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JFK暗殺と資本主義社会システム

Lupin

千屋出版



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1.JFKの祖父とマフィア

ジョセフ・ケネディの創業は
1920年に制定された禁酒法をかいくぐった
酒の密売から始まった
その頃は相当マフィアに世話になっていた

その後その資金を元手にして
大恐慌で株を売り抜けて膨大な資産を築き
その資産を元手に権力に近づいて行った
シカゴマフィアを票集めに利用したことで
JFケネディは政界進出に成功したともいわれている

しかしその後末裔が
マフィアを徹底的に刑務所送りにしていった
マフィアにとれば裏切り行為であり
最終的には末裔は殺されていく運命になる

2.マフィアとキューバとロバート・ケネディ

1959年 
キューバはカストロが政権掌握する
マフィアは追放された
マフィアはハバナのカジノを失った

同時にソ連と組み冷戦の緊張が高まる

1961年
ケネディが大統領就任
弟の司法長官ロバートと共に
CIAが計画したキューバビッグス湾への
侵攻を許可した※後に失敗する

別プランでCIAはカストロ暗殺を
マフィアと共謀していた
マフィアはハバナのカジノ営業再開を狙っていた
ケネディはマフィアを使用することに反対していた

元々1950年代後半から
ロバートは連日マフィアを起訴して
撲滅の動きを取っていた
特に3大ファミリーに的を絞っていた

①シカゴのサム・ジアンカーナ
②サムの側近ラスベガスのジョン・ロゼリ
③フロリダのサント・トラフィカンテ

ちなみに
サントはキューバとの縁が深く
CIAとカストロ暗殺に関して
幾度となく接触し17回試みたが全て失敗している
またルイジアナのマルセロと協力関係にあった

マルセロはチュニジア生まれの移民だった

1961年
ロバートはマルセロを手錠をかけたまま
グアテマラに追放した
本人が出生地だと偽っていた国である
マルセロは気位の高い男であり
他人に奴隷扱いされることは
耐え難い屈辱だった

マルセロはこの数週間後
知人のデビッド・フェリーの手引きで
アメリカに密入国している

暗殺事件の研究者である
ラマー・ウォルドロンによると
この時に報復を誓ったと推理している

ロバートが本丸であったのだが
尻尾であったため頭から切り落とすことで
尻尾は後に死ぬ
この考えがマルセロにはあり
頭である大統領を殺すことを決意するのだ

3.CIAとマフィア

ケネディ兄弟はマフィアどころの話ではない
キューバの核ミサイル保有に頭を悩ませていた
亡命キューバ人指導者が
1963年春に極秘計画を持ち掛ける
ナンバー3の軍司令官J.アルメイダが
関与するクーデターである
CIAはアムワールド計画と名づけ
実行日を1963年12月1日に定めた
この計画は絶対に極秘であった

しかし
CIA職員のパーカーとモラレスが
クーデター計画の詳細をマフィアに漏らす
バーナード・バーカーはトラフィカンテと旧知の仲で
デビッド・モラレスはCIAマイアミ支局の職員だった
ロゼリと共にカストロ暗殺を試みてきたもの達だった

マフィアは
このクーデター計画を手土産に
大統領暗殺を企てていった可能性が高いとされる
この胴元がバレた場合は
第三次世界大戦に繋がる可能性すらあった

アメリカ政府はカストロ暗殺計画を隠し通す
マフィアはケネディ暗殺計画を隠し通す
国家安全保障を保つために
この2大勢力がぶつかる

CIAと共謀していたマフィアは
矛先をカストロからロバートへ転換するが
頭であるJFKからヤルことにした

4.マフィアと子分たち

暗殺計画は3つの都市で計画された
シカゴ、フロリダ、テキサスだった

1963年11月2日
まずはシカゴで仕掛けた
前日に警護隊に通報が入り
アジトが発見されてしまう
別動隊で用意していた元海兵隊員
トーマス・バレーが車内で拘束される
※後の実行犯とされた
オズワルドとの共通点は元海兵隊員で
パレードを見下ろせるビルで働いていた

次は
フロリダ州タンパだった
トラフィカンテの縄張りである
警護隊は1300の脅迫を受けており
守り切れないと伝えたが
ケネディには断れない理由があった
演説でCIAが作ったアルメイダ支持を伝える
文面を読み上げるためだった
トラフィカンテは暗殺を中止している

FIBによる暗殺前11カ月のマフィアの盗聴記録で
フィラデルフィアのボスが兄弟を消さねばならない
という発言が記録されている
カルロス・マルセロには記録がなかった

1977年に調査委員会は
マフィアのボスを召喚し始めたが
2人の大物だけは召喚できなかった
ロゼリは他殺体でマイアミ運河で発見され
シカゴのサム・ジアンカーナは
自宅のキッチンで射殺された状態で発見された
議会は1979年に調査を打ち切った
CIAもFBIも協力しなかった

マルセロのモットーとして
”3人の秘密は2人が死ねば守れる”
この言葉通りになった

1985年
FBIのトーマス・キンメルはテキサスに派遣された
カルロス・マルセロが管轄内で服役していた
テクサーカナ刑務所内で極秘操作を行った
銀行強盗の罪で8年の禁固刑になった男
ジャック・V・レニングハムをマルセロと同じ房に入れた
FBIの操作に協力することは強制だった
彼はラジオを購入して置くように指示された
そのラジオから全ての会話はダラス支局に筒抜けだった

しかし肝心な情報は屋外で
彼の耳にしか伝えられなかった

あの糞野郎は俺が殺した
また殺してもいい
目障りな奴だったからな

それを聞いてしまったジャックは
毎日怯えて暮らすことになった

”暗殺犯は自分の手下で
自分の農場に何度も招いた”

”知ってるだろ?
教科書倉庫ビルからケネディを撃った男さ
ヤツは子分でね俺の言いなりだった
あの日も俺の命令に従っただけだ
俺はヤツが教科書倉庫ビルで
警察に殺されると思ってたが生き延びた”

これは録音されている

※オズワルドは1960-1962年の間に
アメリカ海軍を辞めてソ連に亡命
ミンスクに駐屯していてアパートは無料で
提供される破格の待遇であったとされる
裏にはKGB訓練場があった
労働許可証も発行されているが
1962年にアメリカに帰国している

オズワルドを殺した
ルビーはマルセロの弟分である
ダラスで彼の下働きをしては
稼ぎをちょろまかしていた
マルセロに大きな借りがあった
だがマルセロは奴を殺さず
利用することにした
余談だがルビーが
ダラスで雇っていたストリッパーは
元々マルセロの弟のバーで働いていた

1963年11月22日
800キロ離れたニューオーリンズの裁判所では
司法当局がマルセロを起訴しようとしていた
マルセロはダラスの成功を祈っていた

結果は成功した

オズワルドはカストロ支持者ということで
マルセロの名はカストロの陰に隠れた

オズワルドの伯父はマルセロの下で
賭博の胴元をしていた
オズワルドが所属していた
民間航空パトロール隊では
デビッド・フェリーが教官を務めていた
フェリーはマルセロの私立探偵だった

オズワルドは事件後
アメリカ共産党の法律顧問だった
ジョン・アブドを呼んでくれと頼んだが
アブドは現れなかった

そしてチンピラのルビーに射殺されることになる
ルビーは1964年ウォーレン委員会の尋問を受け
ワシントンに移送してくれたら安心して
真実を語れると要請したが却下され
その3年後病死した
1993年マルセロは出所して間もなく病死した

5.ジョンソンを支えた組織

1975年のザプルーダーフィルムのテレビ放映によって
少なくとも2方向以上の銃撃があった可能性が広まり
ロックフェラー委員会(1975年)や
下院・暗殺問題調査特別委員会(1978年)に発展
下院委員会は音響の証拠などから
銃弾は2方向から合計4発である可能性を示唆

2003年の
「The Men Who Killed Kennedy - The Guilty Man」
History Channelが
ジョンソン、フーバー、CIA、テキサス石油業界の
共謀を取り上げたことで波紋を呼ぶ

物的証拠として注目するべきは
ビル6階の段ボールに残されていた不明の指紋が
リンデン・ジョンソン配下の殺し屋
マルコム・ウォレス(Malcolm Wallace)の指紋と一致したこと
(「Blood, Money & Power」の研究による)

マルコム・ウォレスはテキサス州でゴルフ場を経営していた
ダグ・キンザーを射殺する事件を1951年10月24日に起こした
キンザーはジョンソンの妹のジョセファ・ジョンソンと不倫していた
ジョンソンは上院議員選挙中でどんなスキャンダルも許されなかった
ウォレスは当時ジョンソンの下で働いていた
裁判において死刑も予想されていたが
執行付きの禁固5年という軽度の罰かつ保釈金での釈放も許された
弁護士を担当したのはジョンソンの顧問弁護士だった

さらにウォレスは1961年6月3日
農務省調査官ヘンリー・マーシャルを殺害した
彼がワシントンで司法長官ロバートに調査報告を行う
2日前のことだった
※保安官は自殺と断定して闇に葬ったが
後にエステス本人がウォレスの仕業と語っている
マーシャルはテキサスで農業・金融の実業家
ビリー・ソル・エステスの詐欺を調査していた
エステスは政治家への不正資金送金の胴元だった
投資先の一番金額が多かったのはジョンソンだった
1984年の大陪審でエステスはジョンソンが指示したと証言した
しかし既にウォレスもジョンソンも死亡していたので
それ以上追及することは無かった

ジョンソンが手を下したのは
この時期に彼は副大統領の地位にあり
情報が世に出れば失職するのは間違いなく
大統領になることもできなくなるということは
十分な動機であろう

ダラスを地盤に富を築いた
HLハント
DHバード
クリントマーチンソンら
通称ビッグオイルは
ジョンソンを支援していた

ウォレスはマーシャルを始末した後に
LTV、現在のレイセオン社
軍需産業を担う組織にいた
オーナーはDHバードだった
彼がウォレスをかくまった
ちなみにバードの不動産には
JFKを始末した時に使われた
教科書倉庫ビルも含まれていた
オズワルドはこの倉庫ビルに勤務することになる
オーナーはウォレスと同じバードだった

これでウォレス、オズワルド、ジョンソン、ビッグオイルの
リンクが納得できる

6.マフィア以外もJFKを始末すると決めた要因

1963年1月
JFKは石油業者への優遇税制廃止法案を提出した
収入の27.5%が控除されなくなることになる
ジョンソン、ビッグオイルは首を絞められた形になった
次の大統領選挙が控えており
確実にジョンソンは副大統領候補に指名されることはないという
決定的な意思表示でもあった

テキサスの利益を守るものがいなくなることが
明確に分かったビッグオイル
当時副大統領という権力を保有していたジョンソン
権力掌握と利益獲得維持に不都合だった殺人事件を
2件犯し闇に葬ってきた彼らにとって
最後の権力掌握に向けた殺人を犯す意思決定は
困難なことではなかった

1963年1月から半年後6月に
JFKのテキサスへの遊説発表がなされる
JFKもまたテキサスの支持者が必要だったのだ
しかしビッグオイルは彼を始末する道を選ぶ
ちなみに1963年6月4日
米国大統領J・F・ケネディにより
政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令第11110号が発令
FRB発行の銀行券とほぼ同じデザインでFRBのマークがない代わりに
“United States Note”(政府券)と印刷してあった
彼は国際金融マフィアにも喧嘩を売っていたことになる

ビッグオイルは雇っていた
ウォレスとオズワルドを用意した
ジョンソンは確実に殺すために
JFKの敵であった組織に持ち掛け
共犯で別動隊を組織し手配したと考えられる
さらに国際金融マフィアがジョンソンに
手を貸して用意した組織もあるだろう
これが2方向から狙われた経緯であると推察される

別動隊の
犯行現場の浮浪者の1人は
CIAエージェントのE・ハワード・ハントであり
彼は2007年の臨終前に息子の前で告白録音し
ケネディ暗殺のコードネームが
「Big Event」であったことなどを明かす

ハワード・ハントはキューバなど海外で要人を暗殺する
Operation 40の主要構成メンバー
アイゼンハウワー政権当時にニクソン副大統領がこれを管轄
ハントはニクソンと縁は深く
その後のウォーターゲート事件もハントらによって引き起こされた
オズワルドを捨て駒とするために指示を出していた

CIAのジョージ・ド・モーレンシルトはブッシュパパとも懇意
モーレンシルトの甥は進学高校(prep school)の寮で
ブッシュパパとルームメートだった
1976年からフォード政権下でCIA長官となったブッシュパパは
1963年の事件当時もCIA要員として現場にいた可能性あり
現場の人物と写真比較あり

※アレン・ダレスはピッグス作戦失敗後にCIA長官を首にされている

7.JFK暗殺から学べること

2方向からの銃弾
1方向はマフィアとビッグオイル
1方向はCIAとFRB傘下組織
間接的にソ連と何度も自分が暗殺を試みたカストロ

こういうことだったと
十二分に納得できるであろう
JFKはあまりに敵を作りすぎたし
敵の暗殺を画策もしたし
ある組織にとっては減益になる
法を変える強硬策も出したし
ある組織のボスを次々に刑務所送りにした
殺されるのは当然であった

資本主義社会システムの中において
別のシステムである社会主義システムに喧嘩を売れば
当然喧嘩を仕掛けられる

資本主義社会システムの中で
紙幣製造と戦争に必要な石油を握っている権力に
喧嘩を売れば喧嘩を仕掛けられる

祖先が恩を受けた組織に喧嘩を売れば
喧嘩を仕掛けられる

社会システムというものと恩義というものを
理解しないと一瞬にしてこの世から消えることになる
それをJFK事件は教えてくれている

マフィアとCIA
マフィアのボスと子分
マフィアの子分と反資本主義組織
超富裕層と税
国際金融マフィアと法律
権力欲の強い政治家と子分

反資本主義組織
マフィア
諜報組織
超富裕層
国際金融マフィア
政治家
各自の犬

これらは全て繋がっていて
時に彼らはスクラムを組み
世界を一瞬にして動かす

8.関係者達

■アメリカ政府

ジョン・F・ケネディ
1960年の大統領選挙に民主党の候補として出馬し、共和党候補のニクソンに僅差で勝利する。
63年11月22日に、テキサス州ダラスで暗殺(射殺)される。

ロバート・ケネディ

ケネディ大統領の弟。
ケネディ政権では司法長官を担当し、秘密作戦やマフィア撲滅作戦に関与する。

リンドン・ジョンソン

ケネディ政権の副大統領。
ケネディは弟のロバートを重用していたので、ジョンソンは政策にあまりタッチしていなかった。
だが、ケネディが暗殺されるとジョンソンが大統領に昇格し、ロバートは権力の中枢から排除された。
ジョンソンはケネディを嫌っていたので、CIAにケネディ政権の情報を流していた。
ケネディ暗殺計画も知っていたという。

ロバート・マクナマラ

ケネディ政権の国防長官。

■CIA

アレン・ダレス

アイゼンハワー政権の時からCIA長官をしており、ケネディ政権になっても留任される。
ピッグズ湾侵攻作戦で失敗すると、61年末に長官をクビになる。
チャールズ・カベル
ダレスCIA長官の下で、副長官をつとめる。
ダレスがクビになると、一緒に辞職となった。

リチャード・ビッセル

ダレスの下で、数々の秘密作戦を行ってきた人物。
ケネディが大統領になった当時は、CIA作戦担当副長官。
ダレスと一緒に61年末にクビになる。

リチャード・ヘルムズ

ダレスの下で、数々の秘密作戦を行ってきた人物。
ダレスは、自分とビッセルが辞職する際、この男をビッセルの後任に据えた。
ジョンソン政権下の66年に、CIA長官に指名される。

ジョン・マッコーン

ケネディはダレスをクビにした後、この男をCIA長官にした。
トレーシー・バーンズ

CIAの幹部。ビッセルの右腕。

ビッセルの後をヘルムズが継ぐと、極秘国内作戦部の新部長に任命される。
ロバート・モローの上司で、亡命キューバ人の武装化などの作戦に従事する。

E・ハワード・ハント

CIAの幹部。JFK暗殺当時は、極秘国内作戦部の秘密活動課長。

ウィリアム・ハーベイ

CIAの幹部。元FBI。
CIAのカストロ暗殺計画の指揮官となる。

ジョージ・ド・モーレンシルト

CIAの極秘諜報部員。

ジェームズ・アングルトン

CIAの幹部。当時は防諜部長。

デズモンド・フィッツジェラルド

CIAの幹部。特殊業務部(SAS)の部長。
ローランド・キュベロを使ったカストロ暗殺作戦を取り仕切る。

デイビッド・アトリー・フィリップス

アントニオ・ベシアーナやローランド・マスフェラーの亡命キューバ人武装組織を率いた。
モーリス・ビショップという偽名で活動していた。
JFK暗殺でも、現場で指揮をし、警察に逮捕された。

■CIAに雇われていた人

リー・ハーベイ・オズワルド

ケネディ暗殺の犯人とされてきたが、本当は違う。
オズワルドは若い頃にCIAにスカウトされ、その命令でソ連に亡命(潜入)したりもした。
CIAは彼を犯人に仕立て上げ、彼は口封じのためにマフィアのジャック・ルビーに殺されてしまう。

クレイ・ショー

CIAの契約コンサルタント(工作員)。
表向きの顔は、ニューオーリンズ・トレード・マートの重役(理事)。
この組織は、CIAが運営するダミー会社で、秘密工作のための会社。

ガイ・バニスター

クレイ・ショーの右腕で、デイブ・フェリーの上司。
CIAの契約諜報員で、元FBIのシカゴ支局長。
FBI時代は、ロバート・メイヒューの上司だった。
反共組織や反共紙を運営。

デイブ(デビッド)・フェリー

優秀なパイロットで、カルロス・マルセロの部下でもある。
パイロット技術を買われて、CIAに雇われる。
ケネディ暗殺計画に深く関わり、作戦の立案をした。
クレイ・ショーの右腕として活動。

ロバート・メイヒュー

CIAに雇われ、カストロ暗殺作戦に参加する。
元FBIで、その時はバニスターの部下だった。
ケネディ暗殺当時は、マフィアの暗殺コーディネーターをしていた。

ロバート・モロー

『ケネディ暗殺』の著者。
高い科学技術を持ったエンジニアなので、CIAにスカウトされて、秘密作戦(キューバ紙幣の偽造など)に関わる。
CIAからの依頼で、JFK暗殺で使われるライフルとトランシーバーを提供した。

ロス・スコイアー

ロバート・モローの仕事仲間で、モローと一緒にCIAの秘密作戦に従事する。

マーシャル・ディッグズ

ルーズベルト政権では財務省・副会計検査官。
亡命キューバ人、CIA、マフィアの3者をつなぐ仲介者として活動する。

トーマス・デイビス

CIAに雇われた暗殺者。兵器の密輸も行う。
カストロ暗殺作戦のために、亡命キューバ人の訓練を担当する。
カルロス・マルセロの指示の下で行動した。
カルロス・リガル(ビクター・マイケル・アーツ)
CIAに雇われたフランス出身の殺し屋。有名な国際麻薬密売人でもある。
CIAでは国家元首を暗殺をするチームに参加する。

■アメリカ・マフィア

カルロス・マルセロ

ニューオーリンズ・マフィアのボス。シマはルイジアナ州とテキサス州。
ケネディ政権はマフィア撲滅を掲げ、マルセロを逮捕してグアテマラに追放した。
マルセロは深く恨み、ケネディ大統領を賞金首にし、マフィア仲間に「暗殺したら大金を渡す」と触れ回った。
そして、ケネディ暗殺の計画を立案するように、フェリーらに命じた。

サム・ジアンカーナ

シカゴ・マフィアのボス。
ケネディの父に頼まれ、1960年の大統領選挙でケネディを応援する。
だがケネディは、ジアンカーナも撲滅すべきマフィアのリストに入れた。
そのため深く恨み、ケネディ暗殺計画に深く関わる。

サントス・トラフィカンテ

フロリダ・マフィアのボス。
マフィアの中で殺しを請け負う、殺し屋を多く抱える人物。
バティスタ時代のキューバでは、最も利権をむさぼったマフィアの1人。
かつてのキューバ利権を取り戻すために、アメリカ政府のカストロ政権転覆の作戦に深く関わる。
その後、ケネディ暗殺計画にも大きく関わる。

ジョニー・ロゼリ

ラスベガス・マフィアのボス。

ジャック・ルビー

マフィアの幹部。 武器の密売、麻薬の密輸を行う。
死期の迫った彼は、オズワルドを殺すように命じられ、護送中のオズワルドを公衆の面前で射殺した。

マイヤー・ランスキー

この時代のアメリカ・マフィアのボス。
ラッキー・ルチアーノがボスだった時代から活躍し、金融面(マネー・ロンダリングなど)で手腕を発揮した。

ユージン・ヘイル・ブレイディング(ジム・ブレイドン)

マフィアの一員で、JFK暗殺の数分後にディーリー・プラザで逮捕された。

■FBI

ジョン・エドガー・フーバー
FBI長官を長く務め、ケネディ政権の発足時も留任された。
ケネディと折り合いが悪く、ケネディ暗殺計画が進行していると知りながら、手を打たなかった。
ケネディ暗殺後は、証拠隠滅に協力した。

■亡命キューバ人

マリオ・ガルシア・コーリー

アメリカに亡命したキューバ人の中でも大物で、カストロが政権をとるまではキューバで
指折りの銀行家だった。
アイゼンハワー政権時にニクソン副大統領は、「カストロを倒したらコーリーを大統領にする」との密約を、彼と交わした。
ケネディ政権になると冷遇される。
資金を融通してもらう中で、アメリカ・マフィアと親しくなっていく。

エラディオ・デル・バレ

コーリーの有力な部下。
アメリカやキューバで活動し、現場で指揮官として活動した。

CRC(キューバ革命評議会)

亡命キューバ人の組織の1つで、ケネディ政権が肩入れをした。
代表者はマヌエル・アルティメ。

FRD(キューバ革命戦線)

亡命キューバ人の組織の1つで、アメリカ政府内のカストロ支持派が設立した。
設立の中心人物は、国務省のウィリアム・ウィーランド。

アントニオ・ベシアーナ

亡命キューバ人の部隊のリーダー。
「SNFE/ALPHA66」の指揮官。

ローランド・マスフェラー

亡命キューバ人の傭兵で、部隊のリーダー。
ケネディ暗殺作戦では、複数いる暗殺チームの調整役となった。

■その他の人々

リチャード・ニクソン

アイゼンハワー政権時には副大統領。
その時期に、カストロ暗殺計画など数々の秘密作戦に関わる。
1960年の大統領選挙でケネディと対決するが、敗れる。

ジミー・ホッファ

チーム・スターのボス。
マフィアと懇意にしていて、ケネディ暗殺計画に関与した。

マリリン・モンロー

映画女優だが、ケネディ兄弟の愛人だった。
サム・ジアンカーナの愛人でもあり、この女を通じてケネディ兄弟とジアンカーナが繋がっていた。

マリー・マイヤー

ケネディの愛人で、元夫のコード・マイヤーはCIA職員。
ケネディ暗殺の真相を知ったため、暗殺される。

シリル・ウェクト

『大統領の検屍官』の著者。
ケネディ暗殺事件の公式発表に疑問を持ち、独自に調査をした。

ジム・ギャリソン

ニューオーリンズの地方検事。
1967年からケネディ暗殺事件の調査をした。

JFK暗殺と資本主義社会システム

2016年10月15日 発行 初版

著  者:Lupin
発  行:千屋出版

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Lupin

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