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編集者ライターへの道

米光講座シーズン7



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目 次

   この本の成り立ち    米光一成    410142026323642

   先輩インタビュー

       井上マサキ           5
               中島朗子    6
               山元大輔    8
       河野桃子            11
               むらたえりか  12
       鈴木夏希            15
               矢奈川あやこ  16
               湯山きょう子  18

       オグマナオト          21
               渡部恵     22
               小田菜南子   24
       村中貴士            27
               小井土美香   28
               わたなべひろみ 30
       山川悠             33
               西田貴恵    34

       岸田浩和            37
               山田健太郎   38
               遠藤真美    40
       平野友紀子           43
               水谷真智子   44
               いまいりえ   46

この本の成り立ち 1

 講座名が長すぎる。「宣伝会議 編集・ライター養成講座 上級コース プロフェッショナル・ライティングクラス」。
 長いので専任講師の名をとって「米光講座」と呼ぶ。2010年からはじまり、2016年の2月にシーズン7がスタートした。
 米光講座は、プロとして活躍するための講座だ。だから「実際に作る」。原稿をどんどん書く。いい原稿はどんどん発表する。プロとしてデビューしてもらう。
 本も作る。インタビューの授業をざっくりやったら、次は、もう実際にやってみる。
 講座7回目、インタビューの実践。
 米光講座の卒業生で、現在プロとして活躍している8人をゲストに招いた。受講生は1人から3人でチームを作り、ゲストを60分間じっくりとインタビューした。
 音声起こしをして、インタビュー原稿を作成し、編集して、書籍化した。
 それが、この本だ。

井上マサキ

そう、書く材料が三題噺みたいに揃うと、すごく気持ちいい

1975年生まれ。ライター&路線図ウォッチャー。「エキレビ!」「R25」「いこーよ」等で執筆中。NHK「着信御礼!ケータイ大喜利」レジェンド初段。元SE。2児の父。

──ライターを目指したきっかけは?
 講座を受講する前から、iPhoneアプリ系のウェブ記事を書いていました。体を壊して15年勤めたIT企業を辞めて、再就職するか悩んでいた時です。どんな記事を書くのかを、ブログでイメージしてもらえて、割とスムーズに原稿を増やしていけたんです。ある程度、実績を積んでからやろうって決めました。

──講座を受講したきっかけは?
 ブログの延長で書き始めたので、誰に習ったわけでも無かったことに不安がずっとあって。ちゃんと教わろうと思ったんです。あと、寂しかったんですよ。在宅ライターなので「友達欲しいな」って。ライターになってる人とか目指す人とか「同じような立場で知り合えたらいいな」というのもありました。

──受講してよかったことは?
 自分の原稿を添削してもらえたのが一番よかったですね。もっとここをこうしましょうとか、アドバイスをしてもらえた。それまで請けていたウェブメディアは、赤入れ無しに書いたものがそのまま載る場合が多くて、一部勝手に書き換わっていたこともありました。今だったら怒らなきゃいけないんですけど。
 感想と観察の考え方を得られたのも大きい。「だ・である」で言い切る形にしたのが一番がっと変わったところだと思います。それまでは「なんとかということでー」って、ふにゃっとした原稿を書いていたので、大きな転換でした。
 ビシッと言い切って、自分の責任を持つようになったのは受講前なんです。「エキレビ!」向けにネタを出すプレ課題があって、書いたネタが載ったんですよ。その時の原稿の直しが一番大変でした。米光さんと4往復くらいやり取りして。「何が正しいんだろう」って神経注いだ感じはありますね。

20年前から書き続けているブログ「イノミス」。どういう記事を書く人なのかなどの名刺代わりに。他にiPhoneアプリレビューを中心としたブログ「HeatApp!」も。


──プロのライターとして大切なことは?
 最低限のレベルだと礼儀です。身だしなみ、ビジネスマナー、あと締め切りをちゃんと守るってやるだけでも仕事が円滑に進む業界なんじゃないかと思います。
 自分でも課題のひとつなんですけど、何も書けない時がくるんですよね。メンタルとか体調とかが反映されやすい仕事だなと思うので、そこを整えるのは大事なことだと思います。
 打開方法は僕も知りたい。切り口を絞って、何とか書けたことはあります。三題噺みたいに材料が揃うと、あっ! これで1本書ける。そう、三題噺になるのが気持ちいいですね。そのピースを探せたら嬉しい。

聞き手・中島朗子

38歳、2児の父。
ふと気づくと
ライターになっていた。

1975年生まれ。大学卒業後、SEとして勤務。2013年からフリーライターに。得意分野はスマホアプリ・パパ育児・お笑い。「着信御礼!ケータイ大喜利」(NHK)第14号レジェンド。

──プロのライターになったきっかけは?
 ライターになったのが、むちゃくちゃ遅いんですよ。38歳のときで。
 学生時代からミステリー小説の感想などを個人ブログで書いてはいましたが、プロになりたいと思ったことはなかったです。
 でも2013年に、15年間勤めたIT企業を、身体を壊して辞めたことが転機になりました。カミさんから、次の職場が決まるまで、ライターでもやってみたらと言われて。クラウドソーシングで求人しているからと。
 それじゃあというので、会社員時代に趣味で立ち上げたiPhone関連の情報ブログ、当時は年間100万アクセスくらいあったんですが、それを求人先に見せたら、iPhoneアプリを紹介するウェブメディアにつないでもらえました。一記事千五百円くらいの。これがスタートです。

──米光講座を受講した理由は?
 記事を書き始めて1年くらいで、就職しなくても、ライター一本でいけそうだという目処が立ちました。とはいえ子どもがふたりいるので不安もあり。その迷いを断つためというのが一番大きな理由です。
 文章は誰に習ったわけでもないので、スキルの不安はずっとありました。なのできちんと誰かに教わろうと思ってました。
 あと、寂しかったのも(笑)。在宅ライターなので他のライターと会う機会が全然なかった。講座で同じような立場の人と出会えたらいいなと思ったのも理由のひとつです。

──講座を受講してよかったことは?
 一番は、客観と主観を切り離せるようになったことです。講座でやった「観察と感想」の考え方。
 それまでは、面白いと思ったことは主観的かつストレートに書いていたんですが、観察を駆使して面白さを表現できるようになったのは、大きな転換だったのかなと思います。

──プロを目指すのに大切なことは?
 それはボクも知りたいです!(笑)。
 文章力が必要なのはもちろんですが、最低限というレベルでいうと礼儀です。それも基本的なビジネスマナー。スーツを着て取材先に行き、名刺を交換しただけで、ちゃんとしてますねって言われたことがありました。え、他の人は普段どうしてるの、って思いません?
 あと締め切りは必ず守る。たぶんきちんとさえしておけば、仕事が円滑に進む業界なんじゃないかなと思います。

路線図が井上さんのプチ専門。講座課題のオフ会が「デイリーポータルZ」に取り上げられる。しかもその記事が話題を呼び、東京カルチャーカルチャーでイベントまで開催。チケットは完売!

聞き手・山元大輔

この本の成り立ち 2

 インタビューは1人から3人のチームで行ったが原稿は各自それぞれが書いた。つまり同じインタビューから複数の原稿ができることになる。だから、この本には、同じ人の同じときのインタビューが複数個、並んでいる。
 もともとは「同じ話」なのにこんなに違う原稿になる。
 書き手が変わることで、どこをピックアップするのか、どう表現するのか、どう構成するのか、が変わる。
 ふつうは、ひとつのインタビューから生み出される原稿はひとつだから、これは講座ならではの珍しいケースだ。
 原稿が、書き手によって大きく変わるということも楽しんでもらえるだろう。
 ひとつのインタビューから生み出された複数の原稿、読み比べてみるとおもしろい。

河野桃子

経験の全てが活かせている。
仕事は自分の生き方・スタイルを
知る旅。

ものづくり雑誌「エミダスマガジン」編集長。演劇・アートマネジメントを学んだ経験を活かし、演劇取材やシナリオライティングも行う。自身を「事実を読者に届ける翻訳ツール」と表現する。

──ライター・編集者としてお仕事を始めたきっかけは?
 知り合いがライターを探していたことです。話を聞いて「面白そうだね」と興味が湧き、ライターになりました。当時、私は決まった仕事をしていなかったので、全く知らない世界に飛び込むことになりました。
 フリーランスという働き方も、目指していた訳ではありません。自分の経験上、フリーランスの仕事の仕方が合っている。それに自然だと思えたからです。ライティングも編集も、自分が仕事自体にストレスを感じない。だから始められ、続けられています。

──講座を受講して良かった、と思うことは何ですか?
 良かったことで思い出すのは毎回講評がもらえることです。自分の原稿だけでなく、他の講座生への講評も聞ける。仕事をしていると、なかなか機会がないでしょう。「なんでここに赤が入るんですか!?」と、強気な質問もできました(笑)。
 私はずっと演劇に親しんでいました。そして、仕事を始めたときはライティングや編集の知識はなかった。だから、最初に講座に期待していたのは何か文章を書く技術やノウハウみたいなものを教えてもらうということでした。
 だけど、実際におこなったのは「何を書きたいの? 君のテーマなんなの? 専門なんなの?」と、自分自身について突き詰めること。さらに、演劇のようなワークショップなどもありました。講座の中で、私の今までの経験が、実はライターや編集者の仕事に繋がっている。そんな風に感じられたことは、印象に残っています。

編集長を務める「エミダスマガジン」最新号。雑誌の仕事は印刷すると変更がきかないため、毎回お腹が痛くなるほどの緊張感を持って向き合っているそうだ。

──プロのライター・編集者になるために大切なことを教えてください。
 私は、あまりこだわっても仕方ないと思っているタイプ。特別にルールやポリシーは持っていません。締め切りを守る、延びそうな時は必ず連絡する。基本的なことを、人としてきちんとするようにしています。
 仕事を続ける上では、自分自身の書く内容のことが好きであることが大切。もちろん仕事だから好きじゃないことも書く。好きじゃないから冷静に書けることもある。だけど結局、自分が書く対象について思いがある方が続きます。気持ちが入っていれば、読んでくれた人には届く。その手応えがあると、もっと書きたいと思える。そんなサイクルに上手くハマると、仕事することが気持ち良くなっていくと思います。

聞き手・むらたえりか

この本の成り立ち 3

 語り手は、米光講座の卒業生でプロとして活躍している新人ライターや新人編集者。映像やデザインの方向に進んでいる者もいるが、とにかくフレッシュに活躍しはじめた者たちだ。インタビューをはじめて受けるという人も多い。
 聞き手は、いま講座で学んでいる受講生。
 だから、編集者ライターを目指し第一歩を踏み出した若者(っても、まあ、年齢はばらばらだけど)を、その第一歩を踏みだそうとあがいている若者(っても、こちらも、まあ、年齢ばらばらだけど)がインタビューした本になっている。後輩が先輩にインタビューしているという図式だ。
 そういう状況を想像して行間を読み取ってもらえると、またちょっと違う楽しみ方ができるだろう。

鈴木夏希

強みは自分のすぐそばに。
学ぶチャンスは全部掴む。
そうすれば絶対見えてくる

デザイナー、ライター。TVアニメーション企画『正解するカド』にグラフィックデザイナーとして参加中。

──受講してよかったことをぜひ。
 単純に元々やっていたデザイナー職にライターという技術が加わり、引き合いが増えました。デザイナーとして請け負った仕事でも「文章も書けるのであれば取材もお願いします」と、企画をまるっと担当させてもらえることもあります。
 現在は、『正解するカド』というTVアニメのグラフィックデザイナーを担当しています。これは別アニメを観て書いた感想文が上司の目に留まったことがチャンスにつながりました。アニメの知識は全然なかったので驚きました。

──よかったことの中での一番は。
 よかったことの最上級はやっぱり、受講のきっかけとなった嵐の大野くんに実際に取材できたこと。紙面で名前が並んだ雑誌は、宝物です。

──それらのお仕事の中で、クリエイターに必要なことは何と感じますか。
 今回大規模なアニメに携わって感じましたが、監督というポジションにつく人は本当にすごい。クリエイティブ力に加えて、難易度が高い話をわかりやすく説明する力、色々な意見をまとめる力等、とにかくやることは膨大です。私は、監督の言うことは、少し大変でも全部受け入れます。必ずそれが学びにつながりますから。それはライティングのお仕事でも同じ。赤字は全て受け入れます。編集者は、いかにその媒体に合うかの視点で赤字を入れてくださってますから。ただ、例えばライブレポートでは一番自分が感動したところは読者にも絶対伝えたい。赤字が入ってどんなに構成が変わっても、そこだけは熱意をもって伝えることは意識します。赤字の全受け入れと自分を抑えることは別です。


──プロの編集者やライターを目指す上で大切なことは。
 講座で言われることと思いますが、強みが必要です。そこがないと悩む人が多い。でも強みが何もない人なんていないです。何十年と生きてきたバックボーンは全部強み。例えば私の趣味に睡眠がありますが、良い睡眠をつきつめたら、それが強みになります。講座ではそれに気付かされました。それから、ゲストに来てくださる方との交流チャンスを存分に生かして、休まず課題を全部出すことが基本! と声を大にしてお伝えしたいです。

聞き手・矢奈川あやこ

ライターは芸術家じゃない。
熱い想いがあればあるほど冷静に。

ミュージシャンの会報誌でレイアウト、インタビュー、ライティングを一人で仕上げた経験も。放映準備中のTVアニメーション『正解するカド』にグラフィックデザイナーとして参加。

──受講しようと思ったのはなぜですか?
 グラフィックデザインの学校を出てデザイナーをしているとき、趣味に関することをアウトプットする場が欲しくて、その手段としてブログを書いていたんです。嵐の大野くんのファンブログで、「あの時のここがこう素敵でした!」とか、友だちに話すにはちょっと長すぎることを。楽しみにしてます、なんて感想コメントをもらっているうちに文章を書くのが楽しくなって。きちんとライティングを学びたいな、と総合コースを受講し、続けて米光先生の上級コースに進みました。

──上級コースに通ってよかったことは?
 なにより、専任講師なので10回通して米光先生だったことです。ダメなところ、良くなったところを継続して指摘していただけるのがありがたかった。「エキレビ!」オーディションの回はめちゃくちゃ頑張りました。何回も書きなおして出し続けて、その記事が掲載されてライターデビューとなりました。
 同期でプロ志向の強い仲間ができたのもすごく大きい。同期が会社設立、著書を出版、そんな活躍を見ると負けていられないなと刺激をもらえます。

──プロのライターを目指すうえで大切なことはなんでしょう?
 基本的に赤入れは全部受け入れます。自分の好きなようにつくるのは芸術家のやることで、媒体にあわせたものを提出するのが商業デザイナー、商業ライターとしてのプロだと思います。でも、自分がいちばん感動したところは、どんなに構成を変えてでも必ず伝える。その熱意と赤字を受け入れることはまったく矛盾しません。自分は芸術家ではないと心がけています。
 もうひとつ今、TVアニメーションという大きなプロジェクトにグラフィックデザイナーとして携わっていますが、〆切よりもできるだけ早く出すよう心がけています。すると、もっとこうすれば、ああすればと改善案をたくさんいただける。それだけ作品がよくなる。たくさんの人が関わる共同プロジェクトでは大切なことだと思います。


──これからプロを目指す講座生にアドバイスをお願いします。
 私はフリーランスも会社員も経験しました。フリーランスを目指すべきかと悩んでる人がいたら「会社員としてやるのもけっこういいですよ」と言ってあげたいですね。会社にいるからこそできるプロジェクトもなかなか貴重な経験になりますよ、って。

聞き手・湯山きょう子

この本の成り立ち 4

 BCCKSというネット上のサービスを使って、この本は作られている。電子書籍や紙の本をつくり、公開できるサービスだ。ページ割り、校正校閲、流し込み、来てない原稿の発覚、表紙はどうする? 1行オーバーしてる、用語が統一されてないところが見つかった、いろいろなことが起こる。受講生の有志がチームを組んで、見事ちゃんとやりとげた(と過去形で書いたが、この原稿を書いている時点では本当はできてない。でも、もうだいじょうぶ。完成が見えてきた。予言として過去形で書いとく)。「わかっている」と「実際にできる」は違う。やった者だけが、次に進める。

オグマナオト

プレイヤーとして現場にいたい、
だからライターを選んだ

文化系スポーツライター。広告会社に在籍中にライターとしての活動を始め、2012年に専業ライターとなる。WEBライティング、書籍など広く活躍。

──ライターを目指したきっかけは?
 広告会社でプロデューサーをしていたんですが、広告の仕事ってほぼデザイナーの仕事なんですね。
 プロデューサーとしてコンセプトを考えたりはするんですが、アウトプットとして見える部分はデザイナーがつくったもの。自分が介在できる部分が少なくて、プレイヤーとして現場にかかわっていたいという思いがありました。

──講座を受講してよかったことは?
 当時は自分に記事が書けるとは思っていなくて、編集者とライターと、どちらがいいのかもわからずに講座を受けていました。書いてみることでどんどん書くことの魅力が感じられてきて、それは講座に通ったからこそわかったことです。プレイヤーでいたいという思いを再確認することができました。

──プロのライターを目指すうえで大切なことは?
 専門分野を特化したほうがいいのは間違いないんですが、特化する弱さもあります。逆に幅広く見れることの強さもある。そういう意味で、ジャンルを狭めないことを意識しています。
 僕はスポーツを専門分野としていますが、スポーツライターは大勢いるわけです。現場で取材して選手と関係性をつくっていて、その人たちと同じことをしようと思っても勝負にならない。
 取材の機会が限られているなかで、どうやってスポーツの魅力を掘り下げられるか。今のスポーツの話だけでなく、歴史や過去の出来事のつながり、これまで読んできたスポーツ漫画やスポーツノンフィクションを、今のスポーツにあてはめていくことをどう表現したらいいか。
 僕のプロフィールは、文化系スポーツライターとしています。自分の強みを差別化するため、そう名乗ってみた感じです。文化系っていう表現はまだ悩み中なんですが(笑)。

『福島のおきて』全文を担当しているがこの本での肩書きは構成。翌年に出た本での肩書きは編著。現在執筆中の書籍が初の単著となる予定。



──現在の目標を教えてください。
 単著です。過去に出た『福島のおきて』という本も全部担当していますが、肩書きは著者ではなく構成。去年書いた小学生向けのスポーツの本も肩書きは編著です。
 今、また小学生向けの野球の本を書いています。子供向けの本は使える言葉も文字数も限られていて、普段いかに安易に言葉を選んでいるかを意識させられます。ちなみに、この本が単著になるかもしれません。

聞き手・渡部恵

スポーツライターじゃ戦えない。だから文化系って名乗ってます。

文化系スポーツライター。広告会社勤務を経て、2012年よりフリーライターに。取材対象の周りを深堀り、意外な切り口から書く記事を持ち味とする。主な執筆媒体は「エキレビ!」。

──ライターを目指したきっかけはなんですか?
 元々は広告の会社でプロデューサーをしていたのですが、作品の最終形を生み出せないことに物足りなさを感じていました。コンセプトを考案しても、お客さんに見えるのはデザイナーのデザインだけ。上流の立場にやりがいを感じる人もいますが、僕は介在価値を見出せず、とはいえ今からデザイナーを目指す年でもなく。文章なら書けるかな、と思ってこの講座を受講しました。

──講座を受講してよかったことはなんですか?
 ライターに向いていると気づけたことですね。
 受け始めはまだ編集者かライターか悩んでいたんですが、書けば書くほどその魅力に気づいたし、思った以上に書けるという自信もつきました。高校生のときには、今まで続けてきた野球を補欠はやだという理由でバスケに転向までしましたから、プレーヤーでいたい性分なのかもしれません(笑)。

──今までに書いたなかで印象に残っている記事はありますか?
『野球部あるある』という本のレビューですね。「練習試合の合間に勃発するトンボ争奪戦」、「母親にゼッケンを縫ってもらうと大体位置が低い」みたいなあるあるネタが集められています。野球部はなぜかどこも全員坊主で、変なしきたりがあったり、上下関係が厳しかったりする。それを野球部という一つの文化と捉えている本です。そうした視点に気づいたレビューを書けたことで、編集者の方に声をかけてもらったり、野球の仕事が増えたりしました。

レビューを書いた『野球部あるある』野球そのものではなく、野球文化を捉える目線で書かれたレビューは作者の意図を芯から捉えた。



──プロの編集・ライターになるうえで大切なことはなんですか?
 自分の強みを見つけることじゃないでしょうか。僕は世のスポーツライターと呼ばれる人との差別化をしたかった。30半ばというライターとしては遅いスタートだと思います。まずは自分の得意とするスタイルを見つけるところから始めました。それが、スポーツ周りを掘り下げる手法です。たとえば、スポーツの歴史や選手の過去と、今とのつながりを見つけるような書き方ですね。だから、文化系スポーツライターという肩書きを自分でつけています。その強みを生かして書いた記事が、先ほどの『野球部あるある』でした。得意とする切り口が定まると、記事にライター個々のスタイルが生まれる。そこからチャンスは広がっていくと思います。

聞き手・小田菜南子

この本の成り立ち 5

「米光講座に卒業はない」。
 半分冗談で言っている。インタビューを受ける側としてゲストに来てもらったのは「卒業生」だ。いまだにメッセージのやりとりをしたり、いっしょに仕事をしている「卒業生」もいる。講座に遊びに来てもらって、新人としての立場で話をしてもらうこともある。
 講師が話しても伝わらなかったことが、近い存在である先輩が話すと「そうか!」と伝わったりする。
 だから、どんどん先輩に遊びにきてもらって、わいわいと交流できる講座にしているのだ。

村中貴士

躊躇なく、一歩踏み出す。
自分ごとに置き換えれば
なんでも書ける。

1973年大阪府生まれ。大学卒業後上京し、カレンダーの制作会社に勤務。2015年よりフリーランスに。トヨタのクルマ情報サイト「GAZOO」などを中心に現在活躍中。

──ライターを目指したきっかけは?
 以前はカレンダーの企画・制作・販売促進・物流業務に携わるサラリーマンでした。でも何か違う仕事をしてみたくて、勢いで会社を辞めました。次に何をやるかを考えていなかったのですが、学びたい意欲はすごく強くて。前から気になっていた宣伝会議の無料体験講座を10個くらい受けてみました。その中で「編集・ライター養成講座」が一番自分のやりたいことに近いかなと思い、通い始めました。

──講座を受講してよかったことは?
 総合コースではライターや編集者、出版社の方などいろんな講師がいました。その方たちの話が聞けたのは良いポイントでした。一方で、「米光講座」は講師が一人専任で研鑽を積んでいくスタイル。内容も実践的で、楽しかったですね。
 総合コースの卒業制作では、大友良英さんの活動を題材にした作品を書きました。何をテーマに書こうか決めるタイミングで、彼のライブを見に行って興味を持って。「この人にインタビューしてみたいな」と思いました。その後トークイベントに伺い、直接依頼をしたのですがやんわり断られて……。大友さんの言葉がないと作品が成り立たないと思っていたので、途中から意地になって。メールを何回もして、直筆の手紙も書いたりしました。そして課題締切3日前に彼のイベントに伺って、ようやくインタビューが取れたんです。結果的に最優秀賞を獲れたので、嬉しかったですね。作品は「編集会議」にも載り、自信につながりました。実績としてアピールするものができたので、よかったなと思います。


──プロのライターを目指す上で何が大切ですか?
 まず一歩踏み出すことです。ライターになる前から自分の専門分野を決めるという考えもあります。でも、僕はまず色々な原稿を書いてみて、そこから狭めていくほうが良いと思います。不慣れな分野の記事を書くには勇気がいるけど、やってみたら何とかなる。編集者も支えてくれるし、講座で出会う仲間との縁も助けになるかもしれません。
 あとは、何でも興味を持つことと、自分ごとに置き換えることです。僕も車の知識はそれほどないけど、自らの体験などをもとに車のサイトに寄稿していて。詳しくもなく好きでもない分野でも、自分の経験に置き換えれば何でも書けると思います。この切り口だったら書けるんじゃないかとか、そういう考え方が大事なのではと思います。

総合コース卒業制作最優秀賞作品『楽譜のないオーケストラ─大友良英と2つのプロジェクト』が掲載された「編集会議2016春号」大友氏本人への直撃インタビューも敢行の力作

聞き手・小井土美香

たゆみない積み重ね
プラス瞬発力で
チャンスをつかむ

1973年大阪府生まれ。㈱ハゴロモにて、カレンダーの企画、制作、販売促進、物流業務に携わり、年間約20タイトルに関わる。2015年よりフリーライターとしてウェブを中心に活躍中。

──講座を受講したきっかけは?
 長年カレンダーの商品企画、制作ディレクションをしていましたが、学びたい意欲が強まり、腰を据えて学ぶための講座を探していました。宣伝会議の無料体験講座を10個ほど受けてみて。中でも編集・ライター講座が自分のやりたいことに近いと感じ受講を決めました。当初より、総合コースと上級コースを続けて受講するつもりでした。総合コースの講師は編集者、ライター、カメラマン、エディトリアルデザイナーと様々な職種の方が来られて、内容も一回完結のものが多い。一方、上級コースは一人専任で、中身を積み上げていく。より実戦的な講義でした。

──講座を受けてよかったことは?
 総合コースの卒業制作で最優秀賞をいただき、大きな自信と実績となりました。
(「編集会議2015年春号」『楽譜のないオーケストラ─大友良英と2つのプロジェクト』)
 ある公開収録で大友さんのライブを観て、インタビューしてみたいと思いました。同じ頃2つのプロジェクトのトークイベントもあり、それがとても面白かった。卒業制作はこれしかない! と、大友さんにアプローチしましたが、一度はやんわり断られました。何度もメールをしたりライブ等に足を運びましたが、多忙でなかなか応じてはくれない。その間に、各プロジェクトの地元である神戸と大阪にも取材に赴き、原稿の骨子はほぼ出来ていました。でも、大友さんの言葉がなければ原稿として成り立たないと思っていたので、どうしてもほしかった。期限迫る中、イベントで直撃し、大友さんに時間をいただけたのは締切の3日前でした。

大友氏本人の著作『学校で教えてくれない音楽』の中でも2つのプロジェクトについて取り上げているが、その出版より早い時期に卒業制作の原稿は書かれた。


──プロのライターを目指す上で大切なことは? 
 躊躇しないで、一歩を踏み出すことでしょうか。高いハードルとは思いますが。
 僕がプロとして初めて書いたのは、からあげクン祭のレポートでした。
(3500個、16種類の「からあげクン」を食べ比べ! 『からあげクン祭2015』でからあげクンにまみれる。)
 食のレポートは未経験な上、現場でビールの試飲もあることを知り、焦りました。僕、お酒が飲めないので。でも、イベントとしては歴史まとめやクイズ大会もある。そういう要素を取り出して記事に仕上げていった。踏み出せばなんとかなります。
 もう一つは、どんなことにも興味と疑問を持つこと。物事を自分事として引き寄せることで書くきっかけが見えてくるはずです。

聞き手・わたなべひろみ

この本の成り立ち 6

 米光講座は実践を重んじる。やらなきゃわからん。頭で考えても、口頭で教えを受けても、実際にやってみるまでは、本当のたいへんさはわからない。実際にやってみる。たいへんだし、思いもしなかったトラブルが起こる。乗り越える。いくつかは失敗する。どうにかそれをカバーする。カバーしきれないこともあるから、えいやとやっていく。経験を積む。完成させる。そのために何を犠牲にし、どう考えるべきかを体感していく。
 やった者だけがつかめる秘密がある。

山川悠

「これアホだな」って
笑えるものを
書いていきたい

1989年生まれ。「エキレビ!」にて活動中のフリーライター。大学卒業後、塾講師のアルバイトをしながら編集・ライター養成講座を受講。遡れば大佛次郎、野尻抱影に行きつく家系の出身。

──受講のきっかけは何でしたか?
 大学生のとき、なんとなくですが小説家になりたいと思っていて。ただ書いても、体力がないのか才能がないのか、だいたい原稿がウン十枚で終わるんですよ……。
 で、そうこうしているうちに大学を卒業しちゃいまして。これからどうしようって考えていたときに、兄が講座のパンフレットを持ってきてくれました。
 正直、出版についての講義を数回聞いて終わる程度のものなんでしょと思っていた。でもカリキュラムには、企画を出したら業界のすごい方々に見てもらえる、しっかり添削講座もある。じゃあ受講してみるか、と。

──実際に受けてみて、いかがでしたか?
 まず総合コースを受講しました。卒業制作では優秀作品に賞が与えられるんですが、僕のは箸にも棒にもかからなくて、悔しくて。ただ自分では成長できていると思っていたし、まだ諦めたくないなと。そこから上級コースへ行きました。
 上級コースはすごく楽しかったですね。自分が打った球を米光先生が受けて、どう投げ返してくるか、毎回の課題に対する講評がとても楽しみで。
 漫画『漂流教室』をテーマに、最初は普通に一人のキャラクターを切り取って原稿にしました。すると先生が「何かと混ぜて書かないとダメだ」と仰って。たとえば卑怯者をテーマとする。他作品に登場する卑怯者キャラについての言及も加え、『漂流教室』という作品はあくまで一つの材料として、最終的な結論までもっていく。次はどう書こうかな、という楽しみが毎回ありました。

──後輩へのアドバイスをお願いします。
 とにかくがむしゃらに、課題は毎回出すこと。そして先生や他の講座生としっかりコミュニケーションをとって、自分の原稿についてどのようなリアクションがあるかを、講座中に知っておいた方が絶対にいいです。修了後も有志で勉強会をして、ライターデビューはそこで出した企画がきっかけでした。
 僕自身の目標としては、もっとコンスタントに記事が書けるようになりたい。書くことも読むことも、もっと習慣づけたい。それをできる人がプロになれる。そして壮大な夢物語としては、コラムニストという肩書を得て、本を出して、テレビに出たい(笑)。これアホだな、って笑えるものを書くのが向いているんじゃないかと思っていて。『マンガホニャララ』で漫画作品の細部を面白く取り上げていた、ブルボン小林さんに憧れています。

ライターデビューとなった記事『「機動戦士Zガンダム」よく殴られる人ベスト10』。全50話中の殴られ回数を算出。なぜ数えた的な手間と、とぼけた寸評が話題となった。

聞き手・西田貴恵

この本の成り立ち 7

 インタビューの実践講座は、インタビューする側だけじゃなくて、インタビューされる側も大きな学びになる。自分のことを聞かれるので、それまでにあれこれ自然と頭で、自分のこれまでの活動をふりかえる。整理する。どう話せば伝わるか考える。インタビューされる側に立つことで、「インタビューする」ということがどういうことか、よく理解できる。
 インタビュー実践講座のもうひとつの目的は、先輩と後輩が出会う場をつくることだ。卒業生たちがひさしぶりに会う場でもある。そういう出会いが自然にできるのが嬉しい。仲間を見つけて、切磋琢磨していってほしい。

岸田浩和

まずは自分の作品があること。
無いと有るだと
0と100くらい違う。

1975年京都生まれ。近年はミャンマーにおける民主化運動、香港の雨傘革命、台湾のひまわり学生運動など、アジアの民主主義を主なテーマにドキュメンタリー制作、映像記者として活動中。

──この仕事を目指した動機は?
 皆が知らないことで自分が知っていることがあれば人に話したくなる欲求がたまたま強いということだと思います。後付けかもしれないけど社会的に意味があればいいですよね。自分が力を使って調べたものが人の役に立って、職業として生活ができているというのは幸せなことだと思いますから。
──講座に来てよかったことは?
 講座に来なかったら、そもそも作品を撮ろう、なにか書こうという発想がなかった。講座中にうまく結果が出る出ないは別です。結果はあまり関係なくって、やろうと準備しているかどうか、心構えを学びました。自分に小さな専門があったほうがいいという発想すら講座に来なかったらわからなかった。

──講座で学んだことは現在のお仕事とどう結びついていますか?
 取材に行って話を聞いて映像と写真とテキストを書けますよって言うのがひとつ特徴で話せるようになった。最初はライターとして頑張りたい気持ちが強かったから、書く場所を探すことをいろいろやっていました。でも途中から別に写真でもテキストでもムービーでも表現の手段が違うだけであって、もっと根本的には取材して人に見てもらう点が大事だなと思ったので途中からあまりライターですとは言わなくなりました。ライターである必要がないから。ムービーを見たい人が多いならムービーでやればいい。

岸田さんの最初の記名記事。宮城県石巻市で行われた在日ミャンマー人による炊き出しの取材が「Yahoo!ニュース」に配信された。
撮影:岸田浩和

──プロを目指すうえで大切なことは?
 まずは一個自分の作品があること。僕が幸いに成功したというか流れができたのは最初に『缶闘記』(東日本大震災による津波で壊滅的被害を受けた石巻の老舗缶詰メーカーが会社再建に取り組む様子を1年かけて追いかける)を撮って、当時は全然わからなかったのですが、結果的にそれが一個の作品となり自分の取り組みと言えるものになりました。自分の作品があれば、やりたい仕事をやっている人に会いに行く際に「君、なにかやってるの?」と聞かれて「こういうのやってます」と言えるわけじゃないですか。あるいはやりたいことを人に言いまくってて「じゃあ、何やってる人なの?」となったときに紹介してもらえる作品がある。そこが大きな違いですよね。無いと有るだと0と100くらい違うんじゃないかなと。作品は記事でも写真でもいいし、何か自分の名前がクレジットされていて公に出たものっていうのがまず必要なんじゃないかな。だから、最初の作品を作るために、編集・ライター講座を利用したりワークショップに行く意味があると思う。

聞き手・山田健太郎

ダメ出しって、
コミュニケーションだから

1975年、京都府生まれ。2012年に短編ドキュメンタリー『缶闘記』で5か国9ヶ所の映画祭に入選・受賞。2013年に独立後、ネットニュースや広告映像制作の分野で活躍中。

──現在は何のお仕事をされているのですか?
 映像広告の仕事をしながら、取材やドキュメンタリーを撮っています。最近では、「弁護士ドットコムニュース」に短編ドキュメンタリーが掲載されました。主に映像作品を作ることが多いですが、ライターとしての仕事もしています。

──ライターや映像作家として「伝える側に立ちたい」と思ったきっかけは?
 単純に、自分の知っていることを他の人が知らないと、教えたくなるじゃないですか。みんなが知りたいと思う、面白いことを伝えたい。そして、ただ面白いだけじゃなくて、社会的に意味があることを発信したい、という気持ちが強いのかな。もうこれって、人間の根源的欲求じゃないかと思います。

──必ず採用される企画のコツはありますか?
 僕が知りたいですよ! 打率100%の企画者になってみたい。
 ただ、企画を持ち込むときは、自分の興味を出発点に、そのテーマを記事にして発信する意味や、媒体との親和性をアピールするようにしています。例えば、以前、李さんの選挙の記事を書いたときは、「弁護士ドットコムニュース」というネットニュースに自分から提案して、記事と動画が掲載されました。媒体の編集者に、テーマのおもしろさと独自性を、具体的にわかりやすく伝えることが大切です。

──講座に参加して役に立ったことは?
 名刺代わりとなる作品を作るきっかけができたことですね。フリーランスは、いつ仕事をもらえるかわからない。だから、自分の経歴や興味を簡単に説明できる作品を持つことが本当に重要なんです。その時に、講座の課題や、ワークショップでの卒業制作がポートフォリオになる。
 僕の場合は映像ワークショップで作った『缶闘記』が、独立のきっかけになりました。自分の名前がクレジットされ、かつ公の場に出ている作品を持つことは、フリーランスとして仕事をする上での第一歩です。もちろん作品を見せて、ダメ出しされることもある。でも、ダメ出しってコミュニケーションだから。編集者に顔を覚えてもらえたらこちらの勝ちですよ。

日本とアジア3ヶ国の民主主義に迫った作品『占拠と選挙』文章・動画・写真全て1人で完成させるスタイルも高い評価を受ける。ジャーナリズム・イノベーション・アワード2016にも出展。
©岸田浩和

聞き手・遠藤真美

この本の成り立ち 8

 学びながら、追い立てられるようなスケジュールで作ったものなので、「もっとこうしたかった」「もっと書き直したい」と忸怩たる思いもあるだろう。インタビューに答えてくれたフレッシュな新人のみんなも「もっとうまく答えたかった」と思ってるだろう。
 だが、それでいい。それがいい。
 これはプロセスの中のひとつの区切りでしかない。区切りとして、成果物を作ったことが「もっと」という気持ちを生み出すのだ。欠けたところもあるだろう、でも全力で、何かを形にした。それは、もっと手を伸ばすための、もっと自由でいるための、次のステップにつながっている。もっと! もっと書いていってください。

平野友紀子

やる気と前向きさは、すぐにマネして。文章は書き続ければうまくなる

米光講座5期生。2児の母。講座修了後、光文社「VERY」や「日経DUAL」などママ・親向け媒体で執筆中。雑誌やウェブ問わず活躍。旅行が好きで温泉ソムリエの資格も持つ。

──ライターを目指したきっかけは?
 会社員時代に、広告の制作ディレクションや取材を通しての書く経験はありました。ライターという仕事をきちんと学んでみたいと思っていたところ、プロフェッショナルを目指すという米光講座を知って。いつか、フリーライターとして活動したいなと憧れがあったので受講しました。

──講座を受講してよかったことは?
 講座の途中で、フリーライターとしてデビューすることができました。
 講座へ遊びにいらしていた編集プロダクションの方が、企画を募集していますと。こんなきっかけないなと思って提案したら、ネタが通りデビュー。そのあともネタ出しを繰り返していたら、他の媒体でも書きませんかと広がりました。フリーのライターってどうやってなるの? という状態から、実際に私の名前で文章が書けるんだということがわかって。また、講座の課題でオフ会を行ったことも、今の仕事に役立っています。リアルに人の声を聞いて、切り口を考えたり新しさを見つけたりしてネタにするのだと学びましたね。ライターは、ネタが通らないと執筆ができません。現在お仕事している媒体は「ネットで調べればわかることを発信しても意味はない、読者に本当に響く企画を」という編集長です。SNS経由でステキだなって思った人に会ったり、定期的に読者調査を行ったり、汗かいてネタを集めてます。

受講中のテーマ・ママの働き方の課題レポートと仕事で手がけた記事を並べて。講座で学んだノウハウが、実際の現場でしっかりと活かされている。

──プロを目指す上で大切なことは?
 フリーライターのフリーは、自由に自分のペースで仕事ができるというフリーではないですね。雑誌の誌面など、打ち合わせは多いし取材もあります。カメラマンさんやヘアメイクさんの手配を行いつつ、いろんな人の予定もあるのでフットワークが軽くディレクションもできる柔軟さ。自分の時間をうまく管理できることが大切です。
 そして自分のプロフィールやポートフォリオは用意しておいて、いざという時に売り込む積極性。優秀なライターは多いのだからやる気・前向きさは、すぐマネできますよね。ネタが採用されない時期が続いた時も、編集の方に「どういうところが悪いですか」って聞く。通ったネタと比べて違いを見つけることもやりました。私も最初から前向きな性格ではありませんが、1歩自分で踏み出さないと本当に始まらないなって。文章は書き続けていれば絶対にうまくなりますから。
 実は「VERY」(光文社の女性向け雑誌)のライター採用面接の時、うまく答えられなくて。しまったと思いましたが、家に帰ってすぐに企画を書いて速達で送りましたよ。

聞き手・水谷真智子

リアルな声から斬新な企画を生み出す

「VERY」「日経DUAL」「GAZOO」などで活躍するフリーライター。育休中に米光講座シーズン5を受講する。現在、2児の母である。

──この仕事を目指したきっかけは?
 元々はリクルートの「ゼクシィ」で広告の制作ディレクションをしていました。その後、楽天に転職し、自分で取材をして執筆するようになりました。

──講座を受講した理由は?
 育休中だったんですけど、改めてちゃんと学びたいなと思っていました。「いつかはフリーで出来たら良いなぁ」と考えていて。この講座はプロフェッショナルを目指すもので、自分の目的に合っていたので受講を決めました。

──受講してよかったことは?
 米光先生が目の前でライブ添削する回があって、私の原稿を添削してくれました。先生が私に質問をして、その答えを聞きながら手直しされるのです。質問に答えるうちに、「自分は、こういうことを伝えたかったんだった」と気づきました。段落を入れ替えるだけで自分の文章が磨かれていき、添削される所を見ることってなかなかないのですごい勉強になりました。
 あと、オフ会をする課題があって。友だちにこういうイベントを一緒にやらない? って声をかけて、告知として通信を作りました。実際に行ったのはママ6人と子ども6人が集まって、ちょっとワークショップみたいなことをやったり、雑談したりしました。そういう話をしている中に、みんな復職してどうしようみたいなのが出ていたから復職前ブルーって名付けて。それをネタに、講座中に記事を書いていました。これって今もネタを考えるときに役立っています。リアルなママの声を聞いて、一次情報を得るのはすごい重要だと感じました。先生も多分そういうことを伝えたかったんだと思います。ネタを考える時もネットとかで面白いの見つけるのではなく、実際の声から、いかに切り口を考え、新しさを見つけてネタにするのが大事なんだということがわかりました。

──プロを目指すのに大切なことは?
 文章の上手下手はどうにかなるというか、それよりもネタを持っている人が重宝されます。だからネタを見つけるのが好き、ネタを発信していきたい人を求めてるし、そんな人がライターに向いているとは思う。だんだん、書いていけば絶対うまくなっていくし、文章よりも企画力が大切ですね。そして積極性も必要。私は、前向きな人間ってワケじゃないんですけど、一歩自分で踏み出さないと始まらないなって思っています。

平野さんがインタビューした「日経DUAL」『サイバー藤田社長、おばさんになっても働いていい?』。「Yahoo!ニュース」に取り上げられたなど、反響が大きかった。

聞き手・いまいりえ

編集者ライターへの道 
シーズン7

2016年7月9日 発行 初版

編 集
わたなべひろみ 渡部恵 矢奈川あやこ 
水谷真智子 山元大輔
湯山きょう子 与儀明子

インタビュー撮影
山田健太郎 湯山きょう子
与儀明子 
 
表 紙:与儀明子
監 修:米光一成

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