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鉄研でいずF

米田淳一

米田淳一未来科学研究所



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  この本はタチヨミ版です。

 目 次

シャノン・ドライバー

オンリー・ハッピー・エンド

さよならジョン・レノン

アジャイル・アソシエーション

ロックド・ローカライゼーション

アドバンスド・アンダーライン

ノーネーム・ノーゲーム

鉄研総裁殺人事件

鉄研でいずF あとがきとごあいさつ

シャノン・ドライバー

(♫車内放送チャイム)
 ご購読ありがとうございます。この小説は、これまで続いてきた、米田淳一作の「鉄研でいず」の鉄研世界のお話となります。
 現在、「鉄研でいず」のお話については、著者が全く書き足りていないため、今しばらく書き続ける模様です。皆様お急ぎのところ、大変申し訳ありません。
 登場する人物をご案内します。


(2016年時点)
長原ながはらキラ:みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」とか口調がやたら特徴ある子。
葛城かつらぎ御波みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。
芦塚あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。
武者小路むしゃのこうじ詩音しおん:模型作りの腕前はエビコー鉄研ナンバーワン。身体が弱くて入学を遅らせているので実はみんなより年上。超癒し系のお嬢様。
中川なかがわ華子はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。
鹿川かぬかカオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のバイトでダイヤや車両運用表を組んでいるIQ800のギフテッド。高校時代は将棋奨励会だったが、現在将棋プロ4段。


 お待たせをいたしました。それでは、エンドマークまでお楽しみください。
(♫車内放送チャイム)



    *

 2016年8月、、東京・国際展示場(ビッグサイト)。
「じゃあ、記念に集合写真撮りますよー」
 日も暮れて、暗くなったビッグサイト前のペデストリアンデッキで、華子がカメラと三脚を用意しながら言う。
 第17国際鉄道模型コンベンションJAMの出展を終えた鉄研部員たちは、撤収作業を終えて、ビッグサイトを背景に、記念の集合写真を撮ろうとしていた。
「明日台風だって。ちゃんと帰れるかなあ?」
 御波が不安がる。
「そりゃ心配だけどさー、それでも台風がここでの展示の搬入と搬出にかかんなくて良かったよね」
 ツバメが腕のスマートウォッチを見ながら言う。
「それにしても、華子さん、撤収作業終えても、まだあんな大きくて重そうな三脚持ってるなんて、さすがですわ。私、もうヘトヘトです」
 詩音は疲れ顔だ。身体が弱い彼女のそれが痛々しいが、展示をやりきった充実感でその表情は明るい。
「だって、ボク、もともと撮り鉄だもん。撮影機材持ち歩く体力はあるよー。駅では使わないけど」
 華子が元気に答える。
「華子はそうであったのう。で、カオルは叡王戦の予選はどうなったのだ?」
 総裁が聞く。叡王戦はコンピュータとの将棋の棋戦、電王戦の人間側挑戦者の予選である。
「やっぱりまだ4段のボクでは、予選突破は厳しかったです。段位別予選は突破したんですが、その先で8段相手に全く歯が立たず。とはいえ対局した8段に、見所がある、って褒めて貰ったのが救いかなあ」
 カオルが答える。
「でも、それってこの出展のための工作作業しながらでしょ? ほんとは将棋棋士ってもっと将棋に専念しないといけないんじゃない?」
 御波が不審がる。
「いえ、ボクの場合は棋譜の研究とかの間に、鉄道趣味に関わることをするのが、すごく役に立ってるんですよ」
 カオルはそうほほえむ。
「うむ。カオルがNHK『プロフェッショナル・仕事の流儀』に取材されるのも、時間の問題であろうの」
 総裁はそう冗談めかす。
「それほどでもー」
 カオルはまた照れて言う。
「それは照れて良いよね。ヒドイっ」
 ツバメがなぜか語尾にヒドイをつけて言う。これは彼女の口癖なのだ。
「ツバメちゃん、それはひどくないから」
 御波がそうフォローする。そんな感じに6人がわいわいと話し合っている。
「じゃ、撮りますよー」
 暗くなった中、カメラのタイマー表示の点滅が見え、みんながポーズをとる。
 そしてシャッターがおちた。
「これからみんなどうすんの?」
「みんな就職と大学だよねえ」
 みんなでライトアップされたビッグサイトを見上げる。
「ところで総裁は?」
 ふっと御波が聞く。
「うむ、今年は北急電鉄での駅員バイトをしながら、1浪しての大学受験の年であるな」
 総裁は平然と答える。
「いいんですか!?
 みんな、今更だが驚く。
「斯様なことで勉学がおろそかになるのでは、我がテツ道の成就は、はなはだ危ういからの。この出展の傍らでしっかり励んでおった」
 総裁の言葉に、みんな、ふーんと答えた。
「じゃあ、来年からはみんな、大学生ですね」
 御波が言うが、その言葉には寂しさが乗る。
「だが、まだとどめは刺さねばならぬ」
 総裁は言葉はそれでも、いつもどおりのとぼけた口調だ。
「総裁、そういうとこ、案外慎重だよね。ヒドイっ」
 またツバメが言う。
「それもひどくないから」
 そういった御波が、気づいた。
「ねえ、虫の声が聴こえる」
「ほんとだ」
 みんなもその声に聴き入る。
「毎年、この展示が終わると、秋がやってくるね」
 御波がそうつぶやく。
「本当だね」
 みんな、黙って聴き入っていたが、そのあと、声がそろった。
「これから、みんな、どうなっちゃうのかなあ」


    *


 その4年後、2020年。
 オリンピックの直前準備に忙しい東京から離れた山梨県。
 春の日の差す、中央リニア新幹線の、かつての山梨実験線。
 終点・都留車両基地の前を通る県道35号線に、警察車両がずらりと並んでいる。
 封鎖された一帯の上を、報道のヘリと警察のヘリが飛んでいる。


「立てこもり犯人は爆発物を所持し、この車両基地の車庫で、JR東海の新人研修で訪れていた社員20名を人質に立てこもっています」
 山梨県警本部では、県警警備部長のもとに報告がなされている。
 赤い武田菱の山梨県警機動隊マークをつけた機動隊長が、刑事部捜査第1課特殊犯係とともに遠隔会議システムに顔を見せる。
「くそ、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターから連絡のあったそのままか。それだったらあっちで対処して欲しかったんだが。仕事増やすなよな」
 警備部長がぼやく。
「警視庁って、例の竹警部ですか」
「ああ。優秀とは聞いていたけど、それはそれで大変らしい。組織の中では、真に優秀な人間はなかなか真価を発揮できないどころか、疎まれるからな。それより、現場の状況は?」
「現在県道35号線に警備車両を停め、ドローンによる現場の偵察を行っています」
「基地北側の道路は?」
「起点と終点を封鎖してありますが、捜査員は配置していません。立てこもり犯から見られる可能性が大ですので」
「そうだろうな。JR東海からは」
「JR東海は社員の生命を優先した上で、迅速な事件の解決を、と」
「そりゃそうだが、ウェブにはすでに情報が漏れているんだろう?」
「はい。近くに民家も多く、規制は不可能です。そしてまだ時間は午前です。ゼロ・オプション、突入作戦には不都合が多すぎます。また、上空には報道ヘリがいます。協定に従って撮影距離は遠いので、犯人への刺激は小さいと思われますが」
「危険だな。交渉班で時間を稼ごう。犯人の要求は」
「リニア計画の中止、だそうです」
「のめるわけがないじゃないか」
「県知事と首相官邸から、事件解決に全力をと」
「いつだって全力だよこっちは。くそ」
「時間稼ぎしつつ、食料などの差し入れと人質交換しかなさそうですね。定石どおり、突入は薄暮あるいは夜間が相当かと」
 そこに、画面の向こうで、現場を仕切る特殊班係長にメモが渡された。
「それが! 犯人が人質の解放を始めました! 残りは1人だけだそうです!」
「どうしたんだ?」
「わかりません!」
 ドローンからの映像に、背広とスーツ姿の新入社員が、ぞろぞろと基地を出てくるのが見える。
「1人だけなら解放は」
「いえ、これで犯人は人質を完全に掌握できます。解放作戦はより困難に」
 と言いかけたときだった。


 ドン!!


「爆発音!」
 乾いた爆発音とともに、衝撃波が白く走り、そのあと、薄白い煙が車両基地内に漂い始めている。
「くそ、結構でかかったぞ!」
「状況知らせ! 状況!」
「犯人が自爆! 自爆した!」
「人質は! 人質の安否は!」
「それが……」
 報告が、入った。
「犯人1名、人質1名、ともに心肺停止状態」
 警備部長は、聞くと、机をたたいた。 
「くそ!」


   *


 そのころ。
 春の日差しが注ぐ、新緑に染まった都内の大学。
 詩音の父、武者小路教授は、煉瓦造りの建物の教授室で、ケータイを受けていた。古い大学なので学部棟を立て直す話があったのだが、オリンピック間際の修繕は高くつくとのことで、大昔からの建物のままだ。それでも耐震性に問題がないと言うから、良い時代に建てられた建築なのだろう。
「そうか。ああ、大丈夫だ」
 教授の顔は、苦痛にゆがんでいた。
 だが、彼は手にしたキーホルダーをぐっと握ると、ケータイに答えた。
「例のを頼む。その状態なら、計画どおりにいけるはずだ」
 傍らの8Kテレビには、『JR東海リニア中央新幹線研修センターで爆発、安否不明者1名』のL字表示が出ていた。
 そして、教授の手にしたキーホルダーには、娘・詩音が描いた鉄研総裁がある。
「ああ。よろしく頼む」
 教授は、机の上のフォトスタンドで微笑む娘・詩音の写真を見つめた。


    *


  転送一時データ格納アドレス確認。
  転送再開。
   ルーティングテーブル構成開始
   宛先アドレスに
    #20200607141200_77FE_67F8_E7EF_FFCA_CB21_BB11_01:FB7A
   送信アドレスに
    #20200607141200_B28B_B8AE_1AA9_E545_4819_477E_38:64C6
   を指定しました。
  転送開始。



    *


 そして、同じ頃、第5期電王戦が始まっていた。
「コンピュータ将棋ソフト王者となった『クロノス』に対抗するのは!」
 ぺこりと一礼する、着物姿に扇子を持ったハンサムな女の子。
「叡王戦では破竹の進撃の止まらない将棋界の北斗星・鹿川カオル6段! 段位別予選で驚異の番狂わせの連続、女流棋士の枠も超え、途中タイトルホルダーを何人も倒した、まさに現代の奇跡!」
「さらに恐るべきことに、彼女はなんと! 人類の奇跡、シャノン・ドライバーを脳に組み込み、スーパーコンピュータのアシストを受けながら対局する、サイボーグ棋士!」
「第4期まで全くコンピュータソフトにかなわなかった人類の希望を胸に、彼女はクロノスに挑みます!」
 司会のあおりまくるアナウンスの中、カオルはまた、ぺこりと礼をした。
 見ていた棋士の一人が言った。
「外見だと、全く見えないんだな。シャノン・ドライバーってのは」
「ああ。どういう理屈でやってるかわからんけど」
「それより、あのカオルの着物」
「え、あれには特に仕掛けは」
 それに、もう一人のパーマ頭の棋士が答えた。
「いや、あんなに着物が似合わない女の子って、めずらしいよね」
 言葉が途切れた。
「ええっ、そこ?」


 対局が始まろうとしている。
「しかし、コンピュータ相手がサイボーグとは」
「でも、将棋連盟会長の出した『一回でも負けたら棋界から永久追放』って条件に、カオルくん即答したって。『それでいい』って」
「なんでも、自分には将棋がなくても、テツ道があるからぜんぜん平気だって」
「何だそのテツ道って?」
「鉄道趣味のことらしいんだが、さっぱりわからん。ただ、6段の棋士になっても未だに北急電鉄でエンジニアとして働いてるらしいから」
「非常識だよなあ」
「でも、その非常識でなければ、もうコンピュータには勝てないだろうからな。なにしろ、『あの人』ですら勝てなかったんだから」
「そうだよな」


  ルーティングテーブル構成開始
   宛先アドレスに
    #20200607150000_88C4_CA73_8931_BAF7_9F3D_0A59_40:F42B
   送信アドレスに
    #20200607150000_51CC_7341_A088_BCC1_DFBD_C0D1_A9:A879
   を指定しました。
  転送開始。
  転送確認、正常。
  転送誤差率0.02%、誤り訂正正常。



 対局が始まった。
「えええっ!」
 カオルの初手は、なんと、端歩突きだった。
「いや、最近の定石の変化で、同じ端歩突きでも後手番の3手目なら端歩突きはあり得るとされているけど、初手からは明らかな悪手ですよ、これは!」
 当然、観戦している棋士たちは呆れ返っているし、同時にその手を分析する他のコンピュータ将棋ソフトは、カオルの回復しようのない劣勢を示す評価値を算出する。
 そして、それを見る動画サイトのコメントも大荒れだった。
 誰の眼にも、手順で大損をしたカオルに勝ち目は一つもないのだった。
 だが、カオルだけが、意味不明に笑っていた。
 その笑う口が、コンピュータ将棋ソフトの操作で駒を打つロボットアームの、鏡面仕上げの銀色に映っている。


 カオルの笑いは、そのとおりの結果をもたらした。
 進むに従って、まず、将棋ソフトたちの評価値のつけ方がバラつきだした。
 そして、そのバラつきの中、少しずつ将棋ソフトがカオルのマイナス評価をプラスにし始めた。
 さらに、コンピュータ将棋最強とされたクロノスの評価値が下がり始めた。
 人間の棋士は、誰も何が起きているか理解できない。
 だが、そのうち、クロノスの手も明らかにおかしくなった。
「ええっ、ハメ技?」
 将棋ソフトのバグを狙う手かと人間たちは思った。
「いいえ、これはバグではありません」
 クロノスのエンジニアが言う。
「クロノスは、カオルさんの手筋に必死に対応しています」
「でも、まだ形勢はクロノス有利に見えますよ」
 一人の棋士が、言った。
「まさか……我々が序盤と見てたこのバラバラな駒の配置は、すでに終局までの詰めの段階だったのかも」
「そんな! あり得ない!」
 だが、そのとおりだった。
 そこから突然盤面が急展開し、棋士たちがその分析をつけるまでもなく、コンピュータ将棋のつける評価値はV字に変動した。
 そのまま一気にカオル優勢にふれ、なかにはオーバーフローエラーを出したコンピュータも出た。



  タチヨミ版はここまでとなります。


鉄研でいずF

2016年3月16日 発行 初版

著  者:米田淳一
発  行:米田淳一未来科学研究所

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YONEDEN

 YONEDENこと米田淳一(よねた・じゅんいち)です。
 SF小説「プリンセス・プラスティック」シリーズで商業デビューしましたが、自ら力量不足を感じ商業ベースを離れ、シリーズ(全十四巻)を完結させパブーで発表中。他にも長編短編いろいろとパブーで発表しています。セルパブでもがんばっていこうと思いつつ、現在事務屋さんも某所でやっております。でも未だに日本推理作家協会にはいます。
 ちなみに「プリンセス・プラスティック」がどんなSFかというと、女性型女性サイズの戦艦シファとミスフィが要人警護の旅をしたり、高機動戦艦として飛び回る話です。艦船擬人化の「艦これ」が流行ってるなか、昔書いたこの話を持ち出す人がときどきいますが、もともと違うものだし、私も「艦これ」は、やらないけど好きです。
 でも私はこのシファとミスフィを無事に笑顔で帰港させるまで「艦これ」はやらないと決めてます。(影響されてるなあ……)
 あと鉄道ファンでもあるので、「鉄研でいず」という女の子だらけの鉄道研究部のシリーズも書いています。よろしくです。

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