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「おいキジマぁ」
スタッフルームに入るなりチーフディレクターのヨシカワが怒鳴った。
「あ、なんすかヨシさん」
「ナンスカじゃねえよ。おまえ次の〈B級〉取れてんのかよ」
「え、ああ、まあ。一応」
キジマと呼ばれた若者は目をそらすように急にデスクの片付けをはじめた。十日前に飲みかけて放置した缶コーヒーが発見されてウギャっと思うがとりあえず脇に寄せて書類の山を右から左へ移した。現場監督であるヨシカワはドカドカと歩いてきて丸めた深夜ちょいエロ番組の台本でキジマの頭をポカリと殴りつけた。
「明日までに報告しろつったろが」
「まだ今日じゃないですか。なんなんすか」
「うるせえ。今報告しろ」
ヨシさんはいつもこうだとボヤきながら、キジマは渋々ノートPCの画面にパスワードを打ち込んでスリープを解除した。画面には作りかけのパワポ画面が表示された。キジマはマウスのホイールをくるくる回して1ページ目に戻した。スクロールの途中でそこそこの内容がすでに書き込まれていることがヨシカワにも見えた。
「できてんじゃねえかバーロー」
「まだっすよ。オチがまだ」
「グルメレポートにオチなんかいるかバカ」
キジマはまたヨシカワにポカリとやられた。企画書の1ページ目には上に『企画書(改行)週刊B級グルメイト378回』とあり、その下には大きく、「かぶらやき」と書いてある。
「かぶらやき? なんだそりゃ」
「ああ、俺の地元のなんスけどね」
「美味いのか?」
「美味いです。よ」
キジマはヨシカワの目を見て言った。あやしいなとヨシカワは思った。キジマが目を合わせて話すときは必ず裏がある。
「なんで今まで出さなかったんだよ」
「まあ、ちょっといろいろありまして」
「ったく毎週毎週ネタ出しに困ってんのわかってんだろ」
「そうっすねえ」
『週刊B級グルメイト』は毎週全国各地のB級グルメを1つずつ紹介していくバラテレビの30分番組で、かれこれ十年近く続いている。300回を越えた辺りからめぼしいB級グルメは出尽くした感があり、ここ2年ほどはスタッフらはネタ出しに悩み続ける厳しい状況に追い込まれていた。
先日は洟垂島という日本海の小島に渡り、「ずずり」というドロッとした液体をズルズルすするという気色の悪い料理を取材してきたところだった。独特の風味があるようで、5代目レポーターのコガオマリネもカメラを止めた後草陰で吐いていた。根性のある娘なんだが、彼女の気合いでも飲み込めなかったようだ。
「今度は食えるもんなんだろうな」
「ええ、はい、たぶん」
「食ったことねえのかよ」
「あ、いえ、あります。ありますよ」
キジマはじっとヨシカワを見つめた。普段バカ面なんだが、こうして見ると意外に凛々しいんだよな……。とヨシカワは一瞬思ってしまったが、騙されてはいけない。キジマが真面目な顔をするということは、ロクなものじゃない可能性が高い。食ったことはないようだから、おそらくは地元でも評判のゴミ料理なのだろう。クソ。ヨシカワにしてみればそろそろ打ち切りにしてもらって、深夜のちょいエロ番組の方に力を注ぎたいのだが、この「Bグル」が意外に視聴率がいいものだからやめさせてもらえない。しかもだんだん無理のある料理が出るようになってからじわじわと数字が上がってきているのだ。コンチクショウ。
「アポは取れてるのか?」
「え、ああ、まあ、大丈夫です」
今度は目を合わせない。そこは問題ないようだな。
「いつだ」
「再来週です。マリネちゃんは仮押さえしてあるので大丈夫です」
当然だ。レポーターのコガオマリネには他の仕事はほとんどない。ほぼ専属だ。最近は彼氏のリアクション芸人が売れ出したので、ヨシカワに結婚と引退をほのめかしているぐらいだ。「Bグル」の反動で料理の腕が急上昇したせいもあってかモテ期に突入し、三股をかけた挙げ句一番売れそうな芸人の彼を残してほかは清算していた。
ヨシカワもマリネが5代目レポーターになる前に一夜を過ごしたことがあるが、レポーターになってからは指一本触れていない。ヨシカワには職場恋愛を絶対しないという矜持があるのだ。ちなみに今の恋人はBグル4代目レポーターのハラミドリだが、それは本件には関係ない。
「まあいい。きっちり段取っとけよ」
「うぃーっす」
キジマはいつも通りに軽い返事を返した。ヨシカワは自分のデスクから資料を漁って目的のものを取り出し、深夜のちょいエロ番組の打ち合わせに戻っていった。ミーティングルームには半裸のAV女優を7人待たせているのだ。それは普段通りのスタッフルームの深夜の光景だった。
キジマはヨシカワが完全にフロアから去ったのを確かめると、スマホを取り出してLINEに書き込みをした。
『あの件マジ頼む』
しばらくして既読が表示され、リプがあった。
『マジか。それ大丈夫なんか』
『構わん。もうやるしかない』
地元のゆるキャラの気の抜けたような「おっけえ」のスタンプが返ってきたのを見て、キジマはLINEから抜けた。
しばらく黙り込んで、
「……サイはなんて言うんだっけか」
キジマはこういうときにふさわしい言い回しがあったはずだと思ったが、まるで思い出せないので、思い出すのをやめた。そもそも知らなかったかもしれない。
「あー。投げられた。だ」
「あ? なんだキジマ」
「え、いえ。忘れてたのを思い出しただけっす」
「なんだそりゃ。で、店はまだなのか?」
「えー、いえ。もう着きます。そのカーブの先です」
取材班を乗せたミニバンは高原のワインディングロードを走り抜け、国道に面した古びたドライブインに入っていった。じゃりじゃりとタイヤが砂利を踏みならす音がした。
先にキジマが店内に入り挨拶を済ませると、戸口から顔を出し、手を振ってスタッフに合図を送った。
「よし、じゃあさっさと撮って帰るぞ」
うぃーっすと返事をしてカメラマン、音響マン、AD2名、レポーターのマリネ、マネージャー兼メイク兼スタイリストがぞろぞろとクルマを降りた。
店の窓には〈元祖かぶらやき〉〈千葉崎名物かぶらやき〉などというチラシが貼ってある。若干チープだが、まあ場末のドライブインなどどこでもこんなもんだろう。
どもどもなどと言いながら店主が出迎えた。なんだかずいぶん若い人物だ。キジマと同じぐらいか。
「あーどもスドウです。キジから話は聞いてます。どうぞどうぞ」
「こんにちわコンドルプランニングのヨシカワです。バラテレビの『Bグル』の制作を担当しております。よろしくお願いいたします」
ヨシカワが名刺を渡そうとすると、スドウもああどうもいいながらポケットに手を入れた。が、
「あっと名刺は切らしていまして。すみません」
などと言ってヨシカワの名刺を受け取った。
「じゃあさっそく料理を見せていただきましょうか」
「ああ、はい。少々お待ちください。あ、どうぞそちらにおかけになって」
スドウはにこにこしながら座敷の方へスタッフたちを促した。
「キジマぁ」ヨシカワはキッチンをのぞき込んでいるキジマを呼んだ。
「へい」
「なんだっけ料理の名前」
「ああ、かぶらやきっていいます」
「焼いてんのか」
「あーいや、どうかな。たぶん」
どうもキジマの態度がおかしいが、まあ店には来てるんだし問題はないだろう。出た物をマリネが食べて、それをカメラに収めて帰るだけだ。もう10年もやってきていることじゃないか。
「美味いのか?」
「そうっすねえ」
「何味だ」
「そうっすねえ」
「ソース味なのか?」
「あ、いえ、ソースじゃないっすね」
キッチンの方からスドウがキジマを呼んだので、ハイハイハイと言いながら走っていった。
二人の様子を見ていたマリネが元カレのヨシカワににじり寄ってきた。
「ヨシちゃん、今週は大丈夫なんだよね?」
マリネは先週のクソ不味い料理を思い出して心配になっているようだ。
「マリネ、オマエはプロだ。大丈夫だ」
「ザッケンな」
マリネはヨシカワの耳元で忌々しそうに吐き捨ててマネージャーの方へ戻っていった。
「お待たせしましたぁ」
と、スドウがキッチンから現れた。その手には電気式のホットプレートがあった。座敷の座卓の真ん中に据え付けて、壁のコンセントにプラグを挿そうとするが微妙に届かない。キジマが横から座卓を押して壁に少し寄せると無事に届いた。どんな料理かわからないが、撮影はあっちの明るい方の座卓でやればいいだろう、とヨシカワは考えていた。
一旦キッチンに戻ったスドウは、今度はボールになにか白くてどろっとした液体を入れて持ってきた。反対の手にはおたまが握られていた。スドウはあらかじめ油を引いてあるホットプレートの温度を確かめると、白い液体をおたまですくって丸くプレートの上に広げた。要はクレープか広島風おこのみやきの要領である。
薄く伸ばしたのですぐに固まってきた。ほどほどというところでフライ返しですくって皿にのせた。
「どうぞ、KABURAYAKIです!」
「え? もう?」
マリネが驚いて声を上げた。
液体をプレートで焼いただけだ。何も盛られていないし、何も混ざっていないように見える。
「はい! この街の名物です。どうぞ召し上がってください」
スドウが満面の笑みで「かぶらやき」なる食べ物を載せた皿をぐいぐいとマリネに突き出した。ヨシカワはカメラマンに目配せをして、マリネが食べる様子を撮影しはじめた。ファーストコンタクトのリアクションは大事だからな。ヨシカワがいつもキジマたちに言っていることだ。
「じゃ、じゃあいただきます」
マリネは差し出された塗り箸を受け取り、白い物体をつまもうとした。が、どうするのがいいのかわからず箸が止まってしまった。
「あの、どうやって食べるんですか?」
「あー、あー、そうそう、そう、えと、つまんで」
「つまむんですか?」
「うーん、いや、畳むか。つまんで、畳んで」
スドウが、ジェスチャーで何かを指示するが、要領を得ない。
「春巻きみたいにするとか?」
キジマが小声でスドウに聞いた。
「あ、そう! そうそう! そういうの」
スドウが手を打って、春巻きを巻くようにジェスチャーをした。
マリネは皿の上で、クレープ状の食べ物を畳んでいく。
かぶらやきは、うまいことくるんと包まれたような感じになった。少しは食べやすそうには見える。マリネはそれをつまんで、がぶりとかじりついた。細長い食べ物に女性タレントがかぶりつくと視聴率がぐっと伸びる。ヨシカワはニヤリとした。
もぐもぐとかぶらやきを咀嚼するマリネを一同が見守った。しばらく噛んでからごくんと飲み込んで、言った。
「あの、これって完成形?」
「え、もちろんです」
「具とか、ソースとかは?」
「ないですよ」
「味付けとか?」
「そのままです。千葉崎の名産の小麦の素材の旨味と香りを楽しんでいただくものです」
スドウがドヤ顔でカメラに目線を向けた。
「あー。うーん」
マリネがふた口めを躊躇していた。ヨシカワが目配せをすると、マリネはカメラを止めるようにサインを出した。カメラマンは一旦撮影を中断した。
「どうしたんですか?」
スドウが真顔に戻ってヨシカワに尋ねた。ヨシカワは、ちょっと待ってと手で制して、レポーターに事情を聞いた。
「マリネ、どうした」
「あのね、これ何?」
「何って」
「食べてみ」
ああ、とヨシカワはマリネの食べかけのかぶらやきにかぶりついた。
ヨシカワは黄金の草原にいた。春の微風が心地よい。
そうだ。ここは麦畑だ。たわわに実った小麦を刈り取り、収穫するのだ。
刈り取った麦を荷馬車に積み込んで、家路につく。
家では妻が待っているのだ。妻はマリネの顔をしていた。
こいつ、料理できねえんだよなあ。子供嫌いだし。
結婚するならミドリの方がマシだが、あいつは部屋が汚い。
その前のマミは、あっちの親と折り合いが悪かったなあ。
ユーコは親父さんと気があったが、ユーコが浮気してそれで終わったんだったな。
そういえばカメラのゴローさんは四人目が生まれるんだったな。
オレに今から子供ができても小学校に上がる頃にはオレもアラフィフか。
運動会とか走れねえよなあ。
もうこのまま独身でいいかなぁ。なあ、マリネ。
「ヨシカワさん!」
キジマの声で、ヨシカワは我に返った。
「どうしたんすか」
「あ、いや、なんか人生を考え直していた」
「味は?」
「う、うん。なんというか、なんだこれ」
皿にひと口分残っているかぶらやきと、まだ焼いてないボウルの液体を見比べた。
「レシピは教えていただけるのですか?」
「申し訳ありませんが、それは企業秘密ということで」
「原材料は?」
「そのぐらいなら大丈夫ですよ」
ヨシカワはメモとペンを取り出した。「どうぞ」
「小麦粉は、千葉崎産のゴールデンハッピーという品種です。六本木の高級イタリアンレストランでも使われているという人気のブランドですよ」
「ほうほう」
「水は、千葉崎北部にある他力本願寺の裏山のわき水を毎日汲みに行っています。いま話題のパワースポットですね。コインを入れると願いが叶うんです」
ヨシカワがウェっとした顔をした。
「あ、大丈夫です。コインが沈んでいるところとは違うところで汲んでます」
「ああ、それなら。はい。他には?」
「塩です。モンゴルの岩塩をフランス製のおろし金で軽くおろして使っています」
「千葉崎の塩ではない?」
「千葉崎は塩は採れませんよ。あっはっは」
まあそうか。ヨシカワはメモに×印を書き込んだ。
「あと、ボウルは県内のメーカーで製造しているもの、ホットプレートは東京湾を挟んで向こう側の有名家電メーカーのものです」
「いや、その辺はどうでもいいんだけど」
「以上です」
ありがとうございます、と言ってヨシカワはメモを閉じた。が、
「ちょっと待ってくれ」
「なんですか」
スドウが怪訝そうな顔をした。なんだその意外そうな顔は。ヨシカワはスドウに詰め寄った。
「これが名物なのか?」
「そうですよ。どうですか」
「どうもこうも」
「美味いでしょ」
「美味くはないな」
スドウはえ? という顔をした。
「マリネはどうだった?」
のんびり茶をすすっていたマリネは急に聞かれて吹き出しそうになった。
「聞かないでよ」
「いいから、感想ぐらい言え」
「そうねえ」
マリネはあごに手をあてて少し考えてから、
「先週のよりはマシかな」
「そりゃひでえな。ちょっとスドウさん、これ小麦粉の粉を溶いて焼いただけじゃないですか。こんなもんが名物なんですか」
「そうです。間違いありません。素材の味を最大限に引き出す為に試行錯誤を繰り返して……」
と、スドウは目をそらした。
ヨシカワが店内を見回すと、壁にかかっているメニューの中に「かぶらやき」はなかった。入り口にはあれだけベタベタとチラシが貼ってあったのにだ。
「キジマァ!!!!」
返事はなかった。
「おい、キジマどこいった?」
スタッフが全員首を振った。いつの間にかバックれたらしい。
「野郎……」
苦肉の策というか、キジマがでっちあげたに違いない。こんなバカな名物があるものか。
だがしかし。ここで手ぶらで東京に帰ったのでは、来週の放送分でいきなり穴が空く。それだけは避けたかった。総集編か、蔵出し映像か。でも先月やったばかりだよなあ。まずい、とヨシカワは思った。
その時、ガラっと引き戸が開いて、メタボ体型の白髪中年男性が入ってきた。花柄のエプロンをしている。いつの間にか外に軽トラが止まっていた。この男が乗ってきたのだろうか。
「あんたら東京のテレビの人かい?」
「そうですが」
「かぶらやきの取材かい?」
「え、ああ、そうです」
そうかいそうかいと、男は店へ入ってきた。
手にはラップに包まれた料理があった。何かを炒めたもののように見える。
「本物のかぶらやきはこっちだぜ。テレビ屋さん」
男はそう言い放った。
「どちらさんで?」
「俺は千葉崎でかぶら菜の生産農家をやっとるもんだ」
軽トラの男は名刺を差し出した。肩書きは農業、名前はナイトウだった。
「ナイトウさん、本物のかぶらやきとはどういうことですか?」
「どうもこうも、本物は俺の方だよ」
どうににも話が見えない。ヨシカワは、キジマの姿を探すが、視界には見当たらない。野郎、本格的にバックれたか。スドウは白いかぶらやきの皿を手に、わなわなと震えている。ナイトウはスドウに詰め寄った。
「スドウさんあんたね、取材が来る日を隠すなんてやり方が汚いよ。これだから役人は信用ならんのよ」
「ナイトウさん、ちょっと、それはここでは」
「とにかく、俺のも食ってもらうよ!」
ドン、と持参した大皿をテーブルに置き、ラップをはがす。まだ温かいようだ。マリネに割り箸を押し付け、さあ、さあと勧めた。
「スドウさん、役人ってどういうこと?」
ヨシカワは半笑いで棒立ちになっているスドウに耳打ちした。
「あ、いや、わたしは千葉崎町役場の職員でして。ここは実家です」
「あれは誰?」
「ナイトウさんは元町議で、三年前に役場の女子職員にセクハラで訴えられて議員辞職しました」
ナイトウが、キッとスドウを睨んだ。
「スドウさん! それ関係ないっしょ!」
「あ、すいません。すいません」
スドウはペコペコと謝った。
マリネがヨシカワに目配せをした。どうすんの、と言っている。とりあえず食え、とジェスチャーをした。うぇーっと抗議の表情をするが、仕方なく箸でつまんで口に運んだ。
ナイトウの持って来た「本物のかぶやらき」は、菜葉の炒め物という感じの料理で、鮮やかな深緑に、何かのオイルが艶をあたえてなかなか美味そうに見える。マリネはザクザクと歯ごたえのありそうな音をさせて食べている。ときおり、うんうんと声を上げるあたりは食レポのプロの成せる技だ。カメラマンはすでに撮影を再開していて、そんなマリネの表情を逃さなかった。
「これ」
菜葉炒めを飲み込んだマリネが声を出した。
「まあまあ美味しいですよ」
「そうでしょう?」
小太りのナイトウが嬉しそうに体を震わせた。
「ええ、美味しいです。けど、普通の家庭料理ですよね」
「どういうことだマリネ」
ヨシカワが割り込んだ。
「さっきのアレに比べたら全然マシですけど、なんの変哲もないんですよね」
「いやいやいやいや、おネエさん、そんなことないっしょ」
ナイトウが声を荒げる。
「えー、でも、炒め加減はちょうどいいですけど、少し苦みがあるし、特別に美味しいとかそういう感じでもないんですよね」
ヨシカワもマリネから箸を借りて、ひと口食べてみる。
サカタタケシは中学二年になった春、名字がヨシカワに変わった。
両親が離婚をしたからだ。タケシは母親と二人暮らしになった。離婚の原因は父の浮気だったからだ。浮気相手には子供がいるらしいことを、タケシは伯母から聞かされた。
母子家庭になって、仕事を始めた母親の家事を手伝う為にタケシは部活をやめると言い出したが、母親は頑に継続を勧めた。大会や試合に出ないような男子ソフトボール部なんかどうでもよかったのに、「青春を大事に」と譲らなかったのだ。練習もしないでダベってるだけの部だったので、正直ムダな時間だったとは思っている。
夕方までに適当に時間をつぶして帰ると、小走りで帰ってきた母親がスーパーの袋をテーブルに置きながら、
「ごめんねえタケシ、お腹空いたろ。すぐ支度するからね」
と、夕食の支度をはじめるのが日課だった。
が、母親はあまり料理が上手くなかった。実のところタケシの方が手際がいいぐらいだ。洗いものぐらいはそのうち任せてもらえたが、料理だけはやらせてくれなかった。女のプライドというのかなんなのか。十年後に父親と再会して、なんで浮気したのか聞いてみたら、ものすごく言いにくそうに浮気相手の方が飯が美味かったからだと泣きながら謝られた。
そんな料理下手の母親の定番料理に、小松菜の炒め物があった。塩加減と火加減がイマイチ安定しないので、いつ食べても違う味がした。残さずに食べるのが礼儀だと育ったので、タケシ少年はどんなものでも平らげた。
ある日、母が言った。
「タケシ、
「ヨシカワさん!!」
はっ! とヨシカワは我に返った。マリネに腕を揺すられていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、お袋の言葉をもう少しで思い出すところだった」
「なにそれ」
「なんでもない」
とにかく、これはドライブインの白いかぶらやきの代わりに名物として紹介するというほどのものでもはなかった。ヨシカワは頭を抱えた。とりあえず素材だけでも聞いておくか。
「ナイトウさん、これなんの葉っぱ?」
「カブラナですよ。蕪の葉っぱ」
「名産なの?」
そういえばナイトウがここに来たときに生産農家だとか言っていた。
「生産農家は町内でナイトウさんだけなので、名産というわけではないです」
スドウが口を挟んだ。ナイトウが睨みつける。
「俺のカブラナにケチつけるんかい!」
いやいや、とスドウは手を振って後ろに下がった。
「かぶら、はいいけど、これって別に焼いてないですよね。炒めてる?」
「細かいこと気にすんなや。火は通してるで」
「これってなんの油ですか?」
「オリーブオイルだ。朝いっぱいかけてるでしょう、タレントさんが」
ああ、と一同は思った。
「オリーブオイルは地元産ですか?」
「なわけあるかい。本場イタリー産の高級品だぁよ」
ナイトウは威張るが、それでは個人の農家の作物を個人的に料理したってだけじゃないか。全然地元グルメじゃない。
「それはBグルでは扱えないとLINEで言ったじゃないですか」
キジマがいつの間にか戻ってきて、言った。
「おお、お前キジマんとこの次男坊か」
「お久しぶりですおじさん」
「でかくなったなぁ」
「三年前に会ってますよ」
「そうだったか」
三年前のセクハラ騒動のときに取材陣に同行していたのを思い出したのか、むにゃむにゃと声が小さくなった。
「キジマ、コラキジマ」
ヨシカワが背後からキジマの脇腹を小突いた。
「はい、はい、すいません、はい」
「だいたい、想像はつくが、俺の、想像通りか?」
「う」
「どうなんだ」
「はい、想像通りです」
テメコノヤロとつぶやきながらぐりぐりを脇腹をえぐった。キジマはすいませんすいませんと小声で身をよじった。
「どうすんだよ」
「実は、真のかぶらやきがもうすぐ届きます」
キジマがこっそりとヨシカワに言った。
「どういうことだ」
「本命です。最近この辺に移り住んだ料理研究家の人が昨日見つかりまして、メールで依頼しておいたんですが、ついさっき了承の返事が届きました」
「電話で交渉しろや」
「なんか口べたの人らしいです」
「どいつもこいつも」
ヨシカワがボヤいたところで、店の引き戸がカラカラと開いた。
「あの……」
線の細い、幸の薄そうな女性が、顔を半分だけ見せていた。
「……真のかぶらやきってこんな感じでよろしいのでしょうか」
女はタッパーを手にしていた。
名物なのにそんな自信が無い感じだとよろしくないなあ、とヨシカワは思った。
「どうもどうもどうも。ありがとうございます。どうもどうも」
キジマがいつもの調子いい感じで、戸口に現れた女性を迎えた。
「あ、すみません。わたしなんかで本当にいいんでしょうか?」
「ええ、もちろん。お待ちしていましたよ」
女性がぺこりとお辞儀をして、キジマにタッパの入ったポリ袋を渡して、店の中へとぐいぐい入ってきた。控えめな言動の割には、行動には意思がみなぎっているようだ。
「当番組の責任者のヨシカワと申します」
ヨシカワは名刺をポケットから出して、女性に差し出した。
あ、はい、と女性は受け取り、代わりに自分の名刺をヨシカワに手渡した。
「家庭料理研究家……、地域美食レポーター、創作郷土料理評論家……」
インクジェットプリンタで打ち出したような、ミシン目の痕がぐるりと四辺に残る安っぽい名刺には、級数の小さな文字で微妙な肩書きがいくつも並んでいた。
「アンドウ・レイと申します。料理の研究の傍ら、千葉崎ネオタウンで喫茶オスカルを経営しております。半年ほど前にこちらに引っ越してきました」
喫茶オスカルの事は名刺では触れていないが、まあいい。ヨシカワは、アンドウ・レイをマジマジと見た。美人……ではないが、取り立てて容姿に不都合があることはない。全体に地味というだけだ。地味というか、顔にもスタイルにもまるっきり華がない。わかりやすくいうと、貧乏臭い。コーディネートもメイクもだ。年齢はまったくわからない。さすがに二十代ということはないと思うが、可能性はある。たぶん三十代だろうとは思うが、確証はない。四十代の可能性は大いにあるが、老け具合によっては三十代でもこのぐらいはいる。むしろ、若作りの五十代かもしれない。わからん。ヨシカワは唸った。というかアンドウ・レイの外観はどうでもよかった。
「アンドウさん、真のかぶらやき、とはなんなんですか?」
「はい、わたくし、以前よりこの街のB級グルメの研究をしておりまして……。先週もスドウさんに提案させていただきましたのよ?」
一同がざっとスドウの方を見るが、スドウはいやいやと手を振りながら、
「あ、いやあれはちょっと本格的すぎるというか、コストがちょっと」
「美味しいものには糸目はつけない主義なんです……」
「でも、ひと串五千円の神戸牛串ってB級グルメというにはちょっと、と申し上げましたよね……。地元の食材じゃないし」
「まあ、それはごもっともですわね……。ですので、代わりのレシピを……」
アンドウ・レイはロハスな感じの草木染めっぽいトートバッグから、A4のペラ紙のレシピを取り出して見せた。創英角ポップ体で大きく「カ・ブ・ラ焼き」と書いてあり、こまごまと材料と調理方法が書いてあった。
「わたくし、あれから『里の駅ちばさき』に行きましてね、地元のお野菜や食材を見て参りましたのよ」
「はあ」
「そこで見つけた地元のお野菜と食材を使ってこのメニューを考案いたしましたの」
「ほうほう」
「下ごしらえだけしてしまえば、調理はとっても簡単ですのよ」
「なるほど」
「キジマさん、タッパーをくださいな」
はいっ、っとキジマがタッパーを袋から出してアンドウ・レイに渡した。
「スドウさん、そのホットプレートを貸していただけるかしら」
「ああ、はい。どうぞ」
スドウが、座敷の席を空けた。ホットプレートは電源が入ったままだったので、すでに熱を帯びていた。アンドウ・レイは、タッパーのフタをあけ、中のドロドロした茶色のペースト状の液体をドバッっとホットプレートにぶちまけた。カレーの香りが店内に立ちこめる。
「これは? カレーですか?」
マリネがレポーターの顔でアンドウ・レイに訊いた。カメラマンのゴローが慌ててカメラを向ける。
「ええ、カブラ焼きのカですから」
「カ?」
「カレーのカです。豚肉を入れていますので、それがブです」
「ラは?」
「それは食べてのお楽しみですわ」
アンドウ・レイがグフフと笑った。少々不気味だったが、それは仕方がない。
カレーだから香りはよいのだが、なんというか見た目がちょっとなあ……。とヨシカワはホットプレートを見つめながら思っていた。アンドウ・レイのへらを使う手つきが雑だからなのか、なんなのか、どうにも汚らしい。カレーの香りがしてなかったら、ちょっと食欲はそそられない感じだ。果たしてテレビの画面に耐えうるものなのかどうか……。まあもんじゃ焼きのこともあるし、大丈夫っちゃ大丈夫だろうけども。
「そろそろよさそうですわね」
アンドウ・レイが少し焼けて焦げ目がついたあたりをへらで削り取って、小皿に盛りつけた。へらについたものをフチでこそげとるものだから、いかにも汚らしい感じに見える。これはあとで撮り直しだなあとヨシカワは思っていた。
「どうぞ召し上がれ」
アンドウ・レイがマリネに小皿を差し出した。
「はい、ありがとうございます。いい香りですね。焼きカレーという感じなのでしょうか。……あれ? なにかつぶつぶが入っていますね」
「ええ、それがラです。さあ召し上がってくださいな」
「そうですね。いただきます」
マリネがひと口箸でつまんで、口に入れた。しばらくモグモグとしている。首をかしげて、もうひと口食べた。しかし、どうもピンとこないらしく、ヨシカワの方を見ている。
「どうした?」
どのみち撮り直しだからと、ヨシカワが声を出した。
「んー。これなんだと思う?」
マリネが、ヨシカワにひと口食べさせた。
マリネを抱いた夜、駅で別れてから小腹を満たそうと思ったヨシカワはココイチにいた。他の店はもう閉まっていたからだ。ワンピース十七巻を何ページか読んだところで、注文したポークカレーが出てきた。
ヨシカワはいつも迷う。福神漬けにするか、ラッキョウにするか。どちらも好きだ。大好きだ。しかし、二人同時はダメだ。どちらかはレポーターに起用しなければならない。マリネとの関係を続けるのか、どうするのか。そして、ヨシカワは職場恋愛をしないという矜持があった。
迷った挙げ句、ヨシカワはラッキョウを選択した。
「ヨシちゃん、それ長くなる?」
「あ、いや、そうでもない」
「ラッキョウだよね」
「え? ああ、そうだなお前はラッキョウだ」
「は?」
い、いやなんでもない、とヨシカワは言葉を飲み込んだ。
「よくおわかりになりましたね。ラはラッキョウのラです。刻んで混ぜています」
アンドウ・レイが得意げに言った。ドヤ顔もまた不気味である。
「なるほど」
「カレーのカ、豚肉のブ,ラッキョウのラでカブラ焼きなのです。いかが?」
理屈は合っている。が、ビジュアル面以外にもう一つ大きな問題があった。
「スドウさん、白飯あります?」
「え? ああ、はいありますあります」
ヨシカワが要求すると、スドウが厨房から皿に盛ったライスを持ってきた。ヨシカワはホットプレートに残ったカブラ焼きを、ライスの上に乗せて、スプーンで食べた。
「ああ、やっぱり」
「え、どういうこと?」
「食ってみろ」
マリネはヨシカワのスプーンでその「カレーライス」を食べた。
「ああ、美味しい。カレーライス」
「まあ、旨いよな。カレーライスとしてだが」
「どういうことかしら?」
アンドウ・レイが訝しげに二人に訊いた。ヨシカワは別のスプーンを取ってアンドウ・レイにカレー皿を差し出した。
「まあ、食べればわかると思います」
勧められるままに、アンドウ・レイもカレーをひと口食べた。
「まあ、美味しいカレーライス。我ながら、ですけれど」
アンドウ・レイはオホホと笑った。「お店で出そうかしら」
「まあ、つまり、カブラ焼きとかって出すより、カレーライスとして普通に食った方が旨いってことですよ。なんだかなあ」
ヨシカワはやれやれという感じで頭を抱えた。そういえば、
「キジマは?」
「いませんね」
「あいつ! また!!」
まったく、と思いながらも、ヨシカワはこの事態をどう収拾するか考えはじめていた。
また、ドライブインの扉がガララと開いた。
「あの、Bグルの人が来てるぞーって友達に聞いたんですけど……」
ヨシカワが声の方を見ると、戸口に小学生らしき集団が来ていた。ざっと十五、六人はいる。真ん中の、リーダーとおぼしき凛々しい少年がはきはきとした声で言った。
「ぼくらのかぶらやきを食べてみてくださいませんか?」
子どもたちが店内に整列すると、リーダーの少年が一歩前に出てしゃべりだした。
「ぼくは代表委員のムトウケイゴです! ぼくたちは千葉崎町立西千葉崎東小学校六年一組です! 今日は、ぼくたちが考えたかぶらやきを見てもらいたくて来ました!」
ムトウケイゴが一歩下がると、他の児童が一歩前に出た。
「ぼくたちは、千葉崎がだいすきです! この千葉崎のためになにかできないかずっと考えていました」
そういうと、また一歩下がって、次の児童と替わった。
「ぼくたちは週刊B級グルメイトを毎週見ています。先週のはびっくりしました」
マリネが苦笑いをした。ヨシカワはしばらく子どもたちを見守ることにして、椅子に腰掛けて腕を組んだ。
再びムトウケイゴが前に出た。
「ぼくたちにもB級グルメが作れないか、クラスのみんなで話し合いをしました」
後ろから大きな模造紙を持った二人がガサゴソと広げながら前に出てきた。二人の配置を待ってムトウケイゴが続けた。
「たくさんたくさん話し合って、考えたのが、このかぶらやきです!」
模造紙が左右に広がると、おおきく「ぼくらのかぶらやき」と書いてあり、中央に茶色い立方体が並んでいて、左には食材が、右には調理方法が書かれていた。
「では、材料の説明をします」
うしろから別の児童が前に出て来た。大学ノートを開いて説明をはじめる。ヨシカワはだんだんうっとうしくなってきたが、子ども相手にそうも言えず、腕に力を入れて我慢していた。子ども嫌いのマリネはあからさまに不機嫌な顔をしていた。子役とうまくやれればもっとメジャーにも行けただろうになあ。ヨシカワはマリネを抱いた夜のことを思い出していた。
その夜、マリネは半年間務めたゴールデンのバラエティを降板したばかりで、荒れていた。途中からレギュラー扱いになった人気子役との絡みが上手く行かず、その子役をCMに起用しているスポンサーからクレームが来た挙げ句、次のクールから出番が無いことをマネージャー経由で通告されたのだ。
バーで相談に乗っていたヨシカワは、すぐに脳裏にハラミドリのことが思い浮かんだ。ミドリももう三年目だ。歴代レポーターの中でも二番目に長い。元々胃腸が強くないので、毎週収録のたびに気分を悪くしてはヨシカワにぼやいていた。
一方のコガオマリネはレポーターのキャリアはまだ浅く、まだまだ教えることは多いと思うが、とにかく胃腸の丈夫さにかけては特筆すべきものがあった。とにかく子ども嫌いということで、失職の危機にあるのだが、それを改善するのは無理なようだった。
愚痴っているうちに酔いが回ってテンションが上がったところで、流れでホテルに転がり込んだわけだが、それがレポーター交代のきっかけになったわけではない。むしろ、自分がハラミドリと付き合えるようにするためにレポーターを交代させたかっただけだった。
「これでぼくらのかぶらやきの発表を終わります!」
子どもたちが、お辞儀をした。ガサガサと模造紙を畳み始めるのを見て、ヨシカワが慌てて止めた。
「ちょっとまって君たち。調理は?」
「え?」
「えって、君たちのかぶらやきを食べさせてくれるんじゃ……」
「あ、ですから、専用プレートがないので作れないんです」
模造紙を再び開かせると、製造工程の五番目に「専用の型で焼く」とあり、その下にプレートの想像図が小さく描いてあった。
「これじゃあ絵に描いた餅じゃないか」
よく見ると原材料に餅が含まれている。ほとんどたこ焼きと同じだがタコの代わりに餅が入ってるのがオリジナリティなのか。そういうたこ焼きはどこかにありそうだが、形状がキューブ状なのは珍しいかもしれない。だが、その型がないわけか。子どもたちが動きを止めてヨシカワをじっと見ていた。
「いずれにしても、実際に食べてみないことには番組で採用できるかどうかもわからないじゃないか。一生懸命作ってきてもらって申し訳ないが、仕方ない」
ムトウケイゴがしゅんとした表情を見せた。ヨシカワは心が痛んだが、さすがにこの状態で番組にはできない。実際に焼けた物があれば、ちょっと面白いことになっていたかもしれないだけに残念だった。マリネが子どもを嫌そうに扱うのも、むしろ面白く撮れたかもしれない。
引き戸がガラリと開いて、キジマが戻ってきた。
「キジマぁ! お前たいがいにせいよ……」
怒鳴りつけたヨシカワだったが、キジマが手にしているものを見て、声が小さくなった。
「お待たせしました。ムトウ君、こういうのでいいのかな?」
キジマは手にしていた鉄の塊を差し出した。大きさはたこ焼き器に近いが、丸い凹みの代わりに四角い凹みが並んでいた。
「あ! はい! こういうのです!」
子どもたちが拍手して喜んだ。やったぞ! これで作れる、などと口々に叫んでいる。
「スドウ、材料そろうかな?」
「うーん。餅以外はあるけど」
「とりあえず餅以外だけで試してみるか」
キジマはスドウにカセットコンロを出すように指示した。空いている座卓にセットして、専用プレートを置き、着火を確認した。プレートはちょうど五徳の上に収まったようで、安定している。ヨシカワとマリネは、珍しくテキパキと働くキジマたちをただ黙って見ていた。その間にヨシカワは手の空いていたADに餅を買いに行かせた。
「こんな感じでいいのかな」
スドウがボウルに「ぼくらのかぶらやき」の生地を混ぜてもってきた。ムトウケイゴが泡立て器でかきまぜて粘り気を確認する。
「はい、このぐらいでいいと思います」
「よし、じゃあ焼いてみよう」
専用プレートに油を塗り、生地を流し込む。キジマはカセットコンロをのぞき込んで火力を調整した。座卓を取り囲んだ子どもたちは焼き上がりをじっと見守っていた。
「スドウ、千枚通しくれ」
「あ、目打ち?」
「どっちでもいいだろ!」
スドウはキッチンからピックを持ってきた。キジマはそれで、かぶやらき(試作)を引っ掛けて回そうとしたが、うまく引き出せなくて手間取った。ひっくり返してみると、裏側はフチが線上に黒く焦げていた。どうにか焼き上げてみたものの、どうにも黒いフチができてしまう。何度か試してみたが、必ず黒いフチができ、焦げっぽいのでお世辞にも美味くはなかった。
たこ焼きが丸いのはそもそも熱を均等に入れるためであって、それを四角くしたのでは当然こうなるということは、ヨシカワはすでになんとなく予想していたから驚きはなかった。実際に焼いてみたのも、教育上は悪い話じゃないからそれがはそれでいいだろう。
「なるほど。どうやら、このプレートはダメみたいだな」
キジマがギブアップを宣言した。子どもたちからええーっという落胆の声が上がった。さっきまで満面の笑みを浮かべていたムトウケイゴも涙目になっていた。しゅんとなる子どもたちを心苦しく思うヨシカワだったが、番組のことを考えるとこれを使う訳にはいかなかった。Bグルはドキュメンタリーではなく情報バラエティ番組だからだ。
あまりに哀れに思ったのか、マリネが子どもたちを慰めていた。お姉さーんなどと懐かれて、まんざらでもない様子である。頼まれてもいないのに、ノートやメモ紙にサインまでし始めた。
「すいませんダメでした」
キジマがヨシカワに頭を下げた。
「まあ、しょうがない。だいたいオチは見えていた」
「オチとか言わないでくださいよ」
「で、どうすんだ。まだ仕込みはあるのか?」
「ええ、まあ、一応」
キジマが目をそらした。まだ隠し球があるのは確かなようだ。
「それで、なんですが……」
「なんだ」
「これ、お願いしますね」
「ん?」
手渡された茶封筒には(有)イイジマ鋳造と書かれていた。赤い文字で「請求書在中」とある。おいおいおいと思って請求書を引き出すと、「金弐拾参萬円 但、特注鋳造焼き型製造費として」とあった。
「ふざけんなこのバカ!」
怒鳴って顔を上げるとすでにキジマはいなかった。逃げ足の速いヤツだ。
「野郎……」
激昂するヨシカワだったが、ぶつける相手がいない。ぐぬぬと拳を引き込めて、ひとまずこの取材をどう締めるか思案した。
まともに食えたのはカレーと野菜炒め。しかしどちらも名物にはほど遠い。最初の小麦粉焼きは話にならんし、ガキのおままごとも奇跡は起こせなかった。あとは、キジマの仕込みに一縷の望みを賭けるしかなかったが、それはあまりにリスキーだ。保険はかけておくべきだ。どこかに落としどころが欲しい。
引き戸が開いたのでキジマが戻ったのかと思って振り返ると、餅を買ってきたADと共に和服の老人が立っていた。
「邪魔するよ」
老人はすすすと歩いて店内に入ってきた。手には木箱を持っている。老人はニヤリと笑い、
「わしのかぶらやきを見てもらえんかの」
と言った。
見て? ヨシカワは嫌な予感しかしなかった。
「えと、どちらさんで?」
「うむ。わしは隣町で陶芸をやっている者だ。コウヤマチンゲンサイと申す」
コウヤマ老人は持参した木箱をゴトリとテーブルに置くと、作務衣の懐から名刺を取り出して差し出した。陶芸家・向山陳玄斎と書いてある。メールアドレスはビッグローブ。URLはhttp://www.kouyama.chingensai.com/だった。独自ドメインかよ、とヨシカワは思った。名刺を見ていると、コウヤマ老人は、
「作品の通販もやっておりますよ」
と、あごひげを撫で付けながら言った。
「はあ」
「千葉崎町役場のスドウさんからメールが来ましてね。そんでこうして伺ったわけなんですがね」
「なるほど」
今度はスドウの仕業か。まあ隣町だろうが東京湾の向かい側だろうが、とりあえず食えるもんならなんでもいい。撮れ高さえ足りれば速攻で撤収だ。
「コウヤマさんと、おっしゃいましたか。陶芸家というのは本職でやられているのですか?」
ヨシカワは名刺を見ながら、老人に尋ねた。
「え、ああ、いやまあそれはあーちすととしての名刺でしてな。生業は他にありましたが今は息子に店を譲りまして、わしは引退して悠々自適にやっとります」
「ほほう。お店ですか」
「うちは長年そば屋をやっとりましてな。最初は店で使うそばちょこを自分で焼きはじめたのですが、それが高じて本格的にやるようになりました」
そうか。飲食店のオヤジであれば多少マシなものが出てくるだろう。ヨシカワは内心ホッとした。木箱しか持ってきていないが、何かそば粉の生地的なものが中にあるのだろうか。
「土がね」
「は?」
「実は店の厨房の床下に潜り込んで掃除しとったらですね、天ぷら油が床板に染み込んでそれが垂れて地面に溜まってましてね。そこの辺りの土が好い感じに粘り気のある状態になっとったんですわ。ねっとりとね」
まさかそれを食わせる気じゃねえだろうな、おい。ヨシカワは身構えた。
「そいで、それをこうやってスコップでね、削り取ってボウルに集めましてね。練るんですな。しっかりと。結構固いんで最初は練りにくいんですが、だんだん体温が伝わると緩んできて捏ねやすくなるんですよ」
「はあ」
床下の油粘土を食わされるのはマジ勘弁だとヨシカワは思った。油粘土……。
「さあ、めしあがれ。タケシくん」
かめぐみで一番かわいいと評判のメグミちゃんが、ぐいっと皿に載せた油粘土をタケシに差し出した。
「あ、ありがとう。これはなに?」
「みればわかるでしょ。かれーです」
「か、かれーなの?」
「タケシくんかれーがすきだってゆみちゃんからきいたからいっしょうけんめいつくったんです。ゆみちゃんのかれーはたべれてもメグミのかれーはたべれないですか」
「いえ、たべますたべます」
タケシは、あむあむと言いながら食べる演技をした。辛さを表情で表した迫真の演技だった。しかし、それはメグミには通用しなかった。
「そんなうわべのえんぎにはだまされないわ」
「えっ」
「なによゆみちゃんちではかれーたべたんでしょう」
「あ、いや」
確かに昨夜母親に連れられて遊びにいったタカシマユミちゃんのおうちで晩ご飯をごちそうになった。母達はなにやら深刻な感じでずっと話込んでいたが、その間ユミちゃんとその妹のミホちゃんと3人でサラリーマン家庭ごっこをやっていたのだった。が、それをなぜメグミちゃんが知っているのだ。タケシは混乱した。
「たけし、さいきんちょうしにのってるよね」
「そんなことないよ」
「うそおっしゃい! もてきとーらいとかおもってるんでしょう」
「もてきってなに」
「しらないけど、なんかうかれてるじょうたい」
「そんなことないよ」
タケシは必死で否定した。メグミは急に黙ったと思ったらついにメソメソと泣き出してしまった。
「タケシくんはメグとユミちゃんとどっちがすきなの」
「え、いやメグちゃんだって」
「うそだ」
「うそじゃないよ」
「ぜったいうそ!」
「ほんとだって」
「しょうめいしてよ」
メグミはキッとタケシを睨みつけた。5歳にしてこの迫力である、末恐ろしい少女だった。
「しょうめいってなに」
「メグをあいしてるってことをみをもってしめすのよ」
「あいして……る……?」
たしかこれはドラマとかああいうので男の人が言うヤツだ。すきだのもっときょうりょくなやつだ。タケシは背筋が寒くなった。だいたいこれを言った人は、その後で死ぬ。
「あいしてるなら、かれーをたべなさい」
「あ、うん」
タケシはまた、あむあむと演技をした。さっきよりもオーバーなアクションで食べるジェスチャーをしてみた。
「あんた、ぶたいなめてんの?」
「あ、いえ、そんなことないです」
「ほんきなら、たべれるよね」
「え」
メグミにじっと見据えられて、タケシは逃げ場を失った。そして、油粘土のカレーライスを口に運んだ。味はよく覚えていない。灰色のイメージだ。なにより匂いがキツかった。そのまま二、三口食べたところで、嘔吐してしまった。先生が走ってきて、あわてて保健室に連れて行かれた。母親が呼ばれて、病院へ行った。医師は、特に毒性はないので心配はいらないと言っていたらしい。大人になってから笑い話として母親に何度も聞かされた話だ。メグミとはそれっきり卒園まで一度も話さなかったし、小学校も別々になったので、それっきり会っていない。粘土を食うほど愛していたのに、色恋なんてものはあっけないものだ。ユミとは高校で再会して一度だけセックスした。
「で、電気窯でじっくり焼成したものがこれです」
「は?」
コウヤマ老人が木箱から取り出したのは、なんだか凸凹した感じの陶器だった。ざらついた表面に、中途半端な色がなすり付けられている。
「これは?」
「儂はこれを神舞螺焼と命名したのですじゃ」
「は?」
「神の舞いの螺鈿のラで、神舞螺じゃ」
「いや、字じゃなくて」
食い物ですらなかった! ヨシカワは一瞬ホッとしたが、目的を果たせていないことを思い出して地団駄を踏んだ。
「あの、食べれるもんはないんですか、あんたそば屋でしょ? 食いもん屋でしょお?」
「おおう。お兄さんそんなにカリカリしたらあかんよ」
「一応グルメ番組なんすよ。食レポしないとならんのですよ。それ食えますか。食えないでしょう? ちょっとスドウさんどういう説明したの? スドウさん?」
スドウもいなくなっていた。どいつもこいつも。
「なんじゃそうか。焼物というんでな、儂の出番かと思って駆けつけたんじゃが。申し訳なかったのう」
老人はしょぼんとして陶器を木箱に仕舞った。
「え、いえ。失礼しました。すみません。そういう番組じゃなかったんですよ」
老人は、ええよええよと言いながら子ども達の隣に座った。店内にはずいぶん大勢の人間が集まっていた。事の成り行きが気になるのか、誰も帰らなかった。
しかし、どうしたものか。キジマもスドウも姿を消した。何か仕込んでいるかもしれないが、これまでのラインナップを思うとあまり期待はできない。この際、なにか新メニューをでっち上げてでもきっちり30分撮って東京に帰らねばならん。
どうする。何を焼く。かぶらってなんだ。かぶらやきってなんなんだ。
「よし。わかった。お店の方いる?」
「ああ、はい」
スドウの母らしき人物が厨房から顔を出した。よく似ている。
「新しいボウルもらえますかね。大きいヤツ」
「ええ、どうぞこちらを」
スドウの母らしき人物がヨシカワにボウルを差し出した。ヨシカワは受け取ると、ギャラリーに向き直った。
「じゃあみんなでここに、その辺にある食材を全部入れちゃって」
ヨシカワは一か八かの賭けにでた。
「まずはこの白いのか」
ヨシカワはスドウが残していった小麦粉水溶液を大きなボウルに移した。単品では不味いが、ベースにするにはちょうどいいかもしれない。量的にも十分だった。
「次は、ナイトウさんの野菜炒め」
「野菜炒めって言うな」
ナイトウは文句を言いながら蕪菜の炒め物を差し出した。野菜自体は美味いし、オリーブオイルも高級品である。蕪菜を取り出し、包丁で細かく刻んで液体に入れた。深皿に残っていたオリーブオイルもドバッと小麦粉液の中に放り込んだ。
「お母さん、泡立て器かしゃもじください」
「あいよ」
スドウの母親が厨房から泡立て器を持ってきた。受け取ったヨシカワは小麦粉蕪菜オリーブオイル混合液をしっかりかき混ぜた。
「アンドウさん、カレーください」
「あ、はい」
アンドウ・レイは残ったカレー(元カ・ブ・ラ・焼き)を差し出した。混合液に混ぜてみたが、薄くなってしまって少し足りないようだった。
「うーん。ちょっと薄いかな」
「あ、まだあります」
あるんかーいと思ったが礼だけ言って取りに行かせた。アンドウ・レイが自分のクルマまで戻って巨大なタッパーウェアを三つも抱えてくるのが窓から見えた。
「ずいぶん作ったんですね」
「ええ、どういう撮影になるか想像したのですが、ちょっとよくわからなかったので、寸胴に二つほどご用意していました」
ヨシカワはそれは済まないことをしたと内心思ったが、口には出さなかった。全部入れるとあまりにも多いので、大タッパーの半分ぐらいにしておいた。それでちょうどバランスがいいように見えた。
小学生の代表のムトウケイゴがヨシカワをじっと見ていた。出番を待っているのだろう。子供たちのレシピの材料はさっき全部焼いてしまったので、餅しか残っていなかった。せめて餅だけでも使うか、ということでキューブ状に切ってある餅を、バラバラとボウルに入れた。
だが、少年たちのレシピの出番はここではない。アホみたいに高い特製焼き型をどうにかしないと、東京に戻ってからPに大目玉だ。23万だと? ふざけるな。
さっきは直火でコンロに載せたので焦げたのだろう。ヨシカワは焼き型をホットプレートに置いた。これならいきなり焦げる前に均等に熱が伝わるかもしれない。やってみないとわからないが。
それを見てムトウケイゴが嬉しそうに笑い、仲間とハイタッチしていた。
「これも使うかね?」
コウヤマ老人が自作のそばちょこを差し出した。さすがにそれは食えない。ヨシカワはお気持ちだけでと丁重に断った。というか床下の油粘土で焼いたそばちょこはあまり自分では使いたくない。
焼き型に掌をを寄せると、十分に熱をもっていることがわかった。薄く油を敷き、焼き型のマス目に混合液をするすると流し込んだ。菜箸でコマ一つに餅一つが収まるように調整をしていく。しばらくすると、フチのあたりでジウジウと音を立てはじめた。うっすらとカレーの香りが漂いはじめた。
高二のGWの前日、ヨシカワタケシが小走りで部室に向かおうとしたところを幼なじみのユミが呼び止めた。
「タケちゃん、晩ご飯うちで食べろってママが言ってたよ」
「あ、悪いな」
「いいよ。何がいい?」
んーと、ちょっと考えるフリをしてタケシはいつもの答えを出した。
「カレー」
「また?」
「いいだろ」
「いいけど」
ユミはクラスメイトに呼ばれて、じゃねと手を振りながら走っていった。制服のスカートがひらひらと舞って、一瞬ドキリとした。あいつあんなにケツでかかったっけ? タケシはしばらくユミから目が離せなかったが、あとから来たチームメイトに声をかけられ、部室へと向かった。
「マジかよ!」
レフトのカガワジロウが目を丸くした。練習が終わり、汗を拭きながら着替えている。タケシがユミと話しているのを聞いて、真偽を確かめたのだ。
「おいおいおい据え膳ですかぁ?」
横で聞いていたライトのブチガミコウヘイが冷やかした。
「いや、別にそういうんじゃねえよ」
実際、ユミの家で夕食を食べることは珍しいことではない。逆にユミがタケシの家で食事をすることもある。ただ、どちらの親も朝までいないというのが初めてというだけだ。
「おかえり! お風呂にする? カレーにする? それともあ・た・し?」
セカンドのラクマシンジが半裸にタオルを巻いておどけてみせた。
「ていうかお前、今夜キメなかったら腰抜け認定な」
キャッチャーのヤジマユウジンが真顔でタケシを指差した。
「だから違うつってんだろが」
しつけえなあ、と怒ってみせたが、誰よりもその気だったのはヨシカワタケシ本人だった。こいつらにはまだ言っていないが、先週ユミとはキス寸前まで行っている。急に親からのポケベルが鳴らなかったら、そのまま想いを遂げていたはずだ。くそ。
「お前にこれを授けよう」
それまで黙っていた三年のピッチャー・キタガワコウジが、何か投げてよこした。とっさにキャッチしたタケシの手にはミチコロンドンの小箱が収まっていた。
「うぉ……」
「いらんのか?」
「いえ! 先輩の好意はありがたく頂戴します!」
「ワンフォーオール! オールフォーワン!」
キタガワはグッと親指を突き立ててみせた。野球部にはあんまり関係ないフレーズだがそれはこの際どうでもよかった。
ヘイヘイヘイとチームメイトに散々はやし立てられて、タケシは部室を後にした。
明日からGWだが、練習はある。母親たちはシングルマザー仲間(たぶん五人ぐらい)で別府へ温泉旅行に行った。ユミの母親とタケシの母親は、二人が同じ高校に入ったと知って、久しぶりに会ったのがきっかけで意気投合していた。それからお互いの家を行き来するようにはなっていたが、親が泊まりがけで旅行に行くなんてのは初めてだった。
「がー、美味かったー!」
「マジ? よかった!」
鍋も釜も空っぽだった。ユミは体育会系男子の食欲に目をまるくしつつ、たくましさも感じていた。タケシは腹をポンポンと叩きながら、壁の時計をチラっと見た。部屋の隅に畳まれていた新聞を広げるとテレビ欄をチェックしはじめた。
「お? 今日の映画『エルム街』?」
「やだそれ怖いやつじゃん?」
「見たいなあ」
ユミは食器をシンクに片付けながら「見てく?」と言った。
「そうだなあ。今から帰ると最初のところは間に合わない」
「見ていきなよ」
「怖いの?」
タケシはからかうようにニヤリと笑った。「怖くないもん」と、ユミは口をとがらせた。タケシはチャンネルをロードショーの局に合わせた。ニュースと天気予報が流れて、映画は始まった。午後10時を回ったあたりで、ユミが悲鳴を上げながらタケシの手をつかんだ。タケシはその手を握り返した。それで、そのまま朝まで手を放さなかった。
「ねえ、そろそろ大丈夫じゃない?」
「おっと。そうだな」
マリネが言う通り、上手いこと焼けてきたように思ったので、ヨシカワはピックでひっくり返してみた。うっすらと焼き色がつき、ちょうど良く固まっていた。焦げる前にこうして裏返していけばたぶん大丈夫だ。
途中からコガオマリネにピック作業をやらせ、カメラマンに撮影を再開させた。町民たちは部屋の隅からじっとかぶらやきの様子をうかがっていた。皆がそれぞれの材料を提供している。レシピこそ行き当たりばったりになってしまったが、材料はそれなりに一級品が揃ってはいる。コンセプトさえ間違わなければ、そうそうひどいエサになることはない。
「よし、じゃあマリネ。よろしく頼む」
どうにか上手いこと焼き上がったようだ。香りもいい。味は多少おかしくても、マリネが巧く誤摩化してくれるだろう。そしたらもうこれが「かぶらやき」で構わない。さしずめ「みんなのかぶらやき」だ。
仕込み? やらせ? 知るかバカ。世界は元々神様の仕込みで、悪魔のやらせなんだよ。新生・千葉崎名物KABURAYAKI! feat. TY(タケシヨシカワ)だ! ウェーイ!
「ちょっと待ったー!」
マリネが食レポを開始する出端を挫くように、店の扉がガラッと開いて人影が飛び込んできた。
「誰だ!」
ヨシカワが怒鳴った。バカヤロウ。撮り直しじゃねえか。
「あ、すいません」
キジマとスドウが傷だらけの顔、泥だらけの服で現れた。
「お待たせしました。これが千葉崎名産『カブラ』です」
「はぁ?」
カブラってなんだ。ヨシカワがキジマを見ると、手にした網袋の中に何か入っていた。何か小型の動物のようだ。タヌキかキツネ?
「何を持ってきたんだ? カブラだと?」
「はい」
「生き物のなのか?」
「たぶん」
「たぶんてなんだよ。生きてるのか?」
「いえ、さっき暴れたんで、とどめを刺してあります」
なんだなんだ。最後に大物が出てきたな。
「これを焼くのか?」
「ええ、まあそういうことですね」
「なんだこの動物? みたいなものは」
近くで見たが、網の中ではよくわからない。
「こいつは……」
キジマが言った。
「チュパカブラです」
「チュパカブラ?!」
ヨシカワは思わず飛び退った。キツネかタヌキではなかったのか。
そういえば妙な形状をしている。大きさは中型犬程度だが、頭はヤギのような感じで先細り。目は閉じているが少し切れ長に見える。網の中で縮こまっているのでよくは見えないのだが、だいぶ猫背のような感じである。それでいて手足は長い。水曜日のオカルト特番でちらっとみた「チュパカブラのミイラ」ってヤツに似ていないこともない。これはミイラではないが。くたっとなっているので死んではいるようだ。
「それは本当かキジマ!」
「ええ、まあ」
「なんでこんなもんが」
「この辺では珍しくないんですよ」
「はぁ?」
この世界的に有名な珍獣というかUMA(未確認動物:Unidentified Mysterious Animal)が珍しくない? そんなわけがあるか。とヨシカワは思った。だいたい、そんな話聞いたことがない。野良チュパカブラなんてものがうろうろしていてたまるものか。
「去年だったか一昨年だったか、ハリウッド俳優の人がお忍びでこっちの方へドライブに来たんですが、休憩中に襲われましてね。そんで記者会見を休むことになったじゃないですか」
「あ、いや、それはジョークだってみんな思っていたが」
「ジョークってこともなかったんですが、なぜかジョーク扱いになっちゃったんですよね」
「一応地元の新聞社にも知らせたんですが、全然取材に来なくて」
スドウもぼやきはじめた。以前からマスコミにはまるで取り合ってもらえないという。
「水曜日のスペシャル特番のアレにも投稿とかしてるんですけど、ベタ過ぎるとか、チュパカブラは南米のものだから、それはタヌキかなんかだってことで、全然取材に来ません」
まあ、普通に考えたらそうだ。実物なら少し違和感はあるが、写真だけ見てもタヌキかキツネかアナグマかなんともいえないだろう。大型のコウモリっぽい感じもあるが、角度によっては気のせいにしか思えない程度だ。
「南米のものは、実はこの町から移住した人らが連れて行ったこれが野生化したものです」
「はぁ?」
「はい、大正から昭和にかけてここからも何世帯かがブラジルに移住しました。その際に飼っていたものを連れていったようです」
スドウが解説をはじめた。なんだか手慣れた感じがイヤだとヨシカワは思ったが、妙に説得力がある。
「ペットになるのか?」
「いえ、こいつらは食用です。この辺りでは江戸時代から食用に捕獲されていました。しかし、幕府は肉食を禁じていましたから、隠れてこっそりということになります。一部では手懐けて家畜のように飼う家もあったそうです」
話がデカすぎる。にわかには信じ難い。マリネやカメラマンらも目を丸くしていたが、地元の連中はうなずきながら聞いていた。地元なら誰でも知ってるというのか。なんなんだこの流れは。ヨシカワはむうと唸った。
「江戸時代はこっそり食べるときに、これは蕪だと言って幕府の役人をごまかしたそうです。なので、地元ではこれをカブラと呼んでいます。まあ千葉カブラともいうんですが、それがブラジルに伝わって、訛ってチュパカブラになったんではないかと言われています」
スドウがドヤ顔で締めくくった。なんだそのやりきった感。キジマもハイタッチなんぞしてやがる。
「これを串焼きにするのが千葉崎名物のカブラ焼きになります。少し固いですが、深みのある味わいが地元で愛されています」
キジマもドヤ顔で説明しだした。
「だったらなんで最初から出さない」
「最近チバカブラの数が減ってまして、今日獲れるかどうかわからないので保険を用意しておいたんですよ。さっきようやく捕まえたと連絡がありましてこっそり受け取りに行ってきました」
「バンドウさんという猟友会の方ががんばってくれました」
スドウも口を挟んだ。ヨシカワをたばかるための仕込みにしては手が込み過ぎている。コストだってかけすぎだ。いよいよ信じるしかない感じにはなってきた、とヨシカワは思った。それで撮影が終わるならそれにこしたことはないのだし。
「じゃあ、ちょっと支度しますので、しばらくお待ちください」
キジマとスドウはチュパカブラを担ぎ上げて、厨房に運び込んだ。これから捌くつもりなのだろうか。ヨシカワは不安になった。UMAを調理して食うなんて、そんな番組アリなのか? もっともさっきのスドウの話が本当なら、別にあれはUMAでもなんでもなくて、それはただのジビエ料理ではあるのだが……。
「ヨシちゃん」
コガオマリネが小声でヨシカワに話しかけてきた。
「どうした」
「あれ、食べるんだよね?」
「え、ああ、まあそういう流れだよな」
「あたしが食べんの?」
「それがレポーターの仕事だからなあ」
マリネはうーんと唸ってそれきり黙ってしまった。気味が悪いとでも思っているのだろう。得体の知れない生き物の肉を食えというのだから、身構えるのは当然だ。
「どうする? やめるか?」
「それってプロポーズ?」
「どうしてそうなる」
「これやめたら番組降板でしょ。そしたら仕事なくなるし、仕事仲間じゃないんだから、あたしと付き合ってもいいわけでしょ。あたしと付き合って逃げ切れるとか思ってないでしょ。だったらこれは事実上のプロポーズじゃない」
「その結論の前に、何ヶ所も分岐点があるぞ」
ちぇっといいながらマリネは口を尖らせた。ヨシカワはそういうマリネの子供のような仕草は、ちょっとかわいいと思った。カメラマンのゴローはいつのまにか千葉崎の住人たちと打ち解けて談笑していた。他のスタッフもそれぞれ雑談してリラックスしていた。
「できましたよー」
キジマが厨房から肉の串焼きを盛った皿を盛ってきた。まだジウジウと脂が鳴っていて、実にシズル感がある。見るからに美味そうだ。
カメラマンが気を利かせてアップでの撮影を開始した。マリネを見るとすでにメイクチェックを始めていた。長年やっているので、スタッフの息はぴったりだ。
だいぶ待たされたが、これならいけるという手応えがヨシカワにはあった。
チュパカブラの串焼き、やってやろうじゃねえか。
「では、さっそくいただきますね」
マリネがカブラ焼きにかぶりついた。もぐもぐと咀嚼する。もぐもぐと。コメントが欲しいタイミングだが、一向にもぐもぐを止めない。さんざんもぐもぐした挙げ句、ごくんと飲み込んだ。
「あの、これって完成形?」
「え、もちろんです」
「タレとか、ソースとかは?」
「ないですよ」
「味付けとか?」
「そのままです。千葉崎の名産のカブラの素材の旨味と香りを楽しんでいただくものです」
スドウがドヤ顔でカメラに目線を向けた。
「ヨシちゃん食べてみて」
「またかよ」
イヤな予感しかしなかった。ヨシカワはとりあえずカブラ焼きを口に運んだ。
ヨシカワは移民の一人としてブラジルにいた。アマゾンの川のほとりだろうか。小さな港の一角に積み上げられた多くの家財道具とともに、ひもにつながれた珍獣もいた。ヨシカワ少年は父親にカブラの餌やりを命じられていた。
長年世話をしていると情がうつるものである。日本から連れてきたカブラも旅の途中で食用にされ、残り二頭になっていた。今日は金曜日だ。おそらく今夜、どちらかを食べることになるだろう。
ヨシカワ少年は、ひもをほどくと、カブラのエサを森に投げ込んだ。カブラたちはエサを追って森へ飛び込んでいき、そのまま帰ってこなかった。少年は父親に殴り飛ばされたが、それ以上の叱責は受けなかった。他に食糧はあったし、目的地まではまだまだ遠かったからだ。少年は、
「その話長い?」
「いや、もういい。ていうか俺の記憶じゃない」
ヨシカワはキジマを台本でポカリと殴りつけ、味付けをなんとかしろと命じた。作り直して撮り直して、どうにか放送にはこぎつけることができた。その回の視聴率は過去最高を記録し、それ以降全国各地に謎のUMA料理が乱立したのだが、それはまた別の物語である。
完
カクヨムで連載、ということでおっぱじめたこのお話ですが、元はと言えば@なろう用に書きはじめたものです。
カクヨムで公開しはじめてから途中二ヶ月ほど中断はしたものの、どうにか完結までこぎ着けたので、Web小説からの転用実験として一冊にまとめてみました。
一話ごとが短いので少し読みにくいのかなと思いましたが、毎回の引っぱり具合もあるのでまとめないでそのままの構成にしておきました。
シリーズ化の予定もなく単発の企画なんですが、表紙を作るときにキャッチーなサブタイが欲しくなったので、「レリゴー!Bグル取材班」というシリーズ名をでっち上げてみました。
ひょっとすると、第二第三のカブラ焼きがあなたに襲いかかるかもしれませんよ! 月の無い夜はお気をつけください。
作中に登場するヨシカワチーフディレクターの「何かを食べると意識がぶっとぶ」というパターンは、カクヨムで同時進行していた『忘却のオブリビオン』でも同じタイミングでやっていました。リアルタイムで読んでいれば楽しんでもらえたかもと思いますが、そういうラッキーな人はおそらく一人か二人だったと思います。よかったですね。波野發作はそういうイタズラを多用することがあるので、他にも探してニヤついてみてください。
本書は当面無料キャンペーンですが、どっかのタイミングで有料化する気もあります。今のうちに読んでおくとオトクかもしれませんが、有料化の際には加筆修正はするかもしれないので、あしからずご了承ください。
表紙は毎度のようにブックアレー名義で自分でやっています。イラストは123rfのものですね。これもいつも通り。今回は絵を探すのにだいぶ手間取りました。背景の歌舞伎幕は、「かぶらやき」が「かぶきあげ」に似ているというだけです。誰か読み間違えて読み始めるといいなあ。あはは。
では次回作でまたお会いしましょう。
波野發作
2016年5月30日 発行 初版
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東京生まれ、信州育ち。作家を志して上京後、製本所や出版社のアルバイト、編集プロダクション勤務および印刷会社営業を経て、フリーライター&フリー編集者に。本屋横丁およびバンクハウスを設立後、2014年のマガジン航の企画でペンネームを決め、作家活動を25年ぶりに再開する。実用書の執筆などで生計を立てつつ、波野發作としてインディーズ出版(セルパブ)での活動も力を入れている。デビュー作は「ストラタジェム;ニードレスリーフ」。他に「オルガニゼイション」シリーズ、「カブラヤキ」。