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本書は『√Letter × BCCKS 第九章/第十章オリジナルエンドルート募集キャンペーン』の優秀賞を、オリジナルゲームシナリオと併せて収録しています。
一章から八章までのオリジナルゲームシナリオをダイジェストで記載し、九章と十章の部分に、優秀賞の作品を掲載しています。
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あなたは角川ゲームスとBCCKSが主催する『ルートレター』オリジナルエンドルート募集キャンペーンにおいて、厳正な審査の結果、秀でた才能をいかんなく発揮され頭書の成績を収めました。
その栄誉を讃えこれを賞します。
平成二八年九月一五日
株式会社角川ゲームス
代表取締役 安 田 善 巳
株式会社BCCKS
代表取締役COO 山 本 祐 子
貴之は実家の部屋で荷物を整理している。
一一年間勤めた会社を辞め、新しい仕事の準備をしている時だった。荷物を片づけていると、手紙の束が出てきた。差出人は『島根県松江市〇〇〇〇〇〇 文野亜弥』と書かれている。文野亜弥は高校時代の文通相手だ。手紙の束の最後に、開封していない手紙を見つけた。
『私は人を殺してしまいました。
罪を償わなければなりません。
これでお別れです。さようなら。』
文野亜弥に会うために、貴之は松江に向かった。
機内でバッグから亜弥と交わしたの一通目の手紙を出して読みかえした。
「はじめまして。
島根県松江の高校に通う文野亜弥です。
「神の国」として有名な島根ですが、
気候や風土や人の気質も違います。
そして、出雲は縁結びの地でもあります。
えらそうに書いていますが、実は私は中2の春に
引っ越してきたんです。
私には仲の良い7人のクラスメイトがいます。
お坊ちゃん育ちのチビ、運動神経抜群のサル、
正義感が強い男前のガリ、優しいデブ、
おしゃべりなビッチ、学校一の秀才のメガネ。
それにかけがえのない親友。
彼らと出逢えて本当に良かったと思っています。
あなたには心を許せる友達はいますか?
お返事待っています。
文野亜弥」
出雲空港に着いた貴之は、出雲大社前駅、松江しんじ湖温泉駅を経由し、手紙の差出人の住所に向かった。しかし、その家は見当たらない。火事で焼失したのだという。
そば屋『神在庵』で食事をし、松江図書館で火事の件を調べ、予約していた宿の松江荘に向かった。松江荘の女将・山本春花から、文野亜弥は松江大庭高校出身だったことを聞く。
京店商店街に立ち寄り、島根県立美術館では部長の石原由香里に案内してもらう。松江大庭高校教師の渡辺将也から「文野亜弥はこの高校の伝説の生徒で、美人で秀才、スポーツ万能、芸術の才能もある。そして、一八歳で死んだ悲劇のヒロイン」と聞かされる。彼女が亡くなったのは二五年くらい前だった。
松江大庭高校出身の『BAR中村』のマスター、野津翔太に会うが文野亜弥の名前を出した途端にがらりと態度が変わった。
マックスくんの愛称で文通をしていた貴之は、手紙の謎を探るため七人のクラスメイトに会うことにした。
お坊ちゃん育ちのチビ。
運動神経抜群のサル。
正義感が強い男前のガリ。
優しいデブ。
おしゃべりなビッチ。
学校一の秀才のメガネ。
かけがえのない親友。
それぞれのニックネームは誰を指すのだろうか?
どんな人物なのだろうか?
貴之が松江に来てから三日間が過ぎた。
松江荘に投宿して七人のクラスメイトを探すことにした。
『BAR中村』のマスターから得た情報を頼りに、松江大庭高校出身、山陰中央テレビの女子アナウンサー・村上美咲を訪ねた。貴之は村上美咲がおしゃべりな女子、ビッチではないか、と疑っていた。アナウンサーの人気投票で一位だという村上美咲に、文野亜弥のことを尋ねるが「あなたに話すことはないわ。帰って!」と冷たい態度をとる。
だが、貴之は美咲と上司とのふとした会話から、クラスメイトのうちのひとりメガネが松江市役所生活相談課に在籍しているとの情報を得ることができた。
松江市役所に行くことにした。生活相談課を訪ねたが、メガネをかけた人物が多くて、誰がクラスメイトのメガネなのかわからない。役所内の職員プロフィールから、田中耕介が松江大庭高校出身だということがわかる。彼がメガネなのかもしれない。
田中耕介に文野亜弥の同級生のメガネか? と尋ねるが「そんな人は知りません」と白を切る。田中は明らかに猫好きなようだが自分のことを語らない。貴之は田中の心に揺さぶりをかけた。メガネは秀才だ、という情報を頼りに「お前はどこからどう見ても鈍才だ。絶対に秀才じゃない」などと挑発を繰り返した。すると、プライドが高い田中耕介は、ついに自分がメガネであることを認めた。
主人公は田中耕介に手紙を見せた。
「こんにちは。
今日はクラスメイトのメガネくんについて書きます。
テストの成績は常にトップで高校一の秀才です。
昨日、休み時間に勉強を教えてもらいました。
教え方が上手で、勉強をするのが楽しくなりました。
メガネくんはきっと偉い人になるんだと思います。
将来、ノーベル物理学賞をもらったりして。
そうなったら、私はそんな人とクラスメイトだったんだと自慢します。
メガネくんと同じ教室で勉強したことは、私の宝物です。
勉強以外に趣味のないメガネくんですが、大の猫好きのようです。
猫は古代エジプトで神の使いだったそうです。
テストは運も左右するので神の使いの猫に優しくするんだ
と言ってました。
猫グッズも集めていて、八重垣神社のおみくじについてくる
金の猫のお守りをもらいました。
これで神様も味方してくれそうです。
そういえば、八重垣神社には縁を占える『鏡の池』があります。
半紙に硬貨を乗せて池に浮かべて、早く沈むと良縁に恵まれるそうです。
私はすぐに沈んだのですが、一緒にやった親友は硬貨が沈まなくて
不機嫌な顔をしていました。
松江にくることがあったら、マックスくんもやってみてください。
文野亜弥」
田中は「私と勉強した時間が宝物だったなんて……」とつぶやいた。だがいっぽうで、田中は「文野亜弥という同級生はいません」「あなたは誰かにからかわれたんです。だから、実在しない女性を捜すのはやめた方がいい」とも言った。
メガネは田中耕介であることは判明したが、文野亜弥のことは謎に包まれたままである。
貴之は地元の高校生が立ち寄る軽食店、『まるこし』を訪ねた。缶ジュースや缶コーヒーが百円以下で売られている。『まるこし』のおばちゃんに文野亜弥の写真を見せた。おばちゃんに亜弥の記憶はない。だが、宍道湖・遊覧船『はくちょう号』のキャプテンは地元高校生の情報に詳しいと言った。
貴之は『はくちょう号』のキャプテンに会った。キャプテンは高校野球の大ファンで島根県大会はすべて観ていた。クラスメイトのサルは野球部に所属していた。一五年前の夏の大会について尋ねた。キャプテンは誰がサルなのかはわからなかったが、ある事件を思い出した。「その一年前、松江大庭高校は不祥事があって、大会に出られなかったんだ。二年生が、他校の生徒と喧嘩したんだよ」。
貴之は松江市立図書館に行き、新聞の閲覧コーナーにやって来た。
一五年前の夏の大会、松江大庭高校は決勝戦で負けたが四番バッターが活躍していた。四打数三安打一ホームランと書いてある。選手の名前は渡辺将也だ。現在は松江大庭高校野球部の監督になっている。
松江市役所で再び田中耕介と会う。「渡辺は高校時代、ヒーローだったんだろう?」と尋ねたが、田中は「悪役だった」と言う。「彼は、高二の春に暴力事件を起こしたんです」。「告発したのは女子らしい」とも言った。
『BAR中村』で貴之は渡辺と会った。「文野亜弥さんが、クラスにいただろう」と尋ねた。「文野亜弥は、二五年前に亡くなっているんだよ」と渡辺は答えた。この会話を聞いていたマスターの野津翔太は「幽霊じゃないのか」と島根県石見地方に伝わる『姫が森の姫』の伝承の話をする。
『BAR中村』の帰り道。貴之は夜の街でチンピラに絡まれた。そこに渡辺が現れた。「うわぁ、やべー、サルだ!」と渡辺の顔を見て、チンピラは慌てて逃げていった。渡辺は自分がサルと呼ばれていたことを認めた。
「マックスくんへ
梅雨が明けて、松江はむし暑い日が続いています。
そちらはどうですか?
今日はクラスメイトのサルくんのことを書きます。
サルくんは野球部の大黒柱。
県大会の決勝戦で大活躍。
試合は負けたけど、スタンドで応援できて楽しかった。
サルくんは少し気が荒いけど、根は優しい人です。
私は彼に悪いことをしたかもしれないんです。
でも、それはサルくんのため。
いつか、私のやったことを分かってくれる日がくるはず。
きっと、いつか……。
私は信じている。
サルくんは選手としてもいいけど、指導力があるので監督に
向いているんじゃないかな。
将来、母校を甲子園に連れていってくれるかもしれない。
そんな予感がします。
文野亜弥」
手紙を読み、「俺のことをこんな風に……」と振り返る渡辺。
だが渡辺は「……幽霊だよ。この手紙を書いたのは、文野亜弥の幽霊だ」「大庭高校には文野亜弥の霊が棲んでいるという、怪談話があるんだ。呪われる前に、東京に帰るんだな」と貴之に言った。
これ以上、文野亜弥のことは調べるな、と田中に続いて渡辺もまた貴之に警告した。
手紙に書かれていたメガネとサルは判明したが、ふたりとも文野亜弥の存在を否定した。松江荘の仲居・智子が教えてくれた地元の怪奇譚収集家、倉井礼一に会うと、松江大庭高校には「若くて死んだ亜弥の霊と友達になると、あの世に連れていかれる」という怪談があるという。
貴之はサルが「デブはケーキ屋だ」と言ってたことを思い出した。手紙には、クラスメイトのデブが作ったベリーのタルトは美味しいと書いてある。この情報を頼りに観光ガイドを見て京店商店街に行った。
京店商店街ではダイエット・スタジオのチラシを配っていた。「高校までは太っていて、友人からデブと言われてたけど、このスタジオに通って痩せることができました」。そう語りチラシに載っているのは、『パティスリー・ピュア』の店長の大森準だった。
『パティスリー・ピュア』に行き、大森と会った。ダイエット効果で現在の大森はデブには見えない。同じ店で働く福井優香は、大森の婚約者であることがわかったが「文野亜弥さんという女性を知りませんか?」と尋ねても多くを語ろうとしない。
貴之は決定的な証拠を求めて手紙に書かれた「カラコロ工房」に行った。幸運にも一五年前の写真が入手できた。高校生の頃の亜弥と大森の後ろ姿が写っていた。亜弥の腕には青・黄・赤・白・黒の五色の糸で編まれたミサンガが巻かれている。
貴之は再び大森と会った。『パティスリー・ピュア』には、店の雰囲気と合わない子犬の絵柄のランプが飾られていた。貴之は「あれは亜弥さんと作ったものだろう」と詰め寄ると、大森は自分がデブであることを認めざるを得なかった。大森は手紙を読んだ。
「こんにちは。
日ごとに、寒くなりますね。
今日は、松江で初めて雪が降りました。
最近、私は元気がありませんでした。
そんな私を心配して、デブくんがカラコロ工房に連れていって
くれたんです。
二人でステンドグラス作り体験をして、
子犬の絵柄のランプを作りました。
久しぶりに楽しい時間でした。
デブくんはケーキ作りの天才で、彼の作ったベリーのタルトは、
最高に美味なんです。
デブくんは優しくて、とてもいい人です。
ただ弱いのが玉に瑕なんです。
彼には強くなってもらいたいけど、無理なのかな。
ごめんなさい。少ししんみりしてしまいました。
先日、『影将軍』という映画を見ました。
私が将軍の身替りの貴之だったら、どうしただろう。
ふとそんなことを考えてしまいました。
文野亜弥」
手紙を読んだ大森は唇を噛んだ。ある日、亜弥は元気がなかった。元気になってもらいたくて「カラコロ工房」に誘った、と告白した。大森は「ビッチと彼女の間には、確執があった」とも言った。貴之は、クラスメイトのビッチは、女子アナの村上美咲なのかと尋ねるが、大森は「いいえ、主婦です」と答えた。
貴之は文野亜弥について詳しく聞こうとするが、「彼女はいません。いつの間にか消えてしまったんです」と大森もまた存在を否定する。
「高三の春にクラスメイトで出雲大社や日御碕灯台(ひのみさきとうだい)に行ったんです。あの帰り、僕たちはUFOに捕まったんです」
「出雲産の希少な鉱物、瑪瑙(めのう)は宇宙人との通信装置だと言われているんです。彼女は月に帰ったのかもしれません」
大森はUFOや宇宙人の話をしはじめた。
貴之は、あっけにとられた。
デブこと大森準の婚約者、福井優香から貴之に電話があり会うことにした。貴之は『パティスリー・ピュア』について気になることがあった。「店にはどうしてベリー系のケーキをおいてないんだ?」と尋ねた。大森は赤くてドロドロしたものを見たら、気分が悪くなる。医療ドラマを見ていた時、手術のシーンで倒れたことがある、と優香は言った。大森は血液恐怖症らしい。
つづいて貴之は「大森のクラスメイトで女優を目指していた人を知らないか」と尋ねた。「卒業したら女優になる」と言っていたビッチの情報が欲しかった。優香はビッチを知らないが、女優といえば宍道湖名物のしじみのCMに出ている子役。佐々木ありさの母親が大森のクラスメイトである、と手がかりを残した。
貴之は山陰中央新報社で佐々木ありさとその母親・佐々木理子に関する記事を発見した。佐々木ありさは松江市内の児童劇団『うさぎ』に所属している。母親の理子も以前はタレント活動をしていた、とそこには書かれていた。
貴之は佐々木理子と会った。メガネから見せてもらった、松江大庭高校のクラス名簿に佐々木の旧姓、羽田理子という名前がある。「あんたが、女優を目指したビッチなんだろう?」と尋ねたが理子は口を閉ざした。さらに貴之は「京店商店街でカメラマンから声をかけられて、『ティーンズ・クィーン』に写真が載っただろう」と聞くと、理子は「私は……載らなかった。私は一番じゃなかった。同じクラスに隠れ一番がいたのよ」と言った。
貴之は、手紙を理子に渡す。
「こんにちは。
今日は報告があります。
すごいことが起きました。
ビッチが京店商店街でプロのカメラマンから声をかけられたんです。
それも女子高生に大人気の雑誌『ティーンズ・クィーン』の
カメラマンだったんです。
東京だとよくあるのかもしれませんが、
松江では珍しいことなんです。
『ティーンズ・クィーン』にビッチの写真が載るかもしれません。
彼女は凄く可愛いくて、凄くおしゃべりです。
「卒業したら女優になる」とビッチは言ってました。
将来、アカデミー賞をもらったりして……。
そんなの無理だよと笑われるかもしれませんが、
でも、私たちには無限の可能性があるんです。
この先、夢のような未来が待っているかもしれません。
そう考えると心が躍ります。
今日は私の方がマックスですね。
実は、私も写真を撮ってもらいました。
プロのカメラマンに撮ってもらって感激でした。
学校一の美人でおしゃべりで女子最強のビッチですが、
子供の頃、カラスに頭をつつかれた苦い経験があって、
鳥が大の苦手のようです。
ぬいぐるみの鳥でも触れないようです。
誰でも苦手なものがあるんですね。
そんなことを思った一日でした。
文野亜弥」
刺々しさがなくなり、優しい顔になっていた。理子は「そうよ。私がビッチ」と言った。あの日、文野亜弥と佐々木理子は京店商店街に買い物に行った。カメラマンが「君も一枚、撮ってあげるよ」と言って亜弥を撮影した。そして結局は、亜弥の写真だけが雑誌に載ったのだという。「悪いのは西野さんよ。『親友』のくせに、彼女に冷たくして……」と続けた。
貴之が投宿先の松江荘に戻ってくると、部屋が荒らされていた。何者かが忍び込んで、荷物を調べたようだ。
『BAR中村』に行ってみると、野津翔太が若いカップルと言い争っていた。貴之の顔を見ると、「よりによって、あんたか。出てってくれ。松江から出ていってくれ!」と野津は突っかかる。カウンターに置かれたコースターに走り書きがしてあった。貴之は『15-3-501』。意味不明の数字が書かれたコースターを持って店を出た。
松江を訪れて六日目になる。ビッチこと、佐々木理子との会話から、「村上美咲が渡辺くんに噛みついたことがある」とのエピソードを聞いた。理子は美咲のことを「凶暴な女」とも言っていた。
貴之は渡辺と会って確かめた。渡辺は、高校時代に美咲のことが好きで告白したことがあった。だが、美咲は交際を断った。その時に渡辺は、美咲の腕に巻くミサンガをふざけて引っ張ったところ切れてしまった。「美咲は泣きそうな顔をして、ガリって腕に噛みついてきた」と渡辺は告白した。どうやらガリには、噛む意味があるらしい。渡辺は思い出のミサンガを持っていた。
それは青・黄・赤・白・黒の五色の糸で編まれていた。
貴之の携帯電話が鳴った。大森の婚約者の優香からだった。話があると言われて松江市内の『だんごや萌音』で会った。優香は昨夜聞いた大森の電話の内容が気になっていた。相手はクラスメイトの誰かだろう。「卒業式の後で死んだ」「僕たちが殺した」……。犯罪の匂いがする不穏な言葉が聞かれたのだという。貴之は過去の事件を調べたが、一五年前、殺人事件があったという記録はない。
貴之は山陰中央テレビに移動した。天気予報に出演した直後の村上美咲に会うためだった。渡辺から預かった五色のミサンガを見せた。美咲の顔色が変わった。「そうよ、私がガリよ」と認めた。写真を見せた。「あんたとお揃いの五色のミサンガだ」。写真に写る文野亜弥はいったい何者なのか?
「彼女がガリのことをどう思っていたか、知りたくないか」
貴之は手紙を美咲に渡した。
「こんにちは。
元気にしていますか。
私は少し元気がありません。
受験が近づいてきて、クラスが鬱々している感じです。
数カ月前まで、毎日が楽しかったのに、
まるで別の学校にきてしまったようです。
先日、事件がありました。
私の成績が上がったら、カンニングを疑われたんです。
私、悲しかった。
そしたら、ガリが助けてくれたんです。
涙をこらえている私の手を優しく握ってくれました。
私が困っているといつもガリが現れます。
そして、私を窮地から救ってくれます。
ガリは男前で、私のヒーローなんです。
ガリがいてくれて、本当に良かった。
マックスくんは女子には優しくしてくださいね。
強そうに見えても、女子は弱いんです。
文野亜弥」
美咲は「彼女が好きだった。人として好きだったの」と言った。同じ五色のミサンガをつけているだけで、嬉しかったのだという。私は乱暴だから怒ったら噛みつくけど、彼女は違う。耐える、涙をこらえて笑おうとする、自分のことより他人のことを考えていたと亜弥のことを述懐した。
「彼女は、すぐに誰かを助けようとする。だから、高三の大切な時に文野洋子さんのために、亜弥さんを演じた……」と美咲は言った。貴之は思わず「文野亜弥の母親、文野洋子さんのために演じただって?」と叫んだ。さらに「一五年前、何があったんだ?」と問い詰めるが美咲は答えない。
「そっとしておいて、あなたにだって、忘れたい過去はあるでしょう」
松江を訪れて七日目。七人のクラスメイトのうち、五人は判明したが誰も彼女のことを話さない。六人目。チビについて書かれた手紙を読んだ。
「こんにちは。
暑い日が続いていますが、元気にしていますか。
昨日、クラスメイトと夏祭りに行ってきました。
チビがお父さんの会社のことで悩んでいたので、
元気にしてあげようと計画したんです。
お父さんが建設会社の社長をしていたチビは、みんなが羨むような
贅沢な暮らしをしていました。
でも、これからは厳しい状況になるようです。
みんな、とても心配しています。
チビは明るい性格でクラスの人気者ですが、わがままな面と
気弱なところがあります。
今の彼は大きな困難に直面していますが、
頑張って乗り越えてもらいたい。
お坊ちゃん育ちのチビだけど、芯は強いものがあるはずです。
私はそう信じています。
社交的で明るい性格の彼なら、きっと乗り越えられる。
それに、彼には私たちがついています。
困った時や落ち込んだ時、友達を頼ってほしい。
友達って、心の薬なんだと思います。
マックスくんも友達を大切にしてください。
文野亜弥」
昼間の時間に『BAR中村』の前を通るとオーナーの中村英次がいた。中村はマスターの野津翔太の話をした。松江では有名な建設会社のお坊ちゃんで、昔は贅沢三昧の暮らしをしていた。ところが、高校三年生の時に父親の会社が倒産して極貧生活におちいる。その境遇は手紙に書かれたクラスメイトのうちのチビに似ているが、野津の身長は高くてチビではない。
貴之は『まるこし』に行った。店内には店長のおばちゃんと見覚えのある若い男がいた。夜道で貴之を襲った男だった。チンピラ風の男はおばちゃんが幼い頃から面倒を見ているそうで、名はヒロシといった。事情を知ったおばちゃんは「迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい」と貴之に謝った。「誰の指示で、俺を襲ったんだ?」とヒロシに問いただすと「野津先輩だよ」と白状した。さらに野津はいつも背が高く見える秘密の靴を履いている、と明かした。おそらく、野津がチビなのだろう。
貴之は美咲の話を聞くために会いに行くと、野津が「力づくでも黙らせる」とメールに書いていたことを知らせてくれた。その時、帽子をかぶった不審な男が視界に入った。どうやら貴之を尾行していたらしい。貴之と美咲はサルを助けに呼んだ。
市街地を貴之が歩いていると帽子の男が現れた。男はポケットからナイフを取り出した。「お前が忠告を聞かないから、悪いんだぞ!」と叫ぶ。間一髪のところでサルが飛び出してきた。帽子が取れた男を見ると、やはりその人物は野津だった。
野津は一五年前を振り返った。「あの頃、俺は自棄になっていたんだ。進学が駄目になり、先が見えなくなって……」。チビは松江大庭高校の倉庫で亜弥に襲いかかった過去について告白した。野津はさらに言う。「お前たちだって、隠してるだろう。文野亜弥は、自殺したんだよ」。
卒業式の後、七人のクラスメイトは教室に呼び出された。文野亜弥は「今日で、私はみんなとお別れです。私はこの世からいなくなります。……さようなら」と言い、ナイフで手首を切ったという。鮮血が吹き出し床に血だまりができた。七人のクラスメイトは愕然とした。亜弥は血だまりの上にバタッと倒れた。それを聞いたサルもガリも「事実なんだ」と野津の告白を認めた。
貴之は一五年前の山陰中央新報をもう一度調べなおした。
文野邸の火事のことは詳しく書いてある。だが、女子高生の自殺記事は見つからなかった。
貴之は『パティスリー・ピュア』に駆けつけた。大森と優香は店を閉める準備をしていた。貴之は土産物屋で買った苺ジャムを床にこぼした。真っ赤なイチゴジャムが床に広がる。それを見た大森の顔が青ざめる。貴之は苺ジャムを床にこぼし続ける。赤くてドロドロしたものを見ると気分が悪くなる大森は、床に座り込んだ。
「卒業式の後、文野亜弥を演じたクラスメイトが教室で手首を切ったというのは本当なのか?」。貴之は尋ねた。大森は苦しそうに胸を抑えて「血じゃない……。血じゃ……ない。……コチニール」と言うが、それ以上、答えることができない。
松江を訪れて八日目。チビは、亜弥は自殺したと言っていたが貴之は疑問に思っていた。彼女が亡くなった証拠がどこにもない。
貴之は文野邸の跡地にやって来た。雑草が生い茂っている。空地の隅に、枯れた花束がある。誰かが献花したようだ。近所の住人の話によると、島根県立美術館の部長、石原由香里が来ていたらしい。由香里が親友なのだろうか。だが、メガネから入手したクラス名簿に石原由香里の名はない。
貴之は『だんごや萌音』で優香と会った。昨日、苦悶しながら大森が言っていた「コチニール」は着色料に使う食紅の材料であること、またそれは特撮の血のりにも使われることを優香は教えてくれた。貴之は佐々木理子が「西野」のことを話していたことを思い出し、優香にクラスメイトに西野なる人物のフルネームを調べてほしいと頼んだ。
松江大庭高校の廊下にパンフレットがある。卒業生のインタビューが載っていた。「二〇〇〇年度卒業、島根県立美術館部長・石原由香里」と書いてある。やはり由香里はクラスメイトのひとりであるようだ。
貴之は美咲に会った。「『親友』について教えてくれ、名字は西野だろう」と尋ねた。美咲は「分かってるなら、話すことはないわね」と言って答えてくれない。「私は嫌いだったわ。というか、今も好きじゃないわね」。文野亜弥が自殺した原因は全員にある。でも、一番罪が重いのは親友だと思う、と言った。美咲は「彼女がしっかりしていたら、こうはならなかった」と付け加えた。
優香から貴之にメールが送られてきた。大森の名簿に西野由香里の名があった。
島根県立美術館に向かった。女子館員の話から西野由香里は両親が離婚して石原由香里に姓が変わったことを知る。美術館では由香里が企画した『松江出身の無名画家の絵画展』が行われていた。笑顔の中年女性の絵が展示されていた。貴之はコピーした新聞記事の文野洋子の写真と見比べて似ていると思った。案の定、その絵には「タイトル・母 作者・文野亜弥」の表記があった。その場に由香里がやってきた。「今日は早く帰れるんです。ちょっと付き合ってもらえますか」と言った。「俺も話があります」と貴之は答えた。
その日の夜、ふたりは由香里のマンション・リビングにいる。
「文野亜弥を演じた俺の文通相手の『親友』は、あなたですよね。石原由香里さん」と貴之は尋ねた。「言っている意味がよく分からないわ」と由香里は素直に認めない。
貴之は松江大庭高校で入手したパンフレットを見せ、この場所、由香里のマンションの住所はチビが書いたコースターの文字『15-3-501』と一致していることを告げた。さらに、貴之は八通目の手紙を由香里に渡した。
「こんにちは。
今年も残り少なくなりましたね。
風邪はひいていませんか?
クリスマスはどうしていましたか?
私は、最高のクリスマスプレゼントをもらいました。
最近、クラスメイトとうまくいってなかったんです。
それが、親友のおかげで仲直りできました。
最高のプレゼントとは、友人です。
先週、親友と玉作湯神社で叶い石をもらってきたんです。
そこで、親友がクリスマスパーティーを考えてくれました。
クラスメイトと前のように盛り上がろうという計画です。
これが大成功。
親友は天才です。
彼女は企画力があって、人を惹きつける魅力があります。
私は最高の親友を持っています。
彼女とはいつまでも仲良くしていたい。
永遠に親友でいたい。
とても幸せなクリスマスでした。
文野亜弥」
手紙を読んだ由香里はやっと「親友は、私よ」と認めた。貴之は由香里がクラスメイトたちを動かしているように思えた。「一五年前の事件を探られたくないあなたは、高校のクラスメイトに連絡した。そして、みんなに協力してもらって、幽霊や伝承や妖怪やUFOの仕業にして、俺を煙に巻いて返すつもりだった。彼女の親友がこんな人だったとは……」と言った。
「分かった。すべてを話すわ。でも、今日は駄目よ。明日、みんなを集めて話すわ。明日の午後五時、宍道湖畔で待っていて。クラスメイトを集めておくわ」と由香里は覚悟を決めたようだ。貴之は由香里の部屋を出た。
ようやくクラスメイトたちがどんな人物なのかわかった。
学校一の秀才のメガネ。松江市役所生活相談課・田中耕介
運動神経抜群のサル。松江大庭高校野球部監督・渡辺将也
優しいデブ。『パティスリー・ピュア』店長・大森準
正義感が強い男前のガリ。山陰中央テレビアナウンサー・村上美咲
おしゃべりなビッチ。女優志望だった主婦・佐々木理子
お坊ちゃん育ちのチビ。『BAR中村』マスター・野津翔太
かけがえのない親友。島根県立美術館部長・石原由香里
このたびは優秀賞に選んでいただき、ありがとうございます。
悪ふざけにも等しい私のシナリオを評価してくださった審査員各位の懐の深さに、ただただ恐縮するほかありません。
拙作『七人の影武者ルート』は、ルートレター本編では枝葉末節の部分であった設定や小道具、登場人物を使って遊んでみようという試みから生まれた作品です。
改めて読み返してみるとツッコミどころも満載なのですが、それも含めてルートレターということで、本編をプレイされた方にはニヤリとしていただける内容になっているものと自負しております。
今後もDLC追加シナリオ化、小説化、アニメ化、映画化と夢は膨らむばかりですが、まずは今回の受賞に感謝するとともに、ルートレターがより多くの人々に知られて行くことを島根県民として願って止みません。
ありがとうございました。
貴之が窓の外を眺めて物思いにふけっている。
貴之(松江に来て九日目。ここにきてようやくの快晴だ。
彼らから真相を聞くことができれば、俺の気も晴れるのだろうか?)
貴之は、鞄の中から手紙の束を取り出す。
貴 之 「九通目の手紙は、ビデオカメラとフィルム――
映画(シネマ)の便箋か。
消印は、1月11日になっている」
『あけおめ!
マックス君、受験勉強頑張ってる?
私はクリスマスにはしゃぎ過ぎて体調を壊しちゃったけど、今は元気です。
先日、気分転換に黒里監督の『七人の影武者』を久しぶりに観ました。
私としては『影将軍』よりもこっちの方が断然オススメ!
映画みたいに私にも影武者がいてくれたらなー。
そうしたら、私の代わりに大学を受験してもらうのに(笑)
あ、だけど私にとってマックス君の代わりになる人はどこにもいないの。
最近、それがよく分かりました。
これからも仲良くしてね!
文野亜弥』
貴之(今までの手紙と比べて、急に文体がフランクになっている。
よっぽどクリスマスパーティーが楽しかったのかもな。
しかし、今読み返すと俺って割と彼女に好かれていたんじゃないか?
俺の返事はたしか……)
『あけおめことよろ!
俺は受験勉強もマックスに突っ走ってるよ。
無計画に突っ走り過ぎたせいか、振り返ると結果がついて来ていない!
亜弥さんは本当に黒里映画が好きなんだね。
『七人の影武者』、俺も受験が終わったらじっくり観てみよう。
ん、待てよ?
文通の相手が、実は亜弥さんの影武者なんてことはないよね?……なんて!
今年も亜弥さんのオンリーワンのマックスをどうぞよろしく!』
貴之(……うーん、15年前の俺を小一時間説教したい。
そういえば、『七人の影武者』は未だに観ていないんだよな)
貴之が手紙を読み終えたところへ、女将の山本春花が小包を持って現れる。
春 花 「これ、届いてましたよ」
貴 之 「ありがとうございます」
春 花 「……これ、いかがわしい本?
自宅に届くとマズいからうちの旅館に?」
貴 之 「違いますから」
開封した小包には『ティーンズ・クィーン』の10、12月号が入っている。
包みの中には納品書が入っていて、備考欄に一筆添えられていた。
貴 之 「11月号は不適切な内容を含んでいるため、
現在お取扱いできません?
……なんてこった。山陰特集は11月号じゃないか!」
頭を抱える貴之。それを覗き込む女将。
春 花 「……あら、『ティーンズ・クィーン』だがね。懐かしいわぁ」
貴 之 「女将さん、ご存じなんですか?」
春 花 「15年前に、私も載ったことがあるのよ」
貴 之 「女将さんが? 15年前に?」
春 花 「ええ。京店の呉服屋さんに行く途中、
キャメラマンに呼び止められて」
貴 之 「だって、ティーンズですよ?」
春 花 「ティーンに見えたんだわね」
貴 之 「いやいやいや」
春 花 「んま! そんなに疑うんだったら、証拠だってあるけん!」
女将が部屋を飛び出して、物凄い勢いで戻って来る。
春 花 「ほら、ごらんなさい!」
貴 之 「これは……11月号!?」
彼女が持ってきたのは、『ティーンズ・クィーン』の11月号だった。
山陰特集の片隅には若作りした女将の姿がある。
貴之(女将さん、超ミニじゃないか。
いや、俺が探しているのは……あった!)
特集の一番目立つ場所に、
大庭高の制服を着た少女の写真が掲載されている。
どことなく文野亜弥を彷彿とさせる美少女の写真。
しかし、貴之が注目したのは彼女の名前の方だった。
貴 之 「西野由香里だって!?」
西野とは、『親友』こと石原由香里の旧姓だ。
春 花 「ほら、ここに書いてあるでしょう。山本春花(19)って」
貴 之 「そんなことより、どうしてこの子が西野由香里なんですか!?」
春 花 「へ? どうしてって言われても。……西野さんって誰?」
貴 之 「女将さん、この雑誌、自分で勝手に作ったりしてないですよね?」
春 花 「そんなわけないでしょ! なんて疑り深い人なの。
……そうだ、確か智子ちゃんのお友達も
この特集に載ってたはずよ」
貴 之 「え。そういえば、今日は彼女は?」
春 花 「今日はお休みをいただいています」
貴 之 「……彼女の連絡先って、教えてもらえます?」
春 花 「そんなことはできません」
貴 之 「ですよね」
春 花 「だけど、今日は松江歴史館に行くとか言ってたかしら」
貴 之 「歴史館ですか?」
春 花 「ええ。なんでも、好きな映画監督の企画展をやってるとか」
貴 之 「(どうせ待ち合わせは夕方だ。歴史館に行ってみるか。)
……女将さん、この本、貸りて行きます!」
春 花 「あっ、ちょっと!」
歴史館では現在、『映画監督・黒里昭夫の世界展』が開催されている。
貴之は館内を見渡すが、松江荘の仲居・坂田智子の姿は見当たらない。
貴 之 「このタイミングで黒里昭夫展か。偶然もあるもんだ」
貴之が館内をうろついていると、一人の男が近づいてくる。
一昨日に同じ場所で出会った、妖怪博士の小名木ジジである。
小名木 「またお会いしましたね」
貴 之 「あなたは、妖怪博士のおじいさんじゃないですか」
小名木 「おじいさんとは酷い。私はこれでもまだ33歳ですぞ」
貴之(えっ? タメかよ……)
小名木 「今日はまた何か調べに来られたのですか? 案内しますよ」
貴 之 「調べるというほどじゃないんですが
……同い年ならタメ口でいいか。
……お前こそ、暇なのか?」
小名木 「失敬な、私は仕事です。
松江の町を回って観光案内をする『松江若武者隊』、
ご存じない?」
貴之(見た目は若武者というより落武者だけどな)
小名木 「あ。もしかしてあなた、黒里監督のファンだったりしますか?」
貴 之 「ん? まあファンというか、最近『影将軍』を観たくらいだけど」
小名木 「それなら私が案内しましょう。
私はクロサト・フリークでもあるのです」
貴之は、小名木に強引に連れられる形で黒里展に入場する。
小名木 「黒里といえば『影大名』が有名ですが、
私は『七人の影武者』派です」
貴 之 「(彼女が観たというのも『七人の影武者』だった。)
……なあ、『七人の影武者』って、どんな話なんだ?」
小名木 「え、あなた『七人の影武者』をご覧になっていない?
無理もありませんか。
あの作品は難解な作風で興行成績もボロボロ。
言わば黒里映画の黒歴史とでも申しましょうか……」
貴 之 「いいから大まかなストーリーを教えてくれ」
小名木 「昔々、『根の国』という王国が、
悪の『鳥一族』に侵略されました。
突然の襲撃によって王城は陥落し、
根の王は切腹して果ててしまいます。
しかし王は死の間際、
忠実な七人の家臣に七つの秘宝を分け与えました。
王の証たる七つの秘宝が敵の手に渡らぬ限り、
王国再建は可能なのです。
そして、王は七人に命じました。
『生き別れになった私の姫を探し出し、彼女に秘宝を託せ』と。
そうして、姫を捜す七人の旅が始まりました」
貴 之 「待ってくれ。その話は長くなりそうか?」
小名木 「今のが、本編3時間50分のうちの最初の15分ですね」
貴 之 「ちょっと勘弁してよ。
急に腹が減ってきたから、続きはまた今度に」
小名木 「ここから面白いところで、
かつ映画が失敗した理由でもあるんですが。
七人が実は……」
貴 之 「それよりも、
ここに邪馬台国みたいな髪型の女の子が来なかったか?」
小名木 「さて、どうでしたか。
……そうだ、お帰りならぜひこれを持って行ってください」
小名木が、貴之に一枚の公演チラシを手渡す。
貴之(舞台版『七人の影武者』と書いてある。はっきり言って興味はない)
小名木 「地元の劇団が『七人の影武者』を上演するので、
お時間があればぜひ」
貴 之 「考えとくよ。じゃあな」
貴之は、チラシを鞄に押し込んでそそくさと歴史館を後にする。
意味ありげに笑いながら貴之を見送る小名木。
貴之は、ブランチのために神在庵にやってきた。
貴之が席につくと、いつものように店員の三平が現れる。
三 平 「いらっしゃい!」
貴 之 「すもうあしこしの最後の一品、出してもらおうか」
三 平 「それなら、『すもうあしこし定食』はどうでやす?」
貴 之 「なんだと?」
三 平 「宍道湖七珍が全部入ってるでやすよ」
貴 之 「待て。仮にそれを最初に注文していたら
スタンプラリーはどうなった?」
三 平 「もちろん、一回でコンプリートでやす」
貴 之 「……マジか!」
しばらくして、『すもうあしこし定食』が運ばれてくる。
すずきの造り、もろげえびの唐揚げ、うな重、あまさぎの付け焼き。
それに白魚の卵とじ、鯉の旨煮、シジミ汁と割子一枚のついた豪華版だ。
源 吉 「兄ちゃん、ついにすもうあしこしスタンプラリーを制覇したな!」
貴之が定食に舌鼓を打っていると、主人の源吉がやってきた。
源吉が貴之の台紙にスタンプを押し、ついにラリーは終了する。
貴 之 「全部入りの定食があるんなら、最初から言ってくださいよ」
源 吉 「あれは日曜日限定なんだ」
貴之(そうか。先週の日曜はここには来なかったな)
源 吉 「さあ、ラリーを制覇した兄ちゃんに、
次の台紙をプレゼントしよう」
貴 之 「ちょっと勘弁してよ、それが景品ですか!?」
源 吉 「冗談だ。さあ、これを受け取ってくれ」
源吉が台紙と一緒に差し出したのは、
雑誌『島根経済ウィークリー』だった。
表紙に『今月の顔』として中村BARの中村社長の顔が写っている。
パラパラとページをめくってみると、彼の趣味はUFO研究らしい。
源 吉 「おい兄ちゃん、そぎゃんガッカリした顔せんでもいいだろう。
これは遠からず、きっと兄ちゃんの役に立つことになる」
貴 之 「あてにせずにその日を待っています。
ところで、大将はどうしていつも
代金を半額にしてくれるんですか?」
源 吉 「……それは、兄ちゃんが選ばれた人間だけんだわね」
源吉は意味深な言葉を残して、厨房に引っ込んで行った。
三 平 「だったら、半額と言わず無料にしてくれだっていいでやすよねぇ」
貴 之 「確かに」
三 平 「あ、そういえば、あっしのブログ見てくれてるでやすか?」
貴 之 「ん? あ、忘れてた」
三 平 「アクセス数が増えれば広告収入も増える仕組みでやすから、
頼んます」
貴 之 「お前そういうモチベーションだったのか」
三 平 「だからこそ、ブログの内容に手抜きは一切ないでやすよ!」
貴 之 「分かった分かった」
スマホで三平のブログをチェックする貴之。
最新記事は、先日TSKで放映されたローカル番組
『ただもん!』の感想だ。
UFO特集で、司会のガリとUFO研究所の盛田が激論を交わしたようだ。
貴 之 「TSK攻めてるな。
盛田なんて放送コードギリギリの人間じゃないか。
……それに知ってるか?
村上アナと盛田、幼馴染みで犬猿の仲だぞ」
三 平 「へー。それで険悪な雰囲気が出てたでやすかね。
ちなみにブログに書いてやすけど、
あっしと盛田もクラスメイトでやす」
貴 之 「えっ。てことはお前は俺と同い年なのか?」
三 平 「あ、兄ちゃんも33でやしたか?
盛田は学年一の秀才でやしたけど、
なんであんなになったでやすかねぇ」
と、そこで貴之のスマホに見慣れぬ番号からの着信が入る。
小 雲 「おう、わしじゃ、泉小雲じゃ」
貴 之 「え? じいさんがなんで俺の番号を知ってるんだ?」
小 雲 「わしはFBIじゃと言っちょっただらが。
そぎゃんことより、今から松江駅まで来れーかや?」
貴 之 「はあ? なんで俺が」
小 雲 「駅前に『小雲堂』ててわしの店があーけん、そこに来ーだわ」
貴 之 「小雲堂? ていうか勝手に決めないでくれ。こっちにも予定がある」
小 雲 「どうせ夕方までヒマしちょーだらが。
……そーから、こないだわしが頼んじょったもんも忘れんこにな」
一方的に要求だけを伝えて、電話は切れてしまう。
貴 之 「どうなってるんだ、一体」
三 平 「『小雲堂』なら、駅から一本入った路地裏にあるでやすよ」
貴之は『小雲堂』に向うことに。
彼の出て行った後の店内で三平が意味深に笑っている。
三 平 「……『小雲堂』ね、了解でやす」
松江駅からほど近い路地裏に昔ながらの古本屋『小雲堂』がある。
貴之が小雲堂に到着すると、店内では坂田智子が古書を物色していた。
智 子 「あ、お客さん。どうしたんですかこんなところで?」
貴 之 「智子ちゃんこそ、どうして?」
智 子 「私は、古書店めぐりが趣味なんです」
貴 之 「へー、若いのに意外な趣味を持ってるな」
智 子 「私、お客さんが思ってるほど若くないですから」
貴 之 「……おいくつでいらっしゃるんですか?」
智 子 「レディに年を聞くなって、学校で習いませんでした?」
貴 之 「……ところで智子ちゃん、この雑誌に覚えがないか?」
貴之は、鞄から『ティーンズ・クィーン』11月号を取り出して智子に示す。
智 子 「あっ」
貴 之 「やっぱり知ってるんだな」
智 子 「あ~テンション下がりました立ち直れません。
どうしてくれるんですか」
貴 之 「え、なんで?」
智 子 「あれは忘れもしない高3の9月ですよ。
クラスの友達と一緒に京店にいたら、
カメラマンに声をかけられたんです。
山陰の女の子特集をやるから、写真を撮らせてくれって」
貴 之 「どこかで聞いたような話だ」
智 子 「私、舞い上がって友達や親戚に
片っ端から自慢しちゃったんですよ。
あの『ティーン・ズクィーン』に私の写真が載るんだって。
ところがどっこい……」
貴 之 「掲載されたのは友達だけで、自分は載ってなかったと?」
智 子 「……あれ、この話って前にしましたっけ?」
貴 之 「いや。最近、似たような話を聞いたからな。……ん、待てよ?
その雑誌が出た年に高3ってことは、智子ちゃん俺のタメか!?」
智 子 「……それはいいとして、そのクソ雑誌がどうかしたんですか?」
貴 之 「そうだった。この子なんだけど、見覚えがないか?」
貴之は本のページをめくり、
掲載された『西野由香里』の写真を智子に示す。
智 子 「……お客さぁん。知ってて嫌がらせしてません?
この子が、私の言っている友達なんですけどぉ」
貴 之 「なに!? 君は大庭高で、
しかもこの子のクラスメイトだったのか?」
智 子 「ええまあ。特別仲がよかったわけじゃないんですけど。
この日はたまたま、クラスの女子三人で遊びに行ったんです」
貴 之 「(と、いうことは、彼女とビッチと智子ちゃんの三人か?)
……ところで、この子の名前なんだけど」
そこで貴之がふと店外に目を向けると、小雲が木陰から手招きしている。
貴 之 「(何やってんだあのじじい。)……ごめん、ちょっと待ってて」
智 子 「え、ちょっとお客さぁん」
貴之はいったん店の外に出て、小雲のところへと駆け寄る。
小 雲 「場所を変えーぞ」
貴 之 「わ、なんだいきなり! 今、ちょうど話が核心に……」
小雲は貴之の腕を掴むと、小雲堂とは反対の方向に走り出した。
取り残された智子が、二人の後ろ姿を目で追っている。
貴之と小雲は、『はくちょう号』に乗り込んで宍道湖を遊覧している。
船内は貸し切り状態で、小雲の表情はいつになく真剣だ。
小 雲 「ふう。ここなら誰かに話を聞かれる心配もあるまい」
貴 之 「どういう意味だ? お年寄りと舟遊びする趣味はないぞ」
小 雲 「冗談を言っとる場合じゃないぞ。
……あんたは、恐ろしい陰謀に巻き込まれちょるんじゃ」
貴 之 「はあ?」
小 雲 「まあ、いきなり口で言っても理解できらんか。……例のブツは?」
貴 之 「ブツって、これのことか?」
貴之は、鞄から大林アサヒのレコードを取り出して小雲に手渡した。
小雲はジャケットに仕込まれた何かを回収すると、
残りは湖に捨ててしまう。
貴 之 「おい、なんてことするんだ。50円もしたんだぞ!」
小 雲 「あすこの店員は、わしの同志でな。
奴らの目をごまかすために、
あんたを利用させてもらったというわけじゃ」
小雲は回収したSDカードを貴之に見せると、
それをノートPCに挿入する。
続いてPC画面に表示されたのは、
手書きの手紙をスキャンした画像だった。
貴 之 「……これは!?」
画面に、かつて貴之と文野亜弥との間で交わされた
手紙の一部が映っている。
SDカードのフォルダを見ると、
過去の手紙は全て画像化されているようだ。
さらにフォルダには、『マックスに対する評価』と題された文書もある。
Q 休みは何をしていますか?
→ 俺には休みという概念がない。毎日をマックスに過ごすだけさ。
Q 高校最後の一年に何をやりたいですか?
→ 俺は中学とか高校とか、短いスパンで物事を考えない。
人生は一本勝負だ。
Q どういう大人になりたいですか?
→ 子供も大人もない。己の使命に気づいた奴が一人前の人間なんだ。
Q 好きな人はいますか?
→ 俺が自分のマックスを捧げたいと思っている相手なら、いる。
Q 男女の友情ってあると思いますか?
→ 友情の定義は人それぞれ。
人間関係はマックスとマックスのぶつかり合いだ。
Q 人生で大切にしているものはなんですか?
→ それを見つけるための長い旅路が人生だ。俺たちはまだ旅の途中だ。
Q どういう女性が好きですか?
→ 俺は女性に序列なんてつけない。
どんな相手にだってマックス真剣勝負だ。
文書には貴之の個人情報と共に、
かつての彼の返信内容がまとめられている。
そして文末には、『以上を踏まえた判定結果 合格』と記載されていた。
貴之(……改めて読むと、15年前の自分に殺意が沸き上がる。
いや、そんなことより、なぜ俺の手紙がデータベース化されている!?)
小 雲 「それらは奴らの機密情報じゃ。わしの仲間が命がけで手に入れた」
貴 之 「機密情報だって?
これは15年前の俺と文通相手の文通の記録だぞ」
小 雲 「つまり、それだけ奴らがあんたに執着しとるということじゃ」
貴 之 「待ってくれ。さっきから『奴ら』って誰のことだ?」
小 雲 「15年前、文野亜弥の名を騙ってあんたと文通した奴ら。
今回、あんたを島根に誘き寄せた連中じゃよ」
貴 之 「何を言ってるんだ? 俺が島根に来たのは自分の意思だ」
小 雲 「わしの調査によれば、
一月前にあんたの実家に何者かが忍び込んどる。
……あんたが島根行きを決意したのは、その直後のことじゃ」
貴 之 「……まさか!」
貴之は、鞄から消印のない11通目の手紙を取り出してみせる。
それは紛れもなく、貴之に島根行きを決意させた要因である。
小 雲 「あんたは奴らの思惑通り、
まんまとこの町にやって来たというわけじゃ」
貴 之 「……そう言うあんたは何者なんだ?」
小 雲 「わしは、さる公の機関から
密命を受けて活動するエージェントじゃ。
……古代より、この島根を裏で支配する
『文野一族』を探るためにな」
貴 之 「笑うところか?」
小 雲 「25年前に亜弥が死に、15年前に母の洋子も死んだ。
そこで文野の血筋は絶えたはずじゃったが、
奴らはまだ何か企んでおる」
貴 之 「仮にそうだとして、それと俺になんの関係があるんだ?」
小 雲 「あんたは、奴らに呼ばれてこの島根にやって来た。
あんたが奴らの仲間でない限り、奴らの目的はあんたの体じゃ」
貴 之 「俺の、体が目当て!?」
小 雲 「わしはこの九日間、あんたの動向を監視してきた。
その結果、どうやらあんたが奴らの仲間でないことは分かった。
そして、機密資料にはあんたの記録が残っておる。
……やはりあんたは、奴らにとって重要な人物に違いないのじゃ」
貴 之 「だからなんだ。
俺は文通相手の消息さえ確認できればそれでいいんだ!」
小 雲 「すまんが、あんたの身柄はしばらく預からせてもらう。
我々があんたを押さえておれば、
奴らも何か仕掛けてくるに違いない」
貴 之 「要するに俺は拉致されたわけだな?
悪いが警察を呼ばせてもらう」
貴之はスマホを操作しようとするが、電波が通じていない。
そこで突然、『はくちょう号』のキャプテン・上谷が
会話に割り込んでくる。
上 谷 「すまないが、航行中の携帯の使用は遠慮してもらおうか」
貴 之 「ちょ、キャプテン!?」
小 雲 「こやつも、わしの同志じゃ」
貴 之 「えー」
上 谷 「どうか、少しの間だけ我慢してほしい。
今度こそ、文野の秘密に迫る千載一遇のチャンスなのだ」
貴之(まずいことになったな……)
深々と頭を下げるキャプテンと小雲。その表情には鬼気迫るものがある。
と、その時、船の差し掛かった近くの湖岸に、複数の人影が見えた。
七人の男女が、輪になってストレッチをしたり発声練習をしたりしている。
貴 之 「……おい、止めろっ!」
上 谷 「なんだって?」
貴 之 「あそこにいるのは、俺の文通相手のクラスメイトたちだ。
俺は連中と待ち合わせの約束をしている!」
小 雲 「すまんが、諦めてくれ」
貴 之 「俺は連中から、
文通相手の正体を教えてもらうことになっている。
それはあんたらにとっても重要な情報じゃないのか?」
小 雲 「……しかし、その連中も奴らの手先かもっしぇん」
貴 之 「(こうなったら、マックスモードだ!)
お前らがその気なら、
俺はここから宍道湖に飛び込んで泳いで行くぞ!」
小 雲 「……やむを得ん。『牛骨ラーメン』、あそこに船をつけてごせ」
上 谷 「いいのか『二十世紀梨』?」
小 雲 「構わん。今、この若者に死なれたら元も子もない」
謎のコードネームで呼び合う二人のエージェント。
小雲の指示で、『はくちょう号』は湖岸へと向かいだした。
小 雲 「……気をつけーだで。連中も、文野の一味かもっしぇん」
貴 之 「俺はただ、文通相手のことが知りたいだけだ。
陰謀に興味はない」
貴之の言葉に、複雑な表情で沈黙する小雲。
やがて『はくちょう号』が湖岸に接舷される。
約束場所である湖岸の公園に、七人のクラスメイトたちの姿がある。
七人は、『はくちょう号』で乗りつけた貴之に驚きを隠せない様子だ。
貴 之 「待たせたな。さあ、真相を聞かせてもらおうか」
渡 辺 「随分と派手に登場してくれるじゃないか」
美 咲 「ニュースになるわよ」
貴 之 「成り行き上こうなった。気にしないでくれ」
貴之と七人が向き合ったところで、上谷が慌てた様子で船を降りてくる。
上 谷 「あんた、15年前の大庭×浜の川で先発した……そうだろ!?」
渡 辺 「そうだけど? あれ、あんた確か同級生の……」
貴之(同級生て……キャプテンも同い年か!?)
上 谷 「私のことはいいんだ!
……私はあの年の渡辺・吉田両選手の雄姿を見て
高校野球に開眼したんだ」
貴之(そういえばキャプテンは高校野球好マニアだったな)
上 谷 「一言、その礼が言いたかったのだ。ありがとう」
渡 辺 「そいつはどうも。それよりあんたやっぱり……」
上 谷 「私のことはいいんだ。……続けてくれ!」
渡辺と握手を交わした上谷は遊覧船へと駆け戻り、
船はそのまま出航していく。
貴 之 「……話を戻そう。誰が真相を語ってくれるんだ?」
貴之の問いかけに、『親友』の石原由香里が一歩前に進み出る。
由香里 「単刀直入に言うわよ。
あなたの捜している私たちのクラスメイトの名前は、吉岡栞」
美 咲 「彼女と私たち七人は、クラスの仲良しグループだった」
田 中 「だけど、私たちと彼女との間には、それぞれ色々あったんですね」
貴 之 「それでお前ら、示し合わせて俺にシラを切っていたんだろ?」
由香里 「吉岡栞があなたと文通をしていたのは事実。
彼女が手紙に書いていた内容も事実。
そして、彼女が卒業式に偽装自殺をしたことも事実。
……これで充分でしょう? もう私たちのことは放っておいて」
七 人 「「我々を、彼女の呪縛から解き放ってくれ!」」
貴 之 「いや、演劇風に迫られても困る。
……彼女は今、どこにいるんだ?」
由香里 「知らない。あれ以来会ってもいないし、会いたいとも思わない」
貴 之 「どうして彼女は、文野亜弥の偽名を使って俺と文通したんだ?」
由香里 「……それは、縁雫よ」
吉岡栞とクラスメイトたち八人は、日御碕への日帰り旅行の帰路にあった。
八人は、突然のゲリラ豪雨のために立ち往生している。
野 津 「だから俺は途中で電車を降りるのには反対だったんだ!」
由香里 「そうよ!
今日は天気がいいから歩いて帰ろうって言い出したの誰?」
大 森 「歩いて帰るにしても、
イングリッシュガーデン前で降りなくても……」
田 中 「現時点での移動距離は、おおよそ7キロと推定されるのですね」
栞 「ごめんなさい。
今朝、天気予報のお姉さんが降水確率0%って……」
美 咲 「栞は悪くない。悪いのは天気予報のババアよ」
渡 辺 「さすがガリ、噛みつきどころが違うねえ」
理 子 「……サノバビッチ!」
そこへ、散歩中の紳士が通りかかる。
文 野 「君たち、風邪ひくぞ。雨がやむまで私の家で休みたまえ」
8人が、文野邸の大広間で寛いでいる。
野 津 「聞いたか? この家、俺のオヤジの会社が建てたんだってよ」
由香里 「チビ、すごーい」
理 子 「別にチビはすごくないでしょう。家はすごいけど」
メガネ 「いい大学に行っていい会社に入って、
いつかこんな家を建てるんですね」
渡 辺 「家の中でキャッチボールできそうだな」
美 咲 「やめなさいよあんた。でもこの柱、噛みつきたくなるわね」
大 森 「このアタリメ、噛めば噛むほど味が出るよぉ」
栞 「……すみません騒がしくて。お茶までいただいてしまって」
文 野 「いいんだよ。それより自己紹介がまだだったね。
私は文野直樹。そして彼女が妻の洋子」
洋 子 「よーもこぎゃんあばら家に来てごしなって」
文野の隣に座る、訛ってはいるが上品そうな中年女性が微笑んだ。
回想が終わり、由香里が再び語り始める。
由香里 「それが、文野夫妻と栞との出会いだった」
貴 之 「雨の取り持つ縁――縁雫か」
由香里 「そう。栞は夫妻に気に入られて、
それからも屋敷を訪ねるようになった。
栞の家は母子家庭で、お母さんも不在がちだったから」
美 咲 「ところが、新学期が始まった直後に
栞のお母さんが事故で亡くなったの」
七 人 「「…………」」
理 子 「……メガネ、あんたの番」
理子に促され、慌てた様子で語り出すメガネ。
田 中 「あ。それで吉岡さんは、
文野夫妻に引き取られることになったんですね」
理 子 「文野夫妻は10年前に娘の亜弥さんを亡くしていた。
だから、栞が彼女の生まれ変わりに思えて仕方なかったみたい」
渡 辺 「それから、彼女はまるで
亜弥が乗り移ったみたいに別人になって行った」
野 津 「彼女は夫妻の教育で成績を伸ばし、容姿も洗練され、
近寄り難くなった」
大 森 「彼女がご近所から亜弥さんの幽霊だと誤解されたのも、
その頃からだ」
由香里 「彼女は、次第にクラスから浮いた存在になって行ったわ。
そんな時に彼女が始めたのが、あなたとの文通よ」
渡 辺 「孤立した彼女は、
誰かに正直な自分をさらけ出したかったんだろう」
貴 之 「……なるほど、身につまされる話だ。
ところで、彼女はなぜ文野亜弥の名を使っていたんだ?」
由香里 「彼女は用心深い性格だったから、
本名はNGだったんじゃないかしら?」
貴 之 「そうか。それから文野邸の火事。あれは何があった?」
理 子 「あれなら、私たちとは無関係よ」
田 中 「あの日、我々が文野邸で
クリスマスパーティーをしたのは事実です。
しかし、火事は我々が帰った後の出来事ですね」
貴 之 「しかし、由香里さんは今でも毎週、
現場に花を供えているじゃないか?」
由香里 「なんとなく、後味が悪いからそうしてるだけ。
それであの事件と私たちを結び付けられるのは、
はっきり言って迷惑だわ」
野 津 「俺たちには、それぞれ守りたい生活や仕事があるんだ。
頼むからこれ以上興味本位で
過去を掘り返すのはやめてくれっ!」
貴 之 「まだ聞いていないことがある。例の偽装自殺の件だ」
大 森 「うぅっ」
自殺という言葉に反応して、大森が口許を押さえてうずくまる。
渡 辺 「……リセット、したかったんじゃないのか?」
貴 之 「どういう意味だ?」
渡 辺 「彼女は、文野の家に養子に行く前の自分に戻りたかった。
今の自分を殺して、
元の自分に戻れば俺たちとやり直せると思った」
貴 之 「なるほど、さすが教師だ。
思春期の生徒の気持ちがよく分かってる」
理 子 「だけど、私たちが彼女と和解することはなかった……」
七人の表情が重く沈み、貴之も言葉を飲み込んだまま立ち尽くしている。
由香里 「もう、いいでしょう?
あなたも彼女のことは忘れて埼玉に帰りなさい」
由香里の言葉を合図に、散開しようとするクラスメイトたち。
そこで彼らの行く手を阻んだのは、いつの間にかやって来た小雲だった。
小 雲 「まさか、文野の家に養子がおったとはのう」
由香里 「……あなた、先週の夜に松江駅にいたおじいさん?」
小 雲 「しゃんことよりも、
あんたらまだ隠しちょーことがあーだらが?」
由香里 「どういうこと?」
小雲は、いつの間にかプリントアウトしていた
文野亜弥の手紙の画像を掲げた。
小 雲 「吉岡栞が文野亜弥の名を騙って出したてていう手紙の写しじゃ。
……少なくとも一番古い分と最後の分では、
筆跡が別人のもんだで」
貴 之 「なんだって!?」
小 雲 「あんたら、文野一族とグルになってこの若者を島根に誘き寄せて。
……一体なんを企んじょーかや!?」
小雲の追及に、先ほどまでの落ち着いた雰囲気から一転、身構える七人。
由香里 「何を言ってるのか分からないわ。
あなたたちこそ、何者なの?
私たちの過去を調べてどうするつもり?」
貴 之 「いや、俺はこのじいさんとは関係ないんだが」
田 中 「やはりあなたは、
我々のことを面白おかしく記事にするんですね?
私たちを世間の笑いものにするつもりなんですねっ!?」
貴 之 「……ちょっと待て」
田 中 「へっ?」
貴 之 「どうしてお前は俺の職業がライターだってことを
知ってるんだ?」
田 中 「う、それはですね……」
貴 之 「それに由香里さん。
どうして俺が埼玉から来たのを知っている?」
由香里 「……」
貴之(おかしなことといえば、あれもあったな)
貴之は、鞄から『ティーンズ・クィーン』11月号を出して由香里に見せる。
貴 之 「吉岡栞さんというのは、この女の子のことだろう?
彼女の名前が、どうして西野由香里になっているんだ!」
由香里 「ど、どうしてそんなものが残っているの?
回収されたはずじゃ……」
貴 之 「ビッチ、この日栞さんと一緒にいたあんたなら、
何か知ってるだろ?」
理 子 「え……あ、その、どうだったかしらね?」
クラスメイトたちは、明らかに動揺している。
貴 之 「由香里さん、
彼女の名前がなぜあなたの名前になっているんだ?」
由香里 「……だから言ったでしょう、彼女は用心深い性格だったって。
名前バレするのが嫌で、私の名前を使ったのよ」
貴 之 「わざわざ『親友』であるあなたの名を
偽名に使うとは思えないな」
田 中 「もうたくさんです!
これ以上私の平穏な日常を奪わないでください!」
貴之が由香里を追い詰めようというところで、突如奇声を発するメガネ。
渡 辺 「おい、メガネ、待て!」
走り去る彼をクラスメイトたちが追い、取り残される貴之と小雲。
貴之と小雲はさきほどの場所からほど近い市役所に移動していた。
貴 之 「……じいさん、あんたのせいだぞ。いきなり出しゃばって」
小 雲 「わしとしたことが、
チャンスを前にして前のめりになってしもうた」
貴 之 「結局、俺の文通相手の正体は分からず終いだ」
小 雲 「わしはこれから、さっきの七人のことを調べてみる。
連中がまだ何か隠しておるのは間違いないじゃろうからな」
貴 之 「俺の身柄を押さえておかなくてもいいのか?」
小 雲 「明日の朝、堀川遊覧船乗り場でまた合流しよう。
……あんたも、まだまだわしの協力が必要なはずじゃ。違うか?」
貴 之 「わかったよ」
小雲はキシシと笑いながら去って行った。
夜、貴之は松江荘の部屋で考え事をしている。
貴之(今日は真相が明らかになる予定が、逆に謎が深まった。
結局、俺の文通相手は吉岡栞だったのか?
それとも、クラスメイトの連中に現在進行形で騙されているのか?
まさか、じいさんの言うように俺は陰謀に巻き込まれているのか?
いずれにせよ、今日のクラスメイトの連中には違和感があった。
昨日まで俺を散々はぐらかしていた連中が、今日は驚くほど素直だった。
俺のしつこさに観念したからとも思えない。
……そう、あれはまるで台本でもあるかのようだった)
貴之が考えあぐねていると、そこでスマホに小雲からの着信が入る。
小 雲 「おう、わしじゃ」
貴 之 「俺は逃げも隠れもしないから、今日はもう寝かせてくれ」
小 雲 「これだけは耳に入れておきたくてな」
貴 之 「要点だけ簡潔に頼む」
小 雲 「今日のあやつらは『うさぎ』の連中だったんじゃ」
貴 之 「それだと簡潔過ぎて意味が分からん」
小 雲 「じゃから、連中はフェイクで、本当のクラスメイトではな……。
……むっ、なんじゃお前はっ!」
電話口の向こうで、激しく争う物音がする。
貴 之 「おい、大丈夫か!? おい、じいさんっ!?」
貴之の問いかけに答えないまま、通話はそこで切れてしまう。
貴 之 「(まさか、本当に文野一族が動き出したっていうのか?)
……じいさんは『小雲堂』にいるはずだ」
貴之は松江荘を飛び出して『小雲堂』へと向かう。
松江駅周辺は、日曜の夜とあって人通りも疎らに見える。
とりわけ『小雲堂』のある路地裏の通りは、
街灯も疎らで人の姿も見えない。
店に近づいた貴之は、その横でしゃがみ込む不審な人影を発見する。
よく見ると、人影は今まさに店に火をつけようとしていた。
貴 之 「おいっ、何をやっている!」
貴之の声に反応して振り返る人影。
貴 之 「……小豆パン仮面!?」
人影は上下黒のスウェットで、
人気ヒーローのマスクを被って顔を隠していた。
小豆パン仮面は、着火を諦めて逃走して行く。
貴 之 「待てっ!」
貴之は暗闇に消えた小豆パン仮面の追跡を諦めて、辺りの様子をうかがう。
貴之(小豆パン仮面も気になるが、今はじいさんの無事を確認しないと。
……ん? 店の入口が開いている)
貴之は、『小雲堂』の店内へと入って行く。
貴之が『小雲堂』に入ると、明かりの消えた店内は静寂に包まれている。
貴之がおそるおそる店の奥へと進むと、
そこには横たわる小雲の姿があった。
貴 之 「おいじいさん、しっかりしろ! おい! ……死んでる」
貴之が駆け寄って見ると、
小雲は背中から心臓を一突きされて絶命していた。
小雲の遺体は、冊子のようなものを握りしめている。
貴之(これは、『七人の影武者』のパンフレットだ。
……いわゆるダイイング・メッセージというやつなのか?)
貴之は改めて周囲を見渡すが、店内にはかなり物色された形跡があった。
犯人の手掛かりや、小雲の残したメッセージなどは特に見当たらない。
貴 之 「そうだ、警察に連絡しないとな……」
貴之は小雲の遺体を見下ろしながら、力なく呟くのだった。
貴之は、疲れ果てた様子で窓の外の景色を眺めている。
貴之(松江10日目。いかにも島根らしい、どんよりとした曇り空だ。
昨晩、俺は警察署で事情聴取を受けた。
犯人と疑われるのも覚悟していたが、意外にさっさと解放されて驚いた。
……俺はこれからどうすればいいのだろうか?
俺に残された手がかりは、
じいさんの残した『うさぎ』という言葉だけだ。
俺はこのまま文通相手の秘密を探るべきなのか?
それとも全てを諦めて、大人しく東京へ帰るべきなのか?
……15年前のマックスなら、こんな時はどうする?)
自問自答の末、鞄の中から手紙の束を取り出す貴之。
貴 之 「十通目の手紙は、
島根のご当地キャラらしき大名の絵柄入りだ。
消印は2月27日。
思えば、この手紙を最後に
彼女からの返信が途絶えたのだった」
『こんにちは。
実は私、今日明日と受験で東京に来ていまーす!
さすがに受験の影武者は見つからなかったのでした(笑)
本当はマックス君と会えたらいいなと思っていたけど、今回は自重しました。
……悲しいけど、これって受験戦争なのよね。
せめてマックス君の近くにいることを伝えたくて、今この手紙を書いています。
この手紙が届く頃にはそちらの受験も終わっているのかな?
お互い、いい結果がでるといいね!
マックス君とは、いつか必ず会うことになると思うんだ。
あなたはいつの日か島根に来て、王者の風格を身に着けて私の前に現れるの。
それはまだ遠い先のことかもしれないけど、私はその日を楽しみにしています。
そして、その時には私の秘密を教えちゃおうかな。
だからマックス君も、これから死ぬ気で頑張って立派な人間になってよね!
……だけど私が無事に東大に入れたら、もっと早くに出会えたりして。
文野亜弥』
貴之(これは、ほぼほぼ告白じゃないか。俺は一体どんな返事をしたんだ?)
『マックスは、絶望感に打ちひしがれている。
なぜなら、2月26日の時点で俺の受験はすでに終わっていたんだ。
それをもっと早く伝えることができていたら、あの日二人は出会えていた!
俺はこのことを226事件と呼んで後世に語り継ごうと思う。
さらにショックなことがある。
俺は4月から、京都の大学に通うことになった。
仮に亜弥さんが東大に通うことになっても、俺とは離れ離れだ。
だけど俺は諦めない。いつか必ず亜弥さんと出会ってみせる!』
貴之(……諦めない。必ず亜弥さんと出会ってみせる、か。
そうだ、俺はこの島根に彼女の行方を探しに来たんじゃないか。
じいさんの件だって、きっと彼女の行方と関係しているに違いない)
15年前の自分を回想しながら、決意を新たにしている貴之。
そこへ、突如一羽のカラスが部屋に飛び込んできた。
貴 之 「わっ、カラスかっ?
……ん? 足に何かくくりつけてあるな」
貴之はカラスを捕まえると、その足に結ばれた紙を取り外す。
それは、15年前と同じ
あっぱれくんの便箋に記されたメッセージだった。
『マックス君、ご無沙汰しています。
やはりあなたは島根にやって来ましたね。
あなたが私の思う通りの人物に成長しているのなら、
今日の夕陽が沈むまでの間に私を見つけ出してくれることでしょう。
けれど、もしもあなたがこの15年を怠惰に過ごして来たのなら、
その時は宍道湖の夕陽と共にあなたの命も沈んで行くことになります。
どうか、最後の試練を乗り越えてください。
そして、初めてお会いできるのを楽しみにしています。
文野亜弥こと吉岡栞』
便箋を手に、貴之は送り主の意図を図りかねている。
貴之(これは、罠なのか? それとも……)
智 子 「お客さーん、大丈夫ですかー!?」
物音を聞きつけた坂田智子が部屋に駆け込んでくる。
しかし彼女は、部屋を飛び回るカラスを見て飛び上がってしまう。
智 子 「ぎゃああっ、鳥ィィッ! ……お、お、お客さん、
早くそれを外に追い出してください!」
貴 之 「あれ、智子ちゃんは鳥が苦手だったっけ?」
智 子 「子供の頃、カラスに突っつかれて以来、ダメなんですぅ!」
智子は半狂乱で箒を振り回すが、カラスも必死に逃げ回る。
貴之がなんとか窓の方へと誘導すると、カラスは外へ逃げて行った。
貴 之 「もう大丈夫だぞ」
智 子 「はわわわ、助かりましたぁ」
貴 之 「せっかく駆けつけてくれたのに、災難だったな」
智 子 「災難と言えば、聞きましたよー。
昨日は夜遅くまで警察の取調べを受けていたんでしょう?
……やっぱり、
カツ丼食えとか自白強要とかあったんですか?」
貴 之 「言っとくが、俺は犯人じゃなくて参考人だからな」
智 子 「あの古本屋さん、いいお店だったのに燃えちゃって残念です」
貴 之 「……燃えた?」
智 子 「それに店主のジジイ、
変人とは思っていたけど犯罪者だったなんて」
貴 之 「待ってくれ。
『小雲堂』は燃えていないし、じいさんは殺されたんだ」
智 子 「あれー? お客さん、疲れ過ぎて頭が回ってないでしょう?」
智子がテレビをつけると、
ちょうどTSKのローカルニュースが流れている。
念願の報道部に配属されたのか、
村上美咲がニュース原稿を読み上げている。
美 咲 「……全焼したのは、松江市朝日町の古書店『小雲堂』で、
警察は店主の男性が何らかの事情を知っているものとみて、
行方を追っています」
智 子 「ほら。お客さんが通報したんでしょ?
しっかりしてくださいよー」
貴 之 「そんな、バカな……」
貴之が画面を凝視していると、引き続き美咲がニュースを読み上げる。
美 咲 「続いても火災のニュースです。
本日未明、松江市末次本町でCDショップが
全焼する火災が発生しました」
貴 之 「これは、小雲じいさんの仲間の……」
画面の中で、
貴之がレコードを買ったCDショップが炎に包まれている。
それにかぶさる形で、
店主が死亡したことも写真入りで表示されている。
美 咲 「警察では、連続放火事件であるとの見方を強めており……」
貴之(まさか、本当に文野一族が動き出したっていうのか?
……てことは、夕方までに吉岡栞を探し出さないと俺も殺される!)
智 子 「お客さん、真っ青な顔して。具合でも悪いんですか?」
貴 之 「そうだ。智子ちゃんに確認しておきたいことがある」
貴之は『ティーンズ・クィーン』11月号を取り出した。
智 子 「ちょっと。お客さんはトラウマ掘り起しマンですか?」
貴 之 「まあまあ。……この子の名前は、
本当に『西野由香里』なのか?」
智 子 「そうですよ。そこに書いてあるでしょう?」
貴 之 「……吉岡栞じゃないのか?」
智 子 「なに言ってるんですか。栞は由香里の親友です。
この日は、二人と私とで京店に行ったんですから」
貴 之 「え? 一緒にいたのは、ビ……羽田理子じゃないのか?」
智 子 「あ、いけない。
他のお部屋のお布団を片付けてる途中だった!」
貴 之 「おい! ちょっと……」
智子は慌てた様子で部屋を飛び出して行く。
貴 之 「……さて、これからどうするか。
もう一度由香里さんに会って問い詰めるか。
それとも、『はくちょう号』のキャプテンに会って
小雲について聞くか」
貴之の脳裏に、石原由香里とキャプテンの顔が交互に浮かぶ。
貴 之 「朝からむさくるしい顔は見たくないな。
まずは由香里さんだ」
貴之は県立美術館を訪れるが、石原由香里と会うことはできなかった。
貴之(由香里さんは朝から大事な会議らしい。
……仕方ない、先にキャプテンのところへ行くか)
と、そこへ、神在庵の三平が通りかかる。
三 平 「お、兄ちゃん、奇遇でやすね」
貴 之 「お前こそ、店はいいのか?」
三 平 「今日は休みなんで、
母校の後輩たちに野球の極意を伝授しに行くでやす」
貴 之 「お前、野球部だったのか?」
三 平 「大庭高の吉田三平っていやぁ、
当時はちょっとしたもんだったでやすよ」
貴 之 「大庭高だって? じゃあ、
サ……渡辺将也とはチームメイトなのか?」
三 平 「へい。あの年の大庭は、
あっしとゴリで持ってたようなもんです」
貴 之 「ゴリ?」
三 平 「渡辺のことでやす。
顔がゴリラなんで、あっしはそう呼んでやした。
……じゃ、あっしは先を急ぎやすので」
三平は大庭高校の方へと立ち去って行く。
貴之(俺も、キャプテンのところに行くか)
貴之は『はくちょう号』乗り場に到着するが、キャプテンの姿はない。
貴 之 「まいったな。キャプテンはいないのか」
貴之が辺りをキョロキョロしていると、人影が近づいてくる。
小名木 「またお会いしましたね」
貴 之 「妖怪博士か。観光案内なら間に合ってるぞ」
小名木 「いいえ。今日は個人的な用件で来たのですが、
上谷は留守のようですね」
貴 之 「上谷……ああ、キャプテンのことか」
小名木 「奴とは高校のクラスメイトで、
たまにこうして旧交を温めにくるのです」
貴 之 「なんだお前も大庭高校か。
……で、要するにサボりに来たわけだ」
小名木 「ま、私も好きでこの仕事を
やっているわけではありませんので」
貴 之 「そうなのか? 天職に思えるけどな」
小名木 「私の実家はこの辺りでは有名な土建屋でした。
それが私の高校時代に倒産して、
後継ぎだった私の将来設計はパーですよ」
貴 之 「どこかで聞いた話だな」
小名木 「ところで、あなたはここへ何をしにいらしたんですか?」
貴 之 「俺も、キャプテンに用があってな」
小名木 「さては、彼のケーキがお目当てですね?」
貴 之 「ケーキ?」
小名木 「これは失礼。彼はああ見えてケーキ作りの名人なのです」
貴 之 「あの顔でケーキ作りとは、神をも恐れぬ所業だな」
小名木 「……さて、彼を待っている間、
こないだの話の続きをしますか?」
貴 之 「『七人の影武者』か。かいつまんで頼む」
小名木は、コホンと一つ咳払いをしてから、神妙な顔つきで語り出す。
小名木 「あの映画が大コケした最大の理由は、
登場人物が多過ぎたのです」
貴 之 「七人の影武者だから七人がメインだろ?
それくらいなら……」
小名木 「いいえ。七人の忠臣たちに一人ずつ影武者がいる話なのです。
つまり、総勢十四人の忠臣が
姫を探して旅に出るお話なんですよ」
貴 之 「多いな」
小名木 「問題はそれだけではありません。
十四人は苦難の末に姫を見つけ出しますが、
なんと彼女も……」
貴 之 「影武者だった?」
小名木 「正解。しかも本当の姫は、
実は十四人の中にいたというオチでして」
貴 之 「……ダメだ、ついて行けない」
小名木 「そう。観ている方が混乱しているうちに
映画は終わってしまいます。
五回も見れば、巧妙に張られた伏線も分かってきて
面白くなるんですが」
貴 之 「観ないで正解だった」
小名木 「今度の『うさぎ』の公演でも、
その辺の解釈は議論になったようですよ」
貴 之 「……今、『うさぎ』って言ったか?」
貴之の脳裏に、昨晩の小雲との通話の記憶が蘇る。
小名木 「ええ。『児童劇団うさぎ』の青年部。
チラシを差し上げましたよね?」
貴之は、鞄の中からしわしわの公演チラシを取り出して
内容を確認する。
チラシには
『児童劇団うさぎ三十周年記念公演・七人の影武者』とある。
貴 之 「そうだ、『うさぎ』はビッチの娘が所属している劇団だった。
……ていうか、これはビッチじゃないか。
それに、チビとガリもいる」
貴之がチラシを裏返すと、
裏面に主要出演者が顔写真付で紹介されていた。
そこには、
座長・羽田理子、主演・野津翔太、語り・村上美咲(TSK)、
さらに『OB客演』として、
田中耕介、渡辺将也、大森準の名前もあった。
貴 之 「こいつら全員、役者だったのか?」
貴之は、これまで得た情報を整理して行く。
貴之(小雲のじいさんは、『七人の影武者』のパンフを握りしめて死んでいた。
影武者は七人、吉岡栞のクラスメイトも七人。
それから、昨日のじいさんからの電話。
じいさんは、連中が『うさぎ』の劇団員だったと言っていたんだ。
そしてじいさんは、連中がフェイクだとも言っていた。
連中が役者なら、他人に成りすますこともできるだろう。
……連中は、吉岡栞のクラスメイトを演じていた!?
それなら昨日の妙に芝居じみた奴らの態度も腑に落ちる)
小名木 「どうしました? さっきからブツブツ独り言を……」
貴 之 「よし、『うさぎ』の稽古場だ!」
恐ろしい結論に辿り着いた貴之は『うさぎ』の稽古場へと向かう。
貴之が稽古場に到着すると、クラスメイトたちが勢ぞろいしていた。
ただし、『親友』の石原由香里の姿だけはない。
理 子 「やっぱり、来たわね」
どうやらクラスメイトたちは、貴之の来訪を予期していたようだった。
貴 之 「あんたら、本当は吉岡栞のクラスメイトじゃないな?」
理 子 「……これ以上シラを切っても仕方なさそうね。
そうよ、私たちは七人の影武者だったの」
貴 之 「なぜ、こんなマネをしたんだ?」
理 子 「私たちは頼まれて、
あなたの文通相手のクラスメイトを演じただけ。
そこにどんな目的があるかは、知らないわ」
貴 之 「誰に頼まれたんだ?」
理 子 「ごめんなさい。それは言えない」
貴 之 「どうして?」
理 子 「……劇団を維持して行くのは、大変なのよ。
あのお方の助けがなければ、ウチはとっくに潰れていたわ」
貴 之 「あんたが、演歌やグラビアをやっていたのは?」
理 子 「それは本当。だけど私はビッチではないわ」
貴 之 「チビ、お前もこの劇団のメンバーだな?」
野 津 「俺はチビじゃない。ここの看板俳優だ」
貴 之 「バーテンの仕事は? 親父さんの倒産話は?」
野 津 「役者の仕事だけでは食っていけないから、
夜はバーテンをやっている。
父親の話は台本通りに演じただけで、
俺の実家は最初から貧乏だ」
貴 之 「デブ、お前は?」
大 森 「僕は、人生においてデブだったことは一度もない。
あのお方が、協力すれば
お店の開業資金を融資してくれるって……」
貴 之 「どうでもいいけどお前、この間のチョコポテチの食べ方。
あれはないぞ」
大 森 「くっ」
貴 之 「ハゲメガネ」
田 中 「だ、誰がハゲですか!
私は市のお金で私用のカツラを
買った件がバレて仕方なく……」
貴 之 「学校一の秀才という設定は?」
田 中 「学校一の秀才が『清栄』なんて謎の大学に行かないでしょ!」
貴 之 「サル。お前、大会前の大事な時期に恥ずかしくないのか?」
渡 辺 「うるせえ。今日はダチに代打を頼んでるよ。
……協力しねーと野球部は廃部になるんだ。
あのお方には逆らえない」
貴 之 「お前が15年前に大庭高のエースだったのは、
本当なんだな?」
渡 辺 「ああ。厳密には、
当時のウチは俺とダチの吉田と二枚看板だった」
貴 之 「ガリ」
美 咲 「私は最初から、噛みつくからガリだなんて
無理があるって言ってたのよ」
貴 之 「田舎女子アナとはいえ、
人気商売のあんたがなぜこんな茶番に?」
美 咲 「報道に行かせてくれるなんて言われたら、
断る理由はないじゃない」
貴 之 「……要するに、全員が弱みにつけ込まれて
芝居に協力したんだな?」
理 子 「そういうことよ」
貴 之 「『あのお方』というのは、
どうしてあんたらを影武者に選んだ?」
理 子 「それは、私たち六人が
吉岡栞さんの隣のクラスに在籍していたから」
貴 之 「なんだって?」
田 中 「あなたに見せたクラス名簿、
あれはうちのクラスのものですね」
美 咲 「つまり、うちのクラス自体が
吉岡栞のクラスの影武者だったってわけ」
貴 之 「俺は、初手から巧妙にミスリードされていたというわけか。
……いや、それにしても奇妙だ。
あんたら全員この劇団のメンバーだろ?」
大 森 「厳密には、野津と理子さん以外は
昔に子役として在籍していただけだよ」
理 子 「そ。うちは元々『児童劇団』だから」
野 津 「俺と理子だけが、
子役の頃からずっと役者を続けているんだ」
貴 之 「……つまり、あんたらは同じ劇団に子役として
在籍していたんだよな?
そのメンバーが、たまたま高校で
同じクラスになったっていうのか?」
理 子 「……え?」
貴之の指摘に、六人の影武者たちは意外そうな表情を見せる。
田 中 「言われてみれば……そうですね」
大 森 「どうして今まで気づかなかったんだろう」
美 咲 「15年前の時点で、すでに仕組まれていたってわけ?」
渡 辺 「……だから『あのお方』は、
そういうことのできる人なんだよ」
影武者たちが驚く中で、貴之は沈黙のうちに考えをめぐらせている。
貴之(この驚きっぷりを見る限り、こいつらは利用されているだけだ。
しかしこの分だと、俺の命が日暮れまでというのも冗談でなさそうだ。
……何とかして、吉岡栞の行方を探し出さなくては!)
改めて影武者たちと向き合った貴之は、そこで大事なことを思い出す。
貴 之 「そういえば、由香里さんはどうしたんだ?」
理 子 「彼女は美術館の会議が忙しくて、
当分抜けられないみたいよ」
貴 之 「彼女も、劇団のメンバーだったんだな?」
野 津 「いや、違う。彼女だけは、『あのお方』の推薦だ」
理 子 「それに、彼女だけはうちのクラスじゃなくて、
吉岡栞のクラスなの」
貴 之 「……なんだって?」
田 中 「……だけど、どうも高校時代の西野由香里さんと
印象が違うんですよね」
美 咲 「あなた、隣のクラスの女子のことまでよく覚えてるわね」
貴 之 「ちょっと待ってくれ」
田中の言葉で、
貴之は『ティーンズ・クィーン』の内容を思い出していた。
貴之は、同誌の『西野由香里』の掲載ページを田中に示す。
貴 之 「この子は、誰だ?」
田 中 「これは、紛れもなく西野由香里さんですね。
……やはり、今の由香里さんは整形でもしたんでしょうかね」
貴 之 「……もう一度、彼女に会って確かめてみるしかないか」
理 子 「待って。あなたに渡すものがあるの」
稽古場を後にしようとする貴之を、理子が呼び止める。
そして彼女は、貴之にあっぱれくんの便箋を手渡した。
『さすがマックス君。
七人の影武者を見破ったのですね。
後は本物のクラスメイトを探すだけ。
そうすれば、あなたは自ずと私に近づいて行くはずです。
文野亜弥こと吉岡栞』
貴 之 「これは?」
理 子 「『あのお方』から預かったのよ」
貴 之 「……吉岡栞が、あんたらの雇い主なのか?」
理 子 「言ったでしょう。それは答えられないって」
貴之は軽くため息をついてから、再度六人の影武者に相対する。
貴 之 「最後に一つだけ、真面目なマックスを出すぞ。
今回の件で、
小雲のじいさんとCDショップの兄ちゃんが殺された。
……お前らが殺しの片棒を担いだ事実は、
一生ついて回るぞ!」
理 子 「私たちが全く無関係だとは言わない。
だけど殺しの片棒だなんて……」
大 森 「大体、あのじいさんは店に放火して
今も逃亡中じゃないか!」
渡 辺 「確かに美咲がニュースでそう言ってた。
悪いのはジジイじゃないか」
美 咲 「ええ。私が今朝、警察に取材して聞いたことだから
間違いないわ」
貴 之 「いいや。俺は昨日、小雲が殺された現場をはっきりと見た。
じいさんは、お前たちのことを探っていて殺されたんだ!」
田 中 「しかし、警察の発表は……」
貴 之 「お前らのいう『あのお方』なら、
それぐらいするんじゃないのか?」
野 津 「そんな、俺たちが人殺しの片棒を担いでいたなんて……」
貴之は、茫然とする六人に背を向け、美術館へと向かう。
貴之は美術館に到着するが、やはり由香里は会議中で会えそうもない。
貴之(仕方ない。今度こそキャプテンを頼るか)
貴之が乗り場に到着すると、
ベンチで上谷が一人ベリータルトを食べている。
上 谷 「おお、あんたか」
貴 之 「……小雲のじいさんのこと、残念です」
上 谷 「ああ。『二十世紀梨』は、
我々の中で最も優秀なエージェントだった」
貴 之 「それに、CDショップの彼もお仲間だったんですよね?」
上 谷 「『松葉蟹』だ。あいつは、先月結婚したばかりだった」
タルトを頬張る上谷の目に、涙が浮かんでいる。
貴 之 「……昨日のクラスメイトたちが、
実は影武者だったというのは?」
上 谷 「昨日、『二十世紀梨』から概要は聞いている。
まさか文野一族が、十五年前から罠を仕掛けていたとはな」
貴 之 「俺は今、吉岡栞の本物のクラスメイトを探しています。
キャプテンには、何か心当たりがありませんか?」
上 谷 「……この町のどこかにもう一人、
我々の同志『砂丘らっきょう』がいる。
そいつなら、何かつかんでいるかもしれないな」
貴 之 「どこにいるんですか?」
上 谷 「分からん。
そいつの正体は『二十世紀梨』しか知らなかった。
……君こそ、彼から何か聞いていないのか?」
キャプテンに問われ、
貴之は昨日の小雲とのやりとりを思い出していた。
本来であれば、
貴之と小雲はある場所で待ち合わせするはずだったのだ。
貴 之 「そうか、堀川遊覧船乗り場だ!」
堀川遊覧船乗り場には、先日の女性の船頭がいる。
船 頭 「……来たわね。とにかく船に乗るだわ」
貴 之 「え、もしかしてあなたが?」
船 頭 「『砂丘らっきょう』よ」
船上で会話する貴之と船頭。
船 頭 「まさか『二十世紀梨』がね。
死んでも死なん奴だと思っちょったに」
貴 之 「……お察しします」
船 頭 「……彼とは、このミッションが終わったら
結婚すー予定だった」
貴之(……は?)
船 頭 「あなた今、『なしてあげなジジイと?』って思ったわね?」
貴 之 「ええ。厳密には『なんであんなジジイと』ですが」
船 頭 「うちの組織のエージェントたちは、
お互いの顔も名前もなんも知らんの。
だどもダーリンだけは例外で、彼はみんなの連絡役だった」
貴 之 「つまり、あなたはじいさん以外の
仲間とは会ったことがない?」
船 頭 「その通りだも、今あなたダーリン聞き流したでしょ。
……ともかく、私が本音で話せー相手は、
ダーリンだけだったの」
貴 之 「要するに、選択の余地がなかったわけだな」
船 頭 「運命の必然と言ってもらえるかしら?」
貴 之 「ところで、俺がここに来た目的は?」
貴之の問いに黙って頷く『砂丘らっきょう』。
彼女は貴之に、封筒を渡す。
船 頭 「ダーリンから念のために預かっていたの」
貴 之 「……これは?」
船 頭 「あなた宛ての手紙を読むわけにはいかないでしょう」
貴 之 「砂丘らっきょう、あんた……」
と、その時、堀川沿いの土手から何かが飛んできた。
飛翔物は船頭の首筋に命中し、彼女は崩れ落ちるように倒れてしまう。
貴 之 「……し、死んでる」
船頭は首に吹き矢を受け、絶命していた。
貴之が吹き矢の飛んできた方向を見ると、
そこには昨日見た怪人の姿が。
貴 之 「小豆パン仮面!」
昨夜と同じ姿の小豆パン仮面が、土手から貴之に手を振っている。
貴 之 「このままでは射的の的だ!」
貴之は遊覧船を操縦し、
小豆パン仮面がいるのと反対側の岸へと向かう。
岸にたどりついた貴之は一目散に走りだした。
逃避行の末、貴之はいつしか裏道に迷い込んでいた。
貴 之 「ここまでくれば……って、先回りかよっ!」
貴之の前方で、小豆パン仮面が声もなく笑っている。
もはやここまでと貴之が諦めかけた時、
彼の頭上でカァと鳴く声が聞こえた。
仮 面 「キャアアアアアアッ!」
小豆パン仮面の面を狙って、上空からカラスが急降下する。
小豆パン仮面は異常に取り乱した様子で、
落ちていた棒を振り回している。
貴 之 「……あれは、今朝のカラス!?
今朝の恩返しに来たのか、
それとも本物の小豆パンに見えたのか?」
眼前の光景に呆然としつつ、
貴之はその光景に妙なデジャブも覚えていた。
と、貴之の傍らにいつの間にか黒ずくめの男が近づいていた。
野 津 「おい、今のうちだ!」
貴 之 「お前は、チビ……の偽物!」
貴之は駆け付けた野津に連れられ、その場から逃亡する。
オープン前の中村BAR。
貴之はカウンター越しに野津と対峙している。
野 津 「危ないところだったな」
貴 之 「助かったよ。しかし、なんで俺を助けた?」
野 津 「……ガキの頃からママに言われてるんだ。
人殺しだけはダメって」
貴 之 「……良心の呵責に耐えられなくなったわけか。
この際だから、『あのお方』の正体も教えてくれよ」
野 津 「……さあ、店の準備があるから帰ってくれ」
貴 之 「この手紙を読んだら行くよ」
貴之は小雲の手紙を取り出して読み始める。
貴之(『うさぎ』の連中が偽のクラスメイトで、
本物は別にいると書いてある。
やはりじいさんは、そこまでたどり着いていたんだな。
本物のクラスメイトは、俺がこの町で出会った人間の中にいる。
そして、15年前の手紙の内容自体は事実に基づいている、と。
それらを合わせて考えれば、必ず吉岡栞に近づける、か)
貴之がしばし考え込んでいると、野津が恐る恐る口を開く。
野 津 「……俺は、『あのお方』の正体を
あんたに教えることはできない。
しかし、本物のクラスメイトのことを
教えるなとは言われていない」
貴 之 「何か知ってるのか!?」
野 津 「15年前に倒産した野津一建設。
うちもあそこの被害者だ。
あそこの社長の名前は今でも忘れない。小名木だ」
貴 之 「……そうか、あいつが!」
貴之は心当たりの場所へと向かうため、中村BARを後にする
松江歴史館では、小名木が観光客相手に愛想を振りまいていた。
貴 之 「おい、小名木。……いや、『チビ』と呼ぶべきか」
小名木 「なんです藪から棒に?」
貴 之 「しらばっくれるな。
俺と同い年で大庭高校OB。低身長。
そして野津一建設の社長は小名木だ。
お前は昨日、自分の父親が倒産した土建屋の
社長だと言っていた」
小名木 「……ようやく気付いてくれましたか。
そうです、私はかつて我が県土建業界に君臨した
野津一建設の御曹司です」
貴 之 「つまりお前が、15年前に吉岡栞を襲ったレイプ未遂犯だな」
小名木 「黒歴史を掘り起こさないでいただきたいっ。
あの時はボコボコにされて生死の境をさまよいました」
貴 之 「……画鋲で撃退されたと聞いているが?」
小名木 「……ともかく、あの時に私は改心したのです。
あれ以来、私は身も心も吉岡栞さんの下僕となったのです」
貴 之 「分かってると思うが、
俺はその吉岡栞の居場所を聞きにきたんだ」
小名木 「……焦ってはいけません。
彼女に会いたければ、
まずは七人のクラスメイトを探すことです」
貴 之 「お前でまず一人。他の連中はどこだ?」
小名木 「さてどうしたものか。
クラスメイトを簡単に売るわけにもねぇ」
貴 之 「俺はお前のデビューシングルを持っている。
それと交換でどうだ?」
貴之は、チビが栞のために歌い上げた
オリジナルソングのCDを取り出した。
小名木 「ぐはぁっ!
そんなものが、まだこの世に現存していたとは!!」
貴 之 「やはり、お前の歌だったか。
野津はこれを聴いて平然としていたからな。おかしいと思ったんだ」
小名木 「分かりました! ヒントを差し上げましょう。
あなたは今朝、私のクラスメイトに
会いに行ったではありませんか」
貴 之 「……キャプテンが? そんなまさか。彼は小雲の……」
小名木 「ほら、急がないと日が暮れてしまいますよ」
貴之は、『はくちょう号』乗り場へと向かう。
キャプテンが、船の前で腕を組んで立っている。
貴 之 「あんたが『デブ』だったのか」
上 谷 「……確かに私はスマートな方ではないが、失礼ではないか?」
貴 之 「あんたは『チビ』のクラスメイトで、
しかもケーキ作りの名人だ。
あんた、吉岡栞のクラスメイトの『デブ』なんだろ?」
上 谷 「……まったく、『チビ』の奴はおしゃべり過ぎていけない。
いかにも、私がケーキ作りの名人で心優しい『デブ』だ」
貴 之 「一つ聞きたい。あんたは、どっちの味方なんだ?」
上 谷 「と、いうと?」
貴 之 「あんたは、文野一族の謎を探る組織の一員だったはずだ。
一方で、文野一族の謎に関わる
吉岡栞のクラスメイトでもある」
上 谷 「あんたは、どっちだと思う?」
貴 之 「あんたは、俺に『砂丘らっきょう』を探すよう仕向けた。
そうして俺の見つけた彼女は、その直後に殺されてしまった。
そもそも、あんたたちエージェントは
互いの名前も知らないはずだ。
なのに、あんたは彼女や『松葉蟹』のことを知っていた」
貴之の追及に、上谷は頷いてみせる。
上 谷 「……そう、私は二重スパイだった。
小雲たちの組織に食い込んで、
彼らの内情を探るのが私の役目だった」
貴 之 「小雲のじいさんも浮かばれないな」
上 谷 「いい奴だったが、
我々の崇高な目的を邪魔する奴は生かしておけん。
今回のあんたの登場で、
これまで潜伏していた彼らが表立って動き出した。
おかげで彼らを一網打尽にすることができたというわけさ」
貴 之 「崇高な目的とは?」
上 谷 「この島根の弥栄のため。文野の血を絶やさないため。
それが15年前のあの日、
カラコロ工房で誓った彼女との約束なのだ」
貴 之 「……やはり、吉岡栞が裏で糸を引いているのか?」
上 谷 「それは、自分の目で確かめるんだな。
……小雲への手向けに、一つヒントをやろう」
キャプテンは手帳に何やら書き出すと、
そのページを破って貴之に渡した。
貴 之 「これは?」
上 谷 「15年前の大庭高校野球部のメンバー表だ。
当時の野球部は、通称ゴリとサルの二枚看板だった」
貴 之 「ゴリと……サル!?」
上 谷 「忘れもしない、浜の川高校との決勝戦。
古傷のために炎上した先発のゴリに代わって、
サルがマウンドに立った。
暴力事件を乗り越え、真摯に助け合う二人の姿に、
私は心を打たれたのだ」
貴 之 「先発は渡辺だったはずだ。……と、いうことは!」
貴之は、本物の『サル』がいるであろう大庭高校へと向かう。
グラウンドで、野球部が休日練習を行っている。
球児たちを指導しているのは渡辺ともう一人、三平だった。
貴 之 「よう、頑張ってるか?」
渡 辺 「……お前」
貴 之 「お前はサルじゃなくてゴリの方だったんだな。
どけ、俺の用があるのは吉田三平の方だ」
三 平 「兄ちゃん、こんなところまでなんの用でやすか?」
貴 之 「俺と同い年の大庭高OB。
野球部の二枚看板だったゴリサルのサル。
……お前が吉岡栞のクラスメイト、『サル』なんだろ?」
三 平 「そうでやすよ。
あんたの人間性は、この10日間でチェックしやした」
貴 之 「なるほど、お前も最初から俺を監視していたわけか」
三 平 「むしろ兄ちゃんがこの町で会った人間の半数は、
我々の協力者でやす。
うちのおやっさんも言ってたでやしょ?
あんたは選ばれた人だって」
貴 之 「……俺が選ばれたというのは、どういうことなんだ?」
三 平 「うすうす気づいてるでやしょ?
あんたは試験に合格したんでやす。
……これ以上は、頑張って早く吉岡栞を探し出すんでやすね」
貴 之 「メガネ、ガリ、ビッチ、親友。どれかに心当たりは?」
三 平 「まだそんなに残ってるでやすか?
もう一度、すもうあしこしスタンプを
満タンにしたら教えてやるでやすよ」
キキキと笑う三平。
その彼を押しのけて、渡辺が貴之の肩をバンとたたく。
渡 辺 「ブログだ、マックス。こいつのブログを思い出せ!」
三 平 「ゴリ、勝手なマネは慎むでやすよ。
誰のおかげで野球部が廃部にならずに
済んでると思ってるでやすか」
貴 之 「……そうか、三平のクラスメイトがいた! ゴリ、すまん!」
貴之は、三平のクラスメイトと名指しされた
相手のいる場所へと向かう。
研究所に到着した貴之はノックもせずにドアを開ける。
中では、所長の盛田と助手の須賀利が荷物をまとめている。
盛 田 「あれも見せずに勝手に入ってくる奴があるか!」
貴 之 「もう、そういうのはいいから。
……ていうか、夜逃げか?」
盛 田 「違う。何者かが研究所に忍び込んで
我々の研究資料を奪ったのだ」
須賀利 「これ以上、ここで研究を続けるのは困難と判断したわ」
貴 之 「……ふーん。大変なんだなあんたらも」
盛 田 「ここに何の用だ?
はっ、まさかお前も『トリニティ』の手先か!?」
貴 之 「トリニティ? そんなものは知らない。
あんたらが『ガリ』の情報について
デタラメ言ってたのを思い出してな」
須賀利 「……何のことかしら?」
貴 之 「まあいい。
俺と同い年の大庭高OBで吉田三平のクラスメイト。
学年一とうたわれた秀才の『メガネ』とは盛田、
お前のことだな?」
盛 田 「学年一、そうもてはやされたこともあった。
しかし、そんなことが
宇宙の真理の前に何の役に立つというのか」
須賀利 「彼は優秀な成績で東大に入り、大学院に進んだ。
そして、宇宙の真理を知るために
UFOの研究に打ち込むようになったの」
盛 田 「周りの奴らは俺を理解しようとしなかったが、
今に見ていろ。
やがて全人類は私の偉大さに気づくことになるだろう」
貴 之 「……あー、つまり、
お前が『メガネ』で間違いないんだな?」
盛 田 「そう呼ばれていた時期もあった」
貴 之 「だったら、俺がここに来た目的も分かってるよな?」
盛 田 「お前は、大いなる意思の導きでここまで来たのだ」
貴 之 「学者らしくない物言いだな。まあいい。
ガリとビッチと親友、誰かの居場所を知っているか?」
盛 田 「……『ガリ』なら、お前の目の前にいる」
貴 之 「なっ」
須賀利 「ちょっと盛田! 殴るわよ!」
盛田の隣に立っていた須賀利が慌てた様子で拳を振り上げた。
彼女の腕には、ミサンガが装着されている。
盛 田 「彼が後継者の器であることは、
我々が一番よく知っているじゃないか。
彼が試練に失敗するということは、
我々の判定ミスということだ。
……そんなことは、あってはならない」
須賀利 「……分かったわよ」
貴 之 「よく分からんが、
要するにあんたが『ガリ』ってことでいいのか?」
須賀利 「名前見れば分かるでしょ。『スガリ』だから『ガリ』よ!
……噛みつくから『ガリ』だなんて、
そんなバカな話あると思う?」
貴 之 「だよな。俺も最初は、寿司屋のせがれなんだと思っていた」
須賀利 「私は幼稚園の頃から『メガネ』の才能に惚れてたのよ。
猛勉強して彼の進路に食らいついて、
今も彼のサポートをしてる」
恍惚の表情で語る須賀利の瞳は、やや狂気の色をはらんでいる。
貴 之 「その、ミサンガは?」
須賀利 「これは、いつか私たちの研究が報われるための願掛けよ」
貴 之 「……ところでずっと気になっていたんだけどな。
あんたら、こんなんで一体どうやって収入を得ているんだ?」
須賀利 「……あなた、ここが本当に
ただのUFO研究所だと思ってるの?」
貴 之 「どういう意味だ?」
須賀利 「それ以上は、自分でお調べなさい」
盛田と須賀利は、貴之を強引に部屋から押し出してしまう。
研究所内から追い出された貴之は、考えを整理している。
貴之(ただのUFO研究所ではないとするとなんだ?
UFO以外の調査研究……俺の判定がどうとか言っていた。
たぶん、例の『あのお方』とつながっているのだろう。
奴らの資金の出所もその辺りにありそうだ。
待てよ? UFO好きの実業家といえば……)
貴之は、鞄の中から
『島根経済ウィークリー』を取り出してページを開く。
貴之(中村英次。株式会社ナカムーラ代表取締役社長。
趣味、UFO研究。
……やっぱりそうだ。)
貴之は、『今月の顔』特集を読み進めていく。
貴之(なんてこった! 確かに県内に店が何個もあるとは言っていたが。
TSK、松江荘、はくちょう号、神在庵、パティスリーピュア……。
ぜんぶナカムーラの関連会社じゃないか!)
さらに貴之は、気になる記述を発見する。
貴之(『最近では、地元劇団の活動を支援している』だって!?)
進むべき道の見えた思いの貴之は、再び松江へと戻る決意を固めた。
と、研究所の中から須賀利の叫ぶ声が聞こえてくる。
須賀利 「盛田! 15年間結びっぱなしだったミサンガが、
今切れたわ!」
貴之が店内に入ると、開店準備をしているはずの野津の姿がない。
カウンターの奥には、小豆パン仮面が立っている。
貴 之 「……野津はどうした?」
仮 面 「男のおしゃべりは、私好きじゃないんですよね」
そう答えた小豆パン仮面の声は、女性のものだった。
よく見ると、小豆パン仮面の足元には野津が横たわっている。
貴 之 「君は智子ちゃんだろ? もうそんなお面は外したらどうだ」
仮 面 「……お見通しですか」
小豆パン仮面がお面を取ると、そこに現れたのは坂田智子の顔だった。
貴 之 「カラスに対する君の怯え方が、
俺を襲った時と今朝とで同じだった」
智 子 「鳥だけは、ホント無理なんですよねー」
貴 之 「ところで、君は吉岡栞と西野由香里の
クラスメイトだったな?」
智 子 「ええ、そうですけど?」
貴 之 「15年前、君たち三人は、
京店でカメラマンの取材を受けた」
智 子 「だーかーらー、その話はもういいですって」
貴 之 「ついでにもう一つ言うと、君はおしゃべりだ」
智 子 「前にも言いましたけど、女子はみんなおしゃべりなんです」
貴 之 「以上から導き出される結論として、君は『ビッチ』だ」
智 子 「そんな勿体ぶった言い回ししなくても、
私が『ビッチ』ですよ」
あっさりと自分の正体を明かす智子。彼女は笑みさえ浮かべている。
貴 之 「君も、俺のことを松江荘で監視していたわけか?」
智 子 「人聞き悪いなぁ。監視じゃなくて、護衛ですよぉ」
貴 之 「……護衛?」
謎の声 「ここからは、私がお話ししましょう」
貴之が首を傾げたところで、厨房の奥から人影が現れる。
貴 之 「中村社長」
中 村 「よく、ここまでたどり着けましたね」
貴 之 「あんたが黒幕だったのか。あんた何者だ?
目的は一体なんだ?」
中 村 「今は、島根を守護する者、とでも申し上げましょう。
それ以上はあなたが
『親友』の謎を解いてからの話ということで」
貴 之 「……七人の影武者を仕立て上げたのはあんただな?」
中 村 「ええ。『うさぎ』は30年前に
私の死んだ妻が立ち上げた劇団でね。
そこで使えそうな子らを選定して、
大庭高校のクラスに集めました。
後は、あなたもご存じの通りです」
貴 之 「小雲やその仲間たちを殺させたのも、あんたの指示か?」
中 村 「ええ。自衛のため、やむを得ずに。
上谷君に奴らの動向を探らせて、この子に実行させました」
貴 之 「自衛だって?」
智 子 「だって、あいつらをやらなきゃ
お客さんがやられていたんですよ?」
中 村 「彼らは、『トリニティ』という組織の一員です。
彼らと我々とは、千年以上に渡って
不倶戴天の間柄なのですよ」
貴 之 「しかし、少なくとも奴らはおれを殺そうとはしなかったぞ。
むしろそこの小豆パン仮面に俺はさっき殺されかけた」
智 子 「殺そうとしてませんー。
事情を説明しようとしたら
勝手に逃げちゃったじゃないですか」
貴 之 「え、そうなの?」
中 村 「彼らは真相に近づくほど、
あなたを生かしてはおけなかったでしょう。
私の娘も、25年前に奴らに殺されました」
貴 之 「連中が、そんなことを……」
中 村 「だから『ビッチ』をあなたの護衛につけておいたのです」
智 子 「昨日は古本屋でジジイに出し抜かれたんで
焦りましたけど」
中 村 「この子は幼い頃に親を亡くし、
高校で唯一の肉親の祖父も失いました。
それ以来、私が面倒を見ていますが、
よくやってくれています」
貴 之 「女の子に人殺しをさせるなんて」
中 村 「彼女は、私のために海外で
軍事訓練まで受けてきてくれました。
邪悪な『トリニティ』の連中に対しては、鬼にもなるのです」
貴 之 「そこで殺されてる野津も『トリニティ』だったのか?」
智 子 「殺してませんけど。
さっき邪魔をされたから、
ムカついて一発お見舞いしただけです」
智子が野津を蹴ると、彼はうぅとうめき声をあげる。
中 村 「役者では食えないと言うんで拾ってやりましたが、
彼は優秀ですよ」
と、その時、突然貴之は胸の違和感を覚えて苦しみだす。
中 村 「効いてきましたか。
『ジムビーム・デビルズバック中村SP』が」
貴 之 「……なん……だと?」
中 村 「あなたが初めてこの店に来た時、
私がごちそうしたお酒です。
さすが野津君は見事な分量でこの薬を混ぜてくれました」
中村は、懐から不気味な色をした液体の入った小ビンを掲げてみせる。
貴 之 「なんだ……それはっ」
中 村 「分量次第で効果の発生時間をコントロールできる毒薬です。
もちろん真面目な野津君には、
隠し味としか伝えていませんが」
貴 之 「なぜ、そんなものを……」
中 村 「お伝えしたはずです。
日が沈むまでに全ての謎を解き明かせと」
智 子 「そろそろ、夕方ですよ」
貴 之 「そういう……ことかっ」
中 村 「あなたにその資格があるのなら、
きっと栞の下にたどり着けるはず。
……その時には、すべての真相をお話ししましょう」
中村はそう言い残すと、店を出て行ってしまった。
貴之は、苦痛で意識を失ってしまう。
吉岡栞と西野由香里と坂田智子の三人が、京店商店街を歩いている。
栞と由香里の顔は、よく見えない。
由香里 「『七人の影武者』、意味分かんなくなかった?」
栞 「そう? 私は面白かったよ?」
由香里 「栞と私って、ぜんぜん趣味合ってないわー」
智 子 「親友同士って、案外そんなもんなんじゃない?」
由香里 「そうかなぁ?」
智 子 「私も、12月に親友とコンサートに行く予定なんだけどさ。
実は彼女、そのコンサート全然興味ないらしいのよね」
栞 「それでも智子ちゃんの喜ぶ顔が見たいから、一緒に行くんだよ」
智 子 「だといいけどさぁ」
由香里 「私は、いくら栞からでも今後の映画のお誘いはお断り」
栞 「あ、ひどーい。親友のくせに」
由香里 「栞も、私の親友なら私の趣味くらい知っとくべきね」
智 子 「もー、親友同士でケンカしない」
目を覚ます貴之。なぜか彼の耳元に、野津の顔が接近している。
野 津 「……起きたのか」
貴 之 「いや起きたのかじゃねえよお前。なんのマネだ?」
野 津 「……なんでもねえよ」
野津は、サッと台本のようなものを背中に隠そうとするが、
貴之が奪い取る。
それは、夢で見た会話の内容がそのまま台本になったものだった。
貴 之 「なんだこれは?」
野 津 「……小豆パン仮面に脅されたんだよ。
あんたが起きるまで耳元でこれを朗読しとけって」
貴 之 「なるほど、彼女はヒントを残してくれたわけか。
……で、俺はどれくらい気を失っていた?」
野 津 「10分程度だ」
貴 之 「そうか。急がないとな」
野 津 「おい、どこへ行くんだ?
よく分からんが、
あんたは『次の発作でジ・エンド』らしいぞ」
貴 之 「お前の朗読のおかげで、謎が解けたのさ
企画展の会場で、石原由香里が文野洋子の肖像画を眺めている。
貴 之 「やっと会えたね」
由香里 「……マックス君、今日は何度も訪ねてきてくれたみたいね」
貴 之 「仕方ないよ。会議だったんだろ?」
由香里 「おかげで、ここの責任者になることに決まったわ」
貴 之 「おめでとう。吉岡栞さん」
由香里は一瞬驚いた表情を見せてから、嬉しそうに笑う。
由香里 「……どうして私が吉岡栞だと?」
貴 之 「あなたは、『七人の影武者』の一人だ。
しかし同時に、西野由香里は吉岡栞と同じクラスだった」
由香里 「その通りよ」
貴 之 「15年前に、西野由香里は『ティーンズ・クィーン』に載った。
しかし、掲載されていた写真はあなたとは別人だった」
由香里 「あの号は、40代を10代と偽って掲載した騒ぎで
発禁になったの。
よく、手に入ったわね?」
貴 之 「考えてみれば、『親友』というのは相対的な語だ。
Aに親友のBがいるとすれば、
Bから見てもAは親友のはずなんだ」
由香里 「それは、道理ね」
貴 之 「それから、吉岡栞さんは『七人の影武者』のファンだ。
今回の趣向に彼女が関わっているとすれば、
結末はこうするだろう。
……影武者の中に、本物のお姫様がいた、とね」
貴之は、そこで由香里を指さした。由香里は微笑んでいる。
由香里 「……外に出ない? ここから見える夕陽が最高なのよ」
二人が外に出ると、夕陽が湖面に映える幻想的な情景が広がっている。
由香里 「そう、私は石原由香里じゃない。吉岡栞よ」
吉岡栞の告白に、大きく頷く貴之。
貴 之 「まず、あなたに聞いておきたいことがある」
栞 「何かしら?」
貴 之 「あなたの『親友』の由香里さんはどこにいる?」
栞 「……とっくに、死んでるわよ」
貴 之 「なんだって?」
栞 「彼女は、本当に卒業式の日に自ら命を絶ったの。
……そして、私と彼女は一つになったわ」
貴 之 「それは、どういう意味なんだ?」
中 村 「あっぱれあっぱれ!」
貴之が栞に詰め寄ろうとしたところに、中村が現れる。
智子、上谷、小名木、三平、盛田、須賀利の六人も一緒だ。
中 村 「どうやら全ての試練を乗り越えたようですね。
実にあっぱれ!」
栞 「お父様」
貴 之 「お父様!?」
中 村 「栞の見立ては、正しかったようだね」
中村が眼鏡と付け髭を外すと、
写真で見たことのある文野教授の顔が現れる。
貴 之 「……マジでか」
文 野 「改めてご挨拶しよう。私は文野直樹。
この島根の王にして栞の養父だ」
貴 之 「王だって?」
文 野 「我々は、大いなる島根の意思を
次の世代に伝える一族なのだ。
栞は、先祖から代々この島根の王を定める
巫女の血筋なのだよ」
貴 之 「……巫女? 島根の意思?」
栞 「信じられないのも無理はないわ。
だけど、本当のことなの。
巫女は、自分の伴侶となるべき男子を占いで探し、
彼を島根の王にする。
王と巫女の間には必ず女子が生まれ、
その女子が次の巫女になる。
そうやって二千年以上もの間、
島根の歴史は守られてきたの」
文 野 「私の妻、洋子も巫女だった。
そして私と彼女との間にできた娘が、亜弥だったのだ。
……しかし、25年前に亜弥は『トリニティ』に暗殺された」
貴 之 「小雲のじいさんたちは、なんでまた……」
文 野 「奴らは、この島根の侵略を狙う
お隣の国の尖兵なのだ」
貴 之 「お隣って、まさか……」
栞 「そう、T県よ」
貴之(……なんだ、K国じゃないのか)
智 子 「私が一番嫌いな鳥は、とっ……」
文 野 「お前は黙っていなさい」
智子が口を挟もうとするが、文野に一喝される。
文 野 「……ともかく当時の私は、絶望に打ちひしがれた。
高齢の洋子には、もはや次の子を産む体力などない。
このままでは、二千年に渡る王朝の歴史が
私の代で終わってしまう!」
文野の力説に呼応するように、
回りのクラスメイトたちがオヨヨと涙している。
文 野 「そこで私は考えた。洋子の心臓を、
若い女子に移植すればいいのではと」
貴 之 「そんなアホな」
文 野 「要は、血なのだ。
洋子の体に流れる王家の血さえ残ればいい。
それさえ分かれば、後は『器』を探すだけだ」
栞 「それが私」
文 野 「心臓病を抱えていた幼い栞を、
我々夫婦は養女に迎えた」
貴 之 「待ってくれ。彼女が養女になったのは、
高校に入ってからだろう?」
文 野 「中学までは遠い地で生活させ、
高校になっても別の家に住まわせた。
『トリニティ』に彼女の存在が知られないようにね」
栞 「その時の名字が吉岡だったの。
そして私は15年前のクリスマスの夜、
洋子さんの心臓を受け継いだ」
貴 之 「いやいやいやいやいや」
文 野 「自慢ではないが、私は心臓外科手術の第一人者だ。
そして、古代出雲の技術と知識と財が、
我が一族には残されている。
あの日、我が家の地下で、
私は妻の心臓をこの子に移植した」
栞 「クリスマスパーティをしたのは、
万が一手術が失敗した時のため。
クラスのみんなと、お別れをしておきたかったから」
文 野 「しかし手術は成功し、妻はその命と引き換えに
栞を巫女と成した」
貴 之 「じゃあ、文野邸はどうして火事になったんだ?」
文 野 「洋子の死因と屋敷の設備、
それに栞の存在を連中に知られてはいかん」
貴 之 「証拠隠滅のために、火をつけたっていうのか?」
文 野 「あの屋敷は、気に入っていたのだがね」
栞 「そうして巫女になった私は、
王を探すための儀式を始めた。それが文通」
貴 之 「……そうだったのか!」
栞 「私は、何百人の男性と文通したわ。
そして、文面から滲み出る人間性を頼りに王を選定したの」
盛 田 「実際に分析のお手伝いをしたのは、私と須賀利だがね」
栞 「そうして選ばれたのがあなた。
自分を飾り、偽る人ばかりの中で、
あなただけは違った。
あなたの文章は恥ずかしいほど真っ直ぐで、
強い意志が感じられた」
貴 之 「悪かったな恥ずかしくて」
文 野 「島根の王を務めるには、
ドン引きするほどの剥き出しの情熱が必要だ。
……かつての私のように」
貴 之 「いや、待て。おかしい。
彼女がクリスマスに巫女になったのなら、
それ以前の文通は?」
文 野 「洋子だ。栞から聞いた高校の出来事を、
洋子が書いて君と文通していた」
貴 之 「ゲッ。筆跡が違うというのは、そういうことか」
栞 「洋子さんは、あなたとの文通を本当に楽しんでいたわよ」
貴之(……俺の文通相手は、おばちゃんだった)
文 野 「話を進めてもいいかな?
新たな巫女の誕生は、いずれ『トリニティ』に知られる。
そう考えた私は、栞の親友の西野由香里を
犠牲にすることにした」
貴 之 「……どういう意味だ?」
文 野 「西野君は卒業式に自殺した。
が、記録の上では死んだのは吉岡栞なのだ」
貴 之 「それもお得意の情報操作ってやつか?」
文 野 「そう。栞は来るべき日までの間、
西野由香里となって身を隠していた」
栞 「途中で彼女の両親が離婚したり再婚したり、
なんやかんやで石原に」
貴 之 「どうして、本物の由香里さんは自殺なんか?」
貴之の問いに、栞とクラスメイトたちの表情が曇る。
智 子 「彼女と担任の不倫がバレたんです」
小名木 「自宅の手抜き工事が見つかったのです」
上 谷 「父親の会社が倒産したらしい」
盛 田 「大学受験にも全部失敗したようだ」
須賀利 「母親の不倫も発覚したそうね」
貴 之 「それだけのことが一度に起これば、死にたくもなるか」
栞 「……だけど、それも全部」
栞は、文野の方に視線を向ける。
文 野 「島根のためなら、私はなんでもする。
彼女と彼女の家族を追い詰めることなど、
わけのないことだ。
戸籍の改ざん、マスコミ対策、警察への圧力、
島根王に不可能はない」
宿願の成就に高揚した様子で語る文野。
貴 之 「……なんて身勝手な奴なんだ。
許せん、マックスパーンチ!!」
智 子 「王に危害を加えようとする奴は、
私が許さないですよ!」
貴之は怒りに任せて文野に殴りかかるが、智子に組み敷かれてしまう。
文 野 「……あれから15年が経った。
私も中村と名を変えてこの島根を守護して来たが、
どうやら寿命が近い」
栞 「だから、後継者となるマックス君――
あなたを島根に呼寄せたのよ」
貴 之 「それが、この消印のない手紙だっていうのか?」
智 子 「私がお客さんの実家に忍び込んだんですよ」
文 野 「栞の下にたどり着けるか、
それは君に課せられた最後のテストだった。
『トリニティ』の連中まで炙り出せたのは、
思わぬ幸運だったがね」
栞 「さあ、私と結婚しましょう。
そしてあなたは島根の王になるの」
智子が貴之を起き上がらせ、栞が彼の前に進む。
栞は、液体の入った小ビンを手に持っていた。
文 野 「それを飲めば、君の体に入った毒は消える。
君に選択の余地などないのだ。
大人しく島根の王になりたまえ。
……そして私を、この孤独な役目から解放してくれ!」
しばしの間、宍道湖畔に緊張と沈黙の時間が続く。
そして貴之は、決意を固めた。
貴 之 「……嫌だ。田舎暮らしは絶対に、嫌だぁっ!」
貴之は栞の持っていた薬をひったくって飲み干すと、
全速力で逃亡する。
栞 「マックス君! 待って!」
文 野 「追え! 追うんだっ!」
各地を逃げ回った果てに、
貴之は日御碕灯台の断崖絶壁に追い詰められた。
文 野 「手こずらせおって。
……君も男なら、聞き分けたまえ!」
貴 之 「俺は東京生まれ東京育ちだ!
今さらこんなド田舎で暮らせるか!」
文 野 「つまらん嘘はやめろ!
君は埼玉の人間だ。島根となんら変わらん!」
栞 「大丈夫よ!
今はアマ●ンだってだって楽●だってあるじゃない!」
貴 之 「騙されないぞ!
漫画の発売日は一日遅れ。
民放は3つしか映らない。な●卯もない!」
栞 「ス●バもセブン●レブンもできたわよっ!」
貴 之 「……俺は、コンビニはポ●ラ派なんだよぉっ!」
貴之は、ついに崖から飛び降りてしまう。
栞 「いやぁあああああっ!」
文 野 「……わ、私の王国が。島根の未来がっ……」
崩れ落ちる栞と文野を横目に、立ち尽くすクラスメイトたち。
須賀利 「……ポプ●、あるじゃん」
盛 田 「……むしろあっちにも●プラがあるのか?」
一 同 「……」
その後、参議院議員通常選挙における島根・鳥取両選挙区の合区を皮切りに、島根鳥取合併の機運が急速に高まって行った。
島根県が鳥取県に吸収される形で新たに鳥根県(とりねけん)が発足するのは、それから間もなくのことである。
その裏に秘密結社トリニティの暗躍があったのか否か、それは誰も知らない。
全ての応募作を読ませてもらいました。イヤミス、ファンタジー、コメディーなど、読み応えのある作品が揃っていて楽しませてもらいました。
受賞作の『7人の影武者ルート』は9章、10章ですべてがひっくり返るという展開で、よくできていました。私の好きなメル・ブルックス監督のパロディ映画のようで、クオリティーは高いと感じて推しました。今あるものを疑うという作家の資質を、作者の鹿園寺平太さんに感じました。ゲーム・シナリオだけではなく小説なども書いてみてください。
今回は、比較的ハードルが高い内容でのキャンペーン募集であるにも関わらず、非常にたくさんの応募をいただくことができました。『ルートレター』の製作総指揮/プロデューサーとして、また今回のキャンペーンの審査員として、改めてお礼を申し上げます。
まず驚いたのは、応募してくださった皆さまが、『ルートレター』のシナリオをしっかりと読み込まれている点です。優秀賞となった二作品はもちろん、この他にも、主人公や登場人物の設定を活かした上で、その裏をかくようなオリジナルエンドルートを考えてくださった作品が多数ありました。中には思い切りの良い発想の転換をした作品もあり、そういう考え方もあるのか、と微笑みを禁じ得ませんでした。
ゲームをプレイしていただいたことで、応募して下さった皆さまはもちろん、プレイしてくださった皆さまの心の中には、ひょっとしたらゲーム内に収録されたのとはまた異なる『ルートレター』の物語が芽生えたかもしれません。次の機会がありましたら、ぜひ、そんな思いを、我々開発陣にも聞かせていただければと思います。改めて、ご支援、ご応募、ありがとうございました。
『ルートレター』9章10章のシナリオ
オリジナルルート名と9章10章のタイトル
年齢、性別、プロ、アマ一切問いません。グループでも応募できます。
但し、15歳未満の方は事前に保護者の同意を得てください。
応募された時点で保護者の同意があったものとみなします。
応募期間:2016年6月16日(木)~7月31日(月)22:00受付終了
応募場所:「ルートレター×BCCKS」特設公募サイト
(http://bccks.jp/special/rootletter)
最優秀賞 10万円
優秀賞 5万円
副賞 入賞作品の文庫本
入賞作品の電子書籍公開
(BCCKSおよびブックウォーカー)
安田 善巳 『ルートレター』製作総指揮・プロデューサー
長谷川 仁 『ルートレター』ディレクター
藤 ダリオ 『ルートレター』シナリオ
箕星 太郎 『ルートレター』企画・キャラクターデザイン
山本 祐子 BCCKS代表取締役COO
株式会社角川ゲームス
株式会社BCCKS
審査発表:2016年9月15日(木)
「ルートレター×BCCKS」特設公募サイトで発表。
本書は、
誰でもカンタンに紙と電子の本が作れるウェブサービス、
BCCKSでつくられています。
2016年9月23日 発行 初版
bb_B_00146501
bcck: http://bccks.jp/bcck/00146501/info
user: http://bccks.jp/user/11277
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
2016年6月、角川ゲームミステリー『√Letter ルートレター』9章10章のタイトルとシナリオを募集するオリジナルエンドキャンペーンが行われました。
本書籍は入賞作品をおさめた本になります。賞金のほかに副賞として、文庫本化(BCCKS紙本非売品)と、電子書籍配信(BCCKS、BOOK☆WALKERの2書店)が行われます。
入賞者の結んだエンドルートで『√Letter』をお楽しみください。 http://www.r-letter.com/