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本書は『√Letter × BCCKS 第九章/第十章オリジナルエンドルート募集キャンペーン』の優秀賞を、オリジナルゲームシナリオと併せて収録しています。
一章から八章までのオリジナルゲームシナリオをダイジェストで記載し、九章と十章の部分に、優秀賞の作品を掲載しています。
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あなたは角川ゲームスとBCCKSが主催する『ルートレター』オリジナルエンドルート募集キャンペーンにおいて、厳正な審査の結果、秀でた才能をいかんなく発揮され頭書の成績を収めました。
その栄誉を讃えこれを賞します。
平成二八年九月一五日
株式会社角川ゲームス
代表取締役 安 田 善 巳
株式会社BCCKS
代表取締役COO 山 本 祐 子
貴之は実家の部屋で荷物を整理している。
一一年間勤めた会社を辞め、新しい仕事の準備をしている時だった。荷物を片づけていると、手紙の束が出てきた。差出人は『島根県松江市〇〇〇〇〇〇 文野亜弥』と書かれている。文野亜弥は高校時代の文通相手だ。手紙の束の最後に、開封していない手紙を見つけた。
『私は人を殺してしまいました。
罪を償わなければなりません。
これでお別れです。さようなら。』
文野亜弥に会うために、貴之は松江に向かった。
機内でバッグから亜弥と交わしたの一通目の手紙を出して読みかえした。
「はじめまして。
島根県松江の高校に通う文野亜弥です。
「神の国」として有名な島根ですが、
気候や風土や人の気質も違います。
そして、出雲は縁結びの地でもあります。
えらそうに書いていますが、実は私は中2の春に
引っ越してきたんです。
私には仲の良い7人のクラスメイトがいます。
お坊ちゃん育ちのチビ、運動神経抜群のサル、
正義感が強い男前のガリ、優しいデブ、
おしゃべりなビッチ、学校一の秀才のメガネ。
それにかけがえのない親友。
彼らと出逢えて本当に良かったと思っています。
あなたには心を許せる友達はいますか?
お返事待っています。
文野亜弥」
出雲空港に着いた貴之は、出雲大社前駅、松江しんじ湖温泉駅を経由し、手紙の差出人の住所に向かった。しかし、その家は見当たらない。火事で焼失したのだという。
そば屋『神在庵』で食事をし、松江図書館で火事の件を調べ、予約していた宿の松江荘に向かった。松江荘の女将・山本春花から、文野亜弥は松江大庭高校出身だったことを聞く。
京店商店街に立ち寄り、島根県立美術館では部長の石原由香里に案内してもらう。松江大庭高校教師の渡辺将也から「文野亜弥はこの高校の伝説の生徒で、美人で秀才、スポーツ万能、芸術の才能もある。そして、一八歳で死んだ悲劇のヒロイン」と聞かされる。彼女が亡くなったのは二五年くらい前だった。
松江大庭高校出身の『BAR中村』のマスター、野津翔太に会うが文野亜弥の名前を出した途端にがらりと態度が変わった。
マックスくんの愛称で文通をしていた貴之は、手紙の謎を探るため七人のクラスメイトに会うことにした。
お坊ちゃん育ちのチビ。
運動神経抜群のサル。
正義感が強い男前のガリ。
優しいデブ。
おしゃべりなビッチ。
学校一の秀才のメガネ。
かけがえのない親友。
それぞれのニックネームは誰を指すのだろうか?
どんな人物なのだろうか?
貴之が松江に来てから三日間が過ぎた。
松江荘に投宿して七人のクラスメイトを探すことにした。
『BAR中村』のマスターから得た情報を頼りに、松江大庭高校出身、山陰中央テレビの女子アナウンサー・村上美咲を訪ねた。貴之は村上美咲がおしゃべりな女子、ビッチではないか、と疑っていた。アナウンサーの人気投票で一位だという村上美咲に、文野亜弥のことを尋ねるが「あなたに話すことはないわ。帰って!」と冷たい態度をとる。
だが、貴之は美咲と上司とのふとした会話から、クラスメイトのうちのひとりメガネが松江市役所生活相談課に在籍しているとの情報を得ることができた。
松江市役所に行くことにした。生活相談課を訪ねたが、メガネをかけた人物が多くて、誰がクラスメイトのメガネなのかわからない。役所内の職員プロフィールから、田中耕介が松江大庭高校出身だということがわかる。彼がメガネなのかもしれない。
田中耕介に文野亜弥の同級生のメガネか? と尋ねるが「そんな人は知りません」と白を切る。田中は明らかに猫好きなようだが自分のことを語らない。貴之は田中の心に揺さぶりをかけた。メガネは秀才だ、という情報を頼りに「お前はどこからどう見ても鈍才だ。絶対に秀才じゃない」などと挑発を繰り返した。すると、プライドが高い田中耕介は、ついに自分がメガネであることを認めた。
主人公は田中耕介に手紙を見せた。
「こんにちは。
今日はクラスメイトのメガネくんについて書きます。
テストの成績は常にトップで高校一の秀才です。
昨日、休み時間に勉強を教えてもらいました。
教え方が上手で、勉強をするのが楽しくなりました。
メガネくんはきっと偉い人になるんだと思います。
将来、ノーベル物理学賞をもらったりして。
そうなったら、私はそんな人とクラスメイトだったんだと自慢します。
メガネくんと同じ教室で勉強したことは、私の宝物です。
勉強以外に趣味のないメガネくんですが、大の猫好きのようです。
猫は古代エジプトで神の使いだったそうです。
テストは運も左右するので神の使いの猫に優しくするんだ
と言ってました。
猫グッズも集めていて、八重垣神社のおみくじについてくる
金の猫のお守りをもらいました。
これで神様も味方してくれそうです。
そういえば、八重垣神社には縁を占える『鏡の池』があります。
半紙に硬貨を乗せて池に浮かべて、早く沈むと良縁に恵まれるそうです。
私はすぐに沈んだのですが、一緒にやった親友は硬貨が沈まなくて
不機嫌な顔をしていました。
松江にくることがあったら、マックスくんもやってみてください。
文野亜弥」
田中は「私と勉強した時間が宝物だったなんて……」とつぶやいた。だがいっぽうで、田中は「文野亜弥という同級生はいません」「あなたは誰かにからかわれたんです。だから、実在しない女性を捜すのはやめた方がいい」とも言った。
メガネは田中耕介であることは判明したが、文野亜弥のことは謎に包まれたままである。
貴之は地元の高校生が立ち寄る軽食店、『まるこし』を訪ねた。缶ジュースや缶コーヒーが百円以下で売られている。『まるこし』のおばちゃんに文野亜弥の写真を見せた。おばちゃんに亜弥の記憶はない。だが、宍道湖・遊覧船『はくちょう号』のキャプテンは地元高校生の情報に詳しいと言った。
貴之は『はくちょう号』のキャプテンに会った。キャプテンは高校野球の大ファンで島根県大会はすべて観ていた。クラスメイトのサルは野球部に所属していた。一五年前の夏の大会について尋ねた。キャプテンは誰がサルなのかはわからなかったが、ある事件を思い出した。「その一年前、松江大庭高校は不祥事があって、大会に出られなかったんだ。二年生が、他校の生徒と喧嘩したんだよ」。
貴之は松江市立図書館に行き、新聞の閲覧コーナーにやって来た。
一五年前の夏の大会、松江大庭高校は決勝戦で負けたが四番バッターが活躍していた。四打数三安打一ホームランと書いてある。選手の名前は渡辺将也だ。現在は松江大庭高校野球部の監督になっている。
松江市役所で再び田中耕介と会う。「渡辺は高校時代、ヒーローだったんだろう?」と尋ねたが、田中は「悪役だった」と言う。「彼は、高二の春に暴力事件を起こしたんです」。「告発したのは女子らしい」とも言った。
『BAR中村』で貴之は渡辺と会った。「文野亜弥さんが、クラスにいただろう」と尋ねた。「文野亜弥は、二五年前に亡くなっているんだよ」と渡辺は答えた。この会話を聞いていたマスターの野津翔太は「幽霊じゃないのか」と島根県石見地方に伝わる『姫が森の姫』の伝承の話をする。
『BAR中村』の帰り道。貴之は夜の街でチンピラに絡まれた。そこに渡辺が現れた。「うわぁ、やべー、サルだ!」と渡辺の顔を見て、チンピラは慌てて逃げていった。渡辺は自分がサルと呼ばれていたことを認めた。
「マックスくんへ
梅雨が明けて、松江はむし暑い日が続いています。
そちらはどうですか?
今日はクラスメイトのサルくんのことを書きます。
サルくんは野球部の大黒柱。
県大会の決勝戦で大活躍。
試合は負けたけど、スタンドで応援できて楽しかった。
サルくんは少し気が荒いけど、根は優しい人です。
私は彼に悪いことをしたかもしれないんです。
でも、それはサルくんのため。
いつか、私のやったことを分かってくれる日がくるはず。
きっと、いつか……。
私は信じている。
サルくんは選手としてもいいけど、指導力があるので監督に
向いているんじゃないかな。
将来、母校を甲子園に連れていってくれるかもしれない。
そんな予感がします。
文野亜弥」
手紙を読み、「俺のことをこんな風に……」と振り返る渡辺。
だが渡辺は「……幽霊だよ。この手紙を書いたのは、文野亜弥の幽霊だ」「大庭高校には文野亜弥の霊が棲んでいるという、怪談話があるんだ。呪われる前に、東京に帰るんだな」と貴之に言った。
これ以上、文野亜弥のことは調べるな、と田中に続いて渡辺もまた貴之に警告した。
手紙に書かれていたメガネとサルは判明したが、ふたりとも文野亜弥の存在を否定した。松江荘の仲居・智子が教えてくれた地元の怪奇譚収集家、倉井礼一に会うと、松江大庭高校には「若くて死んだ亜弥の霊と友達になると、あの世に連れていかれる」という怪談があるという。
貴之はサルが「デブはケーキ屋だ」と言ってたことを思い出した。手紙には、クラスメイトのデブが作ったベリーのタルトは美味しいと書いてある。この情報を頼りに観光ガイドを見て京店商店街に行った。
京店商店街ではダイエット・スタジオのチラシを配っていた。「高校までは太っていて、友人からデブと言われてたけど、このスタジオに通って痩せることができました」。そう語りチラシに載っているのは、『パティスリー・ピュア』の店長の大森準だった。
『パティスリー・ピュア』に行き、大森と会った。ダイエット効果で現在の大森はデブには見えない。同じ店で働く福井優香は、大森の婚約者であることがわかったが「文野亜弥さんという女性を知りませんか?」と尋ねても多くを語ろうとしない。
貴之は決定的な証拠を求めて手紙に書かれた「カラコロ工房」に行った。幸運にも一五年前の写真が入手できた。高校生の頃の亜弥と大森の後ろ姿が写っていた。亜弥の腕には青・黄・赤・白・黒の五色の糸で編まれたミサンガが巻かれている。
貴之は再び大森と会った。『パティスリー・ピュア』には、店の雰囲気と合わない子犬の絵柄のランプが飾られていた。貴之は「あれは亜弥さんと作ったものだろう」と詰め寄ると、大森は自分がデブであることを認めざるを得なかった。大森は手紙を読んだ。
「こんにちは。
日ごとに、寒くなりますね。
今日は、松江で初めて雪が降りました。
最近、私は元気がありませんでした。
そんな私を心配して、デブくんがカラコロ工房に連れていって
くれたんです。
二人でステンドグラス作り体験をして、
子犬の絵柄のランプを作りました。
久しぶりに楽しい時間でした。
デブくんはケーキ作りの天才で、彼の作ったベリーのタルトは、
最高に美味なんです。
デブくんは優しくて、とてもいい人です。
ただ弱いのが玉に瑕なんです。
彼には強くなってもらいたいけど、無理なのかな。
ごめんなさい。少ししんみりしてしまいました。
先日、『影将軍』という映画を見ました。
私が将軍の身替りの貴之だったら、どうしただろう。
ふとそんなことを考えてしまいました。
文野亜弥」
手紙を読んだ大森は唇を噛んだ。ある日、亜弥は元気がなかった。元気になってもらいたくて「カラコロ工房」に誘った、と告白した。大森は「ビッチと彼女の間には、確執があった」とも言った。貴之は、クラスメイトのビッチは、女子アナの村上美咲なのかと尋ねるが、大森は「いいえ、主婦です」と答えた。
貴之は文野亜弥について詳しく聞こうとするが、「彼女はいません。いつの間にか消えてしまったんです」と大森もまた存在を否定する。
「高三の春にクラスメイトで出雲大社や日御碕灯台(ひのみさきとうだい)に行ったんです。あの帰り、僕たちはUFOに捕まったんです」
「出雲産の希少な鉱物、瑪瑙(めのう)は宇宙人との通信装置だと言われているんです。彼女は月に帰ったのかもしれません」
大森はUFOや宇宙人の話をしはじめた。
貴之は、あっけにとられた。
デブこと大森準の婚約者、福井優香から貴之に電話があり会うことにした。貴之は『パティスリー・ピュア』について気になることがあった。「店にはどうしてベリー系のケーキをおいてないんだ?」と尋ねた。大森は赤くてドロドロしたものを見たら、気分が悪くなる。医療ドラマを見ていた時、手術のシーンで倒れたことがある、と優香は言った。大森は血液恐怖症らしい。
つづいて貴之は「大森のクラスメイトで女優を目指していた人を知らないか」と尋ねた。「卒業したら女優になる」と言っていたビッチの情報が欲しかった。優香はビッチを知らないが、女優といえば宍道湖名物のしじみのCMに出ている子役。佐々木ありさの母親が大森のクラスメイトである、と手がかりを残した。
貴之は山陰中央新報社で佐々木ありさとその母親・佐々木理子に関する記事を発見した。佐々木ありさは松江市内の児童劇団『うさぎ』に所属している。母親の理子も以前はタレント活動をしていた、とそこには書かれていた。
貴之は佐々木理子と会った。メガネから見せてもらった、松江大庭高校のクラス名簿に佐々木の旧姓、羽田理子という名前がある。「あんたが、女優を目指したビッチなんだろう?」と尋ねたが理子は口を閉ざした。さらに貴之は「京店商店街でカメラマンから声をかけられて、『ティーンズ・クィーン』に写真が載っただろう」と聞くと、理子は「私は……載らなかった。私は一番じゃなかった。同じクラスに隠れ一番がいたのよ」と言った。
貴之は、手紙を理子に渡す。
「こんにちは。
今日は報告があります。
すごいことが起きました。
ビッチが京店商店街でプロのカメラマンから声をかけられたんです。
それも女子高生に大人気の雑誌『ティーンズ・クィーン』の
カメラマンだったんです。
東京だとよくあるのかもしれませんが、
松江では珍しいことなんです。
『ティーンズ・クィーン』にビッチの写真が載るかもしれません。
彼女は凄く可愛いくて、凄くおしゃべりです。
「卒業したら女優になる」とビッチは言ってました。
将来、アカデミー賞をもらったりして……。
そんなの無理だよと笑われるかもしれませんが、
でも、私たちには無限の可能性があるんです。
この先、夢のような未来が待っているかもしれません。
そう考えると心が躍ります。
今日は私の方がマックスですね。
実は、私も写真を撮ってもらいました。
プロのカメラマンに撮ってもらって感激でした。
学校一の美人でおしゃべりで女子最強のビッチですが、
子供の頃、カラスに頭をつつかれた苦い経験があって、
鳥が大の苦手のようです。
ぬいぐるみの鳥でも触れないようです。
誰でも苦手なものがあるんですね。
そんなことを思った一日でした。
文野亜弥」
刺々しさがなくなり、優しい顔になっていた。理子は「そうよ。私がビッチ」と言った。あの日、文野亜弥と佐々木理子は京店商店街に買い物に行った。カメラマンが「君も一枚、撮ってあげるよ」と言って亜弥を撮影した。そして結局は、亜弥の写真だけが雑誌に載ったのだという。「悪いのは西野さんよ。『親友』のくせに、彼女に冷たくして……」と続けた。
貴之が投宿先の松江荘に戻ってくると、部屋が荒らされていた。何者かが忍び込んで、荷物を調べたようだ。
『BAR中村』に行ってみると、野津翔太が若いカップルと言い争っていた。貴之の顔を見ると、「よりによって、あんたか。出てってくれ。松江から出ていってくれ!」と野津は突っかかる。カウンターに置かれたコースターに走り書きがしてあった。貴之は『15-3-501』。意味不明の数字が書かれたコースターを持って店を出た。
松江を訪れて六日目になる。ビッチこと、佐々木理子との会話から、「村上美咲が渡辺くんに噛みついたことがある」とのエピソードを聞いた。理子は美咲のことを「凶暴な女」とも言っていた。
貴之は渡辺と会って確かめた。渡辺は、高校時代に美咲のことが好きで告白したことがあった。だが、美咲は交際を断った。その時に渡辺は、美咲の腕に巻くミサンガをふざけて引っ張ったところ切れてしまった。「美咲は泣きそうな顔をして、ガリって腕に噛みついてきた」と渡辺は告白した。どうやらガリには、噛む意味があるらしい。渡辺は思い出のミサンガを持っていた。
それは青・黄・赤・白・黒の五色の糸で編まれていた。
貴之の携帯電話が鳴った。大森の婚約者の優香からだった。話があると言われて松江市内の『だんごや萌音』で会った。優香は昨夜聞いた大森の電話の内容が気になっていた。相手はクラスメイトの誰かだろう。「卒業式の後で死んだ」「僕たちが殺した」……。犯罪の匂いがする不穏な言葉が聞かれたのだという。貴之は過去の事件を調べたが、一五年前、殺人事件があったという記録はない。
貴之は山陰中央テレビに移動した。天気予報に出演した直後の村上美咲に会うためだった。渡辺から預かった五色のミサンガを見せた。美咲の顔色が変わった。「そうよ、私がガリよ」と認めた。写真を見せた。「あんたとお揃いの五色のミサンガだ」。写真に写る文野亜弥はいったい何者なのか?
「彼女がガリのことをどう思っていたか、知りたくないか」
貴之は手紙を美咲に渡した。
「こんにちは。
元気にしていますか。
私は少し元気がありません。
受験が近づいてきて、クラスが鬱々している感じです。
数カ月前まで、毎日が楽しかったのに、
まるで別の学校にきてしまったようです。
先日、事件がありました。
私の成績が上がったら、カンニングを疑われたんです。
私、悲しかった。
そしたら、ガリが助けてくれたんです。
涙をこらえている私の手を優しく握ってくれました。
私が困っているといつもガリが現れます。
そして、私を窮地から救ってくれます。
ガリは男前で、私のヒーローなんです。
ガリがいてくれて、本当に良かった。
マックスくんは女子には優しくしてくださいね。
強そうに見えても、女子は弱いんです。
文野亜弥」
美咲は「彼女が好きだった。人として好きだったの」と言った。同じ五色のミサンガをつけているだけで、嬉しかったのだという。私は乱暴だから怒ったら噛みつくけど、彼女は違う。耐える、涙をこらえて笑おうとする、自分のことより他人のことを考えていたと亜弥のことを述懐した。
「彼女は、すぐに誰かを助けようとする。だから、高三の大切な時に文野洋子さんのために、亜弥さんを演じた……」と美咲は言った。貴之は思わず「文野亜弥の母親、文野洋子さんのために演じただって?」と叫んだ。さらに「一五年前、何があったんだ?」と問い詰めるが美咲は答えない。
「そっとしておいて、あなたにだって、忘れたい過去はあるでしょう」
松江を訪れて七日目。七人のクラスメイトのうち、五人は判明したが誰も彼女のことを話さない。六人目。チビについて書かれた手紙を読んだ。
「こんにちは。
暑い日が続いていますが、元気にしていますか。
昨日、クラスメイトと夏祭りに行ってきました。
チビがお父さんの会社のことで悩んでいたので、
元気にしてあげようと計画したんです。
お父さんが建設会社の社長をしていたチビは、みんなが羨むような
贅沢な暮らしをしていました。
でも、これからは厳しい状況になるようです。
みんな、とても心配しています。
チビは明るい性格でクラスの人気者ですが、わがままな面と
気弱なところがあります。
今の彼は大きな困難に直面していますが、
頑張って乗り越えてもらいたい。
お坊ちゃん育ちのチビだけど、芯は強いものがあるはずです。
私はそう信じています。
社交的で明るい性格の彼なら、きっと乗り越えられる。
それに、彼には私たちがついています。
困った時や落ち込んだ時、友達を頼ってほしい。
友達って、心の薬なんだと思います。
マックスくんも友達を大切にしてください。
文野亜弥」
昼間の時間に『BAR中村』の前を通るとオーナーの中村英次がいた。中村はマスターの野津翔太の話をした。松江では有名な建設会社のお坊ちゃんで、昔は贅沢三昧の暮らしをしていた。ところが、高校三年生の時に父親の会社が倒産して極貧生活におちいる。その境遇は手紙に書かれたクラスメイトのうちのチビに似ているが、野津の身長は高くてチビではない。
貴之は『まるこし』に行った。店内には店長のおばちゃんと見覚えのある若い男がいた。夜道で貴之を襲った男だった。チンピラ風の男はおばちゃんが幼い頃から面倒を見ているそうで、名はヒロシといった。事情を知ったおばちゃんは「迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい」と貴之に謝った。「誰の指示で、俺を襲ったんだ?」とヒロシに問いただすと「野津先輩だよ」と白状した。さらに野津はいつも背が高く見える秘密の靴を履いている、と明かした。おそらく、野津がチビなのだろう。
貴之は美咲の話を聞くために会いに行くと、野津が「力づくでも黙らせる」とメールに書いていたことを知らせてくれた。その時、帽子をかぶった不審な男が視界に入った。どうやら貴之を尾行していたらしい。貴之と美咲はサルを助けに呼んだ。
市街地を貴之が歩いていると帽子の男が現れた。男はポケットからナイフを取り出した。「お前が忠告を聞かないから、悪いんだぞ!」と叫ぶ。間一髪のところでサルが飛び出してきた。帽子が取れた男を見ると、やはりその人物は野津だった。
野津は一五年前を振り返った。「あの頃、俺は自棄になっていたんだ。進学が駄目になり、先が見えなくなって……」。チビは松江大庭高校の倉庫で亜弥に襲いかかった過去について告白した。野津はさらに言う。「お前たちだって、隠してるだろう。文野亜弥は、自殺したんだよ」。
卒業式の後、七人のクラスメイトは教室に呼び出された。文野亜弥は「今日で、私はみんなとお別れです。私はこの世からいなくなります。……さようなら」と言い、ナイフで手首を切ったという。鮮血が吹き出し床に血だまりができた。七人のクラスメイトは愕然とした。亜弥は血だまりの上にバタッと倒れた。それを聞いたサルもガリも「事実なんだ」と野津の告白を認めた。
貴之は一五年前の山陰中央新報をもう一度調べなおした。
文野邸の火事のことは詳しく書いてある。だが、女子高生の自殺記事は見つからなかった。
貴之は『パティスリー・ピュア』に駆けつけた。大森と優香は店を閉める準備をしていた。貴之は土産物屋で買った苺ジャムを床にこぼした。真っ赤なイチゴジャムが床に広がる。それを見た大森の顔が青ざめる。貴之は苺ジャムを床にこぼし続ける。赤くてドロドロしたものを見ると気分が悪くなる大森は、床に座り込んだ。
「卒業式の後、文野亜弥を演じたクラスメイトが教室で手首を切ったというのは本当なのか?」。貴之は尋ねた。大森は苦しそうに胸を抑えて「血じゃない……。血じゃ……ない。……コチニール」と言うが、それ以上、答えることができない。
松江を訪れて八日目。チビは、亜弥は自殺したと言っていたが貴之は疑問に思っていた。彼女が亡くなった証拠がどこにもない。
貴之は文野邸の跡地にやって来た。雑草が生い茂っている。空地の隅に、枯れた花束がある。誰かが献花したようだ。近所の住人の話によると、島根県立美術館の部長、石原由香里が来ていたらしい。由香里が親友なのだろうか。だが、メガネから入手したクラス名簿に石原由香里の名はない。
貴之は『だんごや萌音』で優香と会った。昨日、苦悶しながら大森が言っていた「コチニール」は着色料に使う食紅の材料であること、またそれは特撮の血のりにも使われることを優香は教えてくれた。貴之は佐々木理子が「西野」のことを話していたことを思い出し、優香にクラスメイトに西野なる人物のフルネームを調べてほしいと頼んだ。
松江大庭高校の廊下にパンフレットがある。卒業生のインタビューが載っていた。「二〇〇〇年度卒業、島根県立美術館部長・石原由香里」と書いてある。やはり由香里はクラスメイトのひとりであるようだ。
貴之は美咲に会った。「『親友』について教えてくれ、名字は西野だろう」と尋ねた。美咲は「分かってるなら、話すことはないわね」と言って答えてくれない。「私は嫌いだったわ。というか、今も好きじゃないわね」。文野亜弥が自殺した原因は全員にある。でも、一番罪が重いのは親友だと思う、と言った。美咲は「彼女がしっかりしていたら、こうはならなかった」と付け加えた。
優香から貴之にメールが送られてきた。大森の名簿に西野由香里の名があった。
島根県立美術館に向かった。女子館員の話から西野由香里は両親が離婚して石原由香里に姓が変わったことを知る。美術館では由香里が企画した『松江出身の無名画家の絵画展』が行われていた。笑顔の中年女性の絵が展示されていた。貴之はコピーした新聞記事の文野洋子の写真と見比べて似ていると思った。案の定、その絵には「タイトル・母 作者・文野亜弥」の表記があった。その場に由香里がやってきた。「今日は早く帰れるんです。ちょっと付き合ってもらえますか」と言った。「俺も話があります」と貴之は答えた。
その日の夜、ふたりは由香里のマンション・リビングにいる。
「文野亜弥を演じた俺の文通相手の『親友』は、あなたですよね。石原由香里さん」と貴之は尋ねた。「言っている意味がよく分からないわ」と由香里は素直に認めない。
貴之は松江大庭高校で入手したパンフレットを見せ、この場所、由香里のマンションの住所はチビが書いたコースターの文字『15-3-501』と一致していることを告げた。さらに、貴之は八通目の手紙を由香里に渡した。
「こんにちは。
今年も残り少なくなりましたね。
風邪はひいていませんか?
クリスマスはどうしていましたか?
私は、最高のクリスマスプレゼントをもらいました。
最近、クラスメイトとうまくいってなかったんです。
それが、親友のおかげで仲直りできました。
最高のプレゼントとは、友人です。
先週、親友と玉作湯神社で叶い石をもらってきたんです。
そこで、親友がクリスマスパーティーを考えてくれました。
クラスメイトと前のように盛り上がろうという計画です。
これが大成功。
親友は天才です。
彼女は企画力があって、人を惹きつける魅力があります。
私は最高の親友を持っています。
彼女とはいつまでも仲良くしていたい。
永遠に親友でいたい。
とても幸せなクリスマスでした。
文野亜弥」
手紙を読んだ由香里はやっと「親友は、私よ」と認めた。貴之は由香里がクラスメイトたちを動かしているように思えた。「一五年前の事件を探られたくないあなたは、高校のクラスメイトに連絡した。そして、みんなに協力してもらって、幽霊や伝承や妖怪やUFOの仕業にして、俺を煙に巻いて返すつもりだった。彼女の親友がこんな人だったとは……」と言った。
「分かった。すべてを話すわ。でも、今日は駄目よ。明日、みんなを集めて話すわ。明日の午後五時、宍道湖畔で待っていて。クラスメイトを集めておくわ」と由香里は覚悟を決めたようだ。貴之は由香里の部屋を出た。
ようやくクラスメイトたちがどんな人物なのかわかった。
学校一の秀才のメガネ。松江市役所生活相談課・田中耕介
運動神経抜群のサル。松江大庭高校野球部監督・渡辺将也
優しいデブ。『パティスリー・ピュア』店長・大森準
正義感が強い男前のガリ。山陰中央テレビアナウンサー・村上美咲
おしゃべりなビッチ。女優志望だった主婦・佐々木理子
お坊ちゃん育ちのチビ。『BAR中村』マスター・野津翔太
かけがえのない親友。島根県立美術館部長・石原由香里
優秀賞という評価をいただき、とても嬉しく思います。
初めはゲームをプレイするだけのつもりだったのですが、オリジナルエンドルートという言葉に心を掴まれて、ぜひ応募しようと思いました。
シナリオを書くのは初めての挑戦で、小説とは異なる点もあり頭を悩ませましたが、なんとか自分の思い描く形に持って行けました。
苦労しながらも楽しく書けたので、自分自身とても満足しています。
これも応援してくれた人たちの支えがあってこその結果です。
この度は、本当にありがとうございました。
貴之が朝日に目を細める。
貴之(今日で9日目か。
謎は解けつつあるけれど、核心に迫れているかと聞かれると微妙だ。
午後5時の待ち合わせまでにもう少し調べてみよう)
貴之はバッグから手紙を取り出す。
仮面の便箋。
貴 之 「9通目の手紙の消印は1月15日」
貴之は9通目の手紙を読む。
『こんにちはマックスくん。
私たちの文通も始まってから半年が経過しましたね。
最初はちょっぴり不安でしたが、
今ではいつ手紙が来るのかと郵便ポストを開ける回数が増えました。
もらった手紙は大事に保存して、
辛いことがあった時などに読み返しています。
マックスくんの手紙は私に力を与えてくれます。
私の手紙もそうだったら嬉しいな。
突然変なことを言ってごめんなさい。
それと私たちの文通もそろそろ終わりかもしれません。
仮面を外さなかったことを許してください。
今の私はマックスくんと対等にお話しできる立場ではないのです。
文野亜弥』
貴之(なんだか一気に重くなったな。俺はどんな返事をしたんだっけ)
『こんにちは。
もう半年も経つのか。時の流れってのは一瞬だな。
自分の書いた手紙が誰かに力を与えているなんて不思議だ。
でもそう言ってもらえると素直に嬉しい。
受験シーズンだから勉強に集中したいってこと?もちろん俺は応援する。
でも不安なことがあるならいつでも相談してほしい。
仮面をつけたままでも構わない。
マックスという部分だって仮面の一部なのかもしれない。
俺たちは平等で対等だ。
重く考える必要はない。
マックス』
貴 之 「見返してみると会話が少しかみ合ってないな」
貴之(仮面っていうのは文野亜弥さんを演じていることを指していたのか)
智子の声「お客さん、よろしいでしょうか?」
貴 之 「どうぞ」
智子が小包を手に入ってくる。
智 子 「お客さん宛てに小包が届いています」
貴 之 「ありがとう」
主人公が小包を開ける。
智 子 「布団を片づけますね」
貴之が荷物を開ける。
15年前の雑誌『ティーンズ・クイーン』が入っている。
貴之(この雑誌に文通相手が載っているはずだ)
貴 之 「えーっと『街で見かけた可愛い娘』のコーナーだったな」
貴之、10月号を見る。
貴 之 「それらしき人は見当たらないな」
貴之、12月号を見る。
貴 之 「こっちも同じだ。
変だな、11月号が入ってないぞ」
貴 之 「手紙だ」
貴之、手紙を読む。
『この年の11月号(山陰の美少女特集)は在庫がありませんでした』
貴之(参ったな、文通相手が載っているのは11月号みたいだぞ)
智 子 「お目当ての雑誌じゃなかったんですか?」
貴 之 「ああ、どうしても必要なのに困ったよ。
そうだ智子ちゃん。この辺りに古本屋ってないかい?」
智 子 「古本屋ですかあ、松江駅の近くに何件かありますね」
貴之は智子から場所を教わる。
貴 之 「ありがとう、行ってみるよ」
智 子 「どういたしまして」
智子が出ていく。
貴之がやってくる。
貴之がやってくる。
貴之、陳列された本棚を眺める。
貴 之 「これは期待できそうだな」
貴 之 「すみません、雑誌コーナーはどこですか?」
店 員 「雑誌コーナーならこちらです」
貴之、案内された先で野津を発見する。
貴 之 「チビじゃないか。何してるんだ?」
野 津 「ふらっと寄ってみただけだ」
貴 之 「ふーん、そうか」
貴之は訝しみながらも雑誌を探す。
野 津 「この前は悪かったな」
貴 之 「突然なんだよ」
野 津 「嘘にしか聞こえないと思うが、
本気でお前のことを襲おうと思ったわけじゃないんだ」
貴 之 「ずいぶん都合がいいな。こっちは死にかけたんだぞ」
野 津 「俺はお前がどのくらい本気かどうかを試したんだ」
貴 之 「試す? 本気?
どういうことかきちんと説明してくれ」
野 津 「どこまでも熱い男だってのがわかったよ」
貴 之 「説明になってないぞ!」
野津は古本屋を後にする。
貴之(何が言いたかったんだ。
まあいいか、この店には置いてないみたいだし他を探そう)
貴之は古本屋を後にする。
貴之(智子ちゃんに教えてもらった店は一通り回ったが、収穫はなかった)
貴之の腹の音が鳴る。
貴之(とりあえず昼食を取ろう)
貴之が入ってくる。
三 平 「いらっしゃい」
貴 之 「繁盛してるな」
三 平 「お昼時ですからね。カウンター席でもよろしいですか?」
貴 之 「ああ、もちろん」
貴之、カウンターに案内される。
貴 之 「『すもうあしこし』の最後の一つをもらおうかな」
三 平 「へい、あまさぎの照り焼き定食ですね」
三平は厨房へと戻る。
貴之(『すもうあしこし』を制覇するほど滞在期間が長くなるなんてな)
三平があまさぎの照り焼き定食を持ってくる。
貴 之 「いただきます――」
田 中 「アマサギは一般的にはワカサギと呼ばれていて、
南蛮漬けや天ぷらや白焼きなど、様々な調理方法があります。
その中でも私は照り焼きが絶品だと思いますね」
貴 之 「メ、メガネ! お前いつから隣にいたんだ」
田 中 「あなたよりも先にいました。
どうせ私は存在感がないですよ」
貴 之 「存在感が薄いなんて言ってないだろ。
ただ考え事をしていて気付かなかっただけだ」
田 中 「わ、わ、私の髪は別に薄くない!」
貴 之 「誰も髪の話なんてしてない。
メガネもここによく来るのか?」
取り乱していたメガネは一つ咳払いをする。
田 中 「職場からも近いですし、よく来ます」
貴之(俺も近所にこんな店があったら通っているだろうな)
田 中 「それはそうと、真実には辿りつけそうですか?」
貴 之 「後少しってところだな」
田 中 「後少し……そうですか。
最初は破天荒な人だと思いましたが、
その情熱は嘘ではないようです。
それでは宍道湖岬で会いましょう」
メガネが席を立つ。
貴 之 「チビといいメガネといい、よくわからなかったな」
貴之、あまさぎの照り焼き定食を完食。
厨房から源吉が現れる。
源 吉 「お味はどうでしたか?」
貴 之 「とても美味しかったです」
源 吉 「これで宍道湖七珍を全て平らげたわけだ」
貴之はスタンプラリーの台紙を出す。
源吉は台紙の『あ』にスタンプを押す。
貴 之 「それで景品はなんですか?」
源 吉 「ハッハッハ、現金な人だ」
貴之、源吉から一冊の本を渡される。
貴 之 「これは?」
源 吉 「島根がもっと好きになる、『島根県完全攻略観光ガイド』だ」
貴 之 「観光ガイドなら持ってますよ」
源 吉 「甘いな。これは電車やバスの路線図はもちろん、
観光ガイドには載っていない隠れた名店も網羅している」
貴 之 「それはすごいですね。
ん? 著者名が源吉ってなってますけど。
これはまさか……」
源 吉 「そのまさかだ。
長年の経験と地元愛が詰まったこの一冊、
きっと役に立つだろう」
貴 之 「ありがとうございます」
貴之、店を出る。
貴 之 「さっそく見てみよう」
貴之、『島根県完全攻略観光ガイド』をめくる。
貴 之 「観光スポットからデートスポット、
裏道まで細かく載っているな。
おや、この古本屋はまだ行ってないな」
貴之(『小雲堂』か。よしここに賭けるぞ)
貴之が入ってくる。
貴 之 「すみません、古い雑誌を探してるんですけど」
貴之が話しかけると店員が振り返る。
小 雲 「雑誌ならここじゃよ」
貴 之 「ありがとうございます。
って、じじい!」
小 雲 「おう、奇遇じゃな」
貴 之 「こんな場所で何してやがる。
ここは松江荘の風呂じゃないぞ」
小 雲 「いきなりやってきて失礼な奴じゃな。
ここはわしの店じゃ、店主が店にいて何がおかしい」
貴 之 「そうだったのか、悪かったな。
趣のあるいい店じゃないか」
小 雲 「ふんっ、簡単に手の平を返しおって。
それでお目当ての雑誌はなんじゃ」
貴 之 「15年前の『ティーンズ・クイーン』の11月号なんだけど、
そんなに昔の雑誌はさすがに置いてないよな」
貴之(ちょっと待て、あの後ろの棚に飾ってある雑誌は……)
貴之は棚に飾ってある15年前の
ティーンズ・クイーン11月号を発見する。
小 雲 「その様子だと見つけたようじゃな。
どうじゃ、わしのコレクションに驚いたか」
貴 之 「ああ、すげえよ。ぜひあの雑誌を売ってくれ」
小 雲 「それはならん。
あの号の山陰の美少女特集は好評で、
今ではプレミアがついとる」
貴 之 「それじゃあ見るだけでいいから」
小 雲 「プレミアがついとると言ったじゃろ。
触れるのもだめじゃ」
貴之(どうしたら譲ってくれるんだろうか)
貴之は腕を組んで考える。
貴之(そういえば欲しいものがあると言っていたな)
貴之は大林アサヒのレコード『古い名前で店にいます』を出す。
貴 之 「大林アサヒの『古い名前で店にいます』だ。
このレコードとその雑誌を交換しないか?」
小 雲 「どうしてそのレコードを?」
貴 之 「欲しがっていたから買っただけだ」
小 雲 「赤の他人のわしにそこまでしてくれるとはな。
よし、その心意気に免じて交換してやろう」
貴之は小雲から15年前の『ティーンズ・クイーン』11月号を受け取る。
貴之は小雲に大林アサヒの『古い名前で店にいます』を渡す。
小 雲 「まさかこの懐かしいレコードを
また聴くことができるとは感激じゃ」
貴 之 「喜んでもらえたなら嬉しいよ。
それじゃあ、またな」
貴之が帰ってくる。
貴之が戻ってくる。
貴之は『ティーンズ・クイーン』11月号を見る。
貴之(『街で見かけた可愛い娘』今月号は山陰特集。
よし、このページだな)
京店商店街をバックに
松江大庭高校の制服を着た少女の写真が載っている。
貴 之 「京店商店街で撮られた写真はこの一枚だけだ。
写っているのはビッチじゃない。
彼女の言っていたことは本当だったんだ」
貴之は写真を見つめる。
貴 之 「この人が俺の文通相手か」
貴之(よし証拠は手に入れた。
後はクラスメイトから直接話を聞きだそう)
貴之がやってくる。
貴之(もう全員そろっているな)
クラスメイトの7人(由香里、野津、渡辺、美咲、大森、理子、田中)がいる。
貴 之 「真実にグッと近づいたぜ」
貴之は15年前の『ティーンズ・クイーン』11月号を取り出す。
理 子 「その雑誌は……」
貴 之 「見覚えがあるだろう。
ビッチと文野亜弥さんが写真を撮られたという雑誌だ。
探すのに苦労したぜ」
貴之は15年前の『ティーンズ・クイーン』11月号を見せる。
貴 之 「ここに載っている松江大庭高校の制服を着た『吉岡栞』
この人が俺の文通相手であり、
文野亜弥さんを演じていた人物だ」
貴之は7人の反応をうかがう。
理 子 「確かにその人があなたの文通相手よ」
貴 之 「ここまできたら隠す必要はないだろう。
知っていることを全部話してくれ」
美 咲 「まさか本当に真実に辿り着くなんてね」
渡 辺 「だから言っただろう。こいつは信用していいって」
大 森 「よく言うよ。
あいつにはまかせられないって
ずっと反対してたのはサルでしょ」
渡 辺 「いやいや、俺は見込みのある男だと思っていたぞ」
貴之(話がよくわからない方向に進んでいるな)
田 中 「今そのことはいいじゃないですか。
話をすすめましょう」
由香里 「なぜ栞が亜弥さんを演じることになったのか、
そのことから話しましょうか」
貴 之 「ああ、頼むよ」
由香里 「話は15年前にさかのぼるわ」
私たちと栞は旅行をしたの」
貴 之 「親友と旅行なんていいじゃないか」
美 咲 「旅行といっても大々的なものじゃないけどね」
理 子 「砂暦で有名な仁摩サンドミュージアム。
海が一望できるキララ多岐。
オープンしたばかりの松江フォーゲルパーク。
島根県内の旅行だったけど、とても充実した時間だったわ」
大 森 「キララ多岐の海鮮たこ焼き、また食べたいな」
野 津 「デブだけ三人前食べてたな」
大 森 「美味しかったんだから仕方ないよ」
渡 辺 「そして一畑電鉄で帰ってくる途中、
栞がイングリッシュガーデンを見たいと言って、
一駅前で降りたんだ」
由香里 「みんなでイングリッシュガーデンを見た後、
帰りの電車までの時間が空いたの」
野 津 「宍道湖を眺めながら歩こうなんて誰かさんが言わなきゃな」
渡 辺 「名案だって全員が賛同しただろう」
貴 之 「喧嘩は後にしてくれ。それで続きは?」
美 咲 「みんなで歩いて帰っている途中で雨が降ってきた」
由香里 「そこで私たちは文野洋子さんと出会ったの」
栞、親友、チビ、サル、ガリ、デブ、ビッチ、メガネが歩いてくる。
栞 「歩くのも悪くないね」
親 友 「夕日も見えれば最高だったんだけど
急に雲行きがあやしくなってきたわね」
チ ビ 「雨が降る前に急いで戻るぞ」
デ ブ 「ええっ、疲れちゃったよ」
サ ル 「ダイエットだと思え」
突然大粒の雨が降ってくる。
ビッチ 「ちょっと最悪なんだけど。髪の毛が濡れちゃう」
サ ル 「後は家に帰るだけだから濡れても平気だろう」
ビッチ 「そういう問題じゃない。これだから男は嫌なの」
チ ビ 「おいおい、サルと一緒にしてほしくないな」
ガ リ 「どっちでもいいけどさ、このままじゃ風邪ひいちゃうよ」
メガネ 「あそこの民家の軒下を借りて雨宿りさせてもらいましょう」
親 友 「そうね。サルもそれでいい?」
サ ル 「わかったよ」
8人は民家の軒下に駆けていく。
8人は軒下で雨宿りをしている。
親 友 「止む気配が一向に無いわね。
誰か傘を持ってる人はいる?」
栞 「天気予報では雨が降るなんて言ってなかったから……」
メガネ 「体も冷えてきましたね。
早く止んでくれればいいんですけど」
隣の洋館から、心配した文野洋子が顔を出す。
洋 子 「私の家で雨宿りしていきなさい」
栞 「いいのかしら?」
親 友 「ここは甘えさせてもらいましょう」
8人は洋館に駆ける。
木造二階建ての三角屋根の洋館。
8人が雨宿りをしている。
親 友 「タオルまで貸していただいて、
本当にありがとうございます」
洋 子 「いいのよ。雨が止むまでゆっくりしていってね」
由香里 「これが私たちと文野洋子さんの出会いよ」
貴之(突然の雨がきっかけか。
だがこれだけじゃ話の全貌が見えてこないな)
貴 之 「それから先はどうなったんだ?」
渡 辺 「俺たちはリビングに通してもらったんだ」
洋子と8人が入ってくる。
白い壁、洒落た暖炉、ゆったりした高級ソファーがある。
暖炉の上にドレス姿の文野亜弥の写真と表彰状、
額に入った新聞記事が置かれている。
壁に洋子の肖像画が飾られている。
ビッチ 「すごい、日本じゃないみたい」
サ ル 「俺たちみたいなのが来てよかったのかな」
チ ビ 「かなり迷惑だろうな」
洋 子 「何を言っているの。若いお客さんが来てくれて嬉しいわ
こんなに若い子と話すのなんて何年ぶりかしら」
親 友 「お子さんはおられないんですか?」
洋 子 「10年前に病気で亡くなったわ」
親 友 「す、すみません……」
洋 子 「気にしないで。
それよりもコーンスープをどうぞ。
インスタントで悪いけど、飲めば体が温まるわよ」
8人は洋子からコーンスープを受け取る。
メガネ 「何から何まですみません」
デ ブ 「ふう、美味しい」
文野邸の主、文野直樹が入ってくる。
文野教授「おや、お客さんかな?」
洋 子 「雨に降られて困っているみたいだったから」
文野教授「そうだったのか」
親 友 「突然お邪魔して申し訳ありません」
文野教授「いえいえ、ゆっくりして行ってください」
洋 子 「私は換えのタオルを取ってきますから、
あなたはお客さんのお相手をお願いね」
文野教授「おいおい、いきなりそんなことを言われても」
洋 子 「大学で学生と話すのは慣れているでしょう」
洋子は奥に行ってしまう。
メガネ 「職場が大学なんですか?」
文野教授「ええ、まあ」
サ ル 「もしかして教授ってやつだったりして」
文野教授「一応そうなりますね」
サ ル 「すっげえ!」
ガ リ 「大学教授、素敵な響きですね。
大学では何を教えられているんですか?」
文野教授「フランス文学です」
栞 「立派なお仕事ですね」
文野教授「おや……」
文野教授は栞のことを見つめる。
栞 「私の顔に何かついてますか?」
文野教授「これは失礼。
そうではなくて、似ているなと思ってね」
栞 「似ている?」
文野教授「いや、何でもありません」
栞は首を傾げる。
文野教授「ところでみなさんは高校生ですか?」
ガ リ 「松江大庭高校の3年です」
文野教授「松江大庭高校!
私の亡くなった娘も松江大庭高校だったんですよ」
親 友 「自慢の娘さんだったんですね」
親友は文野亜弥のことが書いてある新聞記事を見る。
親 友 「高校生IQテストで1位。
高校生で一番だなんて想像がつきません」
文野教授「親である私が言うのもなんですが、努力家でしたから。
きっとその頑張りが結果に繋がったのでしょう」
洋子が換えのタオルを持って戻ってくる。
親 友 「ありがとうございます、助かります」
洋 子 「コーンスープのお代わりはいかが?」
デ ブ 「あ、いただきます」
ビッチ 「ちょっと、デブ!」
洋 子 「いいのよ。遠慮しないで」
ビッチの腹の音が鳴る。
デ ブ 「素直になりなよ」
ビッチ 「うるさいわね」
サ ル 「お代わりお願いします」
ビッチ、メガネ、チビ、ガリ、親友がコーンスープのお代わりを頼む。
洋 子 「わかったわ」
栞 「すみません、私もお願いします」
洋 子 「はいはい――」
洋子は栞の顔を凝視する。
洋 子 「……亜弥ちゃん。戻ってきてくれたのね」
栞 「亜弥ちゃん?」
洋 子 「ああ、よかった。お母さん心配したのよ。
外は寒かったでしょうに」
栞 「私の名前は栞ですけど」
洋 子 「変なこと言わないで亜弥ちゃん。
今コーンスープのお代わり持ってくるからね」
洋子は笑顔でリビングを出て行く。
親 友 「栞のことを亜弥さんと勘違いしているのかしら?」
栞 「そうみたいね」
俯いていた文野教授が重々しく口を開く。
文野教授「妻には記憶障害があるんです」
栞 「記憶障害?」
文野教授「娘を亡くしたことをまだ信じられないようなんです。
毎日娘の帰りを待っていて、
街で似ている人を見かけたら、今みたいになることがあって……」
ガ リ 「洋子さん可哀そう」
メガネ 「言葉にできないほど辛かったんでしょうね。
その影響がこうした形で表れることもあるみたいです」
親 友 「そんなに栞は亜弥さんと似ているんですか?」
文野教授「瓜二つです。一瞬、
私も娘が蘇ったように思ってしまいました」
親 友 「そうだったんですか」
文野教授「それでですね、栞さん」
文野教授が突然栞に頭を下げる。
文野教授「お願いします。
時々でいいので洋子の前で娘を演じて上げてください」
栞 「えっ!」
文野教授「無茶を言っていることは百も承知です。
それでも妻を喜ばせたいんです」
親 友 「それが本当におばさんのためになるんでしょうか?
私にはそうは思えません」
文野教授「そこを何とかお願いします。
もう耐えられないんです」
栞 「わかりました。
私が亜弥さんの代わりになります」
親 友 「本気で言っているの?」
栞 「洋子さんには助けてもらったから、
恩返しができればそれでいいの」
文野教授「ありがとうございます。本当に助かります」
洋子がコーンスープを持って戻ってくる。
洋 子 「みなさん、お待たせしてごめんなさいね」
メガネ 「こちらこそお手数おかけします」
洋 子 「亜弥ちゃん。お客さんにコーンスープを配るのを手伝って」
親 友 「栞……」
栞 「洋子さんのためにも、ここは黙っていてほしいの」
親 友 「そこまで言うのならわかったわ」
洋 子 「どうしたの亜弥ちゃん?」
栞 「なんでもないわ」
由香里 「これが文野亜弥さんを演じることになった経緯よ」
貴 之 「そうだったのか」
貴之(みんなは栞さんが亜弥さんを演じることをどう思ったのだろうか)
貴之は順々に尋ねる。
理 子 「当事者以外に口を挟めるような状況じゃなかったのよ」
田 中 「彼女の意思を尊重しました」
野 津 「同じだ。反対する理由はない」
渡 辺 「その優しさに感心したな」
美 咲 「一日だけかと思って、そこまで深く考えなかったわ」
大 森 「自分には真似できないって思ったよ」
貴之(反応は様々だが、共通しているのは最終的に全員が賛成したということだ)
貴 之 「そこまでは理解した。
それでなぜ栞さんは文通を始めたんだ?」
由香里 「栞が文通を始めたのにも洋子さんが関わっているの」
ガ リ 「それって便箋だよね。
誰かに手紙でも出すの?」
栞 「出すか出さないかで迷っているの」
ビッチ 「何それ、変なの」
栞 「文通って初めてだから、よくわからなくて」
ガ リ 「栞が文通ねえ。それで相手は?」
栞 「東京に住んでいる高校生の男の子だよ」
ビッチ 「栞も大胆になったわね」
親 友 「ちょっと待って。
もしかして洋子さんからすすめられたの?」
栞 「そうだけど……」
親 友 「それは栞としてじゃなくて、
亜弥さんとして文通をするってこと?」
栞 「よくないことだっていうのは理解してる。
でも私は洋子さんを裏切れない。
それに亜弥さんでいるときは不思議と勇気が湧いてくるの」
親 友 「勇気?」
栞 「内気な私でも、
知らない誰かと文通をしてみたいと思えるの。
それも全部亜弥さんと洋子さんのおかげなのかなって。
だから私はこのチャンスを活かしたい」
由香里 「真っ直ぐな眼差しで見つめられたら、
もう諭すことなんて無理だった」
理 子 「文通相手のあなたを騙すことが、
栞にとって唯一の気がかりだったみたい」
貴 之 「別に気にしていない」
美 咲 「今の言葉を栞が聞いたらきっと喜ぶわ」
由香里 「栞はあなたとの文通をとても楽しみにしていたわ。
でもそれと同時に亜弥さんの影が強くなっていった」
美 咲 「洋子さんを喜ばせるためだとしても
頑張りすぎていたと思う」
田 中 「成績トップだった完璧な亜弥さんを演じようと、
勉強にも打ちこんでいました」
由香里 「栞は休み時間中に亜弥さんのノートを
書き写していたわ。
勉強方法も全部亜弥さんを真似て変えていた」
貴 之 「それで栞さんのテストの点が上がったってわけか」
田 中 「当時の僕は急速な学力の成長に疑問を感じて、
カンニングだと決めつけてしまいました。
今振り返ると本当に愚かです」
美 咲 「私も頭に血が上ってメガネを殴っちゃったし、
あの時はどうかしてた」
貴之(メガネがカンニングだと疑った理由はわかった。他はどうだろう)
貴 之 「それ以外に栞さんに変化はあったのか?」
理 子 「化粧の仕方を教えてって頼まれたわ」
貴 之 「年齢を考えると別におかしくないだろう」
理 子 「過去に私は、栞に化粧をすすめたことがあった。
でも興味がないって拒否されたわ。
そんな彼女が突然化粧をする気になったの」
貴 之 「もしかして、亜弥さんが化粧をしていたからか?」
理 子 「その通りよ」
貴之(中々難しい話だな)
由香里 「文野教授の家にも献身的に足を運んでいたわ」
美 咲 「栞が段々と亜弥さんに見えてきて怖かったの」
貴之(栞さんが亜弥さんに見えてきたか……)
貴 之 「そうか!
その姿が亜弥さんの幽霊だと噂になったんだ」
渡 辺 「確かに当時は似すぎていたから、
見間違えるのも無理はない」
野 津 「服装まで似せていたからな。
どうやら亜弥さんのクローゼットにあったのを
借りていたようだ」
大 森 「洋子さんの期待に応えようと必死だったんだと思う。
亜弥さんを演じ始めて数カ月経った頃には、
段々と疲れが見え始めていたよ」
貴 之 「だから栞さんを元気づけるために
カラコロ工房に誘ったんだな」
野 津 「二人でカラコロ工房に?
内向的なデブが誘うなんて信じられないな」
貴 之 「栞さんは手紙にそのことを書いていた。
それに証拠だってある」
貴之はカラコロ工房からもらった15年前の写真を見せる。
理 子 「そういえば雪の日に二人を見た覚えがあるわ。
でも一緒にいると思ったら、突然デブが走り出して逃げたの」
貴之はデブに聞く。
貴 之 「その時のことを詳しく教えてくれないか」
デブは悩むが、覚悟を決めたように口を開く。
大 森 「カラコロ工房に誘ったのには、
元気づけるための他にもう一つ大きな理由があったんだ」
貴之(手紙にはそんなこと書いてなかったな)
大 森 「高校生の時、僕は栞さんのことが好きだった。
それでカラコロ工房に誘った帰り道に
告白をしようとしたんだ」
由香里 「初めて聞いたわ。
どうやら栞はそのことを黙っていたようね」
大 森 「それはそうさ。
だって僕は告白ができなかったんだから」
雪の降る中、デブと栞がステンドグラスのランプを片手に
傘を差しながら歩いている。
栞 「デブくん。今日はありがとうね」
デ ブ 「僕の方こそ楽しかったよ。ありがとう」
栞 「最近色々あって大変だったから、
すごく良い気分転換になった。
ランプ大切にするね」
デ ブ 「僕も宝物にするよ」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
栞 「それじゃあ、私はこっちだから」
デ ブ 「あっ、ちょっと待って」
栞 「なに?」
歩き出していた栞は足を止める。
デ ブ 「あの、その……」
栞はじっと待つが、デブは緊張のあまり言葉が出ない。
栞 「デブくん、聞いて。
私好きな人がいるの」
デ ブ 「えっ……」
栞 「文通相手のマックスくんって言うんだけどね。
顔も知らないのに好きになっちゃったんだ。
変かな?」
デ ブ 「べ、別に変なんかじゃないよ」
栞 「無意識にマックスくんのことを考える時間が増えてきたの。
でもどんなに頑張っても私の恋が実ることは絶対にない」
デ ブ 「決めつけるのはよくないと思う」
栞 「そうだね、そうかもしれないね。
でもマックスくんが好きになってくれるとしたら、
それは亜弥さんであって私ではないの。
だから吉岡栞の恋は成就しない」
デ ブ 「……」
栞 「私には永遠の片思いがお似合いみたい。
ごめんね、愚痴をこぼしちゃって」
デ ブ 「いいんだ。それじゃあ、また」
デブはその場から逃げるように走り去る。
大 森 「当時の僕はすごく臆病だったんだ」
由香里 「形にはならなかったけれど、
デブの気持ちはきっと届いているわ」
大 森 「栞さんは言いだせない僕を気遣って
自分から否定してくれた。
今になってわかることは、辛かったのは僕よりも栞さんの方だ」
理 子 「私が見たのは振られた後のデブだったのね」
大 森 「なんだか恥ずかしいな」
田 中 「今の君は立派に成長しています。
過去を恥じることはありませんよ」
貴之(『デブくんは優しいけど弱いのが玉に瑕』か。
なるほどな、手紙に書いてあった内容とも合致する)
大 森 「君は今の話を聞いてどう思ったんだ?」
貴 之 「デブも栞さんも優しかったんだな」
大 森 「そうじゃなくて、僕は君自身のことを聞いているんだ」
貴 之 「俺自身のことだと?」
大 森 「栞さんは君のことを好きだと言った。
それについてだよ」
貴 之 「それは……」
大 森 「君も栞さんに恋愛感情を抱いているんじゃないのか?」
貴之は考える。
貴之(栞さんのことが好きか。
デブの言う通りだ。
顔も知らない文通相手のことを心配して島根に足を運んだのは、
好きだと言う気持ちがあったからだ)
貴 之 「俺は栞さんのことが好きだ」
大 森 「その言葉を信じるよ」
貴 之 「ああ、嘘じゃない」
貴之の言葉を聞いた7人は、安心しきったような優しい表情になる。
渡 辺 「俺はこいつを信じることにする」
理 子 「そうね。あなたなら大丈夫よ」
美 咲 「栞の支えにきっとなってくれる」
大 森 「ここまで熱い人ならお似合いです」
野 津 「古本屋で話した時から、俺は応援しようと思っていた」
田 中 「私も神在庵での会話で確信しました」
貴 之 「何だか保護者みたいだな」
由香里 「保護者……ある意味そうかもしれないわね。
栞は私たちに残された最後の希望なの。
彼女が幸せになれるなら私たちは満足できる。
ごめんなさいね、試すためとはいえ強くあたったりして」
貴 之 「それは別に気にしてないけど」
貴之(最後の希望って、少し大袈裟じゃないか)
貴之は考える。
貴之(なにはともあれ認めてもらったらしい。
後は栞さんを見つけるだけだ)
貴 之 「栞さんは今も亜弥さんを演じているのか?」
由香里 「それはないわ。
洋子さんが亡くなったからね」
貴 之 「文野邸の火事か。
聞かせてくれ、あの日何が起こったのかを」
由香里 「私たちは文野教授に招かれて
クリスマスパーティーに参加したの。
栞も楽しそうに亜弥さんを演じていた」
美 咲 「洋子さんも嬉しそうだった」
野 津 「食べきれないほどの料理を用意してくれて、
俺たちもクリスマスパーティーを楽しんでいたよ」
理 子 「クリスマスパーティーは3時間ほど続いたわ」
大 森 「文野教授も洋子さんも
シャンパンやワインを飲んで酔っていて、
眠ってしまった後はそっとしておこうと、
食器だけ片づけて帰ったよ」
田 中 「電飾で彩られた大きなツリーも片づけておけば、
きっと洋子さんは今もお元気でした」
貴之(ツリーは食器と違って、勝手に片づけられないからな)
由香里 「帰宅してしばらくしたら、外が騒がしくなったの。
あの時のことは今でも鮮明に覚えている」
美 咲 「由香里は文野教授と家が近所だから、
火事に気が付けたのね。
こっちは消防車のサイレンなんて聞こえなかったわ」
由香里 「窓の外を見ると火柱が上がっていたわ。
よくない予感がした私は、すぐ外に出たの」
親 友 「どうなってるの」
燃え盛る文野邸を前に唖然とする親友。
野次馬から外れた場所で項垂れている文野教授を発見して近寄る。
親 友 「文野教授、何があったんですか!」
文野教授「わからない。
目が覚めたら火事になっていて、無我夢中で飛び出したんだ」
親 友 「もしかしたらツリーの電飾が原因かもしれません」
親友は何かに気付いたように周りをキョロキョロと見まわす。
親 友 「洋子さんはどこですか?」
文野教授「洋子なら私と一緒に脱出したよ。
そこにいるだろう」
文野教授が指差す先を見るが、そこには野次馬の姿しかない。
親 友 「いません……どこにも洋子さんがいませんよ!」
文野教授「そんなバカな。洋子!
洋子どこにいったんだ!」
親 友 「とにかく辺りを捜しましょう」
由香里 「私と文野教授は洋子さんを捜し続けた。
でも見つけられなくて、
最終的には焼け跡の中から発見されたわ。
おそらく洋子さんは
栞――亜弥さんを捜しに戻ったんでしょうね。
貴 之 「他のみんながそれを知ったのはいつだ?」
田 中 「26日の朝に、
由香里さんから学校で聞いて知りました」
理 子 「前日に同じ空間で笑っていた人がもういないだなんて、
耳を疑ったわね」
大 森 「僕たち全員がショックを受けたよ。
その日の授業はどこか上の空だった」
貴之は考える。
貴之(となると8通目の手紙が投函されたのは25日の夜だったんだ。
それならあの明るさも納得がつく)
由香里 「文野教授は自分を責めていた。
栞だけは火事の後も文野邸に足を運んでいたけど、
私たちには気の毒で無理だったわ」
貴 之 「もしかして文野教授は栞さんのことを責めたんじゃないか?」
由香里 「栞が亜弥さんを演じなければこんな悲劇は起こらなかった。
そう思っているのでしょう?」
美 咲 「文野教授はそんな人じゃないわ」
由香里 「むしろ文野教授は
様子を見に来てくれる栞に感謝していたみたい」
貴 之 「それから栞さんはどうなったんだ?」
由香里 「四十九日は亜弥さんを演じていた。
その後すぐにやめるつもりだったらしいけど、
長く演じ続けたせいか、
亜弥さんの部分が中々抜けなかったようね」
貴 之 「それで偽装自殺を行ったのか」
由香里 「そう、あれは卒業式の後のことだった」
卒業式の後、7人は栞から教室に呼び出された。
教室には一人佇んでいる栞の姿。
サ ル 「突然呼びだしたりしてどうしたんだ?」
栞 「ごめんね、卒業式終わってすぐだから迷惑だよね」
ビッチ 「感傷に浸るような性格でもないし、別に平気よ」
ガ リ 「とかいって目が腫れてるけど?」
ビッチ 「うるさいわね!
ゴミが入っただけよ」
教室に8人の笑い声が響く。
親 友 「それで用事は何なの?」
栞 「今日で文野亜弥から吉岡栞に戻ることにしたの」
親 友 「栞はよく頑張ったんだから、誰も止めないわ」
栞 「ありがとう。
私は吉岡栞。文野亜弥じゃない」
親 友 「そうよ、あなたは吉岡栞」
7人に見守られる中、栞が急に泣き出してしまう。
メガネ 「ど、どうしたんですか!
まさか亜弥さんの霊が降りてきたんですか?」
サ ル 「落ち着けメガネ。そんなはずがないだろ」
栞 「ごめんねメガネくん。平気だから」
涙を拭った栞はポケットから取り出したナイフで手首を切る。
赤々しい血が指先を伝って床に血だまりを作る。
7人が言葉を失って立ち尽くす中、栞はその場にパタリと倒れた。
ガ リ 「えっ……」
野 津 「嘘だろ……なんだよこれ……」
デ ブ 「あ……あああぁぁ!」
頭を抱えながらデブはその場に膝をつく。
栞の血液が膝に付着すると、デブはそれにグッと顔を近づける。
デ ブ 「ちょっと待って、これはコチニールだ」
サ ル 「コチニールってなんだ?」
デ ブ 「赤い色を出すための着色料だよ。
つまりこれは血じゃない」
栞 「デブくんの言う通りよ」
栞はむくりと起き上がると、偽物のナイフをポケットにしまう。
栞 「これで私は正真正銘の吉岡栞に戻りました。
ここにいるみんなが証人です」
親 友 「ここまでする必要があったのかしら」
栞 「逆よ。ここまでしないと私の中から亜弥さんは消せない。
消したくないという気持ちが強く出てしまうから」
親 友 「心の中ではまだ亜弥さんを演じたいの?」
栞 「……もう大丈夫。その気持ちも無くなったわ」
貴之(偽装自殺の裏がこうなっていたとはな)
貴 之 「栞さんは演じることをやめるのに未練を持っていたのか」
渡 辺 「一年近く演じていたから、
本人としても思うことがあったんだろう」
貴 之 「なぜ偽装自殺の真相を隠そうとしたんだ」
由香里 「私たちはあなたを心から信用したわけじゃなかった。
でも今は信用できるから全てを明かしているの」
理 子 「信頼できない人だったら、
私たちはあなたの前から姿を消している」
貴之(とにかく認めてくれたならそれでいいか)
貴 之 「よし、それなら栞さんの居場所を教えてくれ」
由香里 「ごめんなさい、それはわからないの」
貴 之 「誰も知らないのか?」
野 津 「俺たちは誰も栞と連絡を取れる状況になかったんだ。」
貴 之 「最後に連絡を取ったのはいつ頃になる?」
野 津 「10年以上前だ」
貴 之 「10年以上前だって?」
貴之は考える。
貴之(7人とも仲の良かった栞さんと連絡をとらなくなった。
何かが引っかかるな)
由香里 「私たちの役目はここで終わり。
後はあなたに全てを託すわ」
貴 之 「一緒に栞さんを捜さないのか?」
由香里 「そうしたいのは山々だけど時間がないの」
貴之(確かに社会人の7人が休暇を取るのは難しいか)
由香里 「私たちはそろそろ戻るわ。
それじゃあ後は頼んだわよ」
貴 之 「わかった」
7人は松江駅方面に向かって歩き出す。
貴之(よし、明日も頑張るか)
貴之が松江荘に向かって歩き出すと、突然由香里から呼び止められる。
由香里 「騙していてごめんなさい」
貴 之 「そのことならもういいよ」
由香里 「そうじゃないの!」
貴 之 「おいおい、いきなりどうしたんだ」
由香里 「……14年前の10月13日の新聞を調べてみて」
突風が宍道湖の湖面を揺らし、貴之は思わず目をつむる。
突風がおさまった頃には、7人の姿は消えていた。
貴之が帰ってくる。
貴之が戻ってくる。
貴 之 「栞さんに会うことは叶わなかったが、
今日でかなり真実に近づいたな」
貴之(それにしても最後の由香里の言葉が気になる)
貴之は時計を確認する。
貴 之 「もう図書館は閉館している。
明日調べてみることにしよう」
貴之は宍道湖のしじみ漁を眺めている。
貴之(今日で10日目か。
栞さんはいったいどこにいるんだろう)
貴之はバッグから手紙を取り出す。
貴 之 「10通目の手紙だ。
消印は2月27日、卒業式の直前だな」
貴之は最後の手紙を読む。
『こんにちは。
マックスくん、お元気ですか。
私は特に変わりありません。
前回の手紙はとても心に響きました。
俺たちは平等で対等だ。
重く考える必要はない。
とてもマックスくんらしい言葉だと思います。
マックスくんはきっと、みんなを照らしてくれる太陽のような存在なのですね。
どこまでも素直なその姿を羨ましいと思いながら、
ずるい自分を見て嫌悪してしまいます。
突然で申し訳ありませんが、文通はこれで最後にさせてください。
身勝手なことをいってすみません。
これ以上文通を続けてしまうと、マックスくんに迷惑を掛けてしまいます。
卒業と同時に私のことは忘れてくれてかまいません。
我がままな私に付き合ってくれてありがとうございました。
さようなら。
文野亜弥』
貴 之 「唐突に文通の終わりを告げられたんだ。
俺の返事はたしかこうだったな」
『こんにちは。
俺は元気だ。考えてみれば元気じゃない日なんてないかもしれない。
風邪や病気の類にはほとんどかかったことが無いからな。
医者いらずで助かるって両親が笑っていた記憶があるよ。
自分が太陽なんて思った事はなくて、木漏れ日になれたらそれで満足だ。
でもいつか太陽になれるように俺は今日もマックスで頑張っている。
物事には始まりがあって終わりもある。
それは当然だけど、そんな突然訪れるとは思ってもいなくて正直動揺している。
初めての文通は俺にとって貴重な体験だった。
至らない点もたくさんあっただろうけど、こちらこそありがとう。
それと……相手が亜弥さんでよかった。
最後に一つ。
何か悩んでいるなら相談してほしい。
口では言えなくても手紙でなら言えることってあると思うんだ。
だから辛いときはいつでも頼って欲しい。
それじゃあ今までありがとう。
さようなら
マックス』
貴 之 「俺はそれからも返事を待ったが、
何も無いまま月日は流れて行った」
智 子 「お客さん、よろしいでしょうか?」
貴 之 「ああ、起きているよ」
智 子 「失礼します」
智子がやってくる。
智 子 「おはようございます。布団を片づけにやってきました」
貴 之 「おはよう。今日も元気だね」
智 子 「元気だけが取り柄みたいなものですから」
貴 之 「そうだ智子ちゃん。
松江市立図書館の開館時間を教えてほしいんだけど」
智 子 「それでしたら午前9時になります」
貴之(9時なら今から出てピッタリなタイミングだな)
貴 之 「ありがとう」
智 子 「いえいえ」
布団を片付け終えた智子は部屋を出て行く。
貴 之 「よし、今日も一日頑張ろう」
貴之がやってくる。
貴之(どうやら一番乗りみたいだ。
早いに越したことはない)
貴之が新聞の閲覧コーナーにやってくる。
貴之(由香里が言っていた日付は14年前の10月13日だったな)
新聞記事を発見する。
貴之(山陰中央新報の一面は、乗用車が歩行者の列に突っ込み7人が死亡。
場所は……島根県だって?)
貴之は詳細欄に目を通す。
貴之(午後4時ごろ県道29号線を走行中の乗用車が歩行者の列に突っ込み、
松江市に住む18歳から19歳の男女7人が
搬送先の病院で死亡が確認されました)
貴 之 「う、嘘だろ……」
貴之(田中耕介、渡辺将也、大森準、野津翔太、佐々木理子、村上美咲、西野由香里。
これが亡くなった7人の氏名だ)
貴 之 「待て、待て、待て……どうなってる!」
貴之は新聞を持って受付に走る。
男性職員「図書館ではお静かにお願いします」
貴 之 「す、すみません。
この記事のことを覚えていますか?」
男性職員に新聞記事を見せる。
男性職員「地元の事故でしたから、もちろん覚えています。
当時は連日ニュースで流れていましたよ」
貴 之 「これは本当にあった事故なんですか?」
男性職員「そうですけど」
貴之は困惑しながら受付を離れる。
貴之(おかしい……こんなことがあり得るのか?
でも嘘をついているようには思えない。
第一嘘をつくメリットがない。
だとしたら同姓同名……いや、そんな偶然はないはずだ)
貴 之 「そうだ、松江市役所に行ってみよう」
貴之(メガネに会って話を聞けば何かわかるかもしれない)
貴之がやってくる。
貴之(一応新聞記事のコピーは取ってきた。
どうか俺の思い過ごしであってくれ)
貴之がやってきて、生活相談課で働く職員を確認する。
貴之(メガネがいない……
きっと用事があって席を外しているんだ)
貴之は近くにいた職員に声を掛ける。
貴 之 「すみません。
メガネ――田中耕介を呼んでもらいたいんですが」
女性職員「田中……ですか。
失礼ですが課を間違えていらっしゃいませんか?」
貴 之 「ここは生活相談課ですよね。
だったら間違ってないはずです」
女性職員「田中という職員は生活相談課にいません」
貴 之 「今日は休みなんですか?」
女性職員「いえ、ですから元々田中という名前の
職員はいないんです」
貴 之 「そんなはずがないでしょう。
メガネを掛けていて猫好きの田中ですよ!」
女性職員「すみません。私も仕事がありますので」
女性職員は怪訝そうな顔をしながら仕事に戻る。
貴之(な、な、何がどうなっているんだ)
貴之は考える。
貴之(待てよ……職員のプロフィールがあったはずだ)
貴之は慌てて生活相談課から出る。
やってきた貴之は掲示板の前で足を止める。
貴之(生活相談課のプロフィールにメガネの名前が――)
貴 之 「ない……」
貴之(ない。どこにもない。
この前見た時は確かにここに書いてあったはずなのに)
貴之は職員を呼び止める。
貴 之 「このプロフィールは数日前に新しくしたんですよね?」
男性職員「いえ、そんなことはありません」
貴 之 「あ、ありがとうございます……」
貴之(メガネはいったいどこに行ったんだ)
貴之は考える。
貴之(他の人がどうなっているか確かめるべきだ)
貴之がやってくる。
貴之(ガリはきっといるはずだ)
緊張な面持ちの貴之がやってくる。
貴 之 「アナウンサーの村上美咲さんをお願いします」
受付嬢 「村上美咲ですか……?」
貴 之 「よく松江城の前で天気予報を伝えている
村上美咲アナウンサーです」
受付嬢 「天気予報の担当は紺野アナウンサーですが……」
貴 之 「あの、一回ちゃんと調べてもらっていいですか?」
受付嬢 「かしこまりました」
受付嬢は不思議がりながら内線を繋ぐ。
貴之(ガリは昨日の今日で仕事をやめるような性格じゃない。
きっと受付嬢が新人なんだ)
受付嬢 「お客様」
貴 之 「は、はい!」
受付嬢 「村上美咲というアナウンサーは在籍していません」
貴 之 「そんなのおかしいですよ!
村上美咲は昨日までちゃんと存在したんですから!」
受付嬢 「お客様どうか落ち着いてください」
貴之(そうだ、確かポスターにガリの姿が写っていたな)
貴 之 「だってここに――」
貴之はポスターを指差す。
貴 之 「こ、これは誰だ?」
受付嬢 「紺野アナウンサーですが」
貴之(確かにポスターはこの前と完璧に一緒だ。
でも写っているのはガリじゃない)
貴 之 「どうやら勘違いしていたみたいです」
貴之(次に行こう……)
貴之は足取り重く山陰中央テレビを出る。
貴之(メガネとガリは何か理由があって仕事をやめたんだ。
きっとそうだ)
貴之(あれからビッチ、サル、チビ、デブを尋ねてみた)
貴 之 「ママ友はビッチのことを覚えていなかった。
野球部には別の顧問がいて、
中村BARには違う店が入っていた。
パティスリーピュアは存在したが、
優香さんはデブと出会っていない」
貴之の口から乾いた笑いが漏れる。
貴 之 「そしてたった今、
全職員が由香里のことを知らないと言った」
貴之(14年前の事故は全員が覚えていた。
どうやらあの新聞記事は本物らしい)
貴之は考える。
貴之(気持ちを整理するため部屋に戻ろう)
貴之は島根県立美術館を後にする。
貴之が帰ってくる。
戻ってきた貴之は畳に大の字で寝転がる。
貴之(狐につままれたとはまさにこの事だ。
俺は長い夢をみているのか?)
智子の声「お客さん、少しよろしいでしょうか?」
貴 之 「どうぞ」
部屋に入ってきた智子は貴之を見て目を丸くする。
智 子 「かなりお疲れのようですね」
貴 之 「色々な意味で疲れたよ。
それでどうしたんだい?」
智 子 「お客様宛に手紙が届いておりまして」
貴 之 「手紙だって!」
貴之は勢いよく起き上がる。
智 子 「つい先ほど届いたんですが、
そんなに驚くことですか?」
貴 之 「いや、ちょっとね。大きな声を出してすまない……」
智子は貴之に手紙を渡すと、部屋を出て行った。
貴 之 「消印は昨日で、差出人は石原由香里」
貴之は震える指先で手紙を開く。
『この手紙を見ている時、
きっとあなたはもう一つの真実に辿り着いているでしょう。
私たち7人は交通事故で亡くなりました。
それは紛れもない事実で、同時に私たちとあなたが過ごした時間も本物です。
私たちがなぜあなたの元に現れたのか、まずはそれから説明させてください。
栞は毎年私たちの命日にお墓参りに来てくれて、7人でそれを見守る
というのが恒例になっていました。
元気そうな姿を見られれば安心して天国に戻れるのですが、
栞は暗い顔ばかりしていました。
私たちはそのことで悩みました。
現実で栞が何か辛い目に遭っているのかもしれない。
そう思っても霊体の私たちには天国とお墓を行き来することしかできず、
栞がどこでどのような生活を送っているのかを知ることさえ叶わないのです。
そして今年になって事態が急変しました。』
栞が墓を掃除している。
美 咲 『私の好きだったリンドウの花。
今年も持って来てくれたんだ』
理 子 『私にはパンジー。
嬉しいわね、ちゃんと覚えていてくれているって』
由香里 『これで元気そうな姿が見られれば安心なんだけど、
相変わらず何か思いつめているような顔ね』
田 中 『仕事が大変なのでしょうか?』
美 咲 『辛いことがあるなら相談してほしいんだけど、
どんなに頑張っても私たちの声は栞に届かないから』
掃除を終えた栞は墓の前で手を合わせる。
理 子 『栞、毎年ありがとうね』
突如栞は涙を流す。
栞 「ごめんね……」
渡 辺 『いきなりどうしたんだよ』
栞 「私のせいでみんなを巻き込んじゃって」
大 森 『事故のことを言っているなら勘違いだよ』
野 津 『そうだ、栞に非は無い』
栞 「本当にごめんなさい……」
栞は涙を拭うとおぼつかない足取りで去って行く。
由香里 『何かあるわ』
由香里の視線の先には手紙が落ちている。
美 咲 『栞が落としたみたいね』
由香里 『えっ……どういうこと……』
渡 辺 『俺の位置からじゃよく見えないな。
何て書いてあるんだ?』
由香里 『私は人を殺してしまいました。
罪を償わなければなりません。
これでお別れです。さようなら。文野亜弥』
渡 辺 『罪を償うだって?』
田 中 『な、な、なんですかこの手紙は!』
理 子 『まさか死ぬ気なの』
大 森 『変なこと言わないでくれよ!』
由香里 『焦る気持ちはわかるけど少し落ち着いて』
野 津 『同感だな。今は冷静に分析することが大事だ』
美 咲 『この手紙は本当にそういう意味なのかしら……』
由香里 『事故のことを悔やんでいるのは、
さっきの言葉からも事実だと思う。
だからってすぐに行動に移すわけではない気がするの』
渡 辺 『どういうことだ?』
由香里 『栞は手紙を偶然落として行った。
つまり誰かに出そうとしていたの』
渡 辺 『その相手に手紙を出したら
すぐにでもって可能性が高いだろ』
由香里 『確かに危険な状態に変わりはないわ』
理 子 『懺悔の手紙にしか見えないけど、
いったいどこが引っかかるの?』
由香里は文面の最後を指差す。
由香里 『栞は亜弥さんの名前を使っているわ』
理 子 『それがどうしたの?』
由香里 『自殺までして封印した亜弥さんの名前を
いまさら使うなんて変よ』
野 津 『つまり文通相手に助けを求めているってことか』
由香里 『私はそう考える』
田 中 『言われてみれば確かにそうかもしれませんね』
美 咲 『由香里の推理は正しいと思う。
でもそうだとしても私たちには
栞を助けることができないんだよね』
辛い現実を前に全員が俯いてしまう。
渡 辺 『俺たちは無力だ』
大 森 『助けたいという気持ちはあっても助けられない。
これってすごく辛いことなんだね』
デブはぽろぽろと涙を流す。
美 咲 『ちょっと泣かないでよ。
こっちまで悲しくなっちゃうじゃない』
野 津 『どうにかならないのか』
由香里 『そればかりどうしようもないわ』
由香里は祈るように天に仰ぎ見る。
由香里 『神様お願いします。どうか私たちに力を貸してください』
理 子 『由香里……』
由香里 『……ごめん。焦ってた』
その時、7つの白い光が上空から降りてきて
墓の中に取り込まれていった。
野 津 『おい、どうしたんだ。体が光ってるぞ』
由香里 『え?』
理 子 『本当だわ――待って!
チビも光ってる』
田 中 『お二人だけではありません!
私たち全員です!』
大 森 『これ大丈夫なの?』
由香里 『わからない……けど、不思議と怖くは無いわ』
7人の体が光に包まれて視界が光転する。
意識を失ってから数時間後、由香里が目を覚ます。
由香里 「あの光はいったい……」
周囲には大人の姿になったクラスメイトが眠っている。
由香里 「これは、どうなっているの」
由香里が状況を整理していると、残りの6人も目覚める。
渡 辺 「あ、あんたたちは誰だ?」
由香里 「私は由香里よ」
渡 辺 「由香里は19歳の時に亡くなったはずだ。
どうみたって大人じゃないか」
由香里 「嘘じゃないわ。
それに大人なのはあなたも同じよ、サル」
野 津 「どうやら現代に生き返ったみたいだな」
由香里 「栞を救いたいという想いが、
神様に通じたのかもしれない」
理 子 「そんなことありえるのかしら?」
由香里 「ありえない話でもないわ。
今は10月――つまり神在月よ」
渡 辺 「神在月ってなんだ?」
野 津 「島根に住んでいてそんなことも知らないのか?」
渡 辺 「知ってるなら説明してくれよ」
野 津 「教えてやれ、メガネ」
渡 辺 「……」
田 中 「10月は神無月と呼ばれますが、
島根県だけでは神在月と呼びます。
それは他の都道府県を離れた神様が
全て島根県に集まることから由来されます」
渡 辺 「なるほどな、島根県にだけは神様が存在するから神在月か」
野 津 「そういうことだ」
渡 辺 「……」
大 森 「メガネは物知りだね」
田 中 「市役所勤めですからこれくらいは常識です。
あれ、何で僕が市役所の職員になってるんですか?」
由香里 「神様が空白の年月を仮初の記憶で埋めてくれたんだと思う。
私は美術館の職員になっているわ」
渡 辺 「俺は松江大庭高校の体育教師だ」
美 咲 「私が山陰中央テレビのアナウンサー?」
由香里 「決まっている以上は従って動きましょう。
これは神様が私たちにくれたチャンスよ」
理 子 「そうね。それに私たちに残された時間も長くないみたい。
少し気を抜くと霊体に戻ってしまうわ」
由香里 「今の内に出来る限りのことをしましょう」
『次の日から私たちは行動を開始しました。
栞を捜すのと同時に行ったことは、文通相手であるあなたを見つけ出すことです。
まずは洋子さんが栞に渡した、文通のきっかけとなった雑誌を探しました。
数日かけてインターネットで発見した雑誌には、
あなたの住所が掲載されていました。
住所が変わっている可能性もあったので、
無理をいってチビに直接届けてもらいました。
霊体となって勝手に部屋に入ってしまったことをお許しください。
あなたが島根県に来てくれるかは賭けでした。
月日が流れているので、当然新しい人生を歩んでいるはずです。
それこそ文通のことを忘れている可能性も否定できません。
なのであなたが島根県に来てくれた時は思わず声が出そうになりました。
それと同時に全てが上手くいく――なんて心の中でも思っていました。
ですが現実は甘くありません。
あなたが島根県を訪れて10日ほどが経過しましたが、
結果はみての通りです。
そしてこれからだという時に、タイムリミットが来てしまいました。
悔しいですがこれでお別れです。
文野教授の現在の住所を入手しました。
栞に繋がる重要な手がかりになるかもしれないので、調べてみてください。
最後に一つお願いがあります。
栞に逢えたら、同封している手紙を渡してほしいのです。
あなたには感謝してもしきれません。
途中で抜けてしまうことをどうかお許しください
石原由香里』
貴 之 「なんてこった……
まさか本当にこんなことが起きていたなんて」
貴之は確かめるようにもう一度手紙に目を通す。
貴 之 「謝りたいのはこっちの方だ。
俺はみんなに対してとんでもない勘違いをしていた」
貴之は読み終えた手紙をバッグの中にしまう。
貴之(神在月の奇跡か。俺はこの手紙を信じるぞ)
貴 之 「となればさっそく行動に移るべきだな。
手紙に書いてあった文野教授の住所を訪れてみよう」
貴之はバッグを持って部屋を出た。
貴之がやってくる。
貴之(まずは一畑電車で出雲市駅までの移動だ)
貴之はキップを買って電車に乗り込む。
貴之(終点の電鉄出雲市駅までの所要時間は1時間ほどだ。
到着した後の動きを確認しておくか)
貴之はバッグから『島根県完全攻略観光ガイド』を取り出す。
貴之(文野教授の住所は日御碕灯台の近くだったな。
となると出雲市駅からは一畑バスを使えばいいのか。
日御碕線を使えば一本でいけるみたいだな)
車内アナウンス「ご乗車、ありがとうございます――」
貴之(焦っても到着時刻が早まるわけでもないし、
今はのんびりと心を落ち着かせよう)
貴之は車窓から宍道湖を眺める。
貴之(太陽を反射してキラキラ光る宍道湖はすごく綺麗だ。
夕暮れ時の幻想的な宍道湖とはまた違う良さがある)
貴之はバス乗り場へと向かう。
貴之(出雲市駅では一畑電鉄とJR山陰本線が隣り合っているのか。
これは移動の際に便利だから覚えておこう)
貴 之 「時間ぴったり、ちょうどやってきたぞ」
貴之(松江のことはそれなりに知れたけど、
出雲はほとんどわからないな)
貴之は出雲の街並みを眺める。
貴之(あれは有名な出雲大社じゃないか。
テレビで見るよりも迫力があるな)
おばさん「島根県は初めて?」
貴 之 「そうですけど、どうしてわかったんですか?」
おばさん「物珍しそうに眺めちょったからねえ」
貴 之 「今回は出雲大社に行けそうにないので残念です」
おばさん「そげかね。今からどこに行くの?」
貴 之 「日御碕に行くんですけど、
もしよかったら何か教えてもらえませんか?」
おばさん「日御碕といえば日御碕灯台とウミネコの繁殖地だねえ」
貴 之 「灯台にウミネコかあ。
となると海が一望できたりもするんですか?」
おばさん「すごく綺麗な日本海が見えーよ。
海の幸も有名で、イカ焼きとサザエのつぼ焼きは絶品だけん。
ぜひ食べてみいだわ」
貴之(観光地として有名みたいだな)
貴 之 「人はたくさん暮らしていたりしますか?」
おばさん「山の奥の方だから、たくさんとは言えんわ。
小学校も数年前に廃校になってしまったからねえ」
貴 之 「色々と大変なんですね」
おばさん「その分、人と人との繋がりは深いけん。
何も心配しちょらんわ」
おばさんは降車ボタンを押す。
貴 之 「たくさんのことを教えていただいて、
ありがとうございました」
おばさんはにっこりとほほ笑んでバスを降りて行った。
貴之(親切な人がいてくれて助かったな)
貴之がバスから降りてくる。
貴之(風は気持ちいいし、日御碕灯台は圧巻だな。
でも俺が向かうのはそっちじゃない)
貴之は海方面とは逆の、山の中へと足を進める。
貴之(山の中を歩くことになるとは、
普段からもっと運動をしておくべきだったな)
歩き続けること20分。貴之は開けた空間の中に別荘を発見する。
貴 之 「住所はここみたいだな。
表札も間違っていないし、ついに辿り着いたぞ」
貴之は息を整えてから、インターフォンを鳴らす。
文野教授「はい」
貴 之 「文野教授のご自宅でしょうか?
吉岡栞さんについてお伺いしたいことがあって
お邪魔させていただいたのですが」
文野教授「栞くんのこと……わかりました」
現れた文野教授は貴之の顔を見ると、無言で会釈をした。
文野教授「立ち話もなんですから、上がってください」
貴 之 「失礼します」
貴之は文野教授に促されるまま椅子に腰かける。
貴 之 「初めまして、東京からやってきた――」
文野教授「もしかしてマックスくんですか?」
貴 之 「そうですけど……なぜそれを」
文野教授「東京から栞くんを尋ねてくるとなると、
もう一人しかいません。
マックスくんはどういういきさつで
私のことを知ったんですか?」
貴之(文野教授ならきっと理解してくれるはずだ)
貴之はこの10日間にあった出来事を包み隠さず文野教授に話した。
文野教授「なるほど、それは奇跡という言葉が良く似合う体験ですね」
貴 之 「信じてください、本当なんです!」
文野教授「誰も嘘だなんて思っていません。
私はマックスくんの話を信じます」
貴 之 「文野教授……」
文野教授「教授と呼ばれるのは久しぶりで照れくさいですね」
貴 之 「失礼ですが、現在は何を?」
文野教授「大学での職を辞めて、今は余生を謳歌しています。
ここは景色もいいので、一人暮らしでも退屈しませんよ」
貴 之 「海が一望できるのは羨ましいです」
貴之は窓辺にキャンバスが置いてあるのを発見する。
貴 之 「画を描かれるんですか?」
文野教授「まだまだ未熟ですけどね」
貴 之 「とても素敵だと思います」
貴之(文野教授がご健在だということがわかってよかった。
そろそろ栞さんについて尋ねてみよう)
貴 之 「文野教授は栞さんがどうしているかご存知ですか?」
文野教授「栞くんは現在、画家として生活をしています」
貴 之 「画家ですか……
栞さんに画の才能があったなんて知りませんでした」
文野教授「亜弥を演じている際、
洋子の画を描いたことがきっかけらしいです。
私の画の師匠でもあるんですよ」
貴 之 「師匠ということは、
直接指導してもらったりするんですか?」
文野教授「栞くんはとても忙しいので、1年に1回ですけどね」
貴 之 「教えてください。栞さんは今どこにいるんですか!」
文野教授「栞くんの生活拠点はアメリカにあります」
貴之(海外で暮らしている線は全く考えていなかった)
貴 之 「もしかして栞さんから画の指導を受けているのは
10月ですか?」
文野教授「その通りですが、よくわかりましたね」
貴之(やはり栞さんはお墓参りのために帰国しているんだ。
今が11月だから、俺は来るのが遅かった)
貴 之 「今年栞さんが来た時の様子はどうでしたか?」
文野教授「どこか上の空というか、元気がないように見えましたね」
貴之(そうなのか……このまま後1年も待つのか?
いくらなんでも無理がある)
文野教授「あの状態では、個展もどうなることか不安ですよ」
貴 之 「個展?」
文野教授「ええ、栞くんのデビュー10周年記念です。
少しは名の知れた彼女でもそれは海外に限った話で、
国内では無名に等しいですからね。
まずは地元の人に知ってもらおうと、
島根県での個展が決まりました」
貴 之 「それは栞さんの活動の励みにもなるでしょうね」
文野教授「そうなればと思って美術関係の知人を通じて
私が企画しました。
栞くんの画はたくさんの人の目に触れるべきです」
貴 之 「その個展というのはいつ開催されるんですか?」
文野教授「まだ打ち合わせ段階ですので、来年のいつかでしょう」
貴之(惜しかったけど空振りか。
ここまで来たのに何もすることができないなんてもどかしい)
貴之が項垂れる横で、文野教授は小刻みに体を震わせている。
文野教授「顔を上げてくださいマックスくん。
諦めるのはまだ早いですよ」
貴 之 「どういうことですか?」
文野教授「栞くんは今、島根県にいます」
貴 之 「栞さんの生活拠点はアメリカのはずじゃ……」
文野教授「ちょうど個展の打ち合わせで帰郷しているんです。
マックスくんのことを聞いたら、
きっと時間を割いてくれますよ」
貴 之 「ほ、本当ですか!」
文野教授「後で知人に問い合わせてみます。
今日は時間の都合上難しいと思いますが、
明日なら可能性はあります」
貴 之 「ぜひお願いします!」
貴之は文野教授に頭を下げる。
文野教授「マックスくんの連絡先を教えてください」
貴 之 「わかりました」
貴之は文野教授と連絡先を交換して、文野邸を後にした。
貴之が帰ってくる。
貴 之 「結構な遠出になったな。
もうすっかり夜が訪れている」
貴之が戻ってくる。
貴 之 「少し山道を登っただけなのにもう筋肉痛だ。
自分の肉体の貧弱さが恥ずかしくなってくる」
貴之が手でマッサージをしていると、着信音が鳴る。
貴 之 「もしもし」
文野教授「マックスくんですか、文野です」
貴 之 「お疲れ様です……あの、どうなりましたか?」
文野教授「明日の正午に栞くんが家に来てくれることになりました」
貴 之 「ありがとうございます!」
文野教授「たいしたことはしていませんよ。
それではまた明日」
貴 之 「失礼します」
貴之は文野教授との通話を終える。
貴之(ついに、ついに栞さんと直接会えるぞ。
色々思うことはあるが、今日は明日に備えて早く寝るとしよう)
貴之は太陽の日差しで目を覚ます。
貴之(蓄積されていた疲労と緊張からか、朝までぐっすり眠れた。
疲れはとれたし体調は万全だ)
智子の声「お客さん、よろしいですか?」
貴 之 「どうぞ」
腕まくりをした智子がやってくる。
智 子 「布団を片づけちゃいますね」
貴 之 「朝から元気だね」
智 子 「松江荘の元気印ですからね――えへへ、
かっこつけちゃいました。
ところでお客さん、今日はどうされるんですか?」
貴 之 「今日は大事な人と会う約束があるんだ。
それで日御碕まで行ってくるよ」
智 子 「それはそれは、晴れてよかったですね」
貴 之 「天も俺に味方してくれているよ」
智 子 「ちょっと大袈裟すぎません?」
貴 之 「はは、そうかもね」
智 子 「あ、お客さん知ってますか?
日御碕って夜になると野生の鹿が見れたりするんですよ」
貴 之 「それって危なそうだけど」
智 子 「車に乗っていたので、すぐに逃げて行っちゃいましたね。
小鹿もいれば大人の鹿もいて、
初めて見た時はビックリしました」
貴 之 「野生の鹿を間近で見るなんて貴重な経験をしたね」
智 子 「はい、今でも脳裏に焼き付いてます!」
智子が布団を片づけて部屋を出て行く。
貴之(智子ちゃんからおもしろい話が聞けたな。
約束の時間は正午だから、すぐに出発しよう)
貴之がバスを降りる。
貴之(色々と考え事をしていたら道中あっという間だったな。
時刻は11時……約束の時間よりは少し早く到着しそうだ)
貴之は木漏れ日の射す道を文野邸向かって進む。
貴之(マッサージが効いたのか、山道に慣れてきたのか、今日は快調だ。
空気もおいしいし、心がやすらぐ)
貴 之 「そういえば鹿は見当たらないな。
やはり夜じゃないと警戒して出てこないんだろうか」
30分を掛けて山道を登りきった貴之は、インターフォンを鳴らす。
文野教授「はい」
貴 之 「こんにちは文野教授。マックスです」
文野教授「早いですねマックスくん。ちょっと待っていてください」
玄関までやってきた文野教授は貴之をリビングに招く。
貴 之 「文野教授、栞さんは?」
文野教授「まだ到着していません。そう焦ることもないでしょう」
貴 之 「そ、そうですね」
貴之は文野教授から一杯の水を受け取る。
貴 之 「冷静さを失わないように心掛けてはいるんですけど、
いざとなると気持ちがはやってしまいます」
文野教授「それなら時間まで栞くんの画集を見たらどうですか?
心が穏やかな気持ちになりますよ」
貴 之 「ぜひお願いします。
栞さんがどんな画を描いているのか
気になっていたんですよ」
貴之は文野教授から画集を受け取る。
貴 之 「画家になっていただけでも驚きなのに、
画集まで出していたなんてすごいですね」
貴之は栞の画集に目を通す。
貴之(当然英語での説明になっている。
人物などはなくて水彩画の風景がほとんどだな。
どの画も自然豊かな場所で描かれていて、落ち着いた印象を受ける)
貴 之 「これはどれも外国で描いた画なんですよね?」
文野教授「その通りです」
貴 之 「残念な気もしますね。
島根県にもこれに勝る景色が多くあるのに。
もちろん栞さんにしかわからない
感覚があるんでしょうけど」
文野教授「ああ、そのことですか。
実は私も同じことを思っていました」
貴 之 「文野教授もですか……」
文野教授「以前会った時に栞くんに聞いてみたんです。
地元で個展を開くのだから、
島根県の風景を描いてみたらどうかと。
そしたら栞くんから描きたくても描けないと
言われてしまいました」
貴之(描きたくても描けない?)
文野邸のインターフォンが鳴る。
文野教授「どうやら到着したみたいですね」
文野教授は栞をリビングまで招き入れる。
貴之(栞さん……)
栞 「教授、お招きいただきありがとうございます」
栞は教授に向かって礼をした後、貴之の存在に気付く。
栞 「こちらのお方は?」
文野教授「栞くんにご用があるお客さんです」
貴 之 「もしかして何も説明していないんですか?」
文野教授「私の口から話すことではないと思ったんですよ」
貴 之 「そ、それならそうと
先に言ってくれればいいじゃないですか」
文野教授「それでは私はしばらく席を外しますので、失礼します」
文野教授は貴之の話を強制的に断ち切って、リビングを出て行く。
栞 「えっと、初めまして吉岡栞です」
貴 之 「ど、どうも……」
貴之(どうもじゃないだろ!
ここまできて何を怖気づいているんだマックス!)
栞 「あの、私に用事というのは?」
貴 之 「栞さん!」
栞 「は、はい」
貴 之 「15年前に文通をしていましたね?」
栞 「……」
貴 之 「俺はあなたの文通相手――マックスです」
栞 「嘘、ですよね?」
貴 之 「本当です」
主人公は栞から送られてきた手紙をバッグから取り出す。
貴 之 「これが証拠です」
栞 「私は吉岡栞で、文野亜弥さんではありません」
貴 之 「あなたは文野亜弥さんを演じて文通をしていた。
とぼけても全部知っています」
栞 「な、なぜ15年越しに……
それも直接会いに来たんですか?」
貴 之 「栞さんを助けにきました」
栞 「私を助けに?」
貴 之 「この10日間にあったことを説明させてください」
栞がうなずいたのを見て、貴之はバッグから11通目の手紙を取り出す。
貴 之 「この手紙は東京の俺の部屋にあったものです」
栞 「なんで……手紙は出していないのに」
貴 之 「お墓の側に落ちていたのをチビが届けてくれたんです」
栞 「ふざけたことを言わないでください。
私の親友を使って嘘をつくなんて許しません」
貴 之 「嘘じゃありません!
俺はこの10日間、
蘇ったあなたの親友7人と一緒にいたんです!」
栞 「帰ってください……」
貴 之 「手紙を見て、俺たちは栞さんを救うために動いていました!」
栞 「いい加減にしてください……」
貴 之 「栞さんは毎年10月の命日になるとお墓参りに訪れた。
そしてガリとビッチのためにリンドウとパンジーを供えた。
違いますか!」
栞 「誰にも言ってないはずなのに、どうしてそれを」
貴 之 「あなたは高校の卒業式の日に偽装自殺をした!」
栞 「あの場にはみんなと私しかいなかった……」
貴 之 「メガネ、サル、デブ、チビ、ビッチ、ガリ、由香里。
栞さんの親友たちから全部教えてもらったんです!」
栞 「こんなことって……」
貴 之 「大きな声を出してすみませんでした。
これで信じてくれましたか?」
栞 「……はい」
貴 之 「信じてもらえてよかったです。
いや、信じてもらえてよかったよ」
栞 「その喋り方……どうやら本物のマックスくんみたいです。
でもなぜこんな奇跡が起こったんでしょう」
貴 之 「由香里は神在月に集まった神様が願いを叶えてくれたと、
手紙の中でそう記していたよ」
栞 「由香里らしい考え方ですね。
ごめんなさい、ちょっと頭が混乱しています」
貴之は栞が落ち着きを取り戻すのを待つ。
栞 「ありがとうマックスくん、もう大丈夫です」
貴之(11通目の手紙の真相について話を聞かせてもらおう)
貴 之 「11通目の手紙はどういう意味なんだ?」
栞 「あれはまさにその通りの意味です」
貴 之 「11通目の手紙には
『私は人を殺してしまいました』と書いてあった。
でも栞さんは誰も殺してなんかいない」
栞 「みんなを殺したのは私です」
貴 之 「乗用車が歩行者の列に突っ込んだんだろう?
これは事件じゃなくて事故だ」
栞 「いいえ、私の行動が悪いんです。
あの日のことを知ったらきっと意見が変わると思います」
貴 之 「教えてくれ、あの日に何があったのかを」
栞 「14年前の10月13日。
元気のない私を心配したみんなが、
気分転換でもと誘ってくれました」
お参りを終えた6人が境内を歩いている。
ビッチ 「お正月の時くらいしかこないから、
今日はまた印象が違うわね」
サ ル 「初詣だととにかく混んでいて隅々まで見られないからな」
チ ビ 「俺なんかは元日の夜に来るから、
昼の顔を見るのは初めてだ」
メガネ 「色々と新しい発見もありますね」
デ ブ 「ねえねえ、あのお店でぜんざい食べない?」
ガ リ 「さっきお昼ご飯食べたばかりでしょ」
談笑する6人の少し後ろを親友と栞がついてくる。
親 友 「少しは気分転換できた?」
栞 「うん……ごめんね、わざわざ私のために」
親 友 「水くさいこと言わないで。
それに私も良い息抜きになってるから」
栞 「やっぱり大学は大変なんだ」
親 友 「今すぐ高校生に戻りたい気分よ」
栞 「由香里でもそんな風に思うなんて意外」
親 友 「私をなんだと思ってるのよ」
栞 「うーん、超人?」
親 友 「何それ、ひどいわね」
栞 「ごめん、ごめん。嘘だってば」
栞の笑顔を見た親友は、安心したように顔をほころばせる。
ガ リ 「おーい、これからの予定だけど希望ある?」
親 友 「私は特にないわ」
ガ リ 「栞は?」
栞 「行きたい場所があるんだけど……」
ガ リ 「ん、どこどこ?」
栞 「ちょっと付いて来てくれる?」
出雲大社から歩いてきた8人は浜辺で足を止める。
ガ リ 「綺麗な場所、日本海が一望できるわ」
サ ル 「出雲大社からも近いし、いいスポットだな」
デ ブ 「疲れちゃったよ」
サ ル 「20分くらいしか歩いてないだろ」
サ ル 「ところでどこなんだここは?」
栞 「稲佐の浜だよ。
松江の方に住んでいると
少し馴染みが薄いかもしれないね」
メガネ 「10月になると八百万の神様たちが島根県に集まります。
その神様たちを稲佐の浜で
お迎えすると言われているんですよ」
サ ル 「ということは今俺たちに見えてないだけで、
神様がこの浜辺にいるってことか?」
チ ビ 「そうかもしれないな。
となるとサルは神様の前で
思いっきり無知を披露したわけだ」
サ ル 「これからしっかり勉強すれば神様も許してくれるさ」
デ ブ 「サルはいつも調子がいいんだから」
由香里 「男どもは相変わらずね。
栞はこの風景が見たかったの?」
栞 「それもだけど、私が見たかったのはあれ」
栞は小さな島を指差す。
由香里 「あれは確か弁天島ね」
栞 「初めて弁天島を見た時からずっと素敵な島だと思ってたの。
稲佐の浜に鎮座する存在感と神聖な鳥居の雰囲気。
心を鷲掴みにされるってこういうことを指すんだって……」
由香里 「言いたいことがありそうね」
栞 「やっぱり由香里は全てお見通しだね」
由香里 「何年も栞の親友やってるからね」
栞 「それじゃあ聞いてほしいんだけど。
私、画家になりたい。
画の勉強をして画家になって、
稲佐の浜と弁天島を描きたいの」
由香里 「素敵じゃない。
画家になりたいって夢があるなんて知らなかった」
ビッチ 「栞の画って見たことないわ」
メガネ 「僕もですね。興味があります」
栞 「元々画を描くのは好きだったから。
文野教授と洋子さんも
私の描いた画を上手だって褒めてくれたよ」
ガ リ 「それって亜弥さん並の画力があるってことじゃない。
努力すれば絶対画家になれるわ!」
栞 「ありがとう……私、頑張るね」
由香里 「応援するわ」
8人が出雲大社の駐車場に向かって歩いている。
メガネ 「良い景色でしたね」
ガ リ 「今度、また来てみようかな」
サ ル 「彼氏と一緒に行くのか?
いや、冷静に考えてみればガリに彼氏がいるわけないか」
ガ リ 「勝手に決めつけないでよ!」
サ ル 「お、まさか彼氏がいるのか?」
ガ リ 「いないけど……」
サ ル 「ほら、やっぱりな」
ビッチ 「可哀そうなガリに彼氏を作るコツを教えて上げようか?」
ガ リ 「教えて!」
チ ビ 「期待しない方がいいぞ。ビッチも絶賛彼氏募集中だからな」
ビッチ 「う、うるさいわね!」
冗談を言いながら歩く8人の元に遠くから乗用車が迫ってくる。
デ ブ 「出雲大社に戻ったらぜんざい食べようよ」
由香里 「デブは本当に食べ物のことで頭がいっぱいなのね」
デ ブ 「仕方がないよ。町が美味しい物で溢れているんだから」
メガネ 「相変わらずな考えですね」
栞は足を止めてほどけた靴ひもを結ぶ。
ガ リ 「何してるのーおいてくよ」
栞 「すぐ追いつくから先に行って大丈夫」
靴ひもを結び終えた栞が7人に追いつこうと走り出した瞬間。
栞 「え――」
栞 「そこから先は新聞に書いてあった通りです。
みんなを殺したのは私です」
貴之(稲佐の浜に誘ったせいで事故が起きたと考えているみたいだな)
貴 之 「それであの手紙を書いて、俺に助けを求めたってことか」
栞 「結局は自殺する勇気もなく、今日まで生きてきました。
亜弥さんの名前まで使って助けを求めたりして、
本当に惨めですよね」
貴 之 「惨めなんかじゃない……
悩んでいて誰かに相談することのどこが惨めなんだ」
栞 「島根県にいるのが怖くて逃げ出した身なのに、
毎年の墓参りで贖罪をした気になっている自分もそうです。
そんなことをしてもみんなは許してくれないのに、
バカですよね」
貴之(違う、これは栞さんの本心ではない)
栞 「マックスくんに会えたのでもう心残りはないです」
貴 之 「勝手なことを言うな。墓参りは義務だったっていうのか?
自分の気持ちは全くなかったのか?」
栞 「それは……」
貴 之 「そんなはずがないだろ!
栞さんはみんなが自分を恨んでいると
思い込んでいるだけだ。
どんなに謝っても許してくれないと勝手に決めつけて、
やけになっているんだ」
栞 「許してくれるはずないじゃないですか!
マックスくんは何も知らないから
そんなことが言えるんです!」
貴 之 「確かに俺はよそ者かもしれない。
でも、島根県で過ごした10日間は紛れもなく本物だ。
だからこそ言える――何も知らないのは栞さんの方だ!」
栞 「何も知らないのは私……?」
貴 之 「ああ、みんなは栞さんの行方を捜すのに必死だった。
結果的には栞さんを見つけるには至らなかったけれど、
文野教授の住所を発見してくれた。
それが今日、栞さんと出会えたことに繋がっているんだ!」
栞 「口ではいくらでも言えます……」
貴 之 「自分を責めて、現実から目を背けるのはやめろ!
それでもまだ信じられないのなら、これを見てくれ」
貴之はバッグから手紙を取り出して栞に渡す。
栞 「これは?」
貴 之 「由香里から栞さん宛てへの手紙だよ」
栞 「確かに由香里の字ですけど……」
貴 之 「読んでみてほしい」
栞 「はい……」
『栞へ。
久しぶり、元気にしてる?
そう聞きたいところだけど、最近の栞に元気がないことは知ってる。
だって私たちはお墓から全部見ていたから。
その理由も見当がつく。栞は事故のことを悔やんでいるんでしょ。
何年も栞の親友をやってれば、言葉に出さなくても顔だけ見ればすぐにわかる。
でもね、栞が事故のことを気負う必要はないの。
栞は悪くないし、私たちは誰もそのことを恨んでなんかいない。
むしろ一年毎に落ち込んでいく栞を見ていると心配になるの。
あの事故が栞に負担を掛けているんじゃないのかって。
私たちが願うことはただ一つで、それは栞に幸せな人生を歩んでほしいということ。
栞が辛い顔をしていたら、私たちも天国で安心して休めない。
明るく元気だったあの頃に戻ってほしいの。
だからね、栞。私たちの気持ちを受け止めて。
それと時間があったら私たちのお墓に近況報告をしに来てくれない?
栞ったらお墓を掃除するだけで自分のことは何も教えてくれないんだから。
みんなも栞のことを知りたがってるよ。
もし栞が夢を叶えて画家になっていたら……
稲佐の浜と弁天島の画を見せてほしいな。
由香里』
栞 「由香里……」
栞の瞳から一筋の雫が流れ落ちる。
栞 「……ごめんね」
貴之は栞の肩にそっと手を乗せる。
栞 「マックスくん……」
貴之(これで栞さんが変な気を起こすことはもうないだろう)
栞 「私が間違っていました。
たくさんの人に心配をかけて、どこまでも子供で、
本当にバカです」
貴 之 「今は気のすむまで泣けばいい」
マックスの言葉に、栞は堰を切ったように涙を流す。
貴之(これでよかったんだ)
貴 之 「由香里……ちゃんと、手紙渡せたぞ」
栞は涙が枯れるまで泣き続けた。
栞 「みんなの気持ちを知れてよかったです」
貴 之 「俺もそれを伝えられて嬉しいよ」
栞 「なんだか泣いてすっきりしました」
貴 之 「よし、それじゃあ行こうか」
栞 「どこに行くんですか?」
貴 之 「俺は栞さんの本心を聞くことができた。
でも俺以上に本心を聞きたがっている人がいるはずだ」
栞 「少し……緊張します」
貴 之 「大丈夫、俺がついてる」
栞は意外そうな顔をしてマックスを見上げる。
栞 「ありがとうございます、マックスくん」
貴 之 「よし、それじゃあ行こうか!」
栞 「その前に寄りたい場所があるんですけど」
貴 之 「寄りたい場所?」
栞 「はい、14年前の約束を果たしたいんです」
貴之と栞がやってくる。
貴 之 「ここはもしかして手紙に書いてあった稲佐の浜か?」
栞 「はい、あそこに見えるのが弁天島です」
栞は弁天島を指差して、ゆっくりと歩き出す。
貴 之 「なるほど、栞さんが心を奪われたのも納得だ」
栞 「本当に神秘的で美しいですよね。
14年ぶりでもその良さは全く変わっていません」
貴之(墓参り以外は本当に島根県のことを避けていたんだな。
それにここは事故の原因となった場所だから尚更か)
栞 「逃げていたのは自分だけで、
稲佐の浜は拒絶していませんでした。
感謝で心がいっぱいです」
足を止めた栞はキャンバスとイーゼルをセットする。
貴 之 「今から画を描くのか?」
栞 「はい、由香里との約束を果たそうと思います。
描きたくても描けなかった稲佐の浜と弁天島。
培ってきた技術を全て使って最高の画に仕上げます」
貴 之 「心ゆくまで描けばいいさ」
栞 「ありがとうございます」
栞が筆を走らせる姿を貴之は後ろで眺めている。
貴之(すごい。下書きもなしでどんどん書き上げていく)
栞 「みんな、待っててね」
貴之(一枚の画の中に、弁天島の神聖な雰囲気が凝縮されていて、
さらに力強さもあって画集で見た画とはまた一味違う。
これが栞さんの力なのか)
貴之が見守り続けて日が傾きかけた頃、栞の手が止まる。
栞 「完成しました」
貴 之 「見せてもらっていいかな?」
栞 「どうぞ」
栞は貴之に画を見せる。
貴 之 「昼から夕に移り変わる瞬間が完璧に表現されている。
水彩画とは思えないクオリティだよ」
栞 「14年前のあの日と似ているんですよね。
色々な想いが交錯したんですけど、
とにかく喜んでもらおうと一生懸命描きました」
貴 之 「すごいよ、これは他の誰にも真似できない」
栞 「すごいのはこの風景です。
私はその力を借りているだけで、大したことはしていません」
貴 之 「なんていうか栞さんらしいな」
栞 「何がですか?」
貴 之 「なんでもない。行こうか」
栞 「気になるじゃないですか、マックスくん」
貴之は栞の背を押して先を急かす。
夕日が静かな霊園を染める中、栞と貴之がやってくる。
貴之(ここに7人の墓があるのか。
最近まで一緒にいたから不思議な感じだな)
栞 「ここです」
貴之が案内された先には7人の墓が並んでいる。
貴 之 「本当にあったんだな」
栞 「どういうことですか?」
貴 之 「心の片隅でちょっとだけ疑っていた自分がいたんだ。
俺は長い夢を見ているんじゃないかって」
栞 「それほどまでにみんなと過ごした日が
リアルだったんですね」
貴 之 「リアルっていうか現実そのものだった。
会話はもちろん、触れることだってできたんだから」
栞 「私からしたらとても羨ましいですね。
もう一度あってきちんと話したかった」
貴 之 「きっとみんなはここにいる」
貴之の言葉に栞は小さくうなずく。
貴 之 「俺は席を外した方がいいか?」
栞 「いいえ、側に居てください」
貴之が一歩後ろに下がると、栞は墓の正面に立つ。
栞 「みんな久しぶり
――って言っても、10月に会ったばかりか。
今日は話したいことがあって来たの。
事情は全てマックスくんから聞いたよ。
その上で改めて一度謝らせてほしいの。
ごめんなさい」
栞は墓に向かって頭を下げる。
栞 「直接会えなかったのは残念だけど、
私の声は届いているよね?
みんなが私のことを心配してくれて
捜しているって聞いた時、
嬉しさよりも先に申し訳なさがきたの。
安らかに眠っているみんなにまで
迷惑を掛けているんだって……
でもそういう気持ちが逆に心配させるんだよね。
自分一人わかっている気になって、
本当は何も理解していなかった。
だからみんなを心配させないためにも、
前だけ見ることに決めたの」
貴之の上空を白い小さな光が舞っている。
貴之(この季節に蛍?)
栞 「ここからは手紙に書いてあったように近況報告をするね。
私は今アメリカで一人暮らしをしているの。
外に出かけては風景を描く日々を送っています。
もう気付いた? 実は私、画家になったんだ」
栞は先程描いた画を墓に向けて置く。
栞 「これは私が描いた稲佐の浜と弁天島の画だよ。
マックスくんは褒めてくれたんだけど、
上手く描けてるかな?
みんなが気に入ってくれたら嬉しいな。
今は国外が主だけど、
これを機に島根県の風景も描こうと思うの。
島根県は描きたい場所が多くて迷っちゃうね」
白い光は徐々に光量を増しながら降りてきて、
やがて墓の中にすっと消えた。
栞 「今のは?」
? ? 「栞――」
栞は貴之の方を振り返る。
貴 之 「俺じゃない」
? ? 「栞――」
栞 「誰なの?」
? ? 「私よ」
墓が突然激しく光を放ち、栞と貴之は手で顔を覆う。
貴 之 「今の光は何だったんだ」
栞 「私にもわかりません。
え、ちょっと待ってください」
栞と貴之の前に霊体となった7人が現れる。
由香里 「久しぶりね」
栞 「嘘……嘘だよね」
田 中 「嘘じゃありません。
目の前にいるのは紛れもなく私たちです」
大 森 「まさかもう一度現実世界に戻れるなんて思ってなかったよ」
渡 辺 「神様に感謝だ」
栞 「どうしよう、頭が真っ白だよ」
栞は笑いながらポロポロと涙を流す。
野 津 「おいおい、いきなりどうしたんだよ」
理 子 「憑き物が落ちたみたいね」
美 咲 「活き活きした栞を見るのは久しぶりね。
でもこんなに泣き虫だったっけ?」
貴 之 「14年ぶりの再会だからな、
そりゃ泣きたくもなるさ」
由香里 「栞を見つけてくれたのね。
あなたならやってくれると信じていたわ」
貴 之 「みんなが文野教授の住所を発見してくれたおかげだ。
俺はそれらしいことを何もしていない」
7人は今一度貴之にお礼を言ってから、栞の方に向き直る。
由香里 「その画、すごく素敵」
栞 「そ、そうかな」
栞は照れくさそうにしながら涙を拭う。
渡 辺 「センスがひしひしと感じられるぞ」
野 津 「美術の成績1のサルの言葉じゃ説得力がないな」
栞 「そんなことないよ、ありがとう」
大 森 「命日の時だけじゃなくて、
たまに近況報告に来てくれると嬉しいな」
栞 「これからはそうするね」
田 中 「また一つ楽しみが増えました」
栞 「エピソードをたくさん仕入れなきゃね」
理 子 「栞は抱え込んじゃう性格なんだから、
そんなに力まなくてもいいの」
美 咲 「頑張り屋さんだからね」
笑っていた栞が突然真剣な表情に変わる。
栞 「ちょっといいかな。
みんなとマックスくんに聞いて欲しいことがあるの」
由香里 「どうしたの?」
栞 「私、高校生の時から今の今まで迷走し続けてきた。
そんな私を救ってくれたのは、
みんなとマックスくんだったの」
貴 之 「俺の力は微々たるものだ」
栞 「そんなことありません。
マックスくんは亜弥さんを演じている事で悩んでいる時に、
文通で元気の出る言葉をたくさんくれました」
貴之(そう思ってくれていたなら嬉しいな)
栞 「ずっとマックスくんに
言いたくて言えなかったことがあるんです」
貴 之 「遠慮せずにいってくれ」
栞 「私、マックスくんのことが好きです」
貴 之 「え……」
真剣な眼差しの栞と驚く貴之を7人は静かに見守っている。
栞 「力と勇気を与えてくれるマックスくんを、
いつからか私は文通相手ではなく
恋愛対象として見ていました」
貴 之 「そうだったのか」
由香里 「栞はそのことでずっと悩んでいたの。
亜弥さんとして文通をしている以上、
本名を明かすことができない。
仮に相思相愛だとしても
あなたが好きなのは栞ではなく亜弥さん。
栞からしたらこれほど辛いことはないわ」
栞 「それでもマックスくんとの唯一の繋がりである
文通を続けたかった。
でも洋子さんが亡くなった以上、
亜弥さんを演じることはできません。
あの時は色々と複雑で本当に辛かったです」
貴 之 「だから偽装自殺の際に、躊躇していたのか」
栞 「はい……」
貴之(そんなに俺のことを思ってくれていたのか)
栞 「マックスくんの気持ちを聞かせてください」
貴之(俺の気持ちは……)
貴 之 「俺は亜弥さんを救うために島根県にやってきた。
実際に会ったことのない文通相手のために
遠方の地に足を運ぶ。
これが変だとは一度も思わなかった。
きっと最初から気持ちが固まっていたんだろうな」
栞 「……」
貴 之 「確かに俺は亜弥さんを捜していた。
でも助けたい、救いたいと願っていたのは
俺と文通をしていた相手だ。
それが亜弥さんではなく栞さんだったとしても、
気持ちは揺るがない」
貴之(落ち着けマックス、何も緊張することはない。
自分の想いを言葉にするだけでいいんだ)
貴之は一つ深呼吸をして栞の前に立つ。
貴 之 「俺も栞さんのことが好きだ」
栞 「……マックスくん」
貴之と栞はその場で抱き合い、7人が拍手で祝福する。
由香里 「あなたなら栞に相応しい人だと思っていたわ」
野 津 「デブは複雑そうだな」
大 森 「高校生の頃だったらきっと渋い顔をしていただろうね。
でも今は素直な気持ちで拍手を送れるよ」
渡 辺 「まあ俺たちも大人になったってことだ」
田 中 「私たちはそうでしょうけど、サルはどうなんでしょうね?」
美 咲 「はいはい、下らないことで言い争いしないの」
抱き合っていた栞と貴之は照れくさそうにしながら離れる。
渡 辺 「顔が真っ赤だぞ」
貴 之 「う、うるさい!」
理 子 「栞も熟れたトマトみたい」
栞 「そんなことないってば!」
美 咲 「恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
栞 「そ、そうだ!
私、島根県で個展を開催することになったの。
ぜひみんなに見に来てほしいな」
7人は急に黙り込む。
貴之(もしかして……)
栞 「ダメかな?」
由香里 「見たいのは山々だけど難しそうね」
栞 「お願い、一生懸命作品を描いて
個展も絶対に盛り上げるから」
由香里 「ううん、そうじゃないの」
栞 「え?」
由香里 「栞の前にこうやって現れることができるのも、これで最後」
栞 「そんな、嘘でしょ?
せっかく会えたんだから、また一緒に色んな場所に行こうよ」
由香里 「それは無理ね。
最後に神様が私たちの無茶なお願いを叶えてくれたの」
田 中 「もうこの状態が長く続かないことはわかっています」
理 子 「段々と意識が現実世界から離れて行く感覚がするわ」
貴之(やはりそうなのか)
栞 「待って、待ってよ!
旅行に行って、美味しいご飯を食べて、たくさん思い出を作って、
まだまだやりたいことがたくさんあるのに」
由香里 「ごめんね、栞。
あなたの活躍は陰から応援しているわ」
栞 「ねえ、そんなこと言わないで――」
引き留めようと伸ばした栞の手は由香里の体を貫通してしまう。
栞 「え……こんなのって……」
由香里 「私たち、またこうして栞と喋れて幸せだった」
田 中 「もう悔いはありません」
理 子 「そうね」
野 津 「これでゆっくり休めるってもんだ」
美 咲 「寂しいくせに強がっちゃって」
大 森 「そういうところもチビらしいよ」
栞 「待って、待ってよ!」
渡 辺 「マックス、栞を幸せにしてやれよ」
貴 之 「ああ……」
栞 「みんな、ダメ!」
眩しい光が周囲を覆う。
貴 之 「……大丈夫か?」
栞 「私は平気です――みんなは!」
栞は周囲に目を向けるが、そこに7人の姿はない。
栞 「なんで、どうして……」
その場に立ち尽くしたまま泣き始めた栞だったが、すぐに涙を拭う。
栞 「みんな見守ってくれてるんだから、泣いちゃダメですよね」
貴 之 「その通りだ」
栞 「私もう泣きません。
みんなが安心できるように、立派な画家として生きます」
貴之(それでいい。俺には微笑んでいるみんなの姿が見えるよ)
栞 「一生懸命頑張るから、みんな応援してね」
貴 之 「俺にもその手伝いをさせてくれ」
栞 「……はい」
栞は照れながら小さくうなずいた。
スーツ姿の貴之が美術館の職員に見送られて出てくる。
貴 之 「それではよろしくお願いします」
女性職員「こちらこそよろしくお願いします」
貴之と女性職員はお互いに礼をしてから別れる。
貴之(あれから数カ月が経った。
今は栞の個展の打ち合わせを終えて出てきたところだ。
そう、俺は彼女のマネージャーになった。
思い切った決断をしたが、毎日が充実しているので幸せだ)
貴 之 「今日も疲れたな」
貴之は背伸びをしながら深く息をはく。
貴之(俺の主な仕事は、国内で栞という画家の存在を広めることだ。
島根県立美術館で行われる個展の準備と並行して、全国の出版社や美術館を飛び回っている。栞はというと……)
貴之はセカンドバッグから手紙を取り出して広げる。
『マックスくん元気?
私は元気だよ。
恋人同士になってしばらく経つのに、マックスくんって変だよね。
でもまだ名前で呼ぶのは慣れないから、もう少しこのままで……ゴメンね。
あらたまった口調をやめただけでも大冒険だったんだから、
そこは理解してほしいな。
今は帰国する準備をしてたの。
島根県に戻ったらすぐ個展に向けて風景を描くつもり。
だからお願いがあるんだけど、
その時は出雲縁結び空港まで迎えに来てくれないかな?
これはマネージャーとしてじゃなくて、なんていうか……そういうこと!
応援してくれる人のためにも個展絶対に成功させようね!
もちろんみんなのためにも。
また連絡するね。
栞』
貴之(とまあ、現在はこんな感じになっている。
普段はメールだが、文通の名残からか手紙でやりとりすることもある。
届くのは遅いし不便かもしれないが、俺は温かみがあって好きだ)
? ? 「頑張っているみたいね――」
貴之は声がした背後を振り返るが、そこに人の姿はない。
貴 之 「……ああ、頑張ってる」
貴之は誰に向けるでもなく呟き、手紙をセカンドバッグの中にしまう。
貴之(だから、いつまでも見守っていてくれよな)
貴 之 「よし、そろそろ栞を迎えに行くか!」
貴之は夕日に背中を押されるようにして、歩き出した。
了
突然届いた「私は人を殺してしまいました」という言葉に二つの意味を持たせる、少し悲しくも未来を感じさせるきれいな作品でした。
ゲームシナリオを踏襲した導入から突然、8章までの級友たちとのやりとりをひっくり返す新事実が発覚し、級友たちの想いに貴之(主人公)が応えていくという内容。矛盾のない構成とていねいな情景描写、なにより今を生きている栞の現在とエンドがきれいにつながっていて一気に読めました。
盛りすぎず省きすぎてもいない文章のバランスがとても読みやすかったですし、観光要素満載なのも良かったです! おめでとうございました。
今回は、比較的ハードルが高い内容でのキャンペーン募集であるにも関わらず、非常にたくさんの応募をいただくことができました。『ルートレター』の製作総指揮/プロデューサーとして、また今回のキャンペーンの審査員として、改めてお礼を申し上げます。
まず驚いたのは、応募してくださった皆さまが、『ルートレター』のシナリオをしっかりと読み込まれている点です。優秀賞となった二作品はもちろん、この他にも、主人公や登場人物の設定を活かした上で、その裏をかくようなオリジナルエンドルートを考えてくださった作品が多数ありました。中には思い切りの良い発想の転換をした作品もあり、そういう考え方もあるのか、と微笑みを禁じ得ませんでした。
ゲームをプレイしていただいたことで、応募して下さった皆さまはもちろん、プレイしてくださった皆さまの心の中には、ひょっとしたらゲーム内に収録されたのとはまた異なる『ルートレター』の物語が芽生えたかもしれません。次の機会がありましたら、ぜひ、そんな思いを、我々開発陣にも聞かせていただければと思います。改めて、ご支援、ご応募、ありがとうございました。
『ルートレター』9章10章のシナリオ
オリジナルルート名と9章10章のタイトル
年齢、性別、プロ、アマ一切問いません。グループでも応募できます。
但し、15歳未満の方は事前に保護者の同意を得てください。
応募された時点で保護者の同意があったものとみなします。
応募期間:2016年6月16日(木)~7月31日(月)22:00受付終了
応募場所:「ルートレター×BCCKS」特設公募サイト
(http://bccks.jp/special/rootletter)
最優秀賞 10万円
優秀賞 5万円
副賞 入賞作品の文庫本
入賞作品の電子書籍公開
(BCCKSおよびブックウォーカー)
安田 善巳 『ルートレター』製作総指揮・プロデューサー
長谷川 仁 『ルートレター』ディレクター
藤 ダリオ 『ルートレター』シナリオ
箕星 太郎 『ルートレター』企画・キャラクターデザイン
山本 祐子 BCCKS代表取締役COO
株式会社角川ゲームス
株式会社BCCKS
審査発表:2016年9月15日(木)
「ルートレター×BCCKS」特設公募サイトで発表。
本書は、
誰でもカンタンに紙と電子の本が作れるウェブサービス、
BCCKSでつくられています。
2016年9月23日 発行 初版
bb_B_00146498
bcck: http://bccks.jp/bcck/00146498/info
user: http://bccks.jp/user/11277
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
2016年6月、角川ゲームミステリー『√Letter ルートレター』9章10章のタイトルとシナリオを募集するオリジナルエンドキャンペーンが行われました。
本書籍は入賞作品をおさめた本になります。賞金のほかに副賞として、文庫本化(BCCKS紙本非売品)と、電子書籍配信(BCCKS、BOOK☆WALKERの2書店)が行われます。
入賞者の結んだエンドルートで『√Letter』をお楽しみください。 http://www.r-letter.com/