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この本はタチヨミ版です。
タイの代表的なスープ。
酸味と辛み、ハーブの複雑な香りが特徴。
世界三大スープの一つといわれている。
トムヤムクンには、大きく分けて2種類ある。まず、〝濃い水〟と訳される「ナムコン」は、辛さと酸っぱさ、そしてこってりとしたまろやかな味わいが特徴だ。チリインペーストやココナッツミルク、エバミルクなどを加えて濃厚に仕上げたもの。一般的に日本人を含む外国人やタイの子供たちに好まれ、ココナッツミルクの産地に近い中央部・南部で食されることが多い。もうひとつは、〝澄んだ水〟と訳される「ナムサイ」。スッキリとした辛さが特徴で、ハーブの香りや素材の味を楽しめる。タイの北部・東北部で特に好まれている。これらの地域は、辛くハーブをたっぷりと使った料理で知られる。
トムヤムクンは、元々川沿いに住む人々が川エビやハーブを使って作った家庭料理だったという説や、アユタヤ王朝時代フランスの使節団をもてなすために作られたタイ風ブイヤベースだったという説など様々あり、起源は定かではない。ただ、誕生したばかりの頃は、クリアタイプのナムサイであった。ナムコンは、華僑によって誕生したと言われている。
20世紀初頭に中国からの移民がレストランを開業し、オリジナルのトムヤムクン ナムサイをまねた料理を作り始めた。しかし、トムヤムクンの表面に浮かぶ赤オレンジ色の油や、白い色の素が何かわからなかったため、代用品としてチリインオイルとミルクを使ってトムヤムクンを作ったそうだ。
世界三大スープの一つといわれるトムヤムクン。作り方はとてもシンプルで、名前の通り、材料を煮て混ぜるだけ。簡単なだけに、素材の味がとても重要になる。店ごと、家ごとに美味しく作るポイントやコツがあり、少しずつ特徴が異なる。カロリーが低く、ハーブを多く使用するため健康に良く、温暖化の影響で猛暑が続く日本でも、特に夏は注目を浴びている。
わたしは人間を「調理する動物」と定義する。
動物は多少なりとも記憶力と判断力を有し、
人間と同じ機能と情熱のすべてを持ち合わせている。
だが、料理はしない。
——サミュエル・ジョンソン(1709-1784)
人類が火を扱えるようになり、初めて行った調理は「ロースト」である。うっかり火の中に肉か何かを入れてしまったのが始まりだろう。工夫をして容器を発見し、「茹でる」を手に入れて、調理は抜群に進化した。「焼く」よりも高温でなくて良いため、はるかに少ない燃料で事足りるし、食べられる食物が増える。肉汁を逃さないため、美味しさもアップした。そして、衛生面が改善された。火を加えることで消化が良くなり、栄養化も増え、多くの面で改善された。200年ほど前のパリでは、「レストラン」という言葉はスープそのものを意味していた。革命前で規制も争いも厳しい中、体調のすぐれない富裕層に向けた、消化しやすく食欲をそそる軽い料理「レストラン」を売り出した店が登場。卵料理やジャム、クリームなどもあったが、特にスープは健康を「回復させる(※フランス語でrestaurer)」料理だと考えられ、人気メニューであった。現在もスープは滋養や薬効があると考えられ、病人やダイエット中の人にも好まれる健康食である。
スープは世界中どの土地にもそれぞれの郷土料理があり、誰にでも身近なものである。炊き出しなど貧困対策のスープもあれば、高級な食材を使った特別なものも多く存在する。洋食でも中華でも、和食でもフルコースの中に必ず入っている。
タイ人はトムヤム味が大好きだ。タイスキのたれや、ラーメン、焼き飯、ありとあらゆるものにトムヤム味は使われている。様々なハーブをたっぷりと使用し、栄養価がとても高く、美味しいトムヤム味はとても身近なものである。しかし、トムヤムクンはどうやら違うらしい。もちろんエビが高価なため、たっぷりとエビを使用した美味しいトムヤムクンを毎日食べるのは経済的ではないからという理由もあるのだが……。タイ人の友人に聞いてみると、「トムヤムクンは確かに好きだが、いつも食べるものではない」という。長い休暇の際や、お祝いなどの特別な時に食べるもの、「ハレ」のスープだという。また、海辺で年取った男がビールと共に食べるものだともいう。トムヤムクンがなにか象徴的なものになっているのではないかと考える。
トムヤムクンは不思議だ。タイ人にとってはどこかノスタルジイを感じる食べ物であって、われわれ外国人からするとタイ料理そのものと言っても過言ではないかもしれない。レストランでも必ず注文されているのではないかと思う。また、旅行などでタイを訪れた際に、移動の疲れや暑さなどが理由で食欲が落ちてしまった時に、タイハーブのさっぱりとした香りがして、スパイシーさもあるトムヤムクンだけは飲めた、トムヤムクンが食欲を取り戻させてくれた、という話もよく聞く。まさに、トムヤムクンは「滋養食」なのである。
トムヤムクンに使われている食材を見るだけで、タイという国の歴史が見えてくる。基本食材は、エビ、ナンプラー、唐辛子、ハーブのカー(ガランガー)、レモングラス、バイマックル、パクチー、ライムジュースなど。カレー(ゲーン)も同じようなハーブが原料だが、こちらは素材を一度つぶしてペーストにしたものを使う。
タイ人は昔から、田んぼの水辺で穫れる魚やエビを塩漬けにして作った塩辛やその汁、ベトナムから輸入したニョクナムを味付けに使っており、ナンプラー風のものは身近だったが、現在のような工場製品としてのナンプラーが誕生したのは中国商人が大規模なインフラ開発を行った20世紀初頭で、今ではタイ人もナンプラーはタイの伝統的な調味料だと思うほど浸透している。レモングラスやバイマックルは、マレーシアやタイなど東南アジア原産のハーブだが、パクチーは地中海原産、唐辛子は大航海時代に南米大陸からシルクロードを渡って伝わってきたといわれている。
近隣の国にも似たようなスープが存在する。ベトナムには「カインチュア」という、酸っぱい澄んだ汁という名前のスープがある。沢山のスープとメコン川で穫れた魚介を使って作るが、酸味の元はパイナップルだ。カンボジアの「ソムロームチュー」はパイナップルとトマトを酸味づけに使う。四川料理の「酸辣湯」や韓国の「キムチチゲ」、フィリピンの「シニガン」も味の構成はよく似ている。
周りの国との交流がなければ、トムヤムクンは現在の形とは違っていたはずだ。料理はその国の文化と外国の食材や技術と融合することによって、より興味深く美味しく変化していきたのだ。
川や運河、貯水池には淡水のエビが豊富におり、タイ人にとって古くからとても親しみのある食材なもののひとつ。輸送のシステムが確立してからは海のエビも身近になったが、本格的に消費量が増えたのは1970年代。1980年代には日本への販路が開かれ、養殖と冷凍技術が発達し、タイの重要な輸出品となった。
肌や髪のツヤ・ハリに作用するタウリンや、骨を丈夫にするカルシウムなどが多く含まれている。
直訳すると「魚の水」。魚を塩漬けにしたときにできる汁を集め、熟成させて調味料にしたもの。日本やアジア全域でも同じような趣向のものが多くある。現在の形での歴史は浅く100年ほど。魚だけではなく、エビやイカを使用したものもある。長期間熟成させるほど味が良くなるとされる。一番搾りと、貯蔵容器に残った固形分に食塩水とアミノ酸液を加え、数日熟成させて液体を取り出した二番搾りなどもあり注意が必要。
英語でカフィアライム。コブミカンという柑橘の葉。さわやかな芳香が特徴の、タイ、マレーシア原産の柑橘類の1種。東南アジア料理でよく使われ、裏庭の灌木として広く栽培されている。インドネシアでは果汁と果皮を医療にも用いる。
タチヨミ版はここまでとなります。
2017年4月1日 発行 初版
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東京・池袋に、料理のほかに雑貨やアートも含めたタイのカルチャー全般を伝えるカフェとして誕生。タイ料理にはかかせないハーブとスパイスがたっぷりの香り豊かなペーストは、昔ながらの手作り製法。日本の旬や新しい技術を取り入れた、創作タイフードも提案している。現在はケータリングやフードコーディネーターなど幅広く活動中。