんしてくれよ…。
ノックを無視するように努めたのだが、
ドンドンドン、ドンドンドン
執拗に鳴りやまない。
耳を塞ごうとした時、
「西川さん、俺だよ、W」。
カメラマンのWさんの声だった。
――「ドア開けたらWが真っ青な顔して立ってて、眠れないから一緒に寝かせてよ、っていう。
Wはそうとう飲んできたらしくて、酒臭いんだよね」
こいつ、そうとう酔ってるな、と西川さんは思った。
Wさんは大酒飲みで、普段なら酔って部屋に帰るやキュンと寝てしまう、という業界でも有名な寝付きのいい男だった。
そのWさんが寝付けない、とは不思議なこともあるものだと思ったが、酔っているから今は話にもならないだろう――。
と、西川さんはその夜そのまま、Wさんと同泊した、という。
バッタの抜け殻のような女
―― 翌日。
昼間は別行動だったが、Wさんは自分の部屋ではなくまた西川さんの部屋に戻っていた。
――「その日は逆に僕が夜の街に出て舞台観てきて遅くなった。
十一時頃帰ってきたらWはもう戻ってて、シャワーも浴びたらしく、部屋の電気を煌々と点けたままぐうぐう寝てた。
で、西川さんもシャワーを浴びてベッドに入り、眠りについたのだが…。
「!?」
また夜中に目を覚ました。
昨夜とは違い、いきなり「パチッと」目が覚めた。
が、金縛りにかかっていてからだが動かない。
来た来た来た、と半開きの目を開けて思っていると、足元に人の気配がする。
動かない首を必死に引くようにして足元のほうを見ると、白い手が二本、足元のほうから伸びて来て、ブランケットを引っ張っている。
鼾が聞こえているからWさんは熟睡しているようだった。
W、起きてくれ。
そう言いたいのだが声が出ない。
そのうちかけていたブランケットが、ずるずるとゆっくりと足の方に移動し始めた。
白い手がブランケツトをひっぱっている。
からだが動かないのではっきり見えないが、ベッドの足側の床から手だけが生えてきて、ブランケットを手繰り寄せている。
…ゆうべもこれだつたのか…。
十秒くらいかけて、ブランケットは全部はがされて向こう側にばさりと落ちた。
その瞬間、
「あわわわ!」
真っ白な白人の女が、いきなりニュッと足元に立ち上がった。
着ているものはおろか髪も顔も目の玉も、何もかもが真っ白だ。
――「真っ暗だから白っぼく見えた、っていうんじゃないんだよ。
小さいスタンドは点けてたから真っ暗じやない、それなりに明るい。
その明るい中で見たんだけど、ほんとに何もかも真っ白。
うまく言えないんだけど、あのう、バッタとか子供のころ捕まえたことのある人はわかると思うんだけど、バッタが脱皮したあとの皮、って知ってます?
目も触覚も真っ白白のプラスチックみたいな、ものすごい気色悪いアレ。ちょうどあんな感じ…」
バッタの抜け殻のような白い女は、ぐうっと伸び上がると、西川さんの頭のほうに近づいてきた。
もう少しで顔の真横に来る、という時に、部屋の隅でミシッという音がしたかと思うと、何かもう一つ違う気配が降った。
「!」
西川さんはまだ動けなかった。
気配は感じるのだが首がまったく回せないので見ることができない。
辛うじて、顔に近づこうとしている白い女の一部が視界に入っていたが、その視界の端に、女のものではない、もう一つの手が見えた。
――「その手がこう、女の胴体を抱くようにして引っ張ってるところがちらっと見えたとたん、女もその手もぱっと消えて…」
からだが自由になった。
実はオレも…
時計を見ると昨日と同じ夜中の二時ちょっと過ぎだ。
ゆうべのブランケットもこれだったんだ、と西川さんは確信した。
と、
「ハアッ、ハアッ ハアッ」
粗い息がいきなり聞こえ、またぎょっとした。
目を覚ましたWさんのものだった。
西川さんも起きていたので、Wさんも驚いたようだった。
血走ったようなおかしな目をしている。
「おい、今出たぞ」
西川さんが言うと、Wさんは
「たった今、俺も女の幽霊に襲われる夢見て死ぬかと思った」
と、言う。
聞けば実は、ゆうべも自分の部屋で寝入りばなに同じ夢を見たのだという。
話をつきあわせてみると、西川さんが見たモノとWさんの夢に出てきたモノはどうやら同じモノのようだったが、
――「妙な話でしょ。
僕の部屋にソレが出て、僕がソレを実際に起きて見てる隣でWがうなされてた、ってのはわかる。
でも前の日は部屋が別々だったんだから。
にもかかわらず同じ時間に彼がうなされたってことは、アレはあっちにもこっちにも出たってことですかね?
それともあのホテルには、ああいうのがいっぱいいるってことなんですかね?」
白い女を連れ去るようにして消えたもう一つの手もわけがわからない、という。
―― 「もう一つの腕はごっつかったから、完全に男の手ですよ。まあまあ、そのへんにしとけ、って女を宥めるように引っ張って連れて行った。
あの二人の間に何があったかわからないけど、きっとなんか理由ありなんでしょう。
ただ僕の経験から言うと、ああいうのはホテルやなんかに憑いてる霊の一つのパターンでね。
あれ、どんな人間が泊まろうが関係なく、毎晩毎晩同じ時間に、永久機関のように延々同じこと繰り返してるんですよ。
あのもう一つの手も一緒に。
白い女がブランケット剥いで、別の手が出て来て引っ張って連れてくってのを、毎晩毎晩。
ちょっと霊感の強い人間が泊まると、まったく同じ情景を見るはずです。
ええ、もうその時は異常に疲れちゃったんで、もう一泊するつもりだったけど、変更して翌日とっとと日本へ帰りました」
はまりすぎたヨガ
気功でいう、「気穴」とか、ヨガでいうところの「チャクラ」などは、呼び方は違うが、人間の体というか、「魂」のなかの、ある「場所」を指しているといわれる。
「勝って兜の緒を締めよ」とか「腹を据えてかかる」とか「丹田に力をこめろ」とかいうときの「兜」や「腹」や「丹田」も大ざっぱにいうとどうやら、同じような意味らしい。
いわゆる霊感の強い人というのは、こういう部分が一般の人間より「緩い」そうだ。ただ、霊感の強い人と霊能者とは違う。
自在にそれを閉じたり開いたり、あるいは緩めたり締めたりできるようになった人のことを、霊能者というらしい。
見たくないとき、または見る必要のないときは「閉じて締めて」おいて、見なくてはならないときはなんらかの方法を使って「緩めて開く」のである。
死後の世界というのは、私たちが生活しているこの三次元の空間に重なるようにして存在している。
そして、アチラの世界の、ある種のパワーに感応するということが「見たり」「聞いたり」「感じたり」することであり、「チャクラ」を緩める、つまりリラックスさせると感応しやすくなる、ともいわれる。
これはちょうど、テレビのチャンネルをまわして受信し、映像を見るのに似ていて、チャネラーというのもこういうことができる人のことをいう。もっともチャネラーのなかには、精神病に近い人もいるらしいが……。
ところで、霊能者のように、感応するチャンネルをもっている人は、下手をすると年がら年じゅう、そのモノが見えてしまって、とてもやりきれたものではない。
そんなわけで霊能者は、チャクラを自在に閉めたり緩めたりして、チャンネルを調節できるようになるまでに、何度も辛い目にあい、苦しい修行の果てに「絞り」の調節を身につけるようになるようだ。
その感じたものが、いいものか悪いものかを見極めたり、浄化したりするのはまた次の段階である。
ところで、こういう「チャクラ」のような部分を、素人考えで勝手にいじると大変なことになる。
篠田弘恵さん(仮名 当時29)の場合もそうだった。
自己流で勉強したヨガ
千葉県に住む主婦・篠田さんは、神経質で身体も弱く、年がら年じゅう、自律神経失調症気味だった。
そんな彼女が、なんとか体質を変えようと始めたのが「ヨガ」である。
「友達がいい先生についていて、便秘が治ったとか、生理痛がなくなったとか言ってたので、私もやってみようと思って……」
ただ弘恵さんの場合は、最初は先生についていたものの、教室が遠いため、途中で通わなくなってしまった。
「四月ごろから始めて半年くらいは通ったんですけど、電車で四十分くらいかかるところで、通うのがかったるくなっちゃったんですね。で、呼吸法とかのコツも覚えたつもりだったし、いろいろ本とかもいっぱい出てるから、あとは自分でポーズのレパートリーを増やしていけばいいと単純に思ったんです」
ところが……。
そうやって自習を始めて数か月が過ぎた十一月ごろから、弘恵さんは眠くて眠くてたまらない日が続くようになった。
教室に通っている友達に聞いてみると、
「ヨガに慣れてきたころによく起こる現象で、別に気にすることはない、自分もそうだった」
と言ったそうだ。
「これは、自分は順調にやれてる証拠だなんて調子にのって、毎日一時間くらいずつポーズつくってたんですよ」
眠くてたまらない時期が何日か続いたころ、弘恵さんは、今度は夢をたくさん見るようになった。
荒唐無稽なシュールな夢ばかりで、それも一晩でいくつも見る夢をすべて覚えているのである。
「もう眠るのが楽しくて仕方がないって感じなんです」
弘恵さんは家事もほったらかしにして、何時間も昼寝をするのが習慣になった。
そして、自分で自分の夢を操作する楽しさを知ったという。
「目を閉じて目のなかにビジョンが出てきたときに、ああこれは夢だってわかってるから、自分で勝手に夢を動かしていくんです。たとえば……」
カッコいい男性が現れたとすると、その男性と言葉をかわす、手をつなぐ……。
「私、キスとかしてたんです。すごく幸せでした」
ところが、弘恵さんの身に危険が迫っていたのはこのころからだったのである。
緩みすぎたチャクラ
じつはこの「眠くてしょうがない」というのは、幽霊を見た人間なら思い当たると思うが、そのモノが「出る」直前の状態に似ている。
眠気を催してきて、その直後に「見た」という体験談が多いことからもわかるように、要するに弘恵さんの「チャクラ」が開きっぱなしの状態になり、勝手にチャンネルを合わせて、あるモノに感応し始めていたのである。
ヨガの専門家たちは、こういう状態を「魔界が現れる」というような言い方をしているのだが、チャクラが緩んでいるため、いいものも悪いものも自分のなかに入って来てしまうわけだ。
さらに修行を積めば、チャクラはより強固な状態になるのだが、自分で調節するのは難しいといわれる。
こういう場合は、いい指導者がついて、正しく導く必要があるとされている。
ところで、弘恵さんは、自分がそんな状態になっているとは、もちろん知る由もない。
それは、大晦日だったという。
大掃除をすませると、ご主人が帰って来るまでのあいだ、弘恵さんは例によって一時間ほど仮眠をとるつもりで、ベッドに入った。
営業職についているご主人は仕事が忙しく、大晦日だというのにまだ帰宅していなかった。
もう二か月近く、二週間に一回しか休日がとれない状態が続いていた。
落ち着いて話をする時間もなく、セックスも、もう何ヶ月もしていなかった。
弘恵さんが、なんだか自分だけがとり残されていくような寂しさを感じていたのも事実である。
跨がる男
「いつものように眠りに入るか入らないかというときに、あるビジョンが浮かんできました。それは、顔はよくわからないんですが茶髪の若い男性なんです。私の夢によく出てくる男の人でした。その人は夢のなかで、いつも絶対に私の味方で……。
私は、そのときも主人が帰って来なくて寂しい、というようなことを彼に訴えたんです」
どれくらい眠っていたのだろう。
弘恵さんは息苦しさに目を覚ました。
何かで、鼻や口をふさがれているような感じだった。
目を開いてみたのだが真っ暗である。
蛍光灯をつけて寝たはずなのに、停電かなと思っていると……。
「!」
なぜ、いま、目の前が暗いのかがわかった。
顔の横に大きな足が見えていた。
誰かが自分の顔の上に跨っているのである。
「誰…?」
タチヨミ版はここまでとなります。
2016年5月29日 発行 初版
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