── アリスは女の子。今日もピアノを描くの。
〈小説・サンプル版〉
「アリス、ピアニストになるの」いつもそう言っているアリスは、不思議の国に住んでいるかのような女の子。その母親の幼なじみである陽平は、母親やアリスとのやり取りの中で、アリスの本当の気持ちを少しずつ知り始めていく。近いようで遠い心の中には、それぞれの思いがきっと息づいている。
◆『月刊群雛』2016年04月号掲載
http://www.gunsu.jp/2016/03/GunSu-201604.html
アリスは小さな女の子。ピアニストになるために今日もピアノの絵を描き続けている。
「上手だねぇ。何描いてるの?」
「ピアノ」
「タエちゃんは偉いねぇ」
「アリス、ピアニストになるの」
「そうなんだぁ。きっとなれるよ」
「おとなになったら、ピアノやるの」
全く頭の弱いガキだな。唐沢陽平は内心ではそう思いながら、ただ適当なことを口にしていた。
女の子の名前は、重松妙子。重松美沙絵の一人娘だ。名前だけ見ると、妙子の方が古風で母親のようだった。アリスというのは、妙子が自分で付けたニックネームだった。いつも観ているテレビアニメの主人公がアリスという名前だったので、いつしか妙子は自分のことをそう呼ぶようになったのだろう。周りの大人たちはそう思っていた。
ピアニストになりたい。そんな言葉もそのアニメの影響だと思われた。主人公の友人として出てくる女の子が、いつもピアノ教室に通っていたのだ。だけど、あいにく重松家にピアノは置いてなくて、ピアノを買ったり、妙子にピアノを習わせたりする経済的な余裕もなかった。
妙子をあやしていた陽平は美沙絵の幼なじみで、古い付き合いはお互いが結婚しても続いている。
「ごめんね」
美沙絵はまたいつものように妙子に声をかけた。
「?」
妙子は不思議そうな顔で美沙絵を見上げる。
「ピアノ買うお金なくて」
「アリス、おとなになったらかう」
美沙絵の申し訳なさそうな顔を見る度に陽平は、「このガキは何なんだ」と苛ついてしまう。
「ピアノ買ったら何弾くの?」
陽平は心とは裏腹に明るく妙子に話しかけた。
「うん、いろいろ、たくさん」
「そうかぁ、沢山」
「そう、たくさん」
「絵も好きなんだね」
「うん、えもすき」
「ピアノ、上手だね」
「ピアノかくのだいすき」
全くこのクソガキは、ピアノしか描きやがらねぇ。ずっとピアノを描いていれば、ピアニストになれるとでも思ってんのか。ほんとにしょうもねぇガキだなぁ。陽平はいつにも増して心の中で毒づいていた。
※この作品のサンプルはここまでです。続いてインタビューをご覧ください。
私は普段、短歌や音楽などを作っています。小説も書き始めたら面白くて、最近ではかなり力を入れて書いています。
ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』から、「不思議のアリス」というタイトルを思いつき、不思議な女の子の話を書きたくて書き始めました。
昔、読んだ江國香織(えくに・かおり)さんの絵本が、頭のどこかにあったのかもしれません。
ゆるい作風が好きな方、また普段は本などを読まない方にも読んでもらえたらなと思います。
この作品は、初稿は書き始めたその日のうちに上げてしまい、その後、ゆっくりと推敲しました。
今後も変わらずに日々の小さな出来事や気持ちの変化などを丁寧に作品に表していけたらと思います。
これからも小さな日常をささやかに描いていけるように活動を続けていこうと思っています。また今後ともどこかでお目にかかれましたらよろしくお願いします。
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2016年4月6日 発行 初版
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