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運命の泉 (左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)と羽衣)
第九十五章
ある村の、殆どの住人は不快感を表していた。それは当然のことだったかもしれない。確かに、戦いに敗れて自分達の村に逃げてきた。その気持ちは同情した。そして、一時だけの定住するのは仕方がないと思っていたのだ。それだけでなく、戦う事しか出来ない者と思っていたのだが、予想以上に農作業を真剣に取り組む姿を見て、少しずつだが好意的に思う人もいたのだ。だが、兵隊達をを村の客人のような接待するみたいに、酒宴を開くことに不快を感じていたのだ。だが、長老が決めたことに逆らうことは出来なかった。そんな状況で、ある家族の妻や母親が酒宴の接待をする。それを知れば怒りを感じるのは当然だった。もし嫌だと言ってくれるのなら長老の家に駆け込んで止めさせる。そう考えていたのだが、嫌々でなくて喜んで着飾る姿を見ては複雑な気持ちだったのだ。
「何か嬉しそうだな」
「そんなことはないわよ。好きでもない男の人の話し合いてをするのよ。嫌に決まっているでしょう。でも、長老のお願いでは仕方がないわね」
「そうなのか?」
「そうよ」
「俺には、喜んでいるようにしか思えないのだが・・・気のせいだろうか?」
「そうよ。考えすぎよ」
「だが、祭りの時しか着ない服を着る必要があるのか・・・・それに、俺以外の男性に見せるのも変に思うのだが・・・・・考えすぎだろうか?」
「そうよ」
「それに、化粧をする姿も久しぶりに見たし、何か念入りに化粧をしていないか」
「祭りの時も化粧するでしょう。何を言っているのよ」
「酒も飲んでくるのか?」
「そうね。飲みたくないけど飲まないと駄目でしょうね」
「そうかぁ。でも・・・お前・・・・酒が好きだよなぁ」
「もういい加減意してよ。皆が迎いに来てしまうでしょう」
「むむ・・・・(行くの止めないか)」
と、内心の気持ちを口にしようとした時だった。
「迎いに来ましたわよ」
何人かの女性が同時に言う言葉が玄関から聞えてきた。でも、なぜ、女性達は扉越しなのかと思われるだろう。それは、この家と同じ状況で、自分達の嬉しそうに着飾る姿を見せると、話がややこしくなるのは分かっていたのと、少しの良心がとがめる気持ちに化粧姿を見せるのが恥じと、女性達は感じたに違いなかった。
「もう、来てしまったでしょう」
「あっすまない」
「いいわよ。なら、行ってくるわね」
玄関を開けると、家の中には少女のような女性達の笑い声が響くのだった。それは、玄関が閉じられても聞えた。それでも、段々と聞えなくなるのは、長老宅に、いや、酒宴する会場に近づく証拠であり。それと同時に、家族の者達の不満が膨らみ、特に、夫の怒りは爆発寸前まで膨らみ続けるのだった。そんな家族の気持ちを知らないのだろうか、嬉しそうに長老宅の玄関を開けた。
「来たか!」
「はい。遅くなってすみません」
「いや、今、始まった所だ。本当にすまないなぁ」
「いえ」
「もしかして、許しがでなくて無理やり出てきたのではないのか?」
「うぅ・・・ん」
確かに、無理やりとも思えるやり取りで出てきたが、嫌々ではなく、喜んで来たのだが、その内心の気持ちを伝えることは言えるはずもなかった。
「やはり、そうだったか!。すまない。その謝罪の代わりにならないと思うが、この場の者と共に好きなだけ酒を飲んでくれてかまわないぞ」
長老は男性だからだろうか、女性の心理が分からないようだった。だが、もし参加者以外の女性が、化粧の仕方や服装を見た場合は、酒宴の参加を心の底から望んでいる。その気持ちがはっきりと表れていたのが分かるはずだろう。
「はい。ですが、私達は、兵隊さん達の接待に心を尽くします」
「そこまで、村のために・・・・うっううう」
長老は、感激のあまりに涙を流した。だが、兵達から情報を聞き出すための酒宴を開いた。と言うことは、先ほどまでの様子は酒宴を成功させるための嘘。だが、女性の接待が必要であり。女性達も酒を飲んで日頃の不満を解消させたいだめの嘘だと分かっていたとしても、女性達の言葉には涙を流すほどの気持ちが込められていたのだ。その気持ちも・・・・。
「早く一緒に飲もうぜ」
「まぁまぁ、本当に・・もう。喜んで頂くわ」
兵の一人が手を振って招く姿を見て、女性達は、言葉の言い回しは違うが、全てが同じ気持ちだった。そして、長老は信じられない姿を見てしまったのだ。先ほどは真剣な感謝の表情だったのが、今では、欲望まるだしの笑みを浮かべて招きに応じる姿だった。それと、同時に、先ほどまでは、仕事や男だけの特有の話題で、それなりに、酒宴は盛り上がっていた。だが、やはり、女性が現れると、酒宴の場の空気は変わるのは当然だった。それが、自分達のために女性達が着飾ってくれた。その姿を見てしまっては、この世の楽園にでも居るかのように思い。そして、男の欲情を丸出しの騒ぎになるのは当然だった。それでも、微かな自制心があるのは、同じ隊の下戸だけが自主的に村の入り口で警護しているからだ。もしかすると、村に危機など百パーセントあるはずがない。その確信から、その者達は、酒の臭いから逃げるのが本心だったかもしれなかった。それを、証明するかのように、酒を飲む者達は、美雪の女性の料理ではなく、長老の奥方だけの料理を警護の者達に食べさせるのだ。警護する者達も門の目の前で地面に座り、形だけは暗い道の先だけを時々見るのだが、九割以上の内心では談笑を楽しんでいたのだ。それなのに・・・・・・。
「ひっ・・・・人か?」
一人の男が悲鳴の様な言葉を漏らしたのだ。
「何だ?」
「どうした?」
火の玉のように見える。そんな、微かな灯りが左右に揺れているのだ。それも、一個でなく複数の数だった。それを見て、警護人たちは談笑を止めて見つめ続けた。そして、恐怖からだろう。体が膠着して声も出せなくなるだけでなく、腰をも抜かしていたのだ。
「まっ・・・・まっ・・・・・さ・・・・か・・・幽・・・霊」
そして、この場から逃げようとしたのか、上官に知らせるためだろうか、皆は這いずるように長老宅の方に向うのだ。この様子を誰かが見れば、何て軟弱な者達なのだろう。やはり、酒も飲めない者達なのだから当然なのか、そう思える程の逃げっぷりだったのだ。だが、それでも、一人の男が・・・。
「何を言っている。幽霊など、ありえるはずがないだろう。耳を澄ましてよく聞いてみろ」
「えっ」
言われた通りにしてみると、片足を引くずるような音が聞えるのだ。それも、一人ではなく複数の足音だった。さらに、耳を澄ますと、千鳥足のような音も、恐らく、酒に酔っているのでなく、かなり遠くから休まずに歩き続けて来たのだろう。
「なんだ?」
「だろう。幽霊などいるはずがないのだ」
「それよりも、隊長に知らせに行かなくていいのか?」
「酒宴の邪魔がしたいか?」
「そうだな。あの者達の用件を聞いてからでも遅くはないなぁ」
「あの者達を助けに行かなくても良いのか?」
「演技の可能性もあるし、素面なのは俺達だけだぞ。慎重に行動した方がいい」
「そうだな。俺達が怪我でもしたら戦える者がいなくなるなぁ」
「かわいそうだが、俺達の所まで来てもらうしかない」
人としての温かみはない言葉のやり取りだが、先ほどの談笑の続きを始めることもせずに、俺達の所に無事に辿り着いてくれと、心の中で祈りながら無言で揺れる灯りを見続けるのだった。
「助けて・・・くだ・・・さ・い」
火の玉と思ったのは、予想していた通りに四個の角灯だった。四人だと思ったのだが六人の男達で、二人の男が怪我をしていたため、二人で支えるように肩を貸して歩いていた。そのために、角灯が変な揺れ方をしていたのだ。その者達も、やっと言葉が届く所まで近づくと、祈りたくなるほどの願いのためか、村に着く事が出来たことでの安堵のためだろうか、六人の男達は地面に両膝を付けたのだ。兵達は直ぐに返事するのでなく、六人の男達の様子を見て、何か変なところが無いかと確かめるように上から下まで見るのだった。髪はぼさぼさ、顔にも傷や泥が付き、まるで、谷から転んだとしか思えない。そんな感じに酷く服も汚れていた。見た目では演技とは思えなかったので・・・・・。
「何があった?」
先ほど堂々と火の玉を否定した。その兵士の声色は同情でなく、詳しく話を聞かせてくれれば助ける。そのような安心を感じさせる響きがあった。それを感じ取って話そうとするのだが、口の中に泥でも入っているのか、喉が渇いて言葉にできないのだろうか、口を開けたと思うと閉じるを繰り返していた。その姿を見て水を飲むように勧めるのだった。
「飲みたいだけ飲むと良いぞ」
六人の男達は、腹に穴でも開いているかのように飲んでも、飲んでも水を飲み続けた。
「落ち着いたか、水ならまだあるぞ」
「いいえ。もう十分です」
「そうか・・・・それで、何があったのだ。もしかして谷に落ちて、その救助を頼みに来たのか?。それなら、直ぐの救助は無理だ。明日の朝一なら手を貸そう」
「そうではないのです。村に敗残兵が来て、村を自分達の領地にすると、勝手に決めて居座っているのです。それで、この村にも敗残兵が来るかもしれない。その知らせと、村を取り戻すために力を貸して欲しのです」
「それで、その兵達の旗印はなんだった」
「俺達の村に裸で突然きたのですから分かりませんよ」
「裸・・・・で・・だと・・・」
自分達と同じだと驚くのだった。そして、同じ都市の者だと確信した。
「そうです」
その後は、水ではなく酒でも飲ませたかと思うほどに、裸で表れた者達は言いたいことをぶちまけるのだった。
「少し、この場で待っていろ」
そう言うと、一人の仲間を残して、簡易的な寝床を作戦司令室でも思ったかのように悩みながら入って行ったのだ。相談することは言葉にしなくても分かることだった。同じ都市の者のことを上官に知らせるか、このまま何も聞いてなかったとして帰らせるかと悩んでいたのだ。だが、この者達を勝手に帰せば上官から厳しい言葉が返ってくるはず。それでも、今直ぐに上官に知らせに行けば村中に知れ渡るのだ。同じ都市の者が他の村を占領したのだから、この村も危ない。そう考えるのは当然で、直ぐにでも村から追い出されるはずだろう。いろいろと仲間内で相談するが、結局は、自分達だけで答えを出せない。そうなるのは当然だったのだ。兵達にとっては長い時間に感じただろうが、待たされた方は気持ちを落ち着かせるのと体を休めるのには丁度良い時間だった。
「援軍の要請などの答えは出せない。だが、上官に報告した後でいいのなら話を伝えるが、それでも良いだろうか?」
「村長に会わせて頂きたい」
六人の中で、一人だけが何かを感じ取ったか?。鋭い殺気を放つのだった。
「直ぐには無理だ」
「まさか、村長を殺したか?。それで、会わせられないのだな」
「嘘だろう。この村も占領されたのか?」
「ああっ間違いないかもしれない。俺が以前に来た時は検問所などなかった」
「本当か?」
「それに、この村には兵などの職業がなかった」
「ちょっと、待って。そんなことはないのだ」
六人は、まるで人の話を聞く気持ちなどないだけでなく、自分の思考をぶちまけるのだ。それだけでは、我慢できない。納得できないからだろう。ついには、人を殺す感情を表しながら詰め寄るのだった。そんな時だった。
「騒がしいぞ。何か不満でもあるのか?」
「部隊長」
なぜ、この場に現れたかは、隊の主が突然に外に出てきたので、二人の部隊長が共として村長宅から出てきたのだった。そして、人が争う声が聞こえて不審を感じたので様子を見に来たのだ。
「何があった?」
「主様。こんな末端の兵の話しなど、自分達だけで十分でございます」
「そうです。中で食事の続きをお楽しみ下さい」
「構わんぞ。良いのだ。酒の臭いで気分が悪くなって出てきたのだから何も気遣いは必要がない。それで、何があったのだ」
「村長に会わせろ」
子供だと思ったからだろうか、それとも、怒りが抑えられないのだろうか、その勢いのまま詰め寄るのだった。
「手を離してくれ、痛いだろう」
二人の部隊長が、詰め寄る男達を捻じ伏せた。
「構わんが、まずは、何があったか話を聞かせてくれないかな?。この様な殺気を放つ者達をご老体に会わすことは出来んぞ」
「全てを話すから手を離してくれ」
若い主は、二人の部下に視線で指示を伝えた。直ぐに、六人の男を自由にしてから話し始めるのを待った。そして、全ての話を聞くのだった。その後、部下から耳打ちもされた。
「わかった。村長に知らせてこよう。少しこの場で待って」
若い主だけが頷き。一人で村長宅であり。酒宴の場に戻るのだった。
第九十六章
男は、何かに悩んでいるのか、何かの苦痛でも感じているのだろうか、いや、両方かもしれない。それを、証明するかのように歓声が聞える方に近づくにしたがい。益々、苦痛を感じて顔を歪めるのだった。
「どうしましたかな?」
「長老殿。少し酒の臭いに酔ってしまった。それで、外に出てみたのだが・・・・」
「何かありましたね。そう顔に表していますぞ」
「確かに、酒の臭いを我慢してでも、長老殿を迎いに行く所でした」
「そうでしたか」
「はい」
「それで・・・何がありました」
「確証は無いのですが、山の麓の三つの村と、中腹の滝崎村と雲海村と桜村が襲われたらしいのです。そして、領地とすると宣言したらしいのです」
「ほうほう、この村を残して周辺の全ての村ですか。それにしても、領地とは変な山賊だ。何か意味でもあるのでしょうか?」
長老は、困った口ぶりで言うが、表情では何かの答えが出ている感じを表していた。
「恐らくだが、その襲った者達は、元、同族の可能性が高いのです」
「ほうほう、何故でしょうか?」
「自分達と同じに、裸で村に現れたらしいのです」
「それは、困ったことになりました。もしかして、元々は、裸で来たのは油断を誘う作戦で、この村も襲う考えだったのかな。そして、この村を領地とする確約でも結びましたか?」
「そのような考えはないですぞ。勿論だが、そのような約束などもない」
「それにしては、かなり難しそうに悩んでいたようでしたぞ」
「我々は、村から追い出されたとしても、この村を守るために戦う覚悟なのだ。だが、武器がなければ、少々の時間だけが遅れるだけで占領されるのは確実だ」
「何か誤解されているようです。この村から逃げるなら止めませんが、村に居たいなら追い出す気持ちはありませんぞ」
「嬉しいが、村を襲った者達は間違いなく同族ですぞ。それでも、宜しいのか?」
「村を守ってくれる者達を信じなくて、どうします。ですが、武器をお渡しするには、村の会議で決めさせて頂きますがね」
「分かりました。それで、宜しいです。それでは、直ぐにでも酒宴の中止を命じてきます」
「酒宴は最後まで続けても構いません」
「ですが・・・」
「一般兵などと共に軍機を開くと言うなら別ですが、結果を伝えるだけなら酒宴を続けては、どうです?」
「確かに、そうだった。騒ぎを広めるだけだな。それでは、こちらから、お願いする。酒宴の続行をお願いする」
「分かりました。好きなだけ続けて下さい。ですが、そろそろ、酒も切れますので無くなるまでには、皆に酒宴の終わりを伝えてください」
「感謝する。それと・・・直ぐにでもお願いすることがあるのです」
「何でしょうか?」
「我々が、この村を襲っただけでなく、長老も殺したと思われているのです。一言で良いのです。この村の無事を伝えてくれないだろうか」
「構いません。それでは、共に行きましょう」
長老は直ぐに歩き出した。直ぐに行き先は分かった。視線を門の方に向けると、角灯の灯りで数人の男達が何か言い争いをしているように見えたからだ。
「長老殿。ご無事でしたか、安心しました」
「安心は、まだできません。直ぐにでも、この者らを村から出すのです。わたし達の村でも始めは大人しかったのですが、武器を手にすると、本性を表したのです」
「知らせは感謝するが、村を守るのに協力すると言っている。だから、村から追い出すことはしない。だが・・・・村の者達に相談した結果では変わるかもしれない」
「その気持ちだけで、十分に感謝している」
「甘い」
「そうは、言うが、六つの村を占領した部隊と戦うとして、この村だけの戦力では十割の可能性で確実に負ける。まあ、この者達の兵員を借りても勝てないだろう。それだと言うのに、追い出すとは馬鹿だと思わないか?」
「長老殿。正直なことを言ってくれて嬉しいぞ」
「共同で戦うのだ。正直な気持ちは当然だろう。もっと正直な気持ちは、占領するなら早めにして欲しい。誰も怪我人を出さないでな」
「そう言うことか?」
「同じことを全ての村人にも伝える考えだ。恐らく、予想の通りの結果になるはずだ」
「間違いなく、そうだろうなぁ」
「武器の分配は、勿論、先にお渡ししますので、好きな選択を示して下さい」
「あっああ、そうしよう」
長老と兵員の主の話しは、人事のように聞いて居る者たちに不快感を思わせる。そんな
やり取りだった。だが、二人は故意にしていることだった。この村に突然に来た者達に向けて、何を考えているか、その態度をはっきりとさせるためだった。
「長老殿」
「何だ?」
「人払いをして頂きたい」
「なぜだ?。もし人払いをして話したとしても、村にいる全ての者に話すぞ。それなら、この場でも構わないだろう」
「分かりました。それでは、話しますが、六つの村を占領した者達は、元は同じ軍だったのでしょうが、今は連携していません。もし戦う場合は個別で戦えます」
「それでは、各村も連携ができない。そう言うことになるな」
「むぅ・・・・・そうなります」
「それでしたら、一度村に帰って、この村に逃げては、どうでしょう。そして、戦力を集めて村を取り戻す。良い考えではないでしょか?」
「やっと、死ぬ気持ちで逃げてきたのに、村に戻れ。そう言うのですか?」
「それでしたら、この兵員達と同じに村に住むのですか?」
「むぅ・・・・当分の間は世話になりたいと考えています」
「それでしたら、村民の相談で決まった場合は、それに従うと言うことですかな?」
「はい。従う気持ちです」
「それでは、何も問題はないですな。あっ・・・それと、寝泊りは、兵員と一緒にお願いします。敵と思っているのなら監視も兼ねて頂きたい」
「だが、それは・・・・あのう」
「村の者達は、誰も一緒に寝泊りをしたい。そう思う人は居ないぞ」
「分かった。分かった。長老の指示に全て従います」
「そろそろ、酒宴も終るでしょう。そうそう、後片付けを手伝ってくれるのでしたら、わしの宅に寝泊りを考えますが、どうします?」
「この兵員達の監視もありますので、簡易的な寝床で構いません」
「本当に、我々は信じられていないのですね」
兵員を預かる。その主は、片目を瞑って長老に知らせるだった。この六人が本当に村の者か占領した兵士なのか、何か邪な考えでもあるかもしれない。それを、長老が探っていると感じて、六人の男達を監視する。そう言う意味だと判断したのだった。その証拠とも言う返事が・・・・・・。
「・・・・・・」
長老の頷きを返したことで、二人は納得するのだった。
「それでは、信じてもらうために、宴会の後片付けでもするとしようか」
「それでは、主様は、簡易的な寝床で御休み下さい」
「構わない。素面なのは、ここに居るだけだ。一人でも多い方がいいだろう」
「主様。部下のことを考えて頂き。部下一同を代表として感謝の気持ちで一杯です。それで、お前らは、怪我人もいることだし、手伝わなくても良いが、空腹を感じているはず。残り物で良いなら食べにきてもいいが、この場にある物よりも美味くは無いぞ」
主に感謝の言葉を述べた後は、六人の男達に問い掛けるのだった。
「・・・・・・・・」
「それでは、わしは眠くなった。休ませて頂く。あっああ、もし風呂に入りたいのなら温泉だから何時でも構わない。まあ、逃げてきたのだから休みたいだろう。それは、兵員の主殿に聞いてくれ」
「お疲れ様です。長老殿。それと、酒宴の席を開いて頂きまして、久しぶりに部下の笑顔を見たことで安堵した。本当に感謝する。ありがとう」
「また、機会があれば酒宴を開きます。今度は村人全員で飲みましょう」
「それは、本当に楽しみだ」
「おやすみ」
長老は、そう言うと、自宅がある方行に歩いて行った。
「良い夢を見られるのを祈っている」
本当に敬愛するかのように深々と頭を下げるのだった。その言葉が聞えたのか、気持ちが届いたのだろう。長老は振りかえると、軽く会釈した後に、又、歩き出すのだった。
「主様や長老殿が風呂を勧めていたが、食事を食べ終えた後には、体の汚れを落としてもらうぞ」
「俺らは、お前らの部下でないぞ」
「何だと、自分達の体から酷い臭いがするのが分からないのか、そのまま簡易的な寝床に入ってもらっては、部下達が病気になると言っているのだ」
六人の男達は、自分達の体の臭いを嗅ぐのだった。
「高圧的な言葉を使うな」
「ですが・・・・・主様・・・」
「確かに、部下でないのだ。気分を壊したと思うが、汚れを落としてから寝床に入ってもらえないだろうか、部下が病気になっては困るのだ。頼む。頭を下げる。湯に入ってはもらえないだろうか」
「このような者達に、頭を下げるなど、むっむむむ!!」
「われらは、もう、主君も無く、何所にも帰る所のない。無頼者なのだ」
「それ以上は、何も言わないで下さい。分かりましたから湯に入りますので頭を上げてください」
満腹になったのか、それとも、食欲が無くなったのだろうか、二人の男に肩を貸しながら長老宅の方に向うのだった。六人に言葉が届かない所まで行くと・・・・。
「本当に、怪我をしているようです。主様」
「少し、かわいそうなことをしたかな?」
「いいえ。酷い臭いなのは確かですから何も問題はありません」
「それにしても、まさか、自分の感がはずれるだけでなく、主様に頭を下げさせることになるとは、本当にすみませんでした」
「いいのだ。確かに、村で育った者とは、兵隊と分かると、弱気な態度をするのが多いのは分かる。だから、お前が言ったように兵士か盗賊かと思ったのは当然のことなのだ。何も気にする必要もないし、無頼者なのは本当のことなのだからな」
「うっうううう」
「何を泣いているのだ」
「北東都市でも名家の主様が、この様な境遇になるとは、お可哀想で・・・涙がでてしまうのです」
「可哀想か・・・・いろいろな想像も出来ない事が体験できて楽しんでいるぞ」
「それなら、良いのですが・・・うっううう」
「本当だぞ。食事は一人でしか食べたことがなかったが、共に食事を食べる楽しみも体験したし、まだ、酒は飲んだことがないが、皆と共に酒を飲みたいと思っているぞ。あのように酔った姿を見るのは面白いからな。全ての事が済んだ後、酒を飲もう!」
「そうですか・・・・・わかりました。それでしたら、その時は、楽しい酒の飲み方を教えしましょう」
「楽しみにしているぞ。それでは、そろそろ片付けに行くか」
「そうしましょう。主様は、酒に飲まれた者達の姿を楽しんでください」
「そうする」
門の警備に、二人だけを残して、長老宅に向った。片付けや酔って歩けない者や酔いつぶれた者達を簡易的な寝床に連れて行くためだった。四苦八苦して、やっと、全ての者を寝かしつける頃には、六人の村人達も湯から出てきたのだ。先ほどと違って、大人しく指示に従って簡易的な寝代に入るのだった。もしかすると、湯に入ったことで体の緊張が取れたのだろう。それで、体の疲れが急激に表れ直ぐに熟睡してしまった。他の兵達も同じように楽しい夢を見ている時だ。ある簡易的な寝床だけが灯りが点いていた。その灯りに向って隠れながら静に近づく者がいた。門の警備人も気が付かず。当然、建物の中の者達も気が付かずにいたのだ。寝ていると安心しているのだろうか、いや、軍人だから声が大きいのだろう。その隠れながら近づく者が、特に何の準備もせずに中の様子や会話が聞くことができた。その中の者は、この隊の主と何人かの部下達だ。勿論、会話の内容は村の外から来た。あの六人の男と他の村が占領されたことの話題なのだ。部下の中には、元同族なのだから使いを出して共に協力して、この地域を占領しよう。と言う者もいたが、隊の主は一言で拒否した。その口で村を守ることを宣言したのだ。それで、誰かに他の村の様子を確かめる斥候を決めていたのだ。だが、結論は出なかった。その理由には隊の者には知らせたくない理由があったのだ。もし知らせた場合は同族なのだから知人がいると考えて合流しようとする者や戦いを拒否する者がいるはずだからだ。おそらく、多くの者が脱走すると考えられたからだ。それで、一つの提案は、隊の者でなく、途中で出会った。あの者達に頼めないか、それしか答えが出なかったのだ。だが、さすがに、今直ぐに呼んで問うこともできるはずもなく、明日の朝でも問い掛ける。そう結論を出すしかなかった。決まると同時に灯りは消えた。寝床に入ったのだろう。
「ほう、良い隊長でないの。でも、あの男に頼むとは、最低の結果ね。でも、村から追い出すことが出来るのならば、良い結果と考えてもいいかもね」
隠れて中を窺って居た者は美雪の母親で、安堵の言葉を内心で呟きながら移動した。
第九十七章
日が昇ると直ぐに家々から煙が上るのと同時に、トントンと食欲を感じる音が響いた。だが、長老宅の近くの家からだけは殺気を感じる。そんな音が響くのだった。
「美雪さん。野菜は切り終えましたか?」
「まだです~」
「それでも、かなり早くなったわね」
「本当ですか?」
「早くなったわ。それよりも、お母さんが来なかった?」
「いいえ。誰も来てないわよ」
「そうなの?」
「どうして?」
「さっきね。家に来ていたの。だから、美雪さんのことでも話しに来たと思ったの」
「そうなの?。でも、来なくていいわよ。煩いだけだから・・・でも、何しに来たのかな?」
「そうね」
などと、噂されていた。美雪の母は、長老宅で長老に昨夜のことを伝えていた。
「あの者達は、本気で村を守る気持ちね。あれなら、武器を渡しても大丈夫と思うわ」
「そうか、そう判断がでたのなら信じよう。なら、何も問題がない。そう言うことだな?」
「いや、あの男達の行動しだいでは、何が起きるか不安です」
「少し考えすぎではないのか?」
「そうかもしれませんが、あの男の裏切りで何度も作戦が失敗したことがあるのです」
「裏切りか」
「そうです。あの男が大人しくしていれば、何の問題もありません。この村は守られます」
「そうなのか」
「はい。そうです。昼頃にでもなれば、六人の男の話題も村中に広がるでしょう。その時に、あの男を探って見ます」
「それほどまで金に命を掛ける者なら金を渡して手助けしてもらっては、どうなのだ?」
「それは、逆効果です。何も知られてないと思っているから子供のように畑仕事を楽しんでいるのです。昔のことを知られたとなれば、昔の男に戻るでしょう」
「そう言う者なのか?」
「村から出たことない者には分からないことです。もしかしたら、今の状態が本心なら静に村で仕事をして暮らしたいのかもしれません」
「畑仕事が楽しいか、そうなのか?」
「本心なら斥候にでても、味方として村に戻ってくるはず」
「あの男が斥候に出るのは決定されていることなのか?」
「隊の主に説得されて必ず行くことになるでしょう」
「それを祈ろう」
「それでは、わたしは、そろそろ娘の様子も見たいので、失礼しますわね」
鋭い女武人だったのが、優しい母の表情を浮かべて退室するのだった。外に出てみると、昼頃と予想していたが、もう辺りでは畑仕事よりも他の村のことが噂されていて仕事など出来る状態ではなかった。それで、娘の所には向うよりも辺りを見回して、あの男を捜していたのだ。すると、隊の主が居る簡易的な寝台から出てくる所だった。そして、自分達の寝台がある建物に入ろうとしていた。その様子を見ると、直ぐに、長老の書斎に向って迷彩服らしき物に着がえて出てきたのだ。すると、まだ、中に入るのでなく、建物の外で煙草を楽しんでいた。と言うよりも、不満を解消している。そんな表情を浮かべていたのだ。女性は、気付かれないように建物の裏に隠れて様子を窺った。
「他の村の様子を見に行くのですか?」
「仕方がないだろう。行くしかない」
「自分達を置いて行くのですか?」
「この村に帰って来る気持ちだ」
「本当ですか?」
「ああっ本当だ。大体の想像はつくぞ。この村と同じに他の村もまったくの戦いの不慣れだと思っている。小規模の貴族の部隊だろう。この村まで攻める気持ちなどない。それを確かめるだけだ。直ぐに戻って来るから、だから、俺達の畑仕事は終らせておけよ」
「はい。終らせておきます」
「それなら、俺は支度がある。お前らは畑仕事に戻れ」
「はい」
部下達が居なくなると、一人で簡易的な寝代がある建物に入るのだった。
「まったく、どんな馬鹿貴族なのだ。村を領地にするなんて、裸になって逃げ出すほどの負け戦を経験したはず。直ぐに潰されるのを分かってのことなのか・・・・もしかして、俺も、この村に来なければ、同じ考えを出したのか・・・・それとも、死に場所を選んだのか?。まぁ、この村の雰囲気を感じてしまうと、戦いなんて感情など吹き飛ぶが、他の村も同じならいいのだが・・・・同じではないかもしれない。あの負け戦を経験してでも、村を占領する行動に出たのだから違うかもしれないな」
ぶつぶつと文句を言いながら支度を整えるのだった。
(わたし達も同じ気持ちを感じて、この村に骨を埋める気持ちになったのよ。今の気持ちが本心なら問題はないわね。少し考え過ぎだったのかも・・・・でも、ついて行くわよ。過去が過去だからね)
男は直ぐに村から出発した。その後を隠れながら女性もついて行く。そのまま男は気が付かずに歩き続け、六つの村の中で桜村に昼過ぎには着くことができた。
「もしかして、村の中に入ったのか?」
などと、驚くように呟くのだった。それは、当然かもしれない。村から出てから人工的な物は足元の道だけ、その道を進み続けて、所々に段々畑が見えていたが、村の境目とかは判断ができなかったのだ。それが、突然のように見渡す全ての畑が見えては驚くのは当然だった。それに、領地と宣言するのなら検問所があり。村人の出入りの禁止や攻めに来る軍の監視などしていると考えていたからだ。
(村に来た。あの六人の話は本当なのか?)
人目もあるので心の中で呟きながら辺りを見た。だが、自分が始めて経験した畑仕事の雰囲気と違うと感じたのだ。自分が楽しいと感じたのは畑仕事だけでなく、歌いながら楽しく耕していた。あの村が特別なのかと思ったが、村人達の精神的にも肉体的にも疲れたような様子を見て、あの六人は本当のことを知らせに来た。そう感じ取ったのだ。
(それにしては、兵の姿が見えない。まさか、俺が考えた。あの作戦を実行しているのか?。それを確かめるしかない。だが、兵員だけを考えた。かなり、惨い作戦だぞ。傭兵なら仕方が無いが正規の兵が実行する作戦ではないぞ)
真っ先に小川がある方に駆け出した。
(やはり、水を塞き止めたか!)
男は全てを悟った。砦を作り、村の全ての食料を無理やり集めて、自分達だけは好き放題に食べるが、村人には一日の分の食料を勝手に決めて砦に取りに来させる。それだけでなく、水も流す時間と水量も決めるのだ。これなら、空腹と喉の渇きで抵抗する気力も無くなるだけでなく、他の村に逃げることも助けを求めに行くことも出来なくなるからだ。例え、屈強な男でも水も食料も無くて村から出られるはずがないからだ。
(だが、傭兵なら適当に食べて楽しんだ後は、村から出て行けばいいが、兵では逃げられんぞ。六つの村の兵の連携か?。それなら、主となる者が居るのか?。まさか、食料があるだけ村に居て、食料が無くなると他の村に移動する考えか?)
男は何度か頷くと、近くにある木の根元を掘り全ての荷物を埋めた。その後に、村の中心へと歩くのだった。すると、小山の上に砦らしき物が見えた。近づくにつれて女や老人の列を見るのだが、まるで、托鉢の坊主のように容器を手に持って人が並んで居る列を見るのだった。その先頭の列の者は頭を下げながら何かを頼んでいる。そんな姿を見た。おそらく、食料が足りないから欲しいと催促しているのだろう。だが、砦の者は、決められた時間以外は食料の分配はしない。そう叫んでいるように思えたのだ。
(やはりか、急いで他の村の様子を見て戻らなければならないな。それか、このまま一人で逃げるか・・・・・だが、この村の様子では、あの村以外は、どこでも同じ状態かもしれない。下手に逃げ出して、同じ兵の者と思われて殺される場合ある。むむ・・・村に戻るのが最良だろう)
一瞬だけ悩んだ後は荷物を埋めた所に戻り。直ぐに村から出るのだった。そして、食料が新たに手に入ることは難しいと思っていたのと、村で休むこともできない。その両方のことで昼間は森で食料と睡眠を取り。夜に行動して他の村の様子も探るのだった。全ての村の様子を見るのに六日目が終ろうとしていた。
「六つの村で同じだった。誰かの指示かと思ったが、それらしき者は居なかった。もしかすると、一つの村で成功したので同じことをしたのだろう。それとも、追い詰められると同じことをするのかもしれない。だが、村を救おうとした軍が来た場合は戦わずに逃げるだろう。それも、山の奥へ奥へと逃げてくれば、あの村に逃げてくるはず。それは確実だろう。それを伝えに、少しでも早く村に帰り防御を固めさせるしかない!」
大きな欠伸をしてから背伸びをした。かなり体が疲れているのだろう。だが、笑みを浮かべている理由は、何か疲れが取れる出来事の思い出だろう。そんな、男の笑みを近くで窺って居る者がいた。
(それにしても、まるで別人ね。それとも、演技?)
不思議そうに男を見ていると・・・・。
「お新香が食いてぇえ」
男は叫んだ。まるで、疲れて動かない体を魔法の呪文で疲れを取るような感情的だった。
「そう言うことね。意味が分かったわ」
納得したのだろう。だが、頭の天辺から靴までの迷彩服を脱ぐ事も隠れている場所から出てこようともしなかった。それは、信じないと言う訳でなく、村々の危機的状況で女性の一人歩きは、危険と同時に不審しか相手に与えないからだ。だが、一番の本心は、男が監視されていたと分かると、気分を壊して心変わりするかもしれない。
「?」
などと、女性が思案していた。そんな時だった。街道の先の方から数人の男達が向って来るのが見えた。その者達は、農民と思える様子でもなく兵隊とも違っていた。それだけでなく、服装もさまざまで、普通の者が対面した場合は目を合わせずに逃げるように道を開けるだろう。そんな者達の職業とは変だが、山賊と考えるのが一番近いかもしれない。その中で一番武人らしき者が、嬉しそうに話し掛けて来たのだ。
「たっ隊長。隊長も無事だったのですね。本当に会えてよかったです」
「おおっお前らも生きていたか、死んだかと思っていたのだぞ」
「他の皆は無事なのですか?」
「ああっ勿論、皆は無事だ」
「さすが、隊長ですね。それで、この村に協力するために来たのですよね」
「違う。六つの村の様子を探りにきただけだ」
「ですよね。それで、どの村に協力する考えなのですか?」
「どの村の協力する考えはないぞ」
「なぜです。今、この六つの村は、どの軍が主導権を握ろうとして様々な動きがあるのですぞ。もし協力して、その軍が勝てば正規の軍の入隊も許されている。そんな噂も流れているのですよ。それに、謝礼金も高額らしい」
「だが、元になる金は、その村からの徴収では、噂のままだ。それに、西と東都市が黙っていないぞ。もしかすると、北東都市も合わせて、三つの都市が協力して村の鎮圧に来るかもしれない」
「もし来たとしても六つの隊と方々に散った者達が集まれば・・・・・それに、勝機と感じて傭兵も集まるはず。簡単には鎮圧など出来るはずがないでしょう」
「だが、一度や二度の戦いなら防ぐ事は出来るだろう。それも、長くは続かない。もし村人が蜂起したら、それも、三つの都市の軍と同時の場合は・・・・防げるだろうか?」
「そんな、不安要素だけを上げて、どうしたのです。俺達が知っている隊長とは思えない。何時も言っていたでしょう。自分の裁量で戦いなど如何にでもなると・・・それなに、何故・・・・それで、今は何をしているのです?」
「ある村で畑仕事をしている。だが、それは、都市と言う豊富な資金源や補給がある場合だぞ。今回の騒ぎは直ぐに終結する。協力などせずに他の地に逃げろ」
「畑仕事・・・・他の地に逃げろ。うぁはははは!」
男は、畑仕事と聞いて、理解が出来ないと顔をしかめたが、直ぐに真っ赤な顔をして怒りを我慢していると思ったら、突然に笑い出したのだ。
「どうした?」
「裸で逃げた時に、服と一緒に武人の心も捨てたのですか。腰抜けになったのか、それで、刀も持たずに偵察ですか、何の偵察ですか?。まさか、畑の育ち具合の偵察ですかな?」
「何て思っても構わんが、この六つの村の戦いには関わるな。確実に命を落とすぞ」
「本当に、腰抜けになったか、今までも、これからも命を掛けて戦いますよ」
「そう言う意味ではないのだ」
「刀を捨てた者には分からないでしょう。自分は腰抜けでありませんので、死ぬまで体から武器を離さすに、どんな戦いにも命を掛けて戦いますよ」
「違うのだ」
「今まで戦い方を教えてくれた。その恩もありますので、どこかの村で戦いになったとしても、殺さずに逃がしてあげますよ。腰抜けさん」
「腰抜け」
数人の男達は、「腰抜けと」と言葉を掛けて、笑いながら立ち去るのだった。それでも、元のは手下だった者達のことが心配だったのだろう。
「何かあった場合は、西都市の方行に逃げろ。それか、山の奥の村でもいいぞ」
「はい、はい。西ですか。ですが、この戦いは負けるはずがませんよ」
微笑を浮べながら歩き出した。元仲間が無事だったのが嬉しかったのだろうか?。そんな一部始終を見て、一人だけが難しい表情を表していた。
(あの野郎。何だかんだと言っていたな。それにしても、畑仕事などでは惚けていたのに、いろいろと考えていたのか、それでも、この村々の騒ぎが収まるまでは安心してもいいようね。それにしても、あの男達は、あの男に腰抜けと言ったことを後悔するでしょうね。それも、一生、後悔すると思うわ)
今の騒ぎを見たことで、男の内心を確実に判断ができた。そのことで監視をする必要も無くなったのだが、逆に、過去の因縁で男が襲われる。そう感じて護衛する気持ちになったのだろう。男の後を隠れてついて行くのだった。
第九十八章
西都市の葬儀が終わり。次の日の朝のことだった。竜はまだ上方にいた。それに、街中も矢尻の痕や壁の崩れだけでなく瓦や窓と上げれば切が無い。そんな、戦の痕の状態だった。そんな状態の都市でもまったく被害の無い所があり。軍服を着た集団が整列していたのだ。その地は、領主の庭であった。その者達は一点に視線を集中して前方の扉が開かれるのを待ったいたのだ。すると、集中する気持ちも他に移ろうとする時だった。扉が開かれて小津が出てきたのだ。そして、少し後に、西都市の主が現れた。
「待たせてすまなかった」
集団の男達は主に言葉で返すのでなく、即座に体を動かして返礼するのだった。
「寛いでくれ」
そう言葉を掛けるが、今の状態を解す意味とは別に、これから長い話しになるために気持ちを引き締めろ。そう言う意味もあるのかと、集団の男達は感じたのだ。やはり、感じた通りで、長い挨拶から始まり。いつになると本筋に入るのかと、少々疲れを感じ始めた。その間、小津は、扉の中に消えたと思うと、直ぐに出てきては、また、入る。それを何度も繰り返していた。何をしているのかと、皆は見ていたが、これから必要と思える用意なのは間違いないのだ。そして、小津の動きが終わった。もしかすると、全ての用意が終ったからなのか?。それとも、主の挨拶が終ったからなのか?。それを証明するかのように主は口を閉じて小津を見るのだった。
「用意は出来ております」
小津に向って頷くと、何か言い難い事でも言うのだろうか、難しそうな表情を浮かべながら口を開くのだった。
「先ほども話した事なのだが、今回の戦に対して戦いの区切りができた。それで、怪我人や亡くなった者達の里帰りをさせたい。それで、付き添いなどで人も必要だろう。隊の三分の一を残して、他は一緒に村に帰そう。そう考えたのだ。勿論、満期満了したと同じに契約金を払う。当然だが、残ることになった者達も同じ様に前渡しで払う考えだ。恐らく、残りたい者は居ないだろうが、選ばれて残ることになった者には新規契約として、前回以上の契約金を払う気持ちなのだ。確かに、命の危険はある。だが、この地域の安全を守ることに協力して欲しい」
「・・・・・・」
「う~ん・・・・・それでは、先に、契約金を払おう」
皆の無言の視線には兵員として残される思いと、契約金の金額のことで胸が一杯だと感じ取り、先に契約金を払うことで気持ちを解そうとしたのだった。それから、小津が一人一人の名前を呼び上げると、主の前に立ち、契約金と満期証明の書を手渡されるだった。
「ご苦労だった」
西都市の主は、最後の一人まで全ての者に労いの言葉を掛けるのだった。皆は、渡されると、大金を始めて見たのだろう。兵員として残されることなど忘れたように喜ぶのだった。全ての者に渡る頃には金を使う時の場面でも考えているのだろうか、それとも、家族に見せた時の驚く姿を想像しているのかもしれない。少しはしゃぎすぎと思える様子だったが、これなら、兵員の発表をしたとしても素直に承諾してくれる。そう考えて発表するのだった。少々の混乱はすると思えたが、兵員として残る者が少ないこともあるだろうが、もしかすると選ばれる覚悟もあったのだろう。すんなりと、この場の騒ぎは落ち着くのだった。
「この都市の危機を救ってくれて感謝している。本当に、ご苦労だった。村までの護衛はできないが、気をつけて帰って欲しい。それと、村に帰る途中に詰問された場合は、満期証明を見せれば身分証明になるぞ。もしもだが、また、兵員の徴兵が来た場合は、それを見せれば徴兵されることはないだろう。だから、金銭同様に無くすのではないぞ」
「ありがとう御座います」
一人一人の思いが一緒だったのだろう。まるで、指示されたかのように同時に返事を返すのだった。
「ああっ気にするな。それと、好きな時に都市から出ると良いだろう」
皆は、次の言葉を待った。
「指示があるまで兵舎で待機だ。だが、戦は終ったのだ。一般の警戒態勢で構わない。ゆっくり寛いでくれ。それでは、解散だ!」
「承知しました」
都市の主は、全てを伝え。全ての予定を終らせたのだろう。壇上から降りて自分の屋敷の門に向った。その後を小津も付いて行くのだ。その二人を見送り続け、二人が屋敷の中に入ると、隊の皆も庭から町の中に移動するのだった。その途中では、上下の関係はあるが、同じ兵員だからだろう。仲間同士の砕けた会話に発展した。もしかすると、都市の主の計画的な計らいだったかもしれない。それは、隊の全ての者達は懐が豊かになった。そして、恐らく、村に帰る者達と、この場に残る者達では、今生の別れとなるはずだから思い出を作ろうと自然と会話が弾んだ。そして、酒宴に発展するのは当然だろう。それを証明するように隊の最上官であるが、雇われの兵でもある。登が自費で酒宴を開くと言うのだから裏があると、誰もが感じることだった。それでも、誰もが、その話題には触れずに楽しく飲もうと、皆は無言で頷くのだ。その中でも一般の警戒態勢の指示を受けたのだ。その指示の通りにしなくて良いのかと、登に視線を向ける者達が居たが、登の指示は、門は閉じたままで良いと、そして、上空の竜に視線を向けるのだ。竜が存在しているのならば誰も攻めて来るはずがない。と、皆は納得した。それから、村に帰る準備や送金の手配などを終らせて、夕方から酒宴を始めようと考えるのは当然だった。
「繁盛しているようだな」
「はい。この都市で送金ができるのは、うちの両替商だけですからね。嬉しい事です」
「また、あくどい手数料を取っているのでないだろうなぁ」
「もしかして、新殿の時のことを言っているのでないでしょうね。あれは、正規の値段なのです。それに、今回は、主様からの書状で、手数料の全額は主様が持つ。とのことで誰からも手数料は頂いていません。それだけでなく、外でしている炊き出しは当方で負担しているのですよ」
小津は、書状を見たのでないが何となく分かっていたのだ。今の都市の状態では、店として機能をしているのは両替商だけだった。それで、邪な考える者もいるだろうと、故意に大声で、皆に聞えるように店の主は儲けを考えずに商いをしている。そして、奉仕活動もしていると、皆に分からせたかったのだ。
「そうだったか、済まなかったな。確かに、他の店と違って商売物が燃えることも壊れることもないからな。良い商売かもしれないな」
「そうですが、今回は、と言うか、当店は送金取扱人(そうきんとりあつかいにん)業が主な商売ですよ。普段は、A組人、B組人だけしか頼まないのですが、今回は、C組人、D組人まで頼んでいます」
この男が言っているのは、現代では銀行と同じようなことだが、現代とは違って預けて利息をもらうのでなく、逆にお金を払って預けるのだった。この時代は大金を自宅に置いている場合は強盗などに襲われるなどの物騒もあるが、遠方との取引に現金が必要でもあった。確かに、書面でのやり取りもあるのだが、交易で他の都市や町などでは貨幣価値の変動もあり。大金になると少々の変動もあり、かなりの金額にもなるのだ。それと人の気持ちもある。大金を目の前に積むことで安易に折り合いが付くことが多かったのだ。それだけでなく、各都市や他国では自分達の貨幣に使う金、銀などの流出も避けたかったこともあり。都市などでは、両替商に特典を与えて貨幣の流出を防ぐ場合もあった。などの理由で活躍するのが、送金取扱人だったのだ。A組からF組まであるが、殆どの者は既婚者であった。既婚者なら家族が住んで居る都市に帰るために持ち逃げする心配はないからだった。だが、AとF組は逆に独身が占めていた。それには役割が少々違っていたのだ。A組では、都市や他国などの大金が動く商談の護衛などをする者達だった。逆にF組は 盗まれた物や着服する者達からの回収する者達で、元傭兵や元犯罪者などが占めていたのだ。それで、別名で呼ばれるのが多かった。その名称は回収人と言われていた。そして、BからD組は一般の送金が普通の仕事だが、勿論、人によっては時間が掛かる者もいるので料金の違いがあるのだった。D組の最下級になると、送金の金額を誤魔化す者や届け先人を脅す者もいるらしくて、普通は頼むことはないのだが、今回の戦の後の場合では、登録だけで働いたこともない者もいるが金が必要で仕方なくする者もいた。そのような者もいるのだが、それでも、人手が足りないためと、少々給金の料金が上ることと、名誉回復のために働きたいと考える者もいた。
「そうだったか・・・・」
「はい。戦に勝ったことで、都市の信頼度と知名度もあがり。他の都市などからも預けたいと多くの者が来ています」
「それほどまでに忙しかったか・・・・・・」
登は、何かを言いたそうにしていた。
「何かありましたか?」
「いや、村に帰る者達がいるだろう」
「はい」
「怪我人もいるし、送金取扱人と一緒なら安心だと思ったのだが、忙しいなら駄目だろう」
「そうですね。それでは、こちらのお願いを聞いてくれたなら考えてもいいですよ」
「構わんが・・・何をするのだ?」
店の主が、真剣な表情を見せたので、何を言われるのかと恐れた。
「ある所の商人が殆どの蓄えを預けたいと言われたのです」
「それは、良かったではないか、なぜに悩んでいるのだ?」
「商人連合国、と言ってもですか?」
「はっ?」
「元、北東都市のことです」
「我々を苦しめた。にっくき敵都市ではないか!」
目の前に敵がいるかのように怒りを表した。
「それだから、悩んでいたのです」
「それで、何をしろと言うのだ」
「申し出を受けたいと考えているのです・・・・・それで、護衛を頼めないか・・・・と・・・」
怒りの形相に恐れながら思いを伝えたのだ。
「分かった。北東都市までの護衛に協力しよう。だが、主様に頼まずに、なぜ、悩んでいたのだ?・・・・・・・・お願いすれば簡単に済む話だっただろう」
「怖かったのです」
「怖かった?」
「はい。都市の主様にお願いすれば、直ぐに大々的な警護をしてくれるでしょう。ですが、そうなると、自分も行くことになります。だから、悩んでいたのです」
「えっ・・・行かないのか?」
「はい。命が惜しいですから行きません」
当然だと言うように即答するのだった。
「だが、俺達だけでは、商人と交渉はできないぞ」
「大丈夫です。契約書と代理証明書を書きますから、それを手渡せば済みます」
「だが、金額を確かめるのだろう。もし間違っていたら大変なことに・・・・・」
「それも大丈夫です。半端な金額はありませんから、箱の数の確認と箱の封印の紐を切らなければ何も問題はありません」
「だが、誤魔化しでもされた場合は、見極めは出来んぞ」
「商いとは、信用が第一ですから大丈夫です。それに、預け金も年払いの計算ですし、支払いも商いの中での計算の差し引きになるのです。まあ、向こう様は、帳簿に記入できない金ですから政変が変われば没収されるとでも思っているのでしょう。ですから、問題を起こすようなことはしませんよ。安心してください」
「それなら、良いのだが・・・・・」
店主に対して不満を表しているが、何て言っていいかと悩んでいるかのようだった。
「宜しくお願いします」
「分かった」
「期日は、ありませんが、向こうから再度の手紙が来る前に着いて欲しいのです」
「それは、いつ頃のことなのだ」
「来月の中旬くらいです」
「明日には向う気持ちだった。なら、一月以上あるな。それなら、何か遭ったとしても間に合うだろう。心配しなくてもいいぞ」
「それでしたら、明日の朝にでも契約書と代理証明書を作成して持って行きますよ」
「分かった。隊舎にいるので持って来て欲しい」
「承知しました」
登は溜息を吐きながら検問所に向うのだった。それは、当然だった。先ほど、部下達に夕方から酒宴を開くことを許したのだ。それを中止するか、それとも、明日の出発に選ばれない者だけで許すか、だが、それだと、誰も酒宴には参加しないだろう。なら、全員で祝杯だけで終らせた方が良いかもしれない。などと考えていると、検問所に着いてしまった。そんな、思案が顔に出たのだろう。
「隊長殿。どうしました?」
「なんでもない」
「それよりも、何か言いたそうな顔しているぞ」
「それが、酒宴をしたかったのですが、酒が無いそうです」
「えっ」
「先ほど部下からの知らせでは、店屋の方でも全て売りつくしたかったのでしょう。蔵を見に行ったところ・・・・あの矢の嵐で、殆どの酒壷が壊されたらしいのです」
「そうだったか」
「それでも、一人一杯くらいなら用意ができます。店の主人も徴兵達に門出の祝いをしてあげたいらしいのです。それだけですが、酒宴の許可を許してくれますか?」
「あっああ、許そう」
「ありがとうございます」
「だが、俺から伝えることがある。酒宴だと思って緩んだ気持ちでは困るぞ」
「はい」
部下は即答して、皆に知らせに行った。
第九十九章
都市の中では、様々な人達の思い人の葬式も終わり。人々は元の活気を取り戻し始めた。
それが、出来るのは、思い人の思い出と一緒に、全ての悲しみの感情も送ったからだった。だが、時々、何かを思い出すよに空を見上げるのは、微かに楽しい思い出が残っていたのだろうか、いや、思い人の言葉が聞えたのだろう。おそらく、今まで以上の楽しい思い出を作ってくれ、そして、また、会えた時に楽しい思い出を聞かせてくれよ。それまで、さよなら。と聞えているのかもしれない。それを証明するかのように広場で、徴兵隊と二つの都市の兵隊達が実行しているようだった。それも、たった、一杯の酒で、それも、一口も飲んでいないのだ。誰が見ても直ぐにでも飲み干したいのだろう。だが、隊長の乾杯の言葉がないので飲めないでいるのだ。おそらく、何を言われているか頭に入ってないはずだ。そんな感情の限界の時・・・・・。
「と、言うわけで、我と、徴兵員を主体として北東都市に行く事になった。それで、全ての話は終わりだ。乾杯」
登は、両替商の話を伝えるのだった。
「うぉおお、乾杯」
皆は、やっと、長い話しが終わり。飲む事ができた。そして、飲み終えた頃・・・。
「何か話をしていたよな。なぁ・・聞いていたか?」
「いや、知らない。お前は?」
飲み終わると、などと、信じられない言葉を吐くのだった。
「仕方が無い奴らだな。もう一度だけ言うぞ」
登は、がっくりと肩を落としながら話すのだったが、皆が興奮して聞き逃すのは当然かもしれなかった。特に徴兵隊は、やっと自分の村に帰れるのだから仕方が無いことだろう。
「えっ」
「何一つとして聞いて居なかったのだな。主様から満期証明をもらった者は連れては行かない。それと、戦いに行くのでないのだ。命の危険もないから安心しろ」
「・・・・・・・」
喜びたい者は、残された者の気持ちを考えて無言になり。残る者は、これから起こることを考えると言葉を無くすのだった。
「それでは、明日の朝に出発する。それまでは、好きにして構わん。解散だ」
登の下からバラバラに移動した。それでも、皆を見ると、都市に残る側と満期証明をもらった側に別れるのが感じられた。そんな皆の後を、新は思い詰めたように一人で歩くのだった。
「俺の隊も手伝ってやろうか?」
「嬉しいですが・・・・そこまで迷惑を掛けることは・・だが・・出来るなら都市に残ってくれると、何の憂いもなく出発できるのですが・・・・」
「まあ、それは、構わんが・・・だが、新殿を福隊長として連れて行くのだろう」
「そう考えている」
「あの状態で使い物になるのか?」
竜二朗は、新に視線を向けて問うのだった。
「確かに、その心配はしていた。だが、今まで新が居ることで助かっていた。それに、新殿以外の指揮では、徴兵隊達は安心して命を預けないだろう。それに、初めて見せた。あの指揮を見ては、俺達も頼りたいのだ」
「確かに、あの指揮は凄い。頼りにしたいのは分かる。だが、あの様子で大丈夫だろうか?」
「まあ、今回は戦いでなくて護衛だ。この都市の方が心配だ」
「西都市の主から謝礼金をもらったことだし、都市の護衛として残る気持ちでいる。だが、何かあった場合は使いを遣せよ。直ぐに助けに行ってやるからな!」
「感謝する」
「ああっ気にするな。良く寝て英気を養え」
その言葉を最後に、二人の男は別れた。これで、広場から人が消えた。そして、上空の月は、広場に人が居たために無理して上空にいたのか、人が消えると同時に、中空に存在する竜から逃げるように大地に沈み、変わりに、太陽が徐々に現れるのだ。それは、竜を守護するかのように照らし続けて、まるで、竜に力を与えるためのように昇り続けるのだった。その光は、動物の体内時計の起床時間を知らせるように体を温めるのだ。その動物よりも早く、起床時間を知らせる人工的な鉄と鉄がぶつかる音が響いた。その音からと言う訳でないが、人々の活動が騒がしくなり、広場にも人が現れた。始は、健康のために体を動かす者や配達人が多かったが、特定の時間になると、軍服を着る者が多くなり綺麗に整列するのだった。
「点呼」
集まった者達は、自分が並んでいる番号を叫び、ある者は、最後の番号を聞くと頷くのだ。その姿を見ると、安堵するかのように表情を緩めて体も緊張を解くのだった。
「宜しい。それでは、食事が済むまでに北東都市に行く者を決めておく」
「・・・・」
「解散」
皆は、また、固い表情を浮かべて、許しの言葉を聞くと、それぞれの建物の中に帰るのだった。そんな中の一人が、ある男に心配そうに視線を向けていた。
「新殿」
「あっ・・・・はい」
新は驚くように振り向いた。
「大丈夫か?」
「登隊長」
「登さん。で、いいぞ」
「はい。なら、僕も、新でいいです」
「あっああ、わかった。それにしても、本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
「それなら、良いのだが、今回の北東都市の護衛には、新を副官として同行してもらう。あの時のように徴兵隊を指揮して欲しいのだ」
「僕は、もう村に帰れないのですから、、どんなことでもします」
「なぜ、そんなことを考える。どうしても村に帰りたい。そう言うなら主様に頼むぞ。新は、それほどまでのことをしたのだ。この都市を守ったのだから願いは叶うぞ。だが、主様が、それをしなかったのは、他の徴兵隊を残しては帰らない。そのように考えているだろう。それで、言わなかったはずだ」
「僕が帰る所の村人が死んだ。それも、村長の息子が死んだのです。それで帰れるはずがないよ。もう、美雪さんとは会えない。だから、どんなことでもしますよ」
「ふざけるな」
登は、怒りを爆発させて、新の頬を叩いた。
「痛い」
「当然だ」
「何故?」
「全ての人の生き死にを握っている。そう思っているのか?」
「えっ」
新は意味が分からず。驚くのだった。
「新が、命じて殺したのか?」
「えっ」
「だから、新が、その者を殺したくて、その者の命を奪ったのか、と、聞いているのだ」
「誰も死んで欲しくなかった」
「そうだろう。だから、誰が悪いとかではない」
「でも・・・・でも・・・」
「もし、と言うのも変だが、新が村に帰っても誰も責める者は居ないぞ。それよりも、感謝されるだろう。沢山の人の命を救ったのだからな」
「えっ」
「あの北東都市の大軍では、あの程度の犠牲では済まなかった。それを、新は、皆の命を救ったのだぞ。それを皆が知っている」
「村に帰れる?。美雪さんに会える?」
「勿論だ」
「本当?」
「どうする?。直ぐにでも村に帰りたいか?」
「村に帰りたいけど、他の徴兵の人達を置いては帰れない。だから、満期が終了するまで一緒にいるよ」
「本当に済まない」
登は深々と頭を下げた。
「本当に無理していませんから頭を上げてください。もう大丈夫です。本当に大丈夫です」
登に頭を上げてもらうために思いつく言葉を並べるのだった。
「分かった。それで、徴兵隊には、新が知らせるか?」
「それは、僕から言うのは嫌です。登さんからお願いします」
「それだな。俺からがいいな。分かった」
「僕は、そろそろ、食事を食べてきます」
「そうだな、済まなかった。食事が終った時に、皆の前で詳しく話すとしよう」
「お願いします」
登は、新の安堵の笑みを見て安心した。そして、笑みで返事を返すのだった。その登の笑みを見て、新は、この場の話が終ったと感じたのだろう。頷くと、仲間が入って行った建物に駆けて行った。宿舎だと思われるだろうが、矢の嵐が都市を襲う前なら徴兵隊と二つの都市の隊兵が休める所の用意はできたのだろう。だが、今の都市の状態では、東都市の部隊の確保だけで限界だった。他の者達は簡易小屋を建てるしかなかった。そして、新が向ったのは、そんな一つの簡易小屋なのだった。中に入って見ると皆は洗顔などを済ませている者や村に帰る者達の用意や喜びの声が響いているのだ。新も同じように済ませようとしていた時だった。
「新さん」
「えっ」
「どうしたのです。何か思い詰めたような複雑な表情をしていますよ」
「何でもないですよ。それよりも、気をつけて村に帰って下さいね」
「ありがとう。それと、猛君のことは、班長として活躍したと、立派な男らしい働きをしたと、村長に報告しておきます。ですから、安心して下さい」
「あっ・・・うん」
新は、ガックリとうな垂れた。
「それよりも、美雪さんに伝えることがあるでしょう。何て伝えます?」
満面の笑みを浮かべて話し掛けてくるのだった。その笑みは、自分が村に帰れるからではなく、新に少しでも恩を返せる。その気持ちからだった。
「・・・・・」
「勿論。必ず帰るから待っていてくれ。そう伝えれば良いのですよね」
新がなかなか頭を上げないために話し掛けたのだ。すると、ピックと反応して、ゆっくりと顔を上げるのだった。
「必ず知らせますよ。その時、何か渡して欲しい物があるでしょう。まだ、用意が出来てないのなら待っていますから・・・・・聞いていますか?」
「僕・・・・」
「ん?」
「手紙なんて書けない」
「なぜです?。書くまで待っていますよ」
「美雪さんに、好きな思いを書いて、長老に見られたら、良い気分を感じないでしょう。だから、先ほどの言葉だけでいいかなって・・・思ったのです」
「失礼ですね。手紙を他の人に見せる。そんな人間だと思っているのですか?。それに、もし長老が読んだとしても、長老は、そんなことで気分を害するような人ではないです。ですが、少しでも、そのようなことが無いように、新さんの活躍を話します、ですから安心して手紙を書いてくたさい。それと、勿論、逃げずに村に必ず帰ってきて下さいよ」
「うん。美雪さんが住む村に必ず帰る。でも、やっぱり、手紙はいいよ。僕が経験した全ては、僕が直接に話しするよ。。そう美雪さんに伝えて」
「そうか、分かった。美雪さんには、そう伝えます」
「お願いします。だから、好きな時に出発してください」
「あっああ、そうします。朝食を食べた後に直ぐに出発します。ですが、何度も言いますが、本当に、本当にですよ。村に帰って来てくださいよ」
「片手、片足になったとしても、必ず帰るよ」
「分かりました。それでは、先に朝食を食べてきます」
「うん。僕も直ぐに行くよ」
二人が話している。その行き先の建物などあるはずもなかった。皆が居たのは広場だった。それも、簡易小屋の前で炊き出しをしていたのだ。先ほどまで、それぞれの店主が店の前で同じように炊き出しをしていたのだが、皆が満腹になるはずもなく、都市の人々にも振舞って一緒に食べていたのだ。新が来る頃になると、炊き出しに並ぶ者が殆ど居なかった。並んで居る者は、おそらく、お代わりをして居る者か、炊き出しの給仕だろう。
「新殿。今来たのか」
新は、給仕が居ないので自分で装っていた。すると、登が手を振って隣に来いと、仕草をしていたのだ。仕草の意味は分かったのだが、登の所に歩き出さずに、その場で辺りをキョロキョロしていたのは、先ほどの男を捜していたのだ。だが、何人かで話しながら食べていたので邪魔しては悪いとでも思ったのだろう。少々残念そうな表情を浮かべて、登の所に行ったのだ。
「なんか、穏やかな表情になったな。安心したぞ」
新は、頷くだけで返事を返さずに、食事を食べ続けるのだった。すると、不満を感じたのか、登は立ち上がったのだった。
「そのままで良いから話を聞いてくれ」
この言葉を聞いて、一般都市民と交易人達は、この場に居れば戦と関わると感じたのだろう。逃げるように広場から移動した。
第百章
広場では、一人の男が突然に立ち上がり演説のように熱が込められた叫び声を上げていた。確かに、その男の話しの内容では命に係わることだ。だから、熱が込められるのは当然だった。それなのに、普通の者なら命など掛ける気持ちなどあるはずもなく直ぐに逃げるはず。だが、かなりの数の男達が残っていたのだ。勿論と、言うべきだろうか、この場の者達も逃げたかったに違いないだろう。それが、出来なかった。だからと言って、男の熱烈な信奉者ではないし、国や都市の理想の夢を追い求める者達でもないのだが、かなりの者が居たのだが、殆どの者達は無理やり徴兵された者。他の者も自主的に選んだ職業でも、皆の内心は金と家族のためだけだった。
「徴兵隊は、新を部隊の長として全員参加。他の者は、これから十人を使命する。その者達は四人の部下を選らべ!。その者達で行動を決行する」
適当とも思える選び方で指差した。だが、登の内心は分からないが、選んだ者達は、徴兵達と食事を共にしている者達だけだったのだ。間違いなく、徴兵達と好意を感じる者だけを選んでいるはずだ。それは、おそらく、新の行動の邪魔にならないための人選だろう。
「そろそろ、食べ終えた頃だろう。食事の片付けは都市に残る者達にしてもらい。出立の用意を始めろ。そうだな、時間は、片付けが終るまでの間とする」
命じられた者達は、十分な時間があるとは思えなかったために、まだ、食事が残っていた者達は一気に飲み込んだ。その後、武器庫や残り少ない食料倉庫に駆け出し、命じられた時間までに全ての用意を完了して待つのだった。何分だろうか、過ぎた頃に・・・。
「用意が出来たか」
登は左手に書類を手に現れた。この書類が届くのを待っていたために遅れて表れたのだ。
「はっ!」
登が命じた者、その十人が隊の先頭に立って代表のように答えた。そして、登は頷くのだが、準備の確認のためなのか、何かを探しているのだろうか、隊の全てに視線を向けた。
「新殿は、どこに居る?」
「僕は、ここに居ます」
十人の者達は、自分達の後ろを振り向いた。後方で徴兵隊がいるからであり。その前列に、新が居ると分かっていたからだ。新は視線を感じるのと同時に、手を上げて場所をしめしながら答えるのだった。
「隊の副官として行くのだ。俺の隣にいろ」
「はい」
新が隣に来ると、登は、部下に開門の指示を伝えて、新と共に門の方行に歩き出した。その後を隊が続き、皆は、上空の竜に視線を向けて都市と任務の安全を祈るのだった。竜は、皆の願いに答えるように微動だにしなかった。まるで、都市を守るから安心して行って来い。そう言っているようで安堵したのだ。だが、新だけは、安堵できなかった。自分の左手の小指の赤い感覚器官が、何かを知らせるかのように北東都市の方行に向いていたからだった。
「どうした?。不安なことでもあるのか?。そんな表情をしているぞ」
「うっう~ん」
「まさか、何かを感じたのか?」
「分かりません。ですが、僕が何かをするみたいです」
「嘘だろう。まさか、襲われるのか?」
「そんな、嫌な感じはしませんので、命に係わることは無いと思います。たぶん、僕の私的なことだと・・・・そんな感じ方です」
「なら・・・良いのだが、何かを感じたら教えてくれよ」
「分かりました」
登と新の二人だけが話をしていたが、命令で口を閉じているのではない。また、都市の外には戦いの痕跡が残っていたのだ。その痕跡を見て良く生きていたと安堵する感情から口を開く気持ちが起きなかったのだ。それに、期間満了するまで、何度、この場面を見るのかと、想像すると心底から恐怖を感じるのだった。
「そんなに不安そうな顔をして、今回の任務期間は、七日間だ。それでは身体がもたんぞ。まあ、北東都市は商人の都市だ。都市に着いてからの楽しみでも思いながら歩くと良いぞ。今回は護衛が任務だ。おそらく、何も問題は無いだろう。だから、まる一日の休暇を与える考えだ。十分に楽しめ」
「ん?」
登は、不審を感じた。部下達の喜びの声が聞こえると思ったのだが、皆は、表情も変えずに新に視線を向けるのだった。
「皆・・・どうしたのです?」
皆は、新に何かを問い掛けるように視線を向けるのだ。その様子を見て、新も不審を感じるのは当然だった。
「新殿」
「はい」
「新殿の不安な気持ちが、皆も同じように不安を感じているのですぞ」
「そんな・・・私的なことで、本当に何でもないのですよ」
新にも不安の確証は無かった。だが、それでも、自分にだけに何かが起こる。それだけは、確かなことだと感じていたのだ。そして、指揮の影響を考えたのだろう。登が・・・・。
「村に残した。愛しい彼女のことだろう。まあ、忘れろとは言わないが、北東都市の女性のことでも考えてみるのも楽しいぞ。だから、不安そうな表情するのはやめろ」
隊の雰囲気を変えようとして冗談のように言う。それには成功して、皆を笑わせることは出来た。だが、新の表情を変えることはできなかったのだ。そして、登は、その感情を汲みとってくれなかったからなのか、、いや、今の状態では何かあった場合に対処が遅れて命に係わる。そう感じたからだろうか、最後の言葉には怒りが感じられた。
「あっ済みません。今回の任務だけに気持ちを集中します」
登の殺気の意味に気が付き、やっと、周囲に気持ちを向けることができた。すると、少しは柔らくなった表情のお蔭で、皆の気持ちも解れて恐怖が消えたのだろう。隊は無事に第3号街道に入り、一日、二日と何事もなく進むことができた。三日も進むと、北東都市の領内に入ることになるので、何かが起きるのではないかと心配する者達もいたが、何も問題が起きることはなかった。さすがに、元敵地だと思うと、皆は硬い表情になるが、当然のことだと考えるだけでなく、もしもの場合の対処のために周囲に斥候を放つことを忘れなかった。などの対策をしたからなのか、何事もなく三日の昼が過ぎようとした。そして、北東都市が見えるところに着くと、当然、部隊は足を止めたのだ。
「周囲の監視しながら休憩を許す」
登は、気難しい表情を浮かべ北東都市に視線を向けながら部隊に命令を発したのだ。だが、気難しい表情は解けなかった。もし、都市の門が閉じていたのなら戦闘の構えを命じるのだが、門は完全の開放と言うべきか、兵士の一人も門番する者もなく門は開いているのだ。それだけでなく、都市に住む者達の活気ある声も響いている。演技かと考えるが、どう考えても演技だとは思えない。市民達の活気の響きなのだ。何分くらいだろうか、見詰め続けていたが答えが出なかったのだろう。神頼みするような気持ちで、新に視線を向けたのだ。向けられた方は意味が分からないが、それでも、何か用があると思って近づき、登の隣に立つのだった。
「どうしました?」
「何か感じないか?」
「ん・・・・・感じません」
新は、左手の小指に視線を向けた。だが、何も感じず。それでも、赤い感覚器官は北東都市の中に入れ。と伝えるように示すだけだった。
「休憩の命令は撤回。直ぐに北東都市に入り、明日の昼までの一日休暇を許可しよう」
「うぉおお」
全ての隊員は喜びの声を上げるが、兵士としての規律は守られていた。それを証明するかのように規則正しく隊を組んで待機するのだった。勿論、誰も命令は発していなかった。
「では、都市に入るぞ」
登は、皆の喜びの表情を見て不安な気持ち吹き飛んだ。だが、今まで普通にしていたことだったのだが、その一つだけは許すことができなかった。
「西都市の旗を掲げることはできない。直ぐに下ろせ」
「えっ」
驚くのは当然だったのだ。自分達の身分の証明であるだけでなく西都市の代表であることを示すことでもあるのだ。などと、様々な意味があるが、その中でも、何一つとして過ちのない聖戦と同義と感じていたのだ。
「何故なのですか?」
「自分達の行動は正しくないのですか?」
一人が口を開くと、一人、二人と同じことを問い掛けるのだ。
「落ち着け」
「ですが・・・自分達は・・・・」
「俺の話を聞け」
「・・・・」
登の声には恐怖を感じるくらいの怒声だった。だが、怒りをぶつけられたことよりも不審の感情が心に占めていたので、怒りに対して怒りで返した。その怒りには理由を話して欲しいと、願うような視線だったのだ。
「今回は、西都市のためでも、主の御指示でもないのだ。市民と市民の、いや、友と友の約束だ。だから、旗を揚げた場合は、西都市に迷惑を掛けることになる。分かってくれ」
「旗を掲げると・・・・・迷惑・・・・・」
「ああっそうだ。まだ、北東都市とは終戦協定が済んでいない。その意味が分かるだろう。まだ、正式に戦争は終っていないのだ。それなのに、西都市の旗を揚げて北東都市に入るとは正式の使者と思われる場合がある。それなら、まだ良い方なのだが、見方によっては北東都市の属国になったと、勘違いされては、新たな戦争の開始に繋がる場合があるのだ」
「・・・・・」
「分かってくれたか」
皆が無言だったために理解したと感じたのだろう。だが、理解して言葉を無くしたのでなく、登の話しの内容が理解できなかったのだ。
「では、都市に入るぞ」
登と新が先頭で全ての隊は歩き出した。都市に近づくと、遠くから見た通り以上に驚くのだった。やはり、厳しい門番は居なく、荷物や不審人物などの検問も無いのだ。不審を感じながら門をくぐると、普段なら検問での愚痴などの囁きが聞えるのだが、都市の境である門が無いからと言うか、一般の公園のような雰囲気で、まるで、縁日のように出店まであるだけでなく、楽しそうに子供が走り回る姿をみるなど信じられなかったのだ。これで、風紀など秩序が保てるのかと驚くのだった。あまりに予想もできない雰囲気だったので、歩く事も忘れて、道の真ん中で立ち尽くしていると、子供が遊びに夢中で、登にぶつかるのだった。子供よりも登の方が驚いてしまい。大丈夫かと声を掛けようとすると、突然に大人が駆け寄り。登に謝罪するのだった。父親かと思い。謝罪しようとすると、元気良く子供は起き上がり。変なことを呟くのだった。
「ありがとう。おじさん」
「気をつけるのだぞ」
「自分の子供ではないのか?」
「はい」
「知り合いの子供なのか?」
「違います」
「ほう」
「あっ自分は、この地域の自警団の者です。団体で武器を携帯していますが、何か御用ですかな?。この都市には検問所はありませんので、自分、いや、自警団は、都市の安全のために、武器などを持っている方達には声を掛けることにしているのです。それと、先に言っておきますが、適当な場所や都市の巡回をしていますので、また、同じ様に声を掛けられる場合があります。もし、嫌なのでしたら武器の預かり場所がありますので、そちらで、武器などの預かりをお勧めします。勿論、無料ですのでご利用ください」
「えっ・・・・それで、話は終りか?」
登は、驚き、つい、男を引き止めてしまったのだ。
「はい。勧めるだけで、自分達は何も強制はしません。それに、子供を助けようとしてくれた人ですし、少し話をしただけですが、特に怪しむ点がありませんので、この都市を自由にお遊びください。ですが、もう一度言いますが、武器を持っていると、何度も声をかけられます。その点だけは、気分を壊さずに楽しんでください。それでは、失礼します」
男は、そう言うと、預かり所の店を手で示した。その後、先ほどまで将棋でもしていたのか、相手に何度も頭を下げながら続きを始めたのだ。
「あれか」
言われなかったら仕事の派遣屋みたいな感じの店だった。店の前では、少々腕が立つような男が何十人もいたので、仕事を探していると感じたのだが自警団なのであろう。そう感じたのだ。
「ほうほう。始は優男みたいな男が始めに接して、揉め事が起きた時は、あの手の者達が出てくるのか、まあ、殆ど商人が多いのだ。このような感じの検問なら商売もはかどるかもしれないな。さすが、商人の町と感心するところだな」
そして、手紙の地図と標識を見ながら目的の場所に急ぐのだった。やはり、優男の言った通りに、何度も同じような言葉を掛けられた。だが、断り続けて、目的の店に着いた。
「やっと来てくれましたか、お待ちしていましたよ。持って行ってもらうのは、これです」
店の前に、何かの商品らしき木箱の二十個だった。どう考えても現金が入っているとは思えない物だった。それよりも、店の前で話しているのは商人の誤魔化しの無い。開放的な商売と言う感じなのか、それとも、現金が心配だったために離れられなかったのか、それは知らないが、突然に声を掛けられて、登は驚くのだった。
「待っていたか、遅れて済まなかった」
「それでは、お茶でも出しますので中にどうぞ」
「ああ、それは、済まない。頂こう」
そう返事を返すと、中に入る前に、新だけは残って欲しいと伝え。他の者達は、明日の昼までの自由を許可するのだった。
第百一章
西都市から商人連合国と宣言した後は、都市の中も変わり始めた。特に、人々が歩く通りの流れが変わった。その理由は貴族が居なくなり。その屋敷が店舗として使われ出したからだ。宣言前までは、大店が立地条件の良い所で商いを独占のために、中小の商い人達の店舗は裏道とでも言うべきだろうか、一般の市民が使う生活用品を主流として細々と商いをしていたのだ。だが、貴族の邸宅を店舗とすることから奇抜的な商い方を始めて、市民達の物を買う気持ちを刺激させたのだ。大店が貴族に売り込む接待方法を市民達にも味合わせたのだ。すると、今までは生活用品だけだったのが、感情も心も刺激されて財布の紐を緩ませることに成功した。その感情の波が人々に広がり、人々に買い物する楽しみが芽生え始めたのだった。そんな、大店が並ぶ大通りで・・・・・。
「ん?・・・・どうした?」
「言い難い事なのですが・・・・・・」
「何だ?」
「この装備の一式を脱いで宜しいでしょうか?」
皆の代表を述べるからだろうか、それとも、登が許可するはずがないと思っているからだろうか、登の怒りを想像しながら言葉にするが、その言葉には怯えが感じられた。
「構わんぞ。鎧を着てでは楽しめないだろう。この店で預かってもらうとと良いぞ」
登が穏やかに許可するので隊の者達は不審を感じていた。だが、もしかしてと感じることもある。先ほどから交通の邪魔だと、この都市の自警団が騒いでいたのだ。確かに、商店街の道は、やっと馬車が行きかう広さしかなく、北東都市の隊が整列していると、片方の馬車がぎりぎり通るだけしか開いていないのだ。もし、この都市に貴族がいる頃なら間違いなく武器を使う物騒な争いになっただろう。それほど、多くの貴族の馬車が行きかう通りだった。だが今は、商人が荷物の移動の時に使う馬車しか通らない。だから、自警団が騒ぐ程度で済むのだった。それでも、煩いのは確かで、そのためにすんなりと許可したのかと、そんな思いもあったのだ。
「ありがとう御座います」
明日の昼までの様々な思いがあるのだろう。皆は破顔してまで本心から喜ぶのだった。
「ああっ、ゆっくり楽しんで来い」
登の言葉に返事する者はいなかった。皆は甲冑を脱ぎことに、そして、店先に並べるのだが、まるで、甲冑一式を売る気持ちかと思うほどに綺麗に陳列する有様だった。
「はい。行って来ます」
自分の甲冑を置くと、一人、二人と登に頭を下げて行くのだ。そんな様子を五、六人も見ていると、登は、後は個人個人に任せても何も問題がない。そう感じたのだろう。店の中に入るのだった。そして、言葉を無くすことになる。
「ご主人」
店舗の奥には部屋があり。その部屋の中に主がいたので声を掛けた。すると・・・。
「何でしょう?」
主は、お茶の用意をすると、手招きするのだった。登は、自分の服の汚れを感じて入っていいかと悩んだ。たしかに、現代では応接間のような寛げる部屋なのだが、棚には酒等が並べられて内装も金を惜しみなく使った感じの部屋なのだ。普通の者なら尻込みするのは間違いない。こんな高級クラブのような接客方法ではぼったくる。そう感じて直ぐにでも店から出るだろう。だが、逃げる訳にも行かない。それに、購入で来たのでない。その気持ちがあるからだろうか、主の目の前に立つのだった。
「これが、書簡です」
書簡を無くさないためだろうか、懐から取り出した。
「ありがとう」
右手で書簡を受け取ると同時に左手で椅子を勧めた。新と登は、豪華な椅子に座れるはずもなく。主が書簡を読み終わるのを待つのだった。
「どうしました?。酒の方が良かったでしょうか?」
二度も言われ、三度目は失礼かと感じたのだろう。二人は席に着くが、間近で、紅茶の容器と紅茶の香を感じると・・・・。
「こんな高級品は頂けません」
「何も気にしなくていいですよ。大店と言われて商いをしていますが、他の大店と比べたら下の下ですよ。高級品ではありませんし、冷めては勿体無いので飲んでください」
などと言われては、二人は断るこもできず。紅茶の容器を落とさないように注意しながら口にした。
「美味い」
「本当ですね。香草でも入っているのでしょうか、初めて飲みました」
「そうですよ。美味しいでしょう。この茶の配合や煎じ方は内緒です。他の大店のような接客はできませんが、この紅茶のお蔭で貴族の方々と良い商いができたのです」
「そうでしたか」
「はい。ですが・・・・貴族様が、この都市から居なくなるので他の都市に行くか考えていたのです」
「そう言う理由があったのですか」
「はい」
「間違いなく、書面の物を運びますので安心してください」
「宜しくお願いします」
「それで、一つ聞きますが・・・」
「何でしょうか?」
「自分達は、馬車に積んであるのかと思ったのですが、当方で馬車を用意することになるのでしょうか?」
「それは、こちらで用意します。たしか、明日の昼に出発するのですね」
「はい」
「明日の昼には、馬車を用意しますので、荷物を積むのは宜しくお願いします」
「構いません。ですが、外に置いたままで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。もう四日も置いたままです。あのような重い物を持って行く人はいませんよ。それに、がっちりと釘で留めていますので開ける者もいないでしょう」
「それにしても、なぜ、我が都市に・・・・あのような物を・・・・・内密なら聞きませんが、もし、出来れば、警護の計画を考えるために聞きたいのです」
「はっはぁぁぁああ」
大きな溜息を吐いた後に都市の状況を伝えるのだった。
「ほうほう」
「それで、殆どの商人達は、自分達の国が出来ると、財を提供する人が多くいるのですよ。確かに、気持ちは分かるのです。自分も提供していますが、さすがに、財を投げ出すほどまでは・・・・様々なことをして貯めた物ですからね。それで、他の都市に隠そうと考えたのです。そして、思案の結果では、そちらの都市に移住しても良いかと・・・・・」
「そうでしたか」
「はい」
「安心してください。間違いなく西都市に運びますぞ」
「お願いします」
「それでは、明日の昼に・・・・」
「もしもし」
「どうしました?」
二人は店から出ようとしたのだが、店主から声を掛けられて振り返った。
「これから宿を借りるのでしたら・・・良ければ・・・この家に泊まりませんか?」
「う~ん。あっ・・・料理長。料理長は居るか?」
「登さん。その料理長は・・・・」
突然の言葉に驚き、登が呆けたのかと心配するのだった。
「そうだった。そうだった。もう居ないのだった」
「はい。そうです」
「誰か、外に、外を見てくれないか、誰か居るはずだろう」
「誰も居ません」
「料理長が居たのなら気を使って、誰かを残すのだが、もう・・そんな気遣いはないのだなぁ。本当に残念だ」
「もしかして、使いの者が帰ったのでしょうか?。何と言う旅館ですか?。それとも、誰か使いを出来る者を紹介しましょうか?」
「う~ん」
登は、何と言って誤魔化そうかと思案したが、良い答えが出てこないのだろう。新に問うような視線を向けた。すると、頷くのだった。
「新殿は、この家に泊まりたいのだな?」
「はい」
不安な気持ちが解消されたような頷きをしたのだ。
「どうしました?」
「お言葉に甘えて、こちらに、泊まらせて頂きます」
「自分の家だと思って寛いでください」
「感謝します。ですが、突然、どうしたのです?」
「大金を預けるので、どのような人なのかと知りたくなっただけです」
「そうでしたか」
「はい。それで、好き嫌いは、ありますか?」
「失礼ですぞ。好き嫌いで、人とは接しませんぞ」
「そうでなくて、食事のことです」
「あっすまない。ありません。ですが・・・・」
隣で店内の商品を見ているのか、自分達の会話の流れを楽しんでいるのか、そんな、新に視線を向けた。
「僕もありません」
「何か、出前でも取りましょう。何か食べたい物でもありますか?」
「それなら、西都市で食べた。あれは・・・・なんだろう」
「ああっ・・・あれは、良した方がいい。あれを頼むのは、店主に対して失礼だ」
「それは何て言う料理でしょうか、失礼と言われれば聞きたくなります」
「それ程に言うのでしたら言います。それは、カレーライスです」
「確かに、家庭料理と判断する人はいますね。もし妻でもいれば作らせますが、お客人の接待にカレーライスの出前では、店の評判に傷が付きます。ですが、どうしても食べたいと言うのなら出前を取ります」
「自分も食べられるなら豪華な食事がいいですな。新殿も同じで宜しいかな?」
登は、新に視線を向けた。その視線は、この場は俺に任せて欲しい。そう言っていた。
「はい。今まで食べたことのない料理を楽しみしています」
「出前でなく、料理人を呼んで作らせましょう。ですから、間違いなく食べた事の無い料理だと思いますよ。それに、勿論、酒は飲めますね。何の酒にしましょうか?」
「そうですね。麦酒が良いですね」
「気が合いますね。自分もですよ」
「楽しみですなぁ。それでは、初めての都市ですし・・・そろそろ・・・・・観光でもしようかと・・・そう思っているのです。夕方には、この店に帰ってきますので・・・宜しいでしょうか?・・・もし警護に人が必要だと言うなら残る気持ちですが・・・・・」
「いいえ。警護の必要ありません。それより、この都市は初めてでしたか、それでは・・・・」
「お構えなく。自分達は、適当にぶらぶらする気持ちですので案内は結構です」
登は、店主が何を言うか想像が出来て即答で断るのだった。
「そうでしたか、もし迷子になった場合は、夏星(げせい)店に行きたいと言えば道を教えてくれるでしょう。それに、何かに困った時でも助けてくれるはずです」
「その様なことはないと思いますが、もし、その時は、遠慮せずに名前を出します」
「そうして下さい」
「それでは、失礼します」
「はい・・・・・あっ夕方までは戻ってきて下さいよ」
二人を見送るのだが、何か言いたいことでもあるのか、それとも、ただ、心寂しさからの引き止めたいだけなのか、そんな言葉を背中越しに投げかけるのだった。その言葉が届いたのだろう。二人は、後ろを振り向き頷くのだった。登としては失礼な態度だが、それよりも、新に問い掛けたいことがあったのだろう。
「新殿」
「何ですか?」
新は立ち止まろうとしたが、登が首を振ることで歩き続けて欲しいと感じ取った。
「この店に何か感じるのか?」
「いいえ。何か、最終的な何かが起こる。その理由の一つだと思います」
「あの主人に関係あるかもしれないな。それなら、店に戻った方が良くないか?」
「そうかもしれません」
「なら、戻ろう」
「はい」
五店舗くらいの距離を進んだだろう。それ以上の歩きを止めて来た道を戻った。
「どうしました?」
二人が直ぐに戻ってきたことで店主は驚くのだった。
「特に理由はないが、んっ・・・まあ、少し疲れを感じて戻ってきた。そんな感じだ」
「そうでしたか・・・・・それでしたら、先に麦酒だけでも持って来させましょうか?」
「それは、いいですなぁ。でも、営業時間に飲んでいていいのですか?」
「今と言うか、ここ何日は祭りのような騒ぎですから酒盛りなんて都市中でしていますよ」
「そう言えば、あちこちで乾杯しているのを見たな」
「そうでしょう。そうでしょう」
「まあ、めでたいことでの祝いなら共に祝いましょう」
「それで、少し待っていて下さい。麦酒などの注文をしてきます」
「それでしたら、自分達も行きますよ。頼んで持ってきてもらうよりも、自分達で持ってきた方が早いでしょう」
「そうですね」
店主は嬉しそうに微笑むのだった。
第百二章
ある店から嬉しそうに二人の男が出てくる。その後を父の何の買い物か分からずに付いて来る。そんな子供のような様子の男がいた。その三人の男達は・・・・・・。
「本当だ」
「えっ」
「自分としては辺りに気持ちを集中していたと思ったが、殺気や噂だけに関心が向き、皆の楽しい笑顔など目に入らなかったらしい」
「それが、仕事なのですから何も気にしなくても、それよりも、早く麦酒を買って、店で飲みましょう」
「そうだな」
「そうですよ。今から楽しめばいいのです」
「ああ」
登が笑みを浮かべると。店主も嬉しいのだろう。同じように笑みを浮かべて歩き出した。新は、麦酒を飲む。その楽しみが分からないのだろう。二人の様子を見て判断しようとしているようだった。そして、店主が指差した。
「店は、あれですから」
大勢の者が店の前で酒を飲んでいる。まあ、他の店も同じなのだが、特に人が多い。その店を指差すが何の店か分からない。それも、この都市の大店の特有だったかもしれない。大店たちは、個人個人に売るのでなく、何人かの貴族の知人だけを商売するために、店の店名も何を扱う店かと知らせることもしなかったのだった。だが、これからは、個人にも売ることになる。そのための振舞え酒とも思えるが、他の大店達の笑みを見ると、それだけでなく、本当に嬉しくてしかたがない。そんな表情を表していたのだ。それなのに、登が考える店でな。と言うか指差した店だと思ったのだ。だが、店主は隣の店に入るのだ。すると、直ぐに出て来て隣の店に入ってしまった。
「おお」
すると、登が驚くのは当然だった。店主が大きな樽を抱えて現れたからだ。
「新殿。来てくれ」
登は、店主の様子を見れば駆け寄ると思ったのだろうが、新は何かに興味を感じて見ていたのだ。それで、言葉を掛けるしかなかった。
「はい」
「手伝いますよ」
「・・・・」
登と新は、店主の所に駆け寄り。三人で樽を支えるのだった。そのまま無言で歩くのは当然なのだが、新以外は樽の中身を考えているのだろう。二人は嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
「それでは、ここに下ろしましょう」
店主が指示したのは、登達に頼む予定の金が入っている箱が、まるで、ひな壇の台のように置かれていた。だが、それは、甲冑が人形のように置かれているから感じることだった。もしかすると、店主は、甲冑を売ろうかと真剣に考えているのかもしれない。それほどに気に入っていると思えるほどに、樽を置いた後は見つめていたからだった。
「箱が潰れるでしょうか?。もし心配でしたら退けましょうか?」
「いや、良い眺めだと見ていたのです。これからは、店先に商品を並べるのも良いかと考えていたのです」
「そうでしたか」
「椅子を用意しますので、外で飲みましょう」
「まあ、店主殿が良いなら・・・それでも、構いませんぞ」
「それと、食事の用意は夕方頃まで料理人が来るので楽しみしていて下さい」
「俺は構わないのだが、新殿は空腹を感じているかもしれません。夕方まで我慢できるかが心配です」
「それでしたら、適当な食べ物を中から適当に持ってきましょう。つまみにもなりますからね。それで、大丈夫でしょうか?」
「それで、いいかな?。なぁ~新殿」
「えっ」
何にか興味があるのか、それとも、不吉な何かを感じているのだろうか、驚いて振り返るのだった。
「さっきから変だぞ。どうしたのだ?」
「何か、変なのです」
「変だと?」
「はい・・・・」
「ちょっと、席を立ちますね。何か食べ物を持ってきますね」
「すみません」
「いいえ」
店主は、新と言う者が、自分が居ては話しづらいと感じて席を立ったのだ。
「どのように変なのだ?」
「気持ちが高揚している。と言うか、違う自分が出てくる。そんな複雑な感じなのです」
「ほうほう、それは、人に酔ったのかもしれない。ここは俺たちの都市よりも大きくて人も多いから気持ちが疲れたのかもしれない。それか、新殿も男だと言うこともある」
「え・・・男?」
「そうだぞ。酒がある所では、女性の魅惑的な姿も多い。それが一番の理由かもしれない」
二人の話が終ったかと思えるような適当な時間にだった。まるで、時間でも計っていたと思えるくらい丁度良い頃に店主が戻ってきた。
「話は終りましたか?」
「あっああ・・・終った」
「何か楽しい話しだったのですか?」
「そうではないが、でも、なぜ、そう思う?」
「顔が笑っているようですので・・・何となく感じたのです」
「確かに、言っている通りかもしれない」
「ほうほう、もしかして、村の男が始めて都市に来てよくなる病気ですかな?」
「当りだ」
「それでしたら、まず、酒の味を覚えるのが先ですね」
「それでは、飲みましょうか」
「そうですなぁ」
登の頷きを見ると、店主は木槌で樽の蓋を壊した。
「飲みましょう」
そう言うと、二人に杯を渡した。そして、真っ先に店主が柄杓で酒をすくい杯に注いだ。その姿を見て、登も同じ様にしたのだ。
「乾杯」
「乾杯」
二人は美味しそうに一気に喉に流し込んだ。
「うっまい」
「プッハァ。そうですね」
その隣で、新は、不思議そうに見ていた。
「新殿。酒を勧めたいが、初めての酒は空腹では危険だ」
「そうですな。あり合わせな物ですが空腹を満たして下さい」
店主から新の手に渡ると、よほどの空腹だったのだろう。物食べると言うよりも、まるで、体の機能が栄養不足で停止するために、新の感情など無視して体の中に流し込んでいるようだったのだ。そんな様子に興味を感じたのか、先ほどまでは、近所の者も通行人も誰も店主の商人の都市になった。その祝い酒を飲みに来なかったのだったが、新の食べ方に釣られて自然と祝い酒を飲んでいたのだ。それが、店主は嬉しいのだろう。自分が飲むよりも注ぐのが楽しみを感じているようだった。そんな、店主の店の様子が通りに伝わったのだろう。予定では、夕方だったはずの追加の酒と調理人達が早く来てくれたのだった。直ぐに、新の食欲に興味を感じて次々と作っては食べさせるのだ。勿論、料理人の期待する食べ方だった。そんな様子が夕方まで続いた。
「なぁ、新殿。そろそろ、酒を飲んでみるか?」
「えっ・・・・・・はい」
登から杯を受け取ると、信じられないことに、一気に喉に流し込むのだった。
「おい。そんな飲み方したら・・・・あっ・・・大丈夫か?」
登の心配する通りに、新は、その場に仰向けに倒れた。そんな様子を大人の洗礼だと笑い。誰も心配する者はいなかった。その新の姿を酒の摘みとして盛り上がるのだった。新のお蔭で、この店は都市に寄付することなく評判が上るのだった。もしかすると、新が、この都市に着た目的は店の評判を上げるだけだったのなら目的は終るだろう。だが、赤い感覚器官が盛んに動いて直ぐに止まった。その動きは新を心配しているとも、何かの指示を伝えようとしているにも思えるのだが、誰一人として気が付かなかった。そのまま酒宴は続き、新が目覚めたのは日付が変わる頃だった。
「やっと、起きたようだな。大丈夫か?」
「うっ」
「頭が痛いだろう」
「はい。それに、気持ちが悪いです」
「当然だろう。酒を一気飲みしたのだからなぁ。それにしても、酒の一杯で倒れるとは弱いぞ。まあ、これからも機会があるだろう。もっと、酒を飲んで男になれ」
「はい」
「それにしても、もう、眠れないだろう。少し外を歩いて酔いを醒ますか?」
「いいえ。動きたくないのです」
「そうか、なら、俺は、飲んでくるか」
「また、飲むのですか」
「ああっ・・・後で、薬でも持ってきてやるよ。それと、寝直すなら二階で寝て欲しい。そう言われたよ。その寝具は店主のだってよ」
「はい。今直ぐに二階に行きます」
「そうしてくれ」
新は、一歩歩くごとに顔を青ざめて苦しそうに歩くのだ。そして、階段を上り何部屋かあるのだが、扉が開けられたままで一つの布団が敷いてあるのが目に入り。その寝床に逃げ込むように入るのだった。すると、苦しいのだろう。何度も寝返りをしていたが、登が薬を飲ませるのを思い出して、持って来る頃には寝息を立てていた。もしかすると、今までの疲れが出たのだろう。おそらく、昼頃まで起きない。それほどまでの熟睡した深い眠り方だった。
「寝られたか、なら、良かった。俺が見ている様子では熟睡していると思えなかったからな。それで、酒でも飲ませて寝かせる考えだったが、やはり、酒を飲ませて無理やりに寝かすのは間違いなかったな」
新の寝顔を見ながら思いを呟くのだから登もかなり酔っているとしか思えなかった。それでも、また飲み直す。そんな顔色を浮かべながら階段を下りて行った。
「どうでした?」
「寝ていたよ」
「そうでしたか」
店主は、問い掛けると同時に、登に杯を渡した。
「本当に美味い酒だ」
登は、嬉しそうに頷いて受け取るのだった。その宴会は酒に潰れると、また、人が現れて続くのだった。さすがに、店主は、飲むことよりも接待に集中して少々口にするだけだったのだが、登は、飲み続けるのだった。だが、微かな理性で、朝日が昇る頃には仮眠程度は取らなければならない。それに、気が付くのだった。登が消えても宴会は終らず。そろそろ、昼になろうとしていた時だった。一人、二人と、登の部下が戻って甲冑を着るのだ。その様子を見て、宴会の終焉と思ったのだろう。甲冑を着る者が増えるにしたがい。祝い酒を飲みに来ていた者が減るのだった。そして、全ての甲冑が着られた。全ての者が帰って来ると完全に宴会は終焉した。
「店主殿。登隊長と新殿は?」
「朝まで酒を飲んでいたからなぁ。まだ、寝ているのだろう」
「そうでしたか・・・・分かりました」
一瞬、どうするか考えたのだが、起こさなければならない。そう答えが出て、店の中に入った。そして、十分くらいは過ぎただろうか、登と部下と新が出てきた。
「おっ馬車があるな。それでは、直ぐに出発の用意だ」
登は酒の酔いを飛ばす勢いで叫んだ。
「承知しました」
皆は、直ぐに木箱を二台の馬車に載せ始めた。その様子を登は監視しているのかのように見ていた。だが、それは、違っていた。店主に確認していたのだ。確かに、相当な宴会の費用が掛かったと感じたのと、最終確認とでも言うのだろう。西都市に金を預けることに心変わりしてないか、店主に直接に言葉で聞くのは当然だったからだ。二人は長く話しているが、木箱を馬車に積み込みを止める命令は出なかったのだから登の考えすぎだったかもしれない。そして、全てを積み終えると、店主は、荷台の木箱を叩きながら固定具合を確かめた。その後、笑みを浮かべながら西都市までの無事を祈ったのだ。皆は、挨拶程度のことだと感じて、適当に頷くが、その祈りは本心からだった。その理由は、登だけは分かっていたのだ。皆には見せていないが、契約書の内容には、馬車に乗せた段階で何が遭っても店主の責任が消えると言うことだった。
「完了しました」
「確認したか?」
「はい。何も問題はありません」
「店主に、旅の祈りの感謝として、最高の敬礼で返す」
「店主殿。ありがとう御座います」
先ほどの適当な返事が、店主に失礼とでも感じたのだろう。今度は、真剣に敬礼をするのだった。そして、店主の頷くを確認後に、二台の馬車を前後に挟むように部隊が分かれて、西都市に出発した。勿論、先頭を歩くのは登と新で、部隊の指揮と、新の不思議な感を期待してのことだった。
第百三章
二台の馬車を護衛する部隊は、大店が並ぶ大通りから都市の門が見える所まで来ていた。はっきりと、門が見えると、登は懐から書類を取り出した。他の者も周囲を警戒して硬い表情を表していた。この少々大袈裟かと思えることには、自分たちの都市の検問に理由があったのだ。西都市では都市に入る時より都市から出る方が厳しい検問をするのだった。最高の衣服の材料の元である。その蚕の持ち出しが禁止されているだけでなく、勿論、製法の方法も厳しく規制されていた。そのために細やかに検問するのだった。などの理由で面倒な手続きはある。それは、考えていただろう。だが、一番の気がかりは、何を運んでいるか調べられて辺りいる者達に知られるのを恐れていたのだ。もし、知られたら徒党を組んで襲われるだろう。皆に分けても十分な大金なのだからだ。
「ほう」
「・・・・・」
都市から出る時に面倒な検問があると思っていたのだが、商人連合国の理念なのだろう。何一つとして検問されることはなかったことで、登だけが安堵の声が出てしまった。それでも、他の者達も声に出すほどまで安堵ははしてないが表情には表れていた。
「予定されていた。一つの危険は回避されたが、まだ、安心するのは早いぞ」
「承知しております」
「それなら、良い」
第3街道を西都市に進み続け二日が過ぎた。予定なら一日で予定野営地に着く予定だった。だが、隊の殆どの者が二日酔いのために何度も休憩を取ることになってしまったのだ。それでも、そろそろ、国境を越えられると思い。皆は安堵して気持ちが緩んでいた。そのことに、登も気が付いていたが、西都市の領地の近辺までくれば、今回の任務の九割が済んだと考えて安堵するのは当然だった。そんな時に、一個の小さい投石が荷馬車に当たった。これも、たかが、小さな石などと、安堵などせずに近辺を調べれば、何事も起こらずに無事に都市に着いたはずだろう。おそらく、投石を投げた。その相手も敵うはずないと思っていたはず。だが、知人、親友などの仇を討てない。その感情が抑えることができずに、一時の感情で投げたのだろう。そして、部隊全体が怯えるように騒げば気持ちが修まる。そんな程度の子供の遊びと同じはず。それなのに、完全の無関心をされては、投石した者は頭の血管が切れるほどに怒りを感じたのだろう。その怒りを表したまま何を考えたのか、突然に駆け出したのだ。それも、仲間が隠れている場所に急いで戻るのだった。その勢いのままに、上官にだけでなく、部隊の最高の指揮官にも、自分が考えた。ある事や無い事を全てぶちまけた。その結果、様々な意見が飛び交い。最終的には、食料などが底を付いていることもあり。西都市の部隊から物資を奪う。それしか答えが出なかった。だが、前回の戦いで、戦場から補給地まで裸に逃げてきたのだ。運良く補給地に衣服はあったが、肝心の武器が何一つとしてなかった。それでも、隊を襲う考えなのだ。そうとう、前の戦いの結果が悔しかったに違いない。だが、西都市の隊を襲う作戦は、簡単に思いつくはずもなく。作戦は、まだ、決まってない。だが、必ず襲うだろう。そのようなことになっているなど、西都市の隊の誰一人として知ることも想像もしていないのだった。
「予定より遅れているぞ。急がせろ」
「承知しました」
一行は、投石されてから一日が過ぎた。もう目の前が国境である。目印の川が現れる頃だ。その川は、いつ頃から川が涸れたか、何一つとして記録には残っていないが、都市が建設された時から境として利用されていたのだ。
「新殿。まだ、気持ちが悪いか?。大丈夫なのか?」
「はい」
「だが、顔色が青いぞ。馬車に乗った方がいい」
「ですが・・・二日酔いなど病気でない。そう皆さんの話し声が聞こえてきました」
「確かに、二日酔いの者達もいた。だが、三日も続くなど聞いたことが無い。どこか分からないが、病気の可能性がある。馬車に乗って体を休めた方がいい」
「・・・・」
「これは、お願いでない。命令だ。新殿の歩く速度に合わせていては、西都市に着くはずの予定が遅れるから言っているのだ」
「分かりました」
新は、大人しく登の言葉に従った。登は心配のまま進み続けた。そして、・・・・。
「登隊長」
「なんだ?」
「そろそろ、前回に野営した地点に着きます。ご指示をお願いします」
「その地では野営はしない。境を越えてから野営する考えだ」
急ぐ理由は当然だった。北東都市を出てからの一日目は、隊員の多くが二日酔いの者が多く、一日目の野営地の予定が二日目になって着いたのだ。その遅れは取り戻すことができずに三日目が過ぎた。普段の登なら遅れていても野営をしただろう。だが、新の体が心配なのと、二日酔い以外は、何事もなかったために判断を誤るのだった。そのことに部下は不安を感じて、おそるおそると視線を向けて口を開いたのだ。
「ですが、周囲が見渡す時間に境を通るのは危険です。野営をして夜明けに出発か、休憩して日が暮れてから出発する方が得策かと思えます」
部下が心配するのは当然だった。川があった底を歩くのだ。凹(へこみ)みの底からでは周囲が見えない。もし、隊を襲うなら絶好の場所だったからだ。
「周囲に警戒する者を配置すれば大丈夫だろう」
「ですが、最大の渓谷を通る場合だと、配置した部下の声が届きません」
「確かに、だが、岩などを落として隊を全滅させるのなら効果的な場所だが、この物資を略奪する目的なら岩に埋もれて掘り起こせないだろう」
「ですが、盗賊ではなく、北東都市の兵が・・・・・」
「その心配もないだろう。こんな小隊を襲う考えなら、この場所ではなくても襲う場所はあった。だから、こんな場所で奇策を用いるはずがない」
「ですが・・・」
「しつこいぞ。命令を伝達しろ」
「承知しました」
部下は駆け出して、登の指示を伝令した。
「二時間だ。今から二時間だけ何事もなければ境を越せる」
登は後ろを振り向き、御者に座る。新を見るのだった。
(それにしても、病気なのか?。まさか、二日酔いではないと思うが、俺が始めて飲んだ時だって、一日で治ったし、酒が体に合わないだけならいいのだが・・・)
「新殿。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「だが、まだ、顔色が青いな。何も気にせずに休んでいろ」
(こんな時に、料理長がいて欲しいと思うぞ。まあ、考えても仕方がないことだが・・・)
「はい」
「西都市との境を越せば直ぐにでも野営する。それなら、横になれるだろうし、医術に覚えがある者がいるか探してみる。それに、西都市にも早馬を走らせる。だから、後二時間くらいなのだ。我慢してくれ」
登は思いつくことを全て言葉にしていた。
「僕は大丈夫ですから・・・そんなに心配しないで下さい」
あまりにも登の真剣な心配をされて、自分は不治の病にでも罹ったかと心配する思いと気力が萎えたら真面目に死ぬかもしれない。そう思い、気力だけは保とうとしていた。
「あまり、馬車が揺れないように注意しろよ」
登は、新に向けていた。その視線を隣にいる馬車の綱を握る部下に注意するのだった。
「承知しました」
「・・・・・」
自分だけが特別な扱いをされていると感じて俯くのだった。
「ですが、新殿。これから、川底の道を進みます。今まで以上に揺れますので注意してください。それと、堂々と座って下さいよ。副隊長ですし、隊の副指揮官なのだから馬車に乗るのは当然なのです」
「は・・・い」
綱を握る。その男が新の耳元で囁いた。
「それと、噂ですが、隊長は馬車に乗ると酔うらしいのです。だから、馬以外は乗らずに歩くらしいですよ」
「えっ」
「料理長から聞いた話しですが本当らしいです」
この冗談みたいな話しは本人が言われたことだった。過去に、任務で他の都市まで援軍として部隊行進して居る時に、足を挫いて馬車に乗ることになり。死ぬほど恥ずかしい思いをした。その時に、新のように落ち着いて座っていられなかったのだ。それで、噂だと言ったのは、自分を気遣って嘘を言ったと、今は、そう感じているからだった。
「何を無駄話している。病人を乗せているのだぞ。注意して手綱を取れ!」
登は、新の笑みを見て安堵するのだった。もしかすると、自分が考えた。いや、本当のことを料理長にばらされた話題が耳に入ったのだろう。嘘か本当か分からないが、登も笑みを浮かべるのだった。そして、その笑みを見て他の部下たちは安堵するのだった。先ほどの指示は間違ってない。そう感じるのだった。そして、再度、指示を繰り返すのだ。
「このまま止まらずに境を越えるぞ!」
「承知しました」
登の笑みで全ての不安が消えた。それを表すように、全員の声には今まで通りに正しい指示しかしない。全てを任せて良いのだと、その返事の声色には勢いが感じられたのだ。
「渓谷の両側の上には二名ずつの斥候を放て、最大の渓谷までで構わない」
「承知しました」
この時点で、二つの過ちを犯すことになるのだった。一つは、斥候など放たずに隠れるように部隊を動かすべきだった。二つ目は、北東都市の兵達が着替えた服は、一般服、現代では作業服と同じ姿だったのだ。だから、指示には兵や斥候でなく一人でも人がいれば知らせろ。そう指示をするべきだった。
「命に代えても、敵兵を発見しだい。直ぐに知らせにきます」
登の指示で直ぐに崖に上るのだった。だが、野営をしていないことで渓谷を通るのは確実と思われていた。それだけでなく、斥候が崖に上った段階で最大の渓谷を通る時間まで予想されてしまったのだ。それほどまでに、最大の渓谷にこだわるのは、斥候なら発見されたら逃げ場がないからだ。敵方も、盗賊なども、最大の渓谷に逃げ込むことや陣を敷くと必ず負けると、普通なら避ける所だった。だが、今回は、崖下の部隊は陽動作戦でないし、崖上と挟んで戦う作戦でも、援軍が来ることもない。それに、慌てて弓矢を放つのでは絶対に崖下から上方に弓矢が届かない距離であったのだ。と、様々な理由を考えた結果では、敵方が必ず勝つことを約束されたと同じだった。だが、西都市の部隊も救いはあった。北東都市は、弓などを含めた全ての武器がないだけで無く、大石を運ぶ馬車も簡易的な手で投げる投石の用具もないのだ。出来ることは、一つだけ、渓谷に落ちている小石しか武器になる物がなかったことだった。それでも、兵力差は五倍であり。上から下方に石を投げるだけでも運が悪い者は命を落とすはず。それは、涸れた川底を進む部隊に恐怖を与えるだけでも十分なことだった。おそらく、北東都市の者達の考えは、西都市の者達は荷馬車を置いて逃げるはずだと考えていた。そして、そろそろ、時間的に、西都市の部隊の斥候が帰って来て伝えるだろう。一人の兵士も見なかった。と、その情報を信じて最大の渓谷に入り。投石が始まるのだった。
「ん?」
新が突然に立ち上がった。だが、御車台の上だからだろうか、いや、先ほどまで体の調子が悪かったのだ。それで、足腰に踏ん張りが悪いのだろう。それでも、新は、第一波の何百の投石を左手の小指の赤い感覚器官が、刺して飛ばし、長く伸びたうねりで何十個も弾く、弾き外れたかと思う物も蛇とも龍とも思える動きで目標を捉えては弾くのだ。一本だけのはずの赤い感覚器官が高速を超えているだろう。立に横に斜めに上空にと信じられない動きで全て弾くのだった。
「・・・・・」
西都市の部隊も北東都市の部隊も何が起きたのかと驚いた。下に居る者たちは上空を上に居る者たちは下を見るのだった。そして、両方の陣営が驚くのだ。下に居る者は、崖の上に数えきれない程の陣営に驚くのだった。そして、上空の者は、何度も投石しているのに、一つも当たらずに、両脇の岩肌に当たる音しか聞こえないからだ。
「何故だ?」
北東都市の者達は、驚きよりも恐怖を感じてきた。だが、まだ、下方にいる部隊は、自分達の五分の一くらいの部隊だと言うことと、食糧物資に興味が大半で恐怖を抑えるこができたからだった。その感情のままに第二波、第三波と投げ続けた。
「皆、逃げてください。敵の投石です」
「だが、あの上の部隊の数では・・・・二人では無理です。俺達もなにか・・・・」
「登隊長・・・・ご指示を!」
「何を言っている!。新殿の言う通りだ!。俺達では何もできない。死ぬ気で渓谷から脱出するのだ!。直ぐに逃げ出せ!。直ぐに駆けだせ!死ぬ気で駆けだせ!」
「承知しました。ご無事を祈っています」
「礼儀など、している場合か!。直ぐに逃げろ!」
登の言葉で一斉に駆け出した。その様子に、西都市の部隊は、敵に石が当たったことで敗走していると感じたのだろう。歓声を上げながら投石が激しく多くなり威力も増した。
「登さんも早く逃げてください」
「俺は、隊の者の安全を見なければならない。全ての隊の者が渓谷を抜けたら逃げる」
「分かりました。それなら、僕は、投石に気持ちを集中します。だから、全ての隊の者が渓谷を抜けたら教えてください」
「分かった」
第十波を放つ頃には、不信を感じてきたのだ。一人も倒れている者も怪我をした者もいないことに気が付いたのだ。すると、少しずつ恐怖を感じてきた。そして、あの時の西都市を攻めた時に、信じられない程の雷の嵐で鉄片を捨てるだけでなく、衣服の全てを脱いで裸で逃げ出したことを思い出したのだった。それだけでなく、神がかり的な雰囲気を感じた。だけでなく、想像と思われていた龍が二体も現れたのだからだ。それが、また、雷の嵐が来る。その恐怖が蘇ってきたのだ。
「うぁうわあ」
「雷の嵐が来るぞ」
北東都市の兵が一人、二人と狂ったように叫ぶのだった。
第百四章
いつ頃から川の水が枯れたか分からないが、その渓谷の両側の上では、北東都市の者達が、枯れ木を掴みながら石を投げる者や大きな岩の上からと、様々な方法で下方を見ながら何度も投石していたのだ。これは、良い作戦だと思われていた。石は周囲に無数にある。その石を拾い。下方に向かって投げるだけで、かなりの威力を発揮するだろう。それだけでなく、防備としても、敵が弓矢で応戦したとしても慌てて弓を射るのなら届くはずもない距離だった。このような理由で負けるはずのない作戦だったのだ。隊の誰もが、悲鳴を上げるのは、西都市の隊だけ、自分達は、裸で逃げ出した。。あの同じ恐怖を与えることができると、興奮もしていたのだが、悲鳴は、北東都市の者だけなのだった。それでも、まだ、隊の崩壊までになっていなかった。
「新殿。大丈夫か?。体がふらついているぞ」
「大丈夫です」
「そろそろ、隊の皆が渓谷を抜けるぞ」
「皆は無事ですか?」
「あっああ、誰一人の怪我人もいない」
「それは、良かった」
「俺達も逃げるぞ。今が絶好の機会かもしれない」
登は、御者台に乗って辺りを見回した。すると、歓喜の声から悲鳴のような声を感じたのだった。それが、長年の経験から絶好の機会と感じたのだ。
「龍が出た」
この叫び声は響くが、下方にいる西都市には意味が分からなかった。
「ぎゃああ。龍が出た。また、雷の嵐が来るぞ」
北東都市の誰か分からないが恐怖を感じて幻でも見た者が増えたのだろう。その一声で九割以上の隊の兵が逃走して隊は崩壊した。勿論だが、嵐のような投石は止まった。
「馬車を動かすぞ。落ちるなよ」
「はい。大丈夫です」
渓谷の上からの投石が途切れた。新は、まだ、警戒を解いてないが、左手の小指の赤い感覚器官は、警戒を解いたかのように長く延びた感覚器官は縮みだした。その様子を新は指示もしていないし、縮みだしたことにも気が付いていなかった。まるで、動き方が悟られないようにと痙攣しているような動きだった。もしかすると、これから、何かするための待機状態とでも思える動きだった。新は、そんなことよりも、まだ、上空を見回して敵の様子を見ていたのだ。先ほどまでは無数の蟻が敵を倒すのに集まったかのような状態だったのだが、今では、まばらで、十人くらいの敵がいるだけだった。その者達は、指揮官と名称がある者達で、恐怖よりも身内の仇打ちをしたい。その感情が恐怖よりも勝っていたのだ。だが、何か違った方法での仇打ちを思案しながら下方を見ていたが、何も良い案など浮かぶはずもなく。それに、黙って逃げるのを見るのも我慢できなくなり。辺りにある落ちている石を掴んだ。その感情と考えは、殆どの仲間も同じで、投げるのも同時だった。その十個くらいの投石に、新は気が付いていなかった。だが、赤い感覚器官は、捉えていたのだが、信じられないことに石を弾くことはせず。まるで、全ての投石を新の体に誘導して当たるように縮むのだった。だが、運良く、石の線上の先には、頭に当たる物は一つも無かった。だが、信じられないことに赤い感覚器官は新の右足に刺さり。体が傾いた。そのために数個の石の線上の先にあるのは、新の後頭部だったのだ。
「げっほ、ぐっは」
全ての投石が、全身に当たっただけでなく、当然のことだが、数個の石が後頭部に当たり、新は、悲鳴と同時に、その場に倒れた。その不快な音と変な声が聞こえて、登は振り向いた。すると・・・・・。
「新殿。大丈夫か?」
新は、木箱の上に倒れており後頭部から血を流していた。何度か名前を叫ぶが返事がなかった。おそらく、意識が無いはずだ。まさかと、登は木箱の上に上がって、新の容態を確かめる。そして、呼吸をしているのか、その確認後、呼吸をしていることに安堵した。
「痛いだろうが我慢してくれ、渓谷を抜ければ直ぐにでも治療をする」
新は意識がないのだ。だから、どんなに叫んでも伝わるはずがない。それでも、叫ぶのには、自分の心理状態を安定させる気持ちだったかもしれない。それか、馬車が嫌いなことを落ち着かせることもあったかもしれなかった。そんな状況でも、一つの安堵はあったのだ。全ての隊の者達が安全に渓谷を抜けたことだった。その隊の者達は、二人の心配をするのと同時に、簡易な家屋を立てることで気持ちを紛らわせていた。勿論、それと、食事の用意と野営の準備もだった。だが、二人が来るが遅い、何が遭ったのかと、感じるくらいの時間が過ぎて助けに行く必要があるのではないか?。そんな時間が過ぎた時だった。
「誰か!。治療の経験がある者はいないか?」
登と新が馬車で現れたのだ。だが、荷台の上を見て・・・・・。
「新殿・・・・」
「まさか、新殿が・・・・」
「不吉な事を言うな」
「済みませんでした」
「それよりも、誰か居ないのか?」
そんなことを話していると、一人の男が荷台の上に上がり、新の容態を診た。
「担架の用意だ。直ぐに持ってきてくれ!」
直ぐに担架が運ばれてきたが、今叫んだからではなくて状況を理解して用意したと思える。それほどまで直ぐに現れたのだ。
「手を貸してくれ」
「それよりも、登隊長。大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「崩れた木箱が足に当たっています」
「えっ・・・あっ大丈夫だ。それよりも、新のことを頼む」
「はい。誰か、登隊長の足の上から木箱を退けてくれ」
登は、痛みを感じないほどに新を心配していた。直ぐに、部下が荷台に上がり木箱を退けるのだった。
「それでは、新殿を担架に載せます」
「いいぞ」
二人は掛け声を掛けて担架に載せるのだった。そして、直ぐに簡易な家屋に運んで容態を診るのだった。
「大丈夫だろうか?」
「頭からの血は止まっているようだ。ですが、頭の怪我ですから心配です。何も無ければいいのですが、これ以上のことは出来ません」
「西都市に使いを出して、医者を呼んだ方が良くないか?」
「それは、悪くない考えですが、自分が診て出来ないことは、医者を呼んだとしても治療器具や薬がないのです。これ以上の処置は無理だと思います。それよりも、このまま寝かせて様子を見た方がいいと思います」
「そうだな。それが、一番いいだろう」
まだ、心配そうに観ているが、休ませるのが一番だと、二人は簡易な家屋から出た。新は意識がないのだが、左手の小指の赤い感覚器官が痙攣していた。まるで、何か意思があり、何かをする前兆と思えた。その第一段階が、投石を頭に当てて記憶を消すことだったのだろう。そして、第二段階が今始まっているはずだ。それも、新に夢を見せていた。これから西都市に帰り。何かが起きて、何か行動の始まりがあり。何をするか、その夢を頭と体に記憶させることだろう。そして、何の指示をしなくても行動ができるようにするのが目的なのかもしれない。おそらく、記憶を消さなければ、確実に赤い感覚器官の指示ができない。それほど過酷な修正なのだろう。
「ギャア」
「新殿。どうした?」
二人が出ると、直ぐに叫び声が聞こえた。そして、直ぐに中に戻るのだった。
「悪い夢でも見たようだ。それよりも、新殿とは、俺のことか?」
「何を言っているのだ?」
「登殿。投石が頭に当たったための一時的な記憶の障害かもしれません」
「それなら、記憶が戻るのだな?」
「それは、なんとも・・・言えません」
「俺の話のようだな。それで、記憶は戻るのか?」
「分かりません」
「それよりも、食事を食べないか?」
「そうだな。記憶の心配よりも、何かを食べなければ体が持たんな」
「そうだろう。もう出来ているはずだ。一緒に行こう」
「ああっ、そうする」
「登隊長。少し時間を下さい。話があります」
「何だ?」
「それに、足の怪我も診なくてはなりませんぞ」
「いいぞ。一人で行く。それで、どこに行けば食べられる?」
「外に出れば、かがり火がみえるはず。そこに皆が集まっているはずだ」
「ありがとう」
新は、一人で簡易な家屋から出るのだった。二人になると・・・・。
「それで、話とは何だ?」
「新殿のことです。ずいぶん様子が変わりましたけど、信じて大丈夫でしょうか?」
「どう言うことだ」
「今までの新殿なら真面目で信頼ができました。何も問題は無かったのですが、あの荒らしい様子を見ると、信じてもいいのでしょうか?」
「まあ、だが、素直ではないか、嬉しそうに食事に行ったぞ」
「そうですね。今のことは忘れて下さい。少し考え過ぎだったかもしれません」
「何も気にするな。今の言葉は心に留めておくぞ。何か遭った場合の判断とする」
「それで、安心しました」
「俺達も、食事を食べに行くか」
「そうですね」
二人は、簡易な家屋から出てかがり火が焚かれているのを見た。すると、新は、食事をしながら嬉しそうに会話をしている様子を見るのだった。
「自分の思い過ぎだったようです」
「気にするな」
「はい。そうします」
二人の話し声でも聞こえたのか、かがり火の所に居た部下達が、手を振って招いてきた。その様子を見たのか、新が戻ってくるのだった。
「新殿。どうした?」
「皆と楽しそうに話をしていると思ったが、何か言われたのか?」
「あっああ、記憶を無くす前のことを全て聞かされたよ。俺が、どんな人なのか分かった気がする」
「それを知らせに来たのか?」
「それもあるが、少し眠気を感じたのだ。済まないが休ませてもらいたい」
「そうだな。頭の怪我だから休んだ方がいいな。。何も気にせずに充分に休んでくれ」
「済まない」
新が一人で簡易な家屋に入るのだった。二人の男は心配そうに見るが・・・・・・。
「大丈夫でしょう」
「そうだな。俺達も食事にするか」
「はい」
かがり火の周りに居た部下から二度目の手招きを受けた。さすがに、二度目は無視できないと感じたのだろう。手招きされた方に歩き出すのだった
「今日の食事は何だ?」
「隊長の好きな芋の煮物と麦飯です」
「そうか、そうか、頂こう」
部下から料理を手渡された。
「おおっ旨いぞ」
「ありがとうございます」
「それで、何の話題だったのだ」
「話題?」
「新殿と話をしていただろう」
「あっああ、今日の新殿は何か頼もしくて、つい、愚痴をいろいろと、それに、あんなに話術が上手かったですかね。言わなくてもいい、前のことなども・・・・・」
「そうだったか、それで、今の話題はなんだ」
「これと、言う話題はなく、食事をしていましたが、何か?」
「それなら、良い提案があるか、それを聞きたい」
「良い提案?」
「そうだ。今回も新殿に頼ることになったしまった。それで、今回は怪我までしてしまった。だから、少しでも新殿の手助けを出来ないか・・・と、良い提案がないかと聞いたのだ。何でもいい。あれば、言って欲しい」
「そうですね。あると言えばあります」
「その話を聞かせてくれないか?」
「はい。北東都市が、我らの西都市に攻めてきた時の戦いで感じたことなのですが、あの時は、新殿の指示で戦いましたが、あれが、もう一度、通用するとは思えません」
「あっああ、蛇のような動きとも、龍の動きとも思える。あの奇抜な行進だな」
「そうだ。そうだ」
登は、皆の話を注意深く聞いていた。そして、新のことが心配なのだろう。時々、新が寝ている簡易な家屋を見るのだった。そんな心配されている。新は、熟睡していた。怪我からなのか、いや、疲れているのだろう。もしかすると、あの赤い感覚器官を利用しての戦いは、かなり体力を消耗することなのかもしれない。と、当然、そう考えるのが普通だろう。たった、一人で、西都市の部隊の五倍の敵を一人で防いだのだ。だが、今回は、赤い感覚器官が動いていない。それに、穏やかに寝ているのだ。楽しい夢を見ながら心身ともに体の疲れを取っているはずだ。
第百五章
かがり火の周りでは大勢の者が語り合っていた。その中に一人だけが頷くだけで口を開くことはなかった者がいた。だが、会話に入りたくないのでなく、真剣に語り合っている話題を真剣に考えていたのだ。そして、そろそろ、話題が一つに纏まりそうな感じな時だった。今まで口を開かなかった者が言葉にしたのだ。
「その作戦は、良い考えだ。詳しく教えてくれないだろうか」
登が頷くと、男が話し始めた。
「一つ目は、弓矢の連射が必要だと思います。前回の龍の様な動きで、敵と偶然にうねりの時に敵と向かい合った時だけ矢を放ったのは敗走状態だったから効果があったのです。ですが、また、同じようにしても牽制くらいしか役が立たないでしょう。それでも、あの方法しか戦い方はないでしょうから弓矢の連射ができるようになれば状況は変わると思いますし、新殿も行動しやすくなるはずです。そして、二つ目は、行進という成功した作戦ですが、矢をつがえる時に立ち止まっては意味がありません。走りながらが理想ですが最低でも歩きながら矢をつがえるだけでなく放てるようにするべきです」
「ほうほう」
「それだけでなく、隊をニ部隊に分けて、一射隊、ニ射隊と分けて、一射隊が牽制とニ射隊の目印とするのです。その目標を狙ってニ射隊が矢を放てば可なりの攻撃力になるはず」
「それは、いいな」
登は感心して頷くのだった。
「良い作戦ですが、素人には難しいかもしれません。敵と接近戦になる場合もあります。その時、敵が刀を振りかざして向かってくる。それを見ながら矢をつがえるだけでも難しいのに、その者に向かって走るなど俺達でも難しいことだ。それを防ぐために、三部隊に分けた方がいいでしょう。それも、徴兵隊を一部隊として、俺達の隊を二つに分けて、徴兵隊を囲むように隊を作るのです。それなら、徴兵隊は何も心配なく指示の通りできるでしょう」
「二人の考えはもっともだ。これ以上の提案はないだろう。それで、訓練方法もあるのか?」
「はい」
「お任せ下さい」
「それでは、二人を二つの隊の隊長と任命しよう」
「承知しました」
「承知しました。期待に応えてみせます」
二人の男は、満面の笑みで承諾するのだった。
「それでは、皆に名前を名乗った時点で任命式を完了とする。その後、隊長と名乗ってよろしい」
「乙次郎(おつじろう)です」
「与五郎(よごろう)です」
「それで、訓練方法とは?」
「自分達が手本を見せましょう。この先に壺がある。それを標的としよう」
そう言うと、指を指して前方の五十メートル先の壺を指差すのだ。皆には物は見えないが、二人の男には何処にあるか分かるのだろう。直ぐに、弓を左手で持ち、まるで、前方が見えるかのように左手を殴るように突き出した。そして、全力で駆けだした。それでも、弓を持つ左手は微動だにしないで狙い続けるのだが、右手が背中の筒から矢を抜き出して弓につがえるのだ。直ぐに、矢を放つ。また、矢をつがえて放つのだった。皆には、それ以上は見えないが、壺が手に届くまで走り続けるだけでなく、何度も矢をつがえては放つのだった。
「うぉおおお」
二人が戻ってくる姿を見て、残る者達は、自分達が歓声を上げたことに驚くのだった。
「ここまでしろとは言わないが、歩きながら出来るようになってもらわなければ困るぞ」
「・・・・・・・」
神業と思える姿を見て、自分達には出来るはずがない。そう感じたのだろう。頷くだけで声が出せなかった。
「直ぐに練習をする。ニ列に並べ」
「もう遠くまで見えません。壺に当てるのは無理です」
「わはっはは、まさか、当てるつもりなのか無理に決まっているだろう。最低でも、この場から壺まで(五十メートルはあった)歩きながら十回は放て。それだけで良いのだ」
皆が、当てるのでなく、歩きながら弓を放つだけ簡単だと感じたのだろう。だが、五回を放てる者など数える位しかいなたかったのだ。何度も繰り返して辺りが暗くなり間近でなければ壺の判別ができなくなるまで訓練は続くのだ。それでも、指示されたことをできる者は十人を超えなかった。
「感覚は分かっただろう。後は、座りながらでも連射訓練はできる」
「・・・・・」
足腰だけでなく手の感覚も疲れて思い通りに動かない。それでも、まだ、訓練が続くのかと、無言で苦情を訴えていた時だった。一人の男が立ち上がったことで、自分達の気持が分かったと、思った時だった。
「今日は、このくらいにして、明日は朝一で出発する。そのために今日中に片付けと出発の用意をしておくのだ」
「承知しました」
「登隊長」
「何だ?」
「明日の出発でなく、二日、いや、一日の訓練の時間を頂けないでしょうか?」
この提案をした。与五郎は、この後から二部隊の隊長として、副官を乙次郎と、誰かが決めたのでないが、自然な感じの流れで、皆に認められるのだった。
「良い作戦で訓練の時間を与えたいのだが、新殿の様子が気に掛かる。それに、西都市で何もないと思うが、もし何かが起きていた場合は、我らが戻る日までは何とか持ちこたえるだろう。それを、考えると不安で仕方がないのだ」
「勝手な判断でした。済みませんでした。明日の朝一の出発。承知しました」
「分かってくれたか、それでは、頼むぞ」
そう言うと、登は、簡易な家屋に寝ている。新を見た。その様子は穏やかに寝ている姿を見て何も問題はない。と、安堵したのだろう。そして、自分も、かなり疲れているのを感じて寝代で休むのだった。外では片づけしている物が当たる音や移動する音だけでなく、疲れを紛らわせることでの人達の声が聞こえるはずなのだが、直ぐに寝息を立てるのだから疲れていることを証明するようだった。そして、人達の声や片づけの物音が消えたのは、丁度、一時間後だった。皆は、新と登と同じように楽しい夢を見ているだろう。だが、全ての者ではなかった。かがり火の番と陣の見張りの役の二人を残してだった。
「なあぁ」
「何だ?。眠いのなら先に寝てもいいぞ」
「いや、まだ、いい。お前は、眠いのか?」
「少し眠いかな」
「それより、食事の時の新殿は、少し変だったよなぁ」
「そうか?」
「今までは、僕と言っていたが、俺と言っていだろう」
「そう言えば、そうだった。それが、どうしたのだ?」
「頭の怪我だろう。もしかして記憶を無くして別人になったのか、と、心配に思ってなぁ」
「そんなに心配なことなのか?。僕から俺に変わったのなら男らしいではないか」
「言葉使いだけなら問題はないのだが、今までの奇跡的な力が消えたのかが、心配をしているのだよ」
「確かに、それは、困る。俺達の命に係ることだからな」
「そうだろう」
「だが、それなら、意地でも弓矢の連射ができないと困ることになるぞ。もしかすると、二人の新米の隊長は、別人になったかもしれないことに気がついているのかもしれない」
「本当か?」
「そうでなければ、あれほどまでに真剣に言うだけでなく、訓練をするだろうか?」
「ああっ、そうだな」
「と、言うことは、俺達も真剣に会得しないと命に係ると言うことだ」
「あっああ、やるか!」
「そうだな。お前よりも早く会得するぞ!」
二人の意気込みは、もしかすると、眠気を飛ばすのに丁度良い考えと思えた。それでも、夜通し続けるだけでなく、朝日が昇っても止める気持ちはなかったようだ。
「お前ら一晩中していたのか?」
「もう起きる時間なのか?」
「そうだぞ。皆を起こす時間だろう。起こしてこいよ」
「ああ、そうする」
男は、武器や食糧などが置いてある簡易な家屋に入った。直ぐに出てきたが、変なことに大きな木槌を持っていた。何をするかと思えば、それぞれの簡易な家屋の入り口を叩くのだった。勿論、当然のことだが中に居た者は驚いて出てきた。だが、誰も怒らずに逆に頭を下げるのだった。おそらく、時間以内に起こしてもらったことに感謝しているのだろうか、それか、朝の挨拶でもしているのだろう。その後に、誰もが朝起きてする決まった行動をするのだから両方に間違いないだろう。などと同じことを繰り返したが、一つの簡易な家屋だけ残して止めてしまった。その中には、新と登が寝ていた。新は怪我と言う理由があるし、登は起こす理由もないために木槌を打たなかったに違いなかった。
「まだしていたのか?」
木槌を片づけて、かがり火の所に戻ってみると、まだ、会得するのに頑張っていた。それだけでなく、他の者達も真剣に会得するために練習をしていたのだ。もしかすると、新のことや新しい隊長達の意気込みなど、二人が話をしていたことを伝えたのだろう。その話をすれば、普通の者なら真剣に取り組むはずだからだ。
「あっああ、お前もするか?」
「お前には負けたよ。俺は、仮眠と取らせてもらうよ」
「俺の勝ちだな」
「ああっそうだ。だが、お前も少しは寝ないと体が持たないぞ」
「そうだな。少し寝かせてもらうよ」
「それがいい。朝食が出来上がったら起こしてやるよ」
「済まない。後は頼む」
二人の男は、何か言い合っているようだった。もしかすると、会得の勝ち負けの話しだろう。まだ、会得していないのだから完全に会得する方が勝ちだとでも言っているのだろう。そんな様子のまま簡易な家屋に入るのだった。そんな二人に刺激されて他の者達も練習をしていたが、途中で半分の者達が弓を置いて朝食の用意を始めるのだった。
「何となく形にはなってきたようだぞ。良く頑張った。これなら、後は歩きながら出来るかだ。それは、この地からの出発の行進の時でも試してみよう。だから、食事の係なり、撤収の準備などを済ませてから、皆でゆっくりと休むのだな」
「与五郎隊長。承知しました」
「あっああ、共に食事の時でも、いろいろ話を聞くぞ」
「ありがとうございます」
与五郎の指示でもあり。普段なら食事の後に、撤収の準備をしていた。それが、皆ですることで、普段よりも早く朝食の用意ができただけでなく、簡易な家屋の片付けも一つを残すだけになった。そして、自分達も起こされた時と同じように木槌で入り口を叩くのだったが、直ぐに、登が入り口から出てきた。それも、殺気を放ちながらだった。だが、起こされたことで怒りを感じたのでなく、突然の敵の襲来の時にも同じように知らせるのが規則でもあったので敵の襲来とでも感じたのだろう。
「どうした?。敵か?」
「いいえ。食事の用意ができました」
「そうか、そうか、新と共に行く、先に行っていてくれ」
敵の襲来と予想していたことが違ったことで安堵の感情があったが、それよりも、慌てて出てきたことに恥ずかしさを感じたように笑みを浮かべて誤魔化すのだった。だが、誤魔化せないと思ったのだろう。直ぐに中に戻るが、五分も過ぎた頃だろう。登と新が出てきた。すると、まだ、先ほどの部下が立っていたのだ。
「どうした?」
「家屋の片づけはしても宜しいでしょうか?」
「それで、待っていたのか、本当に済まなかったな。直ぐに片づけて構わんぞ」
「承知しました」
二人は、かがり火がある所に向かった。もう、殆どの者達が食事を食べ終えて食事当番の者達と変わろうとしていた。
「登隊長。おはようございます」
「新副隊長。おはようございます」
食事をしていた者達が立ち上がって敬礼をするつもりだったのだが、それを、腕の動作で構わないと伝えるのだった。
「今日は、何の食事だ」
「豚の角煮丼です」
「それは、美味しそうだな。それにしても、角煮丼は、料理長の秘伝料理だろう。よく作れたな。まさか、料理長が教えたのか、それは、ありえないぞ。口癖のように墓場まで料理方法を持って行くと、言っていたぞ」
「それがですが、料理長が亡くなる前日に、新副隊長が秘伝のたれを倒したのです。それで、直ぐにたれを作ることになりまして、それで、憶えたのです」
「俺が?」
「そうです」
「そうだったか、それなら、良く味わって食べよう」
二人は、角煮丼を手渡されるのだった。
皆は、涙を流しながら料理を食べる者がいた。だが、料理が美味しいからではなかった。料理長亡くなったために惜しんでいたのだ。それも、一口食べると、生前のことを思い出して涙を流す。また、一口食べると涙を流す。それを繰り返していたのだった。
2016年4月12日 発行 初版
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羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。