── タブーこそ最高のスパイス
〈小説〉
食料を合成することができるようになった未来では、動物の命を奪い食用とすることが強いタブーとされていた。だが、タブーだからこそ、そこに価値が生まれ……。
そのレストランは隠れ家的というよりも、隠れ家そのものだった。
高さ千メートルに及ぶ重層都市。建物が構造の一部として積み重なり、立体的な生活空間を作っている。その居住エリアの一角に、小さな自動運転車が止まった。降り立つ男性が二人。目の前の住宅は、まったく普通の家に見える。両隣と比べても、何も変わる所がない。扉が開き、女性が出てきて中に招き入れる。その服装も普段着で、本当に街中の家だ。
ただ、一般の家としては広い応接間には、どっしりとしたテーブルがしつらえてあり、食のための空間であると感じられた。
彼はこのようなレストランに来るのは初めてだった。
「驚かれましたかな?」
彼と向かい合わせの席に着いた初老の男が、その様子に、満足げな笑みを浮かべながら言った。
「このような所でレストランが営業しているなんて、近所の住人も知らないでしょう。完全な会員制の店でしてな。一般には告知しておらず、会員の紹介がないと入れないのです」
男の笑みは、自身がそのような特別な身分であることに、誇りを感じていることも示していた。
「ここのジビエ料理は絶品なのですよ。慣れないあなたのような方にも、必ずご満足いただけると思います」
ジビエ料理。野生の動物の肉を使った料理だ。彼はもちろん、食べるのは初めてだった。
先ほど迎えに出た女性が、料理を運んでくる。まずは前菜だ。白いプレートの上に鮮やかに赤い薄切りの肉。
「鹿のブレザオーラでございます」
「塩漬けにして作る生ハムですよ。まずは一口どうぞ」
男の勧めに、彼は恐る恐る一切れ口に運ぶ。
初めての食感だ。しっとりと密度が高く、じわりと口の中に味が広がる。野生動物の肉と聞いてイメージしていた臭みはない。だが野性味あふれると言うのだろうか、普段口にする合成食料とは風味がだいぶ違う。
塩と胡椒がずいぶん利いている。最近の食では、健康に配慮して、こんなに濃い塩味にはしない。だがそれは、肉の野趣あふれる味を引き立てて、今まで感じたことのない力強さを感じさせた。
ごくりと飲み込む。食道を伝って、胃の中に落ちる。そこから体中に染み込む感じがする。体温がぐっと上がる。
「どうですか?」
男が興味津々といったていで、彼の顔を見つめる。
「いや、これは……なんと言うか、おいしいです。単純な味ではなくて、何か複雑に絡み合う……うまく言えないのですけれど」
男は我が意を得たりとばかりにうなずいた。
※この作品のサンプルはここまでです。続いて作品情報&著者情報をご覧ください。
こんにちは、かわせひろしです。SFショートショート『究極の美食』をお送りしました。
先月まで『太陽のホットライン』を連載していたわけですが、SFショートショートの方も続けたいなあと思っていました。以前描いた漫画と合わせて、『リトル・ビット・ワンダー』のシリーズで続けていこうと目論んでおります。月刊群雛は残念ながらこの号で休刊ということなので、発表の場所は変わるかもしれませんが、見かけたときにはお付き合いのほど、よろしくお願いします。
このお話のテーマは二つ。食に関して言えば、僕自身は完全な現代人で、「えっ、魚って切り身で海を泳いでいるんじゃないの?」という子供と同レベル。魚を釣るにも餌が気持ち悪くて触れない、釣った魚が怖くて針から外せない、さばくなんて持ってのほかで、野生動物の解体なんて見たら吐くかもしれないという状態です。おいしいんだったら、合成肉でOKです。
タブーに関しては、以前からこのようなことを考えていました。規制が強まると、むしろ魅力が増す側面がある。手に入りづらいから価値が出る。イスラムの、女性が肌をさらしてはいけない国の人から見れば、日本の女性はエロ過ぎるそうですし、「政治的な正義」が増えた結果、アメリカでトランプ旋風が巻き起こっているのではないかと感じます。
そんな合わせ技で思いついたお話でしたが、いかがでしたでしょうか。
世の中ではつい最近でも人肉食の事件があったりするんですよね。食べたらどういう気分になるんでしょうねえ。
漫画家として活動し、『ケッタ・ゴール!』(ポプラ社刊)連載後、小説家に転進。第十一回ジュニア冒険小説大賞を取って、『宇宙犬ハッチー 銀河から来た友だち』(岩崎書店刊)でデビューしました。
セルフ・パブリッシングも同時に進めていて、E☆エブリスタさんで『君の守護者』を連載しています。
◆ブログ:かってに応援団
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◆Twitter:
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2016年8月10日 発行 初版
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